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 一人暮らしの貧乏学生にとって風邪でダウンするほどしんどく、寂しさを実感することはない。恋人もいねぇ、友人もいねぇ、学校もお金もねぇ、
そもそも学校もサボリ気味の堕落生活中の自分にとってはなおさらだ。
多少の過剰演技込みで咳き込みながら後輩にファーストフ-ド店のバイトの代わりを頼み込み、ケータイを枕元に放る。
後輩はブーたれながら彼女とのデートが、記念日がなんたらかんたら‥‥‥‥。聞こえないことにした。

そー言えばここ三日でケータイがその機能を果たしたのは初めてだ。
俺はなーにをしてるんだろう?
それ以外はなにもないが唯一余りある時間のなか何度となく自分に問いかける。
二浪の果てに二流大学に入りさらに二回の留年、んでいま二年。
このままだともう一回は二年生として無駄な時間を過ごすことになりそうだ。

いかん、体調と供に精神的にもなんかヤバイ。
基本何事にも楽観的思想の自分が改めて自らの生活を見直し、珍しくヘコんでいた。そして自分がいかに世間との接点を持っていないかを
鳴らないケータイが教えていた。よけいなお世話だ。

外から楽しそうに駆け回る子供の歓声が聞こえる。
ボロアパート故に外の音が丸聞こえだった。
聞こえていながら今の自分とは縁のない世界。

偶然かこの家賃の安さしか売りのないアパートにはどうやら似たような境遇のダウナー住人が集まっているようだ。
向かいに三部屋、一号室にチビデブハゲ三拍子そろったリストラ親父。
二号室に常にリュックと紙袋を持ち歩いている典型的なオタク青年。
三号室に無口、分厚いメガネ、髪ボサボサ、汚れた服、挙動不審な美大生。
廊下をはさんでこちら側に二部屋。我等が四号室にはプーさんと引きこもりに片足ずつ両足突っ込んだ風邪気味学生。
そして隣の五号室には若いフーゾク嬢。

いくら若く胸もでかく足もながく露出度の高い服を着ていても、フェロモン0の精気も生気もない
半ば不気味な青白い乾いた無表情にはいくら童貞な自分でも欲情する勇気はない。
そんな自分に劣らず根暗な隣人達が自分を助けてくれるわけみなく、また、助けを求める気が起こるわけもなく独りのまま。




 食欲がないとはいえ何も口にしなくなって三日目の朝、普段からほとんどない体力はカラに等しかった。
そして普段は少しだけある精力も。
部屋の外に出るとしたら共用便所で用を足す時だけで、相変わらず伸びた髪とメガネで顔の見えない美大生とぶつかり、
弱ってる俺はよろめいたがお互い無言。
なんにもしない時間だけが静かに、無駄に流れる。


 いつの間にか夜になっていた。何もしないまままた無駄な一日が終ろうとしている。
「あ゛~~~~」
意味もなく力ない声が漏れでる。


     トン‥‥‥

     ???

     トン‥‥トン‥‥


どうやらインターホンのない我が家の薄いドアをノックする音らしい。
それもやたら遠慮がちに。
何だよ誰だよ。
電気をつける。蛍光灯が一個切れて薄暗かった。つい先ほどまで誰も尋ねてこない孤独な自分に卑屈になっていたというのに
いざ誰かが尋ねてくると苛立ちしか感じない。
薄い布団をまきつけたまま這いずるように玄関に向かいドアを開ける。
ああ鍵かけんの忘れてた。

 まいーか。

「はい、なんすか」不機嫌さを隠すことなく応対する。

「あ、いや、えと、その、ごめんなさい」

「?」

知らない女が俯いて立っていた。




 背はかなり高い、自称172cmの自分と同じくらいはありそうだ。
つまり169㎝ぐらいか。シンプルなデザインの白のワンピース、その上に淡い色のカーディガン、
そしてややクセのあるふわりとした髪には一輪の紫色の造花。新品同然なそれらは明らかに普段着ではない、
かといって堅苦しい正装というわけでもない。小さなホームパーティーかなにかからそのまま抜け出してきたかの様な服装だった。


 「誰?」


わざわざ看病しにくるような気の聞いた女性なんか心当たりはない。
むなしいけれど。


 「え、あ~~、ああのnとdですね'¥$%#」


やたらテンパッてる。
そしてこっちを見る。やっぱり知らない。
こんなにカワイイ娘。
カワイイとは言ってもいわゆる一般的な、道ゆく他人が振り返るようなアイドル的な美少女とは違うのかもしれない。
眼、鼻、唇などのひとつひとつのパーツはすこし細く一見地味な印象をうけるが、
うっすらとそばかすのういた色白の顔は化粧気がない素朴で自然な美しさを漂わせていた。
その佇まいはこの薄暗いオンボロアパートの景色の中にも調和し、静かだが確かな存在感を放っていた。




 「だ、誰?」

もう一度、今度はすこしうわずった声でたずねる。


 「あ、あのう、なんか具合が悪そうだったんで‥‥‥
  変な声も聞こえてきたし‥‥‥」


さっきの『あ゛~~~~~』か。


 「そ、その、ひ、ひとりだと色々大変かなぁと思って、
 え~っと、そこはわたしもいつも一人だから良くわかるって言うか‥‥。
 わ、わたしなんかが居ても何にも役にはたたないかもしれないけど‥‥‥。で、でもいないよりかはいくらかマシかなっと。
 い、いや、邪魔ならどっかいきますけど‥‥。
 でも、やっぱり役に立てたら、う、うれしいかな、
 うん、でもやっぱり、わたしなんかじゃあれかな‥‥‥」


なんだぁ?

小さくほそい声でやや支離滅裂なことをゆっくりと、しかし一気にしゃべった。

まるで前もって用意して覚えておいたセリフをいっぺんにしゃべったものの、緊張でムチャクチャになってしまったような感じだ。

つーかあんたホントに誰よ?


  「わ、わたしはあのそのあれです‥‥‥。とにかくあなたを知っています。なにか役に立てたらと‥‥‥」


な~んにもワカラン。なんだか頭痛がしてきた。
それに開けっ放しのドアからはいりこむ風が熱にうかされた身体にはすこし冷たく、身震いした。



 「あ、いけない、寒いですよね」


あわてて彼女は部屋に入り込み後ろ手にドアを閉める。
そのしゃべりとは裏腹なすばやい行動に戸惑っていると、一瞬の後にはかすかな甘い香りとともに彼女が目の前にいた。
熱が2度程上がった気がした。
余りにも近すぎる距離で真正面から目が合う。


「あ」


 見つめ合う。

その眼は見開かれその頬はごくごくうっすらと朱に染まっていた。赤面すらも控えめに小さくほうと息を吐く。
自分のした行動に、俺の目の前にいることに自身が戸惑っているようだった。
聞こえるのは少し早い自分の鼓動の音だけ。

 沈黙を破ったのは俺のくしゃみだった。
無意識に彼女から顔を背け


 「ふあっくしょん!‥‥‥あ、あら?」


急に頭を振ったせいか、いつも間にか消えていた頭痛が一気にぶり返し、視界が歪み、回りはじめた。
‥‥‥倒れる。


 「あ、あぶない」


崩れゆく視界の隅で彼女が頭にさした紫の花だけがやけにしっかりと写る。
どこかでガラスの割れる音がする。

 細い手ながらも意外としっかりとした力で腰を抱きすくめられた。
一瞬宙を泳いだ俺の体と心は彼女のその手に委ねられていた。
かといって立っていることもままならず彼女の手に促されてそのまま布団に崩れ落ちる。
知らぬ間にずり落ちていた布団を彼女は掛けてくれる。


 「大丈夫ですよ」


もう緊張はしていない、落ち着いた優しい声が聞こえる。

 またも最初に視界に入ったのは紫の花。
その彼女と同じ様に控えめな小さな花はどこかで見たような気がする
俺の顔を覗き込む。
頬は赤くそまったままだが力のぬけた穏やかな笑顔がそこにあった。



 俺は惚れた。