少年は"勝利"の奴隷だった。


 記憶は曖昧になり、最早感慨すら抱かない作業と成り果てるまで、少年は勝利を繰り返した。
 それを得れば何も失わずに済むのか。救えるのか、守れるのか、幸せになれるのか。
 そんなことも分からぬまま、少年は只管に勝利を重ね続ける。

 そう、最初は己の母親を喰らった悪鬼だったか。下卑た言葉を吹きかけるそれを、少年はただ斬り捨てた。
 その時想い浮かべていた感情が悲憤だったか憎悪だったかは覚えていない。けれど、それが始まりの勝利であったことだけは覚えている。

 そこからは我武者羅だった。大きな時代のうねりに抗うこともできず、流離うままに戦い続けた。
 エコービルに巣食うドウマンを殺した。カオスとロウで争い続けるゴトウとトールを殺した。
 彼は確かに勝利した。神ならぬ人の身で、人ならぬ超人と魔神に確かに勝利したのだ。

 けれど、その偉業に報いるものなど何もなく。
 結果として、彼が住んでいた東京は消滅した。

 彼には何もできなかった。東京に向けられ発射されたICBMを止めることは只人の彼にできるはずもなく、全ては爆轟の光の中に消えていく。
 その果てに命を救われ、荒廃した未来に送られてなお勝利は彼に付き纏った。

 新宿を支配する暴虐者に侍る鬼神タケミナカタがいた。殺した。
 少女の心に巣食う鬼女アルケニーがいた。殺した。
 六本木を死者の都とした魔王ベリアルと堕天使ネビロスがいた。殺した。

 その過程で傍に在った親友は悪魔に成り果て、あるいは魂を奪い取られた。それでも彼は足を止めなかった。

 池袋で魔女裁判じみた司法を執り行う天魔ヤマがいた。殺した。
 上野の地下に潜む邪龍ラドンがいた。殺した。
 T.D.Lを背負う巨大な邪神エキドナがいた。殺した。
 品川は大聖堂に居を構える大天使ハニエルがいた。殺した。

 重ねて言うが、彼は心底ただの人間でしかない。当然傷つくし死にかける。苦悶に喘ぎ地べたを這いずり回った回数など両手の指でも足りないほどだ。
 彼はそれが嫌だったから、余計に研鑽を積む羽目になる。悪魔を斬り殺し、magを貯め、憎々しい敵と契約を交わし、迫りくる死の気配にそれでも尚と足掻き続けて。
 それがなおさら彼自身を苦しめると、半ば自覚していても止めることはできなかった。
 血反吐を吐き、身をすり減らして、気力と体力を全て使い果たし勝利しても、次に待つのは更なる苦難だった。
 何度戦い、何度勝っても終わりは見えない。際限なく湧き出る次の敵。次の、次の、次の次の次の次の次の。
 人は誰しも現状をより良くしたいがために勝利を目指す。しかし彼の場合に限っては勝利は何の問題解決にもならず、ただ悪戯に新たな火種を呼び込むだけ。

 気付けば、最早逃れられない動乱の只中に彼はいた。勝利を重ねてきた彼は、彼自身が望まずとも世界の中心に据えられる。
 それは勝者が負うべき当然の義務。お前は見事に勝ったのだから、次のステージに進むのは当然でより相応しい争いに身を投じねばならないと囁く声が反響する。
 そして訪れる次の大敵。次の不幸。次の苦難。次の破滅。
 掴みとったはずの未来は暗黒に蝕まれ、むしろ手にした奇跡を呼び水に、よりおぞましい試練を組み込んで運命を駆動させる。

 カテドラルに降り立った四大天使を斬り殺した。
 カテドラルに侵攻する強大な魔王を撃ち殺した。
 そこに何の感慨も逡巡もなかった。彼に求められていたのは勝利の一言のみであったがために、少年の意思など鑑みられることはない。
 ただ、その過程で二人の親友を手に掛けた時に、何かが崩れる音が聞こえた気がした。
 それがいったい何であるのかすら、最早少年には理解することができなかった。

 そうして天使と悪魔は消え失せ、ここに人の世界が取り戻されて。
 それでも、彼が手にしたものは何もなかった。

 縋るものなく人は生きられない。それは誰の言葉だったか。分からない。けれど、それは真実であったと今ならば理解できる。
 人は神へと縋り、秩序を求め、その果てに四大熾天使は再誕する。
 最早彼にできることなど何もなかった。彼に許されたのは"勝利"のみである故に、人々を救うことなどできはしない。

 彼の祈りは届かない。元より聞き届ける存在などどこにもいなかった。神や天使はおろか、同じ人間でさえ彼を顧みることなどなかった。
 彼の言葉は届かない。地上に悪魔が溢れ、天使が跋扈し、人は自分の力を信じようともしなかった。

 より強大となる敵に打ち震え、より熾烈となる試練に身を削り、遂には最期の時が訪れる。
 四肢は力を失い、剣も銃も手を離れ、心は支えを失って。ああそういえば、自分の隣に誰もいなくなってしまったのは何時からだっただろうとくだらないことが頭を掠め。
 胸部に衝撃。穿たれた大穴から鮮血が噴き出る光景を、彼は他人事のように醒めた目で見つめた。
 怒りも悲しみもそこにはなかった。そんなものは当の昔に無くなっていた。あるのは、石くれのような冷たさだけ。
 ただ、意識が闇に沈むその刹那。
 ほんの少しの疑問が内から湧き出た。

 僕は、どこで道を間違えたのか。
 僕は、どこかで道を間違えたのか。

 その問いに、最早意味などなかった。勝利しか許されない少年から唯一であるそれを奪い取られた今、彼は真実無価値となったのだから。
 勝利者であったはずの少年は、只人のように呆気なくその生涯を閉じた。





   ▼  ▼  ▼






 かつての現は終わりを告げ、これより始まるは終わりなき夢物語。
 死したはずの彼に与えられたのは敗残者の烙印。故に彼は運命の歯車により新たな舞台へと投げ込まれる。

 呪え、呪え、敗者という名の生贄よ。それがすなわち、おまえの存在意義なのだから。
 王道を歩む光を照らせ、その慟哭を積み上げろ。どこまでも果て無く啼くがいい。降り注ぐ悲しみの雨を呼ぶのだ。
 それを超えて進むことこそ、鋼の王道―――英雄譚。
 あらゆる涙を雄々しく背負い、明日への希望を生み出すためにいざ運命を生み落せ。

 囁く呪詛は止まらない。これまで踏み越えた死山血河は決して安息を許さない。
 勝利し乗り越えたなら次の戦場へ、敗北し堕ちたなら生贄として責を果たせ。果てのない苦難だけが彼を約束する。
 戦乱は無限に続く。戦がなければ勝利も存在しないのだから、それは少年を解放することなどあり得ない。

 渦巻く呪詛の奔流に呑まれ、意識は闇へと沈みこむ。
 何も見えない闇の中に手を伸ばすけれど。その手は何も掴めない。指はただ、空を切るだけで。
 彼は自身の築き上げた血の海に沈むのみ。そこに、救いなどありはしない。




 そこで悪夢は遮断され、彼は現実(ゆめ)へと帰還する。
 何もかもが変わり果てた、敗残の現在へ。





   ▼  ▼  ▼





「おーい、一緒に帰ろうぜ」

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、学生が面倒な義務から解放され思い思いのことをして過ごす時間帯。
 気の抜けた声や騒がしい話し声がそこかしこで繰り広げられ、夕焼けに染まる教室に雑多な音が反響する。
 それはそんなありふれた声のひとつ。現代の若者らしく……と言えば語弊があるが、髪を茶に染めた少年が別の少年へと声をかけた。

「ああ。構わないよ」
「おっし、なら早く売店に行こうぜ。さっさとしねえと売り切れちまう」

 明るい声と、対照的に落ち着いた声。まるで正反対の属性でありそれがそのまま二人の性格にも表れているが、しかし不思議と二人のウマは合っていた。休日にわざわざ遊びに出かけるほどではなかったが、放課後にこうして馴れ合う程度には仲がいい。
 特に趣味が合うわけでも、性格がマッチしているわけでもない。少なくとも茶髪の明るい少年のほうには他にもいくらか友人がいるので絡む相手に困っているわけでもないのだが、それでも仲がいいのだから仕方がない。

「―――でな、佐伯の奴ふざけたことばっか抜かしやがるし、俺はこう、一発ぶちかますつもりでな」
「大変だったんだね。でも、その心意気はともかくとして実際に手を出すのはどうかと思うよ」

 冗談に決まってんだろー、と笑う。他愛もない馬鹿話だ。それは相手も分かっているのか、止めろという忠告も本気ではないことが伝わってくる。
 いい奴だな、と素直に思う。振り返ってみれば、こうまで一緒にいて安らぎを覚えるのは、こいつの誠実さ故なのではないだろうか。
 口数は少なくともビビりなわけでも根暗なわけでもない。それは言うなれば泰然とした山のようで、大人しいというよりは穏和というのがこいつの正しい人物評なのだろう。
 正直言えば高校生とは思えないほどで、ああ自分も見習わなきゃなあと思ったことも一度や二度ではない。新宿に来て間もない自分にとって、本当にありがたい友人だった。

 ……そう。俺が新宿に来たのはつい最近だ。
 【設定】としては生まれてこの方ずっと新宿に暮らしていることになっているが、実のところそうではない。青色の鍵を手にして、訳も分からずこの新宿に飛ばされた、帰還不可能の異邦人が本来の役どころ。
 【聖杯戦争】とはそういうもので、それに選ばれた【マスター】であるところの俺は、聖杯によって与えられた仮初の役割に沿って行動しているに過ぎない。
 突然見も知らぬ環境に放り込まれた時は混乱どころの話ではなかったが、どうにか周囲に怪しまれずやり過ごしていた矢先に話しかけたのが目の前の【こいつ】だった。
 基本的には聞き手に回り、余計なことを詮索せず、それでいて一緒にいて心が落ち着くような不思議なクラスメイト。精神的に余裕がなかった俺は我先にと飛びつき、今もこうしてずるずると友人未満の曖昧な関係が続いているというわけだ。
 そこらへん、自分が男子で本当に良かったと心から思う。これが女子だった日には、面倒な人間関係に組み込まれてにっちもさっちもいかなくなっていたことは容易に想像できてしまう。

「つーかお前もたまには一緒に来いよ。いやお前とばっかつるんでる俺が言えた義理じゃないかもだけど」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、大事な用事があるんだ。本当にごめん」

 冗談抜きで申し訳なさそうにするこいつに、いいっていいってと手を振りながら答える。大事な用というのが何かは知らないが、こいつが言うくらいだからよほどのことなのだろう。
 それに、俺だって用事があると誤魔化して時折自分のサーヴァントと一緒に色々やっているのだからお互い様だ。いや、誠実なこいつと違って俺は嘘をついているわけだから、全然対等ではないのだろうが。

『―――以上が昨日発生した事故の概要で、被害者は……』

 道を歩く俺たちの耳に、ふとそんなニュースが聞こえてきた。
 頭上の電光掲示板ではニュースキャスターがわざとらしいまでに真面目な顔で【死傷者多数の事故】を説明し、画面には一目で凄惨と分かる現場の映像が映っていた。
 道行く人々はそれを気にも留めない。精々そこらの女子高生が「怖いねー」などと微塵も怖がってないことが丸わかりの軽い声を上げるくらい。目を向けず、足を止めず、そんなことより自分が抱える目先の問題のほうがよっぽど重要だと言ってはばからない。
 端的に言って興味がないのだろう。実際、自分一人が生きていく分には全く関係のない話だ。自分の与り知らないところで知らない人が死んだところで何を思うこともないし、思ったところで「自分が巻き込まれなくて良かった」程度のものだろう。
 それを悪いことだとは思わない。俺だって、こんなことに巻き込まれなければ何の関心も抱かなかったはずだ。
 けれど今はそうではない。この単なる爆発事故と放送されている事件が、実際は聖杯戦争によるものだと知るのは幾組かのマスターのみだ。
 そして当然、マスターたる自分もこの事故の真実を知っている。

「……物騒だな」
「本当にね。僕も、君も、気を付けたほうがいいかもしれないな」

 無意識に呟いていた言葉にはっとするも、しかしこいつは変に思うでもなく真摯に言葉を返してくれた。
 横目に見た表情は真剣そのもので、それは呟いた俺ですら少し怪訝に思うほどだったけど。それでも真剣に考えてくれたことがちょっとだけ嬉しいと思う。
 その言葉にほんの少しだけ救われる。俺は誰もが聖杯を求めて殺し合う戦争の中で、それでも誰も死なせたくなくて戦っている。
 無謀にも思えるそれが、誰にも知られない孤軍の戦いが、そんな簡単な気遣いだけでも楽になった。
 やっぱり俺は、こいつのことが好きなんだなと改めて実感した。
 こいつは異世界の街で出会った仮初の友人でしかないけれど、それでも好ましく思う気持ちに嘘はないから。

「だったら今日は早めに帰っちまうか。そういやお前の家って結構遠かったしな」

 だからこいつの言うことに同調させてもらおう。友人とのひと時が終わるのは惜しいが、考えてみれば夜は聖杯戦争の準備や諸々があるし、万が一こいつが巻き込まれでもしたら笑えない。
 夕焼けに染まる街は既に冷たい空気に満ちて、中心街から離れたこの場所は人の出入りも少なくなっている。そんな外れのT字路で、左に曲がるあいつに手を振り俺は右へと向かった。それで今日の付き合いは終わり。また明日、学校で会おうと思って―――

『―――マスター、すぐにそこを離れるんだ!』

 頭の中に焦燥した声が響いた。
 偵察に出ていたはずの己がサーヴァント、ランサーの声だ。聞き間違えようのないそれは、今まで聞いたこともないほどに余裕がない。

『ら、ランサー? そんな大声で何を』
『悪いが説明している暇はないんだ。いいから、今すぐその場所を離れてくれ!』

 ランサーの念話はそこでぷつりと途切れ、辺りは静寂に包まれる。二度繰り返された己がサーヴァントの声はどこまでも単純で、それ故に避けきれない災厄を予兆していた。
 まずいことになった……俺の心を焦りと恐怖が支配する。早く、ここから逃げなければ。

「……どうかした? なんだか顔色が悪いけど」

 脂汗すら浮かべる俺の様子に反応して、あいつが声をかけてきた。いや、なんでもないよと安心させようとして、そこで気付く。
 この場所が危険だというなら、こいつの身にも危険が迫っているということじゃないのか。

「―――悪い! ちょっと一緒に来てくれ!」

 もうそこから先はおぼろげだ。弾かれたようにあいつの手を取り、問いかけてくる声すら歯牙にもかけず一目散に走り続けた。路地を、橋を、住宅街を突っ切って、夕陽が闇に染まるまで懸命に逃げ続けて。
 気が付けば随分と奥まったところまで逃げ込んでいた。周りを建築物の壁に囲まれた裏路地。およそ人の出入りがないと思われるそこは、夜闇が底まで浸透して深海のような鬱屈さを漂わせていた。

「はぁッ……はぁッ……ここまでくれば、大丈夫、だよな」
「……一体どうしたんだ、突然」

 息を切らせてへたり込む俺と違い、あいつは汗のひとつもかかず平然と言葉を発していた。運動ができるタイプとは思ってなかったのにやるなこいつ、などとどうでもいい感想が頭をよぎるが、しかし今はそんなことを言っている場合ではない。

「わ、悪い……けど、あのままあそこにいたら危なかったんだ。信じられないかもしれないけど、今は」

 俺を信じてくれ。そう言おうとして、口が止まった。
 異様な気配が辺りを包んだ。酷い耳鳴りが起きて、体は今にも倒れそうなほどに圧がかかっている。
 それは純然な存在感。ただそこに在るというだけで常人を屈服させるほどの【それ】が、今はただ一人に向けて放たれていた。
 すなわち―――俺という、聖杯戦争に参加するマスターに対して。

「お前が、ランサーのマスターか」

 こつ、と硬質の音が夜闇の向こうより届く。
 鳴り響いた軍靴の音は、まさしく鋼鉄が奏でる響きだった。

 闇の中から現れた姿は、金色に輝く偉丈夫だ。ドイツ将校にも酷似した軍服を身に纏い、光熱に歪む二振りの刀を持ち、瞳は決意に滾る男だった。
 そして一目で分かるのだ。この男は違う。何もかもが、只人たる己とは隔絶しているのだと。
 目に宿る光の密度。胸に秘めた情熱の多寡。そのどれもが桁を外れている。定められた限界をいったいいくつ超えれば、この領域に到達できるのか。所詮は市井の凡人に過ぎない少年には到底及びもつかないことであった。

 そしてマスターたる少年の目には、彼のステータスとも言うべき情報が映りこんでいる。ああ、やはりこいつは……

「……ランサーは、どうした?」
「俺がこの手で葬った」

 返答に澱みはない。紡がれる言葉は勝利の喜びでも弱さへの蔑みでもなかった。さりとて感情の介在しない事務的なものでも断じて違う。
 それは、この考えが間違っていなければ、このサーヴァントは―――

「奴は紛れもなく強敵だった。奉じるモノこそ違えども、民の安寧を願い戦う姿、どうして軽んじることができようか。
 誇るがいいランサーのマスターよ。この屑でしかない我が身と違い、奴は間違いなく英雄に足る傑物であったと宣言しよう」

 そこに含まれるのは掛け値なしの賞賛。金色の男は、先ほど己の手で滅した騎士を、心の底より尊敬していた。
 それは決して嘘ではない。何故なら男の目は戦意や勝利に曇るでもなくずっと光に満ちている。真実彼はランサーを傑物と認め、その在り方を寿いでいた。
 認めていたからこそ、斬ったのだ。

「……当たり前だ。ランサーはこんな俺のために自分の願いを諦めてくれた。この戦争に巻き込まれた皆を、助けようって言ってくれたんだ」

 そしてその一点において、マスターたる少年と眼前のサーヴァントの意見は一致していた。
 彼は崇高な騎士だった。かつて取りこぼした民の安寧を願いながら、しかしこの地に生きる全ての人々と全てのマスターを守護せんと、その槍を振るってくれた高潔な騎士。
 俺はそんなランサーのことを心底尊敬してたし、ランサーは不甲斐ない俺をずっと助けてくれた。そこに欺瞞は何もなく、だからこそ許せない。

「お前の言う通りだ。故にこそ、俺はお前たちの犠牲を忘れない。過ちは地獄で贖おう。責も受ける、逃げもしなければ隠れもしない。
 しかし、その罪深さを前に膝を屈することだけは断じて否だ。さらばだ、名も知らぬマスターよ」

 そうして男は手にした刀を振り上げる。そこに躊躇は一片もなく、しかしランサーとそのマスターを尊いと言った言葉にも嘘はない。
 男は決して敗者を見下さない。踏みつけ乗り越えてきた夢の数々、無価値であったなどと誰が言えよう。そんな祝福を胸に抱き、しかしそれでも一切躊躇うことなく刃を振りかざす。
 それは一見すれば矛盾しているようにも見えるだろう。事実、男はそんな自己の歪みを自覚している。そして、その歪みを正し切れずにいることも、また。
 勝利とは相手を壊す罪業であり、だからこそ勝者は貫くことを義務としなければならない。
 最後までやり通し、夢見た世界を形にすることが報いになるのだと、男は頑ななまでに信じている。

 そして、そんな男に相対する少年は―――

「―――逃げろ!」

 ただ叫んでいた。今にも死する己が身など厭わず、ただ一心に願って叫んだ。
 それはすなわち友人の身を案じるという掛け値なしの献身だ。正しく自己犠牲と称せるそれを、少年は図らずも連れてきてしまった異邦の友人へと向ける。
 すまなかった、悪かった。俺みたいなロクデナシの事情に巻き込んでしまって本当にすまない。こんな俺が言うことではないかもしれないけど、それでもお前は生き延びてくれ。
 少年の心はただそれのみ。今際の際の自暴自棄かもしれないが、それでも少年は堪えきれずに叫んで。

「逃げてくれ×××! お前は、早く―――!」

 それは卑小な常人のものではあれど、確かな勇気の発露だったのだろう。
 背後の友人を庇うように腕を伸ばし、必死の形相で叫びながら後ろ手に振り向こうとして。
 そして。

「―――え?」

 そして、視界が反転した。
 くるくる、くるくると。遊園地のコーヒーカップにでも乗ったように、いっそ戯画的なまでに綺麗に視界が回転して。

 ああ、俺は死んだのか。首を斬られて。
 胴と離れた首は意識を闇に沈めて、それでも後悔が思考を占める。未練だなぁ、悔しいなぁと漏れる思いはそればかり。
 でも、あいつはちゃんと逃げられたかな。
 俺はここで死ぬけど、でもあいつにはしっかり生き残ってほしい。それだけが唯一の心残り。何も為すことができなかった、俺の最後の未練。

 そうして、回る視界が黒に染まり。
 少年は、敗残の徒としてその生涯を終えた。





   ▼  ▼  ▼

「さあ行くぞ、ここで立ち止まるなど許さない」

 少年を睥睨し、金色の男は短く告げた。その言葉に戦意の陰りはなく、ただ果て無き使命感に満ちていた。
 視線の先の少年の手には一振りの刀があった。横薙ぎに払われたそれは、ちょうど人の首がある高さで静止している。
 斬ったのだ、人を。最後まで己を心配していた、心優しき少年を。
 裏切り、斬り捨てた。

 それは変えようのない真実だ。そしてそれはある種当然の帰結であるとも言える。
 何故ならこの少年は、眼前に聳える金色のサーヴァントのマスターなのだから。

 少年の名誉のために言うならば、今この瞬間まで、かの少年がマスターであるなど露とも知らなかったのだ。彼のことは心底友人だと思っていたし、損得勘定など完全に度外視した付き合いをしてきたつもりだ。
 故にその友誼に偽りはなく、同時にこの手で殺害した事実もまた真実である。

「この地で死者が抱いた恐怖、苦痛、そして絶望。俺たちはそれを受け止めながら地獄の炎で焼かれるべきだ。
 巻き込まれてしまった無辜の人々の命への帳尻合わせとしてな。忘れるな、我らが共に犯したこの罪を」

 故に不屈であり続けろ。真実から目を背けるな、俺たちは等しく罪人である。
 金色の男は言外にそれを滲ませる。ああ分かっているとも。僕たちは等しく屑でしかない。

 同調とも言うべき信頼関係がそこにあった。少年と男は、ただ一つの目的のために手と手を取り合っている。
 本来、それはあってはならない類の感情だ。何故なら男は永遠に一人であることを選択したのだから。
 目的へと挑む大志を純粋に保つため、男は永劫の孤軍奮闘を自身に課した。打ち明ければ賛同は得られるだろうし、仲間もできよう。しかしそれを要らぬと跳ね除け、全てを共に歩む同胞ではなく守るべき大衆として見てきた者こそこの男である故に。
 だからこそ、聖杯戦争におけるマスターであろうとそれは例外ではないはずだ。本来であるならば、どこか安全な場所に匿うなりして戦いには一人で出るのが道理のはず。しかし、現に彼らはこうして二人で行動を共にしていた。

 その理由は単純だ。それは単に、少年が男と同種の存在であるというだけのこと。

 少年の眼は全く死んでなどいない。友をその手で斬り捨てて、それでもなお絶大の覇気が消えることのない火種となって燃えている。
 それは永遠に尽きぬ恒星のように、人類種では到達不可能な領域の意志力だ。唯一の理想へ向けて一心不乱に突き進む純粋さはまさしく機械人形の如し。されど少年は無感にあらず。
 滾る情熱を秘めている。矜持と覚悟を秘めている。しかもそれは劣化の言葉を知らず、死した今であってもなお燃焼を続けていた。
 それは紛れもなく光に属する強さである。外敵の嘆きを願う闇の類では持ちえない、正反対の煌めき輝く星の希望。
 例えどのような状況に陥ろうとも、少年は明日を信じている。自らの往く道を、その尊さを拝する故に止まらないし諦めない。
 それは確かに、目の前の男と同種の輝きであって。

「そんなこと貴方に言われるまでもない、バーサーカー。僕は決して諦めない。描いた理想に辿りつくまで、この歩みを止めないと誓った」

 何度戦い、何度失い、何度地べたを這いずろうと消すことのできない光がここにある。
 それは"英雄"と呼ばれる超越者。サーヴァントを示す英霊の呼称とは全くの別次元で、彼ら二人は英雄と呼ばれるに相応しい存在であった。
 その目は勝利しか見ていない。

 進軍せよ、覇道を往け。奪い取って天に掲げん。
 砕け、勝利の名の下に。すなわちそれこそ英雄の本懐なれば。

「ならば最早言葉は要らん。"勝つ"のは人間(おれ)だ」
「この戦いは絶対に負けられない。"勝つ"のは人間(ぼく)だ」

 何を今さら迷うことがあろうかと、全てを睥睨しながら決意が響く。
 勝利とは進み続けること。決めたからこそ、果て無く往くのだ。
 前回こそ敗れたが……なに、盟約通りこうして復活してのけた。
 復活、蘇生、あるいは輪廻。なんでもよいのだ。諦めなければ世の理など紙屑同然、蹴散らし捻じ伏せ突破できると信じていたが故に。
 五体を微塵にばら撒かれ、命を華と散らそうと、英雄の魂を砕くことは何者にもできはしない。
 魂の強さこそが英雄としての証なれば、それは法則を超越した当然の理屈として成立する。

 かくて道は開かれる。
 世界と祖国を背負う宿命が定まり、後は死ぬまで貫くのみ。
 明日へ、未来へ、光へと―――信じるがため止まらない、停止不能の英雄(かいぶつ)たちが動き出す。
 望んだものは変わらない。ただひたすら、人の行いに正しき報いが訪れる世界。そんな当たり前の権利を悪魔から取り戻すことこそ本懐。
 生き抜き死んだ全ての人間が流した血と涙の量に相応しい未来へと、万人を等しく導くために。鉄の男たちは、鋼の英雄として生きて死ぬ。ただその道のみを己に課した。

 これが、彼らの英雄譚。

 彼らは今も戦い続けている。
 敵対した無数の敗北者の屍を、かつて交わした輝ける友誼を、己に向けられた信愛を、その足元へ髑髏の山と積み上げながら前のみを見据えて駆けるのだ。
 ただ一度きり逃してしまった、"勝利"をその手に掴むために。
 いつか二度目の敗北が、その身を微塵に砕く日まで。






【クラス】
バーサーカー

【真名】
クリストファー・ヴァルゼライド@シルヴァリオ ヴェンデッタ

【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷C 魔力C 幸運D 宝具A+++

【属性】
秩序・狂

【クラススキル】
狂化:EX
それは勇気という名の狂気。英雄という名の狂人の有り様。バーサーカーは人類種最大の精神異常者である。
バーサーカーは善や光以外の感情を解さない。あらゆる輝きに敬意を表し、さりとて自論以外は理屈の上で理解することができても共感することは決してない。そして、ひとたび己の障害となれば心より悼みながらしかし躊躇なく斬り捨てる。
故にバーサーカーは通常時は意志疎通を可能とするが、しかし本質的に他者と分かり合うことはできない。パラメータ上昇の恩恵は受けず、代わりとして極めて高ランクの信仰の加護として機能する。
このランクは超越性を示すものではなく、あくまで特異性を示すものである。

【保有スキル】
光の英雄:EX
極めて高ランクの心眼(真)・無窮の武練・勇猛・精神異常を兼ね備える特殊スキル。
また初期値として自身より霊格の高い、あるいは宝具を除く平均ステータスが自分の初期値より高い相手と相対した場合に全ステータスに+の補正をかけ、瀕死時には更に全ステータス+の補正をかけ、霊核が破壊され戦闘続行スキルが発動した場合には更に++の補正を加える。
戦闘中は時間経過と共に徐々にステータスが上昇し、その上昇率はダメージを負うごとに加速する。この上昇効果は戦闘終了と同時に全解除される。
また、相手がステータス上昇効果を得た場合には自身もそれと同等の上昇補正を獲得し、自身のステータスを低下させられた場合にはその低下量の倍に相当する上昇効果を得る。
意志一つであらゆる不条理を捻じ伏せ、人類の枠組みすら超えかねない勇気こそが彼最大の武器である。あらゆる手段においてバーサーカーの精神を揺るがすことはできず、このスキルを取り外すこともできない。
要するにバカ専用のスキル。

護国の鬼将:EX
あらかじめ地脈を確保しておくことにより、特定の範囲を“自らの領土”とする。
この領土内の戦闘において、総統たるバーサーカーは極めて高い戦闘ボーナスを獲得しあらゆる判定で有利となる。

カリスマ:A-
大軍団を指揮する天性の才能。
Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の人望といえる。
バーサーカー化によりマイナスの補正が付属している。

単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
バーサーカーはただ一つの目的のため、永遠の孤軍奮闘を自身に課した。

戦闘続行:A++
たとえ致命的な損傷を受けようと、「まだ終われない」という常軌を逸した精神力のみで戦闘続行が可能。
暴走した意志力、呪縛じみた勝利への渇望。因果律を無視しているとしか形容の仕様がないその有り様は、最早人類種の範疇を逸脱している。

【宝具】
『天霆の轟く地平に、闇はなく(Gamma・ray Keraunos)』
ランク:A+++ 種別:対城宝具・侵食固有結界 レンジ:1~99 最大捕捉:1000
ヴァルゼライドが保有する星辰光。星辰光とは自身を最小単位の天体と定義することで異星法則を地上に具現する能力であり、すなわち等身大の超新星そのもの。
彼の星辰光とは核分裂・放射能光にも酷似した光子崩壊。膨大な光熱を刀身に纏わせた斬撃とその光熱の放出により敵を討つ、万象滅ぼす天神の雷霆。
その奔流は亜光速にまで達し、単純な近接戦から遠距離砲撃にも転用可能。その光は掠めただけの残滓であっても、体内で泡のように弾け細胞の一つ一つを破壊する。
それは一片の闇をも許さぬ“光”。絶望と悪を、己の敵を、余さずすべて焼き払う絶対の焔。邪悪を滅ぼす鏖殺の勇者。
正義の味方では断じてなく、ただ悪の敵たる死の光でありたいというヴァルゼライドの心象が具現した異能である。
この宝具が命中した対象の属性が混沌・悪であった場合、対象に即死の効果を与える。

【weapon】
星辰光の発動媒体となる七本の日本刀。

【人物背景】
軍事帝国アドラー 第三十七代総統 生ける伝説。彼を現すは一言“英雄”。帝国最強にして始まりの星辰奏者として最大最強の伝説を打ち立てる。
彼は天賦の才というものを持たず、しかし常軌を逸した修練の果てに人類種最強とまで呼称される強さを手にした。それは最早輝きを超越し、一種の狂気にまで至っている。

【サーヴァントとしての願い】
祖国アドラーの繁栄/今度こそ聖戦の成就を。


【マスター】
ザ・ヒーロー@真・女神転生

【マスターとしての願い】
人の世の安寧

【weapon】
  • ヒノカグツチ
火之迦具土神の力を宿した霊刀。相当量の神秘を纏っているためサーヴァントにも通じる武装となっている。

  • ベレッタ92F
ピエトロベレッタ社が開発した拳銃。米軍に正式採用されており高い知名度を誇る。

  • 悪魔召喚プログラム
文字通り悪魔を召喚するプログラムであり、彼の持つハンドベルコンピュータに内臓されている。
しかし仲魔は誰もおらず、現在は機能していない。
愛犬だったケルベロスすら、今はもうどこにもいない。

【能力・技能】
人の枠組みを超えた身体能力。多くの修羅場を乗り越えたことによる多様な経験。

【人物背景】
最早名前すら失った少年。
彼を表すならば、英雄の一言で事足りる。

【方針】
今度こそ、完全なる勝利を。



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ザ・ヒーロー 全ての人の魂の夜想曲
バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)