TOAのティアタンはメロンカワイイ SS > スレ12 > 153-161

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手料理

「ふしぎな匂いがするな」
 突然背後から声をかけられ、ティアは思わず手に持ったおたまを落として
しまった。
 台所中に金属の派手な音が響く。
「に、兄さん!おかえりなさい……!」
 慌てて鍋を背中に庇うが、鍋だけをヴァンの視線から遮ってみても、台所全
体の惨状が隠せるわけではない。
 こんなに早く帰ってくるなんて。ティアは泣きたい気持ちになった。
 ほんとうは、ヴァンが帰ってくるまでに美味しい料理を作って、綺麗に整え
た食卓でお出迎えをするはずだったのに。
 普段のティアの食事は、祖父であり、このユリアシティの市長でもあるテオ
ドーロの部下が運んできて、その人と一緒に食べるか、そうでないときは一人
で食べることが多い。祖父はティアをよく気に懸けてはくれたが、多忙のため
食事を共にすることは滅多になかった。

 以前は兄がもう少しいっしょに居てくれたが、所属する『神託の盾』内部で
の地位向上と共に生活の拠点を外郭大地へ移してしまったため、今ではそう頻
繁に会うこともできない。
 しかし、それでも兄はティアのために多忙の合間を縫って帰って来て、その
たまの帰還の時に手ずから料理を作ってティアに振る舞ってくれていた。
 ティアはヴァンの作る料理が大好きだった。何より食事を共にできることが
とても嬉しいし、ヴァンの作る料理は、他の人が作る料理よりはるかに美味し
く感じられた。
 そして、自分も同じように美味しい料理を作って、大好きな兄を喜ばせたい
と思っていた。危ないから、と兄が手伝わせてくれなかったこともあり、ティ
アは実際に料理をつくったことがなかったけれども、兄の料理する姿はずっと
見てきたし、材料を切って鍋に放り込むだけのシチューなら、ティアにもうま
く作れそうな気がしたのだ。

 久々に兄が帰ってくるとの知らせを受け、ティアは張り切って料理を作り始
めた。にんじんと、たまねぎと、じゃがいもと……。どの野菜を使うかは知っ
ている。
 ティアは手を切らないように細心の注意を払って、ざくざくと野菜を切った。
切ってから、皮を剥かねばならなかったことに思い当たった。小さな欠片にな
ってしまった野菜たちは、つるつると滑ることもあって、なかなかうまく皮を
剥かれてくれない。ティアの手にはいつの間にか、たくさんの切り傷ができて
しまっていた。
 元の大きさからずいぶんと小さくなってしまった野菜たち、そして、点々と
皮の部分が見える野菜たちを、ティアはとりあえず鍋に放り込んだ。食べると
きにはきっとわからなくなってる。お肉を入れて、それから……小麦粉?も入
れていた気がするし、トマトを潰したのも入れてたかな。バターはどうだった
かしら。ええと、水を入れて……ミルクも?適当な調味料と、何か葉っぱを入
れて、あとは煮込めばいいのよね。

 何かとんでもないことになっているような気はしたが、今さら後には引けな
い。ティアは鍋を火にかけた。ふと気づくと、台所は飛び散った野菜のカケラ
や、うっかり振りまいてしまって半端に水分を含んだ小麦粉などで、とんでも
ないことになっている。その片付けをしている間に、鍋からは微妙に焦げ臭い
匂いが漂いはじめていた。慌てておたまで鍋底からかき混ぜてみると、黒ずん
だカケラが浮き上がってきた。
 そんな混乱の最中に、今いちばん会いたくない待ち人から突然声をかけられ
たのだ。
「ティアが料理をつくっていたのか?」
 ヴァンはやや呆れがちな視線を台所にさ迷わせた。ティアは、この惨状をな
んと弁解したものかと、ぐるぐる回る思考に鞭打った。
「あ、あの……わたしが責任を持って、ぜんぶ食べるから!」
 ユリアシティでは、食料は貴重だ。多少焦げ臭かろうが、不思議な味がしよ
うが、捨ててしまうことなどできない。

「私のために作ってくれたものだろう?」
 ヴァンはティアが落としてしまったおたまを拾い上げてさっと水でゆすぎ、
止めるのも聞かず鍋の中のモノをすくって口に含んだ。
 そうして、しばらく黙って妙な顔をしていたが、おもむろに口を開く。
「少し、塩辛いな……」
 ぜったいにそんなシンプルな感想のシロモノではないだろう、ということは
想像に難くなかった。ティアがしゅんとしていると、ヴァンは腕まくりをして、
ティアに声をかけた。
「さて、ではティアも手伝ってくれ」
 ティアがきょとんとした。
「味を調える。私が指示をするから、ティアはそのとおりに動いてくれるか」
 料理の手伝いを頼まれたのは初めてだ。
「はい、兄さん!」
 ティアは目の前の惨状も忘れて、誇らしい気持ちになった。


 ヴァンは魔法でも使ったみたいに鍋の中身を食べ物らしく変えた。ティアは
一生懸命台所の掃除をしながら、ときどき兄の指示通りに調味料を加えたりし
た。ついでに二、三品の料理が増え、いつもよりずいぶんと遅くになって、ふ
たりはようやく食卓についた。
 シチューには微かな焦げ臭さは残っていたが、それでもじゅうぶん、食事と
して摂れるものになっていた。
「迷惑をかけてごめんなさい、兄さん……」
 向かい合ってしばらく黙って食事をしていたが、ティアはおずおずと切り出
した。
「ティアは料理を覚えたいのか」
 ヴァンはそんなティアを見て、食事の手を止め、尋ねた。
「わたし……いつも兄さんに作ってもらってばかりだったから、わたしも兄さ
んに美味しい食事をつくってあげたかったの。でも、……ほんとうに、ごめん
なさい」


 自分の引き起こした事態を思って、ティアは少し泣きそうになった。ヴァン
は、そんなティアを見て、考えるそぶりをした。そして、口を開く。
「今度」
「え?」
「今度帰ってきたときには、私が教えてやろう。だから、それまで待てるか」
「うん!……はい、兄さん!」
 ティアは目をキラキラと輝かせて、答えた。

「ねぇ、兄さん。わたし、一生懸命練習して、兄さんに心からおいしいって言
ってもらえる料理を作れるように、がんばるね!」
 翌朝、兄を見送るとき、ティアは決意を語った。
 楽しみにしている、とヴァンは笑って言った。

「おーい、ティア。そろそろできたか?」
 ぼんやりと鍋を見つめていたティアに、すぐ背後から声がかかる。
 止めるまもなくティアの手からおたまを取り上げて、ルークが鍋の中身を口
に含んだ。
「あちっ!」
 むせ返り、おたまを振り回して暴れる。
「当たり前でしょ!もう、行儀の悪い……」
 ティアはルークからおたまをひったくった。
「だって俺、ハラ減ってハラ減って、もう死にそうなんだよー」
 熱さに涙をにじませて、ルークが言う。
 仕方ないわね、とティアは取り皿にシチューを一掬い取って、スプーンと共
に渡した。
「……おいしい?」
 はふはふ言いながら幸せそうにそれをかき込むルークを見て、ティアは尋ねた。
「うまい!」

「そ、そう……。ありがとう」
 そのあまりに元気で率直な答えに、ティアは思わず赤面した。が、その後に
余計な一言を言うのが彼だ。
「こんなにハラが減ってりゃ、何だってうまいよ」
 ティアはもう一口頬張ろうとしたルークから、さっとスプーンと皿を取り上げた。
 何だよ!おーぼーだぞ!と抗議の声を上げるルークを無視して、ティアは鍋
の火を止めた。
「食事にしましょ。ルーク、みんなを呼んできて」
 とたんに機嫌を直して、犬ころみたいに駆けていくルークを、ティアは溜め
息と共に見送る。
 はじめて作ったときのシチューとは違い、素直においしそうな匂いのする鍋
を見る。取り皿に残ったシチューを、ぺろっと舐めてみた。
(おいしい……)
 焦げた味のしないシチュー、皮付きの野菜が入っていないシチュー。
(兄さんにも、食べてもらいたかったな……)
 ティアは少し感傷的な気分になった。しかし、そう長くそれに浸っているこ
とはできなかった。
「おーい、ティア!みんなを呼んできたぞ!」
 騒々しい気配に、ティアはまたひとつ溜息をついて、旅の仲間を出迎えた。



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