戦場のヴァルキュリア3

戦場のヴァルキュリア3

※タイトルロゴでは「戦場のヴァルキュリア3 UNRECORDED ◆ CHRONICLES」と表記されている

以下は本スレではなくこのページに直接投稿されたもの

  征暦1935年 架空のヨーロッパ
 大陸の覇権を懸けて対立する東ヨーロッパ帝国連合(帝国)と大西洋連邦機構(連邦)は遂に開戦。全面戦争となった。
 物語の舞台であるガリア公国は、両国の狭間に位置しているラグナイト鉱石の豊富な小国家である。ラグナイトはエネルギー、医療品、爆薬などに使われる万能鉱石で、ラグナイトの需要でガリアは小国家ながら潤っていた。
 1935年3月、ラグナイトを狙って帝国はガリアに宣戦を布告。ガリア領内に侵攻を始めた。
 後にガリア戦役と呼ばれる戦いの始まりである。
 この戦いはガリア義勇軍第3中隊第7小隊を中核とする部隊の活躍で国内から帝国軍を排除することに成功、勝つには勝った。
 それでものっけから不利を強いられた。
戦力で劣るガリア軍は国境の拠点ギルランダイオ要塞を落とされ、同時に国境近くの街ブルールを占領され敗走。首都ランドグリーズの目前の都市ヴァーゼル市まで追い詰められていた。


  第1章 NAMELESSへ
 1935年4月15日、ガリア義勇軍第3中隊第7小隊隊長ウェルキン・ギュンター少尉の奇策で一度は奪われたヴァーゼル市を奪還。これを機に本格的な反攻作戦が始まった。
 しかし、ヴァーゼル市北東に展開する帝国軍の戦力は多く、にらみ合いになっていた。
 新兵ばかりの部隊で、上官から指揮を任された新任の少尉が、ヴァーゼル市近辺の帝国軍先遣勢力の排除作戦の説明を始める。
彼の名をクルト・アーヴィングという。
ランシール王立士官学校を首席で、しかも歴代最高で卒業するという成績を持つ彼は、不安に駈られる新兵を前に
「この戦い、我が軍の勝利は決まっている」と言い放った。
同期生も唖然とする中、立案した作戦を説明する。
 敵前面に少数の兵力を置いて、主力は背後に迂回。前面から牽制射撃と後方の主力が突撃をかけて、敵戦力を駆逐する。
 作戦内容に皆懐疑的だったが、事実うまくいった。
前面を少し下げた結果、前面を主力と睨んで追撃した帝国軍は完全に側背を見せる形になり、一方のクルトが率いているがリア軍部隊は全くの無傷で敵先遣部隊を全滅させた。
 ヴァーゼル市近辺の守りを固めるため、部隊が集結して来る中、クルトは見慣れぬ軍服を着た部隊の姿を認めた。
様子を見るに、正規軍撤退の殿(しんがり)として、一個小隊で機甲部隊の足止めを命じられ、壊滅的被害を被ったらしい。彼らの前に戦死した隊長が横たわっている。異様なのは軍服だけではない。皆ナンバーでお互いを呼んでいた。
 同期生に聞くと、422部隊、通称ネームレスという。軍規違反者や犯罪者を集めた懲罰部隊とのことで、捨て駒同然の作戦を命じられるらしい。命令拒否は銃殺刑で、拒否権は皆無である。
 彼らを横目にクルトは通り過ぎる。
クルトに声をかける人物がいた。カール・アイスラー少将はクルトの作戦指揮を認め、激励に来たのであった。司令部でもクルトの名は知られており、期待されているという。
 アイスラー少将の執務室を訪ねる時、明らかに民間人がクルトとぶつかり、去って行った。民間人が落とした手紙にはアイスラー少将の署名が入っていた。執務室でアイスラー少将に落とした手紙を届けると、二三激励の言葉をもらった。クルトが執務室を出た後、アイスラー少将は届けられた手紙を見て何か考えているようであった。

 上官に呼ばれ、士官室に入ったクルトは何の説明も無く、422部隊への転属を記した辞令を渡された。自分には反逆罪がかけられているという。一方的に転属を命じられ、唖然とするクルト。
これからの上官はガリア軍諜報部のラムゼイ・クロウ中佐になるとだけ説明され、士官室を出たクルトは全く納得がいかなかった。
 新しく上官となったクロウ中佐に説明を求めても、「知らん」と一言だけ言われ、クルト・アーヴィングではなく『No.7』と名乗るよう命じられた。
422部隊の行動は一切記録にされないため、所属する隊員に名前を持つ必要は無い。名前ではなく、番号で管理されるのでネームレスという。
クロウ中佐によれば、恩赦をもらうことで転属が可能らしい。未だ実例は無いが。
 早速作戦を命じられたクルトは、クロウ中佐の適当振りに呆れつつ、422部隊の移動宿舎に来た。作業をしている女性隊員に声を掛けた。彼女は目にも留まらぬ早業でクルトの喉元にナイフを突き付けたが、クルトが「この隊ではこれが挨拶なのか?」と言って気がついたらしく、慌てて謝った。
騒ぎを聞いて他の隊員も集まって来る。隊員の一人はクルトの話を無視して立ち去り、さっきのナイフを突き付けた隊員は再び謝ってその場を逃げ出して行った。
残ったNo.6と名乗った隊員にこれまでの経緯を話すと、彼も身に覚えの無い反逆罪でここに転属させられたそうだ。
 渡された作戦指示書には、今日中にヴァーゼル市に接近する偵察部隊を駆逐することが書かれていた。正規軍の援護は無し。一個小隊で規模不明の敵勢力と交戦しろ、とのこと。
422部隊の隊長は前の作戦で戦死。隊長不在のまま今日までいたようだ。部隊の中で最高階級であるクルトは、No.6の勧めで指揮を執ることになった。
ナイフを突き付けた女性隊員、もといNo.13の偵察報告で楽に包囲殲滅できると思って現場に向かって唖然とする。
隊員のほとんどが作戦をサボタージュして、僅か3人しかいないのである。その内の一人No.1は指示とは違う配置に待機している有り様だった。混乱したクルトは懐から飴を取り出してかじり始めた。昔から彼は気持ちの不安定収めるために飴をかじる癖がある。不思議と落ち着くらしい。
 落ち着いて再度配置し直す。No.6の戦車とNo.1で左翼から突撃、友軍の方へ逃げると踏んでクルトとNo.13は右翼に回り込んで待機する。逃げてきた偵察部隊を待ち伏せで叩く狙いだ。
 No.1が命令無視もいいところの大暴れをしたお陰で、待ち伏せも上手くいった。作戦に懐疑的だったNo.6は感心した様子であった。No.6自身、責任逃れでクルトに指揮を任せたつもりだったが、予想以上の戦果に驚いていた。彼はクルトに「なぜ4人でも戦おうと思ったのか」問うた。
その問にクルトは「どうして最高の結果を求めようとしない?逃げて何が生まれるんだ?目の前にある問題をどう解決するか、追及したくないのか?逃げた先にもっといい答えがあるのか?無いと思う、俺は」と答えた。
 クルト・アーヴィングはこういう男である。クルトの人柄にも感心したNo.6は本名のグスルグと名乗り、クルトの指揮で戦うことを誓った。
 この部隊では、自分の認めた相手には名前を教える、ネームレスの流儀だという。
 隊員のサボタージュに頭を悩ませていると、かつての同期生が声を掛けて来た。今回の作戦の戦果は全て、後方で引っ込んでいた正規軍のものになるということであった。自分を捨て駒呼ばわりする同期生にクルトは
「戦力不足のガリア軍に捨て駒などあってはならない」と答えた。
その一言に腹を立てた同期生は、クルトを殴り倒した。彼はクルトを汚物でも見るような目で一瞥し、「名無しのネームレス」と罵倒して去っていった。
雨が降り始め、湿った地面から立ち上がったクルトは、嘲笑を浮かべる同期生ら正規軍を尻目に、必ず名前を取り戻す決意を胸に歩き始めた。


  第2章 72時間の戦い
 話を進める前にこのネームレスと呼ばれる部隊について知っておく必要がある。
 正式な名称422部隊の起源は20世紀初頭の第一次ヨーロッパ大戦に遡る。
通常の部隊では手が回りにくい特殊作戦に従事する目的で、この部隊は創設された。所属が諜報部に配置してあるのもこのためである。
敵の後方で破壊工作や諜報活動によって後方撹乱など、敵中に飛び込むような難易度の高い危険な任務を少人数で行うため、死亡率は極めて高かった。
 創設当初は、正規軍のベテラン兵が任務に当たったが、そもそもこういう類いの作戦思想自体がガリア軍内で未確立のために、精鋭を湯水のように使う結果になった。
 正規軍は正規兵の消耗を極端に嫌う節がある。貴族出身の軍人ダモンが軍司令に就くと、上の性格はますますひどくなった。今戦役で正規軍よりも義勇軍の活躍が目立つのもそのためである。正規軍が後方に下がり、義勇軍が矢面に立って敵を駆逐する、その後で正規軍がやってくる。表面上の手柄は正規軍のものとされた。プロパカンダに使えるからだ。ガリア正規軍のモラルはこの国の軍組織で最も低劣な部類に入るだろう。422部隊は一応正規軍の所属ではあるが、その立場は今や義勇軍よりも低い。
自然、422部隊には軍規違反者や刑法犯罪者が送られ、任務も無茶な命令が指示されるようになった。
 その422部隊の印象をクロウ中佐は質問している。
クルトは一言だけ言った。
「最低です」
懲罰恩赦を頂くことが現時点での彼の目的であった。クロウ中佐の口からアイスラー少将の伝言を聞いたが、かまうことはなかった。
 クロウ中佐から次の作戦の指示が出された。遊撃戦と中部アスロン市の攻略である。

 遊撃戦、とは本隊から離れて大多数の敵に立ち向かうことである。
多くの場合、敵に対してこちらの戦力は少ない。出来ることは嫌がらせ攻撃だったりと、規模も小さい。何度も言うようだが、422部隊の実戦的戦力は一個小隊である。
 が、司令部が422部隊に命じているのは中部の小都市アスロンの奪還と敵戦力の殲滅である。敵の戦力は一個中隊かそれ以上。
一個小隊単独で出来る仕事量ではない。しかも制限時間が付いていた。
72時間である。
制限時間はともかく、部隊を立て直してまともな部隊にするにはいい機会かもしれない。クルトはそう考えてクロウ中佐の士官室を出た。
 作戦事項を部隊に伝え、作戦を実行してもらわなければならない。前回のヴァーゼル近郊戦のように、またもやサボタージュされては部隊そのものの運用性が下がり、自然作戦成否による生存率の向上も望めない。
 クルトは、その点を不安視していた。
彼はグスルグに相談した。
 グスルグによると、現時点で動ける実動部隊の隊員の数は10人。その中で5人、彼の計らいで協力的、と思える面子を集めてもらった。No.15、No.21、No.24、No.32、No.56である。
集まって早々、クルトに辛口の意見が飛んだ。とりあえずナンバーと前回の作戦でサボった理由を聞いた。グスルグの出した助け舟で、皆何とか口を開いてくれた。聞くと、死にたくないだの仲間を失いたくないだの止められただの嫌だから逃げただの、終いには隊長不在による参加義務が発生していないために不参加だった隊員もいた。どうやらこの部隊では隊員の推薦と承認で隊長が決定される。全員が懲罰で配属されてナンバーで呼び合っている以上、この部隊におよそ上座と下座は存在しない。命を預けるためには、隊員が信頼し得る者をトップに据えなければ生き残ることは出来ない。隊員たちが慎重になるのも無理はない。クルトがこの部隊に着任してまだ1週間も経っていないのだ。グスルグはクルトに作戦指揮を任せたが、隊員の過半数が承認していなかったために隊長命令の強制力が発生していなかったのだ。
 現時点で隊員たちはグスルグを推していた。この中では最も聡明で、目の配り方も器用であった。しかし、当のグスルグ本人が固辞し続けていた。彼はダルクス人である。

 ダルクス人の悲劇は、伝説上の神話「ダルクスの災厄」に端を発す。
このヨーロッパで暦がまだ確立していない頃に、大陸にダルクス人が侵入。邪法を用いて100の都市と100万の人畜を焼き払い、大陸は荒廃した。そこへ強大な力を持った古代ヴァルキュリア人がダルクス人を制圧。ヨーロッパは救われ、ダルクス人は大陸を焼き払った罪から姓と職業の自由を奪われ、今日までヨーロッパ中で差別され続けている。古代ヴァルキュリア人がその後文献上から姿を消したため、伝説とはされているが、ガリア公国中東部に位置するバリアス砂漠には「ダルクスの災厄」で焼き払われたと思われる家屋が点在しており、ダルクス人が現存している以上単なる伝説とは片付けられない。このバリアス砂漠の遺跡もダルクス人差別の一助になっているのもまぎれもない事実だ。
 就職の自由がないダルクス人は肉体労働、主に大陸で激しくなりつつある産業革命で勃興する工業の労働者として働いていた。機械を扱うことが多いことから、ダルクス人は「油臭い」と蔑まれた。一方で彼らは工学知識に富み、優れた工学博士を輩出してきた歴史を持つ。ダルクス人工学技術者で最も有名なテイマーはダルクス人であろうがなかろうが憧れる者は多く、その後も彼のように仕官して立身出世する若者が現れた。
 ダルクス人の特徴として、彼らは濃紺色の髪と身体のどこかに特徴的な模様の衣類やストールを身につけている。グスルグの場合は革製ジャケットの胸と背中に工具のマークとダルクスの模様を縫い付けていた。見た目ですぐ分かるように、ダルクス人は自身の民族の正当性を決して卑下したりしないのである。
 また、ダルクス人はどれだけ差別的な扱いを受けても決してやり返すようなことはしてはならないという教えを持っていた。
「ダルクス人は報復しない」
同じ事を行えば、同じ事が繰り返されて、閉じた円環の中で永遠に差別が続くことを説いているのである。
 だが、現実はダルクス人に対する差別感情は根強く続いている。
ヨーロッパ全体に目を向ければ、これと言って差別的な感情を持っていない人間もいるが、極端なものでは道を歩いているだけで殺してしまう者もいる。

 余談が、過ぎた。
 差別されているダルクス人を部隊のトップにしたらどうなるか、グスルグには容易に想像がついた。おそらくはダルクス人を理由にあらゆるサボタージュが部隊に仕掛けられるだろう。今よりひどい任務を押し付けられる危険もある。その先に待っているのは部隊の全滅である。かといって他に部隊指揮が出来る人間もいない。グスルグはクルトが適任であると、彼を推した。次の作戦を彼の指揮下で戦ってみることを隊員に勧めた。納得できないなら自分が指揮を執ってもいい。グスルグの言葉に、皆納得してクルトの作戦会議を聞いた。
 アスロン市はガリア中部に位置しており、ヴァーゼル市を取り戻したガリアにとっては、アスロン市を奪還することによって中部戦線を押し広げ、北部と南部に展開した帝国軍に分断の脅威を与えて牽制を行いたかった。だが、手元には中部方面に出せる駒がない。ヴァーゼル市奪還の立役者ギュンター少尉ら第7小隊を含めた第3中隊は南部へ派遣が決定していたし、もちろんのこと正規軍は出せない。と言うより、出さない。
結局お鉢が422部隊に回ってきたことになる。422部隊にしてみればいい面の皮である。

 アスロン市郊外西部の草原地帯に陣取る帝国軍部隊の攻撃に成功した後、作戦が思いのほかすんなりと、しかも戦死者ゼロで終わったことに、参加した隊員たちは驚きを隠せなかった。
No.15、No.24、No.32はクルトの指揮能力を認め、それぞれエイミー・アップル、アニカ・オルコット、ジュリオ・ロッソと名乗ってくれた。だが、まだNo.21とNo.56はクルトを認めておらず、軽々に名乗るべきでないと言った。
 クルト本人もこの戦闘一回のみで認めてもらおうなどと、欲は出さずに上の両名には保留とした。
あと、気になるのはNo.1とNo.13の両女性隊員であった。No.13は一言二言言ってその場を逃げ出し、No.1に至っては完全無視でいなくなってしまった。クルトを認めた上記の隊員も特にNo.13との作戦出撃を躊躇しており、クルトが理由を質すと彼女には「死神」と言う呼称がついて回っているのだと言う。後は本人に聞くしかなかった。
 この部隊を率いるには、まだ不足している要素があることを感じ、先にNo.13の問題を解決することにした。
 その夜No.13に会って話をした。
 彼女は元々義勇軍兵士であった。彼女の部隊は開戦直後の撤退戦の中で帝国軍の猛攻を受け全滅、彼女だけが生き残った。これだけなら奇跡的な生還と言えよう。
しかし、彼女の部隊の全滅と生還は5回繰り返された。
 彼女だけが毎度生き残るので、あるとき彼女を「死神」と呼んだ者がいた。
それが定着し、結果厄介払い代わりに422部隊に送られたのであった。
最終更新:2012年06月15日 00:35