原子力開発ストップ党


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市民運動家の右田氏らが結成した政党。原子力発電所の全廃や原子力技術の開発中止を訴え、95年の参議院選挙では原子力発電所のある選挙区を中心に10名の候補を擁立した。選挙では、全員落選するも多くの候補が善戦し、現職候補相手に票数で1000票差(有権者数23万人)まで迫るところもあった。

98年の参議院選挙では、ニュースキャスターの市森氏を擁立するなどし、党首の麻井氏と選挙対策委員長・副幹事長の市森氏が当選を果たした。

麻井氏と市森氏両氏は与党に接近して連立内閣に参加し、00年には市森氏が科学技術庁副長官に就任した。市森氏が副長官に就任すると、原子力燃料の再処理研究事業やプルサーマル開発事業の予算を大幅に削減することを強く長官に求め認めさせた。

市森氏の行動は世間でも高い評価を受け、政府は00年以後10年間の原子力発電所新設を行わないことを発表した。この政府の方針を受け、党は一定の成果があったとし、01年に解散を表明した。

また、麻井氏は党の活動を受け継ぐ組織として結成した市民団体「原子力ストップ市民連盟」代表就任のため01年の党解散とともに辞職し、市森氏は平和自由党に合流した。
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