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穏やかな朝の空気が、一変して緊張を孕んだ険悪な色を帯び始めていた。
客間のソファーに腰掛ける三人は、三者三様の表情で押し黙っている。
ノエは完全に覚醒した頭で、昨日の私に対する頼み――独りでは不安だから一緒に寝てくれという――が履行されなかった事を思い出し、
拗ねる様な顔で私を睨んでいる。言葉が使えない代わりに腕を組んで見せて、いかにも怒っているという心情を表していた。
至極上機嫌な様子だったルークも、毅然と背筋を伸ばし、時折横目でノエを盗み見ながら、双眸に烈火の怒りを湛えて私を睨んでいる。
ルークは、怒らせると怖い。それを事実の上では知っていようと、直面した時にはどうしようもない。
私はというと、昨晩の己の痴態や整理しきれぬノエへの複雑な気持ち、ルークに対する後ろめたさで混乱してしまい、
表面上は何も気付いていないふりをしながらも、内心、水浸しになるほどの冷や汗をかき、困窮していた。……まるで間男のようだ。

「……さて、何から話そうか」
緊張の沈黙に耐えられず口を開くのは、その場で最も疚しさを抱いている者である。この場では、私だった。
「ああ、紹介しよう。ルーク、今日から我が屋敷で働くノエだ。ノエ、こちらはルーク。世話になっている仕立屋の子息だ。
 歳も近いだろうし、互いに仲良くしてくれると嬉しい。ではルーク、早速ノエの採寸を――」
「兄様、お伺いしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか」
冷たい声で遮られる。拒否権はない、とその灼眼が語っていた。黙ったまま、先を促す。
……後に『ルーク=ウェルマーの酷薄な即興問答』と名づける事になる緊迫したやりとりは、こうして始まった。

「一つ。ノエさんとは、何処でお知り合いに?」
「買ったのだ。……違う、そういう意味ではない。使用人として、買ったのだ」
「二つ。使用人を雇うのは聞いていました。どうして使用人協会に申請なさらなかったのですか?
 何処の馬の骨とも知れぬ者を住ませるのは、些か不用意かと存じますが」
「協会が派遣するのは主に女中だろう。私は、庭師を探していたのだ」
「三つ。ノエさんは庭師には見えませんが」
「うむ、それは何というか……手違いでな。だがまあ、出来ぬ事はないだろう」
「四つ。ノエさんはどうして兄様の夜着を纏ってらっしゃるのでしょうか」
「それが妥当だと思ったのだ。他意はないぞ」
「五つ。ノエさんは随分ご立腹の様子ですが」
「心細いからと添い寝を頼まれたのだが、どうにも寝付けずに床を抜け出したのだ。その件だろう」
がたん、と椅子を鳴らして、ノエとルークが同時に立ち上がる。怒気も同じ。前門の虎、後門の狼。否、仔猫と仔犬か。
「……ノエ。その件に関しては、後で釈明をしよう。ルーク。質問は終わりか?」
「な……いえ、最後に一つ。子供だとはいえ、僕だって男です。僕に採寸されるのは、ノエさんにも抵抗があるかと思いますが」
最後の質問の、意味がわからなかった。何故抵抗がある?熊の様な大男が迫ってくるのならまだしも、ノエとルークは
年頃も背格好も同じくらいだ。男同士、何も気にする必要は――
「……ルーク、君は大きな勘違いをしているのではないか」
苛立たしげに肩を震わせていたルークの動きが、止まる。ゆっくり首をめぐらすと、細い腕に力瘤を作る仕草をしながら
首を縦に振るノエが目に入ったようだ。灼眼が大きく見開かれるのが見て取れた。
「ノエは、男だ」
ルークは硬直したまま何度もノエと私を見比べ、力が抜けたように椅子に座り込んだ。
その様を見て悪戯っぽくはにかむノエが、一呼吸置いてから私に向き直る。
その顔は元の、拗ねる様な表情を浮かべている。自分の不満を思い出したのだろう。
「すまんな。調べ物があったことを思い出してな……客間で仕事をしていたら、いつの間にか寝てしまったようだ」
机の上に無造作に置いてある蔵書を指差し、答える。私は中々嘘が巧いようだ。

ノエはまだ納得していない様子だったが、やがて一度だけ目を伏せると、大袈裟に息を吐いて頷いた。
ここまで懐かれるとは――決して人当たりがいいとはいえない私としては、意外なことだ。
ましてやノエは買われた身。何をされても訴え出る事の出来ぬ身であるというのに。
昨晩の自分を思い出し、ノエを盗み見る。ノエの、所在なさげに両足を動かす様を。肌蹴そうなガウンの胸元を。
私は一体どうしてしまったというのだろう?そんな日常的な動作に、酷く劣情を掻き立てられている私は。