青色通知-ある私設秘書の話2

 仰々しいお出迎えのリムジンに、溜め息混じりに乗り込むせんせーと別れ、私は最寄りの駅までとぼとぼと歩く。

 膝丈程度の長さのカーキ色スカートに灰色のパーカーといった、あまりセックスアピールをしないコーディネートを心掛けたつもりだったけど……何故か途中で色々な人に声を掛けられた。

 ホスト、キャッチ、自称芸能事務所のスカウトetc。
 やっぱり都心の夕刻の繁華街だけあるなぁ。物好きが多いことで。
 やーいロリコン、と内心で罵倒しておく。
 それがご褒美な奇特な殿方も居るんだろうけど、見た目じゃそれはわかんないし。

 さて、と。
 寄る辺のない都会のコンクリートジャングルという名の雑踏を抜けた私は、改札をピピッと(非接触型ICカードのあれね)抜けて駅のプラットフォームへ。
 ……あちゃ、どうやらタイミングが悪かったらしい。
 並ぶ人が殆ど居ない。一本逃がしちゃったかぁ。
 ふふん。でも、ここは始発駅。裏を返せば少し待てば安心して座席に座れるということ。
 お気に入りのロックに身を揺らせて待つこと一曲分。
 私は、大好きな三人掛け席の隅っこを陣取り、あの子にメールを打つ。

『件名:今終わったよー♪
 本文:おっつかれー! 多分時間通りにそっちに着くと思うから、よろしくね(*´∀`*)ノ』

 送信、と。

 ……んー、為すべきことを終えて緊張感が途切れたのかなぁ。
 なんか、どっと疲れが押し寄せてくる。
 慣れないこと、した、から……なぁ……。
 でも、寝るには時間が微妙だし、キチンと起きておこう、うん。

 電車が発車した。

 人と建物が過密な都市を抜けて十数分、途中駅で乗ってきた品の良さそうなおばあちゃんに席を譲る。

 そんな場面で目が覚めた。

 えぇ、二駅ほど寝過ごしてました。

【青色通知-ある私設秘書の話2-】




 ーーさて、帰ってきましたよ、マイタウン。

 相変わらず都会と田舎のどっちつかずな感じが懐かしい。
 ものの数時間ちょい離れてただけなのにね。

「あ、こっち! こっちだよーっ!」

 改札をピピッと(非接触型以下略)抜けると、券売機の前に、可愛らしく手を振る黒髪の天使がそこに居た。

 うーん、やっぱり可愛いな、初紀ちゃん。
 例え手を振ってなくてもあなたの可愛さは他の子と一線を画すものだから、すぐに気が付くというのに。
 それでも、まるで子犬の尻尾みたいに懸命に手を振ってる姿と来たら!
 もうね、殺傷能力高すぎですよ(褒め言葉)。

「たっだいまーっ!!」

 テンションが過沸騰した私は、気が付くと初紀ちゃんに駆け寄り、そのまま全身で彼女の感触と匂いに酔いしれていた。

「やっ、ちょっ、る、るいちゃん……」
「うっへっへー、好いではないか好いではないかー……あうっ!?」

 セクハラ度MAXのお代官様よろしく、マイエンジェルの細身の身体を堪能していると、何か軽いものでポカっと頭を叩かれた。
 もぉっ、誰ですかね、人の仕事終わりの楽しみを邪魔しちゃう不届きものはっ!?
 振り返ると、そこには……あ。

「……ひー、ちゃん」
「何やってんだよ、人前で」

 少し泡立ったホットペットのカフェオレが差し出される。どうやら、斑な茶髪の男の子はこれで私をポカっとやったらしい。

「……なんだよぉ、もー。
 ……ありがと」

 言葉に詰まり、私は差し出されたカフェオレを受け取り、ほっぺにくっつける。
 ……えへへ、あったかい。

「随分と遅かったじゃねーか?」

 彼が言う「遅かった」というのは、その、私が寝過ごしたことを言っているんだろう。
 実際、初紀ちゃんからメールを貰ってなかったら、もっと乗り過ごしていたかもしれなかったからなぁ……。
 心配してくれたメールの着信で目が覚めました、とは言えない訳で。

「……寝過ごしたな?」
「うっ」

 まだ何も言ってないのになんでバレてるかな……。
 耳元でマイエンジェルがくすくすと笑ってる。
 えっ、なんで、なんで?

「陸じゃなくてもわかるよー、だって、るいちゃん、ほらっ」

 私の手を離れ、初紀ちゃんは可愛らしいバッグ(私のチョイスセンスGJ)から、可愛らしいコンパクト(以下略)を差し出した。
 そこに映し出されたのは、額と目が赤くなった、いかにも寝起きです! と叫ばんばかりの、みっともない私の顔。

 うぅっ、見るな、私を見るなぁっ!

「ま、とにかくお疲れ」
「おかえりっ、るいちゃんっ」

 …………まったくもう、二人して凄い笑顔しちゃってさ。

「あれ、どうしたの?」
「慣れねー仕事したから、へばっちまったか?」

 ……いやね、こんな人の往来で恥ずかしいことを言いたくないだけですよ。

「んーん、大丈夫! 元気元気っ、なんなら今夜ベッドで証明してみせちゃおっか?」
「へ……あ、や……っ」

 わきわきと指を動かして初紀ちゃんににじり寄ると、彼女は顔を真っ赤にして自身を抱くような恥じらう仕草を見せた。
 うん、やっぱり可愛い。

「……アホなこと言ってねーで帰るぞ」
「あっれー? 仲間外れは寂しいのかなぁ? 特等席で見るだけなら特別に許可してあげてもいーよ? 新鮮な夜のオカズになるかもね?」
「ばっ、バカ言ってんじゃねーっつの!」

 あらら。
 ひーちゃんまで真っ赤になっちった。くすっ、ホント皆様、純情ですなぁ。




「ーーあ、ここでいいか?」

 他愛のない会話を楽しみつつ、駅前の繁華街を抜けたところで、ひーちゃんが歩を止める。
 ここまで、来ると『私達』の家まで目と鼻の先だけど。

「……ありがと、陸」

 初紀ちゃんが訳知り顔で、ひーちゃんに礼を言う。
 おう、と言わんばかりにひーちゃんはごつごつした手を上げて、今し方私達が辿ってきた道に踵を返した。

「二人とも気ぃ付けろよ、じゃあな」
「陸も、絡まれないように! じゃねっ!」
「え……えっ?」

 また私だけ置いてけぼりになってるし……。どういうことか事情説明を要求したいのですが!

「陸の家、逆方向なんだよ」
「え? 」
「……ほら、私もるいちゃんも、変な奴に絡まれたことあったでしょ? もう大丈夫だって、言ったんだけど、アイツ、送るって聞かなくて」

 嬉し恥ずかしな表情を浮かべながら初紀ちゃんは語る。
 ……ふーん、ひーちゃんも、エスプリのなんたるかが少しは分かってきたみたいだね。……でも。

「……まだまだだねっ、そんなの相手に気付かれないように出来ないようじゃ、紳士には程遠いのですよっ」
「くすっ」

 私が辛口の評価を下すと、何故か初紀ちゃんが楽しそうに吹き出した。
 えっ、えっ!? 今笑うところありましたっけ!?

「だったら、及第点はあげてもいいんじゃないかな?」

 え、なんでそうなるかな?! おねーさんとしては異議を申し立てたいっ!

「だって私が言うまで、それに気付いてなかった女の子が、少なくとも一人居たんだから」

 え、えっ? その、えっと……?
 ……あ。
 初紀ちゃんの言ってる意味を理解した瞬間に、なんだか急に顔が熱くなった。
 うわー、もおっ、なんか温かな目ですっごい朗らかに笑ってるし、あーもぉっ!
 ひーちゃんのせいだ、ばかっ、ばーかばーかっ!

「私も、うかうかしてられないなー」
「うぅ……なんで、そんな結論に到ったのか、理解に苦しむよ」
「ふふっ」

 頗る楽しそうな初紀ちゃんの微笑み。
 その笑みが何を意味してるかを私が理解するのは、もう少し先の話。……だといいなぁ。



 さて、そんな軽めで甘めな女子(?)トークを数分交わしただけで見えてきました現我が家。

 ……いやぁ、何度見ても荘厳な門構えですこと。
 門だけなら赤穂浪士が集結しちゃいそうなレベル。
 空手道場って、別にそんな雰囲気を重視するような所でもないような気がするんだけどなぁ。

「あ、ごめん、今開けるね」

 どうやら、改めて荘厳な門構えを見ていたのを、開けて貰いたいと勘違いされちゃったらしい。
 初紀ちゃんはとてとてと、門の取っ手に駆け寄る。
 あ、あ、ちょっ、ストップストップ!!

「いやいやっ、私もこれから此処のお家でお世話になるんだから、これくらい一人で開けられなきゃ!」

 それに、体躯だけで言ったら初紀ちゃんより私の方がほんの少しだけど大きい。
 以前にそれを本人に言ったら別のコンプレックスを刺激してしまったので、敢えて口には出さないけども。

 とにかく。
 御堂家(初紀ちゃんの苗字)の一員として門戸くらい自分自身の手で開けないと!
 使命感に燃える私は、いざっ、と気合いを入れ、重々しい門の取っ手に手を伸ばす。

「せー……のっ!!
 んーっ!! んーっ!!! んーーーーーっ!!!!」

 私の近所迷惑な気勢を込めたフルパワーでも、ぴくりともしない。これで7戦0勝。

「なんでー!?」

 確かに初紀ちゃんが普段から空手で鍛えてるのは知ってるけど、私だって元スポーツマンとしてのプライドがあるのに!

「ふふっ、慣れてないだけだよ。まだ陸でも開けられないし」と、初紀ちゃん。
「え、ひーちゃんでも無理なの!?」

 正直、驚きを隠せなかった。
 私はともかく、ひーちゃんはバイクいじりを趣味にしてるから、それなりに力はあるはず。
 下手をしたら、私と初紀ちゃんの二人掛かりでも持ち上げられそうにない大型二輪を一人で起こしてた彼でも、この門は開けられなかったの?

 ーー御堂家の人々はいったいどんなスパルタンな鍛え方をしてらっしゃるのですか!?


「コツがあるんだよ。いーい?」

 そう言うと、今度は初紀ちゃんが取っ手に手を掛ける。
 うーん、この門のスケールとちんまい初紀ちゃんのミスマッチ感が凄まじい。
 大多数の人が、私の二の舞を想像するんだろうけど。

「よ、い……しょ、っと!」

 ゴ、ゴ、ゴ、と鈍い音を立てて、門がゆっくりと間口を広めていく。
 その仰々しい門を開けているのが、黒のセミロングが眩しい純情可憐な少女だとは……なんともはや。
 何度見ても見慣れないよ。

「ふぅっ、おまたせ、るいちゃんっ」

 振り向き様に一仕事終えた達成感を感じさせるような爽やかスマイルが向けられる。
 うむむ、やっぱり可愛い……。
 けど、なんかちょっと悔しい。
 別に、初紀ちゃんを格下に見てるわけではないし、過小評価してるつもりもない。
 ただ、さっきのやりとりといい、なんとなく悔しい気持ちが拭いきれなくて、それも悔しい。
 うむむむむむむ。
 ……ホーリーシット!

「ど、どしたの?」

 ……多分凄い顔してたんだろうな私。
 初紀ちゃんが、なんだか怯えるみたいな表情で一歩後ずさっていたのだから。

「んーん、なんでもないよっ」
「なら、いいんだけど……ごめんね?」

 別に、初紀ちゃんは何にも悪くない。なのに、なんで、謝るかなぁ……。
 初仕事のストレスにさらされたせいか、私の虫の居所が微妙に悪くなるバグが発生中らしい。
 ……なんだかなぁ、もおっ!




 ーーーーその後のことは、なんか記憶があやふやなんだよね。とりあえず順を追って思い出していこう。

 ……この、目の前の素敵ラッキーかつ絶望的な状況の経緯を把握するために。




 初紀ちゃんや、その両親である初葉さん、源三さんと美味しい料理を食べたような気がするんだけど……。 

 ーー気付けば私は、あてがわれた部屋のベッドに寝ころび、天井の木目を仰いでいた。

 あー……なんか、しんどい。

 どれくらいかと言われたら、パジャマに着替えもしないで、ゴートゥーベッドしてるくらいしんどい。
 それが、心と身体のどっちがしんどいのかまでは分からないけど。

「あーもぉっ、寝よう、こーいう時には寝て忘れるのが一番っ!」

 決意が薄弱になる前に口にして、無理矢理に身体を起こす。
 とりあえず、着替えよう。
 着の身着のままじゃ寝起きが心配だし。これでもお肌はデリケートなんです、私。すぐ赤くなっちゃう。
 上着を脱ぎ背中に手を回し、ホックを外す。
 もう慣れたと思っていてもやっぱり窮屈らしく、外した時の開放感は筆舌に尽くしがたい。確実にα波は出てるね、うん。

 かといってこの開放感を男に戻れたとしても味わいたいか? といったらちょっと違うけど。

 ……ま、そんなあり得ないifの話はさておき、お洋服の中でうねうねと腕を動かして、その拘束具ともいうべきそれをポンとベッドに投げ捨てる。

 ……後で、お洗濯しなくちゃ。


 その時にふと、今日、委員会ビルに持って行き、勉強机に置きっぱなしにしてたバッグが目に留まった。

 ーーそういえば。入れたまんまだっけ、アレ。
 えーと、アレですよ。
 ……う、固有名詞が出てこない。ド忘れしたっぽい。えーと、うーんと。
 ほら、せんせーから初仕事だーって受け取りに行かされた……アレ。
 えっと、えぇーっと。
 …………。

「……あーもぉっ、いいやなんでもっ!」

 私、ストレス性健忘症のケでもあるのかなぁ……やだなぁ、はぁ……。
 ダダ下がるテンションのまま、バッグのジッパーを開く。えーっと、お薬、お薬っと。
 ゴソゴソと中を漁ると、まず最初に触れたのはーー

「うわ」

 ーー思わず低い声で呻いてしまうほど、これまたテンションを下げてくれそうな、せんせー監修の委員会私設秘書のB4小(?)冊子マニュアルでした。

「えいやっ!」

 即刻、勉強机にサイドスロー。見事机の天板にストライク。ナイスピッチ私。

 ……。

 あぁ、ダメだ。いくら気を紛らわせても苛々しちゃってるよ。
 まだあの日でもないっていうのに、もぉっ!
 もうちょっとカルシウム採らなきゃダメかなぁ……。小魚苦手なんだけどなぁ……。
 よく分からない悩み方をしながら、再度、バッグを漁る。
 ……あった。
 この無地の薬袋、間違いない。
 早速、中からそのお薬を取り出してみる。
 薄いブルーの梱包がなされた錠剤がこんにちはした。
 裏面を見ると、製造番号が書いてある。
 ちっちゃくて見づらいけど『STL-006』かな。
 なんだろ、す、すとる……? すと、り?
 ……あっ。

「ストリ、ア、セリン」

 忘れないうちに、そのお薬の名前を口で反芻する。
 どういう経緯があってかは分からないけど、せんせーが気にしていた薬品。

 脱法ドラッグっぽいことが今し方、机にブン投げたテキストに書いてあったっぽいけど、その実……現段階での違法性はないとかいう非常に微妙な立ち位置の化合物。
 なんで、こんな飲み薬が法に触れそうとか言われてるんだろう。
 大体、薬物乱用の大半が吸引だったり、注射だったりするのに。
 確か、あのテキストによれば依存性はなかったはずだし。少し気になる。
 そもそも、そういうお薬の制限を『委員会』がしようっていうのも変な話だよね。
 いったい、どういったものなんだろう、このストリアセリンって。

「……」

 今、物凄く馬鹿げた考えが頭を過ぎった。
 けど幸い、理性は冷静さを保っていてくれたから、それを馬鹿げた考えと認識できたわけで。
 やめたやめたっ、こーいう薬ってロクな目に遭わないのがお約束だし。

 ーーーガチャ

「るいちゃん……?」
「ひゃわっ!!」

 不意にあてがわれたマイルームの出入り口の扉が開き、反射的に悲鳴を上げてしまう。
 下手人は、……なんともはや、信じられないことに初紀ちゃんだった。
 文武両道でお淑やかを地でいくマイエンジェルらしからぬ所行だよ、初紀ちゃん?

「ご、ごめんね、何度かノックしたんだけど、返事がなかったから、つい……」

 え? あー、そんなに私は考察に没頭してた訳ですか。別にそんな楽しいことを考えてた訳でもないのに。

「う、うん、平気だよ? こっちこそ、ごめん、なんか考え事してたみたい」

 虚を突かれたせいか、なんだかよく分からない弁明になっちゃってるし……。
 でも、初紀ちゃんの興味のベクトルはもっと違う方に向いた。


「るいちゃん、それ……?」

 純粋な疑問符を頭に浮かべながら、初紀ちゃんは私の手にあるものを指さした。

 ……あ。

 ストリアセリン、隠し損ねたぁあああ っ!
 どどどどどどどどうしよう、う、う、上手く誤魔化さなきゃ!

 ※この時、私は正直に話すという、八方が丸く収まる至極簡単な選択肢を失念していたのです。何故かって? 人間の行動理念は感情を伴う限り、効率だけを重視しきれない生き物なので。といえばお分かりいただけますか?

「あ、ここ、これ? ち、ちょっと頭が痛くって、さ。今日、せんせーに症状を説明したら、これ、分けてくれたんだ。
『朝昼夜の三回、食後に一錠飲むといい』って」
「宗にいから?」
「う、うん、流石に、元お医者様だけあるよねー」
「そっか……だから今日様子が変だったんだね……」
「そ、そうそう! なんか、言い出せなくて、ごめんね……」

 ……ナイス! ナイスアドリブだよ、坂城選手!
 せんせーの物真似を交えながら、上手い言い訳が出来た。これで初紀ちゃんは何の疑問も持たないーーー

「あれ? でも……それ、まだ飲んでないよね?」

 ………あ。
 そう、薬は、どれも梱包されたままで開けた形跡はない。
 今日貰ったばっかりの薬なら、どこかに最低でも一粒分の空洞がなければおかしい。
 つまり、初紀ちゃんからすれば、せっかく貰った薬を服用してないように見えている訳。
 ……そんな状態でお節介焼きが常備スキルな初紀ちゃんが次にとる行動はと言えば。

「今、お水持ってくるね。早くお薬飲まなきゃっ!」

 …………はい?

「えっ、あっ、その、今日はもう元気っぽいからいいかなーって思っーーー」「ーーーだめっ!」

 反論は、即座に却下されました。

「宗にいは、必要じゃない人に薬を服用させるような無責任な人じゃないよっ、るいちゃんに必要だから、その薬を渡したんだよ?」

 す、凄い説得力だね、初紀ちゃん。

 確かにせんせーはそういう面ではうるさそうなイメージがある。……ただ、服用させる意図がないのだから、それは適用されないんだろうけど。
 無論、そんなことは初紀ちゃんが知る訳ないし……。

「だから、飲まなきゃ、ダメ。
 ……ね?」

 天使様のお願い(強要)きたーーー!!!!

 これに、首を横に振れる方がいらっしゃったら是非ともお目にかかりたいよ!!

 ……よ、よーし、私がその第一号に!

「ね……?」
「はい」

 なれませんでした。即答でした。

 ……だって、だってさ!
 すっごい親身なんだもん、あの厚意に首を横に振ったら、天罰下りますよ絶対。
 ていうか私が許さんっ!





 ーーーーそんな訳で。

 目の前に運ばれてきた水の入ったコップと、ストリアセリンの錠剤を交互に見やる。
 ううう、身から出た錆とはいえね、まさかこんな事態になるなんて夢にも思わなかった訳ですよ。
 そりゃ、この薬の扱い方についてはせんせーから一任されてるから私が飲んだって問題ないけどさ?
 これから違法性が出てくるかもしれない効き目がアンノウンなドラッグをドリンクするってかなりのブレイブプレイだとフールシンキングする訳ですよ!(絶賛混乱中)

 ……いや、まだ手はあるっ!

「あ、ありがとう、初紀ちゃん、そこに置いといて?」
「ダメ」

 詰みました。
 ……何でこういう時の初紀ちゃんって凄く強気なんですかね。いや、そういうのもグッとくるけども。

「ちゃんと、るいちゃんがお薬飲むとこ見なきゃ安心できない」

 いやいやいや! どっちかっていうとね、そのお薬を飲んじゃった方が安心できない状況に陥る可能性大なんですけど!

 それに、私どれだけ信用無いんですか!?  ちょっと悲し過ぎて、枕濡らしちゃうレベルだよ!?

「おねがいだから、ね?」

 ……いや、違うか。

 初紀ちゃんは本気で心配してくれてるだけなんだよね。
 私が吐いた出任せを信じて……うう、目の前の天使様を騙した罪悪感だけで軽く[ピーーー]る。
 もう、こうなったら覚悟を決めるしかない。
 男(元)として、意地の見せ所じゃないか、二言はありませんよ!!?

 はぁ、空を自由に飛べちゃう妄想とかに取り憑かれたりしないよね……? 信じてますよ、せんせー……! 私がヘンになったら責任取ってくださいよ……?!
 脳内で、何か小難しい反論が聞こえてくるけど、それに耳を傾ける余裕なんてない。


 ええい、ままよっ!!

「……ごくん」

 口内に件のストリアセリンを放り込み、水道水で胃袋に流し込む。

 うわー、飲んじゃった、飲んじゃった……ごっくんしちゃったよぉ……。

 ゴーンという脳内SEが反響してフェードアウトしていく。

「よしよしっ、よく飲めましたっ」

 ううう……ま、でも、天使様の笑顔と頭なでなでの報酬があったから、決して悪いことだけではなかったんだろうけどね、あは、あはははははは。

 ……はぁ。

 なんか、もうどうにでもなりそうな予感しかしないよ……。
 こうなった以上、私が取るべき行動は決まってる。後は実行に移すのみだ。
 その第一段階であり、最終段階の行動を目の前で微笑む天使様に宣言しよう。

「もう、寝るね(頭が変になる前に)」
「うんっ、おやすみなさいっ」

 ーーーー初紀ちゃん去った後、私は何だか熱くては重た身体を引きずるように寝間着に着替え、ポニーテールに結っていたリボンを外し、その直後にベッドに倒れ込んだ。
 お気に入りの曲を頭に流し込むという慣習も、忘れて。

 歩き回ったり、極度の緊張状態を味わったり、脱法ドラッグまがいなものを服用したりと、かなりエキセントリックな強行軍をこなした私の身体は見えない疲れを蓄積していたらしい。


 ーー私は、いつの間にか泥のように眠りこけていた。


【青色通知-ある私設秘書の話2-】

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最終更新:2012年11月30日 23:46
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