歌舞伎町。
其処は、アジアで最も栄えている都市と言っても過言ではない、東京は<新宿>の中に於いて、一番の歓楽街とすら謳われる街である。
つまりは、世界を探しても、この街を越える程の歓楽街は、滅多な事ではない、と言う事を意味する。
面積は僅か、四百m四方しかこの街には無い。箱庭である。大の大人が十分も歩けば、それこそ街の端から端まで移動出来てしまうと言う狭い街だ。
そんな小さいこの街の中に、二千を超える程の飲食店が操業、数万人を超す人物が働いているのだ。
無論、それだけがこの街の顔じゃない。夜になれば目に痛いネオンがギラつき、雑踏の濃さは昼の数倍にも達する。
夜にもなればキャバクラやホスト、風俗やソープ、性感マッサージの店が本格的に店を開け、歌舞伎町のもう一つの顔。
五十を優に超える程の『組』がシノギを削り、外国のマフィアすらもが彷徨い歩く、欲望と獣欲が闊歩する街へと様変わりするのである。

 歌舞伎町が危険な街と言うイメージは、最早払拭のしようもない事実であるが、それでもやはり、治安の方は一昔前に比べれば遥かに良くなった方だ。
危ない街と言っても、今では<新宿>の警察組織もこの街を重点的にパトロールしているし、表通りを歩いてさえいれば、変なトラブルは避けられる。
況してや今は、陽も明るい午前十一時を過ぎた辺り。夜型の人間が多い、暴力団員や水商売関係者は、今は余り見られないと言っても良い。
そう、今の時間は、この街は平和な筈なのだ。――それなのに、道行く人間の顔つきは、何処か妙な物だった。何かに不安を感じ、その不安について消して小さからぬ懸念を抱いている、と言うべきか。兎に角、そんなイメージを見る者に与える顔付きだった。

 <新宿>二丁目で起った、怪物と人間との戦いから、既に三時間は経過している。
怪物、つまりバーサーカー・高槻涼と、人間、アーチャーのジョニィとモデルマンのアレックス二組との戦いの影響で、<新宿>の一部の道路は、封鎖の憂き目に遭っている。
彼らが破壊した道路の再舗装もそうである、事件捜査の為の警察組織の介入もそうである。だが、一番の問題は自動車の撤去だった。
運転主が自らの安全の確保の為に乗り捨てて行った自動車、三人のサーヴァントとの戦いで二丁目に遺された自動車の撤去及び別所への移動が、現在進行形で進んでいるのだ。
十全の状態を保っている車は、身元確認をしてから元の持ち主の所へ、破壊されたが辛うじてナンバーが残っているものは、持ち主に報告。
自動車保険に入っている者は、加入している保険会社へと連絡。ナンバーの把握も出来ない程完全に破壊された車は最早どうしようもないので、
仕方がないので道路に散らばる鉄屑やガソリンを除去、元の道路の状態に戻させる。こんな作業がずっと、高槻涼が暴れたあの交差点で行われている。
当然交通の便は不便を極まる状態となっており、重い軽いを問わず、<新宿>内は愚か、近隣の区ですら渋滞が発生している程だった。

 渋滞から来る苛々が、人々を不安にしているのか? それとも、街で暴れた高槻涼や、今も何処かで跋扈していると言う黒礼服の殺人鬼の影に怯えているのか?
――それらをひっくるめた、全てに、疑心と不安を、抱いている。これが、正解なのであろう。
老いも若いも、男も女も、正業に就いている者も人に言えぬ仕事に就いている者も。皆、<新宿>を取り巻く不穏な空気を、感じ取っているに違いない
今この街は、何かがおかしいと。空に浮かぶ夏の太陽の表面に、黒い髑髏が哂っている訳ではない。コンクリートのジャングルが、壊されている訳でもない。
悪魔が肩で風を切り、死人が立ち歩いている訳でもない。空から見ても地から見ても、この街は<新宿>だ。だが確かに、此処に住み、此処で活動をしている人間には解るのだ。この街が今や、魔界になってしまったと言う事を。

 そんな<新宿>の不安など、我知らぬと言った顔で歩く男がいた。
紫色のスーツと黒いワイシャツでバッチリと決めた黒髪の男だった。薄く不敵な微笑みを浮かべるその顔つきは、驚く程整っている。
成績の悪いホステスやホストがしているような整形のそれではなく、持って生まれた顔付きであると解る。美の神は、この男に対して少なからぬ贔屓をしているようであった。
姿形だけを見れば、ビジネスマンの様な印象を見る者に与えるが、身体から発散されるそれは、明らかにジゴロや『ヒモ』のそれだった。つまり、遊び人だ。

 歌舞伎町の飲食街を歩くその男は高槻達の起こした騒動など、何処吹く風と言わんばかりに、街を肩で風切って歩いている。
昼の時間になると、調子の良い中国人や黒人の、片言の客引きがいなくて、実にスムーズに歩く事が出来る。その分この街の素顔を楽しめないのが、難点ではあるが。
笑顔を浮かべながら歩く男が、二人組の女子大生の姿を認めた。恐らくは歌舞伎町と言う土地柄を考えるに、W大学の生徒だろう。
大学生らしい、少しおしゃれとファッションを齧りましたと言うような服装と、大学生になってから覚えたであろう、それ程上手いとは言えない化粧。
彼女ら二人の姿を見た時、ふっ、と遊び人風の男は笑みを零し、二人に近付いた。

「やぁ、そこのかわいこちゃん達、講義はサボりかなぁ?」

 いかにもな猫撫で声をあげ、男は声を掛けた。ナンパである。男の声に反応し、二人が振り返った。

「駄目だなぁ、君達みたいな真面目そうな娘が、授業にも出ないで遊んでちゃぁ」

 「やだ」、と言って女子大生の一人が笑った。掴みとファーストインプレッションは、良かったらしい。
そもそも男の顔が良いのだ。余程下手な事を言わないか、相手方が相当身持ちの良い人物でない限り、この男のナンパは、成功する。

「サボりじゃないですよお兄さん、ちゃんと友達に代返頼んでますから」

「おやおや、イケない娘だね~。代わりにノートも取って貰ってるんだろう?」

「あ、わかる~? ちょっと優しくするとその気になっちゃう根暗な男でさ~、扱いやすいの」

 成程、典型的な、入ってから急速に頭の悪くなった学生と言うべき態度と話し方だった。
尤も、遊び人は代返とノート代筆を頼まれた男については同情しない。断らない、本質を見極められないそいつが悪いと、結論付けた。

「どうかなスウィートハニー達、これから僕とお茶でもしない?」

「え~、どうする~?」

 と、二人は顔を合わせる。
男を信用していません、と言うような解りやすい態度だったが、浮かべている笑みは、『脈あり』、と言うべきものだった。

「お兄さんお金とかあるんですかぁ? 私達一杯飲んじゃったり食べますよ~」

「おいおい、僕がお金に困ってる風な男に見えるのかい? 君達二人と結婚して養えるぐらいのお金はあるんだぜ?」

「え~、どうする? 養って貰っちゃう?」

「其処は話しながら決めちゃう事でしょ。お兄さん、私、フルーツバー・シュガー・マウンテンだったらお話弾むんだけどな~」

 その店は、男も知っている。二年前にオープンした新進気鋭のフルーツバーだ。
自分の所で経営している果樹園からフルーツを取り寄せ、それをパフェにしたりケーキにしたり、ミックスジュースにして販売したり、
或いは果実そのものを店舗の果実販売コーナーで購入出来るようにしたり、と言った形で利益を上げている店である。今ではタカノフルーツパーラーと並ぶ、<新宿>でも有名な果物の専門店だった。

「オーケーオーケー。全くしょうがない女の子達だなぁ、それじゃあ行こうか」

「はーい、それじゃ――」

「……あー、ごめんねぇ可愛いベイビー達。予定が入っちゃったから今日はおあずけだなぁ」

 一瞬だけ、化粧が台無しになるレベルの間抜け面を作る女性二人であったが、言葉の意味を理解するや、直に、信じられないような顔を浮かべた。

「は、はぁ!? 何よそれ、信じられない!!」

 一言二言の会話だけで、少し頭が軽めと言う事が解る人間ではあるものの、こと今回に関しては、理は彼女達の方にあるかも知れない。
男の方から誘っておいて、しかも、誰の目から見ても明らかな嘘を吐いて、いきなり前言を翻したのである。
携帯電話を取り出して、会話するフリも、会話アプリを用いるフリすらも、男は見せない。誰が見たって、女達をからかう為に声を掛けたとしか思われないだろう。

「ごめんごめん、大事な用事なんだよ、埋め合わせはするからさ。それじゃあね」

 と言って男は、早歩きで、二人の女子大生を置き去りにし、この場から去って行く。
男の後ろで、女子大生二人がキーキーと何かを喧しく騒いでいたが、男はそんなの素知らぬ風。
この一幕だけは正に、<新宿>の、歌舞伎町の日常的な一コマと言うべき物なのだった。



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 歌舞伎町と新大久保は、目と鼻の先にある街と言っても良い。
小学生の足でも少し歩けば簡単に踏み入る事が出来るし、自転車を使えばもっと早く、歌舞伎町から新大久保駅まで移動が可能なのだ。

 紫色のスーツの男は新大久保駅まで徒歩六分程の所にある、少し目立たない裏路地までやって来ていた。
新大久保駅から近い表通りは、観光客向けの免税店や、韓国のスナックや路上で食べるに適した食事を売る軽食屋、
偽物のブランド品を売っている呉服店などで盛況を極めるが、少し外れた裏路地に行くと様相はディープとなる。
一昔前に比べれば良くなったのかも知れないが、新大久保も<新宿>の中では治安の悪さは下から数えた方が速い。
歌舞伎町も新大久保も、取り分けて外国人が多い事で有名である。そして、外国人のマフィアが暴力団組織が跋扈する事でも。
近年<新宿>の警察を悩ませるのは他国の暴力団の問題のみならず、海の向こうから、公安がマークせねばならない程の新興宗教が流入して来ていると言う事だ。
彼らは借りているテナントビルの一室や、店の一部を本部にして、じわじわとその版図を広げて行っている。<新宿>としても頭の痛い問題は、何もヤクザなどの暴力団絡みだけではないと言う事だ。

 今男がいる所は、そんな新大久保の中でも特に、そう言った裏を集めて作った、一般人の立ち入りは余りおすすめ出来ないと言う程の、危ない所だった。
夏の昼でもこの路地はジメジメとしており、薄暗い。そして、全体的に人通りが少ない。違法ドラッグの売買の、メッカにでもなりそうな場所だ。
だがそれにしても、人の気配がなさ過ぎる。建物の中からですらも、人の気配が感じられない。
打ち捨てられて百年以上も経過した廃寺の本堂の様に、この場所は静まり返っている。そう言えば此処最近<新宿>では、裏社会の住人が忽然と姿を消して行っているらしい。そのあおりが、此処新大久保にも、来ているのだろうか。男は少しだけ、そんな事を考えた。

「全く、君達のせいで楽しいお茶の時間が台無しになったじゃないか」

 考えこそしたが、紫のスーツの男にしてみれば、この街に人がいるかいないかなど、瑣末な事のようだ。
口ではこう言っているが、話す声のトーンは友と談笑をするかのようなそれであり、怒っているみたいな風は感じられない。
きっと、足元に無惨に殺された死体が転がっていても、男はこんな調子で物を話すのだろう。

「気の利く方じゃないんだ、悪いな」

 スーツの男が振り返った七m程先に、その青年はいた。
黒い男だった。羽織るマントも、その下の書生服も、被る学帽も、履いている靴も。全て、墨を浴びたかのように黒一色。宛らそれは、影法師。
魚が水面から顔を出す様に、裏路地の日陰から突然現れたのが、この青年だと説明しても、信じる者は出て来るだろう。それ程までに、この男は影を想起させるのである。
黒のイメージが離れぬそんな男だからこそ、端正なその顔立ちと白い皮膚の色が、良く映える。大正時代の白黒かセピアの色の写真から、天然色を纏い飛び出して来たかのような男だった。

 スーツの男は、この青年が自分の事を着けている事を、理解していた。実に見事な気配の消し方と尾行の腕前だったが、男は気付いていたのである。
この場所に誘い込んだのは、サシで話がしたかったから。そして何よりも、あの頭の悪い女達と話すよりも、ずっと楽しそうだったから。これに他ならない。

「僕も忙しいんだ。つまらない用事で僕を尾行した、とかはやめてくれよ?」

「帝都を護るサマナーとして、お前を殺しに来た」

 と、臆面もなく、真顔で言い切った、黒マントの青年――ライドウの言葉に、スーツの男は白い歯を見せる笑みと言う表情で返した。
獰猛な笑みだった。磨かれて白く光る犬歯が、危険な輝きを放っている。

「成程、確かに面白い用事だ。お堅い見た目の割には諧謔に堪能とは」

「冗談で言っていると思っているのなら、大した空け者だな、貴様は」

 其処まで言ってライドウは、懐に差していた赤口葛葉の鞘から、本身を抜き放った。
薄暗い闇の中にあっても、白々と光り輝く様な美しい、鋼色の刀身だ。和紙を落とせば、スルリと斬れてしまうだろう、業物の気風をその刀は剣先から柄頭に至るまで、放出していた。

「実に見事に人になりきれている。狐や狸の変化など、お前のそれに比べたら子供の児戯だろう。流石、馬に自ら変身し、神馬(スレイプニル)を産み落とした事だけはある。変化に関して、お前の右に出る悪魔はそういるまい」

「参ったね。其処までもう僕の正体が解ってる訳だ。悪魔を召喚して戦う色々な人間を見て来たつもりだが、君はハッキリ言って桁が違うね。アベルとカインよりも優れてるんじゃない? 君」

 これには、それまで不敵な笑みを浮かべ続けていたスーツの男も、驚いた様な表情を浮かべた。
悪魔がどうだ、アベルやカインがどうだ。そんな会話を往来の真ん中で恥ずかしげもなく繰り返すのは、正気の沙汰とは思えないが。
この二人に限って言えば、実にそう言った気取った、漫画やアニメの中で行われるべきそれが、サマになっている。

「一応僕は、何もトラブル起こすつもりないんだけど」

「誰が信じると思うんだ? 魔王、況してや神も巨人も等しく化かして騙して来たお前の言う事を、誰が信じる?」

 其処で、冷たく、重圧な沈黙が降りた。
夜の南極にいるのではと錯覚する程だった。息を吸うのも辛ければ、感じられる温度も、コートが一枚二枚では全く足りない。
――真実、気温が下がっていた。紫色のスーツの男を中心として、苔むした地面に、両脇のコンクリートの陰鬱な壁に、白い『霜』がこびり付き出しているのだ。
ライドウの右脇の壁に建て付けられている、クーラーの室外機から漏れる水滴が、氷の礫になっている。気温は既に、零下十度以下にまで落ち込んでいた。

「俺は、オーディンやトールに比べて、悠長な性格でもない」

 ライドウが其処で言葉を切ると、彼の左隣に、紅いコートを纏った魔剣士が霊体化を解き、姿を現した。
血で満たした桶にそのまま漬け込んだような、派手な紅色のコートを我が身の一部の様に着こなす、この男こそ、セイバー・ダンテ。
デビルサマナーである葛葉ライドウが引き当てた、最強の悪魔狩人その人だった。

「ラグナロクを待たずに貴様を斃すし、息子の腸を縄代わりに幽閉などと言う甘い考えもない。この場で消えろ」

 スーツの男から笑みが消える。完全な、真顔だった
代わりに、ダンテが嗤った。ホルスターから、エボニーとアイボリーを引き抜きながら、だが。
スーツの男が浮かべていた獰猛な笑みに負けず劣らずの、凶悪な笑みだった。子供が、買って貰ったオモチャをどう壊そうかと思案している時の様な笑みだ。
心の底から、こう言った事が大好きでなければ、こんな笑みは、浮かべられない。

「如何した。悪魔に変身しないのか、伊達男? 十秒やるから、その間に変身するか、その姿のままゴミ箱に送られるか決めときな」

 と、挑発的にダンテが口にした、刹那。
三人を取り囲む建物が、空が、宇宙が。全く異なるものに変質して行く。
空は赤黒く、地平線は果てしなく。足場は硬い岩地の上に、少しの砂を申し訳程度に撒いたフィールド。
其処は荒野と言うよりも荒涼とした岩石砂漠とも言うべき場所だった。空の色と言い、向こう数千㎞まで何も建造物も植物もないと思わせるような、地平線の果てしなさ。
きっと、魔界の光景とは、こんな風なのだろうと、人は思うかも知れない。

「一度吐いた唾は飲めないよ。例え、神であろうともだ」

 そう言った瞬間、紫のスーツの男の服装が、変化した。服装だけじゃない。その見た目も。いや、全てが。
射干玉の様な黒髪は、煮溶かした黄金のような金髪になり、長さの方も伸びた。伸ばした後ろ髪は、川流れのようにさらさらと靡いている。
ラバーに似た質感の材質で拵えた黒色のつなぎを纏うその姿が、実に、いや、あの紫のスーツの時よりもずっと恰好がついていた。
嗚呼、しかし。その肌の色は何か。繋ぎから露出する胸元、そしてその顔の、青緑色の肌の色は何だ? そして、その背から生える、蝙蝠を模した様な翼は?

 嘗て紫のスーツを着こなす遊び人だった男には、名前がなかった、住所もなかった。男は人でもなかった。
男は悪魔だった。魔王だった。その本当の名を『ロキ』と言う。生まれついてのトリックスター、生まれついてのトラブルメイカー。ライドウが、殺すと言い切った理由の全てが、この男の正体にある。

「行くぞ、セイバー」

「OK」

 言ってダンテが、両手に持ち構えた二丁拳銃を、マシンガンにも迫る速度で乱射した。 
放たれた弾丸の全てが、ロキの細い身体へと殺到するが、ロキは何も無い所から、分厚い氷の壁を創造。
彼の身体を優に超える程の高さのそれは、凄まじい密度を内包しているのか、ダンテの放った弾丸を全て受け止め、防御する。
亀裂一つ、はいらない。それを受けダンテが動いた。エボニーとアイボリーをガンホルスターに即座にしまい、背負っていた大剣を構える。
そして、地面を滑るように、時速数百㎞以上の速度で、氷の壁に向かい突進。氷の壁に、リベリオンの剣先を勢いよく叩き付ける。
すると、分厚い城壁のようなその氷壁が、まるで厚さ一mmも無い薄い氷の板の様に脆く砕け散った。

 だが、何時までも防御に徹するロキではなく。
彼は其処から微動だにもせず、息を吸うように、上空百m程の地点に、氷の塊を生み出した。
いや、氷の塊と言うよりは、最早氷山と言うべきか。大きさだけで家屋複数分はあろうかと言うそれを、ロキは無数に降り注がせてきたのだ。
一人に対して降り注ぐ数は、三つにも四つにもなる。回避など、出来る訳がなかった!!

「ハッハ、全く少年と一緒だと退屈しないな!! 北欧神話のトリックスター様と殺りあえるんだからな!!」

 そう叫んでダンテは、自分に向かって降り注ぐ氷山を見据えた。
リベリオンの武骨な剣身は、溶かしたルビーを塗りたくったように、真っ赤に激発していた。それは、ダンテが纏わせる魔力であった。
魔力を纏わせたリベリオンを、音の四倍の速度で振るうや、剣身から、赤黒く可視化された衝撃波が、リベリオンを振った速度に倍する速度で放たれた。
衝撃波は氷塊に触れるや、一切の拮抗の時間すらなく、巨大な氷塊の全てを粉砕、一瞬で無力化していた。

 ダンテは、マスターであり、自分よりも遥かに身体能力が劣る筈のライドウの方を、全く気にかけてすらいなかった。
氷塊は、ライドウの方にも等しく向かっていた。それなのにダンテは、マスターに迫るその攻撃に全く興味すら示していない。
確信があるからだった。この程度の攻撃など、問題もなく対処出来ているのだろう、と。

 そして事実ライドウは、苦も無く、ロキの放った『ブフダイン』を蒸発させていた。
見るがよい、ライドウの傍に侍る、鋼色の巨躯を誇る獅子を。そして見よ、その獣に生え揃った牙の辺りを漂う、炎の破片を。
彼は、瞬間的に封魔管から紅蓮族・ケルベロスを召喚。ケルベロスが放った『アギダイン』、弩級の大きさの火炎球で、ブフダインを相殺したのである。

 ケルベロスを伴い、ライドウが地を蹴った。
正に、黒い風としか形容のしようがない速度だ。平地でバイクを走らせるようなスピードで、足音も立てず、砂粒一つ巻き上がらせる事なく、ライドウは走っていた。
人間の身でこれだけの速度で動ける身体能力もそうだが、ライドウに従うケルベロスも、それだけの速度で移動していると言う事実もまた、驚嘆に値するべき現象だ。
重さにして優に数tは超えているであろうこの巨獣の何処に、これだけの軽やかさがあると言うのか。悪魔には、人間が想像の外の存在である事の証左が、今此処に展開されていた。

 ダンテ目掛けて魔力が収束して行くのを、ライドウと、そしてダンテ本人も当然の事ながら、感じていた。
それと同時に、ロキの姿も、ダンテとライドウの視界から消え失せる。流石に音に聞こえた、最上位の格を持つ悪魔。瞬間移動など、造作もないと言う訳だ。
ダンテがそう思った瞬間、彼とライドウを余裕で巻き込む程の大きさの、凄まじい勢いの衝撃の渦が、何の前触れもなく発生。
まるで嵐の様な凄まじい回転運動を行っており、その衝撃に直撃すれば最後。人は文字通り粉々に四散し、たとえ戦車と言えども、秒を待たずにスクラップだろう。
それをダンテは、嵐――『ザンダイン』の発生と同時に、まるでB級のカンフー映画にでも触発されたかのような、胡散臭い構えの防御で受け流す。
果たして誰が信じられようか。素人が見ても極意の何たるかを知らないのが丸わかりのその防御の構えで、ダンテは、容易く魔王の魔力から放たれるザンダインを防いだのだ。
似非カンフーで魔王の魔術を防ぐダンテもダンテなら、縦からの神速の振り下ろしで、自らに迫る魔術を斬り裂いたライドウもライドウだった。

「ロキ程の悪魔になると操る魔術も多芸を極める。注意しておけ、セイバー」

「哭かせがいがあって結構な事だな」

 言ってダンテは左手にリベリオン、右手にアイボリーを握り、アイボリーの銃口を彼から見て右方向に向けた。其処は、虚空だった。
否、銃口を向けた先は既に虚空ではなくなっていた。銃口の先には、ロキが浮遊していた。驚きの表情を、神を嘲り続けて来たトリックスターが浮かべている。
誰が信じられようか。転移先を先読みし、ダンテが銃口を向けていたなど。そしてそれがまぐれでもなく、確信を以て彼が行った事だなどと。

 アイボリーが、火を噴いた。
背中に生えたコウモリの翼の膜翅を弾道上で広げさせ、傘が雨粒を弾くように、ロキは弾を弾いた。
人の身体に余裕で拳大の穴を空けられるアイボリーのそれも、魔王級の悪魔にしたら、豆鉄砲に過ぎない、と言う事だろうか。

 ロキが、身体の前面に展開させていたコウモリの翼を除けさせると、弾丸の如き速度でライドウが、ケルベロスを伴わせ突っ込んで来ていた。
二十m近く距離を離していた筈なのに、一呼吸するよりも速く、彼はその距離をゼロにしていたのだ。
しかしロキも、いつまでも棒立ちの状態を維持する程愚かではない。悪魔の身体とは、魔術を放つに適した肉体組成に生まれた時からなっている。
魔術を放つのに、回路がどうだとか、刻印がどうだとかを気にする人間とは、そもそもの格からして違う。
悪魔は生まれた時から、一本にして完成された魔力回路。全身が、魔術を放つ為の装置に等しいその身であるから、当たり前の様に魔術も固有結界も創造出来る。
その悪魔の中にあって、魔王、しかも特に魔術に秀でたロキの魔術についての適性は、人間のそれを超越する。
人の身では百年かけても習得出来ない魔術を、彼は幾つも、そして、息を吸うような容易さで操る事が出来るのだから。

 炎を纏わせた赤口葛葉を、ロキ目掛けて振り下ろす。ケルベロスが協力し、己の持つ炎の魔力を刀に纏わせたのだろう。今の赤口葛葉は、鉄すら果実の様に溶断出来る。
数m程飛び退いて、ロキがその一撃を躱し、そして、魔力を集中。ゼロカンマ秒で魔術を完成させ、それを顕現させる。
「飛び退け、ケルベロス」、ライドウがそう指示するや、ケルベロスは、猿の様な身のこなしで大きくライドウから飛び退いた。
その瞬間だった、ライドウを中心として、一番小さいものでも拳大の大きさをした鋭い氷塊を孕んだ大吹雪が顕現したのは。
『マハブフダイン』、と呼ばれる氷結系の魔術の最奥である。間一髪ケルベロスはその範囲から逃れる事が出来たが、ライドウはそうも行かなかった。
凄まじい殺意を伴った猛吹雪の範囲内に、モロに晒される形となったライドウだが、本人は全く気にした風もない。
何故ならば、極熱の焔を纏わせた赤口葛葉を、目にも留まらぬ速さで振るい、吹雪そのものを溶断、蒸発させているからだ。
迫りくる氷塊を、一振りで七つも消し飛ばし、返す一振りで更に消し飛ばす。これをライドウは、人の身で行っているのだ。
優れたデビルサマナーならばやってやれない事はないとロキも知ってはいたが、実際にやられると、本気で驚く。そして、気付く。敵はライドウだけじゃないと言う事を。

 頭上に感じる、深紅色の殺意に気づき、バッと上を見上げるロキ。
其処には、紅色のコートを地獄の魔鳥めいて翻しながら、高度十数mを舞うダンテがいた。
空中で逆立ちをするように、身体の向きを上下反転させているダンテ。その両手には、エボニーとアイボリーが握られていた。
その状態でダンテは、空中で己の身体をガトリング砲の要領で回転させ、そのまま二丁拳銃を乱射しまくった。
右翼の膜翅を展開させ、弾丸を弾こうとするロキ。弾の一つが膜翅に当たる――其処からだ、信じられない事態が起こったのは。
弾頭が翼に突き刺さるのは、本当に一瞬。突き刺さる深さも一mmあるかないかと言う程の浅さで、一秒と経たずに銃弾は膜翅からポロッと落ちる筈なのだ。
その突き刺さった一瞬の間に、二発目の弾丸の弾頭が、未だ突き刺さっている銃弾の底面に直撃。二発目の弾丸の底面に、三発目の弾頭が。三発目の底面が、四発目の弾頭が――。
神技所の話ではない。ダンテは何と、乱射している弾丸を全て一方向に撃ち放ち、弾丸の底面を寸分の狂いもなく撃ち抜いていたのだ。
弾丸が、前に放たれた弾丸の底面を撃ち抜く、と言う現象が二十回続いた時、最初に放った弾丸が遂に、ロキの膜翅を撃ち貫く。そしてそのまま、一発の弾丸が、ロキの胸部に命中した。

「グッ……!?」

 想像すらしていなかった現象に、ロキの顔が歪む。

「一発で駄目なら、百発撃てが家訓でね」

 そう軽口を叩きながら、ダンテは空中で姿勢を変更。足を下、頭を上と言う常識的な姿勢になり、拳銃二丁をホルスターに仕舞い、今度は背中の剣を引き抜いた。
それを大上段に構えて彼は、万有引力の法則など知らぬとでも言うような、物理法則を無視した急加速を突如として獲得、凄まじい勢いで急降下して来た。
その勢いを借りて、リベリオンを振り下ろすつもりなのだろう。ロキが避けようと跳躍を始めようとしたその方向。
其処から、マハブフダインを凌ぎ切ったライドウが、駆け寄って来た。無論、供にケルベロスを引き連れて。
ロキが気付き、回避先を変更しようにももう遅い。ダンテは勢いよく地面に着地。ロキの翼に走る、百億本の火箸を突き刺されたような熱い激痛。
鋼を一笑に付す、ロキの翼は、ものの見事にリベリオンで中頃から切断されていた。その痛みに顔が歪むと同時に、今度はライドウの燃え盛る赤口葛葉が、
ロキの腹部に突き刺さった。今度は比喩でも何でもなく、熱と激痛が舞い込んできた。きっと、吐く血液も、赤口葛葉の熱で蒸発しているのではあるまいか。

 苦鳴を上げるよりも速く、ライドウが刀を引き抜く。休む間も与えぬとばかりに、今度はケルベロスが攻撃に出た。
いや、この魔獣だけじゃない。紅いコートを纏った魔剣士も、攻撃に出ようとしていた。
右足を高く上げ、それを振り下ろそうとする鋼色の魔獣。同じく鋼色の大剣を構え、それを以て下段から上段へと振り上げ、真っ二つにせんと試みるダンテ。
苦し紛れに空間転移を行い、二名の攻撃から逃れるロキ。彼は、高度三十mの所を浮遊している。空を飛ぶのに、コウモリの翼は飾りであるらしい。
地面に激突したケルベロスの右前脚は、緩く地面を振動させ、岩地の地面に広範囲に亀裂を生じさせる程の威力だった。直撃していれば、さしものロキもどうなっていたか。

 魔術を放ち、魔力を呼び込む為の装置に近しい己の肉体に、ロキは魔力を充足させる。
ヒュー、と軽い口笛の音が、ダンテから聞こえて来た。流石に半人半魔の魔剣士、ロキの身体に集まる魔力が何なのか、気付いたらしい。

「ヘイ少年、アレは何とかした方が良いんじゃないのか? メギドラオン、って言うんだろ? 覚えてるぜ」

「何故それを知っているのかは後で問い質すとして、危険な魔術である事は事実だ」

 其処まで言うとライドウは、ケルベロスを封魔管の中に戻し、ロキの方を見上げた。
ケルベロスも高位の悪魔、如何にロキの放つメギドラオンとは言え、数発までなら耐えられようが、ライドウにとってケルベロスは切り札の一匹。
此処で消耗させるのは得策じゃない。消耗は最低限度に、温存をして置きたかったのだ。

「で、俺か」

 ケルベロスを封魔管に戻したのを見てダンテは、ライドウが己に何を求めているのか悟ってしまった。
要するにダンテ単騎で、マスターであるライドウを護り通せと言っているのだろう。
この時ダンテ自身は一切消耗してはならないと言う制約は、ライドウにしてみれば大前提。不文律だった。何せライドウにとってはダンテですらも、操る(サモン)する手足たる悪魔の一人なのだから。

「毎度ピザをタダ喰らいして来ただろう。その返礼も兼ねて、出来るサーヴァントである事を俺に示して見せろ」

「おいおい、ピザ十枚程度に求められる仕事がそれかよ。レディもビックリな暴利振りだな」

 メギドラオン。悪魔達が攻撃に転用する魔術の中でも特に高位、そして高級なそれである。
扱える者は悪魔の中でも最上位の格、それこそ魔王や、各神話に於ける主神や軍神、鬼神に破壊神、そして魔術神に相当する神格しか存在しないと言っても良いだろう。
威力は、その悪魔の格や現界した分霊の密度によってまちまちだが、今のロキが放つそれの場合、優に直径数百mは容易く破壊し尽くす大爆轟を引き起こさせる事が可能だ。
それだけの威力の魔術が、これから放たれると言うにも関わらず、二人は、実に恬淡とした態度で、ロキの事を眺めていた。

「いいからやれ」

「しょうがねぇな、っと」

 そうダンテが言った時には、大量の魔力が収束し終えた時だった。
この瞬間、ダンテは弾かれたように動き、ライドウを横抱きにする。そうした瞬間だった。何も無い空間が突如として、轟音を供に弾けて爆ぜ飛んだのは。
分厚い岩盤の地面が、プリンやゼリーをスプーンで掬うが如くめくれ上がって行く。爆発の威力と、内包するエネルギー量がどれ程デタラメかの証左だった。
常人ならば、岩盤が破壊されて行くその様子を認識する事すらなく、爆発に呑まれ、生きた証を塵一つとして残せず消滅してしまう事だろう。

 この二人は違った。
ダンテはライドウを抱き抱えたまま、めくれ上がった岩盤を蹴り抜いて、跳躍。
空中でダンテは足元に、魔力を練り固めて作成した赤色の足場を創造、それを蹴り抜き更に跳躍。これを二回程ダンテは繰り返した。
爆発は、御椀を伏せたようなドーム状のそれである事を、ダンテ達は、高度五十m地点の所で認識した。今二人がいる高さは、ロキが浮遊する高さよりもずっと上の所だった。

 其処でライドウは、ダンテの腕から離れ、落下。
ロキが、ダンテ達が今どこにいるのか気付き頭上を見上げる。その時にはライドウとロキの距離は、五m程の所にまで近付いていた。
落下加速度を乗せた、赤口葛葉の一撃を大上段からライドウを振り下ろす。即座に身体を半身にさせてロキはこれを回避する。
ライドウの位置が、ロキよりも低い所に行ったその瞬間、今度はダンテが瞬間移動でロキの下まで接近して来た。リベリオンを、既に彼は握っている。
長大かつ巨大なその大剣を、小枝を振うようにして高速で振るいまくるダンテ。
その一撃一撃全てが、高密度の殺意を内包した、超絶の技術と練度の集積体だ。魔剣士スパーダ直伝の剣術は、空中での滞空時間と言う物理現象をも無視する。
ダンテが剣を振っているその間だけ、滞空時間が伸びている事は誰の目から見ても明らかだった。全く落下していない、即ち、ロキを攻撃出来る時間が多くなると言う事だ。
そんな異常な剣術をロキは、両腕で弾き続ける。余裕が感じられない。ダンテの技術が魔境のそれへと達している事の証であった。

 ダンテの剣戟を全て弾くロキ。この魔王には、休む間すらも与えられない。
自分より下の位置で、魔力が渦巻くのを感じたからだ。そうと感じるや、烈風と上昇気流を伴わせて、ライドウが再びロキと同じ高さにまで飛翔して来た。
落下速度から言えば、ライドウはまだ地面に着地すらしておらず、未だ空中を落下している筈なのだ。なのに何故、再びこの高さにまでやって来れたのか。
その答えは彼が纏う烈風と、彼のすぐ傍に侍っている悪魔にあった。緑色の若葉を人の形に練り固めたような悪魔で、胸に蝶ネクタイ代わりか、太い注連縄を巻いた悪魔。
そんな悪魔が、ライドウの傍を浮遊しているのだ。地祇(ちぎ)、或いは国津神の一柱、ヒトコトヌシ(一言主)。
そうとロキが認識した時には、そのヒトコトヌシが、風と衝撃を練り固めた太い、緑色のレーザーをロキ目掛けて撃ち放った!!

「いやになる位優秀なサマナーだな!!」

 そう叫んで、寸での所で空間転移を使いロキは、ヒトコトヌシの放った真空刃を回避。
「下だぜ、少年」、とダンテが口にする。両者共に、全く同じタイミングで銃口を下に向け、発砲を行った
二つの弾丸は、寸分の狂いもなくロキの身体に殺到するが、彼はこれをコウモリの翼を鞭の様に撓らせ動かし、弾き飛ばす。
その光景を受け、ダンテは、空中に足場を作り、それを蹴り抜き、急降下。先程炸裂したメギドラオンの影響で面白い程荒れ果てた地面へと、弾丸の如き勢いで向かって行く。
ライドウも、ヒトコトヌシに何か命令を送ると、この地祇はライドウの命令を受け、彼に突風を纏わせ、その突風の勢いを用いて彼を地面に射出させる。まるで今のライドウは、放たれた矢のようだった。

 荒れた地面に着地するダンテと、それに少し遅れて着地するライドウ。ロキと、最強のデビルサマナー、そして、そのサマナーが率いる魔剣士。彼我の距離は三十m程。
ライドウ達が接近し、自分に近接攻撃を叩き込むまで時間があると判断したロキの行動は、迅速だった。
一秒を遥かに下回る速度で、魔術を構築したロキが、ライドウとダンテ目掛けて、巨大な火球を隕石めいた勢いで幾つも飛来させる。『マハラギダイン』だ。
暴力的な程の量の魔力を、ダンテはエボニーとアイボリーに纏わせる。紅色に激発する魔力が、二丁の拳銃は愚か、ダンテの指先から肘の辺りを覆っている。
手にする銃を含めたその腕が、線香花火の火玉にでも変貌しているかのようだった。その状態でダンテは、エボニーとアイボリーを気違い染みた速度で連射する。
トリガーを押しっぱなしにすれば弾丸が発射され続けるフルオート式の拳銃なのに、一々トリガーを押して連射しているのは、ダンテなりの美学だった。
と言うよりも俄かに信じ難いが、彼の場合はフルオートで放つよりも、トリガーを一々押す方が多く連射出来るのだ。
火薬の小山を炸裂させたような馬鹿でかい銃声が継ぎ目なく、連続的に響き渡るのと同時に、エボニーとアイボリーの銃口から放たれる、
紅蓮の魔力を帯びた弾丸がマハラギダインの巨大な火球に直撃して行く。弾丸一つ一つの威力は、巨大な火力を破壊するには至らない。
鋼の塊に小石をぶつけた所で、砕ける訳がないと言う事だ。但しその小石を何発も、そして超高速度でぶつけまくれば、話は別だ。
ダンテの魔力を纏わせた弾丸は既に市販の弾丸の威力を逸脱した、正に悪魔を殺す為の武器となっている。これを連続で、かつ高速でぶつけられれば、
如何にマハラギダインの火球と言えど一溜りも無い。マハラギダインの大火球は、一つを残してその全てが砕け散らされた。
残る一つは無慈悲に、ライドウとダンテの方に、超高速で飛来する。しかし、ライドウが動き出す方が早かった。
火球が着弾するまで後十数mと言う所でライドウは、ヒトコトヌシを連れて猛速で移動、ロキの方へと走り出す。

 最初に先ず、火球が爆ぜた。
ロキ程の悪魔の放つマハラギダインは、人体や魔術的加護の施されていない武具を灰も残さず消滅させるのは言うに及ばず、岩盤や鋼塊ですらもガス蒸発させる程の熱量を持つ。
それ程の威力を持つ火球に、ダンテは『自分から突っ込んで行った』。ダンテの半身がスパーダと言う大悪魔のそれであり、サーヴァントとして備わる対魔力があろうとも。
直撃すればダメージを負うそれに、彼は己の意思で跳躍していったのだ。そして、爆熱の塊が直撃する、その寸前と言う段になって、ダンテはあの、
似非カンフー宛らのあのポーズを空中で取った。そのポーズをダンテが取ると同時に、火球が直撃、そして引き起こされた大爆発。
此処までが、ロキの見た光景だった。ダンテの方は、オレンジ色の爆風が周辺を包み込んでいる為、ダンテの現在の状態が見れない。
今は、ダンテの方を見る所じゃなかった。剣身に緑色の疾風を纏わせたライドウが、迫って来ているからだった。
赤口葛葉に纏われた緑の疾風は、召喚したヒトコトヌシの力を借りたのだろう。あの状態の剣身に触れれば、肉が骨ごと吹き飛んでしまう。

 ロキが飛び退こうと後ろに跳躍する。
それを見たライドウは、風を纏わせた赤口葛葉を下段から掬い上げるが如く振り上げた。傍から見れば、あっと思うだろう。
そのまま行けば、剣身が地面に直撃する。なまくらであればその時点で、刀が折れかねない。ライドウは、地面に刀身が当たる事を覚悟の上で今の行動に打って出たのだ。
ライドウ程の技者が何故そんな下手にでたのか、その意味が次の瞬間に明らかになった。
メギドラオンの影響で荒れた地面に剣身が直撃した刹那、岩盤が果肉の様にめくれあがり、十mに近い大きさの分厚い岩の板が、ロキ目掛けて高速で飛来して来たのだ。
強壮な悪魔の助力を乞えば、この程度の芸当は出来ない事ではない。だが、風を纏わせた刀で此方を斬りに掛かると思っていたロキからすれば、この攻撃は面喰った。
予想出来ていなかったのだ。岩盤を飛び道具代わりに飛ばして来るなど、想像の外の発想であった。

 飛来する岩盤が直撃する前に、ロキは分厚い氷の障壁を創造し、これを以て防御。
優にtは超えるだろう重さの岩盤の直撃を受け、さしものロキが生み出した氷壁も一溜りもない。岩盤を受け止める事と引きかえに、壁全体に亀裂が走った。
赤子が少し触れるだけで、もうこの壁は脆く崩れ去ると言う確信を抱く程の、頼りなさだった。

 岩盤を防いだのとほぼ同じタイミングで、先程放ったマハラギダインの爆風が止んでいた。
色水に更に水を注ぎ足して色が薄まって行くかのように、爆風や砂煙が小規模の物へとなって行き、晴れて良く見えつつあるその先に、ダンテが佇んでいる。
彼は無傷だった。火傷も負っていなければ、身に纏うコートの何処にも焦げ目をつけられてすらいない。涼しい笑みで、ロキに向き直っているだけだ。
やはり、何かしらの手段を用いて、攻撃を無力化させているとロキは気付く。そうアタリを付けた時には、ライドウが迫っていた。

 疾風を纏わせた赤口葛葉を振るうと、氷壁は突き刺さった岩盤ごと、ライドウが刀を振った方へと吹き飛んで行った。
ロキが行動するよりも速く、ライドウは二の手に移る。手に握る赤口葛葉を水平に持ち構え、身体を半身にする。
そしてこの状態から、ライドウの膂力と体重、そして半身にした身体が元に戻る力を加え、強烈な刺突をロキへと見舞おうとする。
剣先が、一mmたりともブレていない。実に優れた膂力と体重操作能力がなければ、この見事な一撃は放てまい。
纏わせたヒトコトヌシの魔力も相まって、直撃すれば身体が千切れ飛ぶ。空間転移が間に合わないと思ったのか、左方向にサイドステップを刻む事で、ロキはその一撃を回避する。
――その回避先に、ライドウが使役するヒトコトヌシが回り込んでいた。

「うおおおおおぉぉぉぉぉ給食の揚げパンがあああああぁぁぁぁぁ!!」

 滅裂な意味の叫び声を上げながら、ヒトコトヌシが狂奔する。
体内に収束させた魔力を、風と衝撃の魔術を放つ為のリソースに変換させ、地祇はそれを世界に顕現させる。
緑色の疾風を円柱状に練り固めた、ある種のレーザーを、ロキ目掛けてヒトコトヌシは撃ち放つ。これはもう、回避が間に合わない。
腕を交差させ、嵐と衝撃エネルギーを凝集した円柱が、正にロキに直撃しようか、と言うその瞬間だった。短距離の空間転移を駆使してダンテが、此方に超高速で接近して来たのは。

「イイイィイイィィイィイィヤァッ!!」

 ロキが目を見開かせた時にはもう遅い。
彼我の距離が十mを切った所で、ダンテは地面を滑っているような走法で、ロキの方に接近。今のダンテのスピードは、ロケットと例えられるべきものだった。
人間の肺に溜められた全ての空気を放出し尽くしたとしても、到底出せるものではない声量の雄叫びを上げてダンテは、リベリオンをロキの腹部に突き刺した。

 ロキの口から、バケツを満杯にするのではないかと言う程の勢いで、大量の血液がたばしった。
ロキを苛むのは、ダンテのリベリオンだけではない。リベリオンが突き刺さったと同時に、嵐と衝撃を練り固めた円柱が彼を呑み込んだのだ。
生身の人間ならば秒を経ず粉微塵になる程の嵐と衝撃、超常の膂力から放たれる大剣の一撃。それが、全く同時でロキに叩き込まれた攻撃の全てだ。
ヒトコトヌシの攻撃ならば、まだ耐えられる。ダンテの攻撃が、一番ロキとしては耐えられなかった。剣で突き刺す、と言うそれだけの攻撃。
そんな単純な攻撃が、ダンテの膂力と技量が組み合わさる事で、魔王であろうともただでは済まない威力を発揮する。そんな事は、ロキであっても解っていた。
それだけでは説明がつかない程、ダンテの一撃がロキに与えたダメージが大きいのだ。ロキが想定していた威力よりも、遥かに。それが彼には理解出来なかった。

 ロキが知らぬのも無理からぬ事だが、ダンテのリベリオンにはあるカラクリがある。
スパーダが遺したとされる三振りの魔剣の一つであるリベリオンは、数多の、それこそ、数万もの悪魔を斬り殺して来た宝具である。
これはダンテが斬って来た分だけではない、ダンテに渡る前、つまりスパーダが斬って来た分も当然含まれている。
星の数程悪魔を斬り伏せて来た魔剣・リベリオンは、宝具に昇華された事により、その『悪魔を殺して来た逸話』がフィーチャーされた。
つまりダンテの振るう今のリベリオンには、スパーダが振った魔剣としての性能の他に、宝具化した事で『悪魔に対して二倍の痛手を与える効果』が追加されたのである。
生前の時点ではなかった効果だ。この効果の影響こそが、ダンテの放つの攻撃が想像以上のダメージをロキに与えられている、と言う奇怪――ロキにとって――な現象の正体だ。

 当然、サーヴァントとして<新宿>に召喚されているダンテは、自らの愛剣、いや、魂とも言うべきリベリオンに追加された効果の事を知っている。
当惑するよりも、ダンテが喜んだのは語るまでもない。ダンテの目的は、悪魔達の殲滅である。今リベリオンに付与されている効果は、その目的を達成するのにこれ以上となく適したそれではないか。

 リベリオンの新しい効果を理解し、その新しい効果を如何なく発揮させられる悪魔――オモチャ――がいる。
当然、新しい物好きのこの男が、その効能の程を、試したがらない筈がなかった。

 リベリオンをロキの腹部から引き抜く。その時にはヒトコトヌシの放った真空刃は既に止んでいた。
休ませる間も与えぬと言わんばかりに、魔王の血で妖しく濡れたリベリオンを、鋭い軌道で振るいまくるダンテ。
時に垂直に振り下ろし、時に袈裟懸けに、時に横薙ぎに、時に刺突を、と言うコンビネーションを目まぐるしく、高速で行い続ける。常人の目には剣の残像すら追えない。
ロキの肉体に剣身が直撃する度に、地面に褪紅色の血液が飛び散り、またある時は空中にそれが肉の粒ごと四散する。
だがそれ以上に凄まじいのが、リベリオンを勢いよく振う事で生じる刃風だ。何十mと距離を離そうとも風が届く程のそれは、最早突風とも言うべき勢いだった。百m先の蝋燭の火すらも、この男の生み出した刃風ならば消してしまえる事だろう。

「うおおおおぉぉぉぉ、うぉれが飛んでしまうううぅぅぅ!!」

 ダンテと、リベリオンでズタズタにされているロキの近くにいるヒトコトヌシも、結構迷惑そうだった。
この国津神の身体は一目見て解る通り、木の葉である。当然、風には飛ばされやすい――筈なのだが、幸いヒトコトヌシにはそう言う風の害意は通用しない。
それにもかかわらずこのような反応を取っている訳は、彼自身も悪魔である為リベリオンが有効であり、そのリベリオンから生まれる刃風を、ひょっとしたら恐れているからかもしれない。

「――其処までだセイバー」

 と、リベリオンを振い続けるダンテを、制止する声が聞こえて来た。ライドウである。
傍から見れば、狂奔とも言うべき勢いで大剣を振い続けていたダンテであったが、その様子とは裏腹に、ライドウの言葉を聞き入れる理性を持っていた辺りは、
流石としか言いようがない。ピタリと、ダンテはリベリオンを振うのを止め、此方に向かって歩み寄って来るライドウの方に軽く目線を送った。

「何かするのか?」

 と、至極当然の疑問を彼はぶつけて来た。
この時ロキが距離を離さんと何らかの行動に移ろうとしたが、それよりも速くダンテのリベリオンが、この魔王の鳩尾を縦に貫く。
そしてロキを地面に仰向けに押し倒し、リベリオンで鳩尾を貫いた、その状態のまま彼を地面に縫い付けた。今のロキは、昆虫採集の標本にピン止めされる昆虫宛らであった。

「交渉に移る」

 ライドウがそう返事をすると、彼は左手に封魔管を持ち構え、それを開封。
ヒトコトヌシを管の中にしまおうとする。「おととい来てやるぜェェェェェ!」と叫びながら、ヒトコトヌシは緑色の光になって管の中に吸い込まれる。帰る時までうるさい悪魔だった。

「あぁ、そういや『デビルサマナー』、だったな」

「そう言う事だ」

 ロキの傍までライドウが近づくや、黒衣のデビルサマナーは、ヒトコトヌシの加護を失い元の状態に戻った赤口葛葉を、颯と一振り。
いや、普通の人間には一振りと見えたろう。実際にはライドウは二回、この刀を振るっていた。
半秒程遅れて、ロキの右脚と左腕が殆ど付け根の辺り、褪紅色の血液が噴き出た。それと同時に、ライドウがロキの左腕の方を、ダンテが右脚の方を軽く蹴り飛ばした。
この魔王の左腕と右脚は、斬り離されていた。その切り口は実に見事としか言いようがなく、悪魔の頑丈な肉体をゴボウか何かの様に綺麗に切断していた。無論これが、ライドウの手によるものだと言う事は、説明するまでもない。

「帝都を護る者として貴様を殺すと言ったが、あれは二割程度は冗談だ」

「八割は本気って事か……僕はその謎の二割に縋れば生き残れる、と言う事かな……?」

 実に苦しそうにロキが訊ねる。そしてライドウは、無言で首肯する。
ダンテのリベリオンにより内臓系は既に機能していない位ズタズタであろうし、血液も、人間ならば死亡は免れない程の量を既に流出してしまっている。
ライドウが直々に負わせた手傷だって、ロキには存在する。これでもなお死なないのは、偏に彼が、魔王と言う高位の悪魔であるからに他ならない。

「んで、その二割はなんだい?」

 本題に、ロキが移った。

「俺の仲魔になれ」

 ――それは、使役する悪魔やサーヴァントであるダンテを用い、そして当人自らも打って出て、ロキを痛めつけた人物の首魁のものとは、思えぬ程の言葉だった。ライドウは実に、いけしゃあしゃあとでも言う様な風に、そのセリフを口にしたのだ。

「は、ハハ、ハハハハハ……!! そう言う事かい、サマナーくん……こりゃあ、笑っちゃうジョークだよ……オーディンの旦那よりもタチが悪いぜ、君」

 本来ならば笑える余裕などない筈なのに、ロキは思わず、空笑いを上げてしまった。
痛みと苦しみを忘れてしまう程に、ライドウの言った事が愉快なものだったからだ。その不遜な態度に激昂するよりも、寧ろロキは、逆に尊敬すらしてしまった。
堅くつまらなそうな人物であると思っていたのに、こんなにも自分本位で人間的な言葉を口に出来る男だとは、ロキも思ってなかったのだ。
要するにライドウは、ロキ程の大悪魔を、自分を牛馬の如く働く奴隷にさせようと言うのだ。

 そして、ライドウの目論見は、正しく今ロキが思っている事その通りであった。
そもそもライドウらがロキを捕捉したのは全く偶然の事。ロベルタの下へと足を運ぼうとした矢先に、偶然見つけてしまったのだ。
その姿を初めてライドウが目にした時、彼は本気で我が目を疑った。何せあの北欧神話のトリックスターであり、
ラグナロクの引き金となった魔王が、人間に扮しこの<新宿>で活動しているのだ。驚かぬ筈がない。
ロキが神話上何をやっていたか知っているライドウからすれば、此処<新宿>でこの魔王がいる事自体が、好ましくない。
何せロキはいるだけで、余計なトラブルを引き起こすからだ。帝都の守護を任務とするライドウが、そんな悪魔の存在を許す筈がなかった。

 だが悪魔とは付き合い方次第によっては、神話上邪悪とすら言える神格でも、サマナー個人の為に力を奮ってくれる側面がある。
悪魔の邪悪な一面と言うのは、一側面に過ぎない。時に良い側面もあれば、悪い側面もある。彼らは本質的には人間と何ら変わらない存在なのだ。
優れたデビルサマナーであるライドウは、その事を良く理解している。こんな気まぐれな存在達を時に討ち滅ぼし、時に仲間に引き入れる事を仕事にするのがサマナーだ。
気まぐれな悪魔の中にあって特に気まぐれの気が強いロキではあるが、彼は言うまでもなく強壮な悪魔で、そして有能な存在である。
単純な戦闘能力は元より、優れた擬態能力と言う気の利いた小技も彼扱える。仲魔として引き入れられれば、これ程心強い存在もいないだろう。

「良い返事を期待している」

 不愛想にライドウが口にする。此処まで一方的な取引を持ち掛けて置いてこの言いぐさであると言うのだから、つくづく恐ろしい男であった。

「……悪いけど、お断りだね」

 ロキがそう告げた、その瞬間だった。
靴先でライドウが容赦なく、今もリベリオンで仰向けに地面に縫い付けられたロキの側頭部を蹴り抜いたのは。
顔を苦悶に歪めさせるロキ。その程度で済んでいるのは、彼が魔王であるからだった。真っ当な人間であれば、頭蓋骨が砕けているだけでなく、頚骨も真横に圧し折れているのだから。

「よく声が聞えなかった。もう一度言ってくれないか」

 これである。 

「普段の、フリーの状態の僕だったら……聞いてやるのも吝かじゃないんだが、今はさる御方の命令を受けてる身なんでね。君の言う事は聞けないよ」

「それを曲げて欲しいのだが、何とかならないか?」

「ならないねぇ」

 次は銃声が轟いた。
いつの間にかライドウの左手には、愛銃であるコルト・ライトニングが握られており、硝煙が銃口から微かに燻っていた。
今しがた彼が発砲した事は明らかだった。銃口は勿論ロキの方に向けられており、彼の首の部分に血色の弾痕を空けている。ライドウは、クイックドロウ(早撃ち)にも堪能であった。

「三度、機会を設ける。その間にお前が、雇い主を変えるだけの柔軟性と状況の不利を認識出来る能力を両立出来た、優れた悪魔であると俺に証明してくれる事を願っている」

「無理な物は無理だよ」

 喉を撃ち抜かれた事により、言葉の一句一句を口にする度に、ゴボゴボと血が気道で泡立つ音が聞こえてくる。
聞き取り難くなってはいるものの、ライドウはその言葉の意味をしっかりと認識したらしい。
ロキの眼球部分に赤口葛葉の剣先を当て、器用にその眼球をくり抜いた。視神経と繋がった状態の眼球を実に慣れた手つきで、眼球と眼窩を繋ぐ視神経を切断する。ポト、と、くり抜かれた右眼球が地面に転がった。

「返事の方はどうだ」

「いやだね」

 赤口葛葉を持つ右腕が霞んだ。
と見るや、ばぁっ、とロキの身体から血の霧が噴き上がった。目にも留まらぬ速度でライドウが、この魔王の身体を切り刻んだからだ。
じくじくと、血がロキの身体から流れ続ける。今の彼は、血の水溜りの上で寝転がっているも同然の状態だった。ライドウとダンテの鼻腔を、鉄臭さと生臭さの混じった臭いがくすぐる。

「最後だ。賢い選択をしてくれる事を期待しているぞ」

 ライドウはこうは言っているが、同時に、仲魔になる事を否と言えば、迷わず殺す程の思い切りの良さを彼が持っている事を、ロキは知っている。
仲魔に引き入れたいと言う言葉に嘘はないのだろうが、仲魔にならないと言うのなら、一切の未練も後顧もなく此方を処理するだけの決断力をライドウは持っているのだ。
成程、実に優れたサマナー。嘗て一緒に悪巧みをしたナオヤと言う名前の青年よりも、嘗て一時的に力を貸してやっていたトモハルと言う青年よりも、この男はずっと優れている。常ならば享楽の為に、仲魔になっていた事だろう。

「君は実に……優れた人間だよ。強い……だけじゃない、悪魔や人を魅了するだけの個性がある。間違いなく……、大人物だよ君は」

 そして、この言葉の後に、ロキが口にした言葉は。

「でも……やっぱり駄目だね。今の僕には先約があるんだ。先約を重視するのは……、人間も悪魔も……同じさ。諦めな」

 ライドウもダンテも、ロキの言っている事に一定の理解を得、彼の決意が固い事を知る。
「よく解った」、とライドウが告げたその瞬間、リベリオンで貫かれた鳩尾の周囲数cmを残して、ロキの身体は一瞬でバラバラになった。
頭は胴体から分離し、残った胴体にしても、大小合わせて三十六程度の肉片に分割されている。如何に魔王と言えど、こうなってしまえば種族特有の頑強さなど意味がなくなる。
彼らの中には実に優れた再生能力を持つ者も少なくないが、此処まで身体をバラバラにされては再生能力自体が死んでしまう。端的に言って、ロキは既に詰んでいた。

「……君の活躍を特等席で見ているとしよう。僕を失望させないように動き回ってくれよ?」

 胴体から斬り離され、頭だけなったロキが、あの不敵な笑みを浮かべながら、そんな事を言って来た。
最初にライドウ、次にダンテの方に目線を向けた後で、ロキの瞳から、生の光がフッと消え失せる。
その後、ロキの身体は緑色の光に包まれ、砂糖か塩に水を浴びせるように彼の身体が緑色の光に溶けて行き、彼の身体を取り込んだその光にしても、虚空へと煙の様に立ち昇り、遂には彼の姿がこの異界から消滅した。

「<新宿>から消えた」

 ライドウのその言葉のトーンは、行う前から結果の見え透いた実験を終えた科学者が言うそれに似ていた。

「意外と烈しい性格をしてるんだな、少年」

 地面に突き刺したままのリベリオンを引き抜きながらダンテが言った。
あれだけ地面に広がっていた血液が、ロキの消滅を契機に其処から消失している。体液もまた、持ち主の悪魔の消滅にリンクするらしかった。

「少年程察しが良い人間なら、あのペテン師の裏で誰が糸を引いているのか、解りそうなもんだがな」

「お前は解ったと言うのか? セイバー」

「まぁな。少年はどうだ?」

「見くびるな。ロキが『さる御方』と口にした時点で、凡その察しは付けている」

 そう。
ロキ程の大悪魔が。北欧神話に名だたる主神や、彼に連なる様々な神格すらも嘲弄し続けたあの魔王が。
『御方』、と言う最上位に近しい尊称を用いる存在など、一人しかいない。

 ――大魔王・ルシファー。もしも、あの悪魔がこの聖杯戦争の裏で暗躍していると言うのなら、ライドウはこれからどのように動くのか、
と言う計画の大幅な修正を余儀なくされる。明けの明星の危険性は、サーヴァント程度とは比較にならない。
聖杯戦争の問題と帝都の守護を任務としつつ、ライドウはこれから、ルシファーの目論見の頓挫の為に動き回らねばならなくなる。
そしてロキは、これを見越していたに違いない。自分の裏で糸を引く存在を悟られたくないのならば、ライドウ程明晰なサマナーの前で、
『さる御方』などと言う言葉は使わない。黙秘を貫く筈である。それにも関わらずロキが、ライドウからすれば誰が裏で暗躍しているのかバレバレな言葉を、
敢えて使った理由はただ一つ。その方がロキとしても面白いし、そして、ルシファーとしても面白いに違いないと思ったからだろう。
ルシファーは知恵者である一方、享楽的で刹那的な一面を持つ。魔界に益のない出来事についても、本人が面白いと思えば平気で首を突っ込んでくる事など、珍しくない。
アバドン王事件など、正しくそうであった。ロキとしては、ルシファーの存在を認識する主従、しかもそれが腕の立つデビルサマナーなら、なおあの大魔王は喜ぶに違いないと思い、『わざと』口を滑らせたのだろう。

 今回の聖杯戦争に、ルシファーがどのような価値を置いているのか。それを推理しようにも、今のライドウには余りにも証拠が少なすぎる。
だが、この聖杯戦争に道楽で関わっているのか、魔界の益になると見込んで関わっているのかを問わず、あの魔王が裏で関わっていると知った以上。
帝都の守護を任務とするライドウは、ルシファーの目論見を挫く事も視野に入れ動かねばならない。魔王の行う事は押し並べて、人類にとってロクな事がない。ライドウが腰を据えて問題の解決に移ろうとするのは、当たり前の事柄だった。

「少年は、ロキがルシファーについて口が滑らせてなお、あれが仲魔になると思ってたのか?」

「なる訳がないとは思っていたが、一応訊ねた。結果は案の定だったがな」

「おいおいその年でサディストかよ少年。だったらひと思いに殺してやっても良かったんじゃないのか?」

「嗜虐心を満たす為にあんな事をした訳じゃない。痛めつけて情報を吐き出させる他に、魔力を回復する意図もあった」

「魔力?」

「葛葉の奥義の中には、相手を斬り裂き魔力を奪う術も伝わっている。それを行った」

 そう言われダンテは、パスを通じてライドウの魔力状況を精査するが――成程、嘘ではないらしい。
ロキとの戦いで魔力を消費したライドウであるが、その消費量が明らかに、あの戦いぶりと合致していない。もっと言うと、消費が余りにも小さすぎる。
このサマナーの言う通り、ロキを赤口葛葉で斬り付けた時に、魔力をあの魔王から徴収していたのだろう。抜け目がないにも程がある。

「ロキについて同情しているのか? セイバー」

「まさか」

 即答である。ライドウの一抹の懸念を、一瞬でダンテは吹っ飛ばした。

「俺は悪魔が嫌いでね。況してそれが、道化師やピエロに近い姿をしてたら、もう耐えられない。わざと手を滑って、コイツを撃っちまいかねない」

 言ってダンテは、手慣れた様子で、ホルスターからエボニーとアイボリーを取り出し、その銃口をライドウに向けた。
ライドウは特に臆した様子もない。「恰好つけなくても良いからしまえ」、と冷静に口にするだけだ。

「もうちっと可愛げのあるリアクションの仕方を憶えな」

 と、何処か拗ねた様子で拳銃二丁をしまい、ダンテは頭上を見上げた。
赤黒い空は、何処までも広がっている。無辺無尽の荒野もまた、果てしなく。ガソリンを一滴残らず使い付くし、タイヤが擦り切れるまでハーレーを走らせたとしても、この世界の果てまで移動出来ないのではないだろうか、と思わせる程の広大さだった。

「異界って言うんだったか、これは」

「悪魔の展開する結界の様な物だ。推測だが、今の段階ではルシファーは<新宿>の直接的な破壊は本意じゃないのだろう。だから、展開した可能性がある」

「だろうな。で、少年に聞きたいが、張った本人が死んだってのに残り続ける結界とやらを、どう見る?」

 其処まで言ってダンテは、リベリオンを強く握りライドウの方に向き直った。
ライドウも、いつまでも残り続ける結界の事を、妙だと思っていた。だからこそ、ロキに引導を渡してもなお、赤口葛葉を外気に晒したままだったのだ。

「新手の悪魔の可能性が高い」

「第二ラウンドってか、デザート代わりにすぐ倒せる奴が良いね」

 ダンテが其処まで軽口を叩いたその瞬間だった。
ライドウから見て頭上三十m程の空間が突如、水面に小石を投げ入れた様な波紋が生じ始め、其処から何かが超音速で急降下して来たのだ!!
それが、紅蓮の剣身を持った長剣だと認識したのは、ダンテただ一人。彼は、手に持ったリベリオンを、急降下する紅い剣身の長剣と同じ速度で投擲。
投げ放たれたリベリオンは、弾道弾を迎撃するミサイル宛らに、その長剣と激突。長剣はそれ自体が、凄まじいエネルギーの凝集体だったらしい。
リベリオンの剣身とかち合ったその瞬間、目も眩まんばかりの大爆発が巻き起こり、世界をオレンジ色に染め上げた。
長剣を破壊し、なおダンテの投げ放った時の推進力を維持するリベリオンは、遥か彼方の空へと消えて行こうとするが、
ダンテが腕を掲げる動作に反応し、ブンブンと水平に回転しながら、ブーメランの要領で持ち主の下へと戻って行き、その手に柄が収まった。

「直に倒せそうか、セイバー」

 封魔管を二本、取り出しながらライドウが訊ねる。目線はダンテではなく、彼の十m程先で、人型に歪み始めた空間に向けられている。

「直は無理だな。それでも、勝つのは俺なんだけどな」

 平時の軽口を叩きながら、ダンテはそう返す。
人型の歪みが、明白に、色と形を伴って行き、遂にはその姿をライドウ達の前に露にする。
鋭く輝く銀色の鎧。蝗を模したようなそのフルフェイスのヘルメット。複眼と思しき意匠の、エメラルド色の瞳。
一筋縄では行かないと、ライドウもダンテも即座に認識するだけの気風と覇風を、そのサーヴァントは放出し続けていた。

 ――影の王子、或いは銀鎧の戦士、或いは月の継承者、或いは、世紀王。
シャドームーンは科学で作られた千里眼、マイティアイをダンテらに向け、静かに、シャドームーンが無限に産み出す魔力を体内に循環させるのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 たとい記憶喪失になったとしても、永遠に脳裏と網膜にその姿が焼き付きかねない程の美魔人、秋せつらとの戦いから、じき三時間に達するかと言う時だった。
せつらの逃走と言う形で終わりを見た、南元町の一戦。あの戦いの後シャドームーンは、あの街の全住人からウェザーと自分の記憶を抹消。
別の所へと拠点を移し、其処で傷を癒す為の時間を待つ事とした。

 ――傷を癒す。
あの戦いでシャドームーンはその左脇腹に、せつらの魔糸による斬撃を貰ってしまった。
せつらとの一戦で消費した魔力そのものは、キングストーンが幾らでも回復させる。現にシャドームーンは、既に魔力を完全に回復するどころか、
主であるウェザーに、余剰な魔力を分け与え、彼の魔力の回復すらもさせた程である。このように、魔力に関して言えばシャドームーンは、売る程あると言っても良い。
魔力の大小こそが、聖杯戦争の勝敗に直結する事は最早言うまでもない。その構成要素の殆どが魔力であるサーヴァント、その回復に使われるリソースもまた魔力であり、
魔力を湯水の如く費やせば、極めて強引ではあるが、どんな傷でも治す事が理論の上では可能なのである。
それを行っているにも拘らず、せつらによって付けられた殺線の傷が、全く癒えない。
ゴルゴムの改造人間、その中でも最上位の格である世紀王であるシャドームーンに備わる自己再生能力に、多量の魔力を回復に費やしても。
傷の回復のみに二時間を費やしても。治りが良くなった程度しか回復出来ていない。まるでスティグマだ。如何なる技を用いれば、シャドームーン程の存在に、これだけの手傷を負わせる事が出来るのか。彼自身にも、全く理解が出来なかった。

 一時に比べて傷の治りがマシになったとは言え、激しく動けば傷は当然悪化する事だろう。
さりとてそれが、聖杯戦争に敗れた理由とする訳にも行かない。シャドームーンの脇腹の弱点を目敏く突いてくる敵の事を、当然想定している。油断は一切してはならない。
その事を胸に刻みながら、シャドームーンは歌舞伎町の周辺を見回っていた。何故この場所を見回っていたのか、と言う理由は一つ。
ウェザーの新しい拠点が、歌舞伎町のとある店、もっと言えば会員制の高級バーであるからだ。ならばその周辺を重点的に見回るのは、当たり前の話。つまりシャドームーンは、ウェザーを拠点に残し、従来通りパトロールを行っていたのだ。

 その折に、シャドームーンは見つけてしまった。
自身のマイティアイですら、その正体が解析出来ぬ、正体不明の謎の存在をだ。その存在はシャドームーンの目には、紫のスーツを身に纏う遊び人風の男に見えた。
その男を見てもシャドームーンは驚かなかった。前例があったからだ。あのメフィスト病院で見た、美しい白魔人を従える、黒いスーツの紳士と、その遊び人は良く似ている。
メフィスト病院の時は、誰ならんメフィストの目があったが為に、黒いスーツの紳士――ルイ・サイファーの正体を詮索出来なかった。しかし、今は違う。
ありとあらゆる尋問手段を駆使し、マイティアイですら解析出来ない『謎』を解き明かせるかも知れないのだ。
シャドームーンはルイや、遊び人の男の正体に、とてつもなく嫌な予感を感じていた。どちらも、単なるマスターとも、単なるNPCとも思えない何かがある。
現状、せつらやメフィストよりもマークしておかねばならない人物だとシャドームーンは踏んでいる。遊び人の男の正体を看破するべく、キングストーンの力で疑似的に気配遮断を付与させ、彼を尾行していた、その時だった。明らかに自分と同じターゲットを尾行する、聖杯戦争の主従を見つけてしまったのは。

 遊び人、つまり、ロキの尾行に並行して、同じく尾行を行う主従。ライドウとダンテの組の動向も、シャドームーンは窺っていた。
それを行う内に、この二人は、ロキが展開したと思しき、この世から隔絶された空間内に、展開者たるロキ共々隔離。
其処で戦う様子を、シャドームーンは眺めていたと言う訳だ。普通は、こんな芸当は出来ない。NPCは元より、魔術的素養に長けるサーヴァントですら、
ロキが展開させた結界の様な物は認識出来ないだろう。何せこの結界はこの世界に展開されていながら、この世界には存在しない文字通りの『異界』なのだから。
だがシャドームーンのマイティアイは誤魔化せない。別の位相に逃れようとも、ゴルゴムの科学と魔術によりて編まれた千里眼からは、逃れられないのだ。

 ――シャドームーンは、ロキの展開した異界の外から、全てを見ていた。
ロキと言う存在が何者なのかも既に知っている。そして、ライドウとダンテが、如何なる戦い方をするのかも、だ。
ロキと言う邪魔者も既に存在せず、ダンテらの戦い方も十分リサーチし。勝てると踏んだからこそシャドームーンは、キングストーンの力を利用し、異界の中へと侵入した。
この空間でならば、NPCや建造物に気を使った戦いなど、する必要がない。誰に憚る事無く戦える。負ける道理など、全くないと言っても良い。

「また斬り応えのありそうな奴が来たもんだ」

 言ってダンテが、リベリオンを構え、軽い調子で口にする。
話し合いの余地が介在しない事を、既にライドウ達は理解している。その事自体を徹底的に拒むオーラを、シャドームーンが放出しているからだ。
何を話した所で向こうに応じる気がない以上、戦闘に即座に移れる体勢に移行した方が、遥かに速い。

「ヘイ、ミスター・グラスホッパー。好物のレタスかキュウリを後ででも買ってやるから、大人しく帰ってくれねーか」

 バッタをモティーフにした姿をしている、と言う事はダンテの感性でも理解が出来たらしい。
それに準えた挑発をして見せるが、シャドームーンの方は、泰然自若。歳月を経た巨岩の如く、動じもしない。

「言いたい事はそれだけか、混ざり物の小僧」

 シャドームーンの心には、波風一つ立ちはしない。
逆に、ダンテに対してこう言い返すだけである。マイティアイは、ダンテが『人間のサーヴァント』ではない事を見抜いている。
正確に言えば、人間と、シャドームーンの知らない何かとの相の子である。恐らくはゴルゴムやクライシスですら確認出来ていない、未知の超常存在。
その因子こそが、目の前のセイバーの強さの骨子であり、そして、彼の誇りであるとも、シャドームーンは推察している。だからこそ、彼のその誇りを、抉って見せた。

「混ざってるからこそ強いものもあるさ。バッタの頭には解らないだろうがね」

 挑発には挑発で返す。ダンテの礼儀であった。
その言葉を受けるや、銀蝗の戦士は、キングストーンに溜められた魔力の一部を用い、、質量と形を三次元空間に伴わせた物質へと可塑させる。
真紅色の剣身を持った二振りの剣。右手に握られたそれは、刃渡り一mに届こうかと言う長剣。左手に握られたそれは、右手のそれの半分程度の長さと言うべき剣。
斬ると言う能力を極限まで高められたその二つの剣を、シャドーセイバーと言う。斬り捨てて来た生命の血が凝集されたような刀身のそれを、シャドームーンは構えて見せる。其処に一部の隙も、ダンテもライドウも見いだせなかった。剣豪の素養も、シャドームーンにはあるらしかった。

「その気取った態度をいつまで取れるかな」

「死ぬまでさ」

 其処でダンテは、リベリオンの柄の装飾を見た。
鍔に当たる部分に、人間の肋骨と、限界まで開かれた頭蓋骨の意匠の成された、不気味で趣味の悪いその装飾を。それは正しく、悪魔の振うべき得物であった。

「――俺が、じゃなくて、アンタがだぜ。バッタ野郎」

 其処で、ダンテの全身が霞と消えた。
それに呼応するように、彼の背後十m程の場所まで移動していたライドウが、二本の封魔管から緑色の光をたばしらせ、悪魔を顕現させようとする。

 瞬間移動。如何に魔帝と並ぶ強さを誇る大悪魔・スパーダの血を引くダンテであろうとも、この神技はおいそれとは使えない。
これを行使するには、体中の魔術回路を『移動』に極限まで適した配置に組み換える必要があり、これを終えて初めて瞬間移動が可能となる。
エアトリック。ダンテが認識した相手を基点として、短距離ではあるが瞬間移動を成す奥義。それこそが、今の今までダンテが使って来た、瞬間移動の正体だった。

 シャドームーンの背後に回ったダンテは、手に持ったスパーダの形見の魔剣・リベリオンを猛速で振う。
それが振われ始めた段階で、シャドームーンは竜巻の如き勢いで身体をダンテの方に向け、長い方のシャドーセイバーでその一撃を防御。
響き渡る、かん高い金属音。剣身の幅、有している筈の質量、見た目の頑健さ。どれをとってもシャドーセイバーの方が劣っている筈なのに、
実際にはリベリオンとシャドーセイバーは拮抗の体を成していた。シャドームーンとダンテの腕力が、余りにも異次元染みた物の為か?
リベリオンとシャドームーンの接合点の一部は赤く爛々と赤熱し、心なしか、周りの空間が歪んでいるようにも見えた。
想像以上の腕力だと思ったのは、ダンテの方だ。シャープだがしかし、様々な力が高いレベルで引き絞られたボディであるシャドームーン。
筋力の方も、優れたそれであろうとは思っていたが、此処までとは思っていなかった。対するシャドームーンの方は、やはり予想通りの筋力であると思っていた。
無論、油断すればシャドームーンであろうとも押し負けるレベルの筋力だ。しかし、油断しない限り、此方が破られる事もない。ならば勝つのは、シャドームーンの方だった。

 シャドーセイバーからリベリオンを離すダンテ。
離し終えるや、シャドームーンの体勢を崩そうと、百分の一どころか千分の一秒にも達さん程の早抜きで、ガンホルスターからアイボリーを取り出し、
銀鎧の戦士の膝にそれを発砲。この際、シャドームーンは、ダンテの動作を読んでいたのみならず、またしても彼の身体の魔術回路が組み替えられていたのを認識していた。
放たれた弾丸を、短剣の方のシャドーセイバーを振って弾き飛ばし、長い方のそれでダンテの首を穿たんと刺突を放つ。
それを魔剣士は、リベリオンの腹で受け止め、防御。シャドームーンの刺突には凄まじいまでの力が込められたらしい。
衝突の影響で衝撃波が発生し、先の戦いでロキが放ったメギドラオンの影響で割れた大地、その破片が中空を舞った。この防御の際にも、魔術回路は組み替えられている。そして、それだけのエネルギーを秘めた刺突を防御しても、体勢を崩すどころか、よろめいてすらいなかった。

 刃渡り一m半ばもあろうかと言う大剣を、まるで己の腕の様に器用に振うダンテ。
シャドームーンの方も負けてはいない。長さの違う二本の真紅剣を、剣豪も裸足で逃げ出すかのような技量と、竜も殺せる程の豪力を以て操るのだ。
ダンテがリベリオンを稲妻の如き勢いで縦から振り下ろせば、身体を半身にしてシャドームーンがそれを回避し、カウンターと言わんばかりに短剣を突き刺そうとする。
それを悪魔の剣士は左腕で払いのけ、靴底で銀鎧の戦士の右膝を撃ち抜こうとするも、長剣の方のシャドーセイバーで難なく防がれる。
シャドームーンが勢いよく後ろに飛び退き、飛び退きざまに短い方のシャドーセイバーを、ダンテ目掛けて投擲。
初速の段階で音の二倍に達し、ダンテに直撃するまで四m程に達した時点で、初速の更に二倍に達した速度のそれを、魔剣士は目にも留まらぬ速度で大上段からリベリオンを振り下ろす事で、真っ二つに割断、破壊する。

 タッ、とシャドームーンが着地すると同時に、ダンテの居る方向とは違う別方向。
左右から挟み込むように、魔力の塊が放たれた。左から放たれたそれは、十mには成ろうかと言う大きさの氷塊。右から迫りくるそれは、蒼白い稲光。
右から稲光を放った者は、蜘蛛の怪物だった。但し、『大きさだけで四m程にもなろうかと言う巨大な体躯に、尖った角を持った鬼の顔を持つ』、と言う修飾句が前につく。
左から氷塊を放った者は、人魚だった。但し、メルヘンの世界に出てくるような下半身が魚で上半身が人のそれでなく、『人の身体に魚の鱗と頭、鰭を持った』半魚人だ。
二匹の魔物は、ライドウが使役する悪魔だった。蜘蛛の悪魔の方をツチグモ、人魚の悪魔の方をアズミ、と言う。どちらも日の本の国に古来から伝わる妖怪であった。

 シャドームーンを挟み撃ちするように放たれた二つの攻撃。
それを見てダンテは、リベリオンに自分の赤い魔力を纏わせ、それを勢いよく振い、巨大な氷山すらも破壊する程の赤黒の衝撃波を放った。
誰が見ても、そして実際にも、アズミとツチグモの攻撃に便乗した体なのは、明らかであった。

 シャドームーンは、ライドウの使役する両悪魔の攻撃を無視。ダンテの放った攻撃のみを対処すると決めたらしい。
短剣の方のシャドウセイバーを離した左手の指から、若い竹の様な緑色をしたスパーク――もとい、破壊光線を迸らせる。
世紀王の証たるキングストーンの力の発露、その最も基本的なものの一つである、シャドービームである。
破壊光線は、ダンテの放った赤黒の衝撃波――ドライブ――と直撃、相殺を引き起こし、地面を消滅させる程の爆発を引き起こす。
当然、ダンテの放った衝撃波のみを防いだ為、シャドームーンを挟むように放たれた二つの魔術は無慈悲に、この蝗の戦士に直撃する運びとなった。
だが、二つの魔術が彼にぶつかった瞬間、魔術の方が、水を掛けられた塩の様に溶けて行き、淡い色の粒子となって消滅したのを見て。
そもそもこの男は、悪魔の放った魔術を、回避も防御もする必要がなかったのだと知る。セイバーと言うクラスを見て、対魔力が当然あるものとライドウも思っていた。
だが、悪魔の放つ魔術を一方的に無効化するとなると、予定は変更だ。ダンテの攻撃をサポートするように、援護射撃の要領でシャドームーンを攻撃するつもりだったが、この対魔力の高さでは、魔力の無駄であった。

 シャドームーンがキングストーンの魔力を身体に循環させる。
それを見て、何かを感じ取ったらしく、リベリオンで己の身体を隠す様な防御の姿勢を取る。それを取った瞬間に、彼の身体が、丸めた紙のように吹っ飛んだ。
その光景を目の当たりにし、カッと目を見開かせるライドウ。即座にアズミを管の中に戻そうとする。
しかし、ライドウがその動作を行うより速く、宙を泳ぐが如く浮遊する、半漁人の悪魔の身体が、痙攣でも起こした様にくの字に折れ曲がり、凄まじい勢いで吹っ飛んだ。
戦車を思わせる程大柄な身体つきをしたツチグモの身体が、段ボールで誂えた張りぼての戦車の如く、アズミの次に中空を舞う。
事此処に至り、シャドームーンの攻撃の正体を看破したライドウが、赤口葛葉を引き抜き、前面にそれを音の速度で振り下ろした。
マグネタイトを纏わせた影響で、ヒカリゴケの様に淡く光る剣身を持つに至った赤口葛葉は、透明な何かを斬り裂いたらしい。
凄まじい烈風が、何かを斬り裂いたと思しき所から荒れ狂い、ライドウのマントをバタバタとはためかせる。間一髪のところで、シャドームーンの放った『念動力』を斬り裂いていたのだ。悪魔の中に、『PSY』に通じる者もいると知っていなければ、防げぬ一撃であった。

 まさかアレを斬って防ぐとは、と。表面上には全くその仕草を出さないが、シャドームーンも驚いている。あの美貌の魔人と同じ防ぎ方をするとは。
呆けた老人のように何も考えず、ロキの展開した異界の外から、ダンテとライドウの戦いぶりを見ていた訳じゃない。
彼らの強さや、戦闘のスタイルを見極め、勝てると踏んだ上で、主を失い本来ならば壊れゆく定めだったロキの異界を、態々キングストーンの魔力で延命させ、
ライドウ達に喧嘩を売ったのだ。実際に矛を交え、解った事は一つ。この主従はどんな辛辣な視点から見ても、此処<新宿>における聖杯戦争の参加者、
その中で最強に近しい一角であると言う事だ。サーヴァントであるセイバー・ダンテは言うに及ばず、それ以上に脅威なのがマスターである。
並のサーヴァントなど相手にならぬ程の身体能力に、使役する悪魔の援護があり、極め付けに、身体を循環する膨大な魔力。
マスターの魔力の多少は、サーヴァントのステータスや宝具の使用回数、そして何よりもサーヴァントを維持出来る時間と直結する。
ただでさえ強いダンテが、マスターの魔力で強化されているのだ。これに加えて、サーヴァント並の強さを誇るマスターが、波状攻撃を仕掛けに来る。最強の主従の一角、シャドームーンのその見立ては、節穴でも何でもないと言う訳だ。

 ――だが、この二人の先を自分は行っていると、シャドームーンは踏んでいた。

 キングストーンの魔力を用い、不可視の念動力の壁を創造するシャドームーン。
その壁が、魔力を練り固めた小さな塊を絡め取る。その数、実に百数十。シャドームーンが生み出した念動壁は、性質としては水あめに近いらしい。
魔力の塊の正体は、ダンテの操る二丁拳銃、エボニーとアイボリーから放たれた弾丸だった。弾をある程度絡め取ってから、シャドームーンは銃声が此方に到達したのを捉えた。
視界の先五十m先には、拳銃の銃口を此方に向けるダンテがいる。ダンテを吹っ飛ばした念動力は、威力にして二十tトラックの衝突を遥かに上回る強さだった筈なのに、
即座に復帰し、反撃に転じたらしい。これも、戦闘データを分析して解っていた事だが、ダンテは恐ろしく戦闘慣れしたサーヴァントだった。
あまりに高い戦闘の練度を見てシャドームーンは、黒い飛蝗の鎧を纏う、世紀王の片割れにして宿敵である、黒い太陽の名を冠するあの男の事を思い出していた。
絡め取った魔力弾を、念動壁の中で溶かし終えたシャドームーンは、キングストーンの力を用い、今いる場所から瞬時に転移。
一瞬で、エボニーとアイボリーをその手に構えた魔剣士の真正面に移動。シャドーセイバーによる刺突を首目掛けて放つ。
その一撃を身体を半身にさせる事でダンテは回避、避けざまにエボニーをシャドームーンのマイティアイ目掛けて発砲。弾は七発放たれた。
放たれたその弾丸を、蝗を模した鎧の戦士は、エルボートリガーを高速駆動させた左腕を、弾道上に配置。弾は、腕に当たった瞬間砂糖菓子みたいに砕け散った。

 其処からの応酬は、正に、魔人と魔人とでしか繰り広げる事は出来ない、熾烈なそれであった。
刺突の為に伸ばした腕を引き戻す際、隙を消すと言う意味で、念動力の波動を周囲に発散させるシャドームーン
身体中の魔術回路を移動に適したそれ――つまり、ダンテが『トリックスター』と呼んでいるスタイルに一瞬で組み換え、足を全く動かさず、
スケートリンクの上を滑るかのように地面を移動。念動波が自分を呑み込むよりも速く、ダンテはその範囲外へと逃げ切った。
念動波の範囲外へと移動したと認識した瞬間、エボニーとアイボリーにこれでもかと言う程魔力を纏わせ、乱射する。
先程弾丸を絡め取った、念動力の壁を生みだし、その弾丸に先程と同じ様な末路をくれてやろうとするシャドームーンだったが、如何やらこのデビルハンターは、
暴力的とさえ言える魔力を弾丸に纏わせているらしい。百発程の弾丸を絡めた所で、水あめの性質を持ったその壁に亀裂が入り始めた。
後数十発で壁が砕け散ると判断したシャドームーンが、キングストーンの魔力を用い、ゼロ秒に限りなく近い速度で、防具を創造。
世紀王が生み出した防具は、盾だった。球を呑み込もうとする蛇の意匠が凝らされた、大きな盾。
創世王にも、その玉座に至る為の称号である世紀王にもなり損ねたある怪人が持っていた盾に、それは良く似ていた。

 念動壁が、ダンテの放つ弾丸の暴威に耐え切れず、弾け飛んだ。
それを認識するや、シャドームーンは盾――敢えて言えば、シャドーテクターになろうか――を弾道上に配置し、ダンテの方へと猛進した。
レッグトリガーと地面がぶつかるカシャン、と言う音が忙しなく響き渡る。此方に向かい来るシャドームーンに、死神が高速で此方に迫ってくるような錯覚をダンテは見た。
いや或いは、黙示録に語られる、蝗害を司る深遠の魔王か。その魔王は、鋭く輝く銀の外皮に、死の香りと光を閉じ込めた、一人の戦士であった。
ダンテの放つ弾丸は、ある時は盾に当たるも弾き飛ばされ、ある時は運が良かったのか、盾に少しめり込んだりと、安定しない。
基本的には通用していないと見るべきだろう。盾にめり込むものにしたって、角度が偶然『ハマった』から起きた現象に過ぎず、
そのラッキーがなければ基本的には弾かれる、と言う結果に終るに相違ない。
シャドームーンとダンテの彼我の距離が、十五m程になった所で、ダンテが動いた。今まで操っていた拳銃二丁をホルスターにしまい、背負っていた大剣を握りだす。
そして、自らの背中から、魔力をジェットエンジンの噴流の如く放出。その勢いを借りて、地面を高速で滑って移動する勢いを利用するあの刺突を放った。
蜂の毒針の様に一点をミサイルじみた勢いで一突きする事から、着けられた名前が『スティンガー』。それが、スパーダから教えられた剣術の一つ、その名であった。
魔力放出の力を借り、音の速度を遥かに超越する速度での移動速を得たダンテ。その速度と、ダンテと獲物であるリベリオンの質量を乗せた一突きが今。
シャドームーンの盾に直撃した。百二十mm以上の戦車砲ですら傷一つ負わずに弾き飛ばすその盾は、内部が空洞であったとしか思えぬ程呆気なく砕け散る。

 明らかに、盾を破壊した時の感触が、軽過ぎる。
その訳を、ダンテは知っていた。盾で攻撃を防御する場合、盾を持つ人間がそれの裏側にいる筈なのだ。それがいない。だから盾を受け止めた時の衝撃が軽いのだ。
――シャドームーンは、魔剣であるリベリオンの剣先が、盾に触れる寸前で、盾から手を離し、前方に跳躍していた。
前方方向に回転しながら彼は、ダンテの頭を飛び越え、飛び越え終えるや、彼の背中をシャドーセイバーで斬り裂こうとする。
気配に気付いたダンテが、前方を高速で滑動するが、完全に回避には至らなかったらしい。トレードマークの紅いコートごと、背中をバッサリと斬られてしまう。

「チィッ!!」

 顔を苦痛に歪めながら、直に身体の向きを、空中から地面に着地しつつあるシャドームーンの方にターンさせる。
この時、体中の回路の配置を変更。攻撃に偏重した形に組み替える事も、同時に行っていた。
そして、まばたきするより速くリベリオンに赤黒い魔力を纏わせ、それを横薙ぎに振るう。可視化された赤黒い衝撃波、ドライブが、音の数倍の速度で飛来する。
放たれた一撃を、シャドーセイバーの一振りで破壊する――しかし、攻撃の手はそれだけでは止まなかった。
彼がドライブを破壊せんとシャドーセイバーを振ったその瞬間に合わせて、もう一発ダンテがドライブを放ったのだ!!
唸りを上げるシャドームーン。まさかここまで矢継ぎ早に、これだけの攻撃を放てるとは思ってなかったのだ。
縦向きに迫りくる第二陣の衝撃波を、キングストーンの念動波で粉砕する。それと同時に、シャドームーンが着地を決めた。

 此処までは実に鮮やかな手管で、シャドームーンはダンテの攻撃を防ぎ切って見せた。
だが、彼に誤算があったとすれば――。攻撃の波は、第三陣まであった、と言う事だろう。
ダンテが三度リベリオンを振う。魔力が纏われていないその大剣から、だまし討ちと言わんばかりに衝撃波が迸った!!

「――何ッ!!」

 左斜め向きに放たれたその衝撃波に、シャドームーンが驚きの声を上げる。
回避に移ろうにも、着地した瞬間である為それも難しいし、瞬間移動を行おうにも、これを行う為に必要なプロセス、それを経る時間もない。
辛うじて出来た事は、キングストーンの魔力に防性を付与させ、それを身体に纏わせると言う事だけだった。
緑がかった霞めいた物が、シャドームーンの身体を薄らと覆ったその瞬間に、ドライブが直撃した。
ダンテの烈しい魔力と、キングストーンによりて洗練されたシャドームーンの魔力がぶつかり合い、巨大な火花を散らせる。攻撃と防御は、拮抗していた。
しかしそれも、ほんの一秒程度の事。殺意を内包した赤黒い衝撃波は、防性の魔力を斬り裂いて、シャドームーンに直撃する。
「ぐぅ……!!」と唸る銀蝗の戦士。だが、ドライブの方も、防御の為の魔力を突破するのに勢いを削がれたらしく、十全とは言い難い威力であった。
シャドームーンの強化外皮、シルバーガードを斬り裂き、其処から血を流させる事が出来たのは、ゴルゴムやクライシスの基準で言えば称賛に値するべき事柄であっただろうが、ダンテはこの攻撃でシャドームーンを仕留める算段だったのだ。到底、百点満点の成果とは言えなかった。

「貴様……」

「御怒りかな? お互い様さ、俺もコートが台無しだ」

 と言って、余裕であると言う口ぶりでダンテは、己のコートの裾を摘まんで見せた。
シャドーセイバーのよるダメージが背中、しかも浅手であったとは言え、与えられたダメージは、サーヴァントであっても無視出来ないものの筈。
シャドームーンはそう推察していた。にも拘らず、ダンテは平然とした調子で、普段と変わらぬ軽口を叩けている。これは果たして、どう言う事だ。
あの男の身体に巡る何かの血は、自分の予想を超えた存在の物だとでも言うのか、と考える。

 シャドームーンが何も言い返さないのを見るや、ダンテも押し黙る。
ヘヴィーで、ガッツのありそうな奴だとは、ダンテも思っていた。だが、此処までのものとは予想外だ。
多彩な能力、優れた剣術、そして基礎となる身体能力の高さ。どれをとっても、生前戦った上級悪魔の殆どを、目の前のサーヴァントは超えている。
ロキの時は、ライドウが悪魔について優れた見識があった事と、このデビルハンター自身も悪魔が用いる攻撃の魔術が如何なる物か既知であった為に、対処も簡単だった。
シャドームーンは正真正銘、ダンテも初めて戦うタイプであり、それを抜きにしても強いサーヴァント。苦戦を免れぬのも当然の理屈。
とてもじゃないが、マスターを守りながら戦える相手とは言い難い。そしてシャドームーンの方が、次に考えそうな事も、凡そダンテは推察出来ていた。

 サーヴァントを狙うよりも、マスターを重点的に狙った方が速い。
それは、聖杯戦争に参戦する全主従の、当たり前にして論ずるまでもない、前提であった。

 ――少年の事をもう少し信頼してやるべきかね……――

 とは言え、ダンテのマスターであるライドウは、敵に回せば相当な曲者だが、味方にすればこれ以上となく頼りになる男だ。
彼の魔力量と身体能力には全幅の自信をダンテは寄せているが、シャドームーンの多芸さと基礎的な身体能力の前では、些か不安が残る。
ライドウの防衛を一切無視して、シャドームーンに集中するか。それとも、ライドウを守り通しながら戦えるのか、と言う可能性に賭けるか。選択肢はこの二つであった。

 カシャン、と言う音が響いた。軽快な金属音であるが、事情を知っている者からすれば、山程の質量の岩が天蓋から降り注ぐよりもずっと恐ろしいものであろう。
シャドームーンが歩む際に、その音は奏でられる。地面に取り付けられた、超高速振動を付与させる事で攻撃能力の増強を図る装置、レッグトリガー。
それが地面と接する時に立てられる音だった。その音を立てるシャドームーンの戦闘能力と苛烈な性格もあって、対峙した者からしたら、死神が迫る音としか聞えぬだろう。
彼は、ダンテの方に、ゆっくりと近付いていた。一歩一歩を噛みしめるように、徐々に、徐々に。ゆらゆらと陽炎の如く、右手に持ったシャドーセイバーが揺らめいていた。

【少年】

【どうした】

 ライドウの返事はいつもと変わりがないそれだった。無感情さを感じる一方で、冷静さをまるで損なっていない声音。
つまり、シャドームーンの強さと、ダンテが苦戦している様子を目の当たりにしても、動じていないと言う事を意味する。
ライドウの方に少し意識を傾けさせるダンテ。先のシャドームーンの念動力で重傷を負ったアズミを封魔管に戻し終え、近場にツチグモを侍らせるライドウがいた。
アズミの方は一溜りもなかったようだが、流石にツチグモは、重戦車を思わせる姿をしているだけあって、一発は耐えたらしい。それでも相当堪えたのは事実らしく、ツチグモは目を回し、苦しそうな体であった。

【あのバッタを倒すのに専念したいんだが、倒せるまで持ち堪えられるか?】

【やってみるが、お前の方は倒せそうなのか、セイバー】

【ベストは尽くす、最悪次に持ち込む程のダメージを与えるまでは食い下がる】

【ならお前を信じよう。やれ】

「Yes,My Master!!」

 其処で敢えて、念話を用いず自らの口で、しかも矢鱈うるさい声音で、ダンテが意思を表明した。
突然のダンテの奇行に、シャドームーンは極めて短い時間であるが、その行動の意図を読み取ろうと、動くのをやめて何かを考えてしまった。
その隙を穿つように、ダンテが動いた。左足で地面を蹴り、シャドームーンの下へと走る。十五mと言う、拳銃も避けられそうだった彼我の間合いが、まばたきをするより速くゼロになった。

 間合いに入った瞬間、敢えてダンテは、リベリオンを用いるのではなく、己の『素手』による攻撃を敢行した。
シャドームーンのマイティアイ目掛けて、左フックを放つダンテ。魔具を一切纏わせてない、裸の拳の攻撃とは言え、スパーダの半身から放たれる殴打は、
自身の身長より大きい自然岩や鋼の塊を粉々にする程の威力を保有している。そのマイティアイで、放たれた一撃の威力を理解したシャドームーン。
エルボートリガーを高速駆動させ、ダンテのフックを左手の甲で防御。やはりと言うべきか、シルバーガード越しでもダンテの一撃は重い。当たり所によっては、大ダメージも免れまい。

 格闘戦を行うと言う都合上、当然剣の間合い以上に接近戦を意識せねばならない。
ダンテは事実、かなりシャドームーンに接近している。これでは、折角の得物であるシャドーセイバーの効力も半減する。
故に彼は、早々に自らが今まで振っていたシャドーセイバーの放棄を決めた。
瞬間的にシャドウセイバーを魔力の粒子にさせて、消滅。そしてシャドームーンは、格闘戦へと持ち込んだ。

 シルバーガードに覆われたシャドームーンの胸部目掛けて、正しく弾丸(バレット)の様な速度と勢いの右ジャブを、ゼロカンマ秒の間に数発以上も放つダンテ。
それを、腕が霞んで見える程の速度で両腕を動かし、シャドームーンは攻撃を全て捌き切る。
攻撃を防ぎ終えたその瞬間、レッグトリガーを駆動させ、シャドームーンは鋭い膝蹴りを間髪入れずにダンテへと叩きこもうとする。
直撃すれば、人間の骨格は頭蓋から足の指先のそれまで全て粉々にされて即死する程の威力。それを、赤いコートの魔剣士は、避けずに防ごうと試みた。
身体中の魔術回路を瞬間的に組み替える。腕と脚全体に重点的に回路を移動させ終えた彼は、その状態の腕で、
ロキの時に散々見せた様な似非カンフー映画宛らの防御を披露する。そして響き割ったのは、生身と強化外皮で覆われた膝が衝突したとは思えない程の、澄んだ金属音。
その音が響いたと同時に、シャドームーン程の体術の持ち主が、大風で煽られたみたいに仰け反った。
シャドームーンがダンテを殴った時に、その腕に伝わった感覚は鋼。それも、強大な斥力を発散し続ける、巨大な鋼。
エルボートリガーを駆動させているにも関わらず、こうまで一方的に攻撃が弾かれるとは思わなかった。防御の技術に秘密がある事は、明白だった。

 仰け反って隙だらけのシャドームーンの胸部に、再びダンテが一撃を放つ。シャドームーンが秋月信彦だった時代に見た事がある。空手の正拳突きだ。
如何にもな外人が行う正拳突きにしては、かなり堂に入っている。何よりも、悪魔の膂力から放たれたそれは、容易く音の壁を突破していた。
腕の軌道上にシャドームーンは左掌を配置、それを受け止める。衝撃が腕全体を伝播する。細やかな蟻に腕を這われるような痺れが左腕に走った。
ダンテが腕を離すよりも速く、ガッと握り拳を掴む。腕を振り払われる前に、シャドームーンはマイティアイを妖しく緑色に輝かせた。
キングストーンを用いた催眠術だが、大魔剣士スパーダの血を引くセイバー、ダンテにこんな姑息な手段が通じるとはシャドームーンも端から思っていない。
対魔力もあるだろうし、何よりもダンテ自身には精神干渉は全く意味を成さない。世紀王の推理は当たっていた。
ただ一瞬だけ、その光が何を意味するのか、それを相手に考えさせる時間――隙――を与えさせたかっただけ。そしてダンテは、その罠に嵌った。
世紀王レベルの存在となると、ゼロカンマ一秒と言う短い時間ですらが隙となる。
ダンテの一瞬の隙を見逃さず、シャドームーンは握る場所をダンテの右拳から右手首へと変えさせ、そのまま、己の腕力のみで彼を空中へと放り投げた。

 ロキと戦っていた時のダンテの戦いぶりを、異界の外から見ていたシャドームーンは知っている。
ダンテと言うサーヴァントは、空中での移動手段を持っている事を。つまり、身動きが取れないだろうと思い中空に放り出しても、意味がないと言う事だ。
実際ダンテは空中に放り出そうとシャドームーンが彼を浮かばせ、手首から手を離したその瞬間には、体中の回路を組み替え終えていた。
だからこそ影月の王子は、一切の間断なく、キングストーンが生み出す魔力を以て武器の生成に掛かった。
ダンテの周囲の空間に、波紋の様な紋様が走り始め、其処から、穴倉から蛇が顔を出す様に、様々な武器が姿を現した。
思考のスピードと全く差のない速度だった。彼の周囲に様々な武器が展開され、彼を囲い込む。槍、長剣、短剣、斧、矢。その数優に百以上。
それら全てが、殺意をダンテへと向けていた。奇しくも得物の殺傷部位の色は、皆紅色であった。

「念入りな事だ」

 と、ダンテは愚痴った。自分だけを攻撃するつもりならば、まだどうとでもなった。
流石にシャドームーン。抜け目がなかった。攻撃の対象はダンテだけじゃない。ライドウもまた、含まれていた。
黒衣のデビルサマナーもまた、ダンテ同様、種々様々な武器に周りを取り囲まれているのだ。上下左右。ライドウに逃げ場など、全くなかった。

「ツチグモ」

「ゲェ、貧乏くじ!! しゃあねぇ、お前たっての頼みだ、やってやる。悪魔は酔狂ォォォォォォ!!」

 驚きの表情を一瞬だけ浮かべるライドウであったが、彼の行動は適切であった。今まで傍に侍らせていたツチグモに、命令を飛ばしたのだ。
その様子を見たダンテは、即座にホルスターからエボニーとアイボリーを引き抜き、銃口をライドウ達の方目掛けて連射。
魔剣士の周りを取り囲む武器と武器との間を掻い潜るように、弾丸は彼らの方に向かって行く。
弾はライドウとツチグモ――ではなく、彼らを取り囲む武器、その中で、ライドウらが向き直っている方向のそれらに重点的に直撃する。
物質的な強度が凄まじい、シャドームーンの生成する武器と言えども、サイズから考えれば暴力的としか思えない程魔力を纏わせた弾に何発も直撃すれば、脆くもなる。
その脆くなり始めた瞬間に、ダンテが弾丸をぶつけまくった武器のある方向に、ツチグモが勢いよく突進を始める。蜘蛛の悪魔の後を追う形で、ライドウも走った。
正しく、ダンプの爆走を思わせるような勢いだった。人間は当然の事、戦車ですらこの突進に直撃すればスクラップになるであろう凄味があった。
ツチグモの猛進を受け、その進行方向状にある、空中に象嵌された武器の尽くが飴細工のように粉砕され、赤色のきららを中空に散らした。

 ツチグモが猛進したその瞬間、ダンテの方と、ライドウの方を囲んでいた武器が射出された。
暗黒の空を驟雨の如く降り注ぐ流れ星めいた速度で、ライドウとダンテ両名を塵殺せんと、紅色の武器達が迫る。
ライドウの方は、既に武器の範囲内から逃れてはいたが、それはあくまでも『左右と斜め』から迫るそれのみであった、彼
から見て『背後』の武器に関しては未だ逃れられていない。未だ、武器の射出ルート上であった。その事を認識していたライドウは、
よりにもよって窮地を脱させてくれた立役者であるツチグモを足場に、跳躍。
垂直に七m程の高さまで飛び上がったライドウは見事、紅色の光条としか見えない程のスピードで放たれた武器の数々を回避する――が。
ツチグモは当然回避出来ない。対戦車ライフルですら通用するかどうか、と言うツチグモの堅い外殻に、ほぼ根本までシャドームーンの生成した武器が突き刺さった。
「痛えぇえぇえぇぇぇぇ!!」と言う怒号が響く。それと同時に、ライドウが地面に着地した。真実ライドウは、窮地をサーヴァントの手を借りる事無く脱したのだ。

 そして、ダンテの方だった。
彼に関しては、今のシャドームーンの攻撃を防ぐ手段など無数にある。武器の射出とそれを工夫した攻撃など、生前熾烈な戦いを繰り広げた兄との一件で慣れている。
余り危機とは認識していない。幸い、今ダンテは『トリックスター』と言う、移動に適したスタイルになっている。対処は冷静だ。
エアトリックと呼ばれる、認識した相手を基点とした極短距離の空間転移を用い、迫りくる紅蓮の武器の全てを、大した労苦もなく回避する。
移動先は、シャドームーンの頭上だった。世紀王程の烈士の懐に苦もなく潜り込んだダンテは、背負っていたリベリオンを引き抜き、音の六倍に迫る速度でそれを振り下ろした!!

 ――リベリオン越しに、ダンテが感じた感触は、『糸』だった。
凧糸や絹糸、刺繍糸とは違う。金属から生成された、細い糸。しかも、途轍もない靱性と強度を内包している、と言う修飾語句が付く。
大剣がシャドームーンの頭をスイカの如く割り断つまで後二十cmと言う所で、その糸がダンテの攻撃を阻んだ。糸は、ダンテの膂力をフルに乗せたリベリオンの振り下ろしを受けても、撓むだけで、斬れる気配がかなり薄い。攻撃は、未遂に終わった

「貰ったぁッ!!」

 裂帛の気魄を声にし、シャドームーンが右腕による貫手を、攻撃を糸で防がれたせいで空中に留まる形となったダンテ目掛けて放った。
武器を生成する時間も惜しい。下手に時間を与えてしまうと、また相手に行動の時間を与えてしまいかねない。だからこその、素手による攻撃だった。
ダンテがそれに反応し、行動を実行しようとするが、もう遅い。レイピアを思わせるシャドームーンの貫手は、ダンテの胸部を貫いた!!

「ごぁっ……!!」

 シャドームーンの右腕は、二の腕までダンテの分厚い胸部に没入。
そして、下腕の半ばから、魔剣士の背中とコートを突き抜け、貫通していた。シルバーガードが、褪紅色の鮮やかな血液で妖しく濡れ光っている。
肺を破壊し、脊椎や脊髄もこれでは致命的に損壊している事だろう。つまり、即死である。腕をダンテから引き抜くシャドームーン。
ダンテが仰向けに、荒れた地面の上に倒れ込んだ。そして、次はお前だと言わんばかりに、ライドウの方に目線と身体を向けた。

 ダンテを空中に放り投げ、彼の周りをキングストーンで生成した武器で取り囲む。並のサーヴァントならばそれで終了だろうが、ダンテに限りそうは行くまいと。
シャドームーンも思っていた。あれは言わばブラフ。事実ダンテは、ライドウに救いの手を差し伸べつつ、余裕でその窮地を脱したのだから、世紀王の見立ては当たっていた。
聡い世紀王は、戦闘法を大きく変える宝具を用いて、取り囲む武器を防ぐか回避するだろうと言う事も見抜いていた。
あの魔剣で武器を弾くか、それともあの独特の防御法で全てを防ぎ切るか、そして、空間転移で移動して回避するか。
何れにせよ全てのスタイルで、ダンテがどう対処するか。その事も、シャドームーンは計算していた。これもマイティアイによるデータの蓄積があったればこそ。
結果としてダンテは、空間転移を用い、シャドームーンの下まで移動。其処から大剣による攻撃を敢行した訳だが、これもシャドームーンは予測済み。
彼の攻撃を防ぐのに用いたのは、キングストーンによる武器生成の応用――彼は、二時間程前に戦ったサーチャー、秋せつらの『妖糸』を真似て見せたのだ。
盾や剣と言ったものでは、攻撃を防御したとてダンテの心に空隙を作る事は叶わない。サーヴァントであっても目視が困難であり、強い強度を持つ糸ならば、一瞬ダンテに隙を生じさせる事が出来る。そう思ったからこそ、あの短い時間でシャドームーンは魔糸を作った。

 ――但し、あの刹那に近しい時間での攻防では、糸を一本作るのが精いっぱい。このような状況でなければ、二度とこんな物を作るかとシャドームーンは心に誓った。
キングストーンの力を以ってしても、あの美しい魔人が操る断糸の強度と靱性を再現する事しか出来なかったのだ。魔人の操る糸の神髄である、技術の再現など不可能。事此処に至ってもその技の冴えと凄まじさを思い知らされる。実に恐るべし、秋せつらの妖糸の技よ。

「次は俺、と言う事か?」

 ツチグモに突き刺さる、シャドームーンの生成した武器を引き抜いてやりながら、ライドウが言った。

「俺がお前を生かすと思うのか」

 シャドームーンの返事は、限りなく冷たい。屠殺される家畜に対して向けられる声音と、何の違いもなかった。
ダンテ単体もそうだが、魔王と称される大悪魔を相手に優勢を保てる程の強さを誇るライドウを、見逃す筈がない。

「サーヴァントを殺した、だから次にマスターも殺す。理に適っている。だが、もう一人お前には戦う相手がいる」

「ほう、いると言うのか、そんな奴が?」

「いるさ、ここに一人な」

 その声を聞いた瞬間、シャドームーンは愕然とした。当然だ、誰ならん自分の貫手で殺したと思った筈の、ダンテの声であったのだから。
バッと後ろを振り向いたその時、大量の魔力がダンテを中心として嵐の如くに荒れ狂う。そして、あ、の一音を口にするよりも速く、ダンテの姿が全く別の物に変貌していたのだ!!

 見るがよい、その姿を。スパーダ――大悪魔の仔としての側面を前面に押し出そうと言う引き金(トリガー)を引いたその魔姿を!!
その姿を見て果たして誰が、ダンテを人間などと思おう。今の彼の姿は誰が見ても、死と殺戮を生業とする悪鬼(デーモン)、悪魔(ディアブロス)そのものだった。
身に纏っていた、血に浸したような紅いコートは肉体と同化し、赤い鱗でビッシリと覆われたコート状の外皮となっており、一目で頑丈そうなそれである事が窺える。
典型的な白人男性を思わせる白い皮膚は、黒金を思わせるような黒灰色のそれへと変貌し、全体的に人の姿を留めているダンテが、人間以外の何かに転じた事を
一目で解らせる凄味と異質さを、彼の肉体は保有している。だがそれよりも恐ろしいのは、今の彼の面構え。
人間的な要素など今の彼は一かけらたりとも保有していない。鬼灯の如く爛々と輝く双眸、その口に生え揃った鮫か鋸みたいに鋭い牙。
人喰いの悪魔と言われても文句の言えないその姿。変わったのがその風体だけじゃない事をシャドームーンは理解していた。
マイティアイが、今の姿に変貌したダンテの力を、冷静に分析し終える。全ての能力値が、先程までの人間の時とは――

 魔力を纏わせた左拳によるストレートを、ダンテが放った。
その四肢にも、今やサバイバルナイフめいた鋭い爪が生え揃っており、掠っただけで人間など腸を引き摺り出されてしまいそうなオーラを醸し出している。
しかし、シャドームーンも混乱の状態にいつまでも陥っている程愚鈍じゃない。直に何をやるべきかを理解。
エルボートリガーを高速駆動させ、駆動させた左腕の手甲で、ダンテの一撃を防御する。そして鳴り響く、巨大な鉄塊と鉄塊が高速でぶつかった時の様な大音。

 ――一撃が、重い!!
大砲の砲弾を最高速度でぶつけられたような、信じられない衝撃が腕全体に伝わる。身体能力の向上の度合いは、シャドームーンの想像の域を超えている。
反射神経もまた、飛躍的に向上していた。ダンテは攻撃が防がれたと知るや、先程以上の速度で身体中の魔術回路を組み替える。移動に適したスタイル、トリックスターだ。
残像すら追いつかぬのでは、と思われる程のスピードで、三十m程距離を離す。其処で再び、体中の回路を攻撃に適したそれ、つまりソードマスターへと変更させる。
そして、ゼロ秒に限りなく近しい速度で、リベリオンに魔力を纏わせ、それをシャドームーン目掛けて振う。赤黒い衝撃波が、先程それを放った時以上の速度で飛来する!!
此処までに掛かった時間は、ゼロカンマ一秒を下回る。シャドームーン目掛けて迫る衝撃波、ドライブを、彼は今まで放った物よりもずっと強力な念動波で粉砕する。
第一波を防いだとみるや、第二波が間髪入れずに飛んできた。これも織り込み済み、強力な念動波で粉砕し、続く第三波も同じような要領で砕いた。
砕かれて、無害化された赤黒い魔力の粒子が、煌々と中空を舞う。誰もその様子を綺麗だとか、幻想的だとは思うまい。不浄な死者の血液が、ダイヤモンド・ダストの要領で凍結したものが、浮遊しているとしか見えぬのではあるまいか。

 想像以上の身体能力の上がり幅に、シャドームーンは内心で唸った。
反応が出来ぬ訳ではない。それは強がりでも意地っ張りでも何でもなく、ダンテの放つ衝撃波を冷静に対処した事からも窺えよう。
だが、今のシャドームーンには一つの制約がある。彼は、激しく身体を動かせない。
簡単な話だ、ダンテ以前に戦った秋せつらの妖糸、それによる左脇腹の傷が、完治していないのだ。
ゴルゴムが生み出した究極の改造人間である世紀王に備わる自然治癒能力、そしてキングストーンが無限に生み出す魔力を回復に当てても、完治の気配を未だに見せない。
今の傷の状態は、治りかけ、と言った所で、激しく動けば再び傷が開き、また無駄な時間を喰ってしまいかねない。
これがあるから、シャドームーンは身体能力を全力で発揮出来る戦いを演じられない。ダンテとの戦いでは、肉弾戦を行う機会があったが、
シャドームーンからすればあれは本気ではない。今の状態で肉弾戦を行うとなると、話は変わる。
そもそもダンテが今の状態になる前に繰り広げた肉弾戦は、本気ではなかったとは言うが、それは手加減していたと言う意味ではなく、
『せつらに付けられた傷が開かぬ範囲で本気を出していた』と言う事である。前の状態のダンテを圧倒するとなると、傷が開くのを承知の上で戦わねばならなくなる。
今の、悪魔となった状態のダンテを相手に、最低でも互角の肉弾戦や接近戦を繰り広げるとなると、傷が開かぬ程度の全力で、と言う考えなど甘い事この上ない。
一方的な戦いになる事は、想像に難くない。接近戦、出来る筈がなく。故にシャドームーンは早々に、相手に近付いて攻撃する事を止め、キングストーンの力を用いた遠距離攻撃に、アプローチの仕方を変更する。

 キングストーンの力を用い、瞬間的に武器を生成するシャドームーン。彼の背後の空間に、波紋が幾つも刻まれ、其処から剣や槍、斧と言った色々な武器が姿を見せる。
それを見た瞬間、ダンテが地を蹴り走る。そして、シャドームーンが、音の八倍超の速度で、武器を射出させる。
音の壁を突き破り、ソニックブームすら発生させる勢いで放たれたそれに、ダンテは冷静に反応する。直線的な軌道の攻撃など、今のダンテには当たらない。
矢避けの加護スキルが、デビルトリガーを引いた事により向上している。そして何よりも、魔力放出スキル自体も、飛躍的に上がっている。
全天が震える程の気魄の一声を上げて、魔力を纏わせたリベリオン、その剣先を前方向に思いっきり突き出した。
瞬間、剣先から赤黒い、巨大な魔力の波濤が発生し、射出されたキングストーン製の武器の全てを氷柱みたいに粉々にする。
波濤は、武器を全て破壊するだけでは飽き足らず、それを生成した大本の主であるシャドームーンをも塵殺せんと、凄まじい速度で迫って行く。
シャドームーンは指先から、威力を極限まで高めた緑色の破壊光線、即ちシャドービームを波濤目掛けて放った。
モーセの奇跡によって紅海を割り開いた光景宛らに、シャドービームを受けて波濤は真っ二つに割れ、魔力粒子となって砕け散った。破壊光線の方も波濤の威力に耐え切れず、同じ運命を辿る。

 このような攻防を行っている間に、ダンテは既に、リベリオンを背中に背負い終えた状態で、残り五mと言う所にまで近づいていた。
魔力の回路も既に組み替えられており、防御に適したそれ――つまり、ダンテ自身が『ロイヤルガード』と呼んでいるスタイルに変わっている事も、世紀王は御見通しだ。
此方の攻撃を優れた防御で掻い潜り、懐に入り込んでの一撃を見舞うつもりなのだろう。だが、そんな事はさせない。
シャドームーンは威力を高めた念動力を、悪魔と化したダンテへと放った。これを防いだ瞬間、空間転移で距離を離す。その腹づもりであった。

 ……今のダンテの魔力回路の配置が、防御を重視したもの。
確かに、そのシャドームーンの解釈は間違っていない。半分は正解だ。
だが彼が誤解していた事が一つあったとすれば――今のダンテのスタイル、つまりロイヤルガードは、全てのスタイルの中で『最も攻撃的なスタイル』と言う事であった。

 トラックや建機の衝突など問題にならない程の威力を内包した念動力が、脆い砂の塊のように吹っ飛んだ。無論それを成したのは、ダンテ以外にあり得ない。
この神技を成した当の本人の両腕は、白く烈しく激発しており、プラズマが纏わりついているかのようであった。
弾丸が雨あられと飛び交う戦場の中でも、飛来する弾を視認・反応出来るシャドームーンですら、咄嗟のリアクションが遅れる程の速度で、ダンテは地面を滑って移動する。
ハッ、とシャドームーンが何かを行おうとした時にはもう遅い。光を纏うダンテの左腕が放つ掌底が、シルバーガードに覆われた胸部に突き刺さった。

 ――ビシィッ、と言う音がシャドームーンの胸部から響いた。
それは、強化外皮であるシルバーガードにダンテの掌底が命中し、そのガードに『ヒビ』が入る音だった。
衝撃が、シルバーガードの下に潜む強化筋肉を伝わり、シャドームーンの内臓に走る。そして、遅れて全身を暴れ狂う、激痛。
此処に来て初めて、凄まじいダメージを受けてしまった。このダメージは下手をしたら、せつらに貰ったあの一撃以上である。

「ゴォァッ……!!」

 掌底を貰った胸部を抑えたくなる気持ちを抑え、シャドームーンは即座に空間転移で距離を離した。
ダンテがリベリオンを横薙ぎに振るい、シャドーチャージャーごと彼を真っ二つにしようとしていたからだ。
常ならば空間転移で移動すると同時に迎撃の一つでも行うのだが、今はそれ所ではなかった。

 タッ、と、シャドームーンが移動した先は、ダンテから見て十m程先の地点。
其処でシャドームーンは、魔剣士の掌底を貰った胸部を右手でなぞる。やはり、亀裂が入っている。如何なる力を用いれば、このシルバーガードを害せると言うのか。

「これで互角……いや、俺の方が有利かな? ミスター・グラスホッパー」

 其処でダンテは、エボニーとアイボリーを引き抜き、その銃口をシャドームーンの方に向けてから、異形そのものである悪魔の状態を解除。
この宝具は生前同様魔力を使う。ライドウの事を慮っての早めの解除だった。
全ては夢であったと言わんばかりに、ダンテは元の人間の姿に立ち戻り、鋭い瞳でシャドームーンの事を睨みつけている。
そう、全てが元の状態に戻っている。シャドームーンの貫手で貫かれた、胸部もまた。貫かれた穴など、何処にもないではないか。

 ダンテと言うセイバーの切り札である宝具の一つ、デビルトリガー。
この宝具が彼に齎す効果は単純明快。ステータスの向上、そして戦闘の要となるスキルの上方修正、そして、再生スキルの付与。
シャドームーンの貫手の傷が治ったのは、再生スキルが常に働いていたからである。尤も、ダンテはデビルトリガーを引かずとも、埒外の戦闘続行能力の持ち主である。
頭を狙撃されようがリベリオンと同じ大きさの大剣で身体を貫かれようが、次の瞬間には平然と活動が出来る。それなのに何故、魔力消費の大きいこの宝具を行使したか。
そうでもしなければ、シャドームーンを相手に渡り合えないと、ダンテ自身が思ったからだ。それ程までの強敵だと、ダンテは認めているのだ。

 そして現に、シャドームーンはダメージを受けているとは言えど、まだまだ行動が出来そうな風で、ダンテの事を睨みつけていた。
ロイヤルガード。その真価は相手の防御を受け止める事ではない。このスタイルは、本来ダンテに与えられる筈だったダメージを独自の防御法で大幅に減算させると同時に、
『その防御法で防御して来た攻撃の威力をそのまま相手にお見舞いする』と言う事にある。
シャドームーンは、ロキが異界を展開してから現在に至るまで、ダンテがロイヤルガードで防いだ攻撃――。
つまり、ザンダイン、マハラギダイン、そしてシャドームーンの膝蹴り、それら全ての威力を合せた一撃が、シャドームーンにダイレクトに叩き込まれた事になる。
普通ならばこの時点で、勝負ありだ。なのにシャドームーンは、まだまだ活動が出来そうなオーラを醸し出している。ダンテの予想通り、凄まじい強敵であると同時に、彼からすれば、嫌になる位タフなサーヴァントであった。

「……」

 無言で、シャドームーンはダンテの言葉を受け止める。ダメージの方は、到底無視出来るそれではない。
世紀王としての自然治癒能力と、キングストーンの魔力による回復が出来る事、そして何よりの幸運は、せつらの妖糸を受けた左脇腹の傷が開いていない事。
その幸運が三つ重なったとて、全く喜ばしくなかった。それ程までに、負ったダメージが大きいからである。

 ロキとの戦いぶりから今に至るまで、ダンテの戦い方を冷静に観測し続け、シャドームーンには解った事が一つある。
ダンテは、魔力の回路を瞬時に組み替える技術を駆使して、目まぐるしくそして変幻自在に戦う事だ。そしてこの技術こそが、彼の宝具だと世紀王は思っていた。
回路を組み替える。言うのは簡単だが、実際それを行うのは言葉の通りの易さなのかと言われれば、それはあり得ない。
回路の位置を変えろと言う事は、人間で言えば、『肺は心臓並に狙われると危険な部位だから、胸ではなく腹の辺りにまで移動させろ』と言っているようなもの。
それがどれだけの無理難題か解るだろう。魔術師で言えば、己の魔術を放つ為の回路とは、神経であり、内臓に等しい。
それを自在に身体の至る所に配置換えするなど不可能な事柄。しかしダンテは、その不可能な事柄を息を吸うような容易さで、しかも瞬間的にやってのけるのだ。
この神技を、シャドームーンが宝具だと思うのも無理からぬ事。そしてこの回路の組み替えはダンテに、実に様々な戦闘法(スタイル)と言う形で恩恵を齎す。
移動と回避に適した『トリックスター』、攻撃に適した『ソードマスター』、遠距離攻撃に適した『ガンスリンガー』、そして、防御に適した『ロイヤルガード』。 
どれをとっても、普通のサーヴァントからすれば厄介極まりない戦闘法。この四つの戦い方をとっかえひっかえして相手を追い詰める。
それが、ダンテ自身の大本となる戦い方(スタイル)なのだと、シャドームーンは解釈していたのだ。実際その想像は、間違っていなかった。

 シャドームーンに誤算があったとすれば、二つ。
一つは、そのスタイルによる戦い方が、シャドームーンの予測した範疇を越えて多芸であった事。
そしてもう一つは、そのスタイルを変化させると言う事が切り札の宝具ではなかった事。逸ったか、と今になってシャドームーンは後悔した。
更に後者の誤算に至っては、そもそもスタイルチェンジと言う技術は、ダンテからすれば宝具ですらない単なる『技術』に過ぎない事をシャドームーンは知らない。
どちらにしても彼は、ダンテと言うサーヴァントの戦闘の幅広さ、そしてその深遠さ、と言う物を身体で思い知る事になってしまった。

 その場から逃げ出したいと思う程の沈黙が、場を支配した。
ダンテもシャドームーンも、そしてライドウも、一言たりとも声を発さない。
指揮者が今まさに指揮棒を振おうとしているコンサートホールですら、此処まで静かではないだろう。
しかし実際には、ダンテとシャドームーンの間には、常人であれば狂死、虫ですら気死しかねない程の殺気と覇気が、嵐の外周の如く暴れ狂っており、
一触即発と言う言葉ですら生ぬるい程の空気が張り裂けんばかりに満ち満ちていた。

 相手が動けば、此方も動く。それを二人が狙っているのは、どんな素人の目から見ても明らかだった。
後の先。それが、二人の狙う事柄。先に動けば痛手を負う。それは、この超常のセイバー二名の共通見解であった。
呼吸やまばたきすら止めているのではないかと言う程、二名に動きがない。この状態のまま、二時間でも三時間でも、最悪二十四時間でもいられる。
そんな雰囲気すら、二名は放出している。――しかし、二人の意気とは裏腹に、偶然の賽子を振う神は、この膠着状態を良しとしなかったらしい。

 ――世界が、いや、ロキが展開した異界が、終わりを告げようとしていた。
そもそも悪魔の展開する異界と言うものは、展開した主が現世から消滅すれば、主と同じ運命を辿り、消えてなくなるのが定め。
魔王ロキがこの世界から消え失せてなお、異界が存続している理由は、シャドームーンがキングストーンの魔力を異界の存続の為に込めていたからに他ならない。
そして、その存続の為に使った魔力も今、底を尽きたようである。卵の殻のように、空と地平線を構成していた膜のような物が剥がれ落ちて行き、メギドラオンで荒らされた大地が垢のようにボロボロになって行く。
こうして行く内に、ダンテとシャドームーン、ライドウらの目に映ったのは、退廃的な都会の一幕。
夏の盛りの真昼間と言うのに薄暗く、ジメジメとして、すえたゴミめいた臭いが充満する、新大久保の裏路地。異界と言う非日常の世界は終わり、元の現実と日常の姿が、ライドウ達の前に姿を見せる体になったのだった。

「どうするバッタ野郎。そのまま汚いケツまくってお家に帰るか?」

 不敵な笑みと軽口は忘れない。
シャドームーンとダンテ、この両名が本気で戦えば、新大久保どころかその周辺の歌舞伎町や戸山、西新宿ですらどうなるか解ったものじゃない。
真っ当な精神をしていれば、此処は素直に引き下がるだろう。そしてダンテもライドウも、シャドームーンがこの真っ当な精神の持ち主であると推測していた。
そうでなければ、異界と言う人の目には絶対に触れない空間に入り込んで、此方に勝負を申し込むと言う真似をしない。周辺の建造物や人的被害と言うリスク計算の末に、異界に入り込んだ事は、ダンテ達の目から見ても明らかな事柄だった。

 そしてライドウらの見立て通り、シャドームーンはそう言った計算の出来る男だった。
この男は狡猾で頭の回転の速い男だった。そして、そんな男であると言う事は当然、『利』と言うものを念頭に置いて動く。
今この状況で、大立ち回りを繰り広げるメリットはない。ダンテはせつらと違い、派手に戦う戦闘を得意とする。此処で戦えば、近辺にいるだろうサーヴァントにも発見されてしまう可能性が高い。故に、戦えない。

 だがそれは同時に、ダンテ達の方にしても同じだろうとシャドームーンは考える。
ダンテ自身が派手で、目立つ戦い方をすると言う事は、当然彼もおいそれとその実力を発揮させられない事を意味する。
結局この場は互いに、身を退く事が最適解なのだ。

「……貴様の戦い方は憶えた、首を洗って待っていろ」

 ダンテの言葉の返事に、十数秒は掛かった。
あの麗しい黒の魔人と同様、このセイバーとは次遭う時には決着を着ける。それを心に誓いながら、キングストーンの魔力を用い、空間転移を行おうとする。

「――撃て、セイバー」

 またもシャドームーンは読み違った。
何とライドウは、裏路地とは言え人通りも多ければ人も密集している白昼の新大久保で、エボニーとアイボリーを炸裂させろと言ったのだ!!
「何ッ!?」とシャドームーンが口にした時には、アイボリーの銃口が馬鹿でかいマズルファイアを噴いていた。
最初の一発が、鳩尾の辺りに命中する。それと同時に、空間転移が成立、裏路地からシャドームーンが姿を消した。
後の何発かの弾丸は、銀の世紀王が元居た空間を素通り。当然、銃声だけが虚しく響く形となるだけだった

「思ったより大胆だな、少年」

 弾丸が向かいの壁に命中する前に、自らの魔力でそれを消すダンテ。魔力が形を成した弾丸に過ぎない為、その程度の芸当は可能だった。
弾が一発も建造物の壁に当たらない事を見届けてから、彼はライドウの方に顔を向けた。ライドウは相変わらず鉄面皮を崩さない。
目の前で死人が蘇ろうとも、平然とした顔を崩しもしないだろうと言う青年があんな命令を下すとは、正味の話、ダンテも思っていなかった。意外なものを見るような顔と瞳で、ダンテはライドウの事をまじまじと見ていた。

「あれは強いサーヴァントだ」

「まぁ、間違いねぇな」

「あの場で逃す事は、得策じゃないと思って賭けに出たが、上手く逃げられたな」

 何とライドウとしては、あの場でシャドームーンを仕留めておきたかったから、リスク覚悟にダンテに命令を下したらしい。
希代の才能を誇るデビルサマナーとは思えない程、大胆で無鉄砲な行動。彼をしてそんな命令を下させる程、シャドームーンが強敵であったと言う事か

「ギャンブルは非生産的な行為だ、火傷する前に足洗っときな」

「賭けをしないで勝利を拾える戦いばかりなものか」

「ごもっとも」

 ダンテは手持ちの悪魔二体に重大なダメージを負わされ、折角ロキを痛めつけて獲得、回復させた魔力も、今の戦いで全部消費。
それどころか魔力に関しては、回復させた分のみを消費したのならばいざ知らず、ライドウ自身の魔力も、少し足を出る形で失ってしまった。
痛み分けとすら呼んでいいものか、悩む結果に終わってしまった。相手に与えたダメージも相当な物だったが、此方の負った痛手も、無視出来るそれじゃない。
シャドームーン。ライドウ程のサマナーが仕留めたいと思うサーヴァントにも、逃げられてしまった。次は恐らく、苦戦は免れまい。下手をすれば、ダンテが有する真の切り札も、開帳せねばなるまいか?

「ま、どっちにしろ少年、次にやる事は、解ってるだろ?」

「あぁ」

 赤口葛葉を鞘に仕舞い、ライドウが上を見上げる。ダンテもまた空気を読み、霊体化。身体に薄くマグネタイトを纏わせたライドウは、その場で跳躍。
路地の両サイドの建物の壁面を蹴り抜いて、三角飛びを繰り返し、あっという間にライドウから見て左側の建物の屋上へと着地する。
眼下では、中国語だか韓国語を話すアジア系の人間がゾロゾロと集っている。デビルサマナーとしての英才教育を積み、外国語もある程度は嗜むライドウには、その意味が解る。
「誰か銃をぶっ放さなかったか!?」と話した男は中国語を口にしていた。「若頭も殺されたってのに勘弁してくれよ……」と愚痴を零した男は韓国語を話していた。
その声を後にし、静かにライドウは走り出した。時刻は午前11:50分。想像以上に、時間を喰われてしまった事に歯噛みをする。これでは、ロベルタの方に、アタックを仕掛けられないから。






【高田馬場・百人町方面(新大久保コリアタウン裏路地)/1日目 午前11:50分】


【葛葉ライドウ@デビルサマナー葛葉ライドウシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(中の小)、アズミとツチグモに肉体的ダメージ(大)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いマント、学生服、学帽
[道具]赤口葛葉、コルト・ライトニング
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の主催者の思惑を叩き潰す
1.帝都の平和を守る
2.危険なサーヴァントは葬り去り、話しの解る相手と同盟を組む
3.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める(現在困難な状態)
4.バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)を排除する
[備考]
  • 遠坂凛が、聖杯戦争は愚か魔術の知識にも全く疎い上、バーサーカーを制御出来ないマスターであり、性格面はそれ程邪悪ではないのではと認識しています
  • セリュー・ユビキタスは、裏社会でヤクザを殺して回っている下手人ではないかと疑っています
  • 上記の二組の主従は、優先的に処理したいと思っています
  • ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ラクシャーサ)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
  • チューナーから聞いた、組を壊滅させ武器を奪った女(ロベルタ&高槻涼)が、セリュー・ユビキタスではないかと考えています
  • ジェナ・エンジェルがキャスターのクラスである可能性は、相当に高いと考えています
  • バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
  • セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
  • セイバー(シャドームーン)の存在を認識しました。但し、マスターについては認識していません
  • <新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
  • <新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
  • バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)が逃げ込んだ拠点の位置を把握しています
  • 佐藤十兵衛の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
  • ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました


【セイバー(ダンテ)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的損傷(小)、霊体化、魔力消費(中)
[装備]赤コート
[道具]リベリオン、エボニー&アイボリー
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
1.基本はライドウに合わせている
2.人を悪魔に変身させる参加者を斃す
[備考]
  • 人を悪魔に変身させるキャスター(ジェナ・エンジェル)に対して強い怒りを抱いています
  • ひょっとしたら、聖杯戦争に自分の関係者がいるのでは、と薄々察しています






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「今戻った」

 カシャン、カシャン、と言う音を響かせてシャドームーンが口にした。
その様子を、カクテルグラスに口づけをしながら眺めるウェザーだったが、今のシャドームーンの状態を目にし、驚きに目を見開かせた。

「おい、その姿」

「見ての通りだ、戦って来た。聖杯戦争……一筋縄では行かぬと言う事よ」

 全く、ウェザーには解らなかった。曲りなりにも運命共同体とも言うべき己のサーヴァントが、何処かで烈しい戦闘を繰り広げていたなど。
見よ、胸部に刻まれたシルバーガードの亀裂を。鳩尾から流れるその血液を。世紀王をして、此処までの損傷を負わせる相手、どれ程の怪物だったと言うのか。

 キングストーン。それは単体で、あらゆる超能力を装着者に約束する宝具。
魔力と言う聖杯戦争に於いて最も重要となるリソースを無限に産み出し続ける、ゴルゴムの崇める三種の神器。まさにその名に偽りなしの宝具である。
だが同時に、それはデメリットにもなり得るのかも知れない。無限に魔力を生みだし、サーヴァントの存続を図り続けさせると言う事は、
そのマスターはマスター自身の魔力が徴収されると言う現象が起らない。つまり、『サーヴァントが遠方で戦い、苦戦していると言う事も知り得ない』。
現にウェザーは、シャドームーンが戦っていると言う事を全く解らなかった。魔力が徴収されなかったからである。
もしも自分の知らない所で、シャドームーンが消滅していたらと思うとゾッとしない。あり得ない話と笑い飛ばしたかったが、今のシャドームーンの状態を見れば、そうも出来ないのが現状であった。

「それより、良い身分だなマスター。俺が戦っている間に、酒を飲んでいる余裕があるとはな」

「ノンアルだ」

「そう言う問題じゃないがな」

 シャドームーンが熾烈な戦いを繰り広げている間ウェザーは、薄暗い明かりの中ノンアルコールの飲料を中心に飲みながら、情報の収集をテレビで行っていた。
尤も集まる情報自体は、それ程目新しいものはない。<新宿>二丁目のバーサーカー達の大立ち回りから、香砂会の邸宅の破壊、そして、落合のあるマンションでの事件。
状況が動きつつあるのは解るが、やはり、ニュースなどのメディアで解る情報など、この程度、と言う事なのだろう。

「セイバー、お前その傷、大丈夫なのか? 俺にはすぐ直る傷とは思えんが」

「無論、即座に治る訳じゃないが、あの魔人に付けられた傷程凶悪ではない。キングストーンの魔力を用いれば治る蓋然性が高い」

 魔人、つまり、秋せつら。
あの美貌は思い出すだけで、ウェザーを忘我の域へと追い込む程のものだったが、今はそれ以上に、彼のマスターであるアイギスの事が。
思い出すだけで腹立だしくなる。次に会えば、絶対にスクラップにする。その心の気概は未だに、萎えていない。

 苛々を忘れる為、クッと、カクテルグラスに満ちていた、オレンジやパイン、グレープジュースをカクテルした、
最早酒と言うよりはミックスジュースとも言うべき代物を一息で飲み乾すウェザー。こう言う時、酒を呷りたくなる気分であったが、今は我慢だ。

「新しく得た情報はあったか」

「ひょっとしたら、核心に触れるかも知れない事柄を」

「……興味があるな、話して見ろ」

 ウェザーの言葉を受け、シャドームーンは、新大久保で起った事柄を全て語り始めた。
紅いコートのセイバーと、それを操るマスターである、サーヴァントの様な強さを誇り、悪魔と呼ばれる生き物を操る青年の事。
偶然見つけた、メフィスト病院の院長のマスターと同じ様な、自身のマイティアイですら正体の割り出せぬ何かの事。
その存在が、紅コートのセイバーのマスターが行使する、『悪魔』と呼ばれる存在に近しい者であると言う事。
そして、その存在を裏で操る『ルシファー』と言う存在が、此処<新宿>にいるかも知れないと言う事。
これらが、新大久保でシャドームーンが得た事柄の全てであった。

「悪魔、ね」

 ウェザーが考え込む。そう思うのも無理はない。
スタンドを操るウェザーであるから、聖杯戦争は兎も角、サーヴァントの存在はスムーズに受け入れられた。
だが、これが悪魔となると、何故か途端に、信憑性が薄くなる。詐欺師や胡散臭い祈祷師や宗教家が口にする方便の代表例だからか。
それとも――ペルラを殺したKKKの事を、深層心理レベルで、思い出してしまうからか。何れにせよ、悪魔と言う存在が形を伴って実在する事が、ウェザーからすれば俄かに信じ難い事柄であった。

「恐らくは聖書や伝承に出て来るような、人を誘惑するそれとは意味合いが違うかも知れんぞ」

「と、言うと」

「俺達の活動する世界とは違う世界や空間の住人、或いは、そもそもこの星とは違う星の住民の事を、悪魔、と呼ぶのかも知れんと言う事だ」

「そっちの方も荒唐無稽に聞こえるが、まぁイエスのクソが活躍する宗教に出て来る悪魔よりかは信じられそうな仮説だな」

「どちらにせよ、俺達の敵はサーヴァントのみならず、後になればこの悪魔と言う存在も、我々に牙を向ける可能性がある。留意しておくに越した事はない」

「その情報、俺達以外の誰かが知ってる可能性は?」

 シャドームーンが考え込む。

「根拠のない推測で良ければだが、俺達と、俺の戦った主従以外は現状は考え難い。尤も、あの主従が他に同盟を組んでいれば、爆発的に広まるかも知れんがな」

「悪魔共の目的は推察出来たか?」

「全くそれに関しては予測不能だ。少なくとも、ルシファーと呼ぶ誰かの為に動いているのは確かだ」

「迷惑な話だぜ。ルシファーってアレだろ、地獄の底の底でマンモスの氷漬けみてぇになってる奴じゃないのか? 地獄で大人しくしてろって話だがな」

 ウェザーは恐らく、ダンテの神曲の話をしているのだろう。確かあの話のルシファーは、地獄の最下層であるコキュートスの、更に最下層に封印されていたか。
あの話の真偽はさておいて、何れにしても今ウェザーが口にした事に関しては、シャドームーンも同意を示していた。
ウェザーも彼も、聖杯戦争を勝ち抜く事で手一杯だと言うのに、よりにもよって悪魔などと言うふざけた存在が茶々を入れに来るとは。迷惑極まりないにも程がある。

「地獄は暇な所なのだろうよ」

「結構だな。地獄の魔王様ですら退屈で仕方のない所なら、ますますアイツを叩き落としたくなる」

 ウェザーの瞼の裏を過るのは、黒い法衣を身に纏う黒人の教誨師の姿。
元居た世界のケープ・カナベラルの街は今、如何なっているのか? 徐倫やアナスィ、エルメェスにエンポリオ、承太郎は無事なのか?
自分がおらずとも、プッチの野望を、挫く事は出来たのか? その事が、とてつもなく気がかりだった。早く元の世界に戻り、自分の全てにケリを着けたい。
そして今度こそ、安らかな眠りを味わいたいのだ。こんな世界で、骨を埋めたくなど、ウェザーは断じてなかった。

 話す事は、これで終わりだろう。
ウェザーは人を呼んだ。今彼らがいる新世界と言うBARの店主である男が、厨房から姿を現した。
随分と眠そうだった。それはそうだ、BARと言う水商売は通常夜に仕事をする事が多く、今の時間彼らは寝ている時間帯だ。
そんな時間にウェザーらは彼を叩き起こし、キングストーンの力で洗脳したのだ。つくづく、非人道的な男達であった。

「――飲(や)るか? セイバー。お前さんの身体ならアルコールも余裕だろ」

「要らん」

 ウェザーの親切を、シャドームーンは素気無く切り捨てた。

「そうかい」

 言ってウェザーは、年齢と言う物を悟らせない顔立ちをした、スーツを着た中年の店主に、先程飲んでいたノンアルコールのお代わりを頼んだ。
適当なテーブル席に腰を下ろし、シャドームーンは静かに、身体に負ったダメージの回復に努めようとした。
時間帯の都合上客もおらず、音楽も流れていないBAR・新世界での時間は、ゆるりと流れて行く。
波乱の予感を二名は感じつつも。時間だけは、大河の流れが如く、静かに前へ前へと動いて行くのであった。






【歌舞伎町、戸山方面(BAR新世界)/1日目 午前11:55】


【ウェス・ブルーマリン(ウェザー・リポート)@ジョジョの奇妙な冒険Part6 ストーンオーシャン】
[状態]健康、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]無
[装備]普段着
[道具]真夜のハンマー(現在旧拠点である南元町のコンビニエンスストアに放置)、贈答品の煎餅
[所持金]割と多い
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻り、プッチ神父を殺し、自分も死ぬ。
1.優勝狙い。己のサーヴァントの能力を活用し、容赦なく他参加者は殺す。
2.さしあたって元の拠点に戻る。
3.あのポンコツ(アイギス)は破壊する
[備考]
  • セイバー(シャドームーン)が得た数名の主従の情報を得ています
  • 拠点は四ツ谷、信濃町方面(南元町下部・食屍鬼街)でした
  • キャスター(メフィスト)の真名と、そのマスターの存在、そして医療技術の高さを認識しました
  • メフィストのマスターである、ルイ・サイファーを警戒
  • アイギスとサーチャー(秋せつら)の存在を認識しました
  • 現在南元町のNPCから、自分達の存在と言う記憶を抹消しています
  • 現在の拠点は歌舞伎町のBAR新世界です
  • シャドームーンからルシファーの存在を話され、これを認識。また、ルシファー配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました
  • 葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)の存在を認識しました


【シャドームーン@仮面ライダーBLACK RX】
[状態]魔力消費(中だが、時間経過で回復) 、肉体的損傷(中)、左わき腹に深い斬り傷(再生速度:低。現在治りかけ)
[装備]レッグトリガー、エルボートリガー
[道具]契約者の鍵×2(ウェザー、真昼/真夜)
[所持金]少ない
[思考・状況]
基本行動方針:全参加者の殺害
1.敵によって臨機応変に対応し、勝ち残る。
2.他の主従の情報収集を行う。
3.ルイ・サイファーと、サーチャー(秋せつら)、セイバー(ダンテ)を警戒
[備考]
  • 千里眼(マイティアイ)により、拠点を中心に周辺の数組の主従の情報を得ています
  • 南元町下部・食屍鬼街に住まう不法住居外国人たちを精神操作し、支配下に置いています
  • "秋月信彦"の側面を極力廃するようにしています。
  • 危機に陥ったら、メフィスト病院を利用できないかと考えています
  • ルイ・サイファーに凄まじい警戒心を抱いています
  • アイギスとサーチャー(秋せつら)の存在を認識しました
  • 秋せつらの与えた左わき腹の傷の治療にかなり時間が掛かります
  • 葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)の存在を認識しました
  • ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました



時系列順


投下順



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39:有魔外道 葛葉ライドウ 46:It's your pain or my pain or somebody's pain(前編)
セイバー(ダンテ)
31:機の律動 ウェス・ブルーマリン 45:シャドームーン〈新宿〉に翔ける
セイバー(シャドームーン)
ある悪魔