注5


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注5
 >彼女
 これは人称代名詞としての彼女である。つまり幼女である。
 なお、この幼女たち(の特に光の幼女)は牝牛とは違い自然に生まれたものである、としておく。牝牛が精霊たちの気まぐれによって生まれたの対し、彼女らは自然に形成されたのである。たとえばvipでよく、「この宇宙において知的生命体が誕生するのは、時計の部品を袋に入れて、それをシャカシャカして時計ができる確立よりもひくい」といった旨の文章を見かける。これの真意はさておき、例えばシャカシャカして時計の完成する確率が10^(-∞)%だとする。これはつまり、事象を10^∞回繰り返せば一回は起こる、ということである(これはあくまで理論の上では、という話ではあるが)。言ってしまえば、どんなに低い確率のものであろうと、無限回に近似的な数の事象を繰り返せば(詰まるところ、膨大な年月をかければ)、必ず起こるのである。地球という惑星に我々がいるのも似たようなものであり、また、我々の存在がこの論のなによりの証拠である。
 閑話休題。彼女はカオスのなかの秩序なき流れのなかで偶発的に誕生したのである。なぜ彼女以外には何も誕生しなかったのか、って?それは「たまたま」そうなっただけであり、別にそうしないと都合が悪いわけでは決して…ない。
 またこうやって偶然生まれた彼女の身体を模して人間が創られた(のちの「神話的人類創造」参照のこと)のであって、人間が必ずしもこの形でなければならない理由はない。全ては偶然の産物であり、筆者が別に某一神教的人間至上主義なワケではない。
 が、やはり人のカタチをしたものが一番萌えるのは間違いない。人間であるからこその人間至上主義である。いや、むしろ萌え至上主義である。