アレフの迷宮挑戦録 5話


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「止まって」

 何時ものように迷宮を進んでいる途中、エルマは唐突にそう言って立ち止まった。

「どうしたの?」

「この先の道、何か感じない……?」

「えっと……」

 アレフは改めて、その先の道を観察してみる。
 すると、その先の道は何故か他の場所よりも明るくなっていて、そして迷宮全体に漂っている禍々しい気も濃くなっていた。

「迷宮は龍脈エネルギーの影響で光ってるって話はしたでしょ。
 そしてこの先は、龍脈エネルギーが凄く濃くなっている場所だから、他の場所よりも光が強くなってるのよ。

「どうしてこの先だけ、龍脈エネルギーが濃くなってるの?」

「それは、この先がこの迷宮の一番奥だからよ」

 龍脈エネルギーには、迷宮の奥へと流れていく性質がある。
 そして迷宮の一番奥の部分には、それ以上奥の部分がないので、その場所だけ他と比べて圧倒的に沢山の龍脈エネルギーが貯まるのだ。

「一番奥……、えっと、じゃあこの先には……」

「そう、この迷宮の守護者がいるわ」

 守護者とは、その迷宮の一番奥に溜まった龍脈エネルギーを一身に浴びたモンスターの事だ。
 守護者は一つの迷宮に何匹もいることはなく、またいない事もない。一つの迷宮に必ず一匹だけ存在する。

「それじゃ、引き返さないとね」

 守護者のモンスターは、必ず圧倒的な力を持っている。
 なので迷宮の最奥まで潜ってこれたアレフとエルマをしても、守護者のモンスターと戦う事はあまりに危険過ぎる事だった。

「いや、このまま進むわ」

 しかし、エルマは先に進もうとする。

「駄目だよ、危険過ぎる」

 この場面では珍しく、アレフの方がまともな判断を下していた。

「あたしは、どうしても強くならなきゃいけないの。だからこんな所で退いてちゃ駄目なのよ」

 しかしそれでも、エルマは先へと進もうとする。
 アレフは、エルマのその意固地な態度を見て、グラベリアから言われていた事を思い出す。

 エルマは強くなる為に焦っている所がある。
 なのでもしかしたら、冷静な判断をせずに無茶な事をしようとしてしまう時があるかもしれない。
 もしそんな時が来れば、アレフにエルマを止めて欲しい。
 そんな事を、アレフはグラベリアから頼まれていた。

「グラベリアに頼まれたんだ。エルマがもし無茶をしようとしたら、それを止めて欲しいって」

「けど、あたしは……っ!」

 エルマはそれでも食い下がる。
 アレフは、普段は冷静なエルマが何故無茶な事をしようとするのか分からず困惑する。

「いや、駄目だ」

 しかしそれでも、アレフはそこだけは譲らなかった。

 そしてしばらく睨み合いをした後、やがてエルマの方が折れる。

「あんたが付いて来ないんじゃ、しょうがないわ……」

 そしてエルマは、しぶしぶといった様子で、その場を後にするのだった。


___


 そして少し経って、アレフとエルマは今回の迷宮探索を終えた。
 そしてエルマは宿に戻った後、直ぐにグラベリアの所へと直行した。

「あたし達、守護者の部屋を見つけたわ」

「そうですか」

「グラベリア、あたし、あの迷宮の守護者と戦う」

 グラベリアは、少しだけ沈黙する。

「お願い、グラベリアだって分かってるでしょ!?
 あたしはどうしても、強くならなきゃいけないのよ……っ」

 アレフは、エルマ達の事情を知らない。
 どうして貴族だと言っていたエルマがこんな生活をしているのか。
 どうしてエルマは、ここまで熱心に強くなろうとしているのか……。
 それはどうしても、エルマもグラベリアも教えてはくれなかった。
 アレフが分かる事は、そのエルマの姿からは焦燥のようなものが漂っている、という事くらいだった。

「一つ、条件があります。
 次の迷宮探索は、私も同行させて貰います」

「……そう、分かったわ。
 でも、手出しはしないで見てるだけでいてね」

「ええ。これはお嬢様の修行ですものね」

 守護者のモンスターは尋常ではない強さだと聞く。
 なのでアレフは、グラベリアは何があっても反対するものだと思っていた。
 しかしグラベリアは何故か、自分が付いて行くという条件だけであっさり了承してしまった。
 その事についてアレフは疑問に思ったが、流石にグラベリアまで同意したとあっては、もう自分が口を挟む余地はなかった。

 そうしてアレフとエルマの次の迷宮探索には、グラベリアも付いて来る事になった。


____


 アレフ達は、また何時もの迷宮へと向かう。
 グラベリアは、先端が3つ又になった槍を持ち、普段来ているメイド服を動きやすく改造したような服を来て、アレフ達へと付いて来ていた。

「グラベリアって、槍で戦うの?」

 アレフは、グラベリアが持っている武器を見ながら言う。
 この世界では、武器は圧倒的に剣が普及している。
 槍や弓や鎚など他にも様々な武器はあるが、剣以外で戦うというのは珍しい事だった。

「ええ、私達の種族は宗教上の理由などがあり、この武器を使って戦うのです。
 私はあまりそういう事にこだわらない性格なので、別に剣で戦ってもいいのですけれど、幼い頃からこの武器で特訓を受けてきたので、やはりこれが一番使いやすいのですよ」

「そうなんだ……」

 言っているこそ理解出来るものの、アレフは槍で人が戦う所を見たことがないので、どんな風に戦うのかあまりイメージが沸かなかった。

「まあ私は、あくまでいざという時の為の保険ですから、この武器も使う時が来なければそれが一番なのですけれどね」

 グラベリアは自身の槍を眺めながら、そんな事を呟くのだった。


 そして、アレフとエルマとグラベリアは、もうすっかり慣れた何時もの迷宮に入る。

 少し歩けば、モンスターと戦闘になった。
 しかしグラベリアは、宣言通り後で見守っているだけで、何も手出しはしなかった。


____


 この世界の迷宮は、複雑に入り組んだ形をしている。
 なので迷宮に挑戦するものは、最初のアレフのような何も知らないごく例外を除いては、地図を付けながら先へと進む。
 迷宮は入り組んでいるので、最奥にある守護者の部屋を見つける為には何ヶ月もの時間がかかる。
 そして迷宮を隅から隅まで回ろうとしたら、更にその何倍もの時間がかかるだろう。
 しかし一度最短ルートさえ発見してしまえば、その道の通りに行けば長くても3日程度で一番奥までは付く。

 なのでアレフ達も、地図を見ながら2日程度で、再び迷宮の奥へとたどり着いたのだった。


「じゃあ、行くわよ」

 そう言ってエルマは、守護者の部屋へと入っていく
 アレフとグラベリアも、それに続いて進んでいく。


 守護者の部屋は、他の場所とは違い明るい。
 そして迷宮の性質として、他の場所とは違い、縦にも横にも広く開けたドーム状のような空間が広がっている。

 そしてそこには、巨大なサソリ型のモンスターがいた。

「こいつが、この迷宮の守護者……」

 グラベリアは無言で、部屋の入口で待機する。

「じゃあ、行くわよ……!」

 エルマが、モンスターへと先陣を切る。
 アレフはエルマを盾にするように位置取って、魔術の詠唱を始める。
 そうして、この迷宮の守護者との戦いが始まった。


 まずエルマは何時ものように、サソリ型モンスターに向かって距離を詰める。
 そして素早く側面へと回り込み、まずは一撃、剣を振り下ろす。
 しかしエルマの剣は、まるで鉄を叩いたかのように、何の手応えもなく弾かれる。

「なっ……」

 エルマがその感触に驚いている間に、サソリ型モンスターは両手のハサミを振り回す。
 エルマはその攻撃を剣で受け止めるが、体ごとその場から弾き飛ばされてしまう。

 防御力も攻撃力も、これまでのモンスターとはケタが違う。
 そんな印象を、アレフとエルマの2人は感じ取っていた。

 そして次は、アレフが詠唱を完成させる。
 アレフの手から、火の弾がサソリ型モンスターへと飛んでいく。
 しかしサソリ型モンスターは、エルマに攻撃された時と同じように、その攻撃を全くものともしない。

「ど、どうしようエルマ、全然効いてないみたいだけど……!」

「どうもこうも、やるしかないでしょっ!」

 エルマはそう叫びながら、先ほどよりも更に強い攻撃を浴びせていく。

「そ、そうだよね……っ!」

 そしてアレフも、この魔術で駄目なら他の魔術をと、先ほどとは違う魔術の呪文を唱え始めるのだった。


____


 戦闘が始まってから、3分程が経過していた。
 アレフもエルマも攻撃を打ち込み続けているが、サソリ型モンスターの防御力は圧倒的で、まだ殆ど相手のオーラを削る事は出来ていない。
 そしてそれなのに、サソリ型モンスターの攻撃を受け続けたエルマのオーラは目に見えて減っていて、明らかに消耗していた。

 なんとかしなければならない。
 そんな事を考えて焦るアレフに、エルマが指示を出す。

「アレフ、あんた魔力を貯めて打つ事って出来るでしょ!」

「えっ、で、出来るけど……!」

「他のことは気にせず、あんたが出来る限界まで魔力を貯めなさい! 今から直ぐに!」

「け、けど……!」

「それしか方法ないでしょ、早くやる!」

「う、うん!」

 魔術師は魔術を使う際、魔力を貯めれば貯める程、強い魔術を放つ事が出来る。
 しかし、沢山の魔力を貯めるのには長い時間がかかる。
 そして基本的には、実戦で時間をかけて魔力を貯めるような余裕はない。
 なのでアレフは、普段はある程度の魔力しか溜めずに魔術を放っている。

 しかし、このサソリ型モンスターには生半可な攻撃は通用しない。
 なのでアレフとエルマは、エルマが敵を引きつけその間にアレフが限界まで魔力を貯めて魔術を放つ、という戦法にシフトしたのだった。

 アレフはゆっくりと、一つ一つの言葉をかみしめるように丁寧に、時間をかけて呪文を唱えていく。
 そしてその間、エルマはアレフの援護を一切受けずに、一人だけでサソリ型モンスターの攻撃をいなし続ける。

 そして、30秒程が経った後。
 アレフが魔力を貯めきるよりも先に、エルマがサソリ型モンスターの攻撃をまともに受けてしまった。

 アレフはその事に、一瞬気を取られてしまう。

「あっ……」

 集中が途切れてしまったせいで、アレフが構築していた魔術式が崩れていく。
 そしてそれに伴って、アレフが長い時間をかけて貯めていた魔力も形をなさないまま崩れていった。

「バカ! あたしはあんたを待ってこらえてんのに、そのあんたが集中切らしてどうすんのよ!」

「ご、ごめん!」

「あたしの心配なんかしなくていいから、もう一回やる!」

「うん!」

 そしてアレフはまた、全力で集中をしながら、時間をかけてゆっくりと呪文を唱えるのだった。


 そして、40秒程が経過した。
 とうとうエルマは、サソリ型モンスターの攻撃を捌ききれずず、吹き飛ばされて倒れてしまった。

「このっ……」

 エルマは急いで立ち上がったが、目の前には既に、今まで戦っていたサソリ型モンスターの姿はなかった。
 サソリ型モンスターは、魔力を貯め続けているアレフの方を警戒して、そちらに向かって突進していた。

「しまっ……」

 エルマの位置からはもう、サソリ型モンスターがアレフへと攻撃を加えるのを止められない。

 しかしその時、アレフはサソリ型モンスターを正面から見つめ、貯めた魔力を全て開放させていた。
 アレフの詠唱は、ギリギリの所で間に合っていたのだ。

「ウィンドカッター!!」

 アレフの手から、魔力によって作られた巨大な風の刃が飛んでゆく。
 その攻撃は、サソリ型モンスターに正面から直撃した。

 しかしサソリ型モンスターは、その攻撃が直撃してもなお、少しも怯まなかった。
 その攻撃すら、殆どダメージにはならなかったのだ。

「くそ……これでも駄目なのかっ……!」

 アレフのいる位置へと距離を詰めたサソリ型モンスターは、両手のハサミを全力で振り回す。

「がっ……」

 全力で魔術を唱えたばかりで隙だらけだったアレフは、無防備なまま、その攻撃を真正面から受けてしまう。
 アレフはその場所から弾き飛ばされ、床へと叩きつけられた。

 どうすればこいつに勝てる。
 アレフは倒れ、頭から血を流ながらも、そんな事を考える。
 そして辺りの状況を見渡す。

 すると、血だらけで倒れるアレフを見たエルマが、何もせずその場で呆然と立ち尽くしていた。

「エルマ! 何してるんだよ!」

 なんとか次の一手を打たないと。
 そんな事を思い、アレフはエルマへと声を掛ける。

「あ、アレフ……」

 しかし、エルマは何故か、その場から一歩も動かない。
 アレフが血を流している姿を見た瞬間から、まるで金縛りにあったかのように、その場で硬直してしまっていた。

「くそっ……」

 地面に倒れ伏すへアレフと、守護者のモンスターが再び迫ってくる。
 アレフはなんとか、必死に立ち上がろうとする。

「え……?」

 すると突然、アレフの後ろから、稲妻のようなものが飛んでいった。

 その稲妻のようなものは、サソリ型モンスターと衝突する。
 部屋の中に、凄まじい衝撃音が響く。 

 そしてその稲妻のようなものは、サソリ型モンスターと衝突した事によって、一瞬だけ動きを止めた。

「あっ……」

 アレフはその時、一瞬だけその稲妻のようなものの正体を捉えた。
 それは、3つ又の槍を構えたグラベリアだった。

 グラベリアは狙いを定めると、また直ぐに動き出す。
 そしてまた、アレフの目には稲妻のようなものしか映らなくなった。

 稲妻のようなものは、サソリ型モンスターに何もさせないまま、何度も何度もサソリ型モンスターへと激突する。
 アレフの目には、グラベリアが何をしているかすら捉えられない。
 ただどうやら、激しい攻撃を加えているらしい。
 守護者のモンスターのオーラだけが、目に見えて減っていく。

「あ……」

 気が付けば、サソリ型モンスターはオーラの枯渇によって疲労困憊していた。
 そしてその稲妻のようなものの激突によって、サソリ型モンスターはなすすべなく吹き飛ばされていた。

「嘘……」

 アレフとエルマが、どれだけ苦労しても殆どダメージすら与えられなかった迷宮の守護者。
 そんなモンスターを、グラベリアはたったそのやりとりだけで、圧倒してしまったのだった。


 グラベリアは、サソリ型モンスターが動かなくなったのを見て、動きを止めた。
 そしてグラベリアは、もうそれ以上の追撃はしなかった。


 グラベリアは、部屋の中心辺りへと歩みを進める。
 そこには、エルマがいた。
 エルマは未だに、アレフが血を流している光景を見た時のまま、ずっとその場に立ち尽くしていた。

「お嬢様、帰りましょう……」

 そう言ってグラベリアは、エルマの肩へと手を置く。
 その何時もの優しい動作に、エルマは危機が去ったことをやっと理解する。

 そして緊張の糸が解けたエルマは、その場にへたり込む。

 「エルマ……?」

 アレフの前で、エルマは何時でも気丈で誇り高い姿をしていた。
 なのでアレフには、そのエルマの姿は、まるで別人のようにしか見えなかった。

「わ、私……は……」

 エルマはまるで臆病な少女のように、縮こまりながら恐怖で震えていた。