『まじっく⊆仝⊇ろ~ど』(5)

天高くそびえる太陽、その光は全ての生命に活力を与えて畏怖されながらもその輝きは希望となりて今日も頭上に輝く・・










    まじっく⊆仝⊇ろ~ど






    快晴、まさに農業にはうってつけの天候の下でフェイはいつものように畑を耕しながら作物を育てては魔法で成長を急激に促進させて作物を収穫していく。先の台風でほぼ壊滅状態であった家畜のほうも知り合いや業者の伝を何とかたどって何とか悪戦苦闘しながらも徐々にではあるが数を取り戻しつつある。

    「よし、母なる大地の源よ・・その大いなる生命を与えたまえ! ガイア・ソウル!!”」

    フェイの周りには大小さまざまなゴーレムが召喚されると、そのままゴーレムたちは各自にそれぞれの場所に散るとフェイの代わりに畑の見回りや家畜の世話を行う。そのままフェイはいつものように収穫した大量の作物を馬車に積み込むと市場へと馬を走らせていく、先のフェビラル王国を襲った台風の傷跡も徐々に復興をしており、自身の家畜もある程度揃えられたし野菜の値段も通常通りに回復しているのでフェイにしてみれば嬉しい限りだ。

    「やっぱり、農業は楽しいなぁ」

    あの両親の過酷な修行時代を思えば農業をしながら自給自足の生活を送っていくのはなんと素晴らしいことかをフェイは常日頃から思っている、しかし心は充実しつつも身体のほうはあの戦闘の日々を忘れられないのか今でも疼いてしまう場合もかなりある。長年染み付いた戦闘ノウハウや習得した魔法の数々をフルで戦い抜いて敵を倒す快感もたまらないものなのだ。思えば最初に農業をしたときは姉のフランにはかなり驚かつつも何も反対されずに手伝ってくれたお陰で何とかここまで持ってこれているのだから感謝である。

    「さて、売るもの売ったら・・って、あれは人!!」

    突如としてフェイは道中で倒れている男性を発見する、腰に掛けている剣から察するにどうやら剣士のようで王国の紋章がないところを見ると各地を流れに流れている傭兵のようだ。そのままフェイは馬を止めて馬車を降りると即座に治療魔法を掛けて応急処置を施す、こんな森の中で行き倒れになっているのだから何かしらの戦闘に巻き込まれて敗れてしまったのだろう。

    「だ、大丈夫ですか?」

    「う~ん・・」

    どうやら未だに意識が朦朧としているようだ、回復までに時間が掛かるとしたフェイはそのまま男を抱えると馬車の空いているスペースに寝かしつける。

    (結構重い装備してるんだな・・もしかしたらハンターなのかもしれないな)

    ハンターとは文字通りモンスターを狩る仕事でそれなりの戦闘力が要求される非常にリスキーな仕事である、何も狩るのはモンスターだけではなく盗賊退治も請け負っている人物もいるのでそれだけ戦闘力の高さが要求される仕事なのだが・・モンスターに敗れて死んだり、盗賊の返り討ちで討たれた人間もチラホラと聞くのでかなり人を選ぶ職業なのだ。

    「とりあえず、売るものを売ってから早いところ家に引き返そう。姉さんがいてくれたら大丈夫だ」

    とりあえずフェイは馬車を市場へと走らせる、いまだに眠っているこの人物の謎を残しながら・・



    故郷を捨てて旅に出た、様々な人に出会った。行く先々で修練を積み重ね、そして流れに流れあらゆる紛争に介入して様々な人間の死を乗り越えてある魔道剣士に敗れた・・

    「ハッ――!! こ、ここは・・」

    男が目を覚ますとそこには見知らぬ天井に自分の包帯姿にきちんと置いてある自分の装備品、どうやら倒れていたところを誰かに助けられたようだ。男がそのままのんびり寛いでいるとフェイが食事を持って現れる。

    「あっ、目が覚めたんですね」

    「どうやら助けられちまったみたいだな。ありがとよ」

    「いえいえ、僕はフェイ。フェイ=ラインボルトです」

    「俺は中野 翔。出身はデスバルト共和国で職業は見てのとおりハンターと傭兵・・つまりは戦闘家業さ、依頼があれば何だってやるのが俺のポリシーだ」

    男・・改め、翔はフェイに改めて御礼を言いながら持ってきた食事に手をつけ始める。フェイが発見したときは治療魔法で応急処置を施したとはいってもかなりの大怪我だったので本格的な治療ははフランに任せてたのだ、それにしてもフランの腕がいいのか翔の生命力が高いのか・・普段通りに動けるのは驚異的である。

    「あっ、目が覚めたみたいね」

    「この人が治療をした僕の姉さん・・フラン=ラインボルトです」

    「おおっ、助かったよ。ありがとな」

    ここでさっくりとフランが登場、あれだけの怪我をしながらも豪快に食事を平らげる翔には流石のフランも驚いてしまう、あれだけの怪我を負っていたのだから暫くは眠っていてもおかしくはない状態なのにすぐに目が覚めて食事を取る姿には生命の神秘を感じてしまう。

    「もう食事を取れるの? 普通の人なら1週間は眠っているところよ」

    「ああ、丈夫さだけが取り柄なんでな。じゃなきゃ戦闘なんかできっこないさ」

    「そういえばあの剣って・・魔法剣ですよね?」

    「まぁな。エルフに代々伝わると言われる魔を殺す剣“ラドルフ・ブレードだ”」

    魔法剣と言うのは通常の剣と違って魔力が込められているといわれる剣であり魔法攻撃に対して強い耐性を持つ戦闘に特化した剣である。一応造ることは可能なのだが製造方法がかなり難しく市場でもあまり流通はしていない、宮勤めの人間が兎も角として個人レベルがこうした魔法剣を持っていること自体が珍しいのだ。


    「俺が前にいた傭兵団の隊長に貰った代物でな、これが一級品なのは・・って、どうしたんだ?」

    「魔法剣といえば・・」

    「・・それ以上は言わないで、思い出したくはない」

    苦い表情をする2人に翔は思わず唖然としてしまう。2人にしてみれば魔法剣という代物で真っ先に思い浮かぶのは瀕死のさながらで両親から容赦なく切り刻まれた記憶しか思い浮かばない、なので魔法剣を見たら真っ先にあのトラウマが甦ってしまうのだ。

    「それで・・身体はもう大丈夫なの?」

    「ああ、このとおりピンピンしてる。ありがとよ」

    「翔さんは何であんなところに倒れていたんですか?」

    「ま、情けない話がちょっとやられちまってな。確かそいつは2本剣を背負っていて切りかかりにいったんだが・・ものの見事にかわされてな、挙句にはカウンターで魔法を喰らっちまってあの森へ吹っ飛ばされたんだ」

    そのまま翔は自身を倒した人物について話を続けるが2人はその人物について心当たりがある、フェイは勇気を振り絞って更なる詳細を伺う。

    「ねぇ、翔さん。その人って頬に傷があってハンデつけるぐらい自信過剰なぐらいな人だった?」

    「ああ、今でも忘れねぇ。何せ奴は一歩も動かずに俺を倒すって言って倒されたしな・・って心当たりあるのか?」

    「姉さん・・やっぱりその人ってのは」

    「間違いないわね。父さんよ」

    翔をコテンパンにのした相手・・それは伝説の魔道剣士と言われる2人の父親であった。彼らの父親は己の実力に自信過剰で性質の悪いことにそれに見合う実力を有している、それに特徴として伝説とも名高い魔法剣を2本も装備しているのでそんじょそこらの魔法では太刀打ちどころかそよ風レベルだろう。

    「翔さん! その人と何処で会ったんですか?」

    「えっ? ああ・・マスガッタ王家にあるエルフの里の境界線辺りだったかな」

    マスガッタ王家は4大国家のひとつであり代々エルフが住むといわれている国家である、エルフとは人間と違った種族で独自の秘術などを持っており神の使いとも言われる種族で悪魔との戦争の時も人間と一緒に戦っている。しかし悪魔が封印された後は外部との接触を遮断しており人間同士の争いに魔法剣を支給しながら観察しているに留まっている。マスガッタ王家は一応人間の国家であるがエルフが住む居住区には強固な防御魔法があるので手を出しようにも出せずに相互不可侵条約を結んでいる。幸いにもマスガッタ王家は先進国として知られており政策面でも比較的に安定した国家であるのが救いなところだろう。
    しかしその道中はかなり過酷であり、マスガッタ王国へたどり着くためにはルンベル渓谷というドラゴンの群れが多数いるといわれており、常人が正面から乗り越えるのはまず不可能である。勿論2人の修行時代にも両親の手によって何も持たされないままで放り込まれており、そのときは最悪にも時期的に産卵期で通常よりも凶暴になって気が立っているドラゴンの群れと戦い抜いたのだ。

    「フェイ、こうしちゃいられないわ。旅の準備よ!!」

    「わかった、前に母さんと会えたから今度は父さんだね」

    「おいおい、話が見えねぇよ。俺にもわかるように説明してくれ」

    そのままフェイは翔におおよその事情を説明する、両親が行方不明になっていて会えないことと今でも探していることを話す。

    「なるほどな、お前たちも苦労してるんだ。・・よしっ、助けてもらった恩もあるし付き合ってやるよ」

    「怪我人にそこまでさせるのは悪いわよ。私達の問題なんだし」

    「いやいや、助けてもらったからには何かさせてくれ。道案内がてら微力ながら協力するさ。それに旅は一人でも多いほうがいいだろ?」

    「うん・・それじゃお願いします」

    こうして男の2人旅が成り立った。


    酒屋・リリー

    多数の客で盛り上がる酒屋リリー、今日も売り上げがうなぎ上りでお芋たんと狼子はホクホク顔であるが店主である聖は相変わらずの表情である。そもそも彼女にしてみればあくまでこれはかりそめの姿に過ぎないので関心すらない、それに自分の本業はあくまでも盗賊なのでこんなちっぽけな店の店主で満足などしていない。

    「ったく、商売なんてかったりぃ・・」

    “まぁまぁ、儲かっているのだから良いではないか?”

    “こっちは飯食わしてくれるだけで満足だが・・可愛い♀犬を所望する”

    「うるせぇ!!! 飯食わしているだけでも有難いと思いやがれッ!!!!」

    いつものように狼子のボディーガードとなった2匹のペットに怒鳴り上げるのだが、その強烈な声にベッドで眠っていた赤ん坊が喚き声を上げる。

    「オギャーッ! オギャー!!!」

    「ゲッ・・さっき寝たばっかなのにまたかよ」

    そのまま聖は仕方なしに赤ん坊をあやしに戻る、あれから狼子は店の中でめきめきと実績を上げて今ではこの酒屋リリーの看板娘としてちょっとした有名人になっているので彼女の仕事は日増しに増えているので現在はこうして狼子の代わりにしかたなしに聖が彼女の子供の面倒を見ているのだが今でもかなりぎこちない・・そんな聖の様子を2匹の使い魔は面白おかしく見やる。

    “かの、盗賊団の親分が赤ん坊をあやすのはいつ見ても滑稽ですな、東方不敗”

    “だけどご主人様は今では看板娘・・日に日に忙しくなっているしね。それに従業員の子供の面倒を見るのは店主の役目だ”

    「てめぇら・・だあああ!!! おい、チビ助ッ!!! てめぇもこっち来て手伝え!!!!」

    「親b・・じゃなかった、店長。こっちも商品の在庫が少なくて手一杯ですッ!!」

    「んなもんは根性で乗り切れ!!!」

    かなりえぐい事を言っている聖であるが、彼女もこんな性格を除けば見た目だけではかなりの美人には間違いないので普通に接客すれば店はかなり儲かるのは間違いはないのだが・・彼女自身がそういった勤労思考を全く持ち合わせていないのでこうして普段はカウンターで狼子の子供とペットの面倒を仕方なく見ているのだ。
    こんな店にとっては嬉しい悲鳴を上げている酒屋リリー・・お芋たん指導による狼子の適切な接客に加えてお芋たんの企業努力によって今日も大盛況である。


    「ふぅ~・・あっ、子供の面倒見てくれてありがとうございます」

    「働くのも結構だが、ちゃんと母親もやっておけ。後は全部チビ助に任せて狼子は休憩していいぞ」

    「はい! ありがとうございます」

    (こっちにも休みください、親分・・)

    お芋たんも声に出して叫びたいところなのだが、そうなってしまった場合は後になってとんでもない目に遭わされるのが目に見えているのでこうやって心の声で代弁する。

    「さて・・おい、チビ助。今日はもう店を閉めろ、お前ら2匹も狼子のところへ行け」

    “え~、子供の面倒見てるんだから別に行かなくても”

    “こっちとしては本業に興味があるんだけど”

    「うるせぇ!!! さっさと行かねぇと飯抜きにするぞッ!!」

    ““それだけは勘弁して欲しい!!””

    聖が飯抜きにするといったら本気でしそうなので2匹は一目散に狼子の元へと向かう、ようやく邪魔者を退散させた聖はお芋たんに今夜の行動を伝える。

    「よし、チビ助。今回の獲物はマスガッタ王国に伝わると言われる伝説の秘宝“真紅の涙”だ」

    「えっ、マスガッタ王国っていえば・・あのドラゴンの巣窟で名高いルンベル渓谷に向かわなきゃいけないんですか!?」

    「珍しくチビ助にしちゃ話が早いじゃねぇか。店は暫く休業して狼子も暫く休ませる、俺達はその間はお宝探しだ!!!」

    聖が闘志をむき出しにするのに対してお芋たんからは落胆とも取れる表情が滲み出る、何せあのルンベル渓谷に挑むのは出来ることならば勘弁して欲しい。それよりも安全面を考慮するなら時間は掛かるがルンメル渓谷を回らずに迂回しくのが一般ルートなので出来ることならばそちらを選択したいお芋たんであるがそれを聖が許すはずがない。

    「親分、出来ることなら一般ルートで行きましょうよ・・」

    「てめぇは馬鹿か!!! 俺達は曲がりなりにも盗賊だ、んなことするわけねぇだろ!!!」

    「ですよね~・・ハァ」

    案の定というか予想通りの反応、こうして久方ぶりのサガーラ盗賊団の活動は茨の道中から始まることとなった。


    エルフ・・彼らは普通の人間よりも長寿で知られており、代々として魔法を扱うことに長けている。その魔法は通常の魔法とは違って摩訶不思議な力を持っている。先の大賢者が生み出した5つの悪魔との大戦争においてもその強力な魔法や独自に生み出した強力な装備などを用いて人間達と協力しながら配下のモンスターを打ち滅ぼしてその根源である悪魔を封印させるに成功している。その後、悪魔が封印されて人間同士の争いが勃発した時は戦時中に協力的だった態度を一変させて傍観を貫きながらマスガッタ王国にある一帯に強力な防御魔法を展開させると外部との接触を留めている。しかし完全には絶ってはいないようで限定的ではあるが認めた人間のみ訪問が許されているようでエルフの長老と2本の大剣を装備している顔に傷のある人物が特徴的な男性が対談をしている。

    「よぅ、すまんな。突然訪れて」

    「構わん。そもそも端からお前に逆らうほど愚かではない。化け物が・・」

    「おうおう、そっちも相変わらず随分な言い草だな」

    相変わらずの長老の物言いに男は決して表情には出さないものの若干ながらも不快感を覚える、独自の文化と並外れた魔法を持ちながら長老によってしっかりと統制されているエルフにしてみれば人間などはいくら歴史を学んでも争いを繰る返す愚かな種族としか思っていないが、目の前に現れた人物は人間の中でも例外中の例外・・この場にいるエルフ全員が彼に挑んでもこの里ごと焦土にされるのが目に見えている。

    「そう警戒すんなよ」

    「これが警戒せずにいられるかッ!! 数年前にお主達夫婦が子供の修行如きにこの里で散々暴れたのを・・」

    「あの時はちゃんと俺達が魔法で直したりしたから後始末してやったろ」

    数年前にも彼らはこのエルフの里へまだ幼いフェイとフランを引き連れては散々しごいており、その強大な魔力から発せられる影響はこの里全体まで及んでいる。一折の修行が完了した後は彼ら夫妻がちゃんと元通りにしている。しかし彼らエルフにしてみれば迷惑以外何者でもないのもまた事実であるが、強大な力を持つこの夫婦に逆らえる程の力を有してはいないので破壊されて再生される里の様子を黙ってみているしかなかったのだ。そのような経緯があるのでエルフの長老を始めとして各長達はこの家族の来訪に関しては心境は穏やかではなく、現に彼と話している長老の表情は不快そのものである。

    「それで何の用だ? まぁ、大体は判っているが・・」

    「まぁ、そんな嫌な顔するなよ。これから俺の息子とその他大勢の奴等がこの里に押しかけるかもしれないが一応黙認してやってくれ、幸いここらであいつの修行に適した悪党がいるしな」

    「何だと・・!! この里は貴様の子供の修行場じゃないぞッ!!!! ここは代々神聖なるエルフの・・」

    数年前と変わらない無茶な要求に長老は声を荒げるが、相手が相手なのでいくら抗議しても無駄なのは明らかなのである程度は飲むには飲むのだが悪党の存在が彼らを揺るがす。


    「・・まぁ、貴様にいくら言ったところで時間の無駄だ。それに悪党が潜んでいると言ったな、何者なのだ?」

    「テピス・ミッチェル・・元ボルビック出身の魔法使いでそこそこ優秀な魔法使いらしいが、女体化して国を追われて以降は殺人を含めて大小様々な犯罪に手を染めている筋金入りの悪党だ。マスガッタのお偉いさんから聞いたことぐらいあるだろう?」

    エルフの里は名目上ではマスガッタ王国の領土内に位置するのだが、実際は独立状態なのである程度の情報交換や貿易をしつつもマスガッタ王国との間で相互不可侵の条約を締結しているので両者がお互いの国を行き来する場合は特殊な事情がない限りはあまりない。そもそもこのエルフの里の国境付近はエルフが誇る魔法で精製された強固な結界が張られているので通常の魔法使いならばまず到底は不可能である。しかし長老は結界の存在を認識しながらも決して過信はしない、何故ならば目の前の人物はエルフが誇る魔法で張った結界でさえも意図も簡単に破ってしまうので不安は更に募る。

    「人間達に関しては構わんが、貴様の息子がその悪党を仕留め損なったらどうするつもりだッ!!」

    「そんときには俺が何とかしてやる。これで安心だろ?」

    長老とて彼の実力を知らないわけではない、彼は何せ伝説と歌われている魔道剣士の片割れなのでその実力は通常の人間とは違う。それに彼と妻がいるだけでこのエルフの国も含めて列強を誇る大国もまとめて潰してしまうだろう。そんな彼が万が一の場合は何とかしてくれるのだから素直に安心はできるものの逆に反古したらマスガッタ王国と命運を共にするのは間違いない。

    「・・貴様がそこまで言うのならば約束しよう。それにしてもお主等は少しは大人しくしたらどうだ?」

    「悪いがそんな性分じゃないんでね。後、ガキどもが訪ねに来たら適当に相手してやってくれ、一応夫婦揃って行方不明で通してるのも忘れずにな」

    「わかったわかった・・」

    ここまで来たらエルフの威厳など形無しである、外部からの人間にしてみればエルフは神秘と崇拝の対象であるのでかなりの威厳があるのだが、彼らにしてみればエルフなどちょっと寿命が長い人間としかみていないので全くといっていいほど怖れてはいない、そのまま男は満足げにしながらその場を後にするが長老からは終始溜息しか出なかったそうだ。


    ルンベル渓谷

    ドラゴンの轟音が日常のこのルンベル渓谷は実に多種多様なドラゴンが生息しており別名ドラゴンの巣窟ともいわれているのだが、殆どの種類が凶暴で膨大な戦闘力を誇るので普段の人間が一切立ち寄ることはないし様々な国の軍隊も彼らには手を焼いている始末なので誰もやってくることはない。そんな危険が一杯の谷に真正面から向き合っているのが翔とフェイ、幾多のドラゴンに襲われながらも全て返り討ちにしているのが凄いところだが翔は持ち前の戦闘力に加えて魔法剣で対処はしているのだが少し苦戦している。

    「こ、この・・うりゃぁぁぁ!!!」

    「グギャァァァ!!!」

    「翔さん!! “地獄の業火よ、全てを燃やしつくせ! ヘル・フレイム!!!!”」

    フェイから放たれた強烈な炎でドラゴンはあっという間に燃え尽きる、がすぐに別のドラゴンが現れるのも時間の問題なので彼らは迅速に行動する。先導するのは勿論のようにフェイ、彼は巧みに魔法や武器を扱いながら並み居るドラゴンを撃退しながら道を確保すると翔と一緒に安全な場所へと移動をする。

    「翔さん、こっちです!!」

    「何から何まですまねぇ!!」

    そのままフェイの誘導で一目散に行動を開始する、修行時代と何ら変わりがないことを判断したフェイはかつてフランと一緒に利用していた塒へと案内するが、ここはドラゴンの巣窟で名高いルンベル渓谷・・この程度では収まらず次々とドラゴンたちが2人の前に立ちはだかる。

    「ギャオオオオオオオ!!!!!」

    「流石に一筋縄ではいかないみたいだね・・」

    「そのようだな・・そりゃ!!!」

    翔の目にも留まらぬ斬撃で前方のドラゴンをまとめて一掃すると2人は一目散に走り出し、フェイはあらゆる魔法でドラゴンたちの執拗な追撃を防ぐ。

    「“暗黒の力よ 波動となりて暗き天を輝かしたまえ! ブラッド・ボルト!!!!”」

    「そ、そいつは伝説の神聖魔法に並ぶ暗黒魔法じゃねぇか!!!!!」

    翔が驚く間もなくフェイの魔法によって無数の暗黒の雷がドラゴンたちの肉体を直撃する。これによりドラゴンたちの攻撃は止むのだが、また別のドラゴンの群れがやってくるのも時間の問題なので2人はこの隙に一気に逃げる。


    「翔さん! また別のドラゴンの群れが来ますので今の内にッ!!!」

    「わかった!!!」

    一目散にその場から去る2人であるが、その光景を覗いている影が1つ・・その人物は青い長い髪の目立つ女性であるが、フードで全身を纏っておりその全容を窺い知ることは難しい。

    (今のはハンターの中野 翔か、こんなところで出くわすとはね。・・それに組んでいた人間は暗黒魔法の中でも高度な“ブラッド・ボルト”を難なく扱ってた、こいつは注意が必要だ)

    彼・・いや、彼女こそがデピス・ミッチェルその人で今や名うての犯罪者である。つい最近はマスガッタ王国の要人を暗殺してお尋ね者になっており、現在はその逃亡の真っ最中でこのルンベル渓谷へと逃げ込んだのだが偶然にも翔とフェイの戦闘を目撃しているので警戒を一層強める。

    (・・女体化で国を追われて必死になってここまでやってきた。あの日から俺の日常を地獄に変えた故郷に未練はない――)

    この世界では列強の一国として名高いボルビック。国の殆どは海に囲まれており元来より海戦と水の魔法に長けてながらもその影響からか海賊の数は他の国と違ってかなり多いので別名として海賊国家とも呼ばれている。それにボルビックは昔からある神を崇めている宗教国家としての側面も持っており、その教えは王家は勿論のこと全ての国民に至るまでその神を全て崇拝して教えに従事しているのだが・・その教えの中で女体化した人間は異端と決め付けられており、不当な扱いを受けたり弾圧されているので身分の低いものは勿論のことある程度の立場がある人間でさえも女体化したら国民からは蔑まれて理不尽が生ぬるいほどの扱いを受け続けている。その女体化に対する悪評ぶりは他国にまで届いており“ボルビックで女体化すれば命はない”とまで言われている、女体化したボルビックの国民はそれまで崇拝していた神を恨みながら理不尽に嘆き死んでいくか、全てを敵に回すのを覚悟して命からがら国の鎮圧部隊に追われてながら逃げるかの二つに別れる。
    テピスも国を追われて逃げてきた1人であるが、その日々は地獄そのもの・・仲間と一緒に脱走したのだが、ある者は鎮圧部隊に捕まって神の罰の名の下の陵辱の日々を送り、またある者は耐え切れずに命を落としてしまっている。

    そんな死と隣り合わせの日々と送ってきたデピスはいつしか人としての“心”を削り落としてしまう、初めて人を殺した時などもう覚えてはいない・・狂気に身を委ねることしか現実(いま)を生きる術がないのだ。

    「今でもあの国の人間は“守護神アラー”を其の教えと共に崇拝しているのだろう・・しかし虚像の神は何も与えてはくれない」

    いつしか故郷を捨てたテピスは教えに沿って忌み嫌っていた女体化にいつしか感謝するようになっていた、あのまま女体化せずにいたら妄信的にあの教えに従っていただろう。


    哀れにも広大なる世界を知らずに―――


            己の卑小さで作り出した世界に酔い―――






    偽りの日々を享受される日々を送っていたのだから・・・









    「・・っと、感傷に浸ってしまった。とりあえず北へ目指すか」


    そのままデピスの姿は消える、時は動き出す。

    洞窟

    フェイの先導で洞窟へとたどり着いた2人はフェイの魔法で暖を取るとようやく一息入れる、数々の戦いを経験してきた翔でさえもこのドラゴン退治にはかなり骨が折れるようで色々と疲れが見えるが対するフェイは非常に冷静で手馴れた動きで無駄がない。

    「ハァハァ・・流石にドラゴン退治は疲れたぜ。よく動けるな」

    「まぁ、子供の頃に何度も経験してますし両親によってかなり鍛えられましたから・・」

    これ以上はフェイもあまり思い出したくはない、まだ幼かったフランと一緒にナイフ一本だけ持たされてこのドラゴンの群れがひしめき合う渓谷へと放り込まれたのだ。しかも時期が悪いことにそのときは産卵日の時期だったのもあってか、どのドラゴンも普段より5倍増しで凶暴だったのでその強靭な戦闘力に叩きのめされたのも1度や2度ではないし命の危機に瀕したことだって何度もあったのだ。

    「それでやけに手馴れているのか。道理で俺よりも年下なのに魔法や剣術も一級品な訳だ」

    「翔さんだって凄いですよ。ハンターだけあって戦い慣れしているようですし」

    「俺も自慢じゃねぇがこの仕事は12の時からやってるからな。文字通り生きるか死ぬかの戦いの連続さ」

    翔とてこのハンターの仕事を伊達にはやっていない、傭兵としても様々な紛争に参加して人間のいろいろな面をこの目で見て、接して、肌で感じてきた。両親の教えでそういったことを禁じられたフェイにしてみれば翔から聞く話は新鮮ではあるが、自分の両親も翔とは規模は違えどそういった激動の日々を繰り広げていたのだろうと思う。

    「だけど人間ってのはよく出来てると俺は思う。色んな奴等が考えて悩んで行動していくんだからな」

    「・・世界って広いんですね」

    「そりゃそうだ」

    フェイは改めて自分の小ささを思い知らされる、かつて母親に言われたようにまだまだ自分は世界を良く知らないようだ。

    「しかし俺から見てもフェイの動きはそんじょそこらのベテラン傭兵よりも的確だし強さも際立っている。あの姉ちゃんも強いのか?」

    「姉さんも僕と同じぐらいに強いですけど・・あの2人に掛かれば僕等なんて赤子同然です」

    今でもフランと2人掛りで両親に挑んでも極力まで手加減された上にズタボロに負けてしまうのは目に見えてしまう、自分の言うのもなんだがあの両親の強さは規格外を通り越して化け物以上でこの世界を征服することは勿論のこと、かつての戦争で封印されている悪魔ですら難なく倒しても全く違和感すらない。ある意味この世界の命運は自分の両親に掛かっているのだと本気で思う、もし両親が見つかっても幼い頃から何度も死に掛けながら修行してきたあの日々だけは絶対に勘弁して欲しいのがフェイとフランの心境であるが、もし2人が戻れば自分たち姉弟は速攻で叩き直されるのは間違いはないだろう。

    「それにしてもよくこんな洞窟知っているな」

    「ええ、過去のここで修行した時に過ごした塒の一つです。他にもあるんですがここが一番近かったので・・」

    「へー、しかし意外にも結構広いんだな。ちょっと歩いてみるか」

    「それは構いませんけど、あまり奥へは行かないで下さいね。僕はここで休みます」

    「わかってるって!! んじゃ、ちょっくら探索に行って来るわ」

    洞窟内は結構広く、翔は暖の炎を一部取り出すとその炎の灯りを頼りに洞窟内を探索する。フェイはフランから貰った魔力回復アイテムを取り出すと消費した魔力を回復させる、全体的にはそんなに消費はしてはいないものの何か起きるかはわからないので休めるうちに休まないと体が持たないのだ。

    一方の翔は洞窟の探索を続ける、探索してわかったことだがこの洞窟は人工物ではなく辺りにはドラゴンの亡骸と思われる骨が散らばっているのでこの洞窟は自分の巣穴にするために作ったものだと判断する。

    「にしてもこの洞窟はな・・ん? そこにいるのは誰だ――」

    神経を研ぎ澄ませた翔は自分とフェイ以外の人の気配を感じる、翔の声に反応したのか観念したのか姿を現す。

    「てめぇ、チビ助!! 見つかってしまったじゃねぇかッ!!」

    「そりゃ姿は消せますけど気配までは消せませんよ!!」

    姿を現したのは聖とお芋たんでどうやらアイテムによって姿を消してドラゴンたちの猛攻を凌いだようだが、気配までは消しきれていなかったようで翔に見つかってしまっている。

    「見たところ盗賊のようだな。こんな洞窟に宝なんてない――・・」

    「うるせぇ!! んなことはわかってるんだよ、てめぇだってこんな人気がなかったら商売上がったりだろ?」

    聖も負けじと翔にふっかけるものの返答はない、2人に共通しているのは同じアウトローの世界に身を投じているだけなので何かしらのシンパシーを感じ取っているのかもしれない。

    (この女・・何処かで会ったことある!!)

    「何だよ、ジロジロ見やがって・・やんのかッ!?」

    「お、親分! 声が大きいですって・・」

    お芋たんは慌てて聖を制止させる、こんな狭い洞窟の中で戦闘されたら倒壊するのは間違いないので何とか回避させる。逆に翔は聖の姿を見ながら今までの記憶と照らし合わせる、翔にとって聖の姿を見るのはこれが初めてではないので必死になって思い出す。

    「チッ、だけど見つかってしまったら話は別だ。チビ助、場所を移すぞ」

    「ま、待ってくれ!! ・・なぁ、お前はあの時のことを――」

    「翔さん!!」

    突然間に割って入ったのは他ならぬフェイ、洞窟内はエコーが利いて通常よりも声が響き渡るので声を聴きつけたフェイはその場へとやってきたのだが・・全く持って空気の読めない男である。

    「お前達はあの時の盗賊ッ!! こんなところでなにをしているんだ!!」

    「フンッ・・てめぇには関係ない」

    「でも親分、こいつがここにいるとなれば脱出するのは骨が折れますよ」

    「んなもん叩き潰すだけだ!! それにこいつには貸しがあるからな、ここでキッチリと制裁しねぇとな・・」

    既に臨戦体勢バッチリの聖は拳に魔力を溜める、それに合わせてお芋たんもしかたなしに魔力を高めながらいつでも戦闘できるように態勢を整えながら2人の出方を窺う。それにフェイとはそれなりに因縁はあるのでここではっきりとした勝敗を付けたいのが聖の心情である、互いの距離が徐々に狭まる中で翔が一声発する。

    「まぁ、待てよ。俺が見たところてめぇ等はそこそこの因縁があるようだが場所を考えろ。とりあえず俺達はここを抜けてマスガッタ王国からエルフの里へと向かう、お前達もそこが行き先なんだろ?
    それにここはドラゴンの巣窟で名高いルンベル渓谷・・下手に俺達が争えば余計な体力と魔力を消費してドラゴン退治すらままならねぇし、争うこと自体にお互いにメリットはない。

    だったらここは一時休戦で手を打たないか?」

    「しかし翔さん!!」

    「それにここで俺達が争えばドラゴンどもが現れて下手すりゃ無駄死にしてしまうし、お互いに協力し合って抜けたほうがメリットだ。フェイもマスガッタ王国にたどり着くまではこいつ等の因縁を忘れろ」

    翔の提案にフェイは拳を引っ込めようとするが、肝心の聖は当然のように退くわけがない。

    「何言ってやがるッ!! こいつと手を組むなど誰がやるかッ!! だったらこのまま俺だけで・・」

    「お前も盗賊の頭目なら周りを見ろ! ・・もし無事にマスガッタ王国にたどり着いたら俺の右腕をくれてやる」

    傭兵が片腕をなくしたら問答無用で廃業しなければならないだろう、これだけのために自分の片腕を差し出す覚悟は表情にまで出ている。

    「お、親分・・ウチもこの男の言っていることは本気だと思います」

    「・・ケッ、勝手にしろ」

    ようやく拳を振り下げた聖に翔はホッと胸を撫で下ろして安堵する、何よりも無事に無用な争いが回避されたのだからこれだけでも上々だろう。

    「よし、商談成立だ。フェイもいいな?」

    「わかりました。とりあえずは一時休戦で・・それでもよくあのドラゴンの群れを突破したね」

    「それはウチ特製のマジカル・マントで姿を消したんだよ。素材はフェビラル王国で盗んだ・・イテッ!」

    「余計なこと抜かすな!! ・・おい、こっからどうするんだ?」

    「とりあえずは朝まで待とう。僕の経験上ではここに住むドラゴンたちは夜間でも活発に動くんだ、幸いにも時期からして繁殖期じゃないから夜明けになったら一気に突破するのがベストだよ」

    フェイとて伊達にこのルンベル渓谷へ放り込まれたわけではない、若年ながらも経験から培った知識を元に作戦を立てていく様はその場にいる全員を納得させるだけのものがある。

    「随分ドラゴンの生態について詳しいね、そういえば洞窟の中を探っていたら剣とかドラゴンの衣類で出来た拾ったんだけど・・」

    「ああ、それは僕と姉さんが作ったものだから使いたかったら使っていいよ。元はこの洞窟にはあるドラゴンの一家が住んでたんだけど全て殲滅して肉は全て食料にして骨は魔法で武器とかにしてたし、皮膚なんかは適当な素材と合わせて防具にしてよく使ったんだ」

    「す、すごいハードな生活してたんだね・・」

    驚愕の内容にお芋たんは驚きを通り越してしまうが、フェイが嘘をついている様子もないので信じざる得ないだろう。

    「よし、夜明けまで休もう。・・どうしたんだよ、まだ不服そうな顔してるな」

    「・・うるせぇよ、俺達になんかしたらぶっ殺すッ!!」

    「へいへい・・」

    そのまま聖はふてくされるように少し離れて睡眠をとる、その姿に翔は苦笑しながら見守るのであった。

    フェビラル王国

    場所は戻ってフェビラル王国・・いつものようにフランは馬車を使いながら受け持っている患者達の家を訪問しながら検診し回っていた。

    「はぁ~、この仕事も私一人では少しきつくなったけど・・かといってフェイぐらいしか出来るのいないしね」

    医者として軌道に乗ったのはいいもののフラン一人では限界もある、だけどもすぐにでも自分の仕事が出来る人間といえばフェイぐらいしか思い浮かばない。今では本人の意向もあってか農業に専念させているのだが、自給自足をする分には困らないものの商売として考えたらフランと比べても採算はあまり取れていないのが悩みどころである。

    「どうしようかな、でも諦めさすのも気が退けるしな・・」

    「・・ハァ、どうやら女体化してから甘くなったわね」

    「えっ!!」

    フランはそのまま馬車を止めると恐る恐る声の発生源である隣に視線を移すが瞬時にフランは馬車の外へと投げ飛ばされてしまって受身も取れないままで地面に激突してしまう。

    「ッッ・・」

    「その身のこなしだと女体化して体術のほうをサボっているわね」

    「か・・母さん!!」

    突如としてフランの前に現れたのは忘れたくても忘れられない畏怖の対象である自分の母親・・なんで現れたのかは不明だがせっかく自分の目の前に現れてくれているのだ、是が非でも何かしら聞き出さないとやりきれないのだ。

    「何でこんなところにいるかは聞かないわ。でもただでは――・・」

    「ガタガタ喋るなら相手を叩きのめしてからって教えたはずよ」

    母親は容赦なくフラン目掛けて魔法を放つが、フランは何とか防ぐが更に母親は容赦なくクラッシュ・サンダーを放つとフランが体勢を立て直す隙も与えずに装備していた魔法剣に魔力を溜めると斬激を叩きのめすが、フランも負けじと得意の暗黒魔法で応戦する。

    「動きが鈍いッ!! 馬鹿息子といい・・昔みたいに叩きのめす必要があるわね」

    「勝手に見下してるんじゃないッ!! こうなれば・・“全ての自然の力よ 我に集いたまえ そして混沌と破壊をもたらせ・・ マ ジ ッ ク  ク ラ ッ シ ュ ! ! ! ! !”」

    フランからは巨大な魔弾が放たれるのだが、母親は慌てもせずにバターを切る感覚で魔弾を叩き切ると周囲は大爆発を起こして呆然としているフラン目掛けて魔法を放つ。

    「そ、そんな・・」

    「ドラゴン・バーン!!」

    母親から放たれたドラゴンバーンは詠唱がないので自分が放った魔法よりも遥かに強く、手加減した上でかなりの威力だと言うことをその身を持って思い知らされる。

    「詠唱なしでこの威力・・こうなれば!! “旋風の源よ。我が力の前でその力を発せよ!! ウインドソード!!”」

    フランの右腕からは風の剣が形成されるが、そのままフランは間髪いれずに魔法を詠唱する。

    「“漆黒なる魔界の波動よ。我が手に集いし、魔となりて覇を唱えん! 闇を導く破滅の女神よ、光の創造を喰らい尽くせ!!! スレイ・ギガ・ダーク!!!”」

    「上級暗黒魔法ね・・ま、体得させて扱えるようになっただけでもマシか~」

    「流石の母さんでも余裕ぶっこいてる暇はないはずよ!! 昔から喰らわされたこの魔法・・今度は私が叩き込んであげる!!!」

    「やれやれ・・馬鹿息子といい、格の違いを思い知らせてあげるのが親の役目ね」

    といってもフランからは膨大な漆黒の魔弾が詰っており、その威力は恐らく国の一つは簡単に消し飛んでしまう代物だろう。しかし母親は特に慌てる素振りもなく魔法剣を構えながら余裕を崩さずに対峙する、しかしフランが放とうとしているスレイ・ギガ・ダークは数ある暗黒魔法の中でも伝説とまで称されている上級魔法・・唯一、立ち向かえるのは神聖魔法なのだが母親は放つ素振りすら見せない。

    「行くわよ!! ハァァァ!!!」

    「未熟なあんたがこの私に一矢報いようなんて・・百万年早いのよぉぉぉぉ!!!!!!!!」

    「!!」

    フランから放たれた巨大な漆黒の魔弾は母親によって両手で構えた魔法剣によって受け止められる、更に母親は魔法剣に自分の魔力を溜めるために詠唱を始めると剣は魔力を吸収して眩い光を発する。

    「“神の集いし、力よ・・光となりて”――!!」

    「隙あり!!」

    母親が気付くと背後には襲い掛かるフランの姿が・・実のところフランもこの展開を予め予測していた、この母親の足を止めるには並大抵の魔法では素手で防がれるのは目に見えているので上級魔法で足を止めてからその隙に背後に回ってウインド・ソードで切り刻む算段だ。

    まんまと作戦が成功したと踏んだフランは風の刃で勢いに乗って母親を襲おうとするが・・

    「・・発想は褒めてあげるけど、この私を倒すにはまだ力不足ッ!!」

    「そんなこといっている暇があるなら防いで見なさい!!!!!」

    フランは母親目掛けて切り刻むが母親の服すら破ることすら出来ない。といっても普段のフランが生成したウインドソードならば決して威力が低いわけがなく、むしろ王宮とかで流通している鈍らな魔法剣よりも断然威力が高いし伝説の宝剣クラスの代物なのだが相手が特殊なのだ。

    「嘘ッ!! ありったけの魔力を注ぎ込んでいるのに――・・!!!」

    「親に喧嘩売るってのはね・・こういうことなのよッッッ!!! “魔を打ち払い金色の覇王よ、我の力に呼応し、終焉の光を形にせよ!!!”」

    「そ、その魔法は――・・!!!」

    「“・・シャイニング・ノヴァ・ブレード”」

    詠唱を終えた母親は左腕を離すと左腕からは巨大な光の剣が生成され、一振りでフランのウインドソードを消滅させると相変わらず魔法剣でスレイ・ギガ・ダークを受け止めつつも、その体制を維持しながら的確にフランの位置を把握しながら滅多切りにする。いくら昔から味合わされた光景とは言ってもフランは驚きのあまり動揺してしまう。

    「何で背後にいるのに・・私の位置がわかるのよッ!!」

    「気配で動きが丸見えなのよ、青二才ッ!!!」

    「こうなったら・・“自然を司る大いなる力よ、大地を我が力を共鳴せん! グランド・ブラスト!!”」

    フランは右腕を地面に向けるとドラゴンを模した巨大なゴーレムが生成されるとゴーレムは即座に母親に襲い掛かるのだが・・母親の一振りによってゴーレムは粉微塵になりあっけなく消滅する。

    「そんな上級魔法如きが通用するわけ・・」

    「“魔を見極めし力よ 我の僕たりし存在を呼び寄せ ここに降臨せよ!! ダーク・メイド!!”」

    「あんた達兄弟の諦めの悪さは誰に似たのかしらね? ・・私か」

    「降臨せよ! ブラッド・ドラゴン!!!」

    突如として空間が砕けると、ものすごいスピードで昔の戦争で悪魔が操ったとされる漆黒の龍が現れる。ドラゴンは物凄い咆哮を放ちながらじっと母親を睨み上げる、そのままフランは更に魔力を集中させると巨体なドラゴンは漆黒の球と変わるとフランの鎧と姿を変えてその身に装着される。

    「憑依装着! ・・行くわよ、ダークネス・フレア!!」

    「ふぅ・・どうやら馬鹿息子よりも徹底的に痛めつけないといけないようね」

    フランから放たれた巨大な炎は剣によって真っ二つにすると母親は剣を消滅させる。そして未だに対峙しているスレイ・ギガ・ダークを受け止めている剣に魔力を集中させる。

    「“闇を統べる覇者よ、破滅の開闢を統べる力を示し、破を導く序章を開きたまえ!! ダークネス・ファイナル・ブラスト!!”」

    「上級暗黒魔法を剣に取り込むなんて!! ・・だけどそれで私のスレイ・ギガ・ダークを今更消滅させるようね、ようやくやる気になったって事か!!!」

    「馬鹿息子と同じ底が浅い発想ね。・・こうするのよッ!!!」

    「えっ?」

    「“剣よ・・我が力を示しなさい!!”」

    母親が更に力を入れると剣はスレイ・ギガ・ダークを吸収し始め、巨大な魔弾は徐々に剣に吸い込まれると同時に剣も漆黒の黒を象徴させる色へと変化していき強大な魔力を帯びて黒光りな稲妻を発する。あまりの光景にフランは驚きのあまり呆然としてしまう、魔法剣は確かに魔法を吸収する性質があるのだがそれは通常の魔法剣での話し。伝説クラスの魔法剣でさえも上級暗黒魔法を吸収してしまえば剣自体がその膨大な魔力に耐え切れずに粉砕してしまうのだが・・それを可能にしている母親にフランは暫し呆然としてしまう。

    「上級暗黒魔法を2つとも吸収するなんて・・流石あの人が私のために伝説の魔法剣を素材に造った魔法剣ね♪ 惚れ直しちゃうわ」

    「そ、そんな・・どんな魔法剣でも上級暗黒魔法を2つとも取り込めるはずがないわッ!!」

    「お父さんが聞いたら嘆き悲しむわよ。・・んじゃ、行くわよ」

    そのまま母親は一旦距離を置くとフランに向かって剣を一振りするが、振っただけで強烈な衝撃波が発せられる。慌ててフランは直撃を避けるものの避けきれずに掠めてしまうものの・・それだけでもかなりの威力なのでフランは吹き飛ばされてしまう。

    「グッ・・掠っただけなのになんて威力なのッ!?」

    「流石に上級暗黒魔法2つだけじゃこんな程度か。ま、子供を躾けるには丁度いい程度ね♪」

    「舐めてんじゃないわよ!! “破壊の源よ、その闇を放ち漆黒の糧となりて! ブラッド・ブレス!!”」

    フランからは血と同じ色を模した巨大な火球が放たれるが・・母親は剣を一振りして容赦なく叩き切る。叩ききられた炎の破片は地面に激突してその高温で物体を容赦なく溶かすがフランは更に攻撃を続けるが、どれも結果は同じで母親の剣の一振りによってどの攻撃も全て叩ききられてしまう。

    「ブラッド・ドラゴンの力が通じないなんて――ッ!!」

    「馬鹿ね、ブラッド・ドラゴンの力の源は暗黒魔法・・この上級暗黒魔法を2つ吸収した剣で相殺するのは容易いわ。フェイのようにエンペラードラゴンを召喚すれば多少はマシになったんだろうけど、今のあんたの実力じゃどう転んでも結果は同じよ。
    ・・さてフランソア、私の魔法は一応手加減しているけど可愛い馬鹿息子のためにも死なないでね♪」

    「えっ・・ちょ、ちょっと――!!!」

    「ハッ!!」

    母親は剣に溜められている魔力を一気に解放すると剣から放たれた漆黒の衝撃波は閃光の速度でフラン目掛けて向かう、当然疲弊しているフランは避ける間もなく先ほど避けたのとは比べ物にならないほどの威力を体全体に叩きつける。その威力は身体に纏っている伝説の邪悪龍の鎧が砕け散って激痛が走る間もなく意識も失う、いくら母親が手加減したとはいってもこれでも五体満足なのは奇跡に近いぐらいで他の人間なら消滅してしまってもおかしくはない、フェイやフランでなければ耐え切れなかっただろう。
    全ての魔法を解除した母親はやれやれといった表情で気絶しているフランを見つめる。

    「全く、手加減してあげたとはいってもこの程度で意識失った上に骨折するなんて情けないわね。この子が女体化したときに鍛えて置けばよかったわ、私もこの子ぐらいには女体化してたけどまだマシだったんだけどな。
    やっぱり、あの人と一緒に馬鹿息子共々・・昔と同じように一から鍛えなおしたほうがいいのかしら?」

    すぐに盛大に吹き飛ばされたフランを発見した母親はある程度治療すると意識の回復を待つ、いかに人よりも丈夫なフランでも骨折は避けられなかったようだ。

    「ハァ~・・息子が自分と同じように女体化してしまうなんて運命って末恐ろしいわ。あの人ってフランソアのことは長男だから一身に期待してたのに女体化した上に肝心の実力がこれじゃあ今後が思いやられるわね。
    にしてもどうやって鍛えてあげようかしらね~、あの時とは違って大きくなったから手始めに何もなしで迷いの荒野で名高い“デス・ウォール”に放り込もうかしら?」

    「そ、それだけは勘弁してッッ!!!」

    身体に染み込んだ恐怖心がフランの意識を呼び覚ます、この両親が執り行う修行と言う名の虐待の日々を送るのは絶対に避けたい。

    「ようやく飛び起きたわね。さて、可愛くなったフランソアにお母さんから提案があるの♪
     

    武器なしで生物のいない環境劣悪な辺境の地へ放り込まれるか――
                  
                   お父さんとお母さんとの親子水入らずの修行の日々を受けるのとどっちがいいかな♪」

    「か、母さんッ――!! フランソアはちゃんといい子にするから勘弁してよぉ・・」

    いつもはフェイに対しては強気のフランも母親の前では形無し・・というより普通に泣きじゃくる子供であるが、母親からしてみればこんな光景は何度も見慣れているので即刻喝を入れる。

    「あんな情けない体たらくで何言ってんのッ!!! 父さんと母さんがいない間に馬鹿息子共々、少しは強くなったと思って期待してみれば・・」

    「でも! あの時よりは比べ物にならないぐらいに強くなったし、フェイと一緒に特訓も・・」

    「生温いッ!! あんなもの強くなったうちに入るわけないでしょ!!! 前にフェイとも戦ったけど・・どうせ適当に手を抜いて鍛えたのが目に見えるわ。そんなんで強くなるわけないでしょッッ!! このバカ兄弟――ッッッ!!!!」

    「ご、ごめんなさぃ・・・」

    「私達が若い頃にはね、お父さんと一緒に戦闘やあらゆる魔術を実験して毎日死に掛けになりながら強くなたもんよ。やっぱり今までどおり私達が鍛えなおしたほうが・・」

    「ごめんなさいごめんさいィィィィ―――!! ちゃんとフェイと一緒に強くなりますから、それだけは勘弁してくださいッッ!!!!」

    泣きじゃくりながら必死に謝り通すフランであるが、こうでもしないとせっかく手に入れた安住の生活がパァになってしまう。毎日のように修行という名の元で両親から殺され掛けてた日々を送っていたフランからすれば今の生活は絶対に捨てたくはないし、好んで地獄に足を突っ込むような真似をするほど馬鹿ではない。

    幼い頃からの恐怖が完全に甦ったフランは幼い子供のように泣きじゃくりながら母親に必死の嘆願を続ける。


    「お願いじまじゅ・・
              決じで手を抜いだりサボっだりじまぜんがら・・」

    「わかったから、いい年こいて泣かないの。あんた等バカ兄弟を鍛えるのはいつでも出来るけど生憎とこっちはそんな暇ないから今回は特別に見逃してあげる」

    「ほ・・本当ぉ?」

    「全く・・早いところ強くなって私達を安心させてよ」

    とりあえずは地獄の日々が回避されたのでフランはとりあえず安堵する、両親の修行のお陰で強くなったのは確かではあるが内容が内容なので思い出すだけでも無意識に鳥肌が立ってしまう。

    「しかし本当に女体化したのね、母さんの若い頃にそっくりだわ。それにちゃんと医者として活躍してるみたいだし」

    「そりゃ、毎日のように父さんと母さんに病気にされて自分で治したりしてたら嫌でも覚えるわよ。・・やってみて思ったけど自分の未熟さに何度も直面したりしてるけど、それでも患者さんたちの笑顔が嬉しいの」

    母親も医者としてのフランの評判は聞いているし、こっそりと見守りながら未熟ながらも実績と活躍の数々は着実な成長としての証なのでそこら辺は親として誇らしく思っている。

    「ま、それさえ判ればよろしい。・・ところでフェイは何してるの?」

    「一応農業をやらせてるわ。最初は自給自足の範囲だったんだけど本人が本格的にやる気になって・・」

    「ハァ・・その様子だとちょくちょく手伝ってるわね、諦めさせたかったら手伝うのは止めなさい。フランソアのように自分で何かやらせないとフェイのためにならないわ」

    母親は自分達がいなくなってからの2人の生活ぶりを予想する、2人で助け合いながら生きているのはいいものの自分達がいない間に相当だらけきっているのも事実なので頭を悩ませる。

    「ま、あの人が何とかするでしょ。それよりもフランソア、魔力と体力回復させてあげるからエルフの里に行きなさい」

    「え? た。確か・・そこら辺はフェイが父さんを探しに向かっているはず・・よ?」

    「だからフランソアも手伝いなさい、2人が会ったなら父さんもきっと喜ぶわよ」

    「で、でも私は医者の仕事があるし・・」

    確かに医者としての仕事もかなり忙しいのも事実なのだが、フランの本音とすれば父親に会ったら母親と同じように叩きのめされてしまうのは目に見えているので出来ることなら避けたいのだが・・この母親がそれを許すはずがない。

    「そんなものは母さんがやってあげるから心配無用よ。それにあそこらへんには手ごろな悪党もいるらしいから鈍りきっているあんた等バカ兄弟にとっては修行にもなる。
    とっとと片付けて父さんと感動の再会を果たしなさい、い・い・わ・ね・?」

    「ハ、ハイ・・ヨロコンデ、イカセテイタダキマス」

    「よろしい。んじゃ、体力と魔力を回復したら馬車でさっさと向かいなさい。それと・・あんたらがこれ以上だらけた様子を送っているようだったらさっきよりも叩きのめすから、2人ともいつでも死ぬ覚悟はしてね♪」

    (この人は私達がだらけていると判断したら本気で殺しにかかるわ――ッ!!! 今後はフェイ共々気をつけないと・・)

    「それじゃ吉報を待っているわ。・・サボったらわかってるわね♪」

    母親は脅し文句を言い残すと魔法を使ってフランの魔力と体力を回復させると風のように消え去った。

    マスガッタ王国

    命からがらあのルンベル渓谷を抜け出した4人はマスガッタ王国の風景を見てようやく安堵する。

    「ハァ~、ようやくたどり着きましたね。親分」

    「まぁな・・ドラゴン退治は骨が折れたぜ」

    「でも何はともあれ無事にたどり着いたんだ。これで良しとしようじゃねぇか」

    翔は無事にたどり着いたことに大満足のようだが、あの約束の事があってかフェイの表情はどうも優れない。しかし当の翔はそんなこと気にすら留めていないようでそれが余計に不安を助長させる。

    「・・」

    「どうしたんだよ、フェイ。無事にマスガッタ王国にたどり着いたんで感動でもしたか~?」

    「それは嬉しいんですけど・・」

    表情が優れないフェイが心配な翔は何とか言葉を掛けるが・・聖の一言でぶち壊される。

    「・・おい、目的は達したんだ。こっからは俺達は敵同士に戻るぜ」

    「なっ――!!!」

    「・・」

    無事にマスガッタ王国へたどり着いたら翔の腕一本と約束していたこの共同戦線・・緊迫した空気が流れる中で流石にお芋たんが止めに入る。

    「お、親分・・とりあえずマスガッタ王国に着いたんですから、ウチ達はここで別れましょうよ」

    「てめぇは黙ってろッ!! ・・さてと、約束だったな」

    そのまま聖は不敵の笑みを浮かべながら翔の元へと向かうが、即座にフェイが聖の前に立ちはだかる。

    「・・小僧、何の真似だ?」

    「お前に翔さんはやらせはしない!!! 僕が代わりに相手をする・・」

    「そういやてめぇとは決着付けれなかったな。・・まとめてぶちのめしてやるぜ!!」

    「親分!! こんな奴等放っておいて行きましょうよ」

    お芋たんは必死に聖を止めに入るがそんなので止まる人物であったら苦労はしない、そのままフェイは魔力を溜めながら構えて聖の挙動からは目を離さずに警戒を強める。

    「大丈夫だ、てめぇの後始末はてめぇで付けるのが俺の信条だ。・・さぁ、俺の腕が欲しいんだろ? 好きなところ持っていけよ、女親分さん」

    「・・バーカ、誰が一文にすらならねぇてめぇの腐った腕なんているかよ。行くぞ、チビ助」

    「あっ! 待ってくださいよ、親分!!」

    そのまま聖はお芋たんを引き連れてその場から去ろうとするのだが、最後に翔は聖に問いかける。

    「なぁ、最後に教えてくれ・・お前は何者だ?」

    「・・聖・・俺は相良 聖だ。あばよ、傭兵さん」

    聖はお芋たんを引き連れて雑踏へと姿を消す、最悪の事態が回避されて改めて胸を撫で下ろすフェイであるが翔は深い思考の闇へと突入する。

    「何だったんだ。でも良かったですね!! 翔・・さ・・ん・・・・?」

    (相良って言えばボルビックとの戦争で活躍したデスバルト共和国直属の親衛隊の名前だ。・・間違いない!! あの娘はあの時の――!!)

    初めて聖に出会った頃から過ぎっていたその感覚が核心になったことで翔は改めてそのときの記憶を掘り返すとようやく確信めいたようである一件を思い出すのだが・・それと同時に空腹に襲われる。

    「はぁ~、ちょっと腹減ったな。どっかで飯でも食うか?」

    「そうですね、今後の行動についても話し合いましょう」

    腹が減っては戦が出来ぬ・・フェイと翔は町の食堂へと向かうとこれからの作戦会議をは兼ねながら食事を取るが、ルンベル渓谷ではまともな食事すら取れなかったので必然的に料理の量が増えてしまう。

    「うまい!! やっぱりドラゴンばっかり食べていたらこういった料理が美味しく感じますね!!」

    「何かお前の悲惨な食生活が思い浮かぶよ・・」

    「?」

    こうみても翔はこういった不安定な生活を送っている影響もあってか、まともな感覚を養うためと唯一の娯楽として食生活については気を遣っているのでこう見えてもかなりのデパートリーの広さを誇るのだが、フェイの場合は幼い頃から生きるか死ぬかの瀬戸際の日々を送っていたので強くなったもののその代償としてそういった味覚の感覚が人よりも少しズレてしまっているようだ。


    「そういえばフェイはマスガッタ王国に代々伝わるとされる伝説の秘法について知っているか?」

    「ええ、真紅の涙ですよね。・・でもここだけの話ですけど、あれって父さんが僕等が身に着けている魔力増幅装置の素材にしたんですよ」

    「おいおい、それが本当なら展示してあるのは偽物なのかよ?」

    「父さんが作ったものですけどね」

    フェイの言っていることは事実でフェイとフランが生まれる前にこのマスガッタ王国ではエルフの里を巻き込んだボルビックとのいざこざがあり、それをフェイの両親が解決したのだが・・両親はその見返りとしてマスガッタ王国から代々伝わる真紅の涙を要求して手に入れた経緯がある。マスガッタ王国としても本来ならば突っぱねたいところなのだが、相手は1人で国家の1つや2つ平気で潰せるような人物・・それが1人じゃなく2人もいるので断ってしまえば長年築き上げてきた歴史に幕を閉じることになる。代々伝わる秘法1つでそれが回避できるのならば安いものなので喜んで差し出したのだが、両親もそこまで鬼ではないので本物に近い精巧な偽物を手渡して今に至るわけである。

    「でも展示してある真紅の涙は見かけは勿論、成分や中身もオリジナルと殆ど同じように構成されていますから上級の魔法使いでも本物と見分けるのは不可能に近いです」

    「お前の親父ってすげぇんだな・・」

    フェイの父親の凄さを翔は改めて理解する、並みの魔法使いでも見た目は何とか似せることはできても成分や中身まで似せるのはまず不可能である。上級の魔法使いでも不可能な技術をあっさりとこなす技量には感嘆させられるばかりである。

    「それでここからなんですけど、翔さんが父さんと会ったのはエルフの里の境界線付近ですよね?」

    「ああ、具体的な場所はここから・・」

    「・・エルフの里か、俺も同行させてもらってもいいかな」

    突如として現れたフードに身を纏った人物・・デピスは少し驚いている2人に非礼を詫びながら自己紹介を始める。

    「いきなりで済まない。俺はデピス・・流れの魔法使いさ」

    「ど、どうも・・僕はフェイです」

    「・・中野 翔だ」

    デピスに合わせて2人は簡単な自己紹介を済ませるが、すぐに警戒心をある程度解くフェイに対して翔はデピスの姿を見据え続ける。傭兵として培った勘がこのデピスに対して只ならぬ警鐘を発している、そのまま警戒を強めながらデピスの姿を見つめ続けると右手の紋章を着目すると即座に記憶と照合してデピスに問い質す。

    「その紋章はボルビックの“抹消の印”というこは・・お前、ボルビックから抜け出した人間か?」

    「ご名答、よくこの印だけでわかったな」

    「何ですか・・“抹消の印”って?」

    「ボルビックは守護神アラーを崇拝している国家なのは知っているだろ? アラーの教えを背いた人間は罰の証として抹消の印と呼ばれる証印を体の一部に刻まれる、印の種類は罪状によって異なるが・・その印は女体化によるものだ」

    フェイもボルビックの内情については両親やフランには聞いてはいるが、実際には目の当たりにした事はないので抹消の印の痛々しさからその酷さがよく分かる。

    「実際に戦場で元ボルビックの人間は何人も見てきたからな」

    「なるほど・・ところでデピスさんは何故エルフの里に?」

    「ちょっとエルフの里の境界線付近で手に入る薬草を手に入れたくてな。・・エルフの里に行くなら是非同行させてもらいたいんだが?」

    「僕は構いませんが、翔さんは?」

    「別に俺も構わねぇよ」

    「感謝する」

    デピスという仲間を加えて期待を胸にするフェイであるが、疑念を消え去ることができない翔であった。

 

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最終更新:2012年06月24日 20:08
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