文献/型式論


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型式論や周辺型式の論考


山内清男 1936「日本考古学の秩序」『ミネルヴァ』1-4
山内清男 1936「考古学の正道-喜田博士に呈す-」『ミネルヴァ』1-6/7

高橋護 1958「土器とその型式」『考古学手帖』第1号 pp1-2
岡本勇 1959「土器型式の現象と本質」『考古学手帖』第6号 pp1-2

鈴木公雄 1964「土器型式の認定方法としてのセットの意義」『考古学手帖』第21号 pp1-5
山内清男 1966「画竜点睛(上)日本先史時代の実年代」『先史考古学論文集』新第一集
塚田光 1969「下総考古学研究会のあゆみ」『考古学研究』16-4

大井晴男 1971「型式学的方法への試論」『考古学雑誌』第55巻3号 pp1-22
菊池徹夫 1971「考古学における<時>の区分について」『史観』第84号 pp52-69
大井晴男 1973「土器群の型式論的変遷について-型式論再考(上)-」『考古学雑誌』第67巻3号 pp22-46
大井晴男 1973「土器群の型式論的変遷について-型式論再考(下)-」『考古学雑誌』第67巻4号 pp28-47
佐藤達夫 1975「土器型式の実態-五領ヶ台式と勝坂式の間-」『日本考古学の現状と課題』 pp81-102
向坂鋼二 1976「縄文時代のテリトリー 東海地方東部をめぐって」『どるめん』8
小林達雄 1977「型式、様式、形式」『日本原始美術体系』第1巻 pp166-169

阿部芳郎 1985「持ち運ばれる土器」『季刊考古学』第12号 pp51-54
小杉康 1985「木の葉文浅鉢型土器の行方」『季刊考古学』第12号 pp47-50
下総考古学会 1985「勝坂式土器の研究」『下総考古学』第8号 下総考古学研究会
瀬川裕一郎 1985「土器の原料土の移入は行われたか」『季刊考古学』第12号 pp55-58
谷口康浩 1986「縄文時代の親族組織と集団表象としての土器型式」『考古学雑誌』第72巻2号
小林達雄 1989「縄文土器の編年」『縄文土器大観』第1巻 pp248-255
小林達雄 1989「縄文土器の様式と型式・形式」『縄文土器大観』第4巻 pp248-255

縄文セミナーの会 1995『第8回 縄文セミナー 中期初頭の諸様相』
黒尾和久・小林謙一・中山真治 1995「多摩丘陵・武蔵野台地を中心とした縄文時代中期の時期設定」『シンポジウム縄文中期集落研究の新地平(発表要旨・資料)』
大塚達朗 1998「土器-山内型式論の再検討より-」『考古学雑誌』第82巻2号 pp11-25
林謙作 1998「縄紋研究と型式学」『考古学雑誌』第82巻2号 pp50-61
山口逸弘 1999「土壙出土土器の選択性」『縄文土器論集』pp236-258