デビル メイ クライ 4 (Part1/2) ページ容量上限の都合で2分割されています。

要約 part35-570、part36-395

詳細なストーリー part35-562~569、part36-388~394 以降、2008/05/31~2009/4/3にWikiに直接投稿


悪魔でありながら魔から人間を護った魔剣士スパーダ。
彼を「神」として崇める「魔剣教団」の大祭の日、謎の男(プレイヤーには既知だが正体はスパーダの息子ダンテ)が現れ、演説中の教皇を殺害してしまう。
騎士団長クレドに命じられ、教団騎士ネロ(何故か右腕だけ悪魔パワー保有。でもみんなにはヒミツ)は男を追う。
道中何故か続々現れる巨大な悪魔を片端からブッ倒すものの片っ端から逃げられ(or新手が現れ)微妙に消化不良になりつつも先を急ぐが、途中教団員アグナスにより自ら召還した悪魔から人々を護ることで信仰を集めるという教団の自作自演救世主計画を明かされる。
更に教皇をはじめ教団員の大部分が帰天と称した悪魔との融合を果たしていたのだった。
隙を突かれてピンチになるネロだが、何故か不思議パワー(スパーダの血族なのらしい)で研究材料らしい謎の日本刀(ダンテの兄の形見閻魔刀)を腕に取り込みアグナスの魔の手から脱出。
その後教団本部でクレド(勿論悪魔と融合済)ともバトルになり、悪魔パワーで勝った所をクレドの妹で幼馴染のキリエに見られてしまう。(アグナスがネロを動揺させるために連れて来た)
キリエを人質に取られたネロは既に復活していた教皇に挑むが召還された神(という名のでかい石像。勿論こいつも悪魔)の中に「神」完全復活のための礎として閻魔刀(もともと魔界と人間界を分けるための封印の鍵だった)ごと捕らえられてしまう。
ネロを救おうとして返り討ちにあい、虫の息のクレド(妹を利用されたことに憤り裏切った)に頼まれたこともあり、これまでちょこちょこネロに絡んできてたダンテがネロとプレイアブルキャラをバトンタッチ。本格的に事態の収拾へ動き出す。
(つってもネロが逃がした巨大悪魔を片っ端から倒して召還の鍵になってた魔具に戻し、奴らが出てきた魔界の門(魔具が鍵?)を閉じる(壊す)だけ。あとアグナスもついでに倒した)
最大の門を開く鍵になってた閻魔刀を取り返したダンテがそれを「神」体内のネロにパス。
ネロは「神」体内で教皇をブチのめして先に捕らえられてたキリエと共に脱出。
ダンテとネロによって外と内からボコられてボロボロ状態の「神」を、ネロが灼熱ゴッドフィンガーでトドメ刺してエンド。
ダンテはネロに閻魔刀預けて帰った。ネロはキリエとチューしようとするのを悪魔に邪魔されエンドロールでボコりまくる。
裏エンド(エンドロールで規定時間キリエ護りきったら発生)
事務所に帰り雑誌読んでくつろいでるダンテの前で今回の依頼者であるレディと相棒のトリッシュが依頼料の事で険悪に。
辟易としている所で「合言葉」の電話がかかってきて、ダンテ(とトリッシュとレディ)は嬉々として新たな悪魔狩りに向かうのだった。


562 :DMC4:2008/03/04(火) 10:38:08 ID:SEvVVZ/50
夕暮れに沈む裏路地を、濃紺のコートの裾を翻してまっしぐらに駆ける影がある。
辺りには家路を急ぐ人影もなく、ただ宵風に吹き散らされた紙くずが寂しげに舞っているばかりだ。
暮れなずむ街並の向こうには、夕日を浴びた聖堂の尖塔が白々と光っていた。

パイプオルガンの荘厳な音色が薄暗い聖堂のうちに満ちていく。
舞台の上にスポットライトが降り注ぎ、修道女を連想させる慎ましげなデザインのドレスに身を包んだ女性を照らし出す。
金の冠に飾られた頭をゆっくりともたげ、満場の聴衆を見渡すと、
女性はいまだあどけなさの残る瞳を祈るように静かに閉じて、大きく一つ息を吸った。
伸びやかな歌声が篝火の下、目深にフードを被った人の群れを俯瞰して流れ出す。

駆けどおしに駆けてきたコートの若者の足が唐突に止まる。
その行く手に異形の者たちが現れて、道一杯に立ち塞がっていたからだった。
怯える事もなく、背を向けることもなく、若者はむしろ射すくめるように悪魔たちを睨みつけると、
銀の髪を流星のように煌めかせ、敵に向かって一直線に駆け出した。

明るい栗色の髪を揺らし、腕に掛けた黒いショールをそよがせて、訥々と、語りかけるように彼女は歌い続ける。

首に引っ掛けたヘッドフォンを構いつけもせず跳び蹴りで数匹をまとめて吹き飛ばし、
同じく数匹を左腕一本でまとめて殴り倒し、振り下ろされた剣を左手で受け止めてそいつごと振り回し、
奪った剣を左手にたずさえて更に次々と敵を屠っていく。
使っているのは左手だけだ。右手は怪我をしているのだろうか、ギプスで固められ、包帯によって吊られていた。

間奏の間、聴席を見渡していた女性が眉をふと曇らせる。
満員の座席の中、彼女の視線の先の席だけが空っぽのままだ。
563 :DMC4:2008/03/04(火) 10:38:35 ID:SEvVVZ/50
壁を走り、飛び石渡りに悪魔たちを蹴りつけながら若者は剣を振るう。
曲芸というにはあまりに人間離れした動きで宙を駆け、地に着くまでに何匹もの悪魔が塵に返った。

「賛美歌」を歌う彼女の背後を巨大な像が見下ろしている。
「神像」であるはずのその石像は、しかし奇妙なことに悪魔のような角を生やしているのだった。

壁に地に、叩きつけられて爆散する敵を省みる事もなくその脇をすり抜け、若者は猛烈な勢いで駆けていく。
その背を見送る裏路地からは異形の影は一掃されて、再び寂然とした静けさだけが横たわっていた。

透き通ったソプラノの余韻が高天井に消え、入れ替わりに穏やかな拍手が聖堂を満たした。
一旦はそれに笑顔で応えたものの、すぐに再び気遣わしげな表情に戻ってしまった彼女は
辺りを見回し、とある一角に目を留めた所で再び眉を開く。
そこに居たのは彼女の幼馴染。
肩を背もたれに引っ掛けるような、いささか不遜な態度で席についてはいるが、
彼女の晴れ舞台を見るために随分急いで走ってきてくれたのだろう、
息を切らした様子で気だるそうにこちらを眺めている。
それを証拠に彼女の視線にかち合うと、彼は肩をゆすり上げながら皮肉げな、
にもかかわらずどこか温かみのある微笑を寄越し、
そこではじめて彼女の頬に気恥ずかしげながらも嬉しげな、花のような笑みが浮かんだのだった。

沈みかけた夕日は更に熟し、尖塔を赤々と染めている。
冷たさを増した宵風に、その残照よりもなお赤い、血の色をしたコートを翻す影がある。
煤けたビルの立ち並ぶ裏通り。
そのうちの一つの屋上に陣取って、彼は泰然と聖堂を眺めている。
落日を跳ね返して輝く髪は銀、背には不釣合いなほどに長大な、抜き身の剣が光っている……。
564 :DMC4:2008/03/04(火) 10:39:20 ID:SEvVVZ/50
「今より2000年前―――魔剣士スパーダは悪魔でありながら、我ら人間のために剣を取ってくださった―――」
彼を迎える盛大な拍手が収まると、白を基調にした豪奢な僧衣に身を包み、
同じく豪奢な赤みがかった金の飾りのついた白い僧帽を戴いた老齢の男はしわがれた、
けれども朗々とした声で語りだした。
悪魔スパーダを讃える言葉、けれどもそれはこの場においてなんら異常なものではない。
老僧の背後に佇む巨像が悪魔の角を生やしているのもむべなるかな、
聖堂を埋めている人々が崇めているのは他でもない、この像の元となった魔剣士スパーダ、
2000年前、人の情に目覚めて魔帝の蹂躙と戦い、人間を救った悪魔なのだった。

満座の信者たちは一心に、長々と続く老僧の説教に耳を傾けている
……たった一人、遅刻してこの場に現れたあの若者を除いては。
背もたれに腕を引っ掛けた、でかい態度はそのままで、あっちを見たりこっちを見たり、
片胡坐を組んだ足をその心情を表すかのようにふらふらと苛立たしげに揺らしてみたり溜息を吐いたり。
コートの腕に教団のシンボルを赤く縫い取ってある所からすれば、
彼もこの教団で何らかの役についている者には違いなかろうに、
あるいはそれが見間違いではないのかと思えてくるほどの不信心ぶりである。
聖堂の壁際に居並ぶ、恐らく聖騎士達だろう、腰に剣を携えた一団の先頭に立つ、
あごひげをたくわえた壮年の男……恐らく彼らの中の最上位にある者なのだろう、
彼だけがフードを被っておらず、暗い栗色の総髪をむき出しにしている……が苦虫を噛み潰した
白眼を寄越したが、若者はそれに気づいているのやら居ないのやら、
挙句の果てにはヘッドフォンから盛大に音漏れをさせながら足を組み替え、
迷惑顔の隣席の信者を睨み返して目を逸らさせたりする始末だ。
が、だからといってまさか尊師の説教の最中に怒鳴り散らして注意するわけにもいくまい。
壮年の男は自らに「自分は何も見なかった」とでも言い聞かせるかのように、
険しい顔を前方に振り向け、老僧の説教へと意識を戻した。
565 :DMC4:2008/03/04(火) 10:44:36 ID:/KKUBqvh0
そんな若者の所へ歩み寄ってくる者がいる。
儀式用の冠とショールを脱いだ、あの歌姫役の女性だ。
しかしその姿に気づくや、先刻彼女に向けた笑みはどこへやら、
若者はしかめっ面のままむっつりとそっぽを向いてしまった。
ご丁寧にさっきまでは首筋に引っ掛けていただけだったヘッドフォンを
ボリュームを上げさえして耳元に押し当て「何も聞きませんよ」と言わんばかりだ。

彼女は戸惑って視線を落とす。
と、その目の先、彼の隣、ちょうど彼女が座れるくらいに空いた端の座席の上に、奇妙なものを発見した。
青いリボンで飾られた、細長い青い小箱だ。
彼の態度の理由……目を合わさないのではなくて、合わせられない……に気づいた彼女は
ぱっと顔を輝かせ、彼からのプレゼントを大事そうに胸に抱いて、
それで更に横を……もうほとんど真横を向いてしまった彼の傍らに、そっと腰を下ろす。
すると、それをちらりと尻目にした若者は、彼女のドレスを汚さないためだろうか、
さりげなく、組んでいた足を床に戻した。

説教は正に最高潮を迎えていた。
「どんな困難が我らを襲おうとも、神が必ず救ってくださると信じて、祈るのだ……」
呼びかけ、彼らの作法なのだろう、独特な形に手を組んで頭を垂れた老僧に倣い、
信者たちが次々と同じく手を組み頭を垂れる。
穏やかなパイプオルガンが神聖な雰囲気をいや増し、例の若者もこの時ばかりは
……と思いきや案の定、気味の悪い物でも見るように片眉を上げて周囲に首をめぐらすと、
忌々しげな息を吐いてヘッドフォンを頭から引っぺがし、やおらむくりと立ち上がった。
「ネロ……どうしたの?」
驚いた女性が顔を上げ、囁き声で問いかけてくるが、
ネロと呼ばれた若者はその問いを押し戻すように顎を突き出して「帰るのさ」と囁き返す。
「お祈りが……」
こちらはまっとうに信心深いらしい女性が早口で引きとめようとしたが、うんざりと目を閉じたネロは
「眠たくなるだけだ」
不信心者全開ないらえもそこそこに、さっさと席を立ち、歩き出してしまった。
ちらりと説教台のほうに目をやったものの、仕方なく女性もその後を追う。

が、彼はほんの数歩を歩いただけで立ち止まってしまった。
気遣わしげな女性の視線を背に受けて、しかしネロはギプスで吊った己の右手を当惑した風に見下ろしている。
それもそのはず、その背に隠れて彼女からは見えないが、まるで「何かに反応するかのように」
包帯の内側からじわりじわりと青い光が脈打ちながら漏れ出していたのだった。
彼は続いてその「何か」に糸で引かれたかのように視線を移動させ、はっとして背後を振り仰いだ。
その背後、説教台の、ちょうど真上を。
566 :DMC4:2008/03/04(火) 10:48:32 ID:/KKUBqvh0
できの悪い雨さながらに、大小まばらに砕かれたステンドグラスが降り注いだ。
深紅のコートを翼のごとくひらめかせ、何者かが飛び降りてくる。
常人ならば重傷必至の高さだというのに躊躇いも戸惑いもない動作。
重い着地音、しかし彼は自らが常人でないことをその着地によって証明した。

すべてがゆっくりと動く時の中、ゆるゆると男が頭を上げて、
銀髪の隙間から銀に近い青の目が相手を睨む。
驚きと恐怖と困惑と、老僧はそれを表情にするくらいしか出来ない。
後は僅かに身を引けただけ、その彼に向かって……男が一瞬で銃を突きつけ、引鉄を引いた。
何の躊躇いもなく、戸惑いもなかった。

轟音、マズルフラッシュ。薬莢が跳ね、澄んだ音を立てる。
騎士団長が息を呑む。
今更のように信者たちが祈りから覚め、顔を上げる。
男が説教台の上に立ち上がり、こちらを向こうとしていた。
無表情にすがめた目、色の薄い、感情の感じ取れない、目。
その肌には何かを投げつけられたように赤い色が……いや、違う。投げつけたのは男自身だ。
水溜りに石を投げつければ投げ付けた者が水を浴びるのは当然のこと。
男がしたのはそういうことだ。
老僧という、血と肉の水溜りに、銃弾という名の石を投げつけ、結果、男の顔にはベッタリと、
血糊という名の泥水が張り付いていた。
血まみれの顔を、男が僅かに歪める。笑ったようには、とても見えない顔だった。

だが、周囲の人間にはそれだけで十分な効果があった。
転がるがごとく、そして実際に何人もが転びながら悲鳴を上げ、逃げ出す。
「教皇!」
一喝するように叫ぶや、騎士団長が剣を抜く。
彼の声に弾かれて、騎士たちが次々と、流れるように剣を抜いた。
パニックの奔流の中で、ただネロだけが突き立てられた杭さながらに動かなかった。
怯える幼馴染を背後に、訝しげな視線を男とギプスの間に往復させている。

殺到してくる騎士達を男は首を傾けて見守っていたが、
彼らが間合いの内に入るが早いか出し抜けに背の大剣に手を掛け、襲い掛かった。
挨拶代わりの説教台からの跳び蹴りを皮切りに、剣闘劇の幕が開く。
567 :DMC4:2008/03/04(火) 10:51:26 ID:/KKUBqvh0
何らの比喩もない、それは正に、劇というのに相応しかった。
不意を突こうと突くまいと、騎士たちの行動は抵抗の真似事でしかなく、
まるで示し合わせた台本でもあるかのように虐殺されることしかできなかったのだ。
ただ驚くだけで殺された、先刻の教皇とほんの少しの違いもあったかどうか。
前から加えた攻撃が体ごと弾き飛ばされるのは当然のこと、
後ろから斬りかかった剣ですら男はあっさりと受け止めて、
蹴飛ばす先にはちゃっかりと巻き添えを見込んでいる。

男に蹴倒された騎士の胸から、潰れるような苦鳴とともに血がしぶくのを見て、
ここでネロがついに行動を起こした。
だがそれは騎士たちに対する加勢ではない。それは彼にとってごくごく自然な決断、自明の理だった。
当然の事、説教の最中に「眠くなるから帰る」などという男がそれと天秤に掛けられて、
教団への愛だの忠誠心だのの方を取るわけは無いのだ。
「それ」つまりは、悪魔を蹴倒してでもその歌を聴きに、そしてプレゼントを贈りに来る相手。
要するに今現在彼の背後で震えている幼馴染。
彼女の指に自らのそれを絡め、ネロはその手を引いて走り出した。
急に引っ張られたせいで彼女の指から小箱が零れ落ち、逃げ惑う信者たちの一人に踏み潰される。
取りに戻ろうと身を捻るが、ネロがそれを腕で押し止め、
彼女は後ろ髪を引かれる様子ながらもやむなく彼に背を押されて出口へ向かった。

「くそ……!」
部下たちの築いた刃の盾の影。倒れている教皇の枕元に跪いた騎士団長の喉から絶望の呻きが漏れる。
男は難なく扱ってはいたが、あれだけの大口径の銃で真正面から頭部を撃たれては、
どんな名医でも手のつけようがない。
彼が呻吟する間にも、男は彼の部下たちを次々と屠っていく。
剣圧によろめいた肩を捕まえて腹に剣を突き立て、引き抜くのも面倒だといわんばかり、
そいつをハンマー代わりに前後の敵を叩き潰し、仕上げにぐるんと、
それこそ悪趣味なハンマー投げそこのけに一回転させて
なぎ払った周囲の敵ごと天井近くまで吹き飛ばす。
こうまで子ども扱いにあしらえるのなら、相手が煩い小蝿程度にしか見えぬだろうに、
彼はこの場をさっさと逃げ出して、その相手をする手間を惜しむようなことはしなかった。
一匹たりとも逃がさんとでも言うつもりか、まるで見せ付けるかのようにわざわざ残酷なやり方で
男は騎士達をしらみ潰しに鏖殺していく。

一発の銃声から始まった狂乱は爆発的に膨れ上がったが、悲鳴の主達が或いは命からがらに逃げ去り、
或いはその命ごと簒奪者に握り潰されて消え去るに従って収束していった。
残っているのは逃げおおせた者達の絶叫の余韻と、僅かな逃げ損ないの立てる上擦った靴音のみ。
護衛者たちが根こそぎ平らげられたのにも気づかない騎士団長の背後に、
相手をなくして退屈したのか、大剣の峰でトントンと首筋を叩きながら男が現れた。
ああ、まだ肝心のが一人残っていたか。
そんな顔で刀を下げると、動かぬ教皇の躯を未だ抱きかかえて呆然としている無防備な背中に近づいていく。
568 :DMC4:2008/03/04(火) 10:55:56 ID:/KKUBqvh0
ネロに導かれ、出口へ向かっていた女性がそれに気がついた。
脱出する直前振り返ったのは、どうしてもその安否が気になったからだろう。何故なら彼は―――
「クレド兄さん!」
全体重を掛けてネロの手を振り払い、走り寄る。
「キリエ!」
慌てた様子でネロが手を伸ばすが、間に合わない。
その細腕で何が出来るというのか、それでも彼女は兄を救おうと必死で走ったが、
その努力がかなう事はなかった。
倒れていた聖堂騎士の一人が、最後の力を振り絞って男の背後から斬りかかったのだ。
当然の如く騎士はあっさりと返り討ちに合い、吹き飛ばされた彼にキリエはまともにぶつかってしまった。
手ひどく床に全身を打ち付けて、しかしなおも起き上がろうと上げた懸命に顔にうっすらと影が差す。
今更ながら感じる痛みと恐怖に震えながら見上げると、男がこちらを見下ろしている。
剣を向けてはいないものの、その、無表情なまなざし。
それだけでキリエは竦みあがり、悲鳴を上げることさえままならない。

けれど、彼女が男に突き殺されるようなことにはならなかった。
傍らから上がった獰猛な雄たけびに、ハッと上げた男の顔。
その正中線ド真ん中にネロは一足飛びに駆け寄ったダッシュの勢いを殺さぬまま、渾身のドロップキックを食らわせる。

それはごくごく当然の結果、まったく判りきった自明の理だった……彼にとっては。
自分が属していた組織が壊滅の危機にあってさえ、まったく構いつけようとせずに
さっさと連れて逃げようとした相手が、天秤の向こう側に乗っかってしまったのだ。
どっちを……つまり逃げるか戦うか……を選ぶかは、いや、選ぶまでもない、
彼の天秤はどちらの皿にキリエという錘が乗るか次第であるのだから、とっくに決定された事項だった。
569 :DMC4:2008/03/04(火) 10:56:50 ID:/KKUBqvh0
着地した途端に銃を抜き、引鉄を引く。
ワンアクションで二発の弾が発射され、吹っ飛んだ男の心臓を正確に狙ったが、
相手は寸での所で長剣を翻し、二発とも叩き落した。
そのままスパーダ像の頭部に剣を刺し、それを足がかりに着地した男は、
しかし再びその柄を抜いて前方に突き出した。
それで飛び掛ってきたネロの蹴りを受け止めるためだった。

次の瞬間、スパーダ像はなお深く額を剣で穿たれ、
男とネロはそれぞれがそれぞれの銃を抜いて両肘の上に別れて睨み合っていた。
……男はそれぞれにピアノのエンブレムをつけた銀と黒の二色の二丁拳銃を。
ネロは青い薔薇の意匠を施した二連筒の銃を。

「ネロ!」
ようやっと立ち上がりながら、キリエが悲鳴じみた声を上げた。
「キリエ!」
何も言わせないと拒絶するように、ネロが厳しい声を今にも泣きそうな彼女の言葉尻におっ被せる。
その声色を読み取ったかのごとく、クレドが駆け寄ろうとするキリエを背中で押しとどめた。
「クレドと逃げろ!」
その間にも、男は値踏みするかのような視線を睨み上げる騎士団長と、
この新たな跳ねっ返りの敵に交互に向けている。
「応援を呼ぶ!死ぬなよ!」
このさっきまでの状況を見ていれば死ぬまいと思っていれば死なずに済むとは到底思えず、
従ってそれは無茶な注文にしか聞こえないのだが、
剣を掲げたクレドのその叫びは、或いは彼のネロに対する信頼の証かもしれなかった。
教皇を担ぎ上げた生き残りの騎士達と、クレドに押し出されるように駆けていったキリエの姿が見えなくなると、
「期待せずに待つさ」
ネロは呟き、頭を一つぶるんと振って、ヘッドフォンを放り捨てた。
388 :DMC4:2008/03/09(日) 08:49:46 ID:2qo49zkV0
書き手&まとめ人のみなさんおっつーです
まだ埋まってないみたいなので埋めいっときます。ノベライズでごめんね(´A`)ノシ

季節はずれの蝉に似た、耳障りな喚きが虚空に消えるのを待つこともなく、ネロは出し抜けに発砲した。
眉間に迫った弾丸をふっ、と身を沈めて難なくかわした相手へ即座に銃口を下げて更に一発。
だが砕かれた石像の欠片が跳ねたのみ、男は猛禽のように両腕を広げ、とうに宙へと逃れている。
気付くやそれを追って跳躍したネロは、両足をあぎとのごとく大きく広げ、がっちりと敵を捕まえた。
向けてきた左腕を右脚で挟んで黒銃の矛先を避け、間髪入れずに伸ばされた右腕を
左足で絡め取って銀銃の火線を逸らさせる。
相手の胸板の上に胡坐をかいたような姿勢から今度はこちらの番とばかりにネロのブルーローズが火を噴いたが、
男は喉を反らして鼻差でかわし、固められた腕を逆手に取って、それを支点に巴投げのようにネロを投げ飛ばした。
が、「うわっ」と一旦は驚きの声を上げたものの、それで引き下がるようなネロではない。
投げの反動で広がった男のコートの裾を引っつかみ、生じた遠心力を上乗せして男を投げ返す。
きりもみ状に身を捻り、つい数刻前と同じようにスパーダ像の頭部に着地した男が、数刻前と同じようにはっと顔を上げる。
ロケット弾の勢いでネロが男の頭上に落下してこようとしていた。

しかし、その攻撃もまた男に逆手に取られることとなる。
ひょいと身を引くと同時に彼は再び宙へ飛んだ。ネロが跳ね飛ばした彼の剣を捕らえるためだ。
衝撃に澄んだ音をたてて鳴く獲物を手にするや、それを振りかぶって稲妻のごとく落ちかかる。
仰ぎ見て、ネロは咄嗟に銃を盾にするが、それで受け止めきれる衝撃ではない。
前のめりに足を踏み外し、スパーダ像とそれが杖にした巨大な魔剣の両面に激しく総身を打ちつけながら落ちていく。
伸ばした足と腰を突っかい棒に、背中全体をブレーキにして何とか像の脛辺りで落下を食い止め、
腹いせまがいに頭上に向かって発砲するが、勿論そんな闇雲な攻撃が効果を生む訳も無く、
男はあっさりそれをかわした。
すると像の頭上から魔剣の柄尻に組んだ拳へと、止まり木の間を渡るように
ふわりと移動した相手を見たネロの喉から、遠吠えにも似た叫びが漏れる。
一旦腰を落として肩を沈み込ませ、壁に押し付けて彼は全力で「伸び」をする。
何たる怪力か、次の瞬間には魔剣を模した鉄塊が甲高い悲鳴を上げ、支えきれずに像の拳が轟音を立てて砕けた。

巨大な刀の先端で長剣を肩に担ぎ、悠然と待ち受ける男を目がけ、ネロは傾いていく刃の坂を駆け上がる。
けれどもネロが眼前に迫っても何故か男はもう銃を抜かなかった。
だからと言って剣を構えることもない。相変わらず何の苦もなく男が鼻先に放たれた銃弾を避け、
続く銃底での攻撃も避けて、二人はお互いの靴底を蹴りつけて左右に跳んだ。

耳を聾するような響きと共に、モニュメントの剣が観客席へともんどりうってダイブする。
着地したネロは男に銃を向けたが、照星の向こうの相手はやはりのんびりと剣を担いだままで、
殺気らしい殺気も見せない。
「余裕たっぷりだな」
そう言われて薄い笑いさえ浮かべた男に、ネロは低く吐き捨てた。
「ムカつく野郎だ」
389 :DMC4:2008/03/09(日) 08:52:15 ID:2qo49zkV0
ブルーローズの弾倉をスイングアウトして排莢したネロは、リローダーを放り投げ、
身を翻しながら宙に踊った六発の弾丸すべてを拾い、再装填する。
隙を極力殺すためのアクションだった筈だが、銃口を向けた先から標的の姿が消えていた。
構えを解く訳にもいかず、手をとりあぐねてそのまま僅かに乱れた呼吸を抑えつけつつ
気配を窺っていると、後ろからこつりこつりと靴音が響く。
挑発のつもりか、あるいは本気でそう感じているのか。
物珍しげな素振りで男が聖堂の装飾を見回していた。

「銃だけじゃ無理か……」
呟き、ブルーローズをくるりと回して仕舞い込むと、ネロは背後の床に刺さった長剣を蹴りつけた。
男の犠牲となった教団騎士のいずれかが残したものだろう、回転して落ちてきたそいつを掴み、
叩きつけるようにしてもう一度足元に突き刺すと、剣柄に仕込まれたグリップを捻る。
すると長剣はバイクのエキゾースト音そっくりの唸りをあげ、赤い光を発しながら身震いをした。
推進力を与えられたことにより破壊力を増す、教団特製の機械仕掛けの剣だ。
「その剣、飾りじゃないんだろ?」
こちらは掛け値なしの挑発に、振り向いた男は今はじめて気づいたかのように
「ん、これか?」とでもいうような視線を肩から下ろした長剣
……剣の背に角を持った髑髏の飾りが刻まれている……に向けると、
おもむろにその剣先をこつんと床に当て、くいくいっ、と小さくひねって見せた。
大仰な挑発よりさりげないおちょくりの方が腹が立つ、
それを実証するかのような怒り心頭に発した雄叫びを上げて、ネロはまっしぐらに駆け出して行った。

けれど、怒りに任せた攻撃は長くは続かなかった。
加えて元より片手が封じられた状態で全力が発揮できる訳がなかったのだ。
ネロに合わせてくれたつもりか、男もまたほとんど片手のみで剣を振るってはいたが、
それにしたって元々体格差があり、バランス移動の点でも水を開けられている。
一合、一合、剣を合わせるごとに力の差が開く。
とうとう受けきれなくなり、背後に飛んで勢いを逃がそうとしたが、追いつかれて更に高い位置からの斬撃に襲われる。
これは何とか受けたものの膝をつき、必死に顔を上げたそこには既に、大きく剣を振りかぶった相手の姿があった。
辛うじてこれも受けたが最早その場しのぎにしかならなかった。
よろめき、たたらを踏んでついには圧倒的な力でもって剣を跳ね飛ばされてしまう。
きりり、と大剣を取り回して脇に引き付け、男はあくまで冷酷に、とどめの一撃を繰り出した。
390 :DMC4:2008/03/09(日) 08:56:53 ID:2qo49zkV0
無慈悲な刺突は、あやまたず丸腰の相手に迫ったが、
ここで一体何の悪足掻きか、ネロはその喉元を切り裂かんとする切先の前にギプスに包まれた右腕を突き出した。
カツッ、と硬い音がする。
だがそれはギプスの音ではない。
そんなものは何の意味もなく男の剣に突き通され、続いて生じた
周囲の座席全てが吹っ飛ぶような衝撃波によって跡形もなく消え去っている。

「……どういう仕掛けになってんだ?」
これまで終始無言を貫いていた男が事ここに至って初めて興味深げな声を漏らした。
「喋れるのかよ……」
荒い息を吐きながら、ネロは盾にした右腕からゆっくりと顔を上げる。
露になったその腕には、押し付けられた剣先を受け止めている事以上に異様な点があった。
まるで堅固な鎧さながらの赤と青の甲殻に覆われていて、殻の隙間からは眩いばかりの光が溢れ出している。
あのギプスは傷口を庇う為ではなく、この人ならぬ異形の右腕を隠すためのものだったのだ。
「だが、種明かしは―――してやれないな!」
小さな稲光すら発している右手の感覚を確かめるかのようにごくりと一度開閉させ、ネロは勢いよく腕を振り払った。

それだけで壁際にまで飛ばされた男は、
「まさかお前も……」
けれど何故か楽しげに鼻で笑って振り返ったが、その言葉を途中で途切れさせる。
本当にどういう仕掛けなのか、腕から生じた巨大なオーラの手で巨大な剣を掴んだネロが、
馬鹿力に物を言わせて……というレベルで済むのかどうか……それを投げつけようとしていた。
次の瞬間、必殺を期して飛来した鉄の固まりを男がすいっと上体を逸らすだけでかわし、
おかげで背後のスパーダ像の片膝に大穴が開いた。
惨状をかえりみて、しかしさすがに呆れ顔で再度振り向いた相手に見せ付けるように
ネロはパンパンと掌の埃を払い、軽く肩を回した。「人が来る前に終わらせてやる!」
391 :DMC4:2008/03/09(日) 08:59:08 ID:2qo49zkV0
ばちんと小さくスパークが走り、男が彼の剣を受け止めたネロの右手に目をやった。
が、何をする間もなくネロが身を捻り、男は空に円を描いて投げ飛ばされる。
散乱していた長椅子が男の尻を受け止めて、背後の他の椅子達を掃除しながら滑っていったが、
それが山になって勢いが消えると、何事もなかったかのように椅子に座って脚を組み、
片肘をその上に乗っけてこちらをニヤニヤと眺めやる男の姿がある。
「まだやるか?」
欠伸さえ漏らしそうな様子で背もたれに寄っかかると、
「来いよ、遊んでやる」
床に突いていた剣を持ち上げ、肩で息をするネロをちょいと指して見せた。
「タフだな……」
毒づきつつ男に背を向け、床に突き立っていた剣を抜いて、そいつでとんと肩を叩いたネロの目に剣呑な光が宿る。
「じゃあ―――」
言いかけて、みなまで言わずに出し抜けに振り向くや、傍らの長椅子を男に向かって蹴りつける。
無論そんなフェイントが通じる訳もない。
男はそれを踏み台にして、スプリットした椅子の山を尻目に高々と跳ね、
だが、そこには鏡合わせに跳躍したネロがいる。
空中で一合、着地してすたすた数歩を歩き、振り返った男は更ににやりと唇の端を吊り上げた。
新たに組みあがった椅子の山、その頂上に剣を担いで腰掛けて、危ういバランスを取りながらネロが言う。
「徹底的に叩くまでの事だ」
「そりゃ楽しみだ」
出来るものならやってみろ、そう言わんばかりに男は腕が広げ、
ネロは親指で鼻の頭を弾いて鼻を鳴らすと足元を蹴って飛び降りた。

雄叫びと共に、渾身の力で持って叩きつけられたネロの拳を、男は剣をかざして受け止めたが、
異形の腕が与えた力か、両腕で支えているにも関わらず、あっという間に押し負けて弾き飛ばされる。
吹き飛びながらもそちらへ顔を振り向けたのは見事としか言いようがないが、
相手を殴り飛ばすのと同時に人知を越えた速さでダッシュして追いついてきたネロが
その足を引っつかんで引き寄せ、逆の手で剣を持った右手を捕まえた。
とっさに左手で顔をかばったけれど、庇い切れずに強烈なストレートを顔面に食らい、
巻き添えを食らった石の床が背中で粉々に砕ける。
跳ね飛んだ男の剣がきりきりと空を舞い、床に突き立った。

ネロはそのまま男の髪を掴んで馬乗りになり、狂犬のような連打をその顔に見舞わせる。
何の考えあってのことか、男はされるがまま相手の攻撃を受け続けたが、
投げ出された腕が衝撃に跳ねるつど、赤い稲妻を孕んで姿を変える。
それは形こそ違うものの、ネロと同じく人の姿をしていない……。
392 :DMC4:2008/03/09(日) 09:06:00 ID:2qo49zkV0
が、ネロはそれに気づかない。殴るだけ殴ると、その手で頭を掴んで床の上を引き回し、思い切りよくブン投げた。
スパーダ像に叩きつけられた相手が落下を始めるより早く、
追い討ちに投げつけられた男の剣がその胸板を突き通し、男は標本のように石像の上に縫いとめられる。
剣を投げつけた姿勢のままで喘ぎながら見守っているネロの耳に浅い溜息のような残鳴を残し、
男はがくりと首を垂れ、動かなくなった。

反動でぶらぶら揺れる死体の腕をしばらく睨みつけていたネロは、やがて上がった息を抑えつつ、
散々手こずらされた相手に忌々しげに背中を向けたが、やれやれと肩を回すのもものかは
「やるな……」
低く響いた声にぎくりとして背後を振り返ることとなった。
凝然と見守る瞳の前で、死んだはずの男がゆっくりと顔を上げる。
「ちょっとお前の力を―――」
囁くように言いながら肘で石像の壁を押し、「甘く見てた」押し出すように吐き捨てて、
自らを縫いとめた剣をそこから引き抜く。

戒めを解き、すとんと像の足元に着地した男に
「人間じゃない……」
ネロが低い声で呟くと、男は自嘲じみた息を漏らし、
「お互いサマだろ。お前も―――」
おもむろに胸から生えた愛剣を両の手で挟み、力をこめた。
「俺も―――」
像から脱出した時よりも大量の血がしぶいたが、痛がる素振りも見せずに更にぐい、ぐいと前に向かって力をかける。
そうしてとうとう引っこ抜いた剣の先でかつんと床を叩いた男は、
けれどやはり多少はダメージがあったのか、息を弾ませながら凄みを増した笑みを刷き、何故か周囲を見渡して……
「―――こいつらも」
妙な言葉を口にした。
393 :DMC4:2008/03/09(日) 09:08:29 ID:2qo49zkV0
眉を寄せ、そちらにやったネロの視線が、とある聖堂騎士の死体の上に止まる。
転がった兜の脇に横たわる死体……その皮膚は黒く干からび、突き出した乱杭歯を持ち、
見開いた目は異様な光を宿していて……どう見ても人間には見えない。
「お前は少し違うみたいだがな」
投げかけられた声に慌てて振り向くがそこに男の姿はなく、
顔を上げ、ステンドグラスが割れた天窓の枠に腰掛けているのを発見する。
「何の事だ?」
イラつきも露に突きつけた指を
「そのうち分かるさ」
と、はぐらかし、足を振って反動をつけると男は立ち上がった。
「俺は……仕事があるんでね」
腰を軽く払って埃を落とし、去ろうとするのに
「おい!」叫んでネロは発砲するが、当然弾丸が跳ね上げた土埃の向こうに男は居ない
……と思いきや、ひょいと天窓の端っこから顔を覗かせる。
「アバヨ、坊や」
わざわざそれだけを言いに戻ってきたのか、最後まで舐めた態度で指を振ると、今度こそ男は姿を消した。

それと前後して、今更現れた応援の騎士たちがばたばたと聖堂に駆け込んでくる。
先刻の「人が来る前に―――」という言葉通り、それは彼だけの秘密なのだろう。
安否を問うつもりか、こちらに駆け寄ってきた騎士から庇う風にしてネロは右手を押さえ、
脳裏で男の言葉を反芻しているかのようにもう一度、誰もいない天窓を睨みつけるのだった。
394 :DMC4:2008/03/09(日) 09:11:58 ID:2qo49zkV0

あちこちに散らばる瓦礫、前面が削り取られ、価値のないがらくたと化したスパーダ像……
廃墟同然になった聖堂を苦い顔で見回し、クレドが歩いていく。
教壇の紋章が刻まれた、彼女の身長ほどもある何かのケースを、
余程重いのだろう、うんうん言いつつ体全体を使い、キリエが一生懸命運んでいる。
歩み寄ってきたネロがその肩に手を置き、
「持ってきたのか」
荷物を受け取りながら優しく尋ねかけた。右手は肘まで捲り上げていたコートの袖を下ろし、目立たないようにしている。
「兄さんに頼まれたから……」
キリエのいらえにクレドはちらりと背後を見やるものの、結局振り返ることはせずに観察に専念している。
「助かるよ。これで仕事が楽になる」
左手一本でネロは勢い良くケースをひっくり返すと床に寝かせ、蓋を開いて何やらごそごそやりだした。
キリエは少しの間、それを見ていたが、ふと辺りを見渡し……何かを見つけたらしい、とある一角に向かって歩いていく。
床できらりと光るもの……踏み潰されるのをそのままに逃げざるを得なかった、あの青い小箱の中身だ。
眉をひそめて座り込み、両手に取ったそれが無傷のままだと気づいたキリエの頬にうれしげな笑みが浮かぶ。
珊瑚色の細長い石に絡んだ一対の金の羽、そしてその上にもう一対、広げた金の羽があしらわれたペンダントだ。

「フォルトゥナ城か……」
膝を突いて、ネロは「それ」を床に突き立てる。
「目撃者がいる」「殺人鬼が観光名所めぐりとはね」
応えたクレドに愉快そうに返し、グリップを捻って唸り声を上げさせた。
赤いグリップ、いばらの意匠が施された赤い増幅器。特別に強化されたネロだけの剣、「レッドクイーン」だ。
「真剣にやれ!」
掣肘する物がなくなって、当然クレドは怒鳴り声も荒々しくネロを叱りつけた。
しかし蛙の面に何とやら、ネロは剣を担いで得意げな目線を寄越すだけだったが、
「逃がすなよ」
クレドはそれを更に押さえつけるような低声で念を押す。

「分かってるさ」と、すくめたその肩に「無理をしないようにね」気遣わしげな声がかけられた。
「それが仕事なんだ」
やや厳しくした顔で振り返ったネロは、僅かな驚きと共に目を見張った。
はにかんで逸らし、でもその後にまっすぐ見上げてくるキリエの目。
その胸元には混乱の中に無くした筈だったあのペンダントが光っている。
それで彼の表情は和らいだが、すぐに取り繕うようにまじめくさった顔になり、
けれど幾分落とした声色で「非常事態だしな」と付け加えた。
それでも心配そうな様子のキリエの脇を、
「私は本部に戻る」
足早に通り過ぎながらそう言い置いたクレドの姿が出口へと消える前。
不気味な地鳴りが辺りに響き、思わず動きを止めた一同の上に、細かな砂が降ってきた。

聖堂を出たネロたちは助けを呼ぶ声に足を止めた。
クレドが剣を抜き、ネロはキリエを背後に庇う。
見守る三対の瞳の前に、噴水の影からフード姿の男がふらふらとよろめきながら姿を現した。
が、数歩も行かずに崩れ落ちる背後に悪魔が現れ、鎌の手を振り上げる。
それ以上見ていられず思わずネロの背に顔を埋めてしまうキリエ。
必死で手を伸ばすがその背に突き刺さった刃が容赦なく犠牲者を引き寄せ、
次の瞬間彼は死体となって無造作に放り投げられた。
それを皮切りに、とうに逃げ出していたはずの信者たちが悲鳴とともに
噴水の向こうから次々と、湧き出すように現れる。
彼らを追い立てるのは悪魔の群れ。
門の上から、通路の奥から、刃の腕を振るうたび次々と血煙が上がった。
「ヤツの仕業か」
「……そうかもしれん」
唸るかの如きネロの声に低く応じて、クレドが用心深く後ずさる。
しゃくりあげるように呑む息を背中に聴き、ちらりと振り返ってそこにつらそうに目を伏せるキリエを見とめたネロは
「クレド。キリエを頼む」
唇を引き結んで前に出た。
「ここは俺が」
背中に手をやり、レッドクイーンの剣柄を捻る。
赤く光り、震える剣を携えて、彼はだっとばかりに飛び出した。
たちまち何匹もの悪魔がその剣閃の下で無に還る。
住民は本部に避難させる、何かあればお前も、と逃げ惑う信者達を導きながらクレドが叫んだ。
兄に促され、キリエもまた信者を連れてその場を離れようとしたが、
広場を埋めたむくろの中に立ちすくみ、泣きじゃくる子供を見て足を止める。
彼女とほぼ時を同じくして無力な獲物に目を留める悪魔達。
ためらいは無かった。彼女は駆け出し、生ける盾となって飛びかかる刃の下に身をさらす。
少年を抱きしめ、硬く目を閉じた彼女の上にしかし悪魔達の攻撃が届くことは無かった。
「行け!早く!」
一陣の剣風だけで敵を吹き飛ばしたネロが、叱責するような厳しい声をキリエの背に投げる。
その声に背を押され、少年を庇いつつ小走りに駆けて行くキリエを、
ネロは僅かに微笑んで見送っていたが、くるりと悪魔達を振り返るとその笑みは、まったく違うものへと質を変えた。
「焦るなよ……」
不敵に笑いながら呟いて、コートの袖をまくり上げ、隠されていた右腕をあらわにする。
戦いのゴングとばかり、手始めに彼の背後にいた悪魔が魔の右腕に引っつかまれ、
そのままぐるんぐるんと振り回されて、軌線上の敵を巻き込んで吹っ飛ばしたすえに門の要石に叩きつけられた。
きょとんと見上げる悪魔の上に崩れた石材がなだれを打って落ちかかり、逃げ去った人間達の元へ続く道を塞ぐ。
地面に叩きつけられる一匹の悪魔、その衝撃で別の二匹までがもろともに天高く舞った。
彼らが地上に落ちる前、背中の剣を抜いたネロはそれに地面で火花を上げさせ、次いで凶悪な螺旋を描いて振りいた。
一匹、二匹は両断されたが三匹目からは刃に引っかかり、しかしまったく構いつけずになおも数匹を巻き込んで、
レッドクイーンのスロットルを捻る。
高まる力のままに輝きを増し、刃は巻き込んだ全ての悪魔をひき潰して奔馬のようにいなないた。
コートの裾を翻して滑走したネロは、その勢いを止める事無く大剣を振るい続けた。
敵を突き刺し、アクセルを開く。
獲物を断ち割りしな石畳を穿って赤い満月を描いた剣、それを担いだネロの頭上を
飛びかかった悪魔の影が覆ったが、彼は入れ違いに飛び上がって斬激を避けると、
背後の別の一匹の上に着地して、その背中を貫き通しざまに再びスロットルを捻った。
行き場を探して荒れ狂う剣の力が推進力となり、悪魔をボードにしたスケーターは
その仲間を猛烈な勢いで撥ねつつ土煙を上げて滑り出す。
噴水広場を通り抜けると靴底でブレーキを掛け、スピンした勢いを借りてそこに居た敵を引き抜いた剣で打ち上げる。
二匹の悪魔にブチ当たられた衝撃で、上がっていた格子が落ちてその下に居た間抜けな一匹を押し潰し、
残ったもう一つの道も塞がれた。
背に剣を担ぎ、掲げた悪魔の右腕を開いて閉じて、ネロは低く鼻を鳴らす。
「お仕置きの時間だ」

 

「アレから悪魔が湧いてるのか」
呟く視線の先にはちょっとしたビルほどもある奇妙な石の板、
廃棄された採石場の奥に屹立するそれを眺めていたネロを、その時不気味な地鳴りが襲う。
震源は……目前の崖上にそびえ立つ、巨大な石版。
その表面にぽつぽつと朱に輝く光がともった。見守るうちに光点はその数を増し、光同士がじわじわと繋がる。
光はその内部に生じた熱によるもの、恐らく只の石ではあるまい、
その石版の表面をふつふつと、辺りの空気が歪むほどに焼き溶かし……次の瞬間噴出した爆炎とともに
馬鹿でかい何かが飛び出して、放置され、廃墟となった飯場の真ん中で地響きを立てた。
竜に似た四足獣の下半身に獣人の上半身をくっつけたバケモノが一つ雄叫びを上げただけで、
周囲に熱風が走り、かつて作業員達の宿舎だった物だろうか、立ち並んだ空き家が次々と火を吹き、燃え上がった。

「久しぶりの人間界よ……」
ごろごろとした声で言いながら化物はこちらへ向かってのしのしと歩みを進めたが、
立ち上る熱気に鼻先をはたはた仰いでいたネロもまた、迫る巨体に向かって恐れ気もなく歩き始める。
そのまま両者はお互いの事を気にかける様子もなく歩み続け……すれ違った。
直後、ネロが愛剣を抜いてかつんと地面に打ち付けるや、刃を寝かせて横薙ぎに払い抜く。
途端一陣の飄風が生じ、瞬く間に炎を吹き散らした。
「面白い真似をする」
歩みを止めた化物が、暫くの間をおいてゆっくりと振り向く。
「熱いのは苦手なもんでね」
しれっとして答えたネロに向かい、地面を鳴らして歩み寄りつつ
「二千年前の人間界には―――貴様のような者はおらなんだ」
化物は感嘆したらしき声を投げたが
「長生きな爺さんだ」
続いて返った恐れを知らぬ減らず口に激高し、
「黙れ!」
と喚くが速いか、灼熱に輝くその剣をネロめがけて突き降ろした。
……が、生意気な虫けらを両断しようとしたその刺突は、ネロの剣の切っ先によって食い止められ、微動だにしない。
どころか次の瞬間、ぐらぐらと煮え立つ剣は弾き返され、化物は大きく腕を泳がせることとなった。
怒りのためか、屈辱か。
「思い知れ!このべリアルの力!我こそは炎獄の覇者ぞ!」
薄く笑って剣を収めたネロに向かい、化物が割鐘の響くような雄たけびで名乗りを上げると、
その背にまとった炎が翼のように一際激しく吹き上がった。
弾き飛ばされ、地面を削って着地したべリアルが驚きの声を上げる。
「その腕!人間ではないのか!」
「俺に聞くな。こっちも迷惑してんだ」
掲げた腕を返し返しに眺めつつ、勝者にしては苦い声でネロがぼやいた。
「ヤツ以外にもこのような者が……」
それにも増して苦い声で唸るべリアルに
「誰の事だ?」
ネロは腕から目を上げ尋ねたが、相手は答えず、
「力を蓄えねばならぬ!」
一声叫ぶとダメージのためか薄暗く明度を落としていた全身の炎を再び燃え立たせ、
次の瞬間には火炎の竜巻と化して舞い上がった。
殺到する熱気に咄嗟に顔を覆ったネロがハッとして振り向き「おい!」と声をかけたが、
「炎獄の覇者」は崖の上のバカでかいモノリスに激突するように吸い込まれ、
現れたときと同じく唐突に逃げ去ってしまった。
残されたネロは忌々しげに息をつくと、飯場が残らず崩れ落ち、
燃え残った熾火がちらちらと瞬くのみの荒地と化した周囲を見渡すのだった。

 

廃坑を抜けると岩だらけの山道には横殴りの雪が吹き付けていた。
白く染まった道を抜ける頃には雪は小降りになり、満月の下、天を突く巨城の威容がネロを迎える。
崖にかかった巨大な橋を渡りかけたその時、つんざくような叫びがネロの耳を打ち、城壁の上から何かが飛び出してきた。一瞬でブルーローズを取り出し、ぴたりと狙いをつけたネロはしかし、「……あん?」怪訝そうな唸りとともに首をかしげて銃口を上げる。

宙に舞っているのは「スケアクロウ」、道化に似た低級の悪魔。
だがその腰をがっちりと足で挟み込み、共に天高く飛ぶ人影がある。
大鳥のように優雅に腕を広げた姿ともあいまって、それはまるでペアのバレエダンサーのようだった。
が、人影は直ぐにくるりと身を丸め、両者はくるくると回転しながら地上に向かってまっしぐらに落ちてくる。
垂直落下に移った所で人影が悪魔の両手両足を逆様に固め、雪煙を跳ね上げて橋上の鉄格子に叩きつけた。
煙の幕が晴れた向こうに見えたのは、浅黒い肌をもつエキゾチックな風貌の美女である。
その周囲に次々と、何匹もの魔族が降ってくるが、彼女はいまだ扇情的な体勢で悪魔の上に馬乗りになったままだ。
と、正面の奴がその腕についた刃を振りかぶるや、美女はベンチ代わりにしていた悪魔を盾にかえ、
ふわりと背後に飛び上がる。
仲間の手にかかった哀れな悪魔を置き去りに、バック宙を繰り返しながら
次々と振り下ろされる無数の刃をいともやすやすと避けていき、最後に逆立ちのまま大開脚をして
(超ミニスカに超スリットが入ったエロエロコスチュームなのだが、
素晴らしく都合よく伸びるミラクル布地のおかげで股間は見えない)
股の上に振り下ろされた凶刃をハイヒールではっしと白刃取りし、捻り倒すと
太腿まであるロングブーツの中から両刃の短刀を引き抜いて突き刺し、跳ね上がり、蹴り倒し、
悪魔達を次々と切り裂いていく。

 

レースのついたスリットのドアップ&下着がチラ見える色っぽいドロップキックをぶちかました背後で
エモノを振りかぶった敵に気付いた美女は、すかさず片足を前に残したまま後ろ蹴りを放ったが、
二匹の悪魔の間に長い足で橋をかけた彼女に向かって悪魔の群れが一斉に飛び掛った。
しかし美女はあらあら、とでも言うような低い声を漏らしただけで、
次の瞬間には風車のように回転する両足が宙に浮いた敵たちを一匹残らずなぎ払っていた。
一匹を足蹴に、もう一匹に踵落としを見舞いつつ地上に降りた所に柳腰を両断するかのような横薙ぎの一撃、
けれども彼女はハスキーな笑い声さえ上げながら仰向けに反り返り、その鼻先を通り過ぎる刃は
大きく開いた白い教団服の襟元から覗く豊かな胸を魅力的に揺らしはしても傷一つさえつけることなく、
銀のボブヘアには一筋の乱れさえない。

武器を振り切った相手が向き直るより早く、美女は右手の短刀を背中越しに投げ上げて左手に持ち替え、
無防備な胴体に剣閃の往復を受けた悪魔はずだ袋でできた体中のあちこちから黒い霧を噴出して爆散した。
最後の一匹の喉首を切り裂いた姿勢を保ったまま、薄く笑う美女の背後に影が飛ぶ。
見逃していた「本当の最後の一匹」、だが彼女がそちらに顔を振り向けたまま何をするまでもなく、
雄叫びは銃声とともに即座に悲鳴に変わり、悪魔は汚らしい液体をブチまけて消え去った。

美女がゆっくりと姿勢を起こす。
視線の向こうでは薄い白煙を上げるブルーローズを掲げ、ネロがかすかに唇を歪めている。
けれどその暗い笑みは向き直った美女の「ありがとう」という声を受けるとたちまちの内になりを潜めた。
銃を持ったままの左手で鼻先をこすり、
モデルのように腰をくねらせる蠱惑的な足取りで歩み寄ってくる彼女に胡乱げな目を投げる。

「見ない顔だな。教団の人間か?」
「新入りなの。グロリアよ」
美女は言って腕を差し出し、ウインクしたが勿論ネロがその手を愛想よく握るなんて事はなく、
彼は無言のままふいっ、と顔を背けてしまった。

けれど彼女は特に気分を害した様子も無く、
「貴方はネロね。噂どおり」
どころか寧ろ面白がっている風に背けた顔を覗き込むように回り込んだ。
「悪い噂だろ」
と、ネロがそれに更にそっぽを向くと、「扱いにくい"はみだし者"」
またまたその先に回りこむ。
「それで?悪魔はどこから?」
イライラとなおも背を向けたネロが話を逸らすつもりかそう尋ねると、
「さあ……殺してもキリがないのは確かね」
きりり、きりりとかすかな音を立てながら片手の先で弄んでいたナイフを畳み、グロリアはひょいとしゃがみこんだ。
気配に振り返ったネロが見下ろすと、わざとのように足を大きく開いてブーツの中に武器をしまい、
股の付け根をするりと撫でる彼女の指の、妙にしなやかな動きが眼に入る。
今度は決まり悪そうに目を逸らしたネロに艶然と微笑んでグロリアは立ち上がった。

「調査は任せるよ。俺は別任務だから」
言って歩き出したネロに「私は他の場所に援護に行くの」
そう返し、どういうつもりかグロリアは彼の背中をじっと見たまましゃなりしゃなりと後ずさっていった。

そうして何気ないしぐさでひょいと足を振りあげ、振り下ろす。
再び動き出そうとしていた悪魔が無慈悲に踏みにじるヒールの下でびくりともがき、断末魔代わりの黒い息を吐き出した。
「貴方に神のご加護を」
そうしてしなを作るようにして笑うと、グロリアは橋の向こうに去っていく。
首だけ振り向けてそれを見ていたネロは白い息とともに皮肉な呟きを吐き捨てた。
「"神"だとさ……」

 

壁一面に書架が並んだ図書室。
机の上ばかりか手すりの上にまで棚から取り出された本が積み上げられ、溢れた何冊かが床の上に散乱している。
「殺人犯がお勉強か……?」
銃の筒先でページを捲りつつひとりごちていたネロは、背後の気配に険しい顔で素早く銃口を振り向けたが、
予想に違い、そこに居たのは教団員だろうか、白い鎧を纏った騎士だった。
「危うく撃つところだ」
銃を携帯している人間の背後に無言で立つという、うかつな行動に厳しい声を投げたものの、
相手は答えず、ただ何かを窺うようなしぐさを見せた。
兜の奥の視線から異形の右腕を隠し、銃をしまって彼に背を向けたネロは気付かない。
「悪魔どもを追ってきたのか?」
その質問に答えるかのように相手がバイザーの上にしるされた紋章の上に無機質な緑光を瞬かせたのを。

「無口だな」
いまだ口を開かぬ相手がゆっくりと歩み寄ってくるのを肩越しに見やり
「……嫌いなタイプだ」
誰だかにむけて毒づくと、ネロは再び(今度はちゃんと手を使って)書物のページを捲りだす。
その背中に向けて、白い騎士は静かに槍を掲げると、ばねが弾けるように突き刺した。
「冗談だろ?」
ランプの光を受けて鈍く輝く穂先を本の間に挟みこみ、ネロは騎士を睨みつけたが
あいにくと相手は冗談で済ます気はないらしく、続く攻撃から身を躱す間に地球儀が弾け、
書籍を満載した机が真っ二つになる。
「本気でヤる気か?来いよ!」
雑すぎる紙吹雪を浴びながらネロは抜き放ったレッドクイーンを唸らせる。
羽根のように紙切れを撒き散らして白騎士は槍を取り回し、緑の「瞳」を輝かせた。

 

槍を取り落とし、崩れ落ちた鎧の頭部から兜が外れて転がっていく。
爪先にぶつかって止まったそれにしゃがみこみ、ネロは騎士の「死体」に目を向けた。
「空っぽ、か……」
呟くや、無数の光がその内部から飛び出して、鎧ごと跡形も無く消え去った。
掴んだ兜に目を落とすとこれもまた白光の粒子を残して無に変わる。
「……鎧が取り憑かれた?」
手を払って立ち上がり、ネロは低く溜息をついた。
「嫌な予感がする……」

 

フォルトゥナ城の中庭は奔流のような猛吹雪に包まれていた。
温暖だった街中の様子からするとかなり異様だが、それにも増して異様な光景が目の前で繰り広げられていた。
紫の光を割れ目から漏らす巨大な石の板が鎮座した大荒れの雪舞台、
その上を淫猥な笑みを響かせながらふわりふわりと宙に舞うのは二人の乙女。
燐光を放つ裸身を絡ませてはこちらに向かって手招きを繰り返していた。
「吹雪は奴らのせいか……」
けれども呟いたネロの目に惑わされた様子はこれっぽっちもない。

が、「二匹の女怪」に彼が飛び掛って幾らもしないうち。
吹雪に濁る闇の中から異様な重量を持った「何か」が飛び出してきて、バックリ開いた大口の中にネロを飲み込もうとする。
「それが本体かよ……」
大きく飛びさがって丸呑みを逃れたネロが苦笑して突きつける指の先で、
「クソッタレがッ!殺し損なうとはのう!」
ずらりと鋭い牙の並んだ口をぱくぱくさせつつ白い化物が赤く光る目を細めた。
背中にしょった氷塊の中からは長い触角が二本突き出ていて、
その先端には女が二人……いや、女の姿をした疑似餌が二つ、くっついている。
「まいったな……カエルは苦手だ」
辟易とした声を上げたネロに
「ボケがッ!誰がカエルじゃと!?」
サイズは兎も角、姿はどう見ても少々ファンタジーがかったヒキガエルにしか見えない化物……バエルが怒鳴りつけると、
吹き付ける風と一緒におぞましい色をした粘液が大口の中から飛び出して、
「早く片付けないと気分悪いな……」
珍しく弱りきった表情でネロは体のあちこちにへばりついた汚れをはたき落とした。
それに更に怒ったバエルは
「ブチ殺してやる、小僧ッ!」
喉の袋をいっぱいに膨らまして以前に倍する大声でわめき、ネロは耳を塞いでよろめいた。
前にも増して大量の粘液がばら撒かれ、吹雪が異様な色になる。
うんざりと唸ってネロは小さく首を振った。

 

吹っ飛ばされたバエルが、最後の力か飛ばしてきた触角をネロががっちりと掴み取る。
背負うようにして投げつけるとバエルは吊り上げられて半円を描き、反対側の地面に叩きつけられた。
そのまま雄叫びも荒々しくぐるんぐるんと振り回している途中で音を立てて触角が千切れ、
仰向けのままバエルは地面の上を滑っていった。
足首を掴まれた「女」が光になって右手に吸い込まれるのを眺めているネロに
未練がましくバエルが呪詛の言葉を投げる。
「こんなガキに……クソッ!畜生!勝ったと思って……」「思っちゃ悪いかよ」
光を残した右手を握り締め、ネロはひっくりかえったバエルを睨みつけた。
「オレの兄弟たちがカタキを……」
皆まで言わせず、ネロが宙へと飛び上がる。
悪魔の右腕が巨大なオーラの影を引いてバエルの眉間を殴りつけ、
バカでかいカエルはぎゅるぎゅると回転しながら再度ブッ飛ばされて壁にぶつかり、
雪煙を巻き上げて地面に落ちると動かなくなった。

「やれやれ、バッチィな……」
嫌悪の色も露に思いっきりバタバタと手を振っていたネロの動きがふと止まる。
「待てよ。"兄弟"だって?」
不吉な予感に目をやった先には無数の足音。
モノリスに浮かんだ光の中、何匹もの「兄弟達」が紫色に輝く通路を列をなしてやってくるのが見えた。
「マジかよ……カエルはもうたくさんだ!」
叫ぶやネロは、脱兎の勢いで駆け出した。
だらしなくたるんだバエルの腹をトランポリン代わりに飛び上がり、
今まさに"扉"の縁に足をかけようとしていた奴の鼻っ柱に一撃を叩き込む。
キューで突かれたビリヤードの玉さながらに連鎖してブッ飛ぶのを尻目に台座の脇に着地すると、
しつらえられた紋章の上に手をかざした。
スイッチが作動し、石版に灯る光が消える。
「悪いね、閉店だ」
悠然と言ってネロは片眉を上げた。

 

城の大広間、シャンデリアの上。
壁にかかった教皇の肖像画を見ていたネロはにやりと唇の端を吊り上げる。
次の瞬間、背中の大剣を抜き放って吊り具を一刀両断、補助の鎖だけになったシャンデリアは
絵姿に向かって振り子のように落ちかかり、壁を壊して絵の教皇を引き裂いた。
不信心者の罰当たりな行動は結果として彼に活路を開くこととなる。
絵の裏側には隠された道があり、そこには今までとがらりと雰囲気を変えた工場然とした施設が広がっていたのである。

 

王侯貴族のそれにも似た、豪奢な調度に囲まれた薄暗い部屋、その中央。
石の天蓋の下の石造りの祭壇……医療用のベッドのように枕の部分が斜めに高くなっているそこに、
教皇の死体が横たえられている。
クレドはその脇に立って無言で首を垂れているが、何故か先刻見せていた悲嘆と狼狽の色はまるでない。
あたかも何かを待っているかのような……と、「それ」は突然やってきた。死体の目がかっとばかりに開かれる。
漆黒の中に炯炯と光る赤い瞳孔、びくりと一つ大きく身体を跳ねさせたのを皮切りに、死体はびくびくともがき始めた。
歯を噛み鳴らし、首を振り、寝台をかきむしる。

クレドはハッとして顔を上げ、固唾を呑んで見守ってはいるものの、
やはり待っていたのはこれなのか、驚いた様子はなかった。
苦悶の末にひとつ雄叫びを上げるような吐息をついて、死体だったはずの教皇は寝台の上に脱力した身体を横たえた。
暫しの後、開いた目からは異様な光は消え去っていて、頬に浮かんでいた赤黒い血管も見えなくなっている。
「お目覚めで」
かけられた静かな声に
「クレドか……」
低い声で教皇が応じた。
「ダンテに関しては―――現在、私の部下が追跡中です」
「奴め……"帰天"しておらねば命を落としておったわ」
口調だけを聞けばただの弱々しげな老人とそれを気遣う忠実な部下の会話。
だが内容からすればとてもそうとは思えないその会話に背後から割って入るものがあった。

「……教皇様!これはご機嫌うるわしく……」
クリップボードに止められた書類になにやら書き込みながら近づいてきた片眼鏡の男は、
老人の「目覚め」に気付くと恭しげに言いつつ寝台の脇に立とうとしたが、
それをクレドに肩で押しとめられて、厚い唇をひん曲げた。
「ネロとかいう小僧の件だが……」
筋肉質なガタイの癖に背を丸めた歩き方で枕元の方に回り込もうとするのを、
さり気なくクレドが更に妨げて寝台の上に手を置き
「何か問題でも?」
にこりともせずに尋ねるので
「馬鹿が!私の研究施設を、み、み―――み、見られたらどうする気だ!」
激した男はどもりながら喚き散らした。
「最優先はダンテの捕縛だ」
返すクレドは男の方を殆ど見もしない。

「貴様は、こ、こ、こ……!」「クレド」
なおも喚こうとした男の言葉を教皇が遮り
「なんなりと」クレドは即座にそれに応じた。
完全に両者に蔑ろにされた形だが、男は口を噤むしかない。
「皆を集めてくれ。安心させてやらねばなるまい」「御意」
一礼してクレドが身を翻す。

教皇の配下二人は非友好的な視線を交し合った後、一方は不愉快そうに襟元を寛げながら大股に部屋を出て行き、
もう一方は歯を剥き出してそれを見送ると何事か手元の紙に書き付けた。

 

「城の中」にしては奇妙な部屋にネロは足を踏み入れていた。
円周を描く壁の一面にはガラス窓があるが、それ以外は
床の中心に設えられたジェネレーターらしきものを中心にした、一つの装置のようだ。
辺りを見回しながら中ほどまで歩を進めたネロの腕が、急にその光を増す。
視線を上げるとガラスの向こうに続きの部屋があり、しゅうしゅうと蒸気を噴き出す設備が居並ぶ中に、
更におかしな物がある……青い光の中に浮かんだ、折れた日本刀。
どういう訳か、この腕はあの刀に反応しているようだった。

刀を睨み、光る右手を握り締めたネロの目に、ガラスの向こうの人影が映った。
「おや……来てしまったか。予測が当たったな」
「あんたは?」
スピーカー越しに語りかけてくるのに鼻を鳴らして問いを投げると、
姿勢の悪い巨漢はひとまとめにした長髪を揺らして慇懃に腰を折った。
「私の名はアグナス。仕事柄、人にはし、し、し―――知られていないがね」
けれどもネロがふてぶてしい態度でぶらぶらと歩きつつ
「教団の人間が、こんな場所で何してる?」
尋ねた途端、
「"こんな場所"?口を慎め!」
アグナスは紳士の仮面をかなぐり捨てて指を突きつけた。
例によって例のごとく、それを受けたネロは彼の豹変をただ鼻で笑っただけだったが。
いかにも神経質そうな足取りでいらいらと歩き回りつつ、アグナスは手にしたクリップボードにペンを走らせた。
「噂通り……ナマイキな小僧だ。やはり、し、し、死んでもらうか」
その言葉尻を取って「ナマイキ」そのものの仕草でネロが顎を突き出す。
「どういう理屈だ?生意気だと、し、し、死刑?」
口真似に低く鼻を鳴らしてアグナスはペンを持った手をちょいと振った。
するとたちまち「装置」が稼動を開始する。
壁にあいたスリットが音を立て、剣の翼をもった化物を次々と吐き出し始めたのだ。

 

「驚いた」低く囁いて部屋中を飛び交う魔物に目を配り、ネロは背中の剣に手をやった。「悪魔とはね」
「恨むならクレドを恨め。貴様にダンテのツ、追跡を、命じた奴が悪いのだ」
「ダンテ?あの男の事か?」
のべつ幕なしに滑空しては切りかかって来る悪魔達を身を屈め、反らし、跳ね避けては弾き返して、
ぶつぶつと呟き続けるアグナスに唸り声を上げ、
「この場所は何だ?」
ネロは刀でぐるりを指したが
「答える必要はない。お前はここで、し、し―――死ぬのだ」
アグナスはいかつい顔にいやらしい笑みを浮かべてまた何やら書き付けている。
「死ぬかよ……!」
ネロは吐き捨て、鼻の先をこすって顎を反らした。

ガラスが砕かれ、アグナスが無様に床を転がる。
「ソ、ソ、ソレは悪魔の力!どうして!?」
レッドクイーンを肩にずかずかと近づいてくるネロから尻餅をついたまま必死で後ずさったが、
ようやく立ち上がった鼻先に剣を突きつけられて悲鳴を上げる。
「お互い様だろ?答えろ。ここで何をしてる」
しかし、ごくりと唾を呑んだ後、
「スバラシイ……!」
彼は恍惚と呟いた。
言われてつい自分の右手を見下ろしたネロが視線も戻さぬうちに
「サイコーだ!」
目玉を貼り付けるような中腰でさかさか擦り寄られて思わずずざっと飛びのく。
「人の話を聞けよ!」
横殴りにした刀身を小指を立てた両手で挟み取り
「知りたいなら―――教えてあげよう」
相手が引っぺがそうとしているのにびくともさせぬままでアグナスは早口に囁いた。
彼はぱっとすぐに手を放したけれど、
「数年前から私は悪魔を研究中だ」
ネロはなおも数歩を後ずさり、しつこく付いてくる彼から右腕を隠すように半身立ちになってその目の前に剣をつきたて、
それでようやくアグナスは足を止めた。

辟易とした様子のネロにアグナスは嬉々として語り続ける。
「悪魔の力を我らが物とし―――世界を楽園へと変えるために。教皇から直々に命じられてね」
「バカげてる。その教皇も死んで台無しだしな」
再度剣を突きつけてネロはアグナスをさがらせつつそう断じたが、彼は両の人差し指を立ててうっとりと首を振った。
「ああ……。教皇なら"天使"となり、復活されたよ」「"天使"?」
唐突に出てきた馬鹿げた単語に低く笑い声を漏らすネロ。
「そしてモチロン……この私も"天使"だ」
それにアグナスは三流役者さながらの芝居がかった礼をとり、顔を上げた。
彼もまた笑っている……先ほどまでとは違う、妙な笑みだ。

 

眉を寄せたネロが振り向いたが、遅かった。
宙を駆けてきた悪魔……図書室に現れた白い騎士に串刺しにされ、
つい数時間前の因果応報の如く壁に縫いとめられてしまう。
槍は直ぐに抜かれたが、地面に落ちるいとまさえ許されず津波のように他の二体が押し寄せた。

「これは研究成果のひとつでね」
両手を槍で戒められ、ぐったりと頭を垂れるネロに向かって得意げなアグナスが
背後に浮かぶ羽根を持った騎士たちを見上げ、語りかける。
「見たまえ!この白く輝く美しい鎧を!どれほどの苦労があった事か。
ただ一つの鎧を動かすため―――無数の悪魔を捕らえ続けた。魔界から悪魔を召喚してね」
「"召喚"?あの門はお前が……」
大げさな身振り手振りを交えて独演会を繰り広げているアグナスに、荒い息の下からネロが怒りに震える声を叩きつける。
「イエス!地獄門だ!オリジナルを元に私が設計した。出力には強力な魔具を使用―――動作良好だ」
アグナスは我が意を得たりとばかり鼻高々に頷いたけれど、
「分かるように喋れ……」
ネロは力なく呟いて首を振るだけだ。

語り甲斐のない聴衆にアグナスは歯を剥いたが、笑み交じりの息を漏らし、手を伸ばす。
無言の下知に答え、即座に先の鳥型の悪魔が滑るように空を飛んできて、一振りの剣に姿を変えると彼の手の中に納まった。
「ゆっくりと眠りたまえ」
一度貫かれた腹をもう一度深々と突き刺され、ネロは激痛に大きく跳ねて喉を逆流してきた血を吐き出した。
「私の次の研究材料は君に決めた。入念に調べるとしよう。特にその腕をね」
待ちきれないように指をわきわきさせながら告げたマッドサイエンティストそのものの台詞を
わざわざ顔を上げて小さく笑ってから、「断る」ネロは口の中の血を相手の顔に吐きかけた。
その行為は当然の報復を誘い、アグナスは剣が刺さったままのネロの腹に殊更にその切っ先を捻り込んでから引っこ抜き、
「ツ、ツ、ツ―――連れて行け……!」
逆上の証左であるかのような声色で一語一語区切りながら命令を投げる。
視界一杯に迫ってくる白騎士たちの姿を最後に、ネロの意識は闇に落ちた。

 

ブラックアウトした世界の中で、叫び声が響いている。
逃げろと叫ぶ、彼の声。キリエの悲鳴は彼の名を呼んでいる。彼もまたキリエの名を叫んでいた。
喉が裂けそうな絶叫。それなのに、耳の奥底では鼓動の音が妙にゆっくり脈打っているのだった。

 

見開いた彼の目は真紅に染まっていた。
沸き起こる力の波動が地鳴りを起こし、右腕の光は全身を覆って噴き出して、
その源泉たる掌は眩いほどに輝きを増している。
弱弱しく浅かった呼吸は、手負いの獣のように荒く、激しい物に変わり、
それに呼応するように固定装置の光の中に浮き上がった刀が勝手に動き始めていた。

掌を大きく開いて上向かせる。
殺到する騎士たちはいまだ彼の元に辿り着いていない。
あの記憶は、瞬き一つの間しかない、文字通りほんの一瞬のものだったのだ。
二つに折れた刀が繋がるや否や回転しながらひとりでに飛んできて、開いた手の中に納まった。
次の一息で烈風が弾け、三体の騎士が吹き飛んだ。
纏めて飛ばされたアグナスは隣室の天井に激突したが、
地面に落ちてきた姿は既に語ったとおり人間ではなかった……ならば「天使」か、と言えばそれもまた素直に頷きかねるものである。
片方だけが赤い複眼、天使の輪……のように見えなくもない、金色の触角。
何に最も近いかと言ってしまえば人型をした蛾の化物だ。
一瞬にして砕け散った騎士たちの羽吹雪、ひらひらと舞い落ちるその向こうによろめきながら立ち尽くす人影がある。
魔の右手に携えた刀、紫の陽炎に包まれたそれを見て、もとアグナスの化物がくぐもった声を震わせた。
「なぜ……私にも修復できなかったのに!」
「あの日から俺の腕はこうなった」
悲鳴じみた疑問を構いつけもしない荒い息は異形の響きを帯びている。
「魂が叫ぶ。力を……! もっと力を……!」
背中には噴き出した魔の気が形作ったものだろうか、青く輝く光が、捻じ曲がった角を持つ異様な影を落としている。
「ナニ!?」
「悪魔に魂を売ったっていい。どうなろうと」
紅蓮の色に光る両目は果たして目の前の敵をはっきり捕らえているのかどうか。
「キリエを守れるなら……!」
兎も角酔漢じみたふらついた動作で下から上に振りぬいた剣閃はしかしとてつもない衝撃波を生み、
生み出されたかまいたちはアグナスの側を掠め、壁にぶつかるといきなり跳ね上がって天井に大穴を明けた。

 

炯炯と目を輝かせた彼と、炎に縁取られた天井の大穴と。
元アグナス……アンジェロアグナスはおたおたと見比べていたが、やがて
「あり得ない事だ……! アリエナイッ!」
喚くや、背中の甲羅?から甲虫じみた四枚羽を引き出して、大穴の向こうに飛び去っていった。

その様子を彼は荒い呼吸のままじっと見つめていたが、やがてかすかに咳き込むと俯き、目を閉じた。
異色のオーラを放っていた日本刀がそれで右手の中に吸い込まれ、背中の異形が消え去った。
途端スイッチが切れたように彼は膝から崩れ落ち、地面にがくりとへたり込む。
じんわりと残っていた両目の赤光も消え、それでも放心したようになっていたネロは、
次の一呼吸でハッとして、散々に切り裂かれた筈の傷口に手をやった……が、何も変わった様子はない……最初からそんなものは無かったかのように、切り裂かれる前と何も変わっていない。
胸元に押し当てた左手を凝視して息を呑み、輝く右腕をまじまじと見て、ネロは軽く膝小僧を打って笑い出した。

 

低い笑いはしかし直ぐに消え、唸り声にも似た溜息に変わる。
「本部に戻るか……アグナスの話―――クレドも知ってるはずだ」
まだバランスが危うい感じでゆっくりと立ち上がり、
激闘の余韻が色濃いかすかに割れた声でネロは押し出すように一人ごちた。

 

フォルトゥナ城の裏手にかかる機械仕掛けの巨大な橋、滝をせき止めることで姿を現すそれを渡り、滝の中の洞窟を抜けたときには夜が明けていた。

「森か……」

落ちる木漏れ日を浴び、響き渡る鳥の声を聞きながら歩みを進めたネロは、

崖の上から眼下の光景を見下ろす。そこに広がる緑は山一つ越えてきたというだけでは説明できない

異様さを持っていた。

「なんだこりゃ?」

それを代弁するかのような溜息交じりの呆れ声を耳にして、ネロは腰に手をやりつつ

慌てて後ろを振り向いた。けれど照星の先には風に揺れる草木があるばかり、

その更に背後で芝居がかった仕草で肩を竦める人影がある。

「“門”の影響か……」

相変わらず気配をつかませない、赤いコートの男は向けられた銃口にもやはりそ知らぬ顔で

一面の大森林を眺めやって鼻を鳴らした。

男の言葉通り、鬱蒼と茂る木々は中緯度地域のものではない。

ヤシやソテツのような、熱帯特有の植物だ。

「悪いな、後で遊んでやるよ」

くるりとネロを振り返り、片手を広げてそう言うと、男はトンと地を蹴った。

その背を受け止めるものは吹き上げる谷風以外何もないというのに、

心地よさげにさえしながら空に大の字になり、赤いコートをはためかせて小石のように落ちていく。

 

 

「何が目的だ……」

それでも崖っぷちに駆け寄って銃を向けたがやがて諦め、武器を腰に収めて低く呟いたネロもまた、

「迷いの森」へと足を踏み入れた。

 

「なぜ教えなかった!」

教皇への状況報告を終えて円卓の一隅に腰を下ろしたクレドを、

ずかずかと入室してきたアグナスが鼻息荒く問い詰める。

教皇の前である事をたしなめられても、その勢いは止まらない。何せ……

「あの小僧は、あ、あ―――悪魔だぞ!」

それを馬鹿な、とあっさり切って捨てるクレド。

「知らぬフリか?貴様の部下だ!」

さりげなく逸らした視線の先に回り込まれ、クレドの眉間のシワがいつにも増して深くなる。

「閻魔刀を復活させた!貴様の!貴様の責任だぞ!こ、こ、この……!」「クレド」

片眼鏡の鎖を跳ね上げて尚も言い募ろうとしたアグナスを静かな声がさえぎった。

「何なりと」即座に背筋を伸ばして向き直ったクレドと対照的に、アグナスがおたおたと彼と教皇を結ぶ線上から身を引く。

「その小僧を捕らえよ」

人差し指を軽く立て、向けられた下知に「お望みならば」忠実な騎士は従うかと見えたが、

忠実とは言いがたいが部下であり、そして家族とも言える青年の身柄を差しだす事に

或いは逡巡があったのかも知れない。

「しかしダンテが……」「ダンテは、私が」

珍しく言い訳めいた事を口にした彼の言葉尻を肉感的な声がせき止める。

「頼まれてくれるか?」

「喜んで」

わざとのように豊かな胸を見せ付ける前屈みの姿勢で座っていた椅子から立ち上がったグロリアは

数歩進んだ所でこちらを振り返ると、「ご息災で何よりですわ」優雅な一礼をよこし、歩み去っていった。

 

「よろしいので?」クレドが尋ねると穏やかに教皇は応える。

「あの女が魔剣をもたらし―――神の完成に貢献したのは事実」

しかしそれでもクレドは懸念が晴れない様子だ。

その通り、円柱の影では彼曰くの「得体の知れぬ女」がいまだ彼らの様子を窺っていたが、

やがて立ち聞きをしていたにしては大胆な足取りでその場を立ち去った。

「問題があっても対処できる。素性の予想もついておるからな」

それを知ってか知らずか、薄い笑いを浮かべてそう談じた教皇は、円卓の上に置かれたクレドの手に自らの手を被せ、軽く叩いた。

「では……クレドよ。ネロと閻魔刀はお前に任せる」

「仰せのままに……」

ひと時の間、物思わしげに俯いたが直ぐにクレドは顔を上げると命令を実行するべく

大股に部屋を出て行った。

 

クレドが立ち去るが早いか、その背を睨みつけていたアグナスがゆっくりと教皇の耳元に顔を近づける。

「ネロはクレドの妹と親しいようです。うわ言で何度も名前を……」

ひそやかな囁きを受け、教皇は無言で片眉を跳ね上げた。

 

 

森の中、谷の上にかけられた橋を渡るネロに、巨大な蛇とも龍とも付かぬ生き物が襲い掛かる。

宙を泳ぐ大蛇は鉄板の橋を軽々と破壊しながら逃げるネロの背中に迫ったが、

すんでの所で橋を渡り終えた彼が渓谷へと続く細道に飛び込むと、天高く舞い上がって何処へともなく姿を消した。

 

密林の再奥部は苔むした奇妙な石柱に囲まれた広場になっており、入り口の丁度対面には割れ目から緑の光が覗く巨大な石版が聳え立っている。

放つ光の色こそ違えど、その機能は恐らく依然見たものと同じだろう。

石版を睨みつけながら広場の中ほどまで足を進めたネロの背後で、唐突に土煙と、木々のさんざめきが沸き起こり、密生した木立を割ってあの巨大な蛇が襲い掛かってくる。

咄嗟に身を避けたネロが椰子の木にも似た蛇の鱗を掴むと、大蛇は天に向けて跳ね上がった後急降下して、身をくねらせつつ猛烈な速さで樹間を縫って泳ぎだした。

振り落とそうとしてか時折茂みの中にまともに突っ込むのに耐えながら蛇の体を殴りつけるが,

一向に効果がない。通り過ぎる木の幹に顔を殴られ、あわや落下するかという刹那、

猫さながらに身を捻って蛇鱗を掴みなおし、危機を免れたネロは息をつく間もなく蛇の背に沿って

駆け出した。最初こそ少しふらついたものの、直ぐに体勢を立て直し、ハイスピードで迫ってくる枝々を次々飛び越え、文字通り蛇行しながら宙を行く蛇体をぐんぐん駆け上っていく。

急カーブを切ろうとした蛇が身を捩じらせて、丁度頭の前に来たその背に飛び移ると、ネロは大ジャンプして鎌首をもたげた横顔を殴りつけようとしたが、宙を飛来した「何か」が彼にぶつかり、叩き落とした。

「わらわの子を受け入れよ!」

女の声が叫んで、落下していく彼に向かい、更に数発が蛇の鱗の間からマシンガンの弾のように飛び出し、追いすがる。

落ちながら、それでもネロがブルーローズを掲げ、殺到する「わらわの子」

……巨大なホオズキのような朱色の木の実……を撃ち割ると、地面を削って着地した彼の頭上で絶叫が響き、蛇の頭がばっくりと四つに割れた。

グロテスクな花にも見える赤い切り口の中央から雌しべのようにその身を生やしているのは、

長い触角を持った爬虫類めいた容貌の女だ。

「わらわの子を!貴様!」

叫ぶや、一直線に突っ込んできた女大蛇をかわし、ネロはツタに覆われた石の門柱の上に飛び乗った。

「ハタ迷惑な子造りだな」

勢い余って地面に大穴を開ける衝撃もなんのその、怒り心頭の様子で長い尾を打ち振る女怪……エキドナを更に激高させる言葉を投げる。

「侮辱する気か、小僧め!八つ裂きにしてくれる!」

当然の如く更に怒り狂ったエキドナはわめきたててネロをひと呑みにするべく飛び掛かり、彼は彼女を迎い撃つべく、木の葉を散らして門柱から飛び降りた。

 

緑光を放つ石版を背に、ネロは無言で腕を組み、荒れ果てた遺跡に立つ土埃を眺めている。

彼に敗れた女怪がその中から飛び出して脱兎の勢いで脇をすり抜け、石版の中に逃げ込もうとしたが、

「逃げる気かよ!」やおら閃いた悪魔の腕が蛇身の尾をがっちりと捕まえてそれを阻んだ。

「人間如きに……なんたる恥辱!」

金切り声で歯噛みして、エキドナはぎゅりぎゅりと身をよじり、たまらずネロは手を放してしまう。

燐光の飛沫を放って女悪魔は石版の中に消え、「逃げるなら出てくるなよ」ぼやいたネロは

地面に落ちた彼女の置き土産……彼女の「子」である赤い木の実を拾い上げる。

「おまけにポイ捨てか?」

石版に向かって突きつけた魔の腕がまたしても勝手にそれを取り込んで、ネロは低く溜息をついて身を翻した。

 

ジャングルを抜けると同時に魔力の影響も抜けたのか、騎士団の本拠地である海上に突き立った白亜の塔に続く道を行くネロに向かって吹き降ろす風には、黒ずんだ枯葉が踊っている。

白い柱が見下ろす長い階段を上りきり、円状の広場に差し掛かったところでふと足を止める。

奥の入り口からこちらに向かってクレドが大股に歩を進めていた。

いつもどおりの苦い顔。なのにネロはなぜだか我知らず拳を握り締めている。

「……怒ってるのか?」

右手を隠すように体勢を変えて、冗談めかして笑いかけてみる。

相手は無言のまま、返事もしない。目の前までやってきたところで小さく息を吐き、笑みを引っ込めたネロは強い口調で問いかける。

「教えてくれよ。教団の目的は?ダンテの正体は?」

返ってきたのは「お前が知る必要はない!」それにも増して激しい声と―――叩きつけられた抜き身の剣だった。

視線は完全に逸れていたが、鞘鳴りの音が彼に危機を知らせた。

だが相手は騎士団長を名乗るほどの男である。

兜割りに振り下ろされた一撃目は反射で避けられても、飛びのいた無防備な姿勢では即座に刃を寝かせた横薙ぎの二激目は躱せない。そして、次の瞬間。

血しぶきの代わりに火花が走り、肉が裂ける音の代わりに甲高く硬い音が響く。

剣を弾き返されてよろめき、「悪魔に憑かれたか……」憎憎しげに唸るクレドを睨み返しながら、

それでもネロは彼の前から異形の右腕をコートの背に隠した。

「あんたを傷付けたくない。キリエが悲しむ」

その名を口にするときだけ僅かに目を伏せるネロの、張り詰めた囁きに

「“傷付ける”?甘く見られたものだな」

息だけで笑ったクレドは向けていた剣を下ろす。

目を閉じて腕を開き、雄叫びと共に大きく一つ身じろぎをするとその体から金色の光が湧き出して

「あんたも……」ネロは愕然と呟いた。

赤く光る目、猛禽のような鈎爪をそなえた足。頭上に不完全な輪を描く一対の角。

宙に浮かんだクレドは片翼の羽根を広げ、盾と化したもう片翼をかざして誇らしげに叫ぶ。

「神に選ばれし者のみが―――人を超え、生まれ変わるのだ。天使としてな!」

「違う……それは、悪魔だ」

見上げるネロが一歩二歩と踏み出して、低い声を震わせた。

「騎士長として―――貴様を捕らえる。教皇の御為に!」

家族同然に暮らした者の声も最早届かないのか、一方的にそう断じて剣を突きつけてくる「悪魔」……アンジェロクレドを見つめるネロの顔が一瞬だけ悲しげに曇った。

 

最後の力を振り絞り、盾の片翼をかざして突っ込んできたクレドをネロは悪魔の腕で受け止める。

裂帛の気合と共に渾身の力をこめて振り払うと、吹き飛ばされたクレドが石畳の上に転がった。

悪魔の右腕がまた眩い光を放っている。

それを確かめようと腕をもたげかけたネロの耳朶を「まだだ!」荒い息の下から叫ぶ声が打って、彼ははっとしてそちらに目をやった。

肩を波打たせて這いつくばっていたクレドが立ち上がろうとしていた。

が、白い羽と鱗に覆われていたその体は人間の物に戻っている。

先刻の右腕の輝きは、クレドが宿した「帰天」の力を吸い取ったものだったらしい。

「まだ終わっていない!」

叫ぶやクレドは剣を振り上げ、駆け出すと、ネロに向かって振り下ろした。

しかし、しょせんは人間の力、しかも先刻までの戦いで疲れきった体である。

あっさりと受け止められてクレドは再び吹き飛ばされ、地面に大の字になった。

 

陰鬱な表情で右手を眺め、小さく首を振ってネロはゆっくりとクレドの元に歩み寄る。

「強い……」力尽きたクレドには上がった息を弾ませながら肘だけで後ずさることしか出来ない。

あぎとのように開かれた異形の腕、それをなすすべも無く睨むだけのクレドとネロの距離がしだいに縮まり、そして……唐突に、悲鳴が響いた。

 

 

弾かれたようにネロは背後を振り返る。

どうあってもここにいるはずのない人間。誰よりも、何よりもこの場にいて欲しくない人間がそこにいた。

「キリエ……」

キリエの視線が落ちる。驚きと悲しみに満ちた目が悪魔の右手を見つめている。

慌ててネロはそれを背中に隠した。

キリエの視線がネロの背後に移る。咎めるような視線を追って振り向くと、彼女の兄が立ち上がることさえできず満身創痍で呻いている。

「これは……違うんだ……」

息を詰まらせながらする言い訳は、何一つ効をなさないようだった。

「なぜ、こんな事を……」

胸の前に組んだ両手を握り締め、キリエは何度も首を振りながらネロから後ずさっていく。

まるで……まるで、彼が悪魔にでも変わったみたいに。

握り締めた彼女の両手は、彼があげたばかりのペンダントを包んでいるのに。

思い余って駈け寄ろうとしたとき、誰かが擦り寄るようにしてキリエの脇に寄り添った。

 

 

「私が言ったとおりだろう?」

アグナスは鼻で笑うと、射殺しそうな目で睨むネロを悪魔が変じた剣で指し、

「ネロは悪魔だ」キリエの耳元に顔を寄せて囁いた。

「クソ―――」

逆鱗に触れる真似をしたのは誰なのか。

悟った彼は声を荒げて掴みかかろうとしたが、アグナスは彼に剣を突きつけたままキリエの背中に隠れ、

「ネロ……」泣き出しそうなキリエの声が文字通り彼に対する盾になる。

「安心しろ。殺しはしない」

相変わらずその耳元で囁きつつキリエの肩に小指を立てた手を置いて「……今はな」アグナスはネロに向けていた剣を手元にひきつけた。

 

 

突然向けられた刃に息を呑むキリエを見て、ネロは奥歯を噛み締める。

ありありと殺気立った様子にアグナスが今更ながらの疑問を投げた。

「それにしても―――そんなにこの女が大事か?」

「彼女は関係ない!放せ!」「アグナス!」

「この女が大事」なのはネロだけではない。

やっとの事で立ち上がったクレドが足を引きずりながらやって来て

「何のつもりだ!これは私が賜った任務、下がれ」

当然の抗議を投げたが、アグナスは今までの溜飲を晴らすつもりか錦の御旗とばかりその言葉尻に

「これは教皇の御命令なのだ。貴様の妹を利用せよ、とね」

とおっかぶせた。

クレドが唖然として目を見開き、ネロは怒りに体を震わせる。

「何!?」

駆け寄ろうとしたクレドの腕をとっさにネロが掴んで止めたが、遅かった。

眩い光と衝撃波が放たれ、弾き飛ばされたクレドは床を滑り、

何とか耐えたネロが覆った腕を顔の前からのけた時、そこにアグナスはいなかった。

羽音に振り仰ぐと既に悪魔に身を変じたアンジェロアグナスが気を失ったキリエの襟首を掴んで中天に浮かんでいる。

「女を助けたいなら追って来い。急がねば命の保障はせんよ」

そう言い捨てて高笑いすると、アグナスは毒々しい燐粉を振りまいて飛び去った。

 

 

「教皇が―――キリエを……?」

ぼんやりと呟く声を背後に聞いてネロはコートの裾を翻して振り返った。

「奴はどこへ……本部か!?」

愕然と座り込んでいるクレドを引っ掴んで引きずり起し、噛みつかんばかりにして問いかける。

「たぶんな」

よろよろと起き上がり、クレドはふらつきながら後ずさる。

「ネロ。勝負は預ける。真相を確かめねば」

弱弱しい光が明滅して、クレドもまた悪魔に変わり、白い羽根を散らして飛んでいく。

その行先を見上げるネロの右の拳は、いつしか硬く握り締められていた。

 

 





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