無題 2012 > 02 > 28 ◆suJs > LnFxc

 にょたいカフェの会場は俺達の教室とは違う棟にあり、移動するには渡り廊下を通る必要がある。

今俺が通過しているのは1Fの渡り廊下だ。
この渡り廊下には、屋根はあるが壁がない。上履きでは怒られてしまうが、物理的にはそのまま中庭に出ることもできる。
 
渡り廊下の両側に広がる中庭に連なるのは、出し物の屋台。
焼きそば、たこ焼き。わた飴にチョコバナナ、他諸々。食い物以外には、射的や輪投げなんかもある。
祭りのような雰囲気のそれらは、3年生による出店だ。
一般公開されているこの文化祭には、OBや生徒の家族、他校の生徒なども訪れる。
そういった客が最初に立ち入るエリアがこの辺りらしく、大人や他校の制服を着た人々の姿が目立つ。
少し幼く見えるのは、この学校へ進学を考えている中学生だろうか。
 
「忍ーっ!待って、一緒に行こっ!」
「お前、目立ちまくりだぞ。遠くから見ても一発で分かるぜ?」
「な、何だよ?揃いも揃って」
 
渡り廊下の中央に差し掛かったところで、名前を呼ばれて振り向く。そこにいたのは涼二と典子。
他にも委員長を筆頭に、その他のクラスメイト男女数名。…唐突に現れた集団の中にいる涼二に、少したじろいでしまう。
来るとは言っていたが、俺のウェイトレスタイムはまだ始まってすらいない。にょたいカフェが終わった後のこともあるし、
心の準備ができていないのだ。
 
「西田あああ!俺がこの日をどれだけ楽しみにしていたか、お前に分かるか!?」
「知らねええよ!盗撮写真を集める変態風情の気持ちなんぞ知るかッ!」
「何とでも言うが良いぞ。どう足掻こうと俺の作戦通りお前はその衣装を着たし、これから少しの間ではあるが…
 俺の給仕係になるんだからな…ふふ…」
「きも!コイツきもい!」
 
委員長は安定のキモさである。
話を聞くと、委員長は全てのウェイトレスを指名する気でいるようで、シフトが入れ替わるたびに足を運んでいるとのことだ。
得意げにデジカメを寄越したので中身を見てみると、鼻の下を伸ばした委員長とウェイトレスのツーショット写真が大量に保存されていた。
最早グロ注意と言っても差し支えないレベルだろう。
 
「…他の皆も、何回も通ってんのか?」
『そんなことするのは委員長だけだよー、少なくともうちのクラスではね』
『自分が贔屓にしてる娘さえ指名できれば良いだろ、普通』
「にょたっ娘は神から賜りし人類の至宝!ならば俺は平等に愛でよう!貴様らには何故それができんのだッ!」
「流石の俺もそれは引くわ」
 
ブレない男・委員長。
言わんこっちゃない、流石の涼二ですら引いている。手芸部の部長よりはマシだけども。
写真コンプを目指す委員長のように一度の来店で重複指名をするのであれば、その都度追加料金の支払いと、オーダーをする必要があるらしい。
委員長は、飲み物ばかり頼んでいたから流石にトイレが近い。次はクッキーにでもしようか…などと、
周りのクラスメイトたちと話しはじめた。
軽食、デザートなどのフードメニューは調理部がメイド喫茶と掛け持ちで担当している。
先日にょたいカフェの説明会を受けさせられたのだが、その時に試食をさせてもらう機会があった。
その時に食ったケーキとクッキーはとても美味く、十分に金を取れるレベルだったのを覚えている。
 
よく考えたらうちの学校の部活って、何気に凄いよな。
この衣装もそうだし、機械工作部が作って俺たちを恐怖の底に陥れたネットガンは、コンビニなんかに防犯用として売り込み出来るんじゃないか?
いずれも用途がおかしかったから、俺たちが今こんな目に遭っているわけだが。
 
…ふつふつと、「思い出し笑い」ならぬ「思い出し怒り」が込み上げてくる。
そもそも、あの捕まえ方はおかしい。おふざけの範疇を超えている。俺は投降という形にはなったが、その後の手錠だって異常だ。
あのまま警察に駆け込めば、加担した連中は…
 
『そこのお前!そんなことをしてただで済むと思っているのか!?』
「そうだ、ただじゃ済まされねぞ!」
 
不意に、俺が頭の中で考えていたことを先に言われた気がした。思わず同調してしまう。
 
「忍?いきなりどうしたの?」
『お前、1年の西田だろう。私服でごまかしても無駄だぞ!謹慎は確実だと思え!』
「え、俺!?これ私服じゃねーって!しかも忠告無しで謹慎かよ!?くそ、この乳は好きで強調してるわけじゃ…!」
「落ち着け西田、お前のことではないと思うぞ。…でも名指しだったしな、どうなっているんだ?」
「おい忍、あそこ…!」
 
涼二の指差す方向を見る。
出し物の屋台が連なった場所から少し離れたところ。保護者やOBたちを対象にしたのだろう、喫煙所が設置されている。
何人かの大人に混じって、小柄な女の子が煙草を吸っているのが見えた。こちらに背を向けていて、顔は見えない。
先程怒鳴り声をあげていたのは生徒指導の体育教師で、それはそれは恐ろしい形相で女の子の前に仁王立ちしていた。
 
「先生、若く見てもらえるのは嬉しいけど。こう見えてとっくに成人してますよ」
『バレバレの嘘をつくんじゃない!往生際が悪いぞ!」
「本当ですって。免許証、財布の中に入れっぱなしで車に置いてきちゃって。今、うちの主人が取りに行って…」
『黙れ!いいから来い!』
 
…あぁ、1年の西田って言うから俺かと思ったけど。
多分他のクラスに西田というDQN娘がいて、私服で煙草を吸っているところを見つかったんだな。
そりゃ情状酌量の余地なしで謹慎だろ。あ、首根っこ掴まれてこっちに引き摺られてくる。
 
「見ろよ涼二、DQN女が引き摺られてくるぜ」
「いやお前、あれ…」
「はは、チビのくせにあの悪人面、相当グレてんだろうなぁ。あの吊り上がった目とか、いかにも性格悪そ…あれ?どっかで見たことある…」
「馬鹿かお前!『お前にそっくりなあの猫目』、どっからどう見てもあれは…!」
 
引き摺られながら、咥えた煙草のフィルターを噛み千切った「女の子」。
眼光が一気に鋭くなり、眉間に皺を寄せ、眉毛をガルウィングのように吊り上げている。
舌打ちを一つしたかと思えば、小さな手に持っていたコーヒーの缶をぐしゃりと握り潰した。
 
…あれ、スチール缶だぞ。
 
「―――いつの時代も先公ってのはムカつくもんだぜ。人が我慢してりゃあ調子こきやがってよぉッ!離せやクソ先公がああッ!」
『ぬお!?貴様、教師に向かって暴言を…!』
「んだコラぁッ!てめェこそ人妻に向かってナメた口利いてんじゃねえぞッ!うぉらッ!!」
「~~~~ッ!!」
 
金的を食らった体育教師が身体を「く」の字に曲げた。頭が下がったのを見計らい、髪を乱暴に掴んで引き寄せる。
そのまま鼻に頭突きを食らわせ、仰け反って倒れた教師の股間へ再び蹴りを見舞う。
 
確かに、力で劣る女性でも効果的にダメージを与えられる方法かも知れない。
ただし、この一連の動作はどう見ても「喧嘩慣れ」している人間のものだ。
俺がやろうと思って出来る動きではない。
 
「くたばれオラぁッ!この粗末なブツが二度と使えねぇようにしてやるッ!」
『あ゛っ、ぎぃやッ!やめ、アッー!』
「てめェ運が良いなぁ…!今はピンヒール履かねぇようにしてんだよッ!もし履いてたらこんなもんじゃ済まねぇぞッ!ああッ!?」
 
悪い夢でも見ているようだ。
あ、いや、見てない。俺は何も見ていない。
俺の母親がこんなところにいるわけがない。
俺の母親が教師に向かってブチ切れて、血祭りに上げているわけがない。
 
「…さーて、にょたいカフェに遅刻しちゃまずいからな。さっさと行こうじゃないか」
「待てよ!止めなくて良いのか!?気絶してるぞあの先生!」
「知らない!見てない!気にしない!さぁ行くぞお前たち!」
 
何も見ていない俺は、そのまま歩を進めた。…違う。進めようとして、進めなかった。
何故なら、典子が俺の腕をがっちりと掴んだから。
 
「…ねぇ忍。何も知らない私に、あの忍そっくりな女の人について。私に説明してくれるかな?」
「し、知らない…!」
「知らなくないよね?ほら、私の目を見て?」
「…ぅ、うちの母親、です…」
「やっぱり!本当にそっくり…!親猫だぁ!」
「西田の母君だと!?…西田、今までからかって正直すまなかった。今後は良き友人として付き合っていこうじゃないか」
 
典子スマイルに屈し、現実を直視するハメになる。
委員長は完全にビビった様子で今までの非礼を詫びてきた。
あまりやりすぎると、あの状態の母さんが報復に来るとでも思ったのだろうか。
典子はビビる様子もなく、むしろ目を輝かせて母さんを見ている。今にも走り出しそうな雰囲気だ。
 
だがまずい。
制服ならともかく、今の格好を母さんに見られるわけにはいかない。
どうにかしてこの場を離れないと…!
 
『西田の母ちゃん、キレっぷりは西田より数段上だな…おっかねー…』
『でも本当に西田君そっくりだね。あの先生が西田君と見間違えたのは無理もないかも』
「な、撫でたい!忍のお母さんに、いい子いい子したいっ!」
「秋代さんにそれはヤバいって…あ、教頭が来た!」
「柴山ァァァッ!何をやっとるかあああッ!」
「…ッ!」
 
柴山。
ばあちゃんの苗字で、母さんの旧姓。騒ぎを聞きつけて現れた教頭は、母さんのことをそう呼んだ。
呼ばれた母さんは、反射的に動きを止めた。まるで身体が覚えているといった様子だ。
あの二人、知り合いなのか?
 
「な、マジかよ…?先生ッ!?」
「柴山…今は西田だったな。お前、今は立派に主婦をやっていると聞いていたが…昔と何も変わっとらんじゃないか」
「ち、違うんすよ!アタシがそこで煙草吸ってたら、コイツに娘と間違われて無理矢理連れて行かれそうになったんすよ!」
「本当か?何せ当時、ここいらの不良の間では知らぬ者などいなかった最強のスケ番、『鬼の柴猫』だからな。怪しいものだぞ」
「ちょっと先生、昔の話はやめてくださいってば!そのクソだっせぇ通り名、アタシは昔から嫌だったんだ!」
 
母さんが問題児だったのは、話でしか聞いたことがなかった。
しかし教頭の口から出た「昔から変わっていない」という言葉は、母さんが昔はこんなことばかりしていたのだと物語っている。
娘の俺でも軽く引いた。
 
でも、助かった…!
母さんが教頭に捕まって問答してる今なら逃げられる…!
 
「えーっと、本当ですよ。その先生がちょっと強引に秋代…西田さんを連れて行こうとしてたんです」
「ばっ、涼二…!」
「ほら、アタシだってもう理由も無しにケンカ売ったりしませんって!ってあれ、涼二君?忍もいるのか?」
 
今まさに逃げようとした俺から離れ、涼二が母さんたちに近付きながら事情を説明する。
母さんは突然現れた涼二に戸惑いつつ、恐らく涼二とセットで行動しているであろう俺を探している。
 
…馬鹿が、余計なことしやがって!俺は逃げるぞ…!母さんの視線が、俺に向く前に…!
 
「逃げちゃダメだよ。お母さんに可愛い姿、見せてあげないとねっ」
「くっそあああッ!いっそ殺せええええッ!」
 
逃げようと背を向けるが、相変わらず俺の腕を掴んでいた典子を振り切れない。
華奢な典子の手には、どこから発生したのか疑問なほどの力が込められている。
顔はいつもの笑顔なのが恐ろしい。
 
前々から抱いていた疑惑が今、確信に変わった。「典子もドS」…!
 
「…忍?ぶっ!何だよお前、その格好!だひゃひゃひゃ!」
「ただいま、財布持ってきたよ。あれ、何かあったのかな?この娘は忍…だよね?」
「おっせーんだよ克巳ィ!おかげで忍に間違われて謹慎させられそうになるわ、先生は出てくるわ、忍は妙な格好してるわで…
 頭がおかしくなりそうだっつーの!」
「頭がおかしくなりそうなのはこっちだああ!ちくしょう俺を見るんじゃねええッ!!」
 
母さんが暴れて教師を気絶させて、やってきた教頭は母さんと知り合いで、こんな格好の俺は母さんに見付かって、そこに親父が帰ってきて。
もう目茶苦茶だ。こんなシチュエーションは、人生において滅多にあるものではない。あってたまるか。
 
「状況が分からないけど…取り敢えず先生、お久し振りです。どうしてこちらに?」
「おぉ、西田!私はお前たちが卒業してから、色んな学校を転々としてな。今はこの学校の教頭をしているよ」
「そーだったんすねぇ。あそこの…ぷっ、エラい格好してるチビが、ちょっと前に女体化したウチの娘なんですよ」
「格好はともかく身長は人のこと言えねーだろッ!」
「んだとコラぁッ!」
「…成程な、親子で間違いなさそうだ。確かに以前から校内で、かつて受け持った超弩級の問題児に瓜二つの生徒を見掛けるとは思っていたが…」
 
手を顎にやり、まじまじと俺の顔を眺める教頭。
状況から察するに、この教頭は母さんと親父が高校生だった頃の担任のようだ。
前に言っていた、退学撤回を求めて一緒に校長に土下座してくれたという先生だろう。
あの人には頭が上がらない…と母さんは言っていたが、確かに珍しくへこへこしている。
 
「僕もまさか、忍がこんなに秋代に似るとは思いませんでしたね」
「あ、そうだ。今2人目が5ヶ月で、今度は最初から女の子なんすよ!今度の子もアタシに似るかなぁ?」
「そうかそうか、2人目が…」
 
少し膨らんだ腹をさすりながら母さんが言って、教師は目を細めて嬉しそうにしている。
自分が教えた問題児が今は一応主婦をやっていて、その息子改め娘が特に問題を起こさずに自分が勤める学校へ通い、更にもう一人身篭って。
となれば、それなりに嬉しいのだろう。
 
3人はそのまま想い出トークを始めてしまった。ちなみに泡を噴いて気を失っている教師は、
教師の後からやってきた他の教師たちに担がれてドナドナされていった。
 
…しかしまさか、うちの教頭が両親の担任だったとはな。
思えば俺がまだ母さんの腹の中にいた頃に、ある意味「会って」いるわけだ。何か変な感じがする。
 
「忍に妹ができるって…何で言ってくれなかったの!?そっか、それでさっき『ピンヒール履かねぇようにしてる』って…」
「今思えば、妊娠する前はやたらと高いヒールの靴ばっかり履いてたな…身長コンプレックスなんだろ、俺と同じく。言わなかったのは、
 まぁ色々恥ずかしくてさ…」
「コイツに姉貴が務まるのかねぇ。コスプレして猫耳と尻尾を着けるような奴だぜ?」
「この格好は1ミリも俺の趣味じゃないですからね!?」
「ダメだよ、大声出して胎児に影響が出たらどうするの?」
 
腹が出てきたというのに暴れ回った妊婦がそこにいるんですけどね。
 
「さて、私はそろそろ見回りに戻るとしよう。楽しんでいくといい。くれぐれも暴れるなよ?」
「わぁーってますって。もうガキじゃねぇんだからさ」
「先生、忍のことも宜しくお願いします」
 
去っていく教頭に手を振る両親。
恩師と久々に話ができて、二人とも嬉しそうにしている。
 
…と、思ったのだが。
 
こちらに向き直った母さんの顔が、みるみるうちに悪魔のような笑みに変わっていく。最高の餌を見つけたと言わんばかりに。
 
「さぁーてと…忍ちゃあーん?どうしてそんな格好をしてるのか、ママにちゃんと説明できるかなー?」
「僕もすごく気になるよ。可愛いとは思うけど」
 
妖しく目を光らせ、いつもの意地悪そうなニヤニヤ顔となった母さんが肩を組んでくる。
しかも赤子をあやすような猫撫で声。だが逆にその口調がネチネチ感を増幅させ、プレッシャーとなって俺を襲う。
 
「い、言うわけねーだろ…!さっさとどっか行けよ…!」
「あぁ、うちの学年の出し物で、『にょたい☆かふぇ』ってのがあるんすよ。女体化者がウェイトレスをやるっていう。
 忍の出番は今からなんです」
「りょおじくううんッ!?てめェは少し黙った方が良いんじゃないかなぁッ!?」
 
相変わらずコイツには、空気を読むという機能が備わっていないらしい。
…読んだ結果がこれなのかも知れないが。そんな気がしてきた。
 
「こりゃー良いこと聞いたねぇ。アンタ、娘の見せ場を見たいと思わねぇか?」
「勿論見たいさ。さっき貰ったパンフレットは…っと。あぁ、ここでやってるんだね。後で行こうか」
「一緒に写真を撮りたければ、指名制になってるんで…」
 
絶望した俺をよそに、話がどんどん進んでいく。
昔からの顔見知りなだけあって、涼二とうちの両親は軽口を叩きながら話している。
 
「中曽根と、西田のご両親は仲が良いようだな」
「…付き合いが長いからな。俺も涼二の両親とはあんな感じだよ」
「それにしても忍のお母さん、可愛いなぁ…可愛いよぉ…」
「典子、お前ちょっと目がヤバいって。大丈夫か?あんなに凶暴なんだぞ、あの母親…」
「やっぱり忍のお母さんなんだなぁって感じだよ?そっくりだもん、色々と。だから、ね…」
 
色々とそっくり。先程教頭も似たようなことを言っていたが、どういう意味か気になるところだ。
…だがその後の、「だから、ね…」の方が数億倍気になる。
その一言を発してから、典子の様子が変だ。何かを抑えているようで、うずうずという表現がぴったり当て嵌まる。
 
「あ、あのっ、忍のお母さん…ううん、秋代さん!私、忍の友達の藤本って言います!」
「ん、そうなんだ?うちの馬鹿娘と仲良くしてくれてありがとね」
「それで、あの…」
 
典子が母さんに自己紹介をした。それに答える母さんはよそ行きモード。今更手遅れだというのに。
そして典子は、続けて何かを言おうとしているようだ。
 
…何だ?典子は何を言おうとしている?クソが、嫌な予感しかしやがらねぇ…!
 
「おい典子、お前…何考えてる?妙な真似は止めとけ…!」
「…ダメなの!私もう我慢できない!秋代さん、ごめんなさいっ!」
「むぎゅっ!く、苦しっ…!」
 
典子が母さんを抱き締めた。
目の前で起きたその光景を正しく認識した、その瞬間。
全身から一気に血の気が引いていくのを感じた。
 
「や、やめろ藤本!秋代さんにそれはヤベェって…!その人がハンパじゃねえのはお前もさっき見ただろ!?」
「だって!だってこんなに可愛いんだもん!」
「ぐっ、ぬっ…!何だコイツ…!離せっ…!」
 
涼二は必死に典子を引き剥がそうとしているし、クラスメイトたちは顔面蒼白で事の次第を見守っている。
ニコニコしているのはうちの親父だけだ。
 
あわわ…あわわわ…!
 
「ナメてんじゃ………ねぇぞッ!!このメスガキぃぃぃッ!!!」
「きゃあ!?」
「今の世の中ッ!他人様の子供だろうと…叱れる大人が必要だよなあああッ!!」
 
自力で脱出した母さんは、よそ行きモードなどすっかり忘却の彼方らしい。
そのまま典子の顔面目掛けて右手を突き出すべく、一瞬腕を引いて力を込める。
 
アイアンクローだ…!気の毒だけど典子、そりゃ自業自得だぞ!
 
「ちぃーっと痛ぇが、アタシに喧嘩ァ売った勉強代だッ!」
「はい、ごめんなさい秋代さん。怒っちゃ嫌ですよ?」
「なっ…!?」
 
なでなで。
いつも俺にやるように、母さんの頭を撫でた。
典子の眼前に迫っていた右手は動きを止める。そして力無く、だらりと下がった。
悲しきかな、この血を継ぐ者に共通した弱点。
母さんは、わなわなと震えていたのも束の間。頬を染めて俯いてしまった。
 
「おいおい…『鬼の柴猫』の、このアタシが?こんな小娘に?嘘だろ…!」
 
恐るべし、藤本典子。
 
「にしてもさっきの藤本、凄かったなぁ。俺でもできねーぞ?秋代さんにあんなこと」
「えへへ。忍にそっくりで本当に可愛かったからつい、ね」
「心臓に悪いからやめてくれ…」
 
両親と別れ、移動を再開した。
二人は暫くあちこち見て回って、俺がいる間にはにょたいカフェに来ると言っていた。本気で来ないでほしい。
母さんはあの後、典子に対してはすっかり牙を抜かれたように大人しくなってしまった。
 
「こ、今回だけだからな!次やりやがったら潰してやる…っ!」とか言っていたが、また同じ状況になったら結果は火を見るより明らかだ。
 
「つーか母さんにボコられた先生、絶対相手は俺だと思ってるよな…」
「その辺は教頭が話をつけてくれるだろ?どう見ても過剰防衛だけど、あの先生が強引だったのが原因だしな」
「…しかし、藤本女史に屈しはしたが…あの喧嘩殺法には正直戦慄したぞ」
『西田君のお母さん、あんなに小っこいのに強いんだねー!格好良かった!』
『男にとっては恐怖でしかないって!』
 
先程の騒動について、クラスメイトたちは興奮した様子で話している。
女子たちにとって、うちの母さんは「カッコ可愛い」という印象らしい。
男子たちはあの金的を思い出しては顔を青くし、股間を押さえている。確かにアレは男ならゾッとするだろう。
 
話している間に会場に到着した。
入口には長蛇の列。植村が言っていた通りの盛況っぷりだ。
人々は並んでいる時間にウェイトレスの紹介パネルを眺めながら、あーでもないこーでもないと話すことで時間を潰している。
 
『おっ、あれ西田ちゃんじゃないか?』
『きゃーっ、あの娘もかーわいいー!』
『ぬおー!指名する娘はもう決めてたのに、実物を見ると心が揺らぐ!』
 
この手のリアクションは未だに苦手だ。男の頃に容姿について褒められた経験なんて、身長が平均より少し高かったことくらいだし。
涼二や典子や他のクラスメイトに言われる分には、元の俺とのギャップによる補正が効いているのだろうからあまり気にならない。
しかし全く知らない人間から手放しで褒められるのは、やっぱり慣れないのだ。
悪い気は…しないけどさ。
 
並んでいる客の中には他校の制服を着た人間もちらほらおり、
「この学校のにょたっ娘もなかなかレベル高いな」というような会話が聞こえてきた。
女体化者なんてどこだろうと同じレベルだと思うが。
 
列の一番後ろに並んだ人は「ここが最後尾です」というプレートを持っている。
委員長はその人に話し掛けてプレートを受け取った。てっきりスタッフかと思ったが、どうもそうではないらしい。
 
「最後尾に並んだ客が自主的に持つんだな、それ」
「ば、馬鹿な…!こんな最低限のマナーも知らんのか!?そんなことでは、ビッグサイトに行っても白い目で見られるのがオチだぞッ!」
「何の話だよ!?」
 
よく分からない世界の話はさておき、俺はスタッフ用の出入口から入れることになっている。
ここで一旦お別れだ。
 
「西田はサークル入場というわけか。選ばれし者の特権だな」
「だからよく分からねぇ話はやめろおい!」
「それじゃ、私たちも並ぼっか。忍、また後でね!」
「んー、どの娘が良いかねぇ」
 
涼二がプレートを眺めながら言う。
言うまでもなく、どの写真にも写っているのは甲乙つけがたい美少女ばかりだ。
その中から好みに近い娘を選ぶわけだが、俺は涼二の趣味なんぞ知らない。
顔はどうだか知らないが、サイズ測定の日の発言的に…スレンダーなモデル体型が有力か?菅原を筆頭に、そんな奴はごろごろいる。
…何故かムカッときた。
 
「おい、さっき俺を指名するって言ってただろ」
「そういうお前は指名しなくて良いって言ったじゃねーか。あえてフリーで入ってドキドキ感を楽しむって手もアリだしさ」
「ぅ…お、大人しく俺にしとけば?お前のことだからニヤけ面で眺めるんだろうし、他の女じゃ気持ち悪がられるだけだぞ?」
「俺に対しての先入観おかしくねぇ!?…ま、そもそもお前を笑い者にするのが目的だしな。やっぱりお前にしといてやるか」
「はぁ?お前何様なわけ?」
 
笑い者にされるのは癪だし、涼二は果てしなく上から目線なのに、妙にホッとしてしまったのが悔しい。
やっぱり今日の俺は、どこかおかしいみたいだ。
 
44 名前: ◆suJs/LnFxc[sage saga] 投稿日:2012/02/28(火) 00:55:52.92 ID:6SPg7g1k0 [9/45]
控え室に入ると、今から出勤となる面子と、強制労働を終えて今から解放される面子が入り乱れていた。
前者は憂鬱そうな、後者は晴れやか表情をしているのが印象的だ。
後者には、やっと解放された喜びとはまた違う種類の感情があるように見える。
 
『お疲れ。良いなぁ、僕も早く解放されたいよ…』
『…認めるのは恥ずかしいけど、実は結構楽しかったぜ?お前もやってみれば分かるって』
『私も楽しかった!結局、私たちって元童貞だからね。ちやほやされることに慣れてないから、舞い上がっちゃうのかな』
『ホントかよ?ちやほやされるって言うけど、面白おかしく見られてるだけじゃなくて?』
『そんなことないよー!アイドルになった気分…は言いすぎかもだけど、それに近いかな?』
 
そういうことらしい。
また「可愛い!」の嵐になるんだろうか?
先程のリアクションはシカトしたが、今度はそうもいくまい。
 
「終わった連中、楽しそうだぜ?オレ、ちょっと頑張ってみようかな」
「まぁそりゃ、楽しくやれるに越したことはないだろうけどさ…」
 
先に来ていた菅原は、もう順応しているようだった。
確かに褒められるのは慣れないが、悪い気もしない。でもだからと言って、あまりはしゃぐのもどうかと思う。
悪目立ちはしたくないのだ。
 
「西田君、私も今からだよっ!さぁ、もっとアゲていこー!」
「僕は今終わったんだ。指名もそこそこ取れたし、なかなか楽しかったよ?これなら、また来年やっても良いんじゃないかな」
「むぅ…」
 
小澤と武井もここにいた。
何だか菅原を含めたコイツらに囲まれていると、俺だけがおかしい奴に思えてしまう。
 
サイズ測定の日、俺はこの企画を「見世物小屋の珍獣」だと言った。
女体化自体は珍しいことではないが、そういった姿が変貌した人間を集めて商売をするのだから、あながち間違ってはいないと思う。
しかし蓋を開けてみれば、終わった連中は皆楽しそうにしているではないか。
お互い気持ち良く終われるのなら、案外否定する必要はなかったのかも知れない。
今から出番の方も、楽しいと力説されて幾分リラックスした表情となっているし。
やはり美少女には、笑顔がよく似合う。
 
…これなら珍獣というより、妖精の類かもな。なんて、柄にもなく思ったりして。
 
「あ、そうだ西田。これを読んでおくといい」
「…マニュアル?」
 
武井に渡されたのは、一枚のマニュアル。以前あった説明会の補足らしい。指名を受けた際の対応とか、そういった内容だ。
これを当日になって出してきたのは、指名制を事前に説明して当日に参加拒否されるのを防ぐためだろうか。
実行委員は本当に卑劣な連中だ。奴らの血はいったい何色なのか。
順番に読み進めていくうちに、不明点が出てきた。
『指名を受けたら、各自のフィギュアをお客様へ渡してください。そしてお店を出るまではテーブルに置いて頂くように説明してください』
…完全に意味不明なんだが。
 
「この前の補足とか言って、卑怯だよな。後出しじゃんけんなんてよー」
「この際それはもういい。…それより、フィギュアって何のことだ?」
「あぁ、これな。よく出来てんだ、これがまた」
 
菅原の後ろ。大量に置かれたカラーボックスは、確かに俺も気になっていた。
何が怪しいって、ボックスの一つ一つに俺たちのネームラベルが貼られているのだ。
菅原はおもむろに自分の名前が貼られた怪しいボックスを開けると、中から美少女フィギュアを取り出した。
パッと見は、よくあるアニメか何かのフィギュアだ。だがよくよく見れば、それが菅原にそっくりであることが分かる。
 
「げっ、これお前じゃん!?すっげーなこれ…完全に特徴捉えてるっつーか…」
「そんなのあるの!?可愛いー!私のも…あった!すごいすごいっ」
「全員分あるからな。模型部が作ったんだと。んで、指名されたら客にこれを差し上げろってわけだ」
「またうちの学校の部活かよ!何なんだよこのクオリティの高さ!?いい加減にしろよマジでッ!」
「いかんせん大量に作りすぎだと思うけどね。僕のもまだ余ってるよ。大方、余った物は売り捌く腹なんだろうけど。ほら西田、『君』だよ」
「うわ、おい!『俺』を乱暴に扱うなよ!」
 
武井が勝手に俺のボックスを開け、「俺」を投げ渡してくる。
二次元チックにデフォルメされた俺のフィギュア。
オタクな人々の部屋でアニメのフィギュアと一緒に飾られていたとしても、何ら違和感ない仕上がりだ。
今の俺と同じウェイトレス服に身を包み、腰に手をやってツンとした表情をしている。
だが、その頬がほんのり赤く染まっているのが気に食わない。これではまるでツンデレキャラではないか。
そして、何より。
 
「何でこれにも猫耳と尻尾が完備されてんだよ…しかも無駄に着脱可能だし…」
「いいなぁー、私にも何かつけてくれたら良かったのに」
「おや、西田のボックスに何か…手紙のようだね」
 
武井が俺のカラーボックスから手紙らしきものを発見した。そのまま読み上げてくれる。
 
「『文化祭実行委員の皆様へ。依頼を頂いていたフィギュア作製についてですが、西田忍さんの分において、
 何者かに型を細工されるというトラブルが発生しました。これにより、西田忍さんのフィギュアには当初の予定に無かった猫耳と
 尻尾が標準装備される事態となりました。部室には>>625と書かれた付箋が残されていましたが、詳細は不明です。
 大変遺憾ではありますが、部内で多数決を実施しましたところ、満場一致で「このまま採用すべき」という結論に至りました。
 よって、このまま納品させて頂きます。それでは、今度とも宜しくお願い致します。 模型部より』、だそうだよ?」
「また>>625かよ!?俺に恨みでもあんのかコイツはあああッ!!」
「恨みというより愛だと思うけどな、オレは」
「西田君は影ながら愛されてるんだねぇ。その人、悪い人じゃないと思うよ?」
「姿が見えない分、不気味なだけだぞ…」
「しかしホント、見れば見るほどよく出来てるよなぁ。にひひ。ちゅーっ、と」
 
菅原が、手に持っていた「菅原」と俺から取り上げた「俺」をキスさせた。
 
「おいやめろ馬鹿!何やってんだよ!」
「んー?本物の方が良かったか?」
 
目の前にいる本物の菅原が、ふざけて顔を10cmくらいの距離まで近付けてくる。俺の視線は、その綺麗な目と唇を行ったり来たりしてしまう。
血色が良く、瑞々しくて柔らかそうな唇。それはまるで新鮮な果物のようで。こんな唇とキスなんてしたら…。
そこまで想像してしまい、顔が真っ赤になったのを自覚する。
 
「あはは!いちいち可愛いヤツだな!」
「うるっせえ!ばーかばーか!アルミホイル噛め!」
「『私』ともさせちゃえっ。ちゅーっ!」
「やめろぉーッ!」
『次のシフトの人、出番ですよー!』
 
馬鹿なことをやっているうちに、スタッフから号令がかかった。いよいよだ。
 
フロアに出て、各々が動き出す。
基本動作は説明会で聞かされている。
客が食べ終わった食器は下げる。グラスに水が無ければ注ぐ。空いたテーブルは拭き、次の客に備える。そんなところだ。
 
会場を見渡すと、例のフィギュアが置かれたテーブルは半数ほどある。
指名の証であるフィギュアが置かれたテーブルの食器下げや水補充は、指名されたウェイトレスが行う。
なので、他のウェイトレスは行く必要がない。
 
残りの半分はフリー入店ということになる。
涼二が言っていた「フリーで入ってドキドキ感を楽しむ」客や、美味いと評判の調理部が作る食事・デザート目当ての客は指名をしないようだ。
フリーで入っても、女体化者には所謂ハズレがないのは周知の事実。
好みに強いこだわりがあるか、完全なるB専だとしたら話は別だが、大雑把に美少女を求めるのであればこの場にいるウェイトレスの
誰が来ても満足するだろう。
 
「さて、どこから回るかね」
「えっと…あそこ、水無いっぽいぞ。お、小澤なら…手本を見せてくれるって俺は信じてるからな!」
 
取り敢えず、初動に困った。校歌を歌うのが何となく恥ずかしいのと同じ理屈だ。
ここはヤル気に満ち溢れた小澤に先陣を切らせるべく、水を向けてみる。水だけに。
 
「おっけー!なら私が…」
『小澤ちゃん、菅原ちゃん、ご指名入りましたー!』
「あ?オレか?」
「早ッ!?」
「あちゃー、行かなきゃ。西田君、あとお願いっ!」
「馬鹿なあああッ!」
 
気が付けば他のウェイトレスたちはもう動き始めている。
小澤たちのように早くも指名が入った者、フリー入店の客にオーダーで呼ばれた者、果敢に水を汲みアタックを仕掛けている者。
 
…やべぇ、完全に出遅れたぞ。
ま、まずは水だよな?あそこのテーブル、グラス空だし…。
 
「ぇ、えーと…お水のお代わりはいかがですか?」
 
ピッチャーを手に取り、この学校の男子生徒2人組の席へ。学年は分からないが、雰囲気的に上級生だと思う。
 
 
『お、今度は猫ちゃんが来てくれたー!名前は…西田ちゃんね。水、貰うよ』
『ほら、やっぱりフリーで入るのもアリだろ?超可愛いにょたっ娘が取っ替え引っ替えだぜ?』
 
胸のネームプレートを見て名前を呼ばれる。
俺の名前なんて珍しい名前でも読み難い名前でもないのに、彼らの視線はなかなか外れない。
…いや、よく見れば視線はとっくに外れていた。彼らがずっと見ているのは、ネームプレートの少し横。
細いアンダーを更に絞るようなデザインの服によって無駄に強調されてしまっている、女の証。
 
「はい、西田です。宜しくお願いします。…ちなみにネームプレート見るフリして谷間をガン見してんの、バレバレっすよ!」
『あはは、やっぱバレたか!でも西田ちゃんも元男なら分かるっしょ?この抑え切れない衝動がさ』
「分からんでもないですけど…女体化するとそういう感覚を忘れる奴もいるんで、気をつけてくださいね。
 俺だってちょっと恥ずかしいんですから…」
『まぁまぁ。減るもんじゃないし、取って食おうってわけじゃないんだ。あぁそうだ、追加でコーラ頼むよ』
「捕まらない程度にしてくださいよ?…コーラ1点ですね。かしこまりました、少々お待ちください」
 
コーラ1と伝票に記入し、席を立つ。思ったより普通に会話ができた。この調子でいけば、何とかなるかも知れない。
知らない人に面と向かって可愛いと言われると、やっぱり照れるけど。
 
次は…あそこの女子グループだな。デザートの皿が空いてる。
またしても年齢が分からないが、上級生というのは雰囲気で何となく分かるものだ。
そういう「雰囲気」がない人間は同級生と思えばいい。…それで失敗したのが、地味子先輩の例だったりするのだけど。
 
「失礼します。こちらの食器、お下げしても宜しいですか?」
『あ、この娘…写真撮影で暴れた娘?』
『西田君だっけ?何だか随分大人しくなったじゃない』
「いや、あれは馬鹿なツレのせいですから!…あぁ見えて、普段は静かなんですよ。コミュ障の如く」
 
不本意ながら、やはり狂暴キャラが定着してしまっていた。
本来の俺は少しぶっきらぼうなだけの、人畜無害な人間であることを知らしめたい。
全員は不可能だろうが、こうして会話をする人たちについては…極力、誤解を解いていかねばならん。
 
『そうだ、せっかく猫耳と尻尾があるんだから、猫みたいなポーズしてみてほしいなー』
『いいねー!やってやって!』
「断 固 拒 否 し ま す」
 
2人組が目をキラキラさせて無茶振りしてくる。
何もしなくても猫っぽいと言われるのに、この格好ではそんなことを言われるのも仕方ないような気がしなくもない。
だがお断りだ。そんな馬鹿みたいな真似をしてたまるものか。
 
『えー。是非やらせてくださいと言わんばかりの格好なのに?』
「絶ッッ対やりませんからね!この格好だって好きでしてるわけじゃないし!」」
「はーい西田君。せーの、にゃんにゃんお♪」
「!?」
 
突如背後から湧いて出た小澤に腕を取られる。
左の拳は軽く握って耳付近まで。右の拳は額の少し上くらいの高さまで無理矢理掲げられた。まさに世間一般で言う猫のポーズである。
 
「小澤ァァァッ!何すんだてめぇッ!!」
「お客様を喜ばせるのもウェイトレスの仕事、ってね!」
『やっぱりキレた!怒ってるとこも可愛いけどっ!』
『にゃんにゃんお!にゃんにゃんお!ちょっともうこの娘飼いたい!首輪着けて飼いたい!』
「俺は猫じゃねえっつってんだろおおォッ!」
 
猫のポーズで固定されたまま、説得力のない絶叫が木霊した。
 
『西田ちゃん、ご指名入りましたー!』
「…!」
 
名前を呼ばれた瞬間、ドキッとしてしまう。
幾つかのテーブルの相手をこなし、どうにか要領を掴んできた頃。ついに初指名が入った。
タイミング的に、恐らく涼二や典子、委員長あたりだろう。気負うようなメンツじゃない。いつも通りやれば良い筈だ。
 
教室の入り口までスタッフに案内された。入り口は、どこから持ってきたのかピンク色のカーテンで仕切られている。
指名主との対面まであとほんの数秒。マニュアル通りにカーテンの前で、手を合わせ頭を下げて最敬礼。こうして客を出迎えるんだとか。
 
『では西田ちゃん、こちらのお客様です』
 
カーテンという仕切りが無くなり、正面に人の気配を感じた。頭を上げる。
果して、そこにいたのは。
 
「………誰?」
『えっ』
「えっ」
 
いたのは、見知らぬ男。明らかにこの学校の生徒ではない。更に言えば、どう見ても高校生ではない。もっと上の…大人。うん、大人だ。
しかも連れはいないようで、お一人様でのご来店。よくもまぁこんな店に一人で来たものだと妙に感心してしまう。…っつーか。
 
「…タキシード?何でそんなもん着てるんです?」
『そりゃ西田ちゃんに会うからに決まってるでしょうが!にーしーだ!にーしーだッ!』
「何このテンション!?初指名ですげぇ強烈なのが来ちゃったよ!!」
 
ヤバい、ヤバいぞ。何なんだコイツ…!
怪しさを測定するスカウターがあったら一瞬でぶっ壊れるレベルだ。機械工作部に作らせてみようか。
とにかく、こんな客の相手は手早く終わらせるに限る。営業スマイルでさっさと捌いてしまえばいい。引き攣った笑顔だけど。
 
「え、えーっと、気を取り直して。記念すべき初指名ありがとうございます、西田です。お席にご案内しますので、こちらにどうぞ」
『お、俺が初指名…!俺が初めての男…!』
「おいィ!?そのようなグレーな発言はセクハラ行為と見做しお引き取り願うことになりますが構いませんねッ!」
『ご、ごめんなさい!はるばる岡山から来たんだ…ここでとんぼ返りするわけにはいかないんだよッ!!』
「マジ泣きはやめてくださいよ…って岡山ぁ!?遠ッ!え、マジちょっと待って?もしかして馬鹿なんですか?ねぇ?」
『距離なんて関係ない!嗚呼リアル西田タソかわいいよかわいい』
 
ダメだ。色々と目茶苦茶すぎて冷静に対処できない。
勢い余って所々敬語を使うことすら忘れてしまうのは仕様だ。明らかに年上だけど。あとリアル西田って何だよ。
 
『そうだ、まだ名乗ってなかったね。俺の名前は、でぃ「岡山さんですねそうですね?宜しくお願いします岡山さん」』
『いや、でぃ「さっさと歩きやがれください岡山さん!お席はもう目の前ですからね!岡山さん!」』
 
名前を聞くのは非常に危険だと俺の女の勘が訴えたので、頑なに名乗らせないことにした。
ぎゃあぎゃあと言い合いながらテーブルまで案内し、押し込めるように岡山さん(仮名)を着席させる。
感じるのは、周りの客やウェイトレスからの視線。あぁ、あまり俺を見ないでくれ。本気で想定外なんだから。
 
何にせよ、まずはとにかく水を持って来ようと思ったところで、フィギュアも一緒に渡さなければならないことを思い出す。
しかし、この岡山さん(仮名)にフィギュアなんぞ渡してしまって良いものだろうか。ただ飾って満足するような人間には、とても見えないのだ。
どんな使われ方をされるのか、あまり想像したくない。
 
…しらばっくれてみるか。
 
「お冷やをお持ちしますので、少々お待ちください」
『あれー?お冷やだけ?何か忘れてないかなー?チラッチラッ』
「ぐっ…!」
 
明らかにバレていた。チラチラと、わざとらしいどころか擬音を口に出しながら周りのテーブルを見ている。
その視線が注がれている先は、他の客が指名したウェイトレスのフィギュア。誤魔化すのは無理か…。
 
「…指名特典のフィギュアもお持ちしますので、大人しく待ってろください」
『よっしゃきたああああ!全 裸 待 機 ッ !』
「大人しく待てっつってんだろッ!マジで全裸待機しやがったら通報してやるからなッ!!」
 
…先が思いやられる。
 
控え室からフィギュアを持ち出し、丸型のステンレストレイへグラス、おしぼりとともに乗せた。
先程菅原たちは箱から出して遊んでいたが、本来は無駄に立派な箱に入っている。
氏名は当然のこと、高校名、学年とクラスなどが可愛らしいフォントで書かれた物だ。
中身もそうだが、箱だけ見ても既製品にしか見えない。
 
「…お待たせ致しました。お冷やと特典フィギュアです。妙な扱いをされた場合は即没収しますので、そのつもりで」
『おおお…!これが噂の指名特典…!』
「噂になってたのかよ!どこ情報だよ!俺たちは今日知ったってのに!」
 
岡山さん(仮名)は早速箱を開けて中身を取り出している。
無駄なうやうやしさで丁寧に「俺」を持つ。それはあたかも、伝説の武器を手に入れたかのような表情で。
暫く舐め回すように眺めていたかと思えば、ついにその視線は禁断のエリアへと侵入した。
 
「おいどこ見てんだコラぁッ!それ以上見たら没収するぞッ!!」
『み、水色…ッ!』
 
フィギュアが穿いていたのは、淡い水色のショーツ。この色には非常に見覚えがある。
…見覚えがあるどころか、今朝も見たばかりなんだが。
 
「これ、俺持ってる…っつーか今日穿いてるやつじゃねーか!?」
『ほほう、今日はこれと同じ水色とな?これは是非確認を…』
「どうやらマジで前科持ちになりてぇようだなぁ…ッ!」
『い、いやだなぁ…冗談だよ?俺のような紳士がそんなことをするはずがないじゃないか…』
「目ぇ泳がせながら言っても説得力ないんですけど!?」
 
それに紳士なのは格好だけだろう。いや、むしろタキシードが逆に変態っぷりを加速させてるか。
 
岡山さん(仮名)は、冷めた目で見つめる俺から目を逸らした。空間を気まずい沈黙が支配する。
耐え切れなくなったのか、わざとらしく咳ばらいをして、そのまま備え付けのメニューを広げてみせた。
 
『じ、実はもう注文は決まってるんだ。ここは看板メニューの「ウェイトレスの落書きオムライス☆」を所望するッ』
「お客様。商品名は正確にお願いします」
『☆も含めて一字一句間違ってないから!ここにちゃんと書いてあるでしょ!?』
 
どうせ勝手に創作料理を作りやがったのだろうと思い突っぱねてみたのだが…
メニューを見ると、確かにその商品は一字一句間違いなく存在していた。
 
コメントには、
「にょたっ娘ウェイトレスがあなたのために心を込めてケチャップで落書きします♪内容はリクエストしてもOK、ウェイトレスにお任せしてもOK♪
 ぜひぜひ、あなただけのオムライスを記念撮影しちゃってください!」
と書かれている。
 
「おいマジかよ…聞いてねぇぞ…」
『西田ちゃんが聞いてなくても、俺の意思は鋼の如く揺るぎないからね!』
「…チッ。ウェイトレスの落書きオムライス☆がお一つですね?かしこまりました。少々お待ちください」
『今さりげなく舌打ちしなかった?ていうかしたよね?』
「気のせいです。失礼します」
 
必殺の営業スマイルを炸裂させ、この混沌とした席を後にした。
それにしても、オムライスに落書きなんて。それこそまんまメイド喫茶だと思うんだが。
確かメイド喫茶とはメニューに差別化が計られていると委員長が言っていた。あちらにはオムライスが無いんだろうか?
 
収容人数を稼ぐために大量に設置されたテーブル。その間を縫って、特設の厨房にオーダーを伝えるべく歩く。
 
常に満席のこの出し物は、経費を差し引いてもかなりの利益を見込めるだろう。
内容はとても健全とは言えないチャリティイベントだが、結果だけを考えれば大成功の予感がする。
客は勿論のこと、あれだけぶつくさ言っていた女体化者たちも、気が付けば笑顔が溢れんばかり。
皆楽しそうだ。…俺を除き。
 
道中、俺と同じくオーダーを伝えに行く菅原と鉢合わせた。こいつも綺麗な顔を綻ばせている。
 
「よぉ、調子はどうだ?」
「大変だよ。わけのわからん変態タキシード野郎に指名されたりとか…」
「そうなのか?でも随分楽しそうに見えるぜ?お前」
「冗談だろ!?適当なこと言うなっての!」
「ホントだって。何なら鏡貸してやろうか。ほれほれ」
「い、いらねーよ!やめろって!」
 
馬鹿な。俺が楽しんでるというのか?
物好きな連中や変態の相手をして疲れてる、の間違いじゃないのか?
 
「オーダー入ります。オムライス一つお願いします」
『にょたっ娘ちゃん、商品名は正確に♪』
「『ウェイトレスの落書きオムライス☆』一つですッ!クソがッ!」
 
厨房に注文を伝え、取り敢えず手が空いた。
また水でも入れて回るかな、とピッチャーに手を伸ばす。
 
『西田ちゃん、ご指名入りましたー!』
「うお、またか!」
 
伸ばしかけた手を引っ込め、くるりと反転。スタッフに連れられて入口へ移動する。
 
『こちらの2名様でーす!』
 
頭を下げていても、男と女の上履きが目に入る。あぁ、今度こそだ。間違いない。
これは高校生による、文化祭のお仕事ごっこ。なのに、知った顔が客として現れると気恥ずかしい。
頭を上げるタイミングを計っていると、結局向こうから声を掛けられてしまった。
 
「おおーっ!忍がちゃんとお辞儀してるよ!?ちょっと感動するねーこれ!」
「いやー結構待たされたな!俺たちがお前の指名、第一号二号か?」
「残念ながら先客がいるんだ。…見知らぬ変態タキシード野郎がな。やっぱ知ってる顔の方が気が楽だぜ」
「俺がいねぇと寂しいんだろ?いじらしいヤツめ」
「ばっ、馬鹿言うんじゃねぇよ!調子乗んなクソ野郎!お前なんて画鋲踏めばいいのにッ!」
「んんー?客をもてなすウェイトレスが、そんな態度で良いのかなー?」
 
涼二の言葉に過剰反応してしまう。そして、そんなことはお構いなしに涼二は俺をイジってくる。
冷静になるんだ俺…!こうなったら、マニュアル通りにやってやる…!
 
「ご、ご指名ありがとうございます、西田です。お席にご案内しますので…」
「ぶひゃひゃひゃ!こりゃたまんねーわ!ひーっ、腹いてー!」
「中曽根君、笑ったら可哀相でしょ!忍だって頑張ってるんだから!」
「…ありがとう典子、お前は本当に良い子だよ。それに比べて涼二てめええッ!五寸釘踏めやああああッッ!!」
 
マニュアル通りやった結果がこれである。握り締めた拳は怒りによってアル中のような震えを刻む。
 
あぁ、でも。涼二が俺をイジって、俺がキレる。「俺がいねぇと寂しいんだろ」と言われてドキドキした気分は、これで何とか相殺された。
完全にいつもの調子。こちらの方が居心地が良い。
 
「…取り敢えず。お席にご案内しますので、こちらへどうぞ」
「はいはーい!ご案内よろしくっ」
「まぁせいぜい頑張りたまえ、ウェイトレスさんよ」
「あーうるせーうるせー」
 
最低限のマニュアル対応はしたものの、結局は何ともカフェらしからぬ応対で二人を先導する。
ぴんと立った尻尾を、後ろの二人が面白がってツンツンとつつく。
 
「藤本は猫飼ってんだろ?猫の尻尾がぴんと経ってる時って、どんな気分なんだ?」
「嬉しいーとか、甘えたいーとかかな。少なくとも上機嫌な時だね」
「ふんっ、全然当たってねぇ。この尻尾、やっぱり大した性能じゃないな」
「またまた照れちゃって!」
「照れるかッ!」
 
そんな会話をしつつ、丁度別のウェイトレスが片付け終わったテーブルに座らせた。
窓際のこの席は、外の様子も見下ろせる。先程トラブルのあった中庭も見え、今はすっかり元の喧騒に包まれていた。
湯気が上がっているのは焼きそばの屋台だろうか。鉢巻をした3年生の男子が一生懸命に焼き上げている。
小さな子供を連れた若い夫婦が、子供にせがまれたのか、焼きそばを一丁お買い上げ。
3年男子は子供の目線に合わせてしゃがみ、しっかりとパックを手に握らせて。
彼らにとっては最後の文化祭。悔いを残さぬよう、精一杯楽しもうとしている様子が見て取れた。
俺たちはまだ来年、再来年もある。その時はもっと、まともな出し物をしたいものだが。
 
さて、ここは岡山さん(仮名)の座った席からやや近い席だ。
あちらの相手をしているのを、この二人には見られたくないのだが…ここしか空いていないので仕方がない。
 
「…お冷やと指名特典をお持ちしますので、少々お待ちください」
「指名特典?何だそりゃ」
「何か貰えるの?」
「げっ、薮蛇った…!?」
 
しまった。この二人はフィギュアのことを知らないらしい。
典子はまだしも、涼二にアレの存在は知られたくない。俺の残りの生涯、ババァになってもアレをネタに弄られ続けるのは目に見えている。
ここは何とか誤魔化さねば…!
 
「あー、うー、えーっと…何だったかな…何かあったような気もするし、何も無かったような気もしないでもないような気がするっつーか…な?
 まぁそんなトコだ!気にすんなよ!ははは!」
「何こいつ!?誤魔化すのが下手にも程があるだろ!吐けよ!」
「しーのーぶー?また私に隠し事かなー?」
「いやっ、アレだアレ!茶菓子的な!指名してくれた人には茶菓子的でクッキーのような…何かアレをサービスしてるんだ!」
 
にっちもさっちもいかず、咄嗟に口走る。
茶菓子くらいなら自腹を切ってやる。それで今後の人生が救われるなら安いものだ。
幸いこのテーブルの周りで、指名で入ってきた客は岡山さん(仮名)くらい。意識して注視しない限りフィギュアだとは気付かないだろう。
もし気付いたとしても、怪しい人間が怪しいフィギュアを何故か怪しくも自前で持ち込んだように見える筈だ。それだけ怪しいんだから。
 
「何だクッキーかよ。別にキョドるようなもんでもないだろ」
「でも貰えるなら嬉しいよねー」
「あぁ、だから今持ってくる…」
『いやぁそれにしても西田ちゃんの指名特典フィギュア、ホントによく出来てるなぁ!これのためだけにでも来た価値があったなーっ!』
 
喧騒に紛れて、一人やたらと興奮した男の声が聞こえる。
大絶叫という程ではない。普段なら気に留めるまでもない声量だ。
問題は、その発言の内容。
 
「指名特典…」
「フィギュア…?」
「岡山アアア!あの野郎おおおッ!!………あ、」
 
ゴゴゴゴゴ…!
背後から、そんな音が聞こえた気がする。
典子と改めて友人になってからというもの、どうも力関係がおかしい。
典子とは付き合っているわけではないし、当然結婚しているわけでもない。今では良き友人だ。
 
なのに、何故だろう。
今の俺には「恐妻家」という言葉がしっくりくる。不思議なものだ。
…なんて、呑気に構えている場合じゃない。
 
「…忍。惜しかったねー?もうちょっとで私たちを騙せたのにねー?」
「ち、ちがっ…!」
「往生際悪ぃぞ?こうなった藤本に逆らっても無駄なのは分かってるだろ」
「フィギュア、私たちにもくれるよね?」
「只今お持ちします…」
 
母娘とも、典子には勝てない西田家であった。
 
「…お待たせ致しました。お冷やと特典フィギュアだオラァ!クソが!」
「うおおすっげー!マジでお前じゃんこれ!?」
「すごいそっくりー!もう、こんなに出来が良いなら隠さなくても良かったのにっ!」
 
やけっぱちでフィギュアをテーブルにドン!と置く。中身が透けて見える箱に入ったままのそれを、典子はしげしげと眺めている。
涼二は中身を箱から取り出すと、岡山さん(仮名)がそうしたように、色んな角度から眺めはじめた。
 
「こんなのが全員分もあるのかよ。どこかのメーカーに発注したのか?」
「うちの模型部が作ったんだって。しかも大量にな」
「…前から思ってたけど、この学校の部活って無駄に凄いよな。んじゃ、俺の部屋の一番目立つトコに飾っとくか」
「マジでやめろ!」
 
どうせコイツもスカートの中を覗くのだろう。覗いたらどうしてやろうか、まずは一発殴ってから、次は…。
 
そう思っていたのだが、涼二はそのままフィギュアを箱に戻してしまった。
典子の手前もあるし、気を使っているのか?それとも単に興味がないだけ?
後者だとしたら。…妙に、ムカつくような。そんな気がする。
 
「ボケっとして、どうかしたのか?お前」
「あ…いや、何でもねぇ。それ、変な遊びに使うなよ」
「むしろこれを使ってどんな遊びをしろってんだよ!?」
「まぁ取り敢えず、それはテーブルに置いといてくれ。指名客の目印だからな。あと、注文決まってるなら聞いちまうけど」
「俺はまだ決まってねぇ」
「私もまだかな。ケーキにしようか、パフェにしようか?うーん…」
「では後ほど伺いますので。首を洗ってお待ちくださいませ」
 
トレイを胸元に抱えて、ぺこりと一礼。
さりげなく暴言混じりなのは気にしないとして、立ち居振る舞いは様になってきたんではないかな。
さて、そろそろ岡山さん(仮名)のオムライスが出来上がる頃だろうか。
落書きするのは気が重いが、ごっことは言え仕事だ。行かねばなるまい。
 
 
 
「お待たせしました。オムライスです」
『待ってました!ウェイトレスの落書きオムライス☆ッ!』
「ねぇもう普通にオムライスで良くないですか?『商品名は正確に』って言ったのはすいません。撤回しますから」
『確かに会話の中にさりげなく組み込むには厳しい気がしなくもないよね…』
 
ホカホカに湯気を立てる、鮮やかな黄色のオムライス。
焼きたての玉子の甘く優しい香りが漂い、こちらまで腹が減ってくる。調理部が作る物はどれも美味そうだが、中でもこれは格別だと思う。
ウェイトレスの落書き…と銘打たれているだけあって、ソースの類はかかっていない。
流行のデミグラスや明太子といったお洒落なソースより、ケチャップこそ至高と考える俺はお子様だろうか。
まぁ、その至高のケチャップを今から俺がぶっかけるわけだが。
 
「んで、何を描けばいいんです?あんまり変なものリクエストしやがったらしばきますからね」
『お題は…うん、決めた。レンジで加熱をし終わった時の音を連続で言ったとき、思い浮かぶ物体を描いて頂きたいッ』
「…?……ッ!!………スタッフウウゥーッ!ここに変態が!変態さんがいるぞおおッ!!」
『…なんて冗談はさておき』
「追い出されねーように必死だなおい!取り繕っても意味ねーんだよ!」
『むむむ…他には何をリクエストしても西田ちゃんには却下されそうだ…』
「アンタの脳内はどうなってんだよ!」
 
真剣に悩みだす岡山さん(仮名)。タキシードを着てオムライスの前で頭を抱える姿は非常にアレである。
このテーブルの浮きっぷりと言ったら他の比じゃない。いかにもな感じのグループだって、もう幾らかはマシだ。
そしてこの対応に苦慮する俺も、涼二たちからは見えていることだろう。頼むから俺を見てくれるな。
 
『仕方ない、ここはお任せでお願いしてみようか!』
「お任せっすか…それはそれで無茶振りなんだけどな…」
 
わけのわからんものを描かされる心配はなくなったが、さて。
別に絵じゃなくても構わない筈だ。何かこう、メッセージ的なものでも良いだろうか。
とすると…もうこれしか思い浮かばないな。このクソ野郎め。
 
「絵じゃなくてもいいですか?俺から岡山さんへ気持ちを込めて、メッセージでも書こうかと思うんですけど」
『ふおおおッ!それでお願い申し上げるッ!』
 
許可が出たところで、ケチャップの蓋をパチンと開ける。
長文など書く気はさらさらない。これを注文したことを後悔するがいい。
 
「えふ…ゆー…しー…けー…っと!はい書けましたよ!さぁどうぞ!」
『なん…だと…?こ、これはつまり俺とファッ』
「そ、それ以上言ったら潰すッ!それこそレンジの過熱終了音を連続して言った時に思い浮かぶ物体をッ!!」
 
この男は俺の渾身の一撃をさらりとかわし、強烈なカウンターを見舞うという暴挙に出た。
無意識なのだろうが、どれだけポジティブな思考回路をしているのだろうか。
すっかり向こうのペースだ。落書きしながら、一瞬でも「ふん、やってやったぜ」と思ってしまった自分が情けない。
 
『そ、そんなに怒らなくても…』
「だって岡山さん、口を開けばセクハラセクハラセクハラ!セクハラばっかりじゃないですか!何なんすかマジで!?」
『ぷんぷん怒ってる姿も可愛いいいい!』
「だああああもう!!ほら冷めないうちにファッキンオムライスを召し上がりやがれッ!」
 
乱暴に促し、さっさと食わせて大人しくさせることにする。
柔らかい玉子はスプーンによって簡単に切り取られ、中の熱々チキンライスが湯気を立てた。
黄色と赤のコントラストはそれだけ聞くと毒々しいイメージなのに、こうして見るとやけに美味そうで困る。
時刻は昼時。慌ただしく動いていたからか、気が付くと俺も腹が減っていた。
そんな俺の空腹など知る由もない岡山さん(仮名)は、オムライスを乗せたスプーンを口に運んだ。
そしてそのまま、じっくりと味わっている。
 
ちくしょう。美味そうに食いやがって。
あ、ヤバい。腹が…
 
ぎゅるる。
 
「…。」
『…一口食べる?』
「お客さんから貰うわけには…」
『餌を与えないでくださいって書いてあったけどね。ほら、そこにしゃがめば大丈夫だよ!』
 
俺が返事をするより早く、既に岡山さん(仮名)はスプーンにオムライスを乗せている。
ちなみにスプーンは予備に持ち替え済みだ。無茶苦茶に見えて、意外とそういうことには気を使える人らしい。
窓際ギリギリに置かれたこの席は、確かにテーブルと壁の間にしゃがめば周りからは見えないだろう。
「その気になれば食える」という状況だからか、俺の腹の虫は先程よりも気勢を上げている。
 
一口だけなら…いいかな…?
 
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
『よしきた!はい、あーん』
「あ、あーん…」
 
テーブルと壁の間にしゃがみ、突き出されたスプーンを咥える。
玉子はプレーンなものではなく、ほんのり甘い。砂糖が少し入っているのかも知れない。
玉子の甘味とケチャップの酸味。それを受け止めるチキンライスが良い仕事をしている。
かなり美味い。母さんが作るオムライスも美味いが、それと良い勝負だ。ちなみに俺はマザコンではない。
 
『どう?美味しいよね?』
「んぐっ…うめぇ!ぬおーっ、俺も昼飯これにしたいくらいかも…」
『よっしゃ!餌付け成功!』
「餌付けされたわけじゃな…あ、おい!こっそりスプーン回収してんじゃねぇよ!没収ッ!」
『くっ、バレたか…!』
 
マジシャンのような手つきで俺が咥えたスプーンを鞄に入れようとしていたことに、ギリギリ気付いて阻止する。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。気を使える男だと思ったのは買い被りだったらしい。
前言撤回しよう、やっぱりただの変態だ。
 
『ま、まぁ冗談だけど?ネタだけど?』
「嘘くせー!変態!このド変態ッ!」
『その言葉、我々の業界ではご褒美です』
 
キリッとキメてみせるが、全然格好良くない。この男には何を言っても暖簾に腕押しだ。
本当にタチの悪い人種である。
 
やはり忙しい。
あれから色んな席へ水を入れに行ったり食器を下げたり、ちょくちょく指名が入ったり。
結局典子はパフェを頼んだが、涼二はニヤニヤしながら、よりによってオムライスを頼みやがった。
張り倒したい衝動がマッハだったが、まぁ我慢してやった。
 
元々の客の入りに加え、昼時となった今はかなりのラッシュだ。スタッフは客に食事が終わったら極力早く席を立つように呼び掛けている。
だから俺も言おうじゃないか。この目の前の、招かれざる客に。
 
「さっさと食って帰れよ!」
「あぁ?アタシら客に向かってその態度は何なのかなー?」
「まぁ混んでるからね。言われるまでもないよ」
 
今の俺にとって一番苦痛な相手、両親である。
指名があって呼ばれたと思ったら、宣言通りにやってきたこの二人。
親父はいつも通りのニコニコ顔、母さんもいつも通りの意地悪そうな顔をしていた。
俺にそっくりな女が客として入ってきたものだから、店内外でちょっとしたざわめきが起きたのだが、本人は気にする様子もない。
 
「…ご注文は」
「取り敢えず生。あと灰皿な」
「あ る わ け ね ぇ だ ろ」
「何だよ、店員の態度から品揃えまでロクでもねぇ店だなァ。どうなってやがんだ?」
「ここは高校で、これは文化祭だからね?アルコールも灰皿もあるわけないよね?」
「僕は甘口抹茶小倉パスタにしておこうかな」
「その辺のメニューは地雷臭がするんだけど…」
 
傍若無人な振る舞いをする母さんに対し、親父の存在には少し救われる。頼んだメニューはともかく、だ。
これで親父までDQNだったら、俺はとっくにグレていただろう。
 
「んじゃアタシはこの甘口いちごパスタにしとくか。アンタ、飲み物はホットコーヒーでいいか?
 アタシは…あぁ、ノンアルコールビールはあるのな。しょうがねぇ、これでいいや」
 
いくら保護者の来校もあるとは言え、アルコールを提供するわけにはいかんだろ。
屋外の喫煙所だって目立たないところに設置されてるわけだし。
…甘口いちごパスタについては何も言うまい。
 
「ところでこのフィギュア、アタシに見えなくもねぇのが癪だな」
 
両親による指名だとスタッフに話したら、フィギュアは二人で一つにしてくれとのことだった。その代わりに指名料は1000円で良いらしい。
そんなわけで、お約束の品定めタイムだ。そもそも俺と母さんは顔も体型もそっくりなので、当然このフィギュアは母さんに見えなくもない。
違うのは髪型と腹くらいか。
 
「僕はどっちにも見えてお得だと思うけど」
「な、ばッ…てめぇアタシがこんな格好する妄想でもしてやがんのか!?」
「コスプレは男のロマンだからね。二人とも、元男なら分かるでしょ?」
「「ぐぬぬ…」」
 
こうまでさらりと言われてしまっては罵倒する気にもなれん。
典子よりも更に恐ろしいのは親父かもな…。
 
「誠に残念ながら、アタシがこんなモン着る機会なんて…」
「…ありますよ。西田君のお母さん」
「ひぃッ!?先輩!?」
「はい、私です。今回はフリー入店にしました。フィギュアは模型部の方から好きなだけ横流ししてもらえますし」
 
相変わらず背後から唐突に現れる地味子先輩。
フリーのメリットはランダムに女体化者たちと触れ合えること。
ウェイトレスをやらされているメンツの中で一番この人と仲が良い(?)のは俺か部活が同じ小澤だと思うが、
今回フリーにしたのは身軽に立ち回るためなのかも知れない。
つまり、隙あらば仲良くなった娘を美味しく頂いちゃいましょうとでも思っている可能性があるということだ。
 
…そして、わなわなと震えている問題児がもう一人。
 
「ににに…にし…西田ちゃんが二人…!?あぁ…ッ!私もついに幻覚が見えるようになってしまったのッ!?」
 
変態部長が鼻血を垂らして立っている。仮に俺が二人いたにしても、その興奮の仕方はおかしい。
 
「アタシは忍の母親だけど…」
「西田ちゃんのお母さん!?そ、その若々しさ…もしや…!」
「…俺と同じ女体化者ですよ」
「きたああああ!親子丼きたッ!わ、わわ私は親子丼を頼むことにしますッ!オーダーお願いしまーすッ!」
「何を…」
「…ッ!」
 
何を言ってんだ、と咎めようとした瞬間。母さんのジャンピング頭突きが変態部長の鼻に直撃した。
元々出ていた鼻血は美しい緋色のアーチを描き、部長は仰向けに倒れてしまった。
死してなおトランスしたままの幸せそうな表情を浮かべており、正直戦慄を禁じ得ない。
 
「くそッ!妙な寒気がしやがったから、ヤベェと思って先に潰しちまった…!」
「…本能だろ。動物的な」
「どうなってんだよこの学校はよォ!」
「俺が聞きてぇよ!」
 
他の手芸部員に担ぎ出されていった部長を見送る。
駆け付けてきたスタッフに事情を話すと、「あの部長なら仕方ない、自業自得でしょう」ということでお咎め無しで済んだ。
奴の変態ぶりは有名らしい。
 
 
 
席に座り直した母さんは、ちゃっかり残った地味子先輩に今更よそいきモードで話しかけた。
 
「んで、お嬢ちゃん。アタシがこんな格好をする機会があるって話だったかな?」
「えぇ。この企画、来年もやるようですよ。ご妊娠されてるようですが、その頃には体型も戻るでしょうし。衣装は任せて下さい」
「あはは…そうなんだ…でも、こんなオバさんが着ても、ねぇ?」
「大丈夫です。絶対お似合いですから。ほら、西田君だってこんなに可愛くなったんですよ?」
「じゃあ来年まで気長に待とうか。楽しみだね」
「おい克巳っ…!アタシは着るなんて一言も…!」
 
二人の攻勢にたじろぐ母さん。
母さんだけでなく俺も、聞き捨てならないことを聞いてしまい焦っているのだが。
…来年もこれをやるって?嘘だろ?
 
「ちょっと先輩、来年って何ですか?この悲劇が来年も繰り返されるんですか?」
「これが悲劇かどうかは置いておくとして。来年もやろうって、実行委員の方が言ってましたよ。このアンケートで来年もやってほしいという意見が多いそうです」
 
先輩が差した、テーブルに備え付けのアンケート。ファミレスなんかでお馴染みの利用者アンケートだ。
皆こんなもの、普段の外食時には見向きもしないくせに。こういった場ではノリで書いていく輩が多いのだろう。
昼時の今でもそういった要望が多いのであれば、閉店時にはもっと増えていてもおかしくない。
 
「やるにしたって、来年は来年の一年にやらせれば…」
「ちっちっち。分かってませんね、西田君」
「は、はぁ…」
「来年は西田君たちも2年生ですね。2年生というのは、3年から見れば可愛い後輩。1年から見れば憧れの先輩なのですよ。それだけ客層が広がるわけです」
「ら、来年のことを言うと鬼が笑うという諺がありましてね…」
「鬼が笑ったところで痒くも痒くもないと思いませんか?」
「思います…」
 
これはもう何をどうしようが言いくるめられるパターンだ。
…このにょたいカフェ、ここまでは正直思ったよりも悪い気はしていない。
ただこれをまた来年、か…。どうなんだろうな。
 
「西田君のお母さんの場合は機会があると言っても、実際にこうしてウェイトレスをやって頂くわけではないですし。少し着てみて記念撮影でもどうですか、くらいのお話です」
「僕は秋代のウェイトレス姿、見てみたいな」
 
真っ直ぐ母さんの双眸を見つめ、柔和な笑みと声で語りかける親父。
 
「…クソが…!ア、アンタがそこまで言うなら…着てやらんこともねぇけど…!」
 
母さんは顔を染めながら目を泳がせ、小さな声で言った。
…惚れた男には勝てないんだな。
 
両親の注文を厨房に報告した後、入れ違いで涼二たちの注文品を持たされた。
先程と同じオムライスに、抹茶アイスの乗ったパフェ。
昼食時なのに典子がデザートを頼んだのは、まだまだ他の店で食べたい物があるからだとか。女子らしいと言えば女子らしい選択か。
 
「お待たせしました。オムライスと抹茶パフェです」
「さすがうちの調理部だな!すっげー美味そうだ!」
「このアイスも自家製なんだよね?凄すぎじゃない?」
「忍さぁ、今度オムライス作ってくれよ」
「ま、まだオムライスは作ったことねぇし…」
 
最近料理を練習している身としては、調理部や母さんの作る料理は一つの目標だ。
まだまだこんなに上手くは作れないが、いつかは…という気持ちはある。オムライスだって練習してやってもいい。
 
…別に涼二がアレとかじゃなくて。
家族以外で気軽に食わせることができて、美味いと言ってくれそうなのはコイツくらいだからな。練習台にはもってこいなのだ。
 
「あれ?忍、料理するの?」
「母さんが妊娠したから、手伝いでやってるだけだよ」
「こないだコイツがカレー作ってさぁ。食わせてもらったんだけど、意外にもすげー美味くて…」
「ば、馬鹿ッ!余計なこと言うなッ!」
「へぇー。忍が料理を、ねぇ?中曽根君に、ねぇ?」
 
珍しく、典子がニヤニヤと意地悪そうな笑みを向けてきた。
ただでさえ俺が恋する乙女だと思い込んでいる典子のことだから、絶対に妙な勘違いをしている筈だ。
俺が涼二に惚れて、気を引くために手料理を振る舞っているなどと。
 
「違うって!たまたまスーパーで鉢合わせて、飯がないって言うから、それで…」
「んー?何が違うのかな?私は何も言ってないけど?」
「うっ…」
「???」
 
涼二の野郎…人の気も知らずにトボけたツラしやがって!
お前のせいで典子に勘違いされてんだっつーの!察しろよ!
 
「と、とにかく!オムライスに何描くか言えや!」
「えーちょっと、スルーなの?」
「黙らっしゃい!」
「んー、何でもいいんだけどな。せっかくだし『猫』とか」
「また安直な…っつーか、絵じゃないとダメなのか?メッセージとかでもいいんだぞ。な?」
「お前が絵、下手くそなの知ってて言ってんだよ。文字に逃げようったってそうはいかねぇ」
「くっそおおお!さりげなく誘導してたのに!!」
 
このケチャップを使って描くとなると、少なくとも絵心のない俺には凝った絵は描けそうもない。
簡単で、且つ猫っぽく見えればそれでいいのか?
 
うーん、さらさらさら…っと。
 
「よし!どうだ!?」
    Λ Λ
「(≡^ω^≡)ってお前っ…!笑わすなよ!ぶふっ…!」
「あはは!可愛いよ!確かに猫には猫かも!」
「うるせー!俺にはこれが限界なんだよ!」
 
一応妙に好評ではあるが、半分馬鹿にされているのは明らかだ。
下手くそな絵を見られることほど恥ずかしいことはそうそうない。
死にたい。いっそ死なせてほしい。
 
「ぷっ…一応写メらせてもらうか。何かのネタになるだろ」
「私も撮りたいっ」
「もうどうにでもしてくれ…」
「そういや、また秋代さんがやらかしてたみたいだな」
「今は何かもじもじしてるね。超可愛い!」
 
携帯でオムライスの写真を撮りながら、思い出したように涼二が言う。
このテーブルからは両親のテーブルも丸見えだ。こうしている今も親父が母さんを何かしら口説いているのか、
母さんは恥ずかしそうにしているのが見える。恐らく、先程の話の続きだろう。
 
「変態手芸部の変態部長が変態的なことを叫んだのが原因だよ…」
「親子丼がナントカって言ってたな?何のことかよく分かんねぇけど」
「分からなくていいッ!…んで来年もこの企画をやるんなら、先輩が母さんの衣装も用意するとか言い出してさ。それを聞いた親父も見てみたいって…」
 
愚痴混じりに事の次第を話す。
 
「それであんなに照れてるんだねぇ。怒ったり照れたり、そういうトコも忍にそっくり」
「秋代さん、何だかんだ言って旦那のことが大好きだからな。おじさんが喜ぶんならやるだろうよ」
「バカップルなんだよ、根本的に」
「いつまでもラブラブなのは良いことじゃない?…ん、抹茶アイス美味しっ」
「何だこのオムライスくっそうめぇええ!これで600円は安すぎだろ!」
「…ごゆっくりどうぞ」
 
食事を始めた二人から離れ、また水を入れて回るだけの簡単なお仕事に復帰することにした。
行く先々のテーブルで多少の世間話…というか主に俺たちウェイトレスに対する褒め言葉に付き合わされ、どうにも効率が悪い。
目が大きくてとか、背が低くてとか、胸が大きくてとか、そんなところをいちいち挙げては褒められる。
背が低いことで褒められる以外、その都度悪い気はしない。むしろ少し舞い上がっている自分がいる。
でも、どこかすっきりしない。その原因を考えてみると、一つの答えに辿り着いた。
 
…今日、まだ涼二には可愛いって言われてねぇ。
 
俺はサイズ測定の日に「お前が化粧をしてるとこを見てみたい」と言われたことを忘れていない。
それがどうだ?化粧をしていることについて、涼二からは何のリアクションもないじゃないか。
この格好が笑い者になるのは分かっていた。それはいい。だが、化粧はまた別の話だ。
可愛いの一言くらいあってもいいだろうに。この仕事の後のことが楽しみなのは認めるが、それとこれとは話が違うのだ。
 
…そして、またそんなことを考えている自分に溜息が出る。
最近、特に今日はこんなのばっかりだ。涼二の一挙一動に左右されるだけで自分では制御できない、この気持ちの浮き沈み。
こんなことがこれからも続くのでは身が持たない。早く落ち着いてほしい。
 
どうかしてるぜ、俺…。
 
さて、両親の注文はまだ出来上がっていないし、これまでの他の指名客も今は落ち着いてるし。暫くはこのまま水入れタイムか?
 
『西田ちゃん、お客様がお帰りです!』
「んぁ、はいはい」
 
岡山さん(仮名)がついにお帰りになるらしい。
振り返ってみれば、最初から最後までセクハラの嵐だった。出禁にならなかったのは奇跡としか言いようがない。
最期くらいは笑顔で見送って差し上げるとするか。
 
「さっさと国へ帰ってくださいね」
『笑顔でさらっと酷いこと言わないでくれるかな!?来年もまた来るからね!』
「まぁ精々お待ちしておきますよ。…それでは、ご来店ありがとうございました」
『まだ記念撮影してないよ?』
「…チッ。そうでした。ではあちらへどうぞ」
『明らかにスルーしようとしてたよね今!?』
 
撮影用のステージを無視して出口への直行便だった俺を必死で止める岡山さん(仮名)。
分かってるよ。忘れてたわけじゃない。リアクションが面白いから少しからかいたくなるだけだ。
スタッフに自慢のカメラ(ごついレンズのついたヤツ。あれってデジカメ?今流行りのデジイチってヤツか?)を渡してステージに上がる。
ちなみに撮影スタッフは写真部員。今までの流れ的に、腕前の心配をする必要は…ないんだろうな。
 
『お客さん、いいレンズ使ってますねー』
『ふふふ、この日のために新調したんだよ。フルローン組んでね!』
「何がアンタをそこまで駆り立てるんだよ!」
 
こんなやり取りも終わりが近い。
何だかんだで面白い人だったし、もし来年もやるならまた会いたい気もする。調子に乗りそうなので本人には言わないが。
 
「んじゃ撮りましょう。ポーズとかは普通でいいですか?」
『お姫様抱っことか!』
「却下ァァッ!お触り禁止を全力でシカトしてるじゃないですか!」
『となると普通に撮るしかないよね…』
「普通でいいじゃないですか普通で…」
 
こうまでしょんぼりされると、俺が悪いような気がしてしまう。
とても笑顔など作れそうにない表情だ。むぅ…。
 
「…なら…っすけど」
『え?』
「あ、頭に手ぇ置くとか、撫で回すくらいならいいっすけど…」
『マジですか!?いい!全然いいっ!』
「そこまで喜ぶもんかねぇ…」
『西田ちゃん、お客さん、撮りますよー』
「ほら、てきぱき動いて下さい」
『じゃあ、失礼して…』
 
岡山さん(仮名)の手が頭に乗った。そのまま優しく動かされ、いつも通りふわふわタイムへ突入する。
ぽーっとしながら、にへらと笑う。
全くもって俺のキャラじゃないが、気まぐれのサービスだ。これで顧客満足度アップってな。
 
『おっけーでーす。綺麗に撮れましたよ!』
『いやぁありがとう!現像して肌身離さず持ち歩くよ。勿論寝るときもね!』
「気持ち悪いんでやめてもらえませんかねぇ!?」
 
こうして彼は去っていった。出口まで見送った俺を何度も振り返って、手を振ってくる。
 
「…来年、来るならまた俺を指名してくださいね!浮気しちゃ嫌ですよー!」
 
何となく、声を張り上げて言ってしまった。
こんなことを言われるのは意外だったらしく、とても嬉しそうな顔をしてくれる。
 
…勘違いすんなよ。他のウェイトレスじゃ嫌がって即出禁になるだろうから、俺が相手をしてやるだけだ。
ったく、さっさと行ってくれよ。こっちも手振るの疲れるんだっつーの。
どうせまた来年も会えるんだし、さ。
 
両親への配膳が済んだ。二人が頼んだ甘口パスタは意外にも美味いらしく、かなり好評だった。
今度アタシも作ってみようかな、と母さんはノリノリだ。正直見た目のインパクトが強すぎて、全然食欲が湧かなかったんだが。
 
そして今度は涼二たちがお帰りになる番。まだ可愛いと言われていないことを引きずって、どうにもテンションが上がらない。
 
「おい、何ムスっとしてんだよ?」
「…別に」
「OK、お前は今日から西田エリカに改名しろ」
「うるせーぞハゲ!」
「んー?忍?」
 
典子が顔を覗き込んできて、つい目を逸らしてしまう。
中曽根君に可愛いって言ってもらおうね!なんて言いながら、張り切って化粧をしてくれた典子。
その原動力は俺が恋する乙女だという勘違いなのだが、善意であることに違いはない。
 
悪いな典子。お前がしてくれた化粧は無駄になったかも知れん。
この馬鹿、どうでもいい時には不意打ちで言いやがるくせに…肝心な時に言わねぇんだもん。
 
「ふむふむ、そっかそっか。ほら、中曽根君!」
「へ?」
「今日の忍について。何か言うことあるでしょ?」
「ちょ、おい…!」
 
別に言われることなんて…と心にもないことを口の中でもごもご言ってみるが、時既に遅し。
覚悟を決めて涼二の言葉を待つ。
 
「あ、あぁ…アレだ。いつもより可愛いんじゃねぇか。マジで」
 
頬をかきながら照れたように言う。普段はさらっと言うくせに、何故今日は照れるんだ?
まぁ良しとしてやる。胸のつかえが取れた気分だ。
 
「…言うのが遅ぇんだよバァーカ」
「あぁん!?調子に乗るんじゃねぇよこのアマ!」
「でも尻尾は正直だよ?」
「こ、こんなもんアテになるか!」
 
我ながら単純すぎる。涼二の一言を聞いただけで、ニヤけそうになるツラを抑えるので精一杯だ。
それにしても典子の洞察力には驚かされた。
付き合いの長い涼二ですら見抜けなかった俺の本心を、顔を見ただけで察するなんて。
やっぱり典子に隠し事はできないな。
 
「…最後に写真撮るぞ。カメラが無いなら携帯でもいいし、写真部のカメラで撮ってもらって後日配布でもいい。」
「両方は?」
「問題ねぇ。ちなみに撮ってもらうなら1枚50円な」
「そのくらいなら両方がいいかな。カメラ持ってないけど、携帯だけじゃ勿体ないしね」
 
スタッフにそれぞれ携帯を渡す。
ふと思ったが、俺も携帯を渡してもいいんじゃないだろうか。
岡山さん(仮名)の時に気付かなかったのは勿体なかった。一応、何かの記念にはなるだろうから。
 
「俺のもいいっすか?あとこのメンツだし…そっちのカメラでもお願いします」
『はい、お預かりしまーす』
「さぁどうするか。枚数制限はないんだよな?」
「最初にツーショット撮って、それから3人で撮れば良くない?」
「じゃあそれでいくか。藤本、先に撮りな」
「ではお言葉に甘えて!いこっ!」
 
手を引かれてステージに上がり、どんな感じで撮ろうか考える。
典子次第だが、同性なので多少のお触りが許されるのは暗黙の了解だ。
…中には手芸部のような例もあるので危険と言えば危険なのだけど。
 
「じゃあこんな感じでどうかな?」
 
典子が向かい合って腰に手を回してくる。
カメラに対して体を横にし、顔だけをカメラに向ける格好となった。
 
「ぁ、じゃあ…」
「うん、そんな感じそんな感じ」
 
少し躊躇ってから、俺も腕を典子の細い腰に回す。女同士だからこそできる芸当だ。
 
余談だが、世間の天然女性というのはダイエットに余念がない。典子だってそうだ。
こんなに細いのだから気にする必要はないと思うのだが、まだ痩せる気でいるし、そうでなくともキープするのは大変らしい。
その点、俺たち女体化者は違う。全く意識しなくても太らないのだ。この「男に欲情してもらうための身体」は不要なカロリーを蓄積しない。
結果だけ考えれば得なのに、神か何かの意思で身体を操作されている気がして不愉快にも思う。つくづく、俺たちは特殊なのだと認識させられる。
 
『これは素晴らしく百合百合しい構図ですね…』
「おいスタッフさん。何で前屈みになってるわけ?」
『こ、この姿勢のほうが安定して撮れるからです!』
「嘘だろおい!何想像してんだよ!?」
「忍、いいから笑って笑って!」
「お、おう…」
『…はい、撮れました!続けていきまーす!』
 
スタッフは前屈みになりつつも、流石の手つきで携帯やカメラを次々と持ち替えながら俺たちの写真を撮っていく。
 
…少し前まで俺はこの、目の前で楽しそうにしている女に惚れていた。
どちらかにあと一歩の勇気があれば今頃こうしていることはなかっただろう。
お互いがヘタレだったばかりに、実らなかった恋。あの頃の気持ちは嘘のように薄れ、今では良き友人として付き合えている。
人生なんて本当にどうなるものか分からない。
 
そして、薄れた筈の気持ちの行方。もしかしたら…涼二に向きつつあるのかも知れない。
そう思いながら、それは勘違いだとも思う。しかし、それでも。
精神が安定してないからだとか、風邪みたいなもんだとか。
散々否定してみたが、終わりの見えない、それどころか膨らむ一方のこの感情に負けそうな自分がいる。
 
負けって何だ。負けたらどうなる?
…涼二が好きだって、認めるってことだろ。冗談じゃねぇ。
 
『お疲れ様でした!こちらのカメラで撮った写真は、また後日配布しますので。代金はその時にお願いします』
「ありがとうございましたー!」
「どーもです。じゃ、次は涼二な。かかって来やがれよ」
「上等だぜ。ヒィヒィ言わせてやんよ」
 
意味不明な会話をするのも、いつものこと。
男の頃から続くこの関係は死ぬほど居心地がいい。でも負けを認めたら、このままでいられなくなるんじゃないだろうか。
 
…コイツは幼馴染で親友。ドキドキしたりするのは精神が安定してないからで、風邪みたいなもん。
そうだと思うが、そうじゃないかも知れない。考えるだけで疲れてしまう。
判断するにはまだ早いんだ。もう少し様子を見ればいい。
 
「男が藤本みたいな撮り方するわけにはいかんよな。普通に撮ればいいか」
「あ、あんな撮りかた…したいのかよ?」
「んん?してほしいのか?」
「てめぇ…!質問を質問で…」
「カメラさん、今だッ!」
『よしきた!』
「返すなあーっ!!…え?」
 
光の速さで押されたシャッターは、俺が怒りの形相で涼二に掴み掛かったシーンを的確に捉えた。
唖然としつつ、ふと先程も似たようなことがあったのを思い出す。
 
「俺はキレてる時が一番自然体なんですかねぇ!?さっきは助かったけど今はそういうシチュじゃねぇだろ!」
「一枚くらいはこんな写真も撮っとかないとな」
「ったく…いつもいつも…」
 
気を取り直してもう一枚。
ほんの少しだけ涼二に身体を寄せる。拳二つ分くらいの距離なのに、妙に恥ずかしい。
いつも一緒にいる時は、腕と腕が触れそうな距離でもお互い平然としているのに。
変なことを考えていたせいか、それを意識してしまうと全然ダメだ。
 
『ではもう一枚いきますよー』
「何か遠くね?苦しゅうない、近う寄れ」
「にょわっ!?」
 
頭をぐいっと引き寄せられ、姿勢は涼二の脇に抱えられたような格好に。
涼二の匂いと感触に脳がやられる。そのくせ、全身が燃えるように熱い。
見上げると涼二は歯を見せて笑って、既にカメラへ向かってピースをしていた。
 
くそ、このまま撮る気満々じゃねぇか…!こうなりゃヤケだ!
 
『おっけーです!いい表情ですねー、続けていきますよー!』
「思い出はプライスレス!ってな!」
「喋ると声が写真に写るぜ?」
「んなわけねーだろ!」
 
…ヤケクソで無理矢理笑ったつもりだったのに、いつの間にか自然な笑みになっていることに気が付いた。
やっぱりコイツの匂いと温もりは、俺を落ち着かせる効果があるらしい。
 
涼二。お前は俺の何なんだろうな…。
 
楽しいと思ってしまったことは認めるが、着慣れた制服は何と着心地の良いことか。
あれから三人で俺を中心に写真を撮った。二人が帰った後は、両親とも撮った。
母さんはカメラを向けられると反射的にウ〇コ座りをし、カメラに向かってメンチを切りだしてスタッフを困らせた。
身体に染み付いた若い頃の癖で、同じようなポーズで撮った写真がチャンプ〇ードに載ったこともあるらしい。
親父曰く、結婚式で写真を撮るときもそうだったとか。
「ウェディングドレス+ウ〇コ座り+メンチ切り」を想像して笑いを堪えることが出来ず、
母さんにアイアンクローを食らったり食らわなかったり。
そんなドタバタがありつつ、その後も続々と来た指名客やフリー客の相手をして。振り返ればあっという間に終わってしまった気がする。
…繰り返すが、認めよう。楽しかったよ。
 
とは言え動きっぱなしで疲れてしまったので、今は一人で自販機に飲み物を買いに来ている。涼二との約束の時間までは小一時間あるし、
少し休憩しよう。
腹が減ったがこの後は出店巡りだ。今食ってしまったら勿体ない。
 
自販機に向かって愛用の財布を取り出す。
今だに男物の長財布だったりする。入学祝いに両親が買ってくれた物だ。当時はまだ男だったからな…。
チャラ男ブランドなどとよく言われているが、これは比較的大人し目のデザインで気に入っている。
今の俺には似合わないと知りつつも、せっかく買ってもらった物だし。
 
さて、どれを飲もう。
疲れたから…ここは安定のリ〇ルゴールドか。
硬貨を取り出しいざ投入…しようとしたところで、突然横から伸びてきた手が硬貨を投入した。
 
横入り…するほど混んでないのに。どこのどいつだ?
母さん程ではないが、遺憾の意を込めて手の主を睨みつける。
 
『何飲む?』
「…は?」
『奢るよ。好きなの選んで!』
 
他校の制服を着た男の二人組だった。
近くの高校の制服。確かこの学校の制服には学年章がついていた筈だ。
学年章は…これだ。1年。タメか。
 
着崩した制服や、今風の髪型。二人ともなかなかのイケメンで、遊び慣れている雰囲気を醸し出している。
DQNっぽくはない。
 
「…えっと。ナンパか?悪いけど俺、元男だから」
『財布見ればわかるって。女の子でその財布はなかなかいないっしょ?』
『ってことで、一本どぞー』
 
完全に相手のペースに巻き込まれている。でも俺が元男だと分かった上で奢ってくれると言うし…。
 
「じゃあ…これで。ありがと」
『はは、こりゃまたチョイスが男気に溢れてんね』
「リ、リ〇ルゴールドなめんなっ!」
『いやいや、俺も好きだけどさ。美味いよね』
 
つかず離れずの距離感で会話を盛り上げてくるイケメンたち。
所謂肉食系といったオーラもなく、こちらに警戒心を与えない。
あ、何か、何だか…。
 
『もしかしてさ、にょたいカフェってやつに出てたりした?』
「今終わったとこ。アンタらも行ったのか?」
『いや、行こうと思ったんだけどね。かなり並んでたから諦めたよ』
『でも君みたいな可愛い娘ばっかりなんだろ?しかも衣装もエロいらしいし。やっぱ行くべきだったかな』
「か、可愛いとか…別に…」
『あー照れてる照れてる!ホント可愛いな!』
 
女体化者に抵抗はないらしいし、イケメンだし、そんな連中に可愛いなんて言われて。
嬉しいっつーか…やべぇ、ちょっとドキドキする。
 
今日は知らない人に散々言われてきた言葉だけど。
お互いにょたいカフェというイベントによってわぁーっと上がったテンションで言われるよりも、
こういった落ち着いた雰囲気で言われる方が破壊力があるような気がする。
イケメンっぷりは、涼二と同等。涼二がなかなか言わなかった言葉をあっさりと言うこの二人に、惹かれていく自分がいた。
 
『今から暇?良かったらさ、色々案内してくれないかな?』
 
…嬉しいけど、ダメだ。涼二との約束があるから。
 
「ごめん、ちょっとこの後は先約があって」
『もしかして彼氏?はぁ、羨ましいぜー』
『ま、しょうがないか』
 
あっさり退く辺りも好感が持てる。普通ナンパなんてしてくる連中は、しつこいと相場が決まっているものだ。
こういうタイプは珍しい…のか?
 
「彼氏じゃないっ!…ただのツレだよ」
『そうなの?じゃ、悪いんだけどさ。…実は俺ら煙草吸いたくて。どこかバレない場所知ってたら教えてほしいんだ』
「あぁ、それなら…運動部の部室裏とかならバレないんじゃなかな」
『部室裏とはまた定番だね。えーっと、場所が解らないな。少し時間があれば案内してもらえない?』
 
周りを見渡し声を潜めて、煙草を吸いたいと言う二人。
涼二との約束まではまだ少し余裕がある。この二人を部室裏まで案内する時間ならありそうだ。
気持ちの良いナンパをしてもらった礼がてら、もう少し付き合うのもアリかも知れない。
 
「いいよ。こっち、行こう」
『そうだ、名前教えてくれよ』
「西田…西田忍だよ」
『西田ちゃんねー。宜しく!』
 
何だ、良かった。やっぱり俺も典子も、勘違いしてたんじゃないか。
別に涼二じゃなくてもドキドキ出来る。アイツだけが特別なわけじゃないんだ。
 
…そうと分かって安心した筈なのに、胸がちくりと痛んだ。
 
忍のヤツ、何考えてんだか。
女になってただでさえキチガイじみた可愛さだってのに、あんな格好で化粧までして「可愛い」って言わせるなんてよ。
言うまでもねーだろうが。言わなきゃ分かんねぇのか?
 
今まではまぁ、客観的事実を述べてるつもりで言っていたからあまり抵抗がなかった。
格好いい男友達に「お前ってイケメンだよなー」と軽口を叩くようなものだ。
 
…それが忍ときたら、最近妙に「女」っぽくなってしまった。
アイツは女になってからというもの、何だか色々危なっかしい。だから幼馴染兼親友としてサポートしてやるつもりだったし、実際そうしてきた。
いつまでも一緒にいて、今まで通りに馬鹿なことを言い合って。…でもアイツに何かあれば、俺が助けて。
別に男同士でこういう感情を抱いたっておかしくはない。文字通りで捉えたら気持ち悪いかも知れないが、親友とはそういうものだ。
 
そんな感じでずっと男友達としてやってきたのに、女っぽくなった忍を相手にすると、どうも調子が狂う。
そして調子を狂わせている要因が、もう一つ。
 
「中曽根君は、忍のことどう思う?」
 
藤本典子。
忍が男の頃から、少し前まで惚れていた女。
俺は薄々感づいていたが、結果的にやはり両想いだったらしい。その経緯は忍から聞いた。
そんな藤本が、ここ最近ちょくちょくこんな質問を投げ掛けてくるのだ。その度に考えさせられることがある。
 
「どうって、ただのツレだっての。つーか何回目だよその質問…」
「だってー。あんなに可愛い女の子といつも一緒にいて、何とも思わないのかなって」
「そりゃ可愛くなったとは思うけどな。女になっても忍は忍だぜ?幼稚園の頃から一緒にいて、今更どうもこうもねぇよ」
 
…と、思っていた。なのに、最近の俺はおかしい。
アイツが近くにいるときの、ふわりとした女のいい匂いが好きだ。細いくせに柔らかそうな身体は油断すると抱き締めたくなるし、
先日アイツが作ったカレーはこの人生で食った物の中で一番美味かった。
 
忍が女体化してすぐの頃、アイツの胸を揉んだことがあった。
今夜のオカズにするくらいは構わん…みたいなことをアイツは言って、俺はAV女優に脳内変換して云々みたいなことを言ったと思う。
確かにあの晩、俺はアイツをAV女優に脳内変換しつつオカズにした。
それから暫くは何ともなかったのに、ここ最近はあの感触を思い出してはヌいてしまう。それもAV女優じゃなく、アイツのままで。
 
本当におかしい、最近の俺は。どうかしてる。
ツレをそんなことに使って、毎回後悔しているのにやめられない。それをアイツが知ったら…嫌われるだろうか。
 
「もし忍に彼氏ができたらどうする?」
「そうなったら俺とは遊ばなくなるのかね。そしたら寂しいよな、まぁツレとしてさ」
「ふーん…」
 
―――藤本の言葉に、胸を抉られたような感覚を覚える。…俺は何もおかしいことは言ってない。ツレとして寂しいんだ。そうだろう?
 
「忍、もう終わった頃じゃない?この後は二人で出店巡りだっけ?」
「そうだな。そろそろ電話してみるか」
 
携帯を取り出しボタンをプッシュしようとしたところで、委員長が現れた。
 
「中曽根、ちょっといいか。藤本女史は…すまないが外してくれると有り難い」
 
いつものふざけた雰囲気はどこへ行ったのやら。コイツの真剣な顔は珍しい。
 
「メンズトークってやつ?仕方ない、お邪魔虫は退散するとしますかっ」
 
藤本はいつもニコニコとして脳天気そうに見えるが、あれでいて頭の回転が速い女だ。
委員長のただならぬ雰囲気を察し、周囲に感づかれないように場を離れていった。
周りを気にするように周りを見回した委員長は、結局教室から俺を連れて出る。
俺たちのクラスのクレープ屋にも、未だ客は絶えない。両隣のクラスが出している出し物も同様で、廊下には人が溢れんばかりだ。
 
人気のない場所なんて、今日は閉鎖されている屋上へと続く階段の下くらいで。そこまでやってきて、漸く口を開いた。
 
「んで。どうしたんだよ?」
「…実はな」
 
委員長は声を潜めて話しはじめた。
 
やられた。完全に詰んだ。
 
つい先程。二人を部室裏まで案内し、西田ちゃんも一本どうかと誘われて貰うことにした。
ここでも二人に「吸いっぷりのギャップがいい」とかでおだてられ、ちょい悪なイケメンたちと学校で煙草を吸うという背徳感に、
少し興奮していた。
異変が起きたのは…吸い終わって、さぁバレないうちに戻ろうという時。
 
二人が妙にボディタッチを…それも、胸や太股にしてきたのだ。流石に初対面の男にそこまで許すほど軽い女ではない。
失望し、こんな連中にドキドキしてしまったことを呪いつつ振り払って逃げようとしたが、羽交い締めにされて口を押さえられた。
そして今に至る。
 
『こんなとこまで付いてきて、てっきり『その気』かと思ったんだけどな』
『つーわけで俺らとしては、当然こういう展開にせざるを得ないわけ。わかるだろ?』
「ん゛ーっ!んんんーッ!」
 
そんなのわかるわけがないが、がっちり口を押さえられて声が出せない。
そうしている間にも二人の手は触手のように俺の全身を這い回る。
 
…気持ち良くなんてない。むしろ気持ちが悪い。
あぁ、良かった。こんな状況で気持ち良く感じる程節操のない身体だったとしたら、俺は自分自身を呪い殺したい衝動に駆られるところだった。
同じ男でも涼二とは全然違う。アイツが前に触った時はもっともっと優しくて、嫌な思いなんてこれっぽっちもしなかったのに。
比較してみたところで、状況は好転しないけど。
 
この状況は、俺にも落ち度がある。人気の無い場所を求められた時点で、気付くべきだった。
あそこで拒否をしていれば、この二人は恐らく諦めていた。
つかず離れず、あっさり退いて。釣れればラッキー、あわよくば食ってしまえ。騒ぎは起こしたくねぇんだ。
そんな意思が、今思えば現れていたではないか。
どうしようもない、馬鹿な俺…!
 
『さて、いつまでも口押さえてるのはこっちもしんどいからな。声を出せねぇようにするか』
 
後ろの男がそう言うと、前の男がスカートをめくった。そのままハーフパンツに手をかける。
何をされるかなんて分かってる。脱がされるんだ。…どうしようもない、恐怖。
 
…嫌だ、お前らなんかに見せてたまるか!汚らわしいクズどもめッ!この、この…ッ!
 
「ん゛ん゛ん゛ーーーッ!ん゛あ゛ぁああ!」
『うぜーよ!大人しくしてろ!』
「う゛ッ、げッ…!ぁ…!」
 
必死で、それはもう必死で、この状況で唯一可能な前蹴りをひたすら繰り出す。
一発二発と正面の男の足に当たるが、大した威力もない蹴りは相手を逆上させるだけだった。
鳩尾に、拳が繰り込む。酸素を全て吐き出してむせ返る。蹴りを入れるための力すら入らない。
それでも相手はきっと、手加減をしてる。相手が素人だとしても…男が本気で殴ってきたら。
この小さくて、まるで玩具のような身体は壊れてしまう。
 
相手だってそれを分かってる。こんなクズどもに情けをかけられて、それが、悔しい。
本気で、この身体が恨めしいと思った。
 
だらりと力の入らない身体を後ろの男に支えられ、今だとばかりに前の男がハーフパンツとショーツを一緒に下ろす。
うっすらと毛の生えた陰部を晒す。容赦なく片足を持ち上げられ、一度も男を受け入れたことのない性器すらも。…涼二にだって、見せてないのに。
気が付いたら、頬を涙が伝っていた。
 
『んじゃ、ぱしゃりっと。よっし、大声出したらこの写メばらまくからね?そのつもりで宜しく』
「っ…」
 
携帯で、写真を撮られた。
口は解放されたが、結果としてより強固に拘束されたことになる。
 
…男の頃にAVでレイプ物を見たことがあった。気分が悪くなってすぐ見るのをやめたけど。
それを俺が、今からされるのか?
純潔がどうのとか、深く考えたことないけど…。
でも、こんな理不尽なことがあっていいのかよ…!
嫌だっ…!
 
『おい、コイツ泣いてるぜ」
『元男がいっちょ前に女気取りか?キモいなマジで』
『女体化野郎はちょっとおだててやりゃあ隙だらけになるから喰いやすいって、噂はマジだったな』
「…が…だよ…!」
『んん?聞こえねーよ?』
「俺が、俺たちが、何をしたってんだよ…!何でてめぇらの慰み者にならなきゃならねぇ…!?」
 
男として生きてきて、女になって。
やっと女として生きていくことに慣れたと思えば、こんなところで、今にもレイプされそうになっている。
勿論、初めから女だったとしてもレイプなど受け入れられる筈はない。でもこいつらは、明らかに俺たち女体化者を狙っていて。
聞いたって意味はないのに、言葉にせずにはいられなかった。
 
『だってお前ら、キモいしうぜェんだもん。中身は童貞野郎のくせに、美少女ヅラしやがってよ』
『美味そうな身体してるってことだけは認めてやるよ。だから俺らが喰ってやろうって言ってんの』
『お前らって、男として欠陥品だから『産むための身体』にさせられたんだろ。だったらこうなるのは自然の摂理じゃね?ひゃはは!』
『安心しろよ、ガキでも作られたら後味悪ィ。そうはならねぇようにしてやる。ま、どうせ処女なんだろ?『その時』のための練習と思っとけよ!』
「な、な…ッ!!?」
 
頭の中が真っ白になる。
こいつらにとっては、俺たち女体化者が存在していること自体が不愉快で。だからこそ、身体だけは絶品であろう俺たちを性欲の捌け口にしようとしている。
女体化者を露骨に嫌う人間。それが、こいつら。色んな感情が渦を巻くのに、結局言葉は一つだって出てこない。
 
相変わらず二人は好き勝手言いながら、ブレザーとブラウスのボタンを外していく。
無理矢理脱がして衣服に傷をつけないのは、後で騒ぎになるのを避けるためだろうか。
 
こんな時、母さんなら簡単にこいつらを叩きのめすだろう。植村や典子なら、そもそもこんな連中に引っ掛かってないだろう。
引っ掛かるのはこの二人の言う通り、女体化者の中でも女歴の浅い俺のような奴。男の頃はちやほやされることなどなかったのに、
女になって180度変わった人生。
少し褒められただけで舞い上がってしまう、俺たち。
 
こんな場所で、こんな連中相手に俺は処女を散らすことになるのかな。
逆に、俺はどんな状況なら良かったのかな。
…愛する人と、自分か相手の部屋のベッドで。制服プレイより、最初は二人とも丸裸で。
優しく頭を撫でてもらって、キスをしてもらって。痛くないか?大丈夫か?なんて、心配してもらって。
肝心のその相手は、絶対に。
 
…相手の顔を思い浮かべようとした、その瞬間。
ブレザーのポケットに入れておいた携帯が振動した。このタイミングで電話を掛けてくる奴は、アイツしかいない。
 
「…ッ!涼二…ッ!」
『あ、てめぇ!おい、口押さえとけ!』
 
一瞬の油断を突いて携帯を取り出し、通話ボタンを押す。ディスプレイに表示された「中曽根 涼二」の文字。
とにかく、場所だけでも、場所だけでも伝えないと…!
 
『忍?今どこだ?一人なのか?』
「ん゛んんーッ!んー!」
『…!忍ッ!忍!?』
 
またも羽交い締めにされ、口も塞がれる。携帯を正面の男に取り上げられそうだ。
部室裏。このたった一言が出せない。
携帯は今にも奪われようとしている。歯を食いしばって必死に両手で力を込めても、携帯は徐々に俺の手の中から抜けていく。
 
『この…!』
「…ッ!」
 
いくら頑張ったところで、男の力に勝てるわけがない。無情にも、ついに頼みの綱は正面の男の手に渡ってしまった。
 
『ったく…おい、これどうやって電話終わらせんだ?』
『スマホなんて使ったことねぇから…』
 
二人が通話を終わらせようとヒソヒソと話をしている間にも、電話のスピーカーからは涼二が俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
 
―――握り締めた右手を、そっと開く。
勢いよく携帯を引き抜かれたせいで、この頼りない、だけど最後の希望が手の中に残った。
 
「…ということだ。そろそろ西田も上がる頃だろう。一緒に行動してやれ」
「あ、あぁ…そうするわ」
 
委員長の話によると、「女体化狩り」を目論む連中が紛れ込んでいる可能性があるらしい。
比較的警戒心のない…要は「落としやすい」とされる女体化者を狙ったレイプ集団。
実際他校で被害があったそうで、風紀委員から警戒せよと通達があったそうだ。
 
忍に限って、というのは根拠のない希望的観測に過ぎない。
勿論忍以外はどうでも良いとは思わないが、少なくとも武井と小澤はもう教室に戻って、にょたいカフェが楽しかったという話で盛り上がっている。
 
…嫌な予感がする。改めて携帯の電話帳から忍を呼び出し、祈るように通話ボタンを押す。
数回のコール音の後、通話が繋がった。取り敢えず連絡がついたことに安心し、不安がっていたことを悟られないように話を切り出す。
女体化狩りの話を委員長にされて心配してた。そんな話をしたら、アイツはまた俺を馬鹿にして笑うだろうから。
 
「忍?今どこだ?一人なのか?」
『ん゛んんーッ!んー!』
 
―――意味が、分からなかった。忍であろう相手が発する声が、言葉として理解できない。
そして気付く。くぐもった声。それは、明らかに異常な事態を示していた。
全身の血の気が引いた。携帯を握る手から汗が吹き出る。忍が、まさか…!
 
「…!忍ッ!忍!?」
『ん゛あ゛、あ゛ーーん゛ーーッ!』
「おい、何かあったのか!?どこにいるんだ!」
 
応答はない。聞こえるのは忍のうめき声と、争っているような物音。冗談だって、こんなリアルな雰囲気は出せるわけがない。
認めざるを得ない。十中八九、忍は女体化狩りの連中に拘束されている。何て間の悪い…!
 
せめて場所さえ分かれば。ただでさえ人の多い文化祭だし、仕事を終えたばかりで校外に出たとも思えない。
だとすれば強姦に及べそうな人気の無い場所は限定されるだろうが、それでも候補は幾つかある。
一つ一つ回っている余裕なんてあるわけがない。どうしたら、どうすれば、忍を助けられる?
 
「くそっ、忍…!どこにいるんだよ…!」
 
問い掛けとも自問ともつかない言葉を吐きつつ拳を壁に叩き付けた、次の瞬間だった。
携帯のスピーカーから大音量で警報音のような音が聞こえ、反射的に耳から遠ざけた。電話がぶっ壊れたのかと思ったが、違う。
 
この音…俺がアイツにふざけて渡した、防犯ベルの音…!
 
近くの窓を乱暴に開け放ち顔を出す。周りの人々は訝しげに俺を見てくるが、そんなことは気にしていられない。
耳を澄ます。バクバクと爆音を奏でる心臓が邪魔に思う。いっそのこと、今だけは心臓だって止まればいい。
落ち着け、聞くんだ。忍が助けを求めて縋った、ベルの音を。
 
―――聞こえた。この方角で人気のない場所と言えば。
 
「部室裏…!」
 
そこまで確認したところで、音は止んだ。ベルが壊されてしまったのかも知れない。通話もいつの間にか切れてしまっている。
 
「…中曽根君?何かあったの?」
 
藤本が様子を見に来た。委員長が教室に戻ったのに、一向に戻らない俺を不審に思ったか。
俺の表情から、何か良からぬことがあったと確信しているだろう。
 
「…何でもねぇ。悪ぃ、ちょっと急ぐわ」
「嘘だよね?忍に何かあったんじゃないの!?」
「話してる暇はねぇんだよ!」
「中曽根君ッ!」
 
藤本を振り切って走り出す。荒事になるかも知れない。相手の人数も分からないし、俺は殴り合いの喧嘩なんて兄貴としかしたことがない。
その兄貴との喧嘩だって一回も勝ったことがない。
 
…それでも、行くしかないんだ。助っ人を呼べば良かったかと一瞬思ったが、最早その時間すら惜しい。コンマ一秒でも速く、アイツの元へ。
もうちょっとだけ待ってろよ、忍。―――幼馴染として、親友として。
 
俺がお前を助けてやるから。
 
防犯ベルの効果は確かにあった。
二人組は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたかと思えば、一目散に逃げの体制に入った。
普通ならこれで終わり。防犯ベルが無事に作動したことに感謝して、めでたしめでたしだ。
…でも今は、このままこいつらを逃がすわけにはいかない。二人のうちの背が低い方。
こいつの携帯に収められた画像を消さないと…!
 
「待てくそ!携帯!よこせッ!」
 
こちらに背を向けて逃げる男の脚に飛び付いて転ばせる。転んだ拍子に全身のあちこちを打つが、痛みなど感じない。
 
『ぐぁっ、離せ!』
『おい何やってんだ、早く行かねぇと人が来るぞ!』
『だったらこの女を剥がすのを手伝…いや、先にあのベルをぶっ壊してくれ!人が来たらヤバいッ!』
 
ポケットに入った携帯に手を伸ばそうと必死に足掻く。
幸い転んで不安定な体制でいるせいで、俺を振り払おうとする力は弱い。が、それでもしがみつくのが精一杯だ。
二人して芋虫のように地面でのた打ち回っているうちに、背の高い方の男が地面に転がった防犯ベルを踏み潰してしまった。
 
『こんなもん持ってやがると思わなかったぜ…壊したところで人が来るかも知れねぇな…オラッ!さっさとどけッ!』
「痛ッ…い、嫌だ…!携帯を…ッ!」
『ふん!あの画像は後でしっかりバラ撒いてやるから安心しろよ!』
 
背の高い方には髪を掴まれ、背の低い方には空いている脚で蹴りを入れられ。
 
―――何やってんだろ、俺。
舞い上がって、こんなクズに釣られて。あられもない写真を撮られて、みっともなく地面に這いつくばって、蹴られて、頭を振り回されて。
諦めたくないのに、諦めたらどうなるかなんて分かってるのに。女のこの身体はもう限界が近い。痛みに負けて、手が離れそうだ。
 
『しつこいんだよ…!』
「ぁぐっ!」
 
背の高い男に首を絞められた。息ができない。力が抜ける。
ついに、手を離してしまった。
 
『手こずらせやがって…行くぞ!』
『じゃあな童貞女!』
「げほっ、がはっ…!」
 
ダメだった。
俺の画像は、きっとネットかメールでバラ撒かれる。
どこの学校の誰かまで、補足付きで。処女は失わなかったとは言え、画像をバラ撒かれるのとどちらが「最悪の結果」だっただろうか。
 
立ち直れる…のかな。俺…。
 
ぼーっと去っていく二人組を眺めていると、その向こう側から猛然と走り寄って来る男が見えた。
―――お前は、やっぱり。いつもいつも俺を助けてくれるんだな…。
 
「うおおおおッ!忍に何しやがったああァッ!!」
『今度は何だよ…!誰だてめぇは!あぁ!?』
「てめぇが誰だってんだよ!」
 
涼二は走ってきた勢いに任せて、大きく振りかぶった拳をがむしゃらに繰り出す。
しかし、相手はそれを避けて涼二の鳩尾にカウンターを見舞う。涼二の身体が折れる。そのまま頭を抱えられ、鼻先に膝蹴りが直撃する。
俺の知る限り、涼二は殴り合いの喧嘩などしたことがない。それに対して相手は喧嘩慣れしているような身のこなしだ。
そんな相手2人に、涼二が勝てるわけがない。
 
「げぁ、く、そっ…!このッ!」
『弱ぇくせに突っ掛かってくんじゃねーぞ!』
『このくらいにしとこうぜ。これ以上人が来たらヤバい』
「に、逃がすかよ…ぐっ…」
 
二人掛かりであっという間に痛め付けられ、涼二の鼻や口からは早くも血が流れはじめた。
相手はもう逃げようとしているのに、立っているのすら辛そうなのに。
それでもまだ相手に掴みかかる。そしてまた、殴られて。
 
―――もう、嫌だ。もう見ていられない。涼二にこれ以上迷惑をかけられない。
ただの喧嘩でも、当たり所が悪ければ死んでしまう可能性だってある。
…俺が諦めれば、それで。
 
「涼二っ…!もういい…!やめろよ…!」
「うおおおおおッ!!!良くねえええッ!!!!」
「お、俺は何もされてねぇから!お前がくれた防犯ベルのお陰で!まだ何もされてないッ!」
 
俺の言葉で一瞬、涼二に隙が生まれた。
 
「…だからって、見逃せるかよ!」
 
力を入れ直しても、もう遅い。
相手は涼二の腕を難無く振りほどき、逃げられることを確信したらしい。こちらに背を向けて顔だけ振り向き、勝ち誇ったように言い放つ。
 
『てめぇの女の画像が、ネットで全世界に公開されるのを楽しみにしとくんだな!』
 
余計なことを、と思った。
涼二にこれ以上痛い思いをさせたくないから、せっかく逃がしてやろうと思ったのに。
―――そんなことを言ったら、きっと涼二は許さない。
 
「何もされてなくねぇじゃねーかああッ!忍ぅッ!てめぇ後で説教だかんなッ!」
 
既にフラフラな脚に力を込めて、涼二が走り出した。
そのまま俺がやったのと同じように、相手の脚にタックルして押し倒す。
 
『くっそが!しつけぇぞてめぇぇッ!』
『死ねオラッ!』
「がッ…!撮ったって、携帯か?カメラか?ぐっ、どっちでも…いい…!渡せってんだよ…!」
 
一発、また一発。
涼二の顔面に拳や蹴りがめり込む度に、顔の形が変わっていく。
俺が何を言っても涼二はこいつらを逃がさないだろうし、かと言って今の俺が加勢したところで何の足しにもならない。
典子か誰かに連絡して、教師でも呼んでもらわないと終わらない。本当に涼二が死んでしまうかも知れない。
携帯、俺の携帯…!どこだよ…!
 
「おーおー。随分楽しそうなことしてるじゃねぇの。アタシも混ぜてくれねぇか」
 
―――地面に落とした携帯を拾って、震える指で電話帳を呼び出したところだった。
涼二が袋叩きにされている、その向こう側。いつの間に現れたのか、一人の「女の子」が立っていた。
 
『何だこいつ!?あの童貞女にそっくりだぞ!』
『姉妹か?ハッ、のこのこ出てきて助っ人のつもりかよ!』
「あ、それってアレだろ。えーっと何だっけ?最近の若ぇのがよく言う…えっと、死亡フラグ?だっけ?」
『…ざけんじゃねぇぞアマぁ!』
 
いつものニヤニヤ顔で煙草を咥えて。
いつもと違うのは、その目だった。野生の猛獣を連想させる、獰猛な目付き。
 
「まぁ何だ。ただのガキの喧嘩なら大人がでしゃばるのは筋違いだけどよ」
「あ、秋代さん…!?」
 
ニヤニヤとした笑みが消える。
 
「―――お前ら、やっちまったな。俺の娘に手ぇ出して、更にそのダチを袋にしてよォ…!」
『…!?この女、あいつの…!?』
 
いつもは「アタシ」が一人称の母さんが「俺」と言っている。本気でブチ切れているサインだ。
小学生の頃に万引きがバレて、母さんにボコボコにされたことがあった。その時に「俺」と言っていたっけ。
 
「ちょいとこの『鬼の柴猫』と遊ぼうやッ!躾の時間だクソガキがッッ!」
 
躾という名の狩りが始まった。
 
 
 
「…ふんッ!最近のガキはクソ弱ぇ。話にならねぇぜ!」
 
まさに電光石火だった。
母さんの足元には、ボロボロになった二人が転がっている。
 
「…あ、秋代さんッ!」
「ん。どうした?そんなおっかねぇ顔して」
「何やってんすか!?お腹の赤ん坊に何かあったらどうするんです!?」
 
我に返った涼二が母さんの肩を掴み、食ってかかる。珍しい構図だ。
母さんはまさか涼二に強く言われるとは思っていなかったらしく、驚いた表情を見せた。
が、またすぐに意地悪そうな顔に戻ってしまった。
 
「やれやれ。ごもっともだけど、そういうセリフはもっと腕っ節を鍛えてから言ってほしいもんだね。んー?」
「う、それは…お恥ずかしい…」
「…なんて、冗談だよ。そんな真っ直ぐな目で説教するのはやめてくれねぇか。年甲斐もなく、ちょっとときめいちまうだろ」
「説教なんて、そんなつもりは…すいません。でも、助かりました」
「気にすんなよ。ガキの頃からずっと見てきたけど…アンタ、本当に良い男になったね。怪我だって男の勲章さ」
 
母さんは涼二の背中をバンバンと叩き、目を細めて笑った。
 
「さて…どうすっか、こいつら。おいクソガキ、死んだフリしてんなよ。手加減したから気絶もしてねぇ筈だ」
 
倒れた男の頭を爪先で小突きつつ、俺に問う。
 
『ぐえっ…!』
『あれで…手加減とか…マジかよ…』
「…取り敢えず、撮られた写真だけ消せれば。俺はいい」
「甘ぇぞ忍。取り敢えず誰か教師を呼ぼう。そうすりゃこいつらの学校に連絡がいって、適切に罰される」
『そ、それだけはやめてくれ!退学になっちまう!』
「ナマ言ってんじゃねぇぞガキぃッ!骨の一本二本折られなきゃ分からねぇのかッ!おぉッ!?」
『す、すいません!もう、勘弁して下さい…!うぇっ…』
 
母さんが足で頭をぐりぐりと押さえ付けているため、男の口の中は血と砂利にまみれている。
自分がされたことを忘れたわけではないが、気の毒にすら思えてしまう。
いや、それは甘いだろう。こいつらに情けをかける義理はない。
 
…けど。
 
俺としては、あまり大きな騒ぎにしたくない。せっかく皆が楽しんでいる文化祭を、馬鹿な俺のせいで台なしにするのは嫌だ。
直接関係なかったとはいえ、女体化者を狙うこの手の連中がいると知れたら。来年、にょたいカフェはできなくなってしまうのではないか。
 
お客は皆喜んでくれて、俺たちだって楽しくて。
手芸部の人々は、俺たち女体化者を可愛くするために徹夜で衣装を作ってくれて。
変態タキシードとは約束した。また来年会うんだって。
母さんも来年は、俺とお揃いの服を着て、大好きな親父に見せるつもりでいて。
典子は俺のために化粧をしてくれて。
涼二は俺を可愛いと言ってくれて。
 
―――そんな皆が幸せでいられるイベントは、最初で最後となってしまうのではないか。
 
「…なぁ。お前ら、初犯か」
 
あまり意味のない質問かも知れない。嘘をつかれたらそれで終わってしまう。
 
「ごまかそうったって無駄だからな。こういうのは調べりゃすぐ分かるんだ。もし嘘だったら…骨くらいじゃ済まさねぇ」
 
すかさず母さんがフォローを入れてくれる。これだけ凄まれれば嘘など言えないだろう。
 
『は、初めてです!本当に本当です…!』
『女体化者はコマしやすいって、噂で聞いて…』
「…チッ、クソ面白くねぇ噂だぜ」
 
母さんは眉をひそめて新しい煙草に火を着けるが、否定もしなかった。何か心当たりがあるのかも知れない。
 
「…なら、もういい。画像消すから携帯よこせ。それが終わったら、さっさと消えてくれ」
 
俺は本当に馬鹿だ。
ちやほやされて、浮かれて。その結果、こんなクズ野郎の本性を見抜けなかった。
涼二がくれた防犯ベルが無かったら、あのままやられていた。
涼二が最初に駆け付けてくれなかったら、母さんが来る前にこいつらに逃げられて、画像はネットの海をさ迷うところだった。
 
全部、涼二のお陰だった。
 
「…ありがと。二人とも」
 
レイプ魔二人を解放した後、改めて涼二と母さんに礼を言った。
 
「珍しく殊勝だな。まぁこんなことがありゃあ、流石に効いたか」
「…ところで秋代さん。何でここが分かったんすか?」
「あぁ…ったく、来んなっつったのに来てやがる。藤本だっけ?アイツに言われたんだ」
 
母さんが親指でくいっと背後を示す。
見ると、いつからいたのだろう。校舎の陰から不安げにこちらを覗く典子がいる。
バツが悪そうに一瞬目を伏せだが、すぐにこちらに駆け寄ってきた。
 
「忍…忍…!」
「ごめん典子、心配かけた。涼二と母さんが来てくれて、大丈夫だったから」
 
俺をぎゅうっと抱きしめた後、乱れた服を直してくれる。
直しながら、典子と母さんが順を追って話しはじめた。
 
典子は涼二が血相を変えて飛び出したのを見て、俺に何かあったと確信したらしい。
そして情報の提供元である委員長を問い詰め、教師を呼びに行く最中に親父と母さんに出くわした。
その時、親父はたまたま知り合いに会って話し込んでいたところで、母さんは暇を持て余していたそうだ。
典子が母さんに事情を耳打ちして親父を向かわせてくれと頼んだそうだが、母さんは拒否。
「だってアイツ、喧嘩なんてからっきしだぜ?使い物になるかよ」、
「アタシが行くから克巳には言うなよ、色々うるせーから。あー、あと先公にも言うな。嬢ちゃんは大人しく待ってろ」とだけ言い放って、
駆け出したそうだ。
 
「つーわけで、克巳はこのことを知らねぇ。安心しろ」
「…親父はいいとして、何で教師も呼ばなかったんだ?俺は騒ぎにしたくないから、結果的には良かったんだけど」
「そりゃお前…裸にひん剥かれてる可能性だってあったんだぞ?娘のそんな姿、涼二君以外の男に見せてたまるかよ」
「へっ!?俺っすか!?」
「おうよ。アタシが許す」
「良かったね忍、お母さん公認だよ?」
「かかか、勝手に決めんな!何の話だよッ!?」
「うちのは本当に救えねぇ馬鹿な娘だけどさ、涼二君。これからも宜しく頼むわ」
「は、はぁ…」
 
母さんは一足先にいつものテンションに戻っていた。
猛獣のような目付きはどこかへと消え、今は何かを慈しむような…そう。ばあちゃんが親父を見るような目をしていて。
あんなことがあったのに、とても嬉しそうだった。
 
母さんは親父の元へ、典子は教室へ。それぞれが戻っていき、俺と涼二は保健室に行くことにした。
俺は大した怪我はしていないが、涼二の顔の傷は少し酷い。消毒くらいはする必要がある。
道中、すれ違う人々の涼二を見る目線がいちいち俺をイラつかせる。
 
―――文化祭で、調子に乗って喧嘩でもしてしまったんだろう。それで、ボロ負けしたんだろう。
 
一様にそんな目をしていて。
何も知らないくせに。弱いくせに俺のために戦ってくれた涼二を馬鹿にされているようで、はらわたが煮え繰り返るような気分になる。
 
涼二はそんな視線を浴びるたびに、しきりに悔しそうにしていた。
 
「あーあ、だっせぇな俺。やっぱ秋代さんみたいにはいかねーわ」
「…カッコ良かったぞ。弱かったけど」
「何だよそれ、褒めてんのか?」
 
そう言って、俺の頭に手を乗せて撫でる。
 
ダセぇよ、確かに。
颯爽と現れたくせに手も足も出ずにボコボコにされて。顔面なんて化け物みたいだし、男前が台なしだ。
 
…でも、お前のこの手は。
絶対、俺に酷いことなんてしないって、俺は知ってる。いつだって俺を助けてくれるって、俺は知ってる。
 
お前から電話が来る直前。あの時、諦めかけてたよ。
こんな場所で、こんな連中相手に処女を失うのかって思ったら、死ぬほど悔しかった。
それで、思ったんだ。人生に一度きりの処女を捧げるのなら。
 
―――愛する人と、自分か相手の部屋のベッドで。制服プレイより、最初は二人とも丸裸で。
優しく頭を撫でてもらって、キスをしてもらって。痛くないか?大丈夫か?なんて、心配してもらって。
肝心のその相手は、絶対に…お前がいいって。お前以外は絶対に嫌だって。
そう、思ったんだ。
 
窮地を救ってもらったから。だなんて、漫画じゃ使い古された三流のネタだ。
でも違う。それはただ、認めざるを得ないきっかけになっただけ。
本当はずっと、ずっと前から、頭のどこかで分かってたこと。認めたくなかったこと。
あぁ、参ったな。もう限界だ。お前がいなきゃ、俺は駄目なんだ。
 
…お前が、好きだよ。涼二…。
 
「お、誰もいねぇ。今のうちにやっちまおう」
「俺がやるから。座ってろ」
 
保健室は無人だった。「14時に戻ります」と書かれた伝言プレートが壁に掛けられている。
ということは、あと15分程で養護教諭が戻ってきてしまう。こんな顔の涼二を見られると厄介だ。早めにずらかりたい。
…結局は帰りのホームルームで担任に見つかって、根掘り葉掘り聞かれることになりそうだけど。
 
「はしゃぎすぎて階段から落ちたとでも言って誤魔化すから、気にすんなよ」
「…ごめんな、本当に」
「それを言うなら、俺だ」
「…は?」
 
ボコボコのツラでも、とても悲しそうな顔をしているのは分かる。
何でだよ。お前は誰よりも早く来てくれたじゃないか。それで助かったんだ、俺は。
謝ることなんて何もない。何一つ失ってないんだから。
 
「写真撮られる前に、行ってやれなかった。…その、見られたんだろ。本当にすまん」
 
―――なのにこいつは、そこまで考えていてくれた。
 
「…いいんだ。ありがとう、本当に。涼二」
 
…大好きだよ。
名前を呼んだ後に、心の中で告白する。
そんな幼稚なことしかできなくて、胸が痛い。
 
「らしくねーな。もっとふてぶてしいのがお前だろ」
「何だとコラッ!」
「…ぷっ」
「はは…」
 
いつも通りのやり取りが妙におかしくて、お互い笑ってしまう。
いつも通りじゃないのは俺の気持ち。
涼二が好きだと一度認識したら、もう歯止めが効かなくなってしまった。どんどん気持ちが大きくなっていく。
大好きな、大好きな、大好きな涼二。
俺のために作っちまった傷は、俺が手当をするから。
 
「んじゃ、やるぞ」
「お手柔らかに」
 
ウェットティッシュで汚れを落とし、消毒液を塗っていく。
端正な顔立ちが見る陰もない。無自覚なコイツのことだから、気にしていないのだろうけど。
きっと俺のマスカラもすっかり落ちてしまっている。これが終わったら拭いておこう。
 
「いてて、染みるな」
「男なら我慢しろ!」
「出たよ男性差別!いっそ俺も女になっちまうかな」
「馬鹿言ってんじゃねーよ…」
 
せっかくこの気持ちに気付いたのに、お前が女になってどうすんだよ。
…でも、お前からしたら知ったこっちゃないもんな。俺の気持ちなんて。
 
「よし、こんなもんか。…腫れはどうしようもないけど。俺も顔拭くから、ちょっとあっち向いててくれ」
「あ?何でだ?」
「女には色々あるんだっつーの」
 
壁に掛かった鏡を見る。思った以上に酷い顔だった。
マスカラのせいで涙の跡はくっきりと黒くなり、泥やら鼻水やらで余計にカオスになっている。一刻も早く落とさねば。
…惚れた男に、みっともない顔をいつまでも見られたくないから。せっかく天から授かった、この可愛い顔を見てほしいから。
 
念入りに汚れを落とした。泣いたせいで腫れぼったい目は仕方がないが、何とか俺の顔面は概ね秩序を取り戻している。
本当に無様な女だけど、これなら涼二に見てもらえる。
 
「…よし、もういいぞ」
「おう、そんじゃ行くか!」
「…?」
 
涼二は気合いを入れるように太股を一発叩き、立ち上がった。
行くって?どこにだ?
 
「お前…そのツラ、まさか忘れてんのか?」
「…あ」
「約束したろ。…まぁ、お前が辛いならやめとくけどさ」
 
そういえば、そもそも涼二と出し物を見て回るという話だった。先程までとんでもない目に遭っていたのが嘘のように、気持ちが昂ぶる。
あの強姦未遂なんかよりも、今はこの気持ちの方が大切だ。
 
行きたい。涼二と一緒にいたい。涼二の隣を歩きたい。
なんつーか…その、デートみたいな感じを味わいたい。
 
「…やってやる、やってやるぞ!!」
「スパ〇ボじゃねーんだぞ!そこまでして気持ちを奮い立たせなくてもいいだろ!」
「腹減ったし、カレーパン食いてぇんだよ」
「ったく、突然テンション上げやがって…つーか、カレーパンなんてあるのか?おい、引っ張るなよ!」
 
悟られないよう、いつもの俺を演じて涼二の手を掴む。
涼二は引っ張られてると思っているだろうが、俺的には手を繋いでいるつもりだったりする。
今はこれが精一杯。一方通行の自己満足だけど、それでもいいんだ。
 
女になっても典子を好きでいた時期があったけど、きっとその時には既に涼二への気持ちも芽生えていた。
典子はとっくにそれを見透かしていて。でも俺は気付かないフリをして。
中途半端な人間だった。二人に同時に惚れていたのだから。
そのことを、典子にはちゃんと謝ろう。謝ったら、報告するんだ。
 
―――西田忍は…また恋をしました、って。
 

 

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最終更新:2012年03月11日 17:37
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