「fr03」(2006/09/14 (木) 00:32:46) の最新版変更点
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大陸の中心、白の聖都。
この都市最大の商業ギルド〝アルケンス〟が定期的に開く大露店。ウェルキル通りはその為に封鎖され、歩行者天国と化す。
そろそろ暮れの境目が近づこうとしていた。熱はここに来て再び盛る。所々で叩き売りと口上を交えるパフォーマンス。最後の最後で、大露店は最大の賑わいを見せる。
「………………んー」
そんな雑踏の中に、女性、と言うより少女に区分される影が、露店と人ごみの中で立ち往生していた。
金髪のロングを後ろで束ねている。服装は赤に緑のフチのローブという姿で、警備に回っている魔術師と同じなりをしていた。その為、皆誰もが彼女を警備の仕事をしているのだと思っている。
彼女は本来この時間雑務をこなしている筈だったのだが、予定よりも早く終わってしまい――正しくは彼女の上司が気を利かせてくれたのだが、とにかく――予想外の暇を持て余しているのだった。
また、普段の彼女なら予想外の暇があったとてここに来ることは無かっただろうが、気を利かせた彼女の上司にあたる女性が〝まだ露店も賑わっているでしょう、間に合いますよ〟と言っていた為につい足を運んでしまったのだ。とてつもなく律儀な性格だった。
大人しく羽根を伸ばせばいいものの普段あまり一人で遊びに出ることが無い為、幾らか困惑の色が見える。慣れていないわけではないだろうが、ここに来ることが目的でその他の目的が特に無い為にどうしたものか迷っているのだろう。とてつもなく律儀、加えてとんでもなく不憫である。
魔術に関連する用具でも見ていこうかなと思ったが、すぐにやめた。特に入用なものは全て売り切れている可能性が高く、そして現在大した持ち合わせが無いことに気付いたからだ。
そんなわけで、何をしに来たのか解らないまま帰ろうかな、と思った瞬間、ちらと雑踏の中に、こちらへ手を振っている誰かが居た。
ふと周りを見るも、彼女の知り合いらしき人間は見当たらない。ひょっとして知らないだけか忘れているだけで、私の知り合いなのかもしれない。
改めて。誰か、という表現は適切ではない。
白いブラウスを着た、黒いセミロング。年齢も性別も私と殆ど同じくらいだろうふが、それは年相応でない程に眩しい無垢な笑みを浮かべている。
黒髪……と言うのもこの地域ではあまり見かけない。フミジから来た人なのだろうか。
また、隣にはパーカーにジーンズというやたら素っ気無い服を着込んだ女性が一人。群青の眼と群青の髪が特徴的で、とても冷静な雰囲気を纏っている。対照的なまでに〝冷めて〟おり、人ごみの中大きく手を振る連れ添いの行動をほんの僅かながら嫌がっている感じがする。
パッと見た所、その冷静さは自身の上司と共通する部分だと思ったのだが、すぐにその考えを打ち消した。何か、〝冷静〟という表現にズレるものを感じた為だ。
そう一頻り観察した後でも、未だに彼女は大きくこちらに手を振っているのだった。
改めて。ふと周りを見るも、彼女の知り合いらしき人は居ない。
やはり、私に手を振っているのか。そう思った時、黒髪の彼女は人の波を掻い潜って、こちらに向かってきた。
すっきりする。私の思い違いならそれでいいわけだし、そうでないのなら早計に立ち去って嫌な思いをさせることもなかった、という自分としてどちらに転んでも満足な結果しか出ないからだ。
彼女は雑踏の流れを意に介さないように距離を詰め――私の前で、止まった。
それでも、私はまだ確信は持てないでいる。
しかし、こちらに心当たりはなくとも相手にはあるのかもしれない。このまま黙っているのではやはり失礼なので、意を決して口を開くことにする。
「あの。何か御用ですか?」
「うん」
あっさり肯定されてしまった。
あまりにもシンプルで、あまりにもストレートすぎて、返答に詰まる。
私は彼女を何も知らない。
彼女は私の何かを知っている。
だから私は、彼女の次の言葉を待つ。
「キミってここの警備の人?」
何のことはない。私をここの警備の人間と間違えているのだ。
ローブをそのまま着てきた為、もしやと思ったが。
「すみません。こんな服装で紛らわしいのですが、私はここの警備を任されているわけではないんです」
「えっ、と……? ……そっか、オフでそのままこっちに来たんだ」
砕けた話言葉だったが、特に不快には感じない。
小馬鹿にしているのではなく、あくまで自然体だった為だ。警戒も、疑念もない素直な言葉だった。
「そんなところです。なので、警備に関連するご質問には――」
「んと、それは別にいいの」
……?
今度は首を傾げる番が逆になった。
では、何故私に話しかけたのだろう。彼女は、そう思った。
「キミは東の監視塔の人?」
「そうですけど……それが何か?」
自分の所属を言い当てられるが、驚いた様子は無い。
ローブの色は階位を表し、フチの色は所属を表している為だ。
ここで言う所属とは、聖都を四方から守る秩序の塔を指し、北は遠征討伐。南は治安維持。西は内政。東は外政。そう言った風に、それぞれの役割を担っている。
この大露店の警備に多く〝外政〟の者を見かけるが、適任な配置ではないと言える。
というのも、ある理由から東塔は嫌われているのが要因なのだが、それについては割合しておこう。
「クィーティルゴ、大凶」
予言ごっこを楽しむ子供のように、黒髪の彼女は言った。
フィアは自分で、自分は今きっと狐に摘まれたような顔をしているのだろうな、と思った。
クィーティルゴは聖都の北東部に存在する森林地帯で、地理的には大平原フェリストグレイムとこの聖都を挟むことになっている。
フェリストグレイムの遊牧の民から聖都を守る為の場所であると同時に、群生するモンスターの排除を要する為近くにシークリディスの駐屯地が存在する。
北東が大凶、なのだろうか?
そもそも何故そんなことを私に言うのだろうか?
「それじゃ、気をつけて」
「……あ」
気付けば。
言うだけ言って、彼女は人ごみを綺麗に抜け遠ざかっている所だった。
追おうにも、雑踏が思うよりも邪魔で追いつくことが出来ない。
彼女が青い髪の女性と合流した時、こちらを振り返って最後にもう一度手を振ってくる。
フィアは手を振りながら、どうにかして追いつこうとする。が、やはり雑踏の波に流されてしまう。
そうしている間に彼女らは踵を返し、何時しか人ごみの中へ消えてしまっていた。
暫く探し続けるも完全に見失い、途方に暮れる。
気付けばちらちらと畳んでいる店があることに気付く。そして、暗くなってきたことにも。
すっかり今は、黄昏になっていた。
そこでそろそろ塔に戻ったほうがいいかな、と言うことに気付く。
彼女は東塔に寝泊りをしているクチなので、時間に間に合わないと冷めた夕食、最悪抜きとなる。
夕食と言うのは大抵上司付きの執事――まだ執事と言う割に若い――が賄っているのだが、これが実に美味かった。
特に大きい益があったわけじゃないけど、そろそろ帰ろう。休めただけでも十分有り難いことだったわけだし。
奇妙な邂逅があった。少なくとも、何もないよりは良かった、かな……?
そう巡らせながら、彼女はまばらになった雑踏を抜けていった。
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