『まじっく⊆仝⊇ろ~ど』(6)


    真紅の涙・展示室

    マスガッタ王国に代々伝わるとされる真紅の涙は王宮に展示されており、厳重な警備の元で一般にも公開されている。元々この真紅の涙は遥か昔にマスガッタ王国が建国された際に神から献上されたといわれる鉱石であり、国の歴史と共に存在している大変貴重な代物であるが・・数年前にある人物に精巧に作られたものだと知っているのは王宮の中でもほんの一握りだけで殆どの者は展示されているのが本物の真紅の涙と信じきっており、国民に紛れているこの2人も同様である。

    「流石に国宝だけであって警備は厳重ですね親分」

    「久々に盗み甲斐のあるお宝じゃねぇか、燃えるぜ!!」

    聖の燃え上がる闘志を秘めた瞳は獲物である真紅の涙に向けられる、伝説級の国宝である真紅の涙を盗み出したとなればサガーラ盗賊団の名を上げる絶好の機会である。

    「でも魔法使いまで警備まで借り出しているということは夜になっても難しそうですね。魔法である程度カバーするにも物量戦にまで持ち込まれたらこっちが不利ですし・・」

    「だからてめぇはバカなんだよ。こんなもんはな・・」

    「まさか親分・・」

    「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

    そのまま聖は魔力を拳に溜めるとそれを真紅の瞳のケージ目掛けてぶっ放す、その衝撃で舞い上がった真紅の瞳をキャッチすると聖はお芋たんを連れて唖然としている周囲を尻目に一目散にその場から逃げ出す。

    「逃げるぞ!! チビ助ッ!!」

    「ちょ、ちょっと親分ッ!!!」

    あまりの衝撃的かつ鮮やかな展開に周囲は唖然としてしまうが、そこは歴戦の王宮の兵士・・すぐに冷静さを取り戻すと的確に状況を把握して警備に当たっている全ての兵士を指揮する。

    「全軍!! 盗賊に真紅の涙が奪われたッ!! 今すぐ女とチビを追うんだッ!!!!」

    「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

    そのまま兵士達は町中に散らばると逃亡した聖たちを探し始め、残った兵士達はすぐに出入口を封鎖するとその場にいる見物客を調べ始める。真紅の涙はマスガッタ王国が誇る国宝級の代物・・それが盗み出されたとなれば国家の威信にも関わるので早いところ見つけ出さないと国家の威信に関わるのだ。そのまま兵士は迅速なる速さで王にこの事態を知らせると王からはすぐさま勅命が下され、部隊長の指揮の下で全軍挙げての捜索が開始される。
    王国中はたちまち兵士で一杯となり、この血眼になっている兵士の1人も同様で王虚空中をくまなく探している間にとある親子連れの姿が目に浮かぶとすぐさま事情徴収を行う、犯行時間からしても国外へは逃亡はしていないし国外へ繋がるゲートの全ては既に厳重な警備が敷かれているので簡単には逃亡は出来ないだろう。


    「奥さん、怪しい2人組みを見ませんでしたか? 泥棒がこの付近に逃走中との情報が入ったので・・」

    「さ、さぁな。俺達はここで買い物してただけだしよ・・」

    「兵士さん、お母さんの言うとおりですよ。ウチはお母さんと一緒に買い物してたんで・・ね、お母さん?」

    「お、オホホ・・旦那に似て子供は正直だからよ」

    「わかりました、何かありましたら王宮までご報告ください」

    そのまま兵士をやり過ごした親子・・もとい聖とお芋たんは周囲を警戒しながら逃げるように路地裏へと逃げ込むとようやく一息つくが、慣れない芝居をしたものでちょっとしたことでも少し疲れてしまう。

    「いや~、名演技でしたよ。親・・イテッ!!」

    「うるせぇ!! しかし警備はかなり厳重になっているな、こりゃ抜け出すにも一筋縄じゃいかねぇぜ」

    警備のほうは時間が進むたびにかなり厳重になっており、このまま親子でやり過ごすにも無理が出てくるだろう。それにマスガッタ王国がエルフの里へと協力を依頼してきたら更に状況は悪化するのは間違いない。元来より魔術に長けている彼らに掛かれば自分達を見つけ出すことなど容易なのは間違いないので早めに国外へ退去しないと安心は出来ないだろう。

    「そりゃ国宝盗んだらそうなりますよ。あ~あ・・店のほうはどうしようかな、狼子さん1人だと申し訳ない」

    「んなもん放っとけ。狼子には長期の休暇取らせたから暫くは閉めたっていいだろ。しかしどうやってオサラバするか・・」

    「どうしました?」

    「いや・・なんかこいつを盗んでからさっきから変な感触がするんだ」

    実のところ聖は真紅の涙を盗んでからと言うものの気味の悪い感触に度々襲われているし、翔についても納得のいかない部分がある。彼とは決して初対面ではなく、過去に何かしらの接点を感じさせられるのだが・・どうも思い出せない。

    「それに・・俺はあの傭兵野郎とはどこか会ったことがあるんだが、それがいつかは…思い…出せねぇ……んだよな―――」

    「思い過ごしじゃないんですか? そんなことよりも早いところこの国を出ましょう、エルフの里に協力を求められたら流石のウチでもしんどいですし・・って、親分大丈夫ですか!?」

    「そ…う…だな……――」

    「親分!!!! こうしちゃいられない!!」

    徐々に気持ち悪い感覚から頭痛に変わり、聖の容態は急変する。お芋たんもあらゆる回復魔法や持って来た自家製のアイテムを投与していくのだが、聖の容態は良くなるどころか更に悪くなる一方で表情も苦痛そのものなのでお芋たんも気が気ではない。

    (そんな!! 回復魔法どころかアイテムすら効かない――!!)

    「…を……置い…て……逃…げろ…お、俺は……」

    「何弱気なこと言ってるんですかッ!! 待ってください、今最大魔力を込めて――」

    「そ…そ…うだ。前に…も……あいつは………俺をこん…な風に……救って……くれた……んだっけ…か……」

    「親分…親b――!!」

    聖と同時にお芋たんの意識も失ってしまう、そしてその背後には不適に笑う1人の男の姿が・・

    「さて、お前等には悪いが馬鹿息子の為に1つこのまま悪党の術中に陥ってもらうぜ。最悪な場合はちゃんとしてやるから安心して眠っていろよ・・ハァッ!!」

    男の魔術によって2人は意識を失ったままある場所へと転移されると男もその場から姿を消す。そしてその微かな魔力に発せられた魔力の気配をこの人物がキャッチする。

    (――!! 誰だ?)

    「どうしましたか、デピスさん?」

    「いや・・大丈夫だ、気にしなくていい」

    聖たちの異変が発せられたのと同時期、3人も翔がフェイの父親と戦ったとされるエルフの里境界線付近へとやってきており、翔が激戦の様子を話しはじめる。

    「ここがフェイの親父と戦った場所だ。激戦に次ぐ激戦で周辺の地形はかなり変わったんだが・・元に戻っているな」

    「ああ、それは父さんが自然魔法で元に戻したんだと思います。それぐらいは朝飯前ですから」

    「自然魔法を朝飯前とか・・お前の親父は規模がでかすぎるっての」

    自然魔法は数ある魔法の中でも習得難易度が最高位ともされる魔法で並み居る大賢者の中でも研究している人間はいれども使用できる人間はいなく、今までに使用しているのはフェイの両親ぐらいしかいないのだ。

    「ところでデピスさんはどんな薬草を探しているんですか?」

    「マギクの花だ。・・まぁ、俺のことなんて置いてくれればいい」

    「そういうわけにはいきませんよ!! マギクの花ならここらへんにわんさかありますし」

    そういってフェイは至るところに生えていたマギクの花を積みまくって束にするとそのままデピスに手渡すが、当のデピス本人はあまり嬉しそうではないので余計に翔の疑問を生む。

    「はい、これだけあれば色々使えると思いますよ。マギクの花は様々な素材になりますからね」

    「ああ・・ありがとう」

    (目当ての品が手に入ったのに嬉しそうじゃねぇな・・)

    目当ての品が手に入ったら本来ならばそれなりのリアクションはして当然なのだが、ことデピスに限ってはそういった表情すら見せていないのだから疑問を覚えないというほうが無理もない話しだろう。

    「そういえばデピスさんはマギクの花で何を生成するんですか?」

    「“マギクの花を集めし者は守護神アラーからの祝福が与えられん――・・さすればルンベル渓谷の龍の衣を纏いて力を我が手に集うだろう――”」

    「え? それって・・ボルビックの教えですか?」

    「ああ・・今となっては帰るべき場所がない俺には関係ないのだがな」

    未だにこの忌むべき教えを口ずさんでしまう自分にデピスは未だにあの地への郷土心があることに内心驚いてしまう、自分の人生を変えられたあの教え・・自分の正義とまで信じ込んでいた教えの裁きをその身に受け、心身ともにズタズタにされたあの日から自分の世界は瞬時に反転した――・・


    惜しみない家族の愛情は憎しみへと変わり――・・


                   友人は暴徒へと変貌した――・・



           崇拝していた神は・・邪神へと姿を変えて牙を剥く――・・



    耳を塞ぎ、目を瞑りたくなるような出来事が一気に起きたことで地獄の日々は幕を開けた。血肉を喰らい、泥水を啜りながらこの地獄のような数年間を生きてきた・・いや、そうしなければ生きてこられなかったのだ。気がつけば自分は国を追われた哀れな羊から忌み嫌われるべき悪党へと変貌してしまう日々に不思議と心が踊る。



    時折、懐かしんでしまうあの日々の断片に皮肉んでしまうデピスをフェイは少し思考しながら言葉を搾り出す。

    「・・デピスさん、人は“故郷”を捨てきれないんだと思います。誰にだって帰る場所はある・・それを否定してしまうのはとても悲しいことですよ」

    「女体化した日から故郷に俺は捨てられたんだ。・・俺の目的は達した、それじゃあな」

    「デピスさん、捨てられたのなら見つけ出せばいいじゃないですか!! 僕でよければそのお手伝いを――・・」

    「フェイ、止めておけ。そこは俺達がどうこう言える問題じゃねぇ、こいつが自分の足で見つけ出さなきゃいけないんだ」

    そのまま黙って2人は哀愁漂うデピスの背中を見つめながら別れる、彼女の行く末に幸あらんことを願いながら。

    デピスと別れた2人はそのままエルフの里境界線付近に近づくと結界が目の前に迫る。

    「ここから先は結界を迂回して進めないようだな。お前の親父がは俺の戦いと終えてどこにいるかは分からんがな」

    「・・父さんならきっとエルフの里の中ですね」

    「おいおい、エルフの里っていってもこの結界はそう簡単に敗れる代物じゃ・・」

    「普段の魔道師だったら不可能ですけどね。実はこの結界を破るにはちょっとしたコツがあるんです。
    “聖なる光の源よ、闇を打ち祓う術をこの我が身に託したまえ! シャイニング・ウォール!!”」

    「そいつは・・伝説の神聖魔法か!!」

    フェイが繰り出したのは伝説とも称される神聖魔法・・翔も傭兵としてその存在は噂程度ならば何度か聞いてはいるものの実際にこの目で見たのは初めてだ。フェイは呪文を唱え終えると右手には光り輝く巨大なシールドが形成される、シャイニング・ウォールは本来は防御魔法の中でも最高位に値する魔法でどのような攻撃にも耐えうるという性能なのだが、フェイはそれをあろうことか結界に近づける。

    「おい、フェイ・・まさか!!」

    「感心するのはまだ早いですよ翔さん。この結界を解くにはこうするんですよ!!」

    そのままフェイは右手を結界に近づけると魔法と結界がぶつかり合って周囲からはかなりの衝撃が発せられる、翔は必死に身体を堪えつつ衝撃に耐えながらフェイは更に魔力を高めて展開すると結界からは徐々にヒビが入るとフェイの魔力で更に巨大化したシャイニング・ウォールは結界とぶつかり合いながらその威力を強めていき、ついに結界は轟音を立てて崩壊する。あまりの光景に翔は唖然としてしまうがフェイは即座に翔を急がせる。

    「厳重な結界が崩壊した・・」

    「急いでください翔さん、結界はすぐに復活しますので」

    「お、おう・・」

    2人は結界が復活する前に急いで里の中に入りると同時にフェイの言うように結界が元通りに展開され、そのままフェイの案内の元でエルフの里の内部へと進んでいくがフェイの手馴れた手際の良さに翔は驚いてしまうばかり。

    「しかしあの結界をこうも簡単に砕くとは・・」

    「あの結界は普通の魔法や上級魔法だと通用しませんけど、上級暗黒魔法や神聖魔法なら話は別です。よく父さんや母さんもあんな感じで結界を突破してましたしね」

    とフェイは簡単に説明するが翔にしてみれば規模が大きすぎて何が何だかついていけない、仮にフェイが自分と同じような傭兵でなくてよかったと心の底から安堵する。フェイからしてみればこのエルフの里の結界などは両親が何度も突破していたし、自分も修行で散々やらされていたのですっかり手馴れてしまっているのが恐ろしいところである。

    「しかし思いっきり不法侵入だな。襲われても知らないぞ」

    「あ、そこら辺は大丈夫ですよ。僕達が里に入ったことは既に彼らには勘付かれていますので」

    「なるほど、それで襲われねぇってことか」

    翔が現状について納得したところで彼らは里の中秋へとたどり着く。普段エルフが住む集落と言えば小屋とかといった自然と調和した田舎の風景が思い浮かばれるが・・現状は大きく違っており、高層マンションのような建物がぎっしりと立ち並んでおり、市場は散らばっておらず代わりに娯楽施設が多数並んでいるので人間の住む世界よりも都市化が進んでいる光景に翔は思わず絶句してしまう。


    「な、なぁ・・ここがエルフの里なのか? イメージしていたのと全然違うんだが・・」

    「まぁ、最初はそんなものですよ。簡単に説明しますとあの高い建物はマンションといって中にはたくさんの部屋があって彼らはそこに住んでいます。それにこの街の元は強力な魔方陣が敷かれているんですよ」

    「さすがエルフの里だな。それに市場が見当たらないが?」

    「市場はありませんよ。その代わりにあそこのスーパーっていう建物で日用品を売買してるんです、よく絵本とかで出てくるエルフの話は今から約200年も昔の出来事なんですって」

    その後もフェイからエルフの里について色々聞かされるが、規模が大きすぎてまるっきり頭に入ってこない。それにエルフ達はフェイを見るや否や気まずそうな顔で応対するのも気になってしまう。

    「なぁ、さっきからどこか避けられてる気がするんだが?」

    「・・僕等の修行でエルフの里は一時期滅茶苦茶になりましたからね。一応エルフには知り合いもいるんですけど」

    「おいおい、建物ちょっと壊したぐらいだろ?」

    「建物が壊れるのはしょっちゅうですよ。あの時は僕が6歳の頃で両親は幼い僕等目掛けて容赦なく強力な魔法をぶっ放したり、剣術で周囲をお構いなしにメチャメチャにしてましたけど怪我人はいなかったのが幸いでしたけどね、他にも色々あって・・」

    「ま、まぁ・・過ぎたことをいつまでも引き摺るなよ。なっ!!」

    流石にフェイが惨いと思ったのか、翔は何と励ます。といってもこの規模を誇るエルフの里を壊滅状態まで陥らせたフェイの両親の凄さを改めて実感する、フェイの話を聞くたびに自分はいかに無謀な勝負を仕掛けたのだろうと改めて実感させられるのであった。

    最長老の間

    エルフの里の地下深く・・エルフ達を統率する立場にいる最長老はいつものようにこの部屋で執務をこなしながらも男から言われた無茶な要求を思い出すたびに頭痛に悩まされる。

    「はぁ・・いつもながらあの2人は困ったものだ。結界を張り直す苦労も知らんで・・」

    思えば彼らがここを訪ねてきた場合は決まってロクな目に遭ってしまう、あるときは子供の修行で里全体をメチャメチャにされたり・・またあるときにはエルフに代々伝わるとされる秘薬を使われたりとしているのでこれまでの経験からして今回のことも嫌な予感がしてならない。

    「さてどっちの息子かはわからんが、こっちに向かっているから一応歓迎でも・・」

    「おじいちゃん。フランソアとフェイが来ているんでしょ?」

    「これ、ポアロ! ここへは勝手に入ってはならんと何度も言っているじゃろ!!! 大体昔から・・」

    「はいはい、入るのは構わないが他に示しがつかないとか言いたいんでしょ? その台詞も耳タコよ」

    突如として現れた若くて年頃のエルフの娘・・彼女は名をポアロといい、最長老の孫娘でありながら実力も極めて高いのでゆくゆくは両親の次に最長老の後を継ぐといわれる将来が期待されている娘であるが、慎重な性格の持ち主が多い他のエルフと違って非常に好奇心旺盛で昔から何度か里を脱走している問題児でもある。そんな彼女はフランやフェイとも当然ながら顔馴染みであり、久しぶりの再会を楽しみにしているようだ。

    「全く・・あやつらの子供と仲良くするなとは言わないが、ワシの孫娘ならもう少しエルフとしての自覚を持つことじゃ。ワシ等の一族は代々このエルフの里と民をあらゆる脅威から守り、先代から培われてきた文化を・・」

    「“繁栄と誇りに敬意を表しながら掟を尊重すべし・・”それも昔っから何度も聞かされてるわ。これでもエルフとしての分別は付けているわよ」

    エルフにも法律の代わりに掟とというものが存在しており、エルフ達はその掟を守りながら暮らしている。ちなみにこの掟を破ったものは例外なく魔力も封じられた上に里から永久に追放されてしまうのでよほどの覚悟がない限りは破る不届き者はいない、それにエルフ自体が真面目で誇り高い種族なのは知られているので掟を厳守するのは当然なのだ。

    「ねぇ、何で人間には女体化があるんだろうね。あれのお陰で人間達の間で無用な争いが起きている現状を神様は見越しているのかしら?」

    「あれは神々が人間達に与えた“罰”・・人間全体が乗り越えない限り無理な話だ。ま、人間共がそれに気付くかは永遠の疑問じゃがな・・そんなことよりもお前は息子が破壊した結界をさっさと修復してこぬかッ!!!」

    「さっき終わったわよ。さて久方の再会だから積もる話もしないとね」

    「わかったから、大人しくしておれ。内容も大方分かるからな」

    溜息混じりに最長老は一息ついたのと同時に従者に付き添われてフェイと翔がこの部屋を訪問するとポアロは喜びの表情で一目散にフェイに駆け寄る。

    「フェイ!! 久しぶりね、元気にしてた?」

    「あ、うん。ポアロも相変わらずだね、最長老さんもご無沙汰しています」

    「ふん・・」

    最長老にとってフェイの存在は里を滅茶苦茶にした人間の1人ということは変わりないので心境も穏やかではない、そんな祖父とは対照的にポアロはご機嫌にフェイに話しかける。

    「そういえばフランソアはどうしたの? 彼も来てるんでしょ!」

    「姉さ・・いや、兄さんは今回は来てないよ。代わりにこの翔さんが一緒に同行してくれたんだ」

    「へー、見た目はフランソアと似てるわね。一応自己紹介から、私はポアロ! フェイから聞いていると思うけどおじいちゃんの孫よ」

    「俺の名は中野 翔だ。どのエルフも俺達人間には話してくれなかったから、あんたみたいなエルフは初めてだ」

    「ああ、どのエルフも人間に対しては皆あんな感じよ。決して見慣れていないわけじゃないけど、外の世界には関心がないだけでもう少し時間を掛けて話せばすぐに打ち解けると思うわ」

    翔がエルフに対して抱いた第一印象は人間に対しての優越感が高くそっけない感じであったが、ポアロの話を聞く限りはどうやら実態は違うようである。

    「みんなも私みたいに外の世界に関心を持てば印象も変わると思うわ。私も様々な人間を実際に見てきたけど・・みんながみんな悪い人間ばかりとは限らないしね」

    「いや、そういった考えを持っているのは立派だ。俺達と見た目や歳は変わらないのに世界を広い視野で見ている何よりの証拠だ」

    「ポアロは見た目は若く見えますけど・・実年齢は人間で換算したら50代ですよ。エルフは僕達人間と違ってかなり寿命が長いんで若い期間が相当長いんですよ」

    「ま、マジかよ!! 見た目は俺達と全く変わらねぇのに・・」

    翔もエルフの長寿ぶりは聞いてはいたのだが、実際に目にしてみると驚きを隠せない。ポアロの見た目はフェイやフランと何ら変わりないのだが、実際は自分よりも倍以上に生きているとは軽くショッキングな話である。

    「小さい頃に会った人間の知り合いなんて今や老人になっているわ。それよりもフェイたちはおじいちゃんに用事があるんじゃないの?」

    「そうだった! えっと・・最長老さん、父さんか母さんが訪ねてきてませんか?」

    「・・小僧の父親が昨日訪ねてきた。全くいつ見ても憎たらしい奴じゃよ」

    「何か言ってませんでしたか!? ここ最近は母さんと行方知らずで探しているんです」

    「さぁな、・・それよりこっちも聞きたい事がある。お主ら、デピスと言う人間を知らんか? あ奴が言うにはここにうろついている悪党らしいんじゃが・・」

    「えっ――・・」

    最長老から尋ねられた意外な人物の名前に今度はフェイと翔が動揺を見せる、ついさっきまで一緒に同行していた人物が悪党という思いがけぬ事実に2人はとてつもない衝撃を覚える。


    (あいつ・・道理で怪しいと思ってたんだ。どうする、フェイ?)

    (どうするって言われましても、デピスさんがそんな人物だなんていくらなんでも・・)

    「・・あれからこっちでデピスと言う人物について少し調べたんじゃ。ボルビックから抜け出した後は様々な国をまたに掛けての悪行三昧でどの国もほとほと手を焼いているようじゃが、所詮は人間どもの話・・わし等エルフには実害はないんで放置しても構わんがの」

    あまりにもの無責任な言い方をする最長老にポアロは思わず腹を立てると即座に言い返す。

    「ちょっとおじいちゃん!! いくらなんでもそんな言い方はないでしょ!!!」

    「何を言うかッ!! 外の世界のしょうもないゴタゴタにわし等エルフが気に留めること自体がおかしい話じゃ!!! 悪魔の封印が解かれたとなれば話は別じゃが、これは人間同士の話・・わしらが干渉する筋合いはない、掟を忘れたとは言わせぬぞ」

    「うっ・・」

    掟を出されたらポアロも渋々ながら納得せざる得ない、彼らエルフの掟では外の世界への訪問はある程度は許されてはいるものの、人間への私的な干渉に関しては有事を除いて禁止されているので最長老の娘であるポアロもその例外ではないのだ。

    「特に小僧も掟に関してはあの阿呆たちから聞かされているから知っているじゃろ。こっちに何かすれば対処はするが、それ以外はノータッチじゃ」

    「はい。そこは両親から教えられていますので・・」

    フェイも判ってはいるものの何ともいえない理不尽さに納得がいかないようだ。彼らの掟に対する尊厳さはポアロを見れば判る、しかし度が過ぎれば今も繰り広げられているボルビックみたいな惨劇を引き起こすんじゃないかとフェイは感じ取ってしまう、彼らも崇めている守護神アラーの教えを忠実に守ってはいるものの破った者に対しては無慈悲に赦す機会すら与えずに断罪を貫いているのだから・・

    「・・じゃが、いつまでもこのあたりをチョロチョロされればこっちも迷惑なのは事実。そこでこちらから提案がある」

    「なるほど、そいつがあんた等エルフに何かしらの脅威を与える前に俺達に退治させようって腹か」

    「ほぅ、お主はそこの小僧と違ってそういったことに手馴れているようじゃな。まさにその通りじゃ、もし悪党を退治してくれたら何かしらのことはしてやろう」

    翔にしてみればこういったことは仕事柄で手馴れているので最長老の言いたいことはおおよそ予想がつく、しかし自分はあくまでもフェイの同行なので最終判断は彼に一存させる。

    「ま、俺は別にどっちでもいいんだが・・そこら辺はフェイに任せるが、どうするんだ?」

    「・・やります。デピスさんについては僕の目で直接確かめたいですし」

    最長老から聞かされたデピスに関しての信じがたい実態の数々・・翔は彼女の不可解な行動の数々から確信を繋げているが、フェイは心のどこかではまだ信じきれてはいないようであるが、翔もそんなフェイの心境はわかるのだがここは何も言わずに黙って見守る。


    「ならば商談成立じゃな。・・ポアロ、お前は里から出ることは許さん」

    「ええっ!! 見たところ人間の中でも骨のある相手だから戦いたかったのに・・私もフェイと一緒に戦わせてよっ!!!!」

    「ダメじゃ!! お前は我が一族の後を継いでエルフ達の頂点に立たなければならぬ存在じゃぞ!? 人間に着いていくとは言語道断、ハァッ!!!」

    そのまま最長老は魔力を展開させるとそれらを凝縮させた小さな塊をポアロ目掛けてぶっ放して直撃させる。ポアロは慌てて魔力を展開させようとするのだが、全く何も起こらない・・どうやら魔力を封じ込められてしまったようでポアロはあらゆる手段を講じるのだが、魔力はうんともすんとも沸き起こらない。

    「そ、そんなぁ~・・」

    「暫くはその状態で頭を冷やせ」

    このままポアロを放っておけばフェイたちに着いていくのは目を見ても明らか、それにポアロの行動力は最長老も熟知しているのでそれらを見越した上で魔力を封じたのだ。こうなってしまえばポアロもただのエルフ同然なので口惜しそうにしながらも渋々現状を受け入れるしかないのでフェイにとあるアイテムを手渡す。

    「ううっ・・フェイ、ゴメンね。代わりにこれを使って、きっと役に立つと思うわ」

    「これは秘薬中の秘薬といわれるサクヤ草じゃないか。貰っちゃってもいいのかい?」

    「待たんかッ!! サクヤ草はエルフの中でも秘薬中の秘薬・・そんな貴重なもんを勝手に持ち出しおってッ!!!」

    「別にいいじゃないのッ!! サクヤ草は繁殖に成功したって聞くし、それにこっちから頼んでいるんだからこれぐらいのことはしても掟には反しないわ」

    「うぬぬぬぬ・・」

    一矢報いて気を良くしたポアロはフェイにサクヤ草を託す、それにポアロは他のエルフとは違って人間達にも分け隔てなく対等に接するのでこういったことはきちんとする性格なのだ。

    「ありがとう、でもサクヤ草は貴重な代物には違いないから大事に使わせてもらうよ」

    「頑張ってよ。そっちの彼もフェイの足手まといにならないでね」

    「へいよ」

    そのままフェイはアイテムを管理している翔にサクヤ草を預ける。

    「さて、おじいちゃん。そのデピスって人間の場所を2人に教えてあげてよ、それぐらいは造作もないでしょ?」

    「わかってるわい!! いいか、一度しか言わんから耳をかっぽじって良く聞いておけよ!!! 場所は・・」

    (きっとデピスさんは迷っているだけなんだ、決して悪人じゃない!!)

    フェイは新たな決意を胸に決戦に臨むのであった。

    とある平原


    草木が生い茂るこの平原にてお芋たんは意識を失ったまま横たわっており、微かに靡く風の気配からようやく意識を取り戻す。

    「ううっ・・ここは?」

    何者かによってマスガッタ王国で気絶させられてたお芋たんはようやく意識を取り戻すと見慣れぬ平原の風景が真っ先に視界に飛び込む。
    少ない頭で必死に考えて状況を整理していくと、自分が気絶している間に何者かによってこの場所へと移動させられたのには違いないのは容易に予想はつく、それに自分は親分である聖を必死に介護していたのだがその肝心の聖が近くに見当たらないので恐らくは自分よりも先に目覚めてどこか探索しに出かけたのだろうと判断する。無事に盗み出した真紅の涙は聖が持っているのでそれを辿れば聖の居場所など簡単に見つかるのだが・・気絶させられる前のあの聖の尋常ではない苦しみが疑問だ。

    「って、まずは親分を探さないと!! あの苦しみから察するにそう遠くへは行っていないだろうし、放っておいたら悪化するのは間違いない!!!」

    そのままお芋たんは立ち上がると聖を捜索する、それに自分は体力はおろか魔力もある程度は消耗していたのに何故か完全に回復しているのが不思議で仕方がないが、魔力が回復しているのならば聖を捜索するのが随分と楽になる。どうしても仕事柄で2手に別れることがあった場合を備えて聖にはお芋たんの魔力だけを感知する特殊なアイテムを左腕にブレスレットとして装備している。なのでお芋たんが魔力を発せれば聖がやってくるかもしれないし、逆にお芋たんがブレスレッドが感知した辿って探し出す出来るのでお芋たんは即座に魔力を展開させるとすぐさま聖のいるであろう場所まで移動する。

    「(魔力からして親分はここらへんにいると思うんだけど・・あっ、いた!)親分~!! 大丈夫ですか・・」

    「・・」

    必死の思いで聖を見つけたお芋たんであるが、聖は周囲を決して振り返らずにお芋たんなど気にも留めず黙ったままその場に佇むが、とりあえずお芋たんとすれば無事に聖を見つけられたので早いところ追っ手が来ないうちに休業している元の酒屋へと戻りたい。

    「ま、無事でよかったですよ。早いところ帰りましょう」

    「・・る・」

    「へっ? 親分、何言って・・」

    「フフフ、まさか仲間がいるなんてね。手駒が増えてラッキーだ」

    突如として2人の前に現れたのはデピス。何が何だかわからないお芋たんであるが、彼女をマスガッタ王国の追っ手と判断したお芋たんは即座に構えて魔力を展開するが、デピスはフェイたちには決して見せなかった邪な笑みを浮かべながらお芋たんを観察する。

    「マスガッタの追っ手だったらさっさと退散してもらうよ!」

    「どうやら真紅の涙に触れたのはこの女だけか。・・貴様も我が魔術でこの女と同様に忠実な僕になるがいい!!」

    「訳のわからない御託並べてたら痛い目を見るよ!! “紅蓮の炎よ、我が手に集いたまえ・・ドラゴン・バーン!!”」

    そのままお芋たんはデピス目掛けてドラゴンバーンをぶっ放すのだが・・なんと驚くべきことに聖は拳に魔力を展開させるとデピスを護るかのようにドラゴンバーンを彼方に吹き飛ばす。

    「なっ――・・親分!! 何してるんですかッ!!!」

    「ハァッ!!」

    この目を疑う光景にお芋たんは暫し呆然としている間もなく聖は追撃の手を緩めずにお芋たん目掛けて容赦なく拳を打ち付けて一瞬の隙すらも与えず襲い掛かる。お芋たんは何とか聖の猛攻に耐えてはいるもののその圧倒的な力の前には生半可な魔法では対処は出来ないだろう、それに上手いこと聖を対処できてもデピスの存在がお芋たんに更なるプレッシャーを与える。

    「親分、ウチですよッ!!! わからないんですか!?」

    「無駄だ。今のこいつは俺の忠実な手駒だ、お前も魔法使いならばどうやったかはわかるだろ?」

    「まさか“呪術”? でも親分が装備しているアイテムには魔法の耐性があるはずなのにッ――!!」

    呪術とは文字通り相手を操ることが出来る魔法で暗黒魔法の一種で習得難易度も低い部類に当たるので普段ならそこまで脅威ではないのだが、それでもかなりの熟練者であればその呪縛は強力になり人一人を操るぐらい造作でもないのだ。そして聖を見事に操っているデピスの実力も恐らくは相当なものだろうし聖に掛けられている魔法による呪縛も強力なものだろう、お芋たんも魔法に関してはそれなりには自負している。それに聖の装備しているアイテムは魔法に対する耐性があるので生半可な呪術は通じないはずなのだが、デピスは感心したように頷きながらお芋たんの問いに答える。

    「ああ、道理で呪縛を固定するのに手間取ったのか・・だけどお前も見たところある程度は暗黒魔法を扱えるようだ、手駒として考えたら優秀な部類だ。
    よし、最後の情けだ。今からこいつの攻撃を止めてやるからある程度の質問には答えてやる」

    デピスが念じると聖は攻撃をやめて大人しくなる、お芋たんもそれに合わせて無駄な追撃はせずに呼吸を整えながら情報交換を試みる、自分の作ったアイテムを強行突破した上で聖をここまで操っているデピスの実力は自分よりも遥かに上だとお芋たんは判断する。

    「まずは、君の名前から聞こうか」

    「俺はデピス・ミッチェル・・同業者から噂ぐらいは聞いたことはあるだろ、サガーラ盗賊団さんよ」

    「!! 国家を問わずあらゆる裏家業を一手に引き受ける超危険人物・・ウチ達よりも名うての国家指定 極悪犯罪者――!!」

    お芋たんも聖と一緒に盗賊をやってからはアウトローの情報はそれなりに把握している。デピス・ミッチェル・・国家をまたに掛けて犯した犯罪の数は優に百を超えており、その手の筋ではかなりの有名人で聖やお芋たんもその知名度は自分たちサガーラ盗賊団よりも上で名前は何度も聞いた事があったが、それだけの人物が呪術まで使って聖を手駒に使う理由が全く思い浮かばない。

    「だったら尚更わからないことがある、あんたほどの人間が何故こんな回りくどい手段を使うんだ。それに手駒って一体・・?」

    「お前も盗賊をしているならわかるはずだが・・順を追って答えてやる。女1人でやれるほどこの家業も甘くないんでね、何かと手駒が必要なんだ。しかし優秀な人物など早々見つからないし、仮に見つかったとしてもこちらの意のままに従えられるといったらそうもいかない・・だからこちらが攻略難易度の高いステージを用意してクリアした奴を呪術で操る。これだったら態々こっちから探す手間も省けるし、呪術で操るだけでいいからな。
    現にお前達はマスガッタ王国の国宝である真紅の涙を奪ったんだ、かなりの実力者には違いない・・だったら後は俺が真紅の涙に呪術の元となる魔法を仕掛けてたら、宝を触れた奴から順に操れるという寸法さ」

    「なるほど・・だから真紅の涙に触れた親分が引っ掛かってしまったと言うことか。確か呪術の魔法を解除するにはこっちが同じ術を使って掛けられている呪縛を中和をして解除するか、もしくは術そのものを掛けている魔術師を倒せば解除される!!」

    お芋たんとて伊達に魔術師をやってはいない、呪術の魔法も扱うことも出来るしそれを解除する術も知っているのだが、デピスは更にお芋たんを絶望に突き落とす。

    「フフフ・・俺がこいつに掛けている呪術は“サクリファイス・ソウル”だ。お前も嗜んでいるようだから、どんな魔法かは言わなくてもわかるだろ?」

    「そんな!! 確か暗黒魔法で扱える呪術の中でも高度な魔法だけど・・術自体は未完成の筈だよ―――!!」

    「貴様の言うように“サクリファイス・ソウル”詠唱の一部は解明されていない暗黒魔法で完成されていない魔法だが・・俺は解明されていない詠唱だけでこれまでにも色んな奴等を手駒にしたんだ。前は確かデスバルトの人間で名前は確か・・篤史とかいう奴だったかな?」

    「うっ、嘘だ!! ・・篤史が死んだなんて嘘だ!!」

    聖に強引に連れされられて以来、お芋たんも盗賊業の傍らで自分が今まで過ごしてきた教会については気には掛けてはいたのだが中々様子を見る暇もなかったが、きっと今まで通りに無事に過ごしていたのと思っていた。それだけにデピスの言葉は信じがたいものでとても事実とは信じがたいもので同姓同名と信じたかったのだが、デピスは更に経緯を語り始める。

    「この国に入る前に俺はデスバルト共和国である仕事を引き受けたが、しかしそれには人手が必要だったんでな。魔法で黄金を造ってそれを餌にして手駒を厳選するためにあらゆる仕掛けを作ってそれを突破したのがそいつだ。確かそいつの最後の戯言はこうだったな“教会のみんなが待っている・・”ってな?
    呪術で操って色々役には立ったが・・4日前に囮として使ったらあっけなく惨殺されたわけだ」

    「“・・虚空より司る漆黒の魔よ 我ここに力となってその身を捧げん。 その衣となりて姿を示せ!! ダーク・トランス!!”」

    早速、ダークトランスで姿を変えたお芋たんはデピスの所業に怒りに身体を震わせながら立ち向かう、デピスもお芋たんの変化に着目する。

    「ダーク・トランスか。どうやら俺よりも暗黒魔法を扱えるようだな、この女と同様に手駒としては優秀な逸材だ」

    「許さない・・ウチの大切な人を殺したお前を絶対に許さないッ――!!」

    「盗賊にしては似合わない面だ。仕方ない俺が格の差を思い知らせてやる」

    「“全ての自然の力よ 我に集いたまえ そして混沌と破壊をもたらせ・・ マ ジ ッ ク  ク ラ ッ シ ュ ! ! ! ! !”」

    「暗黒魔法の高位呪文か」

    お芋たんが放ったマジック・クラッシュはデピス向けて一直線に向かってくる、流石のデピスも直撃してしまえばタダではすまないので軌道を見極めてこれを避けるとお返しと言わんばかりに詠唱を始める。

    「暗黒魔法でも高位呪文に相当するマジック・クラッシュとは恐れ入った、ならばそれ相応に相手をせねばな。“静かなる流水よ 激流となりてその手に放て!! ハイドロ・ブレス!!”」

    「クッ・・!!」

    デピスが放った濁流の如き水圧は周囲の木々を容赦なく砕き、お芋たんも慌てて防ぐもののその威力はかなり凄まじく、お芋たんは容赦なく全身を叩きつけられてしまって倒れてしまうが痛みを堪えながら何とか立ち上がる。

    「ハイドロ・ブレスは水の魔法でも上級魔法に当たるからな、挨拶程度にはなっただろ」

    (お、おかしい!! 水の魔法は基本的に水がなければ真価を発揮しないはず――!!!)

    本来水の魔法は上級や下級を問わずにどれもが強力な魔法で知られているのだが、それは近くに水があればの話であって肝心の水がなければ例え呪文を詠唱したところで発揮することはできない魔法なのだ。しかしこの場所には川など水が溜まっている場所など存在はしないのだが、その条件下の中でこの水の魔法を放ったデピスにお芋たんはかなりの脅威を覚える。

    「さて、これで格の違いが判ったかい。坊や?」

    「確かに水すらないこの場所で水の魔法が放てるのは脅威だ。・・だけど、それでもウチは絶対に負けない!!」

    「諦めが悪い坊やだ。あまり手駒には傷を入れたくはないのだけど・・仕方ない」

    デピスは更に魔力を高めると待機させた聖を使って魔法を使って連携しながらお芋たんに確実にダメージを与える、お芋たんも何とか対処はしているものの聖の動きが早すぎて魔法を詠唱出来ずに反撃にまでは追いつけない。

    「“魂の波動よ その力をもって万物の力を高め我が炎となりて結集せよ! ソウル・バーニング!!”」

    「ッ! “大地の鼓動よ 我が力に集結しその身を護りたまえ! グランド・ウォール!!”」

    大地の壁で何とかデピスの炎の刃を打ち消して防ぎきったものの、デピスは余裕を崩さずに聖と連携しながらお芋たんに容赦ない攻撃を浴びせ続ける。

    「とりあえずは防いだか・・だがッ!」

    「ハッ!!!」

    「グッ・・親分!!」

    お芋たんはこの状況を打破しようと思考を研ぎ澄ませるのだが、デピスの実力が予想よりも遥かに上なので対抗手段が思い浮かばない。それに相変わらず聖の攻撃も激しさを増しているのでそこらへんも配慮しなければ到底攻撃まで手は回らない。

    「盗賊風情が仲間意識を持っているなんてね・・お笑いだ」

    (上級魔法をここまで扱えるなんて・・こいつは強いッ!!)

    「さて・・そろそろ止めをさそうかな」

    「・・こうなったらやるっきゃない!! “すべての光と聖なる力よ! 我の力となりてそれを示せ!! そして滅びを等しく与えたまえ!! マ ジ ッ ク ・バ ー ス ト ! ! ! ”」

    詠唱を唱え終えたお芋たんは巨大な魔弾を上空に向けて放つと魔弾は爆発を起こすと無数の強大な火球となって無数の隕石となって容赦なく降り注ぐ、これにはデピスも驚きを隠せないようで降り注ぐ無数の隕石を打ち消しながらやり過ごし、聖もお芋たんの攻撃を一旦中断して巧みなステップで隕石をかわしつづける。

    「マジック・バーストはサクリファイス・ソウルと同様に“未完成”の暗黒魔法。・・これが“完全”なマジック・バーストだよ、習得したてで不安だったけどね」

    「まさかマジック・バーストまで扱うとは驚いた。このまま隕石を消し続ければこっちは無駄に魔力を消耗する・・仕方ない、あの魔法を放つか」

    無数の降り注ぐ隕石の雨にデピスもお芋たんの力量には同じ魔術師として素直に感心する、しかしこれが彼女を本気にさせたようでデピスは同じくグランド・ウォールで攻撃をやり過ごすとそのまま魔力を高めて切り札である魔術の詠唱を始める。

    「“この地に眠りし力よ その怒りを鎮めて覚醒せよ 我、守護神アラーの名に置いてここに誓わん・・汝に力を与えたまえ!! プレイズ・アラー!!!”」

    「な、何・・――」

    デピスの身体は光り輝くと大地からは轟音が響き、地中からマグマが吹き出てると一箇所に塊となってデピスの手元に集中する。

    「ハッハハ!! これぞ古よりボルビックに代々伝わる超魔術・・守護神アラーの教えは糞くらえだが、この力は捨てがたい」

    「ま・・マズイッ! あんなもの喰らったらお陀仏だ!!」

    マグマは空気に触れていても凝固せずに更に拡大を続けながらマジックバーストの隕石まで吸い寄せて吸収する、これぞデピスの切り札の一つでボルビックに代々伝わるとされる呪文の一つ・・守護神アラーの力を借りたその呪文は絶大なる威力を誇るのでそれを扱える者は極一部に限られており、それを扱えるデピスの実力はかなりのものである。

    「隕石まで吸収するなんて・・なんて魔法だ!!」

    「思ったよりも拡大したな。さて、上手い具合に耐えてくれよッ!! ハァッ!!!」

    (生半可な防御魔法じゃ絶対耐えられない――ッ!! だけど強大な防御魔法を施せる魔力はもう・・親分、すんません)

    デピスの巨大なマグマの塊はその高温で周囲を容赦なく解かしながらお芋たん向けて放たれ、全ての手段を失ったお芋たんは呆然とその場に立ち尽くしてしまう。この巨大なマグマを防ぐにはかなり強力な防御魔法が必要不可欠なのだが今のお芋たんにそこまで放つ余力はもうない・・全ての覚悟を決めて残りの魔力を展開させるのだが、マグマの塊は突然大爆発を起こして消滅してしまう。

    「た・・助かったの?」

    「何だとッ!! これだけの魔法を防ぐ魔力が残っていたと言うのかッ!!!」

    「・・違いますよ」

    「誰だ――・・!!」

    そのまま姿を現したのはフェイと翔・・どうやらお芋たんの危機をこの2人が救ったようだが、デピスの顔を見るやフェイは悲壮感がにじみ出た表情に変わり、翔の顔つきも自然と険しくなる。

    「どうやら、そいつが本性のようだな。デピス・ミッチェル」

    「デピスさん・・」

    「チッ、余計な邪魔が入ったか」

    デピスの表情は苦渋そのもので明らかに2人の介入を嫌っており、何とかやり過ごしたいが・・この2人が相手だとそう簡単にはいかないだろう。そんなデピスを他所にフェイは懸命の思いでこのデピスの所業を食い止める、彼女とは無駄に争いたくはないしこれ以上は罪を重ねては欲しくはない。

    「デピスさんッ!! これ以上、罪を重ねないで下さい――!!」

    「何を言うのかと思えば・・ガキの理想論に付き合って欲しければ相手を選ぶんだな」

    そのままデピスはフェイから視線を外すと周囲をざっと見て、自分が置かれている状況を冷静に整理する。こっちは聖を含めて2人・・向こうは3人なので数から判断すれば不利には違いないのだが、消耗しきっているお芋たんを攻撃してその隙に乗じたらこの場から逃げるのは可能だと判断する。何せ自分の切り札の一つをこうも簡単に防がれたのだから、相当の手慣れだと判断しなければ逆にこっちがやられてしまうのでこの場は逃げるに超した事はない、それに今の自分には聖と言う強力な手駒も手に入ったので無理にお芋たんまで手中に入れなくとも仕事をするには十二分の戦力には間違いないのだ。

    「・・もう一つの手駒が手に入らなかったのは残念だが、1つでも充分すぎるほどの収穫だ。それにこの場にいる面子を見れば一番厄介なのはお前みたいな戦闘経験を積んでいる傭兵だ」

    「大物の悪党に褒められるとは俺も光栄だ。・・フェイ、今まで黙っていようと思ったがこの際だからはっきり言うぜ!!
    お前に迫られている選択は2つ・・この悪党をぶっ潰すか、このまま逃がすかだ」

    (ぼ、僕は――・・デピスさんとは戦いたくはない!! だけど――・・このまま彼女を放っておけばとんでもないことになる。一体どうすればいいんだ!!!!)

    フェイの人生の中で始めて迫られた決断・・翔の目からすればフェイに関しては戦闘面の才能については今まで接して来た人物の中で1、2を争うほどズバ抜けているのは認めているものの、肝心の精神面については歳相応でまだまだ幼い・・さきほどの決断はそれを見越した上での判断なのだが、フェイは重く受け止めすぎてしまいなかなか決断を下せずにいた、

    (どうすれば・・どうすればいいんだッ!!!)

    「・・フェイ、お前の気持ちは良くわかるぜ。俺もお前のような頃にこういったことは何度もあったさ。
    だけどよ、これから長い人生の中ではこういった決断は何度もやってくるし、その度にこの場で下さなきゃならねぇんだ! 


    じゃないとてめぇ自身が後悔することになるんだぜ!!!」

    「翔さん・・」

    翔の深い言葉がフェイの心中に染み渡り、その意味を今度は自分に言い聞かせるながら自分自身に出来る役割を必死に模索する。

    デピスはそんな2人のやり取りを面白おかしく吐き捨てる。

    「そんなのは夢物語に決まってだろ? このガキが悠長に考えた末に決断を下した頃には・・俺はもう既にこの場から逃げている。
    こんな坊主には世の中よりも自分の中で創りあげて自己満足で練り固まった、ちっぽけで卑小な世界の神様になるのがお似合いなんだよ。

    アッハハハ・・ハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!」

    「“至高なる金色を纏いし覇王よ かの地を封じ、我が手に統べる力を与えん! シャイニング・ホールド!!”」

    フェイが造り出した光は周囲を瞬く間に覆うとエルフの里と同様の結界を形成する。そのままフェイは魔力を展開すると臨戦体勢を取る、デピスもそんなフェイに警戒を強めながら慎重に出方を窺う。

    「僕を中心に結界を張らせて貰いました、距離にすると半径60kmってところでしょうか?」

    「この程度の結界で俺を封じ込めたつもりか?」

    「シャイニング・ホールドはエルフに代々伝わるとされている魔法・・里に張られている結界に比べれば強固じゃありませんけど、それでも上級魔法程度じゃ破れません。
    デピスさん・・あなたを止めてみせるッ――!!」

    「ガキが・・“旋風の源よ。我が力の前でその力を発せよ!! ウインドソード!!”」

    右腕に風の刃を纏ったデピスはそのままフェイに向かってくると見せかけて聖と連携して弱りきっているお芋たんに集中砲火を仕掛けるのだが、すかさず翔が魔法剣でデピスの風の刃を打ち消して2人の攻撃を捌きながら連携の一瞬の隙を突いて聖目掛けて一太刀入れるのだが、これは難なくかわされてしまう。

    「チッ、反撃までは手が届かねぇか・・」

    「魔法剣で俺のウインド・ソードを打ち消すとは・・それにガキと違って実戦慣れしているな。こうも容易く見破られるとは・・」

    「そりゃ、この面子で真っ先に狙うとしたら弱っているこのチビだからな。俺がお前の立場でもそうしてたぜ」

    翔はデピスの動向をしっかりと着目しており、その思考を読みきった上であのような行動に出たのだ。翔るの言うようにお芋たんは先の戦闘で魔力と体力をかなり消耗しているので真っ先に狙われてもおかしくないのだ。デピスも翔の行動によって奇襲を封じられたので彼に対する警戒を更に上げるが、翔は更に魔法剣で迷いなく聖目掛けて攻撃しながら2人の連携を絶つ。

    「うらうら!!!」

    「・・ッ!」

    聖も操られているとはいえ拳に魔力を高めながら翔の連続攻撃をやり過ごしながら反撃に転じる、両者互角に接戦を繰り広げる中でお芋たんも体力を振る絞ると諸悪の根源であるデピスに向けて魔法を放つ。

    「“地獄の業火よ、全てを燃やしつくせ! ヘル・フレイム!!!!”」

    「“流水よ! 我が身を護りたまえ!! アクア・ウォール!!”」

    デピスの周りには水の壁が形成されてお芋たんの炎を鎮火するのだが、フェイのクラッシュ・サンダーが直撃してダメージを負う。

    「あなたがいくら腕に自信があっても2対1では勝てません!!」

    「グッ・・」

    「水魔法を使ったのが仇になったようだね。親分の洗脳を解いてもらうよ!!」

    「俺を舐めるなッ!! “自然に流れる流水の波動よ! 我が手に集いたまえ!! アクア・ボール!!”」

    そのままデピスは水の塊をお芋たんとフェイに向かって放つ、それも1つではなく複数の水の塊が2人に向かって縦横無尽に襲い掛かってくるのでデピスに接近するのが困難になってしまい一旦距離を置く、それに他の魔法と比べて威力のある水魔法を容易く扱うデピスにお芋たんは脅威を覚えるがフェイは冷静に状況を見極めながら過去の経験を元に答えを導き出す。

    「なるほど・・水が一切ないこの地で水魔法を扱えるのは右腕に装備してある“マラガスの輪”の効果か・・」

    「え、マラガスの輪・・?」

    聞きなれない単語にお芋たんは首を傾げるものの、フェイの解説が始まる。

    「マラガスの輪は僕の指輪と同じ魔力増幅アイテムの一種だよ、魔力増幅の効果に加えて水魔法を場所に関係なく発動させる効果を持つんだ」

    「なるほど、魔力増幅アイテムを装備しているからサクリファイス・ソウルも扱えることが出来るんだ」

    「みたいだね。・・僕のいっていることに間違いはありますか、デピスさん?」

    「フフフ・・どうやらこいつの効果やサクリファイス・ダークについても知っているようだな。ならばお前達をまとめて倒したほうが良さそうだ」

    そのままデピスは警戒を高めながら2人と対峙する。


    その頃翔は聖と対峙しながら一進一退の接戦を繰り広げているのだが、両者ともに戦法が似ているので決め手になるものがない。

    「相変わらず無茶な戦い方しているようだな」

    「・・」

    デピスの洗脳されている影響で言葉を発しない聖であるが、身体のほうは臨戦体勢を保っているようで翔と互角の戦闘を繰り広げている。それに翔は過去に聖とある一件で対峙した事があるので彼女の戦い方は熟知しているのだが、あの時と実力は段違いなので油断はできない。

    「いい加減に目を覚ませッ!! 3年前に命を救ってやった恩人に対する態度かッ!!」

    「・・」

    「チッ、こりゃ相当重症だな」

    今から3年前・・翔は仕事デスパルト共和国に滞在しておりその時にまだ盗賊を始めた頃の聖と対峙している。その時は翔の仕事のいざこざで聖を巻き込んで命の危機に晒してしまって危うく翔が救ったのと、その時のいざこざで翔の所持している魔法剣が実は今は亡き聖の両親が愛用していたものだと判明したのだ、そのまま様々な紆余曲折がありながらも迫り来る敵を撃破しながら別れたのだが・・まさかこのような形で再会を迎えてしまうとは思っても見なかった。

    「最初てめぇを見たときは驚いたぜ。あの小娘がこんな美女になるなんて思っちゃいなかったからな」

    「ハッ!!」

    お互いに接戦を繰り広げながらも翔は何とか聖を正気に戻そうとあらゆる手段を試みてみるのだが、肝心の聖は元に戻るどころか何ら反応すら示さないのだ。翔も何とか聖を傷付けまいと力を抑えながら戦ってはいるものの聖の猛攻は止まらずに苦戦を強いられている。

    「・・」

    「なんて重い拳だ! あの時とは比べ物にならないぜ」

    聖の勢いは衰えるどころか更に魔力を高めて翔に拳を打ち付ける、何とか急所だけは避けてはいるものの掠めただけでもかなりの威力なので恐ろしい。かといって彼女を殺すのは絶対に避けたいのでそれらを踏まえると翔が取る行動はただ一つ・・聖を気絶させて後で洗脳を解除することである、そうと決まれば翔は聖の動きをよく見据えながら強烈な一撃を叩き込むために剣を構える。

    「・・」

    「動きは確かに身軽だが・・そりゃッ!!」

    「――ッ!!」

    そのまま翔は聖の動きを良く見極めた上で彼女の胸目掛けて強烈な峰打ちを放とうとするのだが・・呆気なくかわされてしまい、逆にカウンターとして強烈な一撃をお見舞いされてしまう。思わぬ威力に翔の身体からは隙が出来てしまい、更なる拳の連打を見舞い膝を突いてしまう。
    立て続けに聖の拳を浴びてしまった翔の身体は悲鳴を上げ続けているが痛みを堪えて再び剣を構えて立ち上がるものの聖の攻撃は止まらない、多大なるダメージの影響で身体はもはや自身の反射についてこれずに成す術もなくダメージを受けてしまう。

    「ガハッ――」

    「・・」

    「や、やべぇ・・」

    決して油断はしてなかったものの聖の実力が自身の予想よりも完全に読み違えたことに愕然としてしまう、あの時の聖も確かに強かったものの今と比べればその違いは歴然でありその成長振りには舌を巻いてしまう。

    「・・」

    「クッ、あの時は命を助けてやったのに今度は奪われちまうのか・・とんだ皮肉だぜ」

    今まで翔はこの腕一本でこれまでの激戦を切り抜けたのだが、魔法に関しては何ら扱えない素人以下なので少しは学んでよければよかったなと今更ながら後悔してしまうが、今は戦闘中なので苦痛を消して表情も余裕を崩さない。

    「さて、この状況をどうするか・・」

    「それは・・こうするのよッ!!! “降りしきる風よ その無を無数の刃と変えて切り裂け!! ウインド・カッター!!”」

    「―――!!」

    突如として聖に無数の風の刃が襲い掛かるが、風の刃は拳で防がれてしまう。翔の危機に颯爽と現れたのはフラン・・どうやら結界を無理矢理ぶち破いて現れたようだが、翔は思わず面食らってしまう。

    「あ、あんたは・・フェイの姉貴か」

    「どうやらピンチだったようね。それにしても久々に手こずった結界だったわ、姉として感心感心♪」

    これまた母親譲りの軽いノリでの登場であるが、フランは状況を見回すだけで翔と聖が陥った状況を瞬時に把握する。

    「あの娘は確か前に出産に立ち会ってもらった・・どうやらサクリファイス・ソウルあたりで洗脳されているみたいだけど、掛けられている術から察するに察するに未完成版のようね」

    「おいおい、のっけから登場して洗脳ってどういうことだよ? 話が全く見えねぇぜ」

    「その娘、暗黒魔法で洗脳されているってことよ。術を解けば元に戻るわ・・――!!」

    のっけから聖はフランに向かって不意打ちと言わんばかりに拳を叩きつける・・が、フランは魔力で聖に纏っている拳の魔力を中和すると格闘術で逆に吹き飛ばす。
    「・・」

    「いきなり不意打ちとは粋な挨拶ね。いいわ、元男だけど今は女・・容赦なく叩き潰してあげるわ!!!」

    「おいおい、洗脳されているなら何とか元に戻してくれ! 出来るんだろ?」

    「ええ、フェイと違って少々荒っぽいやり方になるけどね・・来るわッ!!」

    そのまま聖は弱っている翔目掛けて拳の連打を繰り返すが翔も負けじと剣で応戦する、そしてフランも魔力を展開させるといきなり詠唱を始める。

    「まずはさっきのお返しよ!“魂の波動よ その力をもって万物の力を高め我が炎となりて結集せよ! ソウル・バーニング!!”」

    フランは右腕に炎の刃を纏うと聖目掛けて容赦なく切り付けようとするのだが、これを察知した聖は即座にかわして2人と距離を取ると今度はフラン目掛けて突進して拳を叩きつけるが、フランも負けじと炎の刃で応戦する。

    「・・ッ!」

    「連戦で消耗しているはずなのに魔力が高まっているッ!! ・・どうやらフェイが言ってたのは本当みたいね」

    そのまま埒が明かないと判断した聖は一旦フランから距離を置くとそのまま飛び上がってフランの背後に回ると拳を叩きつける。フランも突然のことで呆気に取られてしまって攻撃を受けてしまう。そのまま聖は追撃の一手を掛けようとするが、すかさず翔が援護に峰打ちを放ち聖の目論見を阻止する。

    「痛たたた・・こりゃ手強い相手ね。威力も申し分ないし、それに加えて動きも早い・・油断してたらこっちがやられてしまうわ!!」

    「こいつ、どうやら相当の修羅場を潜って強くなりやがったな。おいッ!! 本当に俺がわからねぇのか!!!!!」

    「無駄よ。洗脳が掛かってるんだから簡単には・・」

    「・・・ッ! ・・れは・・―――!!!」

    (え? この娘、苦しんでいるの・・ってことはもしかして――!!)

    デピスの洗脳されてから今まで感情を表していなかった聖であったが、ここに来てようやく始めて苦渋の表情を示すようになった。この光景にフランは多少なり驚くものの何とか攻略の手段を見出そうとする、彼女とて一度しか聖とは会っていないものの見るからに本質的な悪人とは思えないし、狼子の出産の時だって何だ何だ言いつつも協力していたので何とか救ってやりたいのだ。

    「・・ねぇ、魔法剣貸して」

    「え? そいつはいいが・・何か手立てはあるのか?」

    「何とかね。あの娘の洗脳を解くにはもう少し大人しくしてもらわないとね」

    聖の状態をみてフランは彼女の洗脳を打ち破る方法を考案する、そのためには聖には大人しくしてもらう必要があるので一気に勝負を付けるためにフランは炎の刃を魔力で更に増幅させると聖に向けて切りかかる。

    「これで迂闊には攻撃できないでしょ!!」

    「ッ・・」

    「そりゃ!!!」

    聖がフランの攻撃に気を取られている隙に翔の斬撃が炸裂するがこれは寸でのところでかわされてしまう。かわした聖は一旦距離を置こうとするものの、フランは更に聖に近づきながらしつこく攻撃を繰り広げて今度はバリエーションも変えながら聖に反撃する猶予すら与えない。

    「ッッ!!」

    「そろそろ気絶してもらうわよ。“すべての光と聖なる力よ! 我の力となりてそれを示せ!! ・・・マ ジ ッ ク バ ー ス ト ! ! ! !”」

    いきなりフランは聖の目の前にまで移動すると、0距離からのマジック・バーストを聖に叩き込む。本来なら気絶はおろか、マジック・バーストを0距離で喰らったら一溜まりもないはずなのだが・・なんと聖は体のあちこちからは傷跡が目立っているものの五体満足で耐え凌いだので聖の頑丈さにはフランも思わず驚いてしまう。

    「ゼェゼェ・・」

    「なんてタフなの!! ロクな装備もなく0距離からのマジック・バーストで生き延びるなんて・・」

    「でも今ので相当ダメージがあったようだな」

    翔もフランの魔法には感心するものの、ダメージが多大なはずの聖の魔力は減るどころか増え続ける一方でフランに危機感を一層募らせる。

    「嘘ッ! 魔力が減るどころか増え続けている・・なんて娘なのッ!!」

    「こりゃ早め勝負を付けないとこっちがやられてしまうな」

    「ハッ!!」

    そのまま聖は我武者羅に翔目掛けて更に激しさを増して襲い掛かる、その動きはとても重傷者だとは思えないほどの俊敏かつ一撃一撃に重たい威力を伴っているので流石の翔でも全てを受け止めきれずにいる。

    「グッ、なんて奴だ! パワーとスピードが桁違いに強くなってやがる――」

    「ッ!!!」

    「気絶なんて生易しいこと言っている場合じゃなさそうね!! “全ての自然の力よ 我に集いたまえ そして混沌と破壊をもたらせ・・ マ ジ ッ ク  ク ラ ッ シ ュ ! ! ! ! !”」

    フランは翔が巻き添いにならないように位置を調整してからマジック・クラッシュを聖目掛けて撃ち続ける。聖は最初こそは打ち返したりするもののあまりの膨大な魔弾の数に徐々に押され始めてしまい、聖に容赦なく魔弾の雨が降り注ぐ光景に翔も思わずフランを止めに入る。

    「お、おい!! もうそれぐらいにしないと気絶させるどころか死んじまうだろ!!」

    「そ・・そうだったわね。ついムキになってしまってやりすぎてしまったから、無事に生きてるといいんだけど・・」

    フランは炎の刃を解くとようやく平静を取り戻して状況を見据える、何せマジック・バーストで弱らした上に駄目押しでマジック・クラッシュを連発で喰らわせたので運が良くて重症・・普通に死と言うレベルなので、煙幕が大規模に立ちこめる中でフランと翔は恐る恐る爆心地へと移動すると傷らだけになりながら膝を着いている聖の姿に2人は驚愕してしまう。

    「ハァハァ・・」

    「おいおい、あれだけの魔法を喰らってこれだけで済むなんて末恐ろしいもんだ」

    「でもこれだけ痛めつけたら動くのは無理ね。・・さて、魔法剣貸して、この娘の洗脳を解くわ」

    「あ、ああ・・」

    そのまま翔から魔法剣を受け取ったフランは聖の洗脳を解除するための詠唱を唱え始め、魔法剣に己が魔力を込める。

    「“常夜の闇を糧とし、暗き心に巣食う邪神よ 希望を喰らい、絶望の果てに彷徨いしこの哀れな魂をここに支配せん! 我、絶対なる永久の忠誠を呪縛となりてこの愚者の心を縛らん、光を喰らいその力を解き放て!! サクリファイス・ダーク!!”」

    「け、剣が・・!!」

    フランの魔法を吸収した魔法剣は眩い銀色が光る剣の色を漆黒へと染め上げて暗黒の雷をビリビリと轟かせる、そのままフランは剣を構えて刃先を聖に向けながら翔に指示をする。

    「さて・・翔さん、ちょっとその娘を抑えててくれない? 確実に洗脳を解くには念には念を入れないと・・」

    「待て待て!! ここまで傷を負っていたら流石のこいつも満足に動くことは・・」

    「いいから、さっさとその娘を取り押さえなさいッ!!! 今は一刻の猶予もないのよ!!!」

    「わ、わかった・・」

    フランの気迫に押されて翔は渋々ながらも背後から聖を取り押さえる、フランもこれからすることには心が痛むのだが洗脳を解くにはこれしか方法がないので心を鬼にしなが苦渋の決断を下す。

    「(ごめんね、少し荒治療になるけど彼方に洗脳を解くにはこれしか方法がないの、だからちょっと我慢してね――・・)翔さん、彼女が暴れないようにしっかりと抑えててよ!!」

    「お前を信じるぜ!!」

    「いくわよ・・ハッ――!!!」

    意を決して聖と少し距離を置いたフランは魔力を更に高めると剣先から閃光ともいえるスピードで黒光りした稲妻が聖の身体に容赦なく直撃すると同時に聖からは尋常でない悲鳴と苦しみが襲い掛かる。

    「グオオオオオオオオォォォォォォ―――――――・・・!!!!!!!!!」

    (瀕死の状態なのになんて力だ!! 今の俺だとこいつを抑えるだけで精一杯だ―――・・)

    とてもではないが言葉では表しようもない激痛と苦しみの余りに聖は耐え切れずに限界以上の力を振り絞って暴れ出そうとするが、翔も翔で持てる体力を全て使って命がけで暴れ出す聖を力ずくで抑えつけるがあまりの凄絶な光景に耐え切れなくなって目を逸らしてしまう。呪術の解除は様々なやり方があるのだが、一番成功率が高いやり方は掛けられた術に対して同じような術かまたは上位の魔法を使って中和してその時に発生するエネルギーを利用して呪縛を相殺するやり方である。しかしこの方法は術を解くとはいえ、長時間にわたり強烈かつ膨大な魔力のエネルギーを対象者にぶつけてしまうので想像を絶するような痛みと苦痛を同時にあじあわせてしまう。例え無事に呪縛を解除することが出来ても弱い人間であれば致命傷になって死に至る場合があるし、無事に生き残ったとしても副作用として呪いとなって一生不自由な生活を送らなければならない羽目となってしまうのだ。

    フランも表面上は平静を装ってはいるものの、内心は聖への申し訳なさと自分への不甲斐なさを両方噛み締めながら聖に向けて剣先から衝撃波を出し続ける。

    「チッ、俺も判っちゃいるんだが・・こいつの表情を見ているとやり切れねぇよッ!!!!」

    (私だってこんな残虐な方法はしたくないわよ――・・
    でも救う方法があるならば躊躇して迷っちゃいけない、例えどんな方法でも医者としてこの娘だけは絶対に救ってみせるッ!!)

    2人の様々な哀しみが錯綜しながら残虐で冷酷な救出劇は刻一刻と続けられる。最初こそはもがき苦しみ暴れ出す聖であったが、その肉体からは徐々に黒い煙が噴出されて叫び声も徐々になくなって大人しくなっていくとフランも稲妻の威力を微調整しながら慎重に様子を聖の様子を窺う。

    「…れ……は……」

    「おっ、洗脳が――!!」

    「もう少しね・・これで最後よ―――!!!」

    フランは剣に蓄えられた魔力を聖に向けて一気に放つと聖はがっくりとうな垂れて再び意識を失う、すかさずフランは聖に魔法で応急処置を施して外傷は抑えていくのだが懸念するのは副作用の呪い・・今の手持ちのアイテムでは到底役には立たないので打つ手がないフランは今度こそ絶望に打ちのめされてしまう、翔もそんな聖の安否をフランに問い詰める。

    「お、おい!! こいつは・・こいつは大丈夫なのかよッ!!」

    「呪縛も無事に解けているようだし、肉体の外傷は魔法で出来る限り治療して脈も確認したから“生きて”はいるわ。・・だけど、呪いに関しては今の手持ちのアイテムじゃ打つ手がないわ」

    この衝撃的な展開に翔は腰が抜けてその場に倒れこんでしまう。本来ならばフランに一言何か言ってやりたいのだが、彼女の心境を察したら逸れはあまりにも酷な話である・・結局は命は救われたものの聖のこれから将来は絶望的ともいっていいほど未来がない、これならばいっそ死んでしまったほうがマシだろう。

    気がつけば2人の目からは自然と涙が溢れてくる。

    「ハ・・ハハハ・・・ 結局はこの始末かよ。前は救ってやれたのに―――今度は何も出来ずじまいかよッ!!! 

    ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ―――!!!!!!!!!!」

    「ごめんなさい・・今回は私のせいよ。こんなの全力を尽くしたなんて言えないわッ――・・」

    フランもこれからの聖の将来を考えるだけで心が痛くなる、そもそも暗黒魔法とはこの世界に封印されている悪魔の力を借りた強大な魔法なのでそこから生まれる呪いはどれも強力なもので肉体は加速的に壊滅され、精神をも蝕まれてしまうので非常に厄介な代物なのだ。
    魔法によって呪いを完全に除去することも出来るのだが、今のフランの力では呪いを出来る限り抑える事しか出来ないので完全に詰みの状態である。

    「・・そう自分を責めるなよ、こいつはまだ死んだわけじゃないんだろ? だけどフェイから預かったこのサクヤ草も意味がなかったのかな」

    「ちょっと待って――・・サクヤ草があるの!?」

    「あ、ああ・・これだけど」

    翔はフェイから預かったサクヤ草を取り出してそのままフランに手渡す、魔法使いでもない自分がこんなものを持っていても仕方はないので自分が持っているよりもフランに手渡したほうがいいと判断したのだ。フランも翔からサクヤ草を受け取るとすぐさま手持ちの道具を取り出して何かしらの生成を始める。フラン自身には呪いを解除する力はないが、呪いを解除するには何も魔法だけではないので希望が自然と見えてくる。

    「なぁ、そんなものをどう使うんだよ?」

    「サクヤ草はエルフに代々伝わる最高の素材よ。これを元に薬を作れば彼女の呪いは完全に消し去ることが出来るわ」

    「マジかよ!! ・・でもどうしてそんなこと知ってるんだ?」

    「・・昔、子供のときにエルフの里で修行した時にフェイとまとめて両親から呪術系の魔法を立て続けに喰らったから、こういったことは慣れっこよ」

    フランも呪いを解除するのは何も始めてはない、これまでにも子供の頃に両親から呪術の魔法を立て続けに喰らって様々な方法で解除されたものだ。聖のようなやり方をフェイ相手に何度も実行したし、逆にその身を持って痛めつけながら呪縛を解除されたりもしたりもした。副作用で呪いになった時も両親の魔法によって解除されたこともあったし、フェイが呪われた時も両親にサクヤ草を中心とした薬の調合を教わって呪いを解除してたのでこういったことには手馴れているのだ。
    そのままフランは手馴れた手つきでサクヤ草を媒体として手持ちのアイテムを調合して即興ではあるが、ある薬を作り出すと未だに気絶している聖に飲ますと瞬く間に身体からは見る見るうちに黒い霧が噴出し、フランもようやく安堵を浮かべる。

    「だ、大丈夫なのか・・?」

    「ええ、これで呪いも完全に消え去った筈よ。伝説の薬草であるサクヤ草が素材なんだからね。それと魔法剣も返すわ」

    フランから魔法剣を受け取った翔はようやく全てが終わったことを悟る、彼も今回の騒動に関してはフェイとフランの両親探しの一環で始まったもので、元は助けてもらったとはいってもこの2人のお願いから始まったものなので普通に仕事としても考えるのが妥当だし、これまでの労力やその他諸々を考慮しても依頼料ぐらいは貰わないと割には合わないものだ。

    「さて、こんな状況で言いづらいけどよ。依頼料に関してなんだが・・俺としては最低でも87000TSは貰いたいんだけど」

    「却下。こっちも元はフェイが死に掛けてたあなたを見つけて助けたんだから、もう少し減額させてもらうわ。・・ま、依頼料についてはこの一件が片付いてから改めて話し合いましょ。
    さっさとフェイを手伝わないといけないしね。だけど相手は未完成とはいえサクリファイス・ダークを扱えるんだから、そう簡単には勝たせてもらえないだろうし」

    と言ってるフランではあるが、ぶっちゃけた話がフェイを助けないと地獄よりも恐ろしい母親からの制裁が待ち構えているので手持ちのアイテムで魔力と体力を回復させてまだ見ぬデピスとの決戦に臨む。それに母親がどこかで見ていてもおかしくはないので早めに行動しないと、いつ何処で制裁を加えられてもおかしくはない状況なのだ。

    「だったら俺も行くぜ。このままフェイを放っておくのは・・」

    「あなたはこの娘とここで待っていてちょうだい。じゃないと依頼料はチャラにするわよ?」

    「わ、わかったよ・・そこらへんを言われたら敵わねぇからな」

    「よろしい。んじゃ、諸悪の根源をさくっと倒したらまた来るわね」

    強引に約束を取り付けたフランはそのまま魔力と体力を回復させるとフェイの元へと向かうのであった。


    その頃、フェイとデピスは魔法の応酬を繰り返しながら文字通りの激戦を繰り広げていた。すでに魔力が残り少ないお芋たんは戦闘から退いておりその2人の激戦振りをまじまじと観察する。

    「あのチビとは比べ物にならんほどの実力だ、手駒としては最高の逸材だ」

    「無駄ですよ。呪術に関しては昔から何度も喰らってますから、その手の呪文は僕には通じませんよ“母なる大地の源よ・・その大いなる生命を与えたまえ! ガイア・ソウル!!”」

    フェイはその場に無数のゴーレムを召喚すると数に物を言わせてデピスを襲撃する、デピスも何とか迎撃はするもののゴーレムの数が多すぎるのもあってか魔法を放つ間もなく逃げに徹するが、ゴーレムたちの勢いは止まらない。

    (ウチ達と戦ったときよりも多数のゴーレムが召喚できるなんて・・なんて技量とキャパシティなんだ!!)

    「クッ、何度も倒してもその度にゴーレムを補充されるッ――・・」

    「さて、このまま押し切らせてもらいますよ!!」

    「・・この私を舐めるなッ!! “大いなる神の息吹よ その力を旋風と変え、今こそ吹き荒れろ! ゴッド・ハリケーン!!”」

    デピスを中心に巨大な竜巻が次々に形成されるとフェイが召喚した無数のゴーレムたちを一瞬で吹き飛ばすと元の岩石へと戻り、そのまま返す力でフェイに襲い掛かる。

    「いくら無数にゴーレムを生成しようが、この竜巻で消してくれる!!」

    「上位魔法・・ならばこっちもッ!! “大いなる神の息吹よ その力を旋風と変え、今こそ吹き荒れろ! ゴッド・ハリケーン!!”」

    フェイも同じくゴッド・ハリケーンを唱えるとデピスと同じように巨大な竜巻を次々に形成するとデピスが作り出した竜巻を一瞬で相殺する。

    「チッ、相殺されたか・・どうやら貴様を倒すには上位魔法ではダメなようだ」

    「連戦に加えて僕との戦闘であなたは相当の魔力を消費したはずです。もうこんなことは止めて下さい!!」

    「・・この俺を舐めるなといったはずだ。こいつを覚えているか?」

    「それはあの時に僕が採取したマギクの花・・まさか、そんなことしてはいけないッ――!!」

    フェイの制止を無視したデピスは突然マギクの花を全て取り出すとなんと驚くべきことにそれらを全て食べてしまうとデピスの魔力と体力は大幅に回復した上に更なるパワーアップを果たすのだが、それら一連の行為が意味することといえばフェイの中で一つしか思いつかない。

    「いくらガキでも貴様は俺が今まで見てきた人間の中で最強とも呼べる実力の持ち主だ。マギクの花を食ってもまだ及ばないのがムカつくぜ・・」

    「マギクの花であそこまで回復して強くなるなら、ウチも――・・」

    「やめるんだッ――――!!! ・・マギクの花はあらゆる素材としては最高の素材だけど、その反面で強い毒性を持つ危険な代物なんだ。そのままで食べてしまえば魔力と体力は大幅に回復して信じられないぐらいのパワーアップを果たすけど、代償として寿命は削られた上に徐々に身体は蝕まれていくんだ」

    マギクの花・・最高の魔法素材として知られるその花は様々な魔法使いから重宝される反面、その危険性の高さも認知されている。それに扱いが非常にデリケートで難しい素材として知られているので殆どの大国では栽培はもちろん、採取することさえも禁じられている。それだけにマギクの花を素材としたアイテムは非常に高値で取引されており摂取や装備しただけで大幅にパワーアップするのだが、それだけに副作用も絶大なのでそれだけで敬遠する者も決して少なくはない。
    しかしマギクの花にはお守りとしての価値もあるのでそれらを考慮した上でフェイはデピスに手渡したのだが、完全に裏目に出てしまったようだ。それを直接身体に摂取したデピスは徐々に体の崩壊が始まるだろう、それはデピスも百も承知・・しかしフェイに勝つにはこれしか方法がないのだ。


    「さて、反撃開始だ。この溢れんばかりの力で貴様を殺すぞ、小僧ォォォ―――!!!」

    「デピスさん、なんで・・」

    「悲観している暇はないよ。こうなったらウチが囮になって出来るだけ時間を稼ぐからその間に強力な呪文を唱えるんだ」

    お芋たんもある程度は休んだとはいえ、体力と魔力は雀の涙程度しか回復してないので出来る事といえば囮役ぐらいしかできない。それにフェイの言うようにデピスが相当強くなっているのならば下手に時間を掛けずに一気に殲滅しないとこっちがやられてしまうのでお芋たんもそこらへんを考慮して危険な囮役を自ら買って出たのだ。

    「今のウチはただの足手まといに過ぎない・・なら、残りの魔力と体力でウチがこいつを抑えるよ。残念だけど君はウチよりも魔法使いとしては実力が上だから頼るしかない」

    「・・わかった」

    お芋たんの覚悟を汲んだフェイは即座に魔力を展開させると高威力の呪文を唱えようとするがそれをデピスが逃すはずがなく、フェイ目掛けてアクア・ボールを連射してその動きを止めるとそのまま勢いに乗って両腕にウインド・ソードを繰り出してフェイに向かって切りかかる。

    「貴様は先に潰しておかないとこうしてマギクの花を食った意味がないからな!!」

    「なんて恐ろしい人なんだ」

    フェイもデピスの覚悟に思わず戦慄を覚えてしまう。2刀流の巧みな攻撃で優位に立っているデピスであるが、フェイに余裕を与えずに距離を絶えず詰めながら冷静になる余裕を与えはしないのでフェイは精神的にも徐々に追い詰められて消耗してしまう。

    (ううっ・・こんなことならポアロに魔法剣でも借りるんだった)

    「このまま一気に押し切らせて・・!!」

    デピスは更なる優勢に転じようと更に斬撃を繰り広げようとしたその矢先に上空から無数の隕石が降り注ぐのだが、デピスは隕石の降り注ぐ位置を把握しながら落下地点を予測して巧みなステップで回避しながら魔法を唱えたであろうお芋たんに視線を向ける。お芋たんも残る魔力を駆使して完全版のマジック・バーストを放ち、何とかデピスの攻撃を分断してフェイが魔法を詠唱する時間を稼ごうとするのだが・・デピスの対処の早さと的確な回避に驚愕してしまう。

    「そ、そんな・・!!」

    「フッ、時間を稼ぐ魂胆だろうが・・その手には乗らない!!」

    お芋たんの意図を完全に把握したデピスは風の刃を消すとフェイに向けて切り札の一つである呪文の詠唱を唱え始める。

    「“絶対なる守護神のこの力を我が手に集い、かの者を滅却へと導き守護神アラーの生贄に捧げん!”」

    「そ、その呪文はッ――!!!」

    「“我、代行者の名に置いてここに裁きを下さん!! ジャッジメッド・バスター!!!”」

    デピスからは強大な魔力の塊が一点に集い始める、これこそデピスの切り札の一つである最大の魔法・・ジャッジメッド・バスター・・ボルビックの守護神たるアラーの力を借りたその魔法は絶大なる威力を誇るとされており、伝説では一瞬にして街を大火の炎で包むとされる裁きの光。
    かつて自分を捨てた故郷の魔法を頼りたくはなかったのだが、高威力の魔法を求めて突き詰めていくうちにある依頼で偶然手に入れた書物にボルビックの守護神であるアラーの力を借りた魔法の力の存在を発見する。デピスも女体化する前はボルビックで魔術師を志した者・・存在や知識はあったのだが、肝心の実力がついていけてなかったので秘術の書をくまなく読み漁り、魔力を高めながら習得するにはかなりの時間を要した。


    その目的は唯一つ――・・自分を奪った故郷への復讐である。

    デピスの魔力は更に高まり、小さかった魔力の塊は徐々に膨れ上がり巨大になってくるにつれてフェイも自分とお芋たんを守るために防御魔法の最高峰であるシャイニング・ウォールを唱え始える。本来ならば強力な攻撃魔法で対抗することがもっともポピュラーな方法ではあるものの、強大なる魔法のぶつかり合いによって生まれる莫大なエネルギーで周囲を巻き込んでしまう可能性が大きい、それにデピスが放とうとしているその魔法の威力は当然フェイも把握しているのでこうして防御を固めて耐え凌げば誰も巻き込まずに済むのだが、デピスはそんなフェイに苛立ちを覚える。

    「神の力を借りたこの魔法に防御魔法だけとは・・笑わせてくれる」

    「これだけの魔法・・周囲の影響を考えたらこの方法しかありません。それに死ぬつもりありませんから」

    「見下げた根性だ。ならば・・死ねッ!!!」

    例えるならば長距離レーザー砲並みの出力を持ったその魔法をフェイはあまりの衝撃に吹き飛ばされそうになるが何とか踏みとどまって喰らいつくように真正面で受け止める。傍から見ればフェイが完全に追い詰められているのには間違いはないものの、フェイが完全に攻撃を防いでいることにデピスは脅威を覚える。

    「馬鹿なッ!! 神の魔法を耐え凌いでいるだとッ!!」

    「例え強大な威力の魔法でも徐々に分散させれば大したことはない」

    よく見てみるとフェイのシャイニング・ウォールはデピスの魔法を少しずつではあるが、分散させて威力を抑えている。フェイもこの魔法を喰らったのは何も一度や二度ではない、何回も喰らっているうちに誰かに教えられることもなく対処法も自然と身体が覚えているからこそこういった芸当が出来るのだ。
    まさに一進一退の膠着状態・・お互いが死力を出し尽くす中で彼方から放たれた一発の魔弾がデピスに直撃するのと同時にフェイも一気に魔力を高めるとデピスの放ったジャッジメッド・バスターは一気に四散すると更に別の魔弾が四散したジャッジメッド・バスターとぶつかり合い相殺される。この呆気ない結末にデピスは呆然とする間もなく、突如地中から現れたゴーレムたちに襲われる。

    「グッ・・これは――」

    「・・今まであなたに痛めつけられて殺された人たちの怒りを思い知りなさいッ!!!」

    この一連の戦闘を的確に対処してフェイの意図を汲んだ人物・・フランであった。そのままフランはデピスがゴーレムに手間取っている間にお芋たんにある程度の応急処置を施すと弟の隣に降り立つ、まさかの姉の登場にフェイが呆然としてしまう。

    「ね、姉さん!!! 何でここに・・」

    「弟の危機を救うのは姉として当然よ♪」

    そのまま格好つけるフランであるが母親から強制的にさせられていることは口が避けても言える筈がないので姉の威厳を保ちながら魔力を展開させて臨戦体勢を整える、お芋たんも怪我を治してもらったのでフランに礼を述べる。

    「あ、あの・・」

    「治療したといっても持ち合わせがなかったから応急処置よ。それにあなたの親分さんも洗脳も解除して治療しておいたから大丈夫よ」

    「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」

    聖の無事がわかったところでお芋たんはようやく一安心して息をつく、何だかんだいっても聖のことは慕っているお芋たんである。

    「さて・・まさか相手がデピス・ミッチェルなんてね、相当な悪党よ?」

    「でも彼女はそんな人じゃないよ! 彼女はただ・・」

    「どういった事情であれ彼女がやってきたことは決して許されることじゃないわ。・・でも殺すつもりはない、然るべきところで裁いてこれまでの罪を償わせるわよ」

    フランもデビスに関しては噂程度ではあるもののそれだけの所業をしていることは容易に予想はついている、ならば自分に出来る事といえば生かしておいて今までの罪を償わせなければデピスの所業によって犠牲になった人たちの無念が報われない。

    「だけど彼女はマギクの花を食べてしまってるから戦いが終わった後でどうやって治療するか・・」

    「そんなものまで手を付けてるの!? 厄介な相手ね・・」

    マギクの花を直接摂取した人間を治療するのは並大抵のことではない、設備が整っていれば治療も出来なくはないがそれでも困難を極めるのだ。

    「こうなったら一気に片をつけるわよ!! フェイ、まだ動けるわね?」

    「まぁね。姉さんと一緒に戦うなんて久しぶりだよ」

    何にせよ、ここでのフランの登場はフェイにしてみればかなり心強いので久しぶりの共同戦線に自然と腕が鳴ると同時にデピスもゴーレムたちの群れをなぎ払って2人の姉弟をゆっくりと見据える。

    「誰だ?」

    「よくも私の弟を可愛がってくれたわね、たっぷり御礼をしてあげるわ」

    「フフフ・・女にこの俺の相手が務ま――」

    「そりゃぁぁぁ!!!!!」

    そのままフランはデピスの不意をついて格闘術で攻撃を仕掛けると装備していた剣でデピスに反撃を許さずに急所目掛けて怒涛の攻撃を繰り広げる、女同士のこの戦いにフェイはもとよりお芋たんも思わず身震いしてしまう。

    「君のお姉さん・・親分並にえげつないね」

    「付き合うのなら考えたほうが良いよ、ああ見えても実力は僕と一緒だからね」

    「君達姉弟が末恐ろしいよ・・」

    お芋たんが感心する中でデピスとフェイの戦闘は苛烈を極めており、互いに魔法の応酬を繰り返している。しかしマギクの花を摂取しているデピスにようやく副作用が見え始めたのか勢いが衰えてしまい、その隙をフランが見逃すわけもなくその隙をついた強烈な一撃をデピスに叩き込む。

    「なんて女だ! あのガキと同等の実力を持ってるとは・・」

    「この私を甘く見ないことね。マギクの花に頼ってフェイと対等なようじゃ、底が知れてるわ」

    「こいつッ――・・」

    副作用から来る激痛を何とか堪えながらデピスはそれでもフランに立ち向かうのだが、今の勢いが完全に衰えたデピスではフランには到底敵うわけがない。それにマギクの花の副作用も考えたらもう身体が持つ可能性も低いだろう、このままフランに勝つためにはデピスが取る方法は一つしかない。ある覚悟を決めたデピスはフランと距離を取ると魔法の詠唱を始める、今までの自分が扱える魔法の中でも最大級の威力を誇り全てを終わらせるには造作もない。

    「よもや、この魔法を使うことになるとはな。覚悟しろよ・・“天海に轟く数多なる雷よ 嵐を呼び絶望の淵へと飲み込む荒津波を鎮めん守護の力を我に見せん!”」

    「この呪文は――・・フェイ、手伝ってもらうわよ!!」

    「わ、わかったよ!!」

    「“全ての愚かなる者たちに裁きと教えを与え、絶望と希望を支配し超越したその力を見せよ!! 我が身にその姿を現せ!! ジャスティス・ザ・アラー!!!”」

    魔法を唱え終えたデピスからは強大な魔力に覆われた鎧が纏われる、このデピスの変化にフェイとフランからは過去の嫌な思い出が脳内に甦る。

    「ね、姉さん・・どうもあの姿はトラウマ以外何者でもないんだけど」

    「あの魔法で何度2人に殺されかけたことか・・まさかアラーの魔法をここまで使いこなせるなんてね」

    デピスの最後の魔法・・それは守護神アラーそのものを召喚させて自身の身体に憑依させる最大にして最強の魔法。数百年前にボルビックを襲った巨大な嵐を圧倒的な力で鎮めたとされる伝説の守護神アラー・・人々はその偉大なる力に畏怖し、そして崇拝したのだ。その伝説と称される力が今デピスの手により解き放たれる。

    「数年前に依頼でボルビックの神官を暗殺した際に偶然盗み出した秘術書・・このボルビックの力で今こそ故郷に復讐してやる」

    「あなた、ボルビックで女体化した人間だったのね!!」

    「デピスさん! もうこんなことは止めてくださいッ!!!!」

    「うるさい! ジャッジメッド・バスター!!!」

    フェイとフランに向けて裁きの光が容赦なく放たれるものの寸でのところでかわすのだが、2人が元いた位置は一瞬で焦土と帰られてしまって先程とは比ではない威力の大きさを思い知らされるが、過去に両親から喰らわされたものと比べればしょっぱいものだが、それでも2人にしてみれば充分な脅威には違いない。

    「詠唱なしでなんて威力なんだ! 何とかしてデピスさんを止めないと・・」

    「でも簡単には止められそうにないわ。・・そういえばあなた暗黒魔法を扱えるわよね!? だったらあいつの動きをちょっとだけ止めて欲しいの」

    「扱えるのは扱えるけど・・でもウチの実力じゃ一瞬でも止められるかどうか」

    「それで充分よ。後はわかってるわね、フェイ!!」

    「うん! その方法しかないね」

    このデピスを止めるには生半可な魔法では話にはならない、デピスが神の力を借りた魔法を使っているのであれば同じ位の魔法でなければ通用しないだ。溢れんばかりの力を手に入れたデピスは次に狙いをフェイに絞ると魔力を高めて巨大な拳を具現化すると躊躇することなく放ち始める。

    「うわ・・!!」

    「スカーレット・パンチィィィ!!!」

    何とか巨大な拳を避けたフェイであるがデピスの攻撃は止む事はなく、圧倒的な力の元で蹂躙しながらフェイを追い詰める。

    「どうした小僧!! 逃げているだけではこの俺には勝てんぞっ!!」

    (まさかここまでの力を持っているなんて!!)

    容赦ない攻撃の雨がフェイに向けて襲い掛かる、何とか致命傷だけは避けてはいるものの攻撃を防ぐために防御魔法を展開するだけでも余計な魔力を消費してしまうのでこのままでは魔力が底をついて女体化してしまうのも時間の問題である。

    「少しばかり時間を稼ぐわよ。“母なる大地の源よ・・その大いなる生命を与えたまえ! ガイア・ソウル!!”」

    時間を出来るだけ稼ぐためにフランは周囲に無数のゴーレムを召喚してデピスの動きを出来るだけ封じるとフェイとフランはデピスの周囲に降り立つと予めの打ち合わせ通り、デピスを止めるために自分達の持つ最大の魔法を放つための詠唱を始める。

    「“漆黒なる魔界の波動よ。我が手に集いし、魔となりて覇を唱えん! 闇を導く破滅の女神よ、光の創造を喰らい尽くせ!!!”」

    「“神々を束ねる光の結束よ。闇を照らし、創世の輝き解き放て! 魔を討ち、邪悪なる存在に罰を与え 光として導いたまえ!!!”」

    「何だ!! この光と闇は・・」

    フランからは闇が、フェイからは光が集い始めると狙いをデピスに向け始める。これが姉弟による戦いを終わらすための最後の力、デピスが神の力を借りるのならばフランは上級暗黒魔法を・・そしてフェイは神聖魔法でも上級に値する神霊魔法でこの戦いを終わらせる決意を固める。
    魔法には階級と言うものが存在しており、高度な魔法になるとそれが躊躇して出始める。確かに守護神に位置するアラーも通常ならば強大なのだが、神の中ではそれほど階級(ランク)は高くはない・・ならばそれ以上の高位の神や悪魔の力を借りた魔法を叩き込めばいいのだ。デピスは何とかゴーレムたちを一掃するとこの場から逃げようとするのだが・・体が思うように動かず、その場に立ち止まってしまう。

    「か、身体が・・!!」

    「お前を倒したいのはウチも一緒だよ! 篤史が苦しんだ痛みを・・思い知れッ!!!」

    お芋たんとてデピスに大切な友人を殺された恨みは決して小さくはない、彼もまたフェイとフランの協力するために残っている魔力を最大限にまで高めると暗黒魔法で出来るだけデピスの動きを止める。

    「・・覚悟はいいわね。“スレイ・ギガ・ダーク!!!!”」

    「デピスさん、僕はあなたを死なせはしません!“ジャスティス・ノヴァ・バースト!!!”」

    「うおおお・・おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」

    双方から放たれた光と闇がデピスに直撃する。


    その頃、翔はフェイの言いつけどおりマスガッタ王国の秘法である真紅の涙をまじまじと見つめながら、未だに意識を失っている聖の様子を見守りながら2人の帰還を待ち望んでいた。

    「全く、マスガッタの国宝を盗み出すとは大した根性だ」

    「・・ううっ、ここは?」

    「おっ、目が覚めたようだな」

    ようやく意識を取り戻した聖は身体の感覚を取り戻しながらゆっくりと起き上がる、まるで長時間眠っていたかのような感覚に聖は奇妙な違和感を覚える。

    「って・・なんでてめぇが俺様の獲物を持っているんだよッ!! とっとと返しやがれ!!」

    「これはお前のもんじゃないだろ? こいつはお前に襲われた駄賃として預からせてらうぜ」

    「この野郎!! ・・相変わらずムカつく野郎だ」

    「まさかあんな小娘が成長して盗賊になって・・俺に襲い掛かってくるなんて久々の再会にしては衝撃過ぎるぜ」

    翔が始めて彼女と出会ったときはまだあどけなさが残る小娘だったのが、ここまで美しい娘へと成長したのに正直男として意識をしてしまう。だけどそれ以上に彼女の実力には目を見張るものがある、あれから幾多の戦闘経験を積んで成長を重ねたのだろう・・デピスに洗脳されたとはいっても自分を追い詰めるほどに成長してたとは驚いてしまう。

    「・・またてめぇに助けられちまったな、前は俺がドラゴンの群れに襲われたときだけか? 正直、また借りを作ることになったなんてな、様ねぇぜ」

    「命があるだけでも儲けもんだろ? それに今回は俺じゃねぇ、お前を助けたのはフェイの姉ちゃんだよ」

    そのまま翔は今回の一連の顛末を聖に話し始める。聖にしてみれば腹が立つ内容であるが、引っ掛かってしまった自分が悪いので今回は何も言えない、それに身体に巻かれている包帯を見ていると翔の話が事実だと嫌というほど思い知らされてしまう。

    「チッ、話を聞くだけでも情けねぇ・・」

    「だったら盗賊でも廃業したらどうだ?」

    「誰がするか!! チビ助と同じようなこと言うな!!!」

    お芋たんからもそろそろ盗賊を廃業して酒屋一本でやっていきたいと話をされたことはあったが、聖は頑なにそれを拒否し続けている。確かに酒屋の利益は日に日に上がっており実際には盗賊をしなくても生活には困らないほどの蓄えもあるが、聖にしてみればその現状が納得がいかないみたいようだ。彼女にしてみれば盗賊という職業は自分が生きるための術であり自身のプライドの証・・自分の居場所はあんな小さな店の店主ではない、盗賊団の頭こそが身を投じていくに相応しい居場所なのだ。

    「お前は運動神経も良いし腕も立つ。それに俺が言うのもなんだが美人が盗賊するのは勿体無いぜ?」

    「なっ・・!! お、俺が何しようが俺の勝手だろ!!! てめぇは関係ねぇ!!!」

    「全くよ、これじゃこの剣が泣いているぜ」

    「死んじまった奴は関係ねぇだろ!! その剣はそもそも俺の両親が使ってた剣をてめぇが手に入れたんだろ? そいつは俺に意味がない代物だ」

    翔の手にしている魔法剣はかって聖の両親が使っていたとされる剣であり、過去に2人が出会ったときの一件で判明したものだが・・翔自身は聖の両親とは面識はなくこの剣もかって所属していた傭兵師団の隊長から譲られたものだ。しかし聖にしてみれば両親なんてものは物心つく前から死んでしまった存在なので何ら関心はない、そんなことよりもフェイとの戦闘以降は盗賊としての地名が落ちたのでそれを挽回するための真紅の涙なのだ。

    「これまで盗賊として生きてきた俺だ。今更そう簡単に変えられるかよ」

    「・・別に俺も人様に言える生き方なんてしてねぇよ。依頼さえあれば様々な戦場に飛び回って仕事上とはいえ人もかなり斬ったさ。
    人に寄っちゃ、俺も戦闘狂となんら変わりはしねぇ・・だけどお前が盗賊やるのと一緒で俺もこれでしか飯を食うことしか知らねぇんだ

    だけどよ、やっぱりお前が盗賊やるのは勿体無ぇ・・折角、美人になったんだしよ」

    「てめぇ・・いつか絶対にぶっ殺す!!! この怪我治してこの俺様が自ら叩き潰して・・ッッ!!」

    「おいおい、啖呵切る前にまずは怪我を治せよな」

    そのまま聖は拳を震え上がらせるが傷が癒えていない身体に激痛が走る、いくらフランが治療したとはいっても持ち合わせで治療した応急処置なので無茶が出来ない身体なのだ。

    「それよりもチビ助はどこに行った? あいつも回収しねぇと帰れないんでな」

    「チビ助って俺とフェイが来る前にデピス・ミッチェルとやりあってたあの小僧か? あいつなら今頃・・」

    翔が空を見上げるのと同時にデピスもボロボロの身体のまま仰向けになりながらその瞳に映るフェイとフランを見続けていた。


    「・・殺せ、マギクの花を食った俺に先は長くない」

    「デピスさん・・何であんなことしたんですか、自分の命を落とすような真似を何でしたんですかッ!!!」

    「笑わせるガキだ。女体化してこの抹消の印を刻み込まれ、弱肉強食の世界に生きてきた俺に命など知ったことではない」

    あれからフランとフェイの最大の魔法をその身に叩き込まれたデピスは重傷を負いながらも奇跡的に生き残ったがマギクの花を食った彼女の身体は老い先は長くはないだろう、既に虫の息のデピスに魔力を使い果たして女体化したお芋たんは息の根を止めるために憎悪を込めて睨みつける。

    「いい気味だよ。・・そんなに死にたいならウチが止めを刺してやる!!!」

    「さすがサガーラ盗賊団だ。そこのガキとは違ってキッチリと手負いに止めを刺すとは同じ悪党として敬意を表してやるよ」

    「このおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

    「・・やめなさい―――!!!」

    すかさずフランは尋常ではない力でお芋たんを押さえ込んで魔法で動きを封じると治療魔法でデピスの身体を治癒しはじめる、そのフランの一連の行動にお芋たんは身動きが取れないまま当然のように声を荒げる。

    「な・・何をするんだ!! そいつはウチの・・篤史を殺した敵なんだ!!!!!」

    「黙りなさい!! ・・デピス・ミッチェル、あなたが今までの犯した罪の重さを考えたら同情の余地はないわ。だけど裁くのは私達じゃない、どうせ死ぬならば然る場で裁きを受けてからにしなさい」

    「だけど!! そんな奴を治療までしなくても・・」

    「ここで殺したら私達も彼女とやってることは何ら変わりないわ。それに何も治療するといっても死なない程度にするだけ・・今まで彼女に無残に命を奪われた大勢の人達のことを思えばここで死ぬのは卑怯よ」

    「・・姉さん」

    フランも今までデピスに殺された人たちのことを思えばこのまま死ぬのはあまりにも卑怯だと思うし、残された人たちのことを思うと無念で仕方がない。然るべき場で裁きを与えて罪をしっかりと償わせるのが生殺与奪を握っている自分の使命だとフランは思う。

    「ヘッ、殺した命ってのは道端で転がっている石ころと何ら変わりはしない。今まで俺に殺された奴は運が悪かっただけさ」

    「・・全く、とんだ悪党だな。ならば同じ末路を辿るが良い」

    「アア――・・?」

    謎の言葉が発せられた直後・・突如としてデピスの身体は爆発を起こすと衝撃により四散した亡骸にも容赦なく紅蓮の炎は襲い掛かりその躯は容赦なく焦がされる――・・あまりにも呆気ないデピスの最期に一同困惑しながら燃やされていくデピスだった亡骸を見つめ続ける。そして静かに足音を立てて1人の男が燃え盛る紅蓮の炎に手を差し伸べると身を焼き尽くして焦げ付いた骨を握りつぶし装備していた魔法剣で燃え尽きて骨と化した亡骸を残っている種火ごと粉微塵に粉砕すると3人を見つめて大きな溜息を吐きながら魔法剣を背中の鞘に収める。

    「カァ~・・こういった悪党には甘くするなと教えたはずだぜ?」

    その男、頬の傷が目立ち巨大な2本の魔法剣をその背中に悠々と装備しながら同時に溢れんばかりの身に纏う魔力だけで周囲を完全に威圧する、男の姿を見るや否やフランとフェイには凍りつくような冷たい感覚に恐怖心を覚えて額からは冷や汗が浸り落ちる。

    「う、嘘だよね。見間違いじゃ・・」

    「だったらどんなに嬉しいか・・」

    「・・よぉ、バカ兄弟」

    「「と・・父さん――!!!!!」」

    姉弟の身体にはデピスの死を吹き飛ばすには充分の強烈な衝撃が心身ともに走る――・・伝説の魔道剣士である父親との再会、これが意味するのは誰にもわからない。

    かってフェビラル王国から誕生した魔道剣士は圧倒的な力と強大な魔力によってこの世界に伝説の数々をもたらし、たった2人ながら列強の大国を子供が遊戯で遊ぶかのように次々と滅亡の危機に追いやり、畏怖と戦慄を与え続けてきたこの世でもっとも神に近いともされる存在・・幾多の国々に伝説を刻み込んだその存在は遥か昔に存在した神と悪魔の再来とも言われる片割れが3人の前に姿を現した。

    「悪党に相応しい末路だ、おい・・ま、息子の実力を思い知らせる修行相手にはちょっと力不足な悪党だったな」

    父親は少し残念そうな顔つきをしたまま今度はフランに視線を向ける、彼が最後に会ったときはまだ列記とした男であった長男・・しかし母親の面影を濃くした見事な女体化振りにがっくりと肩をうな垂れる。

    「まさか、あいつが言ってたことが本当だったなんてなぁ・・母親そっくりに女体化してしまうとは、これも世界の慣わしか」

    「父さん!! ・・なんでデピスさんを殺したんだ!! 殺す必要なんか――!!!」

    気圧されていたフェイは無理矢理魔力を展開させると怒りを込めて父親を睨み上げる、せっかくデピスを生かせておいて然るべき場所へ裁かせるつもりだったのだ。それにデピスは何も好きであんな人生を送ったわけではない、全てはボルビックという国の愚かな教えによって生まれた悲劇なのだ。

    「・・だったらお前はあの女のような人間にこんな風に説いていくのか? “殺すのはよくない、今までの罪を償えばやり直せる?”・・んな甘い子供の屁理屈なんて悪党が聞く耳を持つわけねぇだろ!!!!!」

    「何が悪いんだ!! 例え悪人でも父さんのように躊躇なしに殺すのは間違っている!!!」

    「だからお前は半端者なんだ!!! 殺された周りの人間の怨恨と哀しみは決して消えはしない、どんな大義名分を掲げたところで人殺しは所詮人殺しに過ぎん!!

    もしあの女を生かして裁いたところで・・己が犯した罪を自覚したと思うか?」

    「そ、それは・・でも殺すことなんて間違ってるよ!!」

    「父さん、例え悪人でも改心するわ。そして自分の犯した罪を背負って贖罪するのが人間よ!!」

    フランもいくらなんでも父親のやり方には反感を覚える、例えデピスが悪党だとしても同じ人間なのだからきっと改心する機会だってあったはずだ。それを殺すことでみすみす奪った父親の行動には納得いかないものがある。

    「確かに改心して自分の罪を贖罪する人間もいる。・・だけどな、それを快楽として罪を罪とも思わない外道以下の存在もこの世にはいるんだ!!!
    あの女はそういう存在だったまでだ、要人暗殺を始めとした残虐の数々・・極めつけはデスパルトの役人の依頼で引き受けた教会孤児院の殲滅を喜んでやったことだ。

    ・・これでもあの女が改心する奴だと思うか?」

    父親から聞かされるこれまでのデピスの残虐非道の数々にフェイとフランは思わず絶句して言葉を失ってしまう、そんな中でデスバルト共和国の教会孤児院という単語を聞いたお芋たんは恐る恐る父親に尋ねる。

    「教会・・? デスバルト共和国の教会って―――!? 皆は・・皆はどうなったの!!!!」

    「教会は焼き払われて一人残らずあの女の手によって惨殺されたと聞いている。あの女が殺したのはお前の友人だけではない、帰るべき場所も焦土にした」

    「そ・・そんな・・」

    父親から告げられる驚愕の事実にお芋たんはショックのあまり呆然としてしまう、そして父親は話すことを終えると最後にこう言いくるめる。

    「根っからの悪党を人扱いするな。特にフェイお前は世界を見て甘さを捨てろ!! フランソアは己の腕に慢心するな!!
    魔法とて万能ではない人としての・・――!!」

    突如として向けられた2つのドラゴン・バーンを魔法剣で切り伏せると父親は放ったであろうフェイとフランを見据えるともう一本の魔法剣を抜くといつものように2人の子供たちを叩き伏せた2刀流の構えを見せる。

    「父さん・・いつまでも私達を子ども扱いしてもらったら困るわ!!」

    「母さんにも似たような説教されたけど・・そう簡単に納得しないよ!!」

    「自分のガキに喧嘩売られるとは・・久々に運動がてらバカ共々叩きのめしてやるか!!!」

    父親は剣を構えるとせめてものハンデとしてフランとフェイの魔力と体力を回復させて久々の戦闘に自然と心躍りながら、自分の子供の成長振りを確かめる。

    「いくわよ!!」

    「今までの僕達だと思ったら大間違いだよ!!」

    「おうおう、我が子供ながら粋がいいね。それじゃ、まずは手始めに・・“魔を見極めし力よ 我の僕たりし存在を呼び寄せ ここに降臨せよ!! ダーク・メイド!!”」

    様子見でありながらいきなりの暗黒魔法にフェイとフランは勿論、お芋たんまで途方のない脅威を肌で感じ取る。ダーク・メイドは術者の魔力に応じてあらゆる召喚を可能にする魔法であるが、この父親が召喚するのはデーモンやドラゴンとかの生易しい類ではない。

    かって封印されている悪魔のみが従事していたと言われる伝説の魔獣がここに降臨する。片方は稲妻を操る巨大な獣、もう片方は巨大な翼を纏い氷のような冷たい寒気を放ちながら魔獣は咆哮を上げる。

    「迅雷の魔獣 ガルフィに氷鳥獣(ひょうちょうじゅう)ゼルファー・・どれも伝説の魔獣か」

    「お仕置きコースAだ、卑怯な手を使ってもいいぞ」

    「じゃあ遠慮なくいかせて貰うわよ。“神を焼き尽くす業火よ 因果を超えてこの地へ舞い上がれ!! インフィニット・フェニックス!!”」

    フランが召喚したのは不死鳥を模った炎は迷うことなく氷鳥獣ゼルファーへと向かっていき、獣の雄叫びを上げながら炎は爆散するもゼルファーは羽を広げて周囲の熱を奪い凍らせ始める。そして迅雷の魔獣ガルフィも雄叫びを上げながら周囲にこれでもかとばかりの雷鳴を轟かせ、辺り一面に雷の嵐を放つがフェイが召喚した巨大な流氷のゴーレムがガルフィを相手に格闘戦を繰り広げる。

    「いくよ! “大いなる神の息吹よ その力を旋風と変え、今こそ吹き荒れろ! ゴッド・ハリケーン!!”」

    フェイの魔法による無数の巨大な竜巻はガルフィを怯ませ、空に翔るゼルファーの足をも止める。その壮絶なる戦闘風景に観戦者に留まっているお芋たんは伝説の魔獣と対等に戦い抜いている2人の実力に度肝を抜いてしまい唖然としてしまう。

    「伝説の魔獣を召喚したのにも驚きなのに対等に戦ってる2人も凄い・・」

    もはや自分の力量では計り知れない戦いを繰り広げているこの姉弟の実力を見せ付けられたお芋たんは熱中してしまう、そんな中で戦況は激戦の模様を繰り広げており、フェイの動きにあわせたフランは躊躇なくあの魔法を唱える。

    「“すべての光と聖なる力よ! 我の力となりてそれを示せ!! そして滅びを等しく与えたまえ!! マ ジ ッ ク ・バ ー ス ト ! ! ! ”」

    (あれは完全版のマジック・バースト!! ウチが苦労して習得した魔法を意図も容易く・・!!)

    フランは上空に向けて放った魔法はたちまち無数の隕石へと姿を変えて辺り一面に降り注ぐ、しかもお芋たんがデピスに向けて放った隕石よりも一つ一つが巨大で精度の高いものなので当然のように威力も桁違いである。それでも父親は魔法剣でそんな隕石をあっさりと切り捨てたついでに巨大な竜巻を鎮めながら今度は魔獣たちを巨大なエネルギー弾へと変えて両手に翳すとフランとフェイに向けて放ち始める。

    「いつもの躾け用特大魔弾伝説の魔獣verだ」

    「それを待っていたわ!! フェイ、あれをするわよ」

    「僕達を甘く見た父さんの負けだ!!」

    そのままフェイとフランは父親の魔弾に魔力を送り込むと魔弾は更に膨張しながらその質量を加速的に増大させる、元は伝説の魔獣・・魔弾にしただけでも莫大なエネルギーの塊なのにそれを敢えて増大させる2人にお芋たんはもとより父親もわけがわからない。

    「おいおい、伝説の魔獣を取り込んだ魔弾をでっかくするなんて死にたいのか?」

    「そんなことするわけないよ。これが父さんに勝つ秘訣だからね」

    魔力を蓄えた2つの魔弾は更に巨大化して膨らみ続け、終いにはそれら2つがぶつかり吸収しあって超巨大な1つの魔弾が完成されるとここで変化が起きる、送り込まれたフェイとフランの魔力を吸収し続けて莫大なエネルギーの塊となった魔弾にも限界があったようで臨界点に達したとたんに轟音を上げるとフランとフェイは魔力を送るのをやめるとお芋たんを連れだして飛翔の魔法でその場から撤退を始める。

    「えっ? 一体何を・・?」

    「避難だよ。あんなのが爆発したらタダじゃすまないからね」

    「これでお終いね。父さんだから死なないと思うけど・・」

    2人は爆発寸前の魔弾とそれを支えている父親に背を向けて被害の及ばない場所まで全力で飛行すると同時に魔弾は大爆発を起こし膨大なエネルギーの影響で爆風が発生すると瞬く間に周囲を壊滅させて地形を容赦なく変えていき、飛行していたフェイとフランも例外なく爆風に吹き飛ばされてしまって3人とも不時着してしまってしまう。

    「痛てて・・どうやらみんな無事のようだね」

    「何とかね。でも魔力を送って魔弾を強化させるのは知っているけど、爆発させるなんて発想はすごいよ」

    「試したことなかったから成功するかヒヤヒヤしてたんだけどね。あれだけの魔弾の爆発の直撃を受けたんだから多少のダメージはあるはずよ」

    フランも自分の父親の実力は嫌というほど知ってはいるものの、流石にあれだけの大爆発の直撃を受けたのだから常人ならば間違いなく生きてはいないだろうし、あの父親でさえも多少のダメージは受けているものだと思いたい。それに父親は自信過剰の面があるのでその鼻を明かしたかったし、いつまでも自分達を子ども扱いしている両親にむかっ腹が立ったのも理由の一つでもある。

    「でも君達のお父さん・・大丈夫なの?」

    「ま、死んではいないと思うよ。あんなんでも腐っても伝説の魔道剣士だから」

    「さて、合流するわよ。母さんに勝てなかったのが癪だけ・・!!」

    安堵しきってたフランに向けてまるで神が天罰を与えたかのように雷が降り注ぐ、突然の光景に目を丸くするフェイとお芋たんを嘲笑うかのように無傷の父親が姿を現す。

    「なるほど、この場にフランソアがいたのはあいつの差し金か・・それにしてもこの程度で俺に一撃を喰らわせたと思っているようじゃ先が思いやられるな」

    「と、父さん!! 何で・・あれだけの大爆発が直撃した筈なのにッ――!!」

    まるで何事もなかったかのように振舞う父親の姿にフェイはこの理不尽ともいえる実力の差を再認識する。父親は確かに自分が作り出した超特大級の魔弾から起きた大爆発の中心地にいたのはフェイもこの目で目撃している、地形すら変えてしまうほどの威力を直撃してたのにも拘らずに服すら破けていないのだ。フランもこの絶望的な状況にも関わらず、意識が何度も飛びそうになりながらもヨロヨロになりながら闘志をむき出しにして立ち上がると父親はその姿に思わず感心する。

    「おっ、我が娘ながら感心だぞ。あいつと鍛えた甲斐があったもんだ」

    「舐めんじゃないわよッ!! だけど、あれだけの大爆発をものともしないなんて・・」

    「自分の魔力を送って俺の魔弾を限界の質量まで巨大化させて爆発させる・・一流の魔道師でも閃かないその発想は褒めてやる。
    だけど相手が超一流の俺ってことを考えないとな、今のを点数で換算したら34点が限度だな」

    ケラケラと笑いながら父親だったが、そんなフェイが間髪いれずに父親にクラッシュ・サンダーを叩き込むと両腕にそれぞれ炎の刃と風の刃を纏って父親向けて一心不乱に切りかかるのだが、父親には傷一つ付けられずに炎と風の刃を素手で握りつぶされた上に体中に爆発を起こされて吹き飛ばされてしまう。

    「おっ~、よく飛ぶなぁ」

    「な、何だ今の爆発は・・」

    吹き飛ばされたフェイは身体を魔法で治療しながらも突然起きた爆発に戸惑うばかり、身体を爆発させられた際にも父親からは一切魔力が発せられていなかったので今まで体感したことがない攻撃に疑念と戸惑いは隠せないのは観戦してたフランも同様だった。

    「ど、どういうことなの・・?」

    「敵にベラベラと己の情報を喋るバカはいないと散々教えただろ」

    「ううっ・・」

    父親が言っていることは尤も、実戦で己の情報を教えるのは自殺行為に近いのでこういうときこそ如何に自分の観察力と洞察力が物を言うのだが、フェイを爆発させた時は魔力の反応がないので魔法を唱えていないのは確かなのだが、魔法剣を扱った素振りすら見せてない・・ならばとフランは必要以上に距離を置いて魔法を唱え始める。

    「接近戦がダメなら!! “神を焼き尽くす業火よ 因果を超えてこの地へ舞い上がれ!! インフィニット・フェニックス!!”」

    「やれやれ・・」

    フランが繰り出した不死鳥の炎は生を受けたかのように咆哮を上げて飛び回ると真っ先に父親に狙いを定めて突撃していくのだが、父親は不死鳥を鶏の頭を握るかのごと素手で締め上げると父親は魔力を発さずに不死鳥を模った炎は見る見るうちに松明へと変えられて飾られてしまう、この信じがたい光景にフランは思わず絶句してしまう。

    「う、嘘ッ!! 炎の魔法でも最高の威力を誇るインフィニット・フェニックスが――・・」

    「さて、わかったか? 魔法なんてもんに頼らなくても何とかなっちゃうんだよ」

    もはや魔法すらも通じないこの相手にフェイとフランは呆然と立ちすくんでしまうが、ここで静止を保っていたお芋たんは父親のある変化に気付く。

    「もしかして・・魔力以外の力に頼ったってことかな?」

    「おっ、いいところに目がいくな。お前らも少しはこのお嬢ちゃんを見習ったらどうだ?」

    「でも魔力以外の力ってわけがわからないよ!」

    「・・いいえ、魔力以外の力は理論上だけど存在はしてるわ。父さんが残してた文献に書いてあったもの」

    「ようやくそこに気がついたか。フランソアはフェイと違ってちゃんと勉強はしてるみたいだな」

    やれやれと溜息を吐きながら父親は今までの攻撃についてご大層に語り始める。

    「魔力ってのは元は生命エネルギーの一種だが、それを引き出すには人をかなり選ぶのがネックだ。そこで俺は魔力以外の力を模索するためにあらゆる研究を重ねた中で一つの力に着目してその力を用いた戦い方を考えた末の結果がさっきお前達に見せた“練成術”だ」

    「「れ・・練成術!!」」

    「練成術は力の源は魔力と一緒だ、その効果はあらゆる物体を練成して変化させるもんだ。魔法と違って詠唱も必要はないし応用が幅広いのが特徴だな。それにこいつは魔力と違って基本さえ学べば人を選ばずにどんな人間でも扱うことが出来る。あらゆる法則に縛られているのが唯一の難点なんだがな、まだ研究段階だが発展すれば魔法に代わる新たな代物になるのは間違いはないだろう。それに練成術は魔力と違ってエネルギーを一切消費しないから気軽に発動することが出来る、こんな風にな」

    そのまま父親は地面から銅像を作り上げて新たに開発した練成術の凄さを3人に見せ付ける、この練成術は物体を練成して新たなものを作り出すので魔法と違ってかなりの応用力があってしかもエネルギーの消費がないのが脅威である。

    「ちょっと待ってよ!! 色々突っ込みたいところはあるけど・・エネルギーの消費が一切ないなんておかしいに決まってる!!」

    「練成術は生命エネルギーを媒体として他者の魂を呼び込みその力で物質を練成する術だ。実質練成の力は他者の魂だからエネルギー消費なんてことは有り得ないのさ・・さて、あいつとの夫婦喧嘩に備えてこの力をお前達で存分に溜めさせてもらうぜ」

    「誰が夫婦喧嘩のための犠牲になって溜まるもんですかッ!!!」

    「それに悲しいかな、この俺に啖呵を切ったのはお前達だ。・・その行為がどれだけ愚かなということかをたっぷりと思い知らせてやるぜ!!」

    「「ヒィィィィ・・」」

    どうやら父親をやる気にさせてしまったようだが、それを後悔しても後の祭り・・フランとフェイは久々に地獄以上の恐怖をその身で思い知ることとなる。




    数時間後


    あれから父親から繰り出される強大な魔法の数々を始めとして魔法剣で切り刻まれた上に新たなる練成術の実験台とされたフェイとフランは心身ともにボロボロで立てるのもままならぬ状態、そんな父親によって執り行われた地獄絵図としかえ言えない光景に観戦していたお芋たんは完全に萎縮してしまって完全に腰が引けてしまい、恐怖で身体が動かせない始末・・当の父親は予想と違った手ごたえのなさに思わず溜息を吐いてしまう。

    「ハァ・・お前たちかなり修行をサボってたようだな。あいつと相談してどう鍛えなおすか・・」

    「「!!」」

    鍛えなおす・・この言葉がどういう意味を持つかは考えるまでもない、姉弟は観戦しているお芋たんの目など気にせずに必死になってあらゆる嘆願の言葉を繰り返しながら父親に許しを請う。

    「ごめんなさいごめんない!!! これからは心を入れ替えて生活しますから修行だけは勘弁してくださいッ!!!」

    「僕も姉さんばかりに苦労掛けずにしっかりと強くなりますから修行だけはどうか見逃してくださいッ!!!」

    (そんなに修行が恐ろしいんだ・・)

    お芋たんも子供のように泣きじゃくり父親に謝り倒す姉弟を見ていると無意識に同情を覚えてしまう、数時間にも及んだあの攻防戦も父親の凄さばかりが目立ったもののフェイとフランもあらゆる上級魔法やらで持てる力を振り絞って果敢にも立ち向かったのは評価しているもののしかしそれを簡単にあしらった上に徹底的かつ楽しそうに自分の子供を愉快(?)にシバキ廻す光景には思わず絶句してしまった程だ。

    「もう父さんに向かって二度とこんなことしませんから許してよぉ~!!」

    「私達はちゃんと良い子にしますからぁ~!!」

    「ええぃ、うるせぇぞ!!! あの世へ送ってほしくなかったら今すぐ泣き止め!!!」

    「「は、はい・・」」

    ようやく泣き止んだ2人に父親は再びやれやれと溜息を吐きながらいつまで経っても変わらない自分の子供の情けなさに頭が痛くなってしまう。

    「全く、図体ばかりでかくなりやがって・・もう少し俺を驚かせるぐらい強くなったらどうなんだ」

    「そんなに無理に決まって・・ウギャァァァァァ!!」

    反論しようとしたフェイに向けて自慢の魔法剣で更に切り刻みながらボコボコにした上で魔法で氷付けにすると震え上がっているフランに改めて問いかける。

    「さて、お前らバカ兄弟がどんな生活を送っているかは今の実力を見たら大体は予想がつく。ここに来る前にあいつにボッコボコにされたフランソアなら俺が何を言いたいかわかるよな?」

    「はい・・」

    フランは両親から今後の将来と快適な日々を守るためにもこれからの生活についてフェイと死に物狂いの修練を積むことを心に誓うのだった。そして父親はフェイの氷を解くとフランの代わりに長男となった彼にそれなりの自覚を促させる、せっかく先祖代々が地味に守り立ててきた家系でもあるので自分の目の黒いうちはフェイの代で潰させるわけには行かないのだ。

    「フェイ、これからはお前が長男だ。フランソアが女体化した今は長男らしくすぐに童貞を捨てて相応の実力を付けろ」

    「う、うん・・」

    「んで、農業なんて辞めてフランソアの手伝いでもしてろ。嫌なら旅の一つや二つでもして来い、お前は見聞が狭すぎる」

    このとんでもない要求にフェイは相手が父親だろうが抗議する。そもそもフェイが農業を始めた理由はお金にも頼らない自給自足の生活を夢見ていたのと、元から血生臭い戦闘が余り好きじゃなかったのもあったので作物溢れながら家畜と戯れる悠々自適な日々が自分に合っていると思ったからだ。

    「いくら父さんでも横暴だよ!! 農業は僕にとって生活の糧でもあるし、ちゃんと1人で切り盛りしているよ!!」

    「だったらフランソアの手を借りているのはどういうことだ? こいつのほうが医者やってるからお前よりも忙しいはずだぞ、1人で農業を切り盛りしているなら魔法や誰かの手も借りずに素手でやるもんだ」

    「そ、それは・・」

    「あのね父さん、私の目から見てもフェイはちゃんと真面目にやっているし生活も結構楽になっているのよ」

    フランも恐る恐る弟を擁護する、両親が去ってからフェイは彼なりに何とか生活を支えようと最初は手探りを繰り返しながら何とかあらゆる種類の作物を育て上げて小規模ながらも家畜を育てながら牧場までこぎつけるほどのとこまではいっている。収入も未だにフランと比べたら微々たるものではあるが非常時には食料を備蓄できるメリットもあるものの、それでも農業なので災害があった場合などの後始末はフランも医者の仕事の合間を縫ってたまに手を貸す程度だが、それ以外は農業に関してはフェイに一任しているものの・・それでも父親からしてみればフェイの自覚が不十分だと思えて仕方がない。

    「お前がそうやって手を出しているからいつまでもこいつの甘え癖が抜けてられてないんだ!!! 
    いいか、フェイッ!! お前がいつまでもしっかりしないからフランソアも弟離れが出来ないんだ、お前も俺とあいつの子供ならもう少し相応の実力を身につけるんだな」

    「・・父さんと母さんはいつもそうだ、僕だって必死にやってるのに何で認めてくれないんだよ!」

    「フェイ! 父さんはちゃんと心配してくれて・・」

    「黙ってろフランソア。そこまで言うならお前にこいつをくれてやる」

    父親は懐から装備していた魔法剣をフェイに投げ渡す、その魔法剣は一般の剣よりもずっしりと重いので受け取ったフェイもあまりの重さに体重を取られて倒れこんでしまう。

    「お、重い・・」

    「そいつは俺が造った魔法剣、スレイ・ノヴァ。元はあいつの機嫌を取るために造ったもんだが、お前がそこまで言うのならこいつを自在に使いこなすことだ。この剣の重さは30トン、ついでに“呪い”も含んでる・・その呪いは使用者の魔力を半分にするもの、つまりお前は常に半分の魔力でこれからやっていかなければならない」

    「魔力半分だんてウチだったら人生投げてるな」

    ぎこちない手つきで重たい魔法剣を何とか装備しながらフェイは父親から与えられた試練の重さが目に見えぬ重圧として心に圧し掛かる、これからはいつもの半分の魔力で生活していかなければならないのと同時にこの重たい剣を完全に扱わなければ話にならないのだ。

    「フェイ、あんたこれから大丈夫なの?」

    「心配ないよ、姉さん。・・父さん、僕はこの剣で自分を磨いてみせる!!」

    「ま、30トン程度の重さならすぐに慣れるだろう。それに呪いはお前限定だから安心して扱えよ、じゃあな」

    そのまま父親は魔法で姿と気配を消して完全に消え去った、残された3人はとりあえず互いの無事を確認しながらこの戦いを振りかえる。

    「さ、私達もあの2人と合流して帰るわよ」

    「あっ! 親分のことすっかり忘れてた!! ・・って重そうだけど大丈夫?」

    「な、何とかね・・早いところこのスレイ・ノヴァを扱えるようにしないと父さんや母さんにどやされてしまうからね」

    早いところこの剣の尋常ではない重さに慣れるのがフェイの目標である、装備するだけでも一苦労するようでは扱いこなせる以前の問題なのでこの重さに慣れるのと魔力が半分にまで削られてしまったのでこれからは配分に一層注意しておかないとならないのだ。

    「立派な心掛けだけど、これからは修行を更に増やすわよ」

    「えっ――・・」

    「父さんと母さんとの修行の日々が来て欲しくなかったら私達も今まで以上に必死になって強くなるために修行するの!! い・い・わ・ね!!!」

    「は、はい・・」

    有無を言わせぬフランの圧倒的な威圧感にフェイは確実に母親の面影を思い出すのであった。

    酒屋リリー


    「ありがとうございましたー! 親分、いい加減に諦めましょうよ・・ガホッ!!」

    「ここでは店長と呼べ!! てめぇは狼子と仕事しろ!!」

    あの戦いから2日後、不機嫌MAXの聖はいつものように店主として鬱憤を晴らすかのようにお芋たんを酷使し続ける、いつもの光景とはいえ狼子の使い魔たちも度重なるお芋たんの過労振りには同情は禁じえない。

    “ぐうたら店主が暴虐店主へと変貌したよ。盗賊活動の時に一体何が――!!”

    “ま、狙ってた獲物が原因で洗脳させられた上に謎の剣士に掻っ攫われたら怒りたくもなるけどね。だけどお芋たんの過労振りは半端ないね”

    「てめぇら・・動物とはいえこの俺に向かって良い度胸だな、経費削減でエサをカットするぞ」

    “ウギャ!! それはペットに対する横暴だ、盗賊なら盗賊らしく次の獲物でも見つけろ~”

    “そーだそーだ! 健気に働いているご主人様を見習え~!! 店長なら従業員の鑑となるべきだ!”

    「誰が働くものかッ!!」

    そのまま不貞腐りながら聖はお決まりの定位置でお芋たんと狼子の働き具合を監視する、しかしこんなことをするよりも店のほうは明らかに客のほうが割合的に多いので聖が手伝えばいい話ではあるが、本人が滅多に表に出たがらないので狼子とお芋たんだけで店を回している模様である。稀に聖も狼子からのお願いで暇な時に渋々店を手伝うことがあるものの、そのときは問題が起きるどころか聖目当ての客が倍増してしまったので逆に多大なる売り上げを叩き出したのだ。

    「原価が安い割には飛ぶように売れてるな」

    「あら? それにしては美味しいわよ、このお酒」

    「そりゃ、チビ助が・・ってお前は!!」

    突如として聖の前に現れたのは往診にやってきたフラン、あの戦いからフランはお芋たんからこの場所を聞き出して自身の患者となった聖の元へと出向いているのだ。あの戦いで重症一歩手前の怪我を負った聖はフランの応急処置で何とか動けるようにはなったものの、フランの腕が良いのか自身の生命力が強いのか・・聖の様態は日を追うごとに回復していき、今では日常生活を営む上なら何ら問題ところまで回復しているのだ。フランはいつものように手馴れた手つきで触診をしながら聖の身体を細かいところまで異常がないかチェックする。

    「それにしても大した回復力ね、普通の人ならまだベッドの床よ」

    「俺はそんじょそこらの奴と出来が違うんだよ」

    これまでにフランも医者として色んな人物を診てきたが、聖ほどの回復力を誇る人物は今まで見たことはない。これだけ脅威の身体能力と戦闘力を持っている人間が盗賊をやっているなんて何とも勿体無い話もあったものだ。
    そんな中でお芋たんが飲み物を持って聖を診ているフランを手厚く歓迎するのだが、その様子が普段の俊敏な仕事振りと違ってどうもぎこちないのが目に浮かぶもののフランはそんなことなど気にも留めずに飲み物を頂く。

    「いつも親分がお世話になってます。これ店で一番人気のお酒です」

    「あら、お気遣いどうも。本当に美味しいお酒ね」

    改めてお酒を飲み始めるフランであるがこんなに美味な酒を飲むのは初めてだ、ちなみにフェビラル王国では15歳になったら飲酒は解禁されるので20にも満たないフランが酒を飲んでいても何ら問題はない。

    「チビ助ッ、勝手に店の売り物を・・痛てて!!」

    「あまり無理しちゃダメよ。動けるようになったといっても暫く無理な運動は厳禁です」

    いくら聖の回復力が凄くても激しい運銅を出来るほどは回復しきってはいないのでもう暫くはフランの世話になるだろう、それにフランも聖の手当てをする帰り掛けにちょくちょく商品を購入しているのだが・・フランが購入してからというものの聖は思い当たる節があるのかお芋たんを問いただす。

    「チビ助ッ! てめぇ、こいつに何かやってるだろ?」

    「へ、へっ!! べべべ、別にウチは何も・・・」

    「チーフ! 今日はオマケ何にするんですか?」

    「ギクッ!!」

    突如として入ってきたのは様々な商品を持ってきた狼子、どうやらフランが買い物する度に必要以上のオマケをつけていたようである。ダラダラと冷や汗を流すお芋たんに聖は容赦なく叩き潰すと怒りのままに帳簿を読み上げる。

    「てめぇ・・こいつが来てから微妙に売り上げが合わないと思ったらこういうことだったんだなッ!!!」

    「い、いや・・親分がお世話になっているんだし心ばかりの・・」

    「うるせぇ!!! この俺様の前で舐めた真似してくれたな。チビ助ッ、オマケした分はきっちりと給料から差し引くからな!!!」

    「そ、そんなぁ~・・」

    そのままお芋たんはがっくりと肩をうな垂れる、こう見えても聖も売り上げの管理や帳簿のチェックは店主としてやっているので抜かりはなく現に狼子の給料も聖がちゃんと計算して支給しているのだ。

    「おぅ、でかしたぞ狼子!! 特別にボーナスアップしてやるぜ!!」

    「ありがとうございます! これで辰哉にもいい顔できるぜ!!」

    それにこれはお芋たんの要観察ではあるが、聖は何故か狼子とその子供に甘い点がチラホラと見受けられる。現に給料も自分よりも多めに貰っているようだし子供に関しても狼子が忙しい間は子供やいつも引き連れている使い魔の面倒も見ているようだ。ま、狼子がこの店で働いてくれたお陰で雑用も随分と減ってお芋たんの労力も大分減ってきたし、聖とは違って店員としても比較的優秀な部類な上に料理も上手いので賄いの食事も豪勢になってきているのは嬉しいところである。

    「そういえばあなたも子供産まれてかなり経ったけど、大丈夫?」

    「初めてのことばかりで大変だけど辰哉も協力してくれるから頑張ってるぞ」

    「子供の予防接種も済ませたから後は成長を待つのみね。また何かあったときは呼んで頂戴」

    フランも狼子のことは気に掛けていたのだが、母子ともに元気なようで何よりである。それにしても聖が前から患者達の間で評判になってた酒屋の店主だとは考えたら変なものだ、ここまで店が大盛況しているのだから売り上げは相当なものだと思うしこのまま盗賊をやるよりかはずっと堅実で安定した生き方だと思う。

    「さて次の訪問先もあるから私はこれで失礼するわ。後4日もあれば元のように体も動かすことが出来るから無理はしないこと、盗賊活動も治るまでは控えることね」

    「わかったよ、暫くは仕事しなくてもやっていけるからな」

    聖も自分の身体のことはわかっているので怪我が治るまでは盗賊活動は控えるつもりだ、フランが帰ろうとすると驚異的な生命力で復活したお芋たんはここぞとばかりにフランにオススメの商品を宣伝する。

    「先日はご購入してもらってありがとうございます!! 今回は何をお求めですか、当店オススメの料理酒や回復アイテムも取り扱ってますよ!!」

    「そ、そうね・・それじゃこの料理酒を貰おうかしら、前に料理で使ったらいいソースが出来たからね」

    「ありがとうございます!! 更にオマケで美容に効果があるお酒も付けておきますね、料金は16500TS何ですけどお客さんにはお世話になっていますので2800TSでご提供させてもらいます」

    「あ、ありがとう・・また来るわね」

    「はいっ! またのお越しをお待ちしております」

    普段よりも万遍ないサービス精神でフランを見送ると狼子は一連のお芋たんのやり取りを見てニヤニヤしながら話しかける。

    「チーフ、まさかあの娘に入れ込んでるんですか? あの人が買い物する度にオマケしたりちょっとばかり安くしてますよね」

    「えっ!! そ、それは・・親分がお世話になっているお医者さんだからウチとしてのせめてもの感謝の気持ちとして」

    「誤魔化したって無駄ですよ。頑張ってくださいよ、俺も影ながら応援しますけど・・店長の目が届かないようにしてくださいね」

    お芋たんの反応を見る限り、どうやらあの一件でフランに完全に惚れてしまったようである。芽生えた恋が実る日は果たしてくるのだろうか・・それにお芋たんは知らないものの、フランの両親は伝説の魔道剣士なので並大抵ではない茨の道が約束されるのは確実なのでこれからどのように動き出すかは神のみぞが知るだろう。気を取り直してお芋たんが仕事に取り掛かる中で笑顔の聖に相対するのだが・・これまでの経験上からして自然と嫌な予感しかしない。

    「お、親ビ・・じゃなくて店長」

    「チビ助よ、さっき店の商品と金チェックしてたら合わねぇ部分があるんだよな」

    「さ、さぁ・・見間違いじゃないんですか?」

    さっきフランに提供した料理酒と美容酒は店では限定品な上に材料も結構なものを使っているので値段も相当高い、オマケした上に破格異常の値段で売ったとなれば金に五月蝿い聖の怒りは半端ではない。

    「この俺が見間違うわけねぇだろ!!! てめぇ、さっき言ったことを守らずにやらかすとは見下げた根性じゃねぇか・・」

    「て、店長!! 落ち着いてください、チーフだって悪気が逢ってやったわけじゃないんですし・・」

    “そうそう、恋の行方を見守るのも店長としての役目だよ。親分ならもう少し器の大きいところ見せてよ”

    “ま、それだけの美貌を持ちながら男を叩きのめしている親分には縁がない話だけどね”

    「ば、バカ!! 余計なこと言うなッ!!!」

    すかさず狼子が止めに入るものの使い魔たちの余計な一言で聖の怒りは頂点にまで達してしまう。

    「てめぇ等ァ~!!! まずはチビ助からだ、覚悟しろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

    「あ、アギャー!!!!!」

    酒屋リリーの店内でまた今日もお芋たんの叫び声が響く・・

    「全く、チビ助と動物どもは・・考えただけで腹が立つぜ!!」

    店も看板を下ろして狼子も無事に帰った聖は店のカウンターでいつものように売り上げの計算を終えて店長権限を行使して店の酒をかっ喰らいながら昼に狼子が持って来てくれた摘みを食べながら晩酌をする、盗賊家業をしないときはこうして店の酒を飲みながらの晩酌が日課になのだ、それに聖はこの店の事実上の店主なので誰も咎められないのが性質が悪い。

    「お、親分・・」

    「何だ? 飯食ったら明日の仕込みしてさっさと寝ろ」

    あれから狼子の必死の取り成しで使い魔たちの最悪の事態は避けたものの、その代わりにお芋たんはボロボロになった上にフランに負けた分の代金までしっかりと給料から天引きされたのでお芋たんの給料は更に悲惨なものとなる。

    「じゃなくてお客さんですよ。店が閉店だって言っても中々帰らなくて・・」

    「全く、てめぇは・・しゃあねぇな、俺が追い返してやる」

    そのまま聖はほろ酔いの身体で何とか立ち上がると傍迷惑な客を追い返そうとするのだが・・そこで対面したのは意外な人物だった。

    「よぉ、中々場所がわからなかったから探すのに苦労したぜ」

    「なんだよ客はてめぇか・・ご覧のとおり今日は店は終いだ、また明日でも来てくれ」

    何と店にやってきたのは翔、どうやら聖を探していた様子ではあるが彼女にしては相手がどんな人物であれそんなこと関係ないのでいつものように追い返そうとするのだが、翔は懐あらあるものを取り出す。

    「おいおい、俺はこいつを返しにきたんだぜ?」

    「そ、そいつは――・・真紅の涙じゃねぇか!!」

    翔が取り出した真紅の涙に聖は酔いが冷めたのか一気に目を丸くする、あの時のどさくさに紛れて真紅の涙を取られてしまった聖にしてみれば盗賊としては屈辱以外なにものでもないので思い出すだけでも腹立たしいものだ。

    「てめぇ・・この俺様をおちょくってるのか!!!」

    「そう怒るなよ。お前がそう言うと思って上等なハムを用意したんだぜ、ここは酒屋なら酒ぐらいはたんまりあるだろ。機嫌直して俺と一杯付き合ってくれたらこの真紅の涙も返してやるよ」

    「チッ・・わかったよ、こっちきな」

    動こうにも動きが不十分な自分が翔に敵いっこないのはわかりきったことなのでここは敢えて翔の話に乗ってやることにすると聖は自分が晩酌しているカウンターへと案内するとハムを取り分けて手馴れた手つきできつい酒ばかりをブレンドしたオリジナルの酒を作って翔に差し出す。

    「ほらよ」

    「サンキュー、んじゃ乾杯」

    クラスの音が響く中で翔は景気付けにと聖のオリジナル酒を一気に飲み干すとお代わりを求める。

    「うめぇー、もう一杯頼むぜ」

    「店の売りもんだぞ、ちっとは考えろ」

    (親分、それ人のこといえない)

    お芋たんの口には出せない心の突っ込みを他所に聖は先程の配分に加えて更に強い酒を加えて今度は少し大きいグラスに移し変えるとそのまま翔に差し出すと翔はゆっくりと摘みのハムを食べながらゆっくりと飲み始める。

    「ふぅ、お前うまい酒作るの得意なんだな」

    「こうみえても酒屋の店主やってるからな。んで何しに来たんだよ、真紅の涙を俺に返しにきただけじゃねぇんだろ?」

    「別に他意はねぇよ。こうしてお前と一杯やりたかっただけだ、あの時は小娘だったから無理だったけどよ」

    「いつまで昔のことを引きずり出すつもりだッ!!! あの時は盗賊として駆け出したった時代だ、今とは違う!!」

    聖が翔と初めて出会ったときはまだ盗賊としても駆け出しのとき、あの時は自分の力に自信を持っている時だったので限界というものがまるで判っちゃいなかった、しかし翔との出来事によって自分の限界と能力を活かした最大の戦法がが判って今日まで盗賊としてやっていけているのだ。

    「俺は確かにてめぇに命を救われた、それは変わらねぇ・・前の戦闘での礼とあの時の借りもこの一杯でチャラだかんな!!」

    「わかってるわかってる。盗賊の癖に変なところで義理堅いんだな」

    思わぬ聖の部分に苦笑しながら翔は更に酒を呷るとあの時の聖がまさかこんな美少女に成長するとは思っても見なかったのだが同時に盗賊家業も名前が売れている、翔も仕事柄とはいえサガーラ盗賊団の名前はかなり耳にするので複雑な心境である。

    「でも盗むのは腐っている貴族のみ・・少しばかり安心したもんだぜ」

    「別にその方が後腐れなく盗み易いんだよ。他の奴のもん盗んだって一文にもなりゃしねぇからな」

    そのまま聖は酒を飲み干すと新たに酒を作りながら自然とこれまでの経緯を翔に話し始める、こんなことしている自分が辺に思えてしまう聖であるが今は酔った勢いという奴で割り切らせる。

    「今じゃこんな小汚い店の店長だけど俺は全然満足してねぇ、躍動感とスリルがねぇからな」

    「でも従業員を雇って店は毎日のように大盛況なんだろ? 盗賊やるよりかは儲かる仕事だと思うぜ、俺のように金で雇われて世界中の紛争に介入したりするよりも立派なもんだと俺は思うぜ」

    翔もこの仕事をしてそこそこの年数が経つが、あらゆる紛争に介入して無事に生きて帰ってこれているだけでもありがたいものだと思う。正直言って度重なる戦いの日々に精神的にも疲弊してしまうことも多々あるし、いつ死んでしまってもおかしくはないのだ。

    「どんなに大層な意見を並べても俺は人殺しに違いねぇよ、だからこうして酒を飲むのと少しでも気が紛れるもんだ」

    「・・お前ほどの腕だったら余裕でどっかの国に仕えれるだろ、それなら死ぬ心配もないし出世したら飽きるほど女を抱いて安定して暮らせるんじゃねぇか?」

    「ハハ、んなことが出来たらとっくにそうしてる。ああいうのは俺の性じゃねぇし、堅苦しそうだから苦手なんだよ」

    「なんだ、てめぇも俺のこと言えねぇじゃねぇか」

    「そうだな」

    お互いに自然と酒のペースだけが進み、翔が用意したハムもいつの間にか底を尽きてしまい酒の量もだんだんと増え始めて酔いも加速する。最初は見守っていたお芋たんも2人の酒のペースについて行けれずに明日出す商品の在庫の心配をしてしまう。

    (2人とも売り物だと思って仕込みをするこっちの身にもなって欲しいよ。・・でもあんな親分見るの初めてだな)

    「こんなに酒が美味いと感じたのは久々だ、酒屋以外にもバーとかやれば儲かると思うぜ」

    「誰がんなもんやるかよ、ああいう奴ら見てると殴りたくなる」

    「そいつは残念」

    (それはそれで問題だと思うけど、バーなんてやられたら酒量を考えるだけでも胃が痛くなるよ!!)

    もしバーなんてものが解禁された日には聖の酒量は爆発的に増えるのは目に見えているので商品を仕込むお芋たんの労力が更に増え続ける、この店の酒は全てお芋たんが魔法で作っているのでお芋たんがいなければ営業は殆ど不可能な状態なのだ。

    「てめぇは・・傭兵なんかやってるが、身内はいないのかよ? 親が泣いてるぜ」

    「・・俺もお前と一緒だよ。小さい頃に親父は病弱な母親を残して戦争で討ち死に、母親もその後で流行病で死んじまったよ。そこで傭兵団を流れに流れて今に至るわけさ」

    「へー、意外だな。出身はどこなんだ? 前に話してたデスバルト共和国なんて嘘なんだろ」

    「やれやれ・・俺の本当の故郷はここからはかなり遠いが、マルガっていう大きくはないがそこそこの国だ。しかし資源は豊富でな、よく大国から戦争を吹っかけられてるんだよ」

    マルガ・・正式名所はマルペストガロファニア連邦軍、国土はそんなには広くはないもののこの国は様々な資源が豊富であることが知られてその資源欲しさに様々な大国から戦争を吹っかけられている国だ。幸いにも外交官に優秀な人材がいるようで何とか和睦を繰り返しながら今日まで苦にとしての歴史を危うい橋で何とか繋いでいるのが現状だ、翔はそんな祖国の現状を把握しているからこそボルビックで悲惨な歴史を送り続けたデピスの心境も全てではないが何となくだが理解は出来る。

    「ま、お前を洗脳したデピス・ミッチェルよりかはマシなもんだ。ボルビックよりかは腐ってねぇ」

    「あそこはイカれた海賊国家で有名だろ? それにしてもあの女ァ! この俺様を洗脳しておいてぶん殴れなかったのが悔しいぜ!!!」

    聖にしてみれば自分を勝手に洗脳したデピスの存在は思い出すだけでも腹が立つ存在だ、復讐しようにも既にフェイとフランの父親の手によって消されているのだから余計にこみ上げる怒りを酒で紛らわす。

    「ったく!! そういやあのガキと俺を手当てしている姉貴な、奴等は一体何者なんだ?」

    「さぁな、だけど俺の見立てでもあいつ等の実力は計り知れねぇよ。魔法も天下一品だし戦いの動きも歴戦のベテラン兵の上をいってる、お前確かフェイと戦ったことあるんだよな?」

    「・・あの時は引き分けたよ。でもあのガキは一々俺に突っかかってくるからムカつくぜ!!」

    「年頃だからな、多少は目を瞑ってやれよ。・・にしても今日はよく飲んだぜ、きつい酒飲んだかは知らねぇけど身体がフラフラだぜ」

    翔は何とか立ち上がるが、聖が作り上げたきつい酒が効いてきたのか酔いが完全に回ってしまって身体が思うように動かせない。

    「帰るんなら代金として真紅の涙と75000TS置いてけ」

    「おいおい、高いな」

    「こんな美人と一緒に酒飲んだんだからそれぐらいは当然だ。うぃ~、俺も久々に飲み過ぎた」

    聖も翔と飲む前にそれなりの酒を飲んだので酔いが回りすぎて歩くのもフラフラである、翔も人のことは言えないのだが財布の代金を確認するが明らかに持ち合わせが足りない。

    「な、なぁ・・ツケって利くのか?」

    「バカヤロォ!! んなもん利くわけねぇだろぉ・・ヒック!!」

    聖はそう言い残すと身体が支えきれずに倒れこんでしまうが、すかさず翔が支えるものの今度は自分も身動きがとれずじまいで困惑してしまう。


    「っと、間一髪セーフだが・・参ったなこりゃ」

    「zzz」

    自分も酔いが回りすぎて中々思うように動けないのだが、可愛らしく眠っている聖にまじまじと見つめていると非常に邪な気分になってしまう。

    「(寝顔だけは可愛らしいぜ)・・おい、誰かいないのか!!」

    「はいはい・・ってどうしたんですか?」

    「見ての通り、お前の親分が酔い潰れてしまってな。悪いけどこいつの部屋まで案内してくれ」

    「あっ、わかりました。こっちです」

    ようやく仕込が終わったお芋たんの案内の元で酔いが回ってる身体に活を入れながら聖を抱えてこむと聖の部屋へと運び、備え付けてたベッドに聖を寝かしつける。ようやく一安心した翔はいつも以上に疲労した身体を休めるとお芋たんに軽く一礼する。

    「ありがとな、お陰で助かったぜ」

    「いえ・・今日はもう遅いですから泊っていきますか?」

    お芋たんの手厚い申し出に宿無しの翔は内心歓喜するのだが、無理言って迷惑を承知の上でこの場に押しかけたのは自分なのでこればかりは素直に甘えれない。

    「いいのか? 無理言って押しかけたのは俺だぞ」

    「大丈夫ですよ。使っていない客間があるんでご案内します」

    「何から何まで悪いな」

    「いいですよ。あなたは親分を助けてくれましたから」

    (親分ね・・何だかんだ言っても慕われてるんだな)

    翔は内心で舌打ちしながら眠っている聖がいる部屋を後にしながらお芋たんに案内された客間のベッドへと飛び込む、酔い特有の気持ち悪さよりも睡魔が勝ったのでお芋たんに礼を言うまでもなく図々しくもそのまま静かに睡眠をとる。

    (はぁ・・泊めちゃって大丈夫かな?)

    見えない聖への恐怖を感じながらお芋たんも部屋に戻って明日のために貴重な睡眠を取るのであった。


    翌日

    今日はフランは医業をお休みしての日課となったフェイとの修行、両親に拉致られて修行させられないためにもこうやって修行を積んで今まで以上に強くなる必要があるのだ。

    「いくわよ!!」

    「うわっ・・剣が重たい上に魔力が半分だなんて!!」

    「さっさと慣れなさい!! 魔力が半分と言うことは魔法の質を磨けばある程度はカバーできるわ、そのための効率的な修行方法は・・」

    フェイもフランの言っていることは十二分に理解できる。魔法使いは魔法の威力を上げるために質を磨く、これによって同じ魔法でも質が高ければ威力も数段にアップするのだ。魔法の質を高める方法はあらゆる方法があるのだが、その中でもフランは両親が残した古文書を紐解いてある手法を思いつく。

    「手っ取り早く魔法の質を高めるにはやっぱりこの方法しかないわ。その名も地獄組み手・・お互いに丸一日中、永遠と戦いながら魔力の質をアップさせてくの。それに戦い続けるわけだから魔力のペース配分もわかるわけだし剣の重さにも慣れるでしょ?」

    「いくらなんでもそりゃないよ!! ようやく持ち上げれるようになったのにそんなに動けるわけが・・」

    「父さんや母さんだったら今頃無人島に叩き込まれてるわよ。それと比べれば生易しいほうでしょ?」

    「ううっ、父さんにも言った手前もあるし・・やるしかないか!!」

    ようやくフェイも覚悟を決めると重たい剣を構える、父親に言ってしまった手前・・早いところこのスレイ・ノヴァを使いこなせなければ父親か母親に拉致られてあの地獄とも言える修行の日々に逆戻りになるか分からないのだ。
    そんなフェイの覚悟を汲み取ったフランも魔力を高めると修行とはいえ本気で叩きのめそうとする、そうでなければ修行としての効果は薄くなるのだ。

    「いくわよ・・」

    「こっちだって負けないよ!!」

    2人の姉弟の過酷な修行はこうして始まった。


    酒屋リリー


    目が覚めた翔はとてつもない頭痛に襲われる、どうやら昨晩はかなり飲み過ぎたようですぐにでも風呂に入りたい気分だ。

    「痛ててて・・どうやら飲みすぎちまったようだな」

    日の高さから見て時刻はもう少しで昼に差し掛かる頃合だろう、それに耳をよく研ぎ澄ませて見ると賑やかな客の声がよく聞こえる。本来ならば多少の礼を込めてそそくさと帰りたいところなのだが時間帯が時間帯なので目立ってしまうだろう、入り口から堂々と出てしまうのは恥ずかしいので裏口を見つけて出て行きたいがこの家の造りがわからないのでどうすることも出来ないのだ。

    「弱ったな、黙って帰るのも気が退けるが・・だけど金ねぇし」

    「・・だったら薪割りでもしたらどうだ。金が足りねぇなら飲んだ分まで働いてもらうからな」

    「起きてたのかよ。その様子だと俺と同じみたいだな」

    聖もどことなく顔色が悪そうなので恐らくは自分と一緒で極度の2日酔いだろう、それにしても重症の人間にあそこまで酒を飲ませてしまった自分も非はあるし、売り物の酒をタダでかっ喰らったのだから何かしらは働いておかないと罰が当たってしまう。

    「是非ともやらせてもらうぜ。・・その前に酒抜くために風呂に入りたいんだけど」

    「ああん? 風呂なら先に俺が入るからな、てめぇは薪割りでもしながら待つこった」

    いつもと違って元気がない聖はどこか可愛らしくて面白いのだが、聖は翔にとある液体が入った小瓶を手渡す。

    「何だこれ?」

    「チビ助に作らせた二日酔い専用の薬だ。それでも飲んで俺様のために薪を割ってくれ・・んじゃな、働きぶりがよかったら昼飯でも食わせてやる」

    「へいへい、んじゃしっかりと働かせてもらうわ。依頼料は特別にタダだ」

    「・・バッカじゃねぇの。さっさと働け」

    聖はしんどそうにしながら部屋を後にすると翔はそのまま液体を一気に飲み干すと久しぶりのまっとうな仕事に勤しむのであった。






    fin

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最終更新:2012年06月24日 20:13
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