2999年のゲーム・キッズ

part42-362~368,390,392,394,396~399,429~431、part45-353~356


362 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/23(日) 01:28:53 ID:kTpJ/GDe0
登場人物と大まかな世界観

主人公:シカ、工場で働いている、いつも家と工場を送迎バスで往復するばかり。美人で気の利く妻がいる。
主人公の妻:マリー、美人で実家は結構良い所のお嬢さん。専業主婦で朝目覚ましだけでは起きない夫を起こしたり、そつなく家事をこなす理想的な妻。
街:シカ達多くの住人が暮らす円形の街、中心には巨大な塔が立っておりそれが街全体を管理していて、下の方は病院や役所的な機関があり一般人にも解放されているが、上に行くに従い重要機密を扱う機関になり一般人の出入りは禁じられている。
円形の街の外側とその付近の地域は限界地区と言われていて、人が立ち入る事を禁止している。
限界地区と街の外は人々に悪影響を及ぼす電磁波が飛び交っていて、外に行って帰ってきたものは一人も居ないのだと言う。
他にも街にはいくつもルールが定められていて、人々は従順にそれに従って暮らしている。
この世界の人々はにび色の金属の肌をしていて、外見はロボットそのもの。建物から生き物まで全てのものは人工物でできている、その為虫や猫といった生き物も全てがロボットと同じようなつくりをしている。
しかし人々も動物も、みんな人間と同じように思考や感情を持っている。

プロローグ的なもの
電話が鳴っている、主人公のシカがそれに出る。
「もしもし」
『もしもし』
誰?
「どちらさまですか?」
『どちらさまでしょうかすか?』
どこかで聞いた声だ
「僕はシカですが」
『ボクハしかデスガ』『ボクハしかですが』『ボクハしかですが』……
不気味な声が何度も何度も同じ言葉を繰り返す
すると不意に電話は切れ、床に受話器が落ちバラバラに砕け壊れる

2999年のゲーム・キッズ


363 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/23(日) 01:30:36 ID:kTpJ/GDe0
いきなり間違えた
>『どちらさまでしょうかすか?』×
『どちらさまでしょうか?』○



364 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/23(日) 01:34:48 ID:kTpJ/GDe0
第一章「夢のメモ」

正月、シカは今年こそさぼらずに日記を書き続けようと意気込む。
おろしたてのノートを意気揚々と開くが、いざ書こうとすると何も書くものが浮かばず
シカはそれならばと毎晩のように見る夢の事を書くことにした。
「このごろ、同じ夢を何度もみる。」

夢の中で、シカはそれが夢であることに不思議と気づいている。
夢はシカの生きる現実と全く同じ街並で、「塔」と呼ばれる円筒形の超高層ビルディング
そこから蜘蛛の巣のように、放射状に伸びる幹線道路。
全ての建物の表面はシカ達と同じにび色で、シカ達同様接合部分にはビスの列がある。
そんな建物が立ち並ぶ姿は、肥満した人々が肩を落として更新している光景を思わせる。
その行列の隙間には車や人々の姿もあるのだが、それらはひどく曖昧で動いているのか止まっているのか良く分からない。
その中で、シカはいつも何者かに追われ必死に逃げている。
追っ手の正体は分からないのに、シカは本能的にそいつが恐ろしくて仕方が無かった。


365 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/23(日) 01:37:18 ID:kTpJ/GDe0
こうして自分の手で文字を並べる事によって、だんだん色々なことが分かってくるようだ。
その力が、沈んでいる記憶をずるずると引き出してくる、物を書くという事は、今の僕にとって、いいことなのかもしれない。
もっと書いてみよう、もう少しで思い出しそうだ。
心の水面に浮いてくるたび、つまり思い出す度に不愉快になってしまうようなイメージ、
だから僕達のこころは、それらをぐっと押さえつけている。
僕達の心のおくには、自分でもそうと気づかないうちに、そんな力が働いているのだ。水のそこに押さえ込まれているもの。
それは過去に体験した記憶だけではない。
自分の中にある、暗い不道徳な欲望によって産み落とされた、恐ろしい創造物だったりすることもある。
僕達が安らかな眠りについている時に、ふうっと、心の力が抜けて、そんな魑魅魍魎どもが浮かび上がってくる。
やつらの姿は、夢という形で具現化される。
そんな事を考えているうちにシカは自分が見ていた夢を具体的に思い出す。

洗面所だ!

夢の中でシカは何とか自宅に逃げ込み、洗面所で顔を洗う。
そこでふと、何か違和感を感じるがその正体にしばらく気づかない。
歯ブラシやコップやタオル、どれもいつもどおり現実と変わらない夢の中、そして鏡を見る。
「あっ」
シカは夢の中で声をあげる。目の前にある鏡に、自分の姿が映っていないのだ。
唖然とするシカの背後に、黒いマントのようなものを羽織った人影がいつの間にか忍び寄っている。
なんとそれはシカ自身、薄笑いを浮かべた自分だった。
マントのシカと目が合うと相手はニヤリと笑い、シカは自宅を飛び出し夜になった街へ逃げ出す。
全く人通りの無い路地裏を走りまわるが、すぐに袋小路に迷い込んでしまう。
行き止まりで後ろを振り向くと先ほどのマントのシカが相変わらず薄笑いをしながら近づいてくる。
あまりの事にシカが動けず硬直していると、相手は口を大きく笑みの形にしシカの首に手を伸ばしそのまま締め付ける。
「ルルルルルルルルルルルルル・・・・・」

そこへけたたましい目覚まし時計の音が鳴り響き、赤いランプが激しく点滅しシカを夢から目覚めさせる。
シカは震える手でそっと首に触れる。あの生々しい指の感触が残っている気がした。
こんな夢を毎日見ているうちに、夢の中の街が徐々に緻密なり逆に現実がぼやけていくような、そんな気がしてならない。


366 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/23(日) 01:39:55 ID:kTpJ/GDe0
第二章「出会ったころ」

第一章から一週間後、シカは自分の日記を見てあきれる。以前書いた日からずっと手付かずだった。
開き直って、毎日書くのではなく気の向いた時か大切な事があった日にだけ書こうと決める。
夕食後、シカはスケッチブックを開いて妻のマリーの絵を描き始める。
輪郭、髪、服、眉、鼻、口…。
スラスラとかなり上手く描いていくシカだが、あと目だけで完成というところで違和感を感じる。
長い間、妻の目を見ていなかったことを思い出したのだ。
スケッチブックから視線を上げて妻を見ていると、マリーはそんな事に気づかずに「ねえ、明日何の日だか知ってるわよね?」と声をかける。
「ああ、そういえば…」
内心シカは慌てているが、夫婦の生活パターンの中で見につけた流暢さで咄嗟にごまかし、
必死に何の日か思い出そうとするとマリーがつけているしずく型のイヤリングが目に入る。
「結婚記念日だ、ぼくらの」
「まぁうれしい!忘れられていたらどうしようかと思ったの」
どうやら正解のようす。マリーは嬉しそうにはしゃいでいる。
「あれからもう2年も経つんだね」
シカはマリーと出会った日の事を思い出す。


367 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/23(日) 01:46:38 ID:kTpJ/GDe0
街角で電話をしている赤いワンピースを着た女性(マリー)にシカは目を奪われていた。
すると突然強い風が吹き、シカはくしゃみをした。
そのくしゃみの弾みで、シカはアイユニット(目玉)を落としてしまい何も見えなくなってしまったのだ。
「お目玉、落とされましたよ」
視界が真っ暗になり困っているシカにそう声をかけて目玉を拾ってくれたのが、マリーだったのだ。
それから二人は一週間後には結婚を済ませてしまう、シカはのんきな性格なので自分自身こんなに早く結婚したのが不思議に思うほどだ。
だが出会いから結婚までの一週間を思い起こそうとすると、
毎日デートした事やマリーの両親に挨拶した事、役所に行って入籍した事といった事実の羅列はデータとして思い浮かぶのに
どんなその風景や、どんなデートをしたか、その時自分がどういうことを思っていたのかということが、全然記憶の中に無い。

「そうだ、君は僕の目玉……アイユニットを拾ってくれたんだったよね」
シカが懐かしそうに言うとマリーは首をかしげる。
「アイユニット? なんのこと」
「え? だから」
「アイユニットなんか拾ったりしないわ、あなたが私の落としたイヤリングを拾ってくれたのよ」
そんなばかな

「確かにそうよ、ほら 今しているこのシズクダイアのイヤリングよ」
そういって耳についている雫型のイヤリングを見せるマリーにシカは衝撃を覚える。
そのイヤリングは、シカが結婚を記念して骨董店で買ったもののはずなのだ。シカはその時の事を思い出す。
ショーウィンドウに置かれたイヤリング、そして店の中を覗くシカは店主のおじいさんを見る。
だが不思議な事に、店主はシカが済んでいるマンションの管理人のオッペンというおじいさんだった、骨董店の人間などではない。
記憶は自分とマリーの二人の間で食い違っているのではない、自分がおかしい、自分の中で記憶の接続が狂っている。
「じゃ、じゃあ勘違いしているのは僕のほうかな」


368 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/23(日) 01:49:02 ID:kTpJ/GDe0
こういう事は誰にでもいつでもある、深追いしてはいけない。
人は体験した事全てを覚えているわけではない。寝る前に寝床でその日にあったことを思い起こしてみる。
当然、一日の経験全てを思い出すことが出来る。
でも、それは思い違い、ありとあらゆる事を覚えてしまっていたら、脳はすぐに容量オーバーでパンクしてしまうはずだ。
脳は、事実を、何万分の1かに圧縮しながら記憶している。
たとえばポスト、脳はポストの細かい傷やゆがみなどを一切すっとばし、ポストといえば赤くて四角いと記憶し、
脳の中では世界中のポストが赤くて四角いものとされてしまう。
これは人物にも同じ事が言える。
僕たちは本当は、物理的現実世界ではなく、脳内現実世界に住んでいるのだ。

そう決定付けたシカは内心の動揺を隠しつつ、何とかごまかすため、マリーの淹れてくれたコーヒーを褒め、話を変える。
(ちなみにこのコーヒーは、建築部材工場の副産物的に製造されたもので
、プラトニック・メタルという金属の表面に文字を焼きいれする際零れ落ちた墨を精製したもので、
工業区によってどこのどんな工場から作られたものかがわかる。シカが飲んでいるのは34区の住宅用プレート専門の工場産)
「明日は仕事も早退けしてくるよ、2階建てバスに乗ってどこか食事にでも出かけようか」
「ううん、私家でごちそう作るわ」
「ありがとう、いい奥さんなんだね」
まるで理想的な夫婦の会話に見えるが、シカは心からそう思っているというより、
夫婦間を円滑に保つテクニックの一つのように適切な言葉が自動的に選び口にしている、2年間の結婚生活の中の無意識的な訓練の賜物。
流暢な会話のフォーマットがシカの心の中にがっちりと完成されているのだ。
それは決して悪い事じゃない。そういう事が、夫婦という、形の無いものを裏付けるのだとシカは思っている。
しかし同時にシカは、大切な事を彼女に言い忘れているような気を薄々と感じている。

「じゃあ、何か欲しいものはないかい?」
そういうとマリーは無言でシカを見つめ返す。
「あるんだね、折角だから奮発するよ」
そこまで言ったシカにマリーは言いにくそうに「私、赤ちゃんが欲しいの」と呟く。
シカは飲んでいたコーヒーをブウッ!と噴出してしまった。


390 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/25(火) 01:54:08 ID:UHVusoW+0
第3章「子供を作る」

翌日、シカとマリーは街のデパートへ出かけていた。
デパートの入り口には一部が欠けている石の獅子像のエンブレムが飾られていて、百貨店のようにも見える。
「やっぱりこっちの猫にしない?」
「だめだよ、子供を買うって決めたじゃないか」
売り場にはヒト型の赤ん坊だけではなく、猫犬猿などの動物の赤ん坊もカプセルの中に収められ棚に並べられている。
どれもだらりと脱力していて、その世紀の無い目はただ開いているだけでどこにも焦点を合わせてはおらず、まるでぬいぐるみ売り場のようにも見える。
生命を吹き込む前の存在。魂の抜け殻。手足をそっと握ってみるとそれはとても冷たい。生き物ではなく、物の存在感がある。
*この世界で子供を作るというのは、人間のように女性が出産するのではなく、なんとお店で赤ん坊を買うことを言うのだ。
店頭で並んでいる新品の赤ん坊は、簡単に言えばOSの入っていないパソコンのようなもので、まだ命が入っていない状態。

「いらっしゃいませ!」
二人が棚を物色していると、やたら元気のいい店員が声を掛けてきた。
「まあ今日はだんな様とご一緒なんでございますね」
「あらこんにちは、そう、今日は子供を買いに来たのよ」
そんな会話を自然としているマリーにシカは驚き、知り合いなのかと訪ねると、どうやらマリーはこの店に時々来ていたようだ。
しかもこの店員はアクセサリーコーナーの担当なのに、マリーの姿を目ざとく見つけ声を掛けてきたようだ。

実はマリーは時折シカが驚くような高価な服やアクセサリーを身につけていることがあった、
どれもシカの安月給の中から買えるような物ではない。
彼女の実家は資産家で、シカには内緒でまだ仕送りを貰っているのかもしれないとシカは感じた。
だからこういうデパートにも通いなれているんだろうと。
気負ってマリーを連れてきた自分が、みすぼらしく思えてしまう一瞬だった。
そんな間に、店員は馴れ馴れしくマリーの背に触れ子供売り場へエスコートしていく、
その腕にはシズクダイアがはめ込まれたゴツくて高そうな腕時計があり、シカはそれを見て少し気分が悪くなった。
「この中からお選びになってはいかがでしょう?」
店員に案内された先には、動物達と同じくヒト型をした赤ん坊のカプセルが三つ並べられている。
どれも同じに見えるが値段だけが違う。
マリーがその説明を求めると店員は流暢にパーツの素材だとかシステムの性能だとかに差があるとか説明し始め、シカは口の中で「嘘つき」と零していた。
この値段に根拠なんてものは無い、子供を買おうなんて人は誰だって無理をしてでも一番高いの買って行くはずなんだ。
その時いろんな形状、ピンキリの値段の中から自分で選んだのだという実感があればこそ、人は高い値段にも納得が出来る。
全部同じ形状、全部同じ値段だと、高く売れなくなるからだ。
「ねえ、これにしましょう」
シカがこんな事を考えているとは露知らず、店員はやたらとマリーばかりに話しかけ、マリーも上機嫌に一番高い赤ん坊を選んだ。
「ねえ、この商品もちゃんとアフターケアしてくださるんでしょう?」
「ははは、もちろんですよ。お買い上げの後のサービスにも万全の態勢を整えております」
まだシカは決めかねているというのに、マリーと店員はどんどん話を進めてしまった。


392 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/25(火) 01:55:19 ID:UHVusoW+0
帰りのバスの中、二人はくたくたに疲れていた。
赤ん坊本体よりも、その周辺機器のほうが大きくて、二人でバスで持ち帰るのは大変な重労働だったのだ。
家に帰り着く頃にはマリーの機嫌も悪くなってしまい、子供を欲しがったのはそっちなのに、とシカも内心不満げだ。

部屋で早速赤ん坊と周辺機器と格闘するふたり、テーブルの上に赤ん坊を乗せその頭にヘッドフォンのようなものを取り付けるとことまではいったが、いまいち手際が悪いらしい。
「スイッチを入れればすぐに動き出すものじゃなかったの? もう、面倒くさいわね」
「ちょっとまってくれよ、おいまだ触っちゃいけない。ええと、まず、インストールからはじめないといけないみたいだ」
拗ねた表情のマリーと分厚い説明書片手のシカ。
シカは説明書の指示に従い、付属のゴーグルを被った。頭全体を覆うような大きなものだ。
これで二人双方の頭の中から順番に、DNAデータをアップロードし、そしてそれをリミックスしたデータを赤ん坊の中にインプットするらしい。
早速シカはこめかみの辺りにあるスイッチを押した。
カチッ ウィィィィィィィン……
モーター音のようなものが静かに響き、装置がスタートする。

視界は真っ暗だ、その中に赤くアルファベッドのようなものが浮かび上がるが、どうも擦れていて良く読めない。
文字に目を奪われていると、暗闇の合間にどこかの風景のような映像がフラッシュバックのように浮かび上がってくる。
すると今度は規則的に並んだ赤くて丸い光が、まるでカウントダウンでもするかのように何度も何度も点滅する。

*ここから実写映像のシーンになりますが、ゲーム中では説明が無く分かりにくくなっているので、書籍化されたものの文章とゲームの映像をまとめています。


394 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/25(火) 01:57:07 ID:UHVusoW+0
赤い光が何度も点滅している間、シカはその光がまぶしくて目を閉じようとするが、この光は網膜に投影されている物ではなく
目玉から視神経を経て直接脳に到達するとそこで解凍され、シカの内部にある記憶と溶け合い、化学反応を起こしてどかん!と爆発するのだという。その爆発が光の点滅を表していると思われる。
そしてその爆発の一瞬のうちに、ある風景が立体映像のようにはっきりと見えるようになる。
一つの爆発が脳の別の場所に住んでいた別の記憶の誘発を呼ぶ。
どかん!どかん!どかん!どかん!!!!!!!!!
点滅はどんどん加速していき、それはやがて連続した映像のようになった。
夢とは別の、シカの深いところに埋まっていた記憶が、脳の表面に浮上してきたような感覚だ。
だが、その記憶は明らかに狂っている。

まず最初に見えたのは、シカ達が住んでいるような無機質な街ではなく、日本ならどこにでもありそうな二階建ての住宅だった。
その部屋の一つ、フローリングの床に座っている小さな少年。なんとそれがシカだったのだ。
幻覚の中のシカは、現実のロボットのような姿ではなく人間の小さな少年の姿をしている事に驚く。
この世界での人間とは、神話にしか存在しない造物主で自分が人間になるだなんてことは不遜で、普段なら考える事すらはばかられるような事だった。
少年シカは、確かめるように自分の体を触る、足、腕、顔。
その肌は現実の硬い肌とは違うゴムのようにぶよぶよで柔らかく、着ている服の締め付けにも形を変えるような体なのに、しっかりと立つ事ができるにシカは想像も出来なかったと驚く。
部屋の中にはシカの他に少年の父親がソファに腰掛け新聞を読みながらコーヒーを飲み、少し離れたキッチンにはエプロン姿の母親が洗い物をしている。
二人とも少年と同じ人間の姿、もちろんロボットシカの両親が人間のはずは無いのに、幻覚の中のシカは自分が子供で、彼らが自分の両親で、ここが自分の家の中であることを自覚している。
食卓の花瓶に生けられている色とりどりの花。現実世界の花とはまるで違う。


396 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/25(火) 15:24:27 ID:UHVusoW+0
現実世界の花は47区観賞植物工場で製造されており、どの花も規則的で均一な事に対し、幻覚の世界の花はどれも微妙に形が違う。
なのにシカはその花の手触りを知っている。
柔らかくて水っぽい、厚みは一定じゃなく茎もゆがんでいて葉っぱの形も左右非対称。それがなんだかシカを落ち着かせない。

少年シカは側にあったおもちゃ箱に手をつける。
色々なおもちゃが入っているその中に、ブリキの人形を見つける。現実の自分と同じ硬さの人形を手にとってみてその姿に唖然とする。
その人形は、現実世界のシカそのものだった。
人形シカは目と口を阿呆のようにぽかんと開けている。
命の無い人形シカを見つめていると、少年シカの手にふいに力がこもった。
すると何を思ったのか、少年シカは人形シカを放り投げ、人形シカは床に叩きつけられバラバラになってしまった。
「あっ」
シカの意識だけが声をあげ、人形シカは不思議と音も無く壊れた。
少年シカが壊れた人形に手を伸ばし鷲づかみにしようとすると、割れて尖ったブリキに手を切ってしまう。
ばっと赤い血が散って、両親が慌てて駆け寄る。
「まあ!」
「血が出てるじゃないか!」
「たいへん!」
二人は少年を挟むようにして寄り添い、怪我をした手に大騒ぎする。
その時、この世界のシカはこう思った。
固くなりたい。強くなりたいと真剣に思っていた。固い体になれば、ケガなんか、しないのに。
小さな手から溢れた血は掌から零れ、床で体がバラバラになっている人形シカに滴る。


397 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/25(火) 15:24:58 ID:UHVusoW+0
相変わらず命の無い顔をしているシカにぽたぽたと赤い血がかかり、フローリングに人形シカを中心とした血だまりが広がっていく…。
すると視界は一変し、ブレーカーが落ちたかのようにまた真っ暗闇になる、そこに今度は黄色いアルファベッドが浮かび上がるがそれも一瞬の事で良く読み取れない。
視界が暗闇になったのは一瞬だけで、後はいろんな色がぐちゃぐちゃに混ざったような光がねじれて、その中を物凄いスピードで落下していくようだ。
落ちる、落ちる。落ちていく。急がなくては!
急いで、何をするんだ。 急いで、何をするんだ。
「ゴーグルを外さなくちゃ」
シカは自分の中に残存した唯一の思考にしがみつき、意識の内側から、意識の外側にある腕を必死に操作してゴーグルを引き剥がす。
 ガチャリ。

「む……」
「終わった?」
ゴーグルを頭から外して一番最初に視界に飛び込んできたのは不思議そうな顔をしたマリーのアップだった。
シカは呆然としていてマリーに心配されてしまう。
「ああすごいよこれ、おかしな夢を見てしまった。君、ずっとここにいてくれたの?」
「ずっと? ほんの数秒だったじゃない」
次はマリーの晩、マリーもシカと同じゴーグルを被りスイッチを入れる。
カチッ ウィィィィィィィン……
シカの時と同じ音がして、そのほんの数秒後にマリーは自分の手でゴーグルを外す。
「どう?」
「すごいわ、気が変になりそうだった。あなた、ずっとここにいてくれたの?」
「ずっと? ほんの数秒だよ」
さっきとは逆のやり取りに、シカが微笑んだ時。
おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!
赤ん坊が生まれた瞬間だ


398 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/25(火) 15:26:04 ID:UHVusoW+0
第四章「目が痛い」

「ルルルルルルルルルルル・・・・・」
暗闇に丸くて赤い者が激しく点滅している、赤くて丸い?そうだ目覚まし時計の赤いボタンだ。
シカはいつもの習慣で、腕を伸ばし目覚まし時計のボタンをまさぐるが、そこにあったのは目覚まし時計ではなく、赤ん坊の顔だった。
赤ん坊の名前は「バッツィー」ソファーで転寝をしていたシカを、目覚まし時計の音を真似して起こしたようだ。
「ばーつういー。ばあー…ルルルルルルルルルルル……」
寝転んだままのシカに抱き上げられ、バッツィーは機嫌よさそうにまた時計の音を真似る。
これにはシカもいっぱい食わされてしまった。
この時計の音を聞くとシカは条件反射で目覚めてしまう、それをバッツィーは知っているのだ。
「あはは、まんまと起こされちゃったわね。きっとパパに遊んで欲しいのね」
バッツィーの名前はマリーと話し合って決めた、子供を持った事は正解だったようだ。
シカは家に居る時間、大抵子供と飽きずに遊んでいた。実際バッツィーは毎日凄い勢いで成長している。
成長とは言っても、体の大きさが変わっているわけではなく、複雑な動きをするようになったり、動物の鳴き声のようだった声が言葉のようなものになっているというもの。
耳から入ってくる音を、なんでも器用に真似るのが得意のようだ。
「手の力がとても強くなってきた、それに指が良く動かせるようになった」
シカがバッツィーに車のおもちゃを見せると、バッツィーは「バブバブ」とはしゃぎ小さな腕を必死に伸ばす。
「困っちゃうのよ、何でも掴む癖がついちゃって。しかもそれを放り投げちゃうの」
マリーがそう言っているそばから、バッツィーはシカから受け取った車のおもちゃを、ぽい。と投げる。
「いいじゃないか、将来は野球選手になればいい。なあバッツィー」
すっかり親ばかになってるシカそっちのけで、バッツィーは今度はテーブルの上にあったりんごを欲しがる。
シカがそれを取ってバッツィーに渡すと「だー」と言って反対側の壁にりんごを投げるバッツィー。
「あ、だめよ。ほらね、そうやってなんでも投げるんだから」
心底困っているのだろう、マリーはりんごがあたった辺りの壁を拭く。


399 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/25(火) 15:26:56 ID:UHVusoW+0
「もう、変な癖がついちゃったわ。それに夜中だろうが早朝だろうがおかまいなしに暴れるし。こっちだって忙しいときがあるから、スイッチ、切っちゃおうかって思うこともあるのよ」
マリーがそんな事を言っているというのに、バッツィーは平気で物を投げ続ける。
小さなボール、ぬいぐるみ、大きなボール、空き缶…マリーが困るのも分かるというもの。
「だめだよ、一度でもスイッチを切ったらデータはリセットされてしまう。またインストールして最初からやり直しだ」
落ち着かないバッツィーを抱き上るシカは、内心感動していた。
実はシカもほんの幼児だったころに物を投げるのが好きだったのだ。
掌に乗るりんごやミカンなどを掴み、腕に力を入れて投げる。腕に反動。そして宙に弧を描いて飛んでいく物体。心がヒヤリとする。
がしゃん。
「まあ、この子ったら」と、その度に母親に叱られていた事を思い出したシカは、自分のそんな資質の一部が転移したのかもしれないと考える。
そう思うと、バッツィーの事が無性に可愛く思えてくるのだ。
このシステムはよくできている。シカがそう思うほど、バッツィーの存在が大切なものになっていた。
誰にとっても一番大切なものとは、おカネやモノではない。自分、なんだ。
だから親が子供の事を可愛いと思うメカニズムは、きっと一種のナルシズム、ただのエゴイズム。そんな事も思う。
「ばーつうー」
「目に入れても痛くないってのは、このことだ」
シカがすっかり油断していたその時、バッツィーの手が伸びた。
ばちっ
小さな音がして一瞬目に激痛が走る、視界が真っ暗になってしまった。だがその暗闇に、誰か知らない少年の輪郭のようなものが浮かぶ。
シカはそれを壁か何かの模様かと思ったが、そうではないと気づく。
この輪郭には見覚えがある。なんだっけ、これは。
そう考えてふいに思い出す。シカは庭や公園でよく父とキャッチボールをしていた。シカは野球選手になりたかったのだ。
いや、違う? それは妄想。
シカが思い出している男の子はシカじゃない。おとぎ話に出てくる少年神のような。
そうだ。それは“ヒト”だ。

「ばぶう、だあっ」
バッツィーの声にシカは我に返ると、視界が暗闇になってしまった原因が分かった。バッツィーがシカの目玉を器用に両目いっぺんに引っこ抜いてしまったのだ。
「おい、だめだそれは」
ぽい。 ぱしゃん。
「あっ」
バッツィーはシカの目玉を放り投げ、それはマリーを飛び越し水のたまった流し台の中に落ちてしまった。
「まあ、水の中に落ちちゃったわ。あなたの目」

「洗って 拭いてみたんだけど……」
目玉を取り付けると暗闇からは開放されたが、心配そうに覗き込むマリーの顔がまるで水中から見ているように滲んで揺らめいていた。


429 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/29(土) 01:57:01 ID:oTumMaCu0
第五章「いろいろな目」

水浸しの目玉をつけて歩くシカ。まるで水中散歩のをしているような視界に楽しんでしまっている。
水の中を歩いているように見えているのに、体は水の抵抗を感じずに動くからちょっと変な感じ。
そばを歩いている女子高生の制服が、魚の群れのように見え、道路には潜水艦。のように見える乗り合いバス。
シカは千鳥足のようにフラフラと地上の水中歩行を楽しみながら目的地の52区にたどり着く。この辺りはちょっとしたスラムだ。
辺りには人陰が無く、道にはスクラップになったくず鉄が散らかり放題で赤錆ににまみれている。
ここにあるのは公営の大工場ではなく、「パウ」という男が一人でやっている小さなジャンク屋だ。
「やあシカ、久しぶりじゃないか、どうしたんだ」
店の前の作業台に居たパウが声を掛けてくる、するとその顔はまるで歌舞伎役者がする隈取のように、顔中黒と赤の模様があった。
「ちょっと目玉をやられてしまってね」
「そう言われてみれば、目が真っ青だ。まあ座りな」
立った状態でもフラフラとしているシカを座らせ、パウは医者のようにその目を見る。
「こりゃひどいな、いったいどうした。水中眼鏡なしでプールに飛び込んだんだろう?」
「いやちょっと、うちの子供にイタズラをされたんだ」
「子供?シカ、お前子供なんかいたのか」
「ついこの間作ったんだ」
「そいつはおめでとう、ちょっと外すよ、いいね」
シカとパウは顔見知りらしく、そんな会話を交わしつつパウはシカの目玉をカチャリと外し、シカの視界は真っ暗になる。
「こりゃちょっとやっかいだ、分解修理しないと」
「悪い、今忙しいのかい?」
「いいやすぐにやってやろう、けど3時間はかかるな。ここで待っていてくれるか」
「こんな状態で、あっちこっち歩き回る自信はないよ」
「うむ、座ってるだけでも3時間も闇黒なのはつらいだろう、ちょっと待ってろ」


430 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/29(土) 01:57:40 ID:oTumMaCu0
真っ暗な視界の中で、パウはいったん小屋の中に戻りなにやらがちゃがちゃと部品を持ってきたようで、それをシカが座っている前にあるテーブルにひとつづつ並べていく気配がする。
「ジャンクの中から仕えそうな目玉を見繕ってきた。ほら、はじっこのやつから手に取ってごらん」
「うん」
「つけてみな、まずそれから大きさや形が合わなくても、とりあえずねじ込んじまえばなんとかなるはずだ」
パウの言うとおりテーブルの上に並んでいるであろう目玉達を、そっと手探りで触るシカ、数は5つ、どれも形も大きさもバラバラで歪でさえある。
シカはそれをつけて時間をつぶす事にした。

暗闇の中に五つの影が浮かんでいて、キラキラと瞬いているようだ。左から黄色、赤、青、白、緑色の光だ。
まず最初に、一番左の目玉をつけてみる。
すると辺りの景色が鮮明に映るが、全く色の無いモノクロの世界だ。少し首を回してみると様子を伺っていたのかパウがこちらを見ていて、白黒にしか見えないと言うと
今つけている目玉は、犬の目なのだと言う。犬は色盲だから白黒に見えるらしい。
この犬の目玉は死んだ犬が解体され目玉のパーツはリサイクルに回され、うまく修理されれば43区の工場に送られ新しく生まれる動物の体に使われるようだ。
シカが犬の鳴きまねをしてパウと二人で笑っていると、そこでようやくシカはパウの顔の違和感に気づく。
顔中にあったあの隈取のような模様が一切消えていて、とても恐ろしげで見るもの全てを威嚇するようだったパウの顔が、とても穏やかで、優しく理知的に見える。
そこでシカはパウの顔の模様がただのペイントだったと知る。
目の性能が良ければよく見えるとは限らない、僕達はきっと無駄なものばかりを見つめているんだろう。
そして見えているはずなのに見えていないものだって多いにちがいない。シカはそんな事を思った。

次に左から二番目の目。
目をつけなり、まるで夜にでもなっているように暗く、空には沢山の星が見える。これはハトの目だ。
なぜ昼なのに星が見えるのかとパウに聞くと、鳥にとって星は空に貼り付いている電灯みたいなもので、鳥達は昼でも星を目印に飛んでいるのだという。



431 :2999年のゲーム・キッズ:2008/11/29(土) 02:06:26 ID:oTumMaCu0
次は一つ飛ばして、右から二番目の目。
今度も辺りが暗く見える、でもハトの目が夜のようだったものに対しこれは夕焼けの景色のようだ。
視界に沢山の光線の波紋のようなものが瞬いていて、同じような光波がさざなみのようにしきりに辺りを行き交っていて、風まで見える。これはコウモリの目だ。
稲光かと思えばラジオ局から出ている、飛行船からも、これは全て電波なのだ。空に浮かぶ電波が花火のようだ。

今度は一番右の目。
ハトの目やコウモリの目よりもっと暗い。なのにそれまで見えなかった小さな羽虫が沢山飛び交っているのが鮮明に見える。これはカエルの目だ。
カエルの目には動くものだけが見えるのだ。作業をしていてこちらに背を向けているパウも、この目だと良く見えない。

そして最後に中央の目。
この目も真夜中のような暗さで、あたりの景色も広角レンズのようにぐんと広く見えている。
その中に青白い柔らかい光だけが見える。小さな光がゆらゆらとアチコチで浮遊しているものと、じっと動かないものがある。これはシズクホタルという昆虫の目だ。
この昆虫はその名の通りシズクダイヤの光に集まる夜光虫で、金持ち女にとってはこの虫が寄って来ることがステイタスにもなっていると言う、本物のダイヤを見につけている何よりの証拠になるんだとか。
またこの虫の習性を利用して、この辺りに山積みにされているゴミの山からシズクダイヤの部品を選り分ける時なんかにも便利らしく
シカが目の前にあったゴミの山を見れば、いたるところに青白い光が埋まっているのが分かる。この動かない方の光は全部シズクダイヤのものなのだ。

「人間の目は無いのかい?」
全ての目をつける頃には大分時間も経ったようだ。
色々な目玉をメガネのようなパーツで無理やりつけているシカは、シカに背を向けて作業をしているパウに声を掛けた。
「動物のだけだ。でも、それもいいものだぞ、俺はミツコブラクダの目で暮らしている」
そう言ってパウは立ち上がり修理が終わったシカの目玉をきゅっと、シカの顔に押し込んでくれた。
「ほい、出来上がり」
パウの声と同時に、懐かしい自分の視界が戻ってくる。


353 :2999年のゲーム・キッズ:2009/05/13(水) 00:22:54 ID:CXDcMjTb0
6章 「空を飛んでみた」

がちゃ。ドアを開けるとちょっとお洒落をしたマリーの姿があった。
「おかえりなさい。じゃあ私、でかけるから。ごはん、冷蔵庫の中のものを適当に食べて。バッツィーならもう静かになっている、寝かしつけておいたから」
「おい、またクスリなんか飲ませて眠らせたんじゃないだろうな」
「今夜は遅くなるわ、じゃ」
シカの言葉を無視してマリーはさっさと出て行ってしまった。
マリーは近頃学生時代の友達と一緒に、映画鑑賞グループを作ったと言って時々、こうして外出するようになっていた。
「子供の面倒をみているとすごくストレスがたまるのよ、これくらいの息抜きはいいでしょう?」
そう言って仕事帰りのシカと入れ違いに夜に出て行き、真夜中シカが眠った頃足音を殺して帰ってくる。
「子供が寝てしまうまで家を空けられないから、夜しか出かけられないんだもの」
マリーがそういうと、シカはなるほど、と頷くことしかできない。子供の事は週末に可愛がるだけで、毎日の世話は全部マリーに任せきりだったのだから。

家で一人、シカは冷蔵庫を漁っていると奥の方に見覚えの無いウィスキーのボトルを見つけた。
シカ達夫婦に、家で酒を飲む習慣は無いのに。中身は半分以上なくなっている。
思い当たるのはマリー一人、いつの間に飲むようになっていたのか……
シカといる時は飲んでるのを見たことが無い、だったら昼間に?
シカはグラスを出してウィスキーを注ぎ、頭をからっぽにしたまま一息にあおる。
一杯、二杯、三杯…。
無心で飲み続けて、いつしかシカはうとうととうたた寝をしてしまう。
するとその浅い夢の中で、かすかな声のような、歌のようなものが聞こえた。


354 :2999年のゲーム・キッズ:2009/05/13(水) 00:35:22 ID:CXDcMjTb0

はばたいて… はばたいて… はばたいて… はばたいて…

ハッとして顔を上げる。

はばたいて… はばたいて… はばたいて… はばたいて…

ラジオも、テレビもついていない。部屋の外から聞こえてくる音ではない。

はばたいて… はばたいて… はばたいて… はばたいて…

むしろ、自分の頭の中で響いている、そんな音色。
戸惑うシカの視界が点滅するようにチラつき、それがいつのまにか夜の街を見下ろすような、そんな光景が瞼の裏に映し出される。
沢山の建物、沢山の窓の明かり。そしてそれより沢山の青白い柔らかで美しい光。
これは一体何だろう? この不思議な映像、どこかで体験した事がある。

そうだ!
シズクホタルだ。


ぼくは小さなシズクホタルさ
固くて重い殻の下から うすくてもろい羽をようやく
よっこらしょっと引っぱり出して
はばたいてみる懸命に
はばたいて、はばたいて はばたいて、はばたいて
はばたいて、はばたいて はばたいて、はばたいて はばたいて
まだまだしつこくはばたいて
あきらめないではばたいて
すっかり疲れたころになんとか やっとのことで宙に浮く
あとはやれやれ風頼み

ぼくは小さなシズクホタルさ
ちょっとの風にあおられて きりきりまいのてんてこまい
大きな壁にぶちあたる


355 :2999年のゲーム・キッズ:2009/05/13(水) 00:36:13 ID:CXDcMjTb0

ぼくの体は小さくもろい
武器もなんにも持ってない
どこに言っても追い払われる 休むところがみつからないんだ
ぼくはほんとはのんき者
地面でじっと休んでたいけど
ぼやぼやしてたら踏みつぶされる
落ちないように、落ちないように
はばたいて、はばたいて
一生懸命はばたくだけさ
風の具合で高く飛べたら 少しは気持ちがいいけれど
高いところであんまり長く
薄くて冷たい空気にいると
だんだん息が苦しくなるんだ あわててぼくは急降下
空と土の隙間でいつも ふらふらふらふら漂うだけさ
ビルやクルマの合間をいつも
びくびくよろよろ飛ぶだけなんだ

そうさぼくはシズクホタルさ
一生懸命はばたいて 飛んでる時も本当は
ちっとも自由じゃないんだよ
たった一つの楽しみは
はばたいて、はばたいて
あの特別なやさしい光を 街の中から見つけだすこと



356 :2999年のゲーム・キッズ:2009/05/13(水) 00:36:53 ID:CXDcMjTb0

そうさぼくはシズクホタルさ
はばたいて、はばたいて
シズクダイヤの輝きを
見つける為に生まれた虫だ
はばたいて、はばたいて
あの特別なやさしい光に出会えたときだけ
ほんのちょっぴり うれしく元気になるんだぼくは

どこかにないかなシズクダイヤ
こぼれる光は心の輝き
たくさんあればそこにはきっと おんなじ数の幸福の証明
恋をしているあの子の胸に 永遠を契る夫婦の指に
今が我が世と得意満面の ビジネスマンの懐中時計に

かすかに、しかし途切れることなく続く歌声。
シカは理解した、以前パウの店で一時的にシズクホタルの目を取り付けた時の接続が、未だに生きていて
おそらく何か上手い具合にシカの視覚回路の一部が、シズクホタルの目玉と同調したままになっているのだ。
あの時の目玉は、そのままパウのところに置いてきている。それはきっと今ごろリサイクルされて、一匹の元気なシズクホタルの目になって、街のどこかを飛び回っているのだろう。
その視覚の波動が今も、シカの視覚神経に送り込まれている。
つまりシカは一匹のシズクホタルになりきって、シズクホタルと同じ光景を見ているのだ。
それは視覚だけではない、その想いまでがシカの脳の中に入り込んでくる。
シカはその、一匹の小さなシズクホタルにどんどん同化していく。

果てしなく空へ伸びる塔のふもとから広がる街、サーチライトだろうかところどころのビルから眩しい光が空に向けて放たれている。
その上空を一匹のシズクホタルが飛んでいる。
シズクホタルから見る街は、とても美しい。どの建物の外壁にもまるで満点の星空のように青白い優しい光が無数に瞬いている。
やがてホタルの目はホテルの窓の向こうに一際美しく輝く光を見つけた、ゆらりゆらりとゆれる二つの光、そして寄り添うように輝く光。
シズクホタルの目ではその光以外、部屋の中は真っ暗で何も見えないが、ぼそぼそと誰かの声が聞こえる。
「大丈夫よ、あいつったらおんぼろで、いつもぼんやりしていて、」
完全にシズクホタルと意識を同化させたシカはホタルの聴覚を通してその声を聞きながら、目の前でゆれる光がどこかで見たものによく似ている事に気づく。
「この間だって子供に目玉、壊されちゃうくらい鈍くって」
この印象的なシズクダイヤの使い方、デパートの店員がつけていたごつい腕時計と同じだ。
では、声とゆれている二つのシズクダイヤは…?
『これは誰?…マリー?』
「絶対に気づかれっこないってば」


どこをどうやって飛んできたのか、その場を後にしたシズクホタルは別の窓に張り付いていた。
窓の向こうには、一人の男がテーブルに伏している。
そのまぬけな姿はまぎれもない、シカ自身の姿だった。







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