201 :通常の名無しさんの3倍:2009/01/13(火) 23:13:03
サイトの更新が止まってるな
サイトの更新が止まってるな
202 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:39:15
久しぶりに投下
今回は前々から短かったなーって思ってた第一話を加筆したものを投下します
久しぶりに投下
今回は前々から短かったなーって思ってた第一話を加筆したものを投下します
203 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:40:15
新説 ガンダムドルダ
第一話 運命の序曲
新説 ガンダムドルダ
第一話 運命の序曲
進宇宙歴100年 地球・旧アメリカ地区
「何だってんだよ!?あのMSは…!?」
荒れ果てた街。殲滅された軍事基地。逃げ惑う人々。
血に叫ぶ人の弱さが、暁の夜明けと共に世界を包んでいく。
瓦礫の中に佇むは、雪のように真っ白な機体…MS(モビルスーツ)。
純白の舞姫とでも形容出来そうなその機体は、地球連邦軍の有するMS、「グワッシュ」「ドグッシュ」「ガーランド」のいずれとも異なる様相を持つ。
極限まで白という白を突き詰めた美しい流麗なフォルム。
レイピアを振りかざし、殺戮を繰り返す姿であっても、その姿は一つの完成された芸術品。
ただ、ただ一つ、先に挙げた三種のMSとは大きく異なる点。
顔面部にV字のアンテナを持ち、絶望を色濃く映す二つの瞳…
「ガンダム」と呼ばれるタイプのMSであるのだが、この時人々がそういうことを知る筈もなく。
ただ、自らに与えられる虐殺という名の苦渋を甘んじて受けるしかないのであった。
『怯むな!ドニ隊、後方へ回り込め!』
編隊を組んだグワッシュとドグッシュの混成部隊が、一斉にリニアライフルを構え、プラズマのエネルギー弾を放つ。
舞姫は音もなく、プラズマのエネルギーを、手にした奇妙な匙状の武器で打ち払う。
静かで流麗な、洗練されたその動きに、恐怖心からでなく美というものに感心するという意味で、息を飲む者も少なくない。
と、一瞬のうちに舞姫が匙を振りかざす。
死神の鎌のようなその武器は(見た目はひどく滑稽だ)、音もなく十機の…いや、十人の、命を否定する。
「うわああああああ!」
次々と撃墜されてゆく仲間達を目の当たりにし、テッド・デッドは冷や汗をかいていた。
まだ耳の奥で、エマージェンシーのブザーがやかましく鳴り響いている気がした。
彼の意識はほとんど薄らいだ状態であったが、気の遠くなるほど訓練を繰り返した肉体は、滞りなく最新鋭機、ガーランド起動の動作を行い、今や発進を待つのみとなっていた。
狭いコックピットに計器の音が響くと、ようやく五月蝿い耳鳴りが治まってくれた。しかしそれと同時に、引きつった心臓が烈しく鼓動し始めた。
荒れ果てた街。殲滅された軍事基地。逃げ惑う人々。
血に叫ぶ人の弱さが、暁の夜明けと共に世界を包んでいく。
瓦礫の中に佇むは、雪のように真っ白な機体…MS(モビルスーツ)。
純白の舞姫とでも形容出来そうなその機体は、地球連邦軍の有するMS、「グワッシュ」「ドグッシュ」「ガーランド」のいずれとも異なる様相を持つ。
極限まで白という白を突き詰めた美しい流麗なフォルム。
レイピアを振りかざし、殺戮を繰り返す姿であっても、その姿は一つの完成された芸術品。
ただ、ただ一つ、先に挙げた三種のMSとは大きく異なる点。
顔面部にV字のアンテナを持ち、絶望を色濃く映す二つの瞳…
「ガンダム」と呼ばれるタイプのMSであるのだが、この時人々がそういうことを知る筈もなく。
ただ、自らに与えられる虐殺という名の苦渋を甘んじて受けるしかないのであった。
『怯むな!ドニ隊、後方へ回り込め!』
編隊を組んだグワッシュとドグッシュの混成部隊が、一斉にリニアライフルを構え、プラズマのエネルギー弾を放つ。
舞姫は音もなく、プラズマのエネルギーを、手にした奇妙な匙状の武器で打ち払う。
静かで流麗な、洗練されたその動きに、恐怖心からでなく美というものに感心するという意味で、息を飲む者も少なくない。
と、一瞬のうちに舞姫が匙を振りかざす。
死神の鎌のようなその武器は(見た目はひどく滑稽だ)、音もなく十機の…いや、十人の、命を否定する。
「うわああああああ!」
次々と撃墜されてゆく仲間達を目の当たりにし、テッド・デッドは冷や汗をかいていた。
まだ耳の奥で、エマージェンシーのブザーがやかましく鳴り響いている気がした。
彼の意識はほとんど薄らいだ状態であったが、気の遠くなるほど訓練を繰り返した肉体は、滞りなく最新鋭機、ガーランド起動の動作を行い、今や発進を待つのみとなっていた。
狭いコックピットに計器の音が響くと、ようやく五月蝿い耳鳴りが治まってくれた。しかしそれと同時に、引きつった心臓が烈しく鼓動し始めた。
204 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:41:09
地球連邦軍少尉という称号を持ち、エースパイロットとしての名を欲しいままにしている彼。
しかし、軍基地の損耗率が既に40%を超えているという前代未聞の事実を突き付けられた今、全てをかなぐり捨ててでも逃げだしてしまいたかった。
モニターが起動し、自分の体とコンソールを除いた全てが消え去った。手を伸ばせばすぐ届くところに格納庫の壁があるのと同じく、自分の死も目前に迫っている心地であった。
足が震えた。操縦桿を握る手も緩み始めた。
けれど、けれど…
この街は、自分の生まれ故郷。自分という人間をここまで育て上げた場所。
家族も、恋人も、友人も、彼の全てがこの地に存在する。
発進シークエンスに移行する旨がオペレーターより伝えられると、彼は大きく深呼吸をして覚悟を決めたのだった。
「テッド・デッド、ガーランド!発進する!」
勢いよく発進したガーランドは宙を舞い、同時に発進した仲間のグワッシュやドグッシュ、ガーランドと合流し、編隊を組む。
不意に仲間の一人が呟く。
「ガンダム…ガンダム、ドルチェ」
ガンダム…?確かに今そう聞き取れた。その後は何と言ったのかよく聞き取れなかったが。
ガンダム、という言葉がなぜか脳裏に焼き付いて離れないまま、テッドは奇妙なジャメヴを感じつつもアサルトライフルを構える。
彼の隊に所属する十機のMSは、同時に舞姫に向けてプラズマのエネルギー弾を放つ。
「ガーランドは私について来い!接近戦による離脱戦法を取るぞ!」
先程呟いた仲間の声が凛々しく響き渡る。
進宇宙歴100年当時における、地球連邦軍最新鋭機・ガーランド。
当時のMSの中で最速を誇る為、その機動性を活かしてのヒット&アウェイ戦法を得意としている。
圧倒的な戦闘力を有する目の前の機体に対抗するには、最早これしか手段は残されていない。
グワッシュとドグッシュはひたすらリニアライフルを撃ち続け、舞姫の牽制に努める。
テッドは仲間の駆るガーランド数機と共に、主武装の一つ、白兵戦用のD-2ダガーを抜き、ライフルを撃ちつつ特攻する。
「うおおぉぉぉ!」
全てを賭けた命がけの一撃も、ひらりと避けられ、最早ガーランド達は空に特攻しては離脱の繰り返しという虚しい醜態を晒しているに過ぎなかった。
舞姫はその間も匙を振るい、牽制役を買って出たグワッシュ・ドグッシュを次々と破壊していく。
「舐めやがって…!」
テッドはアサルトライフルの出力を最大にし、仲間のグワッシュを屠る舞姫へとそのトリガーを向ける。
地球連邦軍少尉という称号を持ち、エースパイロットとしての名を欲しいままにしている彼。
しかし、軍基地の損耗率が既に40%を超えているという前代未聞の事実を突き付けられた今、全てをかなぐり捨ててでも逃げだしてしまいたかった。
モニターが起動し、自分の体とコンソールを除いた全てが消え去った。手を伸ばせばすぐ届くところに格納庫の壁があるのと同じく、自分の死も目前に迫っている心地であった。
足が震えた。操縦桿を握る手も緩み始めた。
けれど、けれど…
この街は、自分の生まれ故郷。自分という人間をここまで育て上げた場所。
家族も、恋人も、友人も、彼の全てがこの地に存在する。
発進シークエンスに移行する旨がオペレーターより伝えられると、彼は大きく深呼吸をして覚悟を決めたのだった。
「テッド・デッド、ガーランド!発進する!」
勢いよく発進したガーランドは宙を舞い、同時に発進した仲間のグワッシュやドグッシュ、ガーランドと合流し、編隊を組む。
不意に仲間の一人が呟く。
「ガンダム…ガンダム、ドルチェ」
ガンダム…?確かに今そう聞き取れた。その後は何と言ったのかよく聞き取れなかったが。
ガンダム、という言葉がなぜか脳裏に焼き付いて離れないまま、テッドは奇妙なジャメヴを感じつつもアサルトライフルを構える。
彼の隊に所属する十機のMSは、同時に舞姫に向けてプラズマのエネルギー弾を放つ。
「ガーランドは私について来い!接近戦による離脱戦法を取るぞ!」
先程呟いた仲間の声が凛々しく響き渡る。
進宇宙歴100年当時における、地球連邦軍最新鋭機・ガーランド。
当時のMSの中で最速を誇る為、その機動性を活かしてのヒット&アウェイ戦法を得意としている。
圧倒的な戦闘力を有する目の前の機体に対抗するには、最早これしか手段は残されていない。
グワッシュとドグッシュはひたすらリニアライフルを撃ち続け、舞姫の牽制に努める。
テッドは仲間の駆るガーランド数機と共に、主武装の一つ、白兵戦用のD-2ダガーを抜き、ライフルを撃ちつつ特攻する。
「うおおぉぉぉ!」
全てを賭けた命がけの一撃も、ひらりと避けられ、最早ガーランド達は空に特攻しては離脱の繰り返しという虚しい醜態を晒しているに過ぎなかった。
舞姫はその間も匙を振るい、牽制役を買って出たグワッシュ・ドグッシュを次々と破壊していく。
「舐めやがって…!」
テッドはアサルトライフルの出力を最大にし、仲間のグワッシュを屠る舞姫へとそのトリガーを向ける。
205 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:42:16
「食らいやがれ、化け物が!」
放たれた閃光を、舞姫が匙を構え受けとめる。
流れるようなその動作と共に、ひぃと気の抜けた声を上げて袈裟斬りにされたグワッシュの半身が、テッドのガーランドの元へと飛ばされてくる。
鮮血のこびり付いたコンソールの残骸がガーランドのメインカメラに当たり、テッドは中のパイロットと視線が合う。
死者の目線だ。
テッドがOSを再起動し、抱きつくように片腕で絡みついたグワッシュをやっとのことで振りほどくと同時に、少し遅れて機体は爆散したのだった。
やがて何度目になるだろうか、仲間のガーランドのうちの一機が、舞姫の頭部を捉えた。
「貰ったァ!」
よし!
その場にいる全員が、わずかな希望を見出した時、それは起こった。
舞姫の対の瞳が妖しく光ったかと思うと、その華奢な機体の全身から、何か不思議な波動が放たれたのであった。
「うわあああああぁぁぁぁっ!」
一斉に強風を浴びせられ、遠く飛ばされる機体の中で、テッドは舞姫の衝撃波から起こる驚異のGにその身を蝕まれ、吐血した。
薄らいでいく意識の中で、痛みだけが激しく疼きテッドは半壊したガーランドのコクピットの中で、静かに息を引き取ることとなった。
彼が最後に見たもの。
それは、舞姫に敢然と立ち向かう一機の友軍機の姿。
恐らく、静かな呟きを洩らした仲間の機体であろう。
テッドはその姿を一瞥すると、安堵したように、ああ、と呟いたのだった。
「食らいやがれ、化け物が!」
放たれた閃光を、舞姫が匙を構え受けとめる。
流れるようなその動作と共に、ひぃと気の抜けた声を上げて袈裟斬りにされたグワッシュの半身が、テッドのガーランドの元へと飛ばされてくる。
鮮血のこびり付いたコンソールの残骸がガーランドのメインカメラに当たり、テッドは中のパイロットと視線が合う。
死者の目線だ。
テッドがOSを再起動し、抱きつくように片腕で絡みついたグワッシュをやっとのことで振りほどくと同時に、少し遅れて機体は爆散したのだった。
やがて何度目になるだろうか、仲間のガーランドのうちの一機が、舞姫の頭部を捉えた。
「貰ったァ!」
よし!
その場にいる全員が、わずかな希望を見出した時、それは起こった。
舞姫の対の瞳が妖しく光ったかと思うと、その華奢な機体の全身から、何か不思議な波動が放たれたのであった。
「うわあああああぁぁぁぁっ!」
一斉に強風を浴びせられ、遠く飛ばされる機体の中で、テッドは舞姫の衝撃波から起こる驚異のGにその身を蝕まれ、吐血した。
薄らいでいく意識の中で、痛みだけが激しく疼きテッドは半壊したガーランドのコクピットの中で、静かに息を引き取ることとなった。
彼が最後に見たもの。
それは、舞姫に敢然と立ち向かう一機の友軍機の姿。
恐らく、静かな呟きを洩らした仲間の機体であろう。
テッドはその姿を一瞥すると、安堵したように、ああ、と呟いたのだった。
撃墜されたグワッシュのうちの一機。
そこに、彼がいた。
地球連邦軍ドニ隊所属、デイヴィッド・リマー曹長は、乗機であるグワッシュを大破させられながらも奇跡的に一命を取り留めていたのだった。
軽傷で済んだ彼は、人員不足のこの現状に対応する為、すぐに戦場へと駆り出される。
いわゆるレスキュー隊として駆り出され、街に住まう一般の人々の救助・救援活動に当たることとなったのであった。
…人々の直接の死因、あるいは怪我の原因は、舞姫から放たれるビームによるものというより、それによって引き起こされる二次的な要素にあった。
炎上の街に崩れ落ちる建物、人々は呻き、叫び、戦慄き、祈った。
街の惨状に息を飲む彼は、強い正義感を持った瞳で戦場を駆け巡る。
既に息も切れかかっている。
無理もないことだ。先ほどまで死の恐怖と戦い、ある意味それに打ち克った。
と、今度はパイロットである彼が慣れぬ救援活動に駆り出されたのだ。
しかし、それでもと、炎上の街をひた駆ける。
一人でも多くの人の生命を、助けなければならない。
誰も皆、死ぬ為に生れてきたわけではないのだ。
「リマー曹長、あれは…!」
仲間の一人が指を指した先に映る光景…
既に生き物ではなく赤黒い物体へと変貌してしまっている、夫婦と思われる一組の男女。
降り注ぐ瓦礫にその生命を奪われたのだった。
半壊した建物の外には、長く綺麗な赤い髪を持つ少女と、真っ直ぐな瞳を持つ少年。
中途半端に破壊されたその建物は、メラメラと迫りくる炎にその身を委ねる寸前であった。
そこに、彼がいた。
地球連邦軍ドニ隊所属、デイヴィッド・リマー曹長は、乗機であるグワッシュを大破させられながらも奇跡的に一命を取り留めていたのだった。
軽傷で済んだ彼は、人員不足のこの現状に対応する為、すぐに戦場へと駆り出される。
いわゆるレスキュー隊として駆り出され、街に住まう一般の人々の救助・救援活動に当たることとなったのであった。
…人々の直接の死因、あるいは怪我の原因は、舞姫から放たれるビームによるものというより、それによって引き起こされる二次的な要素にあった。
炎上の街に崩れ落ちる建物、人々は呻き、叫び、戦慄き、祈った。
街の惨状に息を飲む彼は、強い正義感を持った瞳で戦場を駆け巡る。
既に息も切れかかっている。
無理もないことだ。先ほどまで死の恐怖と戦い、ある意味それに打ち克った。
と、今度はパイロットである彼が慣れぬ救援活動に駆り出されたのだ。
しかし、それでもと、炎上の街をひた駆ける。
一人でも多くの人の生命を、助けなければならない。
誰も皆、死ぬ為に生れてきたわけではないのだ。
「リマー曹長、あれは…!」
仲間の一人が指を指した先に映る光景…
既に生き物ではなく赤黒い物体へと変貌してしまっている、夫婦と思われる一組の男女。
降り注ぐ瓦礫にその生命を奪われたのだった。
半壊した建物の外には、長く綺麗な赤い髪を持つ少女と、真っ直ぐな瞳を持つ少年。
中途半端に破壊されたその建物は、メラメラと迫りくる炎にその身を委ねる寸前であった。
206 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:43:16
「君達、大丈夫か!?」
デイヴィッド・リマー曹長は、二人の下にすぐさま駆け寄る。
仲間の一人が、少年と少女に毛布をかける。
と、そこに。
起こっては、ならないことが起きた。
運命の歯車が、狂ってしまった。
白き舞姫は、彼らがいる地点にその瞳を向けたのだった。
「お、おい…!」
仲間の一人が指を指す。
舞姫は、まるで自らの愉しみの為だけに、その手に持つ匙状の武器をゆっくりと振り下ろす。
「!逃げるぞ!」
蒼白になりつつも、冷静な判断を下す曹長。
「うわああああああああ!」
つんざくような音がこだまする。
やがて、意識が黒に支配されて…
「君達、大丈夫か!?」
デイヴィッド・リマー曹長は、二人の下にすぐさま駆け寄る。
仲間の一人が、少年と少女に毛布をかける。
と、そこに。
起こっては、ならないことが起きた。
運命の歯車が、狂ってしまった。
白き舞姫は、彼らがいる地点にその瞳を向けたのだった。
「お、おい…!」
仲間の一人が指を指す。
舞姫は、まるで自らの愉しみの為だけに、その手に持つ匙状の武器をゆっくりと振り下ろす。
「!逃げるぞ!」
蒼白になりつつも、冷静な判断を下す曹長。
「うわああああああああ!」
つんざくような音がこだまする。
やがて、意識が黒に支配されて…
これが、進宇宙歴100年…
「テロリズム・イヤー」と呼ばれ、世界中でテロによる悲劇が多発した年に起こった、もう一つの、そして最大の悲劇。
後の時代に、「舞姫の殺劇」と語られるこの悪夢は、人々の心から決して拭い去ることのできない傷跡を作り出すに至った。
物語は、二年後、進宇宙歴102年から、その幕を開ける。
「テロリズム・イヤー」と呼ばれ、世界中でテロによる悲劇が多発した年に起こった、もう一つの、そして最大の悲劇。
後の時代に、「舞姫の殺劇」と語られるこの悪夢は、人々の心から決して拭い去ることのできない傷跡を作り出すに至った。
物語は、二年後、進宇宙歴102年から、その幕を開ける。
深い深いまどろみの底で、見た夢。
それは、決して開けてはならない、パンドラの箱…
それは、決して開けてはならない、パンドラの箱…
一人の少女が、悠久の時を眠る。
初雪のように白い肌に咲き誇るは、薔薇のように美しい唇。
少女には恐らく感情というものはない。眠ってはいるのだが、目を覚ましたとて、美の権化がただ在るだけだという印象を与える。
あまりの美しさに、そっと触れようと手を伸ばす。
決して遠くはない距離にいる少女に触れるには、少しの時があれば十分だろう。
しかし、あまりにも遠い。あまりにも永い。
その時間さえ愛おしく思えるほどの美しさ…
そして、指先が少女の面を捉えた刹那…
初雪のように白い肌に咲き誇るは、薔薇のように美しい唇。
少女には恐らく感情というものはない。眠ってはいるのだが、目を覚ましたとて、美の権化がただ在るだけだという印象を与える。
あまりの美しさに、そっと触れようと手を伸ばす。
決して遠くはない距離にいる少女に触れるには、少しの時があれば十分だろう。
しかし、あまりにも遠い。あまりにも永い。
その時間さえ愛おしく思えるほどの美しさ…
そして、指先が少女の面を捉えた刹那…
世界が、崩壊した。
デイヴィッド・リマーはそこで目を覚ました。
「クソ…!またあの夢かよ…!」
デイヴは忌々しそうに頭を掻き、水を飲もうと立ち上がる。
汗をびっしょりとかいた所為で、ひどく喉が渇いていた。
寝台にはシーツもなく、あちこち綿のはみ出たマットが剥きだしになっている。作業着と黄ばんだ下着を一緒くたに丸めたのが枕代わりであるらしかった。
床には空き瓶と空き缶が散乱し、部屋に据付と思わしき冷蔵庫は開け放しで、乱暴に放り込まれたビール缶に、バスケットシューズが覗いて見えた。
これが、デイヴィッド・リマーの住処。唯一、誰にも気を使わずとも過ごすことのできる場所だった。
お世辞にも清潔であるとは言い難い水道水を、一気に飲み干してから、時計を見る。
ひどく不快な気持ちで、すっかり目も覚めてしまった。
「クソ…!またあの夢かよ…!」
デイヴは忌々しそうに頭を掻き、水を飲もうと立ち上がる。
汗をびっしょりとかいた所為で、ひどく喉が渇いていた。
寝台にはシーツもなく、あちこち綿のはみ出たマットが剥きだしになっている。作業着と黄ばんだ下着を一緒くたに丸めたのが枕代わりであるらしかった。
床には空き瓶と空き缶が散乱し、部屋に据付と思わしき冷蔵庫は開け放しで、乱暴に放り込まれたビール缶に、バスケットシューズが覗いて見えた。
これが、デイヴィッド・リマーの住処。唯一、誰にも気を使わずとも過ごすことのできる場所だった。
お世辞にも清潔であるとは言い難い水道水を、一気に飲み干してから、時計を見る。
ひどく不快な気持ちで、すっかり目も覚めてしまった。
207 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:44:27
「…半端な時間だな」
昨日、いつ床に着いたのかはよく覚えていない。
確か、いつもどおり正午に起き、大家の催促を逃れてパチンコ屋へ出かけた。
負けも勝ちもせず夜になって、行きつけのバーでカードに興じ、負けが込んできて、店主に追加の酒を頼んだら店から追い出された。
その後の記憶はぼやけて、なにやら悪態を付いていたかもしれず、通行人に絡んでいたかもしれない。
酔いが回りすぎて、デイヴィッドは自分が何を言ったのかさえ覚えていなかった。
時間は九時半。但し夜のほうだ。
この感じだと、ほぼ丸一日寝ていたようだ。
「まあ、構わねえさ」
玄関には大家の書置きがあったが、それを丸めて捨て、デイヴはいつものように夜の街へと繰り出して行った。
「…半端な時間だな」
昨日、いつ床に着いたのかはよく覚えていない。
確か、いつもどおり正午に起き、大家の催促を逃れてパチンコ屋へ出かけた。
負けも勝ちもせず夜になって、行きつけのバーでカードに興じ、負けが込んできて、店主に追加の酒を頼んだら店から追い出された。
その後の記憶はぼやけて、なにやら悪態を付いていたかもしれず、通行人に絡んでいたかもしれない。
酔いが回りすぎて、デイヴィッドは自分が何を言ったのかさえ覚えていなかった。
時間は九時半。但し夜のほうだ。
この感じだと、ほぼ丸一日寝ていたようだ。
「まあ、構わねえさ」
玄関には大家の書置きがあったが、それを丸めて捨て、デイヴはいつものように夜の街へと繰り出して行った。
フィリア・シュードは戸惑っていた。
仕事で新たな人材が必要となり、その処遇を上から任されたので、自らが適任と判断した旧友を誘うことに決めた。そう、ここまでは良かった。
「何でこんなに臭うかな…デイヴ、君は本当にこんなところに住んでいるの…?」
現在フィリアがいる場所、それは人類が火星開拓のために築き上げた簡易居住惑星であった。
火星軌道と木星軌道の間には小惑星帯が存在し、そこには岩石をくりぬいて作られた安価な居住小惑星が無数にひしめき合っている。
進宇宙歴102年…
度重なる紛争や、人口爆発、食糧問題…これらの出来事を解決しようと、人類は新たなる希望を火星に抱き、テラ・フォーミングを計画してから102年…
その中で、テラ・フォーミングに携わる労働者、技術者達が、作業効率を上昇させ、また自らの住居とする為地球及び火星軌道上に幾つかのコロニー群を形成していた。
進宇宙歴102年現在では、テラ・フォーミングも終了し、そういったコロニー群も一段落ついてはいた。
しかし、かつては食糧の自給が困難で地球からの輸入に頼らざるを得ず、長らく地球の圧政下にあり、人々の地球に対する不満や不信感は頂点に達していた。
そんな中、デイヴが居住しているのは、テラ・フォーミングの為の仮住居であるコロニー建造の、そのまた仮住居であったのだった。
軌道が不安定で行き来も不便であるから、これら簡易居住小惑星の地価は地球・火星間の小惑星やコロニーに比べて数千分の一である。
フィリアが訪れたのも、何々番小惑星と呼ばれる名も無き居住小惑星の一つであった。
農業区画から垂れ流されるリンと流れの停滞とで富栄養化現象が発生し、居住区画の川は緑色に濁っている。
鼻にさわる臭気は、そこと、天井の大型空調機から発せられるかび臭い空気が原因であると思われた。
路肩にぽつぽつ坐っている乞食も月の大都市で見られるそれが上品に思えるほど薄汚く、立ち並んだ粗末な作りの建物からは、酔っ払いの怒鳴り声や夫婦喧嘩と思われる金きり声が響いてくる。
仕事で新たな人材が必要となり、その処遇を上から任されたので、自らが適任と判断した旧友を誘うことに決めた。そう、ここまでは良かった。
「何でこんなに臭うかな…デイヴ、君は本当にこんなところに住んでいるの…?」
現在フィリアがいる場所、それは人類が火星開拓のために築き上げた簡易居住惑星であった。
火星軌道と木星軌道の間には小惑星帯が存在し、そこには岩石をくりぬいて作られた安価な居住小惑星が無数にひしめき合っている。
進宇宙歴102年…
度重なる紛争や、人口爆発、食糧問題…これらの出来事を解決しようと、人類は新たなる希望を火星に抱き、テラ・フォーミングを計画してから102年…
その中で、テラ・フォーミングに携わる労働者、技術者達が、作業効率を上昇させ、また自らの住居とする為地球及び火星軌道上に幾つかのコロニー群を形成していた。
進宇宙歴102年現在では、テラ・フォーミングも終了し、そういったコロニー群も一段落ついてはいた。
しかし、かつては食糧の自給が困難で地球からの輸入に頼らざるを得ず、長らく地球の圧政下にあり、人々の地球に対する不満や不信感は頂点に達していた。
そんな中、デイヴが居住しているのは、テラ・フォーミングの為の仮住居であるコロニー建造の、そのまた仮住居であったのだった。
軌道が不安定で行き来も不便であるから、これら簡易居住小惑星の地価は地球・火星間の小惑星やコロニーに比べて数千分の一である。
フィリアが訪れたのも、何々番小惑星と呼ばれる名も無き居住小惑星の一つであった。
農業区画から垂れ流されるリンと流れの停滞とで富栄養化現象が発生し、居住区画の川は緑色に濁っている。
鼻にさわる臭気は、そこと、天井の大型空調機から発せられるかび臭い空気が原因であると思われた。
路肩にぽつぽつ坐っている乞食も月の大都市で見られるそれが上品に思えるほど薄汚く、立ち並んだ粗末な作りの建物からは、酔っ払いの怒鳴り声や夫婦喧嘩と思われる金きり声が響いてくる。
208 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:45:48
フィリアは自分が通行人にじろじろ見られているのを感じた。
染みが無く糊の利いた服を着ているのがフィリアだけであったこともあるが、路地の物売りの中年女性たちはフィリアを見てひそひそ囁き合い、軽蔑の言葉を漏らしている。
労働者ふうの男が馴れ馴れしくフィリアの肩を抱いて、卑猥なことをささやきながら皺だらけの紙幣をフィリアの手に押し付けた。
見当違いも甚だしい。フィリアは男の手を払って歩き出した。
後ろから怒鳴り声が聞こえたが、フィリアがある事実を告げてしまうとすぐ静かになり、少し遅れて、先ほど囁き合っていた中年女性たちが大笑いするのが聞こえた。
フィリアは小さな下宿屋の前で立ち止まった。携帯端末を操作して住所が間違っていないのを確認し、それからインターフォンを押した。
しばらく経つと、中年と熟年の中間ほどの年齢と思わしき女主人が出てきて、胡散臭そうな目つきでフィリアを眺めた。
フィリアは女主人に事情を話しながら携帯端末に映る顔写真を見せたが、彼女はのらりくらりとフィリアの質問をはぐらかし、相変わらず疑りの目でフィリアを見ていた。
フィリアはこのままでは埒があかないと考えて、女主人の手に幾枚か紙幣を握らせた。
その途端に彼女は打ち解けたと見え、フィリアを家の中に通し、「デイヴィッド・リマー」と表札に書かれた部屋に案内した。
部屋の主は居なかったが、どんな人物がここに暮らしているのかは容易に想像できる有様であった。
女主人の話によれば、デイヴィッド・リマーはここ数ヶ月ずっと働いていないらしかった。
朝から晩まで酒場や賭場へ通い、そうでなければ部屋で何もせずに飲んだくれているそうである。
部屋の使い方が汚いやら家賃の支払いが三ヶ月も滞っているやらと、女主人がいらぬことまで愚痴り始めたので、フィリアは暇を告げて逃げるように下宿屋を立ち去った。
デイヴが入り浸る界隈を訪ね歩いて、そのたびにいやらしい言葉を浴びせられながらもフィリアは根気強く彼を捜し続けた。
一見して余所者と判るフィリアがからかわれないでいるためには、会話を交わすごとに財布を軽くしなければならなかった。
さて、幾分かの時間と金を使い知り得た情報を元に、フィリアが辿り着いたのは、とある賭博場だった。
フィリアは自分が通行人にじろじろ見られているのを感じた。
染みが無く糊の利いた服を着ているのがフィリアだけであったこともあるが、路地の物売りの中年女性たちはフィリアを見てひそひそ囁き合い、軽蔑の言葉を漏らしている。
労働者ふうの男が馴れ馴れしくフィリアの肩を抱いて、卑猥なことをささやきながら皺だらけの紙幣をフィリアの手に押し付けた。
見当違いも甚だしい。フィリアは男の手を払って歩き出した。
後ろから怒鳴り声が聞こえたが、フィリアがある事実を告げてしまうとすぐ静かになり、少し遅れて、先ほど囁き合っていた中年女性たちが大笑いするのが聞こえた。
フィリアは小さな下宿屋の前で立ち止まった。携帯端末を操作して住所が間違っていないのを確認し、それからインターフォンを押した。
しばらく経つと、中年と熟年の中間ほどの年齢と思わしき女主人が出てきて、胡散臭そうな目つきでフィリアを眺めた。
フィリアは女主人に事情を話しながら携帯端末に映る顔写真を見せたが、彼女はのらりくらりとフィリアの質問をはぐらかし、相変わらず疑りの目でフィリアを見ていた。
フィリアはこのままでは埒があかないと考えて、女主人の手に幾枚か紙幣を握らせた。
その途端に彼女は打ち解けたと見え、フィリアを家の中に通し、「デイヴィッド・リマー」と表札に書かれた部屋に案内した。
部屋の主は居なかったが、どんな人物がここに暮らしているのかは容易に想像できる有様であった。
女主人の話によれば、デイヴィッド・リマーはここ数ヶ月ずっと働いていないらしかった。
朝から晩まで酒場や賭場へ通い、そうでなければ部屋で何もせずに飲んだくれているそうである。
部屋の使い方が汚いやら家賃の支払いが三ヶ月も滞っているやらと、女主人がいらぬことまで愚痴り始めたので、フィリアは暇を告げて逃げるように下宿屋を立ち去った。
デイヴが入り浸る界隈を訪ね歩いて、そのたびにいやらしい言葉を浴びせられながらもフィリアは根気強く彼を捜し続けた。
一見して余所者と判るフィリアがからかわれないでいるためには、会話を交わすごとに財布を軽くしなければならなかった。
さて、幾分かの時間と金を使い知り得た情報を元に、フィリアが辿り着いたのは、とある賭博場だった。
209 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:46:33
ふーっと深呼吸をし、扉に手をかける。先ほどの住民達からの態度にはもうだいぶ慣れてはいたが、やはり気持の良いものではない。
意を決して開けた扉の先は、大乱闘の真っ只中であった。
その中心にいる人物…よく見知った顔の男を見て、フィリアは溜息をつく。
「るせえっつてんだよ!俺はイカサマなんざしてねえ!」
旧友、デイヴとそれを取り囲む男達。
酒を呑むどころか酒に完全に呑まれてしまい、自制の意思が利かなくなっていた旧友の眼は、獣のそれだった。
…なんだか大変な場所に居合わせてしまったらしい。
(あーあ、出来上がっちゃってるなぁ。デイヴ、お酒に弱いから…)
殴る、殴られるの乱闘が続き、やがて床に打ち伏せられるデイヴ。多勢に無勢だ。
「このアル中が!調子に乗ってんじゃ…」
毛むくじゃらの大男が酒瓶を振りかざす。
「ねえぞ!」
ヒュン!フィリアは考えるより先に体が動いてしまっていた。
ありったけの力を振り絞り、デイヴを抱え、そのまま共に横転する。
「なんだあ?」
虚しく空を切った酒瓶の割れる音と、男達の疑問の声。
フィリア・シュードは、美女と見紛う外見を持ちながらも、いざという時の度胸と瞬発力についてはまさに天賦の才を持つ男であった。
「フィリア…?」
途端に怪訝そうな表情になるデイヴ。
「何でお前が…」
「危ない所だったね」
薄く苦笑いをしながらデイヴに言う。
「久し振り、デイヴ」
「クソ!なんだってんだよ!邪魔しようってんならてめえも容赦しねえぞ!」
男達が激昂する。
やれやれ、フィリアは思う。どうしたものか…金で大人しく引き下がりそうな雰囲気ではない。
となれば、道は一つだ。
「話は後で!逃げるよ!」
言い終わらないうちに、フィリアはデイヴの手をとり、全速力で駆けだす。
男達が何か叫びながら追ってくるが、さすがに自らの界隈、周辺を知り尽くしたデイヴの案内でなんとか逃げおおせた。
息を荒くしながら、床に座り込む二人。その場所は、とある廃工場だった。
ふーっと深呼吸をし、扉に手をかける。先ほどの住民達からの態度にはもうだいぶ慣れてはいたが、やはり気持の良いものではない。
意を決して開けた扉の先は、大乱闘の真っ只中であった。
その中心にいる人物…よく見知った顔の男を見て、フィリアは溜息をつく。
「るせえっつてんだよ!俺はイカサマなんざしてねえ!」
旧友、デイヴとそれを取り囲む男達。
酒を呑むどころか酒に完全に呑まれてしまい、自制の意思が利かなくなっていた旧友の眼は、獣のそれだった。
…なんだか大変な場所に居合わせてしまったらしい。
(あーあ、出来上がっちゃってるなぁ。デイヴ、お酒に弱いから…)
殴る、殴られるの乱闘が続き、やがて床に打ち伏せられるデイヴ。多勢に無勢だ。
「このアル中が!調子に乗ってんじゃ…」
毛むくじゃらの大男が酒瓶を振りかざす。
「ねえぞ!」
ヒュン!フィリアは考えるより先に体が動いてしまっていた。
ありったけの力を振り絞り、デイヴを抱え、そのまま共に横転する。
「なんだあ?」
虚しく空を切った酒瓶の割れる音と、男達の疑問の声。
フィリア・シュードは、美女と見紛う外見を持ちながらも、いざという時の度胸と瞬発力についてはまさに天賦の才を持つ男であった。
「フィリア…?」
途端に怪訝そうな表情になるデイヴ。
「何でお前が…」
「危ない所だったね」
薄く苦笑いをしながらデイヴに言う。
「久し振り、デイヴ」
「クソ!なんだってんだよ!邪魔しようってんならてめえも容赦しねえぞ!」
男達が激昂する。
やれやれ、フィリアは思う。どうしたものか…金で大人しく引き下がりそうな雰囲気ではない。
となれば、道は一つだ。
「話は後で!逃げるよ!」
言い終わらないうちに、フィリアはデイヴの手をとり、全速力で駆けだす。
男達が何か叫びながら追ってくるが、さすがに自らの界隈、周辺を知り尽くしたデイヴの案内でなんとか逃げおおせた。
息を荒くしながら、床に座り込む二人。その場所は、とある廃工場だった。
210 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:47:24
「で?何でお前がこんなとこにいるんだよ」
尋ねるデイヴ。その息はまだ荒い。
しかし、酔いはすっかり醒めたようだ。焦点の合った瞳でフィリアを見る。
「うん、単刀直入に言うよ」
疲れた表情のフィリア。長ったらしい前置きや、久闊を叙そうといった考えはもう無いらしい。
「実は、第七次調査団として火星に派遣されることになったんだけれど、MSパイロットの枠が一つ空いているんだ」
「テラ・フォーミングはもう終了したんだろ? 何でわざわざ調査団なんか送るんだよ?」
パイロット枠の件には触れず、デイヴは思いついた疑問を口にする。
「そういった視察も火星開発公社(ウチ)の仕事だからね。そのために連邦から資金援助も受けてるし。…まあ、ほかにも色々と事情がね。だからさ――」
「悪いが、他を当たってくれ」
即答のデイヴ。そして続ける。
「俺にそんな大層なご大役、向いてねえよ」
「デイヴ!」
フィリアが叫ぶ。
「…しかしフィリアはメカニックチーフで参加するわけか。まあ、なんだ。お前も相当に出世したな。たしか引き抜かれたんだろう? 連邦にいたころより給料だって――」
「デイヴ! 四方山はもう止めようよ。僕は、君を誘いに来たんだ」
デイヴは口を噤んだ。フィリアの様子が思いのほか真剣味を帯び始めてきたからである。
「君は、今のままの境遇で本当にいいの! 軍を抜けて、こんな辺境で夢も希望もない人生を続けるの! ここは空気も悪いし、人間だってみんな性根が薄汚い。
こんな、食べるために生きるのか生きるために食べるのか定まらないところにいれば、いつかきっと、デイヴは駄目になる!」
「もう充分駄目人間さ」
「だったら、これから立ち直ろうよ! 飲酒と放蕩と伊達気取りなんてすっぱり止めて、もっと、地に足付けて将来を考えることにしよう!」
「今の時代、地球は立ち入り禁止だぜ」
「だから、火星に行こうと言ってるんだよ! 火星には大地があるし、安定した職だってある!
調査団が解散した後のポストは僕が用意するし、君の借金だって、僕が立て替えるから、昔みたいに、僕と一緒にがんばろうよ!」
「で?何でお前がこんなとこにいるんだよ」
尋ねるデイヴ。その息はまだ荒い。
しかし、酔いはすっかり醒めたようだ。焦点の合った瞳でフィリアを見る。
「うん、単刀直入に言うよ」
疲れた表情のフィリア。長ったらしい前置きや、久闊を叙そうといった考えはもう無いらしい。
「実は、第七次調査団として火星に派遣されることになったんだけれど、MSパイロットの枠が一つ空いているんだ」
「テラ・フォーミングはもう終了したんだろ? 何でわざわざ調査団なんか送るんだよ?」
パイロット枠の件には触れず、デイヴは思いついた疑問を口にする。
「そういった視察も火星開発公社(ウチ)の仕事だからね。そのために連邦から資金援助も受けてるし。…まあ、ほかにも色々と事情がね。だからさ――」
「悪いが、他を当たってくれ」
即答のデイヴ。そして続ける。
「俺にそんな大層なご大役、向いてねえよ」
「デイヴ!」
フィリアが叫ぶ。
「…しかしフィリアはメカニックチーフで参加するわけか。まあ、なんだ。お前も相当に出世したな。たしか引き抜かれたんだろう? 連邦にいたころより給料だって――」
「デイヴ! 四方山はもう止めようよ。僕は、君を誘いに来たんだ」
デイヴは口を噤んだ。フィリアの様子が思いのほか真剣味を帯び始めてきたからである。
「君は、今のままの境遇で本当にいいの! 軍を抜けて、こんな辺境で夢も希望もない人生を続けるの! ここは空気も悪いし、人間だってみんな性根が薄汚い。
こんな、食べるために生きるのか生きるために食べるのか定まらないところにいれば、いつかきっと、デイヴは駄目になる!」
「もう充分駄目人間さ」
「だったら、これから立ち直ろうよ! 飲酒と放蕩と伊達気取りなんてすっぱり止めて、もっと、地に足付けて将来を考えることにしよう!」
「今の時代、地球は立ち入り禁止だぜ」
「だから、火星に行こうと言ってるんだよ! 火星には大地があるし、安定した職だってある!
調査団が解散した後のポストは僕が用意するし、君の借金だって、僕が立て替えるから、昔みたいに、僕と一緒にがんばろうよ!」
211 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:48:30
お前はなぜそうまでするんだ、という藪蛇を突っつくような言葉は飲み込んだ。デイヴィッドにはその理由を三つも四つも挙げることが出来るのである。
彼は他人の性情に深く立ち入りたくなかった。
真実であるとか、理想であるとかはぜいたく品で、物事を深く考えずにだらだらと上辺だけの人付き合いをしながら、残りの人生を死ぬほど退屈に暮らしたいと願っていた。
「返事は、早めにしないと駄目か?」
「出来れば、今日中にして。早くしないと、火星の位置が変わってシャトルじゃ行けなくなっちゃうから」
「それに」
フィリアは思いついたように言い、かすかに笑う。
「さっきの騒ぎで、君もここに居づらくなったでしょう?」
「…わかったよ。行くよ。行けばいいんだろ。ったく、お前にはかなわねえよ、フィリア」
デイヴィッドは観念した。どのみち、下宿にも財布にも金が無い一文無しの彼には、強情を張るという選択肢は無いのである。
「デイヴ、ありがとう!」
フィリアはぱっと咲くような笑顔を見せて、心底嬉しげに今後の計画をあれこれと語り始めた。
お前はなぜそうまでするんだ、という藪蛇を突っつくような言葉は飲み込んだ。デイヴィッドにはその理由を三つも四つも挙げることが出来るのである。
彼は他人の性情に深く立ち入りたくなかった。
真実であるとか、理想であるとかはぜいたく品で、物事を深く考えずにだらだらと上辺だけの人付き合いをしながら、残りの人生を死ぬほど退屈に暮らしたいと願っていた。
「返事は、早めにしないと駄目か?」
「出来れば、今日中にして。早くしないと、火星の位置が変わってシャトルじゃ行けなくなっちゃうから」
「それに」
フィリアは思いついたように言い、かすかに笑う。
「さっきの騒ぎで、君もここに居づらくなったでしょう?」
「…わかったよ。行くよ。行けばいいんだろ。ったく、お前にはかなわねえよ、フィリア」
デイヴィッドは観念した。どのみち、下宿にも財布にも金が無い一文無しの彼には、強情を張るという選択肢は無いのである。
「デイヴ、ありがとう!」
フィリアはぱっと咲くような笑顔を見せて、心底嬉しげに今後の計画をあれこれと語り始めた。
一話 終 二話に続く
212 :エルト ◆hy2QfErrtc :2009/01/15(木) 22:53:50
今一応脳内では十六話くらいまで出来上がってるんだけど、試験期間なんで投下遅れます
ちゃんとウィ○ドの方も脳内では進行中です
それじゃあサヨウナラ
今一応脳内では十六話くらいまで出来上がってるんだけど、試験期間なんで投下遅れます
ちゃんとウィ○ドの方も脳内では進行中です
それじゃあサヨウナラ
213 :コナイ◇8GDQEpBT:2009/01/16(金) 21:53:23
投下乙です、試験期間ですか、頑張ってください。
プラスされた前半、舞姫の殺劇がようやく明らかに!
なんだか00第一話や種死の第一話みたいな雰囲気が良かったです。
投下乙です、試験期間ですか、頑張ってください。
プラスされた前半、舞姫の殺劇がようやく明らかに!
なんだか00第一話や種死の第一話みたいな雰囲気が良かったです。
さて、願書書かなきゃ。では
214 :コナイ◇8GDQEpBT:2009/01/18(日) 14:07:18
保守
保守
215 :通常の名無しさんの3倍:2009/01/18(日) 19:59:13
しばらくぶりに来たら2スレ目突入してたんですね。おめでとうございます
まとめサイトまで出来て大分充実してきた感じ。
しばらくぶりに来たら2スレ目突入してたんですね。おめでとうございます
まとめサイトまで出来て大分充実してきた感じ。
少しwiki覗きましたが、自分の書いた拙作が収録されていて感謝感激の極みです。
作り手さん方、頑張って下さい。
作り手さん方、頑張って下さい。
216 :コナイ◇8GDQEpBT:2009/01/20(火) 20:01:43
age保守。
age保守。
215さん、はい、頑張ります!
217 :通常の名無しさんの3倍:2009/01/21(水) 16:09:46
保守
保守
218 :通常の名無しさんの3倍:2009/01/22(木) 22:58:14
アナザードルダの者です。二話分続けて投下します。久しぶりですので大まかな設定も一緒に投下します。長いです。
新説とはキャラクターの性格が若干異なります。ご了承下さい。
アナザードルダの者です。二話分続けて投下します。久しぶりですので大まかな設定も一緒に投下します。長いです。
新説とはキャラクターの性格が若干異なります。ご了承下さい。
アナザーキャラ設定
■デイヴィッド・リマー
■デイヴィッド・リマー
- 二十六歳。二年前に連邦軍を抜けて以来、無為徒食の日々を過ごしていたが、フィリアの勧めで再就職する。連邦軍時代の階級は中尉。
搭乗機は払い下げのグワッシュ。
■フィリア・シュード
■フィリア・シュード
- デイヴィッドの連邦軍時代の友人で、カナリヤのメカニックチーフ。男好きのする容貌で、体つきも女性的。二十四歳。身内人事でデイヴィッドを調査団に参加させる。真性。
■ヴァニナ・ヴァニニ
- 第七次調査団地質調査部主任。二十七歳。主任といっても、地質調査部の研究員は彼女一人きりである。
■アルフ・スメッグヘッド
- 火星開発公社第七次調査団の総司令。七十二歳。二十七歳年下の愛人がいる。
■ディック・オメコスキー
- カナリヤMS隊隊長。金髪。十九歳。自分の能力をやたらとひけらかしたがる。搭乗機はガンダムムウシコス。
■ネルネ・ルネールネ
- カナリヤMS隊隊員。腰ほどの黒髪を後ろで束ねている。二十二歳。お菓子が好き。搭乗機はドグッシュ。民間訓練所あがりのパイロットで実戦経験がない。
■ゲイリー・ターレル
- カナリヤMS隊隊員。ふくよかな体形で、団子鼻の上に眼鏡が乗っている。四十二歳。離婚暦があり、十五になる娘と別居している。
もと連邦軍パイロットで少尉の地位にいたが、ある性癖が問題となり除隊される。搭乗機はドグッシュ。
■マスター・ベイト
■マスター・ベイト
- 火星出身の連邦軍大佐。五十歳。連邦軍を裏切ってガンダムマルスを強奪する。コンパニヤでの洗礼名はトマス金鍔次兵衛。デハドス(火星連合義勇軍)およびコンパニヤでの位階は司教。
■赤毛の男
- テレウスのガーランド隊隊長。デハドスの異端審問官で、位階は司祭。二十二歳。スペースノイド。洗礼名はレオ五郎右衛門。本名はシリノア・ナチーサス。
■アンデレ権八郎
- ベイトの副官。
■シヴォーフ・ラーグ
- プロローグに登場。愛機のドグッシュを戦闘不能にされながらも、『ドルダ』とガンダムドルチェの戦いの結末を見届ける。生死不明。
■カマッセ
- プロローグに登場。『ドルダ』の放ったビームに巻き込まれて消滅する。
■デッド
- プロローグに登場。『ドルダ』のビームスコップに機体を中身ごと両断される。
219 :通常の名無しさんの3倍:2009/01/22(木) 22:59:09
アナザー機体設定
アナザー機体設定
第七次調査団
■MSU-06Fグワッシュ改(デイヴ機)
■MSU-06Fグワッシュ改(デイヴ機)
- 追加装甲が施され、高出力スラスター兼追加バッテリーの大型バックパックを装備している。カラーリングは国防色。
- 武装
高周波スコップ(長)
高周波スコップ(短)
対人バルカン砲×2
特殊グレネード
シールド(ドグッシュより流用)
■MSU-14ドグッシュ(ネルネ機)
高周波スコップ(短)
対人バルカン砲×2
特殊グレネード
シールド(ドグッシュより流用)
■MSU-14ドグッシュ(ネルネ機)
- カラーリングは赤。
- 武装
高周波ブレード(長)
高周波ブレード(短)
カントーン・リニアライフル
対人バルカン砲×2
シールド
■MSU-14ドグッシュ(ゲイリー機)
高周波ブレード(短)
カントーン・リニアライフル
対人バルカン砲×2
シールド
■MSU-14ドグッシュ(ゲイリー機)
- カラーリングは緑。
- 武装
高周波ブレード(短)
大口径スナイパーライフル
ミサイルランチャー
ガトリング砲
対人バルカン砲×4
■GEY-001ガンダムムウシコス
大口径スナイパーライフル
ミサイルランチャー
ガトリング砲
対人バルカン砲×4
■GEY-001ガンダムムウシコス
- 火星開発公社が開発したガンダム。最大九基のビーム兵装の同時使用が可能で、十一基のビーム兵装を搭載したアサルトでバスターな全部乗せ機体。名前の由来はmousikos(音楽の心得あるもの)。カラーリングはトリコロール。
- 武装
ビームライフル×2
ビームサーベル×2
ロングレンジビームキャノン
ビームディフェンスロッド×2
キュイエール×4
■カナリヤ
ビームサーベル×2
ロングレンジビームキャノン
ビームディフェンスロッド×2
キュイエール×4
■カナリヤ
- ドーム・テーレマコスの所有であった大型輸送機「ピロメラ」を火星開発公社が買い取って調査用に改造したもの。同型機が二機現存し、それぞれ「プロクネ」「テレウス」という名称。ピロメラ時代の愛称はつばめ。
宇宙連邦火星方面軍
■MSU-13ブッシュ
■MSU-13ブッシュ
- 連邦軍の現役機。
220 :通常の名無しさんの3倍:2009/01/22(木) 23:01:34
デハドス(火星連合義勇軍)
■MAS-66ガーランド
デハドス(火星連合義勇軍)
■MAS-66ガーランド
- 火星産ということが理由で選定落ちした機体。
■MAS-66ガーランド(極冠遺跡制圧戦仕様)
- カラーリングは雪原迷彩
- 武装
高周波ブレード
汎用リニアライフル
ハンドグレネード
対人バルカン砲
■MAS-66Sガーランドカスタム(赤毛の男機)
汎用リニアライフル
ハンドグレネード
対人バルカン砲
■MAS-66Sガーランドカスタム(赤毛の男機)
- カラーリングは黒。
- 武装
カタナ型高周波ブレード
汎用リニアライフル(グレネードランチャー装着)
■GVX-044R071ガンダムマルス
汎用リニアライフル(グレネードランチャー装着)
■GVX-044R071ガンダムマルス
- 連邦軍が火星の技術者を徴用して開発したガンダム。赤い。
- 武装
ビームスマートガン
ビームクルセイダーズソード
ビームカルサン
■テレウス
ビームクルセイダーズソード
ビームカルサン
■テレウス
- カナリヤの同型機。ガーランド三十機が搭載されている。愛称はやつがしら。
その他
■ドルダ
■ドルダ
- プロローグに登場。
- 武装(MA時)
高出力ビーム砲
- 武装(MS時)
ビームスコップ
高出力ビーム砲
■GEY-002ガンダムドルチェ
高出力ビーム砲
■GEY-002ガンダムドルチェ
- プロローグに登場。名前の由来は、音楽の発想標語のdolce(甘美に、やさしく)
- 武装
掌部ビーム砲×2
掌部ビームサーベル×2
キュイエール×8
掌部ビームサーベル×2
キュイエール×8
221 :通常の名無しさんの3倍:2009/01/22(木) 23:02:51
地名
■地球
地名
■地球
- この時代では既に手ひどく汚染されていて、人が住んでいない。
■火星
- テラフォーミングは完了していない。火星に生まれた人間はスペースノイドから火星人と呼ばれて蔑まれている。火星の重力に魂を引かれた豚ども、とも呼ばれている。
■ドーム・オデュッセイア
- 数百年前に建造された火星最初のドーム。北極冠遺跡とも呼ばれる。
■ドーム・テーレマコス
- 火星最大のドーム。デハドスの拠点となる。
組織・宗教
■宇宙連邦
■宇宙連邦
- 殖民衛星、コロニー等の統一政府。中央議会は月にある。火星の地主。
■火星開発公社
- 本来は宇宙連邦政府の一部門であったが、火星での微生物・藻類循環の安定と同時に半民営化された。五十年周期の調査のほかには主な仕事が無いためである。ここ数十年で急激に成長し、このごろでは軍需産業などにも手を出している。
■火星連合
- 宇宙連邦に反旗を翻した火星ドーム郡の連合。
■デハドス
- 火星連合が擁する義勇軍。神に委ねられた人々の意。階級はコンパニヤにおける位階がそのまま適応される。
■コンパニヤ
- マーズノイドが信仰する一神教。デハドスの兵士はもれなく入信している。
222 :アナザードルダ 1/15:2009/01/22(木) 23:05:44
遺跡が息を吹き返して以来、周辺の磁気が強まってレーダーは利かなくなっていた。辺りは暗く、吹雪も勢いを増して、ドグッシュが通信用ケーブルを引きずって歩いている。
周辺の警戒よりもあちこちの岩にケーブルを絡ませず歩くほうに気をとられる。そんな状況でゲイリー・ターレルが異変に気付けたのは僥倖であった。
遠い空中に何か光るものが見えた気がした。メインカメラに張り付いた雪を払って最大望遠で確認してみると、やはり何かがちらちら明滅している。
しかも複数で、下へ下へとかなりの速度で下がって行く。ゲイリーは唾を飲み込んだ。下半身にぞっとした感覚が走る。
「敵襲、でしょうか」
ゲイリーはカナリヤへ信号を送ると、すぐさまケーブルをパージしてドグッシュを走らせた。移動してきた地形は全て頭に入っている。
ドグッシュは手ごろな場所にある小高い丘の影に身を隠した。
遺跡が息を吹き返して以来、周辺の磁気が強まってレーダーは利かなくなっていた。辺りは暗く、吹雪も勢いを増して、ドグッシュが通信用ケーブルを引きずって歩いている。
周辺の警戒よりもあちこちの岩にケーブルを絡ませず歩くほうに気をとられる。そんな状況でゲイリー・ターレルが異変に気付けたのは僥倖であった。
遠い空中に何か光るものが見えた気がした。メインカメラに張り付いた雪を払って最大望遠で確認してみると、やはり何かがちらちら明滅している。
しかも複数で、下へ下へとかなりの速度で下がって行く。ゲイリーは唾を飲み込んだ。下半身にぞっとした感覚が走る。
「敵襲、でしょうか」
ゲイリーはカナリヤへ信号を送ると、すぐさまケーブルをパージしてドグッシュを走らせた。移動してきた地形は全て頭に入っている。
ドグッシュは手ごろな場所にある小高い丘の影に身を隠した。
223 :アナザードルダ 2/15:2009/01/22(木) 23:07:00
少女は眠り続けていた。モニターの数値は全て正常を示しているが、少女自身はあるかないかの微かな息をしているばかりで、傍目からは死人と大して変わりない。
彼女が琥珀色の瞳を見せたのは三日前に冷凍睡眠カプセルを運び出したときの一度きりであった。
呼びかけてみようにも、何せ四百年もの時を経た人間である。手違いがあるかもわからない。
フィリアの調査したところによれば、冷凍睡眠カプセルは正常に稼動していて、いかなる原理によるものか四百年間分もの膨大なエナジーはあの白い機体から供給されていたらしかった。
それにもかかわらず、今、格納庫で調査を進めている白い機体には残留エナジーの反応がない。抜け殻である。
「だからさ、デイヴ」
「あれは塩漬けの原始人みたいなもんだろ? 俺はとっつかまって食われたくない」
「ねえ、君はあのとき何か感じたんでしょう? 磁場に特異な乱れが出たし、君の様子もなんだかおかしかった」
「閉所恐怖症なもんでね。そういったオカルトは専門家の火星人どもにやらせろよ。そもそも俺の仕事じゃない」
フィリアは頬杖を付いてため息した。向かいに腰掛けるデイヴィッドは黙々とかけそばをすすり、フィリアと目を合わせない。
医務室で眠るあの少女とデイヴィッドを接触させてみろという命令が下されたのであるが、デイヴィッド当人は頑なに拒み続け、被雇用者の人権を主張するばかりであった。
カナリヤの食堂は閑散としている。研究員やメカニックはほとんど遺跡へ出払っていてコックたちも差し入れの食事を届けるのに忙しく、皿洗いの音さえ聞こえない。
フィリアはといえば、ただでさえ短い睡眠時間を削ってデイヴィッドの休憩時間に合わせたのであった。
「なんでいやなのさ」
「仕事を怠けるのに理由がいるかい?」
「ふざけないで」
語調を強めると、デイヴィッドはフィリアを横目で見返した。目つきは鋭いが、口の端からそばをぶら下げているので間の抜けた感が強い。
しばしにらみ合いが続いて、デイヴィッドがわざと音を立てて蕎麦をすすり上げる。顔にかかった汁飛沫をフィリアが袖で拭ったとき、艦内中にブザーの音が響き渡った。
つい先ほどまでメロドラマを流していたモニターには警告の文字が表示され、乗組員たちが廊下を慌しく駆けて行く。
少女は眠り続けていた。モニターの数値は全て正常を示しているが、少女自身はあるかないかの微かな息をしているばかりで、傍目からは死人と大して変わりない。
彼女が琥珀色の瞳を見せたのは三日前に冷凍睡眠カプセルを運び出したときの一度きりであった。
呼びかけてみようにも、何せ四百年もの時を経た人間である。手違いがあるかもわからない。
フィリアの調査したところによれば、冷凍睡眠カプセルは正常に稼動していて、いかなる原理によるものか四百年間分もの膨大なエナジーはあの白い機体から供給されていたらしかった。
それにもかかわらず、今、格納庫で調査を進めている白い機体には残留エナジーの反応がない。抜け殻である。
「だからさ、デイヴ」
「あれは塩漬けの原始人みたいなもんだろ? 俺はとっつかまって食われたくない」
「ねえ、君はあのとき何か感じたんでしょう? 磁場に特異な乱れが出たし、君の様子もなんだかおかしかった」
「閉所恐怖症なもんでね。そういったオカルトは専門家の火星人どもにやらせろよ。そもそも俺の仕事じゃない」
フィリアは頬杖を付いてため息した。向かいに腰掛けるデイヴィッドは黙々とかけそばをすすり、フィリアと目を合わせない。
医務室で眠るあの少女とデイヴィッドを接触させてみろという命令が下されたのであるが、デイヴィッド当人は頑なに拒み続け、被雇用者の人権を主張するばかりであった。
カナリヤの食堂は閑散としている。研究員やメカニックはほとんど遺跡へ出払っていてコックたちも差し入れの食事を届けるのに忙しく、皿洗いの音さえ聞こえない。
フィリアはといえば、ただでさえ短い睡眠時間を削ってデイヴィッドの休憩時間に合わせたのであった。
「なんでいやなのさ」
「仕事を怠けるのに理由がいるかい?」
「ふざけないで」
語調を強めると、デイヴィッドはフィリアを横目で見返した。目つきは鋭いが、口の端からそばをぶら下げているので間の抜けた感が強い。
しばしにらみ合いが続いて、デイヴィッドがわざと音を立てて蕎麦をすすり上げる。顔にかかった汁飛沫をフィリアが袖で拭ったとき、艦内中にブザーの音が響き渡った。
つい先ほどまでメロドラマを流していたモニターには警告の文字が表示され、乗組員たちが廊下を慌しく駆けて行く。
224 :アナザードルダ 3/15:2009/01/22(木) 23:08:04
『敵機の数は不明。哨戒に出ていた機体はルネールネ機とターレル機の二機。警報はターレル機からです。ムウシコスは既に甲板にて防衛体制に入りました。リマー機は遺跡最奥部へ急行し、作業員の収容を行ってください』
「ヴァニナ嬢、あんたがオペレートか?」
『正規の人員は遺跡へ出払っていますのであくまで代理です。それと気安く名前を呼ばないで』
「失敬」
ハンガーの移動が終わり、発進体制が整えられる。三日前に遺跡に浸入したときと違い、通信と電力供給を兼ねたケーブルはつながっていない。
「デイヴィッド・リマー。グワッシュ出るぞ」
グワッシュは両手にコンテナを抱えて、鈍重な音を不恰好に響かせて走り出した。
『敵機の数は不明。哨戒に出ていた機体はルネールネ機とターレル機の二機。警報はターレル機からです。ムウシコスは既に甲板にて防衛体制に入りました。リマー機は遺跡最奥部へ急行し、作業員の収容を行ってください』
「ヴァニナ嬢、あんたがオペレートか?」
『正規の人員は遺跡へ出払っていますのであくまで代理です。それと気安く名前を呼ばないで』
「失敬」
ハンガーの移動が終わり、発進体制が整えられる。三日前に遺跡に浸入したときと違い、通信と電力供給を兼ねたケーブルはつながっていない。
「デイヴィッド・リマー。グワッシュ出るぞ」
グワッシュは両手にコンテナを抱えて、鈍重な音を不恰好に響かせて走り出した。
風が強く、レーダーの乱れもあってガーランド部隊は目標地点からだいぶ離れたところに着地せざるを得なかった。
赤毛の男が乗る黒いガーランドの近辺には、十機ほどガーランドの姿が認められ、光通信で互いに状況を知らせあっている。
電撃作戦である。悠長に部隊の合流を企てる余地はない。赤毛の男率いるガーランド部隊は、軽装備で機動性の高い二機を先頭にして進軍を開始した。
敵母艦と遺跡の明かりから、ちょうど影になる位置に巨大な断崖があった。塹壕の役割も果たせるであろう。
ガーランド部隊は順々にその断崖の下へ取り付き、赤毛の男のガーランドも断崖へと足を進めた。
雪上よりも遺跡施設内での機動性を重視した装備なので、ガーランドといえどもその足取りはおぼつかない。
断崖まで十歩ほどの位置にくると、深雪に足を取られて歩みを止めた。それと同時に、ガーランドの右肩が爆発した。
赤毛の男が乗る黒いガーランドの近辺には、十機ほどガーランドの姿が認められ、光通信で互いに状況を知らせあっている。
電撃作戦である。悠長に部隊の合流を企てる余地はない。赤毛の男率いるガーランド部隊は、軽装備で機動性の高い二機を先頭にして進軍を開始した。
敵母艦と遺跡の明かりから、ちょうど影になる位置に巨大な断崖があった。塹壕の役割も果たせるであろう。
ガーランド部隊は順々にその断崖の下へ取り付き、赤毛の男のガーランドも断崖へと足を進めた。
雪上よりも遺跡施設内での機動性を重視した装備なので、ガーランドといえどもその足取りはおぼつかない。
断崖まで十歩ほどの位置にくると、深雪に足を取られて歩みを止めた。それと同時に、ガーランドの右肩が爆発した。
225 :アナザードルダ 4/15:2009/01/22(木) 23:09:52
ゲイリーは待った。コンピュータの情報処理能力を最大にして、光学センサーが七機の機影を捉え、彼のドグッシュよりカナリヤに近い座標へ敵部隊が踏み込んでも待ち続けた。
あと数百メートルほど敵機が進めば一網打尽も無理ではない地点に入る。そんなときである。雪上であるというのに黒い塗装をした機体が視界に入った。
他の敵機の塗装は白く、黒いのは一機のみである。あれは隊長機か、もしくは別の系統の機体か、それとも単なる目立ちたがりか、ゲイリーは見開いた目玉をぎょろつかせた。
黒いのが隊長機であるなら撃墜すれば敵部隊は浮き足立つ。下半身にしびれが広がった。しかし今撃ってしまえば、断崖の下の敵機どもが散開する猶予を与えてしまう。
ゲイリーは唇の端を小さくゆがめた。どうも下半身が落ち着かなくて、自然と貧乏ゆすりが出てしまう。撃つか待つか、数秒間の思考の後に彼が選んだのは前者であった。数十秒後の悦楽よりも、一瞬後の快感を選んだのである。
絶頂の予感に胸が躍る。ドグッシュの指が大口径スナイパーライフルの引き金を絞った。
緩みかけた膀胱がすぼまり、鼻に脂汗がにじみ出て眼鏡がずり落ちる。コックピットのある胴体を狙った一撃は、右肩を破壊したに過ぎなかった。
黒い機体はすぐさま蛇行した機動をとり、残りの敵機もゲイリーの居る方角に当たりをつけて銃弾をばら撒く。
ゲイリーの狙撃は失敗したのであった。
「まあ、陽動にはなるでしょう」
とこぼして自分を慰めてはみたが、胸の高ぶりもなりを潜めてしまった。雪上のホバー移動は快適で、ゲイリーのドグッシュは弾幕を浴びることなく新たな狙撃位置に到達する。
今はもはや、相手に自分のいることを気付かれていた。いまさら敵機を撃墜しても得るのは出涸らしのようなものである。
ゲイリーは嘆息を吐くと、断崖を越えるべく飛び上がった敵機があったので、着地に合わせてその敵機の胴体を撃ち抜いた。
「……ふぅ」
脱出装置の働く様子がないのを見て取るとゲイリーの股間にじんわりとした温かみが生じた。無論、パイロットスーツは人間の生理に対応している。
「温うございますね」
そうは言いながらも、ゲイリーの顔は心底幸福そうに緩みきっていた。
ゲイリーは待った。コンピュータの情報処理能力を最大にして、光学センサーが七機の機影を捉え、彼のドグッシュよりカナリヤに近い座標へ敵部隊が踏み込んでも待ち続けた。
あと数百メートルほど敵機が進めば一網打尽も無理ではない地点に入る。そんなときである。雪上であるというのに黒い塗装をした機体が視界に入った。
他の敵機の塗装は白く、黒いのは一機のみである。あれは隊長機か、もしくは別の系統の機体か、それとも単なる目立ちたがりか、ゲイリーは見開いた目玉をぎょろつかせた。
黒いのが隊長機であるなら撃墜すれば敵部隊は浮き足立つ。下半身にしびれが広がった。しかし今撃ってしまえば、断崖の下の敵機どもが散開する猶予を与えてしまう。
ゲイリーは唇の端を小さくゆがめた。どうも下半身が落ち着かなくて、自然と貧乏ゆすりが出てしまう。撃つか待つか、数秒間の思考の後に彼が選んだのは前者であった。数十秒後の悦楽よりも、一瞬後の快感を選んだのである。
絶頂の予感に胸が躍る。ドグッシュの指が大口径スナイパーライフルの引き金を絞った。
緩みかけた膀胱がすぼまり、鼻に脂汗がにじみ出て眼鏡がずり落ちる。コックピットのある胴体を狙った一撃は、右肩を破壊したに過ぎなかった。
黒い機体はすぐさま蛇行した機動をとり、残りの敵機もゲイリーの居る方角に当たりをつけて銃弾をばら撒く。
ゲイリーの狙撃は失敗したのであった。
「まあ、陽動にはなるでしょう」
とこぼして自分を慰めてはみたが、胸の高ぶりもなりを潜めてしまった。雪上のホバー移動は快適で、ゲイリーのドグッシュは弾幕を浴びることなく新たな狙撃位置に到達する。
今はもはや、相手に自分のいることを気付かれていた。いまさら敵機を撃墜しても得るのは出涸らしのようなものである。
ゲイリーは嘆息を吐くと、断崖を越えるべく飛び上がった敵機があったので、着地に合わせてその敵機の胴体を撃ち抜いた。
「……ふぅ」
脱出装置の働く様子がないのを見て取るとゲイリーの股間にじんわりとした温かみが生じた。無論、パイロットスーツは人間の生理に対応している。
「温うございますね」
そうは言いながらも、ゲイリーの顔は心底幸福そうに緩みきっていた。