カラスがカァと鳴り響く・・そのまま自然に羽ばたいて飛び去った後には無残な黒い羽が散らされる。
Dark Purple
舞台は15、16歳で童貞のままだったら女体化してしまうという奇妙な病があるとある世界のとある場所で始まる、時刻は月曜日の早朝・・誰もが鬱憤した気持ちで目覚める中でこの家の住人である彼女もその例外ではない。
「う~ん・・はっ、まずい!!!」
時刻は7時・・このまま悠長にしてたら遅刻は確定なので慌しく目覚めた少女はいつもの習慣をある程度すっ飛ばして出来るだけの時間の短縮を図ると即座に征服に早着替えすると一階のリビングに飛び込み母親の静止を聞かずに慌しく朝食を食べ始める。
「ちょ、ちょっと由宇奈!! ご飯ぐらいゆっくり・・」
「ごめんママ!! 急がないと遅刻しちゃうの!!! それじゃ行ってきますっ~!!!」
そのままカバンを持って飛び出す娘に母親はやれやれと顔を竦めながらゆっくりと朝食を取るわけなのだが・・視線を泳がせていると娘がいつも座るテーブルにあるものが目に映る。
「あらら・・あの子ったら財布とお弁当忘れてるわね。どうせもう電車に乗っちゃった頃だから取りにはこれないでしょうね」
そのまま母親は慌てる娘の顔を思い浮かびながら静かにお茶を啜る。それと並行して場所は変わって家から全力疾走でいつもの駅に停車していた電車に乗った娘・・宮守 由宇奈(みやもり ゆうな)15歳はいつもの定位置である席に座ると大きく気を吐きながらとりあえずは遅刻を回避できたことに安堵する。
「ハァハァ・・間に合ったぁ」
この電車は由宇奈の丁度最寄り駅で折り返すのでラッシュ時期が過ぎたこの時間ならば乗ってくる人など他かが知れているので席を確保するのも容易いし、通っている高校の最寄り駅までベストな時間で到着するのだが、逆に言えばこの電車を逃してしまったら由宇奈の遅刻は確定なので何が何でも間に合わなければならないのだ。
「しかし疲れた。昨日はちょっと夜更かししてしまったからね、余裕持って行動しなきゃ・・ってあれは陽太郎じゃん、お~い!!」
由宇奈は少し離れた席で1人読書に夢中な少女を見つけると呼びかけて手を振る、陽太郎と呼ばれた茶髪のショートヘアが目立つ少女はやれやれという表情で静かに本を閉じると由宇奈の元へと移動すると少々怒りを込めて自分の名前を訂正させる。
「陽太郎じゃなくて陽痲(ひめ)!! そろそろ覚えてもらわないと幼馴染とはいえ怒るぞ」
「だって陽太郎は陽太郎なんだもん」
ぶつくさと言い訳を垂れる由宇奈に陽痲はいつものこととはいえそろそろ新しい自分の名前に慣れない幼馴染に軽く溜息を吐く。改めて彼女の名前は佐方 陽痲(さかた ひめ)、元は佐方 陽太郎(ようたろう)という名の立派な男性であったのだが、3ヶ月前に女体化してしまい女としての人生を歩むために男時代の名前であった陽太郎を改名して新たに陽痲として生きる決意を固めたのだったが、昔からの幼馴染である由宇奈だけは既に定着した改名後の名前を一向に覚えようとはせずに昔と変わらない陽太郎の名前で呼ぶので非常に困惑しているのだ。
それに陽太郎は女体化する前は由宇奈に仄かな恋心を寄せていたのだが、自身の女体化によってその想いは見事に爆散してしまってこの改名も泣く泣くしたものなのだ。今ではよき由宇奈のよき友人のポジションにいる陽痲なのだが、それに女体化して考え方も変わるのか彼女と同じ同性になると見る視点が変わってしまって今では自分の一生に一度の初恋を無駄にしてしまった後悔の連続である。
「それに女体化したって言っても胸は私よりも小さいし、多少顔が可愛くなっただけじゃん」
(・・こんなのに想いを寄せていた自分が恥ずかしい。どうせならもっと可憐で性格がいい娘にしておけばよかった)
由宇奈に対して少し複雑な思いを胸中に抱きながら陽痲は心を落ち着かせるために読みかけていた本の読書を再開する。
“発車します~、閉まるドアにお気をつけ下さい”
「あっ、電車も動き出したね。今日は何の本読んでるの?」
「“よくわかる小説の書き方”結構勉強になるからな」
「陽太郎は小説書くのが好きだもんね。中学の頃はよくネットに掲載してたね」
「だから陽痲と言ってるだろ。でも昔から夢は変わってない、俺は親父やお袋のような小説家になりたいからな」
「そうそう昔から言ってたね。“俺は親父やお袋のような小説家になる!!”って、それで陽太郎はよく国語とか勉強してたっけ」
陽痲の両親はかなり有名な小説家として活躍しており、父親は恋愛小説を執筆してアニメやドラマといったあらゆる媒体でヒットを叩き出し、母親は推理小説を専門としてこれまたドラマや映画などでヒットを叩き出していると言う業界ではかなり有名な筋金入りの小説家夫婦なのだ。
そんな両親の元で育った彼が同じ仕事をしたいと抱くのは時間の問題だったので夢を掲げた陽痲は両親やその他作家の小説をジャンルを問わずに読み漁って小説における文法を学び、あらゆる辞典を読んでは様々な単語の意味を調べ上げて中学の頃にはあらゆる小説を書き続けてその努力が実ったのか、ある出版社が主催した中規模のイベントで佳作を受賞している。
「でもあの2人のP.Nってどこか変よね。おじさんは若松・ぶりふっしゅ、おばさんは白井 栄太郎ってのはちょっとネーミングセンスがね・・」
「P.Nなんてのはそんなものだろ。俺だって苦労して考えたんだからな」
「だったらP.Nを私の本名で使うのやめてよね!!」
「別に良いだろ、俺の勝手だし」
実際のところ陽痲のP.Nはこれまでの由宇奈への当てつけ・・つまりは体の良い八つ当たりみたいなものである、彼の初恋を無残に散らせたりいつまでも名前を言わない由宇奈の罪は陽痲からすればとても重いのである。
「なんて酷い幼馴染なの・・」
「改名した名前を未だに呼ばないお前にその台詞をそっくり返す」
「うっ・・」
“え~、次は・・”
少しばかり後味が悪くなったところで列車は高校の最寄り駅へと到着すると2人は電車を降りるとそのまま高校へと向かうのであった。
黒羽根高等学校・・通称黒羽根高はあの文武両道で名高い名門の白羽根学園の直接の姉妹校で由宇奈と陽痲の通う高校である。理事長も白羽根学園の理事長が兼任しているがあまり姿を現す事はないので校長が代理として実権を握っている、名門で名高い白羽根学園とは違って黒羽根高は学力や部活も可もなく不可もなくごく普通といったところなのだが、制服のデザインだけは異様に力を入れているので他校からは異様に人気が高い。それに白羽根学園との直接の姉妹校であるのでそのブランドをフル活用しているおかげで志望してくる生徒数はかなり多いのだ。
「いや~、黒羽根高に入って正解だったね。従兄弟が白羽根学園に入ったから悔しかったけど・・」
「ま、ここもあの白羽根学園の正式な姉妹校だからいいじゃないか」
中学時代に2人は白羽根学園への入学を希望したのだが、その偏差値の高さに絶望してこの黒羽根高等学校へと志願したのだ。この学校なら2人の成績でも充分に可能だったし、何よりも黒羽根高の試験問題はそこそこの成績の持ち主であれば普通に合格できるレベルなのでそこが人気の一つでもある。2人はいつものように校舎から教室に入っていつもの級友達に挨拶を交わすとHRが始まるまでのささやかな談笑を始める。
「しかし佐方が女体化するなんてな。てっきり宮守とよろしくやってると思ってたもんだからな」
「んなわけないだろ。俺と由宇奈はただの幼馴染だしよ」
陽痲がまだ陽太郎だった時は殆ど由宇奈と一緒に登下校を共にしてたのでよくクラスの人間から由宇奈との関係をからかわれたものだ。そんな陽太郎が女体化した時はある種の衝撃だったが、今ではすっかり定着したようで元々交友があった男子達と普通に下らない雑談を繰り広げている。
「私たちも佐方は由宇奈は付き合ってるもんだと思ったわよ」
「ちょっとやめてよね。陽太郎は本当にただの幼馴染だったし、それに女体化したって言っても私の中では陽太郎は陽太郎だし」
「うるせぇ!! それに陽痲だと何回言ったらわかるんだ!!!」
「「な、なるほど・・確かに普通だ」」
近しい人物から未だに改名した名前を呼んでもらえない陽痲に周囲が同情する中である人物が教室へと入ってくる。標準的な体型にホストでも充分通用しそうな甘いマスク・・肩に掛かるぐらいのセミロングが特徴なこの人物の名は茅葺 龍之介(かやぶき たつのすけ)、この黒羽根高では有り得ないぐらいの極めて優秀な成績に加えて抜群の運動神経を兼ね合わせて極めつけはその容姿・・当然のように女子からの人気は圧倒的に高い、彼に想いを寄せる女子はこのクラスのみならず多数に渡って存在しており由宇奈も例に漏れずにその一人。しかし龍之介本人は至って無口で必要最低限の会話しかしないのだが、その姿がクールな存在として映るようで人気は落ちるどころかうなぎ上りである。龍之介は群がってきた女子達に小さく挨拶をするとそのまま自分の席に座って予習のために問題を解き始める。
「ほら、お前の好きな茅葺が登校してきたぞ。さっさと行ってこい」
「ま、待って! 心の準備がぁ~」
(全く、男の時はちょっとあれだったけど・・今となってみればいい思い出だな)
陽痲も男時代は由宇奈に想いを寄せてたのもあってか、龍之介に対しては複雑な印象を抱いてた。しかし女体化して由宇奈の想いが吹っ切れた今は龍之介に対してはただの男子生徒とぐらいしか感じてないので関心の外にある。
「ま、茅葺君はとりあえず置いておいて。・・陽太郎、一緒にアルバイトでもしようよ」
「バイト? そうだな・・」
黒羽根高では白羽根学園と同じようにバイトに関しては自由なので何ら問題はない、それに陽痲も由宇奈と遊んでばかりで懐が寂しくなったのでここらでバイトをして稼ぐのも悪くはない。それに認めたくはないが1人でやるよりも由宇奈とやるほうが心強い部分もあるし何かと融通が利きそうなのでメリットも大きい。
黒羽根高等学校・・通称黒羽根高はあの文武両道で名高い名門の白羽根学園の直接の姉妹校で由宇奈と陽痲の通う高校である。理事長も白羽根学園の理事長が兼任しているがあまり姿を現す事はないので校長が代理として実権を握っている、名門で名高い白羽根学園とは違って黒羽根高は学力や部活も可もなく不可もなくごく普通といったところなのだが、制服のデザインだけは異様に力を入れているので他校からは異様に人気が高い。それに白羽根学園との直接の姉妹校であるのでそのブランドをフル活用しているおかげで志望してくる生徒数はかなり多いのだ。
「いや~、黒羽根高に入って正解だったね。従兄弟が白羽根学園に入ったから悔しかったけど・・」
「ま、ここもあの白羽根学園の正式な姉妹校だからいいじゃないか」
中学時代に2人は白羽根学園への入学を希望したのだが、その偏差値の高さに絶望してこの黒羽根高等学校へと志願したのだ。この学校なら2人の成績でも充分に可能だったし、何よりも黒羽根高の試験問題はそこそこの成績の持ち主であれば普通に合格できるレベルなのでそこが人気の一つでもある。2人はいつものように校舎から教室に入っていつもの級友達に挨拶を交わすとHRが始まるまでのささやかな談笑を始める。
「しかし佐方が女体化するなんてな。てっきり宮守とよろしくやってると思ってたもんだからな」
「んなわけないだろ。俺と由宇奈はただの幼馴染だしよ」
陽痲がまだ陽太郎だった時は殆ど由宇奈と一緒に登下校を共にしてたのでよくクラスの人間から由宇奈との関係をからかわれたものだ。そんな陽太郎が女体化した時はある種の衝撃だったが、今ではすっかり定着したようで元々交友があった男子達と普通に下らない雑談を繰り広げている。
「私たちも佐方は由宇奈は付き合ってるもんだと思ったわよ」
「ちょっとやめてよね。陽太郎は本当にただの幼馴染だったし、それに女体化したって言っても私の中では陽太郎は陽太郎だし」
「うるせぇ!! それに陽痲だと何回言ったらわかるんだ!!!」
「「な、なるほど・・確かに普通だ」」
近しい人物から未だに改名した名前を呼んでもらえない陽痲に周囲が同情する中である人物が教室へと入ってくる。標準的な体型にホストでも充分通用しそうな甘いマスク・・肩に掛かるぐらいのセミロングが特徴なこの人物の名は茅葺 龍之介(かやぶき たつのすけ)、この黒羽根高では有り得ないぐらいの極めて優秀な成績に加えて抜群の運動神経を兼ね合わせて極めつけはその容姿・・当然のように女子からの人気は圧倒的に高い、彼に想いを寄せる女子はこのクラスのみならず多数に渡って存在しており由宇奈も例に漏れずにその一人。しかし龍之介本人は至って無口で必要最低限の会話しかしないのだが、その姿がクールな存在として映るようで人気は落ちるどころかうなぎ上りである。龍之介は群がってきた女子達に小さく挨拶をするとそのまま自分の席に座って予習のために問題を解き始める。
「ほら、お前の好きな茅葺が登校してきたぞ。さっさと行ってこい」
「ま、待って! 心の準備がぁ~」
(全く、男の時はちょっとあれだったけど・・今となってみればいい思い出だな)
陽痲も男時代は由宇奈に想いを寄せてたのもあってか、龍之介に対しては複雑な印象を抱いてた。しかし女体化して由宇奈の想いが吹っ切れた今は龍之介に対してはただの男子生徒とぐらいしか感じてないので関心の外にある。
「ま、茅葺君はとりあえず置いておいて。・・陽太郎、一緒にアルバイトでもしようよ」
「バイト? そうだな・・」
黒羽根高では白羽根学園と同じようにバイトに関しては自由なので何ら問題はない、それに陽痲も由宇奈と遊んでばかりで懐が寂しくなったのでここらでバイトをして稼ぐのも悪くはない。それに認めたくはないが1人でやるよりも由宇奈とやるほうが心強い部分もあるし何かと融通が利きそうなのでメリットも大きい。
「いいぜ、俺もお前と遊びすぎて金がなったからな」
「人のせいにしないでよ、陽太郎だって服買いすぎてるじゃないの」
「お前だって俺に便乗して買ってただろ!! ・・って、朝から余計に疲れる。とりあえずバイトに関してはまた話そう」
「わかった」
とりあえずバイトに関しては今後の予定を立てることにしたところで予鈴のチャイムが鳴るとこのクラス・・2年A組の担任で数学担当の神林 真帆(かんばやし まほ)はいつものように教室へ入っていくのだが、悲壮感たっぷりのまま凄く沈んだ様子でとぼとぼと歩きながら教卓につくと1人お通夜モードで淡々と進行する。
「おはようございます・・まず始めに男子諸君。女体化者で未婚の子持ちの女性を優しく包むような包容力のある人になってください・・」
「せ、先生・・またお見合い失敗したんですか?」
恐る恐る由宇奈は勇気を振り絞って真帆に進言するのだが、急所を指摘された真帆はワンワンと喚き始める。
「そうなんだよ!!! 何とか良い雰囲気には持って来れたんだけど、子供がいるって告白したら潮のように退きはじめてね、乾いた笑いを浮かべてッ!!!!」
「でも未婚で子持ちはハードルが高すぎるんじゃ・・段階を持って告白したほうが良いと思いますよ」
真帆は黙っていれば美人ではあるものの、正直すぎる性格が災いしているようで何度もお見合いに失敗しているのだ。それに性質が悪いことにその悔しさを別の方向で発散するというはた迷惑極まりない性格の持ち主であるので真帆がお見合いに失敗したその日は彼女が受け持っている女子卓球部の練習量が比較的増えるので部員達にしてみれば迷惑以外何者でもないのだ。
「このバカチン!! 歴史上ではね、僕のように正直者が得をしたことがあるんだよ!! こんな世の中間違っているよッ!!!」
「なんでも正直すぎるのがダメだと思うんだけどなぁ・・」
それからHRそっちのけでワンワンと泣き崩れる真帆であるが、こんな事はこのクラスでは日常茶飯事なので黙って受け流す。真帆は確かに女体化したから若くて美人ではあるものの、未婚の上の子持ちなので婚活する上では非常に大きいハードルなのでお見合いもことごとく失敗をしている真帆を不憫に思った陽痲は慎重に言葉を選びながら慰めの言葉をかける。
「神林先生、人の出会いなんて星の数ほどあるんです。そのうち先生を包んでくれる優しい人が現れますよ」
「う、うん。あの子のためにも早く僕が結婚して立派な父親を見つけてあげなきゃ!!」
何とか陽痲のお陰で立ち直った真帆は恒例のHRを始めると必要な伝達事項と伝え終えると同時にチャイムが鳴り響くのだが、真帆は退散せずにすぐに教科書にチョークとオマケにプリントの束を取り出す。
「1時間目は数学だから僕の授業だね。それじゃ僕のお見合い相手への怨恨を込めて・・テストだよ!!!」
「理屈がおかしいだろうがぁぁぁぁ!!!!!!」
龍之介を除くクラスの全員は顔も知らぬ真帆のお見合い相手を恨みながら阿鼻叫喚の大絶叫を上げるのだった。
昼休憩
いつものように由宇奈は陽痲の机を囲んでお昼の準備をする、陽痲はそのままカバンから一回り小さい重箱をどかっと出すとその圧倒的な存在感を由宇奈に見せ付ける。
「うわっ、相変わらずでっかいね。女体化してもその食欲は何とかならないの?」
「腹が減るから仕方ないだろ。何故か女体化しても変わらないんだから・・でもその分は動いてるから太らないんだぜ」
「その分胸にはいっていないようだけどね。さて私もお弁当お弁当~・・」
由宇奈はそのままカバンの中に眠っているであろう、お弁当箱を探すのだが・・いつも触りなれた独特の感触は確認できずに次第に押し黙ってしまう、いつもと違う由宇奈の様子に陽痲も流石に気に留めてあげる。
「おい・・どうしたんだ?」
「・・ない、私のお弁当がない――ッ!!!!!」
この学生生活で楽しみといえば母親が毎日作ってくれるお弁当、空腹に襲われながらもあのお弁当の中身を知るワクワク感が生命の躍動感を感じるのにそれがないということは由宇奈にとってはかなりの死活問題なのだ、今朝の朝食は急いでいたのでゆっくりと味わうことすら出来なかったので尚更このお昼に解放するはずのお弁当の存在が一際輝いていたのだ。
「購買でなんか買ってこいよ」
「それが・・財布もないの。・・陽太郎、一生のお願い!! そのお弁当分けて!!!」
弁当もなければ財布もない、この時間を心よりも楽しみにしている由宇奈は今までのプライドをかなぐり捨てて陽痲に必死に頼み込むのだが、ものの数秒で残酷な回答が返ってくる。
「断る。・・俺の名前をまともに呼ばない奴にやる義理はないし、に今までお前に金を貸して戻ってきたためしがない。大人しく諦めろ」
「陽太郎の鬼ッ!! こうなったら神林先生に何とかしてもらうんだからッ!!!」
「お、おい!! ・・少しきつく言い過ぎたか?」
頼みの綱であった陽痲にまで見捨てられた由宇奈は絶望を抱えて教室を走り出すが、お腹が減ってしまって力が入らずにフラフラになってしまう。ここは2階、恐らく真帆のいるであろう職員室は1階なのでこの空腹の状態だったらその距離も長く感じてしまう。
「ハァ・・陽太郎がお弁当分けてくれればこんなことにならなかったのに・・」
フラフラの状態になりながら何とか歩いていく由宇奈であるが、腹の虫は虚しく鳴るばかり・・遂にはあまりの空腹でその場にへたり込んでしまうと2時間目に社会の授業で習った紛争地域の現状を改めて思い浮かべてしまう。
(これが紛争地帯の原住民の状況なのね。・・何だか龍之介君の幻が見える)
「・・・」
ふと由宇奈は目に前に映る龍之介の姿が幻だと切り捨ててゆっくりと目を瞑ってしまう、どのように陽痲に復讐しようかと思案していると小さいがなにやら声が聞こえる。もう何もかもおぼろげになってしまってた由宇奈は何も考えずに無意識のままそっと右腕を翳すのだがふと身体の感覚が軽くなってふわっと立ち上がる自分の肉体に由宇奈の意識はようやく取り戻して目をそっと開けると幻でもない自分の想い人である本物の龍之介が由宇奈の目の前に立っていた。
「へっ? かかっかか・・茅葺君っっ!!!」
「・・これを」
龍之介は由宇奈にある袋を渡す、袋からは空腹を刺激するかのような芳醇でしかも食欲をそそる匂いが由宇奈の身体を通して全体に広がる。
「これって・・高級食材のお弁当!?」
「お客さ・・いや、知り合いにたくさん貰ったから1つ上げる。・・それじゃ」
「えっ? ちょ、ちょっと!!!」
そのまま龍之介は由宇奈の元から立ち去ってしまうが、彼からは微かに酒とタバコの臭いが微かに鼻に移ったのだが、それを打ち消すぐらいの高級感漂う弁当の存在に支配された由宇奈は迷うことなく適当な教室に入り込むと龍之介から貰った高級弁当を迷うことなく食すとそのあまりの美味しさに舌鼓を打つ。
「美味い!! 米は多分魚沼産のコシヒカリ、それにおかずは高級和牛の肉じゃがに新鮮なブリの照り焼きに加えて新鮮な野菜のみずみずしさ・・これはまさに高級食材が成せる味だよ!!」
由宇奈は弁当の味を一つ一つかみ締めながら充実感が口いっぱいに広がって豊満な世界へと1人旅立ってしまうものの、何とか意識を取り戻すとさっきの龍之介との光景を思い出すのだが夢のような光景に1人興奮してしまう。
「このお弁当、龍之介君から貰ったんだよね・・放課後何かお礼をしなくちゃ!! でも何かしとけばよかった・・やっぱり少女漫画だたらベターにキスだよねっ!!!! でもあの無口な龍之介君が私のために選んでくれたんだからこれはよく熟考しないとなぁ~・・」
「・・何やってるんだそんなところで」
「そもそも龍之介君は何が好みなのかな。こうなればちょっと早いけど・・って陽太郎!! いたんなら早く言ってよね!!」
「さっき声を掛けただろ。心配して探してみれば・・何で弁当があるのかは知らんが、喉が渇いたならこれでも飲んでろ」
「あ、ありがとう」
陽痲からお茶を貰うと由宇奈は迷うことなく受け取って一気に飲み干すとようやく一息ついて落ち着きを取り戻す、高級弁当のお陰で空腹感は満たされたものの喉が渇いて仕方なかったので陽痲の差し出してくれたお茶の存在はかなりありがたいものだ。それに陽痲も何だかんだ言っても由宇奈とは長い付き合いなので女体化してからも良い友人なのは変わりないので少し恥ずかしそうにしながらさっきの非礼を詫びる。
「さっきは悪かったな。このお茶は俺のおごりだから気にせずに飲めよ」
「陽太郎・・あんたは最高の友人だよ!! おかげで龍之介君からお弁当ももらえたしね」
由宇奈は意気揚々と先程の出来事を多少脚色して語り始める、女子から絶大な人気を誇るあの龍之介からお弁当をもらえたのはまさに夢のような出来事・・思い出すだけでも興奮が止まらずにニヤケ顔で何度も話し始める。
「わかったから、落ち着け。とりあえず放課後に茅葺に何かするんだろ? 俺も付き合ってやるからよく考えようぜ」
「うん。さすが陽太郎!!」
(ちょうど、ラブコメのネタに悩んでたんだ。これはもしかしたら利用できるしな)
陽痲の真意など全く知らずに来るべき放課後について協議しあうのであった。
職員室
黒羽根高では月に一度、この昼休みを利用して教師全員が職員室に集まって昼食を取りながらのミーティングが恒例となっている。教員達は昼食片手に様々な意見を飛び交わせながら現在の議論である恒例の夏のマラソン大会について意見をを活発させていくのだが、それらを全て仕切るのがこの長いロングヘアの金髪が特徴的で堂々と喫煙しているこのお方である。
「うぃ~!! んじゃ今年のマラソン大会は60キロで決定だな」
「き、教頭先生!! せめて30キロがベストかと・・」
「一々、うるせぇんだよ!!! 俺ン時も女体化してこんな距離は普通だったんだから今回も大丈夫だろ」
彼女の名前は種井 京香(たねい きょうか)、歳相応の豊満なスタイルが特徴的な非常に若々しい人物であるものの肩書きは黒羽根高等学校 教頭である。彼女がこの黒羽根高に教頭として赴任してからこの黒羽根高は大きく変わり、その並々ならぬ行動力はあらゆる問題を解決しながら校長に成り代わって全ての教員を率いて怒涛の勢いでその頭角を現している、それにこの学校の制服のデザインに並々ならぬ力を入れたのも彼女でありこのミーティングの発案者でもある。
その破竹とも言える行動力でこの高校の実権を握っており、本来の最高責任者である校長でさえも彼女には頭が上がらずに実質上の支配者である。
「さて次は文化祭についてだ。それで本日何回かの見合いに失敗した神林先生に去年の集計を応えてもらおう」
「何でそんなこと知ってるんですかッ!!! ・・ハァ、とりあえず去年の売り上げ金額は総合計で10,945,217円です。各セクションごとですと僕が率いる女子卓球部が・・」
「そこまではどうでもいい。重要なのは総合計の部分だ・・姉妹校であるクソガキ校長が率いる白羽根学園はこの2倍の売り上げをたたき出している!! 教頭とすればこの部分が非常に気に食わないッ!!!!」
そのまま京香はタバコを吸いながらあーだこーだと文化祭について持論を展開しながら真帆を含めた周囲の教員はやれやれとした顔つきで聞き流していく、というのも京香は人一倍白羽根学園との競争意識がかなり強いのでこれまでにも文化祭の売り上げを始めとして部活の大会や練習試合などに顔を出しながらことあるごとに白羽根学園と競わせているのだが結果は惨敗に次ぐ惨敗・・当然のように京香が納得するはずがなく今年の文化祭こそは白羽根学園に勝とうと息巻くのだが、周囲はそんなことは絶対に不可能だと思いながら昼食を食べ進む。
「てめぇらは先公としてのプライドはねぇのか!! そんなんじゃガキどもに遅れをとって舐められんぞッ!!!」
「教頭先生、ちょっとは落ち着いて・・」
「うるせぇ! お前も校長としてのプライドはないのか、あのクソガキにいつまでも天下を取らせて溜まるか!!」
「いや、藤野先生はそんな人じゃないからね。それに見た目は兎も角として君よりも年上だか・・うぎゃぁぁぁ!!!!」
流石に校長が暴走している京香を嗜めようとするが、彼の立場はこの学校では殆どないのに等しいので京香にコブラツイストをお見舞いされると沈黙してしまう。京香はそのままアームホールドの構えに入ると老体である校長に容赦のない攻撃を加えながら周囲を焚きつけるためにとんでもないことを言い放つ。
「今年の文化祭で白羽根よりも売り上げが悪かったらてめぇ等全員は減給だからなッ!!!!」
「ぎ・・ギブ・・・」
ようやく京香に解放された校長であるが白目を剥いて泡を噴いてしまっているので再起は当分ないだろう、それに彼女が減給といったら本当にやりそうなので流石に周りの教員達も焦りが見え始めるとこれまで以上に奮起しながら様々な意見が飛び交うようになる、京香もとりあえずはタバコを吸いながら議論の様子にとりあえずは満足する。
「んじゃ、今年は頼むぜ。もし本当に白羽根に勝てなかったら本当に減給にするからな」
「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」
教員全員が己の生活を守るために奮起ながら来るべき文化祭のために怒涛の勢いで時間の許す限り議論を推し進めていく、京香も教頭としてその様子に満足しながらタバコを吸いつつ真帆にとある提案をする。
「神林先生よ、今年は女子卓球部によるキャバクラでもやろうぜ。ドレス着て酒出したら売り上げは余裕で倍増だろ」
「な・・そんなことできるわけないじゃないですか!! PTAやら色々な人から怒られてしまいますよ!!!」
「今のPTAの会長は俺に逆らえる度胸なんてないし、何かあればこの校長の首一つでなんとかなるだろ」
「いや、僕にも生活があるからごめんだよ。流石にお酒を提供したってばれたら理事長に大目玉だよ」
「んで卓球部がキャバするならドレスとかも用意しなきゃいけないし、源氏名と名刺も作らないとな。値段も相場よりも高くしてと・・」
校長の言うことなどもはや無視して京香はとんでもない計画を膨らませるとそれを推し進めるための手はずと準備を思案する、周囲の教師は京香の毒牙に掛かった真帆に同情しながら他の議論を推し進める。
「ま、バイトでキャバしたからそこら辺は俺が直接指導するとして・・」
「何言ってるんですか! 僕はまだ子供いるのにこの仕事辞めたくないですよ」
もし文化祭で生徒により本格的なキャバクラが経営されたとなったら社会的な問題まで発展してしまうのは用意に予想がつくし、その首謀者が京香であっても自分にも何らかの責任は覆いかぶさってくるのは目に見えている。
「せめてメイド喫茶辺りで妥協しましょうよ・・」
「何言ってんだ!!! そんなもの需要なんてたかが知れてる、キャバなら普通にその倍の金が動かせて儲かるからな」
校長も含めてこの場にいる人物で京香に逆らえる人間など皆無なのでこの勢いだったら既に準備などをしてもおかしくはない、校内禁煙というこの時代ならば当たり前のことをこの人物は容赦なく撤回して職員室では常に換気扇がフル稼働で動いている。それだけ教頭は有限実行を地で行っているからこそこの黒羽根高での地位を磐石としているのだ。
「んじゃ、俺は準備するから神林先生は連中を説得しろよ」
「うっ、うう・・いつもよりお昼の味がしないよ」
真帆が無味無臭のお昼を食べながら時間は過ぎていく・・
放課後
時間は一気に飛んで放課後、いつもなら部活の活気強い声が溢れるこの時間帯に由宇奈は緊張したまま誰もいない教室で陽痲と共に龍之介が来ないかと今か今かと待ち受けてた。
「だ、大丈夫かな~・・」
「こればかりは天に祈るしかない。ちゃんと茅葺には伝わったんだろ?」
「う、うん・・」
あれから由宇奈は勇気を振り絞って何とか龍之介に弁当のお礼がしたいとの約束を取り付けたのだが、こうして待っている間にも緊張してしまってどうして良いものか判らないものだ。
「しっかりしろよ!! うまくいけばお前の人生が大きく変わるんだぞ」
「でもいきなり愛の告白なんて誰だって緊張するよっ~!!!」
陽痲との協議の結果、手持ちもない由宇奈に出来るお礼といえば一世一代の大告白という凄まじい方向にへとたどり着いたのだが、当然のように由宇奈は緊張してしまう。
もし龍之介が由宇奈のことが好きなのであれば弁当以上の釣り合いであるのだが、その希望的観測に従うのはよほど自分に自信があるか追い詰められた時だろう。
「さっきまで俺相手に散々練習しただろ」
「相手が陽太郎じゃ緊迫感が出ないから却って逆効果だよ!!」
「失礼なこと言うな!! 俺だってな、昔はお前のことが・・」
その後の言葉が中々出てこない陽痲・・確かに男時代に抱き続けていた由宇奈への想いは女体化と共に吹っ切れたのは間違いないものの、いざその本人に話すのは流石に恥ずかしいものがあるし陽痲本人としても黒歴史同然なので早いところ由宇奈には彼氏の1人は作って欲しい。
「とにかく! 絶対成功しろよ」
「うん・・やってみせる!!」
ようやく由宇奈の決意が固まったところで2人がお待ちかねの人物・・茅葺 龍之介が教室へと姿を現すと由宇奈はもとより陽痲も自然と緊張してしまう。
「・・」
(ほらっ、しっかりやって来い!)
「わわわっ・・!! 突然呼び出してゴメンね、実はお昼のお礼がしたくて・・」
顔が赤面してしどろもどろになってる由宇奈に陽痲は子供を見守る母親の如く苛立ってしまう、だけども告白をする立場にいる由宇奈は楽なところにいる陽痲の立場と変わりたいぐらいだ。しかし心で嘆いていても仕方がない、折角決めた覚悟がぶれないように勇気を振り絞って男時代の陽痲が聞きたくても聞けれなかったあの言葉が静かに教室に響く。
「お礼といってもこれからこんなこと言うのは変な話だけど改めて言うね。
茅葺君・・ずっと前から彼方が好きでしたッ!! 私と付き合ってくださいッッッ!!!!!!」
「・・・」
優位を振り絞った由宇奈の告白に相変わらずの無表情で佇む龍之介・・暫く静寂が場を支配する中で居た堪れなくなった由宇奈であるが、ここで陽痲が声を荒げる。
「おいっ、茅葺!!! せっかくこいつが告白したんだから黙ってないでさっさと返事を言ったらどうなんだ!!!」
「ちょっと陽太郎!! ごめんね、茅葺君。私はただ・・」
「・・ってほしい」
「え? ごめん、ちょっと良く聞き取れなかったんだけど、もう一度言ってくれる?」
「待ってほしい。少し考えさせてくれないかな? 決まったら返事をさせてほしい」
龍之介からの回答は保留・・すなわち由宇奈の告白はとりあえず受け止められてたと言うことになる。しかしちゃんと返事は待っててほしいと言うことなので別の意味で由宇奈は龍之介からの返事が来るまでは生殺しの日々を味あわなければならないことになる。
「ごめん、突然のことでちょっと頭が困惑してて・・返事は必ずする」
「わかった。・・待てるからね」
「じゃ、用事がるからこれで・・」
そのまま龍之介は2人を残して教室を後にすると携帯を取り出して歩きながらいじりってあるアプリを起動するとある人物とのチャットを始める。
ryu:うはwwwwさっき告られたwwwwwwww
kimi:嘘乙wwww
ryu:ガチだwwwwww女体化した友達と一緒だったwwwwwwww
kimi:うpしない大人なんて修正してやるッ!!!
ryu:無茶言うなwwwwwwww
顔はいつもの無表情ながらチャットの会話は流暢ながらさくさくと進む。
彼、茅葺 龍之介は所謂ネット弁慶という人間で現実よりも2次元という、スペックは完璧なのに中身はとても残念な人なのである。
ryu:それに俺の嫁は画面の中にいるんだよ
kimi:wwwwwww
kimi:ジムの中で最高なのはスナイパーカスタム
ryu:おまいはⅢの魅力を知らないのか・・
kimi:ZZのMSは大型化して機能美がない
ryu:何を言う、Ⅱから手軽にマイナーチェンジできてコストがかなり安いんだぞ?
それから龍之介はチャットをしながら電車を乗り継いで地下鉄に乗り込むと電車は更に黒羽根高から離れて自宅のある繁華街へと向かう、龍之介の両親は幼い頃に死別しており彼は現在1人暮らしなのだが両親の遺産は学費で殆ど消えてしまったので家賃や生活費を稼ぐためにバイトをしている。職場につくのはまだ時間があるのでその間に龍之介はチャットをしつつ、手鏡を取り出すとワックスで軽く頭を整え始める。
kimi:家に帰ったら兄貴が彼女を連れ込んでいた
ryu:例のアレか、まずはうpだ
kimi:おkwwwこっちも友達と一緒だから時間は掛かる
ryu:友達・・何故それを早く言わないんだ。兄貴の彼女は前に見たから今度はそちらをうp汁
kimi;把握ww奴はキーボードに夢中になったらガードが甘くなるからそれを狙う
ryu:wktk。おっ、駅に着いたからちょっと離れるわ
kimi:いtr
携帯のチャットと同時進行で龍之介は髪を整え終えると今度は軽くメイクをしていつもつけているピアスをはめる、そして目的地の駅に到着するとそこから降りると急いでそこからすぐ近くの自宅のマンションへと向かうと今度は制服を一気に洗濯機に投げ捨てて綺麗なスーツに着替えるといつも使っているお気に入りの香水を振り掛けて軽くセットした髪型を鏡を見ながらまた再び入念に整えながて最後にスプレーを全体に降りかけてセットを完了させる。
冷蔵庫から仕事前にはいつも飲んでいる牛乳を飲んで高級ブランドの時計とペンダントを身に纏うと貴重品や小物が手荷物を軽くまとめると再び自宅を後にする。
いつもの制服姿と違って今の格好はどことなく夜の仕事を生業にしているようなその姿・・通りざまのガラスに映る自分の姿が心なしか嫌になった龍之介は再び携帯を取り出すとチャットを再開する。
ryu:戻った。おっ、これはwwwwwwwww
kimi:生のjcだwwwww
ryu;弾いてる姿が可愛らしい、何弾いてるの?
kimi:コネクト。音楽が得意だからアニソンは調教済みに決まってるだろjk?
ryu:何そのハイスペックwww俺によこせwwwwwww
周囲にぶつからないように配慮しながら龍之介は繁華街の中を歩いていく、平日は少ないのなのだが今日のように金曜日になると倍以上の人の多さを誇るのでチャットをしながらだときついものがある。
kimi:おっ、兄貴が彼女に噛まれたざまぁwwwwwwwwww
ryu:そのまま爆発しろwwwwwwwww
kimi:そういえば学校終わってから仕事はなにしてんの?
ryu:禁則事項です><
kimi:2年と言う長い付き合いなのに(´・ω・`)
このチャットしている相手である祈・・ではなくkimiとはとあるスレで知り合ったヲタ仲間でリアルでは会ったことないものの自身の趣味を語り合う仲間である、しかしそんな相手でも龍之介は自分のことについては実年齢だけを晒してるだけに留めているのでこういった質問はのらりくらりとかわしている。
ryu:でも危なくないから安心汁。てかリア高の俺がんなこと出来るかwwwww
kimi:ですよねwwwジオンのMSはゴッグ系統が至高
ryu:ドムの魅力がわからないとか、バズーカ構えてる姿が萌えるんだぞ?
kimi:でもバリエーション少ないよね。0083のガトーは漢すぎてもう・・
ryu:てめぇ、カリウスさんの活躍見直して来い。型落ちのリックドムであそこまで活躍してたんだぞ
kimi:mjk。それはすげぇwwwww
ryu:試作2号機はぶっちゃけ核頼りだから実際はビームサーベルだけだしな
そのまま龍之介は繁華街で賑わう人ごみを避けに避けて職場へと到着する、この繁華街にピッタリのネオンの装飾が施された場所で幾多の男達が羽根を休めた女性の休息をサポートする。
ホストクラブ、ダルシェン・・ここが龍之介の職場であり高校生の身分では絶対に働けない場所なのだが身分を偽って働いている。
ryu:悪いww職場に着いたから落ちるわwwwwww
kimi:把握。仕方ないから友達とマターリしてくるわ
ryu;そうしてくれwwwwwそれじゃまたなwwwww
携帯を閉じて龍之介は仕事用の携帯に持ち帰ると開店前の店内へ入っていき、いつものようにこの店の店長に軽く挨拶する。
「ども」
「おお、流星。今日も昨日来た女から予約が入ってるぞ、俺が見込んだ男だ」
「・・」
流星とはこの店での龍之介の源氏名である、見た目の顔立ちが良い龍之介は接客が何よりの命とされる弱肉強食のホストの世界で普段のクール振りが受けに受けたのか、固定客も何人かついて今やこの店でのNO3にまで上り詰めている。しかし店ではいつもより多めに喋っているつもりの龍之介であるが、それでも傍目から見たら無口なのには変わりないので周囲からのやっかみは知らないうちに多少ながら買っている。
「でもよ、もう少し喋ってもらわんとな。売り上げがいいのは認めるけどキャッチも出来ないと困るぜ」
「すんません。あまり喋るのは苦手なんで・・」
「ま、稼いでくれてるんだからいいけどな。今日もしっかりと稼いでくれや」
「うす・・」
そのまま龍之介は適当に控えの席に座ると仕事用の携帯をいじりながら固定客と連絡を取るのだった。
分岐
時間は少し戻って龍之介が立ち去った後、残された由宇奈と陽痲は呆然となってしまう。
とりあえずは振られてはいないものの、龍之介からの返事はまた日を置いて待たなければならないので由宇奈にしてみれば回答次第で天国か地獄だ。
「はぁ~・・一発で返してくれたほうが良かったよ」
「でも考えるって言ってくれたんだから告白は届いたようなもんだろ。それよりも次は神林先生にバイトのこと相談しないとな、あの人は女子卓球部の顧問だから早いところ向かおうぜ」
「・・何か嬉しそうね」
そもそも陽痲は小説のネタ作りのために参加したようなものなので今回の結果はとりあえずは上々と言うものだろう、2人も教室を後にして廊下を歩き続けてバイトのことを相談するために真帆のいる職員室へと向かう。
「はぁ・・龍之介君の件もそうだけど、あの職員室に入るの嫌なのよね。教頭先生に出会わないことを祈るばかり」
「ま、教頭って役職がなかったらただのタバコ加えたキャバ嬢だしな」
2人も京香の存在は当然のように認知しており、関わるだけで何やらとんでもないことに巻き込まれそうなのは目に見えているのでなるべくなら京香がいない間を狙って真帆に会いたいものだ。
「でも何で神林先生に相談しようと思ったんだ? バイトなら求人誌で充分だろ」
「いやいや、神林先生ってそういったの詳しそうだしね。何せ高校在学中に母親になって子育てしながら教員まで上り詰めたんだよ? 絶対人生経験豊富だよ」
「ま、それなりに苦労はしてそうだけど・・」
真帆が未婚の子持ちなのはこの学校の人間だったら誰もが知る周知の事実であるが、陽痲のイメージだと相当苦労したのは間違いはないもののそこまでは苦労してはいないと思う。
最近は福祉関係の法律も明るくなってきたので国からの無保証での出産費用の援助は当然のように子持ちの人間が大学に進学する場合は学費の80%の免除が義務付けられている時代なのだ、真帆のようなに子供がいるのなら立場なら軽くバイトをするだけでも充分に大学の学費は余裕で賄えるのだ。
「それに神林先生は子供がいるなら何で父親に会おうとしないんだろうな?」
「そりゃ・・人それぞれ事情ってのがあるからでしょ。事実は小説よりも生成り・・現実なんてそんなものよ」
「何か心なしか腹が立つな。・・それよりも話は戻るが、教頭はどうして白羽根学園に対抗意識を燃やすんだろう?」
無性に腹の居心地が悪くなった陽痲は再び京香の話題へと切り替える、2人の目から見ても京香の白羽根学園への並々ならぬ対抗意識はもはや執念とも呼べるもので、前には野球部の練習試合が白羽根学園に決まった時には前日に京香自らがバット片手に野球部員全員が倒れこむまでノックをしたのは記憶に新しい。
「先輩の噂じゃ、向こうの校長と何かあって対抗意識を燃やし始めたって聞いたな。そういやお前の従兄弟って白羽根だったけど何をしてるんだ?」
「応援団の団員だよ。何でもそこの団長さんが女体化したらしいんだけど鬼以上に厳しくて男以上の戦闘力を持っているんだって」
「あそこの応援団ってかなり有名だよな。俺も前に見たことあるけど全員の威圧感が半端なかったぜ」
前に陽痲は藤堂率いる白羽根学園の応援団一行と遭遇したことがあるのだが、藤堂を始めとして全員の存在が一際あったので顔すらも覚えていない。それにしても由宇奈の従兄弟が応援団に所属していたとは少し意外なものだ、陽痲の周りには白羽根学園に所属している知り合いなどいないのでまだ見ぬ由宇奈の従兄弟の話には興味がある。
「でもそんな強い応援団長と互角でやりあう超美人でスタイルの良い人がいるらしいよ」
「何だそりゃ・・でもネタにはなりそうだな。他には何かないのか?」
「私も話し聞いているだけだから事実とは限らないよ。それと教頭が対抗意識燃やしている白羽根の校長って見た目がまんま小学生みたいなんだって」
「ほぉ~・・あの教頭が対抗意識燃やしてるんだから相当凄い人物なんだろうな」
「だよね。胸の大きさは陽太郎と良い勝負かも」
まだ知らぬ霞の存在に2人は変な想像力を掻きたてる、それにしてもあの有限実行で異常な行動力を誇る京香をやり込めれる存在らしいのでどんな人物かは想像がつかない、だけどあの名門の白羽根学園の校長なのでただの人物ではないのは間違いなさそうだ。
「ま、姉妹校だからそのうち顔ぐらいは見れるんじゃないの?」
「楽しみでもあるけど・・あの教頭が本格的に暴走したら逃げたほうがいいかも知れんな」
いつか遭遇するであろうイベントに恐怖と期待を覚えながら2人は職員室の扉の前へと立ち止まる、由宇奈は京香がいないことを心の底から祈りながら陽痲に最終確認を取る。
「・・いい、開けるよ」
「もう覚悟は決めた。思い切ってやってくれ!!」
「わかった――!!」
意を決して由宇奈は職員室の扉を開けるとまずは京香の姿がないことを確認すると次に机に座りながらがっくりとうな垂れている真帆を見つけ出すと陽痲を引き連れて一気に向かう。
「あの、神林先生・・」
「わっ!! ・・何だ、宮守さんに佐方さんか、どうしたの?」
一瞬京香かと思って身構えていた真帆であったが、由宇奈と陽痲であることに安堵するが未だに京香の恐怖が拭えたわけではない。あれから真帆は京香の理論を阻止するために部活を中止して女子卓球部の面々を即座に帰らせたのだが、その分息を巻いていた京香の怒りは相当なもので今でもタバコを加えながら校長を八つ当たりで校長の老体に容赦なくプロレス技を掛けている頃だろう。
「ま、校長先生には犠牲になってもらうか。それで2人とも僕に何のようだい?」
「あの・・アルバイトしたいんですけど、何か良いバイト先ってありませんか」
「俺達もそろそろ社会的な自覚を持つためにはバイトをしなきゃなって思いまして・・」
「バイトなら自由にやっても構わないけど、バイト先の螺旋は教師やってて初めてだなぁ」
真帆もそれなりに教師をやっているが生徒にバイト先の螺旋を頼まれたのは初めての経験である、しかしこうして担任である自分を頼って相談してくれているのだから何かしらは力になって応えてあげたいので真帆は少し考えながら2人にピッタリな職種を探し出す。
「う~ん、そうだな・・君達の歳じゃ時給はそんなに期待できないと思うけど、どんな仕事をして見たいんだい?」
「私は何でも良いですよ、人と接するのは余り苦じゃないほうですし・・」
「由宇奈に同じく」
「君達はベターな回答してくれるけど、相談される僕とすればそれが一番悩むんだよね」
テンプレ通りの回答をする2人に真帆は頭を悩ませながらこれまでの経験を踏まえて2人にベストな職業を提案してみる。
「だったら、ファミレスかコンビニがいいんじゃないか? 時給は安いけど2人とも僕と違って貧窮はしてなさそうだし、良いと思うよ」
「先生と違って子供いませんから・・でもそれなら頑張れそうな気がします。由宇奈はどうなんだ?」
「うん、どれも都合がつきそうだから頑張れそうだよ」
「それじゃ書類渡すから採用が決まったら提出してくれ、一応規則なんでね」
そのまま真帆は2人にアルバイトの申請用紙を手渡して全てが万事解決したと思った矢先・・特有のオーラが3人を覆い始める。
「神林ィ~!!!」
「ヒッ!!」
「「ば、化け物だぁぁぁ!!!!!」」
オーラを発しているのは当然のように京香、その圧倒的な存在感に真帆は勿論のこと由宇奈や陽痲もヘビに睨まれた蛙の如く動くことすら出来ない。
「よぅ、あのジジィで多少は憂さを晴らしたとはいえ・・俺が打ち立てた崇高な計画の邪魔するとはどういった了見だ!!!」
「い、いや・・僕も一応の説得はしたんですけど収穫がなくて」
「ったく、子供がいるから制裁は勘弁してやるがもう少し知恵を・・ん? お前ら、それはバイトの申請用紙だな」
恐る恐る真帆は虚偽の報告をするのだが京香に通用するとはとても思えない。その隙に逃げ出そうとする由宇奈と陽痲であったが、京香は2人の持っているバイトの申請書に目が行くと悪魔的な閃きが思い浮かぶが、それを察知した真帆は身を挺して2人を守り始める。
「教頭先生、2人は何にもありませんよ!!」
「お前は黙ってろ。・・お前達、バイト探してたのか?」
「いえいえ!! さっきもう解決しましたッ!!」
「ですので後はこの書類に書いて神林先生に提出するだけです」
2人も真帆の様子から只ならぬ予感を感じたようで必死に逃げ出そうとするのだが、京香は2人のバイト申請用紙を取り上げると自分の灰皿に向けて投げ捨てると挙句の果てはライターで燃やしてしまう、そのまま京香はタバコ取り出して吸い始めるとにんまりと笑みを浮かべながら2人を気圧してある提示をし始める。
「どうせこの未婚からは何も意見がなかったろ? だったら俺が給料も良くて楽なバイトを紹介してやる」
「え? どうする、陽太郎ォ・・?」
「俺に振るなよ!!! ・・えっと教頭先生、俺達はもうバイトを応募しようかと」
「だったらまだなんだな。丁度良い、明日は土曜でお前達は休みだろ? お前達の家まで迎えに来てやるから俺に付き合え、隠れたら停学な」
この人が付き合えといったら付き合わなければならない運命なのだ、生徒2人にあらぬ罪を着せて停学にさせることなど京香の権限を持ってすれば朝飯前なのでここは大人しく従うしかない。
「「わかりました・・お付き合いさせていただきます」」
「素直でよろしい。それじゃ明日の昼に迎えに行くから準備しておけよ、明日が楽しみだぜ・・アハハハハハハッッッ!!!!!!」
タバコの煙をぷかぷかと浮かばせながら悪党のような高笑いで京香はその場から立ち去る。嵐では生易しいビックバンが立ち去ると真帆は二人の肩に手を置いて同情と自分の力の不甲斐なさを詫びる。
「ごめんね、僕の力が至らないばかりに迷惑掛けて・・」
「仕方ないですよ。校長でも逆らえないんでしょ?」
「陽太郎の言うとおりです、教頭先生が紹介してくれると言うバイトに全てを委ねますよ」
この2人が断ってしまえば次の矛先は間違いなく真帆に向かうのは目に見えているのでここは京香に全てを委ねるのが2人に出来る精一杯の行動だ。
「俺、女体化よりも恐怖を感じるよ。由宇奈、幼馴染の好として俺の背中を預けるぜ」
「陽太郎・・骨は拾ってね」
(あの教頭が2人に紹介するバイトって・・絶対にまともじゃないんだろうな)
3人は明日の我が身を心配するのであった。
ホストクラブ・ダルシャン
時刻は深夜4時過ぎ、ようやく仕事が終わった龍之介は店長から分厚い封筒を貰う。これが龍之介が稼いだ本日の給料だ、普段の高校生ならば絶対に稼ぐことの出来ない額なのは容易に想像できる。
「これが今日の流星の給料だ。今日のNO3はまた流星だな、お前らもこいつを見習えよ~」
「・・ども」
龍之介は店長から給料を受け取るとそのまま懐に入れて仕事用の携帯をチェックしながら今日の固定についた客や現在の固定客の返信もするのだが・・そこで2人のホストが龍之介を睨みつける。
「おい流星、最近売り上げが良いからって調子乗ってんじゃねぇぞ?」
「てめぇ、他のホストの客も奪ってるらしいな。俺達の客奪ったらただじゃおかねぇぞ」
「うす・・」
絡んできたのはこの店のNO1とNO2のホスト、今日の彼らの売り上げは龍之介よりも多かったものの破竹の勢いで売り上げを伸ばしている龍之介は彼らにとって脅威以外何者でもない、この弱肉強食のホストの世界・・華やかな世界にも必ずこういった裏があるのだ。
龍之介そのまま手荷物をまとめて店を去ると残された2人はタバコを吸いながら龍之介について語り始める。
「チッ、容姿が良いからって他の客のアフター断っておきながらあそこまで売り上げやがって・・」
「だけど店長の言うように流星はこの世界では通用する人間だ。トークはからっきしだが、酒の強さに加えて包容力がある。・・こりゃ客取られないようにしないとな」
一方店を出た龍之介は仕事用の携帯をいじりながら自分の携帯を取り出すと例のチャットを再開する。
ryu:仕事終わった
kimi:乙ww
ryu:まwだw起wきwてwwたwのwかwwwwww
kimi:たりめーだろ、アニメ見ながら実況スレ観察してた。それに今日は金曜だぜ?
ryu:俺も溜まってたエロゲー消化しないとな。録画してたアニメを視聴しなければ
kmi:録画してたのかよwwwwwww
ryu:当たり前だろ。ヲタとして当然だろ(キリッ
仕事が終わっていつものようにヲタ全快の会話を繰り広げる、彼にとって何も考えずに本来の自分で会話できるこのチャットは精神の休養になるのだ。
kimi;最近ゲームはしないのかい? 対戦しようず
ryu;今の仕事してからやる暇ないんだよwwwww
kimi:最近召喚しないから住人の質が下がったでござる
ryu:うはwwwwwwwだから有名になったらこうなる(ry
携帯を2つ同時に操りながら龍之介はチャットを続けるが、ふと由宇奈の告白について考えてみる。ちゃんと返事をするとは宣言したものの未だに彼女についての返事が思い浮かばない。
今までにも似たような告白はされたもものの何とか体よくは振っているが、こういった仕事をしていると本質が見えるので恋愛と言うものに無意識と懐疑してしまうのだ。
ryu:しかし返事どうするか・・
kimi:告白の返事か? vipにスレ立てれば良いんじゃね?
ryu:・・悪いがそんなもんじゃないんだ。童貞にそんな根性ないわ
自分より年下の中学生にこんな相談をするのも変な話だが、今まで自分に告白をしてきた女子と違って由宇奈の言葉には心に響く真髄さがあったので今までのように下手に断ったら考えるだけで罪悪感で一杯になる。
kimi:エロゲーだったら少しの心理フェイズで神曲が流れる場面だが、現実はそうは行かないからな。いっそのこと付き合っちゃえば良いんじゃね?
ryu:それが出来たら苦労しねーよwwwwwでも参考にはなったわwwwww
kimi:リア充になったら爆発しろ
ryu:ガチの童貞だからな、その前に女体化してしまわんか心配だわ(;´Д`)
kimi:女体化したらうpなwwwwwww
ryu:だが断る
少しばかり気が楽になった龍之介はチャットと仕事用の携帯をいじりながら真っ暗な街を歩き続けるのであった。
翌日
宮守 由宇奈は2階の自室で孤独に身を震わせながら緊迫していた、これから死地へ向かうのだからそれなりの覚悟は固めていたのだが、昨日の龍之介の告白とは比べ物にならないほどの緊張感と恐怖に心身を支配されながら意を決して1階のリビングへと降り立つ。
(いまでも震えてたら仕方ないよね。陽太郎だって頑張ってるんだからッ!!)
そのまま階段を下りる由宇奈であったが、何故か母親の笑い声と聞き慣れた声が見事にハーモニーとなって響き渡る。その声の方向へと向かう由宇奈の視線からは信じられない光景が繰り広げられていた。
「オホホホ、まさか教頭先生が自らお越しくださるとは・・」
「いえ、これも仕事のうちですよ」
「何・・これ・・」
和室では自分の母親と京香がいたのだが、普段学校で見せる暴走気味でタバコを加える京香の姿はなく洗礼された佇まいを持つ綺麗な金髪の女性がそこにいた。
由宇奈の存在に気がついた母親は無理矢理自分の隣に連れてこさせるときちんと正座をさせた上で京香に挨拶をさせる。
「こら、由宇奈!! こっちに来て教頭先生にご挨拶なさいッ!!!」
「は、はい・・こんにちわ」
「どうも。今日はよろしく」
顔に似合わないささやかな笑みの京香の表情に由宇奈は底知れぬ恐怖を本能で感じ取るが、そのまま京香は母親に視線を向けると今日の行動について話し始める。
「では、今日1日娘さんを預からせてもらいます。申し訳ございませんが夜分遅くなった場合はこちらの判断で泊めさせたいので、ご承諾をお願いしたいのですが・・」
「そんなとんでもない!! 教頭先生なら充分に信頼にたるお方ですので喜んで預けさせてもらいます!!」
(わ、私の意思は・・この場にないのね)
あっという間に京香の手によって懐柔させられた母親は由宇奈の意思関係なしに娘の身柄を喜んで悪魔に預ける、母親の行動が恨めしい由宇奈であるが断れば停学させられるので大人しく従う以外の選択肢しかない。
「由宇奈! 教頭先生の言う事を良く聞いて勉強するのよ!!」
「オホホ、娘さんはとても優秀ですので大丈夫ですよ。それでは・・」
「は、はい・・逝ってきます」
京香に引き連れられると家の表には高級車が止まっており、よく見ると後部座席に顔面蒼白の陽痲が人形のように大人しく座っており京香の凄惨さが嫌と言うほど思い知らされる。
由宇奈も大人しく陽痲の隣の席に座ると車はもうスピードで2人を地獄への旅路へ誘う。
「陽太郎・・今日は同情するわ」
「あ、あれは悪魔だ・・」
「何も言わなくていいわ、嫌と言うほど気持ちはわかるから・・」
2人はお通夜モードになりながら黙って車に乗り込んで外の景色を見つめ続ける。由宇奈の家から離れて数分後、運転している京香はようやくタバコを吸い始めるといつも学校で見せる表情で改めて2人の歓迎をする。
「よぅ、ガキ共!! この俺から逃げ出さなかった事は褒めてやるぜ、今日は1日よろしくな」
「「・・・」」
「んだ、葬式じゃねぇんだからよ。・・腹減ってるだろうから飯でも奢ってやる」
あの京香から食事を奢ってもらうのは大変名誉なことなのだが、それでも2人の表情は暫くの間は優れなかったようである。
ファミレス・ルナ
京香が連れてきたのはちょっと高級なファミレス。そこは奇しくも2人が志望しようとしてた店だったのだが、いつまでも腐っていたら京香からどのような制裁を加えられるかは判らないのでいつもの調子を何とか取り戻す。
「うわぁ~、陽太郎。ルナのハンバーグがあるよ・・」
「そうだな。ハハ、俺腹が減ったからたくさん食うぜ・・」
「おう、若いからじゃんじゃん食え食え!!!」
そのまま店内へと入ってく3人であるが営業スマイルで武装された女性の店員の顔つきは見る見るうちに強張ってしまう、どうやら京香はこの店を愛用しているようで店員達もその恐ろしさが身に染みて判っているようだ。
「い、いらっしゃいませ・・喫煙席ですね」
「おぅ、わかってるじゃねぇか。やっぱり店長にガツンといって置いてよかったぜ」
「ど、どうぞ・・」
((何かあったんだな、可哀相に・・))
由宇奈と陽痲はこの店の全従業員に同情するといつも京香が座っている席へと座り込む、本来ならばこの時間帯は全席禁煙であるのだが京香の場合はどうやら別のようで容赦なく禁じられた一服を快く愉しむ。
「今日は俺のおごりだからじゃんじゃん好きなもの食え」
「はい、頂かせてもらいます」
「謹んでお受けいたします」
2人はメニューを見ながら一時の急速を送るのだが、店内のキッチンからはなにやら慌しい声が聞こえてくる。
(たっつん、たっつん!! 危険人物Aが来店した、オーダーが入り次第に料理は俺がやるから今日の接客はお前に任せる)
(店長、ずるいですよ!!! 俺だってあのお客さんは相手にしたくないですよッ!!!!)
(これは店長命令だ!! あの人はブロック長と知り合いだから俺は下手に手を出せん、あの人はたっつんがお気に入りみたいだから頼んだよ!!!)
(ううっ・・ただえさえ狼子に噛まれた傷が痛いのに)
悲運としかいいようがない声を懸命に無視すると2人はメニューを見ながらこの店の従業員のために一生懸命料理を決める、京香は相変わらずタバコを吸いながら2人の体つきを見つめ始める。
「(宮守は中で佐方は小か・・)決まったか?」
「「は、はい!!」」
二人の注文が決まったと同時に先程の女性店員が即座に現れると注文をとり始める。
「おっ、ようやくベルなしでやってきたな。俺はいつものな」
「俺はルナのゴージャスハンバーグ600gをライス大盛りセットで・・」
「私はパスタにピザを下さい」
「畏まりました、少々お待ちください」
まるで脱兎の如く、よほど長くこの店で勤めているのか女性店員は慣れた手つきで即座に一字一句間違いのない注文データをキッチンに送るとそのまま逃げるように退散する。
「あの・・いつものって何ですか?」
「ん? そりゃ来たらわかるよ。俺ここの常連だし」
ファミレスでいつものが通じるのが恐ろしいところだが事実が事実なので仕方ない。本日4本目のタバコを吸いながら京香は答えはじめる、それに彼女にとって生徒を連れ出すのは過去に担任した以来なので心なしか楽しくて仕方ない。
「にしてもお前らな、先公が遊んでくれるなんて滅多にない光景だぞ? 少しは喜べ」
「ハハハ・・俺も初めての体験です。しかし教頭先生はなんでうちの両親と仲良くなったんですか?」
「社会人舐めんなよコラ、教頭やってたらな色々かったるいことがあるんだよ」
ここで陽痲は京香にもまともな部分があるのかと安心してしまう、学校でもあのような部分を出せば教員の苦労や生徒の受けも良くなるのは間違いはないだろう。
「こうみえてもな、俺はお前達よりも長く生きてるわけだ。お前らの頃はあのクソガキに散々いびられながら過ごしてたわけだしな」
「あの・・もしかしてその人って白羽根の校長ですか?」
「まぁな。全くあのクソガキは俺が成績優秀なのに男の時から何かとやかましく怒鳴りつけやがってよ、女体化してキャバでバイトしてたのがばれた時はうるさかったぜ」
京香なりに場を持たそうとしているのだろう。話を聞けば京香はかっての霞の教え子であり、見かけによらずその成績は優秀そのもので全国模試でも10番を取ったようだが、性格に多大な問題があったようで毎日のように霞から多大なお説教を受けたようだ。
それから紆余曲折ありながらも大学を卒業して教員になってからは類稀な行動力と秀才振りを発揮して若くして教頭の地位まで上り詰めたようだが、かっての恩師は名門校の校長に上り詰めていたようで、それがきっかけとなって今日の白羽根学園への対抗心が生まれたようだ。
「高校の頃に散々五月蝿かったあのクソガキを泣かすのが今の俺の夢だ」
「は、はぁ・・俺も勉強頑張ります」
「もし全国模試であそこの特進クラスの連中をごぼう抜きにしたら金一封やるぜ」
(従兄弟の話題は出さないほうがいいね・・)
打倒白羽根に燃える京香の執念に気圧されながら注文していた由宇奈と陽痲の料理が次々に運ばれていく中で京香の頼んでいた“いつもの”が姿を見せる。
「お、お待たせしました。ジャンボステーキ700gに特製ハンバーグ600gダブルのライス特盛りセットです・・」
(ステーキにハンバーグ2つ・・)
(ご飯も超山盛り・・俺の大盛りが普通に見える)
「おっ、来た来た。兄ちゃんはあの店長と違って笑顔が眩しいねッ!」
「あ、ありがとうございます・・」
ご機嫌の京香を尻目に運悪くバイトをしていた木村 辰哉は涙目になりながらレシートを置くのだが、ここで由宇奈の姿が見えると突拍子もなく声を荒げる。
「あっ!! お前、宮守だろ?」
「えっ、誰でしょうか・・?」
「俺だよ!! 中学の時、同じクラスだった木村 辰哉だよ!!」
「・・あっ!! 木村君!!!」
由宇奈は過去の記憶を照合するとこの人物の面影を瞬時に思い出す。何と驚くべきことに由宇奈と辰哉は中学の時の同級生だったのだ、久々の級友の再会に京香も空気を呼んだのか黙々と食事する中で2人は周囲そっちのけで話を盛り上げる。
「久しぶりだね。中学の時以来だから何ヶ月ぶりかな?」
「俺も一瞬だけど気がつかなかったよ。そういえば佐方とはもうつるんでないのか?」
「えっと・・私の隣いるよ。陽太郎、同級生の木村君だよ。覚えてる?」
そのまま由宇奈は隣に座っていた陽痲を呼びつけると彼女も辰哉の姿を見て自身の記憶を照合させると由宇奈よりもコンマ一秒早く辰哉の姿を思い出す。
「よっ、久しぶりだな木村。女体化しちまって陽痲になったが、佐方だ」
「ああ、お前女体化してしまったのか。てっきり宮守と付き合っているのかと思ったからな」
「それは断じて有り得ん」
陽痲は由宇奈とのそれ以上の関係をキッパリと否定すると京香がいるにも拘らず、料理を食べながら談笑を続ける。
店側もランチタイムで死ぬほど忙しいのだが、それよりも辰哉には要注意人物である京香の接客を担当してくれたほうがずっと助かるのだ。
「木村、バスケはもうしてないのか?」
「ま、怪我しちまってな。今はもう遊びでしかやってないよ」
「へー・・そういえば木村君って確か月島君と仲良かったよね。彼、女子の間では結構カッコいいってちょっと評判だったからのよ」
「あ、ああ・・そうなんだ」
辰哉と狼子は中学の頃からの付き合いなのだが、実のところ当時の女子の評価では辰哉よりも狼子のほうが人気があったので由宇奈は辰哉よりも狼子のその後が気になってしかたない。
「俺も月島とはあまり喋った事はないんだが、お前と仲が良かった記憶があるな」
「そうそう、月島君はどうなってるの?」
「じ、実はな・・月島は女体化して今は俺と付き合っているんだ」
少し恥ずかしそうに辰哉は現在の狼子との関係をある程度掻い摘みながら2人に順を追って説明していく、2人にしてみれば狼子が女体化して今の辰哉と付き合っているなどとは良くありふれた話しながらも驚きを覚える。
「よくある話だけど、不思議なものね。とりあえずは2人ともおめでとう」
「まさか月島が女体化してたとは・・陰で女を食いまくってるだろうって連れと話してたのが懐かしいな」
陽痲の発言に辰哉は少しムッとしながら話を茶化す。
「おいおい、佐方は変な事話すなよな。そういえばお前らはどこの高校なんだ?」
「・・私達は黒羽根高だよ、木村君と月島君はどこの学校なの?」
「俺達はお前らの姉妹校の白羽根学園だ。これでも狼子と猛勉強した末に入学できたんだぜ・・って宮守も佐方も何この世の終わりみたいな顔してるんだ?」
哀れにも空気を読むと言うことを知らなかった辰哉の発言によって感動の再会で珍しく空気を読みながら大人しく食事を取っていた京香の眠ってた鬼をたたき起こしてしまう。
「白羽根学園だとぉぉぉぉぉぉぉ―――!!!!!!!!!!」
「え? え?」
困惑する間もなく辰哉は暴走した京香に詰め寄られるとステーキを食していたナイフを突きつけられてしまう、辰哉は視線で由宇奈と陽痲に助けを求めるのだが彼女達は京香に逆らうと言う愚かな選択肢は持ち合わせていないので必死に視線を逸らす。
「お、お客様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
「兄ちゃんがまさかあのクソガキの学校に通ってるとは・・」
辰哉の頭の中には聖か翔を呼ぶと言う究極の選択肢があったのだが、そんなことをすれば店はメチャメチャになってしまうのは間違いないので何とか冷静になりながら呼吸を整える。
(落ち着け、こういうときはまずは素数を数えて・・)
「俺はな、クソガキの学校へ通っている奴が腹が立つんだが・・兄ちゃんはこの俺が認めたこの店でサービスが良い店員だ、特別に見逃してやるよ」
「は、はぁ・・」
京香の怒りが収まったことで周囲は生唾が下がるが、京香は最後通告に等しい脅し文句を辰哉に宣告する。
「二度と俺の前でその学校の名を口にするな・・わかったかッ!!!」
「か、畏まりましたぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
((同級生ながらなんて良い人なんだ・・・))
寛大なる精神で京香を見逃す辰哉に2人は料理を食べながら狼子が惚れた理由を認識するのであった。
数時間後
「お、お会計は9,870円になります・・」
「ほい。一万円」
「ありがうございます。お釣りです・・」
「へいよ。また来るぜ、ご馳走さん」
当然のように会計も辰哉が行い、京香を筆頭に由宇奈と陽痲も店を後にする。
正直言って京香があれだけの騒動を起こして周囲の視線が突き刺さるように痛かった2人だったが、本人が何事もなかったようにけろっとしているので余計に性質が悪いとしか言いようがない。
「ぷはぁ~、食った食った。次は繁華街へ服買いに行くぞ」
「え? でも私たちお金持っていないし・・」
「この俺にドーンと任せろ。久々に生徒と外出したんだからな」
この教頭は変・・というか変なところで律儀な性格だと由宇奈は思う。何だかここまで京香の都合の良いように動かされている気もするが、自分達には一切お金を出させはしないのでここはとことん甘えてみても良いと思う。
「あの教頭先生、聞きそびれたんですけど俺達のバイトについては・・?」
「ああ、まだ雇い先と会う時間まで大分余ってるからな。暫くは自由行動だ」
「は、はぁ・・」
なにやら含みのある言葉に陽痲は一瞬だけ嫌な予感を感じるが、どうせ自由行動といってもこの人物の監視下にあるのは間違いないので逃げようにも逃げられないのだ。
「ま、そう焦るなや。お前達に紹介したい雇い先は遅い時間にやるんだ、それにお前達も年頃の女なんだからセンスのある服の一着や二着がないと俺も紹介できないしな」
「そうだよ、陽太郎。ここは人生の先輩である大人の女性に甘えようよ」
「だから俺は・・わかったよ」
「宮守、お前いいこと言うな。んじゃ車に乗り込め!!」
機嫌を良くした京香にせかされながら2人は車に乗り込むと猛スピードで繁華街へ向かう、その様は完全に絵になる光景であるのだが運転手がタバコ片手にぷかぷかと吸いまくっているので台無しである。
車は繁華街の通りに近づくと周辺のパーキングへと車を止めると2人を車から降ろす。
「ここからは歩きだ。しっかり俺についてこいよ」
「は、はい・・でもここって?」
「どう見てもネオン街・・つまりは飲み屋街の近くだな」
3人がやってきたのは所謂飲み屋街という場所で夜になれば様々な人間が渦巻く欲望の街へと変貌するところであった、更には余談だが龍之介が籍を置いているホストクラブ ダルシャンの近くである。
「あの教頭先生、服を買いに行くといっても俺達がいつも着ている服の店がなさそうなんですけど・・」
「おいおい、ここら辺は俺の庭みたいなもんだぜ? ま、黙って着いてこい」
そのまま京香の後を歩き続ける2人であるが、この時間に歩いてもこういったところは閑散としているので何だか奇妙な風景でそれを助長するように垂れ下がっている電線にはカラスが数匹羽根を休めて止まっている。
キャバクラやホストクラブに風俗店が立ち並ぶ夜の繁華街も明るいネオンがついておらずに静かに佇んでいるのが却って不気味さを際立たせているしこんなところで店を構えている服屋など早々あるはずもないのだが・・こんな不気味な街を散々2人を歩かせた京香はようやくとある店の前に立ち止まる。
「おっ、ここだここだ」
「あの・・ここって?」
「これからお前たちに紹介するみs・・じゃなくて俺の知り合いの店だ。さっさと入るぞ」
京香に連れられて店の中に入る2人の目に飛び込んできたのはこれでもかと言うぐらいの高級ドレスの数々、女性ならば誰もが憧れる品ばかりがぞろりと並び圧倒される中で1人の店主がこちらへやってくる。
「おや、これはお珍しい・・」
「よぉ。久しぶりだな、今日はこいつ等2人のドレスを買いにきたんだ」
「おほほほ、ごゆっくりご覧下さい」
この眩いドレスの数々も京香にとって見ればどれも見慣れたものなので暫く呆然と圧倒されている2人を差し置いて店主にそっと耳打ちをする。
「そうだ。ちょっとお願いがあるんだけど・・」
「はぁ・・左様で・・畏まりました。他ならぬ京子様のお願いならば仕方ありませんな」
「てなわけで頼むぜ。向こうとは話しつけてるからよ」
店主との密談を終えた京香はドレスに見惚れている2人に現実を直視させると改めてこの店に訪問した理由を説明する。
「すげぇ、親父の小説の題材でもよく出てるけど改めてみると凄まじいぜ・・」
「本当だね。これなら小さい頃の夢が叶いそうだよ」
「・・お前達、見惚れるのも良いが最初の1着だけ俺がドレスを選んでやる。まずは宮守はこれで佐方はこれだな、それぞれ試着して鏡を見てみろ」
そのまま京香は長年の目利きで2人に似合う抜群のドレスを選び2人に手渡すと試着室へと放り込む、初めてのドレスに見惚れながらも戸惑う2人であったが最近のドレスは見た目とは裏腹にシンプルなつくりになってたようで思ってたよりも簡単に着やすかった、そして京香からドレスを手渡されて数分後・・試着室からは出てきた2人は可憐かつ妖艶な美女へと変貌した自分の姿に鏡越しから見惚れていた。
「おっ、似合ってるじゃねぇか。さすが俺だな」
「す、すごい・・陽太郎も似合ってるってもんじゃないよ!!!」
「こればかりは驚かされる。今までの自分が霞んで見えてしまうぜ」
まるでドラマに出てくるかのような自分の姿に見惚れ続ける2人に京香はかっての自分を懐かしみながら今度は次のセッションを進める。
「おしっ、一旦着替えて今度は1人2着好きなのを選べ」
「え? 教頭先生、それってどういう・・」
「バカ、自分で好きなの選べってのはそういうことだろ。こればかりは俺も気合を入れないとな」
真っ先に陽痲は試着室へ戻って元の姿に着替えると真剣な眼差しでたくさん並んでいるドレスの中から自分にあったドレスを入念に選び始める。
「女をやって十数年、陽太郎なんかに負けないわ!」
「おうおう、選べ選べ~、個性に身を任せるのも男をおt・・勉強だからな」
京香は一瞬言いよどんでしまった言葉をあわてて訂正しながら乙女のように洋服を選ぶ2人を見つめ続ける、そこからお互いに熟考に熟考を重ね続けて3時間後・・ゲームをしながら時間を潰していた京香の元にそれぞれドレスを2着選んだ2人が現れる。
「教頭先生、これにします!!」
「ど、どうでしょうか・・?」
「お前達が選ぶんだから別に良いんじゃねぇの? それに後は靴だが時間がないから俺が選んでやる。お~い、そこに並んでる靴からこれとこれとこいつとこれを4足くれ。足のサイズは最初に説明したとおりだ」
「畏まりました」
京香によって2人の衣装に合うような靴があっという間に選ばれると京香は2人を置いて店主と別の部屋へと向かっていく。
「あの、教頭先生・・一体どちらへ?」
「会計に決まってるだろ、こういう店は会計する奴は別室に行く決まりなんだ。ここまでしてやるんだからくれぐれも逃げるんじゃねぇぞ、わかったな?」
「「は、はい・・」」
そおまま京香は会計を済ませるために店主と一緒に別室へ消え去ると、2人は興奮が止まずにドレスを着たあの快感を思い出す。
「凄かったな。まるで自分が自分じゃないような気がしてきた」
「そうだね。私もかなり楽しかったよ・・でもこういうお店の服って高いんじゃないの?」
「どうだろうな、肝心の商品には値札が一切なかったからわからなかったけど・・」
2人もドレスの相場ぐらいは大体予想がつく、こういった靴やドレスなどは大概は相当な値段で販売しているのだがそれらを京香は一気に買ってしまったので改めてその大胆さと懐の深さを思い知らされる。
「しかし、教頭先生はやけに手馴れてたね」
「前にキャバでバイトしてたっていってたからな。こういったのには飽きるほど身につけているんだろ」
普段ならば2人ともある程度は疑念を持っているはずなのだが、これまでの京香の気前のよさが心を許したようで京香に対する疑念などは綺麗さっぱり消え去っているのが恐ろしいところである、そしてものの数分で京香が戻ってくるとまた2人の手を引いて店を後にする。
「ほら、もう良い時間だから本題のバイトの紹介に行くぞ」
「えっ!! ドレスと靴は・・」
「ちゃんと送ってあるから心配するな。んなことより早く行くぞ」
「「は、はいぃぃぃ!!!!」」
少し残念な表情で2人は店を後にするのだが、購入したドレスはまたすぐ2人の前に姿を現すのだ。
そのまま3人は京香の案内の元で繁華街を歩くのだが、途中から裏路地ばかりを通っていき2人は京香を見失わないように必死に喰らいつきながら歩いていくと同時に徐々に太陽も落ちていきって店のネオンも輝き始める。
「はぁはぁ・・」
「教頭先生、まだ歩くんですか?」
「全く情けない奴だ。・・っと、ここだ」
京香たどり着いたのはとある裏口、そこは今まで連れて行ってもらったところと違ってビル特有の汚い灰色が広がる中で何ら看板すら見当たらない、そのまま京香は黙って2人に“入れ”と無言のプレシャーで意思を伝える。
「これって・・あれだよな?」
「陽太郎、もうこなったら入るしかないよ。これまでのパターンからしても大丈夫だって」
「よし、よく言った。これからお前らは生まれ変わる・・それじゃ、行くぞ」
「おいおい、それってどういう・・」
陽痲の言葉を遮断して京香の手によって扉がゆっくりと開かれると突如として光が輝き、あまりの眩しさに2人の世界は光に支配されてしまって思わず目を覆ってしまう。そして視力が回復してその目に焼きついたのは・・大勢のキャバ嬢がメイクしている姿であった。
「教頭先生、これは・・?」
「見たらわかるだろ、キャバ嬢専用のメイク室だ。この裏口はこの部屋と直結していてな、出勤する時はここからだ」
「あの・・仰っている意味が良くわかりかねますけど?」
由宇奈の疑問に京香が答えるはずもなく、京香はそのまま黙って前へ進むと2人もそれに合わせて歩みを進める。そして京香によってある部屋に通された2人はそのまま入っていくと、そこには1人の男性が座っていた。
「おおっ、杏じゃないか。待ってたぞ」
「お久しぶりです、宮永店長。例の2人を連れてきました」
「それが噂の・・ほうほう、高校生ながらも見事なものだ。これは物にすれば凄いことになるぞ」
宮永とよばれた男は由宇奈と陽痲の2人をまじまじと見ながら輝ける原石を見るかのようにサングラス越しから目を輝かせると改めて2人に名刺を差し出す。
「申し遅れてすまない、私が当クラブ castle(キャッスル)の店長を務めている宮永 哲郎(みやなが てつろう)です」
「クラブ・・?」
「キャッスル・・?」
衝撃の展開過ぎて2人の意識は彼方へと吹き飛んでしまうものの京香の言葉で現実へと引き摺り下ろされる。
「ここがお前達に紹介するバイトだ。・・ようこそ、ネオンの街へ」
「「・・・」」
2人は宮永の名刺を握り締めたまま衝撃の展開に絶句しながら天井を見上げるのであった。
突如として自身の高校の教頭である京香に連れてこられたのはクラブ castle・・そこで2人が出会ったのは責任者である店長の宮永、果たして2人はどうなってしまうのだろうか!!