迷宮都市のお巡りさん 四話

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 ロウとラングと呼ばれた男は真っ直ぐに見合う。  そんな光景を目にして、ノノは震えていた。  誰だ、こいつは。 そんなことは分かりきっていて、世界で最も信用している人物だ。  それすら見失うほど、ノノは狼藉していた。 「ロ、ウ……」  怯えている人物の名を呼ぶ、矛盾。  誰だ、誰だ、誰だ。  と、ノノは目の前の男を見た。 ノノは知らない、激昂しているロウも、人を殴るロウも、自分が知らない男と知り合いであるロウも、何一つ彼のことを理解していない。  そんなロウとノノに、嘲笑うように、柔らかく人当たりの良い笑みを浮かべたのは、ラングと呼ばれた男だった。 「今日きたのは、ノノちゃんにいい話が合ってだよ」 「いい、話……?」  儲け話だろうかと、ノノは首を傾げる。 胡散臭げな笑みを浮かべるラングから一歩二歩と距離を置いて、父の遺した魔道具を作るための機材に、それを抱き締めるように身体を寄せた。  ロウが怒るならば、どうせ碌でもない奴で、碌でもない話だ。  そう決めつけて、早々に去ってもらい、いつものロウに戻ってもらうために、ラングを睨みつけ……その言葉を聞いて、顔を呆然とさせた。 「ノノちゃんのお母さんが、君と暮らしたいってさ」  ノノは、父の遺産から手を離して、フラりと身体を揺らめかせた。  何を言っているのかが理解出来ず、ただ何も考えずにラングの顔を見つめて、呟くようにラングの言った言葉を口の中に転がした。 「お母さんが……僕と……?」  ほんの少しだけ、覚えている。 頭を撫でてもらい、抱き締めてもらった。  いつの間にかいなくなっていて、父親と二人暮らしをしていた。 ノノが母親のことで知っているのはその程度だけで、それ以上は何も知らない。  顔も、声も、性格も、何一つ覚えてはいない。 「お母さん、お母さん……」  だが、それでもノノは母親のことを、どうでもいいと斬り捨てることが出来ずに、噛み砕くように繰り返してから、ラングの顔を見た。 「うん。 会いたいでしょ?」  ノノは思わずロウの方に目を向けた。 ロウは、何も言わない。 何も言うことなく……ラングを睨み付けていた。 「……まぁ、突然言っても困るよね。 また明日にでも来るよ。 邪魔もいるしね」  そう言ってから、ラングは出て行った。 「お母さん……」  戸が閉じられた音を聞いて、ノノは気が抜けたように座り込んだ。  母親に、ふわりと抱かれた感覚。 それは、今着ているような作業着を母親は着ていなかった証拠だろう。 「ロウ……僕は」  どうしたらいい? と尋ねる前に、ロウは口を開いた。 「行くな。 絶対にだ」  ロウのその言葉に、ノノは安心感を抱いたのと共に、強い苛立ちを覚えた。 「なんで、だ。 ロウには関係ないだろ」 「ノノ……どうした」  どうせ一緒にはいてくれない癖に。 どうせ一緒にはなってくれない癖に。  そんな言葉が頭に浮かんで、それを掻き消すように怒鳴る。 「うるさい、うるさい、うるさい! あれは誰だよ! お母さんはどんな人で! 僕は、僕はなんでこんなところに一人なんだ!」  ロウを攻め立てるような言葉を言うつもりはなかったが、感情のままに口から出たのはそんな怒りの言葉だった。  親がいなくて、寂しくないわけがなかった。  ロウはやっとそのことに気がついて、自分は何をしていたのだと……。 ノノから目を逸らした。  その目の動きに、少女は小さく泣いた。  涙を流したわけでも、顔をくしゃくしゃに歪めたわけでもなく、一言「えっ……」と呟いた。 「お母さんは、どんな人。 ロウは知ってるんだろ!」  ロウは答えることが出来ずに、押し黙った。 「教えてよ! 何も知らずに、決めれるわけがないだろ……」 「悪い。 ノノには、教えられない。 だが、行くな」  そう伝えられても、ノノは納得するわけもなく……器具を片付け始める。 いつものように乱雑に仕舞うのではなく、丁寧に。 「ノノ……」  仕方ないか、とロウは頭を掻いて、ノノの近くに寄って、座った。 「俺はあまり、口が上手くない。 だから、お前に気を使ったような言い方は出来ない」 「……ああ、アホだもんな」 「アホじゃねえよ」  ロウは懐に手を突っ込み、その中にある物を取り出した。  一つの魔道具。 身につけやすいように紐が通してある。 「僕のじゃ、ないな」  だけど、それはノノの物と同じ製法で作られていた。 散々作ってきたノノならば、見たら分かる。 「ああ、お前の親父の作品だ。 これに込められた魔術式は、攻撃の魔術式だ」  そのことが示す意味。 地獄の父親に信用されていたことに他ならない。 「ノノ、お前のお袋は……クズだ」  少女は何も言い返すことなく頷いた。  そのまま男が語る言葉を聞き続ける。  父と母のなり初め、その生活、その中でノノが産まれたこと……母親が、魔道具を盗んで逃げたこと。 「あいつは、魔道具を手に入れるために……。 お前の父と結婚して、お前を産んで……やっと見せた隙を突いて、盗んでいった」  十年近い計画。 自らの子供まで産んで、育てて、愛していると囁いて、やっと一瞬の隙が生まれた。 「……そうか。 僕のお母さんは…………」 「悪い。 上手く説明出来なくて。 お前のお袋は、お前が親父と同じ魔道具を作れることを知って、利用するために連れて行こうとしているんだろう」  ノノは首を横に振って、小さく言った。 「少し、考える。 一人にしてくれ」 「ああ」  ロウはノノの言葉に頷いて、外に出た。  随分と長い間、昔を語っていたせいか、夜はもう深い。 寂しげな風がロウの頬を撫でて、湿気た空気が唇に付いた。  ノノは大丈夫だろう。 ロウにはその確信があった。  子供だけれど、しっかりと善悪も、自分の力も理解出来ている。 着いていくことはあり得ないだろう。  幼い少女には酷だったが。  いつものように、夜の迷宮都市を練り歩く。 「うわぁああああ!! 殺人だ!!」  いつものように、そんな叫びを聞いて、迷宮都市のお巡りさん。 ロウは駆けた。 ◆◆◆◆◆ 「まさか、あの事件があんな結末を迎えるとはな……」  いつものように事件は解決した。 今日は直接金銭が沢山もらえたので、土産としてノノが好きなクッキーを買って、そのままの足でノノの元に戻る。  事件が忙しかったせいで、こんな時なのに寂しい思いをさせてしまったかもしれない、と申し訳なく思いながらも、クッキーで許してもらえるだろうとタカを括って、ロウは戻った。  工房の扉を開ける。 鍵を締めていないとは、不用心だな、とロウは顔を歪ませながら入った。 「……は?」  誰もいない。 それは当然だ。 子供が起きているような時間ではないのだから。  だが、何もない。 器具も機材も材料も、雑多に置かれていた工具も、設計するための紙とペンとインクも、完成した魔道具も、大切に飾っていた父親の作品も、女の子らしい……人形や小物も、そこからなくなっていた。  代わりに置かれている、箱が二つと手紙。  ロウはその手紙を見た。 『親愛なるロウへ。 僕はお母さんの元に向かいます。 出来ることならば、あの方にその指輪を渡してください。 注文とは違うことになるので、お代はいただきません。 その家は自由に使ってもらって構いません。 またお会いしましょう。』  その手紙を握り潰して、ロウは吠えた、 「ノノ!!」  そのまま外に駆け出る。 全身に付けている魔道具が、ガシャガシャと不快な金属音を鳴らし、そのままロウは走った。  ガムシャラに走り回っても、少女が見つかるわけもない。  夜の街を駆け抜けるのはいつものことだが、今は焦燥が彼の表情には浮かんでいた。 「何故だ! 何故、ノノ! なんでだ!!」  男は叫んだが、迷宮都市の空虚な空間に広がり、溶けるように消えていく。 返事はない。  男の隣に、娘のように思っていた少女はいなかった。  ゆっくり、男の身体が揺れて、崩れ落ちた。  何が悪かったのか。 それほどに母が恋しかったのか。 ◆◆◆◆◆  揺れる馬車、ニコニコと笑みを浮かべる男と、ムッ、と顔を顰めさせた少女。 「お母さん、君と再会出来るのを楽しみにしてるよ」 「嘘はいらない」 「嘘じゃないって、そう言っていたよ」  ノノはラングの言葉を否定するようにため息を吐き出した。  一応『義父』になるらしいこの男も、勿論、親父から大切な魔道具を奪った母親のことも、信用も親愛も抱いていなかった。  手慰みに、出来合いのアクセサリーに魔術式を彫っていく。  ロウと、この目の前の男と母親、どちらが信頼に値するかは、考えるまでもなかった。  幾つもの普通の魔道具を量産してから、それを箱に仕舞う。 「着いたぞ」 「分かっている」  ノノが馬車から出ると、共に柔らかい何かに包まれた。 「会いたかったよ。 ノロ」 「ノノだよ」  ノノは無理矢理女性を引き離してから、ため息を吐き出す。  下手に自分のことを想っているフリをされるより、これぐらい分かりやすい方がやりやすい。 「お母さんだよ。 寂しかったよね。 ごめんねノノ」 「えっ、お、おう」  ノノはそのまま「お母さん」に連れて行かれて、綺麗な屋敷に連れ込まれ、その一室で作業着を脱がされて、豪華なドレスを着させられる。  キラキラ、綺麗で、流れるように見える布。 「綺麗……」  そう女の子らしく呟いてしまったのも仕方のないことだろう。 何せノノは物心ついてから、綺麗な服など数えるほども着ていないのだ。  ノノは作業着ばかり着ているが、決して、女を捨てて、技師の道を突き進んでいるわけではない。  好きな異性もいれば、可愛い小物も好んでいる。 キラキラする照明に、キラキラを反射するような服。  まるで自分が姫か何かのような錯覚を覚えて、いつもの顰め面が柔らかい笑みに変わる。 「えへへ」  そう笑って、笑った照れ臭さで頬を掻いた。 「気に入ってくれた?」  ここも悪くない場所かもしれない。 尤も、隣にいるのがこの女性ではなくて、ロウであったとしたらだが。 「まぁ、そこそこな」  絆されないように、技師としてあの工房にいた自分を支える物として、首にかけた、二年の歳月をかけて出来た最高傑作の魔道具を撫でる。  やるべきことは、やらないと。 「それでさ。 ノノも、まだ工房とかで働きたいよね? そのための場所を作っておいたから、自由にしていいよ?」 「おう」  やはり、自分は道具か。 そう納得してから、ノノは作業着を着直して、その場所に向かって、暇潰しに簡単な魔道具を作り始めた。  しばらくの間、母親や義父に構われていたが、一週間も経てば飽きたのか、構われることが少なくなり、自分の好きなことが出来るようになっていった。 「……面白いこと思いついた」  少女は工具を手に持って、部屋の片隅に紋様を掘り出した。

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