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赤い目(1)

防空壕ってどんくらい深いんだろう氏

時代は太平洋戦争真っ只中。
敵機の撒いた焼夷弾によって家に火がつき、俺は近くの防空壕に緊急避難していた。
山奥に住んでいるため、この激しい空襲の中でも防空壕は過疎っている。
今頃、家は完全な灰の塊と化しているだろう。
俺はそう思ってため息をついた。
今は亡き義父から譲り受けた古い家だ、今燃えずとも遠からず壊さなくてはならなかった。
それに俺は孤児だ。独り暮らしだ。家をなくしたって、誰にも迷惑をかけることはない。
俺はこう自身をなぐさめながら、未だ降り注ぎ続ける黒い火の雨を眺めていた。
「…馬鹿だなー、こんな田舎に爆弾落としたってもう燃えるもんねえって」
独り呟いて、俺は防空壕の入り口にまで飛んでくる火の粉を避けた。
ついでに防空壕に常備しているはずのあんどんを、壕の奥まで取りに行くことにする。
もっと奥、もっと奥か。
俺はついに火の明かりの届かないところまで進んできていた。
既に視界は真っ暗闇。手探りと勘だけで前進してゆくのみである。
…と、俺は何かにつまずいた。


それはうずくまっている人間であったらしい。
足元から小さな悲鳴が聞こえ、俺とその人はもんどりうちながら一緒に転がった。
「いってぇ…」
「いったぁ…ぃ」
その人は、幼い少年のようである。
俺の低い声と彼の幼い声が合わさり、狭い壕にこだました。
「おい、大丈夫か」
俺はすぐに立ち上がると、手探りで彼を引き寄せ、立たせ、頭の位置を確かめた。
それなりに低い位置にある。7、8歳といったところか。
「うん、大丈夫…です…あの、お兄ちゃんは…?」
「あ、俺は、全然、何とも」
転がったと言えども土の上である。
年こそ20に満たないが、体は充分大人であると言える俺が、そんな事ごときで怪我などするはずもない。
俺はガッツポーズをしてみせたが、この暗闇では意味のない事に気付き、すぐに手を下ろした。
「…それよりお前、独りで何してるんだ?」
彼に問掛けながら、見当違いのところに話しかけないように、彼の肩を探り当てて両腕を掴んでおく。
「あ…えっと…僕…ふもとの教会の子で…」
話ながら彼はかすかに身じろぎをする。
俺の手が感じる小さな手応えが、心地よい。


「教会が焼けちゃったから…逃げてきたの…僕…僕…」
彼の肩が震え、僅かな液体が流れ落ちる気配が俺を揺さぶる。
「そうか…そうか…」
恐らく彼の両親は既に生きてはいないのであろう。
俺は膝をつき、彼の体を引き寄せて抱いた。
「よく頑張った。よくここまで独りで来た。お前は偉い。格好良いぞ。もう、大丈夫だからな」
そう耳元で囁くと、彼は必死にしがみついてきた。
そして控え目な嗚咽が俺の顔の横から届く。
…不覚。俺耳は弱いんだった。女みたいだ、と、よく級友にからかわれたものだ。
彼のしゃくりあげるような泣きかたと吐息は、俺の耳へ直接刺激となって働き掛けた。
やばい。しかし今彼を引き離すことは到底不可能である。俺は耐えた。ひたすら耐えた。
やがて彼が泣きやんで俺から離れるまでに、俺は何度息子を叱ったであろう。
情けないことに、今未だ半起ちであるとは、なんたる不真面目さか。
相手は両親を被災した少年であるというのに。
俺は照れ隠しに、少年にあんどんを探すように言っった。
しかし、少年が容易く見つけたそれは、湿っていて使い物にならなかった。
「ちっ、何年前のだよ、ほんとに使えねえたあ、糞馬鹿野郎」


つい口をついて出た俺の毒舌を、彼はくすくすと笑って流した。
子供というものはこうも立ち直るのが早いのか。
それとも、彼にとって両親は希薄な存在であったのだろうか。
「仕様がないから、外に出るか。」