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龍神池の主【1】

written by 妖怪布団かぶり

木々に囲まれた澄んだ泉に、木野正宗はそっと足を浸した。
 ほう、と息をつく。
 やはり、龍神池に来ると気分が落ち着く。中学校での嫌なことなどすべて忘れられるようだ。
 どこからかヒンカララララとコマドリのさえずりが聞こえてきた。コマドリが山に現れると、もう初夏だ。
 池の透明度はガラスのように高く、浅いところは底まではっきり見える。
 目を遠くへ向けると、池は木々の蒼を映しこんでいた。
 時間もここで足を休めているかのようなゆったりとした雰囲気。
 よく晴れた空からの日差しも、心なしか優しい。
 正宗は目を閉じて、そのまま岸辺に寝転がった。

 彼の祖父は、龍神池には本当に竜が住むからあまり行くんじゃない、とよく言っている。
 しかし、正宗はここで涼むのが殊更に好きだった。
 正宗の家は、代々この山に住む神を崇める祭司の家系である。
 とはいえ、神社があるわけではない。山中に古い祠があるだけだ。
 それでも、一年に一度の祭りでは地元の人たちが集まり、祖父の吉宗が祈祷を捧げている。
(仕事柄、爺ちゃんは迷信を信じないといけないんだろうなぁ)
 正宗自身はそれほど信仰深くない現代っ子だった。

「これ、起きぬか」
 鈴のような声で呼びかけられて、ウトウトしていた正宗は目を覚ました。
「まもなく雨が降るぞ」
「え、ホント……?」
 上体を起こして声の主を見る。
 同じくらいの年頃の少年だ。黒い髪が肩まで伸びており、すその短い濃緑の木綿がすりを着込んでいる。
 そして、どことなく冷気さえ感じるような雰囲気を身に纏っていた。
 やけに時代がかった姿と物言いだが、不思議と違和感はない。すべてが自然であって、見事にはまっていた。
「嘘は言わぬ。お前には聞こえぬだろうが、木々が歓喜の声を上げているぞ」
「へ?」
 そのとき、一粒の滴が正宗の顔に当たった。空を見上げると、灰色の雲が頭上を覆っている。
「ほれ、あそこで雨宿りするといい」
 少年が指差す先には、根元に空洞のある大樹が生えていた。確かにかがんで入れば、雨をしのげそうではある。
 正宗はそちらへ歩いて行こうとしたが、立ち止まって少年に振り返った。
「君は来ないの?」
「あ、いや、我は別に…」
 と少年が言ったとき、急に雨が降り始めた。
「わわっ、ほら早く!」
 正宗は少年の腕をつかみ、大樹の洞へ向かって走り出した。
「あ」
 つられて少年も走る。