無題 2013 > 08 > 10 ◆fJTEST3ltw

喫茶店を出て全力疾走し始めてから15分ほど経ち、ようやく図書館が見えてきた。

身体中から汗が吹き出る。
さすがに全力疾走したのは失敗だった。この炎天下の中、全力疾走するなんて命知らずもいいとこだ。

図書館に入ると、そこは喫茶店と同じように冷房が効いていてひんやりと涼しかった。身体の汗が引いていくのが感じられた。
数分もすると汗がほぼ完全にひいた。

さて、そろそろ本を探さないとな。
今の時間は五時半。入口の看板によると今日は八時まで開いているらしい。時間はたっぷりあるが、特にゆっくりしていく必要もない。ギリギリまで本を読んで、読みきれなかった分は借りることにしよう。

図書館付属のパソコンで『女体化』と検索をするといくつか候補がでてきた。
本の場所へ向かい、適当な本に手をかけようとすると、傍から手が伸びてきた。細くて白い指だった。

なんとなくだが、その指に見覚えがあるような気がした。
まるで二、三日に一度は見ているかのような感じだった。
まさかと思い、ちらりと手が伸びてきた方向を見ると、

「先輩…………!?」
「リョウくん…………!?」

「先輩、何でここに……?」

「それはこっちが…………ってここだとなんだし、話すなら一回でようか」

気がつくと周りの人がこちらを見ている。
机に座って勉強している人たちに至っては迷惑そうな顔でこちらを睨みつけていた。

一先ず、俺と先輩は本から手を離し図書館を出た。
本は話が終わってから借りればいい。女体化なんかについて調べるのは自由研究で女体化について調べる子供か女体化した本人くらいだろうから借りられる心配もないはずだ。

それはそうとしてかなり気まずい。シフトの都合でどうせ明日には顔を合わせることになるのだが、何となく気まずい。
いや、気まずいのはおそらく先輩だって同じだ。というより、立場的には先輩の方が重いはずだ。そもそも告白したのはこちらなのだ。それならば自分の方から話しかけて相手にも話しやすくさせるのが礼儀というものだろう。

「先輩も図書館に来てたんですね」

「そーそー。まさかリョウくんも来てて、同じ本を取ろうとするとはね」

昨日のことなどなかったかのようにあっけらかんと話す先輩。
先輩はセーラー服を着ていた。おそらく、俺と同じように講習でもあったのだろう。
こんな様子を見ていると、昨日のことが夢のように思えてくる。
「女体化の本を探してたってことは……まさか私に関係ある?」

どうやら俺はそうとうわかりやすい性格をしているらしい。

「えっ、あ、まぁ、そんな感じです」

「じゃあうちにきて話でもする?ここから歩いて数分だし、私も色々と話したいことあるしね。」

胸がドキッとする。
昨日の今日でそんなことになるとは思ってもいなかった。
当然行かないわけにはいかない。
先輩に直接聞けば、俺の調べたいことはそれで終わりなのだ。それに先輩が俺に聞きたいことというのも気になる。

だが、それよりも気になることがある。
普通、昨日フった男をわざわざ家に呼ぶだろうか?
先輩がいくらサッパリした性格とはいえ、限度というものがある。
いくら仲がいいとはいえ仮にも男と女だ。間違いがおこらないという保証はない。
まあ、先輩はそれくらい俺を信頼してくるとしてくれてるのかもしれない。
単にガサツなだけかもしれないが。

「行きます。今からですよね」

「うん。じゃあ本借りてくるけど、リョウくんはどうする?何か借りる?」

とりあえず女体化についての本を1冊借りることにした。これを読んでおくことでいつか先輩の力になれるかもしれない。可能性は限りなく低いだろうが、それでもできることはしておきたい。


それから俺と先輩は歩いて先輩の家まで向かった。先輩の言ったとおり、本当に数分で着いた。

「おじゃまします」

「あー別にいいよ。うち親二人とも働いてるし、一人っ子だし。私お茶でも持ってくるから先に私の部屋いってて。二階に行って、目の前の部屋だから」

本当に大丈夫なのだろうかこの人は。おれだけにしかこんなことしないというのならそれはそれで嬉しいが。
俺は先輩の部屋のドアをあけた。
部屋の中は男子の部屋といっても差し支えがなかった。
ゲームや漫画があり、少し散らかっている。ぬいぐるみなど、女の子らしさを象徴するような物は一つもない。
だが、ほのかに女の子らしい匂いがした。

「おまたせー。お茶ここにおいとくね」

「先輩、先輩は男が好きなんですか?それとも女の人が好きなんですか?」

「うっ……すごい豪速球ストレートで聞いてくるね…………」

ヤバイ。いきなりすぎた。明らかに困っている。ワンクッションおいたり、先輩の話を先に聞いた方が良かったかもしれないと後悔し始めてきた。

「しかもそれ、私が話したかったことおんなじことなんだよねぇ」

「え?それってどういう……」

「なんていえばいいんだろな。私さ、女体化して微妙に考え方とか変わってきてるんだよね。好きな食べ物とかも少し変わったし。それで、最近になって自分が男を好きなのか、女を好きなのかわかんなくなってきた……っていうよりは男も好きになれるかもしれないって言った方がいいかも」

「つまり、バイになりかけてるかもしれないけど自分ではよくわからない……ってことですか?」

「あ、そうそう。それ。もしかしたら女は恋愛対象外になるかもしれないけどね。ちなみに私が図書館にいたのもそういうこと。告白されちゃったわけだし、なんか女体化者の考え方の変化についてないかなーって。あ、それと話しそれるけどリョウくんのことは好きだよ?それが友達としてなのか、恋愛の対象としてなのがわからないってだけで」


つまり、俺の質問に対する答えはどちらでもないということだ。
とりあえずフられた、というわけではなかったらしい。

「っていうわけで、申し訳ないけど返事はしばらく保留にさせてもらえないかな」

「俺は構いませんよ。ただ……できれば2月、遅くても3月までは返事をもらいたいですね」

俺の誕生日はまでには返事をもらいたい。仮にOKをもらえても女体化して先輩と付き合えないなんてことは避けたい。それに、そうでなくてもできれば女体化はしたくない。
「え?いいけど……なんかあるの?」

言葉に詰まる。正直に言うべきなのか。自分がワクチンに耐性があり、3月の誕生日、つまり16歳になると同時に女体化してしまうことを。
ええい、言ってしまえ。どうせ付き合ったらいつかは言わなければならないことなんだ。

「今まで黙ってましたけど俺、誕生日、つまり3月に女体化するかもしれません」

「本気で言ってる?それ…………」

先輩の顔から明るさが消えた。どことなく悲しそうな顔をしている気がする。女体化した人がどんな苦労をしているのか、俺は本やテレビの中でしか知らない。実際はテレビで見るよりも相当キツイはずだ。いつも明るい先輩の表情が暗くなるくらいには。

「リョウくん…………もし、もしだよ?1月くらいまでにアテがなかったらさ、私でよかったら……」

「先輩!!」

先輩の言葉を遮って叫んだ。これ以上聞きたくない。悲しそうな先輩は見たくない。そんなことはさせたくない。女体化するのは嫌だが、こんな先輩を見ているのはもっと嫌だ。

「遊園地行きましょう!来週!それで決めてください!」

「……へ?いきなりなにを……」

「それで俺と付き合うかフるか決めてください!フるならキッパリ諦めます!自分で今年中に彼女を見つけます!」

自分でも無茶苦茶だと思う。
急に遊園地に行くことも、それだけで決めろということも。
そもそもさっき3月までは待つと言ったのは自分だ。
先輩はキョトンとしている。

「…………う、うん。ゴメンね。私どうかしてた。気使ってくれたんだよね?ありがと」

完全に勢いで言ったのだが結果オーライといったところか。
少しだけ沈黙が流れた。

時計を見ると、すでに七時になっていた。

「あっ、こんな時間だし俺そろそろ帰ります。遊園地のことは、メールやバイトの帰りにでも」

「おっけー。さっきは本当にごめんね。」

「気にしないでください。あ、じゃあ夜にでも一度メールします」



外を出てから携帯を開くと、メールが一件きていた。山内からだ。

『さっきは悪く言い過ぎた。すまんかった。多分、俺には一生理解できんことだろうがなんかあったら相談してくれ
まあもっかいアタックしてこいよ』

文末には拳を前に突き出したマークがあった。ガンバレということか。
俺は山内にありがとう、とだけ送り携帯をポケットにしまった。

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最終更新:2014年04月19日 14:59
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