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過保護

作者不明

小さく切り取られた様に作られた窓からいつもとは違う朝を感じた。嵌め込み式のガラス越しにも伝わるシンとした冷気、白く白く眼を閉じていても瞼を焼く光、添えた手の温度で薄く曇った景色、全てが今年初めての雪を示していた。
頬や首筋を撫でる冷気は背筋を伝い足元に丸まった毛布に吸い込まれていく。冬の朝は夏のそれより酷く暴力的だ。
全身をビリビリと打つ寒気に一瞬躊躇したが軽く頭を振り、僕はひたりひたりと猫背気味に居間へ向かった。

居間の戸を開いた途端に辺りの空気が変化したのが解る。
よく効いた暖房、蜂蜜や果物の甘い香り、そして何よりそこにはお兄ちゃんが居る。
「おはよう、お兄ちゃん」
「…おはよう」
お兄ちゃんは僕と目を合わせずに短く呟く様に言いながら読んでいた本を机に置き、席を立ち僕のカップにココアを注いでくれる。
無言で手渡されたそれはふわりと湯気を立たせていて、恐る恐る舌をつけてみた所やはり熱かったので少し冷めるまで待つことにした。
僕が脚を揺らしてみたりしながらぼんやりと待っている間にてきぱきとお兄ちゃんは僕の食器を並べていく。
お兄ちゃんの作る御飯は美味しい。
御飯だけじゃなくてお兄ちゃんは何でもできる。
家事も、勉強も、運動だって——僕と違って何でも出来た。
うちにはお父さんもお母さんも居ない。僕が物心付いた時には既にお兄ちゃんと二人ぼっちだった。
だから僕はお兄ちゃんにしか甘えるなんて事は出来なかったのだけれどお兄ちゃんは僕を甘やかしてくれる事なんてなかった。
甘やかすどころか僕がテストで良い点を取った時も運動会で1位になった時にも僕の嬉しそうな報告を聞こえないかの様に淡々とお兄ちゃんは僕との日常を過ごそうとしていた。
以前家の雑事を手伝うと申し出た所、余計な事はしなくていい、と断られた事すらある。
お兄ちゃんが僕の世話をしてくれるのは義務感というやつからなのだろうか、と時折僕は思う。

キッチンからはバターの香りと卵の甘い匂いがしていて先程までは何も無かった皿には丁度良い大きさに千切られた瑞々しいレタスと鮮やかな色をしたトマトがのっていたがもう少しかかりそうだな、と僕は思った。
よ、と小さく声を出して椅子から立ち、窓の方へと向かった。
今年初めてとはとても思えない量の雪が窓の外を覆い尽くしていてお隣の家も、道路も、辺りに植えられた木々も全てが真っ白になっていた。
僕は窓を細く開けて雪に触れる。それは指先で滲むようにじわりと水に変わった。
ほう、と大きく息をついてから僕は窓から身を乗り出してかき集められるだけの雪を集めた。そしてそれを丸める。
キュキュと小さな小気味良い音をたてながらオムライス型にそれを整形していく、と上手くいけば良かったもののそれは思っていたよりも余程難しく、雪の塊は滑らかな曲線とはとてもではないが言えないラインを描いていた。
少しばかり爪で削ってみたりその辺りの雪をへこんだ所にくっつけてみたりと努力はしてみたもののどうしても上手くいかなかった。
——こんな時、お兄ちゃんはきっと僕とは違ってもっとこう、きれいな…
はあ、と溜息をついてこれ以上雪の塊を整形するのは諦めて次の作業へとうつる。
背伸びをして窓の外に植わっている植物の赤い実と葉っぱを数枚引き千切った。それを雪の塊に埋め込む。
ちょっと失敗してしまって左右で位置のずれてしまったが、ゆきうさぎの完成だ。
冷え切ってしまってさっきまで感じていたピリピリとした痛みすらなくなってしまった指先で少し不細工なそれの頭を撫でているとなんとなく僕は嬉しくなった。

「何をしてるんだ?」
突然喋りかけられ僕は思わずできたばかりの物を落としそうになる。
そこには僕の朝食と思わしきフレンチトーストを手に持ったお兄ちゃんが開けっ放しの窓と僕を見比べながら怪訝そうに立っていた。
そして僕が答えるより先にお兄ちゃんの視線は移動する。
「え、あ…」
途端、僕の体をざわりと緊張が走り心臓がきゅっと締め付けられる様な気がした。
しかし隠すより先にお兄ちゃんの視線は僕の手の中の物を捉えていた。
「…ゆきうさぎか。上手くできてるじゃないか。」
僕は耳を疑った。お兄ちゃんが僕の事を褒めてくれるなんて。しかもこんな…
そしてその後僕はもっと驚いた。お兄ちゃんは屈んで僕の左手を掴んで口に含んだ。
ぬるりと這う舌の感触やお兄ちゃんの体温にビクリと背中が疼いて力がだらしなく抜け、ひあっなどと妙な声が出てしまう。
「おおおおにいちゃん…?」
震える声を宥めつつ僕はお兄ちゃんを見つめるとセルフレームの眼鏡越しにお兄ちゃんと目があった。
途端お兄ちゃんは少し恥ずかしそうな顔をして冷たそうだったからつい…と小さく呟いた。
お兄ちゃんはさっと立ち上がっていつものように僕の方なんて見ないで「御飯出来たぞ」とだけ言ってスタスタと歩いて行ってしまった。
僕はなんだか嬉しくなっていつもより大きな声で返事をして思わずきゅうとゆきうさぎを抱きしめた。
こっそりと左指を舐めてみたらそこは微かに僕は飲めないコーヒーの味がして——
「お兄ちゃん、今日は僕、洗い物くらいは自分でする!」
突然の僕の言葉にお兄ちゃんは驚いた顔をしながらも「割るなよ」と言って柔らかく微笑んでくれた。