無題 2011 > 12 > 02 ◆suJs > LnFxc

494 名前: ◆suJs/LnFxc[sage] 投稿日:2011/12/02(金) 01:11:10.20 ID:Q2GBQP+B0 [1/16]
こんばんわ。
また投下していきます。

今回、モブキャラが結構多くなっております。
モブキャラの台詞は「 」ではなく『 』で囲ってありますので、留意して頂けると幸いです。





藤本のことを典子と呼ぶのにもすっかり慣れた今日このごろ。
2度目の生理も終わり、俺が女になってから2ヶ月と少しが経っていた。
典子とはもう、良い感じに友達関係を築けている。
両耳に開けたピアスの穴は、最初こそ痛かったものの…今は綺麗に出来上がった。
試しに猫のピアスを着けてみたりもした。似合ってるかどうかは、分からないが。

涼二とは、昼休みにカレーパンを買ってもらったり、アイツのバイトが無い日にうちでゲームをやったりとかで、まぁ相変わらずだ。
やっぱりたまに、ドキっとすることがある。
好きかと言われてもよく分からん。親友だとしか言いようがない。

季節はすっかり秋で、薄着だともう寒い。
うちの学校では、この時期に文化祭が催される。

今は、ホームルームでクラスの出し物を決めているところだ。

「えー、では我々6組の出し物については、クレープ屋に決定しました!…同志諸君ッ!俺の力不足で、我々の悲願である
 メイド喫茶の野望を果たせずに申し訳ない…ッ!」
『委員長ぉー!俺たちは、俺たちは何のためにここまで…!』
『畜生ッ!我がクラスの乙女たちのメイド姿を見るまで、俺は[ピーーー]ないというのに…ッ!』

委員長が決定事項を簡潔(?)に述べる。
男子(涼二含む)はド定番であるメイド喫茶を熱望していたようだが、定番なだけあって既に他のクラスに出店権を奪われていた。
見苦しくも泣き叫ぶ男子ども(涼二含む)を、女子(俺含む)は冷ややかな目線で眺めている。

うちの学校では出し物を決める際に、学年ごとにクラス対抗でくじ引きが行われる。
くじで決まった順番通りに出し物を決めていくわけだ。
今回の場合、うちのクラスよりも先にメイド喫茶の出店を決めているクラスがある。
この場合、内容が被るのでコスプレ喫茶系はもう無理らしい。
ちなみに学年が違えば出し物は被っても良いらしく、当然の如く2年、3年にもメイド喫茶が出店される。

…そんなに良いかね、メイド喫茶。

そんな事を考えるようになったのも、自分が女になったからだろう。
男の頃なら典子のメイド姿を見たくて、メイド喫茶が却下された瞬間に、
今まさに死体のようになっているクラスの男子連中(涼二含む)の仲間入りをしていたはずだ。
今の状況で下手にうちのクラスがメイド喫茶で決定されてしまったら、
もしかしたら自分がメイドの格好をさせられる側になっていたかも知れないのだ。冗談じゃねぇ。
密かに、胸を撫で下ろす。





「だが同志諸君!メイド喫茶の野望は潰えたが、我々にはまだ希望があるのだ!むしろ、こちらが本命と言って良いだろうッ!」

希望?
コイツ、何を言ってるんだ?
…嫌な予感がする。これが女の勘ってヤツか?

周りを見れば、死体のようになっていた男子ども(涼二含む)が、一筋の光りを見出だしたかのように蘇生し始めている。

「クラス別の出し物は先程述べたように、クレープ屋で決定した…。だがッ!学年全体としての出し物は…」

…ごくり。
クラス中から、そんな音が聞こえた気がした。

「『にょたい☆かふぇ』に決定したあああッッ!」

…は?何だそれ。
にょたい☆かふぇ、にょたいカフェ、女体カフェ、女体化フェ…
あれ?ちょっと待て、まさか…!?

『委員長ーッ!そのとても素敵な響きの『にょたい☆かふぇ』について、詳しい説明を要求するッ!』
「宜しい、疑問は尤もだ。だが詳しく話すまでもない。要は、各クラスのにょたっ娘を集め、ウェイトレスをやってもらう!至極簡単ッ!」

嫌な予感は的中した。女の勘もあながち馬鹿に出来ないものだ。
つーかそれ、女体化者を晒し者にしたいだけじゃねーかよ!
絶対嫌だぞ俺は!

『ってことは、うちのクラスだと…』
『武井と…』
『小澤と…』
『西田…?』
『『『………』』』


よ、良かった…。
ざまぁみろ、皆引いてるじゃねぇか。
そんな訳のわからん企画、破綻するに決まって…





『『『うおおおおおーーッッッ!!』』』
『きた!カフェきた!メインカフェきた!これで勝つる!』
『武井ーッ!俺だーッ!結婚してくれー!』
『小澤の絶対領域に期待せざるを得ないッ!』
『にーしーだ!にーしーだ!』

リビングデッドども(涼二含む)が歓喜の涙を流して狂喜乱舞している。
メイド喫茶に猛反対していた女子たちも、自分たちに被害がないと分かった途端に、
「それ良いんじゃない?見てみたいよねー」などとほざいている。

この流れはまずい、何とかして止めないと…!

「ちょっと待てえええッッ!おかしくねえ!?メイド喫茶と被ってるじゃねーか!あと俺を某サタンみたいに呼ぶんじゃねえええッ!!」
「西田、残念ながらこれは決定事項だ。安心しろ、メイドではなく普通のウェイトレスだからな。衣装は手芸部が用意してくれる。
 今日の放課後にサイズを測るらしいから、部室へ行ってくれッ!」
「へっ?あ、うん。…じゃなくてえええッ!喫茶店ならメイド喫茶で事足りるだろうがああッッ!」

メイド喫茶とにょたい☆かふぇ、どっちが先か知らないが、こんな暴挙が許されてたまるものかよ!

「趣旨はにょたっ娘による軽食提供サービスだからな。確かにグレーゾーンだが、メイド喫茶とは提供する品物を変え、
 メイド喫茶側にはにょたっ娘を起用しないという差別化を計ることで許可が下りた。この辺はかなりゴリ推ししたからな、俺が」
「犯人はてめーかよ!?フ〇テレビみたいな真似しやがって!そ、そうだ、武井、小澤!何とか言ってやれ!」

くそ、俺一人じゃ分が悪い。
『こちら側』の武井と小澤に加勢してもらわないと…!

「学年で協力してやるというのも…あまり無い機会だし、なかなか面白そうじゃないか?」
「うんうん。他のクラスのにょたっ娘と仲良くなるチャンスだしね!」
「おいいい!何かノリノリなんですけど!?」
「西田。この企画の利益は全額、慈善団体を通じて寄付されることになっているんだ。お前一人が加わらないだけで、
 寄付金の額に影響が出るかも知れないんだぞ?」
「くっ…!チャ、チャリティー活動は大いに結構だけどなぁ!俺が抜けたところで変わるはずが…」

『いやー、やっぱりうちのクラスは武井に小澤、西田のNTK3が揃わないとなぁ』
『そうそう、一人でも欠けたら金落とす気にならねーよなー』
『誰が一番なんて決められねぇけど、3人ともいないとダメだろ?』

NTKはNyoTaKkoから来ているらしい。
安直すぎる…っていうか勝手に変なユニット組んでんじゃねぇよ…。

でも典型的な日本人として、「皆がやってるのに自分だけやらない」というのはいたたまれないぞ…。
しかもこれって、俺だけがチャリティー活動を嫌だと言って駄々こねてる状況じゃないか?
あれ?俺が悪いの?これ。

「さぁ西田ッ!お前がいなければ寄付額が下がるのは事実なんだ!それに武井と小澤はやってくれるそうだぞ?
 お前はそれでも拒絶するのか!?どうなんだ!日本人としてどうなんだッ!!」
『そーだそーだ!意地張ってんのは西田だけだぞ!』
『早いとこ降伏した方が身の為じゃねーの?』
「う、ぐ…ッ!こいつら…!」

俺のプライドという最後の砦は、もはや陥落寸前だ。
気力だけで立ち上がっているボクサーと大差ない。

そんな俺に、トドメの一言。
いつの間に俺の背後に回っていたのか。

「…忍。あんまり聞き分けのないことばかり言ってちゃダメだよ?文化祭を成功させるには、協調性が大事なんだから。ね?」

俺の頭を撫でながら、聖母のような微笑みで。
鬼のようなことを言う典子がそこにいた。





「見事な手並みだ、藤本女史。西田が一番手強かったからな、ヤツを飼い馴らしている君の協力を得られて、非常に助かった。
 同志諸君、藤本女史に万歳三唱ッッッ!」
『ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!』
「いやぁ、照れるなぁ。あはは!」

真っ白になって机に突っ伏す俺の頭上で、割れんばかりの万歳三唱が行われている。
さながら戦勝祝賀会だ。
勝利の余韻に浸っている委員長が、意気揚々と俺の元へとやって来た。

「そう恨んでくれるな、西田よ。元々は、使用済の衣装をオークションにかける案もあったんだ。確かに利益は見込めるが、
 流石にどうかと思ってな。それを止めたのはこの俺だぞ?」
「…誰が買うんだよ、そんなの…」
「にょたっ娘にはちょっとしたアイドルグループの追っかけみたいな集団がいるんだよ。密かに校内でも、
 盗撮写真の売買が行われているしな」
「はあ!?盗撮!?」
「盗撮と言っても、更衣室やトイレなどのヤバい写真ではないぞ。健全な隠し撮りで、陰ながら愛でるのが彼らのポリシーなんだと」
「陰ながら愛でることの何処が健全なんだよ!?まさか、俺のも…」
「当然ある、俺も何枚か持っているしな。お前のファンも結構多いんだぞ?嬉しいだろう、ははは」
「てめえええ!嬉しくねぇし気持ち悪ぃーんだよ!全部出しやがれコラァァッッ!!」
「嫌だッ!俺のにょたっ娘コレクションを渡すわけにはいかんッ!」

俺が委員長に掴みかかっていると、後ろの席の涼二が何かを言おうと口を開いた。
コイツも先程、クソ忌々しい「にょたい☆かふぇ」に狂喜乱舞していた人間の一人だ。

もしかして、俺のコスプレ姿を見たいとか…思ってんのか?
そんなこと言われても俺、別に何とも思わない…よな?

「忍みたいなちんちくりんはどーでも良いけど、武井たちや他のクラスのにょたっ娘たちは楽しみだよな。
 2組の菅原とか特に、すげースタイル良くて…」
「ぬあああッ!!ムカつくッ!こいつムカつくッ!別に楽しみにしろとは言わないけどすっげームカつくッッッ!!」
「何だよ忍、何が言いてぇんだ?」

言われてみれば確かにそうだ。
俺は何が言いたい?
えーっと、多分…あ、そうか。

「…そのスタイルの良い、菅原ってヤツと比べられたのがムカつく」
「何だよ、そんなの仕方ないだろ。お前の体型だって違うトコでそこそこ需要があるんだろ、ファンが多いって話だし」
「需要とかそういう話じゃねーんだよ!スタイル抜群の連中の中に放り込まれる俺の身にもなれよ!?」
「まぁまぁ。逆に目立って良いじゃねぇか。もっと自分の体型を武器にしていけよな!」
「うるせーよ…」

涼二にまで「いい子いい子」される始末だ。
これをやられると、何だか怒る気が失せてしまう。
何かホントに飼い馴らされてる気がしてきたな、俺…。





げんなりしていると、武井と小澤もやってきた。
こいつら、裏切りやがって…!

「にーしーだ君。頑張ろうね!私、楽しみだよー」
「お前ら…元日本男児のプライドは無いのかよ!?俺たちは晒し者にされるんだぞ!?」
「そんなこと言って…西田、君だって男のままだったらメイド喫茶を希望していただろう?それは我侭というものだよ」
「うぐっ…、それを言われると…」
「それに小澤も言っていたけど、他のクラスの女体化者とも交流を持てるチャンスじゃないか。こういった機会は大事にした方が良い」
「私はメイド喫茶でも良かったんだけどねー。可愛い服着るの好きだし!」
「何か小澤だけ最初からノリが違うぞおい…」
「アンタたち、少しは手加減しなさいよ?私、3組のメイド喫茶を手伝うことになっちゃったから。
 客が全部そっちに取られたらたまらないもの」
「手伝うって…何でまた?そんなにメイド服が着たいのか?」

女体化の先輩たちと話をしていると、典子と植村も現れた。
植村はわざわざ別のクラスでメイドをやるらしい。
確かにクラス別の出し物と言っても、お互いのクラスの出し物に支障がでない範囲でなら人員の貸し借りは許可されているが…。

「馬鹿言わないでよ。3組の連中、メイド喫茶側のレベルを上げないと、にょたい☆かふぇに全部喰われるんじゃないかってビビってるの。
 で、私にオファーが来たってわけ」

女体化者が1クラスに平均3人として、学年で8クラスだから…24人くらいか。
自分のことを持ち上げるつもりは無いが、ただでさえ単品のスペックが高すぎる女体化者がそれだけ集まれば、
とんでもない光景になるのは目に見えている。
メイド喫茶には女体化者を使ってはいけない縛りになっているそうだし、
となると確かに植村級の美少女を一人でも多く投入しなければ苦戦は免れないだろう。

そう考えると、女体化者と張り合える植村ってやっぱり凄いんだよな。
女になってしまったからには、植村のような顔やスタイルが羨ましく思える。
俺なんて、童顔で猫顔でチビで乳ばっかり出てる、意味不明な体型なのに…。

「ふむ。それで心優しい植村は快諾した、と?」
「もちろん。売上の1割をバイト代として頂くけどね。だから、アンタたちに邪魔されて売上を落とすわけにはいかないの!」

悪魔かコイツは。

「僕らみたいな女体化者よりも天然女性を好む連中だって、少なくないだろう?その辺は、上手く棲み分けが出来るんじゃないかな」
「残念ながらその通りだよねー。植村ちゃんはすっごく可愛いから、メイド喫茶も大盛況になるんじゃないかな?
 私も時間があったら行くね!」
「だと良いんだけどね…。アンタたちが束になった時のことを考えると恐ろしくて。雇われとは言え、
 やるからには女歴16年としての意地もあるし?」
「お前に勝とうなんて思ってねーよ。女体化者の俺たちがやらされるのなんて精々、見世物小屋の珍獣みたいなもんだろ…」

自分で言って虚しくなる。
見世物小屋という表現は我ながらピッタリじゃないか。
24人が揃いも揃って元童貞だとアピールするようなものだし。

「そんなこと言ったらダメだよ!私は忍のウェイトレス、楽しみにしてるんだからっ。当日は私が化粧手伝って、
 目一杯可愛くしてあげるからね。それで皆にたーくさん可愛がってもらうんだよ?」
「し、しなくて良いだろ化粧なんて!?適当にやりゃあ良いじゃねーか!それに可愛がられたくもねえええッ!」
「えー。忍が化粧するんなら、ちょっと楽しみだったんだけどな。俺、見たこと無いしさ。
 中身はともかく顔は可愛いんだから勿体ねーぞ、お前」
「!?」

涼二お前っ…さらっと何言ってんだ!?
お、おい!赤くなるなよ俺の顔ッ!?照れてると思われるじゃねーか!
くっそ、涼二なんかに言われただけで…!
そもそも、中身はともかくって言われてる時点で、褒められてるとも限らないのに…!

「あはは、西田照れてるー!何この可愛い生き物!」
「にゃんこじゃないかな?」
「ち、違っ…!これは思い出し赤面だ!ガキの頃にクソを漏らした時のことを唐突に思い出してだなぁ…!」
「忍ってもしやツンデレなのか?こんな身近にリアルツンデレがいると思わなかったぜ」
「うるっせえええッ!!」

…はぁ。
やだな、文化祭…。





放課後。
武井、小澤とともに手芸部の部室の前までやって来た。
ちなみにメイド喫茶で使うメイド服も手芸部が用意するらしいが、サイズ測定は後日行うようだ。
ついでに涼二と典子も、「どんな衣装か気になる」とかで一緒にいる。
サイズ測定の際に、衣装のサンプルも見せてもらえるらしい。

メイド服じゃないし、普通のウェイトレスの格好なんだろ?見る程の物でもないのに。
まぁ俺はそれでも十分嫌なんだけど…。

「つーか何この人だかり?ヤバくねぇ?うわっ、こっち見てるぞ!?」
『6組の3人が来たぞー!』
『武井、小澤、西田か!?』
『『『うおおおーッ!!!』』』
「ひいいい!?何だよこいつら!?」

どうやら、女体化者が一堂に会するこの機会を一目見ようと集まってきた野次馬らしい。
カメラを構えている連中は恐らく、俺たちのような女体化者を陰ながら愛でているという噂の追っかけ集団だろう。
普段はコソコソ隠し撮りをしているくせに、今回は文化祭前のちょっとしたイベントというのが免罪符になっているのか、
臆す様子もなく写真撮影に勤しんでいる。

俺たちに気付いた連中が、こちらにもカメラを向けてきた。
武井は全く気にしていないし、小澤に至っては満面の笑みでカメラに手を振っている。
俺は思いっ切りムスッとした顔をしてやった。
つーかそのバズーカみたいなカメラレンズ、幾らするんだよ。

「いやはや、にょたっ娘の人気は流石だな。さて、俺も目の保養をさせてもらうぜ!頑張れよ3人とも!」
「私たちは部外者だからね、外から見守ってるよっ」
「うぅ、心細いぞ…」
「ここまで来たら腹を括るしかないぞ、西田」
「さあさあ、行こっ!西田君!」

武井と小澤にがっちりと腕を取られ、引き摺られるように部室へ入る。



…部室内は、尋常ではないオーラに満ちていた。

「うっ、何だよこの空間…!予想はしていたけど、まさかここまでとは…!」
「ふむ、流石に壮観だね。これじゃあメイド喫茶をやる連中がビビるのも無理はないか」
「凄い!みんな超可愛いー!友達になれるかな!?」

右も左も、前も後ろも。
全員が超がつく程の美少女で、さながら美少女のバーゲンセールだ。
ショートヘアもいればロングヘアもいる。
巨乳もいれば貧乳もいる。
高身長もいれば低身長もいる…まぁ一番小さいの俺ですけどね…はは…。

それぞれの表情を見てみると、武井や小澤のように平然としているのはほんの数人で、大半は俺のようにげんなりとしている。
どいつもこいつも、突然にょたい☆かふぇとやらでウェイトレスをやれと言い渡されて、無理矢理連れて来られたようなツラだ。
あぁ、こんなにも仲間がいたんだ。その気持ち、俺にもよく分かるよ。





どうやら人数的に、俺たちで最後らしい。
数えてみると、全部で26人。1クラス平均3人くらいだろうが、少し誤差があるようだ。
一方野次馬はと言えば、女体化者全員が揃ったことでテンションが最高潮となり、
追っかけの連中は部室内に向けてしきりにカメラのフラッシュを焚いている。うぜぇ。

取り敢えず空いている席に腰を下ろすと、隣でげんなりとしていたヤツが話し掛けてきた。

「よっ、お疲れさん。オレ、2組の菅原響。アンタは?」
「…6組の西田。西田忍だよ」

透き通るような白い肌。
肩甲骨あたりまで伸ばされた、めちゃくちゃ綺麗な黒髪。
長い手足に、程よい大きさの胸。
それでいて、悪戯っ子のような目付き。
隣にいるのが恥ずかしくなるくらいの美少女だ。
あぁ、コイツが噂の菅原か。

「しっかし、たまんねーよなぁこの扱い。チャリティーだなんだと丸め込まれたけど…これじゃオレら、ただの見世物だろ」
「全くだな。でもまぁ、同じ気持ちの仲間がいるだけでも救われた気がする…」
「はは、やっぱそう思う?クソみてぇな企画だけど、こうやって仲間が出来たことだけは評価してやっても良いかもな!」

何だ、気さくで良いヤツじゃないか。コイツとなら友達になれそうな気がする。
噂だけ聞いて妬んでいた自分が恥ずかしい。
このスタイルが羨ましいことに変わりはないが。

菅原と愚痴を言い合っていると、半透明のケースを抱えた女子生徒が大勢部室に入ってきた。
女体化者ではなさそうだが…どこか、独特の雰囲気が漂っている。
他にもギターケースくらいの、黒塗りで長方形のケースがあるが…あれにも衣装が入っているのか?
まぁ、コイツらが手芸部員だろう。

「…聞いたところによるとな、手芸部員って腐女子ばかりなんだとさ。んで部活と称して、いつも自分たちで使う用のコスプレ衣装とか、
 小道具を作ってるらしいぜ?その分、腕は確からしいけど」

菅原が教えてくれる。
この独特の雰囲気は…そういうことか。
女子生徒の中の、部長らしき人物が前に出る。
部長、ってことは上級生だよな。

部長らしき人物が何かを話そうとする雰囲気を察して、部室の内外が静まり返る。
彼女は部室をざっと見渡し、口を開いた。





「きょ、今日はわざわざ集まってくれて…!本当にありがとう!あぁ…ここは楽園なの?わ、私の、私のにょたっ娘たちが、
 こんなにいっぱい…!皆、みんな私の…!私のッ!!!はぁ、はぁッ…!」
『ぶ、部長!鼻血とか涎とか色々出てます!』
『気持ちは分かりますけど、落ち着いて下さい部長!』

いきなりやべえええッッ!
何だあいつ!?恍惚の表情で鼻血噴いてるぞ!?

「西田、オレ、身の危険を感じるんだけど…」
「き、奇遇だな菅原、俺もだ…」

そう思っているのは俺たちだけではないらしい。
先程げんなりしていた連中たちは全員、顔が引きつっている。
そりゃそうだろう。手芸部の連中がこんなに強烈だとは思わなかった。
何をされるか分かったもんじゃないぞ…。

にも関わらず、こんな状況でも平然としている武井と小澤はやはり異常だ。
二人で何か話しているようで、声が聞こえる。

「ははは、君のところの部長はなかなかユニークな人だね?」
「でしょ?すっごく面白い人なの!ぶちょー!私もいますよー!」
「小澤ちゃああああん!よく来てくれたね!私、頑張って皆に着てもらう可愛い衣装考えてきたから!えへ、えへへへ!!」
「うわぁ、楽しみですよー!部長の作る服、いつも超可愛いですからねぇ!」

小澤、アイツ手芸部だったのか…。
しかし本当に雲行きが怪しくなってきた。大丈夫なのか?コイツら。
普通のウェイトレスだって、言ってたよな…委員長…。

「っと、皆さんがあまりに可愛くて、少し取り乱してしまいました…。私、手芸部の部長です。どうぞ宜しく!」
『『『………』』』

今更取り繕ってももう遅いぞ、部長。
皆、完全に不信感を抱いている。無論、俺も菅原も。
例外なのは小澤と武井と、他ほんの数名くらいなものだろう。
これからどんなにヤバい衣装が飛び出すのかと、想像するだけで寒気と吐き気がする。
あんな変態部長、いや…部員たちも相当怪しいが、とにかくアイツらの好きにされてたまるものか。

「えーと、ではですね、まずは文化祭当日に着てもらう衣装のサンプルを見てもらおうかな!そこの衣装ケース、取ってくれる?」

部長が部員に指示を出し、衣装ケースが部長の前へ運ばれた。
中身は…よく見えない。
皆、固唾を呑んで見守っている。
どうか、どうか。
まともな衣装でありますように…!





「ではでは…じゃーん!これでーっす!ど、どうかな?か、可愛いでしょ?ふひっ、ふひひひっ!!」
『『『うッ…!』』』
「あれっ、あれっ?もしかして気に入らなかったかな?ほ、他にもあるから!ねっ、ねっ?ほら、これとか、これとか!」

部長が次々と掲げていく衣装。
どれも同じ方向性だ。
メイド服とは確かに違うが、テイスト的にどこかメイド服っぽくもある。
ウェイトレス…にはウェイトレスかも知れない。
ただし、あんなウェイトレスは2次元でしか見たことがない。
…要するに、

「ざっけんなあああッ!!!そんなもん着れるかああああッ!!!!」
『そーだそーだ!もっとまともなヤツを出して下さいよ!』
『それじゃメイド喫茶と大差無いじゃないですか!!』

教室中の女体化者たちから、非難の嵐。
それを一身に受ける部長は、どこか気持ち良さそうですらある。

「た、たまらんっ!にょたっ娘たちが恥らう姿ッ!!着させるッ!な、何としてでも、私のにょたっ娘たちに着させてみせるッ!
 着させて、もっともっと恥らう姿を見るのッ!!うふ、うふふふふふッ!!」

ぎゃ、逆効果だと…!?
ダメだ、アイツは言葉が通じる相手じゃなさそうだ!
先程までげんなりしていた、名も知らぬ同志たちと素早くアイコンタクトを取る。
言葉に出すまでも無い、「逃 げ る」ッ!

『『『『うおおおおおッ!!!そこをどけええええッ!!!!』』』

俺も、菅原も、小澤たち一部を除いたその他の女体化者たちも。
女になって馬力の落ちた身体に持たされた、全ての力を振り絞って部室のドアへ殺到する。

「甘いよ、にょたっ娘たち!脱走は想定済み!隔壁閉鎖、及び銃の使用を許可するよ!私のにょたっ娘たちを残さず捕まえてッ!」

部長の叫び声を背中に受けながら、全力で走る。
捕まってたまるか、あんなもん着てたまるか!
皆が皆、そんな言葉を叫びながら、一目散に逃げていく。
部室の外に集まっていた野次馬どもを突き飛ばしながら、何度も転びそうになりながら。

ふと、部長の言っていた「銃の使用を…」が気になった。
そんな馬鹿なはずが、と思いながら振り返る。
見えた。
手芸部員たちがギターケースくらいの、黒塗りのケースの中から取り出している物。





「…ショットガン!?嘘だろ!?」

どう見てもポンプアクション式のショットガンだ。
流石に実弾は出ないだろうが…何に使うんだよ、あんな物騒な物…!

『やばい、防火シャッターが閉まるぞーッ!』

誰かが叫んだ。
素早く回り込んだ手芸部員が防火シャッターを降ろしている。
この学校の防火シャッターは電動式だ。
事故防止装置が付いているので、挟まれて死ぬようなことはないだろう。
だが、あそこをくぐり抜けられなければ、俺たちはあの変態どもの慰み者になってしまう。
絶対にさせねぇ、そんなことは…!

ぎりっと奥歯を噛み締めたその時、背後から銃声が聞こえた。
アイツら、撃ちやがったのか!?

『うわあああッ!何だこれ!?抜けられねぇ!』
『嫌だ!だっ、誰か!誰か助けて!僕はあんなの着たくないんだ!』
『部長!脱走者を2名確保しました!』
「ふ、ふふふ!あはっ!こ、怖いことなんてしないからね、良い子にしようねぇー!皆、早く、早く他のにょたっ娘たちも捕まえて!」
『こちらも3名確保ー!機械工作部が作ったネットガン、かなり使えますねコレ。借りてきて正解かも』
『実戦データ取りたがってたし、丁度良い機会だよねー!あはは、必死にもがくにょたっ娘が超可愛い!癖になりそう!』

背後から、逃げ遅れて捕獲されてしまった同志たちの断末魔と、変態手芸部たちの声が聞こえてきた。
走りながら振り返ると、馬乗りで床に取り押さえられ、手錠をかけられている女体化者たちが見える。
その大捕物の様子を見て野次馬どもは歓声を上げ、追っかけどもはひたすらシャッターを切っている。
逃げ惑う美少女たちが眼前で次々と捕獲されていくのだ。奴らにとっては最高の餌となるのだろう。
捕獲された連中の全身にはネットが絡み付いている。あのショットガンはネットを射出する銃らしい。

機械工作部の間抜けどもが!暴漢から弱者を守るための武器を作るのは良いが、それを暴漢に提供してどうする…ッ!
じ、地獄だ…!ここは…!

「西田ぁ!振り返るんじゃねぇぞ!あの防火シャッターを突破出来なければ、オレたちも…!」
「分かってるよおお!!アイツらの犠牲は無駄にしねぇッ!うおおおおッ!!」

ふと視界の端に、涼二と典子の姿が見えた。
…アイツら、助けてくれないかな?





「だっはっは!見ろよ藤本!忍のヤツ、逃げ惑う子猫みたいじゃね!?」
「ホントだー!逃げ惑う忍が可愛いすぎて、生きるのが辛い!」

涼二は腹を抱えて笑っているし、典子も変に興奮していた。
ちくしょおおお!絶対逃げ切ってやる!!

閉まる寸前の防火シャッターの向こう側へ、ヘッドスライディングで滑り込む。
後ろから、間に合わなかった女体化者たちの悲鳴と、シャッターを叩く音、続けて銃声が聞こえて…思わず耳を塞ぐ。
今は生き残った女体化者たちと共に、自由に向かって全力で突き進むしかない。

『お、おい!向こうから変なヤツらが走ってくるぞ!?』
『ちょ、何あれ!?盾じゃない!?』

先頭を走っているヤツらが、悲鳴混じりの声を上げる。
廊下の奥を見ると、透明な盾を構えた女子生徒の集団が突進してきているではないか。

『我ら美術部の盟友、手芸部の頼みだからね!さぁ、にょたっ娘たち!ここから先は通さないよ!』
『わざわざシールドを借りてきたんだから!大人しくお縄につきなさい!』
『にょたっ娘とキャッキャウフフ出来るチャンスは絶対に逃さない!はぁ、はぁ…っ!』

くそ、手芸部め!増援を呼びやがったか!?
あれ、暴徒鎮圧用のライオットシールドとかいうヤツじゃねぇか!?何であんなの持ってんだよ!?
…あぁ、侵入者対策のために職員室に置いてあるんだったな、確か…。
何でその「鎮圧すべき暴徒」に貸しちゃうかな…。

今まさに迫ってきている美術部については、俺も聞いたことがある。
部活と称して、いつも創作漫画ばかり描いている連中らしい。
しかも天然女性が女体化者を性奴隷にするような、おぞましい内容だそうな…。
前も後ろも変態しかいねぇのかよ!

「ひるむな皆あああッ!元男の底力を見せてやるんだーッッ!」
『『『うおおおおッッッ!!!』』』

菅原が激を飛ばし、皆を鼓舞する。
ついに先頭のグループが、廊下に隙間なくシールドを展開している美術部員に体当たりを仕掛けた。
よろめいた美術部員の間を抜けようと試みているが、2重、3重と張られたシールドの壁はなかなか崩せない。

「やべぇぞ!早くしねぇと、後ろから手芸部が来る!あの銃の射程に入ったら終わりだ!」
「押せ押せえええッ!ここを抜けないと捕まっちまうぞおおッ!!」
『貧弱!貧弱ゥ!』
『早く投降しなさい!にょたっ娘たちッ!』
『嫌だあああッ!押せーッ!!』





シールドを押している誰かの背中を、俺もまた渾身の力を込めて押す。
この中には女体化して、「女らしさ」を身につけたヤツも幾らかいるだろう。
しかし今この場に限っては、誰もが「男」に戻っていた。

「なぁ西田、あの隙間…お前なら抜けられるんじゃないか?」

横で同じように誰かを押している菅原が、俺にだけ聞こえる声で囁く。
菅原の目線を辿ると、張り巡らされたシールドの壁に、ほんの少しだけ隙間が見える。

「…確かにいけそうだけど、でもお前は、皆は…!」
「今は自分のことだけを考えろ!なに、オレたちもすぐに追い付くから!」

おい、それは死亡フラグじゃないか?
しかし、このまま小競り合いを続けていたら、あの僅かな隙間すら無くなってしまうだろう。
チャンスは…今しかない。

「行けえええ!西田あああッ!」
「くっ、皆すまねぇッ!」

この時ばかりは低身長に感謝した。
姿勢をより低くし、僅かな隙間に身体をねじ込む。

もうちょっと、もうちょっとだ、こなくそ…くうっ………、抜けたーッ!
脇目も振らず、そのまま全速力…ッ!

『あっ!一人抜かれた!』
『くっ、追ってる余裕は無いね!これ以上は逃がさない!』

走りながら思い出す。
しまった、鞄を自分の教室に置きっぱだった。
幸い、追っ手は俺の方には来ていない。急げば鞄を回収する余裕はありそうだ。

教室へ戻るために廊下の突き当たりの階段を下りる際、残してきた同志を振り返る。
菅原を含む哀れな女体化者たちは、美術部のシールドによる猛攻と、追い付いた手芸部の銃の威力の前に、為す術も無く捕獲されていた。
あの時菅原があの隙間を教えてくれなかったら、自分もあそこにいただろう。
そう思うと…ゾッとする。

取り敢えず、今日から暫くはサイズを測らせないように逃げ続ければ良い。
捕獲されてしまった彼女たちには申し訳ないが、俺はパスさせてもらうとしよう。
そう思いながら、教室へ急いだ。





教室に入ると、残っているのは植村たちの女子グループだけだった。
プリクラ帳を広げてガールズトークを楽しんでいるらしい。
地獄から生還した俺の前だというのに、呑気なものだ。

息を切らして自分の席に向かう俺に気付いた植村が、立ち上がって俺に近付きながら話し掛けてきた。

「あれ?どうしたの西田、そんなに焦って。もう終わったの?」
「始まる前から終わってんだよ!あんな変態どもに付き合ってられるか!」
「ちょっと、何があったの?」
「説明してる暇はねぇんだよ!散っていった仲間のためにも、俺だけは生き延びて…」

一刻も早く教室を飛び出すべく荷物をまとめていた俺はふと、あることに気が付いた。
なぜ植村は「立ち上がって俺に近付きながら話し掛けてきた」んだ?

…植村に背を向けるべきではなかった。
考えるべきだった。植村が工作員である可能性を。
俺は今、いつぞやのように首根っこを掴まれている。

「あ、あの。植村、さん…?」
「んー?どうしたの?脱走者ちゃん?」
「ぐっ、お前まさか…!」
「典子から連絡があったの。西田が来たら絶対逃がすなって。恨まないでね?」
「典子おおおッ!!お前というヤツはあああッ!お、おい!見逃してくれよ!!」
「それが人にお願いする態度かなー?」
「…お、お願いします、見逃してください植村様…」
「くうううっ!快感っ!!」

相変わらずサドっ気たっぷりだなおい!

「でもだーめ。見逃してあげない!典子の頼みだもの」
「ちくしょおおお!鬼!悪魔!ヤリ〇ン!」
「何とでも言いなさい。ほら、お迎えが来たみたいよ?」

植村に言われて教室の入口を見ると、変態手芸部長とその不愉快な仲間たちが、飢えた獣のような目でこちらを見ていた。

「に、西田ちゃん、だったかな?もう君で最後だよ?ふ、ふふっ、この子もすっごく可愛い…!その絶望に満ちた顔、たまらない…っ!
 ほ、ほら…部室に戻ろう?皆待ってるよ?」
「うあああッ!く、来るなああッ!」

奴らが構えている銃の照準は俺にピタリと合わされているが、後ろに植村がいる状態では下手に撃てないらしい。
変態たちは教室前方のドアから攻めてきている。後方は…ノーマーク。

何とかして逃げないと…!
植村を振り解いて、奴らが撃つよりも早く逃げさえすれば…!

「この!くそ!離せっつーの!」
「こら、暴れないの。もう諦めなさいよ」

両手でがっしりと俺の襟首を掴んだ植村は、到底振りほどけそうにない。
だが…両手で掴んだのがお前のミスだぜ、植村…!

「喰らえ!オラオラオラオラオラオラオラオラーッ!」
「あはは、ちょっと、やめてよ西田!あは、くすぐったいって!」

両手で襟首を掴んだことによりガラ空きになった脇腹を、後ろ手で思い切りくすぐる。
突然の俺の反撃に、たまらず植村は、手を…離した!今だッ!

「あっ!逃げた!くっ、飼い猫に手を噛まれるとはまさにこのこと…!」

後方のドアを目掛けて、弾丸のように突っ走る。
鞄も忘れていない。完璧だ。

銃声が聞こえた。
反射的に、転ぶ寸前まで頭を下げる。頭上をネットが掠めた。
…いける、逃げ切れる!





そう思った瞬間、誰かが後方のドアを開けた。1人だ。
誰だか知らないが、このまま体当たりしてブチ抜けば関係ねぇ!

「そろそろ楽しい鬼ごっこは終わりにしよっか、子猫ちゃん?」

典子…!?
思わず脚を止めてしまう。
今が好機とばかりに、銃のスライドを前後させて装弾する変態たち。

くそ、まだ俺は終わってねぇ!典子一人くらいなら、押し退ければ!
悪いな典子、後でちゃんと謝るから…!

「あ、手芸部と美術部の皆さん、ちょっと待ってもらえますか?」

唐突に、典子が言う。

「今から私が忍を説得するので、大人しく従った場合は手荒にせず、優しく捕まえてあげて欲しいんです!」

変態たちは顔を見合わせ、渋々な様子ではあるが…銃を下げた。

な、何を言ってるんだ?
説得なんてされてたまるか、俺はあんな衣装を着て、晒し者にされるのは御免だぞ…!

「忍、あのね…」

典子がゆっくりと近付いてくる。
動けない。

「部長さんが作ってくれた衣装、確かに着るのは恥ずかしいかも知れないけど…」

もう典子は目の前だ。
典子は微笑みながら、そっと手を俺の頭に乗せて、撫でる。

この土壇場で、この反則技かよ…。
ツイてねぇな…。

「忍が着たら絶対に可愛いよ?こんな機会滅多に無いんだし、私も凄く期待してるのっ」
「…可愛いく見られる必要なんて、ねぇもん…」
「可愛いく見られたって良いだろ、別に」
「涼二ッ…!?」
「皆やるんだしさ。それに…少なくとも俺は忍のウェイトレス姿、見てみたいけどな?」
「~~~~ッ!!?」

後方のドアから突然現れた涼二が、とぼけたようないつものツラで言う。

な、なななな、コイツ、何を…っ!?
見てみたい?涼二が?俺のコスプレを!?

「てめぇ、さ、さっきは…その、俺なんてどーでも良いとか、菅原がどうのこうのとか、言ってただろっ…!」
「そう思ってたんだけどな。衣装見たら気が変わった。是非着て欲しい」

ど、どうするんだ、俺?
コイツがここまで言ってるんだ、ちょっと着てみせてやるくらいなら…良いか?
日頃世話になってる礼で…前に一度、乳を揉ませたことがあったけど…あ、あの一回だけじゃちょっと、可哀相、だし…。

鏡なんて見るまでもない。
今の俺はきっと、顔どころか全身真っ赤だ。それはもう、湯気が出ていても違和感無いくらいに。

「ほら、中曽根君もこう言ってるし。忍、投降…しよっか?」
「…ゎ……っ…ょ」
「あ?何だ?聞こえねーぞ」
「分かったっつってんだよハゲッッッ!耳クソ詰まってんじゃねーのか!?今回だけだからなッ!もう次は無いからなッッ!
 永久に忘れねぇように、そのチャチな目ン玉に焼き付けとけよコラぁぁッッッ!!」
「コイツ口悪すぎじゃねぇ!?俺が何したってんだよ!?」

こうして、俺の逃走劇は幕を閉じた。



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最終更新:2011年12月08日 06:15
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