全天周囲モニターに映るのは灰色の隔壁ばかりで、火星の姿を間近に見ることは出来なかった。
G-ADYNATAと表記のある画面が、機体パラメータの正常なことを示していた。作戦内容の確認も機体状況の報告も済み、パイロットはもはや作戦の開始を待つのみであった。
ミレンナ・カマシーヌはそっと目を瞑った。自身の呼吸と心臓の鼓動だけが聞こえていた。とくっとくっ、という音に耳を澄ませていると、その音が次第にぼやけてきて、数時間前に聞いた演説が思い出された。
『――戦争はすべて盗むことのみを目標とする。これは、我が基地の名前の由来となったヴォルテールという人物の言葉である。
戦争はまず尊い人命を盗む。次に戦争に勝つために敵の機密を盗む。戦いが終われば領土を盗み、人民を盗むことまで行われる。
そして、そこで最も多くを盗んだ盗人は何と呼ばれるか。――英雄である』
『この人道上の矛盾は誰が作り出しているのか。それは戦争を起こす者たち、起こそうと望む者たちである。
彼ら煽動者は民衆の目を眩ませ、耳を聞こえなくし、己の頭で物事を考える能力を失わせる。そうして、もろもろの偶像を崇めるように仕立て上げるのである』
『いまこのとき、デハドスと名乗る武装組織が破壊活動を行っている。
火星、ひいては太陽系全体の市民生活の要であるマスドライバー施設を武力によって占拠し、火星ドーム群統一という大義名分をでっち上げて、善良な連邦市民の住むドームを侵略しようとしている』
『これはまだ戦争ではない。いち反連邦組織によるテロに過ぎない。しかし、いずれ戦争となる可能性を孕んでいる』
『人類は、先の狂気の時代を経て、何を学んだか。母なる地球を失うことで、何を悟ったか』
『過ちは繰り返すまい――それが、統一された人類の意思なのである』
この演説をした基地指令は木星の激戦区帰りで、少々頭がおかしいことになって左遷されたと噂される将校である。
しかし彼と同じく木星で戦ったことのあるミレンナにしてみれば、演説の内容自体は概ね同意できた。
「なのに、なぜ」
ミレンナはそう心の中で呟きながら睫毛を震わせた。自然と顔が強張り、食いしばった歯がきりきりと軋んだ。操縦桿に添えた手が力んでいるのが彼女自身にもわかった。
『わあ、こわぁい。アデュナタのパイロットらしい面構えですぅ』
G-ADYNATAと表記のある画面が、機体パラメータの正常なことを示していた。作戦内容の確認も機体状況の報告も済み、パイロットはもはや作戦の開始を待つのみであった。
ミレンナ・カマシーヌはそっと目を瞑った。自身の呼吸と心臓の鼓動だけが聞こえていた。とくっとくっ、という音に耳を澄ませていると、その音が次第にぼやけてきて、数時間前に聞いた演説が思い出された。
『――戦争はすべて盗むことのみを目標とする。これは、我が基地の名前の由来となったヴォルテールという人物の言葉である。
戦争はまず尊い人命を盗む。次に戦争に勝つために敵の機密を盗む。戦いが終われば領土を盗み、人民を盗むことまで行われる。
そして、そこで最も多くを盗んだ盗人は何と呼ばれるか。――英雄である』
『この人道上の矛盾は誰が作り出しているのか。それは戦争を起こす者たち、起こそうと望む者たちである。
彼ら煽動者は民衆の目を眩ませ、耳を聞こえなくし、己の頭で物事を考える能力を失わせる。そうして、もろもろの偶像を崇めるように仕立て上げるのである』
『いまこのとき、デハドスと名乗る武装組織が破壊活動を行っている。
火星、ひいては太陽系全体の市民生活の要であるマスドライバー施設を武力によって占拠し、火星ドーム群統一という大義名分をでっち上げて、善良な連邦市民の住むドームを侵略しようとしている』
『これはまだ戦争ではない。いち反連邦組織によるテロに過ぎない。しかし、いずれ戦争となる可能性を孕んでいる』
『人類は、先の狂気の時代を経て、何を学んだか。母なる地球を失うことで、何を悟ったか』
『過ちは繰り返すまい――それが、統一された人類の意思なのである』
この演説をした基地指令は木星の激戦区帰りで、少々頭がおかしいことになって左遷されたと噂される将校である。
しかし彼と同じく木星で戦ったことのあるミレンナにしてみれば、演説の内容自体は概ね同意できた。
「なのに、なぜ」
ミレンナはそう心の中で呟きながら睫毛を震わせた。自然と顔が強張り、食いしばった歯がきりきりと軋んだ。操縦桿に添えた手が力んでいるのが彼女自身にもわかった。
『わあ、こわぁい。アデュナタのパイロットらしい面構えですぅ』
通信回線が開いて、派手なパイロットスーツを着た男が茶々を入れてきた。垂れた前髪で片目を隠している男である。
髪型は優男風であるが、鉤鼻の頭に黒い毛穴が目立ち、瞼がぽってりと膨らんだ類の細目であるから、初見の者は均整のなさを感じるであろう。
彼のヘルメットには、電撃で痺れる骸骨と、牙を剥いた狼が描かれている。
「統牙(とうが)・E・ニードルスキン少佐、それは侮辱と受け取ってもよろしいか」
『そいつは自意識過剰というやつなんだぜ、カマシーヌ婦人。オレらガンダム乗りはエリート中のエッリートたんよ。もすこし鷹揚でなくちゃあいけませんな』
統牙・E・ニードルスキンという名前の形式は金星圏コロニー出身者に特有のものである。
金星圏に住む人々はたいてい気質が大らかで、ひっきりなしに卑猥な冗談を飛ばすというのが世間の通念である。そのため、ミレンナのような物堅い気質の月出身者とはそりが合わない。
統牙が大げさに肩をすくめるのを見てミレンナは舌打ちした。いけ好かない同僚に猫を被ってやる必要もなかった。
「作戦前だ。そのあばた面を見せびらかす暇があるのなら、デュナトンの調整でもやっていろ」
『あーてすてすマイクてす……ねえ、ねえねえねえー。昔の上官を殺せといわれて今どんな気持ち? ねえどんな気持ちぃ?』
「ベイト大佐はわたしが仕留める」
『元、大佐なんだぜ。間違えるな』
統牙がこちらに通信を繋いだのは裏切りを警戒してのことに違いない。彼は気取った顔を崩して、嘲るような声色で、
『さすが例の部隊におられただけのことはある』
と続けた。
『味方殺しのドロップアウト野郎、あれだよあれ。あれよあれ、たしか微笑みデブっつったっけ? 木星じゃあれの隊にいたんしょ。マスターベートたんご贔屓のさ』
「……隊長を侮辱するな」
『アっタシぃ、お菊も蛤も隊長に捧げましたぁ! あーやだやだね。これだからルナリアンのファッキンビッチは一途で困る。
なに未だに引きずってんの? 重い女はウザったくね? おばちゃんちょーきもいですぅ。ねえねえ、なら何でございましょうか、例のデブ隊長殿も向こうさまに居たんなら――』
「どちらでも変わらない。裏切り者は、わたしがアデュナタで始末をつける」
これほどあからさまに挑発されるとかえって気が落ち着いてくるものである。ミレンナは統牙を付け上がらせたくないので、作戦の開始まで何を聞いても黙りこくっていた。
髪型は優男風であるが、鉤鼻の頭に黒い毛穴が目立ち、瞼がぽってりと膨らんだ類の細目であるから、初見の者は均整のなさを感じるであろう。
彼のヘルメットには、電撃で痺れる骸骨と、牙を剥いた狼が描かれている。
「統牙(とうが)・E・ニードルスキン少佐、それは侮辱と受け取ってもよろしいか」
『そいつは自意識過剰というやつなんだぜ、カマシーヌ婦人。オレらガンダム乗りはエリート中のエッリートたんよ。もすこし鷹揚でなくちゃあいけませんな』
統牙・E・ニードルスキンという名前の形式は金星圏コロニー出身者に特有のものである。
金星圏に住む人々はたいてい気質が大らかで、ひっきりなしに卑猥な冗談を飛ばすというのが世間の通念である。そのため、ミレンナのような物堅い気質の月出身者とはそりが合わない。
統牙が大げさに肩をすくめるのを見てミレンナは舌打ちした。いけ好かない同僚に猫を被ってやる必要もなかった。
「作戦前だ。そのあばた面を見せびらかす暇があるのなら、デュナトンの調整でもやっていろ」
『あーてすてすマイクてす……ねえ、ねえねえねえー。昔の上官を殺せといわれて今どんな気持ち? ねえどんな気持ちぃ?』
「ベイト大佐はわたしが仕留める」
『元、大佐なんだぜ。間違えるな』
統牙がこちらに通信を繋いだのは裏切りを警戒してのことに違いない。彼は気取った顔を崩して、嘲るような声色で、
『さすが例の部隊におられただけのことはある』
と続けた。
『味方殺しのドロップアウト野郎、あれだよあれ。あれよあれ、たしか微笑みデブっつったっけ? 木星じゃあれの隊にいたんしょ。マスターベートたんご贔屓のさ』
「……隊長を侮辱するな」
『アっタシぃ、お菊も蛤も隊長に捧げましたぁ! あーやだやだね。これだからルナリアンのファッキンビッチは一途で困る。
なに未だに引きずってんの? 重い女はウザったくね? おばちゃんちょーきもいですぅ。ねえねえ、なら何でございましょうか、例のデブ隊長殿も向こうさまに居たんなら――』
「どちらでも変わらない。裏切り者は、わたしがアデュナタで始末をつける」
これほどあからさまに挑発されるとかえって気が落ち着いてくるものである。ミレンナは統牙を付け上がらせたくないので、作戦の開始まで何を聞いても黙りこくっていた。
火星には運河がある。運河というのは、ライフラインを兼ねたリニアレールの通称で、それが火星の地表に縦横に張り巡らされている。
航空機の保有が制限されている火星ドーム群にとって、運河はドームとドームを結びつける重要な輸送手段である。
各地方ドームに延びた運河は、全てテーレマコス中央ターミナルに通じている。唯一のスペースポートとマスドライバー施設があり、宇宙から下ろされた物資および人員と、宇宙へ送る年貢の全てがそこに集中している。
故に、中央ターミナルを制圧するということは火星ドーム群の覇権を握ることに等しい。
降下の際の損耗は予測範囲内で、MSの数も四対一で勝っていた。けれども、連邦軍は攻めあぐねていた。
第一の理由に、地の利がデハドス側にあることが挙げられる。峡谷の地形を利用した敵軍の一撃離脱戦法や、連邦軍のパイロットが火星の重力に不慣れなことなどがある。
しかし何よりも進撃の妨げとなったのは、テーレマコス中央ターミナルの施設そのものと、それに関する宇宙連邦軍の軍規であった。
物量を生かした強引な戦術で防衛線は抜けたものの、以降は被害が増すばかりであった。敵のMSが中央ターミナルとドーム・テーレマコスの外壁、それからマスドライバーを背にしているのである。
デハドスが主に用いているMSはガーランドとブッシュで、砲撃戦装備のそれらがぴったりとくっついている。運河の上に陣取っているのもある。
これらは連邦軍が運河の関連施設に攻撃出来ないのを予期しての戦術であった。流れ弾が施設を破壊するおそれがあるために、連邦軍のMSは火器を封じられたのである。
加えて、火星特有の兵器が連邦軍の戦力を確実に削り続けていた。運河を走る列車砲である。
列車砲自体はその大きさからして格好の目標であったが、連邦軍は運河に攻撃を加えられなかったため、列車砲の砲撃を黙らせるにはMSで肉迫するしかなかった。
そうしてそれは、遠距離から砲撃して来る敵MSに対しても同様であった。
航空機の保有が制限されている火星ドーム群にとって、運河はドームとドームを結びつける重要な輸送手段である。
各地方ドームに延びた運河は、全てテーレマコス中央ターミナルに通じている。唯一のスペースポートとマスドライバー施設があり、宇宙から下ろされた物資および人員と、宇宙へ送る年貢の全てがそこに集中している。
故に、中央ターミナルを制圧するということは火星ドーム群の覇権を握ることに等しい。
降下の際の損耗は予測範囲内で、MSの数も四対一で勝っていた。けれども、連邦軍は攻めあぐねていた。
第一の理由に、地の利がデハドス側にあることが挙げられる。峡谷の地形を利用した敵軍の一撃離脱戦法や、連邦軍のパイロットが火星の重力に不慣れなことなどがある。
しかし何よりも進撃の妨げとなったのは、テーレマコス中央ターミナルの施設そのものと、それに関する宇宙連邦軍の軍規であった。
物量を生かした強引な戦術で防衛線は抜けたものの、以降は被害が増すばかりであった。敵のMSが中央ターミナルとドーム・テーレマコスの外壁、それからマスドライバーを背にしているのである。
デハドスが主に用いているMSはガーランドとブッシュで、砲撃戦装備のそれらがぴったりとくっついている。運河の上に陣取っているのもある。
これらは連邦軍が運河の関連施設に攻撃出来ないのを予期しての戦術であった。流れ弾が施設を破壊するおそれがあるために、連邦軍のMSは火器を封じられたのである。
加えて、火星特有の兵器が連邦軍の戦力を確実に削り続けていた。運河を走る列車砲である。
列車砲自体はその大きさからして格好の目標であったが、連邦軍は運河に攻撃を加えられなかったため、列車砲の砲撃を黙らせるにはMSで肉迫するしかなかった。
そうしてそれは、遠距離から砲撃して来る敵MSに対しても同様であった。
ガンダムアデュナタが僚機のブッシュ数機を伴って煙幕の中を走って行く。高性能センサーが列車砲の弾道を感知し、弾幕の間隙をミレンナに示した。
どうやら煙幕と砂煙でめくら撃ちになっているようである。ミレンナが無線暗号通信で僚機に予測弾道を知らせようとすると、偶然飛んで来た砲弾がアデュナタの脇を掠めた。
何の通信もなく、レーダーにあった僚機の一つがLOSTの表示に変わった。
「こんな仕方では!」
煙幕を抜ける直前に、アデュナタがスラスターを吹かして飛び上がった。纏わり付いた煙が尾を引いて、突如現れたガンダムに列車砲護衛のブッシュが怯んだ。
ブッシュがライフルを構えようとしたころには、アデュナタの脚部ビームクローが胴体を切り開いている。
アデュナタはそのままブッシュの残骸を踏み台にして、隊長機と思わしきガーランドに踊りかかった。
考える余裕を与えずビームスコップの刃がガーランドを両断し、返す刀で砲台をなで斬りにした。
列車砲を無力化したのと同時に、残る護衛のブッシュを後続の僚機が高周波スコップで蹴散らした。
「煙幕を!」
僚機がスモークグレネードを投げた。あたりが煙に覆われて、全天周囲モニターが擬似視界映像に切り替わる。
「戦いに手段を選ばないなんて、これでは木星の連中と同じではないか」
この列車砲を沈黙させるのに三機もの僚機を失った。ガンダムの率いる部隊でさえこうである。他の小隊ならさらなる犠牲が出ているに違いない。
撃墜されたMSがあまりに多いので、衛生部隊に問い合わせたがパイロットたちの生死の確認はままならなかった。
ミレンナは痺れを切らして司令部に通信を繋いだ。ガンダムパイロット専用の直接回線である。
「施設への攻撃許可を求む。このままでは損害が拡大する一方です」
『却下だ。引き続き火器の使用を禁ずる。敵戦力には白兵戦闘で対処せよ』
「上はテロリストを生かすために死ねとおっしゃる」
『そうだ。故にプランをDに移行する。アデュナタはデュナトンと合流せよ』
「……了解。ガンダムアデュナタ、デュナトンの援護に回ります」
通信を切ると、ミレンナは不服そうな顔を浮かべた。
「デュナトンのあれを使うという。一つの倫理のために別の倫理を否定する。これは矛盾よ」
どうやら煙幕と砂煙でめくら撃ちになっているようである。ミレンナが無線暗号通信で僚機に予測弾道を知らせようとすると、偶然飛んで来た砲弾がアデュナタの脇を掠めた。
何の通信もなく、レーダーにあった僚機の一つがLOSTの表示に変わった。
「こんな仕方では!」
煙幕を抜ける直前に、アデュナタがスラスターを吹かして飛び上がった。纏わり付いた煙が尾を引いて、突如現れたガンダムに列車砲護衛のブッシュが怯んだ。
ブッシュがライフルを構えようとしたころには、アデュナタの脚部ビームクローが胴体を切り開いている。
アデュナタはそのままブッシュの残骸を踏み台にして、隊長機と思わしきガーランドに踊りかかった。
考える余裕を与えずビームスコップの刃がガーランドを両断し、返す刀で砲台をなで斬りにした。
列車砲を無力化したのと同時に、残る護衛のブッシュを後続の僚機が高周波スコップで蹴散らした。
「煙幕を!」
僚機がスモークグレネードを投げた。あたりが煙に覆われて、全天周囲モニターが擬似視界映像に切り替わる。
「戦いに手段を選ばないなんて、これでは木星の連中と同じではないか」
この列車砲を沈黙させるのに三機もの僚機を失った。ガンダムの率いる部隊でさえこうである。他の小隊ならさらなる犠牲が出ているに違いない。
撃墜されたMSがあまりに多いので、衛生部隊に問い合わせたがパイロットたちの生死の確認はままならなかった。
ミレンナは痺れを切らして司令部に通信を繋いだ。ガンダムパイロット専用の直接回線である。
「施設への攻撃許可を求む。このままでは損害が拡大する一方です」
『却下だ。引き続き火器の使用を禁ずる。敵戦力には白兵戦闘で対処せよ』
「上はテロリストを生かすために死ねとおっしゃる」
『そうだ。故にプランをDに移行する。アデュナタはデュナトンと合流せよ』
「……了解。ガンダムアデュナタ、デュナトンの援護に回ります」
通信を切ると、ミレンナは不服そうな顔を浮かべた。
「デュナトンのあれを使うという。一つの倫理のために別の倫理を否定する。これは矛盾よ」
アデュナタがフライトユニットを展開した。エナジー節約のため温存していたのである。
背部に折り畳まれていた骨格が広がって、そこに特殊繊維の膜が張られる。生じた翼の横幅は、身長の倍ほどである。
胸部装甲が展開され、筋模様のある赤黒い廃熱機構があらわになる。センサー強化のため頭部装甲の一部も展開した。
鋭角の形状をしていたツインアイとは別に、マスク部のスリットが割れて三対のカメラアイが露出する。これで額のセンサーを加えれば、目玉が七つあることになる。
人間で言う耳に当る部分に二対、頭頂部に一本の計五本のアンテナが起き上がり、元のV字アンテナを合わせればこれも七本である。
この暗褐色の機体が飛び立とうとする姿は、奇怪な形状の頭部と猛禽に似た下半身とがあいまって空想上の合成生物を思わせた。
コンパニヤ教徒が見れば悪魔と形容するに違いなく、コンパニヤ教徒でなくとも嫌悪感をかきたてられる。それがGVX-027ガンダムアデュナタ本来の姿であった。
『うはっ、きめぇ。相変わらずアデュナタたん気色悪っ』
空中で合流したとき統牙はまずそんなことをのたまった。からかわれるまでもなく、ミレンナも自分のガンダムが風采上の問題を抱えているのは承知している。
「第一目標へ先行する。そちらの用意はよろしいか」
『あいさ、ところでどっちが地面だっけ?』
「ガンダムアデュナタ、突貫する」
彼の与太話にいちいち付き合ってはいられない。アデュナタはビームスコップを構えて急上昇した。
背部に折り畳まれていた骨格が広がって、そこに特殊繊維の膜が張られる。生じた翼の横幅は、身長の倍ほどである。
胸部装甲が展開され、筋模様のある赤黒い廃熱機構があらわになる。センサー強化のため頭部装甲の一部も展開した。
鋭角の形状をしていたツインアイとは別に、マスク部のスリットが割れて三対のカメラアイが露出する。これで額のセンサーを加えれば、目玉が七つあることになる。
人間で言う耳に当る部分に二対、頭頂部に一本の計五本のアンテナが起き上がり、元のV字アンテナを合わせればこれも七本である。
この暗褐色の機体が飛び立とうとする姿は、奇怪な形状の頭部と猛禽に似た下半身とがあいまって空想上の合成生物を思わせた。
コンパニヤ教徒が見れば悪魔と形容するに違いなく、コンパニヤ教徒でなくとも嫌悪感をかきたてられる。それがGVX-027ガンダムアデュナタ本来の姿であった。
『うはっ、きめぇ。相変わらずアデュナタたん気色悪っ』
空中で合流したとき統牙はまずそんなことをのたまった。からかわれるまでもなく、ミレンナも自分のガンダムが風采上の問題を抱えているのは承知している。
「第一目標へ先行する。そちらの用意はよろしいか」
『あいさ、ところでどっちが地面だっけ?』
「ガンダムアデュナタ、突貫する」
彼の与太話にいちいち付き合ってはいられない。アデュナタはビームスコップを構えて急上昇した。
デハドスの士気は高かった。随時送られてくる戦果報告と、防戦側でありながらほとんど一方的ともいえる形勢に鼓舞されて、MSパイロットたちは守るというより攻めるのに近い心境になっていた。
自分は何機撃墜できたか、自分たちは敵部隊を幾度退けることができたか、たった一時間のうちに上げた武勲を胸算用して得意な気持ちになっている者があった。
後の出世を考えて敵機の追撃に精出す者や、これ幸いと勇敢な仲間の後ろに下がる者もあった。戦争というものは、なかなかどうして楽しいものだと考える者さえあった。
どういうわけか連邦軍は火器を使って来ない。施設の破壊を恐れるにしたって、行き過ぎている。戦争となれば手段を選んでいられないのはそちらも理解していることではないか。
だのに、火の明かりに吸い寄せられる羽虫のようにわらわらと群がっては撃退されて行くのである。もしや学習能力が欠如しているのではあるまいか。
哀れを催すよりか、いっそ腹を抱えて笑ってしまいたくなる有様である。
奇麗事をいうほうが愚かなのである。信仰を持たないスペースノイドどもは、この当然の摂理を弁えないほど無知であったのか。
彼らの怠惰なる魂は、長らく続いた安逸の中で機知さえも無くしてしまっていたのか。
火星の独立ばかりに留まらず、むしろ彼らの無知を告発してやることこそが、我らマーズノイドの義務なのではないか。
程度の差こそあれども、テーレマコス出身の兵士のほとんどはそういうような意味のことを思っていた。増長ともとれるこの種の思考は、ドーム・テーレマコスに直接的な戦争の経験が少ないことに由来する。
チョウ・シノーティルもそのようなパイロットの一人であった。洗礼名はルイス七左衛門、デハドスでの位階は助祭で、これは連邦軍でいう少尉の地位である。
デハドスに入隊する以前は大学でMS陸上競技の選手をしていた。無論、軍務に服したことはない。操縦能力はそれなりにあるとはいえ、入隊まもなくの尉官待遇は異例の出世であった。
彼の父親であるシノーティル司祭はとある銀行経営者の細君の聴罪司祭を務めていて、それが関係していると考えられないこともないという話が同期のパイロットの間で囁かれていた。
チョウは今やもはや自分が生まれ変わったような心地でいた。あんなにも恐れていた殺し合いというものは、思いのほかなんてことのないものだと感じられたからである。
以前までは、同期のパイロットに疎まれるのも、父に珍妙な洗礼名で呼ばれるのも、親戚を招いて盛大な出征式を催されるのも彼の望むところではなかった。
しかし今では、それらがむしろ誇らしく、どうしてあのときこの心境に至らなかったのかと歯軋りさえした。
敵機を撃墜しても映画や小説の登場人物のように罪悪感に苛まれることはなかった。
「MSは、人間じゃないんだ」
ライフルを撃って行動不能にした敵MSの様子を見るに、中のパイロットが死んだとは思われなかった。
爆発するでも分解するでもない。ただモノアイの光が消えて、胴体の弾痕から真っ黒い煙を上げているだけである。
チョウはガーランドのカメラを味方に向けた。運河中継区画の上に載っているブッシュが弾切れを起こしたのが見えた。
「隊長、そちらの援護に回ります!」
ガーランドが銃撃している間に、ブッシュがライフルのマガジンを交換する。幸い、煙幕に潜む敵機が襲いかかって来ることはなかった。
『ルイス七左衛門、恩に着る。これで貸しを作ったな』
チョウが隊長と呼んだ男から返礼が来た。
「なんの。ガーランド(こいつ)を譲ってもらったのを思えば、負債はまだまだこっちにありますって」
『気にするなと言ったろう。私にはブッシュが馴染んでいるのさ』
彼は、連邦軍からデハドスに移籍したスペースノイドの一人である。
「火星魂、みせてやりましょう!」
「おうさ!」
志を同じくするなら人種は関係ない。戦場で拾った些細な功徳に酔っていた頭がそんなことを考えたかもわからない。
隊長が威勢良く答えたのを聞いて、チョウは面はゆい反面、何だか安心した気がした。
ガーランドのセンサーが上空に機影を捉えたのはそのときであった。隊長、とチョウが叫ぶころにはブッシュのセンサーにも感知できるまでに接近していたらしい。
ブッシュとほぼ同時に上を向くと、黒い影がチョウの部隊のところに急降下して来た。ライフルを構え直す暇はなかった。
眼前で巨大な黒い影と真紅の光が瞬くのと同時に、
『ガンダ――』
という言葉を最後に隊長の通信が途切れ、爆煙がコックピットのモニターを埋め尽した。
自分は何機撃墜できたか、自分たちは敵部隊を幾度退けることができたか、たった一時間のうちに上げた武勲を胸算用して得意な気持ちになっている者があった。
後の出世を考えて敵機の追撃に精出す者や、これ幸いと勇敢な仲間の後ろに下がる者もあった。戦争というものは、なかなかどうして楽しいものだと考える者さえあった。
どういうわけか連邦軍は火器を使って来ない。施設の破壊を恐れるにしたって、行き過ぎている。戦争となれば手段を選んでいられないのはそちらも理解していることではないか。
だのに、火の明かりに吸い寄せられる羽虫のようにわらわらと群がっては撃退されて行くのである。もしや学習能力が欠如しているのではあるまいか。
哀れを催すよりか、いっそ腹を抱えて笑ってしまいたくなる有様である。
奇麗事をいうほうが愚かなのである。信仰を持たないスペースノイドどもは、この当然の摂理を弁えないほど無知であったのか。
彼らの怠惰なる魂は、長らく続いた安逸の中で機知さえも無くしてしまっていたのか。
火星の独立ばかりに留まらず、むしろ彼らの無知を告発してやることこそが、我らマーズノイドの義務なのではないか。
程度の差こそあれども、テーレマコス出身の兵士のほとんどはそういうような意味のことを思っていた。増長ともとれるこの種の思考は、ドーム・テーレマコスに直接的な戦争の経験が少ないことに由来する。
チョウ・シノーティルもそのようなパイロットの一人であった。洗礼名はルイス七左衛門、デハドスでの位階は助祭で、これは連邦軍でいう少尉の地位である。
デハドスに入隊する以前は大学でMS陸上競技の選手をしていた。無論、軍務に服したことはない。操縦能力はそれなりにあるとはいえ、入隊まもなくの尉官待遇は異例の出世であった。
彼の父親であるシノーティル司祭はとある銀行経営者の細君の聴罪司祭を務めていて、それが関係していると考えられないこともないという話が同期のパイロットの間で囁かれていた。
チョウは今やもはや自分が生まれ変わったような心地でいた。あんなにも恐れていた殺し合いというものは、思いのほかなんてことのないものだと感じられたからである。
以前までは、同期のパイロットに疎まれるのも、父に珍妙な洗礼名で呼ばれるのも、親戚を招いて盛大な出征式を催されるのも彼の望むところではなかった。
しかし今では、それらがむしろ誇らしく、どうしてあのときこの心境に至らなかったのかと歯軋りさえした。
敵機を撃墜しても映画や小説の登場人物のように罪悪感に苛まれることはなかった。
「MSは、人間じゃないんだ」
ライフルを撃って行動不能にした敵MSの様子を見るに、中のパイロットが死んだとは思われなかった。
爆発するでも分解するでもない。ただモノアイの光が消えて、胴体の弾痕から真っ黒い煙を上げているだけである。
チョウはガーランドのカメラを味方に向けた。運河中継区画の上に載っているブッシュが弾切れを起こしたのが見えた。
「隊長、そちらの援護に回ります!」
ガーランドが銃撃している間に、ブッシュがライフルのマガジンを交換する。幸い、煙幕に潜む敵機が襲いかかって来ることはなかった。
『ルイス七左衛門、恩に着る。これで貸しを作ったな』
チョウが隊長と呼んだ男から返礼が来た。
「なんの。ガーランド(こいつ)を譲ってもらったのを思えば、負債はまだまだこっちにありますって」
『気にするなと言ったろう。私にはブッシュが馴染んでいるのさ』
彼は、連邦軍からデハドスに移籍したスペースノイドの一人である。
「火星魂、みせてやりましょう!」
「おうさ!」
志を同じくするなら人種は関係ない。戦場で拾った些細な功徳に酔っていた頭がそんなことを考えたかもわからない。
隊長が威勢良く答えたのを聞いて、チョウは面はゆい反面、何だか安心した気がした。
ガーランドのセンサーが上空に機影を捉えたのはそのときであった。隊長、とチョウが叫ぶころにはブッシュのセンサーにも感知できるまでに接近していたらしい。
ブッシュとほぼ同時に上を向くと、黒い影がチョウの部隊のところに急降下して来た。ライフルを構え直す暇はなかった。
眼前で巨大な黒い影と真紅の光が瞬くのと同時に、
『ガンダ――』
という言葉を最後に隊長の通信が途切れ、爆煙がコックピットのモニターを埋め尽した。
粉塵の晴れた後もチョウは暫し何が起きたのかわからないでいた。黒い影は跡形もない。隊長のブッシュも消えている。
チョウはブッシュのいたところを見た。視線をやや下に逸らすと、レールの溝に二本の足が残っていた。膝から上がどこかに消え去っている。
露出した機械部品が火花を発したと思えば、ブッシュの二本の足はレールの隙間に転げ落ちて行った。
『空だ、敵は空だぞ!』
チョウははっとして空を見上げた。先ほどの黒い影が頭上を旋回していた。黒い影は一回りごとに空で描く輪を小さくして行った。
その動きは猛禽が獲物を狙うのに似ていて、急降下の頃合はおぼろげながら予感できたけれども、対処する方法は思いつけなかった。
影が一瞬だけぼやけて縮んだ。それが襲撃の直前の羽ばたきであることをチョウが理解したのは、黒い影が急降下して味方のブッシュに覆いかぶさってからであった。
黒い影は地上すれすれのところを旋回して、また舞い上がった。噴き上がった粉塵の中に、先回と同じくブッシュの足だけが残っているのが見えた。
「MSを、喰った」
『寝言は死んで言え! ありゃビーム兵器だ! ガンダムだ、ガンダムが来やがったんだよ! 各機、密集隊形をとれ! 弾幕で飛ぶ鳥を落とす!』
副隊長の声がかかり、散らばっていたブッシュとガーランドが施設の屋根に集まった。チョウのガーランドも少し遅れて円陣に加わった。
ガンダムは加速と減速を繰り返して、高度をめまぐるしく変えつつ旋回している。右に見えたかと思えば左から現われ、羽ばたいた数瞬後には真後ろに回っている。
凄まじい機動性である。赤い空に現れる影を追ってチョウがライフルを撃つと、
『同じ目標に撃ってどうする! お前はお前の持ち場に撃ちゃいいんだ!』
「は、はい」
チョウはライフルの銃口を虚空に向けた。黒い影がさっと横切ると、照準を動かしたい衝動に駆られてじりじりした。
離れた地点にいた味方のMSが寄って来て射界が厚みを増した。黒い影が距離をとったとき、チョウは生き残ることを考え始めた。仲間の隊員も似たような考えを持ったに違いない。
しかしその心の緩みに付け入るように、突如煙幕の中から銀色に光るものが現れて、粉塵を吹き上げながらこちらに向けて一直線に飛んできた。相当な低空飛行である。
『ガンダムがもう一機だと!』
その方角にいた味方機が、咄嗟に銀色のガンダムを照準で追った。副隊長が『馬鹿野郎!』と叫ぶころには既に遅く、弾幕に生じた間隙を器用に通り抜けて、暗褐色のガンダムは円陣の中心に侵入を済ませていた。
発光する足の爪が二機のブッシュの胴体を抉り取る。同時にスコップらしきものから真紅の光が延びて、副隊長の乗るガーランドの首を刎ねた。
暗褐色のガンダムは三機のMSを屠ると即座に離脱していた。部隊の者たちがそのことを知ったのは、同士討ちをしたのに気付いた後である。
新兵の何人かがガンダムを狙うつもりでライフルの引き金を引いて、放たれた銃弾は全て味方機に当たっていた。
無防備な背部を撃たれたMSは行動不能に陥り、コックピットに直撃を受けたMSもあった。チョウ・シノーティルも味方を手にかけたパイロットの一人であった。
「化け物……」
しかしチョウが暗褐色のガンダムに抱いた畏怖は良心の呵責に勝った。再び円陣に加わって引き金を引く際は、震える利き腕をもう片手で抑えながらである。
黒い影の中心に垣間見えた七つの光の輪郭が目に焼きついていた。七つの目玉の幻覚を打ち消したのは、モニターに現れたもう一機のガンダムの姿である。
銀色のガンダムは暗褐色のガンダムに比べて真っ当な見かけをしている。反面、挙動は不気味で、空中で意味のない宙返りをしたかと思えば地面を蹴って飛び跳ねたり、爪先を伸ばして奇妙なポーズをとったりしていた。
それでもなお暗褐色のガンダムと同様に銃弾を避け続けているのである。チョウはいやな寒気を覚えた。パイロットスーツのグローブの中が汗でぬめっていた。
「救難周波数?」
発信元は銀色のガンダムで、あのガンダムのパイロットは、敵味方双方に向けて音声を流しているようであった。
『地面、見つけた! 重力、あったぁ!』
銀色のガンダムが空中で身悶えした。新式のAMBAC機動かもしれない。その証拠にブレード状をした二本の背部バインダーが立ち上がった。
『悔しいッ、でも魂惹かれちゃう!』
『気が、くるっとる』
と味方の誰かが言った。声にある訛は、ドーム・ディオゲネスの方言に伴うものであった。
ガンダムのパイロットも笑い声を上げていたが、声の調子に張りは少なく、大根役者の白々しい大笑いに似ていた。相手の気を引くためにあえて笑っているとも考えられた。
チョウはブッシュのいたところを見た。視線をやや下に逸らすと、レールの溝に二本の足が残っていた。膝から上がどこかに消え去っている。
露出した機械部品が火花を発したと思えば、ブッシュの二本の足はレールの隙間に転げ落ちて行った。
『空だ、敵は空だぞ!』
チョウははっとして空を見上げた。先ほどの黒い影が頭上を旋回していた。黒い影は一回りごとに空で描く輪を小さくして行った。
その動きは猛禽が獲物を狙うのに似ていて、急降下の頃合はおぼろげながら予感できたけれども、対処する方法は思いつけなかった。
影が一瞬だけぼやけて縮んだ。それが襲撃の直前の羽ばたきであることをチョウが理解したのは、黒い影が急降下して味方のブッシュに覆いかぶさってからであった。
黒い影は地上すれすれのところを旋回して、また舞い上がった。噴き上がった粉塵の中に、先回と同じくブッシュの足だけが残っているのが見えた。
「MSを、喰った」
『寝言は死んで言え! ありゃビーム兵器だ! ガンダムだ、ガンダムが来やがったんだよ! 各機、密集隊形をとれ! 弾幕で飛ぶ鳥を落とす!』
副隊長の声がかかり、散らばっていたブッシュとガーランドが施設の屋根に集まった。チョウのガーランドも少し遅れて円陣に加わった。
ガンダムは加速と減速を繰り返して、高度をめまぐるしく変えつつ旋回している。右に見えたかと思えば左から現われ、羽ばたいた数瞬後には真後ろに回っている。
凄まじい機動性である。赤い空に現れる影を追ってチョウがライフルを撃つと、
『同じ目標に撃ってどうする! お前はお前の持ち場に撃ちゃいいんだ!』
「は、はい」
チョウはライフルの銃口を虚空に向けた。黒い影がさっと横切ると、照準を動かしたい衝動に駆られてじりじりした。
離れた地点にいた味方のMSが寄って来て射界が厚みを増した。黒い影が距離をとったとき、チョウは生き残ることを考え始めた。仲間の隊員も似たような考えを持ったに違いない。
しかしその心の緩みに付け入るように、突如煙幕の中から銀色に光るものが現れて、粉塵を吹き上げながらこちらに向けて一直線に飛んできた。相当な低空飛行である。
『ガンダムがもう一機だと!』
その方角にいた味方機が、咄嗟に銀色のガンダムを照準で追った。副隊長が『馬鹿野郎!』と叫ぶころには既に遅く、弾幕に生じた間隙を器用に通り抜けて、暗褐色のガンダムは円陣の中心に侵入を済ませていた。
発光する足の爪が二機のブッシュの胴体を抉り取る。同時にスコップらしきものから真紅の光が延びて、副隊長の乗るガーランドの首を刎ねた。
暗褐色のガンダムは三機のMSを屠ると即座に離脱していた。部隊の者たちがそのことを知ったのは、同士討ちをしたのに気付いた後である。
新兵の何人かがガンダムを狙うつもりでライフルの引き金を引いて、放たれた銃弾は全て味方機に当たっていた。
無防備な背部を撃たれたMSは行動不能に陥り、コックピットに直撃を受けたMSもあった。チョウ・シノーティルも味方を手にかけたパイロットの一人であった。
「化け物……」
しかしチョウが暗褐色のガンダムに抱いた畏怖は良心の呵責に勝った。再び円陣に加わって引き金を引く際は、震える利き腕をもう片手で抑えながらである。
黒い影の中心に垣間見えた七つの光の輪郭が目に焼きついていた。七つの目玉の幻覚を打ち消したのは、モニターに現れたもう一機のガンダムの姿である。
銀色のガンダムは暗褐色のガンダムに比べて真っ当な見かけをしている。反面、挙動は不気味で、空中で意味のない宙返りをしたかと思えば地面を蹴って飛び跳ねたり、爪先を伸ばして奇妙なポーズをとったりしていた。
それでもなお暗褐色のガンダムと同様に銃弾を避け続けているのである。チョウはいやな寒気を覚えた。パイロットスーツのグローブの中が汗でぬめっていた。
「救難周波数?」
発信元は銀色のガンダムで、あのガンダムのパイロットは、敵味方双方に向けて音声を流しているようであった。
『地面、見つけた! 重力、あったぁ!』
銀色のガンダムが空中で身悶えした。新式のAMBAC機動かもしれない。その証拠にブレード状をした二本の背部バインダーが立ち上がった。
『悔しいッ、でも魂惹かれちゃう!』
『気が、くるっとる』
と味方の誰かが言った。声にある訛は、ドーム・ディオゲネスの方言に伴うものであった。
ガンダムのパイロットも笑い声を上げていたが、声の調子に張りは少なく、大根役者の白々しい大笑いに似ていた。相手の気を引くためにあえて笑っているとも考えられた。
『重力すなわち愛! 愛は大地で大地はガイア!』
ガンダムのパイロットがそう叫ぶと、先ほど立ち上がったブレードの間に球状の発光体が出現した。くすんだ青色をしているので、ビーム兵器の類ではないらしい。
光の球はだんだんと明るさを増して行った。光が反射して、ガンダムの銀色の装甲がてらてら輝いた。
『ガイアがオレにもっと輝けと囁いているッ!』
その言葉と同時に、光の奔流がチョウの目を眩ました。
チョウは初め、自分は光で目が潰れて盲目になってしまったのかと思った。何も見えなかった。音も、自分の息遣いのほかは聞こえなかった。
操縦桿を握る感覚はあった。手を動かしてみるとコンソールに触れた。どうやら何らかの異常で電源が落ちていることがわかった。
チョウは手探りで非常用レバーを引いた。しかし反応がない。MSの機能が完全に死んでいるのである。そのことに思い当たると、急に息苦くなったように感じられた。
チョウはヘルメットを外そうとスイッチを押したが、これも非常用レバーと同様である。チョウの息が荒くなった。
MSばかりでなく、パイロットスーツも機能を失っている。手動で外すべく首周りを弄るが、あせりばかりが先に立った。
鍵をせわしく抜き差しするのに似た音と、息遣いとともに激しくなる心臓の鼓動がチョウの発汗を促した。ようやくのことでヘルメットが外れると、今度は鉄を激しく打つ音が反響してコックピット全体が傾いた。
チョウがヘルメットを外したことは、外さないでいるよりも幸運といえる結果を招いた。彼は頭をしたたかに打って気絶した。
酸欠で意識を失うのを待っていては、酸素の無くなることへの恐れや、暗闇から聞こえる装甲の軋む音、それからガーランドが機能を取り戻したときに感ずるぬか喜びなどに苛まれて、天上の楽園を空想する余地はなかったであろう。
彼は夢を見ていた。夢の中で、少年の彼は父親に手を引かれて教会に出かけていた。
ガンダムのパイロットがそう叫ぶと、先ほど立ち上がったブレードの間に球状の発光体が出現した。くすんだ青色をしているので、ビーム兵器の類ではないらしい。
光の球はだんだんと明るさを増して行った。光が反射して、ガンダムの銀色の装甲がてらてら輝いた。
『ガイアがオレにもっと輝けと囁いているッ!』
その言葉と同時に、光の奔流がチョウの目を眩ました。
チョウは初め、自分は光で目が潰れて盲目になってしまったのかと思った。何も見えなかった。音も、自分の息遣いのほかは聞こえなかった。
操縦桿を握る感覚はあった。手を動かしてみるとコンソールに触れた。どうやら何らかの異常で電源が落ちていることがわかった。
チョウは手探りで非常用レバーを引いた。しかし反応がない。MSの機能が完全に死んでいるのである。そのことに思い当たると、急に息苦くなったように感じられた。
チョウはヘルメットを外そうとスイッチを押したが、これも非常用レバーと同様である。チョウの息が荒くなった。
MSばかりでなく、パイロットスーツも機能を失っている。手動で外すべく首周りを弄るが、あせりばかりが先に立った。
鍵をせわしく抜き差しするのに似た音と、息遣いとともに激しくなる心臓の鼓動がチョウの発汗を促した。ようやくのことでヘルメットが外れると、今度は鉄を激しく打つ音が反響してコックピット全体が傾いた。
チョウがヘルメットを外したことは、外さないでいるよりも幸運といえる結果を招いた。彼は頭をしたたかに打って気絶した。
酸欠で意識を失うのを待っていては、酸素の無くなることへの恐れや、暗闇から聞こえる装甲の軋む音、それからガーランドが機能を取り戻したときに感ずるぬか喜びなどに苛まれて、天上の楽園を空想する余地はなかったであろう。
彼は夢を見ていた。夢の中で、少年の彼は父親に手を引かれて教会に出かけていた。
乱戦の中、一機のガーランドが跳躍してガンダムアデュナタの翼にしがみ付いた。ガーランドは空中で振り回されながらも、高周波ブレードを逆手に持ってアデュナタの翼を引き裂こうとする。
ミレンナは舌打ちした。腕で無理に引き剥がすことも出来るが、その間に敵の銃弾が当らないとも限らない。
アデュナタは翼全体に配置された補助スラスターを使って、空を蹴るように転進した。重力とメインスラスターの加速によって赤錆色の大地が見る見るうちに迫って来る。
地面に接触する間際、上体を逸らして進路を水平方向に変えた。地面に引き回された衝撃でガーランドの手からブレードが落ちる。
それでも離そうとしないから見上げたものである。アデュナタはぶら下げたガーランドで砂埃を上げながら敵陣に飛び込んだ。何機かのブッシュが撃つのをためらった。
アデュナタは翼の角度を変えつつ飛ぶことで、それらのブッシュにガーランドをぶつけた。これによって敵部隊の砲撃に付け入る隙が生じて、ガンダムデュナトンが前に出る。
『やばいやばいマジやばい、オレ輝いてね? ちょー輝いてね? つーかこの瞬間、宇宙の中心は間違いなくオレ』
デュナトンの背部ブレードが立ち上がり、その空間に光の球が発生した。
『オレは戦場という劇場に舞い降りた黒騎士。エレガントに舞い、クレイジーに酔う。――シーンの最前線に立つ覚悟はあるか?』
光の球が一瞬のうちに巨大化し、デュナトンばかりでなく、半径数キロ付近にある全ての物体がそれに飲み込まれた。
光が消えた。建物も敵MSも傷一つなく、先ほどと何ら変わっていないように見えた。しかし敵MSは攻撃を続行しようとはしなかった。
それどころか一切動かなかった。見ればカメラアイの光も消えている。煙幕の中から連邦軍のブッシュが現れて、デハドスのMSに群がり始めた。デハドスのMSは立ち往生したままであった。
この現象は、GVX-012ガンダムデュナトンから発せられた特殊EMP(電磁衝撃波)によるものである。
ブレード状の発生装置から生じる光の球体はプラズマの一種で、これの範囲内に飲み込まれた電子機器は一定時間使用不能となる。
ガンダムのような高級機ならともかく、シールドの不十分な量産機などはひとたまりもない。
ミレンナは舌打ちした。腕で無理に引き剥がすことも出来るが、その間に敵の銃弾が当らないとも限らない。
アデュナタは翼全体に配置された補助スラスターを使って、空を蹴るように転進した。重力とメインスラスターの加速によって赤錆色の大地が見る見るうちに迫って来る。
地面に接触する間際、上体を逸らして進路を水平方向に変えた。地面に引き回された衝撃でガーランドの手からブレードが落ちる。
それでも離そうとしないから見上げたものである。アデュナタはぶら下げたガーランドで砂埃を上げながら敵陣に飛び込んだ。何機かのブッシュが撃つのをためらった。
アデュナタは翼の角度を変えつつ飛ぶことで、それらのブッシュにガーランドをぶつけた。これによって敵部隊の砲撃に付け入る隙が生じて、ガンダムデュナトンが前に出る。
『やばいやばいマジやばい、オレ輝いてね? ちょー輝いてね? つーかこの瞬間、宇宙の中心は間違いなくオレ』
デュナトンの背部ブレードが立ち上がり、その空間に光の球が発生した。
『オレは戦場という劇場に舞い降りた黒騎士。エレガントに舞い、クレイジーに酔う。――シーンの最前線に立つ覚悟はあるか?』
光の球が一瞬のうちに巨大化し、デュナトンばかりでなく、半径数キロ付近にある全ての物体がそれに飲み込まれた。
光が消えた。建物も敵MSも傷一つなく、先ほどと何ら変わっていないように見えた。しかし敵MSは攻撃を続行しようとはしなかった。
それどころか一切動かなかった。見ればカメラアイの光も消えている。煙幕の中から連邦軍のブッシュが現れて、デハドスのMSに群がり始めた。デハドスのMSは立ち往生したままであった。
この現象は、GVX-012ガンダムデュナトンから発せられた特殊EMP(電磁衝撃波)によるものである。
ブレード状の発生装置から生じる光の球体はプラズマの一種で、これの範囲内に飲み込まれた電子機器は一定時間使用不能となる。
ガンダムのような高級機ならともかく、シールドの不十分な量産機などはひとたまりもない。
実際のところ、ビーム制御技術を応用したデュナトンのEMP兵装は、本来の意味でのEMPとは原理からして異なっている。そのためEMPと称するのは正しくない。
理論段階では別な名称が考案されたが、考案者本人にも覚えられないような長ったらしい名称であった。ならば頭文字をとってはどうかという案も出た。
しかし頭文字を並べてみると、口にするのも憚られるような文字列が出来上がった。そうして結局、効果が似たようなものなのでEMPと呼ばれ続けて、そのまま定着したのである。
味方のブッシュが敵のブッシュを押し倒して、コックピットに高周波スコップを突き立てた。暫く経てばEMPの効果が切れる。その前に完全に行動不能にしておかねばならなかった。
パイロットのみを狙うのは、いちいち解体していては間に合わないからである。
「非殺傷性の人道的兵器、か」
既に数箇所の拠点をこの仕方で制圧していた。味方のパイロットたちも手馴れて来たようで、MSを仰向けにしてスコップを刺す動作も様になっている。
『一つだけいえる真理がある。「男は黒に染まれ」ってことさ!』
「白黒の区別もつかないキ印め。自分のしていることが、まるでわかってはいない」
ミレンナは気分を害していた。自分のしていることが後ろめたく、しかしそれ以外に仕方がないと心の中で弁解している自分自身が不愉快であった。
『第五中継区画、制圧完了しました』
「よろしい。工兵部隊を向かわせてシステムの掌握に移れ。運河を攻撃出来ないのは敵も同じ。掌握と同時に運河で兵力を中央ターミナルへ移送せよ。こちらはこれよりマスドライバー制圧へ向かう」
『ここからがオレの伊達ワルレジェンドの始まりッ!』
統牙は舞い上がってさきほどからずっとこんな調子で、何かあるごとに錯乱したようなことを叫んでいる。
通信を試みても真っ当な言葉を返さないどころか、民間用の救難周波数で敵味方双方に自分の狂乱ぶりを見せつけてさえいる。
宇宙連邦軍の恥部を宣伝するようなものである。デイヴィッド・リマーならこの男に何と言うだろう、とミレンナは思った。
ミレンナの師である彼ならば、不愉快そうにこめかみを叩いて、
「品性の欠片もない」
そう吐き捨てたに相違ない。
理論段階では別な名称が考案されたが、考案者本人にも覚えられないような長ったらしい名称であった。ならば頭文字をとってはどうかという案も出た。
しかし頭文字を並べてみると、口にするのも憚られるような文字列が出来上がった。そうして結局、効果が似たようなものなのでEMPと呼ばれ続けて、そのまま定着したのである。
味方のブッシュが敵のブッシュを押し倒して、コックピットに高周波スコップを突き立てた。暫く経てばEMPの効果が切れる。その前に完全に行動不能にしておかねばならなかった。
パイロットのみを狙うのは、いちいち解体していては間に合わないからである。
「非殺傷性の人道的兵器、か」
既に数箇所の拠点をこの仕方で制圧していた。味方のパイロットたちも手馴れて来たようで、MSを仰向けにしてスコップを刺す動作も様になっている。
『一つだけいえる真理がある。「男は黒に染まれ」ってことさ!』
「白黒の区別もつかないキ印め。自分のしていることが、まるでわかってはいない」
ミレンナは気分を害していた。自分のしていることが後ろめたく、しかしそれ以外に仕方がないと心の中で弁解している自分自身が不愉快であった。
『第五中継区画、制圧完了しました』
「よろしい。工兵部隊を向かわせてシステムの掌握に移れ。運河を攻撃出来ないのは敵も同じ。掌握と同時に運河で兵力を中央ターミナルへ移送せよ。こちらはこれよりマスドライバー制圧へ向かう」
『ここからがオレの伊達ワルレジェンドの始まりッ!』
統牙は舞い上がってさきほどからずっとこんな調子で、何かあるごとに錯乱したようなことを叫んでいる。
通信を試みても真っ当な言葉を返さないどころか、民間用の救難周波数で敵味方双方に自分の狂乱ぶりを見せつけてさえいる。
宇宙連邦軍の恥部を宣伝するようなものである。デイヴィッド・リマーならこの男に何と言うだろう、とミレンナは思った。
ミレンナの師である彼ならば、不愉快そうにこめかみを叩いて、
「品性の欠片もない」
そう吐き捨てたに相違ない。