無題 2011 > 11 > 28 ◆suJs > LnFxc

あっという間に日曜日はやってきた。
約束の5分前に駅前に到着したのだが、まだ藤本は来ていないようだ。
集合場所や集合時間が間違っているのでは、と集合時間前なのに少し不安になってしまう。
一応メールを見直そうと思ったところで、藤本が小走りでこちらに向かって来た。

「ごめんね、待った?」
「俺も今来たとこだよ。まだ11時前だから、慌てなくて良かったんだぞ?」

古今東西、散々行われたであろう遣り取りを交わす。
今日の藤本は、ほんのりと化粧をしているようだ。
見慣れない私服も相俟って、とても可愛い。

俺の身長だと、藤本の顔を見るにはどうしても見上げる必要がある。
男の頃は見下ろしていたのに、改めて並んでみると変な気分だ。

「んー?どうかした?」
「あ、いや…藤本も化粧するんだなって思ってさ。普段とちょっと違うって言うか」
「むっ、失礼な。私だって化粧くらいするもん!学校の時も、薄ーくはしてるんだよ?」
「ならしなくても良いんじゃね?…その、十分…可愛いと思うし」
「そう?お世辞でも照れちゃうではないか!このこのーっ!」
「べ、別に世辞じゃねぇよ!」

言ってやった。
ずっと胸に秘めていた「可愛い」の一言を、ついに言ってやったぞ。
俺が藤本を褒めて、藤本は照れ隠しにじゃれてきて。
こんなデートを、ずっとしてみたかった。
今更だけど、もう手遅れだけど。
こうやって少しずつ自分の中で「したかった事」をこっそり消化していって、
いつか藤本の事を諦めた時に、悔いの無いようにするんだ。

「でも、女の子になっちゃった子こそ、皆可愛いからなぁー。西田君だってそうだよ?」
「女体化した人間は全員美少女になるって言うしな。…あれ?それを認めたら俺はナルシストになっちまうのか?嫌だあああッ!」
「実際可愛いんだからナルシストでも良いんじゃないかな?でもそれこそ、西田君は薄化粧にしないとね。
 元が良いから、がっつりやるとケバくなっちゃうよー」
「だったら、それこそ化粧なんてしなくても良いんじゃ…」
「だーめ。女の子の嗜みだもんっ」

化粧をすることで、また一つ俺は「女」に近付く。
まだ諦めがついていない今の心境では、やはり藤本に見せたいものではないと思ってしまう。
だけど…この間の生理の一件は文字通り生理現象だが、今回は藤本が望んでいることだ。
もっと女になれ、と言いたいのだろうか?
藤本の女友達を目指すのなら、化粧も覚えた方が良いのかも知れない。
まぁ、受け入れるしかないか…。

せっかくのデートなのに余計なことを考えてしまう自分に嫌気を覚えつつ、二人で歩き出した。





手始めに、近くのデパートに入る。
日曜日のこの時間なので、それなりに人は多い。
はぐれないように…という口実の下、ほんの少し藤本に身体を寄せる。
本当は手でも繋ぎたいところだが、今は女同士だ。
流石に周りの目が気になるし、そもそも俺が男だったとしてもそんな勇気は無かっただろう。

まずは化粧品ということで、化粧品売り場に連れて来られた。
化粧品売場など、ガキの頃に母さんの買い物に付き合わされて来た時以来だ。
改めて見渡してみるが、今見ても何に使うのやら分からない物だらけである。
幸い、化粧品を買う旨を母さんに話したら幾らか小遣いをもらえたので、懐具合は問題ない。
「ま、そのくらいはあっても良いだろうな。パチで少し出たから、これ持ってけ。無駄使いすんなよ」との事だ。

「取り敢えずー、ビューラーは私とおそろで良いかな?これ、綺麗に扇状に広がるからオススメだよ!」

楽しそうに藤本が選んでいる横で、俺がげんなりしているわけにもいくまい。
いつも通りに振る舞う努力くらいはしておこう。

「んじゃ、それで良いよ。つーかそれ、どうやって使うんだ?」
「ん?睫を挟むだけだよ?」
「…何か、瞼を挟みそうなんだけど」
「あーそれたまにやっちゃう!痛いんだよね、あれ。さて、それとマスカラは…」

マスカラってアレか、睫に塗って目を大きく見せるヤツか。
母さんも使ってたな、確か。

「西田君は睫長いしね、ボリューム系で良さそう。下地はこれで…、…、お湯で落とせる方が良いから…、…」

ボリューム?下地?
藤本は謎の言葉をブツブツと呟きながら、大量に並んだ品物の中から幾つか目星を付けている。
それぞれ役割と言うか…カテゴリーがあるようだが、何が何やらさっぱりだ。
藤本先生には分かっていらっしゃるらしい。

「これで良しっ。次、グロスも見よう!」
「へいへい」

これ、いずれは俺も全部覚えなきゃいけないのか?気が滅入るな…。
兎に角、今は藤本に任せておくしかない。

「あ、それと爪もやろうよ!シールなら簡単だし、可愛いよ?」
「シール?…って、それか?」

藤本が、自分の指先をこちらに差し出してくる。
ピンクのマニキュアを塗ってあるらしい爪に、リボンの形のシールがちらほら貼られている。
藤本らしくて確かに可愛いが、学校ではしていなかったと思う。
わざわざ気合を入れて今日のためにやったのかな…と思うのは自意識過剰だろうか。

「うん!自分で描くのは難しいんだけどね、これならマニキュアの上に貼るだけだし」
「やべぇ。自分がそれをやってるところを想像したら、キモすぎて鳥肌立ってきたわ…」
「そんな事ないよー!西田君はほら、性格が今も男の子だから…爪が可愛いと、ギャップでキュンとくる男の子がいると思うよ?」
「誰!?」

俺は自分を着飾って可愛く見られたいだなんて、多分思っていない。
今後思うようになるかすら分からないし、なるにしても今ではない。
そもそも、もし俺が藤本に惚れていなかったとしたら…今の俺の恋愛対象は男なのか?女なのか?
それすらイマイチ分からなかったりする。何せ、中途半端な存在なのだから。
女になってから何度も考えていることだが、未だに結論は出ない。

…藤本が楽しそうなので、まぁ良しとするか。





「13時半かぁ、そろそろお昼にする?」
「もうそんな時間か。そうだな、飯にするか。どこが良いとか…あるか?」

一通り化粧品関係を買って、気が付いたら時刻は13時半近くになっていた。
随分あれやこれやと買ったように思えるが、藤本に言わせれば「最初はこのくらいで良い」らしい。
逆に言えば、普通はまだまだ増えるってことか。
女って大変なんだな…。

涼二がバイトをしているマ〇クはここから近い。
アイツをからかいがてら、そこで飯も食うつもりだ。
当然、藤本の希望があればそちらを優先するが。

「んーっ、どこでも良いかも?」
「じゃあさ、そこのマ〇クにしねぇ?涼二がバイトしてるらしいから、ちょっと覗いてみたいんだ」
「中曽根君が?そうなんだ、じゃー彼が真面目に仕事してるかどうか、チェックしないとね!」

案外藤本もノリノリだった。
アイツ、俺の分ならまだしも藤本の分に鼻クソ入れやがったら承知しねぇ。
そしたら、そうだな…あぁ。
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昼飯時を少し過ぎているにも関わらず、店内はかなり混んでいた。
店内で食べる人、持ち帰る人は半々くらいで、場所取りはしなくてもギリギリ座れるくらいではあったが。
藤本と二人でレジ前の列に並ぶ。涼二はレジにはいないようだ。
鼻クソ云々と言っていたくらいだし、恐らく奥で注文を作るポジションなのだろう。

「ねぇ、あれ中曽根君じゃない?すっごく忙しそうだよ」
「お、あれ涼二だな。何だ、ちゃんとやってるみたい…だな」
「これだけ混んでるしねぇ。邪魔しちゃ悪いし、こっそり注文して席に行こっか」
「…ぁ、う、うん。そうだな、そうしよう」

この手の店は、レジの奥で作業をしている様子がよく見える。
殺到する客は店側の忙しさなど考える事無くオーダーし、店員はそれらをこなすべく忙しそうに動き回る。
涼二も今は、店員の一人だ。
普段はヘラヘラと下らない事ばかり言っている涼二が必死になっている。
なかなかお目にかかれない貴重な光景だ。





着慣れてない制服、全然似合ってねぇよアイツ。
始めたばかりだからか…何か手際も悪いし。
あ、容器ひっくり返してやんの。だっせぇな。
でも、大変そうだな。忙しそうだな。真剣にやってるんだな。

…何だろう。目が、離せない。

「おおっとぉ~?もしかして西田君、見とれちゃってる?中曽根君に」

藤本の声で我に返る。何してんだ俺!?

「ばっ、お前…!何言ってんだ!?あれは涼二だぞ!?」
「だからこそじゃないのかなーっ?働く男の姿ってのは格好良いからね!うんうん!」
「そんなんじゃねぇよ!誰がアイツなんかに!」
「でもさっきの西田君、完全に恋する乙女だったよ?」
「~~~ッ!?」

真っ赤になって反論する俺の頭を撫でながら、クスクスと微笑ましそうに藤本は笑う。
違うんだ、涼二は腐れ縁の親友で、俺が恋をしているのは藤本で、でも今はそれを忘れようと思って…!

自分でも考えがまとまらない。
自分の事が良く分からない。

「りょ、涼二とは…お馴染みのツレなだけだ」
「あんまり苛めちゃうと可哀相だからね。もうこのくらいで勘弁してあげますよー」
「だからホントにそんなんじゃ…!」

あーだこーだと騒いでいたら、涼二がこちらに気付いたらしい。
ニカっと笑って、俺たちに向かって一瞬片手を挙げた。
あまりこちらに構っている暇は無いのだろう、すぐにまた自分の作業に戻っている。

「いやぁ、中曽根君って、黙ってればイケメンだからね。真剣に仕事してると普段の3割増くらい格好良く見えるよ」
「喋ると馬鹿だからな、アイツ…」

同意してから気が付いた。
胸が、ちくりと痛い。
俺、嫉妬してるのか?誰に?
俺の好きな藤本に格好良いと言わせた涼二に?俺のいつも近くにいる涼二を格好良いと言った藤本に?

分からん。考えたら頭が爆発しそうだ。





辛うじて残っていた空席を見つけ、二人席に座る。
俺たちのように向かい合って座っているのは、同じ歳くらいの女の子たちか、カップルが多い。
当然周りから見たら、俺たちも友達同士に見えるだろう。

それにしても俺が料理を覚えるより早く、涼二が作った物を食う羽目になるとは思わなかった。
マニュアル化されているこのハンバーガーが、料理と言えるかは分からないが。

「ちくしょう、畜生ッ…!何故ジューシーチキン赤とうがらしはメニューから消えちまったんだ…ッ!」
「あれ美味しかったのにねー。復活して欲しいなぁ」
「フィレオフィッシュなんていらない子だから、ジューシーチキン赤とうがらしを復活させてくれーッ!」
「あはは、それはフィレオフィッシュ好きな人に失礼だよ」

いつも思うが、メニューを廃止するのは止めて頂きたい。
遺された人々の気持ちを考えてくれ。
相当売れなかったのなら仕方ないが、ジューシーチキン赤とうがらしはそこそこ人気があったんじゃないか?
実際はどうなのか知らないけど。

そういう訳で、今日はえびフィレオのセットを食っている。
ちなみに涼二を見張っていたが、鼻クソは入れていない様子だった。

「西田君、そんなにガツガツ食べたら男の子みたいだよ?」
「そりゃ元男ですからね。食う量は減ったけどな…。男の頃はセットのポテトをLにするか、単品でバーガー1つ追加してたし」
「でも口が小さくなってるから、ちびちびガツガツ齧る感じがやっぱりにゃんこっぽいかも」
「また猫!?くそおおッ!早く人間になりたいッ!!」
「私とか、中曽根君とか、玲美とか奈緒ちゃんたち皆が飼い主、みたいな?」
「…でも猫って、もっと気まぐれで、たまにじゃれたと思ったら気が済めばどっか行っちゃって、みたいな感じだろ?俺違くね?」

そうだ。
一般的に「猫っぽい」と言えば、猫みたいな性格の人間を指す事が多いはずだ。
俺はそんな性格ではない。

「西田君の場合は見た目的な要素が多いんだよ。小さくて、顔がどことなく…目とかが猫っぽくて、可愛いから!」
「それはウチのロリババァにそっくりなだけであって…」
「じゃあ西田君のお母さんは親猫なんだね!見てみたいなぁ」
「それ、前に涼二にも言われたな…」

そう言えば、母方のばあちゃんは母さんに似ている。
ばあちゃんは確か女体化した女ではなかったはずだ。あの家系がルーツなんだろう。

「あはは、そうなんだ?やっぱり皆そう思うんじゃないかなー」
「まぁもう諦めた方が良いのかも…ん?」

あれ?携帯がバイブってるな。メールだ、誰だろ。…母さんか。何だ?

『何か悪口言われた気がする。女の勘ナメんなよ?家帰ったら覚えとけ』

「はああああ!?おかしいだろこれは!?ニュータイプかよ!」
「ちょっと、西田君どうしたの?」
「いや、何でもないんだ…はは…」
「変なのー。あ、そうだ!さっき買ったやつ、使ってみようよ」
「へ?ここでか?」
「本当はお行儀悪いんだけど…。今回だけ、西田君がどんな感じになるか見てみたいの!使い方も説明出来るし…」
「そこまで言うなら…じゃ、頼むわ」

確かに飲食店で化粧をするのはマナー違反のような気もするが、
周りの若い女の子たちは気にもせず化粧を直していたりする。
今回だけなら…まぁ良いか。





ものの15分そこそこで出来上がったらしい。
ビューラーで睫を上げて、マスカラを付けて、グロスを塗るだけ。
ファンデーションだのフェイスパウダーだのと聞いた事があるが、俺はそこまでしなくて良いらしい。
藤本は、完成した俺の顔を眺めて何故か溜息をついている。

「…はぁ」
「何だよ!?人のツラ弄っといて溜息つくんじゃねーよ!」
「いや、こんな簡単な化粧で、こんなに可愛くなられたら…ねぇ。生粋の女として立つ瀬が無いよ…。はい、鏡」
「…確かに、これだけでもかなり印象が変わるもんだな」
「もうね、めっちゃ可愛いよ?もう一度言うね、めっちゃ可愛いよ?」
「そんなに大事なことなの!?」

しかしまぁ、確かに随分と変わるもんだ。
元々大きな目が更にデカくなったように見える。
女体化したせいで童顔になっていた顔が、少しだけ大人っぽく見えるようになった。
化粧って怖いんだな…。

「爪もすっごく可愛いし!下手にマニキュアは使わなくて正解かも。もうすっかり女の子だねっ」
「何か女装してる気がして恥ずかしいんだけど…」

睫を弄る前に爪に塗っておいたベースコートとやらの上に、花柄のシールを貼られた。
更にその上にトップコートとかいうのを塗っただけだ。色の付いたマニキュアそのものは塗っていない。
確かに可愛らしい爪にはなったが、これは俺の爪だしな…。恥ずかしい事この上ない。
つーかこれ、どのくらいで乾くんだ?

「…女装じゃなくて、もう女の子なんだから」

ぼそっと呟いた藤本の表情は、何だか悲しげだった。
あれ?俺、まずいこと言ったかな…。

「ま、今度時間あったら自分でもやってみると良いよ!あ、そうだ。西田君、ピアス開けてる?」
「いや、開けてないよ。藤本は…開けてるみたいだな」

すぐにいつもの笑顔に戻った藤本は、唐突にピアスの話題を振ってくる。
よく見れば藤本の艶のある髪の隙間から、銀色のピアスが見え隠れしている。
普段は元気いっぱいな藤本の、意外に大人っぽい一面に見惚れてしまう。

「学校にいる時は透ピ…は透明ピアスの事ね、入れてるんだよ」
「痛そうだよな、穴開ける時に」
「そりゃ痛いよぉ!例えて言うなら、ホッチキスを誤爆して自分に刺しちゃうような感じ?」
「例え怖ッ!?何でそんなエグいとこ持ってきちゃうかなこの人!?」
「でもそれを我慢しちゃえば…ほら、こんな感じ。どうかな?」

髪をかき上げて、よく見えるようにしてくれた。
先程見えたシルバーのピアスは、ハートをあしらったシンプルなデザインだった。
化粧や爪もそうだが、こういったものは俺のような中途半端な女ではなく、普通の女の子らしい藤本にこそよく似合う。
ただ…藤本が開けているのなら、俺もやってみたいような気もする。
女友達を目指す立場として、同じようにピアスを着けてみるのも良いだろう。
ハートは似合わないだろうけど。

「似合ってるんじゃないか?俺も開けてみようかな?…ホッチキスは嫌だけど」
「おっ、ノッてきたねぇー。じゃあ、今からアクセ屋さん行ってみようか!」

今からの行動も決まった。
確かアクセサリー屋はこの店の近くにあったはずだ。
値段はピンキリらしいが、まだ財布の中身は大丈夫だろう。

食い終わった後のゴミを捨て、トレイを置いて店を出る。
出る際に涼二をチラ見したが、相変わらず忙しそうだった。





近くのアクセサリー屋に入った。
アクセサリー屋というからには、当然ピアスのコーナーもある。
照明の光を反射しながら輝く大量のピアスの横に、ピアスの穴を開けるためのツールが置かれていた。
どうやらピアッサーやニードルとかいう物を使うらしい。
藤本が言うには、取り敢えず最初はピアッサーで良いんではないかとの事だ。

「よく安全ピンで開けるとか聞くけどなぁ。安全ピンの安全な使い方じゃねぇよな、あれ」
「やる人もいるけど、衛生的に良くないよ!玲美は病院で開けてたけどねー」
「病院はちょっと大袈裟な気が…。俺はピアッサーってヤツで良いか。つーかこれ、ホントにホッチキスみたいだな…怖ぇぞ…」
「あはは、似たような物かも?」

どうやら、このピアッサーとやらを使って穴を開けると、
あらかじめセットされているピアスが自動で耳に嵌まるようになっているらしい。
暫く消毒だけして、数週間後に初めてそのピアスを外すのが望ましいようだ。

「結構待たなきゃいけないんだなぁ」
「でも学校で目立つと良くないからね、金曜日の夜に開けて日曜日の夜には透ピに替えちゃうのが良いかも。
 後は消毒しながら数週間、我慢の日々だよー」
「ふむふむ。だとしたら、両耳に開けるとして…ピアッサー2個と透ピか。我慢の日々から解放された時のピアスはどれが良いかね」
「ピンと来るのは無いのかな?」
「んー。これとか?このプラのリング」
「それは拡張しなきゃ入らないし、女の子でそれは不良っぽいからダメ!もっと可愛いのにしようよ!」
「そうか?ど、どうしようかな…」
「ね、決まらないなら私に選ばせてくれないかな?そしたら私が買って、西田君に渡すから!」
「いや、それは悪ぃよ。選んでくれるのは良いけど、金は自分で…あ、」

そうだ。
俺も藤本に選んで買ってあげれば良いじゃないか。
そんなに高価な物じゃなくて良いんだ。これなら自然にプレゼント交換が出来る。

「だったら…俺にも藤本のピアス、選ばせてくれねーかな?あんまりセンスは期待しないでほしいけど」
「良いねぇ!そうしよそうしよっ。あんまり高いとアレだから…そうだね、2000円以内にしとこっか」

何かイイな、こう言うの。
藤本的には「友達とのプレゼント交換」だろうけど、それでも良いさ。
これでまた一つ消化、っと。

さて、どれが良いだろうか。





20分程、吟味に吟味を重ねた結果だ。やはりこれしかないだろう。
よくもまぁ都合良くあったものだ。向日葵の形をしたピアスが。

「西田君、決めてくれた?」
「おう、決まったぜー。そっちは?」
「私も決まった!西田君に似合いそうなのはたくさんあったけど、一つに絞るなら、もう絶対これしかないのっ!」
「一応こっちは買う前に見せとくわ。もし似たようなヤツ、持ってたら悪いからな。これなんだけど…」

あまりリアルなデザインだとアクセサリーにするには少し不気味かなと思ったのだが、
上手い具合にデフォルメされているので可愛らしいと思う。
藤本のイメージにピッタリだ。絶対に似合う自信がある。

「どれどれー?ん、向日葵かな?可愛いねぇー!ありがとね、西田君っ」

俺の選んだ向日葵は、どうやら気に入られたらしい。安心した。

「んじゃ、私も見せておこうかなぁ。西田君が気に入らなかったら嫌だしね」

藤本が選んでくれた物なら何でも良い。
ただ俺が藤本のイメージで向日葵を選んだのだから、藤本も俺のイメージで選ぶとしたら…多分、アレだろう。
藤本が、後ろ手に隠していたパッケージをこちらに差し出す。
…やっぱり。

「俺は藤本が選んでくれたコレで全然良いって事だけは先に言っておくよ。でもこれだけは言わせてくれ」
「ん?」
「猫か!やっぱり俺のイメージは猫で定着したのかああッ!!」
「だってー。西田君はにゃんにゃんおだもん」
「ちくしょうッ!これも全てあのロリバ…母さんに似ちまったせいだああッ!」

またニュータイプに捕捉されたら嫌なので、一応言い直しておく。

「まぁまぁそう言わずに。ほらこれ、可愛いでしょ?」
「ああ可愛いよ、そりゃ可愛いさ。猫だもんな。だけど俺に似合うかねぇ…」

藤本が選んでくれたのだ。
似合うかどうかは別として、何だかんだで正直嬉しい。
猫っぽいと言われようが、ついつい顔がニヤけてしまう。
このピアスを着けるためになら、あのホッチキスのような器具で穴を開けるのも我慢出来る。

「絶対似合うから!穴がちゃんと出来てからのお楽しみだね。じゃ、レジ行こっか!」

向日葵も猫も、値段は同じくらいだ。
俺たちの身の丈に合ったプレゼント。高校生らしくて良いじゃないか。





本日の、化粧品とアクセサリーを買うという目標は達成された。
その後は、適当に店に入って適当に服なんかを見て、気に入った物があれば適当に買ったりとか。
まぁそんな感じだった。

「…私も、色々買っちゃったな。見てると欲しくなっちゃって、あはは」
「服、選んでくれてありがとな。俺、女物の服はよく分かんねぇからさ」
「いーよいーよ。言ってくれれば、また買い物一緒に行けるから、ね?」

…何か藤本のテンションが、段々下がってきている気がする。
どうしたんだろう。つまらなかったのかな?疲れたのかな?

「…藤本さ、どうかしたか?疲れたなら休むか?それとも…俺と一緒じゃつまんねぇ…かな?」
「あ、いや、すごく楽しいよ!でもちょっと疲れちゃったかな?えへへ」
「なら良いんだ。ちょっとそこ、入って座ろうか」

俺たちが歩いていた場所の近くに丁度大きな公園があるので、そこへ入る。
春には桜が満開になって、花見客で溢れ返る場所だ。
そういやここ、もし藤本と付き合えていたら、二人で花見をしに来たかったんだよな…。

秋になった今は、花見客の代わりに木陰のベンチで休んでいる人々が、ちらほらといるだけだ。
空いているベンチに、二人で荷物と腰を下ろす。
少し離れた所に自販機がある。取り敢えず飲み物でも飲ませた方が良いか。

「そこの自販機で何か飲み物買ってくるわ。何が良い?」
「ごめんね、お願いします。ミルクティーが良いかな。あ、お金を…」
「いらんいらん。今日付き合ってくれたから、その礼で。にしては、安すぎだけどな」
「ん、じゃあ…お言葉に甘えて」

やっぱり様子が変だ。本当に疲れただけなのか?
さっきまでは普通に楽しそうだったんだけどな…。
あまり、良い予感がしない。

数十メートル離れた自販機で、自分の分のコーヒーと藤本のミルクティーを買った。
ホットとアイスがあって迷ったが、この時間になると少し涼しい。ホットを買ったが、問題ないだろう。
男の頃は片手で2本くらい持てたのだが、手が小さくなった今では無理だ。
両手に1本ずつ持って、ベンチへ戻った。

「お待たせ。ミルクティー、ホットで良かったか?」
「ありがとう、ホットで平気だよ」
「まぁ、それ飲んで少し休もうぜ」
「ん…」

そのまま、藤本は黙ってしまった。
どう考えてもメンタル的に何かあったとしか思えない。
原因は…俺か?俺、何かしたのか?





「…西田君のせいじゃないよ」
「うわ!?俺、口に出してたか!?」
「ううん、西田君は…口は悪いけど、本当は優しいから。心配してくれてるのが分かるし…自分が悪いんじゃって考えてるでしょ?」
「む…。まぁ、確かに心配はしてるけどな。んで?どうしたんだ?俺、何かやっちまったか?」
「んーん、西田君がやっちまったんじゃなくて、私がやっちまってるんだよ。でもね、やっぱりダメみたい」
「…?何が言いたいんだ?」

藤本がやっちまってる?
別に、何もしていないと思うけどな。

「…やっぱり、無理だね。言わないと。言って、終わりにしないと…。大事な話、しても良いかな?」
「ん?」
「私、西田君に嘘ついてた事があるんだ」
「…嘘?」
「覚えてるかな、西田君が女の子になって最初に学校に来た日。同性だから、もっと仲良くなれそう。嬉しい、って」
「言ってたな、そんな事も」
「あれのね、『仲良くなれそう』ってところは本当。『嬉しい』ってところは、…嘘」
「…よく分かんねぇ」
「もっと言うと、女の子になった西田君が凄く可愛いって思うのは本当。助けてあげたいのも本当。でもやっぱり…『嬉しい』のは、嘘」

何だ?
藤本は何が言いたいんだ?

「私がね、西田君を今でも『西田君』って呼ぶのは…」

藤本は、基本的に仲良くなった女の子は、元男だろうと下の名前で呼ぶ。
些細な事ではあるが、ずっと疑問に思っていた事だ。

「まだ、男の子の西田君に未練があるから。西田君にだけは、女の子になって欲しくなかったから。西田君、私は…!」
「なっ…!」

ちょっと待ってくれ。
藤本が言わんとしている事に、だいたい見当がついてしまう。
俺の勘違いであってほしい。自惚れであってほしい。
もしそうでなかったら、俺は…!

「西田君が…好きでした。…ううん、きっと今も、好き」

無慈悲にも藤本の口から飛び出した言葉は、俺の勘違いでも自惚れでもなく、
俺の…かつて一番聞きたくて、今は一番聞きたくない言葉だった。





「中学の頃から西田君の事が好きで…彼女になりたいなって、ずっと思ってた」

俺の反応を待たずに、ぽつぽつと藤本は語り出した。
どう切り替えしたら良いのか、考えがまとまらない。
口の中が、干上がったように乾いている事に気付き、コーヒーを一口飲む。
味なんて、全然分からなかった。

「おかしいよね、こんなの。私は女の子と付き合う趣味なんてないのに、西田君が女の子になった今でも好きだなんて。
 自分でもよく分からなくて、苦しいんだ…。こんな私、気持ち悪いよね、ごめんね…」
「そんなこと…!」

いつもは元気一杯な藤本が、肩を震わせて泣いている。
俺だって同じなのに。
俺はこの気持ちを隠し続けて、いずれ忘れようとすら思っていたのに。
藤本は苦しんで、勇気を出して打ち明けて、泣いた。
最低だ、俺は…。

「私、卑怯なの。西田君に生理が来た時に私が行ったのは、西田君は女の子になったんだって実感が欲しかったから。
 今日、西田君にお化粧したのだってそう。女の子になったんだって実感すれば、この気持ちを忘れられると思って…でも、無理だよ…」

あぁ、そうか。
トイレ立て篭もり事件の時と、先程化粧をした時の事を思い出す。
あの時、藤本の笑顔が曇ったのは、そういうことだったんだ。

「…もし、良かったら。男の子の頃に西田君が、私をどう思ってたか…教えてもらえませんか…」

大粒の涙を落としながら、消え入りそうな声で問われる。
…言わないと。せめて、正直に。

「…好きだったよ。今でも、好きだ」
「そう、なんだ…。えへへ、嬉しいけど、悲しいね…」
「ああ…」
「好きだって言ってもらえて嬉しいけど、やっぱり私は、女の子とは…」
「良いんだよ、分かってる。もし俺が男のままでいて、逆に藤本が男になっちまったら、…俺は付き合えない。同じだよ」
「…うん、ありがとう。でも、やっぱりごめんなさい。私がもっと早く言えていれば、…、西田君が女の子になる事は、無かったのに…」

もし男の頃に藤本が想いを打ち明けてくれていたら、付き合って、きっとセックスだってした。
藤本も、それを言いたいのだろう。





「謝るなよ、俺だってそうだ。俺だって、女になって、この気持ちを早く忘れてぇと思ってた。…俺の方こそ卑怯だよな。
 結局藤本に言わせて、泣かせて…」
「…もう、二人とも悪いって事にしよっか。あはは、馬鹿みたいだもんね、私たち。言えずにいるうちに、手遅れになって…」
「あぁ、ホントに…大馬鹿だな」

結局、俺たちは似た者同士だったんだ。
ほんの少しの勇気が無かったばかりに、全て手遅れになった。
救えねぇな、マジで…。

「でも西田君は…、中曽根君のことが気になるんじゃないのかな?」
「…自分でもよく分かんねぇよ。藤本の事が好きなのは確かだけど、涼二のことも…もしかしたら、ほんの少しだけ、
 気になってる…のかも知れない。これが好きって感情なのかは分からねぇけど、ちょっとした事でドキドキしたりとかさ…」
「私から見たら、さっきも言ったけど…恋する乙女に見えたよ?」

本当にこの感情の正体が分からない。
ずっと親友だと思っていたヤツを、女になった途端に好きになるのも…普通じゃない気がする。
藤本の言うように、第三者の視点では、俺が涼二を好いているように見えるらしいが。

「軽蔑、しても良いと思う。お前の事が好きなのに、他の男も気になるとか言ってるんだからな…。
 自分でもおかしい事言ってる自覚はあるんだ」
「男の子から女の子になると、やっぱり色々複雑なんじゃないかな。軽蔑なんてしないよ。でも辛いよね、きっと」

慈しむように言いながら、頭を撫でてくれる。
少しだけ…本音を言って、甘えても良いだろうか。

「辛いよ…!女になって、男にドキドキするようになって、でもまだ藤本が好きで!俺って何なんだろう、俺は男なのか、女なのか?
 って、いつも考えてる…!」
「うん、うん…」
「女になりさえしなければ…っ!藤本の事が好きなだけでいられたのに!もう、わけが分かんねぇ…!何なんだよ、俺は…!」
「悲しいけど…私たち、お互いのことは忘れた方が良いよね、きっと。私も、西田君も、早く新しい恋が出来ると良いね…」

泣き笑いのような顔で藤本は言って、俺を胸元に抱き締める。
今日は、胸の感触が…なんて下世話な事は考えられない。
ただ暖かくて、今までの葛藤を全て押し流すように、とめどなく涙が溢れてくる。

お互いが好きでいるのに、俺たちは結ばれなかったんだな…。





どのくらい、そうしていただろうか。
女になってから、どうも涙腺が緩くて困る。

「…悪ぃ。情けないとこ、見せちまったな。もう大丈夫だから」
「泣いてる西田君なんてなかなかお目にかかれないからね、可愛かったよ?ご馳走さまっ」
「自分だけいつものテンションに戻らないでくれよ…」
「んー、言ったら何だかスッキリしちゃってね。ふっ切れた、とはいかないけど、もう前向きにいられる気がするよ」
「確かにな、言ってくれて助かったよ。俺もこれからは、前向きにいられると思う」

残念な結果になってしまったとは言え。
長い年月をかけて藤本への想いを忘れてようとしていた壮大な計画は、かなり前倒し出来そうだ。
藤本には頭が上がらんな。

「もう、告白は男の子からしてくれなくちゃ!」
「今は女だからな」
「あはは、そうだったね。こりゃ一本取られたよ!あ、西田君、マスカラが涙で落ちちゃってるね。拭かなきゃ…」
「ん、よく見りゃお前もだ。マスカラ付けてたら泣けねぇんだな…」
「私、ティッシュ持ってるから。ちょっと待ってね」

藤本がティッシュを取り出して、近くの水道で濡らしている。
戻って来てそのまま、ティッシュを俺の顔に当ててマスカラを落とし始めた。
ひんやりとした感触が心地良い。

「んー?まだちょっと残ってるかなー?」
「おい、何か顔が、近…んむっ!?」

唇に、柔らかい感触。
おい、これって…!?

「不意打ちでごめんね、最初で最後のキスってことで。…私の、ファーストキス」
「俺も、ファーストキスなんだけど…」
「嫌だった?」
「最高でした」
「えへへ、なら良かった」

女になった俺に藤本が出来る、精一杯。
俺が女にならなければ、何度だって出来た事だし、それ以上の事だって出来た。
今ほど女になった事を後悔した時は無いな…。

「おい、俺も拭いてやるから。ティッシュ貸してくれ」
「はいはーい。お願いします!」

受け取ったティッシュで、藤本の顔を拭く。
マスカラを落とし終わったところで、藤本が目を閉じた。

…これって、そういうことだよな。





唇を押し当て…ようと思って背を伸ばすが、身長差で藤本に届かない。
それに気付いた藤本が、少し笑って頭を下げてくれた。恥ずかしい。
また、唇を重ねる。

「…セカンドキスも、お前だ」
「私も、だよ?」
「…。」
「…。」
「も、もう一回だけ、して…良いか?」
「う、うんっ!ホントに、これで最後にしようね。でないと、癖になっちゃうから…」

どちらからでもなく、背中に手を回して、キスをする。
やっぱり藤本は頭を下げてくれている。
何か悔しいな…。

せめてもの、元男の意地。
俺から舌を入れた。

「ぁ…」

どうやら受け入れてくれるらしい。良かった。
お互いを探るように少しずつ、舌を触れ合わせる。

もしかしたら誰かに見られているかも知れないけど。
どうでも良い。俺たちには、今しかないんだから。

藤本の、舌の味。
今は、少しミルクティーの味がした。



「…、このくらいにしとくか」
「そうだね。…名残惜しいけど」
「明日からは、改めて友達だからな、最後に良い記念になったよ」
「うん、だからもう…『西田君』って呼ぶの止めるね。忍ちゃんって、呼んで良いかな?」
「あー…だったら、『ちゃん』もいらねぇ。忍って呼んで欲しい」
「良いの?じゃあ私の事も典子って呼んでよ!ねっ?忍!」
「おう。宜しくな、典子」

俺たちは今日、二人で失恋した。
そもそも俺が女になった時点で、俺たちの恋は終わっていた。
藤本が今日打ち明けてくれていなかったら、お互い時間をかけて、徐々に忘れていっただろう。
それはそれで良かったのかも知れない。

でも、藤本は勇気を出して言ってくれた。
そのお陰で、男と女でも、女と女としてでもなく、西田忍と藤本典子として。
キスをしている間の数分だけ、俺たちの恋は、きっと実っていた。

明日からは、友達だ。



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最終更新:2011年12月08日 05:57
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