デビル メイ クライ 4 (Part2? > 2)

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2009/10/26にWiki直接投稿


本部内の渡り廊下。跳ね橋を下ろそうと装置を操作するがこれも魔の力の影響か、
橋自体に巨大な樹木が絡みついていて役をなさない。
仕方なく他の道を探して後戻ったネロは、はびこった大木により壁が大きく崩れ落ちた、とある一室にやってきた。
焦りに呼吸を弾ませながらぐるりを見渡し、ふと頭上の「それ」に気付いて息を呑む。
鳥籠にも似た奇妙な装置。目を閉じたキリエが揺らぐ赤い光に捉えられるようにして浮いている。駆け寄ろうとしたネロの前に、耳障りな羽音と共にアグナスが現れた。
 
「やっと来たか……」
「キリエに何を!」
アグナスは睨みつけるネロの視線から隠すように、キリエの前に剣を掲げて挑発する。
「自分で確かめてみたらいい。私を倒せたらの話ではあるがね」
忌々しげに舌打ちをし、
「お前は殺す。キリエは守る。それだけだ!」
端的な言葉を吐き捨てて、ネロは開いた右手をひときわ激しく光らせた。
 
「貴様……!貴様ッ!」
辛うじて宙に浮きつつ、腹を押さえたアグナスが、怨嗟の声を振り絞る。
「殺す!殺してやる!」
喚きながら突きつける剣に、
「来いよ。首をスッ飛ばしてやる」
今度はネロが両手を広げて挑発を返した。
度を失った叫びと共に、アグナスは剣を振りかぶり突進してこようとしたが、
その進路を猛スピードで飛ぶ何者かに遮られ、慌てて急ブレーキをかける。

「何者か」……いや、「何者かたち」……それは一群の「天使」だった。
彼らはしばらく辺りを目まぐるしく飛び回っていたが、ほどなく一斉にネロに向かって殺到してくる。
四方八方から次々と飛び掛ってくるのを或いは剣で弾き飛ばし、或いは槍を捕まえて投げ飛ばすが、
数と機動力の差のせいで防戦一方に追い込まれてしまう。
幾つもの翼が風を切る音と、剣戟の音が響く中、アグナスは傍らに生まれた光、その中から現れた鎧姿に恭しく頭を垂れた。
「教皇……」
「もう良い、アグナス。お前は降臨の準備をせよ」
老人のシルエットとは似ても似つかないが、翼を具えた豪壮な姿の鎧は確かに教皇の声でそう命じ、アグナスは従順に応じてその場を飛び去って行った。
「教皇」は眼下で荒れ狂うネロを一瞥すると頭上をゆっくり振り仰ぐ。そこにはキリエがいまだ気を失ったまま、「鳥籠」の中に浮かんでいる。
滑空してきた「天使」の槍を跳ね返し、ネロはハッとして中空を見やった。
他のものとはデザインのやや異なる鎧を纏った、四枚羽根の「天使」がキリエを抱え、連れ去ろうとしていた。
援護の為か、更にも増して激しくなった「天使」たちの攻撃を片っ端から捌きとめ、突進してきた二体の槍を両腋に挟んで投げ飛ばし、駆け出した所で剣を弾き飛ばされるがかえりみもしないで跳躍する。
「彼女に触るな!」
二体同時に飛び掛ってきた「天使」が一瞬で吹き飛ばされた。
青白く光る右手を、宙を遠ざかるキリエに向かってあらん限り、一杯に伸ばす。
「キリエーッ!」
「ネ……ロ……」
喉も割れんばかりのネロの雄叫びが届いたのだろうか、
目を閉じたままのキリエが無意識の下から、囁くようないらえを返した。

しかし、彼がその存在を呪いながらも同時に少なからず頼みにもしていたであろう悪魔の腕は、
先刻のようにやはり肝心なところで彼を裏切った。
彼に出来たのは、辛うじて、その胸に下がっていたペンダントを掴み取る事だけ。次の瞬間には、急降下してきた一体の「天使」によって地上に叩き落され、床に磔にされてしまう。
「その力、やはりスパーダの血か……」
鎧の下でもがくネロを見下ろし、教皇はそう呟いたが、すぐに踵を返し、飛び去っていく。直後、その後詰をするかのように二体の「天使」が宙を滑り、襲い掛かってきた。
が、最早遠くなるキリエの姿しか映していないその両目が赤く輝くや否や、その身を刺し貫いた二体の槍もものかは、右腕の一振りで三体すべてが吹き飛ばされて壁に叩きつけられ、ガラクタと化す。
よろめきながら、ネロはなおも数歩を走ったが、ぽっかりと空いた壁の穴の向こうには、もう誰の姿も見えなかった。

荒い息をつきながら、左手の中に残されたものを見下ろす。
光る掌の上の、小さなペンダント。

がっくりと膝を突き、何度も拳を床に叩きつけるネロの獣のような叫びは、やがてかすかなすすり泣きへとかわっていった。

教団本部内の一室、つい先刻教皇が「蘇った」部屋を横切ろうとしたネロは、はっと息を飲んで足を止める。
「遅かったな」
あの赤いコートの男が寄りかかっていた柱から身を起こし、床に突きたてていた大剣を背負うところだった。
「今さら……何の用だ?」ネロは歯軋りせんばかりの剣幕で「こっちは急いでるんだ」と男を乱暴につきのけ先へ進もうとしたが、その肩を「そろそろ―――」と背後から男がつかんだ。
途端、ぎろりと相手を睨みつけ、つかんだ手を払いのけざまにネロは男に殴りかかったが、男はそれを難なくかわし、今度はネロの腕をつかんで「鬼ごっこはヤメだ」上から覗き込むようにしつつ言う。
と、戒められたネロの右腕がこめられた力で輝きだすのを見て取るや、男はぱっと手を放し、独り相撲を取らされたネロは、自分の力のあおりを食らって背中から壁に突っ込んでしまった。
「その刀を返せ」壁に開いた大穴に、のしのし歩み寄りながら男が言う。
「何の話だ……」という言葉とは裏腹に、ネロの体から光の波動が湧き出して、次いで放たれた一陣の衝撃が崩壊で立ち込めた土埃を吹き払った。

顔を庇っていた手を下ろして男が低い息を漏らす。
彼と対峙したネロの背にはオーラが造り出した異形の影が佇んでいた。
しかしそれを目にしても男は特に慌てるでもなく、
「俺の兄貴の物でね。返すなら―――」ひょいと背中に手をやり、大剣を抜き放つ。
「見逃してやるよ、坊や」
「“坊や”か……」と鼻をこするや「我ながら甘く見られたもんだ!」ネロは刀を腰だめに構え、ひと息に振り切った。
目前に迫った居合いによる衝撃波を男は宙に飛び上がってかわし、そのままちょんと天蓋の上に腰掛ける。
背後で崩れ落ちる石柱を見やり、感嘆めいた声を上げてからこちらを見下ろし、「忠告だ」と人差し指でみずからの胸をこつんと叩いた。「年長者は敬え」
もちろんネロがそれに従うわけもなく、彼は男を無視してそのまま駆け去ろうとしたが、進行方向に男が飛び降りてきて道を塞がれ、忌々しげな息をつく。
大剣を肩に担いでそれを眺める男のまなざしから、ふと笑みが消えた。
 
激しい剣閃の応酬が続く。
4合、5合、6合目についにネロのがむしゃらな剣が男の大剣を宙に跳ね上げた。
チャンスとばかりにネロは刀を胸元に引きつけ、渾身の突きを放ったが、喉元にその切っ先が届く寸前、男がするりとその攻撃をかわしざま、ネロの後頭部をぽんと叩いて押し出した。
結果勢いを狂わされたネロは足をもつれさせて無様に床に転がり、男は落ちてきた大剣を見事にキャッチして、悪ガキのような笑い声を上げた。
往生際悪く上半身だけ跳ね起きて、歩み寄る相手にヤケクソまがいの一撃を浴びせようとしたが、首の真横に剣をつきたてられて、そこでようやっと観念したネロは床に大の字になった。
「頭は冷えたか?」彼と同じく荒い息をつきながら、それでもにやにや笑って男が聞いてくる。
ネロが顔を背けると「何だよ、文句あるか?」となおも聞くので「殺す気はないって顔だな(英語だと「最初っから俺で遊んでたんだろ」という)」右腕を踏みつけた男の足を睨みつけてネロが応えると、男はネロの右腕から足を上げ、床から剣を抜いて身を引いた。
「その刀は、人と魔を分かつ剣でね。俺が持つのがスジなのさ」ふらつきながら床から身を起こすネロに言い聞かせるようにそう言って「家族の形見だしな」と付け加え、男はとんとん、と胸を叩いて見せたが、
「必要なんだ……」
手にした刀に眼を落とし、低い声で囁くネロを見ると、彼は小さく頭を振って息をついた。

「なら、持ってけ」
あっさりとなされた提案に、ネロはきょとんとして男を見返したが、「頭も冷えただろ。行きな」
男はそれ以上何を説明するでなく、ただ親指で出口の方を指す。
暫しの無言ののち、ネロは右手の刀を握り締め、歩き出した。
すれ違う二人の間に、ふと一陣の風が吹く。
「おい!」
その時、遠ざかるネロに背を向けたまま、男が声をかけた。
「名前は?」問われて「ネロだ。あんたはダンテだろ」と答えると「悪くない名前だ……」ネロは呟き、歩み去っていった。

「お前もな」
振り返り、男……ダンテがそう返す。
そのまま小さくなる背中を見送っていたダンテの視界に、突然白い影が割って入った。
扇情的な切れ込みの入った教団服に褐色の肌を包んだ銀髪の美女。
教皇に言ったとおり、グロリアが彼のもとに現れたのだ。
両者の間に張り詰めた空気が流れる……かと思いきや。
沈黙もつかの間、突如ダンテが噴き出し、膝を打って笑い始めた。
「似合ってるじゃないか」
言われた方も、「それはどうも」
肩をすくめてあっけらかんと応じると、ひょいと腕を伸ばして何かを剥ぎ取るような動作を見せる。
するとエキゾチックな銀髪美女は姿を消し、以前の彼女とはまるで正反対の……銀のボブヘアは腰までのブロンドに、褐色の肌は抜けるような白に、白い団服は黒いチューブトップと黒皮のパンツに変わった……美女が現れた。
彼が笑い出したのも当然、そしてグロリアが魔剣スパーダを教団にもたらせたのも当然のこと、彼女の正体こそダンテの相棒、女悪魔のトリッシュだったのである。

「……行かせていいの?」
「あんな顔されたらな」
愛剣「リベリオン」を床に突きたて、そう答えるダンテにトリッシュは歩み寄り、彼の肩に手を置いて、
「大事になっても知らないわよ」とその顔を見上げたが、
「その時はその時だろ。俺がケツを拭くさ」
剣を背に戻しながら彼女の相棒は頼もしいというか行き当たりばったりというかないらえを返し、トリッシュは無言でなんとも言いがたい視線を向けるのだった。

 
「これは……」
教団本部、最上階。そこに安置された二本の角に後光のような輪を戴く巨大な石像を見上げて呟きを漏らしたのもつかの間、ネロはやおら銃口をその頭部に向けた。
「美しい姿だろう?」
両手を広げ、教皇は問いかけたが、
「俺の趣味とは合わないね」すげないネロの答えに「それは残念だ」左手を振った。
それに応じて石像の額にはめ込まれた青い宝玉の中から現れたものを見て、ネロの目が驚きに見開かれる。「キリエ……」呟き、銃を下ろしてしまうネロに教皇が問いかける。
神の中で彼女と溶け合い、一つになって永遠の愛を証明したくはないか、と。
「××××してな!」
ネロはただそう返して歯噛みする教皇はそれきり無視し、キリエにひたむきな眼を向ける。
「今助ける。信じてくれ」
彼女もまたじっとネロを見つめ返したが、小さく頷いたかのように見えた瞬間、その体は石像の中に引き戻されていった。
「交渉は決裂か。未完成とは言え、この神の力の強大さを思い知れ」と教皇は叫び、彼と神という名の巨像とを相手取った戦いが幕を開けた。
 
吹き飛ばされつつも何とか体勢を立て直し、石像の額に降り立った教皇に、閻魔刀を振りかざしたネロが飛びかかる。が、すんでの所で教皇の足元の宝玉からキリエが再び現れて、それに怯んだネロは巨像に掴み取られてしまった。
「愛のために破れるか」とあざ笑いながらも、教皇はネロの持つスパーダの力を認めたが何故か「ダンテほどではなかろうがな」と付け加えた。
何とか逃れようとあがきながらも唐突に出てきたダンテの名を訝るネロに、本来石像の中にはダンテを取り込む予定だったと教皇は告げ、「だが結果が同じなら、容易な道を選べばいい」ネロに向けてその手を差し招くと、閻魔刀が石像をすり抜けて浮かび上がり、教皇の手の中に納まった。
「貴様の血とこの閻魔刀の力で、我らは望みどおりの楽園を築ける」
刀を掲げて勝ち誇る教皇の前に、その時ふいに白い影が舞い降りる。驚きに眼を見張る間もなく、彼は飛び降りてきたクレドの放った剣閃を受けてその場に崩れ落ちた。
逃げろと叫ぶクレドの声に、なんとかネロは右腕を引き抜いたが、同時に響いた苦鳴に愕然と眼を見開く。特に傷ついた様子もなく裏切りの理由を訊く教皇に串刺しにされつつも、クレドは彼の望む理想の世界のために何でもやってきたが、何も知らぬ妹までも利用した事だけは許せない、と途切れ途切れに糾弾する。
「愛か?家族への?愚か者め!」教皇は吐き捨てて刀を振り払い、「信ずるべきは、絶対的な力のみだ……!」必死で伸ばすネロの手を掠めて落ちていくクレドの姿を見送った。
クレドの、血に染まったその体は、しかし石畳の床に激突する寸前、何者かに抱きとめられて難を逃れる。
壁際にクレドを横たえるダンテを守るように進み出たトリッシュの正体を看破して、教皇は「貴様らにも予想外だっただろう、この小僧の体に流れる血はな!おかげで我らが神は完成する!」となおも嘲った。
が、ちらりと相棒と視線を交わして、ダンテが「坊やはまだやる気みたいだぜ?」溜息混じりにそう言ったのと同時に、ネロの伸ばした悪魔の腕が教皇を鷲づかみにして石像の胸部に叩きつけた。
やったかと思われた瞬間、しかし既に「神」と同化している教皇を「神」の体に叩きつけた所で意味はなく、「神」の体内を通ってネロの背後に現れた教皇がその右腕を像の拳に縫いとめた。
最早脱出は不可能と哄笑しながら教皇は刀を携えて再び「神」の中に姿を消し、ぐったりとうなだれるネロに、「坊や!ギブアップか?」とまるきり外野の口調でダンテが問いかける。
「もう、打つ手ナシでね……」ネロはそう返すのがやっとの事で、それきり顔を上げることもできない。
しかし「そりゃ大変だ」と肩をすくめたダンテが「死ぬのは勝手だが、刀は返せよ?」と薄情に指を突きつけると、「取りに来な……」とこの期に及んで憎まれ口を叩いた上に中指を突き立てつつ巨像の中に引き込まれ、「悪ガキめ……」ダンテは苦笑交じりに呟いた。
 
かすかな歌声と差し込む光に目を開けると、赤黒い、夕焼けのような空にネロはキリエと二人、浮かんでいた。
彼を目覚めさせた光は、キリエから放たれているようだった。
かすれる声でネロが呼びかけると夕闇が払われ、辺りは光に満たされる。
守れなかったと呟くネロに、キリエはただ微笑んで手を差し出す。
けれどもその手をとろうとした刹那、キリエの体は金色の粒子に変わって闇へと融けていった。
ありがとうと囁くキリエの声に、ネロは闇に捕らわれ、もがきながら叫び続ける。
「約束だ!ここから抜け出す!君と一緒に!」
だがその絶叫も、そして思わずあふれた涙も虚しく闇に飲まれ、かき消された。
 
あれは白昼夢だったのか、気がつくと現実の彼は強靭な肉の塊に捕えられていた。不気味な肉の檻……それは「神」の像の体内、その胸の青い宝玉の中に位置していた。
すると宝玉が鈍く明滅を始め、同時に不気味な地鳴りが辺りを包む。「神」が空中へ浮かび上がろうとしているのだ。
頭上遥かに舞い上がる「神」の背に出現した、奇妙な光る輪のような物体を指し「見ろよ!羽が生えた!」ダンテが呆れた嘆息のような笑い声を上げた。
「悪趣味なデザインね」切って捨てるトリッシュに首を振り、ダンテは背後にへたり込んだクレドに完成した「神」の行方を尋ねた。
何とか立ち上がろうとしながら果たせず、クレドは「世界の救済には混沌が必要だ」と答える。
彼らはこの街に眠る魔界への扉、地獄門を開こうとしているのだと。折れた閻魔刀、魔界を封印した鍵を復活させようとしていたのはその為だったのだ。
「人と悪魔を分かつ剣、か……」呟くダンテにクレドは喘鳴に濁る声で必死に訴える。
スパーダの息子の貴方ならば、神さえ殺せるかも知れない、と。
「期待されてるみたいね」トリッシュが目を向けるが、ダンテは「らしいな」と受け流すだけだ。
すると、「頼む、救ってやってくれ……」ようやっとのことで立ち上がったクレドがダンテの肩を掴んだ。
「彼らを……キリエと……ネロを……」だが、それが彼の最後の言葉だった。
倒れ込もうとするクレドをダンテが支えたが、その体は光に包まれ、無数の粒子になって飛び散った。
「分かったよ」しばしの後、ぽつりとダンテが呟いた。
「遺言じゃ仕方ねえ」やれやれとでも言いたげに腕を組むダンテに「私は住民を避難させる」言い置いてトリッシュがすたすたその場を去ろうとするので
「おい!そもそもお前が……」と難所を押し付けられた不満もあらわに言い募ろうとすると「じゃあ交代?」ぴしゃりと遮られてダンテは一瞬口ごもった。
結局は「いや……こっちがいい」
降参!とばかり、手を上げてダンテは大股に歩き出した。その背に彼の相棒が続く。
歩き去る彼らの後ろ、二人の背中を見送って、光の最後の一粒が蛍のように舞い上がり、闇に消えた。
 
「さあ、欲望のままに暴れるのだ」
地下の神殿らしき建物。宙に渡された石の通路を、誰に向けてか語りかけながらアグナスがゆっくりと進んでいく。
「喰らい尽くせ。この世界の崩壊の果てにこそ」
やがて石の通路は丸い台座で行き止まりになった。彼が、というより彼が携えた閻魔刀が近づくにのに合わせ床で不気味に脈打つ赤い魔方陣に向かってアグナスは刀を振りかぶり、
「神の支配する楽園の時代が―――訪れるであろう!」
叫ぶと、その中心に開いた「鍵穴」に向けて剣を突き刺した。
一瞬、辺りが白く輝き、そしてそれは一面の巨大な魔法の赤光に変わる。
「今こそ!審判の時!」
深紅に輝く閻魔刀を前に、アグナスは喉も割れんばかりの雄叫びを上げた。
 
大聖堂の前に避難していたフォルトゥナの市民たちが、巻き起こる地鳴りに不安そうに顔を上げる。見上げる目の先で、あの巨大な石版が不意に膨れ上がり、泥のような飛沫を……否、そう見える程の膨大な数の悪魔たちを吐き出した。
転げるように逃げ出した彼らを、悪魔たちが次々と屠っていく。
追い詰められ、震えるだけの無力な民たちを覆う悪魔の影。
と、その影を何者かが吹き飛ばした。
恐る恐る振り返れば、白い騎士が宙に翼を広げてこちらを見下ろしていた。
同じく街のあちこちで、騎士たちが悪魔を払い、人々を「救って」いく。
「恐れることはない!神は今、降り立った!我らを救うために!」
騎士たちを従えて宙を行く「神」の頭上で教皇が高らかに叫んでいる。
「感謝を捧げよ!賛歌を歌え!世界はまだ終わってはおらぬ!」
力強く腕を打ち振ると、「神」の頭の不完全な……まるで悪魔の角のようにも見える「輪」が稲光を放ち、輪の欠けた部分に生じた雷球から生じた電光が無数の悪魔たちをやすやすと打ち砕いた。
辺りに教皇の笑い声が響く。人々を「救う」、その気高い筈の所業とは裏腹な、下卑た笑い声が。
 
気のない拍手が辺りに響く。
「なかなか演技派だな、爺さん」
火に包まれた街とそこに降り立った「神」を遠く眺めながら、ダンテはまるで熱のこもらない口調でそう言うと、コートの裾を翻して歩き出した。
 
「魔剣教団?」
ピザをかじりながらダンテは古い知り合いを見上げた。
「そう。聞いた事は?」
だだっぴろい机の上に手をついて、ぴっちりした白いスーツに包まれた、豊かな胸元をさらしながら尋ねてくる。
「宗教には縁がない」
彼と同じ感想を抱いたのか、相棒は机の端に腰掛けて、彼と同じくピザをかじりつつ足をぶらぶら揺らすだけで、こちらのことを見もしない。
「フォルトゥナで信仰されているの。物好きしか知らないけどね」
「お前みたいな?」
「そういう事。スパーダの事は詳しい?」
まぜっかえすダンテに怒りもせずあっさり返すと、彼女は更にそう尋ねた。
「何でも知ってるってわけじゃない」
と、返してダンテは脇の相棒に目線をやったが、トリッシュはあいも変わらずピザをかじっているだけだ。サングラスの奥の眼……片側が青で、片側が赤い奇妙な眼でそれを睨んで、昔なじみはガンベルトに包まれた物騒なフトモモを揺らして歩き出した。
「スパーダはその街の領主だった。人々は彼が去った後も彼を崇めてる……神としてね」
「悪魔が神になったか」
お行儀悪く机の上に載っけていた足を床に降ろして、皮肉な口調でダンテが笑う。
聞いているのかいないのか、ピザを食べ終わったトリッシュは、こちらもまたお行儀悪くなおかつエロい音を立てながら指をしゃぶると、テーブルをぴょんと飛び降りた。
「話はここからよ。問題はその教団。悪魔を捕まえてるの。何度かは仕事を邪魔されたわ」
「動物園でも開くのか」
彼女は今度こそ苛立たしげにダンテの手からピザをひったくった。
「……まだあるわ。あなたが持ってるような―――魔具も集めてる」
ピザでこちらの事を指す彼女の手から
「じゃあ博物館だな」
と相変わらず茶化しながらそれをひったくり返そうとしたダンテは、ひょいと手を引っ込められて、
「……何だよ」
忌々しげに机を軽くたたいてまたその上に足を乗っけなおす。
突いていた両肘を机から離して、仁王立ちになった彼女が
「そんなものより―――はるかに凶悪な目的だとしたら?」
ピザを片手に言い放った所で何か思うところがあったのか、ダンテはようやく机から立ち上がった。
「……退屈しのぎにはなるだろうな。トリッシュ!」
呼びかけて、返事が、そういえば気配もないのに気がついて、眉をひそめて背後を振り返ったダンテはやれやれと首を振った。
背の壁にかけてあった父の形見の魔剣「スパーダ」が消えている。
刀掛けには鮮やかなルージュで「See You There(現地集合)」の文字。
 
「ややこしい話になってきた……」
そう言いつつも、密林の木漏れ日の下を行くダンテの口元には、楽しげな笑みが浮かんでいる。
 
密林の「門」の前までやって来たダンテ。
怪訝そうに背後の空を振り仰ぐと、蛇体をくねらせ、卵を射出しながらエキドナが泳いでいくのが見える。
息をつき、首を振ると出し抜けに駆け出した彼は、飛来する卵の着地点まで駆けつけると、それを次々と蹴り返す。
蹴り返された卵は宙で複雑に跳ね返り、最後に放ったオーバーヘッドキックの一撃でビーンボウルのように卵の群れを弾いて、全ての卵が龍態を解いて女怪の姿を現したエキドナの顔に次々ぶつかった。
「貴様、何者じゃ!」
怒り、声を上げるエキドナに「無視されるのは嫌いでね」とダンテは肩をすくめる。
「わらわの子と一体となり平穏な余生を送れば良いものを!」
叫んだエキドナが龍に身を変えて襲いかかったが、ダンテは手にした剣をひょいと背中に掲げただけ、次の瞬間その姿はエキドナの大きく開いた口の中に飲み込まれてしまった。口の間からはみ出した片足が力なくぶらりと揺れる、と見えたのも束の間、「そういう誘いなら……パスだな」易々と龍の大顎をこじ開けてダンテが再び姿を見せる。
弾みをつけて龍の口中から飛び出すと、睨みつけるエキドナにダンテは悠揚と剣を突きつけた。
「刺激があるから人生は楽しい。そうだろ?」
 
「わらわの森!わらわの子!」
体液を噴出しながら、苦しげにエキドナが喚いている。
しばしの間、ダンテは無言のままその悲鳴を聞いていたが、やおら銃を引き抜くと、容赦のない一撃を食らわせた。轟音と共に引き裂くような悲鳴を残してエキドナが四散する。
「黙ってた方が美人だな」
嘯いて銃をしまうと、彼は巨大な石門の基部へ足を向けた。台座の上で瞬く光に手を伸ばすと、それは独りでに宙を滑ってダンテの掌に納まった。
「まず一つ……」
呟くと、光が一層強くなり、それが収まったとき……ダンテの両手と両足、それに下顎は奇妙な「鎧」に覆われていた。紫の光の帯が脈打つ両の拳を握り締めると、軽い金属音がして更に刺状の肘当てが現れる。それらを眺めやった後、ダンテは門へと向き直った。しなやかな足捌きで石畳を踏みしめ、ゆるゆると両腕を泳がせて、指先を揃えた右の手をぴたりと巨大な石壁に突きつけた。
転瞬、伸ばした指を拳に変えて、その分開いた僅かな隙に、雷光のごとき拳打を叩き込む。途端、彼の体を中心に放射状に突風が吹き抜け、弾けた瓦礫が飛び散った。巨大な石門の表面に地から天へと亀裂が走り、一つ瞬きしたあとにはそれは幾つもの石の塊となり、雪崩を打って落ちてくる。するとダンテは身をかがめるや、拳を腰だめに構えて跳躍した。
掲げた拳から炎を吹き上げ、門の欠片を砕きつつぎゅりぎゅりと上昇し、途中からは身を反転させて幾つもの石塊を蹴り割って、頂点に到達したところで手刀を閃かせ、一際巨大な門の天頂部に当たる岩塊を叩き割り、着地する。
拳を握って力を溜めるダンテの背後、落ちてきた巨石が次々と重なっていく。石塊が落ちきり、見上げるほどの石の山になるのと同時に、ダンテは鼻の頭を親指でぴんと弾き、天高く飛び上がる。そうして紫の炎を纏い、放たれた手刀は巨石の山を、その断面を赤く溶けるほどに焼きながら真っ二つに叩き割った。
土埃、いや、焼かれた石の上げた蒸気だろうか。もうもうと上がる煙の中で
「あと二つ……」
反した拳を眺めながら呟いて、ダンテはその場を後にした。

 
ネロがバエルを倒したことにより止んだ筈の吹雪が、何故か再び猛然と荒れ狂っている。
フォルトゥナ城の中庭を横切りながらダンテはふと顔を顰めて鼻を摘んだが、上空から響いてくる嬌声に目を上げて、そこで淫らな踊りを繰り広げる女たちを見つけるや、そんなことは忘れたかのようなヤニ下がった表情になり、口笛を吹いた。
そうして光る裸身の女たちが絡み合い、腕を伸ばしてこちらを差し招くと、「ベイビーちゃん!」両手を広げて彼女たちの元へと駆け寄った。
「サイコーだ!」雪の上を滑り、近づいた彼を、待ってましたとばかりに宙から降りてきた女の一人が抱きしめようとするが、ひょいとかわしたダンテは仰向けのままバックスケーティングして、もう一人の女のお尻を下から覗き込んだ。エロ親父そのものの行動に、慌てたように彼女は距離をとり、しかしまたお互いに近づいてはかわし、かわされる。
やがてダンテは凍った地面に寝転がると、吹雪の中に舞う異様な女たちをニヤニヤと見物し始めた……が、その直後、水面を迫る鯱のように、その何倍もの大口をあいた大蛙が飛び掛ってきて、哀れダンテは一呑みに……と思いきや、難なく彼は中空に飛び上がってその顎を逃れた。
「わしに気づいとったんか!」
ネロを辟易とさせたのと同じ、汚らしい色の消化液を口から飛び散らせながら怒鳴る、バエルそっくりのこの化物の名は「ダゴン」。
ネロが閉じた筈のあの「門」の中をうじゃうじゃとこちらへ向かってきていた、バエルの「兄弟」の内の一匹である。ダンテはそれを知ってか知らずか
「体は隠れてたが、そのニオイがな……」と、いかにもわざとらしく顔の前で手を振って見せる。「ヒドイもんだ」
「ふざけた人間が!丸呑みにして消化したるわい!」
挑発に怒り狂ったダゴンは足を踏み鳴らし、雄叫びを上げた。悪臭を孕んだ颶風が吹きつけて、ダンテのコートが吹き上げられて裏返しになり、頭の上に被さってしまう。間抜けな空気をコートと共に払いのけ、「消化できるならな」不敵にダンテは笑うのだった。
 
べちゃんと地面に叩きつけられ、「まだ終わっとらんぞ!」往生際悪く向き直ろうとするダゴンの目に、飛びかかってくるダンテの姿が映る。
「わしの兄弟が……」捨て台詞は大剣に一刀のもとに断ち切られ、力尽きた大蛙は巨大な氷塊となって爆散した。氷霧の向こうに魔界への門、更にその足元の台座に輝く光が見える。
密林の門と同じく、光体はダンテが伸べた右腕に応えて宙を走り、手の中に納まった。が、光が消えるとそこにはおよそ武器とはとても思えない、大きめのアタッシェケースがぶら下がっている。中央に物騒というか悪趣味な髑髏のエンブレムがついていて、脈打つようにそこから光が走っている表面をこつこつと叩いたダンテは「なるほど」何に納得したんだか、「食べ放題ってわけだ」そうひとりごちるとそれを肩の上に担ぎ上げた。
たちこもる氷の霧が晴れていく。ぼんやりと踊る無数の赤い光、その下に蠢く、同じく無数の巨大な「何か」がその輪郭を鮮明にしていく。
気づけば中庭はバエルとダゴンの「兄弟」たちで溢れかえっていた。しかしダンテは無軌道に暴れ狂う化物蛙に慌てず騒がず、ただにやりと口の端を吊り上げて、高く掲げたカバンを地面に叩きつけた。するとそれは光を放ち、次の瞬間……何故か一基のガトリングガンがその場に姿を現した。大きすぎる標的を横一列になぎ払うと再びカバン、というか元カバンのガトリングガンが光りだし、ダンテがそれを担ぎ上げると、それはロケットランチャーに変形した。次いで景気よく放たれたロケット弾が群れの真ん中で馬鹿でかい爆炎を上げ、重たげな体が一斉に空を飛ぶ。ランチャーは三度光って三枚の羽を持つブーメランに、宙を走って全ての的を切り裂き、ダンテの手の中に納まった。
これで終わり……ではもちろん無い。カバンに戻ったそれを、歓声を上げながらブン回したダンテの背中で更にカバンが何だかすごい変形を始め、全方位砲撃台としか言いようが無いようなシロモノが組みあがった。いかにも楽しそうな顔でダンテが発射菅を押し込むと、べらぼうな数のミサイル弾が飛び出して、ムチャクチャな軌道で星空を駆け、的の全てに襲い掛かった。天高く上がる爆煙を前に、がっしと地面にカバンを置くダンテ。片足をカバンの背に乗っけてどうだとばかりに惨状を眺めている足元で、カバンの留め金がかちりと外れた。
いかにも普通のカバンのようにぱかんと開いたその中からは、絶対に普通のカバンは発しない、そして今までの変形の時とも違う、何やら怪しげな光が……。怪訝そうにダンテは顔を傾けてその中を覗き込んだが、一瞬の後、ばたんと足の先で蓋を閉じてしまった。
一体何を見たのだろうか。ちなみにこのカバンの形をした魔界兵器の名前はパンドラと言います。そしてこの後カバンを閉じた衝撃(?)が最後のトドメとなったのか、床に大穴が開いて階下に落とされたダンテは、同じく戦闘の衝撃で(?)排気機能が止まってしまい、毒ガスに満たされた構内を「やり過ぎた」とボヤきながらとんだ回り道を強いられることになるのですが、それはまた別のお話。
 
不気味な燐光を放ちながら宵の空に浮かぶ「神」を遠くに見上げ、ベリアルは忌々しげに呟いた。
「人間が神を気取るとは……愚かな事よ」
「同感だな」
と、思いもしないところから応えが返り、見下ろすと、他ならぬ彼の、燃え盛る尾の上にはたはたと手で顔を仰ぎつつ、平然とダンテが腰掛けている。
「貴様……!」
慌てたベリアルは尾を打ち振り、ダンテを宙に投げ出した。が、相手は慌てるどころか、ぎゅりぎゅりと回転して着地すると、
「早く気付けよ。コートが燃えただろ」
外套の裾を持ち上げてばさばさと払い、しれっとした顔である意味ボケともいえるツッコミを入れる始末だ。
「逆賊スパーダの息子が!同胞の仇を取らせてもらうぞ!」
地響きを立てて歩み寄るベリアルを、ダンテはただ腕組みをして泰然と待ち受けている……

「これほどの力とは―――無念なり……!」
ぜいぜいと苦しげに肩を上下させるべリアルに、息一つ切らしていないダンテが指を突きつける。
「汚いケツ見せておうちに帰りな。許してやる」
しかしべリアルが勝者の情けを受け入れることはなかった。
「一度退いた身、二度は退かぬ!」
叫ぶなり、全身に炎を纏わせ、残された力を振り絞り突進してくる。
が、それもダンテの放った銃弾の前に火の粉となってあえなく散った。
べリアルの起こした最期の風に、朱の蛍が断末魔のように舞い、消えるのを眺めて
「ショボイな……ハデな花火を期待したんだが」
呟いたダンテは銃をしまい、巨大なモノリスの前へ歩を進めた。
台座の上に浮かぶ光球に手を伸ばすとその輝きは一際増し……それが収束した時、ダンテの背には奇妙な物体が納まっていた。
肩だけの鎧のような、金属で出来た外格だけの翼のような……「翼」にはそれぞれ幾本かの細剣が仕込まれているようだ。
ちらりと背を振り返ったダンテはふふんと笑い、いきなり天高くジャンプした。
「コイツを!」その両手には「翼」から抜き放った剣が赤く輝いている。
「突き刺す!」叫ぶと同時に剣は幾本にも分裂し、投げ放たれてモノリスに幾つもの穴を穿つ。
「力をこめて!角度を変え!刺す!」
不思議なことに、叫びつつ次々と剣を投げていのに、その背の剣が尽きることはない。
「さらに……もっと強く!ブチこんでやる!」
何故かフラメンコ調になったBGMに乗り、気取ったポーズをキメながら放っている剣の軌跡は、どうやら何かの図形を描いているらしい。気合いと共に放った締めの一撃がその中心に突き立ち、長いジャンプを終えて地面に着地したダンテは、フラメンコダンサーよろしく赤いバラを咥えている。
「最後に……」
パンパン、と両手を打ち鳴らすと、石板に刺さっていた全ての剣が破裂して、モノリスはハートの形になった。
「絶頂を迎えた後―――」
振り向きざまに投げたバラが、ハートの中央に残っていた剣の柄を叩いて
「君は自由だ」ハートは見事に真っ二つになった。
その間に遠く浮かぶ「神」の姿が覗く。
「意外と小さく見えるな」
相変わらず異様な後光を背負った巨体をそう評すと、右手を伸ばしてそれを握り潰す仕草をしてみせる。
「残るはあんただ、Mr.カミサマ」
宣言して、ダンテはぽんと手のひらの埃を払った。 

「悲しいかな、悪魔如きでは―――君を止める事はできぬのか」
薄暗い室内、スポットライトに照らされてうずくまっていたアグナスがゆっくりと立ち上がる。
芝居がかった仕種で腕を伸ばすと……別の一角にライトが切り替わり
「呼んでは殺し―――呼んでは殺し。歪んでいるな」
足を乗せていた椅子をステージの端に蹴り滑らせてダンテが応えた。
「正気じゃない。それがお前たちの―――正義なのか!」
眩しいライトを浴びながら、馬鹿馬鹿しいほどの大仰な身振りでアグナスを糾弾する。
「人間とは―――まことに愚かな生き物だ。一度地獄を味わわねば神の存在を信じようとはしない」
それには答えず、どこからか取り出した骸骨を眺めてアグナスは嘆く。同時に、なんかモノローグ調にアグナスと骸骨のアップが画面に映り込んだ。
「なんと皮肉な話である事か……」
突然疾走った稲光と共に手の中の髑髏を握り潰した彼は、砕けた粉をふっと吹いた。
「そんな話に興味はない」
骨粉でできた煙幕の中、ステージに寝転がったダンテがわずらわしそうに手を振って、やおら立ち上がる。
「俺は―――」「アレを―――」「返して欲しいだけなんだ!」
あの、何だか今にも歌い出しそうなんですけど……というような身振りで訴えるダンテに
「閻魔刀だな!君が望んでやまぬ物は!」
悪魔に変身したアグナスが蛾に似た羽根を広げ、「私がここで守る閻魔刀だな!」手にした大剣を取り回して高々と掲げた。
「そうくるだろうと思っていたよ」
片方は確実にノリでやっているのだろうがもう片方はどうなのか……とにかくついにクラッカーさえもがうち鳴らされ、ベンチで「舞台」にスライドインしたダンテは、舞い散る紙吹雪の中で高笑いをあげると、突如腰の銃を抜き、天に向けてトリガーを引く。
轟音の次の瞬間には、彼は壁際のスパーダ像の上にいて、
「始めよう!天使と戦う事ができるとは―――素晴らしい幸運だ!」
相変わらずの芝居がかった身振りで軽いキスを投げた。
 
「なぜだ……これほど……力に、サ、サ、差がある!」
吹き飛ばされて、ベンチの上に尻で着地したアグナスは、変身の解けた我が身を見回し、上擦り声をあげた。
「お前が人間をやめたからさ」
そんな彼にちょいと指を突きつけ、ダンテが事も無げに答えたがアグナスには納得が行かない。
「お前も人間じゃない!なぜ私が負ける!」
「人間は弱いか?確かに肉体は弱いかもな」
円台の上をぶらぶらと歩きながらダンテがレクチャーよろしく語り始めたのを見て、アグナスは慌てて腰を探り、メモパッドとペンを取り出すと彼の側へと駆け寄った。
「だが悪魔にはない力がある」
「悪魔にはない……それは、ナ、何だ?研究の参考にしたい!教えてくれ!」
アグナスは背を向けたダンテになおも追いすがろうとしたが、その姿さえ見ずダンテは銃を抜き撃った。
アグナスの上げた小さな悲鳴と共にその手の帳面が弾き跳ばされ、無数の紙がひらひらと舞った。取り戻そうと宙を掴んで狼狽するアグナスの上に、ダンテの冷たい声が降ってくる。
「研究の続きはあの世でやりな」
どうにか一枚を捕まえて、掲げてみると、黒々と開いた穴の向こうから微塵の諧謔もない悪魔狩人の目がこちらを睨み下ろしていた。
「俺からの宿題だ」
再びの轟音でアグナスはまたも宙を舞い、ベンチの上に尻餅をつく。ぱたりと両腕がシートに落ちて、最後の息を吐いた顔の上に死者に掛ける布のように紙が舞い落ちた。
「そして残るは沈黙のみ」
一人として居ない観客に向け、カーテンコールに応える役者よろしくダンテは恭しく会釈すると、ハムレットの最期の台詞を口ずさみ、幕引き代わりの銃弾を天へと放った。
 
大聖堂の正面に鎮座する、最後の地獄門の前へとダンテはやって来た。腕には閻魔刀を携えている。聖堂の地下に突き立てられていたのを引き抜いて来たのだ。つまり目の前の巨大な石板には強大な悪魔を通す力は最早無い。しかしダンテは閻魔刀をモノリスへと掲げ、ひとりごちた。
「大した建築物なんだが、悪影響だからな」
そう、今だそれが悪魔を魔界から呼び寄せる厄介な装置であることには違いないのだ。
直後鞘走った鋭利無双の一撃が横凪ぎに巨石に吸い込まれる。
次いで幾筋もの剣線がその後を追って石面に閃き……鐘の音にも似た高らかな金属音と共にダンテが納刀すると、ひと呼吸の後にただ一本の線で両断された石板の上半分がずるずると滑り落ち、もうもうたる土煙を上げた。
 
ただの石塊と化した地獄門の残骸を眺めるダンテの背に、歩み寄る人影がある。
「取り戻した?」
「コイツはな」
尋ねたトリッシュに左手の閻魔刀を示すと
「残りは……」
彼女は呟くが、それきり言葉を切った。ダンテも特段無言のままだ。二人の視線の先、やっと収まった土煙の向こうには、依然として浮かび続ける「神」が居る。
「助けは必要?」
ややあって、トリッシュがダンテを振り返ったが、ダンテは相棒をちらりと見て
「いや、別にいい」首を振り、閻魔刀を肩に引っ掻けた。
「住民の避難を頼む」
「了解」
トリッシュは歩み去り、ダンテは「神」を眺め続けている。
 
大聖堂の尖塔の天辺にすとんと降り立った背中に
「地獄門を破壊するとはな」
声を掛けられ、ダンテは目も眩むような足場の上でいとも気安く振り返り、宙空に羽根を広げた「教皇」を見た。眼下には破壊された街、そして彼の周囲には彼に付き従う「天使」の「騎士」が無数に飛び交っている。
だが、ダンテの軽口が影を潜めることはない。
「眺めが良くなっただろ?さて―――そろそろ遊ぶか?」
「そのためにそこに登ったか。貴様では神に触れもせぬわ!」
「ちょっと違うな」
傲然と宣言する教皇にダンテは首筋をちょんちょんと指して見せた。
「見下ろされたくなかっただけだ」
「減らず口を!いつまでそんな態度が続くかな?」激昂する相手に「死ぬまでさ」けろっとして笑い、次の瞬間、無数の「天の騎士」達がダンテの元へと宙を走って殺到する。が、
 
彼らは全てダンテの踏み台と化した。抜きもしない閻魔刀ではたかれ、或いは槍を捕まれて引き寄せられ、投げつけた閻魔刀に叩き落とされ(教皇は流石に、というべきか、これを見事にかわしたが)愉しげな声を上げたダンテが宙で閻魔刀をキャッチして、逆の手で放ったリベリオンが「神」の石の体に突き立って……それは果たして瞬き一つの間もあっただろうか、それを足場にしてダンテが「神」の体に辿り着くまでに。
「おい、触ってやったぜ?」
にやにやしながら閻魔刀を持った手の甲でぽんと「神」の体を叩くダンテに
「へばり付いていろ、虫けらめ」
教皇は唸り、背を向けた……と思ったのも束の間、凄まじい勢いで突進をかけて剣閃を放った。
が、そこにダンテの姿は既にない。上か、下か……気配を探る背後の足場に降り立つ足音、振り返るより速く抜き射たれた銃弾が教皇の体を貫いた。だが……
ばらばらに弾け、地面へと落ちていくのは恐らくただの鎧の残骸だ。明らかに手応えが無さすぎる。
「本体は中か……」
呟いたダンテはやれやれと溜め息を吐き、正面の巨体を見上げた。
「まずはコイツの相手だな!」
 
宙を跳び、「神」の胸に着地したダンテは、そこに輝く青い宝珠に力の限り閻魔刀を突き立てた。
刀の割った傷口から光が漏れ、何らかの効き目があるかと思われたが、
「閻魔刀の力など、この神には―――通用せんわ!」
いい所で「神」が腕を伸ばしてきて掴まれそうになり、閻魔刀を残したまま宙へと逃げる。が、ダンテもただで転ぶ男ではない。
「外が駄目なら!」
腰の左右からエボニーとアイボリーを抜き放ち、両腕をクロスして構えると、息もつかせぬ連射を喰らわせる。迸った弾丸は、何と全てが閻魔刀の剣柄に一列に重なって命中した。先刻地獄門を破壊した時の、一ヶ所に加えた連閃にも勝る精密さだ。与えられた力により遂に閻魔刀は宝珠を砕き、その奥の、グロテスクな襞の合わせ目へ突き立った。
「中から壊すさ」
再び尖塔の上へ着地して、してやったりとばかりに顎を反らすダンテの前に、まるで赦しを乞うように「神」が倒れ込む。
「貴様……!何をした!」
顔を上げ、苦しげに喚く「神」……教皇の声を完全に黙殺し、ダンテは腕を拡げ、語りかけた。
「起きな、坊や。遊ぼうぜ」
ひととき、「襞」には何の変化もなかった。が……
「ネロ!!」
一際強く、ダンテが呼び掛けるとそれは激しく蠢き始めた。まるで中から何者かが押し破ろうとしているかのように。そして、それに呼応するかのごとく、突き立った閻魔刀が妖しい光を放ち始める。
出し抜けに、襞の中から血飛沫を上げて異形の腕が姿を見せた。それは輝く掌でしっかりと閻魔刀の剣柄を掴み、肉の割れ目を一息に切り裂いた。

 

べしゃりと床に崩れ落ち、ふらつきながら半身を起こしたネロの耳に、「坊やの番だぜ」遠くこもったダンテの声が呼び掛ける。
「ヒーロー役はくれてやるよ、楽しみな」
それを聞いたネロは僅かの沈黙の後に軽く唇を噛み、「分かったよ……」呟くと、閻魔刀を地面に突き立て立ち上がった。握った刀に目をやって、力強くひと振りしたのち、歩きだす。
「俺が終わらせる!」
                               
「そっちは任せる!神様の相手で忙しいんでな!」
軽い口調で言った途端に「神」の手がダンテを捕らえようと伸びてくる。その巨体に大ジャンプで飛びうつり、執拗に追ってくる腕を危ういところで次々にかわしていくダンテ。
「分かってる。ちゃんと働くさ」
割れた宝珠の向こうに行動を開始したネロを見送って
「行ってこい、坊や」
ダンテは笑い、呟いた。
 
「神」の体内最奥部。心臓に当たる臓器だろうか、巨大な球状の岩塊、その表面に開いた幾つもの穴の一つに捕らえられたキリエを見いだし、歩み寄ろうとするネロの行く手を
「貴様を利用することに固執して―――ダンテを野放しにし過ぎたか」
忌々しげに唸る教皇が遮った。
「知らねえよ。キリエを返せ!」
と吐き捨てるネロに教皇は今まで従ってきた者が何故逆らうと問う。
「いろいろムカついたけどな……お前はキリエを巻き込んだ!」
刃を向けるネロを教皇は嘲笑う。
「それは何だ?愛か……?」
教皇に魔剣を突きつけられたキリエがそれでもネロに微笑みかけ、光の中に取り込まれた。
「黙ってろ!」
ネロは閻魔刀を一閃し、衝撃波が教皇を襲ったが難なく跳ね返されてしまう。
危ういところでそれをかわしたネロだが、教皇の姿が消えたことに気づく。
「終わらせるぞ、坊や!」
狼狽するネロを勇気づけるかのように遠くダンテの声が響いた。
「すぐに片付ける!」
「調子に乗るなよ、小僧!貴様を倒すなど造作ない事よ!」
応じて叫ぶネロの背後に「神」の体内から教皇が現れ、衝撃波がネロを襲う。
が、それは振り向きざまに放ったネロの剣閃によって押し止められ、双方の魔剣が生んだ剣波が両者の間で激しい爆発を起こした。
 
「魔剣スパーダ!何故、力を与えてくれぬ!何が欠けている!」
打ち負かされ、とどめの一撃を辛うじてかわした教皇が上ずった声で魔剣に呼び掛けた。
「お前らの教えだろうが」見苦しくあがくその背中にネロは指を突きつける。
「スパーダは人を愛した。その人を愛する心が―――お前にはない!」
断じられ、逆上した教皇がキリエに剣を向けたがもうネロは怯まなかった。
「今度こそ助ける。待っててくれ」
低く呼び掛け、歩きだす。
「動けばこの女が……!」
脅し文句が終わらぬうちに、その目前にネロは無造作に閻魔刀を投げた。
魔剣に目を奪われた教皇がはっと気づいたときには、既にネロの異形の腕が眼前に迫っていた。一瞬のロスは余りにも大きく、「神」の体内に逃げることも叶わぬまま、天井に叩きつけられる。
次の半瞬、ネロは反した腕で閻魔刀をかっさらってそれを囚われのキリエに向かって閃かせ、くるりと体を反転させた。その背に教皇が落ちてきて、逆手に握ったネロの閻魔刀に貫かれ、赤黒い血を吐き出す。
戒めを解かれて倒れ込むキリエをネロは抱き止め、教皇は絶叫と共に自らの傷口から放つ禍々しい光の中に消えていった。
 
「待たせたね……キリエ」
腕の中のキリエにネロが囁きかけると彼女は瞼を開き、彼に気づくと腕を伸ばしてその胸元に頬をすり寄せた。
同じくネロも彼女を抱き寄せて、二人は強く抱擁しあう。
 
「終わったか」
リベリオンを掲げて受け止めた「神」の拳が動きを止めたことに気づき、ダンテは衝撃で上がったもうもうたる土埃の中、溜め息混じりの苦笑を漏らした。
軽く勢いをつけて向きを反らしてやると、それは軽い地響きをたてて拳を地につき、ただの石像のように微動だにしなくなった。
まるで始めからそうしていたかのような石像、その額に埋め込まれた青い宝珠をダンテがじっと見上げていると、出し抜けにそれを突き破り、キリエを抱いたネロが飛び出してきた。
しゃらしゃらと舞い落ちる青硝子を踏んで歩くネロを、キリエは見上げ、彼の首筋にそっと頬を寄せる。
「遅刻だな」
それを腕組みし、ニヤニヤ顔で見ていたダンテが声をかけた。
「謝ればいいのか?」
キリエを降ろしながら相変わらず可愛いげのない言葉を反すのに
「待ってたって事さ」
事も無げに応えた背後で、その時俄に獰猛な唸り声が上がった。
振りあおぐと、力を失いただの石像と化したかと思われた「神」が突いた腕を支えに身を起こそうとしている。
「しぶとい爺さんだな」
先刻までは彫像然として無表情だったその面が、憎々しげに食いしばった歯を剥き出しにしている……まるで誰かが乗り移ったかのように……のを目にし、両の腰からエボニーとアイボリーを抜いて歩き出したダンテの行く手を、ネロがずいとスパーダを上げて遮った。
「俺の街だからな。最後は―――俺の手で」
それを聞き、
「それもそうだ」
低く笑ったダンテは白銀と漆黒の銃を腰に納め、ネロからスパーダを受け取って、空いた手を「神」に向け、煽るようにひょいと振った。
「やっちまいな」
「神」を睨み上げていたネロがふと振り向く。胸の前で指を絡め、心配そうに見つめているキリエに
「すぐ戻るよ」
呼び掛けると、彼女はちょっとうつむいたあと、小さく笑んで頷く。それに同じ微笑みを返して、ネロは再び前を向き、見送る二人を背に歩きだした。
 
「右手がこうなった時、神を呪ったよ」
異形の右腕を握り込むと、それは彼に呼応して妖しく輝きだす。彼の行く手、最早腰も立たないのかこちらにたどたどしく半身を転じようとしているのは真贋はとまれ、まさしくその「神」だ。
早朝の空に土埃を撒く巨体を睨み付け、ネロは両の手をぱんと打ちつけた。
「ブチ殺してやりたいと思った……実行するぜ!」
 
「そうさ―――」
ネロは異形の拳を握りしめ、四肢をついて総身のあちこちから土煙を上げる「神」の眼前へ高々と飛び上がった。
「この腕はお前をブチ殺すためにあるって事だ!」
気合いの声と共に拳を繰り出すと、具現化した魔力の巨大な掌が「神」へとまっしぐらに伸びて、その顔にがっちりと食らいつく。
「この一撃で―――消えろ!!!」
烈帛の雄叫びと共にネロは拳を握り込み、「神」の顔はぞぶりと喰いちぎられて砕け散った。
 
周囲に衝撃波が走り、無惨に顔面を抉り取られた「神」が、今度こそ完全に力を失い、倒れこむ。
舞い散る凄まじい粉塵の中、ネロはつかのま「神」を倒した右手を眺め、小さくガッツポーズをするのだった。

 

噴水の水は半分がた漏れでてしまい、石柱は崩れ落ちて廃墟寸前になった聖堂前の広場。
吹き抜ける朝風に髪をそよがせ、立つダンテの背に
「感謝してる」少し居心地悪そうにネロが声をかけた。
意外な言葉に、らしくないな、とダンテは苦笑する。
「反抗の方がお似合いだ」
だが、ネロがそれにいつもの小生意気な態度を返すことはなかった。
あるいはそれが、そうと認めた相手だけに見せる彼本来の性格なのかもしれない。
「かもしれないけど―――助けられたしな」
ネロはダンテをまっすぐに見て、穏やかに礼を言った。
「気にすんな。こっちもワケありだ」
するとダンテは鷹揚に笑ってうなずき、ネロの肩を軽く叩いて
「元気でな」
彼らしい、そっけないほどあっさりとした挨拶を最後にすたすたと歩き出す。
何か言いかけて、しかし結局ネロは無言で俯き、そのまま二人は別れ……
るかと思われたが、
「待てよ」ネロがダンテを呼び止めた。
「忘れ物だ」
振り返り、自分に向かって掲げられた閻魔刀を目にしたダンテは一瞬片眉を上げる悪戯っぽい笑みを見せたが、それはすぐに消え、何故か妙にまじめくさった表情になった。
「やるよ」
「ナニ?」
が、口調は以前似たような事を言った時とほとんど変わらず、あたかも余った飴でもくれてやるかのように軽いので、以前にも増してネロは面食らい、さっき閻魔刀を差し出す前にちょっと惜しげな顔をしたことも忘れて、大切なんだろ?と訊き返す。
「何か問題でもあるか?俺がそうしたいんだ」
眉を寄せるネロは気付いているだろうか。
教皇が言った「スパーダの血族」の意味を。「兄の物」「家族の形見」と言ったそれをダンテがネロに託すわけを。
(英語なら、更に「お前を信頼してるからだよ」的なことを言います)
「お前も好きにするといい」
とまれ、ダンテはそう言い残すなり再び踵を返した。
「ダンテ!」
遠ざかる背中にネロが呼びかける。
「また会えるか?」
さっき口にできなかった問いだろうか。その返事は背を向けたまま、揃えた二指をちょい、と振っただけ。そのまま彼は大股に歩み去っていった。
 
自分と同じ銀髪の、自分より少し背の高い影が格子の上がった門の向こうに消えるまでを見届けて、ネロは右手の閻魔刀に視線を向けた。
恐らくは、彼自身にとってもそうと気づかぬ形見である刀が輝き、異形の腕に吸い込まれると、
「これで……終わったの?」
気遣わしげな囁きが背中にかかった。
「たぶんね。たぶん……」
悲しそうに辺りの惨状を見回しているキリエに従って、同じように見回しながら返すいらえの言葉尻はあいまいな呟きになった。
悪魔たちはもう現われないのだろうか?
ほんとうにこれで終わりにできたのだろうか?
「街がボロボロ……」
「そうだな」
長い、余りにも長い一日の間に余りにもたくさんのものが壊れ去ってしまった。
溜息のようなネロの同意に、再びキリエが問いかける。
しかし今度の問いは微笑みと共に、
「でも……私はまだ生きてるのね?」
囁く声はむしろ力強ささえ感じさせた。
「ああ」嘆息を微笑に変え、「君も、俺も」頷いたネロは歩み寄りかけてふと右手に視線を落とした。
「キリエ。俺が悪魔でも―――人間じゃなくても―――平気なのか?」
異様な光を放つ、人のものではありえない右手を胸に抱え、ネロは小さな声で問いかける。
彼ががためらい、開けた一人分の距離。それをキリエは躊躇することなく詰め、ゼロにした。
「ネロはネロだから」
異形の手をもどかしげに引き寄せて、細い両手で包み込み、優しく胸に抱く。
「私が大好きな―――誰よりも人間らしい人だから」
その言葉にネロは曇らせていた顔に笑みを取り戻し、キリエの首筋にそっと腕を回した。
不思議そうに瞬きしていたキリエが視線を落とすと、胸の上には幾たびの受難にあったあのペンダントがやっと本来の持ち主のもとに帰って朝日に輝いていた。
二人は笑みを交し合い、見つめ合う瞳はやがて真剣な色を帯びる。
どちらからともなくそのまぶたが閉じられて、ネロはキリエに頬を寄せ、その唇を奪……う直前、やおらブルーローズを真横に向けてブッ放した。
 
「そんな気はしてたさ」
きょとんとしているキリエを尻目に、溜息をついて周囲を睨みつける。
今しがた門扉に叩きつけてやったのを除いても、十匹以上の悪魔が恋人達をからかうように輪になって、下卑た声を上げながら踊り狂っている。
やはりあれで終わりではなかった。
悪魔はもう現われないなんてことはなく、これからも奴らとの戦いは続くのだろう。
人間が諦めず、生きて戦い抜く限り。
「キスはお預けだ」
背後のキリエを振り返ると、
「いいの」
彼女ははにかんだ笑みを見せて胸元のペンダントをそっと握り締めた。
「……待ってる」
こころなしか、なんだか幸せそうだ。
「ありがとう」
ネロは銃を持った拳で鼻をこすり、歩き出した。
「さて……」
彼に向け、悪魔たちが一斉に宙を飛び、殺到してくる。
左手のブルーローズを牽制に、ネロは異形の右手を引き絞った。
「遊ぼうか!」
 
「助かったわ。私の仕事も安泰」
やってきた昔なじみはそう言いながら、銀色のアタッシュケースをデスクの上に滑らせた。
が、ダンテは相変わらず机をオットマン代わりにするお行儀の悪い格好でグラビア雑誌を読みふけり、そちらに視線を遣しもしない。
代わってうきうきとした足取りでやってきたトリッシュがアタッシュを引き寄せて開いたが、中には丸められた(……つまり、丸められるだけの厚さしかない)ドル札の筒が一本きり。
「それにしてはちっぽけな報酬ね。“誠意”って知ってる?」
重さで気付いたのだろう、引き寄せた瞬間から加速度的に雲行きが怪しくなっていったトリッシュが、紙筒をためつすがめつしながら皮肉ると、
「あら?スパーダを持ち出して、話を混乱させたのは誰?」
負けじと挑戦的な笑みを浮かべた昔なじみが、煽る気満々のシナを作って相手を睨み上げる。
しばし恐るべき女二人の恐るべき視線がばちばちと火花を散らし、そののち二人は申し合わせたように標的を変えた。剣呑な二対の流し目を向けられたダンテは一瞬らしくもなく目を白黒させた後、おもむろに雑誌を目元に引き上げ熱視線を遮ろうとしたが、トリッシュがそれを取り上げぴしゃりと卓上に叩きつける。
「おい、今いいトコなんだ!」
抗議もものかは、据わった視線を相棒に縫い付けたまま
「ダンテの意見は?」
トリッシュは尋ねたが、どうやら半分人間のクセに(というか半分人間だからなのか)ダンテは悪魔のトリッシュよりも金銭に執着がないらしい。
「貰えるモノは貰う。だろ?」
絶対使い方間違ってるセリフをしゃあしゃあとのたまい、彼は再び雑誌の世界に没入し始めてしまった。
ハア!?とか言い出しそうなトリッシュを尻目に
「じゃあ―――商談成立ね」
にっこり笑って宣言した古なじみが踵を返し、トリッシュがやれやれとでもいいたげな視線を涼しい顔のダンテにぶつけていたその時、ダンテの足に蹴り落とされることなくデスクの端に乗っかっていた電話が、アンティークな外見にふさわしい呼び出し音で鳴りだした。
「“デビルメイクライ”」
歌うように応じたトリッシュは、一拍の後、何故か戸口に向かった足を止めてこちらを見ている昔なじみに眉を上げてから、傍らの相棒に目をやった。
「合言葉アリの客よ。すぐ近く。どうする?」
彼女の表情がなんとも言えずニンマリしているのは何故だろうか、いうまでもない。
ダンテはやおら雑誌をぴしゃっと閉じて机に投げ、立ち上がった。
「決まってる!」
真っ赤なコートの裾を勢いよくはらって、机上に放り出していた白銀と漆黒の銃をかっさらい、長剣を背中に引っ担ぐ。
左手でエボニーをスイングし、右手でアイボリーをくるくる回しながら歩く横顔は鼻歌でも歌いだしそうな薄い笑みを浮かべていて、さっきまでとは大違いだ。
「私も行くわ」
その行く手を塞いだ古なじみが言うと
「好きにしろ。タダ働きだがな」
陽気に両手を広げ、さっきのトリッシュみたいに節回しをつけながら歌ってその脇を戸口へと向かう。
「他に趣味がないのよ。貴方もでしょ?」
背に担いだ物騒なブレード付きのランチャーを揺らして昔なじみが振り向くと、
「まあね」
トリッシュが答え、彼女に肩を並べた。
「行くか」
ダンテが勢いよく扉を蹴破り、三人は景気づけの花火とばかりに銃を乱射するのだった。
「Com’on Babes, Let’s Rock!!」
最終更新:2022年10月13日 15:33