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ショート専用スレ

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ショート専用スレ
1 名前: 九野 月流子 投稿日: 2004/12/27(月) 16:33

【ここは小説書き用スレです。】
モノ書きスレッド。 ショート専用スレ。共用です。
短いとか外伝とかはこっち。リレーや大殲とは別なので混同はダメ。
共用なので書き方としては

(前に書いたレス番) (題名)
それで本文スタート

みたいな感じですねー。
特に予定は無いくせに立ててみたわけですが。凍結覚悟で一応。


2 名前: 白泉 夢月 投稿日: 2005/01/06(木) 01:58

姉妹対決

昼でも真っ暗な森は、夜を迎えたことでその暗さを一層強めている。
もうすぐ日が昇るが、それでも薄暗い。昼に懐中電灯をつけることになるだろう。
進むたびに足下で聞こえる音は、何年も経ち、白骨化した生物の骨を踏み砕く音、朽ち果てた巨木を踏みしめる音、いろいろだ。
そのため、この周辺に住む人間は、この森を『死の森』と呼ぶそうだ。
確かに、こんな環境で何年も生き延びる事が出来る生物は少なさそうだ。
歩いていくと、右方向から声が聞こえた。私は、その声を聞くためにココに来たのだから。

「どうしたんですか姉さん?こんな所に・・・それも一人で。」

声のした方向にゆっくりと顔を向ける。辺りは闇に包まれているため、一般人では顔を見ることは出来ないだろう。
しかし、戦闘のために視力を強化されている機械人形にとっては、この程度の闇は何ら問題としない。

「どうしたんですか、ね・・・。アンタこそどうしたの?アイツに持たされた人殺しの道具なんか、いつまでも持っちゃって。」

シェリスの腰のベルト、それの後ろに装備されている折り畳み式の巨砲、両サイドの拳銃を見ながら言う。
機械人形のデータを引き抜いた後、シェリスが精神操作をされて敵になっていた時に持っていた物。
明らかに、今までのシェリスなら自分から触れようともしなかったものだ。が、今は実際に目の前に証拠がある。

「モノは使いよう、ってヤツですよ。」
「使い方次第で人を助けることも、傷つけることも出来る、って?・・・よく言うわね。使用目的が後者なクセに。」

シェリスの顔は笑顔、しかし何も言葉を発さない。その表情は、外見だけなら今までのシェリスとまったく変わりは無い。

「それに、蒼津ならもうダメよ。アレは逝くところまで逝ったから。今更何してもアイツの考えは曲がらないわ。」
「決め付けないでください。まだ大丈夫ですから。」

私の表情が強張っていくのに対し、シェリスの表情は笑顔のまま。
少し、聞いてみたくなった事がある。

「聞きたいことがあるの。・・・貴女にとって、蒼津はどういう存在?」

その質問に対し、シェリスは目を丸くして驚いている。しかし、くすっ、と笑った後には表情は再び笑顔だった。

「変な事を聞きますね、姉さん。決まってるじゃないですか。敵ですよ。姉さんたちにも、私にとっても敵です。」
「そう、ならもう一つ。・・・その敵に対して妙に執着するのは何故?」

その質問をすると、シェリスの表情が動いた。怒りとも悲しみともとれない無表情。
そのとき、辺りが少し明るくなった。日が昇り始めたのだ。
シェリスも口を動かし、私の質問に対する答えを言った。

「そうですね・・・なんとなく、というのが理由でもいいですか?」
「アンタ、私を馬鹿にしてるわね?」

シェリスは首を横に振る。そして、笑顔でこう告げた。

「もともと馬鹿じゃないですか。」

爆発しそうになる怒りを、その場はぐっと堪える。今までのシェリスなら、私を馬鹿だと思っても、決して口には出さなかった。


3 名前: 白泉 夢月 投稿日: 2005/01/06(木) 02:00

2

ふと笑いたくなった。表情が緩まるのが自分でも嫌と言うほど分かる。シェリスに続いて自分までおかしくなったのだろうか。
      • いや、私は元々こうだった。人を殺し、それで笑う。何人もの人間を殺し、血が飛び散るのを見て快感を得ていた。
自分が気に食わないモノであれば、壊し、殺し、この世から消していた。恐らく、シェリスとて例外ではないだろう。
だが、『裏の私』はそうではない。私がシェリスと戦う事になれば、『彼女』が私を退けてでも表に出てくるかもしれない。
しかし、少なくとも今この時は『彼女』は表に出してはいけない。多分、シェリスに殺される。
『彼女』が死んでも、私には何の影響も無い。ただ、この身体の住人が半分に、つまりは私だけになると言うこと。
もともと私の身体に住み着いた人格だから死んでも構わない、と思うことが何度もあった。それに、その方が気楽だ。
が、寝る時は彼女が話し相手だ。夢の中で会話し、夢の中で一緒に過ごす。他人に話しても『それがどうした』と返されるだろう。
でも、いつしかそれが『日常』になっていった。悩み事を打ち明けたり、時には深く話し込みすぎて喧嘩になった事だってある。
だから、彼女には死んでほしくない。喧嘩相手が居なくなることにもなるし、相談相手が居なくなることにもなる。
それに、私も女。男には相談できない事だってある。そういう時は、彼女が快く話を聞いてくれた。
そして、彼女も相談してきた。『私はもう何とも戦いたくない』と。私は問うた。『じゃあ何故今まで戦っていたのか』と。
帰ってきた言葉はこうだった。
―――――瀬の傍にいるには、そうするしかないから。
      • この言葉をあの男が聞いたらどう言っただろうか。真面目に聞くのか、ふざけた意味で取るのか。
5分5分、といったところだろう。正直、あの男の事はよく分からない。もっとも長く一緒に居た『裏の私』でも分からないらしい。
優しくしてみたり、突き放したり、からかったりする。『私』にはそういった事はあまりしないが、『彼女』にはそうしている。
      • もしも私がこのような事を言われたら、恐らく何も出来ないだろう。相手にとって何が最良なのか分からず、戸惑うだけ。
彼女が今まで何を考えて戦っていたのかが少しだが解った気がする。一言で表すならこうだ。
『純粋』なのだろう。しかし、そのせいで自分を隠している。知られたくない事を隠し、その想いを隠している殻で相手に接する。
どれだけ辛かっただろうか。その殻を破り、隠している事・・・一緒に居る理由を伝えたくなったことが何度もあった筈だ。
それを耐えるのは並みの精神力では不可能だ。私にその事を明けたとき、彼女は泣いた。それほど辛かったのだ。
だから、その殻を自分で破り、その中の想いを伝える事が出来るようになるまで、彼女は死んではけない。死なせもしない。

「どうしたんですか?黙り込んで。」

だから、この戦い―――シェリスとの戦いになった場合、私は妹を全力で殺す。そのくらい、彼女の長年の我慢に比べれば些細な事だ。

「・・・別に。ただ、口が達者になったな、って思っただけ。」
「そうですか?姉さんの頭じゃ考えられないほど難しい言葉でしたか?」

そう、殺す。今の言葉を聞いたら、怒りゲージがMAXを少しばかり超えた。つまり、キレた。

「・・・ふふ、アンタの頭じゃ理解できないのかしら?」
「何をです?」
「アンタが、私に喧嘩で勝てると思う?」
「やってみなきゃ分かりませんよ。『結果』しか見ないのがダメなんですよ。それまでの『過程』でどうにでもなるんです。」

右手の中指を立て、シェリスに突き出す。

「過程?ハッ、馬鹿にはそんな事分からないでしょ?」
「・・・それもそうですね。申し訳ありませんでした。」

右手を捻る。今度は親指を立て、下に向ける。

「だから、馬鹿は馬鹿なりに『結果』を出してやるわよ。アンタが負ければ・・・つまり、死ねばその証明よ。いいわね?」
「ええ、いつでもどうぞ。不意打ちだろうが伏兵だろうが、好きにしてください。」


4 名前: 白泉 夢月 投稿日: 2005/01/06(木) 02:02

3

シェリスが自分の後ろ髪を掻き揚げる。それを合図とし、一瞬の時間を以って接近する。
攻撃は相手の動きを制御する攻撃。行動を潰す事を目的とする。まずは足だ。右足による蹴りで叩こうとする。

「パターンが変わってませんね。いつもと同じじゃないですか。」

軽い跳躍で避けられる。だが、空中では姿勢制御は不可能に等しい。そこへ右拳でのアッパーを撃つ。

「そのパターンも同じですか。跳んで正解でしたね。」

私の拳に両手を当て、威力を殺してダメージを減らしてきた。だが、威力の軽減だけでは済まなかった。

「相手の行動を利用して攻撃する・・・それが私流ですね。そのほうが自分の被害が少なくて済みますから。」

私の拳に触れた事によって軸が出来たのか、身を翻して私から見た左側と避ける。
着地すると私の右の袖を掴み、攻撃している腕が進む方向へと力を掛ける。自分が掛ける事のできる最大の力に更に力を加える事となる。
すると、私の体が簡単に揺られた。足に力が入らず、半ば浮いた感じになる。

「力任せに攻撃してちゃダメなんですよ。だから馬鹿って言われるんです。『馬鹿の一つ覚え』・・・聞いた事ありますよね?」

柔道の背負い投げのように投げられ、森の中に出来た水溜りに叩きつけられた。さほど衝撃はなく、痛みも我慢できない事は無い。
立ち上がる。水溜りに投げられた事で服に水が染み込み、気持ち悪い。服が重くなり、動きが鈍くなった感じがする。
相手の動きを鈍らせようとした行動の結果、自分の行動を自分で鈍らせる事となった。

「泥塗れですね。帰ってシャワー浴びた方がいいんじゃないですか?」
「そうね。でも、『帰って』じゃなくて『ココで』じゃあダメかしら?」
「残念ですが、今日の天気予報は昼から雨ですので、この時間帯は雨は降りませんよ。」

シェリスがそう言うのだ。天気予報が違っていても、シェリスなら自分で雨が降るか降らないかぐらい分かる。
と言うことは、泥を取るのは帰ってから、という事になる。だが、雨なら自分で降らせることが出来る。

「血の雨ならいつでも降らせられるわよ。」
「・・・姉さんがそういう台詞を言うと、姉さんは絶対に負けるんですよね。」
「妹に負ける姉って言うのは格好悪いわね。」
「表の姉さんも裏の姉さんも、料理も洗濯も何も出来ませんよね?その時点で人間として負けですよ。」

ブチッ。
この擬音が一番適当だろう。
シェリスの後ろに回りこみ、心臓の真後ろ、背骨の中心に衝撃を与えようとする。すると、シェリスの両脇の下で何かが光った。

「短気なところも、敗北要因の一つです。」

がん、がん。

シェリスの腰のベルトの両サイドのホルダーに拳銃が無かった。後ろを向いたままのシェリスの両手には拳銃が握られている。
放たれた銃弾の軌道を見切るのは、この至近距離では蒼津、シェリス以外に不可能、なおかつ避けるのは蒼津のみが可能だ。
見切ることすら出来ない私は、勘で避けるしかない。音を聞いた感じでは、最初に発射されたのは左。シェリスは右手で銃を握っている。
その次が右。シェリスの左手が銃を握る。発射された感覚には少し間があり、両方とも避けることは不可能ではなかった。
しかし、元から無い冷静さを更に欠いた私には両方避ける事など出来はしない。どっちに当たれば一番被害が少ないか。
瞬間的に判断した結果、最初の銃弾を避ける事にした。が、その考えが間違っていた。発射角度だけでも見ておけばよかった。
2回目に発射された銃弾は、ごくわずかだが1回目の銃弾とは違う方向に撃っていた。その方向は、私で言う右。避ける方向だ。
避ける事が出来ず、右目に直撃する。右側の視界が失われ、後頭部の右側の骨を銃弾が貫通するのが分かった。
だが、それも一瞬。N.A.R.S.による再生で、破壊された部位は瞬間的に再生する。それによる傷みも未然に防げた。


5 名前: 白泉 夢月 投稿日: 2005/01/10(月) 02:20

薬莢が排出され『ちん』と言う音と共に地面に落ちる。爆発で熱された薬莢は、湿った地面に落ちた瞬間に『じゅっ』と言う音を立てた。
薬莢の排出と同時、次弾が装填される音が聞こえた。一度距離を取り、見切って回避できる距離まで離れる。

「状況判断は重要ですよ?もっとも、判断できないと意味はありませんが。」
「いちいちカンに触る言い方するわね・・・。」
「そう聞こえるのは、姉さんの脳がそうとしか理解しようとしないからですね。」

もうヤメだ。生かしておいても何の利益も得も無い。これ以上我慢するのは自分が耐えられそうに無い。
N.A.R.S.を攻撃にスイッチしようかとも考えたが、シェリスはこちらの攻撃を逆手に取る。一方的な展開になるのは目に見えている。
ではどうするのか。勿論、このまま攻める。部位破壊、多少の痛みはN.A.R.S.で耐えることができる。それを利用して攻め込む。

「じゃあ、私もアンタに理解させてあげる。馬鹿の一つ覚えは、時には最強だって事。」
「興味深いですね。じゃあ、ぜひその『結果』を見せてください。」

自分の心の中で覚悟を決め、走る。シェリスは右手の拳銃だけをこちらに向け、射撃体勢を作る。
      • やっぱ馬鹿にしてんのね。そんな妹にはお姉さんが優しく指導してあげないといけないのかしら。
発砲音が一つ聞こえた。距離は幾らか離れているため、容易に回避できた。が、距離が詰まってくる次弾以降はそうも行かない。
距離は約5m、シェリスが動いた。両手に持っていた拳銃をホルダーに仕舞う。手を後ろに回し、何かのロックを外した。
取り出すのは巨砲。折り畳み式のグレネードランチャー。畳まれている砲を真っ直ぐに伸ばし、ジョイントにロックをかけるのが見える。
砲の後部の装弾口に、白いラインが引かれた弾丸を装填する。左腕一本で持ち、砲口をこちらへ向け、トリガーを引かない。
舐められているのか、とも思ったが、片手で持つと照準精度が落ちるのだろう。だが、それならば両手で持てばいいはず。
      • 何か裏がある。その事を念頭に置き、更に接近する。シェリスは動かない。
攻撃の手段を潰せば後は流れに任せれば何とかなる。そうと決まればやることは只一つ。砲身を叩き壊して発射できなくする。
恐らく一回は撃たれるだろう。だが、壊してしまえば撃てなくなる。一回の被弾くらい、すぐに修復できる。
直径5cmはあろうかと言う巨大な砲に狙いを定め、右の拳を動かす。同時、シェリスがトリガーにかける指が動き、砲声が聞こえた。
次に聞こえたのは破砕音。しかし、金属がひしゃげる音ではない。何かが割れる音。それも、氷のようなものが砕けた音だ。
目をやると、砲は傷一つ付いていない。形状が歪んだ形跡も無い。そこからあがるのは硝煙。弾が発射されたと言う証拠。
だが、痛みは感じない。何故だ。あの距離なら私の右腕が焼け焦げても良い筈、と思いつつ右腕を見る。
右腕が無い。肘から指先にかけて、丸ごと消え去っている。

「―――え?」

見えるのは、白く固まった肌と、温度差によるスモークを噴いている氷。無論、それは私の腕だ。
何故こうなっているのか。理解するには要素が足りない。シェリスに攻撃して、砲声が聞こえた。ただそれだけなのだ。
私の腕が凍り、破砕する理由が無い。瞬間的に凍らないと不可能だし、何より破砕に必要な衝撃は何処から与えられたのか。

「・・・訳が分からない、って顔ですね。」

シェリスが唐突に口を開いた。意識を戻し、シェリスを見る。砲に弾頭を装填している。その弾頭は赤いラインが2本書かれている。
じゃこん、という音と共に弾が装填される。セーフティロックを掛け、攻撃しようとする素振りは見せない。

「どんなトリックかしら?ぜひ聞いておきたいわ。」
「分かりました。お教えしますね。ずばり言っちゃうと、液化窒素です。」
「液化窒素・・・?理科室にありそうな・・・あの?」

ええ、とシェリスは首を縦に振る。瞬間的に凍った理由は一応納得できるものになった。だが、破砕したのは何故かが分からない。


6 名前: 白泉 夢月 投稿日: 2005/01/10(月) 02:29

5

「・・・じゃあ、私の腕が砕けた理由は?」
「凍った腕で私のランチャー殴って自滅したんじゃないですか。そこは私の責任じゃありませんよ。」

確かにランチャーを壊そうと動いていた私の腕が凍ったのだ。ランチャーとぶつかって砕けてもおかしくはない。相当馬鹿馬鹿しいが。
ましてや水溜りに突っ込んで濡れたままの衣服を着ていて、その衣服が凍ったのだから、通常より早く凍結している。
砲口までの接触時間内に十分に凍る。そして、凍った後は腕に勢いがついたまま砲を殴った。破砕して当然と言えば当然か。
そうだ、と前置きを一つ。ロックを外し、シェリスが砲を構えた。氷となって破砕した私の腕、肩の部分を狙っているようだ。

「その氷、邪魔ですよね?私が処理しますね。」

その言葉を言い終えた直後、砲声。距離は1mも離れては居ない。回避できるはずもなく、当たる。
弾が接触すると、中から液体が溢れた。それは熱を持っており、温度差で陽炎を揺らめかせている。
溢れたのは液体と言うよりはジェル状であり、肩の部分に付着したジェルが肌を伝い、濡れた衣服に付着する。顔の右半分にも付着した。
その後、信じられない感覚を味わった。熱い。ジェルの這った道が焼け付き、重い火傷となっている。
服も燃え始めた。何という高温なのだろう。空気中に出ることで自然発火、全てを燃やす炎を発する。

「ゃ・・・ちょ、何!?」
「あぁ、ナパームジェルを満たした特殊弾頭で『ナパームⅡ』です。もう一種類は・・・使わないでおきます。」

N.A.R.S.の再生が氷によって妨害されていたところに、今度は炎と来た。傷口が焼け付き、出血はないが再生が鈍い。

「ぐ・・・ぅ・・・!」

あまりの熱さに苦悶の息が漏れ、膝を突いた。火事の家に飛び込むより熱い。溶鉱炉に近い感じかもしれない。
痛みを抑えようと左手を右肩に添える。すると、ぬちゃり、とも、ぐちゃり、とも取れない感触がした。
表皮が焼け爛れ、剥がれ始めている。だが、N.A.R.S.は活動に時間が掛かっている。この遅さはおかしい。
N.A.R.S.の回復機能が鈍っているのだろうか、とも考えた。しかし、それより現実的な想像をした。
      • N.A.R.S.の行動を妨害する何かがある。
はっ、と顔を上げる。シェリスの顔が見える。その表情は、口の両端を僅かに上げ、目を細め、こちらを見下すかのような目付き。

「どうですか?N.A.R.S.妨害用のECMは。これは私に内蔵してありますので、私を殺さない限り解除は不可能です。」

      • 完全にしてやられた。こうなってしまっては、私は只の運動神経が秀でた人間になってしまう。
バックステップで距離を離し、少しでも時間を稼ごうとする。それに、離れればECMの効力も薄れるだろう。
シェリスが笑った。そして、言った。

「ECMレベルはまだ序の口ですよ?最大にしますか?N.A.R.S.を停止させられますから。」

      • マズイ。私のやる事なす事全てが無力化されている。N.A.R.S.の停止イコール、致命傷は即『死』に繋がる。
でも、ECMレベルがどれだけ高くても範囲には限界がある。その範囲外へ出さえすれば勝機は見えるはず。
しかし、勝機が見えても掴めなければ意味が無い。掴む事のできる可能性は、恐らく0に近いだろう。小数点以下かもしれない。
だが、何もしないよりは確実に確率が高い。シェリスに背を向け、走る。危険な賭けだが、やるしかなかった。

「・・・鬼ごっこですか?いいですよ、私が鬼ですね。」

ちらり、と後ろを見ると、シェリスはその場に立ち止まり、目を閉じながら数を数えている。
この間に出来る限り距離を取り、N.A.R.S.の回復を利用して反撃に出るしかない。


7 名前: 白泉 夢月 投稿日: 2005/01/10(月) 02:31

6

巨樹が立ち並ぶ森の奥深くへと駆け込み、一番太い樹の裏へと身を潜める。
その大樹の下は小さな空洞があり、小動物か何かの巣があった。その中心には4個ほどの小さな卵がある。
すると、空洞の影からウサギに似た動物が顔を出した。こちらに怯える様子も無く、卵の上に自らの身を乗せて暖める。
      • ウサギっぽいのに卵か・・・。
不思議な生き物だな、と思いつつ自分を見る。右腕は少しずつ再生を開始し、痛みも少しずつ和らいできている。
燃えた服は、何とか隠せる程度には残っている。アイツが見たら飛び掛って来るのは考えるまでも無い。そして返り討ちが基本だ。
腕が形を取り戻し、焼け爛れた皮膚も元通りになった。自分の身体を少し変形させるが、やはり反応速度は鈍いままだ。

「相当離れたのに・・・器用な妹を持つと苦労するわね・・・。」

シェリスに何かを作らせると、ヘタな物は作らない。料理にしても道具にしても、全て使えるものを作る。
瀬も道具を作るのには長けていたが、使い物になるのは一部。残りは失敗やら効果が無いやらワケの分からない物やら。
だが、シェリスは自分から道具を作ろうとはしなかった。頼まれたら作る、といった感じだ。料理は自分から作るが。
そのため、シェリスの作るものがどういった物なのかが良く分からない。あまり見たことが無いからだ。
それに対する免疫・・・いや、経験か。それが足りない。ということは、対処の仕方が分からない。
急に目の前が眩しくなった。シェリスが私を見つけたのか、と思ったが違った。木々の隙間から見える陽光だった。
暗い森の中に一筋の光が差し込み、辺りが少しだけ明るくなる。まるで私がステージの上でスポットライトを浴びているようだ。
ぴ、ぴ、という鳥の鳴き声が近づいてきて、私の近くに生えている小さな木の枝に止まる。小鳥の重量で木自体が少し揺れた。
その鳴き声が次第に多くなっていく。見渡せば、そこには先の動物を初めとした、小さな命がたくさんに有る。

「・・・なんか、照れる。」

何故だろう、コンクールが始まったみたいな気分になった。小さな観客がこちらに注目し、黙って見ている。
      • これなら、『死の森』ってのも悪くは無いわね。
ふと、そう思う。その後に苦笑が漏れ、こんな状況でこんな事を考える自分を恥ずかしく思った。
      • それにしても、こう注目されると何かしなければならないのではないか、という気持ちになるのはどうしてだろう。
だが、それもいいかもしれない。ずっと気を張り詰めてピリピリしているより、気が休まる事をした方がいいと思った。

「・・・何がいいかな・・・。」

少し考えてみる。道具を必要としないで出来る事、と考えていると、思わず首を横に振った。
これは天実の専売特許だ。私には到底出来ない。しかし、現状ではそれしか出来ないのも事実だ。
      • 歌、か。
まぁ、天実が歌うのを何度も聞いているから歌詞は覚えている。問題はただ一つ。自分の歌唱力だ。

「・・・音痴でも文句言わないでね。」

周りの観客にそう前置きし、一度息を吐き、大きく吸う。


8 名前: 白泉 夢月 投稿日: 2005/01/10(月) 02:32

7

歌うのは、少年と少女が、満月の夜に大樹の下で誓いを交す、というような内容の歌だ。
実際、私に『歌詞の意味は?』と聞かれても、本当に少ししか答えられないほど難しい意味だ。・・・と思う。
静かな森に私の声が響き、そして消える。まるで森全体が私の歌を聴いているような感じがした。
だが、この歌は幸せを歌うだけで終わる歌ではない。第4節、最後のフレーズ。
誓いを果たした数日後、少女が病に倒れ、息を引き取る。そして、残された少年も後を追うように事故で死ぬ、という内容だった。
正直、天実が歌っている歌を聴いていたときも、この部分だけはあまりいい気持ちに慣れなかった。天実は分かってなかったみたいだが。
歌い終え、こちらを見ていた観客が、隣の観客たちと一緒に首を傾げ始めた。何かが分からない、不思議だ、という風に見える。
地面に着いていた手に、柔らかい体毛の感触を感じ、そちらを見る。先ほどのウサギのような動物だ。
そして、振り向いた時に、目から何かが毀れた。
涙だ。
何故?何故私は泣いているのだろう?考えるまでもない。この歌に出てくる少女と自分を重ねてしまったのだろう。
病で死ぬ、というわけではないが、今は妹に追い込まれていつ死んでもおかしくない状況にある。きっとそのせいだ。
私が泣いている所を誰かが見ていたらどう思うだろう。今は眠っている夢月はともかく、私が泣くのだ。機械人形の私が。
人前では弱音すら吐かず、相手に対しては手加減などしなかった私が、歌を歌っただけで泣いた。
その涙の理由は、言葉としても現れた。

「死にたく・・・ないよぉ・・・。」

両手で涙を拭いながら呟く。しかし、涙は一向に止まる気配を見せない。嗚咽も漏れ始め、深い森に響く。
泣いているとき、死にたくない理由が分かってきた。
      • 私も、夢月と一緒でアイツのことが好きなんだろう。だから死にたくない。もっと一緒に居たい。
だが、私たちのどちらかが生き残るには、どちらかが死ぬしかない。そうしないと精神が消え去らないからだ。
しかし、両方死ぬ場合が殆どだろう、と思う。
私が死ねばN.A.R.S.は停止、破損した肉体は修復されず、夢月の意識が身体を支配しても、結局は出血多量か何かで死ぬ。
夢月が死ぬと、相談相手が居なくなった、などの理由で私が逆上し、返り討ちにあって死ぬだろう。

「・・・結局、死んじゃうのね・・・。」

涙が収まり始め、嗚咽もなくなった。小さな観客はまだそこに止まっている。一同を介してこちらを見ている。
一応頭を下げ、礼をする。これで終わりとなるが、楽しくもあり、悲しくもあった時間だ。
立ち上がろうとする。が、それより一瞬早く動物達が散開する。まるで何かに怯えるかのように。
声が聞こえる。まだはっきりとは聞こえないほど遠いが、聞こえる。シェリスの声だ。
声が途切れ、数秒。たぁん、という音が遥か遠くで聞こえた。


9 名前: 九野 月流子 投稿日: 2005/03/25(金) 21:10:19

Another Disk Edition〝第三幕〟九野 月流子&アルバート 特別配布用ファットパックVer.1.2 【Story line】収録「プロローグ」

朝の通り。
様々な人間が行きかう中、異様な影が一つあった。

羽織る黒のローブは法儀済みの由緒あるものだが今は見る影もないほどにところどころが擦り切れている。………質屋に入れたところで一銭にもならないだろう。
そのフードの奥の素顔を黒いバイザーで隠した〝聖堂騎士〟は挙動不審だった。
何度も周りを見回してからブツブツ言って再度見回すその挙動はあまりに不審すぎる。

「チッ、転移索敵にも霊視にも魔力感知にも引っかからねえ………が、それらしい痕跡はあるな………」
ぼやくバイザー。

アルバート=C=E=ファイレクシア、それがその男の名前。
その機関に属する聖堂騎士はミシュアルの命を受けてこの交易都市ロスタニスで人を探している。たった一件の目撃情報を受けて。

その話はこんなものだ。この地域にしては珍しい黒髪で、被召喚者の周りに見られる常に微々たる次元の歪みがあったという。
そしてそんな女性が天から落ちてきて、何事も無かったかのようにショッピングしているそぶりを見せて何処かへ去っていったという。

バイザーの所属する機関はそんな高等なジョークに反応するほど馬鹿ではない。冷やかしに悪戯、プロパガンダ。糞真面目に反応していたらラチがあかない。
今回バイザーが動く破目になったのは上司にあたるミシュアルの命令によるものだ。
ある程度高い役職になると直下の部下に個人の判断で命令権が与えることを許される。本来自分にその命令権を行使できるのは直下の上司レオンハルトだけなのだが、レオとミシュアルは仲が良い。アルバート自身ミシュアルには世話になっているため断るつもりは無かったのだが………知ってたら投げ出していたと推測される。

そんなこんなで、目撃情報に沿って早朝、交易都市ロスタニスへと足を運んだのだが。

「………………だりぃ。」

早くもやる気を無くしていた。
第一、本当に被召喚者が居るのか解らない。
第二に、本当に居たとしてもそこらをふらついているわけが無い。
これらの要素をアルバートの思考ミキサーでミックスすればだるい、となるようだ。

しかしだからと言って全く仕事をしないのも不味い。
こんな無理難題かつ面白くない仕事は完成させる事で評価を受けるつもりは無い、ならばせめて精一杯やったというようにアピール出来れば十分。

それはバイザーの軽い思考の中で養われた人間関係を見る目と機関と言う環境で完成された処世術。




「………さて、とりあえずはこんなところでOKだな。あとはどう時間を潰すか………それにこの忌々しいバージョンアップ済みの記録(レコーダー)をどうやり過ごすかも考えなきゃな。」

何も、この手の仕事は実際に精一杯やらなくてもいい。
やられたらやりかえるのと同じように、理不尽を押し付けられたら理不尽な回避手段を取る。
バイザーの軽い思考、その象徴なのかもしれない。

「まずは………こいつを片付けるか………」
そう言って記録(レコーダー)―――教団側直属の任務の場合の時につけさせられる腕輪。単独任務の場合は当事者が、複数人での任務の場合副官がつけ、会話を逐一記録させられる代物―――と格闘する。

一見腕時計に向かって悪態をつく様はその風貌も相まって不審さ倍増。
人の流れは川の清水が岩を避けるが如く、バイザーを避けて通る………筈だった。


10 名前: 九野 月流子 投稿日: 2005/03/25(金) 21:15:06

9

ふわり、と。風が急に柔らかく感じられた。
ふとバイザーが顔を上げる。
白いブラウスの女性が、ごく当たり前のようにバイザーと人の流れの間に出来た空白を通過していた。
一般的な流れというものを常識とするのなら、この女性は異常と言ってもいいのかもしれない。
そして―――ここがバイザーにとって大事なことなのだが―――何処か遠くを見ているような雰囲気を携えたその女性は〝黒髪〟だった。
珍しいとは言ってもまったく見ないわけではない。しかし、感じた違和感とその〝黒髪〟は彼の関心を引くには充分すぎるほどのものだ。

バイザーの直感が告げる―――もしかして自分はとんでもなく幸運なのかもしれないと。

だからと言ってこの場所で話しかけるほどバイザーも考え無しではない。
万が一に賭けて尾行し、接触のタイミングを見る。
流石にこの場所で今話しかけるのは色々不味い。静かに、怪しまれないように尾行を続けなければいけない。
下手すれば通報モノだ。案外洒落にならない。

「聖堂騎士がストーカー!」
一面を飾ること請け合い。バイザー騎士としてのプライドと機関の尊厳は木っ端微塵だろう。
そして何よりレオとミシュアルに殺される。
二人がキレたところを見たことは無いが、必ず殺される。
言葉通りに一刀両断されたりクビを切られたり串刺しになるだろう。

バイザーが物騒極まりない予想をしている間に先ほどの場所から随分離れていた。ここなら問題ないだろう。
接触を図るにあたりバイザーは考える。
相手の性格は全く外面から見て殆ど掴めない。
だが、ここで引いたらそれこそ失格だ。まずは軽く挨拶代わりの第一声を軽く頭の中で構築し、相手に叩きつける。


11 名前: 九野 月流子 投稿日: 2005/03/25(金) 21:16:16

10

「そこのお嬢さん?私の探している方に………よく似ておられるようだ………」
梃子摺らせてくれてどうもありがとう。逃げんな、逃げんなよ?信じてる、ああ信じてるとも。
その想いは果てしなく切実なのだが同情する気になれない。

その少しトチ狂った第一声に一瞬きょとん、として。
「初めましての相手に言うのもなんだけどさ。その格好、とっても危ういよ。」
………正直、もう少し。もう少しあれな性格を期待していたなんてことはない。決してそんなことはない、動揺もしてはいない。

「はは、失敬。何しろこれが正装なもので。まぁ、確かにこれはいささか」
「バイザー装着が正装っておかしいよ、それ。」
弁解の速度を高速とするなら追い討ちの速度は音速に等しい。

「そんなことは無いさ。これは黒水晶で作られた由緒正しいバイザーに魔力加工を加えたもの。霊視から暗視、さらにはお日様まで直視出来る優れ物です。何か問題でも?」
完璧。まるでバックにキラキラと何かが浮かんできそうな点でバイザーの発言は完璧だ。

「何か私悪いことしたかなぁ…」
ぼそり、と聞こえないように呟く女性。
しかしその表情と声の含みは何処か楽しげだ。あくまで自分は一般人、と言葉だけは誇示しておいて実際との相違に自分で笑っている、というような感じだろうか。
そしてそのままその口は次の一手を放つ。

「いい病院知ってるけど、紹介しようか?」
今のは少しカチンと来た。実際のところは結構カチンと来ている。抑えろ、抑えるんだ畜生。
この会話は記録(レコーダー)に収集されている―――――!

「病院、と。生憎目は何処も悪くありません。むしろ保護のためにつけていますが…ね?」
「例えば、一般市民から投げられる石からとか?」
プツン。何かが切れた。

「喧嘩売ってるのか?」
脊髄からの条件反射。
何が楽しいのか女には少し笑みが浮かんでる。ちぃ、非常にいけない、完全に相手ペースだ………このままでは地が出るのも時間の問題だろう。

「…コホン。聖堂騎士とは民衆から敬愛されるべき存在です。つまり…「皆で石遠投大会」の石が当たったら大変と。まあそうですね。」
「それってさ、どんな大会なの?」
即帰ってくる一手。

「石を遠くに投げるんです。」
「それでどうするの?」
バイザー自身も理解している。この勝負は既に負けているのだと。

「記録を計るんです。」
「そr」
「優秀者は表彰するんです。さあ、行きましょうか。言ってる意味、解りますよね?」
ちっ、我ながら無茶だったか。でもいいよな?な?というオーラが全開。何かがやばい。

「ねぇ、何が悲しいのか知らないけど…自分で言ってて虚しくない?」
チェックメイトがかかった。もう逃げ場は無い。

「頼む、触れるな。自分でも後悔している。」
まだ俺は終わらないとばかりに苦し紛れの一撃は地を出すという失態に終わる。

「教会に行って懺悔でもして来たら?」
「前言撤回します、聖職者に置いての「後悔」の念。其即ち「咎」…です。」
それらしく取り繕う。見てるこっちが白々しい。

「何かキミ、格好含めて色々無理してない?やっぱり病院に行った方がいい、かも。
無理、ですか。無理、ねえ。男に無理の二文字は無えッ!
レッツゴーパッション、魂の叫びとは裏腹に限界はちらちらと見えてくる。


12 名前: 九野 月流子 投稿日: 2005/03/25(金) 21:17:30

「………無理なんてしてませんよ?」
バイザー改心の笑み。その顔にバイザーがくっついていなければもう少しまともに見えたであろうに、バイザーでは逆効果によってマッドな笑みに見えないことも無い。俗に言う放送禁止顔というヤツに分類されるかもしれない。

「……………………」
少し眉を顰め、如何にも訝しい物を見たように僅か顔を傾け横目でバイザーを凝視する。
その表情からは「ママー、あの人バイザーつけてるよー」「シュウちゃん、指差しちゃいけません」だの「メルメルメー(僕の名前はシュナイダーだよ)」だの「しまった!逃げろ、ハンス!ルアゴイフだ!」だのを始めとする様々なものを連想させる。この瞬間、その女性は一般大衆の意思の具現となった。

「……………………」
「……………………♪」
同じ沈黙だと言うのにここまで雰囲気が違うのは何故だろうか。

ピキン。………沈黙から6秒経過、バイザーの中で大切な何かが音を立てて決壊した。

「………俺だって上(レオ)直々の指定が無ければ普通に話すさ!あの野朗、どっかで記録(レコーダー)提出した後にクスクス笑うんだろうな…クソっ!OK、これが本来の喋り方だ、文句無いだろう?あ゛あ゛!?」
吐き出される言葉は瀑布の如く。心の壁を決壊させたジョークルホープスはもう止まらない。

「うん、これで文句無し。」
一連の流れに満足したように笑う目の前の女性。

その余韻も覚めやらぬまま、突然何か大切なことを思い出したように女性は少し顔を傾け、悩んでるようなそぶりを見せ。











「それで、君………誰?」
今更、そんなことを口にした。


13 名前: 九野 月流子 投稿日: 2005/04/29(金) 23:49:44

Another Disk Edition〝If〟

「はあ、はあ、はあ………」

月の射す夜だった。
暗い森の中を、息切れしながら走る影がある。

「はあ、はぁ、ひ、は―――」

影は男。
その体に着る法衣は赤く染まっている。まだ渇いていないところを見ると、その血はまだついたばかりのようだ。
その男はがちがち歯を鳴らしていた。寒さではない。恐怖に震えている。息が苦しいが、立ち止まったらどうなるかを考えるとただ走るしかない。

「はあ、はぁ…は―――」

この森に居るのはその男だけではなかった。
ザザザザ、と草を掻き分けて走る追跡者の音。
殺気も物音も微塵と隠そうとしないソレは、いつでも追いつけるとばかりに一定の間隔を空けている。

死ぬ。アレに追いつかれたら確実に死ぬ。
遊ばれている。でももしかすると逃げ切れるかもしれない。
でも死ぬ。アレは自分に追いつくことが出来る。

「ひ―――げっ、がっ………」

足をもつれさせながら死に物狂いで逃げる。逃げ続ける。
肺を圧迫する息苦しさも、足の痛みも限界に達している。
逃げないと死ぬ、それも生半可な死に方ではないだろう―――

だが、最悪の時にこそ不幸は訪れる。
全てが狂乱する最中、足に何かが当たる。

「あ―――――」

気づいた時には既に、その体は前につんのめる形で転倒していた。
ドサリ、という音と同時に腹部へ衝撃が男の体に走る。
胃液がこみ上げてくる嫌な感覚と共に、生々しい嘔吐感。
男はそのまま地面に嘔吐物を撒き散らした。

と、その時不意に。
「――――あら、追いかけっこはここで終わり?」
暗闇からの追跡者が、木立から姿を現した。

女。長髪に碧眼。
闇に染まるコートに身を包んだ、氷のような美貌。
しかし、それをかき消すくらいこの空間には恐怖が覆っている。
姿形とは裏腹にその身が人外であることは誰の目から見ても明白。

「――――――――」
身を起こす。
飛び散った鮮血と同僚の死にパニックしていたその顔は、既に解き放たれている様子だ。

それを見て歪に口元を緩める女性。
そうでなければ楽しくない、と、語っている邪悪な笑み。

男が恐怖を押し殺せている理由は、偏に自らの歪んだ誇りにある。
人間とは不思議なもので、狂信的なその方向性に染まってしまえば恐怖を押し込めることも出来るのだ。
静かに剣が抜かれる。男がこの仕事についた時与えられた一振りの長剣。
そして次の瞬間。対魔の力が与えられた一閃が振るわれる。

―――目の前の相手は油断している。

長髪の女と男の距離が急速に縮む。
剣の軌道は首。

―――行ける。
回避には遅く、素手故に防御手段も存在しない。
刃が首を捕らえ、両断する。

その、はずだった。

「あ―――――?」

鮮血。
次の瞬間、浅はかな勝利の確信は一瞬で弾け飛んでいた。
男が感じることが出来たのは、抉り取られたかのように骨が露出した右腹部の痛覚を通り越した灼熱感と、地面に落ちた剣の音。
何故こうなったのか、解らない―――そんなことを思いながら、男は大地に伏した。

「――――っっ――――――!」
喉が壊れているかのような叫びは押し殺した泣き声のようにも聞こえ。
そんな声が静けさを振動させる。

―――答えは単純明快な話なのだ。
ただ女は高速で屈み、そのまますれ違いざまに右の腹部を引き千切った。
ただそれだけ。説明するのはとても簡単だが、それには圧倒的な瞬発力と反射神経、運動能力が必要となってくる。それは既に人外クラスのもの―――

紅色が地を染める。どくどくと音を立てて侵食する。おそらくは、あと数分でその命はこの世界から喪失してしまうだろう。
それを見ながら女は嗤う。その瞳には狂気の色が滲んでいる。殺戮に快楽を感じている―――そう、言っている。

今宵もまた、冷たさが夜を支配する。


14 名前: 九野 月流子 投稿日: 2005/04/29(金) 23:51:40

山積みの書類が綺麗に整頓されているデスクに座った女が、何かの紙を見ている。どうやら報告書のようだ。
そのデスクの傍らには工事帽を被った男が倒れているが、全く女は気にも留めず報告書を読んでいる。

事の発端は、ロスタニス周辺の原野での不自然な魔物の目撃情報だった。
監視する役割である諜報員側からも目撃の話があったため、今回魔物を狩る役割を持つ機関が動いたというわけだ。
そして今朝、魔物の討伐に向かった小部隊が全滅した。
七名、全員が死亡。死因は頭蓋の回収が困難なほど打ち砕かれたもの、首の骨を著しく変形させられたもの、致命傷からの出血多量など様々だ。
状況は内四人が同じ場所で死亡しており、その場所には討伐対象となっていた魔物の死骸らしきものも残っていたという。
不自然なのは残り一人の隊長である。一人離れた場所で死亡しており、死因は出血多量。
右腹部の肉は削ぎ取られ、肋骨が露出していたとのことで、右腹部の肉は鑑定の結果〝引き千切られたもの〟だと解った。
にも関わらず、隊長の殺害現場には靴の跡らしきものが見つかっている。

奇妙なことに、現場からは一つの銃弾が発見された。位置・形状からして〝頭蓋の回収が困難なほど打ち砕かれた〟男の殺傷方法だと思われる。
その銃弾は弾殻を含め想定したところ、12mmという判断が出た。
12mmというと、おそらくそれなりの大きさを持つ銃器のモノだと思われる。少なくとも拳銃ではない。

以上が報告書の内容をかいつまんだものだ。

「……はぁ。」
ため息をつく女性。
それもその筈。銃器と怪力。二つの殺傷方法はあまりに違っている。前者は人の手によるもので、後者は怪物の範疇だ。
二つの条件を満たすためには両方の力が必要だ。複数の犯行か、あるいは亜人の仕業か。
しかし後者は有り得ない。亜人はこんな場所までは現れないし、ここは人の領地。単独で此処まで辿り着くのは困難であり、殺人を犯すメリットは無い。集団だとして取り決められた契約を破ることにも同じくメリットは無い。
と、なると前者の複数という線が濃くなってくるのだが、こちらとなると特定できる数が多すぎる。

「……はぁ……」
デスクに報告書を投げ、もう一度大きくため息をつく。
彼女はとてもうんざりしている様子だ。それもその筈、今唸っていた件は本来彼女がこなすべきものではない。

「……あの人、何処に居るんだか。どうせ何処かで……」
「何処かで……何ですか、アベンフィアー・フィルフトクリューネ?」
自分のフルネームを呼ばれ一瞬どきりとした後、首を錆付いたブリキのように旋回させ後ろを振り返ると、そこには。

「……何か?独り言の邪魔したつもりは無いのですが。何か聞かれたら不味いことでも?」
真後ろの扉を開き、彼女の上司―――ミシュアル・アルメイディアが立っていた。
その目は明らかにフィアを責めている。

「……そのようなことは、決して」
顔を少し落としながら叱られた子供のように消え入りそうな声で返答するフィア。
それを見てミシュアルは仕方ないですね、と小さく呟き、話題を変える。

「また死んでるんですか、この人は」
デスクの真横で横たわっている工事帽の男を見やるミシュアル。
ミシュアルの言う「死んでいる」とは「倒れている」と同義ではない。

「はぁ、そうなんです。死因は急患が運ばれてるときにぶつかって死亡」
一見聞くと意味の解らない相槌をさも当然とでも言わんばかりに口にする。
フィアの言っていることは紛れもない真実、確かに数時間前急患が運ばれてる最中、それにぶつかってその男は死んだ。

「……どうしようもないですね、本当」
「本当に、命って儚いですよね」
はぁ、と二人でため息をつく。

紛れも無くここで死んでいる男の名前はスプリオ・ランケルヌ。
特徴はヘッドライト付きのヘルメットといかにも貧弱そうなやせこけた体、そして冬でもシャツ一枚とジーンズなのだ。
とても死にやすい死亡条件を持つ変わりに残機と呼ばれる命のストックを有し、ストックさえあれば何度でも生き返ることが出来る特殊な体質である。
自称探検家。現在死亡した人間唯一の蘇生成功例としてフィアが世話……もとい管理をすることになっている。

「それで……残機は?」
「200は残ってる筈ですけど」
最初は戸惑いもあったが、今ではこの通り死亡だの残機だのにも慣れてしまっている。


15 名前: 九野 月流子 投稿日: 2005/04/29(金) 23:53:04

14

「ならいいのですが。それで、報告書の処理はどうなってますか?」
残機の確認が終わった途端、あっさり話を切るミシュアル。
それに対し何かを思い出したようにデスクへ投げた報告書を取り、ミシュアルに渡すフィア。こちらも切り替えが早い。

「どうも腑に落ちない点が幾つかあって……再度調査か、保留扱いになると踏んでいるのですが……」
そう言いながら実のところミシュアルに対する足止めだと言うのが本音だ。
大抵、処理の確認が終わればまた矢継ぎ早に次の命令が下される。休みの時間が他の部署に比べて圧倒的に少ない、それがミシュアルクオリティ。
まぁ、報告書を簡潔に纏め、備考を書いた上で提出する仕事をつい最近まで一人で受け持っていたミシュアルの手腕は天才的と言える。フィア自身、自分の処理速度はミシュアルの半分程だと思っている。
今現在報告書の4分の1をサポートするのがフィアのスタンダートだ。そんな中で再度調査・保留扱いとなりうると判断した件があれば、それをミシュアルに提出することになっている。
もしそれが素人目に見た為の判断だった場合は上から見てミシュアルの心証が悪くなってしまう。それを避ける為の措置である。
そんな時は高確率で次の命令を忘れて再度調査・保留扱いと判断した報告書を処理する。数分のささやかな幸せというヤツだ。

「……確かに、報告書の通り一部合点の行く要素がありませんね」
しばらく報告書を読んだミシュアルが肯定する。

「やはり、ですか……それで、再調査(リサーチ)ですか?それとも保留(テイクノート)に?」
自分の判断がミシュアルと一致したのが嬉しかったのか、少し声が弾んでいる様子だ。

「それの決定権は私ではなく、上部が持つものですよ」
「十中八九、ミシュアルさんの書いた備考通りになると言うのに、何を……」
何がおかしいのか、にや、と笑うフィア。

前述の通り、ミシュアル及び専属の部下であるフィアの主な仕事は雑多な報告書を簡潔かつ解りやすく纏め上部の人間に渡すことである。
その中で、必要と判断すればミシュアルは備考と呼ばれるものを書くことが可能だ。

「褒めても何も出ませんけど」
別段特別なものではない。ただ単に今後のリアクションに関して「こうするといいかもしれない」的な事を実行部隊を動かす上部へ伝えるための、6行あまりの欄。大半は見向きもしないだろう。
ただ、それの書き手がミシュアルであるとなれば話は別となる。そのたった6行あまりに秀逸な文面で今後の提案を出す。あまりに完璧な指示故に、あの上部にさえ一目置かれているというわけだ。……実際は上部がめんどくさがってるだけという噂もあるが。

「事実を述べたまでですよ。そもそも貴方を褒めたところで何も出てこないのは知ってますから」
「確かに、それもそうですね」
きっぱりと認めるその声からは皮肉めいた言動に対する含みは一切無い、淡白な反応。

「……つまんないの……」
その反応の淡白さについ不平を漏らす。

それが聞こえたのか聞こえていないのか。
「さて、それはさておき……手早く書類の処理を済ませるとしましょうか。先ほどの件も早いところ纏めて提出したいところですしね」
「……解りました……」
怒っているかは定かではない。しかし、これだけは確実だ。
毎度ながら自らに処理の災厄が廻ってくるのは明白だと言うことだけは。


16 名前: 九野 月流子 投稿日: 2005/04/30(土) 00:20:47

翌日。
「むにゃむにゃ……さんらぁいずぼんばー……3……2……1……しっこくしっこくー」
「もうお昼です、起きてください」
そう言って、謎の寝言をカタコトで話しながらソファーに横たわっているフィアを揺さぶる。

「……ふぇ?」
目を覚ますフィアは寝ぼけ眼に考える。どうやら深夜まで書類の処理を続けて、自分のノルマ達成と同時に寝てしまってたらしい。……ふと。自分の妙に寝てる場所が軟らかいと気づく。あれー、ベッドのスプリング壊れたかな?と思っていたのだが。
あろうことか、デスクルーム……もといミシュアルの私室兼仕事部屋のソファーで思いっきり寝ているではないか。
これって……不味い?とっても不味い?もしかして怒られる!?
音速でソファから飛び降り。

「お願いですから許してください」
神速で頭を下げる。

「……何か勘違いしてませんか?」
「……ぇ?」
やれやれ、と言った感じのミシュアルに馬鹿みたいな声で応答する。……お察しの通り、フィアは朝に弱い。

「ここ最近無理な仕事ばかり頼んでますからね、それくらいの睡眠も必要でしょう。本来ならもう少し休ませても良かったのですが……少し言っておくことがあったものですから」
「聞いておくこと?」
時折見せる思いやりに少しだけ感動してみるフィア。しかし、それ以上に最後の話が気になったのか。きょとん、とそのまま復唱する。妙に仕草が単純で可愛らしい。

「はい。先日の件ですが、つい先程、今夜私が再調査(リサーチ)する方向で纏まりました。アルバートからの報告も兼ねて、ですが」
「あ、そうなんですか。…………うぇ?」
応答したものの、思考を回転させる際に何か疑問でも生まれたのか。何とも間の抜けた声が最後に入る。

「いいんですか?書類処理とか……」
書類の処理をそんな間空けておいたら事だ。ま、まさかその処理を私に任せる、とか言うんじゃあ……と、内心びくつきまくる。

「いいんですよ。今でこそ私はこの仕事してますけど、元々書類の処理は私の管轄じゃありませんし。それで……まず言うことは2つあります」
「2つ……ですか」
ごくり、と唾を飲み込む。2つの用件があってもバシバシと続けて言うのがミシュアルの特徴なのだが、わざわざナンバリングする時は重要であることが多い。

「1つ目はあの人のことです。」
そう言ってクイ、とある方向を指す。
そこにはスプリオ・ランケルヌの死体が横たわっている。

「……死因は?」
「書類ファイルの雪崩による打撲、とでも言いますか……むくりと起き上がった瞬間の話ですが」
はぁ、とため息を付く二人。

「それで、二つ目は?」
既に死亡=日常ということでスイッチの切り替えは早く、興味は既に二つ目の話に移っているようだ。

「先述したとおり、処理書類の類は本来の管轄である方がやってくれますから。それで私は今夜、アルバートを拾うのも兼ねて再調査にロスタニスへ赴きますが……私の専属である貴方は私が言えば同行する権利を持てます。希望するなら同行届けを出しておきますが」
……フィアの思考過程はたった一つ。たった一つの単純(シンプル)な答え。

行 か な か っ た ら 書 類 処 理 に 回 さ れ る 。

「……私、行きます、お手伝いします」
猛スピードでの返答。
シナプス伝達速度と答えを口にするスピードが重なったような気がした。

「そう言って貰えると助かります。では申請してきますから、仕度を整えてください」
そう言って部屋から出て行くミシュアル。

フィアは仕度を始めるかと思われたが、何やら白銀の篭手を見つめて僅かな笑みを浮かべている。その篭手には各指の先端部は輝石に取り替えられており、各指の第二関節に何か宝石の外れた指輪のようなものがついている。
「久々になるかなぁ……コレ使うのも」


17 名前: つるねぇ 投稿日: 2005/08/07(日) 01:12:20

Another Birthday Edition

『プロローグ Aパート』


「ん……」
意識が目覚め、うっすらと視界が開ける。


……すぐさま異変に気付く。


見慣れた天井が、無い。そもそも天井と言えないほど高い。
とりあえず自分の姿を確認する。寝巻きでベッドに寝ている。
周りを確認する。とても暗く、巨大な魔石の採掘所の坑道を思わせる空気が漂っており、土の壁からは紫色のきらめきが所々剥き出しになっている。
記憶を再確認。アカデミーの自室で就寝した。
心当たりを探してみる。多分これは夢だ。
しかし、夢にしてはやけに思考が冴えているのがひっかかった。

とりあえずベッドから起きたその瞬間、それが視界に入った。











「おはようズフィルー」
そこにいたのは少女だった。黒の長髪に赤の眼、何かド派手な装飾のついた紫の服。それでもとても可愛らしかったのだが、そんな印象がどうでもよくなるほどその語尾はブッ飛んでいた。

嫌な夢を見ている。
そんな夢はさっさと寝覚めるに限る、そう思ってもう一度ベッドに身を預ける。

関わりたくない私とは裏腹に、どうしても何らかのリアクションが欲しいらしい少女はお構い無しにベッドをよじ登り丁度腹のあたりに座する。
「ちょっ、軽くスルーは酷いと思うズフィル」
瞬間、少女は吹っ飛んだ。ほぼ反射的に私の拳が顔面を粉砕したためであり、心なしかその拳からはプスプス煙が出ている。
勝手に人の寝床に上がるなぞ無礼の極み。例え夢の中であろうと少女であろうと万死に値する。

「い、痛い……児童虐待ズフィル、そん
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