安価『就活』

「なあ宇喜多(うきた)、高校出たら何やりたい?」
 何の前触れもなく、隣の席に座っていた入鹿(いるか)が質問を投げてきた。あまりにも突然すぎたので、意味も分からなく入鹿の右の頬を殴る。
 ゴムボールみたいにぐにゃりと潰れ、何かが壊れる感覚が右手にあり、どこからかごきりと嫌な音が聞こえた。
 いや、聞こえていない、聞いていないよ、気のせいだよ聞こえたフリをしよう。
「おいおい……急に殴ってくること無いじゃないかよ……」
 床に倒れた体を起こし、涙声になりながら右の頬をさすっている。おお、痛そうだ。
「そんなの急に質問投げてくるお前が悪いんだろう」
「それは俺が悪かったけど、殴ってくるお前もどうかと思うぜ」
「気が動転しちゃってね、ってことにしておいて」
「それなら仕方ないな……」
 うーんと唸りながら彼は席に戻る。よかった、入鹿が馬鹿でよかった。
 頬が折れているとか難癖付けられたら面倒なので、さっさと話をすり替える。
「それで、何かがやりたいってのは将来の仕事ってことだよな?」
「ああ、そうだよ」
「うーん、女体化してなければ自衛隊にでも入ろうかと思ってたんだけどなあ」
 残念ながら俺は女性とご縁が無かったので、女体化してしまった。
 ちなみに入鹿は非童貞。こんちくしょう。
「女性でも自衛隊入れるでしょ? 結構多いじゃん、女性自衛官」
「いやね、こう銃持って戦車乗って突撃! みたいなことやりたかったんだよね」
「なんだよそれ」
「女だとそんなこと出来ないでしょ、多分。力仕事ってイメージがあるし」
「そんなことないと思うけどな」
 口を尖らせながら何か不満そうな口調。今度は左から殴ってやろうかと思ったが、さすがに両方破壊するのは悪いので止めた。
「そういう入鹿、お前は何がしたいんだ?」
「そうだなあ、これといってやりたいことが決まってないから……進学かな?」
「おいおい、自分から振っておいてそれかよ」
「別にいいじゃねえかよ」
「まあ悪いとは言わないけどさ」
「でも自衛隊できないんじゃ別のやりたいこと見つけないとな」
 女体化した頃は自衛隊に入れないと三日三晩枕を濡らしたが、最近落ち着いてきた。
 自分の中では進学する気は全く無く、卒業と同時に仕事をしたいと思っている。
 その進学したくない理由というのも、勉強が面倒だからという不純な動機であると付け加えておく。
「例えば……花屋とか?」
「水、毎日あげるの面倒だから無理」
「ケーキ屋とか?」
「細かい作業嫌いだから無理」
「パン職人とか?」
「出来立てのパン熱そうだから無理」
「保育園の先生とか?」
「子供連れ去りそうだから無理」
 すべて間髪入れずに即答。こう考えてみると俺が出来そうな職種って無いんじゃないかって思ってくる。
「なんだよ、無理無理って。そんなこと言ってたら全部無理じゃんかよ」
「そうなるね」
「そうなるか……」
 しばしの沈黙、そして二人の答えが出る。
「結局は……」
「結局は?」

「就活面倒だよな」


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最終更新:2012年01月12日 23:32
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