かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相 (Part1? > 3)

かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相(part1/3) ページ容量上限の都合で3分割されています。

・簡略版:要約スレpart2-283~287
・詳細版:Part24-445~449、Part25-32~36・55~59・125~132・134・145~150・203・205~214・289~298・390~395


283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 13:03:35 ID:YWl4aA8C0
かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相

かまいたちの夜×3は複数主人公でザッピングシステムが採用されている。
【事件】
香山誠一編  前作の事件の後香山は事件の被害者になった妻夏美の夢を見るようになり。
助けを自分に求めてると感じ、前作の舞台三日月館を修復し事件の供養をすることにした。香山は離婚した前妻春子に心苦しいながらも接客役を頼む。
みなが集まり雑談の中、岸猿家の遺産の話も出る。そして本来の目的の祈祷を行う香山しかし香山は背後から何者かに襲われる。

矢島透編 前作の事件後、真理はシュプールを受け継ぎ透も手伝いをしていた。
供養のため島を訪れるが香山が何者かに密室で殺害されてしまう。

久保田俊夫編 前作の事件で俊夫の妻みどりは自首し服役中である。
だがみどりから俊夫の重荷になりたくないと離婚届をだされ面会も拒否されてしまう、
俊夫は荒れ自堕落な生活を行っていたが、供養の話を聞きみどりを取り戻す何かを探しに行く。

北野啓子編 啓子は今ある恋に悩んでいた。その悩みの原因は親友の可南子と美木本が
一緒に暮らしているということだった。香山から二人も供養に参加するということで
啓子も自分の恋に決着を付けに行く。
(本編でも伏線は張られているが、裏シナリオでわかる啓子の恋の相手とは美木本ではなく可南子)
【謎】
犯行現場の管理人室は密室、鍵は部屋の中にありマスターキーは部屋の鍵を失くしていた啓子が所有。
発見した時、何故かマスターキーでは開かなかった(管理人室だけ鍵は別?)
複数の発言者から犯行現場に向かった人はいない。
【犯人】
実行犯 村上つとむ  共犯者 春子
【トリック】
三日月館には修復前から食堂に装飾用の暖炉がある、それは二階とつながった隠し通路
になっており、村上はそこを使い自由に動いていた。
鍵は春子が自室とマスターキーのタグをすり替えていた。ただ啓子が鍵を失くし
マスターキー(春子の部屋の鍵)を持ったため、春子と啓子の部屋自体をすり替えた。
マスターキーの検証の際には春子自身が行うことで誤魔化した。
【動機】
前作のラストの大津波、他の面々は三日月館に避難して助かったが、村上は人工湖側にあった建物に避難し助かった。
しかし、すでに死人という扱いの村上はまともな生活ができず、やつれ起死回生として岸猿家の財宝を狙った。
春子の協力した理由は香山との仲がうまくいってなかった時、今日子には随分と助けられ
恩返しがしたく村上と今日子を引き合わせた。さらに亜紀も探し出して対面させようとしていた。
だが結果として前作の事件が起こり、村上だけでも何とか助けようとして協力していた(殺人までするとは思わなかった)
【結末】
村上を取り押さえると何故かひょっこりと死んだはずの香山が起きてくる。
香山はあの後幽体離脱して館に巣くう岸猿イエモンの怨霊を祓っていた。
それを証明するかのように壁に包まれていた岸猿家の財宝がっ発見される。
透編 事件の後、透は正式にシュプールに就職するそして
数年後シュプールのオーナーの名前には『小林真理・透』と書かれていた。
啓子編 事件の最中美樹本と可南子の絆の強さを見た啓子は恋を諦め可南子と友人関係に戻っていた。
それから啓子は趣味で書いていたグルメノートが出版者の目に留まりグルメレポーターとして新しい仕事にがんばっている。
香山編 事件の後、香山は手に入れた財宝を使い三日月館を正式に取り壊すことにした
(手入れしてなかった美術品だったため、これで全部消えたようだ)
香山がしばらくぶりに跡地に行くと、夏美の好きだった桔梗の花を手向ける
そして今三日月館の跡地には桔梗の花畑が出来ている。
俊夫編 結局離婚届に判を押そうとする俊夫だが、真理にみどりのお腹に俊夫の子供がいること、
面会を断っていたのはばれないよう俊夫に重荷を背負わせないためだったという。
そして俊夫は涙し全ての答えは自分がみどりを愛して入るという事だけだと想うのだった。
数年後、仲のよい両親と子供が撮られた一つの家族の写真があった。


 
284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 18:12:03 ID:gT/3U/4E0
>283乙!
勝手に補足。

香山が死んだ謎を解くことが出来なければ(啓子編まででなければ、犯人を挙げることは出来ない)
第二の殺人が起こるんだが(被害者ミキモト)
それが起こったらサバイバルルート確定。
館が水没し、その際に見知らぬ人物の死体が流れてくる。
そして啓子、可奈子は首釣り自殺。真理、透、俊夫、春子(俊夫編にて死体発見)も何者かに殺される。
【謎】
2Fにいたはずのミキモトがなぜ食堂で殺されていたのか。
水没した際の死体は誰なのか。そして犯人は何者か。
【犯人】
啓子(ミキモト殺害は村上。…だったはず)

238の啓子編で書かれている裏シナリオは、このサバイバルルート犯人の啓子編である。
(本編中では、首吊りのためにロープを見上げている所で終わってる)
春子の部屋(だったはず)で村上と春子の会話を聞いた啓子。
秘密の部屋を暴いたミキモトを村上が殺したところに遭遇し、村上を殺害(村上は全員殺すつもりだった??)
村上は水門の調節をしていたために、外は水だらけ。窓の外へ村上の死体を投げる(流れてきた死体はコレ)
そして暖炉を使い、ミキモトの死体を食堂へ運び、その後死体に驚いて村上を見にきた春子に詰め寄り(香山殺し暴き)殺害。
可奈子(殺してたかも)と自身の自殺偽装をし、俊夫、真理、透殺害後、可奈子の縄を解き、
私だけの可奈子…と、寄り添いEND。

【動機というかなんというか】
ミキモトが殺された時点で、すべてがおかしくなったようで。
本編でのうざっぷりが嘘のような、春子への問い詰めっぷりでした。
 
285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 18:15:24 ID:gT/3U/4E0
>283
また補足;;
村上がおかしかったのも、2で今日子が人殺しをしてしまったのも、
すべてイエモンの霊の影響。除霊後の村上は、憑き物が落ちたような感じになっている。
 
286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 20:46:12 ID:2iGZUx5vO
補足乙
追加ピンクの栞番外編

三日月館最後の当主岸猿伊右衛門は女好きで死んだ後美人の霊を集めていた。
夏美にそれを聞いた香山は夏美を救出するべく透、俊夫、美樹本にイエモンの墓を壊すよう依頼する。
ただし美樹本以外には女だらけのリゾートだと偽って、そして三人の前に襲い掛かる罠
エロ本、女医、水着のお姉ちゃん。透と俊夫はほいほい引っ掛かるがゲイである美樹本が罠を突破。
だが最後に見たもののもっとも誘惑されたい姿に変化するイエモンがでるが、
美樹本が強引にキス、イエモンは男色の気を吸ったので消滅(ちなみに透の姿に見えていた)
イエモンに吸われたせいかノーマルに戻る美樹本、こうして事件は解決したが
最後に香山が呼んだ、それぞれのパートナー真理、みどり、可奈子に男どもは今回の件で追い掛け回されるのであった。
 
287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 21:25:44 ID:7aYFOubz0
補足:

>>284
可奈子は殺していない。睡眠薬を飲ませて偽装自殺に見せかけてただけ。

>>285
仮にイエモンが退治されても啓子の殺戮は起こるので、
啓子はガチ。
 

445 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/01(金)15:03:40ID:0jEsCZss0
矢島透    主人公の1人。休みの時だけ真理を手伝ってペンション「シュプール」で働いている。
小林真理   透のガールフレンド。前作の事件後、「シュプール」の新オーナーとして奮戦中。
久保田俊夫  主人公の1人。前作の事件以降、荒んだ生活を送っている。
久保田みどり 俊夫の妻。前作で発覚したひき逃げ事件により服役中。
香山誠一   主人公の1人。大阪の会社社長。「三日月館」の修復をし皆を集めた張本人。
香山夏美   香山の後妻で前作の被害者の1人。夢の中で香山に成仏できないと訴える。
香山春子   香山の元妻。香山の依頼で供養に集まる皆のために料理を振舞うことに。
北野啓子   主人公の1人。何かとお菓子などを食べまくるぽっちゃり系OL。
渡瀬可奈子  啓子の親友で元同僚。今は美樹本のアシスタントをしている。美人。
美樹本洋介  フリーのカメラマン。香山に三日月館の写真を提供。

小林二郎&今日子 真理の叔父夫婦。ペンション「シュプール」の前オーナー。前作ラストで行方不明に。
村上つとむ    今日子の弟。作曲家。前作ラストで行方不明に。
 
446 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/01(金)15:04:41ID:0jEsCZss0
プロローグ

50年に一度、三日月島一帯に訪れる暴風、かまいたちの夜。
そこで起こった、恐ろしくも哀しい殺人事件から数ヵ月後。

香山は東京のとある喫茶店にて美樹本と待ち合わせをしていた。
挨拶もそこそこに、ウェイトレスが来たのでミックスジュースを注文する。
……何、おいてない? ふつうミックスジュースくらいあるやろ。ほんならレーコー。
何、レーコーもない? そんな喫茶店ないやろ。
ほら、ここに書いたある。アイスコーヒーって。レーコー、一つ。
……最近の若い子は言葉を知らんから困るわ。
おしぼりで顔を拭きながら、香山は美樹本に「例の写真」が出来てるかどうかを問う。
丁度そのときその美樹本のアシスタントがその写真を持って喫茶店に姿を現した。
香山はそれが可奈子であったことに驚きつつ写真を受け取る。
「例の写真」とは事件前に美樹本が撮っていた三日月館の写真であった。
こんな写真をどうするのかと加奈子に問われ、香山は修復すると答えた。
すでに島も館も買い取っていた香山は、三日月館を修復して供養をするつもりなのだという。
香山は事件で死んだ夏美の夢を四十九日が過ぎた頃から見るようになった。
夢の中で夏美は苦しそうに香山の名を呼びながら『助けてくれ、成仏でけへん』と訴えるのだ。
事件のせいでそんな夢を見るのだと思い、忘れるために仕事に打ち込んでも業績は中々伸びない。
特に東京に出店したお好み焼きチェーン『浪速のど根性焼き』が中々軌道に乗らないのだ。
今度食べに来いと2人に10%割引券を渡そうとするが、「結構です」と断られた。
美樹本に促され話を戻す。何度も繰り返される夏美の夢にカウンセラーにまでかかった香山。
事件のトラウマのせいだと言われたが、だんだんそうだとは思えなくなった。
三日月館は元々岸猿家当主の伊右衛門が奉公人たちを閉じ込めるために作った監獄、
そこで死んだ数多くの奉公人たちはろくな供養をされていないだろう。
わしも十六のときに船場の丁稚奉公に出された身やから分かる。
そもそも、わしが今の商売を始めたきっかけというのも……。
供養の話をと促されて再度話を戻す。そんな浮かばれない魂が大勢いるところで夏美は死んでしまった。
しかも館は大津波以降荒れ放題で放置されている。そんなところでは夏美も成仏できないだろう。
だったら館をきれいに修復して、事件の犠牲者全員をまとめて供養してやろう。そう思い立ったのだ。
来年の命日近くになったら連絡するから、そのときは皆であの島に集まろう。香山はそう提案した。
 
447 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/01(金)15:05:37ID:0jEsCZss0
翌年、夏。

俊夫はアパートの一室で酒浸りの荒みきった生活を送っていた。
去年の秋、服役中のみどりとの最後の面会で離婚を切り出されたのだ。
それ以来面会にも応じず差し入れも受け取ってもらえなかった。
会社を辞め、新居のマンションも引き払い、今のアパートに転がり込んだものの働く意欲もない。
生活費も底をつきかけたが、結婚指輪だけはどうしても手放せなかった。
でも、みどりはもう戻ってこない。新しい生活を始めよう……数ヶ月ぶりに離婚届を出し、
書こうと決意したところでケータイが鳴った。透からだった。
透から香山が三日月館を修理したことと供養のために集まろうという話を聞かされた俊夫は、
去年の事件の関係者に会うことは苦痛だと最初は断ろうとしたものの、透の言った言葉の中の
『不幸な偶然』という単語になぜか心が騒ぎ、反射的に参加を決意した。
指輪を見ながら俊夫は誓う。みどりを必ず取り戻してみせる、と。

電話を置いた透は真理に俊夫の参加を報告した。
去年の事件で小林夫妻が波に消える直前の言葉に従い、シュプールの経営を引き継いだ真理。
皮肉にも事件のおかげで有名になったシュプールはある程度繁盛していたが、それはあくまでも
一過性のものだからと人を多く雇いはせず、透は臨時アルバイトとして真理を手伝っていた。
毎日一品だけまかない料理を作っている透は“シェフ”に習ったオムレツを作り食堂に持っていく。
1番上手くできたオムレツを小林の知り合いを通じて見つけたという“シェフ”の姫宮麗子
(本名・権藤精作 外見190の大男でホモ)にセクハラを受けつつ出すが、45点の辛口判定。
まだまだお客に出すにはほど遠く、結局力仕事しかできない透はレイコに頼まれて届いたワインを
ワインセラーに入れに行くことになった。
地下室に下りた透はワインを並べている途中で鍵を棚の下に落としてしまう。
床を探って見つけた……と思ったが、それはまったく別の鍵だった。
その鍵には、岸猿家の紋章が刻まれていた。

啓子は自宅で一時間かけて書いたメールを送信しようかどうかで悩んでいたが、結局消してしまった。
「あの人」が啓子を愛してくれないのは分かりきっているのに、未練がましい己がうとましい。
一日も早く忘れようとベッドに寝転んだところでケータイが唐突に鳴り出した。
まさか、と思ったが相手は香山。用件は三日月館での供養の話だった。
可奈子も来る、と言ったところで香山は可奈子が美樹本と付き合っていることに関して話すが、
啓子はどこかぎこちない。可奈子と何かあったのかと訊かれたがなんでもないと答えた。
啓子は香山に美樹本も来るかどうかを訊いた。美樹本どころか、みどりは無理だが全員来る。
一瞬躊躇った啓子だったが、参加を決意した。あの島に行って、想いを伝えよう、と。
 
448 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/01(金)15:09:00ID:0jEsCZss0
ひとまずプロローグだけ。

方式については1)を採用致します。
最短ルートと書きましたが、本当の最短ルートではなく何の予備知識もない状態で
普通にプレイした場合の「おそらく最短」と思われるルートで書いていきたいと思います。
 
449 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/01(金)15:22:59ID:0jEsCZss0
すみません、プロローグのラストが抜けてました。


唯一電波の届く島の丘の上に立っていた香山はケータイを切ると、修復の終わった館を見下ろした。
去年も送迎船を出してくれた船長は、こんな手をかけて修復する必要があったのかと香山に言う。
あの館は元々呪われているから、そっとしといた方がよかったのでは、と。
岸猿伊右衛門が自害する前、館に莫大な財宝を残したという言い伝えがあった。
しかし未だに誰にも見つけられないばかりか、探しに行ったもので帰ってきた者はいない。
それは伊右衛門があの館に呪いをかけたからだともっぱらの噂だった。
香山は自分には関係ない話だと思ったが、呪いのことは引っ掛かった。
夏美が夢で助けを求めるのも呪いに関係があるのではないか。
念には念をと、夏美のつてで知り合ったケマルーア彦田という祈祷師に連絡をとろうとしたところで、
香山は船長に指摘されて食事のことをすっかり忘れていたことに気がついた。
小林が生きていればともかく残りの面子では期待できない。
あいつなら――と香山が思いついたのは、元妻の春子だった。
 
32 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/03(日)15:21:57ID:ZjibGMDj0
(主人公選択→香山)

8月15日 16:40

真っ先に三日月館に訪れていた香山は、ケマルーア彦田の占いに従って供養の準備を整えていた。
ケマルーア彦田によるとやはり三日月館は呪われており、そのせいで夏美は成仏できない。
その呪いを解くには相当面倒くさいことをしなければならないのだ。
ややこしい説明だが、簡潔に書くとこうなる。
・五芒星を描くように水晶玉を二階の部屋に配置。
・宿泊者たちの部屋割りはケマルーア彦田が陰陽道を元に生年月日などから決めてある。
・宿泊者のいる部屋の左右の部屋には鶴と亀の置物を配置。
・使わない部屋は施錠し、お札を貼り付けておく。
・この通りにしないと1年前のように災いが起きる。

部屋割りと供養グッズなどの配置は以下の通り。
倉庫(水晶)
1号室(鶴)
2号室 啓子
3号室 春子
4号室(亀)
5号室(水晶)
6号室(鶴)
7号室 可奈子
8号室 美樹本
9号室(亀)
ロビー前(水晶)
10号室(鶴)
11号室 真理
12号室 俊夫
13号室(亀)
14号室(水晶)
15号室(鶴)
16号室 透
17号室 なし
18号室(亀)
19号室(水晶)

*香山は1階の管理室を自室として使用。
 
33 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/03(日)15:22:29ID:ZjibGMDj0
それらの準備を全て整えると、香山は部屋を間違えることがないよう管理室の壁にかかっている
鍵のうちいらないものを取り去り、押入れの金庫に入れてデタラメにダイヤルを回した。
残ったのは香山の部屋でもある管理室の鍵1つと宿泊室の鍵7つ、それからマスターキーが1つ。
鍵をしまい終わった丁度そのとき、管理室のドアをノックする音がした。
開けるとそこには懐かしい顔、春子の姿があった。わざわざご苦労と労いの言葉もそこそこに、
3号室の部屋の鍵を手渡しながら早速料理の準備を頼む。
流石に別れた女房にこんなことを頼むのは香山も心苦しいらしく、何度か「すまんな」という
言葉を口にしたが、春子は怒ってはいないようだ。
しばらくしてから、香山は祈祷の準備に入るために春子に他の宿泊客の出迎えを頼んだ。
部屋割りメモを渡しながら、絶対に勝手に部屋を替えぬよう言い含める。
祈祷している間は話しかけないようにと言い残し、香山は自室に戻った。
半袈裟を肩に掛け、頭には鉢巻を巻いて真っ赤なロウソクを4本差し込む。
そして御幣を握って管理室の和室部分に鎮座してある祭壇の前に正座した。
丁度目の前に飾ってある夏美の遺影を見て、香山は在りし日の思い出に浸る。
夏美と出会ってから会社の業績はぐんぐんと伸びていった。長年患っていた腰痛も完治し、
身長が3センチ伸び、頭には黒いものが復活しはじめた。
追い風を受けて順風満帆に人生を爆走していたというのに、1年前、この場所で夏美は……。
香山は泣きそうになるのを必死にこらえて、あらん限りの声を張り上げながら御幣を振り回した。
「夏美ィ!!!」

19:05
夕食の席で、香山は集まった一同に今回の供養について説明した。
さらに香山は館の修復がいかに大変であったかを語った。

    ~三日月館の復活に挑んだ男たち~

わしは、夏美の魂を成仏させる為、
 館の修復に取りかかった――

しかしそれは、
 思った以上に大変な作業で、あった――

設計図もない。建築写真もない。
 テレビもない。ディスコもない。
  わしゃこんな島嫌だ。

わしは、諦めなかった――

美樹本くんが、
 スナップ写真を提供してくれた――

修復工事を請け負った、業者は、言った――
 「ウン千万円はかかります」と――

わしは、言った――
 「なんぼまでまかる?」と――

誰も料理に夢中で聞いてません。どうもありが(ry
「……君ら、わしの話聞いてないやろ」
(一斉に振り向いて)「聞いてますよ」
「嘘つけ!」(デドー)
 
34 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/03(日)15:23:38ID:ZjibGMDj0
一通りの説明を終えて皆の様子を窺うと、よく元通りに復元できたと感心される。
建物自体の基礎がほとんど問題なく、内装は美樹本が多く写真を撮っていたために
きれいに再現できたのだ。
食堂の暖炉は装飾用とはいえ造りがしっかりしていたので手をつけなかったが、
シャンデリアはウン十万ふっかけられていた。
一晩泊まるだけなのにそこまでした理由は、元々お盆というものは死んだ人間が戻ってくる
時期であり、生前のままの方がそうしやすいからだろうということだ。
ついでに透から札の質問をされたので、説明しつつ絶対はがすなと念を押しておく。
可奈子が部屋から降りてこなかったことに関して心配したり、春子の料理について透に
余計なことを言われたり、春子の手料理を数えるほどしか食べていないことを暴露されたり
していると、香山は俊夫がほとんど料理に手をつけていないことに気がついた。
みどりのことで気を重くしているのだとわかった香山は夏美のことを思い出してしんみりする。
俊夫はふいに透に何故あの事故があった晩にみどりが買いだしに行くことになったのか
覚えているかを問う。地下室というヒントを出したが、透にはわからなかった。
代わりに透はシュプールの地下室で見つけた例の岸猿家の紋章の入った鍵を取り出した。
途端に話は伊右衛門の財宝の話に移っていく。
今度は啓子が部屋の鍵を無くしてしまったと言い出した。
予備の鍵は金がかかるから作っていない。祈祷のために部屋を変えるわけにもいかない。
ならば、啓子にマスターキーを使ってもらうしかないのだが、春子はそれを止めようとした。
何しろマスターキーは1つしかないのだ。
しかし香山は透ならともかく女の子の啓子なら別にマスターキーを持っていても大丈夫だと言い、
文句が出ないのでそれで決定となった。
春子が各人の希望を聞いて食後のお茶を用意する。香山は夏美が好きなカモミールティーを淹れて
もらい、夏美の写真と線香立てをその隣に並べた。
辛気臭いのもどうかと思ったため、食後のティータイムに談笑しながら夏美の追善という趣向だ。
一同は代わる代わる席を立って線香を上げる。
香山はBGMがわりに自慢の喉を披露した。

わしが香山や
 ……男の大往生……

セリフ「わしの会社は実力主義や」
セリフ「そやから、不況なんかはどこ吹く風や」
セリフ「そやけど、なあ夏美……わしも、わしも、ほんまはさみしいんや」
セリフ「男の大往生、今夜は歌詞を新しくしてお届けいたします……」

夜中に 独り寝は つらいけど
毎晩 夢に見る おまえの姿
浪速で咲いた 一輪の華
先に散るとは 思いもよらぬ
今度 死ぬ時ゃ 次に 往く時ゃあ
おまえと 畳の上で 大往生
~夏美に捧ぐ~

厳かな雰囲気に包まれながら、とどこおりなく焼香が終わった。
 
35 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/03(日)15:25:11ID:ZjibGMDj0
真理の提案で食後の片づけを全部透に押し付けもとい任せると、一同は解散した。
香山は自室に戻ると、マールアビ小竹……じゃなかった、ケマルーア彦田に電話をして
本当に財宝があるかどうかを占ってもらった。
占いの結果、財宝はあるらしい。だが、近づいてはならんとも出ているようだ。
しぶしぶ諦め供養に専念することにした香山だったが、一応透に貰った鍵がどこのかを
訊いてみることにした。
占いでは地面の下。どうやら東のつきあたりの地下室の鍵らしい。香山はそれをメモした。
電話を切ると啓子が鍵を貰いに部屋を訪れた。「マスター」のタグがついている鍵を持っていく
よう言った後、透に鍵についての言伝を頼む。地下室の鍵のようだから探すのを手伝え、と。
鍵を見つけたのは透だから透にも権利はある。いざ宝が見つかったら6:4、いや7:3くらい
の率で香山の方が多いわけだが。
啓子が帰った後、今度は春子がやってきた。部屋割りに拘ることに関して多少の苦言を言いつつ
祭壇の桔梗の造花に目をつける。桔梗は夏美が好きだった花なのだ。
唐突に春子は桔梗の花言葉を知っているかと訊いてきた。夏美から聞いた覚えもないし見当も
つかなかったので当てずっぽうに「永遠の愛」と答えたら、どうやら当たったらしい。
「永遠の愛。変わらぬ愛……。あなたはそれを叶えようとしてるのね」
そう言って春子は静かに部屋の外に出て行った。
香山はなんとなくこの場所で春子と会話したのが悪かった気がして夏美の遺影に手を合わせる。
写真の中の夏美は、気にしてないと香山に語りかけた。
香山は春子のことについて、そして夏美に対する供養のことについて夏美と語り合った。
それから壁に掛けてある懐中電灯を手に取り、食堂や応接室とは反対側にある地下室へと向かう。
様々な機械が唸る地下室の部屋の隅に、畳半畳ぐらいの四角く仕切ってある床があった。
よく見ると取っ手らしきものとその近くに鍵穴も見える。
丁度いいタイミングでやってきた透と共に鍵を開け取っ手を掴んで床扉を持ち上げると、
中には鉄梯子がありその下には広い空間が広がっていた。
互いに譲り合いつつ、まずは透が下に降りていく。香山も続いた。
カビくさい空気がよどむ上に寒い通路を進んでいくと、鉄扉があった。
それを開けると錆びたパイプなどが転がる小さな部屋があり、さらに奥にも扉があった。
しかし、その扉は押しても引いても開く気配はない。
破ろうかと考えたとき、香山のケータイが突如鳴り響いた。祈祷の時間を知らせるアラームだった。
若いのにケータイの機能に詳しくない透に感心されつつ、宝探しを中断して引き返す。
香山は内心ほっとしていた。どうにも地下室に入ってから胸がむかむかする気分になったし、
それに誰かに見られているような気配も感じていたからだ。
地下室の鍵をズボンのポケットにしまい、またあとでと透と別れて部屋に戻る。
再び半袈裟とロウソクを身に着け、祈祷の最中に電話がかかってきたら台無しだと受話器を外し
天気予報案内に繋いだままにしておく。
すると、電話の脇のメモ帳に赤いマジックのようなもので字が書きなぐってあるのが見えた。
手にとって読んでみると、「ネノコクマデニ ココカラタチサレ」と書かれていた。
ふん。まったくしょうもないことをしよる。
わしがお宝を独り占めするつもりやと誰かが勘違いしとるんやろう。
わしはそこまでがめつくない。
素直にほしいといったら8:2、いや9:1ぐらいの比率で分けてやるのに。
そんなことより祈祷、とメモを電話の向こうに放り投げ、祭壇の前に正座する。
御幣を手に取ったそのとき……。

20:55――
この時、ぼくたちは、香山さんの身に何が起こったのか知る由もなかった。
 
36 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/03(日)15:27:08ID:ZjibGMDj0
今回はこの香山編終了までです。

……新スレはここでよろしかったんですよね?
 
55 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/04(月)21:36:50 ID:9QMDn/Ho0
(主人公選択→透 以降香山には白い三角巾が)

8月15日 17:25

真理は今日子が好きだったというバラとかすみ草の花束を海へと投げ、手を合わせる。
結局小林夫妻の遺体は見つからなかったため、「シュプール」近くに建てた墓は空だった。
透は最後に見た2人の姿を脳裡に浮かべながら冥福を祈ると同時に真理のことを報告する。
――安らかに、安らかに眠って下さい。
真理は「シュプール」を継いで、一生懸命頑張っています。
ぼくも、今は半人前ですが、必ず――
真理に何を話していたのか聞かれたが透は適当にごまかし、2人で三日月館へと向かった。
去年のことで気が重くなりつつも館に到着すると、春子が2人を出迎える。
春子に案内されて管理室へと向かい、それぞれの部屋の鍵をもらう。
透は真理の隣が俊夫であることに不服を感じてごねたが、結局は指示通りの部屋に納まった。
そのとき管理室の奥の部屋から奇声と何かを振り回すような音が聞こえたため腰を抜かしそうに
なったが、あれが祈祷だと聞かされて透は香山がおかしな宗教にでもはまってるんじゃ、と思った。
2階ロビーは1年前となんら変わっていなかった。階段を上がってすぐのところに札が貼られている
こと以外には。
透は近づいてその札をよく見てみたが、そこに書かれた文字の意味はまったくわからなかった。
壁にしっかりと貼り付けてあるらしく、ちょっと引っ張ったくらいでは外れない。
使われていない部屋のドアに貼られているその札は大きく、部屋番号が隠れてしまっていた。
真理は春子に頼まれて夕食の配膳の手伝いに行くため、11号室前で別れる。
透はその隣の12号室をうらめしく思いながらその札の貼ってある空室3つを通り過ぎ、16号室に
向かう。湾曲した長い廊下を歩いているうちにどれくらいの距離を進んだのかがわからなくなってきた。
何とか16号室にたどり着き、鍵を開けて中に入る。
去年の透の部屋は4号室に相当するので部屋は違うが、ほとんど変わりがない。
津波の被害は主に1階部分だったので、2階はドアと鍵以外は手が入っていないようだ。
ベッドに寝転がると長旅の疲れのせいで眠気が襲ってきたが、香山の奇声もとい祈祷で起こされた。
それがまるで死者の恨みの声にも聞こえ、去年の記憶が蘇り、心細くなった透は寝ている間に誰かが
到着しているのではと1階の応接室に降りてみることにした。
応接室は1階の西側であり、食堂はそのつきあたり。管理人室はその逆の東側で、厨房はその奥だ。
応接室に入ると美樹本と啓子、俊夫の姿があった。可奈子がいないことを不審に思うが、
気分が悪くて部屋で休んでいると、啓子に訊いたつもりが何故か美樹本に教えられた。
置時計が7時を告げると同時に香山が応接室に現れ、食堂へと移動する。
香山が供養の経緯などを説明し始めたが、ほぼ全員春子の作った精進料理に夢中になっていたため
誰も聞いてはいなかった。
春子に料理についての質問をしながら食べていると、ふいに香山が言った。
「……君ら、わしの話聞いてないやろ」
(心外だ、という口ぶりで)「聞いてますよ」×6
「嘘つけ!」
 
56 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/04(月)21:37:30 ID:9QMDn/Ho0
香山のくどくどした説明が終り、俊夫がよく元通りに復元できたと感心すると今度は
復元についての説明を始めた。
たった一晩のためにウン十万のシャンデリアを買ったことにもったいないと思った透は
香山にいらなくなったら譲ってくれ……と言いかけて、真理の目を気にしてやめた。
一晩泊まるだけなのにそこまでしなくても、という問いに対しては、元々お盆というものは死んだ人間が
戻ってくる時期であり、生前のままの方がそうしやすいからだろうと返ってきた。
透が気になっていた札の質問をすると、絶対にはがすなと念を押された上で島の呪いを解くため云々
という説明を聞かされた。
春子含め誰も信じていないようだったが、一風変わった香山なりの供養なのだろうということで
誰も異議を唱えなかったらしい。
可奈子が部屋から降りてこなかったことに関して心配したり、可奈子が美樹本のアシスタントに
なっていることを知ったり、香山が結婚していたときは毎日のように春子の手料理を食べていた
ことをうらやましがって余計なことを言うなと真理に脇腹を肘でどつかれたり、それに対して
春子が香山は手料理を数えるほどしか食べていないことを暴露したりしていると、照れ臭くなった
のか香山が話をそらすように俊夫に声をかけた。
そこで透たちは初めて俊夫がほとんど料理に手をつけていないことに気がついた。
みどりのことで気を重くしている俊夫に、みんな無意識に明るく振舞っていたらしく一転して
重苦しい空気に変わってしまった。香山も夏美のことを思い出し、「もし、ああならなかったら」と
俊夫と一緒になって口にしだす。
俊夫はふいに透に何故あの事故があった晩にみどりが買いだしに行くことになったのか覚えているか
と問うてきた。そんなことを言われても何のことだかわからない。
地下室というヒントに、透は答えではなく地下室で見つけた例の岸猿家の紋章の入った鍵のこと
を思い出した。取り出して香山に見せると、伊右衛門の財宝の鍵かもしれないという話が出る。
透は最初は宝に興味を持っていたが、宝を探しにいって帰ってきた者はいないという話を聞き、
急に怖くなって宝を探す気をなくしてしまい、鍵をそのまま香山に預けた。
どこの鍵かどうかは後で業者にでも電話して聞いてみるという。
前は電話は使えなかったが、管理室にひいた電話か丘の上まで行ってケータイを使えばかかるらしい。
今度は啓子が部屋の鍵を無くしてしまったと言い出した。
予備の鍵はないし、祈祷のために部屋を変えるわけにもいかない。
1つしかないマスターキーを啓子に渡すことに春子は反対の意を示したが、香山は透ならともかく
女の子の啓子なら別にマスターキーを持っていても大丈夫だと言った。
どういう意味だ、と透は思ったが、文句が出ないのでそれで決定となった。
春子が各人の希望を聞いて食後のお茶を用意する。香山は夏美が好きなカモミールティーを淹れて
もらい、夏美の写真と線香立てをその隣に並べた。
一瞬それが去年の河村亜希の遺影を見たときの光景を髣髴とさせてぞっとしたが、香山は特に
何も感じていないようだ。
「わしが香山や! 男の大往生!!」
突如香山が熱唱し始めた。
「わしの会社は実力主義や」
「そやから、不況なんかはどこ吹く風や」
「そやけど、なあ夏美……わしも、わしも、ほんまはさみしいんや」
「男の大往生、今夜は歌詞を新しくしてお届けいたします……」
「よぉ~なかぁにぃ……」
下手ではないがだからといってどうというわけでもない。皆、それはちょっとと言い出したくても
言い出せない複雑な表情のまま、とどこおりなく焼香を終えた。
片付けは皆で、という香山に、シュプールでの洗い物の日々が蘇る。
今日こそは解放されたいと思ったが、真理の余計な一言で修行になるからと押し付けられてしまった。
 
57 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/04(月)21:38:13 ID:9QMDn/Ho0
春子と卒業したらどうするのか、という話をしながら洗い物をする。
透としては「シュプール」で働きたいのだが、真理は自分のしたいことをしてくれと断っている。
だが、透のしたいことは真理を幸せにすることに他ならない。
春子との会話で吹っ切れた透は真理にはっきりとあの事を話そう、と真理の部屋に向かった。
しかしノックしても返事はなく、隣の俊夫の部屋から真理の声が聞こえてきた。
聞き耳を立てると、どうやら真理は「シュプール」で再度働くように勧誘しているらしい。
『……透くんがどう思うかな』
『今は透のことはどうでもいいの。私、俊夫さんのこと本気で――』
その言葉にショックを受けた透は、慌ててそこから離れた。
透がいくら頼んでも就職させてくれないのに、俊夫ならいいのか?
みどりが刑務所に入っている間に2人はそういう関係に……?
ふらふらと歩いてロビーまで来ると、啓子に声をかけられた。
あの鍵は地下室の鍵だから調べるのを手伝ってくれ、という香山からの伝言を聞いても
どこか生返事になってしまう。
1年前とまったく変わっていない地下室に行くと、香山が床にしゃがみこんでいた。
台所の収納みたいに床の一部が扉になっており、取っ手らしきものとその近くに鍵穴も見える。
鍵を差し込んで回すとカチリと音がした。ここの鍵で間違いなかったようだが、何故シュプールの
床に落ちていたのだろうか? 今日子が持ってきたのか?
色々と考えているとなぜか不吉な気配を感じ、身震いした。
取っ手を掴んで床扉を持ち上げると、中には鉄梯子と広い空間が広がっていた。
互いに譲り合いつつ、懐中電灯で照らしながらまずは透が下に降りていく。香山も続いた。
カビくさい空気がよどむ上に寒い通路を進んでいくと、鉄扉があった。
それを開けると錆びたパイプなどが転がる小さな部屋があり、さらに奥にも扉があった。
しかし、その扉は押しても引いても開く気配はない。
破ろうかと考えたとき、香山のケータイが突如鳴り響いた。こんなところでケータイがつながるのか
と驚いた透だったが、それは祈祷の時間を知らせるアラームだった。
若いのにケータイの機能に詳しくない透は妙に感心しつつ、宝探しを中断して引き返す。
またあとで、と香山と別れ2階に上がると、ロビーで啓子と俊夫がスナック菓子を食べていた。
先程の真理と俊夫の会話を思い出し逃げ出したくなるも間に合わずに二言三言交わすと、
俊夫が香山がどこにいるか訊いてきた。部屋だ、と答えると祈祷中だから入れてもらえないと
言う暇もなくさっさと下へと降りていってしまう。
透は啓子に真理の居場所を聞き、真理の部屋へと向かった。
しかし真理は、しばらく1人にしてくれとさっさとドアを閉めてしまった。
俊夫に就職を断られ、落ち込んでいるのか? そんなに俊夫がいいのか?
どうしてぼくじゃ駄目なんだ?
急に息苦しく感じ、外の空気が吸いたくなった透は2階に2つだけ窓のある部屋があったことを
思い出し、廊下を戻って西側の奥にある物置部屋に向かった。
物置小屋の前には春子が立っていた。春子も同じ目的のようだったが、鍵がかかっていて入れない
のだという。透もドアを開けようとしてみたが、しっかりと施錠されていた。
ふいに、どこからか食堂で焚いた線香の匂いが漂ってきた。匂いが服に染み付いているのだろうか?
嗅いでみると、そうであるような気もするしそうでないような気もした。
ふと目を上げると文字通り目と鼻の先に春子の横顔が迫っていてどきっとする。
つい見とれてしまった透は、冷たいお茶を入れるから一緒にどうかといわれ、別に春子とどうこうなる
などということは思ってもいないが、少しだけ真理に仕返ししたような気分になった。
廊下を戻る途中、ふと何かひっかかるものを感じて透は立ち止まった。物音や人の気配を感じたわけ
ではないのだが……。
(透が立ち止まったのは札が貼られている部屋の前。物置部屋を振り返ると。札が貼られた部屋のドアが
2つ(1つは物置部屋)が見える)
 
58 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/04(月)21:39:04 ID:9QMDn/Ho0
2階ロビーには相変わらず啓子がいた。春子が啓子に声をかけ、何やら話をしているうちに1階から
俊夫が上がってくる。どうも、香山が部屋にいないらしい。
祈祷をすると言っていたから部屋にいるはずだ。だが祈祷の声は聞こえず、ノックの返事もないらしい。
中を覗こうにも鍵がかかっていた。
何かあったんじゃないか、――悪いことが。
そんな嫌な空気に包まれ、啓子が「まさか……ね」と呟く。
そこで透は啓子がマスターキーを持っていることを思い出し、それで開けてみることを提案した。
単純に寝てしまったなどという理由で何事もなければまた閉めておけばいいだけの話だ。
普段の場所ならこんな提案はしないが、三日月館は普通の場所ではない。
何か起きたとき、「ああしてれば」と後悔はしたくなかった。
4人で急いで香山の部屋へと向かう。念のためノックをして呼びかけるも返事はやはりない。
啓子が差し出したマスターキーを鍵穴に差し込んだが、なぜか回らなかった。
もしかしたら管理人室だけはマスターキーでは開かないのかもしれない。
俊夫はドアを破ろうと提案したが、去年それが出来たのは扉がちゃちなスライド錠だったからだ。
透は1階東にある物置に行き、古びたツルハシを手にとって戻ってきた。
それを受け取り、俊夫がドアノブ近くにツルハシを叩きつける。二度、三度と叩きつけて漸く
板がボロボロになり、開いた穴に手を突っこんで掛け金を外すことができた。
開いたドアから中に入りざっと見回したが、香山の姿はない。
部屋の奥の和室部分を仕切っている襖の隙間から光が揺らめいている。
不吉な気分にとらわれながら、透と俊夫は同時に襖を開けた。
香山が祭壇の前で横たわっている。髪の薄い後頭部から赤黒いものが流れ出しており、傍らには
血がべっとりとついたクリスタルの大きな灰皿が転がっていた。春子がひいっ、と声を上げる。
透は声をかけたり揺さぶったり脈を取ったりしてみたが、反応はない。
死んでいるみたいです、と透が言うと、春子はびっくりするほどの力で透を押しのけ、香山の
身体を揺さぶった。
とにかく警察を、と思ったが、俊夫が取り上げた部屋の電話は通じなかった。
嫌な予感がしてテーブルの下に潜り込み、電話線をたぐり寄せるとやはり先が切れていた。
ケータイは丘の上に行かねば使えない。俊夫は透に全員に事件を知らせるように言うと、
ケータイをかけに外へと向かっていった。
2階に上がるとロビーに美樹本がいた。美樹本に事情を説明し、可奈子を呼んできてもらう。
美樹本は西側の廊下に向かい、透は真理に知らせるべく東側の廊下に向かった。
真理たちを連れて1階のロビーに戻ると、啓子と春子……そしてなぜか俊夫もいた。
もう警察に連絡したのか……と思ったが、そうではない。玄関が開かないのだ。
何とか開けようと全員で押してみるも、びくともしない。犯人が逃げるときに細工したのだろうか。
となると後は2階の角部屋の窓だけだが、窓の下の剣山の存在があるために止められる。
香山が何者かに殺されたと聞いた可奈子は、だからこんな島には来たくなかったんだと叫び
上に上がっていってしまった。慌てて美樹本も後を追う。
犯人がうろついているかもしれないのに無闇に動き回るなんて、と俊夫が舌打ちをする。
犯人が逃げた可能性もあるが、とにかく明るくなるまで身の安全を確保する必要がある。
俊夫は館の中を調べることを提案したが、真理は危険だと首を振った。
真理の青ざめた顔を見て、透は決意を固める。香山のような犠牲者をこれ以上増やさない為にも、
犯人を探さなければならない。少なくとも、この館に犯人がいるかどうかを確かめなければ。
誰が……誰が一体こんなことをやったのか……。
 
59 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/04(月)21:41:29 ID:9QMDn/Ho0
微妙に中途半端ですが今回はここまで。
推理のヒントになる部分とそうでない部分をあれこれ織り交ぜているので、
どうしても長くなってしまいます。
第1回透編はあと2回ぐらいに分けて投下予定。
 
125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木)13:59:57ID:2ciqlT980
かま3ってあの犯人編やるのかな?
というかサバイバルルートはないのかなぁ。
あれめっさ怖かったんだけども。
 
126 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/07(木)17:37:16 ID:s0P/mSAC0
>>125
やりますよ。
本当の意味の最短ではなく普通にプレイした上での最短を書くつもりなので、
サバイバルルートも普通に突入します。ただし透編のみ。

予定としては真相編→番外編(ピンクシナリオ)→バッドエンド集→犯人編
→金の栞後追加分の順の投下になります。
 
127 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/07(木)17:38:44 ID:s0P/mSAC0
美樹本が1人で1階に戻ってきた。可奈子は部屋に閉じこもってしまったようだ。
1人で2階に残すことは躊躇われたが、香山の部屋に行くまでは啓子が、行った直後からは美樹本が
それぞれずっと2階のロビーにいたため、不審人物は2階にはいないはずだった。
となると、犯人は1階にいることになる。
すると俊夫が、最初に1人で香山の部屋に向かった際に反対側の西側の廊下へ向かう人影を見たと
言い出した。気のせいかもしれないが、『かまいたちの夜』に出てくる田中みたいだったという。
念のために調べてみようという話になり、女性陣を玄関前に残して男3人だけで行くことにする。
武器になるものは俊夫の折り畳みナイフぐらい。美樹本は素手で構わないという。
透は武器がなかったため(中学のときに通信講座で空手をやってはいたが)、何かないかと
探したが生憎見つからない。犯人が武器を持っていないことを信じるしかなかった。
3人で西側に向かい、1つずつ確認していく。受付室、応接室、空き部屋3つ……。
応接室以外には2階の空室同様に札が貼ってあった。
念のため唯一使っている応接室を開けてみたが、誰の姿も隠れている気配もなかった。
空き部屋には鍵がかかっており、札を剥がした様子もなかったので部屋の出入りはないと証明された。
食堂も調べてみたが、なにも見つからなかった。
と、そのときロビーから悲鳴が上がる。まさか!?
……と思ったが、啓子がヤモリに驚いただけだった。
俊夫が人影を見た後に1度2階まで来ていることから、その間に東側にいった可能性を考慮して
今度は東側を捜しに行く。
女性陣には可奈子を説得して一緒に応接室で鍵をかけて待っているように指示しておいた。
何故か美樹本は可奈子の説得役を啓子ではなく真理に頼んでいたが。
真理が可奈子の部屋に向かい、啓子と春子が応接室へ入るのをちゃんと見届けてから、男性陣は
東側の廊下へと向かう。
洗面所、空き部屋3つ、管理人室、厨房、物置スペース……そして、地下室。
透は香山と見つけたあの秘密の地下室を思い出し、2人に告げた。
管理人室から懐中電灯を拝借し、地下室を探る。異常は何もなかったため、例の開かない扉まで
探索を続けることにした。
鍵穴も何もない開かない扉の前に来たとき、俊夫はきょろきょろとその周囲を見回し始め、
何かに目を留めた。天井からぶら下がった錆び付いた鉄のチェーンだ。
俊夫が無造作に手をかけてそれを引っ張ると、扉の向こうから何かが動く低い音が聞こえた。
もしかしたら、と美樹本が扉に近寄り、押し開ける。
湿った空気と何かの腐ったような臭気が奥から流れ出してきた。下水道に通じていたらしい。
左側にはほとんど水のない水路。正面の壁に、「湖」と刻まれた文字。床には「海」だ。
透は1年前の事件で館を水没させるために使われた仕掛けを思い出した。
おそらくこれらは丘の上の湖から中庭の泉に通じる水路なのだろう。仕掛けを動かすと
「湖」から水が、「海」から海水が流れ込んでくるのだ。
俊夫が小さく唸る。ここが閉じられているから泉の水が涸れていたのだと。
美樹本がここから出られるのではと言い出した。湖や海側は無理だが、中庭になら……。
左側の水路は中庭の泉に続いているかもしれない。3人は調べてみることにした。
しかし、すぐに鉄格子の柵に阻まれ、それ以上向こうには進めなくなってしまう。
これまで辿ってきた経路から位置や角度とかを考えると、この先で中庭の泉に使っているのは
間違いないはずだ。
鉄格子に人の通れる隙間はないかと近づこうとしたとき、ふいに透は誰かがいることに気がついた。
……そこにいたのは、ガイコツだった。
俊夫はポケットからペンライトを取り出し、ガイコツの周囲のゴミをどけ始める。
そして死体の傍らに膝を突き、仔細に眺め始めた。どうやら相当昔のものらしい。
ガイコツの片足がくるぶしのところでぽっきりと折れている。殺されてここに捨てられたのか?
だが今回の事件には関係なさそうだ。水路を調べても何もないため、3人は戻ることにした。
 
128 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/07(木)17:39:35 ID:s0P/mSAC0
香山の部屋の前まで戻ってきたとき、俊夫が少しでも手がかりを探そうと言い出した。
美樹本も確認したいことがあると管理人室へ入っていく。先程1回調べに来た際に透から
マスターキーでは鍵が開かずに仕方がなくぶち破ったことを聞いていた美樹本は、管理人室の
鍵が置いてあるかどうかを確かめたかったのだ。
管理人室の鍵は壁にかかっていた。ということは、外から鍵はかけられなかったことになる。
死体発見後に犯人がこっそり戻したのかと思ったが、1階のどこにも犯人がいない以上は無理だ。
管理人室の鍵がすり替わっていた可能性も、壊れた扉のロックバーが出たことから否定された。
そもそも鍵本体とタグを繋ぐチェーンはかなり固く、ペンチでもないと簡単には外せそうにない。
マスターキーで開けられないのなら、この鍵を使うしかないのだが……。
美樹本は他殺を疑い、自殺や事故ではないかと言い出した。俊夫はそれに対しこの部屋に抜け穴
でもあるのではと言い出したが、そんなものはどこにもない。
と、そのとき俊夫があるものに気がついた。それは赤いマジックで文字が書かれた紙切れだった。

ネノコクマデニ ミナシヌ
ココカラ タチサルコトハ
デキヌ


現在、午後10時15分……子の刻、12時まで2時間足らず。
誰がこんなものを書いたのか? 香山のはずはない、となると犯人しかいないが……。
俊夫はもう少し詳しく調べようと主張し、美樹本は館を出る方法を探すことを主張する。
どちらの言っていることも理解できる透はそんなことで口論している場合ではないとたしなめ、
これ以上この部屋で得るものはなさそうだと俊夫を説得した。
地下室の扉のように、玄関の扉にも同じ仕掛けがあるかもしれない。
しぶしぶ同意した俊夫と共に玄関周りに仕掛けがないか探したが、見つからない。
3人がかりで扉を開けようとしても無理だった。
美樹本はついに窓からロープか何かを使って外に出る方法を考え出したが、透は危険だと止めた。
一刻も早くこの場所から出て行きたいという美樹本に対し、俊夫も透に同意する。
電話は繋がらない。地下室は行き止まり。玄関も開かない。1年前と同じように館に閉じ込められたのだ。
とりあえず待っている女性陣に結果報告をしようと戻ろうとしたところで、美樹本は例の紙切れの
ことは黙っておいてくれと2人に頼み込んだ。可奈子をこれ以上不安にさせたくはないのだ。
2人は了解し、応接室に戻る。
誰もいなかったし、逃げられもしなかった。そう告げると、真理が犯人が逃げられず見つからない
のではまだこの館のどこかにいるのか、と訊いてきた。
犯人がまだいるのはあの紙切れが証明しているが、それを言わずに説明する術が思いつかない。
「この中の誰かが殺したのかな……」
啓子がポツリと怖いことを言ったので、全員が顔を見合わせる。
俊夫は啓子に本当にずっと2階ロビーにいたのかどうかを確認すると、この中の誰かが犯人とは
考えられないと断定した。透と別れ、俊夫が部屋を訪れるまでの短い間には皆アリバイがある。
だが美樹本は、透と俊夫なら香山を殺すことができると言い出した。鍵の一件もある以上2人が
犯人とは言い切れない。ただ、アリバイは証明できないだけだと。
結局あの密室の謎が解けない限り、アリバイを証明しても無駄なのだ。
透はそこで背筋が凍った。もし、密室の謎が解けたら……アリバイという消去法で考えれば、
犯人は俊夫しかいない!
 
129 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/07(木)17:40:15 ID:s0P/mSAC0
透は俊夫の反応が見たくて、1つの推理を話してみた。
香山は部屋の外で殴られ、中に逃げて鍵をかけた。その後息絶えたのなら密室の謎は解ける。
だが、俊夫は顔色も変えずにどうして凶器の灰皿が香山の傍に転がっていたのかと訊いてきた。
苦しい説明だと思いながらも、透は犯人がドアを閉める寸前に投げつけたのではと言った。
しかし、その後香山がわざわざ灰皿の傍まで歩いていってから倒れたのは無理があると否定された。
確かにそうなのだが、疑わしき人物から否定されても何だか釈然としない。
例のアレのこともある、という俊夫の言葉に、この推理ではあのメッセージの説明がつかなくなる
と考え、もう1度事件をはじめから考え直してみることにした。
思い返せば気になることはいくらでもあった。何か重要な手がかりのような、そうでないような
数々の記憶の断片、その中で最も透が気になっているのは……。
なぜ、香山の部屋はマスターキーで開けられなかったのか、ということだ。
マスターキーであそこが開きさえすれば謎でもなんでもない、と俊夫が呟く。
啓子はどういう意味だと表情をこわばらせて聞き返した。
簡単なことだ、マスターキーの持ち主が犯人ということだ、と俊夫。
啓子は自分の鍵では開かなかったことは俊夫も透も春子も確認しているじゃないか、と反論。
確かにそうだが、透は引っ掛かりを覚えた。そもそも開けられない扉があるなんてマスターキー
と言えるのだろうか?
透は啓子の鍵について考えてみた。
・啓子は元々2号室の鍵を持っていたが紛失。未だ見つからず。
・代わりに香山からマスターキーを受け取った。
・その鍵で啓子は自分の部屋に出入りできる。
・だが、その鍵では管理人室は開けられなかった。
・管理人室に出入りできるのはマスターキーと管理人室の鍵だけ。
・管理人室の鍵は部屋の中の鍵掛けにあった。
これらから考えると、啓子の鍵は2号室の鍵ともマスターキーとも言えない。
となると……。

*1
(やろうと思えばここで推理を展開できますが、まず初回プレイでは気付きません)

啓子は本当に2号室の鍵を無くしたのか?
啓子はマスターキーと2号室の鍵の両方を持っていたのではないか。
香山殺害には本物のマスターキーを使い、殺害後にタグを入れ替えておく。
それならば管理人室の鍵が開けられなくても不思議ではない。
これが間違っていなければ犯人は啓子なのだが……。
マスターキーで開けられない鍵があるなんてマスターキーと言えるのか、と真理が不思議そうに
呟く。それを受けて俊夫は鍵に細工をしたのではと言い出した。
疑うなら調べろ、と啓子は俊夫に鍵を突き出した。どうやら細工はないようだ。
透は提案した。啓子の持っている鍵で啓子の部屋を開けられるかどうか、確かめてみようと。
試すのは別の人に、という俊夫の提案で春子に鍵を渡し、開けてもらう。
固唾を呑んで見守ると、鍵はちゃんと開いた。
……間違いない、「マスター」のタグがついたのは2号室の鍵だ。
透がその推理を展開しようとすると、俊夫はまだだ、と言い出した。
マスターキーの証明には、別の部屋のドアを開ける必要がある。例えば、その隣の部屋の。
春子は少しもたつきながら、隣の部屋の鍵穴に鍵を差し込んだ。
ロックの外れる音がし、春子は札が剥がれないよう注意しながら少しだけドアを開けて見せた。
では、マスターキーは本物? どこで推理を間違えたのか……。
 
130 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/07(木)17:40:53 ID:s0P/mSAC0

少し面白がった口調で納得したか、と訊く啓子に、俊夫はその鍵がマスターキーであることは
認めたが、マスターキーの分疑わしかったのがみんなと同じになっただけだと言った。
真理は犯人はもう逃げてしまったのではと口にする。だが、あの予告状がある限りは犯人がどこかで
皆殺しの機会を虎視眈々と狙っているかもしれないのだ。
このままあの予告状のことを隠しておいていいのだろうか。そう思っていると、俊夫はもう隠して
おくわけにはいかないと美樹本の制止を聞かずに例の紙切れを全員に見せた。
隠しておいたことを全て話すと、可奈子がこの島は呪われているんだ、と頭を抱えて叫んだ。
美樹本は可奈子をそっと抱き寄せながら、この島や館には忌まわしいものを呼び寄せる力が
あるのかもしれないと言う。ここでたくさんの血が流されたという事実が人を惑わせるのでは、と。
予言の自己成就。例えば占いを妄信する人間が占い師に何か悪いことが起きると言われたとして、
不安や恐れを過剰に抱くあまりに物事を悪い方向へ押しやり、予言されなければ起きなかったはずの
ことが起きて結果的に予言が的中してしまう、そういう現象。
血塗られた歴史を持つ島に、また誰かが殺されるのでは……そう誰かが強く思っていたことが、
今回、あるいは去年の事件の根っこにあるのかもしれない。
呪いとどう違う、と吐き捨てると俊夫に、美樹本は続ける。オカルトとは違うのだと。
思いや言葉の力は強い。この島にまた来ることに誰もが不安を感じていたはずだ。
全員がそうならば不安は増幅し、その中の繊細な誰かが殺されるのは自分だと――
夏美のことで逆恨みした香山に殺されるのではと思い込んだとしたら?
この中の誰もが去年の事件で傷つき、罪の意識を抱えている。だから、そう感じたとしても
おかしくはない……。
俊夫は、今日子も村上も、小林も死んだのだから、自分たちが罪の意識を感じる必要はないと
怒ったように言い返す。
だが美樹本は、事件を食い止められなかっただけでも多少は後悔する。今日子と親しければ尚更だ。
それに、すべての元凶であるみどりの夫である俊夫なら、特に――
俊夫は顔を真っ赤にして怒り出した。俺が罪悪感を感じているなんて冗談じゃない。みどりだって、
去年の事件の責任までとる必要なんかない。どうして俺が香山さんに……。
「分からないって言うのか?」
美樹本は目を細め、静かで冷たい口調で続けた。
俊夫はみどりが河村亜希をはねたあの夜も、その後もずっと一緒にいたなのに何一つ知らないで彼女と
つきあっていた。
もしかしたら俊夫はみんなを救えたかもしれない。みどりの異変に気づき、すべて聞き出して自首を
勧めていれば、夏美や今日子、それにみどり自身も。
「そんなふうに後悔したことが一度もないんだとしたら、君にはおよそ想像力というものがないと
いうことになるんじゃないか?」
 
131 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/07(木)17:41:31 ID:s0P/mSAC0
そんな言い方って酷すぎる、と真理が珍しく怒鳴りつける。
突然、俊夫はわけのわからない喚き声をあげながら美樹本の顔を殴りつけた。
美樹本は2、3歩よろめき踏みとどまると、続いての大振りのパンチを簡単によけ、ふところに
潜り込んで腹に重い一撃を食らわせた。勝負は一瞬でつき、俊夫は崩れ落ちた。
大丈夫? と真理が俊夫に駆け寄る。可奈子は美樹本にしがみつき、美樹本の顔の傷と腹を抱えて
うずくうまった俊夫を交互に見ていた。
俊夫の嗚咽が聞こえる。痛みだけのせいではないだろう。
ちょっとは薬になるだろう、と美樹本はうそぶいた。
女の子にはきつい光景に、気持ち悪いと口を押さえる可奈子を連れ、美樹本は部屋に戻っていった。
念のために朝まで1人になるのは避けろ、と言い残して。
透は俊夫に駆け寄り、大丈夫かと声をかけたがほっといてくれと言われてしまう。
確かにこんな屈辱的な場面では自分でも1人にしてもらいたいと思うだろう。
それに、俊夫なら1人でも大丈夫かもしれない。
きまずい雰囲気を取り繕うとしたのか、春子が紅茶でも飲まないかと言ってきた。
真理がその手伝いに行き、透と啓子が応接室に向かう。
黙っているのも変だとおもい、透は啓子に話しかけた。美樹本は格闘技でもやっているのか、
という透の言葉に、啓子はボクシングをやってたことがあるみたいだと返す。
慌てて口元を押さえ、うつむいたきり口をつぐんでしまった啓子に、漸く透は啓子と可奈子の様子が
ずっとおかしい理由に思い当たった。
啓子は可奈子が付き合っている美樹本のことを好きになってしまったのだ。あるいは、美樹本を
巡って2人の間でいさかいがあったのかもしれない。時折啓子が可奈子と美樹本の2人を見る目つきに
暗い影を感じるのも納得がいく。べたべたしている2人を見るのはさぞつらかったことだろう。
突然啓子は立ち上がり、可奈子の様子を見に行くといって2階へと上がっていった。
友達だから可奈子が気になるのか、それとも美樹本と2人っきりにしたくないのか……。
応接室の置時計が23:00を告げる。あと、1時間……。
1人でいるうちに不安になってきた透だったが、丁度そこに真理がやってきた。
春子は香山のところに行ったらしい。啓子もいなくなったので、2人っきりだ。
2人で紅茶を飲んでいると、俊夫が応接室にやってきた。少し照れた様子で黙って腰を下ろす。
みっともないとこを見せた、という俊夫に、真理はあんなことを言われたら誰だって怒る、と
妙に俊夫を庇う。だが俊夫は、あいつの言ってることは間違ってなかったと言った。
「そんなこと言い出したら、私たち、世の中で起きる悪いこと全部に責任を取らなきゃならなくなる!」
その真理の言葉に、俊夫はありがとう、と微笑んだ。それで漸く透も安心する。
しばらくして俊夫はもう1回見て回ると立ち上がった。何か見落としているかもしれない。
透はこのままでは落ち着かないからと一緒に行こうとしたが、真理が1人になるからと断った。
自分は1人でも大丈夫だ、美樹本が相手なら無理だが、と自嘲して。
俊夫が出て行き、真理と2人きりになる。俊夫とのことを聞こうかどうか迷った。
さりげなく聞き出すために俊夫のことをどう思うか、と問うたが、真理は取り違えたらしい。
すっかり荒んだ感じになったことを心配している。やっぱり、離婚のせいなのかと。
離婚ってと訊こうとしたとき、廊下を走る足音が聞こえたかと思うと、応接室の扉が開いた。
俊夫だった。
「美樹本が……美樹本さんが……死んでるんだ」
 
132 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/07(木)17:43:24 ID:s0P/mSAC0
今回はここまで。次で第1回透編は終わります。
 
134 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/07(木)18:13:06 ID:s0P/mSAC0
×この先で中庭の泉に使っているのは間違いないはずだ。
○この先で中庭の泉に繋がっているのは間違いないはずだ。

です。申し訳ない……。
 
145 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/08(金)14:18:10 ID:RdKxBPA50
俊夫を追って食堂へとたどり着くと、テーブルの1番向こう側に横たわっている脚が見えた。
テーブルを回り込んで近づき、美樹本の全身を見た瞬間……血の気が引いた。
美樹本の胸が一面赤黒く染まり、その染みの中心には刃物を刺したような跡。
その傍には――風切り鎌。
どう見ても死んでいる。1年前の正岡のことが一瞬にして脳裡を駆け巡った。
あれは今日子の犯行だったが、今日子はもういない。なのにこれは一体?
館の呪いなのか、それとも「予言の自己成就」に動かされた誰かが……?
まさか俊夫が、と思ったが、俊夫は否定した。さっきの驚きも演技ではなさそうだし、とりあえず
透は俊夫を信じることにする。
それにしても2階にいたはずの美樹本は一体いつ食堂に来たのだろうか。食堂には応接室の前を
通らなければいけないから、誰かが通ったらすぐ透が気付くはずなのに。
とにかくみんなに知らせなければ。俊夫をこの場に残し、透と真理はまず管理室に向かった。
ここには春子がいるはずだったが、誰もいない。諦めて2階に向かい、まずは可奈子の部屋に行く。
恐ろしい事実を伝えることに一瞬躊躇った2人だったが、誰かが言わなくてはいけないのだ。
そんな役目を真理にさせるわけにはいかない、と透は可奈子に美樹本が殺されたことを告げた。
嘘よ、と叫んで可奈子は真理の制止を振り切り1階へと走っていく。
やり場のない憤りがこみ上げてくる。どうして美樹本は1人で行動したのか……。
透は春子の部屋をノックしながら通り過ぎ、隣の啓子の部屋をノックする。
そして2つの部屋の真ん中に立って呼びかけた。ほとんど同時に両方のドアが開く。
美樹本が殺されたことを告げられると、啓子はショックで血の気が失せた顔をした。
1人でいるのは危ない、と部屋にしっかりと鍵をかけて1階へと歩き出す。
透は彼女たちを追う前に、不審なところがないかとあちこち見回した。
と、廊下の板張りの隙間に何か挟まっているのが目に入った。鍵のようだ。
すぐ横の扉の上には2号室のプレート。ということは啓子のなくした2号室の鍵だろうか。
自分の部屋の前に落ちているのに、なんで気がつかなかったのだろう。
つまみ出して確かめようにも隙間は細く、今は美樹本のことの方が大事だと食堂へと向かった。
食堂には全員が集まっていた。可奈子は美樹本の亡骸にすがって泣いている。
春子は可奈子に何か声をかけながら、うまく彼女を亡骸から引き離した。
それを見てみんなは食堂から出て行こうとする。
確かに、こんなところにいつまでもいるわけにはいかない。
 
146 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/08(金)14:19:44 ID:RdKxBPA50
*2
一同は可奈子を護送するように応接室に向かった。
誰がこんなことをやったのか、と可奈子が呟く。そしてはっとしたように俊夫を睨んだ。
あなたがやったんでしょ、と声を張り上げるが、俊夫は否定した。
信じないかもしれないが、俊夫は美樹本にちょっと感謝してるくらいだった。
美樹本の言葉で少し目が覚めたのだ。自分はずっと逃げ続けてたのかもしれないと。
唐突すぎる独白めいた台詞に毒気を抜かれた可奈子は二の句が継げず、もう誰も信用できないと
制止の声も聞かずに応接室を出て行ってしまった。
それを見た啓子も、1人の方が安心だと部屋に戻っていってしまう。
2人ともショックが大きかったのだ、という真理に、啓子も美樹本が好きだったから、と透。
そこで俊夫や春子は初めて啓子と可奈子がぎくしゃくしていた原因に気がついたようだった。
ふと時計に目をやると、11時40分。……あと、20分。
流石に20分で皆殺しなんて無理だ。……この中に犯人がいなければ。
そんな透の呟きに、みんなの視線が集まる。透は慌てて言った。
別に自分たちの中に犯人がいるなんて本気で考えてはいない。だが、わからないのだ。
犯人が本気で皆殺しを考えているのなら、あんな予告状めいたメッセージは残さないはずだ。
警戒するようになってしまうから。
だから、あの予告状は単に怖がらせるためのハッタリだったのだろう。
……ならば、なぜ犯人は美樹本を殺したのか。あれがただの脅しなら、美樹本を殺す必要はない。
もしかしたら、警戒させることでかえって自分から注意をそらそうとしている誰かがいるのでは?
それに対し真理は、美樹本が犯人の手がかりを見つけたのでは、と口にする。
それで犯人に接触して殺されたのだとしたら、美樹本の部屋に手がかりがあるかもしれない。
透、俊夫、真理、それに春子も連れて4人で美樹本の部屋に行く。鍵はかかっていなかった。
ベッドの上には1年前の写真がぶちまけられており、サイドテーブルには三日月館の見取り図が
写った2枚の写真が置かれていた。片方は1階、もう片方は2階のものだ。
何故これだけ別になっているのか? 透は2階の見取り図をよく見てみたが、わからなかった。
その後も念入りに部屋中や手荷物を見たが手がかりになるようなものはない。
真理は何となく気になるから、と見取り図の写真を借りることにした。
やがて春子も疲れたから休みたい、と美樹本の部屋を後にする。
残された3人は2階ロビーに戻り、誰かが廊下を行き来したり部屋を出入りしたりするのを
見張ることにした。万全ではないが、ある程度犯人の行動は押えられるだろう。
ふと真理は2階の見取り図を指差した。その指は2階ロビーを指している。
その南側に、細い区切りがあった。真理が気になったのはこれだったのだろう。
丁度その見取り図の位置、階段を上がってすぐの壁に、扉のようなものがあった。
来たときは壁に札が貼られていたのだと思ったが、そこに扉があったのだ。
よく見ると札は扉の上の壁にだけ貼り付いていてそこからぶら下がっているだけだった。
もしかしたら外に出られるかも、と俊夫が扉を開ける。鍵はかかっていなかった。
中は窓もない狭い空間で、大きなチェーンがぶら下がっている。
透も俊夫もそのチェーンによく似たものを見たばかりだ。あの地下で。
1年前、今日子の動かした仕掛けにより館の中庭は水没したが、内部には一滴も浸入していない。
おそらくあの玄関には、両開きの外側に防水壁が用意されているのだ。
玄関が開かなかったのは防水壁のせいで、それを上げれば扉を開けられるのだろう。
ひょっとすると、外に出られるかもしれない。
だが同時に透は、地下室のときにチェーンを引いたのは俊夫だということを思い出した。
もしかしたら、あの地下室もこの小部屋のことも最初から知っていたんじゃないだろうか……?
俊夫は透たちの返事を待たずにチェーンを引いた。これで防水壁が開いたはずだ。
3人で玄関に向かったが、それでも扉は開かなかった。
押したり引いたりしてみても、開かない。
……そして、応接室の置時計が、12回鳴った。
午前0時。
子の刻になったのだ。
 
147 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/08(金)14:20:30 ID:RdKxBPA50
だが、3人とも生きている、やはりあのメッセージはハッタリだったのだ……。
と、その時、金属の軋むような音が聞こえた。玄関扉からだった。
扉の隙間から水が染み出してきた。扉が軋み隙間ができるにつれ、どんどん溢れてくる。
「逃げろ!」
扉に背を向けて走り出した次の瞬間、爆発音のような音と共に扉が吹き飛んだ。
あと数歩で階段にたどり着く、と思ったとき、巨大な水の固まりがぶつかってきた。
闇雲に伸ばした透の片方の手は階段の手すりを掴み、――もう片方は、真理と繋がっていた。
走り出した瞬間から握っていたらしい手は、握り返す力も感じられず、すっぽ抜けてしまいそうだ。
透は手すりを掴んだ手に力を込めて踏ん張った。その腕を俊夫が両手で支え、引っ張ろうとする。
ぼくを助けようとしているのか?
このままでは、俊夫さんも水に呑まれてしまうかも知れないのに。
……そんな不安にとらわれたとき、片手から――真理を掴んでいた手から、ふっと感触が消えた。
濁流に流されていく真理の姿は、しかし一瞬で見えなくなってしまった。
透は手すりを放して真理を追いかけようとしたが、俊夫がその腕を放さない。
離してくれ、と叫ぶも、馬鹿なことをいうなと叫び返される。透は躊躇った。
そして透は、俊夫の差し伸べた手をしっかりと掴んだ。引き上げられると、2人で踊場に避難する。
透は呆然として真理が消えた方角を見つめた。
ぼくは、真理を、見捨てた……。
真理を、守れなかった。
ぼくは真理を見殺しにしたんだ。
どうしてこんなことに。なんで水が。なんで人が死ぬんだ。なんでぼくは真理を……。
「何で真理を助けてくれなかったんだよ!」
ぼくじゃなくて真理を助けてくれれば、ぼくを行かせてくれてたら……。
透はやり場のない気持ちを俊夫にぶつけるしかなかった。
別に選んで助けたわけじゃない、と怒鳴る俊夫。
その俊夫が逸早く階段の半分まで逃げていたことに、水が流れてくると知ってたんじゃないか、と透。
だから自分だけ早く階段に戻れていたんじゃ、と。
だったらどうして透を助けるんだ。いい加減にしろ。大体真理が流されたのは透が手を放したせいだ。
彼女を守ってやれなかったのはお前の責任だろう。俺なら、守ると決めたら最後まで守り通す。
……その通りだっただけに、そんなことをいう俊夫が憎くて憎くて仕方がなかった。
「……その守る相手から捨てられたくせに」
どういう意味だ、と俊夫は顔色を変え、透の胸倉を強く掴む。
みどりとは離婚したんだろう、真理が言ってた。……そう答えると、俊夫の力が緩んだ。
俊夫は離婚のことは誰にも話していなかったのだ。
透はもう1度真理が流された方を見た。なぜ真理が離婚のことを知っていたのか……?
そのとき、少し緩やかになった流れに乗り、何かが玄関から入ってきた。
人だ。
一瞬真理かと思ったが、それは男だった。死んでから長い時間が経っているようには思えない。
それは最近、いや、ついさっきかも……。
2人は流れてゆく男の死体を呆然と見送った。
水かさが上がる勢いは止まらず、踊場も水浸しになりそうだったので、2人は2階へ避難した。
1階が完全に水没してしまう。透はそれを絶望的な思いで見ていた。
真理がまだ生きていたとしても、溺れ死ぬのは時間の問題だ。
しかし、透に出来ることは何もなかったのだ……。
 
148 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/08(金)14:21:08 ID:RdKxBPA50
突然、館が闇に包まれた。
水でどこかショートした結果、停電になってしまったのだ。
俊夫は地下水路でも使っていたペンライトをつけた。
ささやかな光ではあるが、わずかな希望を示してくれているようにも思える。
それにしても、他の皆はどうしたのだろうか。
何かあったのかもしれない。行ってみるにしても武器もなしで行くのは危険だ。
そう透がいうと、俊夫は何もないよりはマシだと折り畳みナイフを手渡した。
俊夫はペンライト以外には何も持っていない。何とかなるから気にするな、と。
おそらく俊夫は犯人ではないのだ。彼が犯人だったら、暗闇に紛れていつでも透を刺せた。
そして逆に、透を疑っていたらナイフを持たせて後ろを歩かせたりはしないだろう。
俊夫が信じてくれるということが、透に俊夫を信じさせた。
あるのは頼りない光とちっぽけなナイフ。だからこそ、信じ合わなければ生き残れない。
生き延びて、真理を助け出したい。もし真理がすでに死んでいるのなら……惨劇の張本人を殺してやる。
そんな暗い決意と共に、足を前へと進めていく。
まずは7号室、可奈子の部屋。鍵はかかっていない上、声をかけても返事はなかった。
部屋の中を照らすと、空中に浮かんでいる何かをライトが捉えた。
ゆっくりと上に動かすと……透たちよりも頭一つ高い位置に、可奈子の顔があった。
足は宙に浮かんでいて、椅子が横倒しに倒れている。
……自殺?
美樹本の後を追ったのだろうか。だとしたら……。
急いで部屋を飛び出し、啓子のいる2号室に向かう。嫌な予感がした。
……予感は、的中した。
まるでさっきの繰り返しを見ているかのようだった。
全身の力が抜け、その場に崩れおれる。
美樹本を追った2人と、真理を追わなかった透。どっちが正しいのだろう。
わからない。けれど、生きていて欲しかった。みんなに、生きて……。
俊夫が透の肩に手を載せる。
そう、まだ春子が残っている。その生死を確かめなければならない。
3号室の前。俊夫がナイフを持っているか小声で聞いてくる。
最後に残った春子は、犯人の可能性が高い――!
透がナイフを握り締めるのを確認してから、俊夫は扉を開けた。
……誰もいない。いったいどこに行ったのか?
2人はドアを閉め、耳を澄ませる。2階のロビーの方から水の流れる音が聞こえるだけだ。
だがそのとき、廊下の奥の方から扉が開く音が聞こえた。
それと同時に、何かをしたたらせる音と共に誰かの歩く音が聞こえてくる。
俊夫が廊下の奥にライトを向け、透はナイフを強く握り締め、構えた。
よろよろと歩く人影が2人の目に映った。
もし、春子さんだったら?
警戒しながら相手が近づくのを待ち構える。
それは……真理だった。
 
149 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/08(金)14:21:58 ID:RdKxBPA50
透は真理の名を呼ぶとナイフを放り出して真理の元へかけだした。
透の名を呟いて倒れこむ真理の身体を抱きとめる。
その身体はびしょぬれで、ひどく冷え切っていた。
真理はか細い声でなにかを言ったが、聞き取れない。
真理は震えながらゆっくりと腕を上げ、手を開く。その手には2階の見取り図の写真がのっていた。
「物置……」
物置がどうかしたのか、と聞き返すと、
「……春子さん……」
そういった瞬間、真理の首が透の胸にもたれかかった。身体全体がずしりと重みを増したようだ。
真理の名を繰り返し呼んでもぴくりともしない。
だが、わずかな呼吸が感じられた。死んだわけではないようだ。
一体どうやって、真理はあの浸水から生き延びたのだろうか……?
真理のぬれた身体を拭くものはないかと辺りを見回したとき、いつの間にか俊夫の明かりが、
俊夫自身がいなくなっていることに気がついた。
俊夫の名を呼ぶが、返事はない。
闇の中、誰かが目の前に立っているのがわかった。
……俊夫じゃない。

「あんた……なんで生きてるんだ……」

透はそれだけしか口にできなかった。
コートを着た人影は風切り鎌を持っていた。
透はそれをただ呆然と眺めていた。

ゆっくりとその鎌が振り上げられ、
   そして――風を切る音が聞こえた。

                終

          No.36 なぜ生きてるんだ?
 
150 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/08(金)14:25:07 ID:RdKxBPA50
第1回透編終了。
ちなみに前回の*1と今回の*2は第2回以降の透編を始めるポイントなので今は気になさらずに。

そして今更ながらにどうでもいい訂正。
19号室(前回の正岡部屋)は角部屋で番号はついていません。
 
203 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:33:17 ID:n9yfIdvi0
(主人公選択→俊夫)

8月15日 18:00

前作の真相が明かされた場所である湖の小屋に俊夫は佇んでいた。
去年この場所で聞いた、みどりのひき逃げ事件の告白。
事故を起こした過去は変えられない、みどりはそう言っていた。
過去は変えられない、運命から逃れられない。
だが、運命と思っていたことが偶然の積み重ねで、偶然と思っていたことが偶然ではなかったら?
『みどりさんの交通事故は、不幸な偶然がいくつも重なって起きたものです』
電話をしてきた際の透の言葉。確かにいくつもの偶然が重ならなければあんなことにはならなかったのだ。
なぜ河村亜希は山ほどあるペンションの中からシュプールを選んだのか?
なぜ一人でシュプールに行こうとしたのか?
亜希は今日子が、母親がいることを知っていたのか、それとも誰かがシュプールに呼び出したのか……。
みどりの罪は変わらないが、何が偶然で何が必然だったのか、それがわかるだけでみどりの重荷は
少しは軽く出来るはずだ。それを調べることがみどりにできる最後の愛情表現だと俊夫は思った。
必ずこの謎を突き止めてやる――ポケットから取り出した結婚指輪に誓いを立てる。
と、涙に震えた指から指輪が滑り落ち、床扉の隙間へと転がり込んでしまう。
床扉の中を覗きこむと、鉄梯子が闇の中へと続いていた。
ペンライトを取り出して鉄梯子を降りると、ゴミのようなものが積み上げられた小部屋が広がっている。
奥には鉄扉があったが、押し引きしても微塵も動かなかった。
床に明かりを向けると、錆び付いた缶詰などのゴミに紛れた指輪が明かりに反射した。
それを拾い上げてシャツで汚れをぬぐい、上へと戻る。すると俊夫は送迎船の船長に声をかけられた。
去年は大変だったということ、館の再建についてのこと、館の宝のこと、伊右衛門の怨念のこと。
それらを勝手に喋ると、また悪いことが起きなければいいが、とぶつぶつ言いながら船長は去っていった。
……過去の事件もすべて怨念とやらの仕業だったとでも言いたいのか?
だったらどんなに気持ちが楽になることか。俊夫は小屋を出た。
ハーバーに戻ろうとした船長がコートを着た謎の人物と話しているのを見かけたが、単なる船長の知り合い
だろうと気にも留めずに館へと向かう。
同じ季節、同じ館、同じ玄関。隣にみどりがいるような錯覚が、玄関からキヨに化けた今日子が出て
来そうな気がする。
春子に出迎えられた俊夫は12号室の鍵をもらい、部屋へと向かう。
来たくもない場所に訪れたことに心身共に拒絶反応を示しているのか、妙に疲れていた。
俊夫はみどりのことを想う。みどりは懲役2年、場合によれば1年で出てこられるかもしれなかった。
10年でも20年でも俊夫は待つつもりでいた。だがみどりは離婚届を差し出して……。
「あなたが辛くなくても私が辛いのよ!」
罪を償うのは自分。俊夫にまでそれを背負わせたくはない。俊夫には幸せになってほしい――
みどりと別れて幸せになれるわけがない。だがみどりは、これ以上自分をひどい女にしないでという。
待たれるのが辛い。罪を負わせるのも、不幸にするのも……。
 
205 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:34:44 ID:n9yfIdvi0
……ここまで来たからには、必ず何かを掴むまでは帰れない。
俊夫はウイスキーのポケット瓶を取り出し、景気づけに一口口に含んだ。
もう一口飲みかけて、今は酔っている場合じゃないと下に降りる。
応接室には啓子がぽつんと座っていた。可奈子はと聞くが、2階にいるだけと告げられた。
特に話をする雰囲気でもなかったので、ソファにくつろいでみんなを待つことにした。
紅茶を持ってきた春子がもうすぐ夕食だというと、啓子はもうすっかりおなかペコペコだと口にした。
相変わらずの食い気だな……と言いかけたが黙っておくことにした。
美樹本が応接室にやってきた。可奈子はうねりが気分が悪くて休んでいるという。
美樹本は自家用の船(クルーザー)でやってきたと啓子から聞いていた俊夫は、
お前の操縦がヘタだからじゃないのか……と言いかけたが黙っておくことにした。
今日は不思議と美樹本に反感を覚えてしまう自分に俊夫は気付く。自分とあまりにも違うから……
じゃない、みどりがいないからだ。みどりがいないと自分はどんどんダメ人間になっていく。
いつの間にか立ち上がっていたついでにトイレに行き、冷たい水で顔を洗う。
さっぱりとした気分で応接室に戻ると、今度は透がやってきた。
可奈子がいないことに気付き訝しげな顔をし、部屋で休んでいるといわれて少し残念がっている透に、
真理だけでなく可奈子にも気があるのか……と言いかけたが黙っておくことにした。
置時計が7時を告げると同時に香山が応接室に現れ、食堂へと移動する。
香山が供養の経緯などを説明し始めたが、ほぼ全員春子の作った精進料理に夢中になっていたため
誰も聞いてはいなかった。
目の前にあるおいしそうな料理も、このところまったく食欲のない俊夫にはどうでもいいことでしかない。
説明にも料理にも興味を持てなかった俊夫は少しずつ食べる素振りを見せながらみんなの様子を観察する。
味覚がおかしくなってしまったのか、料理はうまいともまずいとも感じなかった。
だが、豆腐と海苔をうなぎに見立てた料理に関しては言われてみれば豆腐だと分かったので、味覚が完全に
失われたわけではないようだ。ただ、食べることの喜びがないだけで。
香山のくどくどした説明が終り、よく復元できたと感心すると今度はそれについての説明を始めた。
暖炉はそのまま使えたがシャンデリアはふっかけられただの、わざわざ元通りにしたのはお盆に死んだ
人間が返ってきやすいからだのと説明する香山は本気でオカルトを信じているようで、いよいよ頭が
おかしくなってしまったのではと俊夫は思った。
ドアの札の説明にしても、他のみんなも信じていないようで、自分の方がおかしいわけではないようだ。
可奈子が自分のアシスタントをしているということに何のアシスタントなんだかとむかついてみたり、
透が春子の料理に対して余計なことを言ったり、春子が香山を見る目つきが何だか妙なものに思えたり
していると、香山に食欲がないのかと話をふられた。
みどりのことを思い出し、口から勝手に言葉がついて出てくる。夏美を想う香山も同様だった。
考えても仕方のない可能性。巻き戻せない過去。でも、口にせずにはいられない――
俊夫は透に問う。みどりが買いだしに行くことになった理由はなんだったか覚えているか、と。
さあ、という無邪気な返答に殺意を覚える。元はといえば、買出しを頼まれていたのは俊夫だったのだ。
それが、興味本位で地下室を覗いた透が階段から落ちて捻挫。その世話をしていたため、みどりが……。
地下室、というヒントに透は何かを思い出したような顔をした。
……あの日のこと、ではなく、ワインセラーで拾った鍵について。
こいつ一体、何言ってんだ?
財宝がどうとかいう話に香山まで身を乗り出しているのを見て俊夫は怒りよりも呆れた。
あんな凄惨な事件の発端に関わる話よりもうさんくさい財宝話の方が大切だとでもいうのか?
どいつもこいつもまったく、とわめき散らしそうになったが、こらえた。わめいても過去は変わらない。
 
206 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:36:35 ID:n9yfIdvi0
真理が電話についての質問をした。話を聞いてないのでなんでそんな話になったのかはわからない。
前は電話は使えなかったが、管理室にひいた電話か丘の上まで行ってケータイを使えばかかるらしい。
今度は啓子が部屋の鍵を無くしてしまったと言い出した。
予備の鍵はないし、祈祷のために部屋を変えるわけにもいかない。
1つしかないマスターキーを啓子に渡すことに春子は反対の意を示したが、香山は透ならともかく
女の子の啓子なら別にマスターキーを持っていても大丈夫だと言った。
俊夫としてもマスターキーを渡すならば部屋を替えろと想ったが、誰も文句を言わないので黙っている
ことにした。どのみち大したことではない。
春子が各人の希望を聞いて食後のお茶を用意する。香山は夏美が好きなカモミールティーを淹れて
もらい、夏美の写真と線香立てをその隣に並べた。
一瞬それが去年の河村亜希の遺影を見たときの光景を髣髴とさせてぞっとしたが、香山はまったく
意に介していないようだった。
食堂に香山の熱唱が響き渡る。
「わしの会社は実力主義や」
「そやから、不況なんかはどこ吹く風や」
「そやけど、なあ夏美……わしも、わしも、ほんまはさみしいんや」
俊夫はそこで真面目に聞くことをやめた。
食後の片付けは透がやることになり、俊夫はさっさと2階へと上がっていった。
館の陰鬱な空気に息苦しくなり部屋で飲み直そうと思ったが、かえって辛気くさくなりそうで躊躇われた。
少し外の空気でも吸って気分を変えた方がよさそうだと、少々遠回りになるが西の物置部屋へと向かう。
反対の角部屋には間違っても行く気にはなれない。
だが、物置部屋のドアにはお札が貼ってあった。ノブを回してみたが開かない。
ふいに、どこからか食堂で焚いた線香の匂いが漂ってきた。気分を滅入らせていたのはこの匂いか?
仕方なく部屋に戻りベッドに寝転がる。俊夫は透が見つけた鍵のことが気になった。
宝はどうでもいいが、岸猿家のものと思われる鍵がシュプールにあったことが引っ掛かる。
今日子さんが持っていたのだろうが、1年前の事件と何か関連があるのだろうか?
と、そこでノックの音がした。真理だ。
俊夫が仕事をしていないのであればシュプールを手伝ってくれないか、と真理。
透がいるじゃないかというと、透は夏休みが終わったら戻ってしまうから、と返ってくる。
「……透くんがどう思うかな」
「今は透のことはどうでもいいの。私、俊夫さんのこと本気で――本気で、心配してるんですよ」
そのとき、廊下から何か物音が聞こえたような気がした。外を見るが、誰もいない。
真理は、シュプールのことを考えておいてくれと言い残して部屋から出て行った。
親切で言ってくれているのは分かっていたが、そのおせっかいさに腹も立った。
自分は物乞いではないし、今は仕事だの金だのよりももっと大事なことがある。
俊夫は荷物の中からスクラップブックを取り出した。1年前の事件や三日月島に関連するものの記事だ。
その中に、『網曳村で行方不明。菱田喜代(70)。事件との関連を調査中』という記事があった。
菱田喜代と菱田キヨ。今日子は架空の老婆を創造したと言っていたが、実際は同じ名前の地元の老婆が
行方不明になっていた。今日子が菱田喜代を殺し、すり替わっていたのか?
だが、今日子が殺そうとしていたのは亜希をひき逃げしたみどりだけ。
結局関係ない2人の人間を殺害する羽目にはなったが、必要以上に殺人を犯そうとしたとは思えない。
今日子は嘘をついたのか? 亜希も今日子が呼んだのか?
……いや、呼び出すぐらいなら自分から会いに行くだろう。亜希を呼び出したのは、別の人物に違いない。
それは小林かもしれないし、村上かもしれない。この2人によるものなら、死んだ今は何も分からない。
しかし今回の宿泊者の誰かである可能性もある。……諦めるわけには行かない。
シュプールで見つかった岸猿家の鍵が、これらの謎を解く鍵にもなるのではないか? そんな期待をした。
鍵が気になった俊夫は香山を訪ねてみることにした。香山ならどこの鍵か見当もつくだろう。
だが、香山は留守だった。もう財宝を探しに行ったのかもしれない。
俊夫は2階に戻り、香山が帰ってくるのを待つことにした。
 
207 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:37:13 ID:n9yfIdvi0
物思いにふけりながら2階ロビーで見取り図を眺めていると、お菓子を抱えた啓子に声をかけられた。
すすめられたお菓子をつまみながら二言三言言葉を交わしていると、香山と共に地下室に宝探しに
行っていたらしい透が1階から上がってきた。今なら香山が部屋にいると聞き、下へと向かう。
と、階段を降りるとき、1階西側の方でコートを着た人物が走っていくのが見えた。
こんな時期に館の中でコート? と思いながら人影が去った方角を見る。誰もいない。
香山だろうか、と突き当たりの食堂の扉を開けたが誰かがいるような気配はなく、思い過ごしかと
改めて香山の部屋へと向かった。
しかし、さっきと同じでドアには鍵がかかり、返事も何も返ってこなかった。
2階に戻るとロビーに啓子と透、さらに春子がいた。
香山の居場所に心当たりはないかと聞くが、春子は知らなかった。
祈祷をすると言っていたからには部屋にいるはずなのだが、と透。
まさか、去年と同じことが? ……そんな嫌な空気に包まれ、啓子が「まさか……ね」と呟く。
そこで透は啓子がマスターキーを持っていることを思い出し、それで開けてみることを提案した。
単純に寝てしまったなどという理由で何事もなければまた閉めておけばいいだけの話だと。
透は何か取り返しのつかないことが起きているのではないかと恐れているのだろう。
俊夫も同感だった。それに、もしかすると香山は重大な何かを見つけたかもしれない。
4人で急いで香山の部屋へと向かう。1階へと降りていくその様子を、美樹本が見ていた。
香山の部屋のドアの前で念のためノックをして呼びかけるも、返事はやはりない。
透が啓子が差し出したマスターキーを鍵穴に差し込んだが、なぜか回らなかった。
もしかしたら管理人室だけはマスターキーでは開かないのかもしれない。
俊夫はドアを破ろうとしたが、去年それが出来たのは扉がちゃちなスライド錠だったからだと
透に止められ、彼が物置に行って取ってきた古びたツルハシを使ってドアに穴を開けることにした。
ドアノブ近くにツルハシを二度、三度と叩きつけると板がボロボロになり、開いた穴に手を突っこんで
掛け金を外す。開いたドアから中に入りざっと見回したが、香山の姿はない。
透と俊夫は同時に襖を開けた。
香山が祭壇の前で横たわっている。髪の薄い後頭部から赤黒いものが流れ出しており、傍らには
血がべっとりとついたクリスタルの大きな灰皿が転がっていた。春子がひいっ、と声を上げる。
透は声をかけたり揺さぶったり脈を取ったりしてみたが、反応はない。
死んでいるみたいです、と透が言うと、春子は透を押しのけ、香山の身体を揺さぶった。
警察に連絡しようと取り上げた部屋の電話は通じなかった。ケータイも圏外だ。
丘の上ならケータイが使えると香山が言っていたことを思い出し、他のみんなへの連絡は透に任せて
玄関へと向かった。だが、玄関のノブを押しても扉はびくともしない。押しても引いても駄目だった。
下りてきたみんなに玄関のことを告げ、全員で押してみるもそれでもびくともしない。
犯人が逃げるときに細工したのだろうか?
となると後は2階の角部屋の窓だけだが、窓の下の剣山がそれを許してはくれない。
香山が何者かに殺されたと聞いた可奈子は、だからこんな島には来たくなかったんだと叫び
上に上がっていってしまった。慌てて美樹本も後を追う。
犯人がうろついているかもしれないのに無闇に動き回るなんて、一体何を考えているんだ。
犯人が逃げた可能性もあるが、とにかく明るくなるまで身の安全を確保する必要がある。
俊夫は館の中を調べることを提案したが、真理は危険だと首を振った。
だが、このまま犯人を見逃すつもりはない。香山のような犠牲者をこれ以上増やすわけにはいかないし、
なぜこんなことをしたのか問いたかった。
美樹本が1人で1階に戻ってきた。可奈子は部屋に閉じこもってしまったようだ。
また同じように事件が起きてしまったのだから無理はないが、1年前、みどりから目を離した隙に
みどりが危うく凍死しかけたことを思い出し、この状況で1人になるのは危険に思えた。
1人で2階に残すことは躊躇われたが、香山の部屋に行くまでは啓子が、行った直後からは美樹本が
それぞれずっと2階のロビーにいたため、不審人物は2階にはいないはずだった。
となると、犯人は1階にいることになる。……その言葉で俊夫は思い出した。
あのとき西側に走っていった人影――まるで『かまいたちの夜』に出てくる田中みたいだった
あの謎の人影のことを。
 
208 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:38:43 ID:n9yfIdvi0
念のために調べてみようという話になり、女性陣を玄関前に残して男3人だけで行くことにする。
俊夫は折り畳みナイフを、美樹本は素手を武器にする。透は武器がない。
だが、透には武器や体力がなくても観察力や洞察力という能力を持っている。
俊夫はそのおかげで1年前にみどりの命が助かったことを、今でも感謝していた。
3人で西側に向かい、1つずつ確認していく。受付室、応接室、空き部屋3つ……。
応接室以外には2階の空室同様に札が貼ってあった。
念のため唯一使っている応接室を開けてみたが、誰の姿も隠れている気配もなかった。
空き部屋には鍵がかかっており、札を剥がした様子もなかったので部屋の出入りはないと証明された。
食堂も調べてみたが、なにも見つからなかった。あのときしっかり調べていれば……。
と、そのときロビーから悲鳴が上がる。まさか!?
……と思ったが、啓子がヤモリに驚いただけだった。女の子なので大目に見ておく。
俊夫が人影を見た後に1度2階まで来ていることから、その間に東側にいった可能性を考慮して
今度は東側を捜しに行く。
女性陣には可奈子を説得して一緒に応接室で鍵をかけて待っていることになった。
再び女性陣と別れ、男性陣は東側の廊下へと向かう。
洗面所、空き部屋3つ、管理人室、厨房、物置スペース……そして、地下室。
透は香山と見つけたあの秘密の地下室を思い出し、2人に告げた。
管理人室から懐中電灯を拝借し、地下室を探る。異常は何もなかったため、透と香山が見つけたという
開かない鉄扉の前まで探索していった。
何で開かないんだ、という美樹本の言葉に俊夫は思い出す。湖の小屋にも似たような地下室があったのを。
小屋の地下室同様に天井から錆び付いたチェーンがぶら下がっているのに気付いた俊夫は、
この鉄のチェーンに何か意味があるんじゃないかと思いっきり引っ張ってみた。
扉の向こうから何かが動く低い音が聞こえ、もしかしたらと美樹本が扉に近寄り、押し開ける。
湿った空気と腐敗臭が奥から流れ出してきた。どうやら下水道に通じていたらしい。
左側にはほとんど水のない水路。正面の壁に、「湖」と刻まれた文字。床には「海」だ。
透は1年前の事件で館を水没させるために使われた仕掛けのことを口にした。
おそらくこれらは丘の上の湖から中庭の泉に通じる水路で、仕掛けを動かすと「湖」から水が、
「海」から海水が流れ込んでくるのだろう。
俊夫は納得した。ここが閉じられているから泉の水が涸れていたのだと。
美樹本がここから出られるのではと言い出した。湖や海側は無理だが、中庭になら……。
左側の水路は中庭の泉に続いているかもしれない。3人は調べてみることにした。
しかし、すぐに鉄格子の柵に阻まれ、それ以上向こうには進めなくなってしまう。
鉄格子に人の通れる隙間はないかと近づこうとした透が、誰かがそこにいることに気がついた。
……それは、死体だった。ほとんど白骨化しており、においはそれほどきつくはない。
俊夫はポケットからペンライトを取り出し、周囲のゴミをどけて死体の全貌を眺める。。
服はボロ切れのようになっているが、着物のような感じ。髪の長さから見て女性だろう。
相当に小柄な女性だ。そして、死体の片足が折れていた。いずれにせよ相当昔のものらしい。
俊夫の頭に、例の記事が浮かぶ。菱田喜代。
喜代とキヨ。シュプールで見つかった鍵。絶対に何か関係があるはずだ。
その答えはコートの人物にあるのではないか?
この死体がもし菱田喜代のものだとしたら、あのコートの男は一体……?
常に誰かに見られているような気がするのは自分だけだろうか……。
ここから出る方法はない。他の場所を調べた方がいいと、3人は戻ることにした。
地上に戻るまで俊夫はずっと上の空だった。犯人がどこから逃げたのかということも、誰が香山を
殺したのかということも、どうでもいい。
ただ、この事件の謎を解けば、1年前の謎に近づくことが出来るのではないか……そんな予感がした。
(3人が去った後に地下室のバルブのある扉からコートの男が出てくる)
 
209 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:39:38 ID:n9yfIdvi0
香山の部屋の前まで戻ってきたとき、俊夫は少しでも手がかりを探そうと言い出した。
美樹本も確認したいことがあると管理人室へ入っていく。先程1回調べに来た際に透から
マスターキーでは鍵が開かずに仕方がなくぶち破ったことを聞いていた美樹本は、管理人室の
鍵が置いてあるかどうかを確かめたかったのだ。
管理人室の鍵は壁にかかっていた。ということは、外から鍵はかけられなかったことになる。
死体発見後に犯人がこっそり戻したのかと思ったが、1階のどこにも犯人がいない以上は無理だ。
管理人室の鍵がすり替わっていた可能性も、壊れた扉のロックバーが出たことから否定された。
そもそも鍵本体とタグを繋ぐチェーンはかなり固く、ペンチでもないと簡単には外せそうにない。
マスターキーで開けられないのなら、この鍵を使うしかないのだが……。
美樹本は他殺を疑い、自殺や事故ではないかと言い出した。俊夫はそれに対しこの部屋に抜け穴
でもあるのではと言い出したが、そんなものはどこにもない。
抜け穴はない。そう確信したとき、俊夫は思いもよらないものを見つけた。
それは赤いマジックで文字が書かれた紙切れだった。

ネノコクマデニ ミナシヌ
ココカラ タチサルコトハ
デキヌ

意訳:今夜、12時、誰かどころか全員が死ぬ

これを書いたのは香山を殺した犯人だろう。犯人は皆殺しを企み、その最初の犠牲者が香山だった。
そのことをはっきりと示すための書置き……そんなところだろう。
だが、美樹本は香山が書いたのではなどと言い出した。流石にそれは撤回したものの、これ以上は
何もせずにここから出る方法を探ろうということだけは譲らない。
1年前、犯人を見つけようとして目をギラギラさせていたこいつはどこにいったんだ?
2人の口論を見かねて割って入ってきた透の提案で玄関の扉に地下室のような仕掛けはないかと
探ってみたものの、何もない。3人がかりでもやはり扉は開かない。
美樹本はついに窓からロープか何かを使って外に出る方法を考え出したが、透は危険だと止めた。
皆殺しにされるのを待てというのか、という美樹本に対し、透を責めてどうすると俊夫は透に加勢する。
とりあえず待っている女性陣に結果報告をしようと戻ろうとしたところで、美樹本は例の紙切れの
ことは黙っておいてくれと2人に頼み込んだ。可奈子をこれ以上不安にさせたくはないのだ。
そういうことか、と俊夫は納得した。この館から逃れることにこだわるのも彼女のことを思っての
ことなのだろう。それに、可奈子が騒げば女性陣に伝染するかもしれない。2人は了解した。
誰もいなかったし、逃げられもしなかった。そう告げると、真理が犯人が逃げられず見つからない
のではまだこの館のどこかにいるのか、と訊いてきた。透がそれに答えようとするも、口ごもる。
あの紙切れのことを話さずに説明する言葉が見つからないのだろう。
「この中の誰かが殺したのかな……」
啓子がポツリと怖いことを言ったので、全員が顔を見合わせる。
俊夫は啓子に本当にずっと2階ロビーにいたのかどうかを確認すると、この中の誰かが犯人とは
考えられないと断定した。透と別れ、俊夫が部屋を訪れるまでの短い間には皆アリバイがある。
だが美樹本は、透と俊夫なら香山を殺すことができると言い出した。鍵の一件もある以上2人が
犯人とは言い切れない。ただ、アリバイは証明できないだけだと。
結局あの密室の謎が解けない限り、アリバイを証明しても無駄なのだ。
あの紙切れがある以上、どう考えても香山は誰かに殺された。ならばアリバイのない自分たちが
疑われるのは仕方がない。
もちろん俊夫自身は犯人ではない。だが、透は? もしあの人影が見間違いだったら、チャンスが
あるのは透だけだ。
しかし動機がない。どう考えても透が殺したとは思えない。
と、いきなり透が苦しい推理を披露し始めた。
香山は部屋の外で殴られ、中に逃げて鍵をかけた。その後息絶えたのなら密室の謎は解ける、と。
だが、ならばどうして凶器の灰皿が香山の傍に転がっていたというのだ。
透はその疑問に犯人がドアを閉める寸前に投げつけたのではと答えたが、それはその後香山がわざわざ
灰皿の傍まで歩いていってから倒れたことになるので無理がありすぎる。
自分に疑いが持たれないように必死になっている。……そんな風に思えた。
 
210 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:40:18 ID:n9yfIdvi0
透が犯人だという確証はない。密室の謎が解けなければ誰が犯人ともいえないし、人影が見間違えと
決め付けるわけにもいかないのだ。
マスターキーであそこが開きさえすれば、謎でもなんでもないのだが……。
マスターキーで開けられない鍵があるなんてマスターキーと言えるのか、と真理が呟く。
俊夫は可能性の1つとして鍵の細工をあげたが、啓子はそんなことはしていないと怒り出した。
突きつけられたマスターキーを念入りに観察し、細工がないことを確認する。
すると透が、啓子の持っている鍵で啓子の部屋を開けられるかどうか、確かめてみようと提案した。
全員で啓子の部屋の前に行き、鍵を試す。扉を開けるときに細工をしないとも限らない、と他の者に
試してもらうことにし、鍵を受け取った春子が鍵を開けることになった。
鍵は開いたが、それだけではマスターキーの証明にはならない。別の部屋も開けられてこそのマスターだ。
春子は少しもたつきながら、隣の部屋の鍵穴に鍵を差し込んだ。
ロックの外れる音がし、春子は札が剥がれないよう注意しながら少しだけドアを開けて見せた。
(*3)
少し面白がった口調で納得したか、と訊く啓子に、俊夫はその鍵がマスターキーであることは
認めたが、マスターキーの分疑わしかったのがみんなと同じになっただけだと答えた。
真理は犯人はもう逃げてしまったのではと口にする。だが、あの予告状がある限りは犯人がどこかで
皆殺しの機会を虎視眈々と狙っているかもしれないのだ。
いつまでもごまかしきれるものではない。俊夫は美樹本の制止を聞かずに例の紙切れを全員に見せた。
隠しておいたことを全て話すと、可奈子がこの島は呪われているんだ、と頭を抱えて叫んだ。
美樹本は可奈子をそっと抱き寄せながら、この島や館には忌まわしいものを呼び寄せる力が
あるのかもしれないと言う。ここでたくさんの血が流されたという事実が人を惑わせるのではないか。
予言の自己成就。血塗られた歴史を持つ島に、また誰かが殺されるのでは……そう誰かが強く思っていた
ことが、今回、あるいは去年の事件の根っこにあるのかもしれない、と。
馬鹿馬鹿しい、呪いとどう違うんだ。偉そうな言葉遣いにむかむかした。こいつは一体何様のつもりだ?
吐き捨てる俊夫に、美樹本は続ける。オカルトとは違うのだと。
思いや言葉の力は強い。この島にまた来ることに誰もが不安を感じていたはずだ。
全員がそうならば不安は増幅し、その中の繊細な誰かが殺されるのは自分だと――
夏美のことで逆恨みした香山に殺されるのではと思い込んだとしたら?
この中の誰もが去年の事件で傷つき、罪の意識を抱えている。だから、そう感じたとしても
おかしくはない……。
なぜか、俊夫の胸がずきりと痛んだ。
今日子も村上も、小林も死んだのだから、自分たちが罪の意識を感じる必要はない。
だが美樹本は、事件を食い止められなかっただけでも多少は後悔する。今日子と親しければ尚更だ。
それに、すべての元凶であるみどりの夫である俊夫なら、特に――
俺が……罪悪感を……?
俊夫は目の前がさあっと赤くなるのを感じ、気がつくと声を張り上げていた。
俺が罪悪感を感じているなんて冗談じゃない。みどりだって、去年の事件の責任までとる必要なんかない。
どうして俺が香山さんに……。
「分からないって言うのか?」
美樹本は目を細め、冷酷な口調で続けた。。
俊夫はみどりが河村亜希をはねたあの夜も、その後もずっと一緒にいたなのに何一つ知らないで彼女と
つきあっていた。
もしかしたら俊夫はみんなを救えたかもしれない。みどりの異変に気づき、すべて聞き出して自首を
勧めていれば、夏美や今日子、それにみどり自身も。
「そんなふうに後悔したことが一度もないんだとしたら、君にはおよそ想像力というものがないと
いうことになるんじゃないか?」
……誰かが何かを言っていたが、俊夫には聞き取れなかった。
 
211 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:41:33 ID:n9yfIdvi0
もうそれ以上黙って聞いていられなかった俊夫の右手が、美樹本の顔に向かって飛んでいた。
もう一発――と、殴りつけようとした美樹本の姿が一瞬消え、身体全体に衝撃が走る。
かと思うと、俊夫は床に四つんばいになっていた。腹を……殴られたのか?
真理らしき声を遠くに聞きながら、腹からこみ上げる苦痛と共に、美樹本の言葉が頭の中で繰り返される。
俺はみどりを救えた……俺はみどりを救えた……。
たまらなく、惨めだった。
大丈夫かという透の声で我に返る。
情けなくて、惨めで、そして――恥ずかしかった。
紅茶を淹れるという春子の声、手伝うという真理の声……足音と話し声が遠ざかるまで、俊夫はずっと
顔を背けていた。それらが聞こえなくなると壁ににじり寄り、天井を仰ぎ見る。
美樹本は何か格闘技でもやっていたのだろう。ああも簡単にやられるとは。
あまりにも情けない自分の姿を想像するとおかしくなり、しばらく笑い、涙を流した。
洗面所に立ち寄り、顔を洗い流す。必要もないのに抱え込んでいて重荷になっていた何かがなくなった
ような気分だった。
透たちがいるはずの応接室に行くと、そこには透と真理しかいなかった。
真理たちが淹れてくれた紅茶を飲みながら、しばし先程のことを話す。
カップの紅茶を半分ほど飲んだところで俊夫は立ち上がった。気分がよくなったことでじっとして
いられなくなったのだ。
もう1回見て回ろう。何か見落としているところがあるかもしれない。
俊夫はコートの男が気にかかり始めていた。あれはやっぱり見間違いではない気がする。
あれは館の中の誰かだったのか? それとも――
身体を動かしながら考える。トイレをもう一度覗き、そして食堂へ――
食堂の扉を開けると、奥に誰かがいるのが目に入った。テーブルの1番向こう、床の上で仰向けに
横たわっていたのは――美樹本だ。胸には、風切り鎌が突き立っている。
その身体にはまだぬくもりがあった。たった今、誰かが美樹本を殺したのだ。
はっとして食堂中を見渡すが、誰もいない。
と、美樹本の傍らに何か白いもの……二つ折りにした小さな紙切れが落ちていた。
開いてみると、赤いマジックのようなもので字が書きなぐってあった。

      ツギハ オマエダ

それを見てすぐに思い浮かんだのは、あの紙切れだ。
美樹本と香山は同一犯か? 美樹本を殺す理由は? 美樹本は犯人と接触したのか?
俊夫は紙切れをポケットにしまった。この紙切れのことはまだ誰にも知らせない方がいいと思ったのだ。
とにかく今は美樹本が死んだことをみんなに伝えなければならない。
だが、凄惨な死体をこのままにしておくことは躊躇われたため、鎌を抜いておくことにした。
食堂を走り出し、応接室に飛び込む。そしてそこにいる2人に、美樹本の死を告げた。
死体を見た2人はまさか、と俊夫を疑う。確かにさっきのことがあるし、第1発見者だ。
だが、断じて自分ではないと否定した。
2人は可奈子のことが気になり、食堂を飛び出していく。
残された俊夫は、透が不思議そうに呟いていた言葉について考えていた。
ここには透がいる応接室の前を通らないと来れないのに、犯人も美樹本も、どうやってここに来たのか?
突然現れた美樹本の死体に、俊夫は去年の事件の河村亜希の遺影のことを思い出す。
短い停電の間で突然現れ、消えていた遺影……。
と、可奈子が食堂に飛び込んできた。美樹本の名を呼んで駆け寄り、すがりついて泣き始める。
俊夫はとても見ていられず、顔を背けた。
やがて啓子もやってきて、泣きじゃくる可奈子にそっと近寄る。今にも泣き出しそうな顔の啓子は、
可奈子には触れずに離れたところでじっと見守ることにしたようだ。
そこに真理と春子、透が戻ってくる。また全員が揃った。――1人は、死んでしまったが。
可奈子はともかく、他のみんなはいつまでもこんなところにいたくはないのだろう。
それぞれがゆっくりとした足取りで食堂から出て行こうとする。
 
212 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:42:36 ID:n9yfIdvi0
しかし、俊夫はみんなを引き留めた。
話なら応接室で、という透に、できればここで確認しておきたいと告げる。
2階にいるはずの美樹本が1階の食堂で死んでいるのはどう考えてもおかしい。
何か謎を解く手がかりがあるはずだ。俊夫は美樹本の死体を見つめ、頭を働かせる。
もしかすると、香山と美樹本を殺した犯人がみどりの一件と何らかの関わりがあるんじゃないか。
そう直感的に思うからこそ、得意ではない考え事に集中する。
気のせいかもしれないし、単に自分がそう思いたいだけなのかもしれないが。
だが、そうでも思っていないとこの状況に潰されてしまいそうなのだ。
美樹本を見つめる俊夫の目に、あるものが重大な意味を持って飛び込んできた。
それは、テーブルの上に置いてある線香立てだ。
2階の物置部屋の前で嗅いだ線香の匂い。あれは食堂で焚いたのが服に染み付いたのではなく、
この食堂での匂いが上まで昇ってきていたのだ。
透も同じ匂いを嗅いでいたのを思い出したのか、はっとした表情を浮かべる。
食堂と真上の物置部屋は、どこかに秘密の通路のようなものがあって繋がっているのではないか?
1年前を思い出してみる。亜希の遺影やらミニカーを置いたのは村上だが、一瞬にして消えて
出てこなかったのはなぜか?
主の席の後ろにあるのは……暖炉。三日月館に煙突はなく、装飾用の暖炉だ。
だが、ただの飾りではなかったのだ。ミニカーや写真どころか、殺人鬼さえも隠してしまう空間が
そこには存在していた。犯人はそれを使って食堂と物置部屋を行き来していたのだ……。
可奈子が突然暖炉に向かって走り出し、飾りで置いてあった火掻き棒を手に暖炉の奥の壁を
叩き始めた。人が変わったかのように、人殺し、出てきなさいよ、と怒鳴りながら。
やがて四つんばいになり暖炉の中に頭を突っこみだした可奈子を啓子は止めたが、可奈子は
秘密の通路の入り口を発見したようだ。中に入ろうとする可奈子を慌てて全員で引っ張り出す。
俊夫が暖炉の中を覗くと、上の部分に可奈子が突いたせいでずれたのであろう板があった。
火掻き棒でそっとその板をずらしていくと、大人1人が十分通れるだけの隙間と梯子状に
埋め込まれた鉄の棒があった。
昇らないのか、という透に、可奈子があれだけ騒いだのだから隠れていても逃げていると答える。
じゃあ2階だ、と呼びかけるも、誰も返事をしない。相手は2人の人間を殺した殺人鬼なのだ。
わざわざ殺されに行く馬鹿はいない。
香山を殺した犯人を逃がしてもいいのか、という透の言葉に、春子が俯いて唇を噛む。
犯人を捕まえたいのは俊夫も同じだ。必ず捕まえなければならない理由もある。
こんな隠し通路の存在を知っているからには、岸猿家とあながち無関係ではないに違いない。
もしかしたら岸猿の血を引く今日子や村上からシュプールの事件について聞かされているかもしれない。
みどりと河村亜希を襲った偶発の事故、少しでもその真相に近づけるチャンスがあるからには……。
しかし、今不用意に2階に上がるのはあまりにも危険だ。美樹本が殺されてから大分経つ。
全員が2階に上がった隙に1階に降りてきているかもしれない。
玄関が開かなかったからには犯人だって逃げようがないと啓子は言うが、それが犯人によって仕組まれた
のであれば、もうすでに玄関から逃げ出しているかもしれない。
その時、ようやく逃げ道は玄関だけじゃないことに気がついた。
俊夫は全員に手振りで動かないように指示し、物音を立てないようにして素早く食堂を出た。
 
213 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:44:30 ID:n9yfIdvi0
階段を駆け上がった俊夫は西側の廊下へと足を進める。
歪曲した通路の向こうまで見えるように外側の壁沿いに足を忍ばせた。
物置のドアに近づき、何の音も聞こえないことを確認すると、折り畳みナイフで札を剥がす。
ノブに手をかけてゆっくりと回すと、鍵はかかっていなかった。
素早くドアを開け放つと、暗い部屋の中に開け放たれた窓が月明かりに四角く浮かび上がっていた。
逃げられた……。
念のために物置部屋を調べると、スライド式の棚の裏側に隠し部屋を発見した。
そこから下に伸びる暗闇は、確かに1階の食堂まで繋がっているようだ。
食堂に戻り、俊夫は見たものを全て皆に伝えた。
コートの男は気になるが、逃げたのならもう危険はない。
……だが、それに対し透が独り言のように異を唱えた。
まだ犯人は、館の中にいるかもしれない。
透は香山の部屋が密室だったことが気になっているようだ。
密室なんてありっこない、何かからくりがあるはずだ。
もしかしたら犯人は犯行後に内側からロックをかけ、透たちがドアを破ったときもまだ部屋の中にいて、
透たちがいなくなった後にこっそりと外に出たのでは?
記憶が確かならば誰もいなかったはずだが、それなら密室の謎は解明できる。
全員で香山の部屋に向かい、これまでよりも入念にあたりを見回し調べていった。
しかし、何の手がかりもなく空振りに終わりそうな状況に、真理は本当に逃げたのかも、と呟いた。
警察が来るまでの間、透と俊夫は一緒にコートの男を館中探した。

あのコートの男を捕まえたら真相が分かるに違いない。
まだ隠されている事件の真実が浮かび上がるに違いない。
そんなことを思いながら躍起になって男を探したが、その痕跡さえも見つけられなかった。
後は警察に任せようという透の言葉で、俊夫たちは捜索を切り上げた。
この島に来てから自分たち以外で見た人物といえば、船長とあのコートの男だけだ。
警察は男を見つけだし、いつか俊夫はみどりと河村亜希に関わる秘密を聞き出すことができるのだろうか。

             それまでの間、
        俺とみどりは一体どうなるのだろう――

                終

          No.51 コートの男は?
 
214 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/16(土)01:45:27 ID:n9yfIdvi0
以上で第1回俊夫編は終了です。なお、このルートではまだ啓子編が出現しません。
次は透編の*2から続きます。
>>198を見た後で急いで俊夫編の頭から書き始めたせいか上手く切れず、何度も本文
長すぎエラーが出る始末……。読み辛かったらすみません。
 
289 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/20(水) 22:15:31 ID:mvy4Ta2i0
(透編の*2の地点から再開。俊夫が応接室に行く前に全員を引き止めたため、透編の展開も変化。
ただし、物置部屋から犯人が逃げたらしいことが確認されるまでは俊夫編とほぼ一緒なので割愛)

俊夫が島に着いたばかりのときと香山が殺されたと思われる直後に見かけたというコートの男。
そのコートの男が犯人だという俊夫の推理は間違っていないと透は思う。
こんな酷いことをして平気でいられるような人物がこの中にいるとは、思えない。
しかし、何故か透はさっき2階で見つけた鍵が頭に引っ掛かった。そして、密室の謎も。
何かがおかしい。どこかで辻褄が合っていない。混沌とした思考が、ある一つの像を結び始める。
まさか――とは思ったが、どうしてもそれを確かめなくてはならないとも思った。
それは、みんなの鍵だ。透は犯人はまだこの館の中にいるかもしれないと洩らす。
全員に頼んでそれぞれの鍵を見せてもらう。……これではっきりした。
この中に、コートの男が香山を殺害するのを手助けした共犯者がいるのだ。
みんなそれぞれの鍵を持っている。でも、よく考えてみたらそれはおかしいのだ。鍵の数が合わない。
透は先程啓子の部屋の前で鍵を見つけたが拾うことが出来なかったことを話した。
どこの鍵かは確認できなかったが、おそらく啓子のなくした2号室の鍵なのだろう。
それを含め、今ここに全ての鍵が揃っている。

2号室の鍵→啓子の部屋の前の隙間?
3号室の鍵→春子
7号室の鍵→可奈子
8号室の鍵→美樹本
11号室の鍵→真理
12号室の鍵→俊夫
16号室の鍵→透
マスターの鍵→啓子
管理人室の鍵→管理人室の中にかかったまま

残りは全部香山がどこかに片付けてしまっていてない。

もし犯人が管理人室に出入りできる鍵を持っていたのなら密室の謎は解明されるが、ならばその鍵は
どこから手に入れたのか?
俊夫はあらかじめ合鍵を作っていたのではと口にするが、透はそれを否定する。
合鍵を作るには管理人室の鍵を手に入れなければならないし、それには館そのものの鍵が必要になるのだ。
コートの男はここにいる誰かから管理人室に出入りできる鍵を受け取ったとしか考えられない。
そしてその鍵を持ったまま犯人が逃げたとしたら、誰かの鍵がなくなっているはずだ。
だが、鍵は全部揃っている。つまり、コートの男はここにいる誰かにその鍵を返して逃走したのだ。
 
290 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/20(水) 22:16:07 ID:mvy4Ta2i0
全員が全員の様子を窺い、透に強ばった表情を戻す。
春子、可奈子、啓子、俊夫、真理、それに透。この中で共犯者と思えるのは……。
透がその名前を告げる前に、俊夫が口を挟んできた。まだ透の推理に納得したわけではないのだ。
2階に落ちていた鍵、もしかしたらそれは犯人が落としたのではないだろうか。
透は啓子の鍵だと決め付けているが、はっきり確認したわけではない。犯人が香山殺しのときに使った鍵を
犯行後にうっかり落としたとも考えられる。
啓子の落とした鍵は知らないが、別の隙間にでも……と、そこまで言って俊夫は何かに気がついた。
あるいは、啓子が鍵を落としたのは嘘だったのかもしれない、と。
啓子が嘘をついて2号室の鍵とマスターキーを両方手に入れていたとしたら?
透が見つけた鍵も、啓子が証拠隠滅のために捨てたものかもしれない。
そんなの言いがかりだ、と啓子が言い返す。そもそもマスターキーでも管理人室は開けられなかった。
しかし俊夫はあのときすでにタグを付け替えていたからではと反論する。付け替えたのはコートの男だ。
マスターキーのタグが付いた2号室の鍵だったから、管理人室のドアが開けられなかったのではないか。
その後の鍵の証明時は、またタグを元に戻していたのだろう。
でたらめだと必死に啓子は叫ぶが、こう考えればすべての説明がつく。他になにか決定的な証拠なり
論証なりではな限り、第一容疑者は啓子なのだ。少なくとも香山の件は。
透は何も言えなかった。俊夫の言うとおり、共犯者に1番近いのは啓子だと思ったからだ。
啓子は反論を試みたが虚しい結果に終り、警察が来るまで地下室に閉じ込められることになった。

日が昇り帰りの船がくるまでの数時間、俊夫の提案で透と俊夫はコートの男を探してみた。
しかし、本当にそんな人物がいたのかどうか、その痕跡さえも見つけることはできなかった。
そういえば、シュプールで見つけたあの岸猿家の鍵も見当たらない。財宝は本当にあったのだろうか?
もしかするとコートの男は、あの鍵で財宝を見つけたのではないだろうか?

ぼくはいつまでもそんな妄想を振り払うことができなかった。

                終

          No.28 共犯者はどこへ?

(ここでやっと啓子編が出現)
 
291 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/20(水) 22:16:41 ID:mvy4Ta2i0
(主人公選択→啓子)

8月15日 17:50

三日月館の様子は1年前と何も変わっていなかった。玄関の前に立つと去年可奈子と2人でここに来たときの
ことが昨日のことのように思い出せる。ただし、去年とは違い今年は啓子1人だ。
あの頃はまだ仲の良い友だちでいられた。でもあんなことがあった今では――
啓子は一夜の過ちで友だちを傷つけてしまったことを思い返し、唇を噛む。
でも、好きになってしまったんだから仕方ない。恋する気持ちは可奈子だってわかっているはず。
船着場から館まで歩いてきただけなのに足はがくがく、喉はカラカラ、全身はへとへとだ。
早速お菓子が食べたいと、玄関の中に入ってすぐにポケットのスナック菓子の小袋の封を切る。
あっというまに一袋食べ終り、喉が渇いた啓子は記憶を頼りに厨房へと向かった。
その厨房の手前の部屋のドアに、『祈祷中! 入室禁止、ノックも禁止』と貼り紙がされていた。
ドアの奥から聞こえる声がたまに調子が外れて声が裏返るのについ笑ってしまうと、誰かが啓子を呼び止める。
振り返るときらきらとしたバラの背景を背負った春子が立っていた。
もう結構なおばさんのはずなのに30手前といっても通りそうな春子に、啓子は羨望のまなざしを向ける。
神様も不公平なことをするもんだ。
春子に部屋の鍵をもらい、ついでに可奈子と美樹本の部屋番号を訪ねる。7号室と8号室、自分の部屋番号は
忘れてもこの部屋番号だけは忘れちゃいけない。
こんなところへわざわざ来たのも、あの2人に会ってちゃんと想いを伝えるためなのだ。
荷物を置いたら夕食の準備を手伝ってくれと春子に言われ、とにかく一旦部屋へと向かう。
水を貰い忘れたことと春子がどうしてここにいるのか聞き忘れたことに気付いたが、どうでもよかった。
2号室に行き荷物を置くと、ふと、もしかしたら可奈子は来ないんじゃないかと不安になる。
あんなことがあって、可奈子と美樹本が付き合い始めて、疎遠になって、1人蚊帳の外に追い払われて。
啓子がここにくると香山から聞いて、可奈子は啓子の前に姿を見せてはくれないんじゃないか。
でも、美樹本がくるなら――
胸の奥にちくりとした痛みを感じた啓子はバッグからお目当てのスナック菓子を取り出した。
包装を破った次の瞬間には胃の中に収まっていたそれにほんの少しだけ痛みが和らぐが、それでも
胃も心もまるで満たされない。今まで不安やストレスはお菓子を食べることで落ち着いていたのに。
とっておきの精神安定剤はその力を失ってしまったらしい。もっと、もっと食べなくちゃ。
チーズたっぷりのヘビークラストピザ、丼からはみ出すような天ぷらののった穴子天丼、
ふわふわ卵のオムライス、ドミグラスソースかけ。黒豚ロースカツ定食、ご飯とキャベツはお代わり自由。
あんかけチャーハンに小籠包。それからそれから、骨付きカルビにロースにユッケに石焼きビビンバでしょ、
ミルフィーユにガトーショコラにチョコレートフォンデュにブルーベリータルトにいちご大福に酒まんじゅう…

…。
めくるめくイメージの奔流に一瞬意識が遠くなり、偽りの幸福感の後に激しい空腹と絶望に襲われる。
本当に何か食べないとダメだ、とスナック菓子を両手に部屋の鍵を閉めて厨房へと向かおうとしたところで、
啓子は思いっきりすっ転んだ。うっかり落としそうになったお菓子の袋は両手で見事にキャッチする。
しかし、厨房に行っても空腹を満たせなかった。夕食の手伝いを頼まれていたのを忘れていたのだ。
ここ最近ぼんやりしすぎている。空腹のせいではないことはよくわかっているのだが、食べる以外に
そぞろな気持ちをなだめる手立ては思いつかず、かといってそれで満足するかというとそうではない。
かぼちゃに包丁の刃を当てて、なんともいえない気分になる。おいしそうで、憎らしい。
ふと、かぼちゃに美樹本の顔(ついでにピースサイン)が重なって見えた。いっそひと思いに――
と、そこに後ろの方から声が聞こえ、びくっとする。
振り返るときらきらとした背景(下の方に天使までいる)を背負った真理がいた。
男はみんなこの見た目に騙されるけど、啓子にはわかる。
(画面が下にスライド、下半分が黒の背景に小悪魔のしっぽがつき、ミニ透がすっ転んでる)
彼女は男を弄んで捨てる、魔性の女だ。透も可哀想に。
春子と真理の会話を聞きながら次第にネガティブな思考に陥っていく啓子は、気がつくと刻んだワケギを
真っ赤に染めてしまっていた。
(啓‘Д‘)ザクッ   ∑(゚∀゚;真)∑(゚A゚;春)<け、啓子ちゃん!
 
292 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/20(水) 22:17:40 ID:mvy4Ta2i0
救急箱を取ってきた春子が絆創膏を巻いてくれた。ズキズキするのは、指だけじゃない。
本当、今までこんなことなかったのに……。
あとは2人でやるから休んでていいと言われ、啓子は2階へと上がった。
しかし、部屋の前まで来たとき鍵がないことに気がついた。ドアの周りを探しても見つからない。
ノブを掴んで回してみると鍵はしっかりとかかっているから、鍵をかけたのは確かだ。
どこかに落としたのかと注意深く足元に視線を巡らせながら廊下を戻ったが、それでも見つからなかった。
香山に相談しようにも祈祷中は声をかけられず、春子の料理の邪魔もしたくない。
仕方なく時間を潰そうと応接室に行くと、まもなく俊夫がやってきた。
俊夫のそっけない態度に腹がたった啓子は俊夫を無視してやることに決めたが、みどりのことで参っている
様子の俊夫は啓子など存在していないかのようにただただじっと虚空を見つめているだけだった。
気まずい雰囲気が流れたところで春子がお茶を持ってやってきた。美樹本が自分のクルーザーでやってきた
ことを聞いた啓子は、船の上で2人っきりというこの上ないシチュエーションを想像し気が滅入る。
そこに当の美樹本がやってきた。可奈子は気分が悪くてまだ部屋にいるという。
美樹本の声からは特に警戒心のようなものは感じられない。あのことを気にしていない、ということなのか。
それとも――
1人になった今こそチャンスじゃないだろうかと思ったが、まだ早すぎる気もした。心の準備も出来ていない。
焦っちゃダメだと、啓子は何気ない会話で少しずつ相手の心を解きほぐしていくことにした。
2階から誰かが降りてくる音が聞こえたときは可奈子ではないかと思ったが、違った。透だ。
本日何度目かわからないほどの「可奈子は?」という問いに、げっそりした気分になる。
美樹本が代わりに答え、啓子の様子を気遣ってか話題を香山のことに変えてくれた。
やがて透の背後からその香山がにゅっと顔を出す。食事の準備が出来たようだ。
食堂に運ばれてきた料理に、自然と口の中に唾液が広がる。供養の席だから精進料理であることは当然と
いえば当然だが、啓子はどちらかといえばもう少しこってりしたものを食べたい気分だった。
例えば……和牛霜降り肉の分厚いステーキ。とろとろに煮込んだ豚の角煮。とんこつラーメンに焼き餃子。
たっぷりバターを使ったサケのムニエル。濃厚なクリームのカルボナーラ。名古屋コーチンの手羽先唐揚げ。
そんなことを考えているとお腹が限界突破したので、お腹いっぱい食べられればなんでもいいやで落ち着いた。
香山がなにやら説明し始めたが、いざ食べ始めるとどうでもよくなりほとんど耳に入らなくなる。
大事なことは後で誰かに聞けばいい。啓子はとにかく食べることに集中した。
満腹になったところで香山のくどくどした説明が終わったようだ。休憩とばかりにみんなの話に耳を傾ける。
香山が供養のための呪いや魔法陣だなんだと言い出したときには、流石に啓子もついていけなかった。
というよりも、例のあのことで呪いも魔法陣も試してみてちっとも効果がなかったことを実証していた、
話は2階に降りてこなかった可奈子のことに移る。美樹本が可奈子のアシスタントをしていると説明すると、
胸にずきりと痛みが走った。もちろんそれだけの関係じゃないことはみんなも薄々わかっているだろう。
アシスタントだなんていっても可奈子にはまだ大したことなどできるわけがない。
そう、可奈子にできることと言ったら――啓子は頭から不快な想像を追い払った。
俊夫とみどりの話、香山と夏美の話が続く。みんな過去のことが忘れられずに、同じところをぐるぐる
回りながら苦しんでいるのだ。
ふいに俊夫は透にみどりが買いだしに行った理由を覚えているかと問う。が、記憶を呼び起こそうとしていた
透がそれとはまったく別の鍵の話をしだしたのでぽかんとした表情になった。
そして啓子は透の出してきた鍵を見て、肝心なことを思い出した。
(透・∀・)つ♂      ∑(゚Д゚俊)  (‘Д‘啓)<!
 
293 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/20(水) 22:18:31 ID:mvy4Ta2i0
言うのは今しかないと、啓子は話に割り込んで鍵を無くしたことを切り出した。
予備の鍵はないし、部屋を替えるわけにもいかない。となると、マスターキーを啓子に貸すしかない。
これって……チャンス?
それを使って美樹本の部屋にこっそり入ることもできるってわけね、とついにやにやしそうになる。
――いやもちろん、そんな馬鹿な真似はしないけど。
春子が各人の希望を聞いて食後のお茶を用意する。香山は夏美が好きなカモミールティーを淹れて
もらい、夏美の写真と線香立てをその隣に並べた。
一瞬それが去年の河村亜希の遺影を見たときの光景を髣髴とさせてぞっとしたが、香山はにっこり
笑っていた。気付いていないらしい。
代わる代わる席を立ち、夏美の遺影に線香をあげる。食堂に香山の熱唱が響き渡った。
「わしが香山や! 男の大往生!!」
「わしの会社は実力主義や」
「そやから、不況なんかはどこ吹く風や」
「そやけど、なあ夏美……わしも、わしも、ほんまはさみしいんや」
啓子はその辺りで真面目に聞くのをやめた。
自分の名前をタイトルに入れているところが香山らしいというか、なんというか。
厳かとは到底言いがたい雰囲気の中、焼香はとどこおりなく終わった。
食後の後片付けがすんなり透に決まったことに啓子は安心する。今の状態ではまた怪我をしたりお皿を
割りかねない。それに、できるだけ誰とも一緒にいたくなかった。
管理人室を訪れ、香山に言われるがままにマスターとかかれた鍵を手に取る。
香山に一声かけて出て行こうとしたときに祭壇の夏美の写真に目が留まったので、ここでも一応手を合わせた。
香山から透への伝言を預かってから管理人室を出ると、そうめんを載せたトレーを持った春子と出くわした。
そうめんを見るとお腹いっぱいのはずなのに、また食べたくなる。
可奈子に軽いものを用意したから運んであげてくれないかといわれ、躊躇ってしまう。
でも特に断る理由もないし、むしろ友人の啓子が持っていくのは当然のような気がした。
階段を上りながら香山と夏美のことを考える。春子がちょっと不憫だが、やはり香山が愛しているのは夏美だ。
亡くなったとしてもそれは変わっていないのだろう。大切なものは、失ってからその価値がよりよく分かる
――そういうことなのかもしれない。
美樹本と可奈子が一緒に暮らし始めたと知り、啓子は人生の何もかもを奪われたような気分だった。
恋も友情も同時に失ったのだ。啓子もまた、香山や俊夫と同じかけがえのないものを失った仲間なのだ……。
そう思うと少し勇気が湧いてきた。啓子にはまだチャンスがある。まずは可奈子に会い、気持ちを伝えよう。
その先にどんな結末が待っていようとも……。
2階に上がると透がふらふらと歩いてきた。香山の伝言を伝えると気の抜けた返事をして去っていく。
啓子は可奈子の部屋の前に行くと、ややためらってからドアをノックした。
ずいぶん久しぶりに聞く懐かしい声が中から聞こえてくる。名乗ると、しばらく何の返事も返ってこなかった。
春子から夕食を預かってきたと告げると、あとで食べるから置いといてとそっけない答が返ってくる。
啓子は言い返す言葉もなくただじっとしていた。なんでこんなに嫌われるんだろう。
手を出したのはあたしの方が先で、そのあとフラフラと美樹本さんのところへ行ったのは可奈子の方なのに。
なんだか悔しくなって涙があふれてきた。
ふいに目の前のドアが開けられ、可奈子はぶすっとした顔でトレーを見て興味なさそうに手を差し出す。
啓子が可奈子にトレーを渡すと、すぐにドアは閉められた。
――やっぱり、そう簡単には分かってもらえそうにない。
 
294 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/20(水) 22:19:02 ID:mvy4Ta2i0
啓子は自分の部屋に戻ると、またバッグからスナック菓子を取り出して食べ始めた。
とうしても食べずにはいられない。啓子の華燭はあの2人が付き合いだしてから急激にエスカレートしている。
昔はケンカしてもすぐに仲直りできていた。何度も「絶好」と言われても時間が経てば元通りに戻っていた。
いつだって2人一緒だったし、2人でいることが幸せだった。でもそれは、薄氷のようなものでしかなかった。
啓子は親友として可奈子の幸せを願っていても、そのくせ、2人のことを諸手を挙げて応援できない。
あたしはどうしたらいいのだろうか……。
気がつくとスナック菓子は空になっていた。次のスナック菓子に手を伸ばし、袋小路の自問自答をはじめる。
もう何が何だか分からなくなって頭が真っ白になったとき、ふと枕元に置いたケータイが目に留まる。
メールでなら言いにくいことも言えるし、話すきっかけにもなるかもしれない。
が、圏外だった。(デドー)
ベッドに横になってぼんやりと天井を眺めていると、誰かが廊下を歩いてくる足音が聞こえた。
もしかしたら可奈子が……そんな淡い期待を抱きつつ部屋を出る。
ノックの音。隣の部屋の前に春子がいた。春子は啓子に気付くと可奈子の様子を聞いてくる。
まともに答える気力がなくいい加減な返事をし、ふと思いついて訊ねてみた。部屋に遊びにいっていいかと。
しかし春子は一瞬ひどく困ったような顔をした。荷物の整理が終わっていないからと断り、部屋に入って
鍵をかけてしまう。


部屋にじっとしていたって何の進展もない。啓子は行動を起こすことにした。今度の相手は美樹本だ。
美樹本に告白する、啓子にとってこれ以上なく勇気が必要な行為。
こんな気持ちをとても分かってもらえるとは思えないけど、何も言わないで後悔することだけはしたくない。
しかし、美樹本はカメラのメンテナンス中だからと啓子の来訪を断った。食い下がろうとしても、こちらの
都合も考えてほしいといってドアを閉めてしまう。
きっと啓子が何を言おうとしているか分かって警戒しているのだろう。


突然あの夜のことを思い出し、狂おしい気持ちで部屋を離れた。
あのときは2人あんなに燃えあがったのに、どうしてこんなことに……?
このままでは恋も友情もどちらも元に戻りそうにない。
もっと頭を使わないと思いつつも、一方でもうどうだっていいやという諦めも感じた。このまま部屋に戻って
不貞寝でも決め込もうかと思う。ここ半年ほど悩まされている不眠症の対策の睡眠薬の準備もばっちりだ。
だけど、何のためにここにきたのか。いつまでも逃げていていいのか。……いいわけがない。
どうせ部屋に戻っても悶々とするだけだと、ポケットに突っ込んであったお菓子の袋を手に頭を冷やして
考えようと歩き回ることにした。
2階のロビーに行くと俊夫がいた。たまには誰かと口を利かないと考えがどんどん暗くなる。啓子は
俊夫と話して暇潰しをすることにした。一緒にお菓子を食べながらとりとめもない雑談をする。
と、階段を上がってくる足音が聞こえ、そちらを見ると透が昇ってきた。
香山の居場所を訊ねると、俊夫はさっさと1階に降りていってしまう。透は透で真理のことばかりだ。
透が真理の部屋に向かうと1人残された啓子は椅子に座って三日月館の見取り図を眺めていた。
ロビーに戻ってきた透は表情が暗く、そのまま啓子を一瞥して西側の廊下へと歩いていく。


しばらくして、透は春子を連れ立って戻ってきた。透は春子に会いにいったのだろうか?
もしかして透は真理にフラレでもしたのだろうか。それで春子に乗り換えようと?
そんなことを考えていた矢先に春子が冷たいお茶でもどうかと屈託なく話しかけてきたのでうろたえてしまう。
挙句につい関係ないことまで口走ってしまった。
「あたしの鍵って、どこの部屋にも入れるんですよね?」
春子は一瞬怖いくらい真剣な表情になった。
 
295 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/20(水) 22:19:41 ID:mvy4Ta2i0
が、すぐにいつも通りの穏やかな表情に戻り、マスターキーだからそのはずだ、と返してくる。
と、そこへ俊夫が1階からあがってきた。香山がいない。部屋に鍵もかかっていて返事もない。
全員がしばし沈黙し、不安の色が浮かぶ。
「まさか……ね」
そう呟きながらも啓子は悪い予感が的中しているような気がしてならなかった。
香山は本当に死んでいるかもしれない……。
そこで透は啓子がマスターキーを持っていることを思い出し、それで開けてみることを提案した。
単純に寝てしまったなどという理由で何事もなければまた閉めておけばいいだけの話だと。俊夫も同調する。
4人で急いで1階へと降りていくその様子を、美樹本が2階からじっと見ていた。
香山の部屋のドアの前で念のためノックをして呼びかけるも、返事はやはりない。
透が啓子が差し出したマスターキーを鍵穴に差し込んだが、なぜか回らなかった。
もしかしたら管理人室だけはマスターキーでは開かないのかもしれない。
でも、そんな話は聞いたことがない。仮にそんなことがあるんだとしたら理由は一体なんだというのだ。
これはそもそもマスターキーじゃないからとか? でも、そうしたら啓子が自分の部屋に入れた説明が
つかなくなってしまう。啓子の部屋の鍵は確かになくしたんだから、マスターキー以外では開かないはずだ。
ドアをぶち破ろうとする俊夫を透が止め、物置から古びたツルハシを持ってきて俊夫に手渡した。
俊夫がドアノブ近くにツルハシを二度、三度と叩きつけると板がボロボロになり、開いた穴に手を突っこんで
掛け金を外す。開いたドアから俊夫と透が、そして啓子と春子も続いて中に入った。
透と俊夫が同時に襖を開ける。啓子は目の前の光景に息を詰まらせ、持っていたお菓子を落としてしまった。
香山が畳の上で横たわっている。髪のさびしい後頭部から赤黒いものが流れ出している。
春子が小さく悲鳴を上げ、透が香山に駆け寄ってゆさぶり、声をかける。反応はない。香山は死んでいた。
ああ……。
こんなことになってしまうのね……。
香山の死体を眺めながら、啓子は自分でも驚くほど冷静に思考を働かせていた。
これから朝まで慌しく時間が過ぎていき、啓子の来た目的はもう果たせないに違いない。
話し合っていられる状況じゃない。このどさくさでも通用する、もっと効果的なやり方を考えなければ――
香山にすがりついて泣き喚く春子を見ても、現実感があまり感じられない。テレビドラマを見ている気分だ。
警察に連絡しようとしても、案の定電話線が切れている。俊夫はケータイをかけに丘の上に行くため、
透は他のみんなを呼ぶために部屋の外へと飛び出していく。
懐中電灯が置きっぱなしになっているのを見て、俊夫は明かりも持たずにどうやって丘の上まで行くつもり
なのだろうと考えていた。


放心している春子を連れてロビーに行くと、丁度透が真理たちを連れて降りてきたところだった。
俊夫は玄関が開かないことを全員に告げ、香山が誰かに殺されたことが全員に知らされる。
可奈子はもうすでに真っ白な顔でわなわなと震えていた。
全員で玄関を押しても開かず、2階から出ることもできない。
突然可奈子がヒステリックに喚きだしたかと思うと、階段を駆け上がっていってしまった。美樹本も後を追う。
啓子も追いかけようと1歩踏み出したが、俊夫の怒鳴り声に躊躇して足を止めた。
無闇に動き回るなという俊夫の言葉にいちいち指示される筋合いはないと思ったが、言うことはもっともだ。
少なくとも窓から脱出を試みるにしても朝まではここにいなければならない。
この長い夜を、あたしはどうやって過ごすべきなんだろう。
 
296 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/20(水) 22:22:01 ID:mvy4Ta2i0
ちょっとキリが悪いですが今回はここまでです。

あとちょっと訂正。俊夫編で美樹本がクルーザーで来たと言ったのはお茶を持ってきた春子でした。
 
297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木)02:16:03 ID:YxQYE+Dq0
乙!
俊夫編でサバイバルいかなくても啓子編でるんだね。
 
298 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/21(木) 03:16:32 ID:ycd535Tj0
>>297
それどころか俊夫編を一切やらなくても啓子編は出現します。
これを書くに辺り再プレイしたところ、
終No.19(正解ルート)→終No.36(サバイバル)で啓子編の出現を確認しました。
おそらく正解ルート・第2の殺人後の共犯者探し・サバイバルのうち1つ経験で俊夫編、
2つ経験で啓子編のフラグが立つものだと思われます。

 
390 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/30(土) 04:45:11 ID:y9LY6QDd0
館の中を調べることを主張する俊夫に真理が反対していると、美樹本が2階から降りてきた。
ああ見えてかなり気が小さい可奈子は、去年を思い出してまいってしまい、部屋に閉じこもってしまったのだ。
啓子が美樹本の方に目をやると、美樹本は啓子にだけわかるように小さく首を縦に振った。
可奈子は任せておけということだろうか。啓子は誰にもそんな風に心配してもらえない自分が寂しかった。
香山の部屋に向かうまでは啓子が、その直後からは美樹本がそれぞれずっと2階のロビーにいたことから、
犯人は1階にいるという話になり、俊夫はそういえばとばかりに香山の部屋に向かった際に反対側の西側の
廊下へ向かう人影を見たと言い出した。まるでそれは、『かまいたちの夜』に出てくる田中みたいだったと。
念のためにと、男3人は1階を捜索しに向かう。玄関前に残された女性陣は、じっとその帰りを待っていた。
一体これからどうなるのだろうとぼんやりと考えながら玄関扉に手を置くと、掌にやわらかい感触があった。
そっと手をどけると……啓子は喉がちぎれそうなほどに声を張り上げた。
ダメ。爬虫類はダメ。啓子にとって目の前のヤモリは犯人よりも嫌な存在だった。
啓子の声で駆けつけてきた男3人は西側では何も収穫がなかったことを告げると、自分達はこのまま東にも
行ってみるが、女性陣は応接室に集まっているようにと提案した。
美樹本は可奈子も説得してほしいと、啓子ではなく真理にその役を振る。美樹本が啓子を避けているのは
わかっているし、可奈子も真理の方が話しやすいだろうから当然だと啓子は思った。
真理が2階へ上がると、啓子は春子を連れて先に応接室に向かう。
何かの間違いよ、と憔悴しきる春子は、やっぱり香山のことを愛していたのだ。相手が他の誰かと一緒に
なろうが、自分の気持ちを吹っ切れない。この島に来たのも復縁の望みを抱いていたからかもしれない。
それなら自分と同じだ。でも、そんな春子にも予測できなかった事態が起きてしまった……。
啓子はみんなが絶対に犯人を捕まえてくれる、美樹本なんてボクシングをやっていたのだから、と励ました。
しばらくして真理が可奈子を連れて戻ってきた。おそるおそる具合はどうかと話しかけると、さっきはあまり
話す気分じゃなくてごめん、と返ってきた。目は逸らせ気味だが、少し冷たくしすぎたと反省したのだろう。
まるで1年前に戻っちゃったみたい、という可奈子の呟きに、全員が不安の表情を浮かべて顔を見合わせる。
春子以外は全員あの惨劇の場に居合わせた。たった1年で忘れられるようなことじゃない。
事件は1つだけですまないのかもしれない……。
可奈子は、この島は呪われてると重々しく言う。ここに来た人はみんな不幸になる。島から出ても駄目だ。
香山が供養するといったから呪いも解けるかと思ったけど、駄目だった。もう終わりだ……。
また始まってしまった、と啓子は思った。この1年間、可奈子をおかしな妄想から遠ざけるために啓子は
ずっと努力してきたというのに。
1年前の事件から1ヶ月も経たないうちに可奈子は会社に退職届を出してしまった。
辞める直前の可奈子はちょっと神経を病んでいてまともに仕事ができなかったから、遅かれ早かれだったろう。
同僚は可奈子の退職を惜しんだが、彼らは可奈子を精神的に追い込んだのは自分達だということに最後まで
気づくことはなかった。殺人事件の生存者となった加奈子に向けられる好奇の目。可奈子とは無関係の、
まったく別の部署の人間まで昼休みにやってきて指を指す。そして無神経な言葉の数々。
「怖かった?」「よく無事だったわね」「殺人犯ってどんな人?」「ねえ、死体って見たの?」……
朝礼でも昼休みでも勤務時間でも飲み会でも、場所変え人を変え、繰り返される同じ話。
元々交友関係が少なく愛想も悪い啓子はほとんど悩まされることはなかったが、可奈子は……。
一刻も忘れたい出来事なのに、周囲はそれを許さない。可奈子は次第にアパートに引き篭もりがちになり、
とうとう会社を辞め、人が変わったようにだらしない格好で昼間から酒を飲む生活。
近所の住人からも好奇の目と無神経な言葉を頂戴し、さらに自堕落な生活への誹謗が加わった。
親や親戚からすらも、同じだったらしい。可奈子の居場所はどんどんなくなっていた。
……それが、可奈子の「呪い」だ。
全てを引き払い、カードだけ持ってふらっと街に出た。全てを断ち切るために。そして、美樹本に出会った。
美樹本と一緒にいて、魂が呪縛から解放されていくのを可奈子は感じていた。美樹本が自分を守ってくれると
思ったからこそ、この島にもう1度来る勇気が出たのだ。
 
391 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/30(土) 04:45:43 ID:y9LY6QDd0
そこへ、男3人が調査を終えて戻ってきた。
誰もいなかったし、逃げられもしなかったとの報告に、真理が犯人が逃げられず見つからないのではまだ
この館のどこかにいるのか、と問う。何か言いたそうだったが、透は美樹本の視線を気にして口篭った。
「この中の誰かが殺したのかな……」
啓子がそう呟くと、全員がはっとした顔つきになる。
俊夫は啓子に本当にずっと2階ロビーにいたことを確認し、この中の誰かが犯人とは考えられないと断定する。

透と別れ、俊夫が部屋を訪れるまでの短い間には皆アリバイがある、と。
だが美樹本は、透と俊夫なら、と口にする。鍵のこともあるので犯人とは言い切れないが、アリバイは証明
できないだけ。結局あの密室の謎が解けない限り、アリバイを証明しても無駄だ。
やはり事故か自殺だったのではという美樹本にでも、と言いかけてまた口篭る透に、啓子はどうみても何かを
隠しているとして思えなかった。問い詰めてやろうかとも思ったが、それより前に透が口を開く。
香山は部屋の外で殴られ、中に逃げて鍵をかけた。その後息絶えたのなら密室の謎は解ける。
凶器の灰皿が香山の傍に転がっていたのは、犯人がドアを閉める寸前に投げつけたからだ。
いくらなんでもそれはないだろう、と啓子はふきだしそうになった。俊夫も尽く駄目だしをする。
例のアレのこともある、という俊夫の言葉に透は納得したらしい。啓子はその言葉が気になったが、黙って
いることにした。
マスターキーであそこが開きさえすれば謎でもなんでもない、と俊夫が啓子をちらりと見ながら呟く。
啓子はどういう意味だと睨み返した。
簡単なことだ、マスターキーの持ち主が犯人ということだ、としれっと答える俊夫に無性に腹が立つ。
啓子は自分の鍵では開かなかったことは俊夫も透も春子も確認しているじゃないか、と反論し、春子に同意を
求めたが香山のことで放心状態になっている春子からはどうでもいいような返事しか返ってこなかった。
マスターキーで開けられない鍵があるなんてマスターキーと言えるのか、と真理が不思議そうに呟く。
それを受けて俊夫がまた異論を挟んできたので、疑うなら調べろ、と啓子は鍵を突き出した。
鍵を眺め、何の細工もないと確認すると無言で啓子に返す。ようやく納得したみたいだ。
すると透が啓子の持っている鍵で啓子の部屋を開けられるかどうか、確かめてみようと提案した。
なんでこんなことまでしなきゃいけないのかとむかつきながらも、全員で啓子の部屋の前に向かう。
鍵を開けようとしたときに試すのは別の人に、と俊夫に提案され、これ以上疑われても腹が立つだけだと
春子に鍵を手渡して開けてもらう。固唾を呑んで見守ると、鍵はちゃんと開いた。
これでいいかと透たちを睨むと、俊夫はまだだ、と言い出した。
マスターキーの証明には、別の部屋のドアを開ける必要がある。例えば、その隣の部屋の。
これで開かなかったら、やっばり啓子が疑われる。その言葉に春子は大丈夫だと返した。
少しもたつきながら、隣の部屋の鍵穴に鍵を差し込む。ロックの外れる音がし、春子は札が剥がれないよう
注意しながら少しだけドアを開けて見せた。
(*4)
俊夫はその鍵がマスターキーであることは認めたが、マスターキーの分疑わしかったのがみんなと同じに
なっただけだと言う。まったく、この人は蛇みたいにしつこく絡んでくるから嫌だ。
真理は犯人は逃げてしまったのではと口にする。けど、犯人が逃げられるなら自分達だって逃げられるはずだ。
と、そこで俊夫が犯人はまだ館の中にいるしか思えないとポケットから何かを取り出した。
出た。啓子にはすぐに分かった。さっきから透が隠していたのはこれだったのだ。
美樹本は溜息をつき、ばつが悪そうに可奈子を見た。きっと可奈子を気遣って2人に口止めしていたのだろう。
そんなに可奈子が大事なの? あたしの気持ちなんて、全然わかってないんだろうな。
美樹本は皆に説明しているようだったが、啓子は上の空だった。
 
392 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/30(土) 04:47:09 ID:y9LY6QDd0
突然可奈子がこの島は呪われているんだ、と頭を抱えて叫んだ。
そんな2人を見ながら、啓子は可奈子の言うとおりならみんな呪われているってことなのかと思う。
美樹本はこの島や館には忌まわしいものを呼び寄せる力があるのかもしれないと言った。
予言の自己成就、香山への不審、去年の事件への罪の意識……それらが、事件の根本にあるのではないか。
俊夫は怒ったように言い返すが、美樹本はそんな彼に冷たい口調で、みどりの夫である俊夫ならみんなを
救えたかもしれないと後悔したことが一度もないんだとしたら、およそ想像力というものがないことになる
と言い放った。
そんな言い方って酷すぎる、と真理が珍しく怒鳴りつけた、次の瞬間。
     (俊#゚Д゚)=◯)`Д美)・;'
俊夫が突進し、美樹本の顔を殴りつける。可奈子の悲鳴。間髪いれずに繰り出される俊夫の拳。
その大振りのパンチをいとも簡単に避け、美樹本はすっと俊夫に懐に潜り込んだ。腹に重たい一撃。
大丈夫? と真理が俊夫に駆け寄り、可奈子は美樹本にしがみついて美樹本の顔の傷と腹を抱えて蹲った
俊夫を交互に見ていた。俊夫の嗚咽は痛みだけのせいではないだろう。
ちょっとは薬になるだろう、と美樹本はうそぶいた。女の子にはきつい光景に、気持ち悪いと口を押さえる
可奈子を連れ、美樹本は部屋に戻っていく。
これはチャンスかもしれない、と啓子は思う。可奈子はこの異常事態に、またかつての不安定な精神状態に
戻りつつある。もう一押ししてやれば、彼女の心を粉々に砕いてやることができるだろう。
そして美樹本が気が変になった加奈子に愛想を尽かしてくれたら、そのときこそ心置きなく告白できる――
考え事をしている間に残りのみんなは応接室に退避することが決まったらしい。啓子もとりあえず同意した。
春子と真理が紅茶を淹れにいき、透と2人きりにされる。美樹本は格闘技でもやっているのだろうかとの
言葉に何気なくボクシングのことを口にしてしまったが、次の瞬間慌てて口を押えた。
透が周りにキラキラを出すぐらい好奇心ありありの目で見返してきていたからだ。妙に勘がよく、かつ詮索
好きな透に下手にちょっかいを出されたらこれからの行動が起こしづらくなりかねない。
透は動揺している啓子の様子を窺い、しばらく考えた後で納得がいった表情になった。
おそらく、親友である可奈子がつきあっている美樹本のことを啓子も好きになってしまった。べたべたしている
2人を見るのはさぞつらかったことだろう、と結論したに違いない。
啓子は可奈子の様子を見てくると立ち上がった。個人的なことを訊かれたくはないし、2人のことが気になる。
2階へ上がり可奈子の部屋をノックすると、出てきた美樹本に可奈子と話がしたいことを伝えた。
ちょっと間があり、可奈子は美樹本に外に出るように頼んだ。美樹本はロビーにいるから、と部屋を出て行く。
美樹本から可奈子を引き離す、ここまでは成功だ。
こんなときだけど、自分たちのことについて話をつけておきたい。その言葉に可奈子は大きく息を吐いた。
啓子が食い下がるのなら、ここではっきりとけじめをつけておこうと思ったのだろう。
可奈子は美樹本に啓子のことを話していないという。美樹本が啓子を敬遠しているようだったのは、可奈子が
啓子のことをよく思っていないのがわかっているからなのだろう。
美樹本が2人の友情を引き裂いたと思うのは仕方がないことだろう。だが、美樹本が現れる前から2人の
友情は終わっていた。啓子はそれを美樹本に伝え、啓子の想いを受け止めてもらうためにここに来たのだ。
これまであったことも全部美樹本に話すつもりだと告げると、可奈子はやめてと声を張り上げる。
こんな幸せな時間は初めてだから、奪わないでと。
可奈子の目に大粒の涙が浮かぶ。啓子がやろうとしていることが美樹本と可奈子の関係に少なからず変化を
もたらし、それが可奈子の幸せな時間を奪うことになるのはわかっている。でも……。
啓子は思い切り息を吸い込んでから、「わかった」と一言そう告げた。
努めて明るくあっけらかんと先を続ける。可奈子がそこまで思ってるなら、諦めると。
考えた末に啓子は可奈子にとって最も満足のいく答えを返した。……可奈子が目を丸くして啓子を見る。
……だって、可奈子の幸せはあたしの幸せだもん。
 
393 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/30(土) 04:47:57 ID:y9LY6QDd0
啓子は夕食のトレーが手付かずのままになっているのに気がついた。
――ちゃんと食べないとダメよ、ではないとあたしが食べちゃうぞ。
――いいよ、食べても。
――絶対ダメ。これ以上太らせるつもり?
口を尖らせると、可奈子は半ベソ顔を左右に不利ながらくすくすと笑った。


せめて水だけでも飲んだ方がいい、それが最低条件だと言うと、啓子は可奈子に背を向けてドアノブを握る。
――これからも、仲良くしてくれる?
――……うん。もちろん。
――……よかった。
――……ありがとうね、啓子。
啓子は部屋を出ると、早足でロビーへと向かった。


部屋に戻るとどっと疲れが押し寄せ、ベッドに倒れこむようにして横になる。
枕に顔をうずめ、こみ上げる感情のままに呟いた。
これで、よかったんだ。よかったの。いいのよこれで。だってあたしは間違ってない。
ノックの音がした後、透が廊下から呼ぶ声が聞こえた。出てみると、透と真理が青い顔で立っている。
美樹本が、殺されている。それを聞いた啓子はドア枠によりかかって身体を支えた。
美樹本さんが……殺された。その言葉はなんだかテレビの中の台詞のようにしか聞こえない。
食堂を覗くと、可奈子が美樹本の遺体にすがりついている光景が飛び込んできた。
それは何だかとても美しく、中世の宗教画のようでさえあった。
ああ、可奈子、可哀想な可奈子……。
啓子はそっとしておくことにし、少し離れた場所で可奈子を見守ることにした。
春子が可奈子を美樹本から引き剥がし、みんなで食堂を出て行こうとする。しかし俊夫がそれを引き止めた。
2階にいたはずの美樹本がここにいるのは変だ。何か謎を解く手がかりがあるはずだと。
俊夫は物置部屋の前で線香の匂いがしたことを思い出し、また1年前の事件で消えた写真とミニカーの件から
暖炉に物置部屋と繋がる隠し通路があることを突き止めた。
突然可奈子が火掻き棒を手に暖炉の奥の壁を叩き始め、四つんばいになり暖炉の中に頭を突っこみだした。
啓子がそれを止めようとしたが、秘密の通路の入り口を発見したらしい可奈子が中に入ろうとしたので
慌てて全員で引っ張り出す。
一旦食堂を出て行った俊夫により犯人に逃げられたことが発覚したが、透は全員に鍵を見せるように言うと、
この中に共犯者がいると言い出した。犯人が香山の部屋に鍵をかけたのなら犯人の分の鍵が存在することに
なるのに、ここには全ての鍵が揃っている。これでは鍵の数が足りない、と。
合鍵説は即座に否定される。この中に犯人に鍵を貸し、また返してもらった共犯者がいるのだ。
透が誰かを名指ししようとしたが、俊夫がそれに口を挟んだ。
啓子が鍵をなくしたというのは嘘で、啓子はマスターキーと2号室の鍵を両方持っているのではと。
管理人室の鍵を開けられなかったのは2つの鍵のタグを犯人が付け替えていたからで、その後の検証では
また戻していたのだろう、と。
どうしよう。このままではあたしが犯人にされてしまう。自分が犯人ではないことを証明しなければ……。
 
394 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/30(土) 04:48:51 ID:y9LY6QDd0
そもそも啓子へ嫌疑がかけられているのは2号室の鍵をなくしてしまったからだ。
そこから順に考えて、みんなが納得できる答えを示さなければならない。
・啓子は2号室の鍵をなくした。→本当。
・代わりにマスターキーを受け取った。→でも管理人室には入れなかった。
→本当にマスターキーなのか?
→じゃあ、どこの鍵だ。
→2号室を開けられたのだから2号室では? 隣が開けられたのは鍵穴が馬鹿になっていたのでは。
→だったら、最初の鍵はなんなんだ。あれでも2号室は開けられた。
→マスターキーは誰が持ってるんだ?
→犯人だ。犯人が事前に自身の部屋の鍵とマスターキーのタグを付け替えて管理人室にかけていたのだ。
→つまり、啓子は『マスター』のタグがついた犯人の部屋の鍵を手に入れている。
啓子はその考えを皆に話す。俊夫の言ったことは当たっている。ただし、半分だけ。
犯人は2号室の鍵とマスターキーをすり替えたのではなく、自分の部屋の鍵とすり替えていたのだ。
そこにいた全員が不可解そうに目を瞬かせた。
俊夫はすり替えられた犯人の部屋の鍵を持っていたのなら、自分の部屋には入れなくなると疑問を口にする。
まさか、犯人の部屋の鍵で犯人の部屋に出入りしていて、それに気づかずにいたというわけじゃあるまいし。
そのまさかだ、と啓子。すり替えられていたのは鍵だけじゃない。啓子の部屋もすり替えられていたのだ。
その犯人とは……(名前入力)
……春子だ。啓子の言葉に春子だけは驚かなかった。半ば諦めたように啓子を見つめ返している。
啓子の鍵の紛失は犯人の誤算だ。すでにマスターキーは3号室の鍵とすりかえてあったため、香山が
『マスター』のタグの付いた鍵を啓子に渡したことに慌てた犯人は、3号室を2号室に見せかけたのだ。
啓子が今いる部屋は本当は3号室。同じ部屋が並んでいて、しかも湾曲していたので気づかなかったのである。
(透編にて、春子と物置部屋の前から離れる際に振り返った場面参照。立ち止まった地点から振り返ると
札が貼られた部屋のドアが2つ(1つは物置部屋)見えている。1つは1号室であるので、立ち止まったのは
2号室の前だが、ここにも札が貼られている)
(また、啓子のマスターキー所持に真っ先に苦言をはいたのは春子)
では、何故鍵の検証のときに啓子の鍵で2号室も3号室も(本当は3号室と4号室)開けられたのか?
答えは簡単だ。春子は手の中で啓子の鍵とマスターキーを重ねていた。『マスター』のタグを手の外に出し、
あたかもその鍵を使うように見せかけて、手の中にタグを隠した本物のマスターキーで鍵を開けていたのだ。
春子はふっとため息をつくように笑いを漏らす。
やはり、啓子が鍵をなくしたときに中止するべきだったのかもしれない、と。
春子が美樹本を殺したのかととう可奈子に、美樹本まで、香山だって、殺す気などなかったと春子は答えた。
どうして、と青ざめた表情の真理が問うも、もういいじゃないかと言う。自分だけが2人を殺せたのだからと。
俊夫は声を荒らげ、あのコートの男は誰だったのか、本当のことを教えてくれと問う。
だが春子は、香山たちを殺したのは自分なのだとだけ、どこか安心しているような様子で言った。
「大丈夫です。わたしはきちんと全てをお話して。罪を償うつもりでいます。最初から、そうすべき
だったんです。最初から――」

本土からやってきた警察の船に乗り、啓子たちは三日月島を離れた。
逮捕された春子、そして香山と美樹本の遺体は別の船に乗せられて本土へ戻った。
口もきけないほど怯えきっている可奈子に寄り添い、遠ざかっていく島をぼんやりと眺める。

……また、つらい事件に巻き込まれてしまった……。
あたしたちは元の日常に戻ることができるのだろうか……。
1年前に島を去るときと同じ不安を感じながら、それでもあたしは――。

あたしは可奈子と2人、支え合って生きていこう。
これから先もずっと。
そう胸に誓うのだった。

                終

          No.77 元の日常へ
 
395 :かまいたちの夜×3◆l1l6Ur354A:2006/09/30(土) 04:53:59 ID:y9LY6QDd0

第1回啓子編終了。
俊夫編で隠し通路、透編で鍵の謎問題提起、啓子編で鍵の謎解明と共犯者発覚と、
これで推理の材料は揃いました。
次回からはやっと解決ルートに入ります。
 

最終更新:2020年02月23日 20:34