注7


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注7
 >生き物が光を求めるという本能的なもの
 ここでいう生き物とは生物(有機体)全般のことではなく、特に牛のような昼行性の動物のことである。それらが光を求める(少なくとも光を必要としている)ことは彼らの目が光受容器であるということからも明白である。
 ここで読者がカオスには光がないのか、あるのか、という素朴な疑問を持たれたしてもそれは当然であろう。
 まず、単純な解答としてはカオスには火の要素があるのだから、光はあるといえる。つまり火とは単純にいえば物質が酸素と化合する化学反応が進行する際に発生する熱と光のことであるので、光があるというのは当然である。また、光があるということは影もあるということとなる(他の諸要素とは独立した性質を維持する火という要素のもつ光という性質は他の諸要素の影響を受けて、影という、光に対する性質を生じさせる、ということである)。ここで問題となるのはカオスにおいてそれらを含む諸要素がどういった状態にあるのか、という点である。なお、ここからの説明は必然的にややこしくなってくるので、こんがらがるようならば読み飛ばしてもらっても一向に差し支えはない。先に答えを言ってしまえば、あるとも言えるし、ないとも言えるのであるから。

 まずカオスの要素の存在のしかたを定義してみよう。(注3)で書いたようにカオスの中においては火、水、空気、土の諸要素は「混合物であり(略)、それぞれは独立に各々の性質を維持したまま存在している」のである。なお、ここでは先述の食塩水の例えは理解の妨げとなるだけなので忘れていただきたい(先の概念を理解するための助けとなるように便宜的に用いた例であって、この概念すべてに適用できる例ではない、ということである。全てに対して適用できる例ならば、それこそ、これは食塩水と同様のものである、という説明で十分に事足りる。つまり、入り混じった状態を直感的に理解するのには食塩水は絶好の用例だが、さらに押し広げた「混合」の概念の理解に対しては妨げにしかならないのである)。混合ということは、(それを構成する要素をAとBの二つのみと仮定した場合)任意の一点には「Aがある」かもしれないし、もしくは「Bがある」かもしれない、ということである。無論それはA,BがA,B,C,…に増えたとしても「AorBorCor…」なのである。この概念に、重ね合わせという概念(重ね合わせ!なんとも理不尽で分かり難いアイディアであろうか。ここでいう重ね合わせとは量子力学におけるそれと同等だと思ってもらって良いが、実際の重ね合わせがある性質を持つ一量子における「二つの状態」の重ね合わせであるのに対し、ここではそれぞれが単独の性質を持つ「複数の要素」の重ね合わせとしてこの言葉を使用している。なので実際の重ね合わせを曲解して記述している部分も多々あることを注記しておく。また、ここで詳細に立ち入って説明しても良いが、筆者の知識と筆力では読者諸氏に誤解を招く恐れがあるので割愛することを許して頂きたい。)を組み合わせ敷衍してみると、任意のある一点には「全ての諸要素が重ね合わさっている」かもしれなし、「いくつかの諸要素が重ね合わさっている」かもしれないし、「単一の要素だけが存在している」かもしれなし、もしくは「何も存在していない」かもしれない、ということとなる。A,B,C,…に対して「{Aor(notA)}and{Bor(notB)}and{Cor(notC)}and…」ということである。つまり、カオスとは量子力学さながら、ある要素が存在しているかもしれないし、していないかもしれない、という存在そのものが混沌とした状態なのである(光子は二重スリットの両方を抜けたように振舞うが、実際に光子が抜けているのは片方だけである。不思議!なお、エネルギー保存則には従うため、要素の総数は常に一定である)。
 このことから、火の性質の一つである光は、火と同様にそこにあるかもしれないし、ないかもしれない、ということとなり、また、その影響にある影もまた(それは他のあるかも知れないし、ないかも知れない諸要素の影響を受けはするが)あるかも知れないし、ないかも知れない、という状態になるわけである。
 また(ゴメン、もうちょっとの辛抱)、(注3)で「互いの要素を引っ付け、それの持つ性質を合わせた一頭の牝牛を作」ったと書いたが、これはここで記述したことを加えると「互いの重ね合わさった要素をバラバラにし、それらを重ね合わさっていない状態(AorBorCor…)にし、互いの要素を引っ付け、それの持つ性質を合わせた一頭の牝牛を作った」ということである。
 分かり難い説明でスマソ。