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「ふー、今日も疲れた」
…親父が帰ってきた。いつもの格好で。
深夜二時、ちょうど俺は居間にいた。
この時間にボーっと深夜放送を眺めていると、冴えない『おっさん』のツラをした親父の顔を見ることになる。
どこからどう見ても、リストラ寸前の会社員にしか見えないのが俺の親父の特徴である。
つまりコレといった特徴がない、ということだ。
そのおっさんは俺の前に腰を下ろした。
「ビール、頼む」
哀愁漂う中年は、帰ってからの一杯が生きがいだ。毎日あきもせず酒を飲む。
まあ居候と代わらない俺は、親父の言うことに黙って従った。
中身のスカスカな冷蔵庫を開けると、吐き出された空気がひやりと体に纏わり付いた。

…内容量が少ないと、より冷たく感じるのは気のせいだろうか。

俺はマグナムドライを引っつかんで、トン、とテーブルに置いた。
「・・・コレは発泡酒だろ?」
目の前に置かれた銀色の缶では不満なようだ。
「家賃にほとんど持ってかれてんだよ。'生麦汁'の金は」
住むとこだけは良い所に、と言い出したのは親父の方である。
だいたい家賃に給料のほとんどを持っていかれるくせに、まともな暮らしができるのは俺が金を管理しているからだろうが。
「しゃーないな…」
しぶしぶ手に取った缶を開けた。

…そんな様子を見ていると、たまにこんなクソ親父が本当に自分の親なのか、と思うときがある。

俺と親父の容姿はまったく似ていない。
ヤツは「そっくりじゃないか」などと言いやがるが、それは多分その目が腐っているせいだろう。
まあ、似ている似ていない云々で親子が決まるわけじゃない。
ただ、一般的な親子構造から俺たちはかけ離れていると思う。
'それ'はおそらく信頼や愛情という絆でつながった、普通の親子のカタチから地球七周半ぐらい遠いところにある。
何というか、遺伝子レベルの話なのかもしれない。

…じゃあなぜそう思うのか?
理由?
俺も親父も変態だということ。その事実だ。そのことが俺たち親子の脳に刻み込まれているのだ。
『変態』といっても、痴漢や露出狂か。いや、そういった類のモンでもない。
そもそも変態の定義というのが、いったいどこからドコマデなのかは俺にはわからない。
一般的にいわれるロリコンやらサド、マゾなんかとも違うのか。
思うに___

ただ単純にオカシイ。

脳の回線が普通じゃない。グニャグニャに歪んでいて。
そして社会から外れた精神の持ち主。
ソレだけが、俺と親父の共通点だ。
「・・・っづはー!!」
酒臭い息を吐く男は、間違いなく俺の親父だった。



眠らない都市、東京。
誰がそんなことを言い出したかは不明だが、それはやや誇張しすぎではなかろうか。
…確かに眠らない「街」は存在しているが。

新宿。
そこは夜の間中ネオンが途絶えることはない。
そこらの道では客引きのお兄さん方が声を張り上げ、道行くのは酔っ払いの集団である。
多種多様な人種が溢れ、欲望を溜め込んだ街。それが新宿だ。
恐らくここには'ある'ことより'ない'ことのほうが少ない。

人が死ぬ、ということも。

現代の日本では、そんなこともそう珍しいことではない。
人が一人いなくなった。居ないからどうした。
こうも人が多ければ、結局その程度にしか感じられないのだ。
新宿は、そこに立っているだけではっきりそのことが感じられる街だった。

空虚な無機質感が、この街に、確かにある。

そんな街の日も変わろうとする時間に、奇妙な'空間'ができたりする。
ゴミ箱に押し込まれたような人間達が、ひしめき合っていても誰もが気が付かない場所である。
ソレは雑居ビルの隙間であったり、歌舞伎町の薄暗い裏通りなど、所々に存在していた。
そんな所に好き好んで入っていくのはぐでんぐでんの酔っ払いか、名も知れぬ浮浪者だけだ。

…やけに鈍い音が響く。

ばきん___

通りを過ぎるふらふらしたうるさい足達は気にかける様子もない。
また一人、この町で人が死に、そして誰も気付かない。 
明日からまた日々の生活に追われる、現代社会を生きる人間は、目の前の事以外どうでもいいのだ。
そう・・・何も知らぬままに生きていく。



「ふー。つかれた」
親父が帰ってきた。相変わらずの格好で。
一体この格好でどうやって帰ってきてるのか、俺はまったく知らない。
…絶対電車じゃないのは確かだろう。

しかし、いつ見てもくたびれた顔している。
そんな親父を見ていると、ああ自分たちは変態なのだな、と再認識してしまう。
まるで日本の中の異物だ。いや、俺たち親子がまともに生活できる日本のほうがおかしいのかも知れない。

ふと気が付いた。いつものように酒を飲む姿に、普段見ない『モノ』がこびり付いていた。
「…それ落した方がいいんじゃねえの?」
「あ?…あー、ほんとだ」
俺に言われてようやく気付いたらしい。胸元についてればはっきりわかるはずなのに、まるで気にしていなかったのは親父だからだろう。
…いよいよ認識力が足りなくなっているのだろうか?
「…まずいなー。残るかな、これ?」
弱ったな、という顔をしているが、俺は物凄いどうでもよかった。
「さあな。染み抜きでも使えば」
もちろん家にそんなものはない。
「あー、まいったな。これ一応会社のものなんだよなぁ…。電話しとくか…?」
ブツブツいいながら親父は電話へ向かった。
…その姿。その格好は何なんだ、といつも思う。

何でよりによってパンダの気ぐる身なのだろう?

日本国家のやることはよくわからない。オヤジにパンダの格好させて何が楽しいのだろう?
…パンダは人を殺す。金属バットで一撃だ。映画の殺し屋なんかも真っ青だ。

親父がいつ仕事をしているかは知らない。だがこんな馬鹿げたことをやっている理由はなんとなくわかる気がする。
電話に向かってペコペコ謝っている親父の仕事着はパンダ服で、真っ赤な染みを付けていた。



「いやー、まいった」
「…何が?」
「一ヶ月謹慎だってさ」
「…アレ、で?」
「上の言うことには従わなきゃな…。サラリーマンは犬だよ、ホント」
「犬じゃなくて'パンダ'の間違いだろ」
「…ははは!確かに!お前うまい事と言うな」
「アホ。ホントのことだろうが。それよりさっさと飯食っちまえよ。片付けんの誰だと思ってんだ」
「はいはい。ダメ親父は飯を食わせていただきますよ」

ムシャ、ムシャ、ムシャリ。

「…親父」
「何だ?」
「ここもそろそろ引っ越したほうがいいんじゃねえの。家賃は馬鹿みてえに高えし、近所の目も気になんだろ」
「…んー、まだだな。今期のノルマまだ達成してないから、まとまった給料入るのは先だしなぁ・・・」
「どのぐらいかかんだ?」
「三ヶ月ぐらいか?・・・まあ白い目で見られんのは慣れてるだろ?」
「まあ、な…」
「しかし___」
「何だよ?」
「…いくら家の中だからって、裸エプロンはやめたほうがいいぞ、お前」

END
  

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