女になって初めてのバレンタインがやってきた。
男の頃は忌ま忌ましくて仕方なかったリア充専用のイベントである。
俺もバレンタインを楽しく過ごせていれば、今頃こうして女になどなっていなかっただろう。憎い。糞リア充どもが憎い。
そもそも俺は女にはなりたくなかったのだ。
野球部で甲子園を目指していたというのに、女体化のせいで転部せざるを得なくなった。
女子野球部があればまだ良かったが、この学校にはない。
結局、俺が振るのはバットからテニスラケットへと変わったのだった。
そんな野球一筋で…良く言えば硬派に、悪く言えばむさ苦しく生きてきた俺の鞄には、女々しくもバレンタインチョコなんぞが入っている。
貰った物ではない。渡す物だ。
昨日のこと。
放課後、最近やっと馴染めてきた女子グループに声をかけられた。
『今から家庭科室借りて皆でチョコ作るけど、一緒にどう?』
誰に渡せってんだよ、と一瞬思った後、アイツの顔が思い浮かんだ。
幼い頃からの付き合いのアイツ。地味で鈍臭くて、冴えないアイツ。
当然毎年バレンタインのリザルトは言うまでもなく、いつもお互い慰め合ったものだ。
3月生まれのアイツはそろそろ女体化の阻止限界点だが、どうせ今年も寂しいバレンタインを過ごすはず。
チョコの一つも作ってやれば、もしアイツが女体化してしまったとしても、男の頃に女からチョコを貰ったことがあるという記念になる。
相手は俺だし、しかも義理なわけだが、少しは格好がつくだろう。
女体化へのカウントダウンが始まった友人に俺がしてやれる、最後の手向けだ。
そう思った俺はチョコ作りに参加することにした。
部活があったが、初めてサボった。
そして当日である今日の、放課後。
目を疑う光景だった。
俺がいつアイツに渡してやろうかとタイミングを計っているうちに、一つ、また一つとアイツの元へチョコを持った女子が訪れている。
嘘だろ?何が起きてんだ?天変地異の前触れか?
「どうしちゃったんだろうね、今年の僕。義理なんだろうけど、やっぱり嬉しいよ」
「…はは、良かったじゃんか。モテ期ってやつか?こりゃそのうち、本命がきてもおかしくねぇな」
何だ、別に俺が一肌脱いでやる必要はなかったのか。喜ばしいことだよな、まぁ。
鞄に入れたままのトリュフチョコ。どうやら出番はなさそうだ。
元むさ苦しい男の俺が渡すチョコなんかより、よっぽど上等なチョコを幾つも貰ってやがるんだから。
…捨てちまうか、これ。
「今日は部活もねぇし、一緒に帰ろうぜ。ちょっとその前に便所行ってくるから、待っててくれ」
「うん、行ってらっしゃい」
鞄を持って教室を出る。少し歩いて、便所近くのゴミ箱の前に立った。
可愛らしくラッピングされたチョコを取り出して…少し眺める。
おかしいな、俺のチョコだって義理なんだけど。捨てたって構わないはずなんだけど。何でこんなに悔しいのかな。
「…よくわかんね」
食べ物を粗末にしてはいけない。かと言って何故か自分で食う気になれないし、他の奴に渡す気にもなれない。
さて、考えるだけ時間の無駄だ。アイツを待たせてるし、さっさと…
「食べ物を粗末にしちゃいけないんだよ?」
「うわ!?何だお前!?」
今まさにゴミ箱へ叩き付けんと振りかぶった腕を掴まれた。
教室にいたはずのコイツが、何でここに…!?
「鞄持ってトイレに行くなんて変だなって思ってさ」
「…生理ん時は鞄持って行くぞ」
「知らないよそんなこと。それに様子もおかしかったし、ね」
妙に食い下がってくる。いつもの大人しいコイツらしくもない。
正直に言わなければ解放されそうにない雰囲気だ。
「はぁ…お前にくれてやろうと思って作ったんだけど。十分貰ってるみたいだからいらねぇだろ?」
「僕のために作ってくれたんなら、尚更捨てさせないよ」
「お、お前の…っ!?」
た、確かにお前のために作ったけど!
その言い方だと、何か…心を込めた本命チョコみたいじゃねぇかよ!
「か、勘違いすんな!どうせ今年も収穫無しだろうから救済してやろう、って意味で『お前のために作った』んだよ!」
「何だぁ、てっきり本命がきたと思ったのに。いや、それはそれで嬉しいけどさ」
おいおいおいおい。何だよその反応。
それって、どういう…!?
「ほ、本命が…良かったのか…?」
「うん、貰えるものなら」
「…好きにすりゃいいだろ。帰るぞ」
「あ、待ってよ!」
捨てかけたチョコを押し付け大股で歩き出す。
1ヵ月後に俺が処女を失い、コイツが見事女体化を回避するのはまた別のお話。
最終更新:2012年03月11日 17:25