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 ゲームセンターも通ってみればだいたい同じ顔が毎日狭い店内に並んでる。そう感じるのはおそらく僕もそれらなじみの顔のひとつとして役割を果たしてしまっているからだろう。
けれど僕がみる顔はいつだって他人の顔なのだから自分自身がそこに属しているという実感は得てして薄いものだ。そんなふうに自分の存在があやふやなくせに周りだけがとにかく確定してしまっている。そういう日常が日常になってしまっていた。個人的な嗜好そのものがコミュニケーションにつながっているというのは、孤独が好きでも得意でない人にとって恰好の趣味だ。自分の名前なんか誰ひとり知らないようなところでひとりぼっちでいても、大型モニターの向こう側で誰かが僕とアクセスしている。僕はただモニターに映るキャラクターを操作し、また家庭用ゲーム機でしても同じようなプレイをするが、そうしたなかでも僕は決してひとりではなかった。

 店内にたばこの煙が充満する。立ち昇っていく薄煙たちを分散させるように狭い通路を人々が行きい、掻き分けられた煙の一筋が徘徊する人々と肩をぶつけるたびに鼻をつんとさせる。僕はとある顔なじみの座るアーケードゲーム機の後ろで彼のプレイを見守っていた。けれど勝負はあっという間に終わった。ワンプレイの待ち時間なんてそんなものだ。観戦できるものなんていくらでもある。彼の台も、隣の台も、後ろを振り返れば音ゲーがあるし、レーシングゲームもある。そんな乱雑にして細やかにゲーム機が配置された店内は首をキョロキョロ回してるだけで知らぬ間に時計は思いもよらないほど針を回転させてしまっている。

「ああ・・・」ゲームを終えた目の前の彼は前のめりにしていた上半身をのけぞらせ、精魂尽きたかのようにあごを天井に突きつけると重い吐息を吐いた。「負けた」

 それから僕と彼との間でしばし沈黙が訪れた。もともと何ひとつ会話はしていなかったけど、それは背後にいる僕に語りかけてくるような沈黙だった。時間はさきほどと打って変わってゆるやかに流れだした。彼はひどくおだやかな時間の中で余韻に浸っていた。人生において莫大ともいえる時の中で僕ら人間は何を思うだろう。僕らはいつもすれ違い、同じ言葉を繰り返す。不器用な人間は不器用なまま誰とも分かち合えずに悲しんだり苦しんだりする。そうやって僕らはどんどん自分を追い込んでいく。けれど、だからといって僕らは必ずしもそういう生活をしなければならないわけじゃない。あやふやな自分を確定させるために争い傷つくことを僕は望まない。だから僕は誰とも知らず誰とも知られずこのままこの空間を満足しようと思う。僕は財布から50円玉と一枚取り出して静かに彼の背中から腕を回した。硬貨が吸いつくようにゲーム台にカチリと音をたてる。いまだじっくり椅子に座り込む目の前の彼は天井と見つめ合ったまま二度まばたきをすると、ゲームに負けた悔しさを表現するように苦笑いで丸い台座からゆっくりと腰をあげた。

 どこかの誰かがこう歌っていた。”喋る笑う恋をする僕たちはさよならする”僕はこのゲームセンターで名前も知らないなじみの常連たちとさよならする。僕は50円玉を一枚投入する。3ラウンドの戦いがこれから始まる。反対側の対戦相手も顔なじみのひとりだ。これから僕が乱入することもあいつはわかっている。ゲーム開始のカウントが始まった。3、2、1・・・。

”すべての言葉はさよなら”どこかの誰かがそう歌っていた。本当にその通りだ。僕は全力で戦い、力尽きるだろう。そして向こう側のあいつにありがとうと心の中でつぶやくだろう。

 カーンッというゴングの効果音とともにゲームは開始された。
  

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