疫病神

澄みきった空、そして青々とした南海がどこまでも広がっている。
しかし辺りに立ちこめる黒煙と業火はそこが戦場である事を示していた。
彼はそこで自分に与えられた『敵』と戦っていた。
『敵』はいい。自分の気持ちを高揚させるだけではなく、快感をももたらしてくれる。
例えそれが条件づけられた物であったとしてもだ。
滅茶苦茶に破壊し、殺し、燃やせる物なら何だって一向に構わない。
その結果がどうなろうと彼の知った事ではない。
それに彼はこんなに楽しい事は他にないと思っている。
止めろと言われたところで止める事なんて今の彼にはまず不可能だ。
止めれば苦しい『お仕置き』が待っている。
そんな中彼の仲間の一人が『敵』にやられそうになった。
彼はそんな仲間をモニター越しに見つめながら小さく鼻で笑った。
自分はそんなへまをやらかしてやられたりはしない。
第一、彼はそんな仲間を仲間と思った事はない。
いや、それ以前にどんな人間に対してもその存在を特別に意識した事なんてない。
精々誰かがいても鬱陶しいとか邪魔だとか思ったりするぐらいだ。
もっと楽しむために、もっと気持ち良くなるために、自分は戦う。
そう思っていると、目の前に白い機体が躍り出て来た。
彼は狂喜しけたたましい笑い声を出す。
昨日一昨日出て来たあいつは簡単にやられる他の敵とは違って最高の獲物だ。
撃ち落としたらこれまでに無いくらい最高の気分になれるだろうと信じて、彼はその機体に狙いを定め攻撃を繰り出していく。
だが彼の体はそれを許しはしなかった。
常人離れした力を奮う時間切れがやって来たのだ。
忽ち体の中で震え出すほどの寒気と焼けつく様な熱が蠢き始め同時に目と頭に刺す様な痛みも襲ってくる。
しかもコックピットに警告音が響きはじめ、エネルギーゲージがレッドゾーンに近づいている事を知らせ出した。
早く母艦に戻らなければ確実に落とされてしまう。
彼は痙攣までし始めた手足を何とか動かして機体を反転させる。その時だった。
モニターがほんの一瞬楕円形した鏡の様に輝く物を映し出した直後にホワイトアウトする。
次いで彼の体と機体を電流が流れる様な激しいショックが襲う。
力を奮う時間切れの事もさる事ながら、戦闘をして高いストレスと疲労感を感じていた彼はあっという間に意識を失ってしまった。
そして機体の全システムも完全にダウンしてしまう。
間もなく彼と機体はそ間もなく彼と機体はその空間から完全に姿を消してしまった。
それこそ一片の肉片、残骸の一欠片も残さずに。

領海線上にいた艦、パウエルの戦闘管制は一機のMSの通信回線が「SIGNAL LOST」となったのを認め上官に報告する。
それにいち早く反応したのは上官ではなく、その機体のある意味オーナーとも言えるスーツ姿の男、ムルタ・アズラエルだった。
地球連合軍の軍需産業連合理事という立場の彼は激しくこの場においては場違いであったが、今回の会戦に投入された新型機のオブザーバーとして乗り込んでいる。
彼はのっぺりとした顔を歪め、管制官をそこから退かしてモニターを見る。
しかし管制官が伝えた事に間違いは無い。
それを確認した彼は小さく舌打ちをし、全軍の一時撤退を傍らにいた司令官に告げた。
と同時に、彼は近くにいた兵の一人にロストした機体を捜索するよう密かに命令する。
ビジネスマンの彼にとってパイロットの生死などどうでもいい物だ。
あれに関しては代わりなどいくらでもいる。
ロストしたのが新型機だったから問題なのだ。
新型機は彼にとって自慢の物だったし、この会戦はデモンストレーションとしては格好の舞台だった。
だから世界に売り出す為にもこれを好機として華々しく大戦果をあげてやろうと考えていたのだ。
よもや撃墜されるなぞ彼のシナリオにはなかった事。
おまけに相手方に残骸が渡れば新型機の情報が多少なりと解ってしまう。
何としてもそれだけは避けたい。アズラエルは焦る思いで艦橋を後にした。
しかし大人数を動員したにも拘わらず、結局その日の夕方になっても撃墜された新型機の残骸は一片たりとも見つかる事はなかった。
C.E71年6月15日。この日を境に新型機とそのパイロットは二度C.Eの表舞台に上がって来る事はなかった。

空は果てしなく青く澄んでいる。
しかしルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの気分は晴れやかどころか地の底にあった。
ここ、トリステインにある魔法学校では使い魔を召喚するサモン・サーヴァントの儀式が二年生の年度始めにある。
他の者達が次々と召喚に成功し、使い魔の契約をしていく中でルイズだけは何度やっても失敗を繰り返していた。

「おい、ルイズいい加減にしてくれよ!こっちだってもう爆発の数を数えるのは疲れてるんだぞ!」
「残ってるのはあなただけなのよ!召喚が出来るのなら早くしてちょうだい!」

いつまで経っても何も召喚出来ない彼女へ周りにいる者達からも冷やかしの声がかかる。
五月蝿いわねぇと思っていても反論の術は彼女にはない。
終いには担任のコルベールでさえも日を改めてはどうかとまで言ってくる始末だ。
冗談じゃない。そうなれば召喚魔法も碌に出来ないとされもっと周りから蔑まれる事になるだろう。
それだけではない。サモン・サーヴァントの儀式は進級試験も兼ねているのだ。
このまま召喚も出来ずに留年し、退学し、年老いていくのはまっぴら御免だ。
半ば自棄っぱちに彼女は杖を振り上げ、出鱈目感たっぷりの呪文を叫ぶ様に詠唱する。

「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ!我が導きに答えなさい!」

そして杖が勢い良く振り下ろされると、今までにない強烈な爆発が起きた。
その勢いは凄まじく、煙は天高く立ち上り、爆発の際にぽっかりと口を開いた大地の鰓は大きさにして直径20メイル、深さは2メイルはあった。
そしてその中に彼女が召喚した物があった。
それは巨大なゴーレムだった。
青緑色に輝くその体は大方普通の人間の10倍程はある。
爆発のあまりの威力に周りは暫しの間しんと静まりかえったが、誰かがやおらその静けさを破る様に震える声で言った。

「ゴーレムだ。ルイズがゴーレムを召喚しだそ!」

それを聞いた生徒の何人かがおおっ、とどよめく。
しかし、コルベールやルイズの様に勤勉な生徒の何人かはそれが明らかに只のゴーレムとは違う事を訝しんでいた。
少なくとも目の前にあるゴーレムはどう見てもハルケギニアの産物ではない。
ならばスキルニルかとも思ったがスキルニルならここまで大きくはないはずだ。
疑問はますます深まるばかりだ。
しかし・・・・1分経とうが2分経とうがそれはまったく動く気配を見せない。
もしかして死んでいるのではないのだろうか?
召喚に成功したという嬉しさが一気に萎んでいった。

「あはは。こいつは傑作だ!流石は『ゼロ』のルイズだな!
ゴーレムはゴーレムでも死んだゴーレムを召喚するなんて!」

一人が笑い始めると伝染するように全員が笑い出した。
それに耐えきれなくなったルイズはコルベール先生に向かって叫んだ。

「ミスタ・コルベール!もう一回召喚させて下さい!お願いします!」

しかしコルベール先生はゆっくり首を横に振って答える。

「残念だがミス・ヴァリエール、それは駄目だ。
春の使い魔召喚の儀は神聖な儀式だという事は知っているね?
そのルールが他のあらゆるルールに優先する事も。
だから好むと好まざるに関わらず、この場に呼び出された以上このゴーレムを使い魔にしなくてはならない。
例え・・・・今は動いていなくともね。」

じゃあその内動き出しでもするんですかとルイズは呟きそうになったが、流石にそれは失礼にも程があるので黙って儀式を続ける事にした。
しかし契約を行う為の口付けをしようとして近づくも、口にあたる箇所がどこなのか分からない。
頭部はどこか直ぐに分かるがそこまでだ。
仕方無く頭部の下側にしようとしたその時だった。
ゴーレムの丁度腹部にあたる所が開き、その中から奇妙な兜と服を着た人間が姿を現した。
ゴーレムの中に人がいるなぞルイズはこれまで聞いた事が無い。
だが動いている分、横たわったまま動かないゴーレムを使い魔にするよりかはマシな方かもしれないと考えた彼女はその人間と契約をする事を決めた。
しかし様子がおかしい。どうも何か苦しんでいる様子だ。
ルイズはその者のいる方に恐る恐る近づいて行く。
人間は男であった。
金髪で色白な彼は顔の目鼻立ちが整っている事もあってか、どこか高貴な雰囲気を出している。
身長はおそらく175サント程。
細身だが精悍な体つきをしている事もあって凛々しそうな印象がある。

「ちょっとあんた、大丈夫?」

しかし男の状況はルイズにとってよろしくない。折角召喚に成功したのに死なれては困る。
ルイズは男の方に近づいて声をかけた。男はルイズの方をゆっくりと振り向く。
顔はすっかり青ざめていたが、視線だけは猛禽類を彷彿とさせる程鋭く、ルイズを一瞬でも萎縮させるには十分なものだった。

「誰だ……てめぇ?」

生意気ながらもどうやら口はきけるらしい。
しかし貴族である自分に対しての口のきき方も知らないという事は、この男が貴族でない事をはっきりと示していた。
ゴーレムに入っていたからメイジなのかともちらと思ったが、詮無い望みだと思い知らされる。

(平民を使い魔にしなきゃならないの……?気が進まないけどしょうがないわねぇ。
まあ、動かないゴーレムを使い魔にするよりは余程マシかも。)

そう思ったルイズは一つ大きな深呼吸をし、それから使い魔の主人らしく、そして貴族らしく威厳たっぷりに言い放った。

「私はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。そしてここはトリステイン魔法学校よ。
あんたは私によって召喚されたの。」

しかし目の前の男はその回答で納得した様子どころか、なにがしかの要領を得た様子すらも無い。
ムッとしたルイズは更に居丈高な調子で続ける。

「今日から私はあんたの御主人様よ。覚えておき……」

その先の言葉は言えなかった。
それまで何の反応も見せなかった男が驚くべき速さでルイズに飛びつき押し倒した後、問答無用で彼女の首を絞め始めたからである。
その力は途轍も無く強く、まるで時間が経つにつれ段々締め付けられる鉄の首輪を着けているようだった。
次第に息すらまともに出来なくなってくる。

「おい…何だか知らねえが俺を母艦に戻しやがれ…」

男はルイズをガクガクと揺すぶる。

「ぼ…ぼかん?し、知らないわよ、そんなの!それにあんた、貴族の私にこんな事してただじゃ…済まな…」

「知ったこっちゃねえよ!いいからさっさと俺を母艦に戻せ!でねえとくびるぞ!」

聞く耳持たずだ。この分だと何を言ったところで通用しないだろう。
ルイズは意識が遠退いていくのを感じながらはらはらと涙を流す。
凄い生き物を召喚してクラスの皆を見返してやろうと思っていたのに…
どうして…どうしてこんな…自分が召喚した使い魔に殺されるなんて事に…
しかし彼女が次に瞬きをした時、息苦しさ、そして目の前からは男の姿も消えていた。
いや、男はいた。自分のいる所から10メイルは離れた場所で仰向けに倒れていたのだ。
軽く噎せながら何が起こったのかあちこちを見渡すと、近くで青髪の小柄な少女が、体に不釣り合いな程大きな杖を構えていた。

「エア・ハンマー?」

そうルイズが言うと少女は小さく頷いた。
そしてそれで自分の役目は終わりとばかりに踵を反して生徒達の中へと戻って行く。
そのまま呆然としていると、少し遅れてコルベール先生が駆けつけルイズの体を揺する。

「大丈夫かね?!ミス・ヴァリエール!」
「はい。何とか…」
「そうか…兎も角、次の授業が始まる時間が近づいている。
君が今あそこでのびている平民と契約するというのなら早く契約したまえ。」

使い魔のルーンにそんな力があり、それで少しでも自分に従順になってくれるならしめたもの。
ルイズは恐る恐る男の方に近づき杖を振る。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。
この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。」

それから杖先を男の額に置き、彼女はゆっくり唇を重ねる。
どうか目を覚ましませんように…
ルイズはそう願わずにはいられなかった。
そして唇が離れると同時に、男の左手にルーンが刻まれる。

「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんと出来たね。」

その時、男が眉を微妙に動かしたのでルイズはびくっとするが、側にいたコルベール先生は興味津々にそのルーンを眺めている。

「ふむ、珍しいルーンだな。さてと、これからだが…誰かミス・ヴァリエールの使い魔を医務室まで運んでくれないかな?」

その申し出に周りの生徒の何人かが男に『レビテーション』をかけ、代わる代わる医務室まで運んでいく。
それに伴い、生徒達は騒然としたまま教室に戻って行く。
あまりの出来事の連続にルイズを貶す言葉も見つからないのだ。
やがてそこにはルイズ一人だけが取り残される。
これから一体何が起きるのか彼女には皆目見当がつかなかった。
ただ…自分がとんでもない波乱をもたらす疫病神(カラミティ)を喚んでしまった事は自覚していた。
一陣の強い風が吹く午後の事だった。

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最終更新:2008年08月16日 15:13
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