「某スレ投下分:前半」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

某スレ投下分:前半」(2007/08/13 (月) 12:32:51) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

けたたましい目覚ましの音で目が覚めた。 外から入ってくる冬の冷えた空気と低い太陽の暖かい光でボーっとしていると、二つ目の目覚ましが鳴り出した。 そうだ。一つでは二度寝するからって5分後になるように先週買ったんだっけ。僕…いや、『私』はのそのそベッドから身を出し、手早く顔を洗いに行く。 …鏡の中に移る『私』は何度見ても違和感を感じる。女の子みたいな長い髪、長いまつ毛、顔立ちに肩幅。いや、みたい、ではなくもう『私』は女の子なんだ… 部屋に帰り、パジャマを脱いでいつものように制服に着替える。女物のパジャマもブラジャーもショーツも。私が女の子になった次の日には母親に連れられ買いに行った それでも制服は間に合わず、女の子になって二週間してもまだ私は学ランを着ている。 …正直、胸が苦しい。 クラスで『変わった』のは私だけ…いじめられることも無いけど、疎外感はやっぱり感じる… 今まで普通に話していた男友達は少し距離を置き、かと言って女の子の集団には(今までのほとんど無い経験から)加わりづらい。 成績だけは学校トップ10をキープしてるから、まぁそこは唯一の光明かな。 「行ってきます」 私は今日も定刻どおりに家を出る。 とぼとぼいつもの道を歩いていると、ふと後ろから声をかけられた。 「あのー。今、あそこの家から出てきましたよね…それで…えーと」 その声をかけてきた女の子には見覚えがあった。私…ではなく、僕が中学のころ好きだった子だ。 「た、高根さん?」 「え……もしかしてもしかすると…結城君…かな?」 ドンピシャだ。ある意味一番見られたくなかった。 「…そっか。『変わっちゃった』んだ。結城君」哀しそうに高根 風香はつぶやく。 …朝から憂鬱だ。好きだった人にこの姿を見られるなんて……私は泣きたくなった。 「…男の子が『変わる』のなら女の子も『変われ』ればいいのに…  そうすれば、私が男になって、今度こそ結城君と付き合えるのかもしれないのに」 「………え?」 『今度こそ結城君と付き合えるかも』?それは…どういうことだ? 「中学生のころね、2年の夏くらいから『結城君いいな』って思い始めてたの」 『僕』もそれくらいから彼女を好きになった。 「でも、結局言えずに卒業して。私ね、卒業式では泣かなかったけど、家で思いっきり泣いちゃった。 だってもう…貴方には会えないんだもん…」 『僕』も泣いた。泣いたし…一人で彼女を『汚した』……最低だ。 「結城君、結構女の子の間では人気あったんだよ。生徒会副会長のときとか、  一生懸命な姿が特に。率先して誰かのフォローに回るし、誰よりも頑張ってたり。  優しくて芯が強くて。ちょっと今言うのは駄目かもしれないけど、顔もかわいいし」 彼女も男の間では人気があった。まぁ、かわいい・優しい・楽しいがそろってる女の子だし、当然か。 「…ねぇ。中学生の時の結城君から見て、私はどんな存在だったのかな。 …出来れば、知ってるクラスメイトまでは行きたいな」 即答…出来なかった。私は…泣いてしまったんだ。彼女は私を抱きしめ、私は彼女の胸で泣いた。 ……彼女からは、いい香りがした。 「私……じゃなくて、僕も中学の時は貴女が…その、好き…でした。  憧れ…と言ってもいいのかな。とにかく、女の子の中では群を抜いて一番だった」 そう告げると、彼女ははじめ喜んで、すぐに哀しそうな表情を見せた。 「そっか…相思相愛だったはずなのに……ごめんね。私が弱くて」 「え、いや高根さんのせいじゃ…こういうのは男が勇気を出すものなんだし…」 「風香」 私の唇に、長くて細い、きれいな人差し指を当てる彼女。 「私のことは風香って呼んで」 「風…香……さん」 「さん禁止。まぁ…そういうところが良いんだけど」 彼女──風香は嬉しそうに笑う。それにつられて、『私』も笑った。こんなに楽しく笑えたのは。『変わって』から初めてのことだった。 その後、風香とは携帯の番号とアドレスを交換した。 「一日一回はメールしちゃうね」 風香はそう言って大きく手を振って去っていった。私は、高揚した気分のまま学校に行き……下駄箱に入ってる紙で現実に引き戻された。 手紙の内容は単純に一行。『放課後、校舎裏で待ってます』なんて時代錯誤なんだろう…軽くめまいがした。 ともかく、それはズボンのポケットにしまって、とりあえずは教室に行こう。 …朝のおかげで多少気分は良いが、いつもと変わらない日常。 気がつくともうお昼休みで、午前の授業はまるで頭に残ってない。 半分は朝の手紙。もう半分は風香への想い。 「結城。メシ食おうぜ」そんな考え事をしている私に、陽気な声をかけてくる男子生徒。 「大輔…」 七瀬 大輔。私が『僕』だったころの親友と呼べる存在。そして、今でも変わらずにいてくれる大切な友人。 「相変わらずしけた顔してんな。まぁ、気にスンナ。なるようになるのが世の中だって」 けらけらと笑う大輔。いつもなら渋い顔になっていたが、今日は…それが可笑しくて、彼につられて私も笑った。 「んでよ、結城。ちょっとマジな話いいか?」 女になってからずいぶん食べるのが遅くなった気がする。大輔がもう食べ終わって、まじめな顔でこっちを見ているのに、私はまだ玉子焼きを二つに割って食べていた。 「ま、マジな話っつてもここじゃなんだからな。放課後…そうだな。校舎裏とか人来ないか。 よし、放課後校舎裏にな」 ………玉子焼き落とした。 「はぁ…」 憂鬱だ。大輔の真面目な顔をされたら断れない。 「…ってことはあの手紙も大輔の?」 …ますます混乱してきた。そんなことを考えていたら、六限目の授業が終わるチャイム……タイムリミットか… HRも終わり、私は女子トイレに駆け込んで気持ちと思考を整理していた。 「…マジな話……何だろう。実は大輔も童貞で、『変わり』たくないからヤらせてくれ。だったりして。 ……自分で言っておいて笑えないね…」 何もしてない洋式便器に水を流し、私は決闘に行くような心境で校舎裏に向かった。 そこにいたのは…大輔ともう一人、中学が同じで仲がよかった東 俊介だった。 「大輔…俊介?えーと…アレ?」 手紙を出したのは大輔?俊介?真面目な話があるのは大輔?俊介?私の混乱はただ加速するだけ。一方の二人も、それぞれに驚いているようだった。 「結城。君がここに来てくれたって言うのは手紙読んでくれたからだよね?」 …手紙を書いたのは俊介? 「え?結城、先約があったのか。うわ、だったらスマン」 …大輔も私に用事? 「…七瀬。多分、俺ら同じこと言うと思う」 「だな。いっせーの。で言うか、東」 けっこう、私無視されてる? 「「結城。好きだ。付き合ってくれ」」 「………ぇ?」 私は…二人の男に…女として付き合ってくれ。と…告白された。 おはよう。ここがどこか分かる?」 私の視界には天井。それと知ってる白衣の女性。 「保健…室です」 保健の先生は、私の答えににっこり微笑むと、椅子に腰掛けた。 「二ノ宮 結城 君…じゃなくてさん。ね」 …改めて言われると恥ずかしい。 「さっき、七瀬君と東君に運ばれて来たけど、ちゃんとその前のことは覚えてる?」 その前の……… 「!!!」 ああ…多分、鏡見たら真っ赤になってるな私。 「覚えてるみたいね。ドアの向こうで二人は待ってるって言ってたわ。さ、どうする?二ノ宮さん。 考えたり悩みを相談したいならしばらくここにいても良いわ」 その言葉は嬉しかった。でも… 「あの、ありがとうございました。利用時はここに名前を書くんでしたよね」 私はベッドから立ち上がり、ドアの傍のバインダーに挟まってる紙に名前を書く。一瞬、性別の欄で戸惑ったが、女。と書いて一礼して保健室を去った。 「あ、結城…さっきは…スマン」 大輔が私を出迎える。俊介君も心配そうに私を見つめている。 「あ、ごめんね。急に倒れちゃって」 「いや、そんなことより、大丈夫なのか?」 「うん。それと、もう一つごめんね。さっきの返事…しばらく待って。  …私、いろいろ考える。考えたいの。  もう少し女の子らしくなって、ちゃんと前を見られるようになったら。必ず返事する。  他の女の子に劣る私だけど、待っててくれたら…凄く嬉しい」 私は満面の笑みを浮かべる。 「っか。OK。卒業する前くらいには返事くれよ。それまでは…今までどおりでいいか?」 「俺も待ってるよ。結城の答え。OKでもNOでも、結城がくれる答えだから」 ……ありがとう。大輔、俊介。それから風香も。みんなありがとう…大好きだよっ! 「おめでとう、結城君」 風香からの電話の第一声はそれだった。 「え?風香?」 私は何がなんだか分からなかった。 「東君に聞いたよ。今日、結城君に告白するって。  中学のとき、二人仲良かったし、東君優しいし、相思相愛になれなくても、デートの約束くらいはしたかなぁ。って」 「あ…うん」 私の返事に力は無い。風香もそのことが察知できたみたいだった。 「えと……地雷踏んじゃったかな……ごめん」 「ううん。風香は何も悪くないよ。むしろ、今日風香に会えなかったら、私、明日が無かったと思うくらいだし。  風香には想っても足りないくらい感謝してる。でも…」 「…ねぇ、私たち、もうお互いの想いも知ったし、今は同じ女同士。  話……聞かせて欲しいな」 ……私は全てを風香に打ち明けた。 「なるほど、その大輔って男の子と東君との告白を同時に受けちゃったんだ。  ……あははははは」 私は、むっとなる。 「あはは…ごめんごめん。だって気を失って倒れたって…結城ちゃんかわいい」 「…風香ぁ」 「ごめんごめん。まぁ、驚くよね」 「…風香は今まで結構、告白されてるよね?」 即答はしない。それはそうか。 朝、私に言ったことが真実なら、風香は私を想ってくれて、他の男を振っていたんだから。 ……なんてデリカシーがないんだ私は。 「私は貴方が好きだったから、誰とも付き合わなかった。  この先も…どうだろ。あんまり付き合おうって気分はないかな。  それだけ貴方のことが好きだったんだよ」 電話の向こうで、顔を膨れさせてる風香が想像できる。…やっぱり風香はかわいいな。 「まぁ、経験ゼロの私が言うのもなんだけど、  二人のことを大切に思ってるんだったら、簡単にHはしないこと。  結局、答えは3通り、どっちかと付き合うか、誰とも付き合わないか。全ては貴女次第。私も手助けはするけどね」 「…ありがとう風香。まぁ、Hとかは…元々私も男だったんだし、抵抗があるかな…  ごめんね。一番つらいの、風香なのに」 「だーかーらー。このまま一生結城君と話すことできないより、  こうして女の子の結城ちゃんと話せるほうが私はいいの。だから結城ちゃんは頑張って幸せになりなさい。  私に対して責任を負うなら、それを贖罪にしなさい。じゃ、何かあったら教えてね~」 「ああああ、待って」 ……うん、まだ切られてない。 「何で俊介から?こういうのは最低ヤローだと思うけど、俊介、風香のことが好きだったって…」 「それはね。卒業式の4日くらい前に、東君から告白されたの。でも、断っちゃった。  それで……ここからは私も最低やろーなんだけど、東君が貴方と同じ学校に行くっていうから、時々連絡して欲しい。ってお願いしちゃった。  ついでに言っちゃうと、東君曰く、『俺が好きになった娘が好きになった男なんだから、さぞいい女なんだろうな。と思ってみてたら、確かにその通りだった』って」 ああもう代名詞がよくわからない。混乱しすぎだよ私! 「そうなんだ…あ、ごめんね。呼び止めて」 「ううん。何かあったらいつでも電話・メールしてね。じゃ、bye」 …最後、すっごく社交辞令的だったなぁ… っていうか、俊介そんなこと考えてたんだ。 …明日学校行ってどういう顔すればいいのかなぁ。 「…あれが東君から告白された子?」 「プッ。童貞だったんでしょ?」 ……多分、わざと聞こえるように言ってるんだろうなぁ… って、足が…取られた?倒れる? ──────!!! 「ユウキ。大丈夫か?…今やったのは誰だ!」 「い、いいよ。俊介。自分で転んだんだよ。ありがと」 …顔、見れないよ。 教室に入り、息をつく…が、机の上の落書きに私は目を見開く。 「七瀬君から告白されたんですって」 「いっつも七瀬君の周りをちょろちょろしてたくせに、今度はそれ?」 「ホント、何様のつもりかしらね」 …ここでも聞こえてくる。 私の居場所、どんどん狭くなってるのかな… 「おい、お前らユウキに何因縁つけてんだ。ユウキは何も悪くねぇんだぞ」 大輔…… 「い、因縁って。違うよぉ、私たちはぁ…」 「斉藤。野球部の代表として答えてくれ。俺とユウキを支持するか女子を支持するか」 斉藤…野球部でも人望・能力ともに高い、来年エース間違いなしの斉藤… 「あ?考えるまでもねぇ。ナナと二ノ宮だ。お前らもそれでいいだろ?」 斉藤は周りの野球部員に顔を向ける。 「賛成、異議なし」 同じクラスの野球部員…それだけじゃない。サッカー部、ソフトボール部、バスケにバレー…男子の全てが賛成と言ってくれる。 「ってことだ。分かったら二度とそんなこと言うんじゃねぇ!  ユウキも気にするなよ。俺たちは全員お前の味方なんだ」 ……大輔… 「え?おい、ユウキ。どこ行くんだ?授業は?」 私はかばんも持たず逃げるように廊下を走った。 私は…泣いていた。 高校から走って10分くらいの海が見える丘。デートスポットでもあるそこに、私は走ってきた。 …ifがあるのなら。「もしも」という考えに、私は殺したくなるほど恨みを抱いた。 でも、ifがあるなら、中学の時に風香と付き合い、女にならず、こうして女子から恨まれることもなかったのに… 私は風香のことを思い出し──もう無くなった場所に手を伸ばす。 性欲。風香のぬくもり、風香の甘い吐息。私は自分の胸が熱くなることを自覚していた。 …そこに私を抑える『モノ』はなかった。私はそのまま脱力し、手をだらりと下ろす。 そんな私の手が、今まで未知だった部分に触れる。 「あ……」 学生服の上から、上下に指を動かす。もう、止められなかった。 「ん……あ…」 体が熱くなる…冬の寒さも忘れるほどに。 私はズボンのチャックを降ろし、ベルトを外し、ショーツの中に手を入れた。 やわらかく、湿った感触…触ったことのない形。気がつけば、私は中指を上下に動かしていた。 「はぁ……あ…ん…」 次第に息が苦しくなる。学生服のボタンを全部外し、カッターに包まれた、大きくは無い胸が現れた。 私は左手で胸を触る。 「女の子の……おっぱい…なんだ…」 右手が次第に湿気を感じ始めていた。 私は、左手をカッターシャツの中に入れ、ブラの先端をずらし、胸を直接触っていた。 右手も、中指だけでなく人差し指も使い、速度も次第に上がっていた。 「指…入れたりするんだっけ…」 私は友人に渡されたビデオや本を思い出し、人差し指をゆっくり秘所に挿入してゆく。 「んっ!」 入れた指は、周りの熱で火傷するかと思えた。 私は、体を地面に投げ出し、両手の指で自分自身を慰め続けた。 「ぁ…ん…はぁ………っ!」 体に電気が流れたような感触。 全身が快感に打ち震える……多分、私はイったのだ。 私は、荒い息を整えながら、ズボンのベルトと学生服のボタンを留めた。 「…オナ…ニー…なんだよね………私…最低だ」 その時、背後で音がした。私はとっさに振り返ると、そこには……大輔が立っていた。 「…いつから?」 凄い強く、大輔を睨む。 「え…いやぁそんなことはないさ。はは…」 「い・つ・か・ら?」 私は体を乗り出して尋ねる。 「…カチャカチャ言ってたから、ベルト外したあたりかな」 …ほとんど全部じゃん。 「い、いや。覗く気はなかったし、ユウキの声が色っぽくて軽く興奮したとかは秘密だし」 「~~~!すっごく叩いてやりたい」 私は歯噛みする。 「まぁ、おまけに、今はちょっと涙目になりながら上目遣い、おまけに頬を膨らませて。  めちゃくちゃかわいい」 毒気を抜かれる。 「上目遣いって…睨みつけてるんだよ。怒ってるの。  ……八つ当たりなんだけどさ」 大輔は私の隣まできて、手を伸ばしたら一瞬で触れられる距離に座った。 「…で、俺を殴るか?」 私も姿勢を直して、体育座りで地面を見る。 「ううん。大して力ないけど、きっと叩かれたら痛いよ」 「…そうだな。お前はそういう性格だ。変わってなくてホッとしたよ」 大輔は両手を後ろにつき、空を見上げた。 「何しに来たの?」 「そうそう。そら、お前の鞄」 鞄を一つ、私に投げ寄せてくる。私はバランスを崩しながらそれを受け取る。 「あ、ありがと……って、それ、大輔の鞄だよね?…サボるの?」 なんだかんだ言って、大輔は皆勤賞だ(私は風邪で2日くらい休んでる)。 それが、後2分で一時間目が始まる今にこんなところにいるなんて… 「んじゃ、街にでも行くか」 ……自販機でジュースを買うかのように、大輔は私を『デート』に誘う。 「ふーん。似合ってる似合ってる」 家に帰って、学生服から適当な私服に着替え、私たちは街に繰り出す。 「…スカートって、足が寒いね」 中心街につくなり、大輔は私を洋服店(女物)に連れて行った。 「OK。ロングスカート萌え。次は上だけど…さて、何がいいかな~と」 私は鏡を見る。鏡に映る人影は、肩までの髪をした、…まぁ、悪くない容姿のロングスカート少女。だ。 「さぁて、俺のバッティングを見せてやるぜ」 次はバッティングセンターに連れて行かれた。 私が男だったころ、何度か一緒に来て、ホームランどころかせいぜい内野フライのあたりを飛ばすのが精一杯。 それでも楽しく遊んでいた場所。 「大豊の如く!清原のごとく!」 素晴らしい大振りに…素晴らしい空振りだ。 「…川合のごとく」 …バントはきっちりこなすんだ。 私はちらっと横──立てかけてあるバットを見る。 「カズシゲの如く!石橋貴○の如く!」 楽しそうな大輔を尻目に、私は80km/hのボックスに立つ。 コインを入れ、バットを構える。すぐにマシンにボールが吸い込まれ──ズドン!と、キャッチャーのポジションにあるゴム壁に激突した。 「ユウキ?」 大輔が心配そうに声をかけてくる。2球目……スカート、動きにくいっ! ギィン!音が鈍い。変なところで打っちゃったか…腕がビリビリする。 3球目…4球目…5球目…… 「お、おい。無茶はするなよ」 11球目……これまで快音なし。手のひらが痛い… そして私は最後の一球を睨む。バシュッと音がし、白球が向かってくる。 私は、今日のもやもやを消したいかのようにバットを大きく振った… 「はっはっは。アレは楽しかったよ」 昼食…某有名ハンバーガーチェーン店で、大輔は楽しそうに笑っている。 「大振りして、空振り。おまけに足滑らせてくるっと半回転。そのまま尻餅でフィニッシュです!だからな」 私のラストボールは結局当たらなかった。が、それにおまけがついて、大輔は猛獣に餌を投げ与えたかのように嬉しそうに何度も笑っている。 周りを見てみると、私たちと同じ年齢っぽいカップルが楽しそうに談笑していた。 「まぁ、俺の伝説の『川合のバント』を見習って、ファ○スタのようにホームランにだな」 大輔は一人でしゃべり、一人で笑っている。そうして私は気づいた。 彼は、私を元気付けて。私を笑わせようとしてくれているのだと。 「それでも石橋貴○はないよ。メジャーに挑戦でもするの?英語もThis is a penくらいなのに」 「まぁ、待て。超一流プレイヤーは通訳をつけるんだ。いや、その前に超高性能同時翻訳機を作ればあるいは…」 周りから見ればくだらないかもしれない。クラスの女の子から見れば殺してでも奪いたいポジションかもしれない。 でも、私はこの目の前の男性との、笑って話す時間がとても大切で、凄く幸せだった。 CDショップ、本屋、ゲームショップ、レンタルビデオ店…のアダルトコーナー。いろいろ回った。 どれも、私・僕の日常。変わらない世界だった。 「…大輔。ありがとう」 一歩前を歩く大輔に声をかける。 「何がだ?」 大輔はいつもこうだ。 傷ついていたり弱ってる人に率先して手を伸べる。一通り終わり、相手が再び立ち上げれるようになったら知らん顔。 自分の功績を少しも誇らない、悔しいけど私じゃ届かないくらいの人。 「いや、こんなかわいいユウキと一緒にデートだ。いいねぇ、俺」 わざわざ皆勤賞──本人が誉とするかどうかわからないけど──を蹴ってまで付き合ってくれて…本当にありがとう。大輔。 「あ、そうだ。ユウキ。クリスマスと年末年始。一緒にすごそうぜ」 そう。明日は終業式。終業式から4日ほどでクリスマス。クリスマスから一週間で年末年始… 「多分、東も参加すると思うぜ。なんと23日から約10日間、俺の親父の弟の姉夫婦の別荘でさ」 「…って、それは要するにおばさん夫婦ってことだよね。  ……別荘…か」 年末年始やクリスマスに同級生に会いたくない… 逃げてばかりじゃいけないけど、今は私が壁に勝てないから…強くなるために時間が欲しい。 「…あのさ、もう一人くらい増えても、いいかな?」 私は上目遣いに大輔に尋ねる。 大輔は、やや顔を赤く染め、 「ああ、問題はない。と思う、きっと多分、いや絶対…?」 と、どもりながら答えた。 もう一人。もちろん風香のこと。 クリスマスや年末年始、友達や家族と過ごすだろうけど、実は、男2人、女1人はちょっと心細いかな…と思っちゃったり。 「えと…じゃあ、その。お願いします…です」 私は頭を下げる。「あ、うん」という返事を聞いた私はゆっくりと頭を上げる。 そこには、嬉しそうな笑顔の少年がいた。 「…ということなんだけど」 夜、私はすぐに風香に電話をかけた。 初めに話題に出したのは、別荘へのお泊り会。 「行くわ!集合場所と時間決まったらすぐに教えてね」 即答。 「あのー…友達とか家族とかの約束とかは…?」 「うーん。基本的には何もないよ。わかった。じゃあ、これだけ条件を出すわ。  1.紅白が見える 2.近くに神社がある 3.私とユウキちゃんが同室」 山奥のスキー用のペンションに行くわけじゃない。 そこそこに広い、別宅に行くのだ。1,2は問題ないはず。 3も頼めば布団動かすとかでなんとかなりそうだけど… 「う、うん。多分OKだと」 「じゃあ、私は決定ね。出発日と持ち物は後で教えてね。  さて、じゃあ今日のユウキの出来事、カウントダウンはいぱー」 呼び方、みんなユウキになってるなぁ… まぁ、結城で呼ばれるよりニュアンスが柔らかいからいいか。 「っていうか、何で某朝のニュースの占い風になってるの?」 「んー………気分?」 …意外とお茶目だな。 「そっか。うん、大丈夫大丈夫。ヒソヒソ話してる子の前に行って、  『言いたいことがあるなら言ってみたら?陰で言うしか能がないならどんな男だって寄ってこないわ。ああ、金もらって体売るっていう貴女達の18番なら問題ないわね』  で解決よ!」 「それ、私のキャラからかなり離れてるよ…」 「でも正論でしょ?」 「そういう問題じゃ…」 私は、今日の女子からの奇異の目を風香に告白した。 次第に、相槌をうつ声に明らかに怒りが混じりだして、全て言い終わったらこれだ。 「あんまり女の子と話すのって慣れてないから」 「そうね…中学のときも女の子と話してるユウキってあんまり見てないなぁ。  …でも、私とは今、ちゃんと話せてるよね」 「それは、電話だからと風香は…大切な……」 「大切な……何かな?」 私は迷っていた。友人、とぼやかすのか。親友、と告白するのか。 「……大切な…親…友…だから」 …時間が止まったように感じた。 好きだった男が女に変わり、すぐに恋の相談。泣き言だらけの2日間。 それだけで相手に親友、と言ったのだ。 5秒ほどたち、私は発言を後悔した。やっぱり、調子に乗りすぎたんだ… 風香は私のことを友人Aくらいにしか見れてな── 「親友…私、貴女の親友でいいの?」 凄く、真面目な声。 「え、あのね。私は風香のことを親友だって思いたいけど、風香は無理に私に合わせなくていいんだよ?  風香の親友になる人って、やっぱり風香のことをわかt──」 「やったぁ!ユウキと親友だ」 「えと……風香?いいの?私となんかで…」 「だって親友って、お友達のさらにランク上のところでしょ?  私ね、結城君と想いを分かち合えなかったけど、ユウキと分かち合いたい。っていうか、もうかなり分かち合ってると思う。  だから、親友。ね?……って、あんまり連呼すると価値が下がるか」 凄く…嬉しかった。私は、風香の声を聞きながら、あふれる涙を止めることなく流していた。 結局、具体的な対策は無し。まぁでも、風香のおかげで終業式の今日も私は前を向いて登校できる。 やっぱり女の子の間ではヒソヒソされてたけど、とりあえずはそっちを向いて笑顔作っておいてみせた。 校長がなんだか熱弁をふるっていた気がするけど、ほとんど記憶に残ってない終業式も終わり、私はトイレに寄っていた。 「ユウキ。あのさ、今日この後、何か用事…あるかな?なければ俺と……デート、しよ?」 私がトイレから出てくると、ばったり俊介と出くわした。 …デートって口に出して言われると恥ずかしいな… キーンコーンカーンコーン… 今年最後のチャイムが鳴る。みんな、学校から一時的とはいえ開放されて嬉しいみたいだった。 「ユウキ、これからどっかいかね?」 大輔と、仲のいいグループが私に声をかけてくる。 「ごめん、先約があるんだ…」 「そっか。わりぃ、んじゃ、またな。アレも後で電話するわ」 「ほんと、ごめんね」 アレ。要するに別荘の話だ。 誘ってもらっておいて、私、すごく偉そうだなぁ… 俊介に見張られているように付き添われ、私は自分の家に戻ってくる。 「流石に、昨日大輔と買った服はまずい…よね」 ほぼ唯一の女の子っぽい格好ではあるんだけど… 私は、またいつものように、スラックスとセーターを着込み、玄関から出る。 「お待た……あれ?俊介?」 そこには、誰もいない、静かな住宅街しかなかった。 「…ごめん!遅れた!」 俊介が走ってやってきた。服が、学生服から私服に変わっている。 「あ…着替えてたの?」 私の家から、私が着替える時間で自分の家に帰り着替え戻ってくる。 かなり無理があるはずなのに、俊介は全力で走ってきていた。 「この後、俊介の家に行けばいいんだよ?ほら、汗かいてる」 私はハンカチを取り出すと、俊介は少し顔を近づけて、2,3回鼻を鳴らした。 「わ、そ、そんなに臭くない…と思うから…」 「…~~。すっげーいい匂い。ユウキの匂いだ」 臆面も無くこういうこといわれると… 「…もの凄い恥ずかしい…」 冬の寒さも気にならないくらい、私は顔が熱くなっていった。 俊介も、やっぱり最初は洋服店からだった。 …まぁ、こんな格好の女よりは着飾ったほうがいいんだろうね。 二日続けてだと結構な出費だよ。 「いいよ。俺が出すから」 俊介はそういうけど、これは私に責任があるし。 大輔の時は20分くらい口論して、結局半分ずつという結論に達した。だから、最低半分はださないと… その後、映画を見た。 ギャグ調SF仕立て恋愛アクション歴史ミステリー、という本気でよくわからない謳い文句のハリウッド映画。 『「いいか、ここに3本の矢がある、これを折ると……役にはたたん。資源は有効にな」「ええい、こいつを牢に入れろ!」』 『「てぇへんだ!あねさん事件です!」「ヘチ!十手を持て!」「その時歴史が動いた。ここでヘチと銭型平子の恋が始まったのです」』 『「はぁーたたたたたた」「出たー!あねさんの1秒間に10枚銭投げ!」「ふっ。銭型平子…残念それは私のおいなりさんだ」』 謳い文句どおり、展開が読めない。 ふと、私は自分の左手が、誰かに触れているのを自覚した。 …俊介だ。私が俊介を見ると、向こうも私を見てくる…暗い映画館の中で、目があってしまった。 俊介が笑う。かっこいい顔立ちの笑顔は、完全に女を自覚できてない私でも見惚れてしまう。 『「あねさん。好きっす!」「ヘチ…実は私…ウチュウジンナンダ」「…謎は全て解けた。犯人は…………ヤスだ!」』 気がついたら映画が終わっていた。 俊介に連れられるまま、次はカラオケ。 自分の女声にはびっくりしたが、いつもとは違う気分で歌えるのは新鮮だった。 2時間熱唱し、私たちは少し枯れた声でお店を出た。 「…楽しかったー」 私は大きく伸びをする。 「本当に楽しい?ユウキ」 俊介が私に尋ねてくる。かなり真面目な口調だ。 「ええ。凄く。今日はありがとう、俊介」 だから私は笑顔で答える。 「…よかった。昨日今日のアレで、ユウキ大丈夫かな。って思ってたんだ」 「…うん。でも、友達のおかげで立ち直ったの。今日の俊介との…その…デートも嬉しかったよ。ありがとう、俊介」 言葉では何度言っても足りない気がする。でも、俊介の優しさは普通に嬉しかった。 「あ、そうそう。七瀬の別荘の件な、俺も行くから。ユウキと高瀬も来るんだよな?」 高瀬…風香とよく(私のこと?で)連絡してる俊介は、ごく自然にそう言う。 おそらく、昨日か今日の朝に連絡取ったんだろう。 「うん。お邪魔するよ」 ちょっと広めの屋敷に男女4人のみで生活。 多分、一生記憶に残る思い出だと思う。 「そっか。うしっ。テンション上がってキター!  じゃあ、またな、ユウキ。風邪引くなよ」 いつの間にか私の家までついていた。 「うん。俊介も気をつけてね」 私たちは手を振って別れを告げた。 私は、俊介が曲がり角を曲がって見えなくなるまで、彼の背中を見続けていた。 ピンポーン… 「む~…今日はぁ…大輔の別荘に行く日~…」 バタバタバタ 「集合は9時に学校前~…後2時間……おやすみぃ」 ダンダンダン! 「うわぁ!?」 「おっはよーユウキぃ!」 …風香だ。 「風…香?何してるの?ここ、私の家だよね~?」 あー…世界がまだぼんやりしてる… 「ゆ、結城君が朝の…で困ってるから私が…」 「風香?真面目な話、どうしたの?」 私はベッドの上にあぐらをかく。長めの髪が背中越しに動いているのが分かる。 「ユウキは二人から服を買ってもらった。ユウキは元々女の服を持ってない。  ユウキが今日着ていくにふさわしい服がない。私がユウキを着せ替える。楽しい、完璧」 ものすごい理論で…まぁほとんど間違ってないけど、私にまくし立てる。 「さー。だからまずはシャワーを浴びてきなさいっ!」 背中を押され、部屋を追い出される。 「はぁ…」 私は火照った自分の肢体を見る。平均サイズの胸、ピンク色の突起、若干細めのウェストに……私はゆっくり手を伸ばす。 「ん…」 要領は分かる…指の動きも早くなり、左手も自然に胸をまさぐっていた。 指を入れる。前はここで抜き差しして達した。今度は、少し指先を曲げる───体が震える。 「ん…んん…」 少し入れただけなのに…こんなに… 私は指先だけ入った人差し指をゆっくりと動かす。熱い私の秘所を刺激する── 「あ…あっ!……イ…ク…」 ──体に電流が流れる。 私はボーっとした意識の中、天井だけを見つめていた。 「ただい…って風香?」 部屋に帰ると、私の部屋は荒らされていた。 いや、正確に言うと、タンスから下着が、机から参考書が。そしてベッドの下から… 「えーと、『おいはやくしばれ』『びくびく、かんじちゃう』『くすりがきいてきたな』…」 「風香…」 …神様。何の嫌がらせですか?処分しなかった私が悪いんですか? 「ふむふむ。ほぅほぅ」 って熟読してるし… 「風香!」 「わぁぁ!?ってユウキか…びっくりしたぁ…」 「何してるのかな…」 「え?いやぁ。家捜ししてたら偶然見つけてさぁ。  ユウキは…Sに見せかけて、実際もMだと思うんだ」 風香は予想に反してSっぽいね…口には出さないけど。 「さて、じゃあお風呂上りの色っぽいユウキちゃんをメーイクアーップ!」 そういうなり、私のパジャマの上のボタンを一つずつ外していく風香。 結構、恥ずかしいよ…って、息、首に…かかってる… 「ふむふむ…私より…若干げふんげふんな胸だね。じゃあ…この服かな」 ちゃんと小さいと言ってくれていいですよ風香さん。 「下は…ま、私の趣味もあるけど、これかな…って、やっぱり、『ない』んだね……まぁ、あったらあったで大問題だけど」 「って、どこ触ってるの風香!」 流石に、男のときですら他人に触れられたこともないのに…これは流石にビビる。 「ごめんごめん。うん、出来た。後はお化粧もしよ。したこと無いでしょ、今まで」 無い。流石に社会に出たら最低限はするべきかなぁ、と思って知識くらいは集めてるけど… 母親は化粧品をいくつかくれたけど、何をどれだけどうすればいいのやらサッパリ。 「ユウキは肌が綺麗だから、そう上に塗らなくていいかな。ルージュよりもリップでサッと。  後は髪か…うーん……このままストレートのほうが一番いい、かな?よし、出来たよ」 と、鏡を見せてくる風香。 …うん、女の子の顔──認めたくないけど自分の顔だ。 「お、これで全員そろったな」 集合時刻6分前。高校の校門前に4人が集まる。 私が姿を現すと、大輔も俊介も一瞬だけ、驚いた表情を見せた。 ……こういうのって、二股っていうんだよね…ごめん。 「で、どうやって行くの?電車?」 「ああ、いとこが迎えに来てくれるんだ。車で…1時間弱かな?」 と、そんな時に、車のファンクションが鳴らされた。 紺色のバン。運転席の窓を開け、20歳後半くらいの男性が顔を覗かせた。 「おら、迎えにきてやったぜ。寒いからさっさと乗った乗った」 大輔のいとこらしい人に促され、私たちは車に乗り込んだ。 助手席に、女の人が乗ってるのに気がついた。バックミラーごしに目が合う。 大人びた、その女性は、私に微笑みかけてきた。 「あれ?圭一さん、その人は…」 大輔のいとこ──どうやら圭一というらしい──は、タバコを口にくわえる。 「ああ、お前ら送ってった後は、さらに奥に行ってこいつスキー三昧さ」 「恋人さん…ですか?」 私は恐る恐る尋ねる。 「ええ、そうよ。貴女……どうやら私と『同じ』ね」 助手席の女性が薄く笑う。 『同じ』……つまり? 「由紀は、元々、雪人っつてな…まぁ、後は分かるか。  大学んときに知り合って、付き合って。もうそろそろ結婚でもするか?」 圭一さんが冗談でも言うように説明する。 「結婚ってのはそんなに簡単なものでしたっけ、と」 「いや、お前だったら、こういうニュアンスも受け取ってくれると思ったのさ」 見た目以上に二人の仲はいいらしい。そうこうしてる間に、車はエンジンで揺れながら発進する。 「そうねぇ…ま、一生面倒見てくれるならケイで我慢しますか」 「よし、来世も面倒見てやろう。って、次左折でよかったっけ?あれ?どこが高速の入り口だ?」 「二つ目の信号を左折。その後3つ目の交差点付近よ」 由紀さんは手早く地図帳を見ている。そうか…こうして、『変わって』も想い合えるんだ… 決して都会とは言えない街から、次第に建物が少ない景色に変わっていく。 午前10:37分、大輔の叔母夫婦の別荘に到着した。 「どうもありやとやんす」 大輔が代表して礼を言う。 「ああ、まて。大輔、手土産を忘れていた」 と、圭一さんは大輔に何かを手渡す。 「……って!俺らは別に─」 「まぁ、ガンバレ」 圭一さんたちは笑いながら去っていった。 「?何もらったの?大輔」 圭一さんの車を見送った後、私は大輔に尋ねた。 「あー…………コンドーム、一箱……」 …コメントのしようが無かった。 大輔はとりあえずそれを鞄に入れ、ポケットから鍵を取り出した。 「んじゃ、開けるぜ」 木のドアがゆっくりと開かれる。 私たちは一歩足を踏み入れ……その埃の山に立ちすくんだ。 「そうね…しばらく使われてないんでしょ?」 冷静なのは風香。 「とりあえず…使う部屋から掃除するか、掃除道具はどこかな…」 行動的なのは俊介。 「とりあえず居間にスペースを作ろう。多分、階段下に掃除機とバケツくらいあると思うけど…」 指揮するのは大輔。 …って、そうなると私は蟻のように働かないと。 居間、キッチン、トイレにお風呂。それから二階に割り当てられた部屋、廊下とストーブ、電気系統。 全て掃除し終えるころには日がほとんど暮れていた。 「そろそろご飯の用意しないとね…とりあえず、私とユウキで近くのスーパーに行くから、  東君はお風呂、大輔君はお米の準備お願いね」 こういうとき、女の子って強いなぁと思う。 「ん。でも、道分かる?それと変質者にはくれぐれも…」 「大丈夫よ。そんなに遠くは無いから。どっちかが変質者に襲われたら、もう一人が叫ぶから」 と、風香は私の腕を取る。 風香の言ったとおり、私たちは何の問題も無く夕食の材料を買ってきた。 「まぁ、こういうのの最初の日はカレーだよね」 私はジャガイモの皮をむきながら話す。 …風香は泣いていた。 「風香?どうしたの?風香!?」 「違う……玉ねぎ…」 …指差す方向、まな板にさく切りされてる玉ねぎが…私はほっと息をつく。 「良かった」 「何が?」 「風香に泣かれるの、嫌だもん。風香に哀しい想いさせるのは…」 ──風香が私に飛びついてきた。 私は、風香の匂いを感じながら、風香の背中を強く抱きとめ──がたん、という音に顔を上げる。 「あ…えーと………お風呂、沸きましたぁ!失礼、しましたぁ!」 と、叫ぶなりダッシュで台所から逃げていく俊介……後で謝っておこう。 風香を離し、二人で笑いあった後、調理に戻る。 カレーとサラダのシンプルな夕食はは、そこそこ好評だった。 そして、私たちはお風呂に入る。 レディーファーストだ、と言われ、さらに風香が私を強引に脱衣所に引っ張っていくから私が一番風呂に…うーん…レディー…かぁ。 脱衣所から一歩足を踏み入れると、風呂場はかなり広かった。まぁ、お屋敷全体が結構な広さだから予想はついていたけど… シャワー口が2つ、7人くらいは同時に入れるくらいの湯船。おまけに…外につながるドア? ドアの向こうに足を伸ばしてみると、そこには露天風呂が。雑草も生えないようにされているらしく、そこは綺麗な空間だった。 私は冷えた空気を感じ、ドアを閉め、髪を洗おうと顔を上げ……全裸の風香を目の当たりにした。 「ふふ、ふ、風香!」 「どうしたの?今は『女同士』でしょ?」 「い、いいいいやだって、風…風香っ、風香の…裸」 「あら、欲情しちゃった?」 OK。冷静になれ。もう私は女で、2週間自分の裸は見たんだ。いまさら風香の裸…くら…い。 「じゃあ、背中流しっこしよ」 …私が男だったら理性、保ててない、ね。 「月、綺麗だね」 風香が空を見上げる。今日はいい夜空だ 「露天風呂って気持ちいいよね」 そう、私たちは今、露天風呂に入っている。 「そうね、露天風呂は雰囲気出るわね。お酒が飲みたいくらいに」 「って、風香、飲めるの?」 「ううん、飲んだこと無いわよ。気分的に…そんな感じかなぁ。って」 まぁ、確かに雅ではある。風香なら絵にもなるし。 「ユウキ、後悔はしてない?」 「後悔?何に?」 風香は私を見る。真摯で綺麗な瞳だ。 「ここに来たこと」 私は風香の瞳を見つめ返す。吸い込まれそうな瞳に真っ直ぐ向き、 「後悔なんてしない。だって私が進む道だもん。胸を張って生きるの。それが、貴女と大輔と俊介に誓ったことだから」 その答えに、風香は顔をほころばす。 「そう。まぁ、あんまり胸、ないけどね」 「むぅ。風香ぁ」 私たちは二人で笑いあった。 笑い声が、空の星にまで届く、そんな気もする月夜だった。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
記事メニュー
目安箱バナー