『まじっく⊆仝⊇ろ~ど』(3)

 広大な畑に豊かに実る作物の数々、いつものように味を確かめながら手際よく収穫をしていくのがフェイ=ラインボルトの日常が今日も始まる。

 
 
 
 
 
まじっく⊆仝⊇ろ~ど
 
 
 
 
 
 
 
あれからフランが作ってくれた魔力回復薬のお陰で普段なら魔力が全快するのに最低一週間は掛かるのだが物の3日で回復を果たし無事に男の姿に戻っている。しかしあれから姉には日頃の雑用も強制的に押し付けられているので両親と同じように中々逆らうことが出来ない、それでもフランの活躍のお陰でサガーラ盗賊団は鳴りを潜めているし自分の馬と貰った馬の間で上手い具合に交配が行われて昨日新たに子馬が誕生したのだ。この調子なら後数週間もあれば休養している母馬を含めていつものように馬車を走らせることも出来るだろう、後は台風で失った家畜を何とかしたいのだが・・知り合いの農家も自分と同じ状況らしく逆に余っている家畜を譲ってくれと言われたぐらいだ、この分だと家畜のほうは今まで通りにそろえるのは時間が掛かるだろう、業者に顔を出しても軒並みに価格は高騰しているし野生動物を飼いならすのも調教とかにかなり手間が掛かるしフェイにそんな技術はない。
 
「魔法だけでは農業はやっていけないよな・・」
 
全国に流れる傭兵ならば収入も安定しているだろうし実力もあるフェイにはピッタリだろうが、本人は戦闘よりも平穏を性格なので却下している。そんなフェイはいつものように売りさばく作物の数々をまとめていると珍しく家にいたフランが声を掛けてきた。
 
「フェイ、ちょっと話があるわ」
 
「なんだい姉さん。これから街で売りさばかなきゃいけないんだけど・・」
 
これから街に出て作物を売りさばなければいけないフェイにしてみればたいした用事がなければ後にしてほしいのだが、前途のようなことがあるので断るのも断れない状況である。
 
「あのさ・・今さっき来ちゃったのよ」
 
「何? 生理なら適当に・・ウゲッ!!」
 
「失礼なこと言うな!!! 今度言ったら暗黒魔法を食らわすからな!!!」
 
「す、すんません・・」
 
もしフランの暗黒魔法を立て続けに喰らえばこの世への生はもはや絶望的に陥ってしまうだろう、それだけの威力は当然あることをフェイは身を持って知っている。
 
「・・じゃなくてさっき魔法を使おうと思ったら“魔法制限”になっちゃったの」
 
「ああ、なるほど・・」
 
魔法制限とは魔法使いならば誰でも起こりうる現象の一つで最大で約2日間は魔力が冬眠状態に陥る現象のことを指す、魔力が使えない期間はそれぞれのキャパシティにもよるのだが、キャパシティが大きければ大きいほど魔力が回復するのは時間が掛かる。回復するまでのその期間は文字通り魔法が使えないので魔法使いならば誰もが一度恐れる日である。
 
女体化と同じように原因は全く不明で対処の仕様は全くないのだが、女体化と違って魔法制限の場合は前兆として激しい頭痛が伴ってくるのでまだマシなほうだろう。常人よりも遥かに大きいキャパシティを誇るフランは当然のように回復する期間も常人よりは長い、今日からフランは約2日の間は魔法が使えないただの女の子だ、しかも彼女は魔法を使って医者をしているので例え2日といえども魔法が使用できなるのはかなり痛い問題である。
 
「で、これからどうするのさ?」
 
「とりあえずは魔法が使えないからあんたを頼ることになりそうね。今日は農業を休みなさい」
 
「ええええ!!! 医療魔法はあんまり自信がないんだけど・・」
 
「何言ってるの!! 私以外に高度な医療魔法できると言えば弟のあんた位しかいないでしょ、一応修行した時に私と一緒に習得したでしょ!!」
 
修行時代、2人はお互いの怪我を治すために様々な医療魔法を体得しているのでフランの代わりは勤まるのだが、久しく医療魔法を使っていないフェイは少し不安だ。
 
「お願い、あんたしか頼める相手がいないの」
 
「・・わかったよ。でもサポートは頼むよ、僕も暫く医療魔法は使っていないからね」
 
「当たり前じゃないの。それじゃ、早速薬草を作りましょう、まずは・・」
 
こうして代行医者フェイが誕生した。
 
 
 
 
酒屋・リリー
 
フェイたちの自宅からそう遠くはないところに新しく酒屋がオープンして数日・・美人女店主とサービスの良い店員によって小さいながらもそこそこの繁盛を見せていた。
 
「ふぅ、これで一安心・・」
 
「だあああああ!!!!!! 野郎共をぶちのめしてぇ!!!!!!」
 
「おや・・じゃなかった、店長。夜までの辛抱ですから我慢してください」
 
店員・・もといお芋たんは聖を何とか抑えながら1人でせこせこ動きながら対処していった、あれからフェイに破れたサガーラ盗賊団は今までの蓄えから比較的に安かったこの一帯の土地と小屋を購入して酒場を開いていた。その結果は大当たりで本来の盗賊家業がままならぬほど忙しい毎日を送っており、大半の客は聖目当てでやってきてその酒の数々に舌鼓を打ちながら満足そうに帰っていた。
 
それにこの店の酒の大半は材料を集めた後でお芋たんの魔法によって生成されているんでコストもあんまり掛からず材料費だけを仕入れれば大半は問題ないのだが・・聖にしてみれば酒屋よりも本来の盗賊家業がメインなので機嫌はあまりよろしくはない。
 
「てめぇな、俺たちはあくまでも盗賊だぞ!!! なのに下らねぇ、酒をバカみたいに売りやがって・・」
 
「声が大きいですって!! それにあのままだとウチたちは下手したら一生洞窟生活ですよ、こうやって寝床が手に入っただけでも良しとしましょうよ」
 
確かに寝床も手に入ったので生活のほうは以前と比べ物にならないほどの快適さを手に入れるための口実、あの時はああでも言わなければ聖は納得しなしなかっただろう。
それに店のある程度はお芋たんに任せてあるとはいってもある程度のことはやらなければならないので、それが更なる聖の不満を助長させる。
 
本人は至って楽しそうではあるが・・
 
「それに案外楽しいもんですよ」
 
「チッ、こっちが落ち着いたらさっさと乗り込むぞ。ほとぼりが冷めかけているからリハビリがてら狙いに行くぞ」
 
「わかりました」
 
そのまま聖は店の奥で退散したのと同時に店に新たな男女の客が現れる。身にまとう装備からして王家の紋章がないところを見ると、どうやらこの2人は各地を流れる傭兵のようだ。
 
「いらっしゃいませ」
 
「先輩、ここが噂の酒屋ですよ。美人で有名な女店主がいないのは残念ですが」
 
「浅見・・俺に喧嘩売ってるのか?」
 
「ち、違いますよ!!」
 
(いいなぁ・・)
 
彼女がいないお芋たんからしてみればこの2人の光景はどうも気が重くなってしまう、盗賊団などやっていたら出会いなど皆無であるので酒屋を立てたのもある意味出会い目的のためでもある。
 
「全く・・ここはお酒以外にも販売していると聞いたんだが」
 
「ありますよ。この魔力増幅ジュースや、回復ドリンクも販売しております」
 
「いつも前線で突っ込んで切りかかっては怪我してる先輩にはピッタリなアイテムですね」
 
遅れながらこの2人の名は片岡と浅見といい、職業は大陸の各地を風のように流れる傭兵夫婦。彼らは主義や主張に決して左右されずに報酬を寄り多く出してくれた雇い主の元で力を奮うのであるが決して従属したりはせずに気ままに大陸の紛争に参加をしている。
 
「酒屋なのにそこらへんの道具屋よりもアイテムが充実しているな」
 
「当店は多種多様なアイテムを販売することをモットーとしてるので他にも解毒薬や子供にオススメのジュースも販売しております」
 
この酒屋の商品は全てお芋たんの魔法で作られているので効果はどれも本物でちゃんと効き目はある。そもそも盗賊家業では任務を効率的にやるためにお芋たんは回復ドリンクを始めとするアイテムを自前で作っていたので効果はどれも本物で聖も愛用しているほどである。
 
「それじゃ、先輩。この回復ドリンクとお酒でも買っていきましょうよ」
 
「ま、物は試しというから・・回復ドリンクと酒を4ずつくれ」
 
「毎度! 合計で46000TSになります!!」
 
ぶっちゃけ2人が購入したドリンクの材料はほんの800TSなのだが、お芋たんは得意の口八丁であれよあれよという間に商談を成立させる。一応隠れ蓑といっても商売には変わりないのでかなり多めの値段を吹っかけておいて利益を上げる、それにどれも効能は紛れもなく本物なので文句を言われたりはしないだろう。
この企業努力によって今日も酒屋・リリーは莫大な黒字を上げており盗賊家業を休んでも余りある蓄えがある。
 
(本当は飲むときには組み合わせを間違えるとまずいんだけど・・この2人は丈夫そうだからいいか)
 
「何か言った?」
 
「い、いえ!! お買い上げ有難うございます!!」
 
「先輩、アイテムも揃えたし次の町へ向かいましょう!!」
 
「確か国境付近で紛争があったな。行ってみるか」
 
満足そうに店を出る浅井と片岡であったが、この後2人は伝説の魔道剣士と対峙して惨敗することになるのだが、それは別のお話。
 
 
 
 
民家
 
あれからフェイはフランの代理医師兼馬車の運転手を勤め上げてフランの指導の下で各家々を回りながら魔法を使って手当たり次第に治療をしていた。
 
「はい、もう魔法はいいわよ。それじゃこれが今回のお薬です」
 
「すみません。ほら2人ともお礼を言わなきゃ」
 
「ゲホッ、ゲホッ!! 克己・・アタシはもう大丈夫だから仕事にいきな!」
 
「そうだぜ、親父は王宮で仕事が・ゴホッ!!」
 
今回治療した西田一家の妻と女体化したばかりの娘は流行病を患ってしまったようでさっきまでその容態は重かったのだがフェイの魔法のお陰で大分楽になったようだ。ちなみにフェイとフランは感染しないように予め魔法を施しているので心配はない、後は薬を手渡した後でフランはフェイにある指示を出す。
 
「それじゃ仕上げに大地の魔法でこの家一帯の病原菌を死滅させて」
 
「わかったよ。“神聖なる母なる大地の恵みよ 病の元を打ち祓え! ガイア・ミスト!!”」
 
光り輝くフェイからは清清しい霧が発せられて家全体を覆うと目に見えぬ病原体を死滅させて二次感染を防ぐ。主に治療魔法は大地の魔法と意外にも暗黒魔法が大多数を占めるのだが簡単な怪我の治療ならば並の魔術師であれば誰でも出来るし、毒などの状態異常も道具屋で出回っている解毒剤や薬草などで治療できるのだが病気となると話は別になる。目に見えぬ病原体の治療ともなるとかなり高度な魔法に当たるのでそれらを使える人間も限られてくる、フランのように並々ならぬ魔力と才覚に病気の知識が必要なのだ。フェイの場合は魔法が使えたとしても肝心の知識が全くないのでフェイのような医者にはなれないのだ。
 
「姉さん、終わったよ。これで大丈夫」
 
「ご苦労様。お渡ししたお薬は1週間分で食後の後に服用してください、なくなったらお手数ですけど診療所まで着てもらったらお渡しします」
 
「態々すみません。しかし今日は1人じゃないんですね」
 
「え、ええ・・彼は助手です、今日は患者さんが多かったので」
 
さすがに周りの評判もあるので魔力制限とは言えずにフェイについては多田の助手とはぐらかしてく、こうみえてもフランは受け持っている患者の数は多いので若干ながらもフェイよりも収益を上げているが同時に経費などの支出も多いのであんまり贅沢は出来ない、それに業務も激務なので年頃の女の子のように遊ぶことすらままならぬのである。
 
「それではお大事にしていてください。では代金は2300TSになります」
 
「ありがとうございます、しかもこんなに安いなんて」
 
「いえいえ、悪徳医師には気をつけてくださいね」
 
この世界にも詐欺というものは存在し、特に医療関係の詐欺はかなり多いので本業であるフランからすれば許せない限りで今までにもそういった人間を多数懲らしめてたお陰もあってかこのフェビラル王国では医療詐欺は見えなくなっていた。
 
 
 
 
そのままフランはフェイを連れて行くと馬車に揺られながら自身の診療所の元へ戻る、西田一家で訪問患者はこれでお終いなので後は自宅の近くにあるフランの診療所で患者の対処と備品の管理をすれば良いので訪問するよりかは楽である。
 
「それにしても姉さんも大変だね。病気なら魔法で治せるもんだと思ってたし」
 
「あのね、そんな魔法があるわけないでしょ。あくまでも薬と魔法は病気を治す手助けであって大事なのは病気を治そうとする意思よ。
あんただって修行時代はそれを身を持て実感しているでしょ」
 
「まぁ・・あの時はよくお互いに薬草取ってきたり治療しあったりしてたもんね。僕、姉さんを見直したよ」
 
普段はいつも自分に手厳しいフランにもこんな一面があったのかと思うと見直してしまう。思えば両親が出て行ってしまってからは両親の代わりに自分の面倒を見てくれたり、忙しい合間にも農業面でも面倒を見てくれている。いずれ姉も誰かと結婚してしまえば自分1人となってしまうので姉を心配させないためにも早いところ自分もそれに見合う相手を見つけなければならないだろう、幸いにもフェビラル王国は男女ともに15歳からは婚姻を許されるのでフランにもそういった話は来ているのだろうか?
 
「というより、フェイ。あんた童貞はどうするの?」
 
「えっ!! い、いきなり何言って・・」
 
「あのね、女体化した私が言うもんじゃないけど早いところ決断しておきなさい。女体化したら魔力のキャパシティは上がるけど体力はなくなるんだから農業は出来なくなるわよ」
 
フランしてみればこれからの将来において出来ることならばフェイには女体化などはしてほしくはない、これまでの農業が出来なくなってしまうのも理由の一つではあるが国柄によって女体化の扱いは非常に大きく異なる。このフェビラル王国は女体化に関しては非常に寛容的な王国なのだが海に面しているボルビックは宗教柄か女体化に関しての差別はかなり激しいことで有名だ。それに女体化した人間の末路はあまり良いものではない話もちらほらと聞くので出来ることならばフェイには望まぬ女体化などはしてほしくない。
 
「それに女体化したら結構大変よ。この国では大丈夫だけど・・」
 
「大丈夫だよ。今まで鍛え抜いたこの身体をそう易々と捨てたりはしないさ」
 
それにフェビラル王国では女体化防止のための施設が首都を中心として宛がわれている珍しい国家である、他の国では女体化は自身で解決するかはたまた奴隷制度で出来たりもするし酷いところには女体化した人間を無理矢理誘拐してやってしまうということも起きている。
 
「・・施設に行くなら費用は出してあげるからとっとと決めなさいよ。魔力失って女体化するのは大変だからね、一応私の魔法で女体化は遅らせてはあげれるけどそれにも限度があるしね」
 
「うん、僕も今のままが良いから」
 
「そう思ってるなら早く童貞は捨てなさいよ」
 
フェイの言葉と同時に馬車は姉の診療所へとたどり着くと鍵をかけていた診療所を解放させるとフェイはフランの指導の下で薬の元なる薬品を管理していく。
 
「う~ん、この分だと明日は大丈夫ね」
 
「でも明日のためにもっと薬草揃えても良いんじゃ・・」
 
「あのね! 今アンタがいなくなると困るのは他ならぬ私なの!! 今日と明日は一切の外出は許しません」
 
「わかったよ」
 
逃げる口実を失ったフェイは大人しくフランに従うのであった。
 
 
 
 
夜、とある貴族の屋敷で暗躍する2つの陰・・サガーラ盗賊団再始動である。疲れきっているお芋たんとは対照的に聖の表情は実に活き活きとしており既に2人の手には金品の山がたくさん抱えられている。
 
「親分、今日はもう終いにしませんか?」
 
「おいおい、夜はまだ長いんだ。久々の門出だからガンガン荒らしまわるぜ」
 
お芋たんからしてみれば店の実益はかなり上がっているのでそろそろ盗賊家業を押さえたいのは山々なのだが聖本人がやる気なので当分はないと見て良いだろう、それに聖に逆らったら自分の身が危ないのは確実であるので下っ端根性に従って聖と共に暗躍する。
 
「フッ、俺達がいない間にどれも随分とお間抜けな警備だ。お陰で仕事がしやすくてたまらねぇぜ」
 
「そうですね。どうやら大手の盗賊団は他の大陸にいるようですし、こっちは殆どウチ達の入れ食い状態ですね」
 
世間はサガーラ盗賊団が壊滅したと聞いて安心しきっているのか警備はどれもお粗末なものばかり、本来ならここでガンガンと荒らしていくのがサガーラ盗賊団のセオリーであるのだがここははやる気持ちをぐっと堪えて控えめに行動する。
 
「ま、こんなところで充分だろ。あんまりやりすぎたら面倒だしな」
 
「親分にしては珍しい・・こりゃ、明日は台風か――ウゲッ!!」
 
「チビ助! てめぇは一言余計なんだよ!! あのなぁ、前は名前が売れすぎたからこうなっちまったんだ。俺は前の反省はちゃんと活かすんだよ」
 
とまあ、本人は控えめと言うものの奪っている量はかなりのものなのでバレるのも時間の問題だとお芋たんは思ってしまうのだが後々が恐ろしいので決して口には出さない。
そんな意気揚々としている聖にぶつかる人物が一人・・そのまま聖はその人物を瞬時にひっとらえるのだが、どこか様子がおかしい。
 
「てめぇ!! 人にぶつかっておいて良い度胸だな!!!!」
 
「すすす、すみません!!! でも急いでいるんですッッッ!!!!」
 
「ますます気にいらねぇな、何で急いでるか話してみろ」
 
「お、親分!! あまり接触は・・」
 
「てめぇは黙ってろチビ助!! んで、なにがあったんだ」
 
お芋たんを黙らせると聖はぶつかってきた男に事情を話させる。
 
「じ、実は・・妻が産気づいてしまって医者を探してるんですが、こんな夜更だと医者も中々見つかりませんし」
 
「確かにこんな時間だったら医者は見つかりませんね。僕達ではどうも・・フゲッ!!」
 
「てめぇは何言ってるんだ!! それにお前も男なら堂々としろッ!!!!」
 
「だ、だって・・こうしている間にも妻は苦しんでいるんです!!」
 
「だったら尚更だ!! チビ助、てめぇは医者を探して来い!!」
 
「え、ええ!!!」
 
こんな夜更けに医者はまずいない、それにいたとしても連れ出すのにもかなり苦労するだろう。それに自分たちには盗賊であって医療の知識などは勿論ないのだが困っている人間を見逃すほどの外道ではない。
 
「お、親分!! 医者よりもウチたちは・・」
 
「うるせぇ!! 非常事態だ、ガタガタ抜かすなッ!!! とりあえずチビ助、こいつの家まで俺たちを運び出せ」
 
「わ、わかりました!! “暗黒の力の源よ 闇から闇へと導け! ダーク・チェンジ!!”」
 
お芋たんの暗黒魔法によって3人はとりあえず男の家へと向かう、このダーク・チェンジは本来は転移の魔法であって戦闘や撤退にも使えるお手軽の魔法であるのだがこんな方法で使ったのは始めてである。とりあえず男の家へと戻った2人であるが苦しんでいる妻をみて今度は3人まとめてパニックになってしまう。
 
「うっうう・・」
 
「ろ、狼子!! しっかりするんだ!!!」
 
「ととと・・とりあえずは落ち着け!!!!」
 
「親分も落ち着いて下さい!! しかしどうするべきか・・」
 
冷静さを取り戻したのは我等がお芋たん、しかし冷静に考えれば考えるほど良い案が思い浮かばず思い悩んでしまうがある名案が閃くのだが、それはかなり危険な賭けとなってしまう。
 
「し、しっかりするんだ狼子!!」
 
「辰哉ぁ・・」
 
「だあああああああああ!!!!! 何も思い浮かばねぇ!!!! チビ助! てめぇも・・」
 
「親分、こうなったら召喚魔法を使います。これ使ったらウチは魔力失って当分は何も出来ませんけど・・使って良いですか?」
 
珍しくお芋たんの真面目な瞳に聖は思わず黙り込んでしまうが、即座にいつもの調子で盗賊団の団長として命令を下す。
 
「やっちまえ!! 店なら俺が当分面倒見てやる!!」
 
「わかりました!! “魔を見極めし力よ 我の僕たりし存在を呼び寄せ ここに降臨せよ!! ダーク・メイド!!”」
 
詠唱を完了したお芋たんは魔力がなくなって女の子の姿になると放出された魔力の塊は巨大な紋章へと変化をして暗黒の霧を発しながら轟音とともにある人物をこの場に召喚する。
霧が晴れて人物のシルエット徐々に浮かび上がると聖とお芋たんは召喚された人物に驚愕することとなる。
 
「おい、召喚は成功したのか?」
 
「ハァハァ・・ええ、何と――!! あ、あんたは!!」
 
己の魔力を全て使い果たして召喚した2人の人物、それは・・
 
「あれ? 僕はさっきまで家に・・あああああ!!!!!!! お前たちは前に僕が倒した盗賊団!!!」
 
「てめぇは・・あの時の小僧――!!」
 
なんと召喚したのはフェイとフラン、どうやらお芋たんの魔力が2人が持つ強大な魔力を呼び寄せてしまったようだ。
 
「チビ助ッ!!! てめぇはよりにもよってとんでもないものを召喚しやがって!!!!!!!」
 
「ま、まさかウチだって思っても見なかったことですし!!!」
 
「折角、僕が苦労して倒したのに!!!」
 
お芋たんを容赦なく魔力の拳で殴っていく聖に愕然とするフェイであるが、そんな3人とは対照的にフランは冷静に状況を判断していく。
 
「どうやら私たちはダーク・メイドで召喚されたみたいね。まさか私以外にも暗黒魔法使いがいるなんて驚きだけど・・術の練度が足りないみたいね」
 
本来ダーク・メイドはその気になれば悪魔達が操ったといわれる高度な魔獣や伝説の悪魔龍すらも召喚することはできるのだが、お芋たんはそれが未だに出来ないみたいで召喚するのもちょっと強いデーモンぐらいが精一杯である。その点フランはちゃんと術の制御も出来るので無駄に魔力を使うことはなく修行時代にはとうとう伝説の悪魔龍の1つであるブラッド・ドラゴンを召喚したほどである、とりあえずもめている3人はこの際視界から外すと辰哉と狼子に目が行く。
 
「ど、どうしたの!!」
 
「うっう~・・産まれる!!!」
 
「狼子!!!」
 
「大変!! ・・そこの3人!! とりあえず揉めるのは後にしなさい!!!」
 
フランの一喝によって揉めあっていた3人動きはぴたりと止まると、そのままフランは3人に適切な指示を送る。
 
「とりあず、フェイはあたしのバックアップ!! そこの2人はすぐに容器を消毒してお湯を沸かしなさい!!!」
 
「俺たちは医者じゃねぇぞ!!!」
 
「そうそう! ウチたちはただのしがない2人組みで・・」
 
「ね、姉さんこいつ等は盗賊で悪党なんだよ!!」
 
「黙りなさい!! 今はそんなこと言っている暇はありません!! 今は一刻を争うわ」
 
そのままフランは3人を黙らせるとフェイを引き連れて苦しんでいる狼子に優しく手を当てる。
 
「奥さん、頑張ってくださいね」
 
「うっ・・はい」
 
「あ、あの・・俺はどうすれば?」
 
「旦那さんは奥さんをしっかり支えてあげてください。フェイ! 私の手に治療魔法をかけて」
 
「わかった。“大地の伊吹よ その守護を与えたまえ! ガイア・フォース!”」
 
フェイの魔法によってフランの両腕は癒しの光に包まれると処置を開始する、そして聖とお芋たんも消毒した容器にお湯を沸かし終えるとフランに差し出す。
 
「・・ほらよ」
 
「親分が珍しく素直だなんて・・痛ッ!!」
 
「生意気な口叩くな!! 今は非常事態だっていってんだろ!!!」
 
「ありがとう。後は2人とも好きにしていいわよ・・フェイ! 魔力を展開して止血の魔法を準備しておきなさい」
 
「わかった!!」
 
フェイは魔力を展開させるといつでも呪文を詠唱できるように準備を整えておく、そしてフランは様子を見守りながら狼子にゆっくりと呼吸を促す。
 
「はい、思いっきり息を吸って・・」
 
「フゥー、フゥー・・」
 
「狼子、頑張れ!!」
 
「はい、ゆっくり落ち着いて・・ほら、頭が見えてきましたよ」
 
何とか赤ん坊の頭が見えてきたところで狼子の痛みは更なる激しさを増す、その光景に辰哉やフェイはもちろん聖やお芋たんも固唾を呑んで見守っていた。
 
「親分。赤ん坊ってこうやって産まれるんですね」
 
「みたいだな。俺はごめんだけど・・」
 
「うっ――」
 
「産まれるわ! フェイ、魔法の準備を頼むわ!!」
 
「わかった!!」
 
フェイの魔法によって狼子が光に包まれるのと同時に赤ん坊の産声が上がる、それと同時にブランは持っていた消毒済みのハサミでへその緒を切ると赤ん坊をお湯に潜らせてフェイには狼子を魔法で治療させるのと同時に赤ん坊を魔法で保護しながらタオルに包ませる。
 
「狼子! 大丈夫か!!」
 
「辰哉・・それよりも赤ん坊は?」
 
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
 
そのままフランは産まれてきた赤ん坊を狼子と辰哉に手渡すと2人は初めての自分の子供に歓喜しながらも同時に親となる喜びに身体が打ち震えてしまう。
 
「やったな・・俺たちの子供だ!」
 
「ああ、辰哉。大事に育てような」
 
夫婦の喜びにように聖とお芋たんも安心したのか、強奪した金品を抱えてその場を後にしようとする。何となく自分たちはこの場では場違いだろうし早い退散したほうがいいだろう、フェイにも顔が割れてしまったし何よりもお芋たんが魔力を使い果たしてしまって当分は活動するにも難しいものだ、何だかんだいってもお芋たんの魔力に依存している部分がかなりある。
 
「さて、俺たちは行くぞ」
 
「はい。魔力もなくなっちゃいましたからね」
 
さり気なく逃亡するサガーラ盗賊団であったが、それを見逃すフェイではない。今なら魔力も充分にあるし聖をどうにかすればまとめて捕獲して王宮に突き出してやればいい、フェイは即座に身構えると聖も負けじと応戦する。
 
「ま、待て!! 逃がさないぞ・・」
 
「小僧、相手を考えろよ。てめぇがこの俺様に勝てるのか」
 
聖も魔力を拳に溜め込むと距離をじりじりと詰めるのだが、ここでフランが実力行使でフェイを押さえつける。
 
「姉さん! 何すんだよ、だって相手は・・」
 
「フェイ、ここは逃がしなさい」
 
「だって姉さん!!」
 
「いいから、元は彼らが私たちを召喚したから出産できたの。水を差しちゃダメよ」
 
そのままフェイは構えを解くと聖も構えを解く、彼らにしてみれば無駄に争うより退散するのが優先なのだ。
 
「親分、ここは逃げましょう」
 
「当たり前だ!! 礼は言わねぇぞ」
 
「・・わかってるわ。弟は抑えておくから早く去りなさい、今日はあなた達の活躍でこの子は産まれてきたんだからね」
 
「チッ、行くぞ」
 
「ま、待ってくださいよ親分!!」
 
そのまま盗んだ品物を持って風のように去っていく2人、その光景をフェイは黙って見送るが普段はそんなのお構いなしに出産を終えたばかりの狼子と辰哉を祝福する。
 
「さてこの度はおめでとうございます。一応近いうちに予防接種も兼ねないといけないので私の診療所に着てください」
 
「ありがとうございます。狼子共々感謝します」
 
「何だと、産んだのは俺だ!! 生意気にも噛んでやる」
 
「痛い痛い!! でもお前が元気でよかったよ」
 
「さて、これで終了ね。・・おや」
 
そのままフランはフェイとともに帰宅をしようと思った矢先、フランの身体からは溢れんばかりの魔力が再び溢れ出す。本来なら魔力制限中のフランの魔力が戻るには少なくともあと1日は掛かるのだが、少しにんまりとしながらためしに魔力を展開すると今までと同じ感覚に満足するがフェイは何がなんだかわからずに驚愕してしまうばかり。
 
「え? 姉さん・・なんで魔力が!!」
 
「さっき飲んだ薬のお陰よ」
 
時はちょっと遡って数分前のこと・・全ての業務が終了した後でフランは目の前にある大量の物質でフェイに魔法を使わせてある薬を作らせていた。
 
 
「“物質を司る王よ 我の力の前で示したまえ! ダーク・フュージョン!!”」
 
フェイの魔法の手によって大量にあった様々な物質は一つの錠剤へと凝縮される、このダーク・フュージョンは文字通り様々な物質を融合する魔法であり割と習得率の高い暗黒魔法の中では結構ポピュラーな魔法であるが使用するにはかなりの技術を要する魔法である。
 
「ふぅ・・姉さん。これでいいの?」
 
「ええ、これで完成よ。この薬で私の魔力制限を解除して見せるわ!!」
 
「それはちょっと無理なんじゃないの」
 
作らせた薬の効果はなんと魔力制限の無力化という実現したのならば驚くべき代物でこの世界の医療に革命をもたらす。実のところフランは本職である医業の傍らで女体化や魔力についても独学ながら様々な文献を読み漁ったり、たまにフェイで実験したりしながらデータを取りながら様々な薬草などを調合してようやく完成したのがこの薬である。
 
しかし流石のフェイも当然ながら懐疑的である、何せ魔力制限とは魔法を宿している人間であれば誰にだって訪れるものであってそれを防ぐのはかなり無理がある話だ。昔にフランと同じように魔法制限を試みたある賢者は失敗してしまって魔力を制限するどころか逆に持っていた魔力を全て吸い取られて消失してしまったという記憶があるのもまた事実・・それだけ魔力制限についてはそれだけ非常にピーキーな問題なのだ。
 
「やめときなよ、もし失敗したら姉さんの魔力は全てなくなるんだよ?」
 
「実は調べてわかったことことなんだけど、そもそも魔力制限時に冬眠している魔力は質を高めるために活性化しているらしいの。キャパシティは潜在的な要素に加えてある程度の修行で増やすことはできるのは身を持って体験しているわよね?」
 
「まぁ・・魔力の質って魔法の威力や効果に関わる要素だよね。あれは修行で上がるんじゃないの?」
 
「ところがどっこい、実は違うのよね。私も知ったときは驚いたけど修行で上がる魔力の質ってほんのちょこっとしか上がらないの、しかし魔法制限が終わると質が大幅に上がっていくのが判明したのよ!!」
 
とフランは力説するもののフェイにしてみればあまりいまいちピンと来ないので困惑してしまう。それに魔力制限を終えたら魔力の質が大幅に上がるなんて聞いたことないしそもそも初耳である。
 
「でもさ、例えそうだったとしたら余計に手を加えるのは・・」
 
「何も魔力制限そのものを取り除くんじゃなくて薬で冬眠状態の魔力を促進させて活性化を促すの、そうしたら魔力制限を縮めることは可能よ」
 
「でも余計にリスクがあるんじゃ・・」
 
「大丈夫よ、一応女体化と同じで自然現象を利用してるんだし・・それにね、この薬の製造方法はあの2人の文献から見つけたものだし」
 
実のところ、この薬の原材料や製造法などは両親が残した文献に記されておりフランはこれを基にしながら独自の分量で調整しながら試行錯誤の末にこの薬を完成させたのであるが・・フェイでもいくら豊富な医療の知識を持つフランが作った薬といっても飲みたくはないし製造元を考えれば尚更遠慮しておきたい代物である。
 
「さて、さっそく飲みましょう」
 
「止めといた方が良いと思うけどな・・」
 
そしてこの数分後、2人はお芋たんの魔法によって転送されたのである。
 
 
 
 
時は戻って魔力を回復させたフランは従来どおりの感覚に喜びながら出産祝いを考える、実はフランは出産が無事に成功すると個人的サービスで出産祝いを提供している。
 
「えー、この度は出産おめでとうございます。それではこの日を記念いたしまして・・“母なる大地の源よ・・その大いなる生命を与えたまえ! ガイア・ソウル!!”」
 
フランの魔法によってくみ上げられた木々は瞬く間にこの世界では珍しいベビーカーへと姿を変える、このようにガイア・ソウルはフェイのように自分の魔力を込めてゴーレムを生成したりすることもできるがこのようにイメージを固めることができたらこのようにベビーカーを作ることすら可能である。始めて目にするベビーカーに辰哉と狼子は興味津々である、ちなみにフランの魔力が切れても崩れることはないしそんじょそこらの馬車よりも遥かに丈夫になので子供を連れて買い物する時などはかなり重宝するだろう。
 
「さて、これは私からのささやかな出産祝いですので受け取ってください」
 
「何から何まで・・本当にありがとうございました!!」
 
「でも辰哉、この人たちを連れてきてくれたあの2人にも感謝しないと」
 
「そうだった。元はあの2人に助けを求めたのが発端だしな」
 
思えば辰哉が聖達に助けを求めたのが始まりで一時期はどうなるかとは思ったがフランの適切な処置によってこうして無事に子供が産まれたのだから恩人であるのは違いないだろう。
 
「さて、私たちも帰るわよ」
 
「そうだね」
 
「待ってください!! 今日はもう遅いですし、家に泊まれば・・」
 
「嬉しいお誘いですけど、診療所に戻らないといけないので・・それにここからだったらそう遠くはありませんし」
 
魔力が回復した今、ここから自宅までは大した距離ではないので馬車がなくても飛んでいけばすぐに着く距離なので問題はない、それにせっかく子供が産まれたのだからここは下手に長居せずに新しい家族の門出を邪魔してをするものではない。
 
「じゃ、僕達はこれで」
 
「本当にありがとう・・」
 
「これからは絶対にこの子と一緒にそっちの診療所に足を運ぶ!!」
 
「ええ、いつでもお待ちしております。それでは・・」
 
そのままフェイとフランは家を後にすると飛翔の魔法を使い自宅へと向かっていく、その道中で2人は先ほどの出来事を思い浮かべる。フランはともかくとしてフェイは子供が生まれてくる現場を間近で立ち会ったのは初めてだったのでとても新鮮だったようだ。
 
「やっぱり子供が生まれるのって凄いんだね!!」
 
「そうよ、私たちもあんな風に生まれたの。何度か出産には立ち会ったけど無事に生まれるってのは本当に凄くて神秘なの、全ての生き物に与えられた特権ね」
 
「魔法が霞んで見えてきたよ」
 
生命の神秘を目の当たりにすると魔法の存在などちっぽけに思えてしまう。
 
「・・ねぇ、姉さん。僕が生まれた時ってどうだったの?」
 
「そりゃ、嬉しかったに決まってるじゃん。なんせ初めての弟だったし・・」
 
実のところ当時は妹が欲しかったフランであるが女体化した今となってはフェイがどことなくではあるが頼りがいがあるように見えてしまう、今回も慣れないながらもよくサポートしてくれたので何かしら御礼をしてあげようと思う。
 
「ま、まぁ・・それだけ出産はすごいの。貴重な経験できてよかったんじゃない?」
 
「うん。僕この日を一生忘れないよ!!」
 
そのまま2人は自宅まで飛びながら今日という日を記憶に焼き付けるのであった。
 
 
 
 
一週間後・酒屋リリー
 
あれからお芋たんの魔力が回復するまでサガーラ盗賊団は副業であるこの酒屋を仕方なく切り盛りしてきた、材料の仕入れやお酒の製造方法はお芋たんが事細かにやり方を記してあったので聖が魔法を駆使して商品を作りながらお芋たんはいつものように切り盛りしながら店はいつもの繁盛を保ちながら忙しい日々である。
 
「はぁ・・魔力が失ってもこの立場は変わらないのか」
 
「うるせぇ!! てめぇが魔力使い果たしたお陰での代わりにこっちが商品作っているんだぞ!!!」
 
「すんません・・」
 
そのまま聖は怒鳴りながらも一応店主らしく商品のチェックはしている、本来ならば店番兼ただの客寄せパンダの聖であるが盗賊家業をごまかすためにも店を運営しないといけないしそれにここ最近は客足がかなり増えているためにお芋たん1人でも無理がある。
 
「全く、親分である俺をこき使うとは良い度胸だ。てめぇの魔力が戻ったらキッチリ働いてもらうからな」
 
「親・・店長、そろそろ人を雇いませんか? こう客が増えるとウチ1人だと辛いんですけど」
 
「あのなぁ、んなことしたら意味ないだろ。俺達は本来は盗賊なんだ、これはあくまでも副業なんだよ」
 
聖にしてみればあくまでも本業は盗賊・・店などは適当にすれば良いと思っているのであるが、現実は副業である酒屋が思わぬ大当たりだったので退こうにも退けない状況だ。本人達は気がついていないが周囲の酒屋の客をも吸収しているので彼らにしてみれば生活が掛かっているので居酒屋が潰れたら非常に困るのだ。
 
「全く、何で天下のサガーラ盗賊団の団長である俺様が働かないといけねぇんだよ」
 
「でも似合ってま・・痛ッ!!」
 
「余計なこと言っている暇あったら手を動かせ!!」
 
魔力を使い切ってか弱い女の子になっても相変わらずお芋たんには容赦がない、日数からしても明日になれば魔力は回復できるのでそれまでの辛抱だろう、そんな酒屋リリーにある女性が客として尋ねてくる。
 
「あっ、いらっしゃ―――」
 
「へへへ、お久しぶりです。まさか酒屋さんしてたなんて」
 
突然やってきたのはなんと狼子、ベビーカーを片手に魔力を帯びた犬と猫を連れていた。
 
“おおっ、なんとも良い匂いの店だ。そう思わないかい、東方不敗?”
 
“こっちは食いもんがあればそれでいい。ズゴック的には♀犬が欲しいところじゃないのか?”
 
“そうそう、脂が乗って・・って変なこと言わせるな!!”
 
「コラッ! 失礼なこと言うな!!!」
 
なんとこの犬と猫は独自の自我を持っておりこうして狼子とトリオ漫才を繰り広げている、これは大地の魔法の一種で動物に自我を与えるという非常に高度な魔法である。これは辰哉が狼子の身を案じて掛けた魔法であって自分の魔力の一部をペットの動物達に与えており、いざと言うときには彼らが魔力を発揮させることもできるという非常に凄い魔法なのだ。
 
「へ~、あの人こんな魔法が出来るんだ。ウチも出来るけど習得するのにかなり掛かったなぁ」
 
「一応辰哉は王国のお抱え魔術師ですので・・」
 
“でも脇が甘いんだよね”
 
“それに結構モテるから今頃は・・”
 
「そんなわけあるか!!!!」
 
どうやら性格にも個体差がはっきりと出ているようで狼子も生まれてきた子供と合わせたら随分と賑やかになったものだろう、そんな賑やかな声が響く中で当然のように聖もつられてやってくる。
 
「おい、客か・・って、お前は!!」
 
「あっ、やっぱりいた!」
 
うっかり顔を出してしまった聖はそのまま引っ込めることも出来ずに呆然と立ち尽くしている、なにせ狼子夫妻には顔が割れてしまっているため2人とすればこれからの盗賊家業に大きな影響が出るのは必然だろう。といっても2人にとったら恩人以外何者でもないので彼らの本職に関してはあまり気にはしていないのだが・・しかしお芋たんと聖にとっては非常にやりづらい人物であるのは間違いないだろう。
 
「な、何の用だ!! 俺達は見てのとおり相手をしている暇は・・」
 
「あの・・俺をここで働かせてくれませんか!!」
 
突然の狼子の申し出に聖は少し驚きながらも暫くして冷静さを取り戻すとバッサリ切り捨てる。
 
「ハァ? あのなぁ、確かにここ最近はアホな野郎たちがわんさか押し寄せてくるが別に人手に困ってはいねぇし・・」
 
「その割には忙しそうですよ。なぁ?」
 
“店内は汚いところも目立つし”
 
“せっかく美人店長と優秀な店員がいるのに雑用が溜まりっぱなしだね”
 
狼子と2匹にここまで言われたら聖としては溜まったものではない、それに狼子は自分たちの正体も当然知っているので丁重に引き払っておかないと後々が厄介だ。
 
「うるせぇぇ!!!! とにかく、ダメと言ったら・・ダメだ!! 商品適当にサービスしてやるからそれでいいだろ?」
 
「で、でも親分・・人が増えてくれたらウチとしては助かるんですけど」
 
「ほら! ・・それに2人のお陰でこの子を無事に産めたんで恩返ししなきゃ俺の気がすまないんです!!」
 
ここまで言い寄られたら狼子は簡単には退かないだろう、それにお芋たんの嘆願もあるが・・それでも聖の主張は翻らない。
 
「ダメなものはダメだ!!」
 
“だったら、おいら達にも考えがある。なぁ、ズゴッグ”
 
“ああ。この酒屋の店員が実は盗賊団だと言いふらしまくったら・・全ての思惑は水泡に帰すね!!”
 
「ウッ――」
 
主人のピンチに使い魔となったズゴックと東方不敗は実力行使で打って出る、そもそもここで自分対の正体が露呈し待ったら商売どころではなくなる。それにまた追っ手をやりきりながらの洞窟生活へと転落してしまう可能性が大だ、それに辰哉は王宮のお抱え魔術師なのでもし露呈してしまえば瞬く間に軍を動かして討伐するだろう。
なによりもそれを一番怖れているのは他ならぬお芋たん、ここで念願であった商売を潰されてしまえばたまったものではないので即座に折中案を提示する。
 
「お、親分・・ここはこの人を店が開いているお昼の間だけ働いてもらったらどうでしょうか? このまま下手に逃がしてしまえばたちどころに洞窟生活まっしぐらですよ」
 
「お願いします!! 俺・・何でもやりますから」
 
2人の意見に聖は再びじっくりと考える、ここで狼子を働かせるのは簡単だが自分たちの正体が既に露呈している。ならば下手に逃がすよりも手元に置いておいたほうがやり易いだろう、よくよく考えてみれば辰哉に話される前に何とかすれば良いだけの話なのだから。
 
「・・ウチは給料安いぞ、それに俺たちの行動には一切口を出さないことと旦那には俺たちがいることは内緒の条件だ。そいつが守れるならいいぜ」
 
「は、はい!! 月島 狼子! 精一杯働かせて頂きます――!!」
 
こうして居酒屋リリーに新たなる従業員が増えることとなる。美人で強い女店主、サービスの良い店員・・そして子持ちの従業員という変な組み合わせのもと更に繁盛したと言う。
 

 
おまけ
 
あれから無事に戻った2人であるが今度はフェイに魔力制限が訪れる。そういえば前日に予兆である嘔吐がきていたのをすっかり忘れてしまったようだ、このままでは農業をすることが出来ない。
 
「ど、どうしよう・・」
 
「あら、今度はそっちが魔力制限になったの?」
 
あれからフランは順調に魔力を回復しきっているので魔力もなくなってきてはいないので問題はない、しかしフェイは出来るだけあの薬は頼りたくはない。
 
「う~ん・・姉さん、今日は頼むよ」
 
「何甘ったれたこと言ってるのよ。以前にも魔力使い果たして今度は魔力制限ですって!! ・・ま、良い機会だから施設にでも行ってきたら?」
 
いまだ童貞であるフェイは女体化に怯えきっている、定例ならば15,16歳の頃に訪れるのだが実際童貞であれば歳など関係はない。事実、知り合いの何人かは自分と同じ歳で女体化している事例もある。
しかし折角の初体験を迎えるのならば出来ることなら特別な相手がいいのも男の心情である。
 
「でもなぁ・・」
 
「恋人で初体験は今のご時世だと珍しい話よ。お金上げるからさっさと行ってきなさい」
 
フェイ=ラインボルト、年頃相応を迎えた彼は無事に女体化を脱することが出来るのか・・まぁ、個人的には手ごろな相手はいると思うが。
 
「姉さんとそんなことするわけないじゃん!! 僕が殺されてしまうよ!!! ・・ハッ!!」
 
「あんたの気持ちはよ~くわかったわ。魔力制限の薬はまだ試作段階だしここは完成に近づけないと・・幸い、手ごろな被験体がいることだし」
 
「い、嫌だ・・」
 
よからぬ予感を感じたフェイは後ずさりするのだがフランは即座に魔法でフェイを拘束する、必死に抵抗をするフェイであるが以前よりも強力になっているフランの魔法に太刀打ちできない。
 
「さて・・最初はこの薬を」
 
「い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 
フェイ=ラインボルト・・余計な一言が多い少年である、余談であるがこの数ヵ月後にフェイは無事に女体化から脱せられるのだがそれはまた別のお話。
 
 
 
 
 
 
fin
 

 
 

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最終更新:2012年01月12日 22:41
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