無題 2013 > 09 > 15 ◆fJTEST3ltw

あれから一週間が経った。

先輩と約束した、正確には俺からほぼ一方的に取り付けた約束の遊園地の日は明日となっている。
お互いのシフトの予定を考慮した結果だ。
バイトでしょっちゅう話すためかあの日から気まずくなるといったこともなく、今のところ先輩との関係も変わりなく、バイトのシフトが重なったときは以前と同じように一緒に帰ったりもしている。

ついでに、以前山内に相談した時に先輩の女体化についても話してしまったことについても謝っておいた。
そのことに対する返事は「そうなの?別に気にすることじゃないしいいよー」とのことだ。
こっぴどく怒られると思っていで拍子抜けだった。

ただ、明日で決まる。先輩とは以前のような先輩と後輩の延長線上の友達のままか、恋人となるのか。



俺は先輩が好きだ。付き合いたい。ただ、それはあくまでも俺の願望だ。明日、先輩に断られれば先輩に言ったようにキッパリと諦めてちがう人を探す。

まあ、半年以上もあるんだ。見つかるだろう。
最悪、補導覚悟で風俗にでも行くか。失敗した場合、ヘタすれば退学というリスクがあるが。
少なくとも先輩に頼むつもりだけはない。
先輩のあんな顔を見るのは二度とゴメンだし、先輩には自分の意志でそういうことをしてほしい。

仮にフられたとしても、俺は一人の友人として先輩といることができればそれでいい。
それでも一番嬉しいのは先輩と付き合えることなのだが。
とにかく俺は明日先輩を楽しませ、自分も楽しむ。それだけだ。
そんな決心を胸に俺はいつもの通学路を歩いていた。それにしても暑い。朝だというのに。だが一週間あまりあった講習も今日で終わりだ。加えて明日は先輩と遊園地。よく言えばデートだ。
山内じゃないがテンションが上がらないわけがない。

「ようリョウ!今日で講習終わりだぜ!」

ふいにバチンと背中を叩かれる。この声、背中の叩き方、場合によってはウザイと感じるこのハイテンション。間違いない。こんなことをするのは俺の知ってる限りでは一人しかいない。噂をすればやってくるとはまさにこのことだろうか。

「よお山内」

「ん?何ニヤけてんだお前。さては先輩とイイコトでもあったか?んん?どうなんだ?」

慌ててそっぽを向く。
もしや今までずっとニヤけて歩いていたのだろうか。だとしたらかなり恥ずかしいぞ。

ちゃんと自分の顔が真顔になっていることを確認し、俺は山内の方を向いた。

「ああ、そういやこれ言ってなかったよな。色々あって明日は先輩と遊園地行くことになってんだ。なんやかんやで山内のおかげだよ。サンキュ」

「はぁ!?」

山内が素っ頓狂な声をあげる。

「ちょ、ちょちょちょちょっと待て。たしかお前がフられてそん次の日に俺に相談して、そんでもって俺が………………」

ブツブツと自分の記憶を確かめ始める山内。

俺はあの日先輩の家から帰る途中にメールを返信してから山内とは殆ど話していなかった。

意図的に話そうとしなかったわけじゃない。
ただ、山内は講習中は基本的に学校に来るなり寝ていたし、俺も無理には起こさなかった。そして講習が終わればいつの間にかいなくなっている。こうやって通学途中に会うのもあの時以来だ。

それに数日間、俺の頭の中は先輩のことでいっぱいいっぱいだったのだ。そして俺も山内にはそのうちでいいや、と思っていたのだ。
「一週間だぞ!フられてから一週間!テメェ、一体どんな手で先輩をオトしたぁ!?俺なんて今の彼女と付き合うのに何ヶ月かかったと思ってんだぁ!?」

「いや、まあ…………色々あったんだよ。色々。つーかまだ付き合ってないからな。先輩曰く、俺への気持ちが友達としてなのか恋愛感情としてなのかわからないんだってさ。まあそれから色々あって、明日遊園地の帰りに先輩に告白の返事をもらうってことになってる」

山内にはお世話になったとはいえ、あのやり取りを全部話す訳にはいかない。これ以上聞かれたら適当に誤魔化そう。

「ああ、そういうことか。…………なんつーか一週間の間に色々あったんだな…………お前ら。くそっ」

山内が恨めしそうにこちらを見つめる。
実際は図書館に行ったところから遊園地に誘うまで全て同じ日なのだがあえて訂正しない。ややこしくなるだけだ。

「よし、そんなお前にプレゼントだ」

山内から箱の形をしたものを押し付けられる。
パッケージには『うすい』だとか「あんぜん』なんて言葉がのっている。

「箱で買ってきたんだ。避妊、ちゃんとするんだぞ」

山内がサムズアップをしてきた。その親指へし折ってやろうか。
そうだった、こいつはこういうやつだった。忘れていた。俺が相談した時が異常だったんだ。
腹パンしたくなる衝動にかられるが我慢だ。我慢。色々とこいつのおかげなんだし。

「まあ……ありがとな」

つい言葉がこぼれる。
よく考えれば本当に山内のおかげだ。明日の展開によっては俺と先発のキューピットになるかもしれない。言い方は気持ち悪いが。


「え?なに?これ使うの?」


気がつくと山内の腹に拳がめり込ませていた。
これは事故だ。うん、事故。イラついたとかそんな理由じゃ断じてない。そう思うことにした。
感謝してるんだけどなあ……相談の時とかメールの時みたいにいい話で終わらせろよ……
翌日、俺は駅で先輩を待っていた。
午前九時十五分。予定より十五分早くついてしまった。

家にいても落ち着かないので早めに家をでたのだが落ち着かない。
結局家で時間を潰すのと何も変わらない。

駅内の壁に寄りかかった瞬間、横から声が聞こえてきた。

「やっほ。なんかリョウくん随分早くきてるみたいだけど……もしや私遅刻した?」

「おはようございます。そんなことないですよ。ただ、俺が早くきすぎただけです」

先輩が来た。よく二人でゲーセンに行ってた時とそんなに変わらない格好だ。

特に縛ってるわけでもない肩くらいまでの髪、Tシャツ、よく女性が肩にかけているトートバッグなどは持っていない。おそらく俺と同じようにポケットに財布とケータイが入っているのだろう。
靴もスニーカーで、首や耳にネックレスやイヤリングの類もまったくつけていないし、化粧もしていない。まあ化粧をする必要のないくらい整った顔立ちというのもあるかもしれないが。

ただ、一つだけいつもと違う箇所がある。

「あれ、先輩が制服以外でスカートはいてるの初めてみた気がするんですが」

土日にバイトがあった日は大抵先輩とゲーセンによってから帰っているのだが、いつも先輩はズボンを穿いている。
たしか、『なんとなく不安になる』だとか『イマイチなれない』とかなんとか言っていたはずだ。
それが今日は膝くらいまでのスカートをはいている。


「あー、ほら、一応デート……なわけだしさ、スカートくらい穿いてきたほうがいいかなーって思って。あ、一応いうけど中に短パンはいてるから変なことは期待しないでね」

最後のは照れ隠しなんだろうか。心なしか先輩の顔が少し赤くなっている気がする。

ちなみに俺はほぼいつも通りの服装だ。ワックスをつけてるわけでもなければ、特別オシャレしてきたわけでもない。強いていえばお気に入りのシャツとジーパンを着てきたくらいだ。

「ちょうど予定より電車一本早いやつのれるみたいだしそれ乗っちゃうか」

そう言うなり先輩は切符を買いにさっさと歩いて行ってしまった。
電車から降り、ホームから出るとカラッとした暑さが身を包んだ。
ここから遊園地までは徒歩で15分程だ。

「先輩」

話を切り出す。女体化について話したいことがあったのだがなんとなく電車内では躊躇われたし、先輩も人の多いとこでそんな話はしたくなかっただろう。

「借りた本読みました?」

「ああ、女体化の?読んだよ。結構ためになった、って感じ。知らないこととか色々あったし。そっちは?」

「そこそこですね」

俺の借りた本には教科書にものってるような女体化の基礎知識から、その後の過ごし方まで浅く広く乗っていた。
だが、周りの環境への影響の部分はどうもあてにならなかった。
『女体化した人を差別してはいけません』なんてどの口が言えたものか。
小学生の学級目標じゃあるまいし。


「そうそう、本に書いてあったけど性格とか好みが変わるのもほんの少しなんだってさ。これで一安心って感じ」

小さく笑いながら先輩が話す。

「そういえば前に微妙に性格が変わったって言ってましたけどその前はどんな感じだったんですか?」

「んー、本当に微妙だからなあ…………前より少しおとなしくなったのと、当然だけど力とかが弱くなったくらいかな」」

これでも先輩は結構騒がしい方だと思うのだが。前はどのようだったのだろうか。
まあこれ以上考えても無駄だ。そう思い想像を断ち切ることにした。
「男の時は結構力あったんだけどなぁ。中学の時は陸上部だったし。」

そういえばそんな話を以前聞いた気がする。バイトがしたくて高校で部活には入らなかったとか言ってたっけ。

「まあ今でも普通の女の人よりはそこそこ強いと思うけど」


誰かと話しながら歩いていると時間は案外早くすぎるものだ。それが友人や好きな人なら尚更だ。
案外早く遊園地に到着した。時間は十時十分。予定よりもやや早いが特に問題はない。

チケットを買い、入り口に足を踏み入れる。

中は思ったより人が少なかった。
そのほとんどが家族連れかカップルで来ている。
まあまだ午前中だ。
おそらくこれからどんどん増えるのだろう。

「そういや私も言い忘れたことがあったんだけどさ」

「何ですか?」

「私、遊園地来たの初めてだわ」

「まじですか」

てっきり小学生のころに一回くらいは親と来たことがあると思っていたのだが。

「まじ。大まじ。大体何があるのかくらいは知ってるんだけどさ。ていうわけで、案内頼むよリョウくん!」

バシンと背中を叩かれる。
なんかよく背中を叩かれている気がするが気にしないでおこう。
俺もここにくるのは小学生以来なんだが今更そんなこといってられない。
記憶を頼りに何が空いていたか、面白かったかかを思い出してみる。

「じゃあとりあえずジェットコースターのとこに並びましょう。待ってる時間で今日のプランも決めれるでしょうし」
まずは定番ともいえるジェットコースターだしかない。
定番なのかは知らないが、個人的にはこれとお化け屋敷と観覧車は遊園地の三大アトラクションだと信じている。


「おっけー。ジェットコースターは…………あっちだね」
先輩はそう言うと俺の手をひいて楽しそうに走り出した。





アトラクションの順番まで話したりしながら待ち、順番が来たら乗る。そして次のアトラクションへ行く。

その繰り返しだったがやはり楽しかった。
先輩も楽しそうで何よりだ。特にジェットコースターに乗った時が一番はしゃいでいた。
多分、もう少し童顔で背が低かったら小学生に混じっていても違和感がないくらいのテンションだった。

めぼしいアトラクションを体験し終わった頃にはすでに日が暮れかけていた。昼頃には増えていた客も少なくなってきていた。

「どうします?そろそろ帰りましょうか?」

「んー、そだね。そろそろ帰ろっか」

「じゃあその前にトイレ行って来ます」

そういえば遊園地に来てから一回もトイレに行っていない。今まで行きたくならなかったのは緊張でもしていたのだろうか。

「いってらー。じゃあ私は近くのベンチに座ってるね」
用を足し、トイレから出ると俺は辺りを見回した。
先輩が言っていたベンチはどこだろうか。

すぐに見つかった。先輩発見。が、何かおかしい。誰かと話しているのだが、少なくとも楽しくて喋ってるという感じではない。というより、どう見てもイラついている。

先輩と話しているのは男二人。
あの二人が誰なのかはおいといて、とりあえず先輩を呼んでみることにした。

「せんぱーい!帰りましょう!」

その声を聞いた瞬間、先輩はこっちを向き弾丸の如く走って来た。
そして、あろうことか俺の腕に抱きついてきた。先輩の胸が腕に当たっている。

「いやーわるいねー。ほら、こういうわけでさ、私この人がいるから。それじゃ」

「いいじゃねえかよ。そんな奴ほっといてさぁ、俺らともうちょっと色々見に行こうぜ」

何となくだが状況が読めてきた。おそらく、先輩はこの男たちにナンパでもされたのだろう。そこで断ったのだが、男たちはしつこかった。そんな時ちょうど俺がトイレから戻ってきたので先輩はそれを利用してこいつらを撒こうとしている。といったところだろうか。
とりあえずここは従っておこう。

それよりも、近くにきてわかったのだが何といえばいいのだろうか。
チャラい。ヘラヘラしてる。
あの二人を表すならこの二つで十分な気がした。それぞれ金髪や茶髪に染めていて、ピアスやネックレスをつけている。ほとんど着飾ったりしない俺や先輩とは対象的だ。

それに、なんとなくだがかなりしつこそうだ。先輩もそれを察しているのか無理矢理逃げようとはしない。俺も同じ気持ちだ。できればこいつらにキッパリと諦めさせてトラブル無く帰りたい。

「とにかく、先輩はお前らに興味なんかないの。さっさと帰れ」

そう言うと、男どもはわざとらしく舌打ちをし、こっちに近づいてきた。
今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。とても話し合いで解決できるような展開じゃない。
先輩をつれて逃げよう。暴力沙汰になるのはごめんだ。
そう決心した瞬間だった。

「そもそもさぁ、私が元男だってこと知っててナンパしてんの?」

「せ、先輩……!?」
先輩は男どもに学生証を見せている。学生証にはその高校名や生徒の氏名などが書かれている。
当然、性別もだ。
たしか、女体化した場合こういう身分証明書での性別表示は普通とは違う書かれ方になるはずだ。そんなことを授業で聞いた気がする。

「っ………………!」

男たちの表情が一気に変わった。

怒りのせいなのか、顔がみるみる紅潮していく。

「っざけんじゃねえぞ!気持ちわりいんだよ!このホモ野郎が!!近づくんじゃねえ!!」

その他にも、男たちは早口でに思いつく限りの罵詈雑言を俺たちに浴びせた。
完全に言い終え、男たちは顔を真っ赤にしてその場から立ち去ろうとしている。

たしかにこの場は収まったかもしれない。ただ、これで本当に良かったのだろうか。

「せんぱ………………」

泣きそうな顔をしていた。
よく笑顔を見せていた先輩の目には涙がたまり、いまにも零れ落ちそうになっている。
先輩の拳は痛いくらいに強く握られていた。

「おい!まてよ!」

身体が勝手に動いていた。
後ろから先輩の声が聞こえる。俺を止めようとしているのだろう。だが、これだけは譲れない。どうしてもだ。

「お前ら、先輩に謝ってけよ!」

「あぁ!?なんでんなこと…………」

どうせまた口汚く罵るのだろう。
言い終わる前に顔面を殴り飛ばしてやった。
茶髪はそのまま地面に倒れ伏した。

「意味わかんねーんだよ!なんなんだよお前!」

自分でも何をやってるんだろうな、とは思う。
本当なら、泣いてまでこの場を収めようとした先輩の意思を尊重するべきだったんだろう。
それで帰る途中に先輩を励ましたり、愚痴でも言い合えばよかったはずだ。
きっとあとで先輩にも怒られる。
でも許せなかった。先輩を罵ったことが。先輩を泣かせたことが。

金髪の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとした。だがその瞬間、身体に強い衝撃が走った。

「ぐっ…………」

みぞおちを殴られたらしい。呼吸ができない。
たがそれでも離すわけにはいかない。どうしても引き下がるわけにはいかないんだ。

お返しとばかりに金髪の顔面に一発おみまいしてやるが腕に力が入らない。みぞおちをやられたのがかなり効いている。

直後、今度は局部に強い衝撃が走った。同時に局部鋭い痛みが、下腹部に鈍い痛みが走る。声すら出ない。どうやら蹴られたらしい。
手から力が抜け、その場に座り込んだ。とても立ってられない。

が、少し遅れて金髪も座り込む。その顔は苦痛に満ちていた。
俺と同じく痛みで声も出せないようだ。
ふと見上げると、先輩が立っていた。まさか先輩がこいつの股間を蹴ったのか?


「立てる?とりあえず出るよ!」

そう言うと先輩は俺の手をとり走り出した。
気がつけば、周りにはいくらか野次馬がいた。
一応、呼吸は大分楽になってきてはいたが走るのは少し辛い。
だが先輩はそんなこともお構い無しに走っていく。
そしてあっという間に出口までつき、さっさと抜けてしまった。






「いやー。危なかった危なかった。でさ、だ、大丈夫…………?アレ。まあ私も金髪の人の蹴ったし言えたことじゃないけど……」

先輩が恐る恐る聞いてくる。というよりやっぱ先輩も股間蹴ったのか。元男とだけあって男の弱点は知り尽くしているということか。


俺たちは遊園地を出たあと、近くの公園のベンチに座っていた。お互いに話すことは山ほどある。

「多分……痛みも大分収まりましたし…………」

「で、なんであんなことしたの?せっかく私が場を丸く収めようとしたのに。そもそもあんなこと言われたのなんて初めてじゃないんだし…………」

唐突に話しを変えられた。だが、それに対する俺の答えは一つだ。

「…………先輩、あの時泣いてたじゃないですか」

泣いていた。少なくとも、俺にとってそれは怒るのに十分すぎる理由だった。

「…………ばれちゃったか。隠してたつもりだったんだけどな。やっぱりキツいんだよね。ああいうこと、言われるの」

「……………………」

なんと言えばいいのだろうか。
先輩にかける言葉が見つかない。

「庇ってくれたこと、ありがとう。本当に嬉しかった」

いつものように先輩は微笑んだ。
その頬は夕焼けのせいなのかわからないが少し赤みがかっていた。

そ、それとなんだけど……これからも…………ずっと一緒にいてああいうことがあったりしたらさ、その…………守って欲しいんだけど…………どうかな」

それは別に構わない。というか、むしろこっちからお願いしたいくらいなのだが何かが引っかかる。
『ずっと一緒にいて』というのはまさか…………

「先輩、まさか今のって……」

「う、うん。リョウくんの告白の返事…………だ、ダメ?」

そんなの決まりきっている。

「ダメなわけがないです。大好きですよ。これからもよろしくお願いします。先輩」

俺は先輩を静かに、強く抱きしめた。
これからも先輩を守り続けるように。

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最終更新:2014年04月19日 15:00
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