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彼はそこでいつも、文庫本を読んでいた。

私は図書館に入ると、いつも最初に彼がいるか確かめる。
彼はいつも必ずそこにいた。少なくとも、私が彼に気づいてからはずっと。
毎日一番奥の窓の前の席に座っていた。きっと、それが彼の特等席なのだ。

私は彼がよく見える席に座って、鞄から本を取り出す。「サマータイム」。
読書嫌いな私には、この本でも読むのは大変だったが、図書館に来て何もしないよりはましだ。

私が図書館に毎日来るようになって、もう2週間が経っていた。
彼に関して解ったことは、「土日はいない」「平日は必ず開館時間から閉館時間までいる」
「席に座ってから帰るまでは絶対に席を立たない」ということだ。この2週間の成果である。

私は彼と一言も話したことはなかった。目を合わせたこともない。
全く知らない人なのに。なぜか気になってしかたなかった。
彼には何かしら、私を引きつける力があるのだ。そうに違いない。

日は傾き、気づけば時刻は午後5時5分前だった。私は席を立ちつつ、彼の方に目をやる。
彼も帰るところのようだ。今日こそ、話しかけよう。私は鞄を持つ手に力を込めた。

彼との距離を一定に保ちつつ、後ろをつけていく。これではまるでストーカーだ。
月は頭上に煌々と輝き、風が頬を撫でている。気づけばそこは私の通う高校の前だった。
驚いて視線を彼に戻すと───彼は消えていた。

翌日から、彼は図書館に現れなかった。私が図書館に来る目的は失われてしまったのだろうか。
彼はいっこうに現れなかった。時間だけが過ぎていく。私はふと、彼が座っていた席に座ってみたくなった。
彼の手がかりと言ったら、その席くらいだからだ。
私は窓際の席に腰掛け、窓の外を眺めようとした。そして、窓枠のところに何か紙があることに気づいた。
それは彼の写真だった。写真の日付は───

本当なら、会うはずなのなかった人。
と言っても、話してもいないから微妙な関係だが。それでも私は会っていたのだ。十年前に死んだ男に。

図書館の人は皆、彼をよく知っていた。彼は亡くなった日もあの席に座っていたという。
あの席は彼の特等席だった。それは、明日から私の特等席になる場所。

墓に花を添え、手をあわせる。この小さな墓の下に、十年前に交通事故で死んだ男が眠っている。
事故のあった場所は、私が彼を見失った、私が通う高校の前。時間も私が彼を見失ったのと同じ時刻だった。私が思うに、彼は読み残した本を読みに来ていただけだったのだと思う。果たして彼は読み終わったのだろうか。そんな心配をしてしまう。

なぜあんなにも彼が気になっていたのか、自分でもわからない。
もしかして、彼は私に何かを伝えようとしていたんじゃないか、なんてことも考えてしまう。
しかし、私としては今までの出来事はただ偶然が重なっただけに過ぎないと思うのだ。
彼はたまたま本を読みに来ていた。それを私がたまたま見つけた。それだけだ。

立ち上がって、背伸びをした。
陽は傾き、辺りは朱に染まっていた。墓も朱に染まっていた。
「さよなら、十年前の読書家」

私は彼にそう囁き、墓を後にした。
  

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