リアルサウンド~風のリグレット

リアルサウンド~風のリグレット

part32-173~179


173 :リアルサウンド ~風のリグレット~:2007/08/06(月) 17:43:55 ID:v1Yt9zHA0
「台風、見に行かないか?」
―それは小学生のときだった。明日から夏休みという日。
―台風19号が近づいて来ていた。きっと、時計台に登ったら、台風がよく見えるに違いない。
―本当は一人で行くつもりだったけど、隣の席の女の子が今日を限りに転校してしまうというので、
―とっさにそんなことを言ってしまった。
―僕はたぶん、恋をしていたんだと思う。でも、恋の使い方がわからなかった。
「じゃあ、7時5分前に、時計台の前で待ち合わせね」
―そんな約束をしたけど、女の子は待ち合わせ場所には来なかった。

それから10数年経ち、博司(ひろし)は大人になって、隣の席の女の子と東京で再会し、付き合うことになった。
隣の席の女の子・・・桜井泉水(さくらい いずみ)。彼女は、長い髪の似合う、素敵な女性になっていた。
博司は、どうしてあの日、来なかったのかと聞いてみたけれど、泉水は覚えていないと言った。
今年も、夏がやってきた。昔、台風を見に行く約束をしたのも、ちょうど今くらいの時期だ。
「野々村(ののむら)くん、野々村くん、起きてよ!」
泉水に起こされ、博司は午睡から目覚める。大学生になった博司は、就職活動中だ。
だが、まだどこにも内定が決まっていない。
今日はこれから、泉水が勤めている会社の面接に行く予定だ。

泉水と一緒に、地下鉄の駅へ向かい、プラットホームで電車を待つ。
「あ、あの子、ポケットにツグミ、入れてる」
博司が言うとおり、視線の先には女の子がいて、胸ポケットに小鳥を入れていた。
やがて電車が来て、二人は乗り込む。車内は込んでいた。
博司は泉水に、あの胸ポケットのツグミは、この混雑の中、潰れないだろうかなどと話す。
電車は突然、大きく揺れたので、博司は隣の男性にぶつかってしまった。
「すみません」
「いえ」
もうすぐ外苑前駅に着くというとき、博司は、泉水の様子がおかしいことに気付く。顔が青ざめている。
「わたし、忘れ物をしちゃった。今日はキャンセルさせて。あとで連絡するから!」
そう言って、泉水は慌てた様子で、外苑前駅で降り、走り去ってしまった。
追いかけなくちゃ、そう思い、博司も急いで泉水を追った。改札を出て、地上への階段を駆け上がったが、
泉水の姿は見当たらない。
そこへ、ポケットにツグミを入れている女の子が通りかかった。
「ねえ、落し物を拾ったんだけど、この近くに交番って、ない?」
女の子はそう言って、博司に話しかけた。女の子をまじまじと見る。年は博司や泉水と同じくらいか。
でも、大人しそうに見える泉水とは違って、快活そうな女の子だ。
博司が交番の場所を教えると、女の子は去っていった。
博司は、この場はあきらめて、家に帰った。

―あれから5日が経った。泉水からの連絡は、まだない。これって、失踪ってやつなんじゃないのか?
家の電話に留守電が入っていたので聞いてみた。泉水との共通の友人である、三井という男からだった。
数日前、泉水を表参道のファミレスで見かけたという人がいるという。あまり有力な情報ではなかった。


174 :リアルサウンド ~風のリグレット~:2007/08/06(月) 17:45:06 ID:v1Yt9zHA0
博司は意を決して、泉水が住んでいるアパートを訪ねてみることにした。
今まで、博司のところに泉水が尋ねてくるばかりで、泉水の部屋へ行くことはなかったのだ。
泉水の部屋の前で、あの女の子、ツグミをポケットに入れていた女の子とバッタリ出会った。
だが今日は、ツグミは女の子が手にした鳥かごの中にいた。
どうしてこんな所に彼女が?といぶかしんでいると、女の子はポケットから手帳を取り出す。
博司にはそれに見覚えがあった。泉水が持っていたものだ。
女の子は、手帳を拾ったので、それを届けに来たと言う。
もしかして、その手帳には、泉水が失踪した秘密が書かれているのでは?と思い、
博司は女の子から手帳を受け取ろうとするが、女の子はそれを拒んだ。
「あなたは、彼女のなに?」
女の子はそう博司に尋ねる。
「俺は泉水の・・・」
彼氏だ、と答えるべきなのだろうが、博司は言いよどむ。
「とにかく、彼女に直接手渡すから」
そう言って、女の子は手帳をポケットに戻した。

泉水の部屋のチャイムを鳴らすが、やはり泉水は不在のようだ。
そこで、女の子は信じられない行動に出た。
隣の部屋の住人に何とか理由をつけて、隣の部屋のベランダ伝いに泉水の部屋へ入った。
博司も泉水の部屋へ入った。いつの間にか、博司は女の子のペースに乗せられていた。
鉢植えのハーブが幾つか置かれていたが、それらは全て枯れていた。
5日どころではなく、もっと前から泉水はこの部屋へ帰ってないようだ。
「彼女とはどういう付き合いなの?」
女の子がそう聞くので、博司は泉水とのことを話した。
「そうだ、留守電が入ってるかもしれないよ。確認してみたら?」
女の子がそう提案するので、博司は、泉水の部屋の電話から、自分の家へ電話をかける。
留守電メッセージが流れている間に、暗証番号をプッシュすると、留守電が確認できる。
”新しいメッセージは1件です”
「もしもし、野々村くん?泉水です。また電話します」
喋っている間に、時折咳をしている。風邪でも引いているのか、しゃがれた声だった。
泉水から電話があるなら、大人しく家で待っていれば良かったと博司は思った。
電話を切ると、台所から、女の子が戻ってきた。
「ねえ、彼女って、紅茶好き?」
たぶん、好きだったと思う、と博司は答えた。
台所で見つけた時刻表のページに、紅茶の葉が挟まっていたそうだ。
そのページを見る。夜行列車、特急「かえで」。
それは、博司と泉水が育った町へ行く列車だった。
きっと、泉水は「かえで」に乗ったに違いない。
博司は時計を見る。急げば今日の「かえで」に乗れそうだ。
なんと、女の子も一緒に行くと言い出した。

女の子と駅で待ち合わせて、「かえで」に乗り込む。
「そういえば、名前聞いてなかったね」
博司はここに来てやっと自己紹介する。
「わたしは奈々(なな)。高村奈々」
奈々は、籠の中のツグミを見る。
「そして、この子はライカ。ライカはわたしの星座」

「そうだ、野々村くんが育った町ってどんなとこ?」
「阿九美町(あくみちょう)っていう、海沿いの小さな町」
博司は、小学生の頃の泉水を思い出していた。
―彼女はある日、転校してきた。両親がいなくて、おじいちゃんと暮らしていた。
―あれは、初恋だった・・・。


175 :リアルサウンド ~風のリグレット~:2007/08/06(月) 17:45:48 ID:v1Yt9zHA0
阿九美町に着いた。博司は、公衆電話から、留守電をチェックしてみた。
”新しいメッセージは1件です”
「もしもし、泉水です。野々村くん、心配しているよね。ごめんね。
とりあえず、元気にしてます。また電話します」
相変わらず、しゃがれた声だった。
「ねえ、これからどうするの?」
奈々が博司に尋ねる。
「同じ小学校だった麻美って子が、教育実習で、こっちに来てるんだ。
麻美なら、泉水とも仲が良かったはずだし。会ってみよう」

博司と泉水が通っていた小学校に着く。木造の、小さな小学校。
「わぁ。なんだか懐かしい感じがするね」
奈々は感激している。
「ここは、たぶん、昔と変わってない。でも、覚えていた風景とは違う気がする」
そう言う博司に、奈々はそんなもんでしょと答えた。
奈々は、体育館で待っていると言うので、博司は一人で職員室の麻美を訪ねた。
麻美に、泉水が失踪していることを話し、何か知っていることはないかと聞く。
「泉水?こっちに戻ってから、ぜんぜん会ってないよ。
わたし、泉水のこと、あんまり好きじゃなかったな。
『あんたなんか死んじゃえばいい』って言われた。野々村くんが好きなことがバレたから」
絶句する博司。
「・・・冗談よ。本気にしないで」
麻美は笑ってそう言ったが、本当に冗談なんだろうか?
奈々は体育館で、たどたどしくピアノを弾いていたが、博司が来るのを見て、
突然弾くのをやめた。

二人は次に、駅前に出た。この町で一番賑やかなところだ。
と言っても、スーパーが一軒と、店が数軒あるだけだが。
「野々村くん、野々村くんでしょ?中学のとき、同じクラスだった玉木ですよ」
突然、声をかけられた。
玉木か。親父が不動産屋を経営していて、イヤミな奴だったな、ということを思い出した。
お茶でもご馳走しますから、と、半ば強引に、玉木の家に連れて行かれた。
玉木は、親父の後を継いで、不動産屋を経営しているらしい。
そのせいか、人の噂もよく耳に入ると言う。博司は、泉水について聞いてみた。
「桜井泉水?彼女、淫乱な女性でしょ?中学、高校のとき、男をとっかえひっかえ・・・」
それを聞いて博司は激昂する。
「嘘を言うな!泉水は、小学生のとき、この町を出て行ったはずだ」
「彼女、隣町の中学に通っていたんですよ」
どうも話がかみ合わない。

博司と奈々は、玉木の元を辞去した。
みんな、泉水に対して、何か誤解しているようだ。博司はイライラしている。
そんな博司を見て、奈々は言う。
「泉水ちゃんのこと、信じてないの?野々村くんの彼女でしょ?」
そろそろ日が暮れてきた。どこか、泊まるところを探さなければ。
タクシーをつかまえて、どこか安いホテルに連れて行ってもらおうと思った。
「あれ?野々村?」
「あ、お前、宮坂か?」
乗り込んだタクシーの運転手は、博司の小学校の時の同級生、宮坂だった。
博司は宮坂に、泉水が失踪していることを話す。
「桜井さんなら、東京で働いてたとき、俺のタクシーに乗ってきたよ。
香水ぷんぷんで、毛皮のコート着てた。水商売みたいだったな。男と一緒だった」
だが博司は信じない。
「本当だって。人違いでもなんでもない。あ、そうだ、彼女、実家に帰ってるんじゃないか?
場所知ってるし、連れて行ってやろうか?」
泉水には両親がいないはずだ、そう博司は言ったが、宮坂は、ご両親とも健在だと言う。
「着いたぞ」
タクシーは一軒の家の前で止まった。そこには「桜井」という表札があり、
窓から覗くと、老夫婦がいた。博司には、呼び鈴を押す勇気がなかった。


176 :リアルサウンド ~風のリグレット~:2007/08/06(月) 17:46:29 ID:v1Yt9zHA0

夕闇が迫る海岸に二人は来た。ずんずん歩いていく博司を、奈々が追いかける。
「ねえ、どっか泊まるとこ探そうよ~」
「うるせぇな。ほっといてくれよ。ひとりになりたいんだ」
「・・・・・・」
「10年間、ずっと信じてた。おじいちゃんが死んだ、両親がいないから東京に転校する、って・・・」
博司は、今にも泣き出しそうだ。
「きっと、君の気を惹きたかったのよ」
そう言って奈々はなぐさめた。
なんとか安ホテルを見つけ、奈々と博司は別々の部屋をとった。
博司はまた、留守電をチェックする。
”新しいメッセージは1件です”
「野々村くん、元気ですか。泉水です。会えなくて淋しいけど、わたしは元気です。
今日、あの日のことを思い出しました。また台風が来ます。
わたしは今でも、あなたのことが好きです。また、電話します」

翌日、二人は、待ち合わせ場所の時計台に行ってみることにした。
「岡の上の時計台で、この町で一番高い場所なんだ。黄色いレンガで出来ていて・・・」
博司は奈々に、時計台の説明をする。
「えっ?青いレンガじゃないの?」
奈々はそんなことを言う。
「いや、間違いなく黄色いレンガだよ。ほら、もうすぐ見えてくる・・・」
と思ったが、そこには野原が広がっていた。
通りかかったおばさんに、時計台がどうなったのか聞くと、一昨年、火事で燃えてしまって
取り壊されたとのこと。代わりに、となりに公園が作られたそうだ。
となりの公園のブランコに乗る二人。これからどうしよう?

あてもなく、海の方へ歩いていくと、突然、雨が降り出した。
「このままじゃ濡れちゃう!」
側に、廃屋になったドライブインがあったので、二人はそこで雨宿りすることにした。
博司は、奈々に問われるままに、昔のことを話す。
あのとき、7時5分前に集合と言ったのには理由がある。
あの時計台は、7時ちょうどに、鐘が3回鳴る。だから、それを聴こうと、彼女が提案したのだ。
「わたし、好きだな。子供の頃の君」
「奈々は?奈々の子供の頃はどうだったの?」
「わたしは・・・忘れちゃった」
奈々は、ツグミを籠から出し、懐に入れて暖める。
「そういえば、どうしてライカっていう名前なんだ?」
博司がそう聞くと、奈々は答える。
「わたしね、星座がないの。誕生日がないの・・・」
そのとき、ライカは奈々の懐を飛び出し、割れたガラス窓をくぐり抜け、外へと飛び去った。
奈々は土砂降りの雨の中、ライカを追って外へ飛び出した。博司も後を追う。
あきらめずにライカを連れ戻そうとする奈々を、博司は説得し、ドライブインに連れ戻した。
ずぶ濡れになってしまった。燃やせる物をかき集めて火を点ける。
「ねぇ、ライカ、戻ってくるかな」
「ああ、帰ってくるよ」
「ねぇ、肩を貸して」
奈々は震える声で言う。博司がいいよと答えると、奈々は、博司の肩にもたれ、泣き出した。
奈々はやがて、泣きつかれて眠ってしまった。
ふと、奈々のポケットに目がいく。あんなに見たかった、泉水の手帳。
それが、手を伸ばせば届くところにある。
―でも、もう、泉水が失踪した理由なんて、どうでもいい。
やがて、奈々が目を覚ました。奈々は突然立ち上がる。
「夢を見たの。子供の頃の夢」
そう言って、奈々はまた、外へ飛び出していってしまった。
博司は、しばらく待っていたが、戻ってこない。
奈々は、ホテルに帰ったのでは、と思い、ホテルに帰ることにした。
雨はさらに激しさを増していた。


177 :リアルサウンド ~風のリグレット~:2007/08/06(月) 17:50:03 ID:v1Yt9zHA0

ホテルに着いたが、奈々はいなかった。部屋に置いてある荷物もそのままだ。
博司は留守電を聞いてみることにした。
”新しいメッセージは1件です”
「三井だけど。あの時は言い辛かったから、嘘ついてたんだけど、
泉水がいたのはファミレスじゃなくて、ホテルのバーだった。男と一緒だったよ」
玉木や宮坂が言っていたこと、あれは全て真実らしい。
麻美が冗談だと言ったのは、博司に気を使ったためで、あれも本当のことなのだろう。
博司は、177をプッシュし、天気予報を聞く。台風が近づいてきており、大雨洪水警報が発令されている。
奈々が心配だ。博司はホテルを飛び出し、奈々を探し回る。
雨の音に混じって、遠くから、鐘の音が聞こえた。3回鳴った。
博司は、パトロール中のお巡りさんに尋ねる、時計台はどこにあるのかと。
町の南側にも、時計台があるという。青いレンガで出来た時計台が。

「あの時計台の窓から、星が見えるの。小さい星のひとつに名前をつけたの。『ライカ』って」

博司は全てを思い出した。そう、この町には時計台が二つあったのだ。
博司は黄色いレンガの、彼女は青いレンガの時計台の存在しか知らず、
結果として、二人はすれ違ってしまったのだ。
そう、10年前、隣の席に座っていたのは、奈々だったのだ。
青いレンガで出来た時計台は、教えられたところに、確かにあった。
その中に、奈々が待っていた。
「遅い~」
「うっかりしてたよ。10年遅刻した」
「野々村くんは10年前と変わってない」
二人は笑い合う。
「俺、もう一度やり直したい」
「またすぐに忘れるよ」
「忘れない、忘れないから――」

翌朝。台風一過の青空。二人は東京に帰ることにした。
駅に着いたが、電車が来るまでまだ時間がある。
奈々は、おにぎりとか買ってくると言って、駅前のスーパーに買出しに行った。
ホームで博司は、泉水と再会する。
「なんで何も言わずにいなくなったりしたんだよ」
泉水は答えない。
そこへ、奈々が戻ってきた。奈々は走り去る。博司は追いかけ、海岸のところで追いついた。
「待てよ!」
「おめでとう、良かったね。わたしと会わなかったことにして、彼女と帰りなよ。
欲しいものは、ぎゅーっと掴んで、放しちゃだめだよ。じゃあ、わたし、行くね」
立ち去る奈々を、博司は追いかけることができなかった。

博司と泉水は無言のまま、列車に乗った。
やっと泉水が口を開く。
「彼には奥さんがいるの。何度も別れようと思ったけど、結局元に戻ってしまう。
でも、信じて。だんだん、あなたのことが好きになって、彼とは別れたわ。
家に帰ると、電話がかかってきて、また元通りになりそうだから、実家に帰ったの。
・・・電車が揺れたとき、あなたがぶつかったのが、彼だったの。
あなたが謝って、彼が一言、『いえ』って答えたでしょ?それだけで彼だって気が付いた。
思いの差って、そう言うところに出るのよ」
そう、泉水はたった一言で気付いたが、博司は留守電の声が、泉水ではないと気付かなかったのだから。
「何で、10年前、隣の席に座ってたなんて嘘をついたんだよ」
「あなたと彼女の思い出を盗むことにしたの。あなたが一番好きなのは、思い出の中の彼女だったから。
だって、あなたが初恋の人だったから。あの子が転校する前に出会ってたら、
勇気を出してあなたに声を掛けていたら、今頃・・・。
初恋は、初恋でしかないもんね」
その後は、終始無言のまま、列車は東京に着いた。


178 :リアルサウンド ~風のリグレット~:2007/08/06(月) 17:51:26 ID:v1Yt9zHA0
博司は部屋へ帰った。改めて、留守電を聞く。
泉水の話し方を真似ているが、よく聞いてみると、たしかにこれは奈々の声だ。
風邪を引いているフリをして、声が違うのを誤魔化すなんて。
―どうして気付かなかったんだ、どうして気付いてあげられなかったんだ。
―奈々、君に会いたい。

数日後、博司のもとに、無言電話がかかってきた。
「もしもし、奈々だよな、会いたい、会いたいんだ・・・」
電話は切れた。
―この世界には、かけがえのないものがあるということ。
―取り返しのつかないものがあるということ。
―だけど、だけど・・・。

「いいもの見せてあげようか」
―今日、転校してきたという彼女は、ポケットからツグミを取り出す。
「わたしの星座なの。わたしを産んだ本当のお母さんが、わたしを施設に置いてきたとき、
誕生日を言い忘れちゃったんだって。だから、わたしには、星座がないの。
でも、星占いのとき、困るでしょ?だから、これがわたしの星座」
―僕はツグミの名前を聞いたけど、名前はないと彼女は言った。
「じゃあ、『ライカ』ってどうかな?」
―ライカ犬。宇宙船に乗せられて、そのまま星になった犬。
「決まり。この子の名前はライカ」
―そういえば、彼女の名前を聞いていないことに気付く。
「わたし?わたしは、奈々」

それから数ヵ月後。博司は、とある会社の最終面接を受けていた。
「ここに一台のタイムマシンがあるとします。どこへ戻ってみたいですか?」
「わたしは、戻りたいとは思いません」
「どうしてですか?やり直したいとは思わないのですか?」
「過去があるから、今の自分があるからです」
―いろいろあったけど、泉水とは、友達としてやっていくことになった。
面接を終え、地下鉄に乗り、帰ろうとする途中。外苑前駅で、見覚えある姿を見かけたような気がして、
博司は急いで電車を降りた。
地上へ上がる階段を駆け上がるとそこには、奈々がいた。
あの日と同じ。ポケットにツグミを入れている。
「よう」
何事もなかったかのように、奈々は博司に声をかけた。
「ライカ、見つかったのか」
「そう、あの後、偶然見つかったの。ライカがまたいなくなったら、野々村くん、わたしの星になって」
奈々はふざけた調子で言う。
「ねえ、手を握っててあげるから、目を瞑ってて。わたしが3つ数えるまで、目を開けちゃだめだよ」
博司は嫌がりながらも、奈々の言うとおりにした。
きっと奈々は、また博司の前から姿を消そうと思っているに違いない。
今度こそ、奈々を逃がすものか。後悔しないように、ぎゅーっと掴んでおかなくては。

―僕たちは、歩いていく。休むことなく、後戻りすることもなく、前へ、前へと。

おわり


179 :リアルサウンド ~風のリグレット~:2007/08/06(月) 18:03:51 ID:v1Yt9zHA0
予告せずに投下してしまいました
ちなみに、このゲームはマルチエンディングです。
また、分岐によって途中の展開が変わったりしますが、
最良と思われるものを選びました。

最終更新:2007年08月08日 10:48