アインスヴォルフの誓い


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 大勢の村人達が見る中、俺は少女と相対した。
 村一番の剣の使い手である少女。
 村を護る者に与えられるアインスヴォルフの騎士という称号を少女から奪うために、俺は少女に決闘を挑んだ。

 少女は青眼に剣を構える。 その姿に一切の隙はなく、本気で俺と戦う気でいるのが分かった。
 俺も同じように青眼に構え、少女を睨む。 同じ村の中、同じように大人に教えられて学んだのだから当然ではあるが、鏡のようですらある。

「レングス、なんで……このような勝負を!」

 少女の怒りの声が村の中に響く。 俺は答えることなく、ゆっくりと足を動かして、少女へと近寄った。

「レングス……!」

 俺と少女の剣がぶつかり合う。 そして、少女の剣が根元からへし折れた。

 アインスヴォルフの騎士、その称号を得るために俺は手を汚した。

 俺の目の前にいる少女。 彼女が持っている根元からへし折れた剣を見て、村の連中共が唖然とした表情を浮かべた。
 そんな彼等を一瞥して、俺は少女を睨み、手に持った剣を振り被った。

 いくら「村一番」と呼ばれるほど剣の腕が立つ少女であっても、いくら「腰抜け」と呼ばれるほど俺であったとしても、武器を持っているか持っていないかの差はあまりに大きい。

 俺の振るった剣は少女の利き腕である右腕を根元から切断した。

 少女の肩から吹き出る血液。 それが土の中に染み込んでいくのを見ながら、治癒魔術を使用するために駆け寄ってくる奴等の足音を聞きながら、俺は剣を天に掲げた。

「俺のーー勝ちだ!
俺が、俺こそがこの村において最強の剣士! 『アインスヴォルフの騎士』その名は、レングス=シュメル=ルフトがいただいた!!」

 その宣言を俺が発したのと共に、大地が揺れるかのような怒号がそこらかしこから沸き起こる。

「ふざけるな!」「卑怯者が!」「腰抜けもここまで落ちたか!」「クズが!」「お前にアインスが渡せるか!」「この村から、ヴォルフから出て行け!」「死ね!」「野垂れ死ね卑怯者!」

 その怒りを受け入れながら、真っ直ぐに倒れている少女を見据える、

「レングス……! お前はここまで……!!」

「ああ、俺はこの程度の男だよ」

 痛みに顔を歪めながら、失血に顔を青染めされている少女は、それでも美しい。
 その少女の顔を見つめ、真っ直ぐに少女に向かって歩く。

 村の連中が投げた武器や石を背に受けながら、真っ直ぐに歩く。

「ふざけるな!」

 誰よりも大きい怒号が、獣のような怒鳴り声が響き渡った。
 見慣れた顔が、温和な性格をしていた幼馴染の男が、俺に敵意を向けて、地面を揺らすかのようにこちらに向かってきた。

「俺とやる気か?」

 少女が首から提げていた首飾りを引きちぎるようにして奪い、自らの首に通す。
 『アインスヴォルフの誓い』。 村の中で最も強く、最も猛き者に与えられる魔道具。

 その異常な力を知っている幼馴染の男は、戦士の癖のために、警戒で足を止める。
 戦士として卓越した者ほど、この首飾りの脅威は理解出来ているだろう。 この力を使えば、この村から人一人残ることがないことも。

「殺してやる! 殺してやる! レングス……レングス=シュメル=ルフト!!
お前を絶対に……殺してやる!!」

「その必要はない」

 首飾りに魔力を通し、際限なく魔力が絞り取られる。 完全に俺の魔力が絞り取られた後に、俺は一言を発する。

「身体強化・|壱式《アインス》」

 溢れ出る力に身を任せて、前へと跳ね……そのまま蹴りを放つ。 熟達した戦士の勘、あるいは幼馴染ゆえに俺の動きが読めていたのか。 男が前に出していた剣に足が当たりーーその剣がへし折れ、男の身体が吹き飛ぶ。

 幾人もの村人を巻き込み、一軒の家に当たったところでその威力が止まる。

「他に、俺に挑む奴はいないのか」

 蹴り飛ばしてから静まり返っていた村の奴等に言ってみるが、誰も口を開くことはない。

「卑怯者? 腰抜け? お前らのことじゃねえか!!」

 俺の吠え声は、あまりに理不尽であることは分かっているが、それでも吠えずにはいられなかった。

「卑怯者が!卑怯者共が! 死ねよお前ら! 死ね! 全員死んじまえ屑共が!!」

 怒鳴り声は、空虚に響き渡った。
 近くでは呑気に虫が跳ね飛び、涼やかな風が吹いた。 それすら不快で、不快で仕方ない。

「くそが! ……くそが、くそが」

 俺がそう罵っても、誰も何も言わない。
 馬鹿らしい。 そう思って、魔術を解いた。

 口から吐き出した血を右手で握って、剣を鞘に収める。

「俺は、もう行く」

 俺が歩く道を開けるように人垣が割れる。 本当にこの村は腐っている。 屑ばかりで、どうしようもない。

 食料は……いらないな。 剣はある、首輪もある。 五体満足であり、人は殺せる。 何人でも殺せる。

 血の混じった唾を吐き散らしてから、村の外に出た。


 村の外に出た瞬間、既に気を抜くことは出来ない。
 魔物が蔓延る森、弱い魔物であれば村の戦士であれば遅れを取ることはない。
 だが、それでも俺たちの村は、一人で狩りをすることはない。
 時々見かける強い魔物。 熟達の戦士ですら、出会った瞬間に食い殺されるほどの魔物だって、この森にはいる。

 それを相手取るために、この森を我が物顔で跋扈する強者狩るために、この村の戦士は常に六人以上の群を一個として行動する。
 そうしなければ、一人でいる瞬間に戦士でも狩人ではなく、獲物に成り下がるからだ。

 襲い来る、弱い獣の魔物を剣で斬り殺しながら進む。 この程度の相手では首飾りの力を使うまでもなく、魔物を狩るための剣には一欠片の刃毀れさえあり得ない。

 俺とて、狼人の内の一人である。 現在は村を出て一人で行動しているとはいえ、この程度の相手に手間取るほど、程度の低い「武」ではない。

 だが、それでも所詮は一人であり、一個の群れではない。
 深い森の中において、獣を斬り殺しながら進む俺には血の匂いが染み付いていて、獣共はそれを感じて襲い来る。
 反対に、俺は血の匂いで獣の匂いが分からず、獣共が襲い来ているのかどうかが寸前まで分からない。
 一瞬の不警戒が文字通り命取りとなる。 そんな空間の中、俺は歩き続ける。

 一度目。 一匹の魔物を斬り殺したところで、伏せていた二匹目の四足獣の魔物に噛まれて、腹の肉を抉り食われた。

 二度目。 休もうと木に凭れかかった瞬間に、木の上で隠れていた蛇型の魔物が落ちてきて、頭を庇うために出した左腕を噛みつかれ、毒を流し込まれた。

 三度目。 真正面から向かってきた熊のような魔物を毒の痺れから斬り損ない、そのまま突進を躱しきれずに吹き飛んだ。

 四度目、五度目、六度目ーー。 幾度も失敗を繰り返し、致死には至らない程度の怪我が積み重なっていく。
 死ぬ。 いや、まだ死なない。 死ねない。 その決意を新たにして歩を進めるが、怪我による出血と魔物の毒により足は重く、引きずるようにしか歩くことが出来ない。

 疲れと出血から眠気が襲ってくるが、今は寝たら死ぬ。魔物に食われることは間違いないだろう。 だからまだ眠ることは出来ない。
 歩くことを止めず、歩く。乾いた喉は魔物の血で潤わせて、魔物の肉をそのまま噛み千切り、咀嚼もせずに嚥下する。 腹は下すだろうし、こんな身体でそんな物を食えば、近いうちに死ぬだろう。

 ーーだが、それでいい。

 始めから、この命、使い潰すつもりでいる。

 寝れば死ぬ、起きても死ぬ、ならば起きて進んで死ぬしかない。
 左腕が、千切れて落ちた。 口から血を吐き出した。 開けた空間に辿り着き。 俺は「死」を目の当たりにした。
 美しい。 紅玉が如き深く鮮やかな鱗が並べられ、人よりも深い知性を思わせる瞳が俺を見る。 溜息を吐くようにゆっくりと息を吐いて、憐れむように身体を動かした。
 その脚は大地を踏みしめるためにか太く力強い。 その身体ごと包み込めるような翼は……あまりに流麗であり、恐ろしく、悍ましい。

 彼か、彼女か。
 学のない俺には、竜種の雌雄の見分け方など分かるわけもないはずなのに、その目の前の紅い「死」は彼女であると確信した。
 女性らしい、憐れみの視線が俺を見たのだ。

 小さき生き物が、息絶えそうになる瞬間を見て憐れむ目線。 俺が腕を斬り飛ばした少女も、村一番の戦士でありながら、そんな優しい一面を持っていた。
 だから、幼馴染の男も彼女に恋い焦がれていたのだろう。

 残った片腕に握られていた剣を、地面に突き立てて、俺は彼女に跪いた。
 口の中に残った血液が唾液と混じり、口を動かそうとすると泡となって飛散する。

「俺は、ヴォルフの村、最強の剣士。 『アインスヴォルフの騎士』! レングス=シュメル=ルフト!
今宵! この晩! この時! アインスヴォルフの誓いを果たす。 そのために! 貴殿の首を……いただきに参った!」

 突き立てた剣を引き抜き、構え、竜を睨む。 明確な死。 人が殺せる範囲を遥かに超越した、最強の生物。
 幾ら人が抗おうとも、幾ら人が戦おうとも相手にはならない生命。

 その堅固さは不死と呼ぶに相応しく、その生命を竜と名付けるはおこがましい。
 人が名付けて良い範囲すら、それは超越している。 何故ならばそれこそが、この世界の覇者であり、制するものだからだ。

 彼女は息を吸い込み、俺と目を合わせる。

 愚かな。 と、罵るかのような視線。 それすらが優しく、恐ろしく、ありがたい。

 『アインスヴォルフの誓い』首飾りを手に取り、祈りを捧げるようにその魔道具の力を発動させる。
 無制限に俺の魔力を吸収し、首飾りの魔道具はそれを無意味に吐き散らかす。
 結果として、魔力を消費したのみで何も起きずにいるが、失敗ではない。
 この無意味に魔力を吸収し、吐き散らかすことが『アインスヴォルフの誓い』に込められている能力である。

 元来、魔力を失えば失うほど、疲労し疲弊と共に意識が薄れゆく。 それを、一切の疲労なく行える魔道具がヴォルフの村に伝わる秘宝、俺の村の最強の魔道具『アインスヴォルフの誓い』だ。

 無意味に魔力を吐き出すことに、意味はある。

「身体強化・|壱式《アインス》!」

 魔力の失った身体で、無理矢理に「魔術」を発動させる。 魔術は魔力から成るが、必ずしも魔力が必要ではない。
 魔力ではなく、それを生み出す大元の存在……『魂』を使用することでも、魔術を起こすことは可能。 いや、むしろ……魔力よりも魂を消費した、文字通り身を削ることで発動した魔術は、魔力によって起こるそれよりもーー遥かに、圧倒的に、桁違いに、人智を超えるほどの、力がある。

 心臓から漲るような力、それが脈打つように全身に広がり、俺は口から血を吐き出した。
 魂を削って起こした、奇跡の魔術、消費した魂の苦しみは勿論のこと、それ以上に人智を超えるほどの力を無理矢理発揮させられた身体に異常が起こる。

 人を超えた力に、人が耐えられる筈もない。

 寸前まで差し迫っていた死が加速する。 魂の消費と共に、狼人の丈夫な身体が異常な強化に耐えられずに血管が破裂し、出血する。
 だが、その血管も身体強化により、瞬時に再生する。

「殺させて、もらう……!」

 筋が千切れた鈍い音を地面に置き去りにして、俺は跳ねた。瞬間、既に赤色の竜種は目の前にいて、俺は刃を振るっていた。

 考えた時には既に行動は終わっている。 それほど今の俺は速い。
 竜の鱗が幾つか割れて、割れた鱗が内側の皮膚に突き刺さり、浅く出血が起こる。

 これで既に、偉業である。 竜種を傷つけた、なんて末代までの語り草に出来るほどだ。 尤も、末代は俺だが。
 それに、やるべきことは鱗剥ぎなんて情けないことではなく、竜殺しに他ならない。

 この竜は、村の目と鼻の先にいた。 人からすれば、まともに移動すれば三日近くかかる距離ではあるが、竜からすると、一飛びで辿り着ける程度の近さだ。

 腹が減れば、分かりやすく集まって居を構えいる俺たちの所に来る可能性は、高い。

 だから、誰かがこの竜を殺さねばならない。 村一番の強者が、村に伝わる秘宝によって魂を燃やして。
 この俺『アインスヴォルフの騎士』が村を護り通すと誓いを立てて、それを果たさねばならない。

 地面に着地、もう一度、と振り返った瞬間に竜の爪が見えた。 その爪に弾き飛ばされて、樹にぶつかり、樹がへし折れてやっと止まる。 全身が張り裂けて出血が起こるが、それと同じ以上の速度で身体が治っていく。

 完全に治りきるまで待つと、魂の消費が激しすぎて先に死に絶えるだろう。 ならば、やるべきは攻めの一択。
 殺されようと殺す。 死に絶えようと殺す。 それだけが必要なことであり、それ以上は必要がない。

 また身体能力任せに跳ね飛んで、その翼膜に刃を突き立てる。
 魔物を殺すための武器であり、数多の魔物を斬り裂いてきた相棒……が、翼膜を半端に斬り裂いて、止まる。

「斬れろ、斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろおおおおおおお!!」

 ばきり、と、嫌な音が聞こえて、剣身の半ばから先がなくなる。
 それでやっと竜の怒りを買ったのか、竜が俺を死に際のゴミではなく敵と認めたのか……吠えた。

 竜の口から漏れ出たのは吠え声とは言い難い。 衝撃波、音の嵐、皮膚が音に耐えきれずに張り裂けて、目が潰れて、鼓膜が破れる。
 それも、治る。 弾ける。 治って弾ける。 途切れ途切れの視覚情報の中、上も下も分からない音の暴力、それに立ち向かうように跳ね飛ぶ。
 柄と少しだけの剣身しかない方を棄てて、剣身のみの剣を引っ掴む。
 当然、俺の手の肉は斬れるが、骨は斬れない。 斬られた肉が治ろうとし、剣身に癒着する。 よりよく握れて、都合がいいぐらいだ。

 跳ね飛んだ先に見える竜の紅玉の目に、刃を突っ込んだ。
 痛みでより叫ぼうとするが、竜とて生命であり、肺に空気がなければ吐き散らすことすら出来ない。 吐き散らされた豪風とは逆に、吸い込まれる強風。 息吹なんて、生易しいものではなく、息の一つですら一つの攻撃。
 その呼吸の一つですら、まともな人間であれば身動きの一つすら行えない。

 これが竜であり、最強の生命。 だが、それでも現在の俺にとって、吸い込む瞬間など隙でしかなく、その隙を見逃せるほどの余裕もなかった。
 ひたすらに剣身を振るって、竜の鱗を斬り散らかす。

 斬り続ける俺に竜の尾が迫り、俺はその尾へと刃を振るった。

 幾ら強化したところで竜との打ち合いを人が制することがあるはずもなく、瞬間に剣身が折られ、尾が俺の胴にぶつかった。

 そう感じた次の瞬間には、竜が目視出来るギリギリの位置まで吹き飛ばされており、身体はミンチになっている。
 それでも命が潰えていないのは、魂を削って至る、人を超えるほどの強化か。

 だが、それほどの強化をしてーー竜殺しに至るほどの強さは俺にはなかったか。 幾ら強くなったところで、腰抜け、腑抜け、間抜けのレングスだ。
 負けたくなくても、挑んでも勝てない敵には勝つことが出来ないのだ。
 走馬灯というやつか、子供の頃から負けてばかりいた記憶が蘇る。
 幼馴染の男とは、同じ歳に産まれた。 聞いた話では、奴が先に産まれて、奴が先に立ち上がり、奴が先に家を出て、奴が先に剣を手に取った。
 俺は奴より、何もかも一歩遅れて、一歩届かずにいて、剣で負けて、学で届かず、誰にも認められることなく破れ続けた。

 結局、俺は全て遅れて、奴が全て俺より先にいた。

『違う!』

 不意に、少女の声が響いた。 目だけを動かして周りを見渡しても、人は見当たらない。 追いかけて来たわけではないと、安心する。

『違う!』

 少女の声が、再度耳に聞こえた。
 ああ、そう言えば……少女を好きになったのは、俺の方が先か。 先だったな。
 と、思い出し、再生し始めた頰を緩ませる。

 結局、幼馴染の男も、俺と一緒に歳下の少女に届かずにいたんだった。 間抜けな話だ。 馬鹿らしいほど。

 だから少女が『アインスヴォルフの騎士』に選定されて、命を賭してこの竜と相対することになったんだ。

「は、はは、はははは!」

 違う。 違う。 違う。
 あいつは好いた女を諦めた! 俺はその女のために、卑怯者の汚名を被り、命を棄ててやった! どちらが勝ったんだ!

『違う! レングスは、臆病者なんかじゃない! 腑抜けでも、腰抜けでもなくてーー!』

 少女の言葉が、俺の頭の中で響く。

「俺はーー」

『レングスはーー』

 俺の声と、少女の声が重なった。

 ーーーーアインスヴォルフの騎士だ!

 一匹狼、狼人族、唯一の英雄。 個ではなく群としての種族である狼人。 その中で唯一、個としての英雄。
 何百年昔かも知れないが、単一で竜を殺したとされる、最強の戦士。
 |一匹狼《アインスヴォルフ》、それが彼の英雄の称号であり、少女が俺こそがそれと認めた賞賛。

「勝つ。 殺す!
村を守る、アインスヴォルフの誓いに賭けず! 誓いを果たさず!
レングスという名の新たなアインスヴォルフの騎士として、新たな誓いを掲げ、新たな誓いを果たすと宣する!」

 少し腕が立つ程度の少女一人を犠牲としようとした、村の屑共のためではなく、少女を諦めた幼馴染のためでもなく、レングス=シュメル=ルフトの願いはたった一つ。 少女を救うことのみ。
 結果、他の屑共や幼馴染と番になろうとも、知ったことではない。 他の屑共よりかは、幼馴染の方がマシだろうか。 もう戦えぬように腕を斬り落としたのだ、日常生活だって苦になろう。

 他の人の物になるものだとしても、少女の命を一つ。 それを護り通すことを誓う。

「俺は、彼女を護り通す。
この魂削る、刃の一振りを糧として。
唯一の英雄、アインスヴォルフの騎士、その名の元に!」

 動ける程度には治った身体を引きずって竜の元へと、ただ向かう。

「竜殺しの英雄が技! その隻眼に見せてくれる!」

 剣も失い、魔力もなく、まともな身体もなく、魂すら擦り切れてほとんど失っている。 あるのは一つの信念のみ、魂削る、刃の一振りのみが、俺の中に残っている。

 羽ばたこうとしている竜に向かって疾走する。 愚かしい、忌々しい、そう訴えるように俺の潰した目とは逆の目で、俺を睨んでいる。

 羽ばたいている翼の付け根に、噛み付く。 その硬さに歯が折れて砕けるが、それでも尚噛み切る。

 魂を削れ、もっと、もっと、もっと! 削りきってでも、この竜を殺しきれ!
 もはや存在しないはずの魂が再燃するように全身に力が漲り、全身が弾け飛ぶほどの強化が為される。
 竜の翼を噛み切って、竜が地面に墜落する。 それと同時に竜の鱗を剥ぎ取って、剥ぎ取った鱗を武器に竜の身体を傷つける。

 魂を燃やせ、魂を砕け。 最後の一片を全て使い終えて死ね! ーーそれでも護るために刃を振るえ!
 落下中の竜の背を走り、落ちる最中で身動きが取れない竜の首に辿り着く。 手に持つのは、剣ですらない竜の鱗。
 だが、最強の生命である竜の鱗の方が、あの剣よりも優れていることは明白だ。

 刃代わりの鱗を手に、竜の首へと振り下ろす。

 魂を、残りの一欠片、死へと向かう刃に乗せて……死にながら竜へと振り下ろした。


 魂すらない。 どうしようもない「死」。 最後に、少女の笑みが見たかった。

 そう後悔しても、使い切ってしまったものはどうしようもない。
 自分の愚かさに、哀れさに今になって笑う。 最後に少女の笑顔が見たくてーーーー少女の泣き顔を見て、愚かながら、ほんの少しだけ、満足していくことが出来た。