クーデルカ

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クーデルカ - (2006/12/15 (金) 05:14:25) のソース

<p>
<strong>クーデルカ<br></strong>&gt;&gt;17-438~439、&gt;&gt;18-171~173・309~317・360~366、&gt;&gt;19-291~295・312~313・340~341・366~370・574~583</p>
<hr>
<dl>
<dt><a href="menu:438"><font color="#000000">438</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/08/16(火)15:10:17 ID:TwVfqFhj</font></dt>
<dd>
――これは、1898年10月31日、英国ウェールズ地方にあるネメトン修道院に<br>

偶然集った三人の男女の一夜の冒険の物語である。<br>
<br>
薄もや立ちこめ日暮れ迫る田舎道、一人馬を走らせる少女がいた。<br>

目指すのは、断崖にそびえ立つ巨大な修道院。<br>
玄関にたどり着くと馬を下り、ドアをたたくが開けられる気配はない。<br>

仕方なく外壁を巡っていると屋根からロープが垂れ下がり、<br>

その下に旅装が置き去りにされている箇所がある。<br>
先客がいるようだ。<br>
被っていたフードを脱ぎ捨て、ロープを使って登り始める少女。<br>

美しく、勝ち気そうなその素顔。<br>
<br>
屋根まで登り詰め、古びた窓を蹴破って中に飛び込むとそこは薄暗い穀物庫だった。<br>

ドアにもたれ掛かり気を失っている若い男に気付き、警戒しながら忍び寄ると<br>

「気の早い天使だな。俺はまだ死んじゃいない」<br>
突然目を覚まし、男が言った。<br>
明らかに重傷を負い、手に持った銃を持ち上げることもできないその様子を見て<br>

「たいした違いじゃないわ。どうせもうじき死ぬんでしょ」<br>

少女は冷たく突き放すが、後ろ手に油断無くナイフを握っている。<br>

<br>
男が言う。<br>
「『そいつ』に弾を撃ち込むまでは死にきれそうにないからな」と。<br>

背後に不穏な気配を感じ、少女が振り返るとそこには男を傷つけた異形の化け物がいた。<br>

とっさに握っていたナイフで刺すがたいした威力はなく、<br>

化け物に殴り飛ばされてしまう。<br>
男は発砲するが弾は当たらない。<br>
「クソッ!」<br>
少女に銃を投げ渡す。<br>
<br>
<a name="a439"></a></dd>
<dt><a href="menu:439"><font color="#000000">439</font></a> <b><a href=
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"2">2005/08/16(火)15:12:29 ID:TwVfqFhj</font></dt>
<dd>
少女が化け物を倒して戻ると、男はいよいよ死にかけている。<br>

死ぬ前にお祈りを聞かせて欲しいと頼まれるが<br>
「生憎ね…。あんたのために祈るなんてごめんだわ」と、笑い飛ばす。<br>

「けど…そうね。助けてもらった借りは…返さなくちゃ」<br>

男に手をかざし、しばらくすると傷は癒えた。<br>
「おどろいたな…本物の天使だったのか」<br>
「おめでたい人ね。この世に天使なんてものがいると思って?<br>

 あたしはただの霊媒。ほんの少し傷を癒す力があるだけ」<br>

<br>
「俺の名はエドワード・プランケットだ」<br>
男が名を告げる。<br>
富豪の息子が大金を持ってこの修道院に住んでいるという噂を聞いて<br>

盗みにきたのだというその目的も。<br>
君も自分と同じ流れ者なんだろうと問うと、<br>
「同じなんかじゃないわ。あんたみたいな普通の人がどうしてこんな所に来たの」<br>

少女はエドワードを責める。<br>
「死にたくなかったらあたしの側を離れないことね」<br>
立ち上がるのに少女の手を借り、その手を握ったまま<br>
「よろこんで」<br>
エドワードは言う。<br>
手は邪険に振り払われる。<br>
<br>
そして少女も名を名乗る。<br>
彼女の名はクーデルカ。<br>
――闇の扉を開く者。<br>
<br></dd>
<dt><a href="menu:171"><font color="#000000">171</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/09/02(金)15:11:34 ID:6t2YVPoJ</font></dt>
<dd>
魔物と戦いながら薄暗い修道院を探索していくクーデルカとエドワード。<br>

やがてこの修道院の管理人だというオクデン,ベッシー夫婦に出会い、歓待を受ける。<br>

<br>
「スープぐらいしか用意できなくてごめんなさいね。たくさん召し上がってくださいな」<br>

「おお、そうするがええ」<br>
突然現れた二人を疑うそぶりも見せず、食事を勧める夫婦。<br>

「ありがたい!ご馳走になります」<br>
遠慮無くガツガツと食べるエドワードを横目に、クーデルカはスープに手を付けない。<br>

「あら?ジャガイモのスープは嫌い?」<br>
「いえ…、そういうわけでは…。でも…今はちょっと…」<br>

<br>
「普段は私たち二人だけだからお客様が来ると嬉しいわ」<br>

「この広い修道院の管理を二人だけで?」<br>
驚くエドワードに夫婦は語る。<br>
二人は縁があって修道院の管理を任されていること。<br>
この修道院が九世紀ごろ、聖人ダニエル・スコトゥスによって<br>

地に巣くう魔を鎮めるために建てられたということ。<br>
半年前から修道院内に魔物が出没するようになり、徐々に増えていっていること。<br>

オクデン氏がかつて船乗りだったこと。<br>
建物の修繕をしながら、好きな絵を描いて暮らしていること…。<br>

<br>
最後にオクデン氏に銃の弾薬を分けてもらい、夫婦の部屋を出て隣の厨房に入った。<br>

<br>
<a name="a172"></a></dd>
<dt><a href="menu:172"><font color="#000000">172</font></a> <b><a href=
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"2">2005/09/02(金)15:13:51 ID:6t2YVPoJ</font></dt>
<dd>「こいつはいい。保存食だ。少し頂いていこうぜ」<br>
「あきれた。あれだけ食べたのにまだ足りないの?」<br>
「三日も飲まず食わずだったんだ。腹も減るさ。<br>
 お前こそどうかしているぞ。せっかくのスープに手も付けないで」<br>

「そうね。あたしも毒が入ってなければ遠慮せずに頂いたわ」<br>

「なんだって…?」<br>
「かすかだけど、毒草の匂いがしたわ」<br>
にわかに腹を押さえ、苦しみだすエドワード。<br>
<br>
「じゃああの二人、本気で俺たちを殺そうと…?」<br>
「なにもしなければ、あと三十分くらいで死ぬかしらね」<br>

床に転がりのたうち回るエドワードに背を向け、<br>
暖炉の火に当たりながら淡々と話し続ける。<br>
「ずいぶんと手慣れた手口に見えるわ。何か秘密がありそうね…」<br>

「いい?エドワード。これから解毒してあげるけど、<br>
 怒ってあの夫婦の部屋に乗り込んだりしたらだめよ。<br>
 毒にやられたふりをして建物内を探索しましょう」<br>
<br>
<a name="a173"></a></dd>
<dt><a href="menu:173"><font color="#000000">173</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/09/02(金)15:20:35 ID:6t2YVPoJ</font></dt>
<dd>
厨房の奥にある暗いハーブ園に入ると、中年の神父が気を失って倒れている。<br>

さらに奥へ進むと、植物の姿をした化け物が襲いかかってきた。<br>

それを倒し、神父を起こす二人。<br>
<br>
「うーん…。なんだ…私は…。ここは…。そうだあの化け物に…」<br>

「誰だね君らは?」<br>
横に立つ二人に気付くと、神父はうさんくさげに言った。<br>

「おい…。助けてもらってその言いぐさはないだろう」<br>
「ほう…。昨今の追いはぎは人助けもするようになったのかね?」<br>

「なんだと!」<br>
<br>
「あたしの名前はクーデルカ。彼はエドワード。<br>
 どうしてこんな所で倒れていたのか聞かせてもらえる?」<br>

激昂して神父に詰め寄ろうとするエドワードを止め、クーデルカが言った。<br>

「ジェームズだ…。ジェームズ・オフラハティー…。<br>
 ちょっとした捜し物があってこの修道院に来たんだが、突然魔物が襲いかかってきて…」<br>

「どこから入ってきたの?」<br>
「正門に決まっている」<br>
「本当に?」<br>
「ああ。管理人夫婦が丁重にもてなしてくれたよ」<br>
「毒入りのスープでか」<br>
「何のことだね?」<br>
「彼らはあたしたちを毒で殺そうとしたのよ」<br>
「馬鹿馬鹿しい!」<br>
ジェームズは二人の話を取り合おうとしない。<br>
ますます憤るエドワード。<br>
<br>
「あの化け物は俺たちが倒したんだぜ!」<br>
「その身なりからするに、信仰の力で問題を解決した訳ではなさそうだな」<br>

「祈ってどうにかなるような相手には見えなかったわ」<br>
ジェームズはかなり敬虔かつ厳格な神父のようだ。<br>
「よけいなお世話だったようだな。行こうぜクーデルカ」<br>

ハーブ園を出ようとする二人。<br>
「待ちたまえ!<br>
 いかに私に主の御加護があったとて、用心するにこしたことはあるまい」<br>

「私も一緒に行こう」<br>
<br></dd>
<dt><a href="menu:309"><font color="#000000">309</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/09/12(月)19:42:58 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>
三人になった一行は、管理人の部屋のある区画を出て、渡り廊下に差し掛かる。<br>

<br>
「何とも陰鬱な建物だな。聖堂はあるものの、主の御力が感じられん。<br>

 こんな場所に足を踏み入れねばならんとは…」<br>
『ああ、すべての行き、行かねばならぬところ…』<br>
ぼやくジェームズをからかうようにエドワードが詩を詠唱し始める。<br>

「バイロンか…。私の趣味ではないな。第一品格がない」<br>

「あんたが品格をとやかく言うのか」<br>
「いいかね、詩というのは…」<br>
<br>
「この嫌な霊気をはらってくれるんなら誰でもいいわ」<br>
つまらなそうに二人の話を聞いていたクーデルカが口を挟む。<br>

「あんたの好きな大工の息子でもね」<br>
「異教徒め!なんと罪深い言葉を」<br>
「会ったこともない奴に救いを求めるなんて馬鹿げてるわ。<br>

 ロンドンじゃ毎日人が飢えて死んでるのよ」<br>
「いずれ不潔で不道徳な盗人どもではないか。<br>
 神の国は…」<br>
<br>
そこで、近くの窓から銃弾が撃ち込まれる。<br>
その場で三人はしゃがみ込む。<br>
<br>
「これは魔物じゃないぞ」<br>
「向こうの建物からだわ」<br>
「毒じゃ死にそうもないと見て、手っ取り早い方法にしたわけか」<br>

「馬鹿な!まだそんなことを」<br>
「どっちが馬鹿だか、弾丸に聞いてみやがれ!」<br>
挑発的に立ち上がるエドワード。<br>
「馬鹿!」<br>
クーデルカはあわててエドワードをしゃがませた。<br>
<br>
<a name="a310"></a></dd>
<dt><a href="menu:310"><font color="#000000">310</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/09/12(月)19:46:10 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>渡り廊下を出て隣の区画に行くと、<br>
そこは今までよりもさらに荒れ果て、陰惨な場所。<br>
何の飾り気もない土間のような廊下、<br>
壁の崩れ落ちた、がらんとした部屋の中には死体の山に人骨の山…。<br>

三人はそこを通り、比較的家具の揃った部屋に入った。<br>
<br>
「何てことだ…。この建物は死体と白骨であふれかえっている…」<br>

「感じるわ…。部屋中が霊気でいっぱい…。頭が…痛い…」<br>

よろめいてベットに腰掛けるクーデルカ。<br>
「なんだか嫌なふんいきだな」<br>
「恐ろしい…。主よ、迷える魂を救い給え」<br>
<br>
「昨日今日こうなったんじゃないわね。<br>
 これだけ霊気が強ければ降霊ができるはず。<br>
 なにかわかるかもしれない」<br>
「恥知らずな!少しは神に祈ったらどうかね!」<br>
「ただよっている霊魂をあたしの中に呼び出して話をさせるのよ。<br>

 あたしがここに来たのも、ある女の霊に呼ばれたからなの」<br>

話しながらも降霊を始めたクーデルカの体は前後に揺れている。<br>

「がまんならん!<br>
 主を信じないばかりか、死者の平穏まで乱そうというのか!」<br>

「うるさいわね!じゃましないでくれる?」<br>
揺れはいっそう激しくなり、そして…。<br>
「鎖と…闇と…死が…。そして…ああ…無数の…。<br>
 まるで…地獄…」<br>
「どういうことだ?」<br>
「幽閉されて…拷問のあげく…何千人も…」<br>
<br>
<a name="a311"></a></dd>
<dt><a href="menu:311"><font color="#000000">311</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/09/12(月)19:48:37 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>『殺せ!!』<br>
突然、クーデルカの声が別人のように恐ろしげな声に変わった。<br>

『奴らはわしの指を切り落とした!わしの足をつぶした!<br>

 わしの頭をくだき、贓物を引きずり出した!』<br>
『奴らはあたしのすべてを奪ってここに閉じこめた!<br>
 そして体を切り刻んだ!』<br>
『ああ…目が、耳が!焼ける…。<br>
 助けて!助けて!』<br>
<br>
「なんて酷い…」<br>
正気に戻り、クーデルカは呟く。<br>
「ここは…牢獄だったんだわ…。何百年もの間…密かに…。<br>

 権力に刃向かう者や、密通した者を…閉じこめて…殺して…」<br>

エドワードは、クーデルカの肩に手をかけようとした。<br>
『駄目だ、近寄るな!貴様!呪われろ!』<br>
<br>
霊が抜けず、苦しむクーデルカを<br>
エドワードとジェームズはなすすべもなく見守ることしかできなかった。<br>

<br>
クーデルカの回復を待ち、先に進むと廊下に人形を抱いた銀髪の幼い少女が現れた。<br>

エドワードが声をかけようとすると、険しい表情で顔を背け、去っていく。<br>

「おい!待てよ、おい!」<br>
少女を追いかけるエドワード。<br>
曲がり角を曲がり、立ち止まっている少女にゆっくりと近づこうとする。<br>

<br>
「エドワード!」<br>
クーデルカに肩を掴まれ、気が付けばそこから先は床が崩れ落ちていた。<br>

宙に浮かぶ少女の笑い声が響き渡る。<br>
「死ねば良かったのに…。落ちて死ねば良かったのに…」<br>

少女は闇の中に姿を消した。<br>
「亡霊か?」<br>
「ああ…」<br>
問いかけるジェームズに、エドワードは呆然と前を見つめながら答えた。<br>

<br>
<a name="a312"></a></dd>
<dt><a href="menu:312"><font color="#000000">312</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/09/12(月)19:50:38 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>
縄橋子を使って下に降り、一行は聖所の一つに入った。<br>
ステンドグラスの前で、エドワードはため息をつく。<br>
<br>
「どっちを見ても死んだ奴ばっかりだ。<br>
 生きてりゃさぞにぎやかだったろうな」<br>
「何百年もの間放っておかれたのだ…。言いたいことも多かろう」<br>

「ずいぶんと新しいものもあったわ。銃で撃たれた奴、斧で頭を割られた奴…。<br>

 外傷のないものもあった。きっと毒を盛られたのね…」<br>

「そういえば俺達と同じ流れ者のようだった。<br>
 やっぱりあの…」<br>
「管理人夫婦が殺したというのか?くだらん!」<br>
「人が死ぬのがくだらないことなの?」<br>
「どうせ物盗りのたぐいではないか。たとえ牢獄になっていたとはいえ、<br>

 ここが神聖な場所であることにかわりはないんだぞ。<br>
 それを汚す輩がどうなろうとわしの知ったことではない!」<br>

「よくそんなことが言えるな。それでも神父か?」<br>
「神父ではない。司教だ」<br>
「どっちだってかまうもんか!<br>
 そりゃ善良な人間がこんな場所で死んでたりはしないさ。<br>

 だがこいつは酷すぎる」<br>
「君もあの夫婦を見ただろう。世話好きで信仰にもあつい。<br>

 人を殺す理由があるか?」<br>
「信仰にあついだと!?考えてみろ!そんな奴がこの有様を捨てておくか?<br>

 埋めてやるくらいは誰だってするだろう!」<br>
<br>
「ともかく!」<br>
クーデルカが二人の言い争いに割り込む。<br>
「ここにいるのがあたしたちと魔物だけじゃないのは確かだわ。<br>

 死にたくなかったら用心することね…」<br>
<br>
<a name="a313"></a></dd>
<dt><a href="menu:313"><font color="#000000">313</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/09/12(月)19:53:29 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>
家具が積み上げられた部屋に入ると、クーデルカはしゃがんで何かを調べ始めた。<br>

「クーデルカ、なにかわかったのか?」<br>
立ち上がった彼女にジェームズが尋ねる。<br>
「いいえ。でも…」<br>
 <br>
突然、床に亀裂が走り、三人もろとも崩落した。<br>
三人は死体の山の上に落下した。<br>
立ち上がることもできないまま、<br>
エドワードは階上からこちらを見ている人影を見つけた。<br>

「誰だ!」<br>
人影は答えることなく姿を消した。<br>
<br>
落下した場所は壁と鉄格子に囲まれた地下牢だった。<br>
鉄格子を破ろうとするクーデルカ。<br>
「どうだ?出られそうか?」<br>
「素手じゃ無理ね。熊でも連れてくれば別だけど」<br>
「出られんだと…?じゃあ…どうなるんだ?」<br>
「さあ…。そこの先客に聞いてみれば?」<br>
死体に目をやりながらクーデルカはなげやりに答える。<br>
「ちくしょう!あの人影を見たか?やっぱり誰かが俺達を…」<br>

「そんなことより、この場をどうにかしたまえ!<br>
 君たち無法者には、牢を破るなんて慣れたものだろう!」<br>

「そいつをイーストエンドで言ってみな!<br>
 言い終わるまで首が胴に付いちゃいないぜ!」<br>
「くだらん!どうせ君達にはわかるまいが、私には神聖な使命があるのだ」<br>

<br>
<a name="a314"></a></dd>
<dt><a href="menu:314"><font color="#000000">314</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/12(月)19:55:14 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>「むだなのに…。どうせなにもかも…」<br>
鉄格子の向こうに、先程の亡霊の少女が現れた。<br>
「あたしの名前はシャルロッテ…。でも名前なんて何の意味もないわ。<br>

 あんたが今生きてることも、もうじき死んじゃうことも…。<br>

 なんの意味も無いこと」<br>
「あなたもここで死んだのね?」<br>
「そうよ。あたしもここで死んだの。何百年も前に…。<br>
 生まれてすぐに閉じこめられて、九才の誕生日に首を切られたの。<br>

 それからずっとここにいるわ。ずっと誰にも知られずに…」<br>

「ふびんな…」<br>
呟くジェームズをシャルロッテは嘲り笑う。<br>
「あわれむっていうの?あたしを?<br>
 くだらないわ。そんなの三日もすれば跡形もないわよ」<br>

「それはちがう。どういう事情があったにせよ、<br>
 君の母親は君のことを心配していたはずだ」<br>
「…母親ですって。顔も…名前も…。どこの誰かも知らないのよ…。<br>

 そんなものに何の意味があって?<br>
 あたしは生まれてから死ぬまで誰かに愛されたことなんて無いわ。<br>

 なにが母親よ…。死ねばいいのよ。みんな死ねばいいのよ!」<br>

そう叫び、シャルロッテは魔物をけしかけて消えた。<br>
<br>
<a name="a315"></a></dd>
<dt><a href="menu:315"><font color="#000000">315</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/09/12(月)19:57:26 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>
魔物を倒し、戦いの余波で崩れた壁を抜けて三人は地下牢を出た。<br>

拷問室や酸の池を通り、財宝が無造作に積まれた宝物室に入る。<br>

<br>
「すばらしい!まったくすばらしい!<br>
 こんな財宝が修道院に眠っているとは!<br>
 あれはマンテ-ニャの作品か?なんとあれはカラヴァッジオだ!<br>

 信じられん…!なぜ今まで忘れ去られていたのか」<br>
「財宝ね…」<br>
夢中になっているジェームズを、クーデルカとエドワードは醒めた目で見ている。<br>

「もしこの宝をヴァチカンに寄贈できたら、<br>
 全キリスト教徒にとって大切な財産となる大発見だ!」<br>

「ここがどういう場所だか忘れたの?<br>
 ただの修道院じゃない…。牢獄だったのよ!<br>
 権力争いに敗れた人間を閉じこめて処刑するためのね。<br>

 その財宝だってどうせ彼らから奪った品でしょう。<br>
 恨みや呪いが染みこんでいる…。そんなの見たくもないわ」<br>

「私も忙しい身で君に信仰の重要さについて説く気にはならんが、<br>

 今日こうしてすばらしい財宝に出会えたのも<br>
 すべては神のお導きのなせるわざなのだ。<br>
 神は全てを見ておられる。わかったかね?」<br>
「糞くらえだわ!」<br>
「君はどうだ?エドワード。彼女よりは学識がありそうだが?」<br>

「興味ないね。どんな後光がさしてようが、しょせんはものだからな」<br>

<br>
「つくづくがっかりさせられるよ。<br>
 君らに比べれば、そこらで死んでいる盗賊の方が<br>
 芸術の価値がわかっているだけましなようだ」<br>
「くだらない皮肉を言ってないで、頭を使ったらどう?<br>
 ここで死んでるのは金目当ての盗賊だけじゃない。<br>
 切り刻まれた女の死体がたくさんあったわ。<br>
 あれはごく最近のものよ」<br>
「そうだな…まともじゃない。見慣れていても吐き気がしそうだ」<br>

「やっぱりあの夫婦が…」<br>
「馬鹿な!あの善良で義理堅い人達が恐ろしい殺戮を働くわけがない!<br>

 どうせ欲にまかせて命を奪い合う愚か者…。<br>
 異教徒やら移民やら野蛮人どもの仕業であろう。<br>
 管理人夫婦を中傷するなどもってのほか!不愉快だ!」<br>

<br>
<a name="a316"></a></dd>
<dt><a href="menu:316"><font color="#000000">316</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/12(月)20:00:39 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>
「あんたの手にかかったらみんな異教徒のせいにされちまう。<br>

 司教って人種はみんなそうか?」<br>
「君に言ってもわかるまいが、真実というものは…」<br>
<br>
話しながらホールに入る三人。<br>
大きなシャンデリアの下を通ろうとしたところで、またも銃声が轟く。<br>

落下するシャンデリア。あわてて三人はそれをよけた。<br>
犯人を追って階段を駆け上がると、流れ者風の男が逆に襲いかかってきた。<br>

これを撃退し、男を問いつめる。<br>
<br>
「盗人め!」<br>
男に銃を突きつけるエドワード。<br>
「警察の目を逃れて隠れ住み、宝物をあさっていたのね…」<br>

「同業とはね…。さて、君達。どう言い訳するつもりかね?<br>

 この男が我々の命を狙ったことは最早明白じゃないか!<br>

 どこから来たのかね?ハンブルクか?<br>
 どうせコレラで我々の国を根絶やしにしようとした連中のかたわれだろう」<br>

「お前の知ったことか!黙れこの糞野郎!」<br>
「確かに生まれなんて知りたくもないわ。<br>
 糞野郎ってのにも賛成よ。でもこれだけは聞かせて。<br>
 盗賊や女達を殺したのはあんたなの?」<br>
「そりゃあ俺は移民さ…。シャンデリアを落としてお前らを殺そうとしたのもな…。<br>

 うらみがあるわけじゃないが、うまい汁は…」<br>
「じゃああの死体もお前が!」<br>
「そうじゃない!神にかけて誓ってもいい!<br>
 (ジェームズに向かって)あんたの神とは違うが…」<br>
<br>
<a name="a317"></a></dd>
<dt><a href="menu:317"><font color="#000000">317</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/12(月)20:04:43 ID:h5s3+iwu</font></dt>
<dd>「どういうこと?」<br>
「あいつらだ。あの管理人夫婦の仕業だ。<br>
 信じてくれ!本当だ!ここにひそんで何度も見た。<br>
 あいつらが無法者を斧で叩き殺すのを!<br>
 たいていの間抜けは奴らの善人ぶりに油断したところを<br>

 後ろから殴られて死んじまう」<br>
「信じられん!」<br>
「ひとおもいに死ねるならましさ。<br>
 毒を盛られた奴は息が止まるまで一晩中苦しみもがくんだ!<br>

 爪が内蔵に食い込むほど腹をかきむしって!<br>
 嘘じゃない!本当に見たんだ!あいつらは悪魔の生まれ変わりさ!<br>

 俺もいっぱしの悪党だが、とてもあんなまねはできん。<br>

 善良そうに見える奴ほど腹の底はどす黒いもんだ。<br>
 (ジェームズを指さして)こいつみたいに!」<br>
笑い出すクーデルカとエドワード。憤るジェームズ。<br>
<br>
「もっともな意見だ」<br>
「こんな馬鹿話を本気にするのか?<br>
 こいつは何十人もの人間を殺した殺人鬼だぞ。<br>
 警察に引き渡し、法の裁きを受けさせねば」<br>
「本気にするなですって?<br>
 彼が移民だから?それとも異教徒だから?<br>
 あんたの頭の中は差別と偏見でいっぱいよ!」<br>
<br>
「俺はこいつを信じるぜ。悪党ってのは案外信心深いものさ」<br>

<br>
「だが…。俺達を殺そうとした…」<br>
エドワードは銃を手に、ゆっくりと男に近づいていく。<br>
「ってことはだ…」<br>
銃声。<br>
「な…んてことを」<br>
ジェームズは男の脈をとるが、すでに事切れている。<br>
「これで命を狙う奴がいなくなれば主の御使いの勝ち。<br>
 まだ襲われるようなら不潔で野蛮な異教徒の勝ち。<br>
 どっちに賭ける?」<br>
エドワードは、銃をジェームズに向けた。<br>
<br></dd>
<dt><a href="menu:360"><font color="#000000">360</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/16(金)20:09:46 ID:NIZ0XnXV</font></dt>
<dd>
男が持っていた鍵を使い、クーデルカ達は管理人夫婦の部屋に踏み込んだ。<br>

しかし食事の跡もそのままに、夫婦はどこかへ消えていた。<br>

部屋の奥の物置に入ると、壁には何枚もの沈没する船の絵が掛かり、<br>

床には生々しい血の跡が残っていた。<br>
<br>
「プリンセス…アリス号」<br>
絵に近づき、船に書かれた名前を読みとるクーデルカ。<br>
「事故でテームズ河に沈んだ遊覧船だわ…。<br>
 これも…。これも…。何てこと。全部同じ船の…」<br>
その時、クーデルカの霊視能力が働き<br>
沈む船と溺死する人々の恐ろしいヴィジョンが見えた。<br>
 <br>
オクデンはかつて船乗りをしていたと言っていた。<br>
そのことと関係が在るのだろうか。<br>
<br>
<a name="a361"></a></dd>
<dt><a href="menu:361"><font color="#000000">361</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/16(金)20:12:17 ID:NIZ0XnXV</font></dt>
<dd>図書館の中のある書物保管庫にはいると、<br>
ジェイムズは宝物庫の時のように感嘆しながら書物を漁り始めた。<br>

<br>
「ひとつ聞きたいんだが、ここにあるのは何の本なんだ?」<br>

「神秘学と錬金術に関する古今の文献だよ。<br>
 土から金を精製するというたぐいのやつさ。<br>
 たいていは欲に目がくらんだ詐欺師どものでまかせだが、                      <br>

 中には今日の自然科学を予見して有用な基礎実験を記録した良書もある。<br>

 当時はひとまとめにされていたらしいが、真理の探究には神の御加護がある」<br>

「ジェームズ!」<br>
長口上にいらついたクーデルカは口を挟もうとするが<br>
ジェームズは聞く耳を持たない。<br>
「ヘルメス学…カバラ…。こんなものではない!<br>
 なぜだ!なぜ見つからない!ここにあるはずだ!」<br>
「なにか探しているのか?」<br>
「わからん…。わからん…」<br>
「わからんじゃわからん!なにをぶつぶつ言ってるんだ!<br>

 あんたはどうもうさんくさい。隠し事はやめたらどうだ」<br>

「気に食わんな。人にはそれぞれ事情がある。<br>
 詮索は無用に願おうか」<br>
<br>
『お前さんのお気に召すそんな義理はないからな』<br>
得意の暗唱でジェームズを揶揄するエドワード。<br>
『嫌いなものは殺してしまう。それが人間のすることか?』<br>

負けじとジェームズも、男を射殺した先程のエドワードの行動を批判する。<br>

『憎けりゃ殺す。それが人間ってものじゃないか』<br>
「くだらん詩をよむだけかと思えば、シェークスピアを暗唱するのか。<br>

 油断ならん奴だな」<br>
「お互い様だろう」<br>
<br>
<a name="a362"></a></dd>
<dt><a href="menu:362"><font color="#000000">362</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/16(金)20:13:55 ID:NIZ0XnXV</font></dt>
<dd>反目し合いながらも図書館を探索する三人は、<br>
なぜか扉が壁に塗り込められている部屋を見つける。<br>
隠された抜け穴を見つけ、仕掛けを解いて中に入ると<br>
書物にあふれた部屋の隅に棺桶が置いてある。<br>
ふたを開けると、その中には小柄な老人のミイラがあった。<br>

「ただのミイラか…。期待させやがって」<br>
「がっかりだわ…」<br>
<br>
「聖なるかな!!フォモールの秘密!」<br>
突然ミイラが起きあがり、叫びだした。<br>
驚いて飛び退く三人。<br>
「わだつみの底より…エミグレの!」<br>
そこでミイラは糸が切れたように、元通りに倒れ込んだ。<br>

<br>
「エミグレと言ったのか?お前はエミグレ書を知っているのか?<br>

 どこにあるんだ?答えたまえ!」<br>
動かなくなったミイラを問いつめようとするジェームズ。<br>

「エミグレ書…?あんたの目的はそれか?」<br>
答えずに逃げようとするジェームズに、エドワードは激昂する。<br>

「おい…くそ神父!我慢にも限度ってものがある!<br>
 どうしても言わないつもりか?よかろう…。<br>
 身ぐるみ剥いで放り出してやる!」<br>
「…しかたない…。話そう…」<br>
<br>
<a name="a363"></a></dd>
<dt><a href="menu:363"><font color="#000000">363</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/16(金)20:15:37 ID:NIZ0XnXV</font></dt>
<dd>「私はヴァチカンの法王庁からやってきた。 <br>
 目的はこの場所で一冊の写本を探し出すこと」<br>
「その写本が…」<br>
「うむ…。エミグレ文書と呼ばれるものだ…」<br>
「それは重要なものなの?」<br>
「この数百年間法王庁の書庫深くに秘蔵され、<br>
 決して見ることができなかった幻の写本と聞いている」<br>

「妙な話だな。そんなものがなぜここに?」<br>
「盗まれたのだ」<br>
「盗む!?法王庁から…!?」<br>
「厳重な法王庁といってもどこかに油断があるものだ。<br>
 内部の事情に詳しい者か、金をばらまくことのできる者か。<br>

 密かに調査を進めたところ、この修道院を買い取ったある資産家が<br>

 大金を投じてエミグレ文書を盗み出させたことがわかった」<br>

「ある資産家?」<br>
「そう…。パトリック・ヘイワース。私の古い友人だ」<br>
「でも高価な美術品ならともかく、どうしてそんなものを盗んだの?」<br>

「わからん。彼は以前から魔術や錬金術に深い興味を抱いていたが…。<br>

 私は写本を返すよう彼を説得するつもりだった。<br>
 だが管理人夫婦の話では、パトリックはここ数日行方がわからないらしい。<br>

 いったいどうしているのか…」<br>
<br>
<a name="a364"></a></dd>
<dt><a href="menu:364"><font color="#000000">364</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/16(金)20:25:36 ID:NIZ0XnXV</font></dt>
<dd>
全く動かないミイラに見切りを付け、三人は図書館を出て聖堂へと足を踏み入れる。<br>

ちょうどその時、午前0時を示す鐘が聖堂内に響き渡った。<br>

<br>
「なに?この鐘は…!」<br>
「日付が変わる…。しまった!今日は確か万霊節!」<br>
高まっていく不穏な気配に、ジェームズは青ざめた。<br>
<br>
聖堂の空中に気が集まり、黒い球体を形成していく。<br>
「霊力が集まってく…。凄い力だわ。<br>
 まるで…怪物!」<br>
突然、球体がはじけ、翼をもった巨大な黒い魔物が出現した。<br>

魔物の発した衝撃波に吹き飛ばされるクーデルカ。<br>
エドワードとジェームズもまた、魔物に追われてせまい側廊に逃げ込むが<br>

聖堂への入り口が崩れ、戻れなくなってしまう。<br>
「いかん!クーデルカが!」<br>
<br>
一人取り残され、魔物から逃れるためにクーデルカは聖堂から中庭へ出た。<br>

二人と合流するために探索を続けるうち、噴水の裏に隠された東屋を見つけた。<br>

中にはいると、そこには血まみれの断頭台があった。<br>
はしごを下りた先の地下には、さらに血まみれの作業台が…。<br>

そこで若い女が斧で惨殺されるヴィジョンを見たクーデルカは<br>

思わずその場でうずくまり、嘔吐する。<br>
そこへ背後にオクデンが忍び寄り、棍棒を振り下ろした。<br>

<br>
<a name="a365"></a></dd>
<dt><a href="menu:365"><font color="#000000">365</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/16(金)20:28:15 ID:NIZ0XnXV</font></dt>
<dd>「ヨーソロー ヨーソロー」<br>
意識がもうろうとするなかで、歌うような声が聞こえる。<br>

「綺麗な夕日だ。取り舵…取り舵いっぱーい」<br>
共に聞こえる音は船がきしむ音だろうか?<br>
最初は穏やかだった声はだんだんと乱れていく。<br>
まるで…狂人のうわごとのように。<br>
「いかん…船が沈むじゃないか!<br>
 待ってくれ!…わしの船が!」<br>
<br>
目覚めると、クーデルカは断頭台に縛りつけられている。<br>

「気が付いたのか?このゴロツキどもめ」<br>
断頭台の横ではオクデンが斧を研いでいる。<br>
船の音に聞こえたのはこの音だったようだ。<br>
「売女!恥知らず!後悔するがいい!<br>
 エレイン様さえ無事ならこんなことはせんで済んだのだ!」<br>

「エレイン?」<br>
「慈悲深い方だった…。わしの言葉を信じて下さった…。<br>

 わしの絵を誉めて…」<br>
「あの沈没船の?」<br>
「わしのせいではない!いきなりあの石炭船が!<br>
 夜の闇だ…。なにができる!あっという間に沈んで…。<br>

 わしは…。わしは…。エレイン様…」<br>
斧を掴み、立ち上がるオクデン。<br>
「わしがついていれば!貴様らなんぞこうして!<br>
 いいか!肉の塊だ!塊にしてやる!」<br>
「くるってる…」<br>
「黙れ!」<br>
<br>
<a name="a366"></a></dd>
<dt><a href="menu:366"><font color="#000000">366</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/09/16(金)20:32:33 ID:NIZ0XnXV</font></dt>
<dd>クーデルカに向かって斧を振りかぶるオクデンに<br>
背後から銃弾が撃ち込まれる。<br>
「あなた…。もうやめましょう…」<br>
そこにはライフルを構えたベッシーがいた。<br>
「もういいのよ。もう終わり」<br>
もう動かないオクデンに近づき、優しく頭をなでる。<br>
<br>
「うちの人はね、昔は大きな遊覧船の船長だったの。<br>
 それはそれは立派な船でね。この人の誇りだった。<br>
 でも大きな事故があって、大勢の人が死んだの。<br>
 この人苦しんでね…。酒場に入り浸って。<br>
 馬鹿でしょう。いくら飲んだって忘れられやしないのに。<br>

 でもエレイン様に出会って…うちの人はやり直すことができた」<br>

「エレインって人は亡くなったの?」<br>
「ええ…。何故いい方ほど早く逝ってしまわれるのかしらね。<br>

 パトリック様がご旅行中に強盗が押し入って。 <br>
 うちの人…。俺さえついていればってね」<br>
<br>
「さあ…。お話はこれくらいにしなくちゃ」<br>
クーデルカに戒めを解くためのナイフを握らせ、ベッシーはライフルを再び手にする。<br>

「うちの人が待ってるもの。<br>
 この人…気が短いんだから」<br>
銃口を喉に向け、そして――銃声。<br>
オクデンの死体に寄り添うように横たわるベッシー。<br>
<br></dd>
<dt><a href="menu:291"><font color="#000000">291</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/14(月)16:04:52 ID:PUAwYUcy</font></dt>
<dd>
仲間と合流するため、地下室に降り出口を探すクーデルカ。<br>

壊れた扉の隙間から見える向こう側が、かつて通った場所であることに気付き<br>

こじ開けようとするが扉はびくともしない。<br>
<br>
「クーデルカ!クーデルカ!」<br>
悪態をつく彼女の耳に、向こう側からエドワードの呼び声が聞こえた。<br>

「ここよ!わたしはここ!」<br>
扉に駆け寄るエドワードとジェームズ。<br>
「よかった!安心したよ。大丈夫か?怪我はないか?」<br>
「ええ…あたしは平気。そっちは?」<br>
「あやうく化け物につぶされるところだったが…。<br>
 なんとか左翼廊に逃げ込んだ。<br>
 おかげで聖堂に戻れなくなっちまったが…。<br>
 中庭から逃げてくるならここだろうと、地下道に降りてきたんだ」<br>

<br>
「だめだわ!この扉が開かないの!」<br>
話しながらもなんとか扉を開けようとしていたクーデルカが天を仰いだ。<br>

「ちくしょう!」<br>
「ほかに出口はないのか?そこは東屋の地下なんだろう?」<br>

ジェームズが口を挟んだ。<br>
「…あるわ。聖堂の方に向かって扉がある…」<br>
聖堂にはまだ、あの黒い魔物がいるはずだ。<br>
「それはおそらく左翼廊のまわりの抜け穴に通じているにちがいない」<br>

「抜け穴?」<br>
「よし!それだ!<br>
 クーデルカはその扉から進んでくれ。<br>
 俺達は落ち合う場所を探す」<br>
「わかったわ」<br>
<br>
「クーデルカ」<br>
「なに?」<br>
「死ぬんじゃないぞ」<br>
「あんたこそ!」<br>
<br>
<a name="a292"></a></dd>
<dt><a href="menu:292"><font color="#000000">292</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/14(月)16:07:24 ID:PUAwYUcy</font></dt>
<dd>
一人魔物と戦いながら地下回廊を通り、地上に出たクーデルカは<br>

図書館の前にたどり着くが、鉄柵に遮られて入ることができない。<br>

仕方なく隣の修道院付属墓地に行くと<br>
そこには牢獄で出会った少女の亡霊、シャルロッテや<br>
修道院の創立者、聖人ダニエルの墓があった。<br>
墓に祈りを捧げていると、背後で人の気配がした。<br>
図書館の隠し部屋で眠っていたミイラだ。<br>
<br>
「悔いあらためよ!裁きの日は近い!<br>
 天には七つのらっぱが鳴り響き、<br>
 汚れた全ての者は怒りの炎で焼きつくされるであろう!」<br>

「だが…。わしは死なん…」<br>
「何人の上にもわけへだてなく訪れるもの…それが死だ。<br>

 死こそが神の祝福であり、恵みに他ならない。<br>
 そうじゃないかね?」<br>
「ダニエル・スコトゥス・エリウゲナ…つまらぬ男よ。<br>
 こいつには探求する心というものがない。<br>
 まあここに修道院を開いたことには感謝するが…」<br>
<br>
<a name="a293"></a></dd>
<dt><a href="menu:293"><font color="#000000">293</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/14(月)16:09:00 ID:PUAwYUcy</font></dt>
<dd>「あんたは?」<br>
「これは失礼した。<br>
 わしの名はロジャー・ベーコン。フランチェスコ会の修道士だ」<br>

「修道士…。ミイラじゃなかったの?」<br>
「確かに見たところ同じだな。<br>
 こんなに干からびておっては、ニシンの薫製のほうがまだましか。<br>

 昔は魔術師ともてはやされたものだが、時の流れにはさからえん」<br>

「変な人ね。もし人と呼べるならだけど」<br>
「人であることは何百年も前に捨てた。…今のわしは人ではない。<br>

 ならば何かと聞かれても困る。それはわしにもわからんからだ」<br>

<br>
「いいわ…。別に知りたくもないし。<br>
 それよりどうしてあんな所で寝ていたの?」<br>
「昔から寝起きは良くなかったのでな。<br>
 少し休むつもりがどれだけ眠ったか…。<br>
 今は何年だ?グレゴリオ暦はまだ通用するのか?」<br>
「あたしをからかってるの?」<br>
「もちろん本気だとも。<br>
 わしの知っている時計は棺桶に入れるには大きすぎるでな」<br>

「一八九八年よ」<br>
「これは驚いた…。まる百年も眠っておったのか」<br>
「へえ…。あんたでも驚くことがあるのね」<br>
<br>
「気をつけるがいい。<br>
 人生に驚きがなくなったら神への道を歩んでいる証拠だ。<br>

 さて…。礼と言ってはなんだが、鉄柵の鍵を開けておくから<br>

 そこを通って行くがいい」<br>
「なぜそれを?」<br>
「先ほどからおまえの仲間が院内を走り回ってな…。<br>
 うるさくてかなわんのだ。<br>
 静かにするよう言っておいてくれ」<br>
<br>
<a name="a294"></a></dd>
<dt><a href="menu:294"><font color="#000000">294</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/14(月)16:13:47 ID:PUAwYUcy</font></dt>
<dd>開けられた鉄柵を通り図書館に入ると、<br>
エドワードとジェームズは印刷室にいた。<br>
<br>
「クーデルカ!」<br>
「良かった!無事だったようだな」<br>
口々に叫び駆け寄る二人。<br>
「そうでもないわ。悪い知らせよ。<br>
 (ジェームズに向かって)多分あんたにはね。<br>
 例の管理人夫婦に会ったのよ…」<br>
「それで奴らは!?」<br>
いきり立つエドワード。<br>
「死んだわ…」<br>
<br>
「この修道院に忍び込む盗賊や無法者を殺していたのはやはり彼らだったのよ。<br>

 でもそれには事情があった…」<br>
いつになく消沈した様子のクーデルカを見て、ジェームズも彼女の話を信じた。<br>

「わからん…。いったいなにが…」<br>
「それはきっとあんたのほうがよく知っているはずだわ。<br>

 オクデンは死んだエレインの復讐をするつもりだったのよ」<br>

「死んだ!?エレインが…!?<br>
 どういうことだ!そんな馬鹿な話があるか!」<br>
<br>
「エレインって誰だ?」<br>
「あたしも知らないわ。<br>
 わかっているのはその女の霊があたしをここに呼んだっていうことだけ」<br>

「ねえ…話して。エレインって誰なの?<br>
 それからパトリックって…?<br>
 パトリックが旅行中に盗賊が押し入ってエレインを殺したって彼らは言ってたわ。<br>

 彼女は管理人夫婦には恩人だったのね。<br>
 だから盗賊や無法者をうらんで片っ端から殺そうとしたんだわ。<br>

 あれは彼らにとって復讐だったのよ」<br>
<br>
<a name="a295"></a></dd>
<dt><a href="menu:295"><font color="#000000">295</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/14(月)16:17:18 ID:PUAwYUcy</font></dt>
<dd>ジェームズは語り出す。<br>
「私は…アイルランドの出身でね。<br>
 家は小さいながら商家を営んで栄えていた。<br>
 幼いころから学業を好んだ私は、やがてイングランドの名門大学に進むことができた。<br>

 もちろん家族の助力のおかげだがね。<br>
 私はそこでパトリックと出会った。<br>
 ともに科学を志す仲間として我々は親しくなった。<br>
 だが同時にエレインという女性をめぐって競い合う敵でもあった」<br>

「私は深く彼女を愛していた。<br>
 だが世の中は愛だけで暮らしていけるものではない。<br>
 家柄も財産もお嬢様育ちの彼女を幸せにする自信は私にはなかった」<br>

<br>
「私はパトリックに道をゆずり…、<br>
 心の傷をいやすためにカトリックの司祭となって俗世を捨てた…。<br>

 私は生来勤勉なたちでね。<br>
 ヴァチカンで重責をまかされるほどの司教になったが…。<br>

 やはり人の情というものは捨てがたいものだ…」<br>
「もう彼らとは二十年以上も連絡を取っていないが…、<br>
 幸せに暮らしてほしいと願っていた。<br>
 こんな事がなければ、二度とパトリックに会おうと思うこともなかっただろう…。<br>

 そうだ…パトリック…。あいつはどうしたのだ…。<br>
 エレインを幸せにすると私に誓ったはずだ!<br>
 なぜこんなことに…」<br>
<br>
「あたしが見た惨状はね…。 <br>
 ただオグデン達が復讐のためにやったとは思えないほど酷いものだったわ…。<br>

 化け物どもが現れる理由だってそれじゃ説明がつかない。<br>

 きっとなにかもっと大きな秘密があるはずよ」<br>
クーデルカは夫婦の遺体から見つけた鍵を掲げた。<br>
「これがパトリックの館の鍵…。行ってみる?」<br>
<br></dd>
<dt><a href="menu:312"><font color="#000000">312</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/16(水)11:27:27 ID:pAukmJjo</font></dt>
<dd>
パトリックの館に行くには、牢獄を通らなければならない。<br>

特別牢に足を踏み入れた三人の前にその部屋のかつての住人、シャルロッテが現れる。<br>

<br>
「シャルロッテ…。これがなんだかわかる?」<br>
クーデルカは探索の中で偶然見つけた、手紙の束を彼女に差し出した。<br>

<br>
――親愛なるわが娘へ<br>
アールデン城で静かに冬の到来を感じながら、<br>
慣れない英語で、これを書き記しています――<br>
<br>
「あなたのお母様があなたに宛てた手紙よ…」<br>
「母様…手紙…、…こんなに?」<br>
<br>
――あなたを幸せにしてあげられることの出来ない私はきっと悪い母親なのでしょう――<br>

<br>
「ハーノヴァー伯の后だったあなたのお母様は、<br>
 密通の子であるあなたを生むとすぐにアールデン城に幽閉されたわ」<br>

<br>
――あなたは私が心の底から愛した人、フィリップ・クリストファーの娘。<br>

あなたの身体には、きっと彼の面影が深く刻まれていることでしょう、<br>

そしてそれはあなたが決して独りではないということ、<br>
あなたが祝福を受けて生まれた子供であることの証なのです――<br>

<br>
<a name="a313"></a></dd>
<dt><a href="menu:313"><font color="#000000">313</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/16(水)11:30:42 ID:pAukmJjo</font></dt>
<dd>
「でも彼女は同じようにこの修道院に閉じこめられたあなたに向かって、 <br>

 たくさんの手紙を書きつづったの。<br>
 あなたの姿を思い描きながらいつか会えますようにって」<br>

 <br>
――叶わぬ願いとは知りながら、あなたに会う日を夢見ずにはいられません。<br>

身体は遠く離れていても、心はいつもあなたと一緒にいます――<br>

<br>
「だけどそれが届くことはなかった」<br>
<br>
――この手紙ももう二十通は超したでしょうか。<br>
拙い筆ながら、少しでもあなたに気持ちが伝わればどんなに嬉しいことでしょう――<br>

<br>
「彼女もあなたの死を知らずに手紙を書きつづけた」<br>
<br>
――あなたのことが知りたい。<br>
たとえひと目でもあなたの成長を見てみたい。<br>
毎日毎日、あなたの無事を祈らない日はありません。<br>
愛しています 心より―― <br>
<br>
「彼女はあなたを愛していたのよ…」<br>
<br>
「そんな…今さら…愛していたですって…?」<br>
愛を知らないまま九才で命を落とし、<br>
何百年も彷徨っていた亡霊、シャルロッテは涙を流していた。<br>

そして今、彼女の霊体は光を放ちながら天に昇ろうとしている。<br>

「いやよ…だめ!怖いわ!<br>
 心が…とけちゃう。そんなのごめんだわ!<br>
 許すなんて!愛されるなんて!」<br>
「あんたなんか大嫌いよ!あんたなんか!あんたなんか!」<br>

クーデルカを罵りながら、少女の霊は消えた。<br>
<br>
「シャルロッテ…。愛されるって…どんな気持ち?」<br>
静かに涙を流すクーデルカ。<br>
彼女もまた、愛されることを知らない一人の少女だった。<br>

<br></dd>
<dt><a href="menu:340"><font color="#000000">340</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/18(金)19:56:53 ID:c2fez75m</font></dt>
<dd>
牢獄を抜けた三人は、鍵を使いパトリックの館に入った。<br>

人気のない館内を探索するうちにエレインの肖像画を見つけたクーデルカは、<br>

その場で招霊を始める。<br>
肖像画から抜け出したように、金髪の美しい女性の姿が宙に浮かび上がった。<br>

<br>
『お久しぶりですわ。オフラハティー様』<br>
「エレイン…。君なのか?」<br>
『ええ…。こんな形であなたと会うことになるなんて残念でなりません。<br>

 この女性が私の声に応えてくれたのですね。<br>
 ありがとう…私のような者のために』<br>
「エレイン…。私には納得がいかないんだ。わけを話してくれ」<br>

<br>
『ええ…お話しましょう。<br>
 私は十八年前…家に押し入った強盗に襲われて死んだのです。<br>

 仕方のないことでした…。<br>
 パトリックもオグデンも商用で外出していたのですから』<br>

「許せん…そんなことがあっていいものか!」<br>
『パトリックもそう言いました。<br>
 私の死が受け入れられなかったのです。<br>
 そして何年もかけて古の秘法を学びました。<br>
 私を生き返らせるために』<br>
<br>
「死者の再生…?フランケンシュタインじゃあるまいし…?」<br>

「フランケンシュタイン?」<br>
「百年も前に書かれたたあいのない小説さ」<br>
エドワードとクーデルカが口を挟んだ。<br>
<br>
『彼は本気だったのです。<br>
 そしてそれを実現するための鍵を手に入れました』<br>
「エミグレ文書…」<br>
『ええ…。彼はオグデンの助けを得て古代ドルイドの力を使い、<br>

 この修道院で再生の儀式を行いました…ですが』<br>
「うまくいかなかったのね?」<br>
『再生したのは身体だけだったのです。<br>
 私の魂はこうしてさまよったまま。<br>
 身体とひとつになることはありませんでした。<br>
 そして恐ろしいことに、私の身体は心を持たない怪物となってしまったのです』<br>

<br>
<a name="a341"></a></dd>
<dt><a href="menu:341"><font color="#000000">341</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/18(金)19:59:43 ID:c2fez75m</font></dt>
<dd>
『あれは私の姿をしていますが、決して私ではありません。<br>

 オフラハティー様…お願いです。<br>
 あなたのお力で私の身体を塵にもどしてください』<br>
「塵に…?<br>
 だがそんなことをすれば君は生き返れなくなってしまう…」<br>

『オフラハティー様…。<br>
 確かに私は盗賊に命を奪われました。<br>
 彼らは憎いかたきかもしれません。<br>
 ですが私の死は神様がお決めになったこと。<br>
 どうか私の死を嘆かないでください』<br>
『私を生き返らせようというあの人の行いはまちがいでした。<br>

 悲しんではいけません。死は神の御心のゆえです。<br>
 どうぞ私の身体を滅ぼしてください。<br>
 あれは天の摂理にそむくもの。この世にあってはならないものです』<br>

そう言い残し、エレインの姿は消えていった。<br>
<br>
「待ってくれ!エレイン!<br>
 惨い…。なぜこんな惨いことが…」<br>
ジェームズは床に膝を落とした。<br>
「私は君の幸せのためにすべてをあきらめたというのに…。<br>

 これでは…。私の人生は…。<br>
 ちくしょう!私はなんのために今まで…」<br>
謹厳実直なカトリック司教の顔を脱ぎ捨て、<br>
泣きながらエレインの名を呼ぶジェームズ。<br>
クーデルカとエドワードはかける言葉もない。<br>
<br></dd>
<dt><a href="menu:366"><font color="#000000">366</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/21(月)18:00:32 ID:iQKRKpOl</font></dt>
<dd>
エレインを救う方法を探すため、再び館内を探索する三人。<br>

寝室に隠された書庫に入ると、ロジャー・ベーコンが本の山を漁っている。<br>

<br>
「なんだ…遅かったではないか」<br>
三人に気付いたロジャーがクーデルカに言った。<br>
二人がすでに知己である様子に驚くエドワードとジェームズ。<br>

「こいつは棺桶の中にいたミイラだろ…。<br>
 いつの間に知り合いに?」<br>
「ミイラではない!<br>
 わしの名はロジャー・ベーコン。何の変哲もない老人じゃ」<br>

「俺は二十年生きてるがあんたみたいな変哲な奴は初めてだ」<br>

「そうかね。<br>
 わしは六百年ほど生きておるからこの程度の変わり者は何人も見たわい」<br>

<br>
「失礼だが…。十三世紀の魔術博士ロジャー・ベーコンとなにか関係が?」<br>

「よく知っておるではないか。<br>
 わしがその魔術博士ロジャー・ベーコンその人さ」<br>
「それではあなたは一二一〇年に生まれ、一八九八年の今日まで生きてきたと?」<br>

「正確には一二一四年だ」<br>
「クーデルカ…。いったいなんの冗談だ」 <br>
「あたしがききたいわ」<br>
<br>
「冗談なものか!わしはれっきとしたロジャー・ベーコンだ」<br>

「じゃああんたはなんという学校で誰に学んだのかね?」<br>

「ぞうさもない。一二四七年からオックスフォードに学び<br>

 ロバート・グローステストに師事した。<br>
 良い師ではあったが賢明ではなかったな」<br>
「わしは『大著作』をはじめ自然科学に関する重要な本を何冊も書き記した。<br>

 この分野における先駆として後世に多大な影響をあたえたが、<br>

 わしにとって真に重要な仕事は、法王ホープの命令により<br>

 『エミグレ文書』を筆写したことにある」<br>
<br>
<a name="a367"></a></dd>
<dt><a href="menu:367"><font color="#000000">367</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/21(月)18:02:47 ID:iQKRKpOl</font></dt>
<dd>「エミグレ文書?やはり知っていたのか?」<br>
「あたりまえだ。五年もかけて書き写したのだぞ。<br>
 あの本のことならすみからすみまで知っておる」<br>
「どういうものなの?」<br>
「大地より湧き出でる生命の秘密!<br>
 古の民族フォモールが行っていた秘儀…。<br>
 不死や…あまつさえ死者の再生を我がものにし、<br>
 自然の持つ輪廻の法則さえもあやつる…。<br>
 ドルイド僧が継承したそのわざを<br>
 かのアレクサンダー大王が図書館におさめるべく書き記させたのがそれだ」<br>

<br>
「死者の再生…。やはり」<br>
「エミグレ文書は長い間もっとも危険な文書として<br>
 法王庁の奥深く秘蔵されてきたが…、<br>
 数世紀にわたる保存に耐えられなくなり、<br>
 法王の命により新たに筆写されることになった。<br>
 その任に当たったのがこのわしだ」<br>
「もっとも仕事が終われば殺されるはずだったらしいが、<br>

 わしがそんな油断をするものか!<br>
 密かに脱出してエミグレ文書に記されたこの聖地へ向かった」<br>

<br>
「それではまさか…秘儀を?」<br>
「試したさ!わが身を使ってね」<br>
「成功したのね…」<br>
「だが人には勧めんぞ。確かに死をまぬがれはしたがな…。<br>

 生命のしくみを根本から変える。激しい変化に身体が耐えられず、<br>

 このとおり世にも醜いありさまになってしまった…。<br>
 しょうがないから三百年ほど世界をめぐってな…、<br>
 人間の愚かさも見尽くしたゆえ…ここに戻って隠遁しておったのだ」<br>

<br>
「さて…話も終わった。わしは少し調べものがあるでな。<br>

 ひとりにしておいてもらおうか」<br>
<br>
<a name="a368"></a></dd>
<dt><a href="menu:368"><font color="#000000">368</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/21(月)18:07:04 ID:iQKRKpOl</font></dt>
<dd>
書庫を追い出され、他の場所で手がかりを探すうちに<br>
三人はパトリックの研究日誌を見つける。<br>
そこには三年前、パトリックと管理人夫婦が修道院に移り住んでからの<br>

恐ろしい日々がつづられていた。<br>
<br>
『文書に記されたウェールズのこの地にたどり着き、<br>
 聖人ダニエル・スコトゥスの開いた修道院で我が妻エレインの再生に<br>

 着手することが出来る。決して後悔はない』<br>
<br>
『調べれば調べるほど、この修道院はおぞましい建物であることが分かる。<br>

 あらゆる場所に死者の怨念が渦巻いているのを感じる。<br>

 しかしエミグレ書によれば、その怨念の力こそがドルイドの秘法を<br>

 復活させる大きな原動力となるのだ。<br>
 この場所を怨念で満たさねばならない』<br>
<br>
『聖堂の地下に埋められていた大釜が秘密の鍵を握っていることが分かった。<br>

 早急に祭壇を築いて、儀式を行う準備を整えよう』<br>
<br>
『ドルイドの儀式には生贄を捧げることが不可欠だ。<br>
 大釜を新鮮な血と肉で満たさねばならない。全てはそれからだ』<br>

<br>
『ロンドンより戻る。特別あしらえで仕立てた馬車はずいぶん調子が良いようだ。<br>

 後ろの籠に女を三人閉じこめてある』<br>
<br>
『神よ、私は今日、間違いなく、人が犯してはならない大きな罪を犯した。<br>

 娼婦達の血と肉をもって、ドルイドの儀式を行った。<br>
 大釜の中に彼女たちの生命の残滓を注ぎ込むと<br>
 凄まじい勢いで場の霊力が強まっていくのが感じられる』<br>

<br>
<a name="a369"></a></dd>
<dt><a href="menu:369"><font color="#000000">369</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/21(月)18:09:33 ID:iQKRKpOl</font></dt>
<dd>
『犠牲者が足りない。ダニエル・スコトゥスの強力な聖蹟に<br>

 押さえ込まれているため、満足に力を顕現できないのだ。<br>

 より多くの人間をこの場所で生贄にする必要がある』<br>
<br>
『今日やっと、新しい犠牲者の一便が着いた。<br>
オグデンの提案で、人買いの元締めに巨額の金をつかませたのは正解だった』<br>

<br>
『この頃ではまた、ずいぶんと手際よく作業が出来るようになった。<br>

 オグデンと二人ではこれ以上効率を上げることは難しいが、<br>

 さりとて秘密を守るためには、人を雇うわけにもいかない。<br>

 そこでマンチェスターの機械製作所に、作業台を発注することにした』<br>

<br>
『午前中六人解体。午後五人。夕食後一人』<br>
<br>
『今日という日をどれだけ待ったろう。<br>
 いよいよエレインを再生させるための儀式を執り行う日が来たのだ。<br>

 大釜は全て娼婦達の血と肉で満たした。<br>
 今やこの修道院は、恐ろしいまでの霊力で満ち満ちている。<br>

 たとえ聖人といえど、これ程強い怨念の力に抗することは出来まい。<br>

 保存しておいたエレインの遺骸を祭壇に運び込んで、祭儀の呪文を施した。<br>

 エレイン、君は今も変わらず美しい。愛している。<br>
 死者の国から君を呼び戻そうとする私を許してくれ』<br>
<br>
『なんということだ。全ての希望は去った。<br>
 あらゆる希望も、望みも、全てただの幻だったのだ。<br>
 エレインの遺骸を包み込むように伸び上がった生命の木は、<br>

 確かにドルイドの秘法を顕現するものだった。<br>
 だがしかし、恐るべきことに、再生して花弁の中から現れ出た私の妻は、<br>

 昔の姿そのままながら、人間としての魂を失っていた。<br>

 まさにそれは、怪物だった。<br>
 何百人の娼婦達を犠牲にして、私はいったいなにを為したのか』<br>

<br>
『私に残された道はひとつしかない。<br>
 あまりに多くのものを私は失いすぎた。<br>
 ともに力を尽くしてくれたオグデンには、詫びる言葉もないが、<br>

 許してくれ、私にはもう、どうすることも出来ないのだ。<br>

 今はただ、静かに、妻とともに眠りたい』<br>
<br>
日誌はそこで終わっていた。<br>
<br>
<a name="a370"></a></dd>
<dt><a href="menu:370"><font color="#000000">370</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/11/21(月)18:12:43 ID:iQKRKpOl</font></dt>
<dd>
研究日誌を持ち、三人はロジャーのいる書庫に戻った。<br>
ロジャーはまだ調べものをしていた。<br>
 <br>
「なんだ…。まだなにか用なのか?」<br>
「これを見てもらいたい」<br>
「研究日誌?」<br>
「教えて…そこに書かれたことが本当にありうるのかどうか」<br>

「どれどれ…。ふん…ふん…。<br>
 なるほど死者の再生をな…。<br>
 大釜か…。まさにブランウェンの昔話だ。<br>
 おそらくここに書いてあることは事実であろうよ」<br>
「やっぱり…。だがそんな…」<br>
<br>
「わしは試さなんだがな。<br>
 確かにエミグレ文書には死者の再生にかんする記述がある。<br>

 だがこれを読んでもわかるとおり、ちっと準備がめんどうくさい。<br>

 死んでしまったものを呼び返すというのは<br>
 生きているものを不死にするよりはるかに強い霊力がいるからな。<br>

 まさか実際に挑むものがおったとは…」<br>
「身体は生き返ったけど、魂はもどらなかったとあるわ」<br>

「当然であろう。<br>
 古の民族は生命の秘密は手にしたが、魂の秘密には触れるべくもなかった。<br>

 彼らは死者をよみがえらせて労働力として使うことで<br>
 強大無比な文明を築いたがしょせんは人形と同じさ。<br>
 ただ人間の体をあやつったにすぎん」<br>
「それじゃあ…」<br>
「むろん、死んだ人間を昔のままに生き返らせようなどというのは無理な話だ」<br>

<br>
「じゃあ生き返った身体を再び大地にもどすにはどうしたいいんだ!」<br>

「それはむずかしい注文だ。すでに天地の理からはずれておる」<br>

「頼む!教えてくれ!それが故人の願いなのだ…!」<br>
「ふむ…。手がないではないが…。<br>
 そのためには強力な聖跡の力を借りねばならん。<br>
 この修道院を建立したダニエル・スコトゥスの腕が<br>
 石像の中におさめられて残っているはずだ。<br>
 あれをその大釜の中に投げ込めば、生命の木の源を断つことができよう。<br>

 その後は、火の力を呼ぶか水にまかせるか…わしにも見当がつかん」<br>

<br>
「火か…水か…」<br>
「どうしたらいいの?」<br>
「聖なるかな!祝福あれ!全ての苦しみはいつかは終わるのだ!」<br>

ロジャーの奇矯な叫びを聞きながら、三人は顔を見合わせた。<br>

<br></dd>
<dt><a href="menu:574"><font color="#000000">574</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:09:16 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>石像の中に隠されていたダニエルの腕を携え、<br>
三人は大釜のある大聖堂の扉の前にたどり着いた。<br>
しかし、その扉は内側から堅く閉ざされていた。<br>
<br>
「銃で撃ったって開きそうにないぞ。どうすりゃいい!」<br>

「ここまで来て入れないなんて」<br>
<br>
「クーデルカ…エドワード、君らはここで帰ってくれ。<br>
 この騒ぎはどうやら私の友人が起こしたことのようだ。<br>

 今さら助けを頼める筋合いではないことはよくわかっている。<br>

 この先は私一人で片をつける」<br>
「かんちがいしないで。あんたのために行くんじゃないわ」<br>

「いや…君はもどるべきだ。ここから先は危険すぎる」<br>
エドワードもジェームズに賛同した。<br>
「エドワード…、あんたこそここにいるべきじゃないわ。<br>

 あんたは確かに腕も立つし場数もふんでる。<br>
 ためらいなく人も殺せるでしょう。でも結局は普通の人間なのよ。<br>

 あたしはちがう。こういう世界でしか生きられない。<br>
 ここにしか居場所のない人間だわ」<br>
<br>
「説教はやめてくれ!俺は俺の生きたいように生きる。<br>
 命を惜しんで平凡に暮らすなんてまっぴらだ。<br>
 後先考えずにやりたいことをやるのが俺の流儀でね。<br>
 人生は博打さ。<br>
 賭けたからには勝つまで続けるか…さもなきゃ死ぬかだ」<br>

「エドワード…。あんたは本当に馬鹿だわ」<br>
「らしいな」<br>
<br>
<a name="a575"></a></dd>
<dt><a href="menu:575"><font color="#000000">575</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:11:13 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>「好きにしたまえ」<br>
ジェームズがあきらめたように言った。<br>
「させてもらうさ」<br>
「いばったってこの扉が通れなきゃしょうがないわ」<br>
「そうだ…手はある。<br>
 パトリックの館を調べたとき、実験室に薬品がそろっていただろう。<br>

 私の知識があればあれを使ってニトログリセリンを合成できる」<br>

「そいつはいい。強力な爆薬だ!」<br>
「この扉ならフラスコ一杯で十分だ。<br>
 運ぶ途中で落としでもしたらたちどころに天に召されるがな」<br>

<br>
その時、大聖堂の鐘楼の鐘が鳴り響き出した。<br>
黙って耳を傾ける三人。<br>
『いくぞ。それで事はすむ。<br>
 鐘が俺を呼んでいる』<br>
『聞くなよダンカン。あれはおまえを送る鐘だ。<br>
 天国へか地獄へか、それは知らん』<br>
エドワードの軽口にこたえながら、ジェームズは実験室に向かって歩き出した。<br>

<br>
「私は作業を始めるから、君達は待っていてくれたまえ」<br>

ジェームズを待つ間、手持ちぶさたなクーデルカとエドワードは<br>

書斎の暖炉の前で酒盛りを始めた。<br>
<br>
「それで?そのメラニーって女はどうしたの?」<br>
「もちろん朝には消えてたさ。<br>
 部屋の中のものをあらいざらい持ってね」<br>
「あんたってつくづく女運がないのね」<br>
「昔の人は言ったよ。女と別れるこつは出て行かせることだって」<br>

「負け惜しみだわ」<br>
怪物に立ち向かう恐怖を打ち消すように泥酔し、笑いあう二人。<br>

<br>
<a name="a576"></a></dd>
<dt><a href="menu:576"><font color="#000000">576</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:13:55 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>「でもいいわね。悪口を言いあえる仲間がいて…。<br>
 あたしはひとり…。ずっとひとりで暮らしてきた」<br>
「でも子供の時があっただろう?」<br>
「ええ…あったわ…。<br>
 あたしが生まれたのはタリエシンっていう河のほとり。<br>

 ちっぽけな村だった…。<br>
 楽しい思い出が?ううん…。あまりおぼえていないわ…」<br>

<br>
「あたしたちは青空の下で生まれ、青空の下で死ぬの。<br>
 それがあたしたちのおきて…」<br>
「じゃあ君も青空の下で死ぬのか?」<br>
「……。<br>
 あたしたちは生まれたときにあだ名をもらうのよ。<br>
 あたしの名前はスラトー」<br>
「スラトー…。不思議な響きだな。なんて意味なんだ?」<br>

「教えられないわ」<br>
「それもおきてってやつか?」<br>
「そう…おきてよ!」<br>
<br>
「初めて見たときから君の瞳にはなにか謎めいたものを感じた。<br>

 それは君が孤独だったからなのかな。<br>
 『心の奥もつらぬく 君のまなざしの光は <br>
  望みで燃え立たせ 恐れで心を沈める』」<br>
「またバイロン?」<br>
「まあね」<br>
「お気に入りなの?」<br>
「そう…。なんだか自分に似ている気がして…」<br>
「じゃあそいつもうぬぼれ屋なのね!」<br>
「ロマンチストと言って欲しいな」<br>
<br>
<a name="a577"></a></dd>
<dt><a href="menu:577"><font color="#000000">577</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:15:21 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>「俺の親父は厳格な人でね。<br>
 自分の息子がありもしない冒険や理想郷に思いをはせて<br>

 学業をおろそかにするのを許さなかった。<br>
 だから子供のころの俺は、夢や空想や自分の大好きなことを<br>

 役に立たないむだなものだど押さえつけられて育った。<br>

 まるで自分が役立たずだと言われてる気がしたよ…。<br>
 まあ実際…、そうなのかも知れないが…」<br>
<br>
「俺はきっと遅く生まれてきてしまったんだ。<br>
 俺が十五になるころには華々しい冒険はとっくに終わってた。<br>

 西部開拓時代はすぎ、ジャングルは植民地にされ<br>
 俺にはさすらうべき荒野も、切り開くべき密林も残っちゃいなかった。<br>

 あてもなく…俺は国中を流れて歩いた」<br>
<br>
「そりゃけんかもする。良くない遊びもする。<br>
 たまには命のやり取りだってするだろう。<br>
 でもそれは決して本気じゃない。<br>
 俺が求めてるのはそんなものじゃないんだ。<br>
 うまく言えないんだが…、<br>
 俺は今でもなにか目に見えない宝物を探している気がするよ」<br>

<br>
「クーデルカ…、君がうらやましい…。<br>
 他人にない霊能力を持って自由気ままに暮らせる君が…」<br>

「あんたにあたしのなにがわかるの?<br>
 あたしがどんな風に育ってきたか知ってるっていうの?<br>

 笑わせないでよ。なにが冒険よ…。<br>
 あんたなんにもわかっちゃいないわ!<br>
 あたしがこのくだらない力のせいでどんな目にあってきたか」<br>

<br>
<a name="a578"></a></dd>
<dt><a href="menu:578"><font color="#000000">578</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:17:37 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>「あたしの父親はあたしが小さいころ死んだわ。<br>
 場所も時間も死に方もあたしが霊視したとおりだった。<br>

 あたしは自分の父親の死を言い当てたのよ。<br>
 あたしは呪われた子供。持ってはいけない力を持った子供。<br>

 母はあたしを恐れ、憎んだわ…。<br>
 自分の手で殺そうとするほどに…。<br>
 あたしは長老会の裁定で村を追放になった。<br>
 あたしはまだ九才だった」<br>
<br>
「九つの子供が身寄りがなくてどうやって生きてきたかあんたにわかる?<br>

 なにが宝物よ…。冗談じゃないわ。<br>
 あんたは泣いて物乞いをしたことがある?<br>
 今夜凍え死ぬのが怖くて体を売ったことがあるっていうの?」<br>

<br>
「あのころのあたしはシャルロッテと同じ。<br>
 あの子が「自分は愛されたことがない」って泣いたとき…、<br>

 身を切られるような思いがしたわ。<br>
 あれはあたし!<br>
 あたしも「みんな死ねばいいのに」と思ってた。<br>
 すべての人間を憎んでた」<br>
<br>
「でもいいわよね。あの子は行けたんだもの、天国に。<br>
 あたしは今も生きて…ひとりぼっち…。<br>
 誰も助けてくれなかったわ。誰も!」<br>
「クーデルカ…おまえ」<br>
「あたしはあんたがうらやむような自由な人間じゃない。<br>

 無知で貧しくてうすぎたない女だわ。<br>
 食うために自分の誇りさえ捨てるような!」<br>
<br>
<a name="a579"></a></dd>
<dt><a href="menu:579"><font color="#000000">579</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:21:30 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>
「でもね…、こんなあたしでも人の役に立てることがあるのよ。<br>

 あたしの力で人の傷をいやすとき、<br>
 少しだけ…生きててよかったと感じるわ。<br>
 愛されなくたっていい。生きている意味が欲しい。<br>
 誰かに必要だって言われたいのよ。<br>
 そうでなくちゃ、あんた…、あんたなんかに…、<br>
 わかって…、たまるもんですか…」<br>
すすり泣くような声はとぎれ、クーデルカは子供のように丸くなって眠り込んだ。<br>

そんな彼女の背中を、エドワードは酔いの醒めた目で黙って見つめていた。<br>

<br>
「出来たぞ!完成だ!」<br>
ジェームズが作ったニトログリセリンを持って三人は閉ざされた扉の前にもどった。<br>

戸口にフラスコを置き、距離を取ってからエドワードが銃で着火。<br>

爆発が起こり、大聖堂への道は開かれた。<br>
<br>
「すげえ…」<br>
ランタンを手に最初に足を踏み入れたエドワードが呟いた。<br>

大聖堂の中は地下から伸び上がり天井を突き破る巨大な生命の木と<br>

脈動する蔓によって蹂躙されていた。<br>
棺桶の下に隠された地下室を見つけ、降りてゆくとそこには<br>

日誌にあった大釜と、そして蔓に絡まれ絶命したパトリックの死体が転がっていた。<br>

「パトリック…。哀れな…」<br>
<br>
あとは大釜にダニエルの腕を投げ込むばかりだ。<br>
しかし、そのあとに火を呼ぶか、水を呼ぶかはどうしても分からなかった。<br>

大釜の前で車座になり考え込む三人。<br>
突然ジェームズが立ち上がり、灯油の缶を手に取った。<br>
「どうすんだ…そんなもの。まさか…!」<br>
「手伝えとは言わんよ。これは私ひとりの問題だ」<br>
そのまま床に灯油をばらまき始めるジェームズ。<br>
<br>
<a name="a580"></a></dd>
<dt><a href="menu:580"><font color="#000000">580</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color="#000000">クーデルカ</font></a></b> <font color=
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"2">2005/12/12(月)17:26:58 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>「いいんだな?」<br>
ダニエルの腕を持ち、ジェームズはクーデルカとエドワードに問いかけた。<br>

最後まで付き合おうという二人の気持ちは変わらなかった。<br>

「聖ダニエル・スコトゥスよ!我らに魔を退ける力を与えたまえ!<br>

 アーメン!」<br>
祈りの声とともに大釜に腕を投げ込むと、大釜が沸騰し<br>
それまで力無く垂れ下がっていた無数の蔓が再び蠢き始めた。<br>

あわてて階段を駆け上がり、地下室を出る三人。<br>
暴れ回る触手のような蔓を避けながら、割れたステンドグラスを通って外に逃れる。<br>

<br>
「汝、塵より生まれしものよ!おとなしく塵に還るがいい!」<br>

灯油をばらまいた床に向かってジェームズはランタンを投げつけた。<br>

たちまち火が燃え上がり、大聖堂内は炎の海と化した。<br>
<br>
外壁に設けられた階段を上り、三人はエレインの姿をした怪物を倒すため<br>

大聖堂の塔を登り始めた。<br>
追ってくる蔓と戦いながら進み、塔の中程で生命の木の巨大な花のつぼみを見つける。<br>

息をのみ、見守る三人の目の前でつぼみはゆっくりと開き始めた。<br>

中から現れた美しい怪物は、突然強烈な光熱波を吐きかけてきた。<br>

クーデルカは霊力の宿るペンダントでそれをはじき返す。<br>

蜘蛛のような動きで飛び上がり、天井を跳ね回る怪物。<br>
エドワードの放った銃弾が怪物をとらえ、撃ち落としたかに見えたが<br>

ほとんどダメージを受けた様子もなく復活する。<br>
怪物に追われ、再び階段を駆け上がる三人。<br>
<br>
鐘楼のある塔の屋上まで追いつめられたクーデルカ達の前で<br>

怪物は巨大な植物のような姿に変態する。<br>
怪物の咆吼に呼応するように、荒れ狂う空から雷が落ち<br>
鐘楼の天井は崩れ落ちた。<br>
瓦礫の中、長い夜の終わりを告げる最後の戦いが始まった――。<br>

<br>
<a name="a581"></a></dd>
<dt><a href="menu:581"><font color="#000000">581</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color=
"#000000">クーデルカ グッドEND</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:30:39 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>クーデルカ達は苦闘の末、怪物に勝った。<br>
身体のあちこちから血を吹き出しながら、怪物は金色の光を発し<br>

塵に還ろうとしている。<br>
その様子をジェームズは苦しげに見守っていた。<br>
怪物の顔は不思議と穏やかな表情を浮かべ、<br>
なにかを言おうとするかのように唇を動かしながら、下階の炎の中に落下していった。<br>

<br>
クーデルカ達の戦いの様子をロジャー・ベーコンは遠くから見ていた。<br>

「ずいぶんと面白いものを見せてもらったわい。<br>
 こりゃ眠るには惜しい時代かもしれん」<br>
<br>
夜明けを迎えた塔の屋上で、クーデルカとエドワードは力を使い果たして横たわり、<br>

ジェームズは瓦礫の石に腰掛けて海を見ていた。<br>
「なあクーデルカ…。彼女は何を言おうとしていたんだろう」<br>

「死んだ人は何も言わないわ。想い出になるだけ…」<br>
「そんなもんか…?」<br>
「まあね…」<br>
<br>
「想い出か…。昔誰かに言われた気がする…。<br>
 死は想い出…。想い出は永遠の絆…」<br>
呟きながら涙を落とすジェームズを、<br>
海から立ち昇る日の光がやさしく包み込んでいった。<br>
ネメトン修道院の深き闇は今、祓われた――。<br>
<br>
                  <END><br>
<br>
<a name="a582"></a></dd>
<dt><a href="menu:582"><font color="#000000">582</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color=
"#000000">クーデルカ バッドEND</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:33:19 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>クーデルカ達は苦闘の末、怪物の前に倒れた。<br>
クーデルカとエドワードは傷つき、すぐには動くことも出来ない。<br>

<br>
「神よ!私がいけないのか!<br>
 邪な動機から信仰の道を志したから私を罰しようというのか!」<br>

ジェームズは最後の力を振り絞り、十字架を手に立ち上がった。<br>

「よかろう…。それがあなたの望むことならば。<br>
 捕らわれるべき者は捕らわれていく。<br>
 剣で殺されるべき者は剣で殺される!」<br>
十字架を掲げ、向かってくるジェームズに怪物は後ずさった。<br>

「私は私のあるべき姿を…喜んで受け入れよう!<br>
 ずっと愛していた…エレイン…」<br>
泣きながら十字架を頭上高く突き出すジェームズ。<br>
<br>
その時、天から光が降り注ぎ、怪物とジェームズを取り巻いた。<br>

光の中で、怪物は生前のエレインの姿を取り戻していく…。<br>

「帰りましょうジェームズ…。懐かしいあの日に…」<br>
やがて光は、ジェームズとエレインとともに天に吸い込まれるように消えていった。<br>

<br>
呆然と見守っていたクーデルカとエドワードの目の前で、突然下階から炎が噴き出した。<br>

「駄目だわ!もう炎がここまで!」<br>
「馬鹿言え!まだ手はある!」<br>
エドワードはクーデルカを抱き上げ、屋上の端に立った。<br>

「大丈夫だ…。俺を信じろ」<br>
背後で炎が爆発するのとほぼ同時に、エドワードはクーデルカを抱えたまま飛び降りた。<br>

<br>
<a name="a583"></a></dd>
<dt><a href="menu:583"><font color="#000000">583</font></a> <b><a href=
"mailto:sage"><font color=
"#000000">クーデルカ バッドEND</font></a></b> <font color=
"#8080FF" size="2">sage</font> <font color="#808080" size=
"2">2005/12/12(月)17:37:38 ID:k4mL+Z+1</font></dt>
<dd>一夜明け、輝く太陽の下でロジャー・ベーコンは<br>
塔の瓦礫から一冊の本を拾い上げていた。<br>
「近頃の若い者は無茶をするのう」<br>
<br>
庭の壁際に作ったテントから出てきたエドワードは、<br>
炎も収まり煙を上げる塔を見上げていた。<br>
「あら…晴れたのね。もう少し露ってればいいのに…」<br>
テントの中で髪を直しながらつまらなそうに言うクーデルカに、<br>

エドワードは優しく微笑んだ。<br>
<br>
修道院の前で荷物をのせた馬に乗り、<br>
エドワードはクーデルカに別れを告げようとしていた。<br>
「さよなら…自惚れ屋さん。次は遅い馬を買うことにするわ」<br>

「なあ…お前のあだ名…。スラトーってどういう意味なんだ。教えてくれないか?」<br>

「た…『宝物』っていう…意味よ…」<br>
「そいつはいい!おぼえとくよ!」<br>
<br>
「よいのか?後を追わなくて…」<br>
去っていくエドワードを見送るクーデルカにロジャーが問いかけた。<br>

「いいの…。あの人とはきっとまたどこかで会えそうな気がするから」<br>

淋しげに目を伏せながらも、<br>
クーデルカは心の中になにか温かいものが宿っているのを感じていた――。<br>

<br>
                  <END></dd>
</dl>