かの国、デスバルト共和国が誇るマルコス山脈・・かつてここは遥か昔に神々に力を借りた人間によって封印された5つの悪魔の1つであるハツナレドが眠っているとされる地である、事実ここに生息をする封印されている悪魔の影響もあってかモンスターはとてつもない戦闘力を持っており並の人間では到底太刀打ちなど出来ない。そんなマルコス山脈にいる1人の青年・・フェイ=ラインボルトは並み居るモンスターをなぎ倒しながらある人物を探していく。
まじっく⊆仝⊇ろ~ど
フェイがこのマルコス山脈に着てから今日で3日目、普段ならば農業に勤しんでいるところなのだが今日は少し事情が違う。このマルコス山脈で両親を見たという目撃情報が翼から伝わりこうして確認しているのだが、本音といえば姉のフランにも同行をしてほしかったのだが彼女は医者として忙しい日々を送っているので仕方なくフェイにお鉢が回ってきたわけ、例に漏れずマルコス山脈も幼い頃からの修行場所であったので地理や生息しているモンスターなどは全て把握しているものの1人で倒すのは辛いものがある。
「姉さんが着てくれたらな・・」
幸いにもかつて塒にしていた場所はそのまんまだったのでそこを基点として両親を探してはいるのだが成果は著しくない、代わりに姉からは自作していた回復アイテムを多めに貰っていたので何とか魔力の心配はないものの出来ることならば早いところ帰りたい。
「はぁ・・本当にここにいるのかな? ――!!」
「グギャァァァァァ!!!!」
「またモンスターか!! “地獄の煉獄の炎よ わが手に集いし 焼き尽くせ!! グランド・カノン!!!”」
フェイから放たれた巨大な炎は瞬く間にモンスターを容赦なく焼き尽くす、これで倒したモンスターは23体目・・このように襲い掛かったモンスターを倒しながらその血肉を簡単に調理してフェイは捕食する。ナンメル山脈と比べて食料が乏しいマルコス山脈は倒したモンスターといえども立派な食材なのでしっかり無駄にせずに食べていく。基本的にはモンスターも動物性タンパク質には変わりないのでこのように炎の魔法で迎撃すれば倒した時には丁度良い焼き加減で食べることはできる、これは修行時代にフランとともに授かった知恵である。
「ふぅ、これで魔力も回復するだろうけどね。しかしここは相変わらずモンスターの数が日に日に増して多いいよなぁ」
モンスターの生態は未だに謎が多いのだが判っているのは彼らもまた生物と同じであると言うこと、互いに捕食したりしあったり・・食物連鎖というものが彼らの中にもあるということだ。事実フェイはモンスター同士が何度も捕食しあっている光景を修行中に何度も見ている、それにモンスターの強さは封印されている悪魔の場所が近ければ近いほど戦闘力が格段に増すということで悪魔が封印されていると言われる地に生息するモンスターはかなりの戦闘力を誇り各国もモンスター討伐には手を焼いているようだ。逆に悪魔が封印されている地が遠ければ遠いほどその戦闘力は野生動物以下なので何ら問題はないのもまた事実、それだけモンスターと言うのは謎が多い生物なのだ。
「さて今日はこれぐらいに・・って人の気配――?」
微かにだがフェイは人の気配を感じる、マルコス山脈を訪れる物好きな人間などありえないが・・そのままフェイは気配を辿っていくとモンスターに襲われてい少女を発見する。
「「ギャオオオン!!!!!!」」
「わ、我輩もここまでか・・折角人間として生まれ変わったと言うのに――!!」
(こんなところに人間だって!! とりあえず助けないと)
少女に襲っているモンスターは2体・・即座にフェイは魔力を展開させると少女を助けるために詠唱を開始する、こんなところにいるのだから両親について何かしらの手掛かりを掴めるのかもしれないと思ったフェイは雷の魔法をモンスターに向けて放つ。
「“暗黒に轟く雷鳴よ その閃光を愚かなる者へと放て! クラッシュ・サンダー!!”」
「「グオオオオオオォォォォォ……」」
放たれた雷は少女を襲っていたモンスターに直撃して塵と化す、本来なら雷の魔法は洞窟とかでの探索用に使われるぐらいのポピュラーな魔法であるがこのように応用すれば攻撃もするこが出来る。そのままフェイは少女に駆け寄ると無事を確認する、今までも遭難者を目にしたこともあったがこんな少女など初めてだ。
「だ、大丈夫ですか!!」
「う、うむ・・危ないところをありがとう」
少女は自分の無事に安堵しながらフェイにお礼を言う、もしフェイが現れなかったらこの少女は今頃はモンスターの餌食となっていただろう。
「我輩の名は蘭丸、このマルコス山脈にある薬草を取って帰ろうと思っていたところを襲われてな。礼をえっと・・」
「僕はフェイです」
「フェイか、危ないところを助けてもらってありがとう。お礼といってはなんだが我輩の家で歓迎したい」
「ええっと・・」
正直なところフェイは両親の手掛かりを聞きたいのだが、この蘭丸という名の少女の瞳に吸い込まれて何もいえずについつい何も考えずに返事をしてしまう。
「わかりました」
「では我輩の家へと向かおうか」
こうして出会ってしまった2人の男女・・これから果たしてどうなってしまうのだろうか?
~~~~~~
我輩は猫であった。名前は蘭丸。
かつて我輩は主人や奥方と暮らしてきたこの日々を決して忘れぬことはないだろう。
記憶とはなんとも儚くも思い出となって昇華してしまう。
人間になって思い出という存在を与えてくれたのはあの2人、だからこそ我輩は・・
~~~~~~
蘭丸の案内の元、フェイはマルコス山脈を下って森のほとりにあるのは自然の風景とは不釣合いな豪勢なお屋敷へと招待される。マルコス山脈を知り尽くしたフェイでもこの屋敷の存在は驚いた、しかしこんな広大な屋敷だとうのに中に入ってみれば人の気配は感じられないのが不思議だ。
「あの蘭丸さん・・?」
「すまぬな、今からお茶を用意するから少々待ってもらえぬか?」
「は、はぁ・・」
またもや蘭丸に会話を遮られるとフェイは改めてこの広大な屋敷を見回してみる、家具の使用加減や周囲の風景などから察するにこの屋敷には蘭丸以外の人が住んでいたのは間違いはなさそうだが、それでも1人で暮らすならばこの屋敷はあまりにも広すぎる。
そんなこんなで屋敷を見回しているうちにふと自分のテーブルに差し出されたお茶が淹れられたカップが目に付く、どうやら蘭丸がお茶を淹れ終えて戻ってきたようで慌ててフェイは蘭丸に視線を戻す。
「あ、すみません」
「大丈夫だ。気にしなくて良い・・この家に来た客人は誰でもそうなって当たり前だ」
それからお茶を交えて2人はお互いについて話し始める、実のところフェイには自分より近い女性が身近にいないのでこうして2人きりで面と向かって話すのは少し緊張してしまう。そんな蘭丸はお茶を啜りながらフェイの話しに静かに耳を傾ける、傍からみればお見合いのように見えてしまうのは仕方ないだろう。
「ほぅ、フェイはフェビラル王国の人間なのか。やはり世界は広い」
「今はしがない農家してますけどね。蘭丸さんはこの屋敷で1人暮らしなんですか?」
「ああ、今はな・・昔はご主人と奥方と3人で暮らしていたよ。ご主人は魔道師で財を成した人だからな」
どうやらこの屋敷の主人は武力一辺倒であったデスバルト共和国では珍しく純粋な魔術師だったらしく国にかなり貢献した人物だったようでこの屋敷もその褒美として与えられたものらしい、といってもフェイはそういった国の事情にはあまり詳しくはないそういった話はどちらかと言うとフランのほうが詳しいのでフェイに出来るのは話を聞きながら相槌を打つぐらいである。
「だけど去年にご主人と奥方が旅に出てしまってそれっきりだ、我輩はこうして2人の帰りを待ち続けている」
「僕と・・同じですね。僕の両親も修行を終えたら旅に出てしまったんですよ、このマルコス山脈に来たのも2人の目撃情報があってきたんですけど・・結果はからっきしです」
一応フェイは正式な手続きを経てデスバルト共和国へ入国をしているのでとやかく言われることはない、それにマルコス山脈で両親を目撃したという情報も今考えてみると人伝なので信憑性もどこか薄い。それにあの2人ならそう簡単にはやられはしないだろうし今もどこかで遊びながらドラゴンを絶滅させてそうだし下手をしたら小国を滅ぼしてそうな気がする、それだけあの2人の実力は本物で今でもフランと力を合わせても軽くあしらわれた挙句に神聖魔法の1つや2つ姉弟仲良く喰らいそうだ。
そんなフェイの境遇に蘭丸はつい自分を重ね合わせてしまったようだ。
「そうか、君も我輩と同じ帰りを待つものなのか」
(――ん? 微かにだけど魔力、でもなんか違う)
蘭丸から微かにだが発せられた魔力にフェイは即座に違和感を覚える、魔力と言うのは人によって千差万別なのだが唯一共通しているのは人間独自が持つ生気である。蘭丸から発せられた魔力はその生気を感じなかったが、フェイはとりあえず疑問を胸の中にしまう。
「きっと、ご主人は帰ってきてくれますよ。僕も姉と一緒に両親の帰りを待ち続けていますし」
「そうか・・長い間我輩は少し弱気になっていたのかもしれないな。フェイよ、今日はもう遅い泊ってはいかないか? 夕食もちゃんと用意するぞ」
突然の蘭丸の発言にフェイは飲みかけていたお茶を噴出してしまう、確かに時刻も夕方であるが別に野宿などは慣れっこだし姉以外の年頃の女性と一晩過ごすなど考えたくはないが・・またもや蘭丸の瞳に引き込まれてしまって何も言えない。
「あ、あの・・」
「ダメか?」
「いえ・・お言葉に甘えさせて頂きます」
結局フェイはこの屋敷で一晩過ごすこととなった。
お昼頃・酒屋リリー
新たな従業員の狼子を迎えて早数ヶ月・・子育てと並行しながらも最初はぎこちなかった狼子であったがお芋たんの教育の成果と持ち前の笑顔で今では酒屋リリーの看板娘として欠かせない存在となってきている。
「それじゃ、店長さんにもよろしく」
「ありがとうございましたー!!」
(彼女が入ってきてからウチの負担も減ったし売り上げも好調だよ)
お芋たんも狼子の働き振りには感心してしまうぐらい、日頃の雑用からは解放されて言うことなしであるが・・店主である聖は相変わらずすまし顔である。
“狼子は順調に働いているのにこの店長ときたら・・”
“全くどうしようもないぐうたら店主だ”
「うるせぇぇぇぇぇ!!!! 餌だけ貰っているだけでも感謝しろ!!!!」
最初は狼子を雇うことに反対していた聖もその仕事振りに感心したのか彼女が連れてくるペットの面倒を一応見てやっている。といってもこのペット達は辰哉の魔法のお陰である程度は自我を保てているのだがどうもお喋り好きなようで度々聖に怒鳴られているのはご愛嬌というやつだろう。
「全く、狼子と違ってお前達は余計な一言が多すぎる」
「店長! お掃除終わりました!!」
「あ、ああ・・今は客もいないし適当に休憩しても良いぜ」
あれから狼子は聖との約束通りに本業である盗賊業にも口出しはしてこないし旦那である辰哉にも内緒にしているようだ。それに本人も酒屋家業が性に合っているようで子供の面倒を見ながら毎日楽しく業務をしている、聖もそんな彼女を無碍にすることなど出来ないのである程度は自由にやらせているしちょくちょくではあるが彼女の子供の面倒を見ている。
「親・・店長! ウチもそろそろ休憩したいんですけど・・」
「てめぇはさっさと切れている商品作れ!!」
「は、はい・・」
“狼子とは雲泥の差だね”
“やっぱり魔法使いはこき使われる存在なんだよ”
ペット2匹に同情されながらとぼとぼと歩くお芋たんは完売した商品の材料を取り出すと魔法を使って商品を作っていく、昼は酒屋・・そして夜には盗賊といった生活を繰り返しているので魔力の消費はかなり激しい、そのため魔力回復アイテムはお芋たんにとって欠かせないものとなっている。
「手伝いますよ?」
「いやいや、大丈夫だよ。店の商品はウチの魔法を使わないと生成できないからね」
魔法の心得がない狼子は商品を作ることが出来ない、そのままお芋たんによって商品が作られていく中で狼子は2人にトンデモ発言をする。
「そういえば2人はどうやって出会ったんですか?」
「「ブッ――!!」」
思わぬ発言に聖とお芋たんは吹きだしてしまうがペット達も興味を示したようで更に問詰タイムに入る。
“それは興味あるね”
“天下のサガーラ盗賊団のルーツは知りたい”
「き、聞いてても面白くない話だよ」
「んな下らねぇこと聞いて何になるんだよ・・」
2人はあまり話そうとしないのだが周囲の期待に押されてしまう、特に発端となった狼子のほうは無垢な瞳を輝かせながらかなり興味津々で今か今かと待ち望んでおりこれには2人も自然と勢いがなくなる。
「わかったわかった。今は客もいねぇし・・昼休憩だしな。チビ助店を一旦閉めろ」
「わかりました。今日のお昼は何かな?」
「折角のお話ですから今日は奮発して辰哉が俺に黙って隠していた最高級の豚肉を使ったハムです。後はさっきピザを焼きましたから」
“うわっ・・今頃本人焦っているだろうな。それに食事も差がある・・”
“ご主人様は女房に小遣い制限されて侘しい昼飯の上、家に帰ったら噛まれるわ・・同情するよ”
どうやらこの世界の木村家の扱いもさほど変わりないようである、狼子の持ち出したハムに店のお酒・・またともない豪勢な昼食に2人のテンションも当然ながら上がる。
「親分! 今日のお昼は豪勢ですね!!」
「ま、まぁ・・たまにはいいだろ」
「それでは語ってもらいますよ」
豪勢な昼ごはんを囲いながら、聖の口から語られる・・
数年前・デスバルト共和国
デスバルト共和国、彼らは漢字という独自の文化を持っており他の国とは違って武術と戦術に秀でた国家である。隣国である魔法王国フェビラル王国とは遥か昔にあった悪魔との戦争で同盟国として共に果敢に立ち向かって悪魔達が封印された後でも同盟国として良好な関係を結んでいた。それ故に両国は貿易などの交友が盛んに行われており、お互いに手を取り合いながら助け合って繁栄を築いていたのだが腐敗した政治制度の上に豪遊する貴族のお陰で国内の経済状況は貧困に喘いでおり市民のあちこちで深刻な貧富格差が広がっており、それを嗅ぎつけて盗賊が暗躍したりしていたりと国内は大変困難している。
そんなデスバルト共和国の小さな村での暴れん坊・・相良 聖が女体化したことで話は始まる、彼女の両親はデスバルト共和国きっての古強者といわれ国王から直々の労いを頂戴されたとも言われる兵であったのだが、ボルビックとの戦争でその命を散らしてしまった。それが彼女が男のときで2歳の頃の出来事、それ以降は孤児院などの施設にも入らず周囲の大人たちに反抗していきながら力を蓄えて徐々に成長していくにつれて魔力を直接拳に込めて叩きつけると言う世にも珍しい肉体重視の戦法で孤独にものし上がってきた。そして誰も逆らうものなどいなかった時の矢先に女体化してからはそれが一変することとなってしまう。
聖はアジトである森林で一休みしながら今までの人生を振りかえる。
「チッ、魔力や力は変わらなかったから良いものの・・野郎に舐められっぱなしだぜ」
女体化したときの容姿は自分でも感心してしまうぐらいの美貌であったが本人としてみれば男のままでいたかったようだ、しかし彼のポリシーは自分よりも強いものにしか歯向かわないという極めて単純なものである。しかし女体化してからは今までのような生活を送るのは困難なのは間違いはないので行き着いた考えが盗賊・・しかも狙うのは弱い相手ではなく悪評高い貴族の面々、最初は苦戦することが多かったものの持ち前の戦闘力に積み重なる経験のおかげで少しずつでは在るが成功を収めている。
「さて次はどこに狙いを定めて・・ん?」
そんな聖の前に立ちはだかるのは中性的な顔立ちが目立つ少女ではなく一応少年こそが若かりし頃のお芋たん、彼はこの武力一辺倒が特色のデスバルト共和国では珍しく魔法使い。それにこんな森林の奥でいるのが却って不気味であるが初めてみる魔法使いに聖は少しきょとんとしながら、そのまま無視していき立ち去ろうとしたのだが・・これがそもそもの間違いであった。
(何だこのチビ助・・)
「“紅蓮の炎よ、我が手に集いたまえ・・ドラゴン・バーン!!”」
「なっ――」
聖は反応するも時既に遅し、お芋たんから放たれたドラゴン・バーンをモロに直撃して気絶してしまう。薄れ行く聖の意識の中でそのままお芋たんは聖から金品を奪い取ると彼方へと立ち去っていくのと同時に聖の意識も完全になくなってしまう。
教会
聖から奪った金を奪ったお芋たんがたどり着いたのはとある古ぼけた教会、そのままお芋たんは教会に入っていくと3人の男女がお芋たんを迎える。
「ただいま~」
「おおっ! 戻ってきた」
「お帰り」
「稼ぎはどうだった?」
彼らの名は順に篤史、拓海、静花といった。ちなみに拓海は童貞だったためにこの世界の慣わしに沿って先日めでたく(?)女体化を経て今では立派な女性である。
ちなみにこの3人はこの教会で戦争で両親を失った孤児の面倒を見ておりこの教会も3人の両親が出資をして古ぼけた教会を買い取って孤児院として経営をしているが、それでもこの国の経済状況はよろしくはないので3人の両親は生活費を稼ぐためにせっせと仕事に励みながら子供達は忙しい両親の代わりに引き取った孤児の面倒を見ている。お芋たんも元は孤児だったので少しでも孤児院の稼ぎのためにこうやって盗賊まがいのことをしている。
「今日はこんな感じだったよ」
「さっすがお芋ちゃん! これだけあれば当分は生活できそうね」
3人は今回のお芋たんの稼ぎを見ながら満足そうにしながらこれらの金は会計担当である静花の手によって適正に分配される、彼らの両親の稼ぎがるとはいっても孤児院を賄うのは非常に金が掛かるのである。
「それじゃ篤史くんとタクちゃんは食糧を買い込んでね」
「ああ、わかった」
「買い物買い物~、さて今日の拓海ちゃんの・・」
そのまま即座に拓海は篤史に蹴りを一発お見舞いする、これも彼らにとってはいつもの出来事であるので2人は特に言及はしない。そのまま気を取り直した篤史はお芋たんを買い物に誘う、といっても孤児院の買い物なので買い込む食料も大量なので人手が欲しい状況なのだ。
「お芋もついてくれると助かるんだけど・・」
「いいよ。量が量だから・・それじゃ静花ちゃん、ウチ達は行ってくるよ」
「留守は守ってくれよな」
「わかってるって、3人とも行ってらっしゃい」
静花の見送りの元、3人は以前にお芋たんが魔法で作ったリヤカーを引いて街へと向かう、それに道中はお隣のフェビラル王国と違ってデスバルト共和国は盗賊やら野党が潜んでいるのでこうしてお芋たんがボディーガード代わりについて着ているのだ。
「しかしよ、あんな大金どこからくすねてきたんだ?」
「え? そ、それは・・」
突然の拓海の問いかけにしどろもどろになってしまうお芋たん、一応彼らには余計な心配を掛けないために盗賊まがいのことをしているのには内緒にしているので本当のことを話すはずがなく適当にはぐらかす。
「ひ、拾ったんだよ。丁度落ちていたしね」
「まぁ、そういうことにしておくけどよ。間違っても盗賊とかを襲ったりはするな、俺達は守るものが大勢いるんだからさ」
「そうそう、静花や子供たちには心配掛けないようにしないとな」
拓海と篤史もお芋たんのしていることは薄々勘付いてはいるのだがあえて口には出さない、だから代わりにこうやって無茶な行動をしているお芋たんにはちょくちょく警戒をしているのだ。
同時刻・お屋敷
久々の感覚のふかふかのベッドと毛布の温もり・・それを身体が反応して目覚める聖、どうやらあの後この屋敷の主が自分をここまで運んでくれたようだ。それに魔法を直撃したというのに不思議と痛みもないし身体も今までどおり不自由なく動く、どうやらご丁寧に手当てまでしてくれたようだ。
「俺は・・」
「あっ、気がついたみたいね。ちょっと待ってて」
ちょうど部屋に尋ねてきた女性は聖が目覚めたのを確認するとすぐに奥へと引っ込んでしまう、考えてみたら女性一人で自分を連れてくるのは不可能だ。
そんなことを考えていると先ほどの女性がこの家の主らしき人物と猫を引き連れて再び戻ってきた。
「おっ、気がついたようだな。ある程度は魔法で治療したと言うのに大した回復力だ」
「そうよね。あっ、私はうずめ!! こっちは一応この家の主人よ」
「おい! 一応じゃない、列記とした主人だ!!」
そんな2人に呼応するかのように猫が欠伸をする、そんな光景が聖にはどことなく眩しかった。
「全く・・ところで君の名前は?」
「・・相良 聖」
「聖ちゃんね!! それにしてもよくあの怪我で生きてたわね」
どうやら自分は相当な怪我を負っていたようだ、それに見たところかなりの屋敷なようだし金持ちには違いないのだがそれにしては金持ち特有の嫌みったらしさが全くない。盗賊をしている聖にとって金持ちとは常にそういった人種ばかりかと思っていたのだ、そんな中で主人は思い出したかのように呟く。
「思い出した! 相良って言えば王家直属の親衛隊夫婦だったな、何度か話したことがある。確かボルビックとの戦線に参加したとか・・」
「・・多分、死んださ。同情は止めてくれ、俺が物心つく前の話だからよ」
「これから1人で生きていくつもりなの?」
「人間一人でも何とかなるもんだ。さて怪我を治してもらってなんだが俺は行くぜ。あのチビ助をコテンパンに痛めつけないと気がすまねぇぇぇ!!!!!!」
「き、君がそういうなら俺達は止めはしないが・・今日は泊っていっても良いんだぞ?」
聖の只ならぬ気圧と感情と直結して溢れ出す魔力に主人も思わずたじろいでしまう、しかし当の聖にしてみればいきなり容赦なく自分に魔法をぶっ放した挙句に所持金を奪ったのでその恨みは格段に激しい。
「待ってろぉぉぉぉ!!!」
「ちょ、ちょっと!! せめて食事だけでも・・」
「行ったか・・あの親衛隊夫婦の倅がここまで大きくなるとは以外だな」
聖が立ち去った後、呆気に取られる2人に猫のひと鳴きが無性に響き渡った。
教会
あれから拓海や篤史と共に大量の食事を買い込むとそのまま教会へと戻る、道中に盗賊や野党の類に遭わなかったのは幸いともいえるだろう。
「おかえり。3人とも無事で何よりだわ、子供たちも待っているしご飯にしましょう。篤史くんとタクちゃんも手伝ってね」
「「飯飯!!」」
静花に連れ添われて2人は台所へと移動する、その間にお芋たんは子供たちをあやしながら暫しの休養を取る。あまり魔力を消費していないといってもしんどいものはしんどいのでいざと言う時のために疲れはとっておきたい、この国はただえさえ治安が悪いのだから。
「あの人・・死んじゃったのかな?」
お芋たんが気がかりなのは襲ってしまった聖のこと、あれだけ高威力の魔法をモロに食らわせてしまったのだからタダではすまないだろう。何せドラゴン・バーストは炎の魔法の中でも高位魔法なので並の人間ならば重症は間逃れないのでそれだけがお芋たんにとって気がかりなのだ。
「できたわよ!!」
「皆、飯だぞ!!」
「たくさん食べて元気に成長しろよ!!」
3人の掛け声によって子供達はきちんと食卓に着くと篤史と拓海がそれぞれ食事を人数分によそうと4人は子供達と一緒にちゃんとご挨拶してから食事にありつく、この施設では子供たちにも自活の場は与えられており食事が終われば施設の修理や外で働きながら日銭を稼いでいたりしている。
お芋たんも子供たちと一緒にパンとカレーを食べながら無理矢理先ほどの光景を記憶の彼方へと置き去る、それに食事が終わればいつものように用心棒をしながら施設を守りぬかなければならない。
盗賊や野党はこういった施設を真っ先に狙いを定めるのだ、例えばこういった連中のように・・
「へへへっ、こういった施設は案外たんまり溜めているんだよな」
「さって仕事に掛かるとしますか。女は取る! ガキと男は皆殺しだ!!」
「ほぉ~、さすが同業者だな」
男達は即座に振りかえると背後には聖が仁王立ちで3流盗賊たちを睨み上げる、彼らは急に現れた聖の存在に驚きながらも即座に始末しようと飛び掛る。
「話を聞かれちまったら仕方ない!」
「うらぁぁぁぁ!!!!」
「準備運動には丁度良いぜ! はぁぁぁぁ!!!!!」
聖はそのまま魔力を拳に込めると盗賊たちにお見舞いするとど盗賊たちはこかのギャグ漫画の如く空の彼方へと飛んでしまう。久々の会心の一撃に聖は感心しつつも今度はお芋たんを逃がさないために今後の立案を考える。あくまでも聖の狙いはお芋たんなのでこの施設は関係ないのだが誰かに見られても厄介だしさっきのような連中にお芋たんを狙われるのも癪に遭わない、総合的に考えるとここは夜になるまで施設の周辺にいたほう効率的であると判断した聖は隠れながらひっそりと夜を待つ。
夜中
皆がすっかりと寝静まった夜中、聖は潜伏活動を再開する。隠れている間にも教会の間取りはおおよそであるが把握している、それに聖は盗賊なので気配を殺して活動するなど朝飯前だ。
(しかし無防備な奴等だ・・)
寝静まっている教会の人々に溜息をつきながら聖は素早くかつ気配を消しながら目当ての部屋に潜入するとベッドですやすやと眠っているお芋たんを見つけ出す。即座に聖は効率的にたたき起こすために掌に尋常ならぬ力を込めると即座にお芋たんの顔を押さえ込む。
「――ッ!!」
「・・黙れ、静かにしないとここにいる奴等全員を皆殺しにするぞ」
突然の光景にお芋たんは目が覚めたとたんに金縛りに遭ったかのように身体が硬直してしまう、囁きながら威圧のある脅し文句を放つ。
「俺はてめぇが目的なんだ。大人しく従えばこいつ等は見逃す・・いいな?」
「・・・」
お芋たんは素直に首を縦に振ると聖に従いながらみんなが起きないようにゆっくりと教会を後にする、暫くして2人は聖が最初に襲われた森林へ着くと2人は距離を取ってようやく構えを取る。
「さぁ、ここなら邪魔は入らないぜ。・・覚悟しな、チビ助ッ!!!」
「あ、あの時は・・」
「ウダウダ言ってんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!!」
先に仕掛けたのは聖、魔力を込めた拳をお芋たん目掛けて叩きつけようとするがすんでの所でかわされてしまう。しかし聖はかわされても追撃の手を緩めずに果敢にお芋たんに襲い掛かる。
「つ、強い――」
「流石にチビ助だけあってすばしっこいな」
「こうなればウチも!! “降りしきる風よ その無を無数の刃と変えて切り裂け!! ウインド・カッター!!”」
お芋たんが放ったのは風の刃・・鎌居達。しかも一つだけでなく無数の刃となって聖を襲う、なんとか巧みなフットワークでかわしていく聖であるが全てはかわし切れれなかったようで身体には無数の切り傷が広がる。
「チッ、やるな。・・だけどよ!!」
聖はそのままお芋たんに狙いを定めると魔力を高めて拳から衝撃波を放つ、その威力は無数の風の刃を瞬時に掻き消すとものすごいスピードでお芋たんを吹っ飛ばす。お芋たんは受身すらままならず地面に激突してしまう、その隙を聖が逃すはずもなく追撃の一撃をお芋たんに叩き込む。
「ガハッ――!!」
「本気で来ないと・・死ぬぜチビ助」
「こ、こうなれば・・使いたくはなかったけど使わないと死ぬ――!!」
覚悟を決めたお芋たんはそのままある魔法を詠唱する、それは並みの魔法使いならば絶対に習得できない魔法。
封印されていると言われている悪魔の力を借りて発動できる魔法、暗黒魔法を―――
「“・・虚空より司る漆黒の魔よ 我ここに力となってその身を捧げん。 その衣となりて姿を示せ!! ダーク・トランス!!”」
「な、何だ・・」
詠唱を終えるとお芋たんの身体に変化が現れる、性別が変わり衣装は某魔法少女のように姿を変えて魔力も更に跳ね上がる。暗黒魔法、ダークトランス・・数ある暗黒魔法の中でも習得するのは比較的に難しくキャパシティも巨大でなければ話しにならない。
お芋たんは聖を睨むとそのまま静かに詠唱を始めると夜空の闇は更に深まると雷の如く轟音をとどろかせる。並の魔法使いであれば裸足で逃げ出してしまうと炉であるが聖は違った、闘争心を更に高めて魔力を蓄積させる。
「それがてめぇの本気か・・面白ェ、来いよッ!!!」
「いくよ・・“全ての自然の力よ 我に集いたまえ そして混沌と破壊をもたらせ・・
マ ジ ッ ク ク ラ ッ シ ュ ! ! ! ! !”」
詠唱が終わると同時に空からは無数の隕石が降り注ぐ、聖は巧みなフットワークで無数の隕石をかわすものの次から次へとやってくる隕石の数に手を焼くが本人はピンチをむしろ楽しんでいるようで、一計を案じた聖は魔力を高めた拳で自分に降りかかる分だけの隕石を見極めると驚くべきことに純粋に拳で殴りながらピンポイントで隕石を破壊していく。
「そ、そんな!! 暗黒魔法を力で押し返すなんて・・なんていう人なんだ!!!」
「俺に立ちはだかる奴は全てぶっ潰す!!!」
降りかかる分だけの隕石を破壊する、これだけでも驚きの光景なのに更に聖はさっきの衝撃波の応用で隕石をお芋たんに向けてはじき返してきた。
「ウラッ!!!」
「わ、わわわ!!!」
寸での所でかわすお芋たんであったがマジック・クラッシュは通用しないと判断すると呪文を止めて今度は自身の最終奥義の詠唱を始める。
「まさかかウチの最終奥義を使わなければならないとは・・」
「ヘッ、俺は負けはしねぇ!!! さっさと掛かって来いチビ助ェェェェェェ!!!!!!!!」
(この人・・感情で魔力を上げている――!!)
ここでお芋たんは聖の魔力にようやく着目する、普段の人間ならば魔力を跳ね上げるのにはアイテムを使うか特別な呪文を使うかなのだが聖の場合は自身の感情が魔力に直結しているので窮地に陥れば陥るほどその魔力は数段に跳ね上がる、今までにも色んな魔法使いを見たが聖のような人物は初めてだ。
「“すべての光と聖なる力よ! 我の力となりてそれを示せ!! ・・・マ ジ ッ ク バ ー ス ト ! ! ! !”」
「それがてめぇの最後の力か・・だったら受けてとめてやるまでだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
お芋たんの最終奥義マジックバースト・・先ほどの隕石とは比べ物にならない強大な魔弾が聖に向かって放たれるのだが、ここでお芋たんは驚くべき光景を目にする。聖は魔力を跳ね上げるとなんと魔弾を受け止めてしまったのだ、しかし流石の聖もそう簡単には受け止めきれずに徐々に後ずさりしていくのだがそれでも必死に喰らい着いて全ての魔力を拳に集中させる。
「グググググッ・・・」
「そ、そんな!! マジックバーストまで受け止めるなんて!!!!」
「俺は・・絶対に負けねぇぇぇぇぇ――――――――――――!!!!!!!!!!!」
聖は渾身の力を振り絞るとマジックバーストをなんと上空へ放り投げてしまった、そのとんでもない光景にお芋たんのダーク・トランスは解けてしまい、腰が抜けてしまってへなへなと座り込んでしまう。全ての魔力を使い切ってしまったお芋たんは女の子の姿のまま唖然としてしまうが聖はそんな暇など与えずに無抵抗のお芋たんに拳を突きつける。
「これでてめぇの負けだな。言っておくが俺は喧嘩が大の得意なんだ」
「うううっ・・もうウチに魔力は残ってないよ」
「この俺様に喧嘩売ったんだ。生きては帰さねぇ・・」
このままお芋たんに待っているのは制裁・・盗賊に喧嘩を売ってしまったのだから仕方ない末路だ。覚悟を決めてお芋たんは目を瞑るが・・聖はとんでもないことを言い放つ。
「だが、条件次第では助けてやる。・・俺様の家来になれ。見たところてめぇは魔法使いだ、俺1人では高が知れている」
「え? で、でもウチは盗賊は・・」
「この俺様から物を盗んだんだ。その時点でてめぇも立派な盗賊だよ、もし受けなかったら・・」
「わわわわ、わかりましたッ!!!!! 盗賊でも何でもしますから命だけはお助けくださいッッッ!!!!!」
「よし、今日からてめぇは俺の部下だ!!! 今から行くぞチビ助・・っと言いたいところだが魔力を使い果たしたんじゃ話しにならねぇ、回復するまでは俺のアジトにいてもらうぜ」
「ちょ、ちょっと・・・うわああああああ!!!!!!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「・・っというわけだ。話が長くなっちまったな」
「そのままウチは無理矢理親分に拉致られて魔力が回復したら盗賊家業に借り出されたんだよ・・」
堂々と語り始める聖とは対照的にお芋たんの表情はどこか暗い、この2人の表情から察するに話は本当なのだろう。聞いていた狼子は勿論のことペット達も思わぬ事実にぐぅの根も出ない。
「す、すごいですね・・」
“ある意味で悲惨な話だ”
“やっぱりこの人に逆らったら命はない”
改めて聖の恐ろしさを実感する狼子とペット達であったが聖は店長らしくすぐに業務命令を言い放つ。
「さて、昼飯も平らげたところで店開けるぞ!!」
「はい!!」
(でも店をやってから親分活き活きしてるような気がするなぁ・・)
事実、店を始めて狼子を雇ったあたりから聖の表情は活き活きとしている、あれから色々遭ったもののこうして聖の子分として行動を共にしてきたが何だかんだ言っても自分は彼女を慕っているのかもしれない。
「チビ助ェ! てめぇはきりきり働けよ・・じゃなきゃ今月はパンで生活しろ!!」
「は、はい・・」
っと思いたいお芋たんであった。
~~~~~~
我輩は猫であった。名前は蘭丸。
世の中には同じ顔を持つ人間が3人はいると言う、しかし長年親しんだ主人によく似た
温もりや匂いを持っている人間はそれよりも少ないだろう。長年待ち続けてた主人と
奥方は未だに現れることがない、途方にも思えぬこの気持ちこそが寂しさと言うもの
なのだろう。
我輩の時間が尽きるのが早いのか、それとも主人と奥方が戻ってくるのが早いのか・・
~~~~~~
結局フェイは蘭丸の特性の手料理までご馳走になってしまって久しぶりの風呂にありつく事となる。しかし先ほどから感じていた蘭丸に対する違和感はますます深まるばかり、あれから蘭丸から無意識に発せられる魔力は明らかに人が持つものとは違う。本人は多分無意識なのだろうがそれが余計にフェイの疑惑を深めていく、それに謎と言えばこの屋敷の主そのものにもある。いくら行方不明といっても完全に国家との関係を絶っている両親とは違って王家に仕えるぐらいの魔術師ならばそれなりの情報は出回っているものだし、何よりもモンスターの討伐すらままならぬ娘1人残して夫婦揃って旅立っていくのもおかしい話だ。
“フェイ・・湯加減はどうだ?”
「ああ、気持ち良いよ。お気遣いありがとう」
“・・我輩も一緒に入って良いか?”
「へ・・ええええええ!!!!!!!!!!」
突然の蘭丸の発言にフェイは思わずしどろもどろになってしまう、まだ年齢的に幼いといっても自分は列記とした男だ。ここでいきなりそんなこと言われても心の準備がいるもの、フェイはそのまま落ち着きを取り戻すためにあらゆる手段を講じるのだが・・そんなことをやっている間に素っ裸の蘭丸が姿を現す。
「らららら・・蘭丸さん!!!!!!」
「何、変な顔をしているのだ? 我輩の裸がそんなに変か。それに古来より浴槽では裸の付き合いと言うものあって・・」
「ぼぼ、僕っ!!! のぼせるといけないから先に上がらせていただきますッッ!!!」
この場に耐え切れなくなったフェイは顔を真っ赤にしながら不思議そうな顔をしている蘭丸を背後に逃げるようにして浴槽を後にする、ただえさえ同世代の女性とは免疫がないうえにここまでされたらフェイとしては困ってしまうところ。慌てて身体を拭きながら寝巻きに着替えたフェイは一目散に宛がわれた部屋へと入ると悶々とした気持ちと必死に戦っていた。
(姉さんでもあんなことしないのに・・)
彼も年頃の男の子、しかも蘭丸とは会ってたった数時間の人間だ。いくら自分がモンスターから助けたとは言ってもお礼にしてはかなりやり過ぎだ。蘭丸には悪いが明日の朝一番に起きてこの屋敷を後にしたほうが良いだろう、いつまでもここにいると自分の身が持たないし理性と本能の戦いをいつまでも繰り広げてしまえば精神衛生上すごく悪い・・そんな小さな決意をフェイは固めていると今度はパジャマ姿の蘭丸がフェイの部屋に訪れる。
「フェイ、ちょっといいか?」
「ら、蘭丸さん・・」
突然入ってきた蘭丸にフェイはさっきの光景を思い出してしまってしどろもどろになってしまう。先ほどの小さな決意はどこへやら、それにパジャマ姿の蘭丸はかなり無防備な姿なのでそれが余計にきついところだ。
「先ほどはすまなかった」
「い、いや・・僕もごめん」
少々ぎこちない感じであるが会話をしないと始まらないしフェイも蘭丸がいたら易々とは眠ろうにも眠ってはいられないので持てる理性と戦いながら会話を続ける。
「それにしてもずっと昔にご主人と奥方が怪我人を拾ってきたな、軽い火傷がチラホラと目立ったがご主人が魔法で治して奇しくもこの部屋に寝かせたのだよ」
「へー、どんな人だったんだい?」
「大変に綺麗な娘でな、ご主人がその娘の両親を知っていたようなんだ。確か名前は・・相良 聖とかいったな」
「え?」
その名前にフェイは驚きを隠せずにいた、あのサガーラ盗賊団の団長である相良 聖がまさか過去にこの部屋に泊っていたとは驚きだ。あの名前を聞くだけでなんだかとてつもなく縁起が悪く思えてしまう、以前も狼子との出産騒動で出くわしたのだがフランが逃がしてしまったので非常に後味が悪い。
まぁ、空気を読んで蘭丸にはそういった聖との経緯は話さないほうが無難だろう、それにフェイも蘭丸にはこの際だから聞きたいことはあるし。
「でもさっきはちょっと意外だったな。僕たち出会ってそんなに時間たってないでしょ?」
「・・フェイは似てるのだ、我輩の主人と」
「え?」
衝撃の告白にフェイは固まってしまうが蘭丸の独白に火をつけてしまったようだ、フェイは後悔する中で蘭丸の独白が始まる。
「最初、フェイと出会った時は驚いたさ。顔は確かに似てはいないが匂いや気配と・・それに温もりがご主人と非常に似ているのだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! 僕は蘭丸の主人については知らないし面識はないよ!!」
「・・だから余計に感じてしまうのだ。それに信じがたいだろうが元々我輩はこの家で飼われていた猫だ、寿命を迎えたと同時にご主人は我輩にある魔法を掛けた」
またまた蘭丸の衝撃発言にフェイの頭はこんがらがってしまう、いくら魔法が発達したと言っても動物を人間に変える魔法など存在しない。伝説の魔法である神聖魔法でもそういった類の魔法など聞いたことないし、今のところ両親しか扱えない自然魔法でもそういった魔法の存在など聞いたことすらない。
「疑問に思うのは当たり前だと思う。ご主人が我輩掛けた魔法は自然魔法をアレンジしたご主人しか使えない独自の魔法だ、猫としての生命を終えた我輩は人間として生まれ変わった」
「自然魔法をアレンジしたオリジナルの魔法・・」
魔法と言うのは使うのは簡単であるが熟練者になると独自にアレンジを施してオリジナルの魔法を編み出すことがある、言葉では簡単だが魔法を独自にアレンジすると言うのはかなり難しくフェイやフランでもそこまでの域に達するのは到底無理だろう。といっても両親からは散々オリジナルのアレンジ魔法を修行時代に実験を兼ねてその身に叩きつけられたのは今でもトラウマの一部として残っている。
それだけ蘭丸の主人は自分よりも遥かに格上の魔道師なのは違いないだろう、もしかしたら行方不明になっている両親とも何らかの交友を残している可能性が高くなってくる。
「ねぇ、蘭丸・・ご主人からラインボルト夫妻について何か聞いていないかい?」
「知っている、ラインボルトという名は度々ご主人や奥方が言っていた名前だ。2人とは何らかの交友はあったのは確かだと思う」
(まさか蘭丸のご主人とあの2人に交友があったんだ!!)
両親について思わぬ手がかりを掴んだフェイであるが蘭丸は憂いげな表情で自嘲気味に言葉を淡々と続ける。
「人間に生まれ変わった我輩はご主人と奥方から様々なことを教えてもらったし我が子の様に我輩を可愛がってくれた。2人が旅に出て1年・・今か今かと帰りを待ち続けた我輩だが、感じてしまうようになったのだ」
「え? それってどういうこと・・」
「猫は死期を悟って隠れて死ぬ生き物だ。猫の時に感じていたあの感覚を我輩は今感じている」
「そんな・・悲しいこといわないでよ!!」
「・・悲しい、だけどこれが我輩の宿命なのだ。人として生まれ変わった時のな」
衝撃の出来事であった、蘭丸の話を聞けば聞くほどフェイは先ほどの自分が恥ずかしい限りだ、そして何も出来ない怒りがこみ上げる。蘭丸は自分の死期を悟りながらも必死で愛するご主人と奥方を待ち続けていたのだろう、そんな彼女の気持ちを考えれば考えるほどその重さがずっしりと残酷にフェイの心を抉るが・・蘭丸はそんなフェイの気持ちを察したのか優しく語り出す。
「すまないな、我輩のわがままに付き合せてしまって・・」
「我儘なんかじゃないよ!!!! ・・蘭丸、ただいま」
「―――!!」
フェイはそっと蘭丸を抱きしめる、今の自分にはこれぐらいのことしか出来ない。
慰めでもない本当の温もりを蘭丸は待ち望んでいたのだ・・
フェイを通して伝わる人としての純粋な温もりが蘭丸として生きたご主人との記憶が甦る、本来ならば自然の摂理に従い消えるはずだった命の篝火がご主人によって灯った――
嗚呼・・なんと言う幸せだろうか? ご主人に生を与えられ、奥方から知を学び・・2人に与えられた何者にも変えがたい温もり―――
気の遠くなるような日々の中で待ち望んだ温もりがこうも穏やかで暖かいのだろうと・・
吾輩は猫であった、自然に従い死ぬはずの猫であった。人として生まれ咲き乱れる花のように美しく散っていく花のように――
凍てつくような寂しさを溶かす魔法でもない純粋な肌のふれあいを与えられたことを感謝したい―――
名前は・・・蘭丸
「・・ありがとう、フェイ。これで我輩は逝ける」
「そんなぁ・・嫌だよぉぉぉぉ!!!」
「そして礼を言う、我が命は散らせど自然に還り・・そして思いは人々に刻まれる。なんとも幸せだろうか――」
蘭丸の身体からは光り輝く魔力が花びらのように散っていく、即座にフェイは魔力を展開して蘭丸の魔力の拡散を防ごうとするが肝心の魔力が解放できない、まるで何者かに干渉されているかのように・・
「そんな―――!! 魔力制限はなくなったのに・・・」
「フェイ、もう無理なのだ。我輩の魂である魔力はこうして徐々に散っていく、いかなる手段でも止めることはできない絶対の掟」
「そんなの知るか、そんな掟糞喰らえだ!!!!! 頼むから邪魔をしないでくれぇぇぇぇ!!!!!」
必死で魔力を展開させようとするフェイだが展開することが出来ない、しかし蘭丸はそのままフェイに優しく微笑むとフェイに最期の言葉を託す。
「泣くなフェイ、あの女性も言っていた。“人間1人でもなんとかなるもんだ”とな、ご主人や奥方のように逞しく生きてくれ。
我輩は最後の最後だけご主人・・おとうさんを与えてくれて本当にありがとう
では、さらば」
「蘭丸・・蘭丸ぅぅぅぅぅぅぅぅ――――!!!!」
蘭丸はとびっきりの笑顔を遺して魔力は完全に消失して魂の欠片は天に昇って消えていった、その光はとても美しかったがフェイには残酷な光に思った。
フェイは呆然となりながら屋敷を後にした、初めての人の死・・後悔ばかりが残る中で呆然と森の中を歩き続けていると何者かに首根っこを抑えられて地面に叩きつけられれる。
「痛ッ――・・何するんだよ!!」
「久しぶりに再会した母親に向かってなんて言い草よ、バカ息子ォォォォ!!!」
「か、母さ――」
直後に母親から何年ぶりかのマジック・バーストを喰らってしまう、詠唱をしていないので威力は大したことはないのだがそれでも周囲の木々をなぎ倒すぐらいの威力だ。
「全く、久々に再会したと思ったらなんて情けない面してるの」
「・・・」
何も言いたくない・・それが今のフェイの心境だった。散らばったフラン特製の回復アイテムを見ながら母親は感心しながらも溜息をつく。
「フランソアも独学でここまで作ったのは褒めてあげたいけど・・まだ未熟ね。そういえばフランソアはどうしてるの?」
「・・兄さんは女体化し――」
ここで本日2発目のマジック・バーストをお見舞いされる、久々とはいえあまりの扱いにフェイは思わず怒鳴ってしまう。
「何するんだよ!!!! それにいきなり早々に詠唱なしとはいえマジック・バーストなんて喰らったら死んじゃうよ!!!!」
「男ならウダウダ言わない!! この程度のマジック・バーストは散々叩き込んだでしょ!!! フランソアが女体化したと言うことはどうせあんたも童貞なんでしょ!!!
フェイまで女体化したって聞いたらお父さんが聞いたら嘆き悲しむわ・・」
「嘆き悲しむのはこっちだよ!! 僕達の修行終えたとたんに旅に出て音信不通になって・・こっちが嘆き悲しみたいぐらい―――」
本日3発目のマジック・バーストを咄嗟に発動した防御魔法で防いだフェイであるが、今度は背後を取られてウインド・ブレード峰打ち乱れ切りを喰らってしまう。
「全く・・練度はまだ未熟だわ、反応が遅いわ。あれだけ散々叩き込んだのにまだ足りないようね!!」
「ううっ・・」
蘭丸の死が拭いきれない上にこの母親からの容赦ない攻撃・・これでも詠唱なしで魔力も抑えてあるというのだから末恐ろしい親である。恐らくこの場にフランがいても結果は目に見えている、2人仲良く泣きながら様々な魔法を叩き込まれるのだろう、実の子供だからこそ決して容赦はしないのがこの母親だということをフェイは身を持ってい知っている。
「母さんは・・」
「人の死を経験していないと言いたいわけ? 親に説教たれるなんて10億光年早いわバカ息子ォォォ!!!」
まるで全てを見透かしたかのような母親の視線、何も言えずにただ立ち尽くすだけのフェイに母親は更に傷を抉るかのように残酷な一言を言い放つ。
「・・人に限らず全ての命あるものには“死”は絶対よ。あんたもそうだし私たちも例外じゃない。
いくら自然魔法をアレンジして形を変えて生き長らえさせても結果は一緒よ、それに命をいじるなんて自然の摂理に反するおごましき行為・・人はどのような魔法を使えても決して神ではない、生命をいじることは不可能よ」
「まさか・・僕の魔力を制限したのも――!!」
「・・だからあんたはバカ息子なのよ。命の重みも知らない半端者、もっと世界を見なさいそして耳を傾けるの。
悪魔が封印されたといっても世界はとても理不尽に出来ていて、それに抗う人は良い意味でも悪い意味でも学習して繰り返して反省をするの。
人は生と死を繰り返す・・死者は後の人に想いを残して逝っていく、残された人は託された死者の想いを糧に生き続けるのが人が生きていく上での宿命よ。そうやって歴史は紡がれるの」
「そんな説教・・聞きたくないよ――」
目を背けたくなる母親の言葉にフェイは断腸の思いで叫ぶが、母親はフェイを大地の魔法で叩きつけると更に怒声を強める。
「甘ったれたこと言うんじゃないの――!!! 確かに親しい人であればあるほど人の死は儚く残酷で哀しいものなのよ!!
だけどね、残された私達はその人の生を心に刻みながら生きるの。どんなに悲しくても乗り越えて生きていくの」
「言うだけなら簡単じゃないか!!」
「・・そうね。でもこれだけはよく覚えておきなさい、命をいじるのはどんな理由があろうとも絶対にやってはいけない禁忌なの。家に帰ったらフランソアとよく話しなさい、あの子は命の尊さや重さを直に知っているわ。
そして後はその理由は自分で見つけなさい、バカ息子」
そのまま母親は一輪の花を投げると同時にダーク・チェンジで転移して姿を消す、フェイに残されたのは母親の言葉の重さと悲しみだけだった。
自宅
あれからフェイはどうやって自宅に帰ったかはよく覚えていない、ただはっきりと覚えているのは心配そうなフランの前で泣きじゃくってしまったことだけだ。それからポツリポツリとだがフランに事情を説明して話を聞いてもらっている、いつもなら口やかましく言う姉もこのときは黙って耳を傾けてくれた。
「そう、母さんにそんなこと言われたの。それでまた消えちゃったわけね」
「うん・・僕、どうして良いのか判らなくなったよ」
顔に生気すらないフェイにフランは少しの間だけ目を瞑るとこんなことを語り出してきた。
「・・私が医者をやり始めたのは丁度フェイの頃よ。あの時は父さんや母さんに付き添われて医療魔法を教わりながら人が助けられたり死んだりする現場を何度も見たわ」
「2人になんか言われたの?」
「ううん、2人は何も言ってこなかったわ。だけどね、1人で医者をやっててつくづく思うのは命って人によって重さが変わるんだなって事。人ってそれぞれの価値観で命を軽んじたり重く捕らえたりしてるじゃない? 魔法が発展してもそれは変わらないと私は思うわ。
それに死んじゃったときって周りは悲しんでいるけど当の本人の顔つきはやりきった感じで非常に穏やかなものよ」
フランの言葉にフェイは蘭丸の死に際の顔を思い出してしまう、あの時の蘭丸は笑顔で自分の前から逝った。彼女は今までの人生を後悔などしてはいなかったのだろう飼い猫として人間として・・
「その娘・・あんたにどんな顔して逝ったの?」
「綺麗な笑顔だったよ」
「そう。・・その館のご主人は何故飼い猫を人間に変えたのかはよく分からないけど、多分特別な存在だったからじゃないのかな?
そしてその娘も一度は飼い猫として尽きた寿命を理解しつつも人間として生まれ変わってご主人に尽くしたと思うわ、真相は本人じゃないとわからないけどね」
そのままフランはスープを啜ると最後にこう述べる。
「命ってのは姿かたちは一つだと思うわ。使い古された台詞だけど・・あんたがその娘を忘れない限り、その娘はあんたと共に一生心に生き続けるわ。
存在はしないけど生きつづけているのには変わりないわ、後はあんた次第よ」
「心に生き続けるか・・そうだね!!」
フェイも自分に言い聞かせながら蘭丸を刻んでいく、自分がそれに納得するのに何年掛かるかはわからないが生き残った自分に課せられた一生の課題だと思う。
「それにしても母さんは何であのお屋敷にいたのかしら?」
「そういえば・・なんでだろうね。真相は藪の中って所かな」
様々な謎を残しながらも夜空には流れ星が降り注いで・・消えていった。
fin
最終更新:2012年01月12日 22:50