TOAのティアタンはメロンカワイイ SS > スレ9 > 827-833

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日差しが暖かかった。だから抜け出した。
理由としては、そんなもの。

朝の日の光が、頬に当たった。薄いカーテン越しに淡い光が目を掠め、眠りに落ちていた意識が浮かび上がる。
「・・・ん」
小さな吐息を漏らして、ティアは目を開いた。眠りから覚醒した直後のぼんやりとした視界に、明るい、いつもの見慣れた部屋の景色が飛び込んでくる。
背中に感じる柔らかなベッドの感触に、二度寝への甘い誘惑が訪れる。が、それを容易く捻じ伏せて、ティアは体を起こそうとした。
だがそこで、自分の腰へと回されている両手の存在に気付いた。起き上がるのを中断して、顔を向ける。
幸せそうな寝顔のルークの顔が息が掛かるような至近距離にあり、心臓が止まるほど驚いた。
同時に、自分の体を抱き寄せて眠っている存在が彼であることも認識し、ティアの鼓動が一転、早鐘のように高まった。
「ちょ、ちょっとルーク」
バクバクと高鳴る心臓を自覚しながら、ティアはとりあえずルークの肩に手を掛け、揺り起こそうとする。このままでは起き上がることが出来ない。
だが、目覚めを促すための声のはずなのに、自分の予想より遥かに小さな、吐息のような声量しか声にならない。
顔が触れ合う程の至近距離で、ティアは穏やかなルークの寝顔を見つめた。
深い眠りに落ちているような目の前の夫の寝顔に、頬が赤くなる。ここまでの状態になってしまったルークは、ちょっとやそっとの騒音や振動では起きない。昔からそうだ。
目の前にある顔を見て、キスでもして口を塞ぎ、手で鼻も塞げば、息苦しくなって起きてくれるかと二秒考える。
自分の想像に真っ赤になった顔を冷ますのに五分掛かった。本末転倒だ。
気を取り直して、なんとか現状を打開する方法を思案する。声を掛ければ良いだけだろうとは自分でも思うが、幸せそうな眠りを妨げるのも気が引ける。
おまけに自分の腰に回された両手の結束はやたらと固い。これを取り外そうとすれば、きっとルークは起きてしまうだろう。
迷惑ではない。迷惑ではないのだが、こういうのは、なんというか、困る。
「うー・・・」
身動きできない現状に、情けない声が漏れる。普段の毅然とした態度からは想像もつかないような、妙に可愛らしい声だ。
そもそも、どうしてこういう状況になってしまったのだろうか。結婚してからもう七年近いから、確かにこういう状況には数え切れないほど陥った。
そこまで考えて、ティアはその記憶を引っ張り出そうとした。昔のようにやれば良いということに思い至ったのだ。
(え?)
だが、なにか違う。こういう状況によく陥っていた昔と今では、色々と決定的に違うことがある気がした。
そこまで考えて、ティアの脳裏を閃光が過ぎった。
「!?」
ガバッと起き上がる。抱きついていたルークの手が解け、柔らかな音と共にルークがベッドに沈むのが見える。だがティアはそれどころじゃないとでも言うように、あたふたと部屋を見回した。
いくら寝起きとはいえ、寝惚け過ぎだと自分に呆れる。視界に入った机の上に、一枚の手紙があるのを確認した。
自分がこの状況を妙に懐かしいと思った理由は、簡単だった。ここのところ、毎朝ルークが眠りながら抱きついている相手が自分ではなかったからだ。
ルークとティア、二人の間でいつも小さな寝息を立てていた存在が、今日はいないということにようやく思い至った。
慌てて手に取った紙には、子供の文字が綴られていた。
『父上、母上、ごめんなさい。僕はどうしても屋敷の外が見てみたいのです。日が暮れるまでには必ず帰るので、どうか心配しないでください』
「ル、ルルルルルルーク!ルーク!」
読んだ手紙の内容に大慌てで、ティアはまだ眠りの中にいるルークへと飛びつく。
だがその当の本人は、あれだけティアがドタバタしていたにも関わらず、相変わらず幸せそうな顔で寝息を立てている。
「いやいや・・・もう喰えねえって・・・・いや・・・本当」
「ステレオな寝言言ってる場合じゃないのよ!」
「ぐふおっ!!」
無防備な鳩尾に、ティアのエルボーが直撃した。
ルークと共に子育てに奮闘した六年間、ティアも色々とたくましくなったのかもしれない。


その日、ナタリアはバチカル城の廊下を歩いていた。
普段は公務で世界中を飛び回っている彼女だったが、今日はたまの休暇だった。
とはいえ、別段やることも思いつかないナタリアは、弓の鍛錬でもしようかと中庭へと向かっている。
歩いていく廊下に設置されている巨大な窓から、朝の光が差し込んでくる。
「良い天気ですわね・・・」
すれ違うメイドや、甲冑に身を包んだ兵士が立ち止まり、頭を下げて挨拶を述べてくる。
それにいちいち立ち止まって返答をしながら、ナタリアはふと視線を窓の外へ向けた。
窓の向こうには、庭園が広がっている。選りすぐりの職人達が丹精込めて作り、そして管理してくれている。
バチカル城が他国に誇る程の見事な庭園だ。
少しでもその手の道に精通している者ならば、思わず溜息を吐きそうな程美しい物らしい。
だが、ナタリアにはよくわからない。
確かに綺麗だとは思うし、これを維持管理してくれている人達には感謝している。
が、こういう物を作る余力があるのなら、その分の国力をなにか民のために使えば良いのに、と思う。
しかしそうすると、今これを管理してくれている人達の仕事を奪うことにもなる。
「難しい、ものですわね」
溜息をつく。胸に、ある一人の男の顔が過ぎった。
(アッシュ)
もういない彼に、支えて欲しいと願うのは甘えなのだろうか。
(甘え・・・ですわよね)
彼が死んだと告げられてから、もう九年になろうとしている。
未だに吹っ切れない自分に苦笑しながら、ナタリアは庭園へと視線を向けたまま。
「・・・あら?」
その庭園の一角。不意にそれは見えた。
立ち並ぶ様々な木々や花の間から、ヒョッコリと、赤髪の頭の先だけが、なにかを警戒するように辺りを見回している。
「あれは・・・」
その頭髪に、ナタリアはその頭の持ち主が誰なのかすぐに悟った。彼女の知り合いに髪が赤い人物など、今は、二人しかいない。
貼り付けていた苦笑をより深くして、ナタリアは庭園へと続く扉へと足を向けた。

朝の日差しに包まれたその庭園に、一人の少年がいた。
真っ赤な頭髪を短く切り揃え、貴族の服に身を包んだ、外見に似合わない豪華な服を着た少年。
彼は先程から小動物のように辺りを伺いながら、少しずつ歩を進めていた。
子供なりに、最大限の警戒をしていることは容易に察せられた。だが所詮子供だ。
その警戒網は穴だらけで、もう十分もすればすぐにでも城を巡回している兵士に見つかってしまうだろう。
その背中に、不意に声が掛けられた。
「チェス。なにをしていらっしゃいますの?」
掛けられた声に、見ている方が気の毒になるほどビクリと反応する。恐れと恐怖に塗れた顔で、その少年は振り返った。
その視線の先には、苦笑いを浮かべているナタリアがいる。
声を掛けてきた人物がナタリアだと悟ると、呼びかけられた少年―――チェスは顔を一瞬だけ喜びに輝かせた。
「伯母上!」


「こんなところに護衛もつけず、無用心ですわよ?お父様とお母様はどうしたのですか?」
だが、すぐに告げられた言葉の内容に、落ち込むように顔を伏せる。
「え、えっと・・・」
その態度だけで、ナタリアには容易に彼の事情が察せられた。おそらく子供心の好奇心から、無断で屋敷を抜け出してきたのだろう。
苦笑いを浮かべたまま、ナタリアはその少年の傍に歩みよる。その動作にチェスが再びビクリと反応した。怒られると思ったのだろう。
だが、ナタリアは視線を少年に合わせるように腰を下げ、顔を覗き込んだ。
「お屋敷を、抜け出してきましたわね?」
「・・・はい」
「どうして?」
「それは・・・」
躊躇うように、視線を彷徨わせる。不安げにナタリアから視線を外し、そしてまた戻す。
その子供らしい挙動に、ナタリアは微笑む。それに安堵したのか、チェスは恥ずかしそうに顔を俯けながら、ポツリと呟いた。
「た、民の生活を・・・見てみたくて」
少年が発した。およそまだ六歳の言動とは思えないような言葉に、ナタリアは少し驚く。
「やっぱり僕も、いつか施政者となるわけですから。そういうことも学ばないと・・・お屋敷にこもってばかりでは、やっぱりわからないことが多過ぎますし・・・」
てっきり長年の屋敷での生活に退屈して、抜け出してきたのだとばかり思っていた。だが、目の前の少年の真摯な態度から、その言葉が言い訳とも考えにくい。
「そう・・・」
微笑み、そしてナタリアはチェスの手を取った。
「え?」
目をパチクリとさせるチェスに、ナタリアは笑いかける。
「行きましょうか。ティアとルークには、わたくしから後で言っておきますわ」
「え?え?」
事態が飲み込めず呆然とするその少年に、ナタリアはクスリと笑った。
「丁度、町に視察に出ようと思っていたところですの。付き合ってくださる?」

「うわあ・・・」
そして二人は、公園にいた。
朝から二人で町を歩いて周り、行き交う人々の多さに目を白黒させるチェスを引き連れて闘技場を見物し、店を回り、港の潮風に当たり、入り口だけだが廃工場にも足を向けた。
バチカルは巨大な都市だ。とても一日で回れるような大きさではない。
だが、ナタリアにとっては自分の家の延長のような町である。隅々とまではいかないが、それでも主要な部分のほとんどを見て回ることが出来た。
夕日が傾きかけた景色の中、二人は休憩のために公園に立ち寄った。チェスにとっては酷く珍しい物らしく、無邪気にナタリアの手を引っ張って、ここへと足を踏み入れた。
そのとき、微かにナタリアの表情が曇ったのに、チェスは気付かなかった。
それはその公園が、まだナタリアが幼かったころ、ある人物と一緒に城を抜け出して訪れ、そして誓いを立てた場所だったからだ。
「凄いです伯母上!緑がこんなにたくさん!」
ベンチに座るナタリアの前で、チェスは楽しくて仕方ないと全身で表現するように駆け回る。
「ええ、ここはバチカルの中でもっとも大きな公園ですもの」
「そうなんですか!?」
はしゃぎ回るチェスの赤髪が、夕日に照らされている。
その光景を眩しそうに見つめながら、ナタリアは微笑む。
「叔母上ー!」
チェスが、落ちていた木の枝を拾ってブンブンと振り回していた。
「見てください!父上に習ったんです!」
そう言い、木の枝を剣に見立てて、構えるような仕草を見せる。
子供らしい掛け声と共に、勢いよく枝を振り回す。その動作はどう見てもただの子供のチャンバラゴッコだったが、ナタリアは相変わらず嬉しそうにその光景を見つめている。
「まあ、凄いですわね」
「でも父上はもっと凄いんですよ!?」
宝物を自慢するように、父親であるルークがいかに凄いかを、身振り手振りを交えて少年は語る。
曰く、まだ自分では父上が片手でも勝てない。悔しくて、思い切って寝込みを襲ったこともあったが、その前に母上に怒られた。
幼いなりに精一杯に語られるそれらを、ナタリアは、ただ黙って聞いた。

「ね?凄いでしょ!?」
「ええ、アナタのお父様とは、わたくしも一緒に旅をしたことがありますから」
「そうなんですか?」
先程までの元気さから一転して、不思議そうな顔をする。
「そうですわよ。アナタのお母様とお父様、それに今はマルクト貴族のガイラルディア、それにマルクト軍人であるジェイドという殿方と、今のローレライ教団の教祖になっているアニス」
そう告げながら、ナタリアの胸にまた一人の男が過ぎった。その過ぎった顔に、微かに胸へと置いた手を握り締めながら、ナタリアは悲しみを押し込めるように微笑む。
「ほかにも、たくさんの方達がわたくし達を支えて、助けてくださいました。皆、素晴らしい方達でしたわ」
「それは、昔父上達が戦ったエルドラントという戦いですか?」
「ええ」
「あっ、じゃあ!」
そして、チェスは尋ねた。ナタリアが思いもしなかった、意外過ぎる質問を。
「伯母上は、アッシュという方を御存知ですか?」
息が止まるかと思った。思わず呆然とするナタリアの前で、相変わらずチェスはその目を好奇心に輝かせている。
「え、ええ・・・もちろん」
だが、そのナタリアの返答を聞いた途端、チェスの顔から笑みが消えた。唐突に黙りこみ、俯いてしまう。
「?どうしましたの?」
「・・・ごめんなさい」
「え?」
「伯母上、辛そうなお顔をしています」
チェスの的確な指摘に、思わずナタリアは息を呑んだ。こんな子供に悟られてしまう程、表に出てしまっていたということに驚く。
(いけませんわね・・・・本当に)
申し訳なさそうに顔を俯けるチェスの頭に、ナタリアは優しく手を置いた。
「ごめんなさい。気を遣わせてしまいましたわね」
言葉にも、少年はただ俯いて頷くだけだ。火が消えたように、先程の元気の面影も無い。
その少年の消沈に、ナタリアは胸が痛んだ。だから。
「・・・アッシュは」
言葉に、チェスが驚いて顔を上げる。その顔に微笑みながら、ナタリアは訥々と、ゆっくりと語り始めた。
「彼は、とても立派な方でしたわ・・・幼い頃から、わたくしの至らない部分を助け、導いてくださった」
ナタリアの座るベンチに並んで腰を掛け、チェスは興味深々と言った表情で、一字一句聞き逃さないように、耳を澄ませている。
その態度を不思議に思い、ナタリアは尋ねた。
「でもどうして、そんなにアッシュのことを知りたがるのです?」
「あ、それは」
ナタリアが語ってくれたという事実から、先程の消沈さが嘘のようにチェスは元気を取り戻していた。尋ねられた言葉に目を輝かせながら、先程剣の代わりに手に取っていた枝を握る。
「この間、母上に文字を教わったんです」
言いながら、チェスはナタリアと自分の足元の中央に、文字を刻んでいく。
Chas
自分の名前をきちんと書けたことが誇らしいのか、満足そうに頷いた。
「これ、僕の名前です」
「え、ええ。そうですわね」
チェスの言いたいことがいまいち把握出来ず、ナタリアは首を傾げる。
「それで、父上に聞いたんです。どうして僕の名前はチェスなのかって」
だがチェスは尚も嬉しそうに、文字を地面に刻んでいく。
新たな文字列が完成した。
そして、地面に拙く刻まれた文字を見て、ナタリアは思わず息を詰める。
Asch
アッシュ。
そこには、もういない、自分の想い人の名が刻まれていた。
「僕の名前は、父上や母上達や、そして世界を命を賭して救ってくださった。英雄の名前から文字を頂いているそうです」
無邪気な笑顔を向けられ、ナタリアは呆然から我を取り戻した。
「そ、そう・・・でしたの・・・」
胸が締め付けられるように痛んだ。それはある意味、突きつけられた事実に対する拒否の痛みだった。
彼の名前を継ぐ者が、自分の目の前にいる。その事実が、なによりもナタリアに告げてきていた。
彼は、もういないと。
鈍足の痛みに、絶望に、視界が歪みそうになる。九年も掛けて向き合えなかった事実。
心のどこかに仕舞い込んでいた、目を逸らし続けてきた絶望に、今、無理矢理向き合わされたような気分だった。

「・・・伯母上?」
急に黙り込んだナタリアを心配したのだろう。顔を上げると、不安そうな顔をしたチェスがいた。
「ご、ごめんなさい・・・僕、またなにか」
それに慌てて、笑顔を取り繕う。この子はなにも悪くない。否、誰も悪くない。ただ自分が、いつまでも振り切れない過去に、一人で囚われているだけなのだから。
「なんでもありませんわ。大丈夫」
そう言って、立ち上がる。動いていれば痛みも治まるだろうと、そんなありもしない幻想に縋って。
「さあ、もう帰りましょうか。ティアもルークも心配してしまいますわ」
「あっ、はい!」
そして、二人は並んで公園の出口に向かっていく。目の前に大きな門が見えてきた、そこを出れば公園は終わり、後は城へと戻るだけだ。
「伯母上」
それを察しているのか、チェスは急に跳ねるように前に出て、ナタリアを振り返る。
そして、その小さな赤い頭を、丁寧に下げた。
「今日は迷惑をお掛けしてごめんなさい。でも、本当にありがとうございました」
「ふふ、良いんですのよ」
言動から察するに、ナタリアが最初に町の視察に行くつもりだったという嘘には、とうの昔に気付いていたのだろう。
とても六歳児とは思えない。
(これも、ティアの教育の賜物ですわね。きっと)
少なくともルークのおかげではないだろうなと考え、ナタリアは自分に苦笑した。
「未来の施政者として、勉強になりましたか?」
「はい!」
微笑みながら尋ねるナタリアに、チェスは大きく頷いた。
「そう・・・」
生き生きとしているチェスを、どこか遠くにあるようなモノを見る目で見つめながら、ナタリアは尋ねた。
「アナタは、このバチカルを、どういう国になさりたいのですか?」
「え?」
言ってから、六歳児に問い掛けるには余りにも酷な質問であることに気付いた。
「あ、ごめんなさい。どうかお気になさらず」
先程のショックが、まだ尾を引き摺っているのかもしれない。
そう思い、軽い自己嫌悪と共に訂正の言葉を紡ごうとした、そのとき。
「・・・皆、幸せそうでした」
自分の前に佇んでいたチェスが、微笑んで告げた。
「・・・え?」
「皆、幸せそうでした・・・うん。だから・・・なんていうか」
まとまらない言葉を、それでもなんとかまとめようと、チェスは照れくさそうに頭を掻く。
「だから、いつか・・・」
その、夕日を背後に背負ったチェスに、ナタリアの中で不意になにかがダブった。
それは
―――「貴族も平民もない」
「貴族とか普通の人とか、そういうことじゃなくて」
ナタリアの目が、見開かれた。
風が吹き、チェスの短い赤髪が揺れる。
ナタリアの脳裏に、ある光景が過ぎった。それは幼いときのものであり、そして、旅の途中シェリダンで見た光景でもあった。
―――「誰もが幸せに暮らせるような、そんな国にしよう」
「皆が幸せになれるような、そんな国にしていきたいって、思います」
(アッ・・・シュ・・・)
無意識の内に、両手が口元を覆っていた。
視界が歪む。今度こそ、こみ上げてきた涙が、頬を伝った。
「お、伯母上!?」
ナタリアの様子の変化に、チェスが驚いて駆け寄ってくる。
「ど、どうしたんですか!?どこか痛むのですか!?」
「っ・・・ちがう・・・ちがうのですよ・・・チェス」
心配そうにナタリアの体にしがみ付き、見上げてくるチェス。
それを見て、ナタリアは思った。ああ、そうか。と。
こんな簡単なことに、自分は今まで気付けないでいたのだ、と。
(アナタはもう・・・いないけれど)
両手を伸ばす。流れる涙をそのままに、チェスの両肩に手を回し。
抱き寄せた。
目の前の少年だけではない、きっと、今までに彼が出会って来た全ての人間、そしてこの子のようにその人生を語られた、全ての人間に。
(アナタの意志は・・・ちゃんと受け継がれていますのね)

いきなり抱きしめられ、チェスは目を白黒させている。その頬が赤く見えるのは、夕日のせいだけではないだろう。
「・・・伯母上?」
「ごめんなさい」
照れくさそうに言葉を漏らすと、ナタリアはそっと体を離した。
目尻に流れる涙を拭って、微笑む。
「いけませんわね。施政者の先輩であるはずのわたくしが、こんな風に泣き虫では」
「伯母上は、泣き虫なのですか?」
問い掛けられた言葉に苦笑すると、ナタリアは頷いた。
「ええ、昔の旅の途中でも、わたくしはよく泣いてしまいましたわ。アナタのお母様は、どんなことがあっても絶対に泣かなかったというのに・・・情けないですわね」
「母上が?」
「ええ、アナタのお母様は、とても強くて、素敵な女性ですのよ?」
そう言われても、まだ幼いチェスには実感が沸かないようだった。不思議そうに首を傾げるだけで、いまいち要領を得ない顔でいる。
そんなチェスに苦笑を送るナタリア。すると、不意にチェスがなにを思いついたのか、身を乗り出してきた。
「だったら、僕が伯母上のお婿さんになります!」
「・・・・へ?」
「伯母上が泣き虫なら、僕が守ります!僕が大きくなったら、伯母上が泣かないように頑張ります!」
とんでもない名案を思い浮かんだような表情で、そんなことを言うチェス。
一瞬我を失っていたナタリアだったが、その意味を察すると、不意にその顔に笑みを浮かべた。
「ぷっ」
「わ、笑わないで下さい!僕は本気です!」
子供心に、自分の言葉の意味を理解し始めたのか、真っ赤になった顔でチェスは食い下がる。
だが、ナタリアは相変わらず口元を押さえたままだ、堪えきれない笑みが時折漏れる。
「ご、ごめんなさい。あんまり突然だったもので」
可笑しくて仕方ないといった様子で笑うナタリア。だが、不意にそれを微笑に変えると、チェスの頭に優しく手を置いた。
「それじゃあ、期待して待っておりますわ。頑張ってくださいね」
そう言ってチェスの両肩を掴み、クルリと向きを変える。
「・・・伯母上?」
「ほら、お迎えが来ましたわよ」
「え?」
言葉に、視線を移す。見ると、公園の出口に二人の人影が立っていた。
「あ」
それを確認すると、チェスは走り出した。夕日の影に浮かぶ二人へ。
走り寄るチェスの後ろ、顔を上げたナタリアが、その二人の人影―――ルークとティアに微笑を送った。
それに、ルークは迷惑掛けて悪かったと言いたげな苦笑を浮かべ、ティアは軽く手を振って答える。
チェスが二人の元に辿り着く、そして、三人はそのまま彼を挟んで手を繋いだまま、公園を後にした。
それが見えなくなるまで、ナタリアはずっと、見守るような微笑を浮かべてその場に佇んでいた。

帰り道。
「父上。母上。知ってますか?」
「ん?」
右手にルークの左手を、左手にティアの右手を持って、チェスははしゃぐ様に尋ねた。
「伯母上は、泣き虫なんです」
その一言に、チェスの頭越しにルークとティアが思わず顔を見合わせた。
「ナタリアが・・・」
「泣き虫?」
「はい。だからこれからは、僕が伯母上を守るんです!」
子供らしく無邪気にそう告げる言葉に、ルークは思わず声を上げて笑い、ティアは声を押さえて肩を震わせた。
「ど、どうして笑うんですか!父上も母上も!」
「はは、悪い悪い・・・そっか、ナタリアを守る、か」
そう言って、ルークはチェスと繋いでいる手に力を込めた。その意図を察したのか、ティアも微笑みながら同じように習う。
「わっ」
両手を引っ張られ、小さな体が宙に浮く。初めて体験する不思議な浮遊感にはしゃぐチェスを見つめて、二人はまた笑った。
沈みかけた夕日の中を、長い影が三つ、並んで歩いていく。

「父上」
「ん?」
「僕も、アッシュさんみたいな立派な人になれば、伯母上を守れますか?」
「そうだな。きっと守れるよ」
「なれますか?」
「そうだな・・・うんと頑張ればな」
「頑張ります!」
「そっか・・・なら、なれるよ。絶対」
「はい!」




  • ティアの出番少なめだけど
    正直、このSS一番好きだわ…… -- 名無しさん (2006-02-05 13:34:46)
  • まじで感動した。
    いいなーこうゆうの -- 漆黒 (2006-04-10 15:44:46)
  • ひさびさに来てみたが…いや、感動した。
    -- 名無しさん (2006-06-16 15:24:55)
  • 感動しました、素晴らしい・・・
    ちょこっとだけホロリと来ました -- ぼたもち (2006-07-19 13:53:52)
  • これいいっす!!マジ
    だすが私的にルークとティアの絡みが一番好きだな~ww
    -- 瑠紅 (2006-09-17 15:43:30)
  • チェスとアッシュ。
    アッシュの意志は
    いつまでも生きているんだね♪
    -- YOSHI (2008-01-01 02:17:06)
  • 寝ているルークの鳩尾にエルボーってティア...恐ろしい娘っ!! -- 名無しさん (2008-04-08 04:57:48)
  • なるほど
    これは良いですね
    いや・・これも・・かな
    -- 名無しさん (2008-10-28 01:52:48)
  • いいお話・・・感動しました・・
    つくづくおもうけど
    ルークもアッシュも帰って来てほしいな・・・
    -- 名無しさん (2009-03-13 01:30:52)
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