家計簿というのは非常に重要なものであり、嫁に出る前に母親からは厳しく教えられたものだ。常に電卓片手にレシートを見ながら限りある収入の中から支出を出来るだけ押さえるといった地道だが大変緻密な作業の繰り返しである。
「はぁ~・・次の給料日まで後十日ね。赤字は何とか抑えられたけど黒字にするには切り詰めるところ切り詰めなきゃ」
何とか赤字は防げたのはよかったけど今回は黒字には程遠い、定期預金や卓の預金は何とか貯まってはいるものの余剰金がないのは少しばかり悔しいものである。主に必要な支出となるのは携帯料金やら家のローンや卓の学習保険や旦那や私の生命保険など・・どれも回収する時期がバラバラなので私としてみればそういった日取りは一括にして欲しい。
“え~、人気作家であるでぃゆ氏が一般女性と結婚をしたようです”
「へー・・でも結婚なんて楽しいのは最初と子供が小さいうちよ」
“速報です、◆nMPO.NEQr6氏と◆Zsc8I5zA3U氏で版権を巡る裁判が起きた模様です。両氏は弁護士を立て徹底的に争う構えです”
かつては仲が良かった人気作家同士も金が絡めば変わってくる・・こうして考えてみると平凡が一番である。それにしてもあの2人がコラボしたドラマは卓と一緒に見ていたがキャストに大物女優や俳優を多数起用していたし内容も非常に面白かったので続きが見たいところであるが・・こんな騒動が勃発してしまったらとてもそんな話ではないだろう。
それにワイドショーが唯一の暇潰しなのもなんだか少し寂しいばかりだ、といっても芸能情報は結構楽しいのでついついと見てしまうのが本能という奴だろうが、現実逃避には変わりない。
「はぁ・・どうしましょ」
「ただいまー!! 母さん、おやつは?」
「・・とりあえず手を洗ってからね」
いつものように帰ってきたわが息子のおやつを準備しながら、今度はつけたばかりの家計簿と今までつけた家計簿を見比べながら今後のお金の流れを頭の中に入れておくのだが・・どうも最近歳のせいか文字が見づらい、まだこれでも30代なので視力の衰えなどないはずだが・・どうも最近は文字に限らず周囲が徐々にぼやけて見える。
「母さん、どうしたの?」
「なんだか物が見づらいのよ。おかしいな・・」
「もしかしてさ・・視力が落ちたんじゃないの? 視力は歳関係ないって先生が言ってた」
「そうね・・診てもらうか」
といっても余計な出費が痛いがこのまま放置しておけば主婦業に支障が出てしまうのは間違いはないが、気分転換にもなるので眼鏡屋に足を運んでみるのもいいのかも知れない。
「卓もゲームばかりしてちゃだめよ。ママみたいに視力が落ちないようにね」
「ま、俺はいつも勇輝達と遊ぶのがデフォだし・・それよりも今日のご飯何?」
「今日は質素に鮭のムニエルと昨日余らせたカレーでピラフを作ります」
「手抜き反対! 肉食わせろ~」
手抜きとは失礼な、これでも常に頭を捻らせて家計に響かないように冷蔵庫にある残り物で人数分の料理を作る苦労をこの生意気な小僧にあじあわせてやりたいものだ。
「・・人参と玉ねぎもサービスで増やして欲しい?」
「すみません・・」
現金な子供を黙らせた私はそのまま晩御飯の準備をしていくのであった。
旦那も帰ってきて楽しい夕食が終わりのんびりとお風呂の時間、卓はいつも旦那が入れてくれるのでこっちとしてみれば非常にありがたい。最後のお風呂の残り湯を出来るだけ使わないようにしながら次の洗濯物の分まで繰り越す・・非常に地道に見えるのだがこれも家計を助けるための節約術と言うやつだ。
「はぁ・・視力も落ちたのはショックね。女体化して唯一の誇りだったのに」
この世界には15、16歳で童貞を捨てなければ女体化してしまうと言う奇妙な病がある、その例に漏れずに私も女体化をしてしまった身ではあるがこうして幸せを謳歌しているのであまり負には思ってもいない、近所の奥様からも何かと羨ましがられるのも悪くはない。どうも女体化した人間は普通の女性と比べてもかなり若々しくいられるようなのでこっちとしてみれば女体化様々という奴である、しかし卓の学習保険には女体化にしたら補正金がもらえるのだがそれに加入してしまうと保険料が割高となってしまうのがネックなところである。
「しかし子供産んでからおっぱいが大きくなってしまうのはね・・女体化してから付き合ってきた身体だけど人間の身体ってわからないものね」
女体化問わず子供を産んでからの変化といえばよく体質や体重が増えてしまうといった変化が上げられるのだが、私の場合は胸が若干大きくなってしまったことだ。女性とすれば嬉しいものだと思うのだが、私にしてみれば「それがどうした?」というレベルなのであまり関心はない・・ただスタイルなどがあんまり崩れなかったのは嬉しいところだ。
もう少し若ければ磨きに磨きをかけて夜の世界でNO1を目指すのも悪くはないのだが、ドロドロとしてそうなので遠慮しておこう。
「しかし卓や優治君は2人目が欲しいって言っているけど・・子供が増えた時の負担を考えているのかしらね」
2人目に関しては卓は熱が冷めたものの事あることい私にしつこく言ってくるし、旦那もやる気のようなのだが・・家計を預かる身とすれば子供なんて一人で充分だ。今の旦那の稼ぎのまま子供が出来てしまえば現状維持の家計はたちまち急降下してしまうだろう、ある程度は保障してくれるとはいっても出産費用や入院費用などバカにはならないので当分は熱が止むのを待ってもらうしかない。
「子供子供って気軽に言ってくれるけど・・産むのは私なのわかってるのかしらね?」
あの陣痛の痛さといったら尋常ではない、卓の時で経験済みなのだが妊娠中と言うのは自分の体質が変わったりしてしまうし、産む時の痛さといったら言葉では到底表せない程の痛さなのだ。ヤル時にやって後は見守るだけの男は結構良い立場にいるものだと私は思う。
「はぁ・・頭が痛くなってきた。さっさと身体洗って上がろう」
これ以上考える事をやめた私はそのまま瞬時に身体と頭を洗うとお風呂から上がると、今日の疲れを癒すために冷蔵庫からビールを取り出して味わって飲みながら改めて家計簿を見つめ続ける。
「う~ん・・やっぱり少しビールを減らさないとね」
「反対!! サラリーマンの楽しみを奪う気か!!」
「家計には変えられません!! ・・って、やっぱり文字が見づらい」
旦那をぴしゃりと抑えながらも、家計簿の文字が見づらい・それによく見ると数字を見間違えたようだ。危ない危ない・・ささやかな楽しみまで自分で奪うところであった。
「美由紀ちゃん・・どうしたの?」
「なんだか、最近文字が見づらくてね・・視力が落ちたみたい」
「へ~、それじゃ・・あのカレンダーに書いてある文字は見える?」
「えっと・・」
何とか目を凝らして何とかカレンダーに書いてある文字を見続けるのだが、ぼやけていてよく分からない・・今までは良く見えていたのにここまで視力が落ちていたことに愕然としてしまう。
「裸眼でここまで視力が落ちていたなんて・・ショック!!」
「眼鏡が必要になってきたのかもね、それに最近の眼鏡は結構カッコいいし」
「でも眼鏡って高いのよ!! 今の家計では2つ買うだけでも結構高価な代物よ・・」
「大丈夫! 今まで貯めていた小遣いで買ってやるさ!!」
まさか旦那がここまで私のことを考えてくれるとは・・付き合っていた頃はそこそこプレゼントをくれていたのに結婚してからはそれがかなり減ってしまったので嬉しい限りだ。
「明日休みだから一緒に行こうか」
「そうね、卓はどうせ遊びに行くだろうし久々にデート気分ね」
「デート? 別にそんなに考えなくても良いんじゃないの?」
女心がわからない旦那には困ったものである。
翌日、卓を適当に外に出るように嗾けて遊ばせておくと私も少しばかり昔の自分を取り戻すかのように少しばかりのお化粧と昔の服を着こなす、やはり変わらない体型というのは嬉しい限りだ。
しかし旦那は少しばかり退屈そうなのがちょっと悲しい、昔の学生時代はよくお互いにお金がないなりにささやかなデートを繰り返してきた日々が懐かしく思えてしまう、結婚してからもそこら辺は変わらないと思っていただけに変な意味で現実を感じてしまう。
「美由紀ちゃん~、まだ?」
「今から行くわよ」
男と言うのは何でこうもデリカシーがないのだろうか、私も元男だったとはいっても女体化しなかったら旦那と同じような感じになっていたのかもしれないと思うと恐ろしく感じてしまう。そのまま車に乗り込むと近所でも安いと噂の眼鏡屋へと向かう、それに運が良いことに割引クーポンがセットになっているチラシがあったので忘れずに持参する、結婚してからこういった割引サービスを欠かさずチェックする癖が自然とついてしまうのだ。
「ねぇ、何でそんなにご機嫌なの?」
「別に・・昔のようにデートしていたときの新鮮さがないなって」
「デートに新鮮さもな・・昔は普通に映画見たりちょっと気軽に買い物してたぐらいじゃん」
「会社に勤めてた頃は色々奮発してくれたのに・・結婚してから極端に減ってるし」
「え? そ、そうだっけ・・」
わざと惚ける旦那に私は溜息しか出ない、結婚してからのこの極端な差が男女の違いと言うものだろう。男にしてみれば結婚と言うのは一種のゴールかもしれないが私にしてみればただの通過点に過ぎない。
「現実味たって仕方ないわ。そろそろ眼鏡屋についたんじゃないの?」
「あ、ああ・・機嫌直してよ」
旦那に促されながら眼鏡屋へとついた私たちは早速店内に入っていくと店員の人に頼んで視力検査を受けるのだが・・ここで私は驚愕の結果に耳を疑うことになる。
「えっ・・0.1? 嘘ッ! 前は裸眼でも1はキープしてたのに!!!」
「視力が下がる要因は色々とあるんですよ。それではレンズを調整しますので・・」
あれだけよかった視力がここまで落ち込んでいるとはショック以外何者でもない、あの姉でも裸眼でちゃんとした視力をキープしているのでそれを考えるとなんだか悔しい。そのまま店員さんに簡易の眼鏡をつけてもらうが今までぼやけていた視界がはっきりと写る。
「おおっ・・はっきりとよく見える」
「このレンズで両目とも1.0にはなっています。いかがですか?」
「なるほど・・今まではこうやって見えていたのよね」
「ではレンズが決まったところで次はフレームを選びましょう」
フレーム選び・・これから自分の顔の一部となるのだからどうせなら一生物になる良いものを選んでおきたい、持ってきている割引チケットは全ての商品に対応しているので結構お得なのだ。
「どれにしようかな・・」
「あっ、美由紀ちゃん。これなんて良いと思うけどな? 鏡もあるんだし試しに掛けてみたら」
「う~ん・・」
試しに旦那から勧められた眼鏡を掛けてみるのだが、どうもパッとしない・・まるでどっかの読書好きの宇宙人みたいだ、デザインも悪くはないのだがあまり地味すぎるのもパッとしない。
「いや~、この姿の美由紀ちゃんもかわいいね~。俺の好m・・じゃなかった、結構グッと来るよ」
「ま、予備と合わせて2つ買わないといけないから1つはこれにするわ。せっかく選んでくれたんだしね」
とりあえず旦那が選んでくれた眼鏡の購入を決めると再びたくさん展示されている眼鏡の中から次のフレームを選ぶのだが、どれもオシャレなデザインなので下着と同じぐらい選ぶのに迷ってしまう。
「どれにしようか迷うな~」
「そうだな・・店員さん、この中ではどれがオススメなの?」
「そうですね。現在人気があるのはこのフレームですよ」
数あるフレームの中から店員さんはその1つを私に勧めてくる、そういえばこの眼鏡の形はテレビでも見たことがあるし現在放送されているドラマの女優さんがつけていることで話題になっていたのを思い出す。
「このフレームは現在放送しているドラマの女優さんがつけてますから人気が高いんですよ」
「そうそう、確か◆suJs/LnFxc氏原作のドラマだったかな?」
「当店でも一押しの人気モデルでドラマとのタイアップで半額セールしているんです」
半額・・この心ときめくお言葉に私の中にある主婦としての本能が呼び起こされる。この機を逃してしまえばこのフレームは定価58000円のまま、半額だと3万で買えるのだからお買い得と言う奴だろう。それに今回は家計日ではなく全て旦那のお小遣いからの出費なので後腐れなく買える。
「(た、高い!!・・これ以上の出費だと欲しかったゴルフセットが買えなくなる!!)み、美由紀ちゃん・・これよりももっと安くて良いフレームが」
「買います――!! はい、割引クーポン!!!」
「お買い上げありがとうございます。それではフレーム代とレンズ代込みで57600円になりますがクーポンサービスで28800円です、最初に選んだフレームはすぐに出来上がりますので少々お待ちください」
(お、俺の・・ゴルフセットが)
なにやら顔が青くなっている旦那を尻目に私は空いている待ち時間を使って少し崩れてしまったお化粧を整える。思えば旦那にこうやって買ってもらえるなんて新婚の頃以来だ、あの時はまだ卓が産まれていなかったので経済的にも比較的余裕があったし何よりも新婚なので気が緩みまくっていた時期でもある。
そんなこんなで眼鏡が出来上がって掛けてみると視界がよりくっきりと写って段違いである、残りの眼鏡はフレームの在庫切れだそうなので店員さん曰く出来上がるのは一週間近く掛かるらしい。そのまま眼鏡屋を後にして車に乗るのだが、旦那を尻目に年甲斐もなくはしゃいでいる自分に驚きだ。
「なんだか新婚の頃みたいでいいわね。次は昔よく行った映画館でも行ってみようか」
「俺、高校の時を思い出すかのようなお金のなさなんだけど・・」
「・・仕方ないわね、特別に私のへそくりである程度は出してあげるわ」
「悪いね。なんだか学生の頃思い出すよ~、あの時はお互いにお金なかったから苦労したよな。・・でもよく思いだしてみると美由紀ちゃん結構お金持ってたよね?」
「うっ――・・き、気のせいよ」
高校時代の旦那は典型的な金欠学生だったのに対して当の私は既に勤めていた姉からお金を借りていたので経済的には比較的余裕があったほうだ。当時は旦那がないお金を必死に叩いて私によく奢ってくれたものだけども、それでも足りない場合はちょくちょく私が出していたのを思い出す。
「でも眼鏡姿の美由紀ちゃんは綺麗だよ。やっぱり俺はセンスがあるな」
「もう・・ま、今回だけは大目に見てあげる」
相変わらず調子の良い旦那に苦笑しつつも久々のデートを楽しむのであった。
おまけ
「おおっ、これが今後の母さんの姿か・・」
「やっぱりよく見えるわ。今まで自分の息子がぼやけてたなんて変だもんね」
改めて眼鏡を掛けて卓をよく見てみる裸眼よりもはっきりと見える、最初は眼鏡姿の私に驚いていた卓もそこら辺はまだ子供・・すぐに慣れたみたいで環境に順応している。
「でもさ、やっぱり地味じゃない?」
「せっかくお父さんが選んでくれたのよ。無碍にするわけにはいかないわ」
「そんなもんなの?」
「そうだぞ! これで俺の長年のゆm・・じゃなくて大人の事情って奴だ」
健気な子供心に意味深な説明をする旦那の姿はどこか変だ、それにさっきから興奮しているようにも思えるのだが・・その答えは卓が寝静まった夜に判明する。
「昔から眼鏡っ娘と一度してみたかったんだよね」
「ま、まさかこの眼鏡選んだ理由って・・」
「俺の好み♪ やっぱりこういったのは地味なのが相場と決まっているからね・・」
「あ、あの・・今日はあまり良い日じゃないからまた後日はダメ?」
「ダメ~」
そのままルパンダイブよろしく無常にも旦那に襲われる私・・これ以降数日は旦那が飽きるまで眼鏡着用を強要させられたのは言うまでもない、何とか懐妊しなかったのは奇跡とも言うべきであろう・・主婦ってやっぱり難しい。
fin
最終更新:2011年12月08日 05:45