安価「生徒会」第2話

516 名前:>>74「生徒会」 1/9[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 20:16:26.22 ID:VOLqq58jo [1/10]
こんばんは。>>73です。
前回の投下から3週間以上も経ってしまいました。相変わらず書き進めるのが遅くてすみません。
ようやく1話分の書き溜めが出来たので、投下していきます。
(前回投下分は>>232-235にあります)
それでは、>>74さんのお題「生徒会」、第2話です。

 ***

翌朝、何の考えもなしに登校した僕は、クラスメイトによって、教室の隅に追いやられていた。
誰かがぽつりと「あ、琴浦くんだ」と言ったかと思うと、待ってましたと言わんばかりに取り囲まれたので、何が何やら、全くわけが分からない。
しかも、みんなが遊び道具を見つけた子どものような顔でこちらを見ているので、ますます不安になってくる。
ひとまず場を和ませようと思って浮かべた笑みも、少し引きつってしまったように感じた。

そうして、状況を飲み込めず混乱していると、目の前の人だかりの中から、鵠石さんが身を乗り出してきた。
鵠石さんは、思わず仰け反った僕に覆いかぶさるかのように上半身を寄せると、興奮した様子で口を開いた。

「琴浦くん! 昨日、上川先輩と話してたって本当?」

鵠石さんの言葉に、他の女の子たちも色めき立つ。
ただ、鵠石さんにのしかかられている恰好の高木さんだけは、「だから、さっきからそう言ってるじゃん」と不平そうにしていた。

これを聞いて、なるほどそういうことね、と合点がいった。
放課後の正門前という衆人環視の中で上級生と談笑していれば、いくら地味だと言われている僕でも、それはそれはよく目立ったはずだ。
しかも、相手はあの上川先輩だ。
昨日のスピーチに対する反応を見る限りでは、ファンになった新入生は相当数に上るだろう。
僕は、今日一日のことを想像し、心の内で深くため息をつきながら、質問に対して首肯を返した。

「うん。上川先輩に声を掛けられて」
「えっ、嘘っ、本当に?」
「あ、うん、本当だけど」

鵠石さんの勢いにたじろいでしまう。
彼女がここまで大きなリアクションを示すとは、思いもしなかったからだ。

鵠石さんとは中学3年の時に生徒会で一緒に活動したけれど、その頃の彼女はおさげの髪に眼鏡で化粧っ気が無く、言動も控えめな、いかにもと言えるような大人しいタイプだった。
違うクラスだったので、教室での彼女がどんな風だったのかまでは分からないけれど、少なくとも生徒会室では、彼女の方から話しかけるということは滅多になかった。
生徒会で唯一の男子だった僕に対しては特に顕著で、彼女から話しかけられたことと言えば、事務的な会話を除くと1つだけだ。
それも「高校はどこに行くの?」という社交辞令的なもので、特別に盛り上がった記憶はない。
その話をした後、同じ高校に出願して同じように受かったということは生徒会室での雑談から漏れ聞いていたけれど、
そんな調子で、中学校の卒業式の日を最後に、彼女とは2週間ほど会っていなかった。

その鵠石さんが、高校の入学式で会った時には、メガネをコンタクトにし、髪型もおさげを解いてストレートに変えていた。
中学時代の控えめな印象しかなかったので、彼女の方から声を掛けてくれるまで、全く分からなかった。
母の持っている漫画――確か、『いちご100%』というタイトルだったと思う――に出てくる、ヒロインのような変貌ぶりだ。
これが噂に聞く、高校デビューというものだろうか。





そんなことを思っていると、窓枠にもたれかかって話を聴いていた滝さんが、みんなの疑問を代弁する形で続けた。

「じゃあさ、どんなこと話してたの? 楽しそうだったって聞いたけど」
「どんなことって言われても……生徒会に入らないかって誘われただけだよ」
「琴浦くん、生徒会に入るの?」

驚きの声を上げたのは、やはり鵠石さんだ。

「うん、入るつもり」
「でも、高校では天文部に入るって言ってたのに……」
「そうなんだけど、誘ってもらえて嬉しかったし。それに、なっちゃん……鷲見くんと話してて気付いたんだけど、僕は生徒会室で過ごす時間が大好きだったんだなって。ほら、鵠石さんとはよく一緒に書類を片付けながら話したけど、それも僕にはかけがえのないひと時だったんだなって思ってさ」
「えぇっ、あ、えと、うん。私も、楽しかった」

我ながら臭いセリフを吐いてしまった、と思った。
鵠石さんのうろたえた様子からも、自分がいかに恥ずかしいことを言ったのかが分かる。
のしかかりから解放された高木さんは、僕と鵠石さんの顔を交互に見て、にやにやと笑っていた。
しばらくはこれをネタに弄られるんだろうな、と思いながら、僕は再び胸中でため息をついた。

そこで朝のHRの予鈴が鳴り、僕を取り囲んでいた包囲網が解かれた。
圧迫感から解放され、ほっと一息つくと、自分の席で悠々と読書をしているなっちゃんが目に入った。
いつの間に登校したのだろう。
僕が肩を叩くと、なっちゃんは、今気付いたという感じで、ネックバンド型の音楽プレイヤーを耳から取り外した。

「おう、おはよう」
「おはよ。予鈴もう鳴ったよ」
「そうか、サンキュ。ところでお前、いつ来たの?」
「それはこっちのセリフだよ……。こっちは囲まれてて大変だったのに」
「ああ、女子が後ろに溜まってたのはそれだったのか。音楽聴いてたし、お前ちっこいから見えなかったわ」

なっちゃんが、ぽん、と手を打つ。
さらっと気にしていることを言われたが、そこにツッコミを入れる前に、担任の先生が教壇に立った。
慌てて前を向きながら、ツッコミを入れる代わりに、なっちゃんを軽く睨んでおく。
それに対して、なっちゃんは僕の背中に指で、ご、め、ん、となぞると、「帰ったらケーキおごるから」と小声で言った。
僕は、別に怒っているわけではなかったので、ケーキという単語に釣られて、すぐに上機嫌になった。
ガトーフレーズか、それともガトーショコラにしようか、などと妄想が膨らんでいく。

しかし、そんな妄想も、点呼が終わった先生の「今日一日は中学時代の復習も兼ねて、実力テストをやります」という一言で掻き消された。
クラス中の嘆声を聞きながら、ますます難易度の上がった今日一日を思い描いて、僕は途方に暮れるのだった。

 ***

4限目の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
本来はランチタイムの到来を告げるありがたい鐘の音なのだけれど、今の新入生一同には、死の宣告のように聞こえているに違いない。
事実、クラスメイトの様子を窺うと、誰もがお通夜ムードを漂わせていた。
かく言う僕も、テストがきちんと解けたという手応えはなく、傍から見ればみんなと同じような顔をしているのではないかと思う。
僕は、午前中のテストが終わったという解放感に浸る気にもなれず、先生が回収した答案をまとめて教室から出て行くまで、ぼーっと教室の様子を眺めていた。
教卓の目の前の席で堂々と机に突っ伏している住吉くんの姿が印象的だった。





その住吉くんが体を起こし、大きく伸びをしたのを合図に、教室には次第に活気が戻っていった。
「この問題分かった?」「お昼一緒に食べよ!」「学食行ってみようぜ」等々、明るい声が方々から聞こえる。
早速机を寄せ合って、お弁当の包みを広げているグループもある。
僕も自分の鞄から弁当箱を取り出し、後ろの席の机に置くと、机の主に声を掛けた。

「なっちゃん、お昼食べよ」
「んー」

完全に寝る体勢で、なっちゃんが眠そうに答える。
先程のテストの最中も寝息を立てていたけれど、まだ寝足りないのだろうか。
しかし、このままここでのんびりしていると、朝のような質問攻めに遭いかねない。
早くなっちゃんを起こして、どこか人目につきにくいところへ避難しなければならないだろう。

そう思って、少し焦りながらなっちゃんの肩を揺すっていると、横から女の子に声を掛けられた。

「こ、琴浦くん、ご飯一緒に食べない?」

鵠石さんだった。
高木さんも一緒だ。
2人とも、可愛らしい柄の弁当袋を手に下げていた。
その口紐が、僕の首へ繋がる手綱のように見えてしょうがない。
僕は観念すると、努めて明るく答えた。

「あ、うん。ちょっと待ってね、なっちゃんを起こさないと」
「鷲見は相変わらずだねぇ」

高木さんが呆れたように笑う。

「あたしが起こしてみようか?」
「起きるかな」
「へへへっ、まっかせなさい!」

高木さんはそう言ってなっちゃんの背後に回り、いたずらっ子のような笑みを浮かべると、無防備に晒されている脇腹を小突いた。
同時に、なっちゃんの体が大きく跳ねる。

「おまっ、何すんだよ!!」
「おはよー鷲見。相変わらず良く寝るねぇ」

流石、元陸上部マネージャーだけあって、元陸上部員の扱いには慣れたものだ。
高木さんは、なっちゃんを一発で起こすと、何事も無かったかのような顔で「で、どこで食べる?」とみんなに問う。
僕と鵠石さんが主体性を欠いた回答を返したのを見て、なっちゃんが屋上に行こうと提案した。
僕たちも特に異論はなかったので、ひとまずなっちゃんの言う通りにしようということで、意見の一致を見たのだった。

 ***

屋上には意外にもすんなりと出ることができた。
足を踏み入れると、4月のまだ冷涼な風が襟足を抜けた。

屋上の幅は、端から端まで8メートルと言ったところだろうか。
その周りには、僕の背丈の2倍ほどもありそうな、真新しい金網のフェンスがそびえていた。
近年は中高生の飛び降りや転落事故が増加していて、屋上を閉鎖する学校も多いと聞いていたけれど、この学校はフェンスを高くすることで対応したようだ。





教室よりもかなり奥行きのある広々としたスペースには、青いベンチが向かい合わせに4脚ずつ並んでいた。
右列の奥のベンチには既に先客が座っていて、女の子同士で楽しそうに話している。
僕たちは相談して、左列の奥のベンチに座ることにした。

4人で並んでベンチに座ると、お弁当の包みを解く。
今日は蜂蜜で甘みを付けた卵焼き、切り身の焼き鯖、昨晩の残りのふきの煮物、それにブロッコリー・レタス・ミニトマトでサラダを作って詰めてきた。
なっちゃん曰く「今日のおかずは何だろうと思いながらふたを開ける瞬間が弁当の醍醐味」とのことだけれど、僕は自分のお弁当は自分で作るので、その醍醐味はあまり実感できない。
今日も今日とて、楽しそうな様子のクラスメイトたちの隣で、僕だけは大した感動もなくお弁当のふたを開ける。
中学の時、コンビニ弁当を詰め直しただけのお弁当を持ってくる子がいたけれど、もしかしたらあの子も、こういう気分だったのかもしれない。

僕は何となく手持ち無沙汰になって、手元から目を上げた。
すると、対面のベンチに座っている女の子のグループの中に、上川先輩の姿を見つけた。
丁度、上川先輩の方もこちらに気付いたので、軽く会釈する。
それに対して、上川先輩は他の人たちに声を掛けると、何とグループでこちらへやってきた。

「丁度良かった。2人ともこんにちは。そちらはお友達?」
「はい。同じクラスの鵠石と高木です。髪の長い方が鵠石、ブスな方が高木だと覚えて下さい」
「誰がブスか!」

なっちゃんに素早くツッコミを入れる高木さんの横で、鵠石さんが苦笑しながら頭を下げる。
なっちゃんと高木さんの漫才のような掛け合いは、高校に上がっても健在のようだ。
その光景を見ながら、先輩方も笑顔を浮かべていた。

なっちゃんと高木さんの掛け合いが一段落したところで、上川先輩が口を開いた。

「さてと。こっちも紹介しないとね。まず、こっちの眼鏡の子が望月さん。前年度の生徒会の書記さん。今年は副会長をやってもらおうと思ってるんだ」

上川先輩の右隣に佇んでいる小柄な女性が、ふわり、という形容が相応しい微笑みを浮かべた。
何と言うか、癒し系だ。
温もりを感じさせる雰囲気は、鵠石さんと似ているかもしれない。

「それで、こっちのポニーテールの子が春日さん。新体操部の次期部長……だったよね?」
「そうだよ。よろしく!」

今度は上川先輩の左に立っている女性が、望月先輩と対になるような、爽やかな笑顔を見せた。
すらっとした細身で手足が長く、腰に手を当てて立っている姿も、本物のモデルのように様になっている。
写真が雑誌に載っていても違和感がなさそうだ。

「で、私が前年度生徒会長の上川です。よろしくね!」

最後に、上川先輩が後輩の女の子2人組に対して笑顔を向けた。
それを見て、そう言えば自分も望月先輩と春日先輩とは初対面だと気付いたので、改めて挨拶をし、名前を名乗る。
なっちゃんも僕に続いて自己紹介をした。
そうして一連の自己紹介を終え、一息ついたので、僕は上川先輩に、今回の用事を訊いてみることにした。

「それで、丁度良かったってどういうことですか?」
「ああ、それなんだけど、琴浦くんと鷲見くんは役員選挙に出るでしょ? それには推薦人を探す必要があるの。」
「あ、やっぱりですか」





中学の時もそうだったので、何となく予想はしていた。
推薦人は立候補者の人柄や能力・適性を請け負うだけでなく、生徒総会で立候補者の応援演説も行う。
つまり、立候補者の魅力やうまく紹介できる人物でなければならない。
中学時代は同じクラスだった霧島くんが推薦人になってくれたけれど、彼は県外の高校に進学したので、あてにするのは不可能だ。

「立候補者同士で相互推薦するのは禁止ですよね?」
「残念だけどそうだね」
「ですよね。そうなると、新しく探さないと……」

誰か受けてくれそうな人はいないだろうかと思案してみたものの、なっちゃんはダメとなると、いよいよ選択肢は限られてくる。
先輩や女の子には迷惑をかけたくないので、2組の射場くんに頼むのがベターだろうか。
あまり気が進まないけれど、彼ならば頼み込んだら引き受けてくれそうだ。

そんなことを考えていると、今まで黙っていた鵠石さんが、出し抜けに先輩方に問いかけた。

「あの、その推薦人って、1年生でもなれますか?」
「なれますよ。私も昨年は、同じクラスの子に推薦してもらいました」

優しいお姉さんのような声で、望月先輩が答えた。
それを受けて、鵠石さんは「そうですか……」と考え込む素振りを見せたかと思うと、すぐに顔を上げ、僕の方に向き直って言った。

「ねぇ、琴浦くん。私が推薦人になっちゃダメかな?」

これは思ってもみない申し出だった。
彼女はどちらかと言えば、他人にぐいぐい引っ張られて巻き込まれるタイプだ。
こう言っては失礼かもしれないけれど、中学時代の鵠石さんなら、今のように自分から助力を申し出ることは、決してしないと思う。
その証拠に、彼女と付き合いの長い高木さんですら、目を見開いて驚いている。

僕がつい言葉を失っていると、鵠石さんは親指を強く握り込んで、意を決したような顔で続けた。

「うまく演説できないかもしれないけど……でも、琴浦くんが困ってるなら、私、力になりたい」

ここまで一生懸命に言われては、他の人に頼むのは選択肢としてあり得ないだろう。
元より、彼女の実力ならば、こちらからお願いしたいくらいだ。
僕は素直に感謝の意を表し、「よろしく」と頭を下げた。
それに対して、鵠石さんは恥ずかしそうに顔を赤らめると、目を伏せて、

「そんな、私、琴浦くんの力になれたらって思っただけだから」

と、微かに震える声で答えた。
その様子を見ていると、何だか告白されたかのような変な気分になって、こちらまで恥ずかしくなってきた。
耳が熱を帯びてきているのを悟られないように、無理矢理、話の流れを変えてみる。

「そ、そう言えば、なっちゃんはどうするの?」
「俺? どうすっかなぁ。あ、そうだ、先輩に頼むってのは出来ないんですか?」

なっちゃんが上川先輩に問う。
先輩は「そうねぇ」と人差し指をあごに当てて、少し首を傾げた。





「規定上は可能だけど、実例はほとんどないかな。2年生の推薦人を3年生がやるのは結構あるみたいだけどね。やっぱり立候補者と推薦人は同じ学年であるケースが多いよ。……ほら、1年生はまだ入学したばかりで、上級生とは接点が少ないでしょ? 同じ中学校出身の先輩後輩でも、互いをよく知ってる者同士となると限られてくるから、なかなか推薦人が見つからないんじゃない?」

なるほど、確かにそうだろう。
なっちゃんの場合、陸上部の先輩に打診することも出来るけれど、引き受けてもらえるかは別問題だ。

推薦人は全校生徒の前で演説をしなければならないので、引き受けるのを嫌がる人は多い。
快く引き受ける人と言えば、立候補者と仲の良い人か、或いは演説することにあまり抵抗を感じない人か、そうでもなければ何か目的を持っている人だろう。

その点、鵠石さんが自分から推薦人を買って出てくれたのは、全くの予想外だった。
確かに彼女とは接する機会が多いけれど、僕から仲がいいと言ってしまっていいものか分からないし、彼女は人前には出たがらないタイプだ。
と言うことは、何か目的があるのだろうか、などと当て推量してしまう。

それはともかくとして、推薦人の人選はなかなか難しいのだ。
能力がなければならないし、引き受けてもらえなければ意味がない。
しかし、僕の心配をよそに、なっちゃんは余裕綽々といった様子で言った。

「あー。じゃあ、高木、お前が推薦人やってくれよ」
「『じゃあ』って何よ。嫌だ。人前で喋んなきゃなんないんでしょ?」

唐突な注文に、高木さんがテンプレート通りの反応を返す。
その反応を見て、なっちゃんはこれ見よがしに肩をすくめると、「鵠石と違ってつれないねぇ」と呆れたように言ってみせた。
流石にこれには、高木さんもむすっとした表情を浮かべて、なっちゃんの方を睨んだ。
そして、不平そうに「それは夕子が――」と言いかけて、そこで急に口ごもってしまった。
夕子と言うのは鵠石さんの名前だ。
一瞬、はっとした顔になったので、鵠石さんとの秘密を喋ってしまいそうになったのかもしれない。
一方の鵠石さんはと言うと、まだ微かに頬を染めて、俯き加減で目を泳がせている。
なっちゃんが2人の様子を訝しんで、「鵠石が、何だよ?」と問うと、高木さんは「何でもない」と言って顔を背けてしまった。
そこで会話が途切れ、つかの間、重い静寂が2人の間を覆った。

それを打ち消すように言葉を発したのは、高木さんだった。

「ケーキ」
「は?」

虚を突かれた様子で、なっちゃんが聞き返す。
この顔は、突然こいつは何を言い出すんだ、と思っているに違いないだろう。

「ケーキ奢ってくれるなら、やってあげる」
「いやー流石に今月厳しくてさー」
「あ、じゃあいいよ。推薦人探し頑張って」
「奢ります、奢らせていただきます」
「よろしい」

掛け合い漫才のようなやり取りで、あっという間に空気が緩んだ。
やっぱりこの2人はいいコンビだ。





 ***

その後は、先輩方と一緒にご飯を食べ、互いのことについて尋ね合った。
その中で、上川先輩が中学2年の秋に稲葉市に引っ越してきた転校生だということ、転入先のクラスで春日先輩と友達になったこと、演劇部に入ったこと、そこで部長をやっていた望月先輩と仲良くなったこと等々、様々なことが分かった。
先輩方は中学校の頃からの友達同士だったようだ。

また、昨日からずっと疑問に思っていたことも、いくつかは解消された。
その1つが、入学式のスピーチが何故「生徒会長になることが確約されているかのような」内容だったのか、ということだ。
これは先輩の話を聴いて本当に驚いたのだけれど、何と、実際に今年度の生徒会長になることがほぼ確定しているらしいのだ。
昨年度の最後の生徒総会で、今年度も生徒会長をすることを宣言し、信任投票まで行ったそうだ。
信任率は99%を超えていたらしく、一般的な生徒会役員の信任率が90~95%程度であることを考えると、その圧倒的な人気ぶりが窺える。
加えて、歴代の生徒会長の中で1年生だったのは上川先輩が初めてで、今年も1年生から立候補者が出る可能性は低いと考えられるため、当選しているも同然、ということらしい。
仮に1年生から立候補者が出ても、これだけ人気があるなら、まず地盤が揺らぐことはないだろう。

しかし、わざわざ次年度に向けて信任投票まで行うほど生徒会長という役職に入れ込んでいるのに、立候補したそもそもの動機は「初恋の相手である先代の生徒会長に任されたから」だというのだから、拍子抜けしてしまう。
それを暴露した春日先輩が詳細について話そうとすると、上川先輩は染めた頬をさらに赤くして「ちょっ、まこちゃんってば、恥ずかしいからやめてよぉ」と慌てていた。
入学式での印象が強いけれど、正門でのうろたえぶりや、こうして慌てている姿は、どこにでもいる至って普通の女の子だ。
……そんな上川先輩の横で、笑顔のまま「まあまあ皆さん、若気の至りという言葉もあるじゃないですか」などと言い出す望月先輩は、ド天然かドSのどちらかに違いないと思う。

そんなこんなで話がひとまず落ち着いたので、もう1つ疑問に思っていたことを訊いてみることにした。

「先輩、昨日からずっと気になっていたんですけど、何で僕たちなんですか?」
「ん? どういうこと?」
「えっと、僕たちの他にも、人はたくさんいるじゃないですか。上級生の方々の方が経験豊富なのに、何で僕たちが誘われたのかなと」
「ああ、そういうことね」

上川先輩は得心した様子で小さく数回頷くと、少し考えるような素振りを見せながら続けた。

「それじゃあまず、鷲見くんだけど、理由は……2つかな。まず、私の見立てでは、鷲見くんって友達が多いと思んだけど……」

当たっている。
なっちゃんは誰にでも分け隔てなく明るく接するので、交遊範囲がとても広く、自分のクラスだけでなく違うクラスにも友達が多かった。
面倒見がいいので後輩からも慕われていて、中学校の卒業式では学ランのボタンが全部なくなった程だ。

「私の経験上、友達の多い子には、相手の話を楽しんで聴こうとする、姿勢みたいなものがあるの。で、入学式で壇上に立った時に、何人かそういう子がいてね。鷲見くんもその1人。それで印象に残ってたっていうのが、1つ目の理由かな。印象に残ってたことより、友達が多そうってことの方が重要だけどね」
「何でですか?」
「友達が多いってことからは、色んなことが推測できるの。例えば、相手との距離感を掴むのが上手いだろうとか、場合によってはその距離を詰める勇気も持ってるだろうとかね。多分相手の感情の変化には敏感だろうし、フォローや気配りが上手だろうし、話を盛り上げる話術や臨機応変さもあるだろう、みたいなことも予想できるよね」

右手の指を屈しつつ、上川先輩は滔々と語る。
はきはきと弁じる様は、まさにステレオタイプなキャリアウーマンといった感じだ。
先輩はそこで一息つくと、なっちゃんの目を見て、にっこりと笑って続けた。

「それってつまり、友達になりたくなるような、人間的な魅力があるってことでしょ? やっぱり、自分の学校のことは、自分が付いていきたいと思える人に任せたいじゃない? だから、鷲見くんは生徒会の役員にぴったりだと思ったんだ」





澄んだ声が耳に響く。
最後に、「……まぁ、打算的なことを言うと、そう言う人の方が選挙で当選する確率が上がるし、生徒会で交渉をする時に力を発揮しやすいのもあるんだけどね」と付け加えると、上川先輩はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
それから、空を見上げて、

「それで、もう1つの理由だけど、正門でお話した時に、この子は何て綺麗な目をしてるんだろう、と思って。ほら、『目の綺麗な人に悪人はいない』って言わない? ……これが決定打だったなぁ。この子と一緒に活動したいなって思ったもん」

と、目を細めながらしみじみとした感じで続けた。
なっちゃんは上川先輩が話している間、忙しなく指を組み直していたけれど、ついに照れくささに耐えきれなくなった様子で、もじもじしながら口を開いた。

「あはは、べた褒めされると何だかむず痒いッス。あー、えっと……伊織の方はどうなんですか?」
「琴浦くんを誘った理由はね……そうだなぁ、私にそっくりだからかな」
「そっくり? 僕がですか?」

意外な回答についつい聞き返してしまう。
それに対して、上川先輩は

「うん。まぁ追々分かるんじゃないかな」

と言うと、立ち上がって話を区切った。
腕時計に目を遣ると、昼休み終了の10分前だった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるとは、よく言ったものだ。
先輩はくるりと振り向いて、まだベンチに座っている僕たちに告げた。

「さて、それじゃそろそろ解散しよっか。ああ、それと、2人の役職だけど、琴浦くんは書記、鷲見くんは会計が向いてるんじゃないかな。どの役職で立候補するかは2人に任せるけど、2人とも1年生だから、多分この組み合わせが一番確実だと思う」
「僕もそう思ってたところです。それでは、僕が書記、鷲見くんが会計ということで。なっちゃんはそれでいい?」
「ああ、元々会計で立候補しようと思ってたし」
「OK、話は決まったね。えーっと、確か選挙の公示は来週の月曜日だったかな。校内放送で選挙管理委員会の人から発表があるはずだから、その指示に従って立候補の届け出をしてね」

こうして、立候補する役職も決まった。
雑談をしながら階段を降りたところで、先輩方に挨拶をして別れ、教室へと戻った。

 ***

教室に戻ると、席に着いた僕は、年季の入った壁掛け時計が時を刻むのを眺めながら、先程の先輩の言葉を思い出していた。
僕が上川先輩に似ているというのは一体どういうことなのだろうか。
あれこれ考えてみたけれど、それらしい答えは思いつかなかった。
僕自身はあまり共通点がないように感じるのだけれど、先輩にしか分からないことがあるのかもしれない。

僕にも分かることと言えば、先輩が僕を誘ってくれたきっかけだ。
それは恐らく、入学式でのあの出来事に間違いないだろう。

目と目が合った、あの10秒間。
あの時間は、僕の心の中で、「何か」を浮き彫りにさせた。
しかし、その「何か」がなければ、僕は正門での誘いを断っていたと思う。
もしかしたら、先輩が似ていると感じたのは、「何か」のことかもしれない。
もしそうならば、「何か」の正体を掴むことができれば、先輩の言葉の真意も自ずと分かるだろう。





僕はそういう結論を得ると、そこで考えるのを切り上げて、なっちゃんの方に向き直った。
今日の放課後に、鵠石さんと高木さんを交えて、演説の内容について話し合おうと思ったからだ。

「なっちゃん、今日の放課後なんだけどさ。なっちゃんのお店に鵠石さんと高木さんも呼んでいい?」
「おう。混み始める時間だけど、2人くらいなら問題ないぜ。それに女子高生ならエロ親父も喜ぶだろ」

なっちゃんの実家は、なっちゃんのお爺さんの代から続く、コーヒーの専門店だ。
大通りから少し外れたところに佇む、所謂「隠れた名店」的なお店で、グルメポータルサイトや雑誌には載っていないけれど、地元の人なら誰でも知っている。
そのため、昼過ぎや夕方には満席になっていて、注文しても店内では飲食できないことが多い。
しかし、準店員のお墨付きがあれば、多分大丈夫だろう。

「ありがとう。それじゃあ2人とも誘っとくね」
「任せた。ついでだから鵠石の分もケーキ奢るって言っといてくれ」
「え、いいの?」

僕が驚いて質すと、なっちゃんは眉根を寄せて、訝しそうに質し返してきた。

「……お前、自分は奢ってもらっといて、女の子には自腹切らせんの?」
「いや、鵠石さんの分は僕が払おうと思ってたんだけど……」
「あー、いいよいいよ。1人増えたところで大して変わんねえよ。それに、今の時期ってあんまりケーキ売れないんだよ。売れ残って廃棄になるよか、誰かに食べてもらった方がお袋も喜ぶだろ」

なっちゃんは何でもないように言っているけれど、僕にはすぐにそれが嘘だと分かった。
最近、新しいランニングシューズを買ったと言っていたので、そんなに余裕はないはずだ。
それに、なっちゃんのお母さんが作るケーキはおいしいと評判で、遅くとも夕方の帰宅ラッシュの頃には売り切れてしまう。
だから、これはなっちゃんの優しい嘘なのだ。

しかし、そうは言っても、安直に甘えてしまっていいものだろうか。
どうやらそんな思いが顔に出ていたらしく、なっちゃんが「大丈夫だから早く2人を誘ってこいよ」とでも言いたげに、にやりと笑った。
それを見て安心したので、僕はなっちゃんの顔を立てることにした。

「ありがとう。もう、なっちゃんになら掘られてもいいかも」
「やめろ気持ち悪い」
「ははは、冗談だよ。でも、本当にありがとね。それじゃ2人に伝えてくる」
「ああ、頼んだ」

そこで、鵠石さんと高木さんに話を持ちかけると、2人とも二つ返事で了承してくれた。
鵠石さんが「でも、本当に私までケーキをいただいちゃっていいの?」と申し訳なさそうしている一方で、高木さんは「早速奢ろうって言うのはいい心掛けじゃん」と笑っていた。
こういう凸凹具合が、2人を繋いでいるのかもしれない、と思った。

自分の席に戻ったところで、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。
テストの残りはあと1教科。
「まだあるのか」と気分が少し沈んだのは、言うまでもなかった。



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最終更新:2011年12月08日 06:30
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