無題 2012 > 07 > 15 ◆suJs > LnFxc

連行先は取調室でも怪しげな研究施設でもなく、なんということはないただのファミレスだった。
安くて美味しいイタリアンが楽しめるのが売りのチェーン店だが、幾つかのメニューは本場イタリアに存在しないという噂もある。
ここに来るのは、そんなことを気にするようなセレブな人々ではなく、
単に安くてそこそこ食えることを目的とした俺たちのような庶民なので問題はないが。

この時間帯は、こちらと同じように学校帰りの女子高生のグループが多い。他校の制服を着た連中もちらほらいる。
めいめいが、あの先生はキモいだのナントカ君が格好いいだの云々、とまぁぴーちくぱーちく好き放題に喋っている。
一言で言うのなら、まさしく他愛もない話というヤツだ。そんな連中の横を通過しつつ、角の席に通された。

『ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください!』

俺たちとそう歳が変わらないであろうバイトの女の子が、ぱたぱたと去っていく。
ぺこりと一礼するのは良いけれど、それすらも初々しかった。まだ新人だろうか。

「文化祭で私たちもあんな感じのこと、やってたんだよねー。楽しかったなぁ」
「ならウェイトレスのバイトでもしたらいいんじゃないか?楽しいと思える仕事なら、それに越したことはないだろうし」
「んー、アリかも!本気で考えてみようかな?」

ウェイトレスを見て文化祭を懐かしむ小澤と、それに答える武井。
二人は強制的に連行された俺と違って、自主的にこの女子会に参加している。あらかじめ植村が声をかけていたのか、いつの間にやら合流していた。
俺と典子と植村、小澤に武井。概ねいつものメンツなのだが、今日は何故かもう一人。

「楽しかったよなー!来年もやりてー!」

さらさらの黒髪に、雪のように白い肌。袴でも着せればまさに大和撫子のイメージを具現化したかのような。
そんな菅原響が、何故かここにいるんだが。

「いやいや、何でさりげなく混ざってんの?お前クラス違うだろ」
「何でって、植村に拾われたんだけど」
「…?植村と面識あったっけ?」

あっけらかんと答えるということは、面識はあるのだろう。しかし植村と菅原が同じ空間にいるのを俺は見たことがない。
植村以外は、文化祭のときに菅原と打ち解けているのを見ていたけど。

「面識っていうか…私、菅原と中学一緒だし。ついでに言えば3年間クラスも同じ」
「あ、そうだったのか」

頬杖をつきながら植村が言う。ちらりと菅原の顔を見て、つまらなそうに視線を戻す。

…何だ?そんな顔をするくらいなら、最初から呼ばなければ良かったんじゃ?
まぁ、仲が悪いということはないのだろうけど。中学時代のこの二人って、どんな感じだったんだろうな。
菅原に至っては男の頃の顔すら知らないんだけど。今度卒アルでも持ってきてもらおうかな。


「コイツ、中1の頃は地味ーな女だったんだぜ?それが気付いたらこんなにケバくなりやがってさぁ」
「う、うるさいっ!女になったアンタに言われたくない!」
「おっと、はは!こういうところも相変わらずだな!」

昔の話というのは、相手にとっては黒歴史となり得る。
地味だった過去が黒歴史らしい植村は、それ以上喋らせまいと菅原に掴み掛かっていた。
取り乱した植村とはまた、珍しいものを見れた。こんな一面もあるのか。たまには女子会にも参加してみるもんだ。

「まぁまぁ、積もる話はこれからすればいい。まずは注文を決めようじゃないか」
「はい皆さん、前を失礼しますよー!ちゃっちゃと決めよう!」
「ドリンクバーだけだと割高で勿体ないから、他に何か食べるでしょ?」

武井が収拾をつけ、典子がメニューを広げる。小腹は空いたが、夕飯もあることだしガッツリと飯系を頼むわけにもいくまい。
誰もがハンバーグやらパスタやらのページに誘惑されつつ、そこはスルー。行き着く先はやはりデザートのページだ。

「じゃあ僕はアイスティラミスで。女体化してから甘いものが美味しくなったよ」
「私はイタリアンプリン!これ好きなんだぁー」

小澤と武井は、この店の定番デザートを選択した。小澤は元々甘党っぽいイメージがあるが、武井は意外だ。
女になって味覚が変わる奴も、当然いる。珍しい話ではない。そういう俺は男の頃から、そして今でも甘いものは嫌いじゃない。
かと言って、毎日食べたいほど好きでもない。要は普通。まぁ皆が頼むのなら、俺もそうしようかな。

「俺は…生チョコレートケーキかな」
「ぐっ…!これだからカロリーを気にしなくていい連中は…!」
「宿命は受け入れなきゃね…ほら、アイス系なら太りにくいって言うし!私はイタリアンレモンジェラートにしよっと」
「じゃあオレはミラノ風ドリアだな」
「おい最後おかしいだろ!流れ的に!」
「腹減っちゃってさぁ、晩飯までもたねーんだよ。女になっても甘いモンはダメだ」

一人だけ熱心にメニューのデザート以外のページを見ていたかと思えばコレである。
少し恥ずかしそうに頭を掻く仕草は、相変わらず男のようだ。彼女のこういう砕けたところのギャップに親しみやすさを感じる。

「ちなみにドリアってイタリア料理じゃないんだぞ。ミラノ風ドリアなんてミラノには存在しないからな」
「なん…だと…?まぁ美味いからどうでもいいんだぜ」
「アンタ、相変わらずよく食べるのね…男の頃からいくら食べても太らないタイプだったけど」
「オレは不思議と、味覚も食う量も変わらなかったからな。相変わらずよく食うからオカンにも文句言われるんだよ」
「ぷっ…容易に想像できるな…」

馬鹿みたいに食う息子がほっそりとした娘に変わったのだから、そりゃ母親としては期待をしただろう。食費的な意味で。
その期待を裏切ってどんぶり飯をドカ食いしている菅原が目に浮かんで笑ってしまう。

さて、それぞれ注文は決まった。武井よ、ピンポンを押す係はお前だぞ。

店員に注文を伝え、ドリンクバーで飲み物を入れてきた。
典子はカフェオレ、武井はアイスティー、小澤はオレンジジュース、植村は烏龍茶、菅原はコーラ。

菅原のコーラは予想通りだ。
キャラ的に、菅原のようなヤツはコーラを飲むと相場が決まっている。
そしてドリンクバーで菅原がふざけて、全てのドリンクを混ぜた「菅原SPL」を作ろうとしたところも予想通りだった。
ちなみにSPLとはスペシャルの意。完全に野郎のノリだ。絶対誰かがやるよな、あれ。

「…で、西田」
「あん?」
「何でアンタは『それ』なの?」

目の前に置いたカップに注がれた、ほんのり茶色を帯びている黒い液体から湯気が立つ。
植村が指したのはそれだった。何の変哲もない、ただのコーヒー。それにいちゃもんをつけるとは何なんだコイツは。
アレですか?取り敢えず何にでも文句つけたがるウザい人ですか?

ちなみに砂糖とミルクは入れていない。あくまでお茶の感覚で飲むのだから、余計なものを入れる必要がないというのが俺の持論だったりする。
緑茶を飲むときに砂糖とミルクを入れないのと同じだろ…とか言うと、いつも屁理屈だと言われるので、この場では言わないことにする。

「ただのコーヒーだぞ。普通じゃん」
「そのただのコーヒーが、アンタには恐ろしく似合わないんだけど…しかもブラックでしょ、それ」
「あはは…高校生の、それも女の子がブラックコーヒーって確かに変かも」
「コーヒーばかり飲んでいると身長が伸びなくなるんじゃないか?ただでさえ絶望的なのに」
「忍はせいぜい、カプチーノあたりを『にがーい!』とか言いながらちびちび飲むのがお似合いだと思うなぁ」
「ガンジーがアサルトライフルで武装してるくらいの違和感だな」
「言いたい放題だなお前ら!いいだろ好きなんだから!あと菅原はガンジーに謝れよ!」

迫害に負けじとカップに口をつける。コーヒーは好きだが、味にうるさいわけではない。
缶コーヒーよりはインスタントの方がいいかな、程度のことは思うが、豆の違いや種類なんて知らない。
こういう店のコーヒーだろうと、俺にとっては十分美味いのだ。

「じろじろ見てんじゃねーよ!?」
「うーん…コーヒーは別としても、西田君の振る舞いに違和感があるっていうか…見た目は愛らしいのに、挙動がいちいち男の子なんだもん」
「仕草なんかが男の頃から全く変わっていないからね。ふん反り返るように脚を組んで座って、ポケットに手を突っ込んでるところとか」
「…むぅ。そういうのはあんまり意識してないからな」

男は男らしく、女は女らしく。そんなのは古い考え方だって、ここにいる誰もが分かっている。
それでも多分、本能的な部分が違和感を感じさせているのだろう。
特に俺みたいなちんちくりんが男気に溢れていたら、変だと思うのも仕方ないのかも知れない。

「あんまり男らしさが滲み出てると、男が寄ってこなくなるんじゃない?」
「でもギャップ萌えという要素もあるからねぇー」

俺をじろじろ眺めながら「女体化者は男っぽさを残した方がモテるのか否か」についての議論が始まってしまった。
菅原だって俺と似たようなものなのに、何故俺ばかりが観察されねばならんのか。

小澤は女になって、速攻で順応していた。武井は一人称こそ「僕」だが、仕草に関してはすっかり女だ。
それとは対照的に、俺と菅原は男っぽさが残っていて。人それぞれなのは良いと思うけど、周囲から…
いや、涼二からどう見られるのかは少し気になる。

…俺は、大和撫子然とした見た目のくせに男っぽい菅原は、そのギャップがとても良いと思うけど。
でも、アイツはどっちがいいんだろ。男みたいな女は嫌いだったりするのかな…。

『お待たせ致しました、こちらがイタリアンプリンで、こちらはアイスティラミスで…』

注文したデザート(+ミラノ風ドリア)が次々と運ばれ、議論は一時中断となった。
皆の甘い香りを掻き消すようなドリアの匂いにイラッとしつつ、ケーキを口に運ぶ。

…まぁ、美味いと思う。舌が肥えているわけでもないし、大の甘党というわけでもないので、月並みな感想しか出ない。
ただ植村の言う通り、カロリーを気にする必要がない身体になったのは有り難いことだ。
女に限った話ではないが、不要なカロリーは摂取しないに越したことはないのだから。

「ところで小澤は最近、田坂とはどうなの?」

ジェラートをつつきながら植村が話を振る。
振られた小澤はスプーンを咥えたまま一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐにその顔を緩ませた。
…それに対して、俺の表情は引き締まったのではなかろうか。
女体化して幼馴染と付き合っている小澤は、俺にとって先駆者だ。ためになる話が聞けるかも知れない。
気が付くと、スプーンを持つ手に力がこもっていた。

「どうって、全然らぶらぶだよ?この前の記念日にペアリング買ったんだー」
「嬉しそうにしている割には着けていないじゃないか?」
「学校で着けてて没収でもされたら嫌だもん!高いやつではないけど、そういうのはプライスレスだしね」

いいなぁぁ!いーーーーなぁぁぁあああーーー!!ちくしょう羨ましいぞ小澤ぁァァ!
俺だってなぁ!ペアリングとか欲しいっつーの!その前にまず付き合いたいっつーの!クソが!クソがッ!

「西田?頭掻きむしって、どうしたの?」
「な、何でもねぇ…続けていいぞ小澤」
「大丈夫?…えっとね、たまにケンカすることもあるよ。でもそれを乗り越える度にもっと好きになれて…」
「はいはいノロケ話ご馳走さま。まさかこのジェラートなんて目じゃないくらい、甘ったるい話が飛び出すとはね」
「聞いてきたのは植村ちゃんでしょ!?こうなったら今日は付き合ってもらうから!」

自分から話を振ったくせにうんざりしている植村を尻目に、頬に手を当てて身体をくねらせどんどん話を進めてしまう。
田坂は見た目が冴えない(男の頃の小澤も大差ないが)ので、服を選んであげたり、雑誌を持たせて美容院に行かせたりと
「彼氏改造計画」を実行しているんだとか。
確かに最近の田坂は前よりもオシャレになった気がする。
学校でしか見かけないので私服の着こなしは知らないが、雰囲気が変わってきたというか。

でも、違うんだよ小澤。俺が聞きたいのはそういう話じゃない。もっと、何つーか、実践的な話をだな…。

「まぁ幸せなのは分かった。でもよく考えたら私たち、付き合った経緯を知らなかったね。その辺も話してよ」

神が降臨した。
今日の植村は本当にナイスアシストばかりじゃないか。ちょっと見直したぞ。

「うーん…どこから話そうかな。えっと………そもそも私、女の子になりたくてね」
「何となくそんな感じするよー。女の子になって最初に学校に来た時だって、むしろ嬉しそうだったもんね」

典子の言う通りだ。俺もコイツは、女になりたがっていたんじゃないかと思っていた。
一般的な女体化者は、女になってから「戸惑う期間」が存在する。
それをすっ飛ばして、ファッション、振る舞い、書く文字さえも、急激に女になっていった小澤。
今更言われたところで、特に驚くことでもない。

「…結構ぶっちゃけたつもりだけど、大丈夫?引いてない?」
「ん。引いてないって。で?」
「ならよかった!でもね、女の子になりたかったって言っても、男の子の頃の恋愛対象は女の子だったんだよ?
 だからこそ女の子になりたかったっていうか…」

考えがまとまっていないのか、それとも言い辛いのか。言葉を変えながらごにょごにょと話す。
まぁ要約すれば、(二次元の)可愛い女の子が好きで、自分もそうなりたいと思うようになってしまった…というような話だ。
俺には理解できないが、やはり女体化に対する想いも人それぞれか。

「そうやっていざ念願の女の子になってみれば、今度は男の子が好きになっちゃって。今まで気にしてなかった仕草なんかにドキドキしたりね」

これには激しく同意。この身体と心は、そういう風に変化したんだから仕方ない。
思えば…涼二の汗の匂いや筋肉にドキドキしたのも、女になってすぐの頃だった。つい最近まで、それに戸惑っていたわけだけど。

「それで身近な幼馴染とくっついたってわけね」
「結果的にはそうだけど、そうなるまでに涙ぐましい努力があったんだよ?」
「つまり小澤からアタックした、と。肉食系女子というヤツだね」
「そ、その努力ってのは?どんなことしたんだ?」

何か有益な話を聞こうと必死になっている自分がいた。つい力を入れすぎて、身を乗り出すような姿勢になっていたのを慌てて戻す。
気取られてしまったんではないかとヒヤヒヤする。落ち着け、冷静にいこう。

「多分普通の女の子がやってるのと変わらないんじゃないかな。可愛い服を着て、お化粧頑張って、ご飯とかお菓子とか作ってあげたり」
「ふーん…ふむふむ…」
「でもそれでいいと思うよ。『自分はもう女の子なんだ』って自分で理解すると同時に、相手にも理解してもらうのが大事なんじゃないかって。 私はそう思ったけどね」
「自分はもう女、ねぇ…」

女になっても俺は俺。俺はそう思うし、涼二もそう言ってくれる。でもそのままじゃいけない、と。
「俺は俺」である前に「一人の女」として見てもらわなければ、進展のしようがない。曖昧な関係のままずるずるといってしまう。
そういうことを言っているのだろう。ただ、自分の中でその折り合いをつけるのはなかなか難しい。小澤や他の皆はどうなんだ?

「…何かさ、拒絶反応みたいなのが出ることってないか?服を着る時とか、化粧する時とか」
「あるあるすっげーある!いまだに女子用の制服着るのが嫌だったりするもんなー!」
「最初はあったねぇ。今では大体平気だけど…公衆浴場の女風呂に入るのは躊躇しそうだね」
「私も女の子になりたかったのに、いざなってみると違和感あったかな。何だろうね、心と身体がバラバラになりそうっていうか、
 頭が追い付かないっていうか」

急激に女になっていたように見える小澤ですらそういった経験があるのだから、俺がそう思うのも当然のことか。
まだ男としての意識が残っている中で、女としての生き方を求められること。
それに違和感や苦痛を感じたりするにも関わらず、男に惚れてしまったという事実。
それが今の俺を苛んでいる。こんな男のような女のような、中途半端な人間に惚れられる相手が気の毒にすら思う。

だからこそ人一倍努力しなきゃと思うし、もし付き合えたら人一倍尽くしてやりたいんだけど…。

「やっぱり意識の切り替えって簡単じゃないのかな。私たちには無い苦労だよね」
「うん。大変だろうけど、アンタも中曽根のこと頑張りなさいよ。応援してるし、相談にも乗ってあげるから」
「おう! ……………ん?」

典子の言葉に同意した植村が激励の言葉を投げ掛けてくれた。俺は極めて素直に返事をした。別におかしいところなんてない、筈なのに。
典子を見ると、「何やってんだか…」とでも言いたげな顔をして、片手で顔を覆っている。

そうだ、植村…!?コイツ、コイツは何で!?

「あ、え!?なし!今のなし!違うから!全然ちげーからバカ!!お、俺は…ッ!」
「なしじゃないし全然違くないでしょ。誤魔化せると思ってんの?」
「え、どういうこと!?文化祭の時に藤本ちゃんが言ってた『西田君が恋する乙女』って…本当だったの!?」
「てっきり冗談かと思っていたけど…相手が中曽根なら違和感もないね」
「中曽根ってあのイケメン?確かにオレが前に『狙っちゃおうかな』って言った時も、必死に拒否してたもんな。そっかそっか!あはは!」

こ、この状況…ッ!やられた…!
今日は植村が妙に優しいと思ったけど、全てこの誘導尋問に繋げるためだったのか…!
甘すぎだぜ俺…この悪魔のようなドS女が、何のメリットも無しに俺に優しくする筈がなかったんだ!

「………話の流れで、つい返事しちまっただけなんですけど。何をわけのわからんことほざいてんだ?お前」
「ちょ、手震えすぎ!コーヒーこぼれてるからカップ置きなさいよ!完全に動揺してるじゃない!」
「ど、動揺なんてするわけねぇだろ!むしろ何に動揺すればいいのか教えろコラッ!ほらほらッ!」
「はぁ…アンタ、中曽根が好きなんでしょ?」
「~~~~~ッッ!?」

言葉が出ない。身体も動かない。唯一カップを持つ手だけは震え、テーブルに点々とコーヒーの雫を落としている。
切り返しの言葉を必死に探すが、その言葉が見つかる前から、早くも魚のように開閉する俺の口。
旗から見れば、その光景が何よりも「図星」を物語っていた。

「見てれば分かるって。最近スカート短くしてるでしょ」
「そんなのは別に…」
「それに事あるごとに、りょーじりょーじりょーーじーーー!って野良猫みたいに擦り寄っちゃって。この時は、むしろ犬っぽいかも?」
「うぐっ…!」
「極めつけはお弁当かな。最近のアンタはどうにもいじらしくってねー。何だかもう、放っておけないっていうか」
「がああああああ!そこは放っておくとこだろ!?俺の純情を弄びやがってッ!!」
「おい、そんなことしたら頭割れちまうぞ!」

恥ずかしさとか、その類の感情を消し去ろうとテーブルに頭を打ちつけていたが、隣の菅原に止められる。
よせよ菅原。生き恥を晒して生きていくよりは、このまま頭をブチ割って死ぬのもいいだろう。
痛みなんて感じない。そのかわりに、堪え難いものがこみ上げてくるのが嫌でも分かる。こんな時、女って本当に不便だ。

「…あれ。アンタ、泣いてる?」
「泣いて、ねぇよ…っ!」
「あーあ。玲美が忍を泣かせたー」
「西田君がかわいそうだよー。先生に言ってやろー」
「ちょっと、何で私が泣かせたみたいになってるわけ!?」
「この期に及んで、自分は泣かせていないと言い張れる君は本当に凄いな」

泣くようなことじゃないかも知れない。けど恥ずかしいんだか何だか、よく分からない感情によって、堰を切ったように涙が溢れる。
まだ人に知られたくなかった。
ようやく芽生えた小さな芽を大事に大事に育てようと思っていた矢先に、大量の水と肥料をブチ込まれた気分だった。
そんなものは逆効果。そっとしておいてくれた方が、よっぽどいい。
…何より、こんな話が広まっていくことが涼二に対して申し訳がない。

「う…うっ…!ぅぐっ…!ひっく…!」
「…玲美」
「そんなジト目で睨まないでよ…!あ、えっと。ごめんね西田?ちょっと強引すぎたかも…」

俺をハメた張本人にとっても、この展開は想定外だったらしい。正面から身を乗り出した植村に頭を撫でられる。
子供扱いされていることも癪だが、こんなことで少し心が落ち着く自分がもっと癪だ。
泣き止んだ俺を見て、ホッとしたような曖昧な笑顔を向けてくる植村を睨みつけてやる。
俺ってこんなキャラじゃなかったはずなんだけどな…。

「…私は一生懸命頑張ってるアンタを見て、応援したいと思っただけだよ。正攻法で聞いても、恥ずかしがって言わないと思ったから」
「…、くそっ…!」
「好きなんでしょ?中曽根が」
「…あぁそうだよそうですよ!涼二が好きだよ!文句あんのか!お前なんて捩じ切れろ!」
「玲美は基本意地悪だけどね。でも『こういうこと』で遊ぶような娘じゃないよ?」
「………まぁ、典子がそう言うなら…」
「はぁ…私ってそんなに信用ないわけ?何かショックかも」
「日頃の行いを考えたらそんなナメたこと言えるはずねーだろうが!」

涙を拭いつつ、取り敢えずこの女には罵声を浴びせておく。
ティッシュ…が無かったので、鼻は紙ナプキンでかんだ。ガサガサして、少し痛い。
そして今頃になって頭が割れんばかりに痛い。馬鹿なことはするもんじゃない。



一瞬気まずくなりそうだった雰囲気は何とか持ち直した。
冷えた頭で店内を見渡し、他の客からちょっとした注目の的となっていたことに今更気付く。
もっとも、こちらが落ち着いたことで興味は失われつつあるようだった。

それは良いとして、この場にいる連中にこの気持ちを知られてしまったことに変わりはないのだ。もう後には引けない。

「んじゃ改めて。…涼二に惚れた。相談に乗りやがれテメーら」
「うわ、何かいきなり尊大になってるし。さっきまでぴーぴー泣いてたくせに」
「うるせーぞ植村ァッ!もうヤケクソなんだよ!!」

テーブルを叩きながら叫んだが、店員や他の客からの目線が非常に痛い。マナーが悪いと思われるのは嫌だ。
こほんと一つ咳払いをし、話の軌道修正を試みる。…俺としてはこんな話、ここで終わっても一向に構わんのだけど。
そこは華の女子高生。簡単に解放される筈もない。

「まぁ相談っつっても…今は特に聞くような話もないんだけど。さっきの小澤の話で殆ど解決しちまったし」
「はいはーい!じゃあこっちから質問!いつ頃から中曽根君のことが好きになったの?」
「中曽根のどんなところに惚れたのかな?」
「学校以外の場所で何かアピールしてないの?」
「もうヤッたか?」

にこにこと生温かく見守っている典子を除いた皆が、一斉に質問を浴びせてくる。
生憎、俺は聖徳太子のような特殊能力は有していない。取り敢えず、一つずつ回答していくか。

「まずは小澤からな。えーっと…いつからってのはハッキリとは分からないんだよ。でも女体化してすぐの頃から、
 アイツが近くにいるだけで妙に意識しちゃったりとか…」
「あー、あるある!最初は気のせいだとか思わなかった?」
「最初どころかつい最近まで思ってたよ。まさか俺がアイツを…その、まぁ。好きになるなんて考えもしなかったからさー…」

心の何処かで分かっていて、それでも必死に否定していた気持ちだった。
認めるのが怖かったんだと思う。
自分はまだ完全に女になったつもりはないのに、そんな感情が芽生えるわけがないと。そう思っていたかったから。
認めてしまったら、親友としての関係をどうするのか。そして俺という存在が、男なんだか女なんだか、より訳のわからないものになりそうで。
…実際、認めた今はそんな感じだ。
そういう苦難を乗り越えたであろう小澤は、馬鹿にすることなく真剣に話を聞いてくれた。

カミングアウトした後でも、好きだと改めて口に出すのはやっぱり恥ずかしいものだ。
気を紛らわせようと、コーヒーカップの縁を指でなぞる。間が持たなくなるとこうするのは昔からの癖だったりする。
そんなことで気が紛れれば苦労はしないが。

「次、武井。んー…アイツ、いつも俺を助けてくれて、優しいし、料理作ったら美味いって言ってくれるし、背高いし、脚長いし、格好いいし…」
「はぁ…『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』なんて言うけれど、その逆だね。要は全部好きなんだろう?」
「全部か…ま、まぁな…うん。…全部、好きかもな」

涼二の見た目も中身も行動も。最近は、その全てが愛おしく思える。
それはきっと一過性のものではなくて、いくら冷静に考えたってこの気持ちは増す一方で。

好きだけど伝えられない。
そんな状況の今だからこそ、苦しさと同時に楽しさというのか、ときめきというのか、そういった類の感情が入り乱れているのだろうけど。

「もじもじしながらノロケてる…これは犯罪級の可愛さだよ…」
「この光景を…中曽根だっけ?そいつに見せれば一発で落ちるんじゃね?」
「かもね。動画撮っとこうか」
「おいィ!?早速俺の純情を踏みにじってんじゃねーかよ!」
「純情な感情は1/3も伝わらないものでしょ。ま、動画は冗談冗談」

妙に古いネタをかましながら、俺に向けかけた携帯カメラを机に戻している。
自分は男に困っていないからって、こちらを弄るのは厭味の境地だ。悪い奴じゃないのは重々承知の上だが…。

「次。あー、植村は何だっけ。もはや聞き取れんかった」
「学校以外でどんなアピールをしてるのかって聞いたんだけど」
「学校以外で、ねぇ…」

アイツが好きだと認めたのは、つい最近の話だ。耳かきをしてやったこともあったが、あの時はまだ認めていなかった。
それ以降で、しかも学校以外でとなると…これといって特にはしていない気もする。
強いて言うなら…

「アピールっていうか…アレだ。スキンケア、だっけ?ちょっとやってみたりとか…あとは化粧の練習したりかな…」
「ぷっ…可愛いねアンタ…」
「笑っただろてめー!ざけんな!」
「ごめんごめん、微笑ましいなと思って。まさかアンタの口からスキンケアなんて言葉が…くくっ…」
「チッ…!お前は男に苦労してないだろうから、俺の気持ちなんて分からんだろうけどさ…!」

女として生まれて容姿に恵まれている植村が、男から羨望の眼差しを浴びているのは周知の事実。
中学時代は地味だったにしても、素材が良くなければこうはなれない。妬みたっぷりの視線で植村を見ると、どうにも複雑そうな表情をしていた。
あれ、何か地雷ったか?

「…何か勘違いしてるみたいだけど。私、今まで彼氏いたことないからね?」
「あっそ…って!?えええええええー!?」

衝撃の事実だった。
この中では植村と特に親しい典子ですら目を丸くして驚いている。
女体化者だと言っても違和感のない容姿に、生粋の女というブランドを背負ったこの女。
よく、女好きそうな上級生が俺たちの教室まで見に来たり、声をかけたりしている光景を見る。大抵、のらりくらりとやりすごしているが。
とにかく、そんな女に今まで彼氏がいたことがないだって?何かがおかしい。この世の摂理に逆らった存在か?

「玲美に彼氏がいたことないって…私も知らなかった…」
「特定の相手は作らずに色んな男と遊んでる、とか?」
「はぁ…アンタら私をどんな目で見てんの?特に武井は失礼すぎでしょ!まぁ、西田にだけぶっちゃけさせるのも気の毒だからね」

各々のリアクションに呆れたような面持ちで溜息を一つ。そして、俺をハメたことに対して多少なりとも罪悪感があったらしい。
しかしながら、しれっと言っているように見えて、本人にとっては勇気のいる行動だったのだろう。額には汗の玉が浮かんでいた。

「そもそも、私は別に隠してたわけでもないのにね。皆が勝手に変なイメージを持つから、どんどん言い辛くなっていっただけ」
「言われなきゃ分かんねーよ…特にお前は…」
「しっかし勿体ねーな。お前、中学で色気づき始めた頃からモテるようになったのにさ」
「…ッ!あ、アンタねぇ!誰のために私が……………!?」

勢い余って、という表現が適切だった。慌てて口を押さえているが、今更そんな行為に意味はない。
この状況において、「誰」とは一人しか該当しないだろう。ストーリーを組み立てるために大した労力は必要ない。
中学の初期、好きな人のためにファッションに気を遣うようになった。理由としては十分。
しかし悲しいかな、その相手は女体化してしまった…大方、こんなところか。
言うまでもなく、相手は今まさにミラノ風ドリアをがつがつと貪っている、そこの似非大和撫子。
要するに、植村は菅原のことが好きだった。そして今でも折り合いがつけられずにいるのかも知れない。
何かデジャブ同時に、突き刺さるような目線を感じるんだが…。

「…玲美の気持ち、すごーーーく分かるよ」
「そういえばアンタもそうだったね…これだから鈍感な男ってのは…」
「待てお前たち!呆れたような目で俺を見るんじゃない!」
「やっぱミラノ風ドリアはコスパ高ぇよな」

自分の話をされているとも知らず、ひたすら食い続ける菅原。俺は流石にそこまで鈍感じゃなかった…筈だ。そうだと思いたい。

「ま、私の話はどうでもいいの。純粋にアンタのこと応援してるんだから」
「しょうがねぇ、信用してやるよ。そのうち何か…そうだな、化粧のこととかで相談ができたら聞くかも」
「その辺は任せて。…伊達にケバくなったわけじゃないですし?」
「あん?何だよ厭味っぽく」
「ふんっ!何でもない!」

菅原と絡むと、普段とは違う植村が見れるのは新鮮で面白い。植村もこうしていれば普通の女の子だ。
いや、 別に変な女の子というわけではないが…さぞかし男遊びが激しいのだろうと勝手に思い込んでいた上に、
実際そういうオーラが出まくっているのだ。
そこに違和感を感じるのは自然なことだと思う。普段との差に、微笑ましい気持ちになるのも当然のことと言える。

「取り敢えず、質問はこんなとこか?一応念押しだけど、このことは他言無用で頼むぞ。かなりマジで」
「おい、オレの質問に回答がないんだけど」
「…聞こえてません。そして既に質問は締め切ったので受け付けません」
「もうヤったの?どうなんだよ」
「あ゛ーあ゛ーー聞こえなーーーーい!!」
「もう一度言ってやろうか?このファミレス中に響き渡らんばかりの声で」
「やめろォォォ!」

綺麗な顔が悪戯っぽく歪む。
その果実のような唇が紡ぐのは非常にストレートな下ネタ。中年のオッサンですら、もっと遠回しな言い方をするだろうに。
やはりコイツの中の人は思春期真っ盛りの男子らしい。そんなことは答えるまでもない筈なのだが、妙にしつこい。

「破廉恥なこと言うんじゃないよ!や、や、ヤるとかヤらないとか…!それ以前の話をしてるところだろうが!」
「でも付き合う前にヤることだってあるだろ?」
「西田にそんな甲斐性があると思うのか?スキンケアしたり弁当でアピールしたり、思いのほか乙女チックなことばかりしてるレベルなんだから」
「うるせーよ放っとけ!」
「むぅ。どんなもんなのか聞きたかったのに」

どんなもんって…俺のここにアイツのアレが入るんだろ?そりゃ気持ち良い…んだよな?
最初は痛いって言うけど、それさえ耐えれば………って、ヤバい。想像しただけでちょっと濡れてきた。

「そういうことは私たちに聞かれてもね………あ」

処女の集まりでそんな話をされても、想像でしか答えようがない。
そう言おうとしたであろう典子だったが、ふと思い出したかのように一人を見遣る。
釣られて皆の視線もそちらに集まる。あぁ、そういえばそうだったっけ。

「…え、え!?私!?」
「無邪気な疑問を持つ菅原君に良いこと教えてやるよ。小澤は非処女だ」
「ほー、そうなの?んじゃ教えてくれよ。実際どーなんだ?」
「ど、どうって…まぁその…」

俺が初めて女子更衣室に足を踏み入れた日に、確かにそんな話になった。
植村の意外な一面を知ったこの場において菅原の知的好奇心を満たせるのは小澤しかいないし、俺自身、聞いておきたい話でもある。
小澤は自分に波及するとは思っていなかったようだが、それぞれの期待を込めた眼差しに根負けしてしまうあたり、人の好さが伺える。
がっくりうなだれると、特徴的なツインテールが胸の前にぱさりと落ちた。

「えっと、何て言うか…お互い興味津々なお年頃だから、付き合ってればそういうコトもあるんじゃないかな…あはは」
「はぐらかさないでくれよ、やっぱり最初は痛いのか?」
「そりゃ『こじ開ける』わけだから、それなりに痛いよー。こう、みちみちみちっ…!ってね」
「ぬおおお!想像しただけで痛ぇぇぇッ!」

各々が悲鳴を上げて顔を青くする。サイズの合わない物体を無理にねじ込むのだから、そりゃ痛いに決まっている。
痛みのベクトルが同じかはわからないが、男にとっての金的のようなものだろうか。

「痛いには痛いけど…でもやっぱり幸せだよね。この人に処女を捧げるんだって思うと、むしろ痛みがあってこそ!みたいな感覚になってくるの」
「お前がMなだけじゃね?オレ、痛いのは嫌なんだけど」
「違…いや、Mなのは違わないけども!でも実際そうなんだって!」
「わ、私は梓ちゃんの言いたいこと、何となく分かるけどなぁー…あはは」

典子が照れくさそうに小澤の言葉を肯定する。やはり、この娘は容姿が中の上でも、それ以上に男心をくすぐる何かがある。
大和撫子とはかくあるべし、とでも言えは良いだろうか?そこで無粋なことをぬかしている似非大和撫子とは違うのだ。

あぁ、この典子を男の頃の俺に見せてやったら狂喜乱舞しただろうに。そしたら人生が大きく変わったのは言うまでもないだろう。
そのifの人生と、今。どちらが良かったんだろうか。…いや、今の方が良かったと思わなければ、典子と涼二に失礼かな。

「じゃあ、えっちする頻度ってどのくらいなの?」
「え、言わなきゃダメ?………ですよねー。今は週1くらいかなぁ…」
「『今は』?」
「さ、最初の頃は毎日…してたし…」
「…お盛んだな。今の週1ってのが多いのかどうか、わかんねぇけどさ」

お盛んだと皮肉ってはみたものの。
俺だってしたい。超したい。毎日でも週1でも、出来るんならばとにかくしたい。
…彼女にしてもらえなかったとしても、せめて最初の一回だけ、この処女だけは、アイツに。
そんなもんいらねぇと言われるかも知れないし、こんなのはただの我が儘だって分かってるけど。

「でもね、大変には大変だよ?排卵期なんて完全に発情期だから私から誘っちゃうし。何か動物みたいでイヤだよね」
「「「………」」」

黙り込む俺、武井、菅原。
二人とも少し頬を染めているが、きっと自分も似たような顔をしているだろう。
気まずい沈黙が場を支配した。…心当たりがある。排卵日(と思われる日)の前後になると異常にムラムラしてしまう。
個人差はあれど、女体化していようがいまいが、女性ならばそういう人もいる。
だが、神様の気まぐれで生殖行為をするために女にさせられた俺たちは排卵期…俗に言う危険日にこそ、本能が鎌首をもたげる。
身体が妊娠したがるのだ。

「しかも、味を占めたなんて言うといやらしいけど…明らかに処女だった頃よりムラムラが激しくなるんだよね。なかなか自制が効かなくて…」
「マジか!?今より激しくなるのかよ!?」
「それはまた…困ったものだね。僕らの身体が普通の女性と違うというのは知っていたけど」
「でも不妊とか流産とかの心配が無いんだよね?産まれる赤ちゃんも絶対に健康体だって言うし」
「うん、だからちゃんと避妊しないとすぐ『できちゃう』んだって。気をつけないと!」

妊娠だの出産だの。気の長いような話にも思えるが、しかし、しようと思えばすぐにでも出来るであろうこと。
人によっては一生機会がないかも知れないし、それは俺も例外ではない。
まだ付き合えるかどうかも分からない段階なのに、話が飛躍しすぎてイメージが湧きやしない。
でもあと2年もしたら、うちの母親が俺を身篭ったのと同じ時期だ。
そりゃいくらなんでも早いとは思うものの、それは今の自分自身の行動が、今後の生涯を決める可能性すらあることを実証している。
俺は、願わくば…。

コーヒーの3杯目を飲み干し、膀胱の中身を空にして席に戻った頃、外の空が茜色になっていることに気が付いた。
スカートのポケットへ無造作に突っ込んだ携帯を慎重に取り出す。
俺の守護神であるキ〇ィちゃんは、誤ってストラップを引き抜くと爆音でベルが鳴り響いてしまうので注意が必要だ。
ストラップとして考えたら致命的な仕様だが、実際それに救われているので文句も言えない。

あの時の恐怖を思い出す前にホームボタンを押す。ロック画面に現れた時計は、17時を指していた。

「もうこんな時間か。俺、夕飯の手伝いがあるから…そろそろ」
「んーっ!それじゃー行きますかっ。今日はどうだった?女子会もなかなか楽しいでしょ?」

大きく伸びをしながら典子が問う。女子会というか、俺が口を割るように植村が仕組んだ罠だったわけだが…。
結果的に俺だけじゃなく、植村の素顔を知れたのは収穫だったかも知れない。

「…まぁ、たまになら参加してもいいかもな」
「なぁ、西田ってもしやツンデレってヤツか?」
「んー、ぶっきらぼうなだけじゃないの?愛しの中曽根にはツンデレになるかもだけどね」
「もう黙ってればいいと思うよお前ら!!」

がやがやと騒ぎながらの会計。高校生なので、当然の如く別々で。
世の中には男に奢ってもらうのが当然と考える、いまだにバブル脳を頭に詰め込んだクソ女がいるそうな。
まぁこの場に男はいないわけだが、いたとしても俺は絶対にそんな女にはならないと誓える。そういうトコも涼二にアピってみようか?
ちょっとあざといかな…。

「ふんぬっ!ちくしょう重てェーんだよこのドアッ!」
「西田は力がないね。体格的に仕方がないとは思うけど」
「そりゃそうなんだけど…同じ体格のウチのバカ母は超怪力なんだよな。アイアンクローなんてマジで万力だぜ?」
「私見たことないんだけど、西田にそっくりなんだって?」
「うん、秋代さん超かわいーんだよ!ホント忍にそっくりだけど、やっぱりほんの少しだけ大人っぽくて………きゃっ!」

店から出た瞬間、冷たい風が髪やらスカートやらを巻き上げる。
通りの反対側を歩いていた見知らぬ男子高校生の集団が、期待を孕んだ眼差しでこちらを見た。が、その顔は一瞬でがっかり顔に変貌を遂げた。

バカめ、こちとらハーパンやら黒パンやらで完全防備だっての。そう簡単にパンチラを拝めると思うんじゃねーぞ。

「男の頃に何度パンチラを狙ってもハズレばかりだったけど、そんなオレも今なら理由が分かるな」
「あぁ、女ってのはほぼ全員が下に何かしら履いてるもんだ……って、メール?」

パンチラの神秘について菅原と話していると、携帯がバイブっていることに気が付いた。
メールを確認する。差出人は…母さんだった。

「『あんまり調子こいてっと晩飯に満漢全席作らせるぞ』!?何か新ジャンルの折檻…っつーかこの女は相変わらず…ッ!」
「女の勘と母の勘が両方備わってるのね」
「最早そんなレベルじゃねーんだよ…色々と規格外すぎだろ…」

何にせよ満漢全席を作るのは勘弁だ。これ以上機嫌を損ねぬよう寄り道せずに真っ直ぐ帰ろう。

歩道を左に出る。ここで初めて気が付いたが、小澤以外は全員逆方向へ向かうようだった。
小澤も気が付いたようで、俺とあちらのグループをキョロキョロと見比べて、最後は俺に向かってニコっと微笑んだ。
気まずいわけではないが、小澤と二人きりのシチュエーションというのはなかなかない。

「じゃ、また明日!二人とも気をつけて帰るんだよー!」

典子の声に手を振って答え、二人で歩き出す。小澤の横に並んで歩いているつもりなのだが、意識して早歩きをしないと置いていかれそうになる。
脚の…!長さが…っ!違うから!仕方ないんだけど…ッ!

「お、小澤…っ!ちょっと…速いっ…!」
「あ、ごめんごめん」
「いかんせん短足なんでねぇ。すいませんねぇー」
「に、西田君は身長がちょっとアレなだけで、比率的には脚は長いと思うんだけど…」
「そうかぁ?比較対象がないからわかんね………そうだよ比較対象がないじゃねーか!ファックッ!」
「そうだよねごめん!言ってから気付いたよ!私が悪かったよねごめん!」

学校で、このくらいの身長のヤツをあまり見かけないのだ。地味子先輩くらいだろうか。
…まぁ、小中学生になら幾らでもいるけどさ。小中学生と比較すること自体、なんだか虚しい。

「でも私にも追いつけないんじゃ、中曽根君と歩くときはもっと大変なんじゃない?私より脚長いわけだから」
「………言われてみりゃ確かにそうだよな。あれ、でも俺…全然意識したことない…?」

毎朝の登校を思い返す。
涼二が迎えに来て、家を出て、定位置である右隣りを並んで歩く。そこで歩調に違和感を感じたことがない。それって、つまり。

「中曽根君が合わせてくれてるんだね。そういうとこ鈍そうなのに、意外かも」
「あ、合わせてくれてる…のかな…?」

俺から申し出たわけでもないのに、歩調を合わせてくれている。
アイツが気にかけてくれてる、ってことか?何だよ、嬉しいぞ…。

「ア、アイツさぁ。最近また身長伸びて、そろそろ180になるかもって。そんだけ身長あって俺に合わせて歩くって、ちょっと大変だよな」
「大変だろうねー。それをさりげなく合わせてくれるなんて凄く優しいよ!やっぱり西田君のことが大事なんだって!」
「あ、はは…そうかな?そうだと、いいよな…」

下手に期待をしたら、この恋が実らなかった時のダメージが増大するだけだ。だというのに、小澤の言葉に妙な希望を持ってしまう。
ぽりぽりと掻いた頬は、しっかりと熱を持っていた。頬を撫でる空気がとても冷たいにも関わらず。

「ところでね。中曽根って…まだ童貞だったりする?」
「え、あ…そのはずだけど。俺の知る限りは」

アイツに好きな女がいるとは聞かない。いるのなら俺に報告があってもいい筈だ。…そんな報告があったらショックで寝込むかもしれないけど。
つまり、このまま放っておいたら国営に行くのも時間の問題ということ。アイツがバイトを始めたのも、元はと言えばそのためだ。
そりゃ、素人女よりもソープ嬢で筆おろしをしてくれた方がまだマシではある。政策と金の上での関係なのだから。
だけどもっと超超超身近なところで金を使わずにヤれる、(好みかどうかは別として)そこそこの女がいるということを理解してほしい。
そこに手を出してこないということはやっぱり、俺のことなんてどうとも思っていないのか…?

「アイツ、国営に行くって鼻息荒くしてたよ。…もう、あんまり猶予もないし」
「そっかー。そうすると、西田君にも猶予がないよね」
「…ん。そうだな」
「そうだなって、いいの?中曽根君の『初めての人』を他の人に取られちゃうんだよ?…これって普通は男の子が考えることだけど」

少し浮かれていた気持ちが一気に沈む。そんなことは言われるまでもない。
けど、踏み出す勇気も、その勇気を捻出するための時間も。その逆に、諦めるための時間も、何もかもがない。
女体化してすぐにこの気持ちに気付いて…いや、認めていたら、また違う状況だったのだろう。
典子の時だって手遅れだった。今も、手遅れになりつつある。そうならないように行動をしたいけれど、勇気も時間も以下略だ。

「…わかってるよ、そんなことは」
「確かに悩む時間は必要だよね。ただでさえ私たちは、普通の女の子にはないハンデを負ってるわけだし」
「そうだろだろ?だからどうしようも―――」
「だからね。そんな西田君には、この…」

苦虫を噛み潰したような顔で恨めしい目を向ける俺をスルーして、鞄をまさぐる。
アニメのキャラ物らしきキーホルダーが視界の端で揺れている。何故だか小澤の手元から目が離せず、
それがどんなキャラなのかはまるで分からない。

「魔法のアイテムを進呈しちゃいますっ!」

そんな軽いノリで彼女が取り出したのは、カラフルで小さなプラスチックケースだった。
この何の変哲もない、ともすれば100円ショップあたりで手に入りそうな代物。これのどこが魔法のアイテムだと言うのか?
そのケース…自称魔法のアイテムを、手を取られて半ば強引に握らされた。カラカラと、中に何かが入っているような手応えがある。
…どうやら中身が肝のようだ。

ぽかんと見上げた小澤の顔はいつもと同じ美少女で、その表情はいつもと同じ天真爛漫。しかしどこか、妖艶さを湛えているような気がした。

「出番が無いに越したことはないけど。お互い初めてだと『暴発もあり得る』し、どちらかが『強引にそうしちゃう』かも知れないしね。
 保険に持っておくといいよ」
「ちょ、ちょっと待て!何なんだよこれ!?」
「だから魔法のアイテムだってば。でも100%効果があるとは限らないから、使うのは自己責任でお願いね!私は大丈夫だったけど」

俺をからかうかのように遠回しな説明をしてくる。
その表情はやはり妙に艶っぽく、このケースの中身が、普通の女子高生が日常生活で必要とする物ではないことを予感させる。

…埒が明かない。中身を確認するしか。

「開けていいか?つーか開けるぞ」
「どーぞどーぞ。つまらない物ですが」
「つまらない魔法のアイテムって言われてもなぁ…」

ケースは難なく開いた。中には錠剤らしき物が鎮座していた。何だ、これ…。

「ヤバい薬…じゃないよな…?」
「そんなの持ってるわけないでしょ!ピルだよ」
「なんだピルか。………え?」
「ピルだよ?避妊薬の。あ、でもこれは『後ピル』ってヤツだから、緊急用ね」
「~~~っ!?!?」

動揺して手に持ったケースを危うく落としそうになり、お手玉状態から持ち直す。
…避妊に失敗しても妊娠を防げるという薬。小澤が魔法のアイテムと言ったのは言い得て妙かも知れない。
存在は知っているが、実物を目の当たりにするのは初めてだ。
違法薬物でも何でもないのに、とんでもない物を見てしまったような気がしてならない。

「…西田君って案外『うぶ』だよね」
「だってお前さぁぁぁ…!こんなの…!」
「本当は産婦人科で処方してもらった方がいいんだろうけど…ネットで買ったんだ、それ」
「そんなんで大丈夫なのかよ?割と重要なことだろ」
「にょたっ娘用に調整されてるタイプだから大丈夫だと思うよ。ネットでも高評価だったし、実際私も問題なかったし」
「へ、へぇー。そうっすか…」

小澤がこんなものを平然と持っているのが衝撃だ。彼女が「これを使わざるを得ないようなこと」をしたのかと思うと…その生々しさに頭がくらくらする。
こちらが恥ずかしくて小澤の顔を見れない。…その前に、小刻みに震える手に収まった薬から目が離せない。

「まずね、ピルって言っても種類があって…」

使用方法や副作用について、小澤の説明が講釈が始まる。使いどころがあるかは分からないが、一応ちゃんと聞いておいた方が良さそうだ。
曰く、子孫を残す能力に長けた…というより、そのために存在している女体化者には、普通のピルでは効き目が薄いんだそうな。
…事も無げに話す小澤は妙に大人っぽい。俺の知らない色んな領域に、コイツはとっくに足を踏み入れているのだ。
しかし俺の事を「うぶ」だと言ったが、割合で言ったら避妊薬の世話になる女子高生の方が珍しいんじゃないのか?俺が遅れてるだけ?

「飲むなら『行為後』72時間以内に。それも、出来るだけ早い方がいいみたい」
「行為後って…まだそういう展開になるかもわからんのだけど…」
「そんなこと言ってる猶予は無いんでしょ?この際だから言うけど、実は私も似たような境遇だったんだよ。
 ていうか、誕生日前の童貞君に恋した女の子は皆そうだと思うけど」
「でも結果的に、告白したから付き合えてるんだろ。その勇気が凄いよな。…俺にはとてもできねぇ。羨ましいな」
「…あのね。私ね、思うんだけど」

不意に今の小澤にしてはこれまた珍しい、抑揚のないトーンで呟く。
何かに苛ついたような声色。俺の何らかの発言が原因であることは明らかだろう。
何だ?何か気に障ることを言っただろうか?普段怒らないキャラだけに、今の小澤が少し怖い。
恐る恐る隣を見上げるが、視線は交わることはなかった。俺を見ることなく、じっと正面を見据えている。

「宝くじを買わない人が『宝くじ当たったらアレ買ってコレ買って』なんて妄想するのは、ちょっとどうかなって思うんだよね」
「…!」

飛び出したのは、何か言われるだろうと身構えた、そのキャパを超える言葉だった。
こんな時、何と表現すれば良いのか。頭をぶん殴られたような?心臓を締め付けられるような?…とにかく、そんな感じだった。
大した努力もしてないくせに、付き合いたい羨ましいなんて。そんなことばかり言ってる俺は甘いと。つまりそう言っている。
例え話にしたのは小澤の持つ優しさか。しかしそれでも、優しい小澤にこんなことを言われたことに少なからず動揺やショックを受けてしまう。

「西田君がいっぱい努力してるのはわかるし、青春って感じが凄くいいの。でも、逼迫してる時にするコトとしては…ちょっと甘くないかな?」
「…」
「言い方、キツくてホントにごめんね。でも、その人のことが本当に好きなら。普段は出せないような勇気が出るものだって、私は思うよ」
「そう、だな…」

小澤の言う通り、俺のしていたことは、もっとゆっくりと相手に好いてもらうための時間がある時でなければ意味がない。
俺は「もし付き合えたら」とか「もし結婚したら」とか、そんな妄想をしていた割には、手ぬるいアピールしかしていない。
一歩を踏み出す勇気がなくて、当たり障りのないラインをうろちょろしているだけ。それで『相手から寄ってくればラッキー』と思っている。
本気で危機感を感じるならば、勇気なんてもっともっと湧き出る筈なのに。
典子の時に散々後悔したじゃないか。あの時、うじうじしている間に全て手遅れになったじゃないか。
そして今だって、また手遅れになりかけてるじゃないか…!

「中曽根君が風俗でフデオロシするのを待って、その後でじっくり攻略するのなら止めないよ。でも、西田君はそれでいいの?」
「…いやだ」

素人女よりもソープ嬢で筆おろしをしてくれた方がまだマシではある。政策と金の上での関係なのだから。
…でもそれは、マシなだけで。嫌なことに変わりはなくて。
決心するんだ。結果がどうであれ、また後悔するくらいなら…この気持ちに賭けるんだ。
これまで事なかれ主義的に生きてきたけど。今、この人生最大の勇気を振り絞らなければ…二度とこんな機会はないかも知れないから。

「…うん。ちょっと勇気出たかも」
「もー。西田君は、うぶな上にヘタレなんだから」
「う、うるせぇっ!」

言いたいことは言い尽くしたらしい。既にいつもの彼女に戻っていた。飴と鞭のつもりか、頭を撫でてくる。

「もし失恋したら慰めてあげるから、私の胸に飛び込んでおいで!全裸で!」
「最後の一言が余分だよ!コイツが手芸部なの忘れてたよ!つーか彼氏いるくせにいいのかよ!」
「目一杯可愛がってあげるよ?彼は百合好きだから、むしろ喜んでくれると思うけどなぁ。…まぁ、ホントに応援してるんだよ。
 月並みだけど、上手く行くといいね」
「…ありがとな。さて、俺こっちだから。それじゃ」

大通りの交差点で今日はお別れ。
夕日で影を伸ばしながら去っていく小澤の背中を一目振り返り、喝を入れてくれたことに感謝する。

でも、ごめん小澤。小澤はきっと、俺が「告白する勇気が出た」と思ってる。
…違う。それは無理だ。
決心したのは、アイツに処女を奪ってもらうこと。矛盾しているようだが、決定的に違うことがある。

―――国営風俗に高い金を使うなんて勿体ない。親友のよしみだ、俺で我慢しとけ。なに、今まで世話になった礼だと思ってくれれば。

そういう展開に持ち込むんだ。
確かに好きだと伝えて、付き合えるのならそれに越したことはない。けど、もし失敗したら絶対に今までの関係ではいられない。
片想いをし続けて、相手もそれを知っていて、そんな状態で平然と接していられるものか。結局いつか疎遠になるのがオチじゃないか。
…だから伝えない。そんなリスクは負えない。アイツを失うくらいなら、俺はこの気持ちを隠し続ける道を選ぶ。

わかってる、最低な考えだってことは。でも、もうそれしかない。
片想いで終わってもいい。ただ性欲をぶつけられるだけの行為でもいい。そうだとしても後悔しない。
付き合うことが出来なくても、最初の一回をアイツに捧げたい。そしてアイツにとっても初めての女になりたい。
そうすれば、お互いの心と身体にお互いの存在を一生分、刻み込めるような気がするから。
そのチャンスを、風俗だろうとそうでなかろうと、他の女に渡してたまるものか。

もしも拒絶されたら?
…その時は土下座でも何でもしてやる。惨めだろうと構わない。それで忘れてもらって、また今までの関係に戻るんだ。
アイツは優しいから、何事もなかったことにしてくれる…と思う。『決定的に違うこと』というのは、これだ。
本当の気持ちを伝えてしまったら、こうはいかない。
卑怯な方法だし、ヘタレだってことも自覚してる。でも、そのくらい俺の人生においてアイツの存在は大きいから。

そうと決まれば、まずは…アレだろうか。
真っ直ぐ帰るつもりだったが、確かこの近くにはバス停があった筈だ。行ってみるか。母さんには一報入れておこう。

「…もしもし」
『うぃー。何だコラ』
「帰りちょっと遅くなる。夕飯の買い物してくるけど、別件の買い物もしなきゃならなくなった」
『満漢全席の材料か?』
「んなわけねーだろ!正気の沙汰じゃねぇぞ!」
『ふーん…ま、いいけどよ。アタシはアタシで冷蔵庫の中にある物で始めとくし』
「悪ぃ、なるべく早く帰るから。そんじゃ」

よし。決戦に挑むための装備を調達しに行くぞ。

バスに乗って辿り着いた先は、女体化した翌日に母さんと買い物に来たデパートだ。
初めて自分の、女物の衣類を手に入れた場所。今思えば、女としての西田忍が始まった場所と言えなくもない。
と言ってもそんな思い入れのある場所ではなく、日常的によく来る場所なわけだけど。

さて。
夕飯の買い物もここで済ませてしまうつもりだが、その前に…この店だ。
決まりがあるかは知らないが、暗黙の了解で実質男子禁制の体を成している、この店。
前を横切る男性客は意識的に目を向けないようにしているかのようで、足早に通り過ぎていく。
カラフルな色彩とは裏腹に、この店から男に向けて放たれるプレッシャーは半端なものではない。

女である俺には、堂々とこの店に入店する権利がある。…筈なのに入り口でたたらを踏んでしまうのは、女になりきれていないからだろうか。
今からたった一人でこの店に入るのかと思うと、全身から嫌な汗が噴き出してくる。
店内を覗くと、客は女子高生やら、女子大生風のお姉さん方やら、仕事帰りのOLやらばかり。
お一人様のOLはまだいい。問題は女子高生、女子大生だ。コイツらときたら、ツレとわいわい楽しげに商品を選んでいて、
可愛らしいかったり妖艶だったりする「それ」を広げ、見せ合い、身体に当てて合わせてみたり。

何と言うか、アレだ。初めて学校の女子更衣室に入った時の気分が蘇る。
女体化した翌日この店に来た時は平日の昼間だったからか、客は俺たちしかいなくて、まだ入りやすかったのに。
他の客がいるだけで、こうも雰囲気が変わってしまうものなのか。
こんな空間に足を踏み入れるのか?あまりにも俺は場違いすぎやしないか?

…そうだ。買い物なんてネットでもできるわけだし、無理してここで買わなくても。
……いや、ここで根性を見せないでどうする。この程度のことも出来ずに、この先に進めるものか。そのために用意する「物」なんだぞ。
………いやいや、別にネットで買ったって「物」は変わらないし、その勇気はいざという時のために温存しておいた方が…!

「いらっしゃいま…あら?どこかで…あぁ!お久しぶりです!今日はお姉さんと一緒じゃないんですね?」

そんな入り口でキョドっている俺を見かねてか、店員のお姉さんが近付いて来た。
あ、この人って…。

「どーも。ちなみにアレは姉じゃなくて母親ですけど」
「そうだったんですか?若いお母さんで羨ましいですねぇ。さて、今日はどうされました?」
「えっと…その。下着を買おうと思って…」

ここはあの日、初めての下着を買った、若い女向けのランジェリーショップ。
始まりの場所に戻った…などというと厨二病じみている気もするが、
「生活に必要な衣類を買いに来たあの日」と「とある目的のために来た今日」の心境を比べると、妙に感慨深くて困る。

幸いと言うべきかも知れない。あの時の店員さんが売場に出ており、しかも俺のことを覚えていた。
こちらの腰が完全に引けているのを見抜いてか、自然と店内に導いてくれる。今回も世話になろう。

「どういった物をお探しです?」

取り敢えず店内に入ったものの。
商品を手に取って見るでもわけでもなしに、落ち着きなくそこらを見渡していれば、そう声をかけるのは当然と言えば当然だろうけど。

…言わなければならないのか。俺が探しに来た物を。
そりゃあ、俺とてアテもなく来店したわけではない。漠然とだけど、こんなものが欲しいという希望もある。
けど、まさか俺が、この俺がこんな言葉を口にしなければならないのか。こんな、女みたいな言葉を…!

「あ、アレな感じの…」
「…アレと言われましても」
「うぐっ…か、かか、か…」
「か?」

顔から火が出るとはまさにこのことを指すのだろう。むしろ顔どころか全身からメラ〇ーマが噴き出しそうだ。
俺の中に残った男の部分が、言うんじゃないと全力で抵抗している。

でも、捩じ伏せるんだ。
涼二に気に入ってもらえるような下着を着けて、アイツを誘うんだから。このくらいのことで立ち止まっていられない。
言うんだよ、俺!

「か、可愛いヤツが、欲しくて…」

そうだよ。俺は可愛い下着が欲しいんだ。別に趣味が変わったとか、そういうわけじゃない。勝負下着とかいうヤツを買いに来たんだよ。
可愛い下着を武器に迫れば、もしかしたらアイツもその気になってくれるかも知れないから。そういう打算的な理由で。

「…」
「…」
「…ひょっとして。好きな男の子、できました?」

微妙な間を経た後、ひらめいたとばかりに店員さんが口にする。
…学校の連中ならともかく、この人に隠したって意味はないか。素直に、こくりと頷いておく。

「…何でわかったんすか?」
「ふふ。元男の子が一念発起して可愛い下着を買いに来る時は、好きな人ができたから…ってケース、結構多いんですよ?」
「考えることは皆同じかよ!」
「でも、いいですねぇ。何だかこっちまでワクワクしちゃいます!」
「はぁ…」

ワクワクする、か。
自分自身や友人の中だけでなく、完全な他人にそう言われるのは、この恋がこの世界で認められたかのようで。
恥ずかしくもあり、少し嬉しくもある。
先駆者たちの恋は実っただろうか。最初から実らせる気のない俺のような輩はどれだけいただろうか。きっと少数派だろうな。
テンションが上がっている店員さんには申し訳ないが、あまり純粋な恋とは言えないと思う。

「当店は可愛い下着の品揃えに自信がありますから。任せてください!」
「じゃあ、また適当にお願いします」
「そんなんじゃダメです!大好きな彼に喜んでもらうための物なのに、私が選んだら意味がありませんよ!」
「こ、声デカいっすよ!」
「あっ、ごめんなさい!私ばかり燃えてしまって…」

おい、そこのJKとJD。微笑ましいものを見る目で俺を見るんじゃねぇ。
あとOLは青春時代を思い出したかのような遠い目はやめろ!
ちくしょう、とにかく品定めだ。意地でもクソ可愛いヤツを見付けてやる。

「…むぅ」

一先ず周りを見渡してみるが、何がいいのやらさっぱり分からない。
心境は変わっても、この辺のセンスは全然あの日から進歩していないらしい。
目に入るどれもが可愛いと言えば可愛いような気もして、だからこそ選びようがないのだ。

…勢い任せに来るんじゃなくて、少しは勉強しておくべきだったか。
来る途中のバスの中、携帯で少し調べた限りでは、今時の勝負下着の人気色はピンク、次点で黒らしい。
可愛いくてガーリーな感じと言えばやはりピンクだろうが、流行に右習えというのも芸がないような気がする。
にょたいカフェで無理矢理着せられた悪夢の衣装を思い出すし。

かと言って、黒か…。
似合うのか?このちんちくりんボディに。胸だけはいっちょ前だけど。植村のような女なら似合うとは思うが…。

前に気になったのは…あった、アレだ。あの迷彩柄のヤツ。
でも可愛いのとは路線が違うし、「勝負」下着と言っても戦闘行為を行うわけでもないし。
だったらいっそ光学迷彩とか?いや、それこそ戦闘用だ。ぐぬぬ…!どうすりゃいいんだ…!

「お相手の好みは?」
「わかりませんね…」
「では僭越ながら、私からアドバイスを」

この体たらくを予想していたのか、頭がオーバーヒートする前に助け舟を出してくれる。
その顔は「これだから元男は世話が焼けるよ」とでも言いたげな苦笑い。
俺のように勢いだけで来てしまった元男が過去に何人もいたのかも知れない。顔も知らない誰かに、妙な親近感をおぼえる。

「助かります…」
「今からとても失礼なことを申し上げますが、お気を悪くされたらごめんなさい」
「どうぞ。ばっちこいですよ」
「よく、お子様扱いされません?」

それだけ真摯に考えてくれているということだろう。多少の無礼なんて構うものか。
…そう思っていたけど。
こ、このアマ…!人が気にしてることをぉぉぉぉッ!
くそッ、でも何か大事なアドバイスの筈なんだ!ええい、静れ!俺の怒りよ!

「…ッ!…ッッ!!」
「無言で地団駄踏むのはやめてください!…えー、ですから。そこからのギャップで攻めましょう。ずばり、エロ可愛い系で!」
「え、え、えろかわ…!?」
「はい。幸い、お胸はとても立派ですからセクシーな下着も意外とイケてしまう筈です。その『意外さ』が良いんです」
「…でも、身長とか」
「そこは可愛い系の色合いにしてみてはどうでしょう?形はセクシー、色はキュートな感じで」
「ふむ…なるほど」

となると、ある程度は絞られてくる。
店内さんは、それ以上のことは言ってこない。最後はあくまでも自分で選べということらしい。

形はセクシー、色はキュート。
悪く言えば「どっちつかず」だが、今回はあえて「美味しいトコどり」であると思いたい。
相手の好みから大きく逸脱してしまうリスクはかなり減るだろう。
清楚な白が好きだと言われたら詰みだが、今は自分自身と店員さんの感覚しか頼れるものがないのだ。

「分かりました。その線で探してみます」
「また何かありましたら、声をかけてくださいね」

つまらん恥らいは捨てろ。客観的に考えろ。そうすれば、きっと良い物が見つかるだろう。
さぁ、どれにしようか。

「…ただいま。座ってろ、後は俺がやるよ」

買い物を終えて帰宅した。
ハイボールをあおりながら夕飯の支度をしている母さんに声を掛け、テーブルに荷物を置く。

「遅かったな。つーか今更だけど、全部アタシがやってもいいんだぜ?女体化者は悪阻なんて無いに等しいんだから」
「いいって。ばあちゃんに手伝ってやれって言われてんだよ」
「チッ、ババァめ…余計なこと言いやがって。つーか、何かあったのか?妙に嬉しそうだけど」
「あ…いや、別に?」

危ねぇ。
自分でも気付かぬうちに、すっかり気分が高揚してしまっているようだ。
この気分は何だろうか?嬉しそうに見えたらしいが、嬉しいとはまた違う。
小澤にピルを見せられた時もそうだったが、イケナイ物を手に入れてしまったドキドキ感かも知れない。
何にせよアレを見られるのは非常にマズい。落ち着かなければ。

「…まぁいいか。シチューのルー、買ってきたか?アレがないとこれ以上進まねぇぞ」
「あぁ、それならその袋に―――」

袋を指差したところで気が付いた。
食品が入ったビニール袋の横に、下着の入ったランジェリーショップの袋も一緒にテーブルへ置いてしまってある。
その事実を認識すると同時に、背筋に冷たいものが走った。

一仕事終えたからって気を抜きすぎだ、何をやってんだ俺は!?ヤバい、アレを見られるわけには…!

「えーっと、あったあった。…お?この袋って、あの下着屋か?」
「ん。ちょっと友達と買い物行ってさ。付き合いで買っただけだよ」
「ふーん」
「そこだと邪魔になるな。ちょっと部屋に置いてくるわ」

我ながら完璧な演技をしつつ、「見る程の物ではない」ことをさりげなくアピールして冷静に袋を回収する。
最近こんな状況に陥ることが多いので、いい加減誤魔化すのにも慣れたのだ。
よし、このまま部屋に持ち帰って隠しておけば…

「…待ちな。アタシの母親センサーが何かに反応してやがるぜ」

踵を返して一旦台所を出ようとしたところだった。
がしり、と袋を掴まれた感触。鋼のように重くなった袋は1ミリも動かない。
今時使う人が少なくなったフリント式100円ライターの音と、セブンスターの香りが鼻をつく。

「はぁ?何言ってんだ?」
「いやなに、ちょっと気になっただけさ。最近の若ぇのがどんな下着を選ぶのか興味もあるし。ちょいとアタシに見せてみな」

じっとりと背中を伝う汗を感じながら、あくまで狼狽えた素振りを見せずに振り返る。
正面に捉えた女の表情は、「ちょっと気になった」などというレベルではない。新鮮な生贄を前にした悪魔の笑顔だ。
…俺のリカバリー行動に落ち度はなかったのに。思考を読まれた?またチートスキルか…!

「見せる程のもんじゃねぇよ。どうせそのうち洗濯だってするんだから、今じゃなくても」

「見せる程のものではない」のではなく、「とても親には見せられない」のが正解だ。素直に見せられるわけがない。
どうせコイツの出番は一度きり。それまでは封印しておいて、用が済んだら捨ててしまうつもりだった。だから、実は洗濯する機会などないのだ。
今だけこの言い訳で凌げば、後はどうにでもなる…!

「だったら今見たって同じことだろうがよ。それともアレか?とても親には見せられない感じのヤツか?」
「そ、そんなんじゃ…別に普通の…」
「そうかい。なら、忍ちゃんは良い子だもんねぇ。何を買ったのかママに見せてみよっかぁ~?」
「うるせーよバーーーカ!見せろって言われると見せたくなくなるお年頃なんだよ!」
「残念だったな!アタシは見せたくないって言われると見たくなるお年頃なんだよ!」

完膚なきまでにジリ貧だった。このまま押し切られるのは時間の問題だし、拒否すればするほど食い下がってくる相手だ。
袋に加わる力は更に強くなる。それに抵抗して、こちらも更に力を込める。もはや無言の争いだ。
しかし相手は大の男をもケンカで潰せる鬼女。女体化しても何故か筋力が落ちなかったという希少種。こちらの勝ち目は無いに等しい。
本来ならばとっくに奪われていてもおかしくないのに、未だにそうなっていないということは、遊ばれているのかも知れない。

何か、何かないのか…!?この状況を打破できる何か…!



「何か騒がしかったけど、どうしたの?親子喧嘩?」

背後のドアが開くと同時に、聞き慣れた優しい声がする。
…来た。この状況を覆せる存在が。この鬼女の数少ない泣きどころである、親父が来た…!
天は俺に味方したのだ。正義は勝つのだあああッ!

「あ、け、ケンカじゃねぇよ?いつもの親子のじゃれ合い的なアレさ。あはは…」
「そうなの?ならいいけどね。何だか揉めてるみたいだったから」

握り締めていた袋をパッと手放し、ひらひらと手を振って見せる母さん。それまでびくともしなかった袋が、急激に重さを失う。
…俺は体重をかけて袋を引っ張っていた。つまり、どうなるか。

「げっ!?どわああああ!!!」

…つまり、後ろにいる筈の親父に目掛けて体重が解き放たれるわけで。
人間としては大して重くないとは言え、数十キロはある物体が突然突っ込んでくるのだ。
俺もだが、親父にも怪我の一つくらいは覚悟してもらうしかない。
すまん、恨むならアンタの嫁を恨んでくれ。南無三…ッ!

「…!?危ない!」

どかっ、と肩に重い感触。そのまま尻餅をつくが、思ったよりも痛みはない。
一緒に尻餅をついた親父の手が俺の肩を支えていることに気が付いた。
そうか、受け止めてくれたんだ。まさか親父がこんな機敏な動きをするとは思わなかった。

「あいたた…忍、大丈夫?」
「あっはっは!アンタにしちゃあ上出来だなぁ!」
「あ、あぁ…助かったよ。クソが、これも全てあの女が悪…って、うわあああああッ!」

くらくらする頭を押さえながら顔を上げると、勝ち誇ったような顔をした母さんが。
そしてその手に持って、これ見よがしにぶらぶらさせている物。

「お、お、俺のブラとパンツ…!?んな、なななな…!」
「お前がすっ飛んだ時に袋の中から飛び出したんだ。心優しいアタシが、汚れねぇように床に落ちる前にキャッチしてやったんだ。感謝しろよ」
「…下着?眼鏡落としちゃったな、全然見えないよ」
「見なくていいだろ、娘の下着なんざ。まじまじと見たら嫌われるぜ?ほら、眼鏡はここだ。アンタはあっち行ってな、飯できたら呼ぶからよ」
「あはは、それもそうか。男は肩身が狭いね、退散しますか」

眼鏡を失った状態の、ド近眼の親父にはぼんやりとしか見えていないらしい。
母さんが手渡した眼鏡をかけると、そそくさと退散していった。
この間、あまりのショックで声が出せずにいる俺。
いくら目を見開いて見ても、母さんが手にしているのは紛うことなく先程買った筈の…勝負下着。

結局、形だけでなく色も美味しいトコどりとばかりに、ピンクと黒を両方取り入れることにした。
ブラ、ショーツともに全体的にはピンクだが、周りを黒いレースで縁取ってある。
なので甘くなりすぎず、そこはかとなく大人な雰囲気が漂う逸品だ。
やはりピンクには抵抗があったものの、最近は男物でもピンクが増えてきていると言うし、変なイメージは捨てることにした。
客観的に見て似合うと判断したまでだ。そして…

「さて、なかなか可愛い色にしたなぁ?アタシも嫌いじゃないぜ、こういうの。でもTバックなんてガキのくせに生意気…って、
 何だこりゃ!?ひもパンじゃねーか!?」
「ぎゃああああああああ!返せえええええええええええッ!!」
「Tバックは…まぁ普段履きでもおかしくはねぇが…ひもパンってお前…」
「お、俺の人としての尊厳をッ!これ以上踏みにじるなあああッ!」

そう。
ゴムではなく、細い紐を腰の横で結ぶタイプのショーツ。
俺も実物を目の当たりにするのは初めてだった。しかしその強烈なインパクトは、ひもパン以外の選択肢を全て奪い去るのに十分すぎた。
普段履きには使い辛いですよ…という店員さんの忠告も逆に気に入った。
勝負を仕掛けるのだから、日常的に使えるような生温い物ではいけない。
実用性がオミットされ、限定的な使い方しか出来ないコイツこそが、勝負下着にふさわしい…と。そう思ってしまったのだ。
ちょっと可愛いくらいの下着なら、まだ見せても良かった。しかし、ひもパンなど親に見せられるわけがないのだ。
だから頑なに拒んでいたというのに。

「ふむ。…するってぇとアレか。勝負パンツか、コイツは。涼二君はこういうの好きなのかね?」
「ち、違っ…!わけのわからんことを言うんじゃ―――」
「なんならアタシの下着貸してやるのに。ひもパンは流石にねぇけど」
「いらねえええよ!母親の下着とか誰得だよ!!?」

母さんは「こりゃ面白いもん見つけた」とばかりに、俺をからかいながら下着を見ていた。
しかしふと、俺と目が合ったタイミング。一瞬フリーズしたかのように静止して、再び動き出した時にはその顔からふざけた笑みは消えていた。
醒めたような、射抜くような、探るような、何とも言えない目でこちらを見ている。

「…?おかしいな。お前、良くねぇ目をしてやがる」
「何を…」
「ろくでもねぇこと考えてるような、そんな目だぜ。そいつは」
「…」
「…ま、いいさ。後悔のねぇようにやりゃあいい」

煙草を揉み消し、飲み干したハイボールの缶をぐしゃりと握り潰して、下着をこちらに渡しながら少し寂しそうに言う。

見抜かれてるな、きっと。勝負下着なんて買ったくせに、最初から勝負を投げていることを。
先程の発言からして、俺が涼二に惚れたことにも気が付いているだろう。
けど世の中、アンタら夫婦のように結ばれる幼馴染ばかりじゃないんだ。
…後悔なんてしないよ。むしろ後悔しないために、俺はこの選択をしたんだから。

「さぁ飯の支度だオラァ!さっさと終わらせるぞ!」
「いてっ!自分でやるって言ったくせに!?」
「気が変わった!みっちりしごいてやる!」

握り潰した缶をゴミ箱へ華麗にぶち込むと、ガシャンと甲高い音がした。
その音を合図にいつもの調子に戻って、俺の尻に膝蹴りをかましてシンクに向かわせる。

しみったれた話はもう終わりだ。美味い飯を作って、食って、風呂に入って寝るんだ。
それで、料理に「母親の手伝い」以上の意義を見出だすのも、もう終わりにしよう。これからは、それ以上でも以下でもなくなるんだから。
…そう考えたら、何故だか胸が痛むけど。気のせいだって、思っておこう。

「―――良いもんだぜ。惚れた男と一緒になるってのはよ」

手を洗うために流した水の音に紛れて、母さんの呟く声が聞こえたような気がした。

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最終更新:2012年12月07日 01:15
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