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「おかえりなさい……ルーク……!」 渓谷を湿った空気が吹きぬけ、ティアのいつもは目に被さっている髪が舞い散る。 震えるその目元から、雫までも舞い上げて。 風はセレニアの花びらと共に空に吸い込まれる。「ただいま、ティア……」 顔に当たるように翻る真紅の後ろ髪を手でよけてから、照れくさそうに鼻を擦る。 互いの目には今、きっと互いしか映っていなかった。 二人の世界といった空気を見てアニスが呆れたように笑って肩を竦めた。
しかし、その空気はすぐさま一変する事となる。
「……フン。お前がもっとはやく自我を取り戻していれば、 もっと早く帰れたんだ…… な、なんだよ、おれのせいかよっ!」
両手に握りこぶしを作って連続して叫ぶのを見て、皆が息を呑んだ。 ルークは一人でしゃべりながら目を細めたり見開いたりしている。
「チッ!出来損ないのレプリカが、また言い逃れか! なんだよ!体がないから俺は帰れないなんて言うから受け容れてやったんじゃないか! うるせえ!どうせそのままじゃお前は体内音素の剥離で死ぬところだったろう! だから俺の体に残存していた体内音素で補って助けてやったんだろうが!」
皆が驚きに声を発せない中、ガイは勇気を振り絞って声をかける。「……はは。……ルーク?そういう悪質な冗談は――」
「「そんなんじゃねぇよ!!!」」
「で、あの後ローレライと一体化してたってわけか」「そうだ。渓谷で詠われた大譜歌によって、眠り続けていたルークの意識が目を覚ました。 それでようやく戻ってこれたってわけだ」 アルビオールの席に座り、状況を語る。 彼らは元から表情や髪型でしか違いを見分けられなかったのが、 今は交互に表情が変わり、皆混乱していた。「そっか、おれ眠ってたのか……。 ああ。おかげで俺はいい迷惑だ。さすがレプリカは無責任だな!そのまま逝けたほうがどれほどましだったか! おい、ふざけるなよ!おれやナタリアが悲しむってあの時も言っただろ!」「あなたたち、喧嘩ばかりして!いい加減にして頂戴!」「す、すまない……ごめん、ティア……」 それぞれが謝ったため、ティアは再びゆっくり腰掛けた。「……そうですわ。形はどうあれ、帰ってこられたのです。 二人とも生きて戻れただけでもいいではありませんの」「この状況のどこがいいと言うんだナタリア。 どちらが主として動いている時も、プライバシーも何もあったものじゃないんだぞ」「それは……」「俺はまた旅に出て、分離の方法を探す。異論は無いなレプリカ! ああ。でも、だったらまずジェイドに……」 そこまで黙って聞いていたジェイドにアッシュは視線で発言を促す。「――あなたがたは、元々あった理論を何らかの理由で超えています。 生きて戻っただけでも奇跡。……分離するのは大変ですよ」「かまわん。このままじゃ困っ おいティア、顔色悪いぞ ――黙れレプリカ!途中でしゃべるな! い、急ぎの用なんだよ!!」「……心配をかけてごめんなさい、 ……ちょっと、酔ってしまったみたいだわ。風に当たってくるわね」 ティアは障壁をあけて、急ぎ足で出て行ってしまった。「――イクシフォスラーとかと比べたら、アルビオールは3D酔いするほど早くないんだけどな」「?ガイ、なんの話ですの?」「あ、いや。こっちの話さ」 ルークはティアが出て行った扉をじっと見つめていた。「……おれもちょっと出てきていいかな。すぐ戻るよ。 おいレプリカ、俺はまだ話が ごめんアッシュ。ほんとにすぐだから。 ……いいだろう」 ルークは何度目となるかわからない一人漫才を繰り広げ、ティアを追った。 仲間はあぜんとその背中を見つめるのみだった。
ティアはあの日二人でエルドラントを見た場所で、 眠っているかのように微動だにせず、風に吹かれていた。「ティア」「こないでっ!」 歩み寄ろうとした足が竦む様にぴたり、と止まる。「っ、ティア……ほんとは、酔ってなんかないんだろ?」「――隠してもムダよね。 ごめんなさい。……わかってるの。 でも、まだ心の整理がつかないみたい……一人にして貰えないかしら」 ティアは空を見つめたまま振り向かない。 ルークも足を進めず、少し時間がたつ。「おい、ヴァンの妹。ルークはお前に話があるそうだ。 一人になるのはその後にしろ。俺はしばらく眠る。 お、おい、アッシュ……ったく勝手な奴だな」「……」「あ、あのさ、ティア」「……」「おれ、戻ってからまだろくに話してなかったよな」「……そうね」「おれ、もうみんなに会えないとおもってたから……また、会えてよかったと――」「そんな今にも消えるような言い方しないでっ!」 ティアは勢いよくふりかえる。 驚愕する緑の瞳に濡れた青が映る。「ティア……泣いてたのか」「……」 ティアは恥じるように俯いて、「ち、違うわ……風が強くて目が乾いてただけよ」 言いながら指先で頬を拭った。 その様子をしばし眺めて、ルークはようやくかける言葉を決めたようだった。「ティア……おれ、分離の方法を探し続けるから。 だから、またお前にずっと見ていてほしいんだ」「あなたはもう見ていなくても大丈夫だわ」「ティアが見ていてくれると思うとがんばれるから、だから、頼むよ」 ルークの陽射しのような笑顔につられて、 ティアも淡い月光のような笑顔を返す。「……しょうがないわね。 誰しも出来ることから始めるしかないのだから」 ティアはルークが歩み寄り、腕の中に包むのを拒まずに受け入れる。「あなたはあなたのまま帰ってきた。……悩むことなんて、無かったんだわ」 懐かしい笑顔に一つ二つと雫が落ちて、 無造作にあげられた手がやさしくティアの頬を拭っていった。
「……はっ。――な、なんだ!? わっごめんアッシュ! ――破廉恥な事を!劣化レプリカが色気づきやがって! いや、ちょっと事情がっ」
「もう……いい加減になさい!今のあなたは周りから見たら変質者よ!」
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