愁と明文(1)
北海道の夏。その夕方頃はやや涼しく、慣れない暑さに弱った少年達にはなんとなく心地よい時間帯だろう。
勿論、窓を開けて、虫除けをして、電気をつけずに、自分達の好きなことをする。
愁と同じ年頃の子ども達は、テレビゲームが多い。
けれど、愁は変わっていて、いつもの通り学校を出たばかりだった。
汗で濡れきった愁の体には風が涼しすぎるくらいで急いで帰ろうと、走るスピードを速める。
だが、校門を出て少し走った曲がり角で、一番会いたくない奴に出会った。
いや、出会ってしまったと言うべきか。
「あ。っっっっ! あき……。」
愁は目が合った後、すぐに目を逸らしたが、それを逆手に取るように明文は言い放つ。
「何で目逸らすの……? いっつもいっつも、帰りが遅いと思ったら、浮気? しゅ・う・タン?」
口を少し笑わせた明文の言葉は独特の嫌味たっぷりだった。
――何で……。 愁は、逸らした目を見開いた。
手に思いっきり力が入っていたことに気付く。
ゆっくりとそれを解いて、明文の方を見直した。
今度は明文が目を逸らしていた。
「ったく、あの先生も変態だよなぁ。放課後に生徒呼び出して、愁タンなんて呼んでるんだから。」
嫌味は続いていった。
「だって……。…だって………。」
言い訳しようとするが、次第に声が小さくなり、しばらく沈黙が続く。
が、明文の言葉によって破られる。
「じゃあさ。ここで、愛してるって言って? 俺とヤりたいって言って見てよ。」
明文は言われる言葉がストレートならばそれだけイイと以前言っていた、
愁はストレートなほど恥ずかしいと思っている。
前には、学校の廊下で、好きだからヤらせてくれ、だとか言わせていたこともあったが、
いずれもワンパターンなものに変わりはなかった。今の言葉を見れば分かると思うが。
「……あき……愛し――」
「小せぇよ。」
言葉を遮るように、怒鳴ったが明文も周りを気にしているように見えた。
明文は更に催促した。
「言えよ。」
愁の服が汗で引っ付いていたのは今始まったことではないが、初めより濡れてきているのは確かだった。
「あ、あき……愛してる……俺……あきとヤりたい……。」
目線を逸らしたままだったし、それに、最初のときと何も変わっていなかった。
が、明文は何も言わず、笑みだけを浮かべて愁に近づいた。
愁はヤバいと感じたが、そのときにはもう、明文が駆け出していて、腕を引っ張られ、
近くにある明文の家に連れ込まれた。
――きっと……また……ヤられるんだろうな……。
明文とは数えるほどしか経験がない。実際、まだ、痛みを覚えることもあるし、恥ずかしくて死にそうだった。
「んで。いつから?」
一瞬、愁は何のことか分からなかったが、すぐに理解して返した。
「つ、ついこないだ……。」
やっぱり目を逸らして言った。
「何で、あんな奴と? 俺じゃだめ?」
質問攻め……まさにそんな感じで、繰り出される質問。
愁は例にならって目を逸らすばかりで、何もか答えず頬を赤らめた。それを見て明文は、鼻で笑った。
「結局、俺とは嫌ってか?」
最後の質問が、愁の心の本当の部分をチクチクと刺激した。
「ち……違うよぉ。」
グスッとすすり泣きながら、いかにも誤解だと思っているように答えた。実際、それが本音だ。
――そう、いつもそうだ。すねてそっぽを向いたとき、背を向けたとき……。お前のキスはいつも急だ。
ふと、頭によぎった疑問。
しかし、明文のいつもの強引なキスに気を取られて、思考が止まった。
「んっ……。」
結局いつも、キスで感じすぎて流れていく。体が勝手に求めていく。
「愁の汗の匂い……好きだよ。」
微笑というよりも笑みを浮かべて言った。
皮肉にも、それは浮気相手との時の汗だったが、そんなこと2人とも気にしていなかった。